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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2018年04月29日

名脇役が物語を創る 

ット商品応援団日記No711(毎週更新) 2018.4.29.

衣笠祥雄さんが亡くなった。昭和の時代、プロ野球が国民的スポーツとして観戦した時代のヒーローの一人であった。多くのスポーツ紙を始めTVメディアもこぞって衣笠祥雄さんの「感劇」した一つ一つの場面を思い起こさせてくれた。再来年のオリンピック競技種目を見てもわかるように、この時代のスポーツは多様なスポーツの時代ではなく、ある意味プロ野球は国民的なスポーツであり、それはちょうど TVメディアが絶頂期であった時代でもあった。誰もが野球中継のTV画面に釘ずけになった時代で高視聴率を上げた時代でもあった。

ドラマ、それは少々陳腐な表現になるが、何が起こるかわからない、筋書きのない物語のことである。それが目の前で繰り広げられる光景に、心動かされる物語のことである。それは前以て作られる未来ではなく、プレーをする当事者ですらわからない未知の世界のことである。そして、この時代、1970年代から1980年代にかけた時代は、高度経済成長期のいざなぎ景気を終えても日本経済は成長し続けていた時代で、オイルショックはあっやものの人も、街も活気があふれていた時代であった。歌謡曲が時代を映し出していたように、野球もまた時代という大衆の心もようを映し出していた。そうした意味において、大きな物語の時代であり、「国民的」という表現の意味通り時代が求める共通関心事が大きかった時代でもあった。

衣笠祥雄さんの野球人生、「鉄人」と呼ばれたように連続試合出場の世界記録を果たしたり、デットボールを食らっても痛みの表情すら見せずに一塁に向かう、野球界には珍しい優しい人間性を持った人物であった。こうした逸話はすでにスポーツ紙が訃報と共に書いているのでことさら書き加えることはない。あるとすれば1979年11月の日本シリーズ、弱小球団同士の広島カープと近鉄バッファローズの試合を興奮してTVを見ていたことを思い出す。そう、あの山際淳司が翌年1980年に書いたドキュメント「江夏の21球」(文藝春秋、「ナンバー」)である。「近鉄対広島」第7戦の9回裏の江夏豊が投げた21球だけをドキュメントしたもので、従来のスポーツエッセイにはまるでないものであった。そのときのバッターや監督や江夏自身に取材しながら構成したものである。
 江夏はスクイズをフォークに見えるような下に落ちるカーブではずして、3塁走者を殺し2アウトをとり、さらに最後の打者石渡を三振に切って落として広島を優勝に導いた。後にNHKスペシャルにおいても取り上げられスポーツの楽しみ方、「感劇」の仕方を教えてくれたものである。

私の場合、実は山際淳司が書いた「江夏の21球」とは異なる一フアンとしての見方をしていた。一フアンとは広島ではなく、近鉄、いや監督である西本幸雄のフアンであった。西本幸雄は広島と同様プロ野球のお荷物球団と言われた弱小球団であった阪急及び近鉄を優勝できるチームに育て上げた名監督である。その指導力は後の広岡監督や野村監督などプロ野球界で広く認められるものであった。その野球への情熱は時に選手への鉄拳制裁に見られるように批判を招くものであったが、それは愛情溢れるもので選手も良く分かっていた、そんなリーダーであった。1979年の日本シリーズの前年のオフにはそうした批判を含め監督辞任を表明したが、「俺たちを見捨てないでくれ!」と選手に引き止められて辞任を撤回し、翌年日本シリーズに向かうのである。「今の時代」であればパワハラ扱いされるかもしれないが、それは理にかなったハードな指導で、西本のように殴りこそしないものの、日本のラグビーを世界レベルに引き上げたエディヘッドコーチや日本女子シンクロの井村雅代コーチも実は同じ指導法である。選手への愛情があればこそのハードな練習であり、指導であるということである。
2011年悲運の名将西本幸雄の葬儀で当時日ハム監督の梨田昌孝はその弔辞で『近鉄に入団して3年目の74年に、西本監督が阪急から移ってきた。「お前らがいたから近鉄に来たんや」と声をかけられ「3年で1000万円プレーヤーにする」と約束された。厳しい指導のもと、それは現実となった。』と。更に『開幕前日の4月11日のこと。電話口で叱咤されたとも。斎藤佑樹、あいつの投げ方はあかん。電話を切ろうとすると「待て、中田翔のバッティングや」と続いた。90歳のアドバイスは、30分に及んだという』。そんな人物が西本幸雄という人間である。

