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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2021年11月23日

まだら模様の街・大阪 

ヒット商品応援団日記No799毎週更新) 2021.11.23



2年ぶりに大阪の街を歩いてきた。コロナ禍以前と比較し衰退どころか活況を見せている店や街とコロナ禍が鎮静化しても以前の賑わいを取り戻せない店や街、3日間という短い期間ではあったが大阪の友人と共に歩いたレポートである。
まず道頓堀の街、特に南側の法善寺横丁界隈を歩いた。4年前も何回となく歩いたが、当時はインバウンドビジネス、もっと端的に言うならば、中国をはじめとした外国人観光客で溢れかえった街である。飲食店だけでなく、関空と難波を結ぶ南海電車の運賃収入が対前年比130%を超えるほどであった。そして、訪日観光客の足は黒門市場にも及び、賑わいというより、混雑で歩きにくいそんな状態であった。
そんな街であったが、訪日外国人の姿はほとんど目にすることはなかった。戎橋の撮影スポットで写真を撮る日本人の若い世代はいるものの、それも以前とはくらべようもない少なさであった。友人の話であるが、ここ数年キタ(梅田周辺)の開発が進み賑わいのある街となっているが、ミナミ(難波周辺)はほとんど変化はないとのこと。道頓堀はまだ人通りはあるが、路地に一歩入ると、ほとんど人のいない街となっていた。そんな法善寺横丁近くの鍬焼きを食べさせる店に3年ぶりに入ったが、6時半にもかかわらず私一人であった。1時間ほどしてサラリーマン風の二人連れ客が来店したが、店は閑散としたままであった。女将さんに話を聞いたが、緊急事態宣言が解除しても以前のような賑わいがない街になってしまったと。周辺には何軒かシャッターの降りた空き店舗について聞いたが、中国の投資家が物件を買い漁っているとの話であった。



一方、翌日は梅田の駅前ビル、その地下街の飲食店で食事をした。冒頭の写真がその居酒屋であるが、6時半ほどからの飲食であったが、7時過ぎには写真のような漢籍状態となっていた。友人の話ではコロナ禍の最中であったが、通りを隔てた空き物件を取得し繁盛しているとのこと。この一等地である駅前ビルの地下食堂街でもシャッター通りとなっているところが数カ所あり、前日の法善寺横丁界隈の空き店舗状態と変わらない光景がそこにはあった。キタとミナミという街の違いよりも、活況と衰退、いわば明暗、まだら模様のような街へと変貌しているということであった。
その理由であるが、キタの駅前ビルの地下飲食店街で活況を見せている居酒屋にそのヒントの一つがあった。2年前に訪れた時もそうであったが、なかなか美味しい料理を出す店であったが、最初に出された「突き出し」に驚かされた。それは3切れではあったが、中トロのマグロであった。勿論、味は申し分なく美味しかったが、全体として「クオリティ」が高くなった感がした。コロナ禍という苦境を乗り越えるには従来通りのやり方では顧客を取り戻せないということであろう。
また、活況を見せる店にはもう一つの理由があることがわかる。コロナ禍以前、3年ほど前になると思うが、大阪駅ビルにおける三越伊勢丹の撤退それに伴うニューアルした商業施設ルクアイーレについてである。覚えていらるだろうか、特にルクアイーレ地下の飲食街バルチカで行列ができた2店について。名物洋風おでんとワインが楽しめる店「赤白」と海鮮が安いだけの店「魚屋スタンド ふじ子」である。共に「安さ」を楽しめる店であるが、顧客層は異なるが、その安さがライフスタイルを定着させている点にある。デフレ時代の成功事例として、100円ショップから始まり、ユニクロ・gu、ニトリ、アウトレット、訳あり商品群、・・・・・・・・飲食業界もデフレは無縁ではない。しかも、メニューにおけるクオリティアップを踏まえた「スタンダード」が求められているということであろう。コロナ禍以前の価格・メニューでは顧客を取り戻せないということだ。そして、思い切って従来のスタンダード、常識を変えることができた店は逆に成長できる時代を迎えたということである。ちょうど米国ア・リーグのMVPに大谷小片が満票で選ばれたとうに、つまりそれまでの常識を変えることができるかどうかである。

また、阪神百貨店の地下にあった立ち食いのフードコートがリニューアルしたとのことで観てきた。イカ焼きという名物メニューで大阪の人間であれば知らない人はいないちょい飲み・立ち食いスナックパークであるが、その4店が別の場所に移設してしまった。移設は本館の建て替えのためであるとのことだが、移設した場所には徒歩5分ほどかかり、以前のような大阪らしい一種の猥雑さがまるでない、極めてつまらないスナックパークとなっていた、午前中ということもあって閑散としていたが、名物イカ焼きだけには行列ができていたが、なんとも言えない感慨を持った。それは感染拡大の感染源の一つとして指摘されたフードコートのリニューアルであり、「密」を避けるために各店が間仕切りされた店作りとなっている。しかし、もう少し蜜を裂けながらも気軽に立ち食いできる雰囲気ができたはずである。これもまたコロナ禍によってつくられた否応のない「現実」なのであろう。
実は一箇所観ておきたい商業施設があった。それは3月にリニューアルオープンした心斎橋パルコの心斎橋ネオン食堂街で東京渋谷のパルコと同じレトロ・横丁コンセプトによるテーマパークである。3年前に大阪空堀の人気店「その田」が出店しているとのことで時間があればどんなMD編集をしているかを実感したかったが次回とした。というのも東京渋谷パルコのMDは失敗したと思うが、大阪の場合は「その田」をはじめ「赤白」「魚屋スタンド」「立呑み処 七津屋」など以前取り上げた店が出店していることからある程度わかっているので、ただ若い世代の賑わい・人出を観てみたかったというのが本音であった。

今回大阪の街を歩いて感じたことは、活況を見せる店と衰退・閉店した店とがまだら模様のように偏在している光景であった。こうしたまだら模様と化した街は2008年のリーマンショック後のデフレの大波が押し寄せたヒット商品群の光景を思い出した。2009年のヒット商品には激安ジーンズが西の横綱にランクされ、規格外商品(訳あり商品)」が本格的に広く市場化した年であった。勿論、デフレ経済は今なお続いており、生活者のライフスタイルに定着しているのだが、今回のコロナ禍によって否応なく勝者と敗者が生まれたという印象であった。東京においても更に「安い」価格で勝負に出てきた飲食店があるが、顧客を呼び戻すには一つの方法であろう。今までの消費心理は京都に残る生活の知恵、ハレの日とケの日の生活価値観によく似ていた。ケの日、つまり普段は「始末」して暮らし、ハレの日はパッと華やかに。そうしたメリハリのある生活習慣が、食=台所に深く浸透している。「しまつ」とは単なる節約ではなく、モノの効用として使い切ること、生かし切ることである。今風で言うならばコストパフォーマンスという意味で、コスパ型ライフスタイルと言っても間違いではない。このコスパライフスタイルがまだら模様の街を創っている。特にそのパフォーマンスが一段とクオリティアップしているということである。ハレの日への切り替えはまだまだ先ということだ。ちなみに2009年以降3年間ののヒット商品版付は以下の通りである。
2009年
東横綱 エコカー、 西横綱 激安ジーンズ
東大関 フリー、    西大関 LED
東関脇 規格外野菜、西関脇 餃子の王将
東小結 下取り、   西小結 ツィッター
2010年
東横綱 スマートフォン、 西横綱 羽田空港
東大関 エコポイント、    西大関 3D
東関脇 猛暑特需、西関脇 LED電球
東小結 200円台牛丼、   西小結 坂本龍馬
2011年
東横綱 アップル、 西横綱 節電商品
東大関 アンドロイド端末、    西大関 なでしこジャパン
東関脇 フェイスブック、西関脇 有楽町(ルミネ&阪急メンズ館)
東小結 ミラーイース&デミオ、   西小結 九州新幹線&JR博多シティ

こうしたデフレの進行と共に外食産業ではある意味大きな事件が起きたことを思い出す。その一つがファミリーレストランである。1970年代ホテル並みの料理&サービスを手の届く価格で提供するという業態は、すかいらーくを先頭に全国へと広がった。その後、多様な外食産業、特に回転寿司などとの競争のなかで、リーマンショック後不採算店をスクラップしてきた。すかいらーく500店、デニーズ200店、ロイヤルホスト100店大手3社で800店が撤退する。
そして、このデフレの波を乗り越えたのが新規メニューの導入で、私が今回大阪で感じた「クオリティアップ」であった。デニーズやロイヤルホストは初めて2000円台のステーキメニューを出し、顧客単価も1000円台にまで戻し本来の安定経営を行なっている。これも、顧客需要に見合った規模へと再編・縮小した結果ということだ。
東京をはじめとした外食チェーンの動向については把握してはいないが、撤退縮小が進んでいるとのニュースは届いてはいる。「食べに出かける」という強い動機付が必要となっているということである。大きなパフォーマンスは必要ないが、例えば「突き出し」の事例ではないが、小さな驚きが求められているということだ。大阪の場合、アルコール離れ世代と言われてきた若い世代が飲食の現場に戻ってきており、街再編という消費の主役になっていた。
次回の未来塾ではもう少し俯瞰的にコロナ禍によって露わになった日本の「今」を分析し、何が課題となっているかをレポートしていくつもりである。(続く)
  
タグ :コロナ禍


Posted by ヒット商品応援団 at 13:33Comments(0)新市場創造

2021年10月10日

未来塾(44) 下山から見える風景 後半  

ヒット商品応援団日記No798毎週更新) 2021.10.10

今回の未来塾は緊急事態宣言が解除され、1年8ヶ月のコロナ禍を通し、どんな価値観の転換が起きているか、その先にあるウイズコロナ、コロナとどう向き合っていくのかを戦後の時代変化を踏まえ考えてみた。特に、バブル崩壊以降大きな時代潮流である「昭和」、特に昭和30年代に注目し、その価値観変化を学ぶこととした。




「コロナ禍の風景」から学ぶ


コロナ禍によって失ってしまったのは人と人との関係でその変容してしまったことの回復であった。その象徴として「温もり」をキーワードに挙げた。それは仕事の関係のみならず、日々の買い物や飲食など社会生活全般に及ぶ変容であった。そして、、こうした人間関係の変容は教育の場における教師と生徒の場合も同様で、「距離」を取ることがいわば強制的された1年8ヶ月であった。
昭和30年代に注目が集まったのもこの「距離」のない、手を伸ばせば触ることのできた時代であったからである。ソーシャルディスタンス、社会的距離を取ることを半ば強制され、会いたくても会えない時間が長く続いた。その象徴が小学校における給食の「黙食」であろう。お喋りしながらの給食は生徒にとって一番楽しい時間であった。アクリル板越しの会話、大人の場合でも同様で仕事を終えての同僚との一杯も無い関係が続いた。休日ともなれば、ゴルフやジョギングなど「密」を避けたオープンエアーなスポーツを選ぶ。移動も自家用車を利用したり、公共交通の場合でも混雑を避けての時間帯に移動する。
そうした中ワクチン接種も進み、経口治療薬の開発も間近のようだ。コロナ禍の出口、ウイズコロナという日常が戻ることとなるが、1年8ヶ月前の「日常」ではない。見えない変化ではあるが、仮説を含め考えてみたい。

新しい「生き方」が生まれた

コロナ禍の1年8ヶ月は否応なくそれまでの「考え」を今一度内省する時間でもあった。人との関係を取るとは自身の心の内へ内へとそれまでの「考え」を問い直し事へと向かう。それは世代を含め育った環境、働く状況によって、100人いれば100通りの答えとなる。
そうした100通りの中に特筆すべき新しく生まれた「人生」がある。その一つはテレワークによってオフィスに出社しなくても済むことから住まいを郊外に移す「動き」である。この動きは当初は都心から少し離れた郊外マンションなどへの移転であったが、現在は東京の三多摩のように過疎化が進む地域への移住である。青梅市のように移住への支援もあり、都心の高い家賃より少々不便でも自然を満喫できるところへの移住である。東日本大震災における原発事故の時は、地方への「避難」であったが、今回のコロナ禍ではネット環境が整備されていれば「田舎暮らし」も楽しめる生き方である。但し、都心にも出かけることができる距離であることが条件である。ちなみに青梅駅から東京駅までの所要時間はJRの快速で1時間半ほどの近さである。
もう一つの人生が『FIRE』と呼ばれるグループである。FIREというのは文字通りFinancial Independence『経済的自立』とRetire Early『早期退職』の造語である。株高を背景に『FIRE』は裾野を広げており、企業・仕事に縛られることなく、自由なライフスタイルを楽しむ、そんな生き方である。若い世代の価値観について貯蓄好きな合理主義者であるとブログにも書いてきたが、コロナ禍によって生まれた進化系で、その代表的な世代がミレニアム世代である。ミレニアル世代は、1980年から1995年の間に生まれた世代と定義されている。現在25歳から40歳を迎える世代で、以前日経新聞が「under30」と呼び、草食世代と揶揄された世代のことである。ちなみに消費において注目されているZET世代はミレニアム世代の下の世代である。

こうした2つの新しい「動き」はいわば登山途中の風景である。昭和が「貧しくても夢があった」時代との比較で言えば、「豊かで自由がある」時代となる。ある意味、個人化社会が進化した一つの風景であろう。こうした傾向は既に社会に広がっている。例えば、上司からの飲み会は断るが仲間とは行くようなことだが、それは会社組織だけではない。例えば、働き盛りの世代、それも既婚男性が仕事を終え自宅にストレートに戻らずに一種の「自由時間」を楽しんでいる人物を「フラリーマン」と呼んでいる。これはNHKが少し前にこのフラリーマンの姿を「おはよう日本」で放送したことから流行った言葉である。
都市においては夫婦共稼ぎは当たり前となり、夕食までの時間を好きな時間として使う、フラリーマンが増えているという。書店や、家電量販店、ゲームセンター、あるいはバッティングセンター…。「自分の時間が欲しい」「仕事のストレスを解消したい」それぞれの思いを抱えながら、夜の街をふらふらと漂う男性たちのことを指してのことである。
実はこうした傾向はすでに数年前から起こっていて、深夜高速道路のSAで停めた車内で一人ギターを弾いたり、一人BARでジャズを聴いたり、勿論前述のサラリーマンの聖地で仲間と飲酒することもあるのだが、単なる時間つぶしでは全くない。逆に、「個人」に一度戻ってみたいとした「時間」である。

求められているのはこの時代の「人生観」

こうした社会現象は個人化社会から生まれたものだが、求められているのは個々人の「生き方」「働き方」である。
企業運営においてはワークライフバランスをとりながら、リーダーへの求心力が求められる、一方テレワークのようにコロナ禍は逆に「拡散」を進めていくこととなった。それまでは企業の持つ目標を共有するために、職場単位のパーティを行ったり、社内運動会といったイベントを行い「気持ち」を一つにすると、つまり求心力を目指す企業運営が行われてきた。創業者がリーダーでいるソフトバンクやユニクロ、あるいは楽天のような企業はリーダー自身が「求心力」となるが、コロナ禍では「集まること」「心を一つにすること」が不可能となってしまった。冒頭でコロナ禍で失ったのは「温もり」であったと書いたが、企業も社員との温もりを失ったということである。
ワクチン接種を2回済ませても、時間の経過と共に十分な抗体が維持できない場合もあり、3回目の接種が検討されている。つまり、以前のようなビジネススタイルには戻らないということだ。新しい「働き方」、生き方が個々人にも企業にも求められているということである。しかも、AIはどんどん進み、単なる「人手」を必要としない時代がすぐそこまで来ている。

江戸時代成熟した元禄バブルを経て、「浮世」という人生観を手に入れた江戸の人達と同じように、平成から令和の時代においても江戸の浮世のような新しい人生観が求められることとなる。
アニメ「となりのトトロ」における「子供にしか会うことができない不思議な生き物」が何であるのかという「問い」である。またその「子供」は誰なのかという問いでもあるが、『FIRE』と呼ばれるグループなのか、ライフスタイルをより合瓜的に送ろうとする移住する人たちなのか、おそらくもっと自由に合理的に生きようとする人もまた出てくるであろう。
そうした中、サントリーの新浪剛史社長が、「45歳定年制」の導入について提言したことが話題となっている。「定年」という言葉は年功序列制から生まれたものであまり良い表現ではないが、その本質は「このままの働き方では企業も個人も共に成長が望めない」ということに他ならない。