ところで、私の1979年の日本シリーズ物語は、舞台はこの一戦で優勝が決まる大阪球場、出演者は主演は江夏豊と西本幸雄、そして助演は衣笠祥雄さん。筋書きのない物語、何が起きるかわからない、どんどん引きずり込まれる劇であった。西本フアンとしては「打ち勝つ野球」で優勝して欲しかったのだけれど、満塁の場面で「江夏の21球」にもあるように江夏の投げた17球目のスクイズが空振りになり3塁走者が挟殺され、物語は終わったなと感じたのを今でも思い出す。そして、西本監督に勝たせてあげたかったと思ったことも。以降、あのスクイズ失敗について多くの議論が巻き起こった。
この満塁劇にあって、多くのドラマが生まれていた。このドラマについてはウイキペディアに詳細があるので引用することとする。

『「同点にされたらもう負ける」と考えた古葉は、1点もやらないという狙いのもと、吹石の盗塁を覚悟の上で前進守備を選択した。ネット裏の野村克也の目には、この前進守備は危険な選択として映った。
これと同時に、古葉監督はブルペンに北別府学を派遣。この時ブルペンでは既に池谷公二郎も投球練習をしていた。ブルペンが動くとは思っていなかった江夏は、これを見て「オレはまだ完全に信頼されてるわけじゃないのか」と内心で憤り、「ここで代えられるくらいならユニフォームを脱いでもいい」とまで思った。』

この時衣笠は一塁からマウンドで苛立つ江夏に駆け寄り言葉をかける。「お前がやめるならオレもやめてやる」。そう声をかけられた江夏は「生え抜きのサチが…」と感激。これで落ち着きを取り戻し、カーブの握りのままスクイズを外す投球を見せ、名場面を生んだ。「あの苦しい場面で自分の気持ちを理解してくれるやつが1人いたんだということがうれしかった。あいつがいてくれたおかげで難を逃れた」と、後ににそう話している。

衣笠さんは江夏豊、西本幸雄という主役に対し名脇役ということになる。いや日本プロ野球の偉大な脇役であったということである。名脇役が物語を創る。脇役が生きる時代は素敵である。主役だけでは物語足り得ない。それは何故か、名脇役がいることによって物語は更なる「意味ある世界」へと広がり、それを私たちは人間ドラマと呼ぶが、多くの共感に結びつくからである。衣笠さんの訃報に接し、江夏は「しょうがない。順番だから…。一つ言えるのはいいやつを友人に持ったなということ。本当に俺の宝物だった。こんなに早く逝くとはね…」と。続けて「どっちみちワシもすぐ追いかける。向こうの世界で野球談議でもするよ」と寂しそうに話したとスポーツ紙は報じている。物語は伝説となって続いていくということだ。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:36Comments(0)新市場創造

2018年04月22日

「意味」を理解できないAI (人工知能)

ヒット商品応援団日記No710(毎週更新) 2018.4.22.