実は江戸時代における「浮世」には「自由な生き方」という人生観が中心となっている。浮世と言うと何かふわふわとしたいい加減な生き方を思い浮かべがちであるが、実は真逆な人生観である。江戸の人たちは「人間一生 物見遊山」と考えていた。生まれてきたのは、あちらこちら見聞を広め、友人を作り死んでいけば良い」とした人生観で、そこには「自由」を楽しむ人生と言うことである。但し、そこにはそうした生き方を貫く覚悟があった。例えば、江戸時代の最大の楽しみはお伊勢参りをはじめとした旅行であった。商家の旦那衆のようにお金を使った豪勢な旅行もあれば、ヒッチハイクのような旅、旅籠で働きながらお金を貯めて旅を続けると言った自由な旅もあった。こうした旅に不可欠なのが「通行手形」で日本全国旅することができた時代である。この通行手形には「私が死んだらありあわせの所に埋めてください、亡骸を送り戻す必要はありません。」と書かれているものが多かった。生きるも死ぬも自分の判断、他人のせいにはしない。「物見遊山という自由な生き方」とはこうした明快な人生観である。
いずれにせよ、令和の時代の「浮世」が求められているということだ。

「温もり」食堂という「生活文化」

最も日常を感じさせてくれるのは「食」である。家計調査の支出を見ても分かるように、長引く巣ごもり生活の「食」は仕事を持つ場合は「デリバリー」を利用したり、子供のいる家庭では3度の食事を作ることに苦労した。当然、冷凍食品やレトルト食品などの利用が加速する。しかも、変化をつけるためにご当地のレトルト食品が人気で都心にあるアンテナショップに多くの人が訪れている。こうした現象は「外食」への規制によるものであるが、それは極めて自然な心理的反応である。
そうした中、巣ごもり生活の一番のヒット商品はホットプレートで、その簡便さと共に「手作り」の楽しさに共感したからである。また、キャンピング人気で使われるキッチン用品も人気だ。100円ショップのダイソーもアウトドア商品が充実されており、手軽に室内のテーブル上で料理できるグッズがよく売れている。特に、ソロキャンプ用のキンチン用品の活用など単身者には好評のようだ。
求められているのが「手作り」の楽しさであり、外食の基本中の基本、外食の存在理由である「温もり料理」であることは間違いない。
一方、コロナ禍によって時短営業や酒類の提供ができないことから「外食」、特にチェーンビジネスは大きな痛手を被っている。回転寿司のスシローのように本業である回転寿司業態の他に駅などでの小型持ち帰り店舗による売り上げが貢献し業績は好調である。こうした好調な外食はマクドナルトを筆頭にごく一部であって、多くのチェーンビジネスは非採算店舗の閉鎖によってなんとか生き延びているのが現状である。




ところで「温もり」を感じさせてくれる業態と言えば、なんと言っても家族で切り盛りしているような「食堂」であろう。家庭の味、おふくろの味、なぜか懐かしさを感じてしまうのが食堂である。チェーンストアに押され、特に後継者がいないことからどんどん少なくなっているのが現状である。
そうした中、青森には「100年食堂」と呼ばれる大衆食堂が数多くある。地域の人たちが100年かけて育てた食堂である。店の人たちだけでなく、顧客もまた受け継いで行くもので、そうした感じる「何か」を生活文化と呼ぶ。
実はここ数年沖縄に行っていないが、1990年代後半からは沖縄の街の横丁路地裏歩きを目的に年に数回は訪れていた。そのきっかけになったのは観光客が必ず訪れる牧志公設市場から先、市場本通り奥を歩いた時、2人のお年寄り、おばあおじいの会話を聞いた時であった。まるで会話内容が分からない、単なる方言の分かりにくさでは全く無い外国に来ている感がした。国際通りという観光客向けのお土産通りから一歩路地に入るとそこには「沖縄」があった。その不思議な生活に魅せられた。その不思議さはライブハウスにおける琉球民謡とOldaysというある意味異質な音楽の魅力もあって那覇を中心に北は嘉手納、南は糸満。観光の島であることから一通りの観光地にも行ってみた。その観光地も沖縄らしさがあって北は巨大なジンベエサメのいる美ら海水族館、南は琉球の創世神話に登場する「斎場御嶽(せーふぁうたき)」のように奇妙な観光地にも興味があった。
しかし、中でも一番こころ動かされたのは沖縄の「食」であった。その食は至る所にある「食堂」で、沖縄の人たちの胃袋を満たしていた。都市にある天ぷらやうなぎ、あるいはとんかつといった専門店はほとんどなく、食堂には沖縄そばをはじめゴーヤなどのチャンプルー類といった炒め物があって、どの店にも必ず「ポークたまご」というメニューがあった。その多くは焼いたSPAMと目玉焼きといった単純なものである。中でも「ちゃんぽん」というメニューがあって、勿論長崎ちゃんぽんではなく、SPAMの入った野菜炒めを沖縄そばのスープで蒸し煮したものに卵をとじた物をライスに載せたものである。一時期このちゃんぽんを食べ歩いたが、ある時ふと思ったのは食堂は沖縄のファストフードなのだと。行列など全くしない沖縄人の気質に沿った早い、うまい、安い、しかも米軍文化をも取り入れたまさにゴチャ混ぜ文化、チャンプルー文化の象徴であると変な納得をしたことがあった。

そして、その生活文化の中心には必ず「あるもの」がある。それは使命感であり、それまで精進してきたこだわりで、もう少しビジネス的に言うならば、ポリシーとコンセプトということになる。使命感やこだわりは必ず「表」に出てくるものである。いや、表に出てこないものには使命感もこだわりもないということだ。「外見」は一番外側の「中身」であり、それは一つの「スタイル」となって、私たちに迫ってくる筈である。
「文化」は極めて感覚的な言葉である。ある人にとっては感じ取れるが、別の人にとっては異なる。そんな「感覚」が長く続いていくが、継承されていくには様式化されていくことが必要となる。
そんな様式化された「食」の一つが幕の内弁当であろう。江戸時代の芝居文化から生まれたと言われているが、コロナ禍の初期東京歌舞伎座前の弁当店「木挽町辨松」が152年の歴史を閉じ廃業したことが話題となった。これも芝居観劇には欠かせない、芝居好きが育てた一つの「様式」「スタイル」として続いたものである。
コロナ禍の1年8ヶ月は間違いなくこの「文化」を思い起こさせるものと考える。それは温もりを感じさせてくれるメニューであり、スタイルであり、それまでの「日常」を想起させてくれるものだ。

「旬」への気づき

そして、文化と共に気付かされるのが久方忘れていた季節・旬であろう。日常の取り戻しの第一歩は季節であり、旬である。人と人との距離だけでなく、コロナウイルスによって季節との距離もまた大きく遠ざかってしまった。
本来二十四節気は中国の暦であるが、日本ではそうした旧暦は既に暦としてはないが、ある意味季節を感じさせてくれる「季語」のような役割を果たしてくれている。そして、季節の気候に即して、土用、八十八夜、入梅、半夏生、二百十日などの「雑節」と呼ばれる季節の区分けを取り入れた。このように季節と生活とが一体となった生活歳時が行われてきた。こうした歳時が残っているのは京都が代表的な街であるが、地方にもこうした歳時は前述の季節の地産地消「津軽百年食堂」にも当てはまる。

これからの消費行動を考えていくと、この季節・旬を求めたものとなるが、まずは「過去」の消費を辿ることから始まるであろう。思い出消費としての旬である。周知のように季節の境目がなくなり、「旬」が」いつであったか思い出す時代となった。更に、物流を始め冷凍あるいは冷蔵技術の発達によって、1年中旬を体感できるようになった。ある意味「旬」は思い出の中にしか存在しなくなっている。その思い出を辿ることができるのは「老舗」である。つまり、「文化食」ということになる。

思い出を辿る旅

緊急事態宣言解除によってこれ方したことは何かと多くの調査が行われているが、この1年8ヶ月失ってしまった旅行と人に会いにいくと6割状が人が答えている。ワクチン接種も2回済ませた人も60%になり、Gotoトラベルなど支援をしなくても若い世代もシニア世代も旅行の目的や内容は異なるものの「旅」へと向かう。江戸時代の旅は通行手形を必要としたが、コロナ禍においてはワクチン接種書と陰性証明書となる。
この1年8ヶ月会いたくても会えなかった両親や父母、あるいは仲間との出会いの旅、故郷を訪ねる旅が始まる。勿論、「温もり」を求めての旅であるが、実は1年8ヶ月という「過去」を辿る旅である。恐らく大きくは「思い出」を辿る旅がこれから始まる。
これから始まる旅は100人いれば100の旅がある。登山・下山という視座で旅行を見ていくと、若い世代にとっての思い出旅行は新しい、面白い、珍しい旅行、そんな登山の旅行となる。シニア世代の場合はどうかと言えば下山の旅行、私の言葉で言えば「人生旅行」となる。