AI画像今話題となっている『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(新井紀子著、東洋経済新報社刊)を読んだ。加熱するAI(人工知能)ブームにあって、AIのできること、できないことを、数学者であり、周知の「東ロボ」推進のリーダーで実験してきた人物でもあって興味深く読んだ。結論としては、AIは計算機であり、数式(論理、確率、統計)、つまり数学の言葉に置き換えることのできないことは計算できない。AIが自らの力で人間の知能を超える能力を持つシンギュラリティ(技術的特異点)が来るという言説は、すべて誤りであると。極めて常識的な結論であるが、分かりやすい言葉でそのできない理由が説明されている。そもそもAIは「意味」を理解できないという事実を持ってAIのできること、できないことを機械翻訳、自動作曲、画像認識などの例を挙げて整理説明してくれている。
例えば、今流行りの音声認識応答システムSiri(シリ)の実例を挙げて、「この近くのおいしいイタリア料理の店は」と問いかけ、次に「この近くのまずいイタリア料理の店は」と問いかけても同じ店が推薦される。つまり、「おいしい」と「まずい」の違いがSiriにはわからないということである。当たり前のことだが、言葉には記号の羅列以上の「意味」があり、AIには観測できないということである。勿論、それを持ってAIはダメであるといった論議になることではない。Siriも進化し、店内の雰囲気やメニュー写真を並べ、「好み」に合う店であるかどうかを提示してくれる。これで一応使える音声認識応答システムにはなるのだが、本質論としてはシンギュラリティ(技術的特異点)が来るということはないと指摘している。
そして、この「意味」が理解できなき中高生がいかに多いかという学校教育の問題を指摘している。具体的に全国読解力調査の事例をもとにいかにこれまでの詰め込み教育がダメであったかを指摘している。それは読解力にとどまらず常識、当たり前と思っていることがいかに理解できないかをも指摘し、読解力と偏差値教育の弊害というテーマで締めくくっている。

ところでAIの限界としてこうした「意味」の理解と共に人が持っている「感情」は更に理解不能になるということである。具体的ビジネスに置き換えて考えていくとわかるが、サービス業という顧客の気持ちを大切に考える場合はどうかというと、数年前にHISによるハウステンボスに「変なホテル」が誕生し接客にロボットが登場し話題になったことがあった。確かに安く泊まれるという生産性の高いホテルではあるが、これはロボットを娯楽の一要素として、いわばエンターテイメントホテルとして作られたものなので、AIのシンギュラリティ(とは異なるものである。ホテル業務の約7割をロボットが行う省力化の一つとして実施されており、人に替わるAIとは異なるものとしてこうした試みは進化していくであろう。ちなみにHISは2019年3月にかけて、東京・築地や大阪・心斎橋など10カ所で開業すると発表している。その概要として、100~200室規模で、観光客やビジネス客の取り込みを狙うとし、料金は2人1室で1人1万円以下を見込んでいるという。
こうしたホテル業にロボットを導入した事例はHISが初めてであるが、これからは多くの業種の随所にこうした技術による生産性向上は進んでいくこととなる。数年前に問題となった深夜の「ワンオペ」という人に過重労働を強いることによる生産性向上ではなく、調理など裏方への自動化・省力化はかなり進んでいる。例えば、けんちん汁など具材が沢山使われているものなどはセンサーによってひと椀に均等に具材が入るように自動化されている調理器具などはかなり前から既に開発されている。人の手によるものより数段上手に盛り付けられるということである。

こうした「人手」を無くしていくことのなかにAIを置きがちであるが 、実は真逆の方向に向かって進みがちである。10数年前から日本のサービス業の生産性が低すぎるとの指摘ががあり、「おもてなし」は過剰サービスであるとの考えがある。それはサービスの本質理解がなされていないことで、ちょうど「意味」が理解できないAIによるサービス、顧客の気持ちがわからない、読解力のないサービスに向かうということとなる。顧客の気持ちに応える本来のサービスとは言えないということである。勿論、前述の「変なホテル」のようにロボットサービスを一つのエンターテイメントとして活用することを排除するものではない。逆に、こうしたアイディア・工夫によって生産性を上げ、安く宿泊できるサービスも一つのサービスの在り方である。今までのホテル・旅館業における生産性の上げ方と言えば、例えばチェックイン・チェックアウトといった時間帯にはフロントサービスを行い、その他の時間帯では部屋や温泉などの清掃といった他の仕事に従事するといった一人で二役三役といった方法、いわば店舗経営におけるアイドルタイムの有効活用・二毛作三毛作と同じである。但し、これらを可能とするのも「人」であり、数年前からのブラック企業・ホワイト企業論議に行き着く。以前、競争時代の違い作りに触れ最も大きな「差」づくりは「人」であるとし、生活雑貨専門店のロフトにおける事例として次のようにブログに書いたことがあった。

『確か7~8年前になるかと思うが、生活雑貨専門店のロフトは全パート社員を正社員とする思い切った制度の導入を図っている。その背景には、毎年1700名ほどのパート従業員を募集しても退職者も1700人。しかも、1年未満の退職者は75%にも及んでいた。ロフトの場合は「同一労働同一賃金」より更に進めた勤務時間を選択できる制度で、週20時間以上(職務によっては32時間以上)の勤務が可能となり、子育てなどの両立が可能となり、いわゆるワークライフバランスが取れた人事制度となっている。しかも、時給についてもベースアップが実施されている。こうした人手不足対応という側面もさることながら、ロフトの場合商品数が30万点を超えており、商品に精通することが必要で、ノウハウや売場作りなどのアイディアが現場に求められ、人材の定着が売り上げに直接的に結びつく。つまり、キャリアを積むということは「考える人材」に成長するということであり、この成長に比例するように売り上げもまた伸びるということである。』

人口減少時代にあっては至極当然の経営である。「省力化・自動化」も、「人の成長」も、同じ生産性の向上という課題に向かう不可欠な方法である。以前、人手不足から深夜営業の廃止が続くなか、ホワイト企業の代表事例として「富士そば」を取り上げたことがあった。東京に生活していれば知らない人はいない24時間営業の立ち食いそば店である。富士そばではその経営方針として「従業員の生活が第一」としている。勿論、アルバイトも多く実働現場の主体となっている。そして、従業員であるアルバイトにもボーナスや退職金が出る、そんな仕組みが取り入れられている会社である。ブラック企業が横行するなか、従業員こそ財産であり、内部留保は「人」であると。そして、1990年代後半債務超過で傾いたあの「はとバス」の再生を手がけた宮端氏と同様、富士そばの創業者丹道夫氏も『商いのコツは「儲」という字に隠れている』と指摘する。ご自身が「人を信じる者」(信 者)、従業員、顧客を信じるという信者であるという。こうした経営理念・企業風土からは、どうしたら顧客に喜んでもらえるか現場から生まれたアイディアメニューが商品化されている。例えば、かき揚げそばとカレーライスといったセットメニューはどこでもやっているが、欲張りメニューとしてカレーライスとカツ丼を一つにした「カレーカツ丼」があるが、これも現場から生まれたアイディアと言われている。

製造現場であれ、サービス業であれ、これまで以上に単純化した労働はどんどん少なくなる。新井氏が言うように数学の言葉に置き換えることのできるような仕事は全て無くなっていくということである。課題は企業も人も「意味」を理解し何事かをつくっていく仕事、創造的な仕事に向かうということになる。ここに取り上げたロフトや富士そば以外にも多くの企業は、大きくは時代の変化、顧客市場の変化という「意味」を考えた経営である。
『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』を読んで思い出したのが、異なる視点からこの読解力の無さを心配したある作家の書籍であった。その本は「日本語が亡びるとき」(水村美苗著:筑摩書房刊)で、英語が地球の共通語になった時代にあって、豊かな近代文学を育ててきた日本語が亡びつつあるという、言葉に生きる作家らしい本格的な警鐘の評論である。著者は創作の傍ら米国のプリンストン大学で日本の近代文学を教えているいわばバイリンガルの人物である。であればこそ、母国語・日本語への思いは深い。繰り返し繰り返し国語教育の必要を説いている。読解力のない子ども達を育ててしまった学校教育の問題を指摘した新井氏と同じ思いである。
企業も人も、「意味」を問わなくなった時、それはAIにとって替わるということである。(続く)
  
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Posted by ヒット商品応援団 at 13:21Comments(0)新市場創造

2018年04月08日

創られるものとしての「伝統」 

ヒット商品応援団日記No709(毎週更新) 2018.4.8.