若い世代、その象徴としてミレニアム世代をあげたが、感染症の専門家あるいは行政もマスメディア特にTVメディアは間違った理解をしてきた。1年以上前から指摘をしてきたので繰り返し書くことはしないが、今回の急激な感染者の減少にも大きく関わっていると考えている。多くの感染症専門家もこの減少理由をまともに答えることができないでいる。9月28日のブログで次のようにその減少理由を書いた。

『今回の第五波においては「8月上旬感染者数が5000人を超え、入院できない状態、自宅療養者が急増、入院すらできない状態」というシグナルによって強く「行動の自制」が働いた結果であると。もう一つの理由があるとすれば、高齢者へのワクチン接種効果により感染者が減少しているという事実であろう。つまり、生活者・個人はこれまで1年8ヶ月の学習から明確に行動を抑制したり、緩めたりしているということだ。つまり「シグナル」に反応してハンマー&ダンスを自身で行った結果であるということである。』

その生活者・個人の中心にはこの若い世代、ミレニアム世代も含まれている。リスクある行動を強く「自制」に向かわせた証拠としてお盆以降渋谷や新宿歌舞伎町の「路上飲み」は無くなっていく。その後東京都は予約無しでもワクチン摂取ができるとし先着順という考えられない計画を実施する。結果、深夜から並ぶ若者が出る始末。翌日は抽選方式に変更するのだが、隣の駅の原宿にまで行列が続く。・・・・・こうした若い世代の行動に対し、誰一人まともなコメントをする人物・メディアはいない。
さて本題に戻るが、「新しい、面白い、珍しい旅行」に向かうと書いたが、私の言葉で表現するならば、「都市観光」旅行となる。宣言が解除され「東京」いう街は動き始める。そこには「変化」が次々と起こるであろう、その変化を求めての旅である。友人・仲間を連れ立って街へと出かけるのだ。その中には昭和レトロな喫茶店でクリームソーダを飲むこともあるだろう。おしゃれ欲求も動き始め、やっとファッション関連商品の消費も活況を見せるであろう。オンライン授業から以前のような対面授業も始まり、同時にアルバイトにも精を出すであろう。ミレニアム世代は草食世代と揶揄された世代である。情報にも精通し、注意深く社会を見るであろう。つまりリスクある行動はこれからもとらないということだ。これが登山途中の若い世代のハンマー&ダンスであり、「日常」の取り戻しである。




さてシニア世代の旅を「人生旅行」と呼んだ。今一度下山途中の尾根からこれまでの登山を振り返る、そんな旅行である。シニア世代がよく聞いた歌手井上陽水に「人生が二度あれば」という曲がある。亡き父を想い「次なる人生を楽しんでもらいたかった」とする曲である。二度目の人生を送ることはできないが、記憶を辿り追来県する旅もある。ある意味、人生を振り返り追想するする旅である。やり残したことはないか、少しでもこれからできることはないか、と考える修行の旅と言えなくはない。
ところで周知のように厳しい修行を行うことで功徳を得るとされる修験道によって開かれている四国遍路。空海の修行の足跡を巡る巡礼の旅には10万人とも20万人とも言われ、そのうち歩き遍路が約5~6千人、マイカーが約3万人から4万人、残りの11万人ほどが巡拝バスによると推測されている。若い時代と比べ体力は落ち自由奔放に動くことはできないが、少なくとも思い出旅行はできる。65歳以上の高齢者のワクチン摂取率が報告されているが、9月末現在2回目の接種済みはどの地域も90%前後で、東京都の場合は86.82%である。「自制」を解き、慎重に旅へと向かう。
この世代の特徴は小学校の時に体験した給食世代と言われるように、「空腹」を実感してきたことから「食」への執着は大きい。そうしたことから「食」の思い出を辿ることとなる。まずは近くにある馴染みの「食堂」に足が向かうであろう。

夢中になれた時代

「昭和」という時代を一言で語るとすれば、それは夢中になれた時代であったと言えよう。その夢中さとは生きることに必死であった。「何」も持たない荒廃した日本もまた生きるに必死であった。なかでもエネルギー源を持たない日本にとって石油メジャーが支配する産油国とのパイプを作ることはまさに必死であった。昭和28年出光は石油を国有化し英国と抗争中のイランへ日章丸を極秘裏に差し向けガソリン、軽油約2万2千キロℓを輸入する。後に日章丸事件と呼ばれるように画期的なことであった。
今回取り上げたホンダは創業者本田宗一郎はまだ創業8年バイクの販売で急成長している時のインタビューで次のように答えていた。
「乏しい金を有効に活かすためには、まず何より、時を稼ぐこと」「うちのセールスマンは、給料を出さないお客さんなんです。このセールスマンを育てるには、品物を育てなければならぬということです」「エンジン屋はエンジンばかり、オートバイ屋だからおまえはオートバイしかできないというような考え方が、そもそも間違っているんだ」と。(「東洋経済新報」1954年11月13日号より)
まさに「物づくり日本」の原点・ポリシーを語っている。その後のホンダの成長は周知の通りである。前述のように国産ジェット機の開発販売という「夢」は今もなお継承されているということだ。成長と共に、人も増え、組織も複雑化する。更に技術革新という専門化が進み、しかも創造性が全てに問われる時代となった。そんな転換期にあって、ホンダには「となりのトトロ」における「子供にしか会うことができない不思議な生き物トトロ」が住んでいるということだ。

つまり、「トトロ」は今もなお生きているということである。少し飛躍してしまうが、コロナ禍によって苦しんでいる多くの企業、いや生活者・個人にもトトロはいるということである。作詞家阿久悠は「心が無いとわかってしまうと、とても恐くて、新しいモラルや生き方を歌い上げることはできない」と語り歌づくりを断念したが、「昭和」に住むトトロは世代を超えて、企業に、街に、生活者のこころの中に脈々と住み続けている。今回のコロナ危機はそうしたトトロの存在を広く表舞台へと浮かび上がらせてくれた。








  


Posted by ヒット商品応援団 at 10:47Comments(0)新市場創造

2021年10月08日

未来塾(44) 下山から見える風景 前半  

ヒット商品応援団日記No798毎週更新) 2021.10.8

今回の未来塾は緊急事態宣言が解除され、1年8ヶ月のコロナ禍を通し、どんな価値観の転換が起きているか。その先にあるウイズコロナ、コロナとどう向き合っていくのかを戦後の時代変化を踏まえ考えてみた。特に、バブリ崩壊以降大きな時代潮流である「昭和」、特に昭和30年代に注目し、その価値観変化を学ぶこととした。



  コロナ禍を超える(1)

「下山から見える風景」


価値観の転換が迫られる時代の
コロナ危機。
注目される「昭和30年代」の意味。


失われたものを求めて

1年8ヶ月前、「未知」のウイルス、新型コロナウイルスという感染症に向き合ったが、それは「未知」であるが故、疑問への答えは留保してきた。留保と言うより、疑問を心の中に押し殺していったと言うのが本音であろう。
そして、コロナ禍を経験して、多くの経験の中、問題・課題があらわになった。生活実感から見ていくと、給付金支給の混乱と遅れに見られたように、いかにIT化、デジタル化・システム化があらゆるところで遅れていたか。国民皆保険という誇るべき制度を持ち病床数も世界で有数の医療を持っていると言われてきた日本であるが、残念ながら感染症には対応できなかったこと。こうしたことは個々の専門家にその評価を任せることとし、私の専門分野はやはり「消費」を中心とした生活者のライフスタイル変化にある。
感染症によって失った生活実感の第一は、人と会うことができなくなったことである。その象徴がソーシャルデイスタンス、人との距離を保つことであり、不要不急といった行動の制限となった。テレワーク、リモートによる会議といったビジネス変容から始まり、「多人数による会食」の制限、・・・・・・・つまり、人間が本来持っていた人と人との「つながり」、単なる通信としての繋がりではなく、人が持つ「温もり」の交感を失ってしまったことであろう。しかも、強制としてのそれだけではなく、「自制」によるものであり、自らの精神世界に大きな影響を及ぼした。
その精神世界であるが、2018年のベストセラーに「漫画 君たちはどう生きるか」(吉野源三郎著)があった。80年前の児童小説の漫画化である。10年ほど前からエンディングテーマである「終活」が静かなブームになり、最近ではTV番組「ポツンと一軒家」のような人生コンセプトに注目が集まる時代となっている。不確かな時代、不安の時代にあっては、世代に関係なく「どう生きたら良いのか」という人生の時代になったということである。背景にあるのは個人化社会が進めば進むほど、「生き方」が求められるということだ。