大相撲の舞鶴巡業で挨拶中に倒れた市長を救命した女性に対し、「土俵から降りろ」とアナウンスがあったことが報道されている。
相撲は「女人禁制」が伝統と信じ込んでいる観客が騒いだことから、若い行司が慌ててアナウンスしたという経緯とのこと。人命と伝統どちらが大切かといった図式で論じられることが多いが、人命が何よりも最優先されるべきは当たり前のことであるが、そのことよりも相撲は「女人禁制」であることが伝統であると解説する相撲解説者が多いことに驚く。

私は今日のライフスタイルの原型の多くが江戸時代に創られていることからこの相撲という娯楽も考えてきた。少し前の暴行事件に際し、相撲は神事・武道、興行・娯楽、スポーツ・競技という3つの要素を併せ持った日本固有の伝統文化であるとブログも書いた。この3つの要素のなかで江戸庶民を惹きつけたのが興行・娯楽としての相撲であった。
相撲は江戸時代の中期になると歌舞伎や寄席、浮世絵といった人気娯楽の一つになるが、実は女人禁制と言われるが「女相撲」もこの頃広く娯楽として浸透している。勿論、まわしをつけての半裸状態での相撲である。元禄文化と言われるように爛熟した時代で、多くの見世物小屋が出来て、全国300箇所に及んだと言われている。この娯楽のコンテンツは新しい、面白い、珍しいもので極論ではあるが好奇心を満たせればなんでもコンテンツ・出し物としていた。サーカス、動物園、美術館、お化け屋敷、更には大道芸をごった煮にしたような感じで、蛇女などグロテスクなキワモノもあった。入場料(木戸銭)は32文(約640円)ほどで、歌舞伎のチケットが一番安くても100文(約2,000円)くらいだったことを考えても見世物は気軽に楽しめる娯楽であった。よく知られた見世物としては動物園があって、珍獣であった象やラクダなどが大人気あった。江戸に象が来たのは、好奇心旺盛な八代将軍吉宗の時で一年をかけて江戸に着いたと言われている。以降、文久3年(1863)にも両国西側で象の興行が行われている。
江戸の見世物の中心は浅草寺の裏手にある浅草奥山と、回向院の近くにある両国広小路であった。浅草には今も見世物小屋の名残を残した日本最古の遊園地「花やしき」がある。そして、この花やしきには今尚「お化け屋敷」が併設されている。

こうした見世物としての娯楽は明治になり、文明開化の名の下に、風紀上公序良俗に反するものとして軽犯罪法が施行される。いわゆるキワモノとしての女相撲の禁止、蛇遣いなど醜態を見世物にすることの禁止、夜12時以降の歌舞音曲禁止、路上における高声の歌の禁止などであった。こうした女人禁制に関する明治維新の事情については漫画家小林よしのり氏がブログに書いている通りである。
これを機会に日本の娯楽と共に相撲も大きく変わって行くこととなる。こうした娯楽・歓楽街の変化の歴史については「未来塾」(浅草と新世界)にも書いているのでご参照ください。しかし、「女相撲」についても昭和の時代にもまだまだ人気があって、興行として成立していた。そして、昭和30年代ごろまでは見世物小屋も寺社の縁日や酉の市などでは見られていたが、次第に廃れて行くこととなる。ネットで調べたところ新宿花園神社の酉の市の見世物小屋で知られる「大寅興行社」のみが今尚興行しているようである。相撲もいくつかの興行が統合され、「相撲会所」から今日の相撲協会へと近代化が進んで行く。

ところで相撲研究者ではないのでその近代化の歴史を踏まえての考えではないが、日馬富士の暴行事件についてブログでコメントもしたが、「大相撲」のコンセプトの明確化が今問われていると感じる。かなり前になるが横綱審議委員会の委員も務めた作家の内館牧子氏はこの相撲における女人禁制に関し、「伝統」の変革に触れ、歌舞伎の女形や宝塚歌劇の男役のあり方と同じで、男女平等という考え方を当てはめたら、それは歌舞伎でも宝塚でもなくなってしまう。つまり土俵に女性を上げたら大相撲ではなくなってしまうと発言したことがあったと記憶している。そして、コンセプトに関わることだが、内館氏は横綱こそ品格が問われるとした発言を朝青龍問題を踏まえ繰り返し発言していたことがあった。内館氏は著書『女はなぜ土俵にあがれないのか』で大相撲の土俵を物理的には簡単に乗り越えられる〈無防備な結界〉の一つであるとし,それを理解するのは知性や品性だと指摘している。ある意味、今日の大相撲のコンセプトを創ってきた一人である。見世物としての相撲に「品性」という概念を持ち込んだということである。確かに歌舞伎もそのルーツを辿れば出雲阿国は女性であったが、次第に遊女歌舞伎が広まり、風俗営業が伴っていて風紀を乱すことから禁止となり、今日のような男性が女役を演じることとなって行く。伝統は常に時代と共に変わって行くものであることは間違いない。

物語消費というマーケティングの視座からこの「伝統」を見て行くと、「相撲物語」を創造し、一つの伝承文化にまで高めようとの試みのように見える。しかし、「無防備な結界」という、私の理解では聖なる場所と俗なる場所とを分ける境目を越えることはできないという限定の考え方については極めて難解で、わずかの人間しか理解できない概念のように思える。結界はあの世とこの世の境目のことで、身近なものでは住まいに置き換えれば、暖簾やふすま、扉、あるいは縁側なども境界という意味では結界の一種である。こうした考えは神道信仰によるものと思われ、相撲コンセプトのコアとなっていると推測される。しかし、内館氏のように多くの人が知性と品性によって理解共感することは極めて難しいことだ。「伝統」というのであればその根拠がわかりやすいことが前提となる。相撲における女人禁制は因習・しきたりであり、時代によって変えることはそれほど難しいことではない。よく伝統文化と言うが、文化であればその「物語」が明確でなければならないと言うことである。内館氏の言うような難しさが女人禁制を男女差別ではないかといった指摘もまた生まれることとなる。

そもそも「伝統」は既にあったものなのか、あるいは創られてきたものなのか、どちらかであることが明確にされることが必要である。歌舞伎の場合は出雲阿国から始まるかぶき踊りは遊女屋で取り入れられ(遊女歌舞伎)全国に広がるが、後に江戸幕府によって禁止され、女人禁制・女形が生まれることとなる。このように歌舞伎の場合は創られ変化してきたものとなる。結果、今日のように時代の変化に合わせた多様な楽しませ方が取り入れられて行くこととなる。
一方、相撲はどうかと言えば、神道における神事の儀礼的なことが土俵を中心に行われているが、そうした根拠は江戸中期から始まるが本格的には明治時代からである。古代の相撲は古事記にも出てくるように武芸・武術で命をも奪うものであった。奈良時代には宮中行事の一つとして行われ、中世には武家相撲へと変化して行く。このように常に変わっていったのが相撲であり、その歴史経緯から見れば今日の「大相撲」は伝統ではなく、因習・しきたりとしての女人禁制となる。

このブログの中心テーマの一つであるインバウンドビジネスにおいてもこうした「物語」づくりにおいても同様である。例えば、相撲は訪日外国人にとって興味ある日本文化の一つだが、内館氏の言う知性と品性を求めることは極めて難しい。更に言うならば、「大相撲物語」の根拠となる神事の理解も極めてわかりにくい。ただ、地方巡業などでは観客とは身近で小さな赤ん坊を力士に抱っこしてもらうフアンサービスがあるように、赤ん坊は元気に育つといった「因習」が広く残っている。勿論、こうした縁起の良いとされる因習を誰もが心底信じているわけではないが、これも大相撲における神事につながるわかりやすい小さな物語である。つまり、物語は理解と共に共感されることが必要で、過去そうであったからという理由で繰り返すことに身を委ねて行くことの中に伝統はない。伝統は多くの顧客の理解共感者によって育てられ、文化という物語が創られ継承して行くものである。そのためにはわかりやすい物語であると共に、時代の共感者、相撲であれば次の時代の顧客となる女性と訪日外国人の理解と共感によって変えて行くことが必要ということだ。相撲に限らず、企業活動において同様であることは言うまでもない。
今回の女性看護士さんによる土俵に上がっての人命救助を伝統と対比させるのではなく、大相撲は時代の要請にしたがって日々創られ変化していくという原点に立ち返るべきであろう。つまり、求められて変わる大相撲ということである。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:36Comments(0)新市場創造

2018年04月01日

「四季の国」というコンテンツ  

ヒット商品応援団日記No708(毎週更新) 2018.4.1.