コロナ禍が始まって1年半、ワクチン接種も50%を超えるまで進んできた。一方、デルタ株という新たな敵によって7月下旬以降感染が急激に拡大し8月13日には5300名を超える。しかし、お盆休み以降「人流」は増加しているのに感染者は急激に減少する。人流の増加が感染拡大を促すと言っていた感染症の専門家は誰一人真逆の結果である減少理由を説明することができないでいる。私に言わせれば、ワクチン効果もあるが、最大の理由は個々人の「自制」によるもので、その自制を促したのは感染者数と共に「膨大な自宅療養者数」、そのシグナルによるものである。「セルフダウン」という自己管理を再び始めたということだ。そこでこれからはタイトルにある「下山から見える風景」として、まだまだ続くある意味でポストコロナ・ウイズコロナのライフスタイル変化を見据えた分析の第一歩を踏み出すこととした。

「下山」という視座

タイトルにある「下山」とは作家五木寛之の「下山の思想」からのものである。「下山」とは戦後日本の時代変化を表現したもので、簡略化して言えば、荒廃した日本から周知のように成長を果たし、今日に至っている時代の変化を「登山」に喩えて今はどんな時代にいるのかを俯瞰して見せた著作である。五木寛之はその著書の冒頭で「いま 未曾有の時代が始まろうとしている」と書き、いや既に始まっているとも書いている。私の言葉で表現するとすれば、「いま またパラダイムチェンジ(価値観の転換)が始まろうとしている」と言うことになる。実はこの「パラダイムチェンジ」と言うキーワードが社会へと広く浸透したのは1990年代初頭のバブル崩壊後であった。今回のコロナ禍はバブル崩壊に匹敵するようなものではないと思うが、少なくとも価値観の転換を促したことは事実であろう。
今回のテーマは「下山」から見える生活者の風景、戦後の成長結果を「成熟」として見ていくならば、ある意味停滞、いや立ち止まったままの社会経済にあって、「次」への着眼を見出せるのではないかと言う仮説のもとでのテーマ設定である。
コロナ禍によって疲弊したのは日本の社会経済ばかりでなく、一人ひとりのこころが壊れてしまう寸前の状態にいる。壊れてしまった飲食事業、観光産業、・・・・・・・・そうした社会経済の前に、まずは一人ひとり生活者個人の「こころ」を立て直さなければならない。つまり、医療をはじめ多くの「危機」が指摘されてきたが、実はコロナとの戦い方を改めて問い直すことが問われている。どのように危機に立ち向かうかを下山という視座で乗り越えるという試みである。下山とは既に登山を終え山を降り日常に向かう途中のことである。登山途中にも多くの危機に出くわし乗り越えてきた。下山とはその危機に立ち向かう知恵や経験に学ぼうということである。

「過去のなかに未来を見る



”過去に向かう「遠いまなざし」という。人間だけに見られる表情であろう。”と、三木成夫はその著書「胎児の世界」(中公新書)の「まえがき」に書いている。記憶とは回想とは無縁の場で、「生命」の深層の出来事で、遠い過去が、突如、一つのきっかけでよみがえってくると。三木成夫は人類の生命記憶、胎児の世界を書いたものであるが、数十億年という生命誕生の過去を遡ることはできないが、人は時に立ち止まり、過去へと想いは向かうものである。
ところで2005年度の日本アカデミー賞を受賞した映画に「ALWAYS三丁目の夕日」があった。西岸良平さんのコミックを原作にした昭和30年代の東京を舞台にした映画である。ここに描かれている生活風景は単なるノスタルジックな想いを想起させるだけではない。そこには物質的には貧しくても豊かな生活、母性・父性が描かれ忘れてしまった優しさがあり、そうした心象風景で泣かせる映画である。おそらく潜在的には既にあったものと思うが、昭和回帰という回想としての社会現象が一斉に表へと出てきたその先駆けの一つであった。
そして、もう一つが冒頭の画像、宮崎駿監督のジブリ作品「となりのトトロ」であろう。ストーリーは「ALWAYS三丁目の夕日」とは異なるが、同じ昭和30年代前半の日本を舞台にしたファンタジーアニメである。田舎へ引っ越してきた草壁一家のサツキ・メイ姉妹と、子どもの時にしか会えないと言われる不思議な生き物・トトロとの交流を描いた作品である。ジブリ作品の中では初期のアニメ映画であるが、大ヒット作となる「千と千尋の神隠し」(観客動員数2350万人)や「もののけ姫」(1420万人)などと比較すると、わずか80万人であった。しかし、同じ昭和30年代と言う「時代」をテーマとし、そこに生きる人間を描いた点は共通している。「となりのトトロ」における子供にしか会うことができない不思議な生き物トトロとは「大人」が失ってしまった「何か」のことであり、宮崎駿監督の言葉に変えれば工業化、都市化、世界化・・・・・・・経済成長という豊かさと引き換えに失ってしまった「何か」のことである。つまり、今なお大きな潮流となっている昭和レトロ、その中心である昭和30年代の「何か」を描こうとしたかである。
それは、「となりのトトロ」をはじめとした初期作品には以降のジブリ作品の「原型」がある。多くの映画制作がそうであるように、時代の変化と共に観客が求める「多様なテーマ」を取り入れていくこととなる。それは危機の時に常に言われる「創業の精神に立ち返る」ではないが、企業の場合も同様実は立ち返るべき「何か」が語られているからだ。

昭和30年代という時代

昭和という元号の時代は戦前からであるが、昭和レトロのように広く使われるようになったのは戦後であり、平成の時代との比較において使われ、特にバブル崩壊の意味を問う場合が多かった。バブル崩壊以降は失われた30年とも言われるように戦後昭和の高度経済成長期と比べ平成は低成長期・沈滞の時代と言われる。そんな表現をされる戦後昭和の活力、物質的には貧しくても多くの人が生き生きとした時代の象徴として「昭和30年代」があった。つまり、敗戦、荒廃した社会経済、勿論そうした混乱の中生活する人々の「こころ」はどうであったか。まさに日本の登山が始まった時期であった。
1965年11月からのいざなぎ景気と比較される2002年からの平成景気との違いは数字上だけでなく、例えば昭和のいざなぎ景気時代は「Always三丁目の夕日」のような集団就職の時代と就職氷河期を終えた売り手市場の平成就職時代との比較。いや、そもそも比較の前提であるが、昭和の団塊世代は大学卒は全体の15%で中高卒が85%であったのに対し、平成・令和の今はほとんど短大を含め大学全入時代である。年々給料が増えていった1億総中流時代の団塊世代に対し、安定を求める平成・令和の若者の幸福感とは決定的に異なる。昭和30年代とは貧しさを脱却するためのスタートの時期であり、それは以降の競争社会の幕開きの時期でもあった。後に「格差」という言葉が生まれてくるが、昭和30年代には格差も何もない、多くの人が等しくスタートラインに立った競争であった。それは人も企業も同様で、自動車のホンダもソニーも皆町工場であった。「Always三丁目の夕日」の舞台も東京下町の町工場、自転車工場に集団就職する「金の卵」と受け入れる暖かい家族の物語であるが、実は自動車工場への就職であるとばかり思って上京したのだが、自転車工場であったという互いの勘違いから物語は始まる映画である。



とこで町工場かスタートしたホンダは創業者の夢 であったビジネスジェット機まで開発販売すまでに なった。その世界企業の土台となったのがスーパー カブというまったく新しい使い勝手とスタイリングのバ イクであった。このスーパーカブの開発も昭和30年 代、1957年であった。 今日の名だた企業の多くはこの時代に生また。 その誕生の本質はベンチャーであ、今でいうとこ のワークライフバランスとは真逆の生き方であった。 町工場か始まったホンダは、社長も社員もなく昼夜 なく、油まみで働いた時代であった。創業者本田宗 一郎は社員を家族と思い、社員もまた宗一郎を「オヤジ」と呼んだ、日本全国小さな家族が至所にあっ た。そはまさに「Always三丁目の夕日」が描いた世界であ。実の家族と共に、もう一つの「家族」があっ たということだ。そして、この時代こそ「登山」の時代であ、企業も生活者も皆ベンチャーの一員であった。 後に成長と共に、「家族経営」かの脱却と揶揄さたが、今日のベンチャー企業同様あ面では労働分 配率は大きく、社長も社員も報酬面でもそほど大きくはなかった。