砧公園


東京では今年の花見はほぼ終え、桜前線は東北へと移った。例年であれば、花見弁当など季節の旬やアイディアが話題となるのだが、今年の話題の中心は花見を目的とした訪日観光客の多さであった。特に、上野公園に集まった花見観光客の半数が訪日観光客ではないかと言われるほどの混雑ぶりであった。勿論のこと、そのほとんどがリピーターで、桜観光が目的で来日し天気も良く日本美を満足されたことと思う。
少し前に観光の概念が変わってきたとブログに書いた。その主要な変化として、山陰地方と青森を例にあげて、日本の裏側・路地裏観光、つまり地方観光が本格的に始まり、地方創生の新しい芽が出始めたという主旨であった。実は表と裏という表現を使うとすれば、もはや表も裏もない狭い日本の至るところが「観光地」になり始めたということである。今までの日本観光のゴールデンルートのコアとなっていた「富士山」や「京都伏見稲荷・清水寺」から「桜」へと変化し、その変化の先には「四季の国」という観光コンテンツが見え始めたということである。その桜の花見は日本固有のものであり、「日本さくら名所100遷」がある様に、全国いたるところで花見が楽しめる国である。

ところで一番重要なのがその「観光コンテンツ」についてである。桜の花見が象徴している様に、日本は世界で唯一の四季のある国である。四季の変化についてはニュージーランドも近いと言われているが、これほどまでにはっきりとした四季の変化がある国は日本だけである。よく言われているように「春は桜、夏は海、秋は紅葉、冬は雪」、しかも小さな島国日本にはすぐ近くに海があり、山もある。国土の7割が森林で、北と南に細長い国だ。
日本には「五風十雨(ごふう じゅうう)」という言葉がある。五日ごとに風が吹き、十日ごとに雨が降る意味で湿潤で豊かな風土を表した言葉である。こうしたことから、気候が温暖で、世の中が穏やかに治まっていることの意味もある。こうした言葉に象徴されるのが自然が持つ「旬」という概念である。日本人の精神世界にはこうした豊かな自然に対し八百万信仰があるように、万物には聖霊が宿り、自然との共生が基本となっている。例えば、桜は開花から10日余りで満開となり散り始める。その艶やかさとと共に儚さをも感じるのが日本人である。そんな桜は愛でるものであって、そこから花見を始まっているということだ。ここに日本文化の土壌がある。

四季というコンセプトによる観光地化は今始まったばかりである。この四季の日本にあって、冬の日本においても既に数年前からインバウンドビジネスが始まっている。先日地価の公示価格において北海道のニセコが全国一上昇していると発表されたが、パウダースノーという雪質の良いニセコは以前から世界中のスキーオタクにとって人気のスキー場となっていて、訪日スキーヤー向けのホテルや別荘需要がらの地価上昇であった。こうした地域は長野の白馬でも起きており、また兵庫の新設スキー場「峰山高原リゾート」がオープンし、新潟では閉鎖した施設が「ロッテアライリゾート」となり、11年ぶりに同日再開業している。これらスキー場も雪に馴染みのないタイ、ベトナム、中国などアジアからの旅行客が訪れているという。

夏は海のレジャーとして既に多くの訪日観光客が沖縄を訪れている。5年ほど前から本島のみならず石垣島を始め離島にもリゾートホテルの建設ラッシュがあった。それまでは日本人観光客の夏のレジャー、あるいは中学生の修学旅行先としてある意味低迷していたが、訪日観光客という新しい需要によって沖縄も一つの転換点を迎えている。
そして、夏の観光コンテンツと言えば、やはり全国各地に残っている祭であろう。人口減少、過疎に悩む地方において、祭も衰退の瀬戸際に立たされていることは事実である。しかし、祭は今後は訪日観光客の観光コンテンツの一つになることは間違いない。そして、恐らくその入り口となるのが夏祭の一つとなっている花火であろう。訪日観光客を驚かせているものに、浅草雷門の巨大提灯や大阪道頓堀の巨大ネオン看板があるように、花火もそうした驚きの一つになり得るイベントである。しかも、これも花見と同じ夏の風物詩で、日本人観光客向けには花火観劇ツアーが組まれているが、少しづつ地方の花火大会にも訪日観光客が増えて行くであろう。