昭和を駆け抜けた 「時代おく」

とこであのヒットメーカーであ作詞家阿久悠は亡くな前のインタビューに答えて、昭和と平成の時代 の違いについて次のうに語ってい。 「昭和という時代は私を超えた何かがあった時代です。平成は私そのものの時代です」と。「私を超えた何 か」を志しと言っても間違いではないと思うが、時代が求めた大いな何か、と考えことができ。。一 方、「私そのもの」とは個人価値、私がそう思うことを第一義の価値とす時代のことであう。阿久悠が作 詞した中に「時代おく」という曲があ。1986年に河島英五が歌った曲であ。 「・・・はしゃがぬうに、似合わぬことは無理をせず、人の心を見つめ続け時代おくの男になたい」と いうフレーズは、50代以上の人だと、あの歌かと思い起こすことだう。昭和という時代を走ってきて、今立 ち止まって振返、何か大切なことを無くしてしまったのではないかと、自問し探しに出うな内容の曲 であ。 昭和男の素の世界、寡黙でシャイな男の姿であが、ごく普通の人間模様を描いた曲であ。晩年、阿久 悠は「昭和とともに終わったのは歌謡曲ではなく、実は、人間の心ではないかと気がついた」と語、「心が 無いとわかってしまうと、とても恐くて、新しいモラルや生き方を歌い上げことはできない」と歌づくを断 念す。歌が痩せていくとは、心が痩せていくということであ。 また、昭和の匂いのす俳優と言えば、やは高倉健とな。「網走番外地」などの任侠映画か「幸福の 黄色いハンカチ」を転換点に「鉄道員」や遺作となった「あなたへ」を通底すものがあとすば、そは「時 代との向き合い方が不器用で寡黙な男」とな。全てが過剰な時代であが故に、この寡黙さのなかにざ わめく言葉、無くしかけていものに気づかさ。そを昭和という時代おくを通し、日本人とか男と いったアイデンティティを、いや「生き様」といった生きき人生を想起させてくた俳優の一人であ。まさ に「時代おくの一人」であった。

記憶の再生産 もう一つの昭和30年代

記憶を呼び起こしてくものは東京という都市においても至所で見ことができ。今なお再開発の途 上にあ都市であが、戦後の商店街の歴史を見ていくとわかが、その誕生は上野アメ横のうに闇市 という市場かのスタートがほとんどであ。サラリーマンの街新橋にも闇市はあ、駅前の再開発にって 収容先となったのが駅前ビルであ。吉祥寺のうに駅北口の一角、ハモニカ横丁などはその昭和の世 界を逆に集積すことにって若者の観光地にな、また新宿西口の思い出横丁も戦後の市場跡の名残
であ。現在はコロナ禍にインバウンド需要がないため外国人観光客はほとんどいないが、そまでは まさにインバウンド観光地の一つであった。


実は記憶の中にしかない上野駅を見ていくと、その「記憶」のもつ意味が見えてくる。昭和30年代「金の卵」たちが夜行列車に乗って上京した駅が上野駅であった。北海道新幹線開業に向けた再開発で旧上野駅の雰囲気を一部残しながらも、明るい都市型ショッピングセンターを併設した駅へと変わっていく。実はこの上野駅を舞台にあのミュージシャン中島みゆきが「ホームにて」という曲を書いている。
実は大ヒットした「わかれうた」のB面に入っていた歌であるが、中島みゆきフアンには良く知られた歌である。
 
ふるさとへ 向かう最終に
乗れる人は 急ぎなさいと
やさしい やさしい声の 駅長が
街なかに 叫ぶ
・・・・・・・・・・”
“・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
灯りともる 窓の中では 帰りびとが笑う
走りだせば 間に合うだろう
かざり荷物を ふり捨てて
街に 街に挨拶を
振り向けば ドアは閉まる
 
中島みゆきの出身地は北海道で、上京し降り立ったであろう上野駅を舞台にした歌であると思う。こころの機微を歌う中島みゆきのことだから、「故郷に帰ろう、でも・・・」と迷い躊躇する気持ちを歌ったもので、やさしい駅長さんを通じて”乗れる人は 急ぎなさい(がんばりなさい)”という応援歌である。
東京は多くの地方出身者の寄せ集め都市である。故郷を後にしたが、失くしたわけではない。そんなこころの中にある「故郷」の応援歌は数多くヒットした。時代おくれのシニア世代も、こころの中でこうした応援歌を口ずさんでいる。

豊かさと引き換えにした「何か」




バブル崩壊後の1990年代、戦後の経済成長によって得られた「豊かさ」とは何であったのか、そんな議論が社会に提示されたことがあった。例えば、それまで生きるために必要であった「食」が家計支出に占める比率、既に死語となってしまったエンゲル係数が支出の50%を大きく下回り、レジャーやファッションといった支出が大きくなった。その「食」の変化であるが、1990年代ダイエットブームによって大きく変化していく。ある意味でそうした支出を豊かさの表現であるとした時期があった。昭和30年代の「空腹」を満たす食から、痩せてスマートになるための食への価値観の転換であった。「豊かさ」の意味合いもまた変化してきたということだ。ちなみに、学校給食が本格的に始まったのは昭和31年であった。団塊の世代にとっては懐かしいコッペパンと脱脂粉乳、それに時々出される鯨肉の竜田揚げ・・・・・今食べるとなると決して美味しいとは言えない給食であるが、貧しくても「空腹」を満たしてくれた食であった。
少し前こうした変化を未来塾で「転換期から学ぶ」と言うテーマで「モノ不足から健康時代へ」として描いたことがあった。そうした「変化」の事例として、1日あたりのカロリー摂取量の推移を調べたことがあった。グラフはその時のもので「健康」と言う新しい価値へと転換したことを見事に表している。つまり、豊かさ、幸福感は大きく転換したということである。



しかし、数年前から「昭和レトロ」というテーマが静かなブームとなっている。最近ではリニューアルした西武園ゆうえんちは「昭和の熱気あふれる1日の遊び方」という昭和コンセプトの遊園地である。中にある商店街は「夕日の丘商店街」とネーミングされ、まさに映画「ALWAYS三丁目の夕日」の世界となっている。
あるいはこれも静かなブームの一つとなっているのが、喫茶店である。勿論、当時のメニューであるクリームソーダにプリン、軽食にはナポリタンといった具合である。
10年ほど前から若い世代の一種の観光地にもなっている吉祥寺だが、最近はカフェブームが起きていると書いたことがあった。この吉祥寺に詳しい知人に聞いたところ昭和レトロな喫茶店にも若い世代の行列ができているとのこと。聞いてみると吉祥寺駅南口近くの喫茶店「ゆりあぺむぺる」。宮沢賢治の詩集『春と修羅』に登場する名前からつけた喫茶店である。変化の激しい吉祥寺にあって、実は1976年にオープンして以来ずっと変わらずこの場所にあり、地元の人に愛されている老舗喫茶店である。勿論、クリームソーダも人気のようだが、他にもチキンカレーなどフードメニューもあるとのこと。
余談になるが、吉祥寺が魅力ある街であるのは新旧の店が個々の魅力を発揮集積しているからに他ならない。ハモニカ横丁の飲食街のみならず、古くから地元住民に愛されてきたメンチカツの精肉店「サトウ」や孤独のグルメにも紹介されたユニークな喫茶店「カヤシマ」など「ゆりあぺむぺる」もそうした個性溢れる店の一つである。「昭和」は記憶だけでなく東京の街の至る所に残っている。(後半に続く)」
  


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2021年09月26日

「季節」から始まる日常   

 ヒット商品応援団日記No797毎週更新) 2021.9.26.



首都圏をはじめとした感染者数が急激に減少している。この理由についてやっとTVメディアも感染症専門家に質問するが「まとも」な答えを行い得る専門家はほとんど皆無である。8月のお盆休み以降人流は増えているのに感染者数は逆に減少に向かっている、その理由を問うているのだが、これまで人流の増減は感染者数の増減とパラレルな関係にあるとし、人流抑制の対策をとってきたが、まるで逆の現象が現れてしまった「事実」に誰も答えられないのが現状となっている。唯一答えようとしていたのは東京都のモニタリング会議で繁華街における夜間の滞留人口が減少しているからであると。これも何故夜間人口が減少したのか、その理由を説明してはいない。
私は数ヶ月前から生活者・個人は政府自治体による緊急事態宣言による行動抑制にはあまり影響を受けず、独自なシグナルに反応していると指摘をしてきた。そのシグナルであるが今年の正月明け第3波の場合は「感染者数が初めて2500名に及んだ」というシグナルであり、第四波の時は大阪における感染者の急増により「自宅療養者に死者が出た」という事実、今回の第五波においては「8月上旬感染者数が5000人を超え、入院できない状態、自宅療養者が急増、入院すらできない状態」というシグナルによって強く「行動の自制」が働いた結果であると。もう一つの理由があるとすれば、高齢者へのワクチン接種効果により感染者が減少しているという事実であろう。つまり、生活者・個人はこれまで1年8ヶ月の学習から明確に行動を抑制したり、緩めたりしているということだ。つまり「シグナル」に反応してハンマー&ダンスを自身で行った結果であるということである。
その「ハンマー」という自制行動の一つの「数字」として5月の百貨店売り上げ・客数はあまり良い表現ではないが、次のように見事なくらい減少している。
『8月の売上高は前月同月比15.9ポイントダウンし11.7%減、入店客数も是年同月比17.4ポイントダウンの13.8%減』
こうした減少はコロナによるだけでなく、大雨という自然現象もあってのことだが、百貨店だけでなくSC(ショッピングセンター)も前年同月比▲11.6%と大きく減少となっている。昨年4月第一波の緊急事態宣言の時の消費の落ち込みほどではないが、生活者・個人が「自制」した生活行動はこうした消費結果を生んでいるということだ。

こうした現象は規制の対象となった飲食店においても如実に現れている。現在は自民党の総裁選に話題が移ってほとんど報道されていないが、毎日新聞によれば、8月上旬都心の繁華街で計500店を目視調査すると、4割超は時短営業をしていなかった。またそのほとんどが酒類を提供していると報じている。つまり、居酒屋や飲食店も独自な判断によって8時以降営業したり、休業したり、ハンマー&ダンスを行っているということである。しかも、こうした繁華街において大きなクラスターが発生したという事実はない。
何故こうしたことが起きているかはこの1年8ヶ月間違ったアナウンス・報道に惑わされてきたことからである意味自己責任において判断・行動しているということである。例えば、感染者が急増し始めた8月上旬、あの8割おじさんこと京大の西浦教授は「東京だけで1万人を超える」との試算を発表している。現実はその半分であったが、多くの「学者」の予測はほとんどが外れている。狼少年ではないが、こうした予測を信じて行動変容することなどほとんどないであろう。生活者・個人の判断基準があるとすれば臨床という現場を持った感染症の専門家・医師の発言だけである。来院する患者の行動履歴など感染防止に役立つ発言には耳を傾けるということだ。

既に緊急事態宣言延長の期限が迫っている。全面解除に至るかどうかわからないが、旅行代理店や観光業者は報道されている通り既に動きはじめている。その中心はワクチン摂取者を主対象とした特典付きの10月以降の「旅行」である。またシルバーウイーク期間では首都圏の近場、箱根や鎌倉・湘南、日光あるいは高尾山などへの行楽、マイカーによる移動が中心となっていて高速道路は渋滞j状態となっている。しかし、ある意味リスクを回避した慎重な行動となっている。つまり、近場でオープンエアーな場所へ自家用車で移動するという自己防衛に基づいた慎重な「楽しみ方」である。コロナ禍1年8ヶ月ハンマーばかりの日々であったが、やっとダンスができるようになったということである。
政府は飲食店や大規模イベント、あるいはライブハウスなどでの実証実験が計画されていると報道されている。これは1年8ヶ月時短や人数制限、飲酒規制など多くの感染防止の規制策が実施されてきたが、その効果の検証が明確な数値を持って行われてこなかった。本来であれば保健所に集められて膨大な感染者の行動履歴や濃厚接触者との関連などビッグデータ解析が行えたはずであった。しかし、周知のように保健所を介在させるシステムのため対応が不可能になり、重要な情報を得ることができなかった。この実証実験はやって欲しいが、どのように感染するのかしないのか、ワクチン効果はどの程度なのか、その明確なデータを持った「根拠」を示してほしい。その根拠が不鮮明であることから多くの生活者・個人の納得が得られないのだ。政府自治体のコミュニケーション不足や説明力の無さはこうした「根拠」がないことによる。その表れと思うが、第一波から第五波まで一度も反省を含めた総括がなされていない。更に言うならば、分科会も同じで科学的な根拠は感染症という病気に関するものだけで、ウイルスの感染とは「人」が運ぶことから生活者・個人のコロナに対する「意識と行動の変化」をデータを持って明らかにすることが不可欠であった、しかし、こうした分析はほとんどなされないままの1年8ヶ月であった。せいぜい公開されたのは「人流」という名のもとで繁華街や観光地の人出情報だけである。勿論、人流と感染との相関関係は明らかにされないままであったが。

ところで「日常」に向かって生活者・個人は行動を始めていると書いたが、今回のシルバーウイークの楽しみ方を見ても分かるように慎重である。ただ日常の中心を占めている「食」は変化していくあろう。極論であるが、デリバリーとテイクアウトあるいは冷凍食品やレトルト食品といった食生活から、今までの「普通」に戻るということである。例えば、久しぶりに朝食には干物に白いごはん、豆腐のみそ汁、漬けもの、といった食生活である。ハレとケという言い方をすればケに戻るということであり、普通回帰とでも呼びたくなるような日常である。コロナ禍1年8ヶ月、直接規制の対象となった2つの業種、飲食と旅行から普通回帰が始まるということだ。
そして、蕎麦好きであれば新そばを求めて少し足を伸ばすであろう。また、サンマは今年も高いが、ブータン産の松茸は安く手に入るので松茸ご飯を作る家庭もあるだろう。日常とは「旬」を食べることであり、余裕を持って季節に向き合えるということだ。
飲食店を始め旅館やホテルの顧客の迎え方にもお得の提供もあるが、季節の花などをテーブルに一輪添えることだ。これもまた日常のサービスであったはずである。アクリル板があっても、席と席との間隔が離れていても、入り口では消毒液を用意したり、・・・・・・・・・つまり、感染防止は万全にしながら以前のように心が届くサービスを心がけるということだ。日常を取り戻す第一歩は季節の旬から始まる。(続く)  


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2021年09月02日

新たな戦い方が始まった 

ヒット商品応援団日記No796(毎週更新) 2021.9.2



この1週間東京の感染者数は減少へと向かった。勿論1日3000人台と言う高い水準で医療は逼迫しているのだが、首都圏の実効再生産数は東京の場合は0.9を切り、埼玉、千葉、神奈川も0.9台となった。(東洋経済オンラインによる) 一方、逆に地方の感染者数は増加し、逆の現象となっているが、当たり前のことで、お盆休み期間中首都圏から地方へ帰省した結果に過ぎない。この期間都心繁華街の夜間の人出は減少したと報告されている。このことも当たり前のことで、多くの人は地方に出かけており、繁華街で夜遊びする人が少なくなるのは至極当たり前のことである。そして、この1週間ほど都心の夜間の人出が増加してきたと言う。つまり夏休みを終え、「日常」に戻ったと言うことだ。

前回のブログで「新たな戦い方」が問われていると書いた。その背景であるが、今流行しているデルタ株は従来のウイルスアルファ株とは異なる変異株として認識を新たにして対応することが必要であるとの理解からだ。私の理解の多くはiPS細胞研究所の山中伸弥教授が公開してくれているHPによるものだが、そのデルタ株の研究内容が公開されている。このデルタ株についてはその感染力について、従来株とのウイルス量の比較において1000倍とも1200倍とも報道されているが、山中教授はインドで発生したデルタ株の簡単な歴史と共に、イギリスにおける感染リスク評価と共に次のようにコメントしてくれています。
『アメリカCDCの内部文書によると、1人の感染者が何人に感染させるかという基本再生産数(R0)は、新型コロナウイルスの従来型は2~3程度であったのに対して、デルタ変異は5~9と、水痘並みに高くなっているとしています(図3)。この内部文書はワシントンポストが入手し7月29日に報道しました。アルファ変異は従来型の1.5倍、デルタ変異はアルファ変異の2倍の感染力と推定されていますので、この5~9というR0の推定値は妥当と考えられます。私が知る限り、人類が経験した呼吸器疾患のウイルスで、最大の感染力です。』
そして、こうした感染の強いデルタ株についてのワクチン効果についても触れており、効果がかなり半減されるのではとした報道についても『これらは客観的な検証は受けていないデータであり、さらなる評価が必要です。しかし、これらのデータに基づき、イスラエルでは60歳以上の国民を対象に3回目接種 が開始されました。』ともコメントしている。「査読」と言う複数の研究者の眼を通した成果であるかどうかを見極めることも必要であるとも指摘してくれている。