さて秋は紅葉ということになるが、春が桜の花見というハレの日の生活行事であるとすれば、秋の紅葉はケの日の落ち着いた生活行事になる。例えば、奈良をはじめとした古い寺社巡りなどが観光コンテンツとなるであろう。そして、食において四季それぞれの旬があるが、中でも一番豊かな食と出会えるのが秋である。特に、全国各地特色のある郷土食が味わえるのが秋であり、温泉などとセットにしたメニューなども人気となる。

つまり、このように少し考えてもわかるように、日本人自身が忘れていた「日本」を思い起こさせるものばかりである。都市生活にどっぷりと浸かりきった現代人にとって、四季という季節のメリハリを感じることは少ない。夏は夏らしく、暑ければ避暑の工夫をする。冬になれば寒さをしのぐ工夫・・・無くしてしまったのは日本人が本来もっていた「五感」であり、そこで育まれた生活文化である。京都を始め全国各地には季節を楽しむ暮らしが、日々の食から衣、住まい、ライフイベントまでまだまだ残っている。私が路地裏、足元、日常、普通、と呼んでいる生活に、実は訪日観光客が興味を持ち体験してみたいと望んでいるということである。

そして、この「四季の国」というコンセプトはマーケティングの基本であるロングセラーの条件を満たしたものであるということだ。少し整理すると以下のようになる。
1、固有・唯一無二/他国には無いコンテンツである
2、幅広い顧客層が対象/多面的(性別・国・年齢など)に楽しめる
3、求めやすい価格/円安、デフレ、
これからはリピーターをその対象としたマークケティング&マーチャンダイジングが求められて行くこととなる。その構図としては以下のように整理することができる。

四季(春夏秋冬)✖️地域(主要都市及び連携)✖️目的(多様な関心事)=観光コンテンツのメニュー

数年前から日本食が世界でブームになっているが、その入り口の一つが寿司で最初はカリフォルニアロールという「なんちゃって寿司」であったが、次第に本物・本格寿司へと進化してきている。そして、上記の「整理」に即していうならば、地方固有の寿司(鯖寿司、温寿司、バラ寿司など)という奥行きのある寿司へと向かうであろう。ラーメンは寿司まで進化してはいないが、新横浜ラーメン博物館には今なお東南アジアの観光客を含め多くの人が押し寄せている。東南アジアにも多くのラーメン店が出店し始めているが、いわば「食」の聖地巡礼のようなものである。そして、更に都市にも出店している地方で人気のラーメン店へと向かうであろう。また、日本の歳時にあって、各地域の文化の違いを楽しめるものに正月がある。こんな歳時が観光コンテンツになる頃は恐らく訪日観光客は4000万人〜5000万人に至るであろう。いずれにせよ、「爆買い」に象徴された訪日観光をフェーズ1とするならば、現在は「花見」に象徴されるフェーズ2へと進化してきているということである。そして、次はと言えば日本オタクへの進化となる。(続く)

追記;なお空路による訪日観光客、中でもLCCによる観光客数を中心に変化を見てきたが、直行便やチャーター便による訪日観光客も多くなりはじめている。またクルーズ船による観光推進も盛んで。2017 年(1月~12 月)の訪日クルーズ旅客数は前年比 27.2%増の 253.3 万人、クルーズ船の寄港回数は前年比 37.1%増の 2,765 回となり、いずれも過去最高を記録している。ちなみに国交省では「 2020 年に 500 万人」を目標としている。この様に日本観光への多様なアクセスも整備されつつあるということである。
  


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