さてその感染力の対象となっているのが、若い世代である。その世代に対し予約なしでもワクチン摂取できるとし、渋谷の摂取会場には午前1時には先頭集団ができ、後は密なる行列ができるといった「失態」を犯している。行節を作って並んだが摂取できない若い女性はインタビューに答えて「こんな状態になるなんて私でもわかること」と吐き捨てるように言っていたのが印象的であった。そして、行列に並んだ多くの若い世代の多くは「早く接種したい」「予約したくてもできない状況」と答えていた。翌日今度は先着順ではなく、抽選方式にしたとしたが、今度はその行列はt隣の駅原宿まで伸び3500人にも及んだと報道されている。東京都の発表ではワクチン接種を望まない人が20%もいることからこんな行列になるとは思わなかったとコメントしている。TVメディアもネット上のワクチン非接種理由のコメントばかりに焦点を絞り込んでいるが他の調査でも70%近くの若い世代はワクチン接種を望んでいると報告されている。ここでも「調査」の何を読み取りどう対策をすべきかを見極めることが問われている。少し前になるが、飲食店の時短及び飲酒の制限について聞かれた都知事は「90%を超えるお店が都の要請にしたがっている」と答え失笑を買ったことがある。その後複数の新聞社やTV局の調査では新宿歌舞伎町や新橋・渋谷の飲食街を調べたところ50%以上の店はコロナ前の「営業」を行っていたと報告されている。

昨年夏頃からの「若者悪者説」に対し、何度となく反論してきたが、今回のデルタ株との戦いについては極めてセンセティブに反応している。それは感染が急拡大し身近なところで感染者が出てきたことにある。しかも、入院できずに自宅療養の状態が迫っていると感じとったたと思う。その背景には従来のイギリス株の場合無症状もしくは軽症で済むといった理解が次から次へとくつされる事態が起こっているからだ。それはここ1ヶ月ほど報道される重傷者や死者に若い世代が増えてきたことへの反応である。そして、これまでのような自由な行動を行うにはワクチンが必要であると考えた結果が渋谷のようなワクチン接種の行列を作ったと言うことだ。今年5月には高齢者がワクチン摂取の供給不足で行えない状況、混乱した事態が生まれたが、高齢者の場合の行列は肺炎というという身近で「命」に関わることからであったが、若い世代のそれは「自由な行動」を求めてのことからである。不安なくもっと自由に遊びたい、新しい、面白い、珍しいものを求める自由な日常の取り戻しである。
ネット上のワクチンデマに惑わされる若い世代と言った極めて間違った認識、偏見で若い世代を見てはならないということだ。山中教授がコメントしてくれているように、デルタ株の感染力の凄まじさ、いや恐ろしさにいち早く反応しているのが「若い世代」であると認識しなければならない。「若者悪者説」どころか「若者先駆者説」と言っても良いぐらいである。

また、若い世代でも10代以下、特に小児にも感染が広がっている。ある小児科医は「初めての感染症」として取り組まなければならないと警告すらしている。感染はいわゆる「家庭内感染」であるが、母親から子だけでなく、子から母親へも感染するといった状況も生まれているようだ。これも感染力の強さということになるのだろうが、まさに「市中感染」状況とはこうした現実のことを指してのことだ。小児は免疫力が強くほとんど感染しないものとされていた。しかし、今回第五波ではこうした認識を変えなければならなくなった。東京の保健所は既にパンク状態で疫学調査も限定的にしか行えない。つまり、誰でも小児でもがいつでも知らず知らず感染してしまう環境にいるということだ。
ただここ1ヶ月ほどの感染を見ていくとわかるのが学校以外の場所での感染である。例えば、小学校などの感染防止対策は実は徹底している。黙食はいうに及ばす、生徒間のディスタンスを十分取り、換気も・・・・・これらは周知の通りである。ところが、学校は夏休みになり、感染場所は学習塾などのクラスター発生による実態を見ても分かるように、学校以外の所での感染が見られるのが実態である。

こうした事例でも分かるように勝手な決めつけをしてはならないということだ。保健所の疫学調査は十分ではないが、ここ数ヶ月感染経路における「飲食店」はどんどん少なくなっている。感染源=飲食店という理解は感染が会話などによる飛沫及びエアロゾル感染と言われてきた。しかし、長崎大学の森内教授のような研究者からは「空気感染が主な感染経路」という指摘も出されている。その背景であるが、ウイルス量が桁違いに多いことからだが、「換気」を特に十分にすることが必要との指摘である。この空気感染は飲食店に限らず蜜な空間全てに当てはまることで、抜本的な対策変更が必要とされるということだ。但し、これら議論も論争中であり、確定的なことではない。あくまでも「可能性」ということである。しかし、従来のアルファ株とは異なるウイルス理解が求められていることだけは事実である。こうした背景には今回の第五波はそれまでの感染とは異なる結果をもたらしているからである。第4波までは欧米を始め世界の各国と比較して日本は感染率も低く、重症化率も低く死者数も少ないことから東アジア諸国と共にその謎を「ファクターX」と呼ばれてきた。そのファクターXの提言は周知のiPS細胞研究所の山中伸弥教授であるが、その研究は多くの研究者に引き継がれており、その中の研究の一つが「BCGワクチン」と「交差免疫」の存在なのではないかという仮説である。いずれにせよ、今夏の第五波がそれまでの感染とは異なるものと認識されているからである。

ところで世界はどういう状況なのか見回してみるとこのデルタ株の本質の一つが見えてくる。感染者数や死者数は報道の通りであるが、デルタ株がもたらした「事実」を考えてみることとする。
東京五輪は多くの国民の反対を押し切っての開催であったが、日本人選手の活躍によってその後の調査では約60%の人が「よかった」と評価していたが、政権への評価・内閣支持率は下がりっぱなしである。前評判・目論見とは全く異なる「結果」が生まれている。
まず評価の指標の一つとして、東京五輪の開会式の視聴人数は全国で7061万7000人と推計されている。NHK総合の視聴率では、番組平均個人視聴率が40.0%、同世帯視聴率が56.4%だった。一方、米国で五輪のテレビ放送を担うNBCによると、23日に行われた東京五輪開会式の視聴者数は1700万人で、近年の歴代大会と比べ大幅に減少した。ちなみに、2018年平昌冬季五輪が2830万人、16年リオデジャネイロ夏季五輪が2650万人、12年ロンドン夏季五輪が過去最多の4070万人、08年北京夏季五輪が3490万人だった。分科会の尾見会長に言われるまでもなく、異常事態の中での大会であることがわかるであろう。これは日本だけでなく世界中がそうであるということだ。
かつてNBCテレビの経営者は、コロナ禍の東京五輪は史上最高の売り上げを記録すると豪語したが、その目論見は外れ、NBCはスポンサーとの間で補償交渉に入ったと米国メディアは伝えている。というのも1990年代以降のTV広告業界はスポンサーとの間で視聴人数(視聴率)」に対する実績に対し支払う実績主義が慣行となっており、実績が予測に届かなかったらその差額は補償する契約となっている。低迷し続けるオリンピックイベントはコロナ禍によって日本だけでなく世界中に広がっているということを思い知らされる。

新型コロナウイルスが初めて感染が確認された時の標語が「正しく 恐る」であった。その「正しさ」は感染症研究者ばかりでなく、飲食事業者を始め多くの事業者、社会を構成する学校などの組織はもとより一人ひとりの生活者・個人にとっての「正しさ」の再認識が必要となっている。デルタ株によってそれまでの「正しさ」も変わらなければならないということだ。
その正しさであるが、これまで感染を拡大させる犯人とされてきた「若い世代」がマスコミ、特にTVメディアの認識とは真逆であることが、東京渋谷におけるワクチン接種の行列がある意味「危機」を先行して表している。政府分科会の尾見会長は国会で「異常事態の中での東京五輪はあり得ない」と発言し、更にこの8月国会でパラリンピックの開会式にIOCのバッハ会長来日に関し「今人々に外出を自粛するように要請しているのに、何故来日するのか、挨拶であればオンラインで済むじゃないか。・・・・・・・・」いささか科学者でない感情的な発言であるが、国民感情を代弁した発言であろう。その東京五輪の評価の物差しの一つである世界の評価、どれだけ関心を持って迎えてくれたか、それはNBCテレビの無残な視聴者数の結果を見れば明らかだ。尾見会長が言うように「異常事態の中での東京五輪はあり得ない」その通りの結果となったと言うことだ。

1年半ほど前に新型コロナウイルスの正体がわからないまま日々の行動を自制してきた。そして、1年半行動の変容を促した「恐怖心」はその後の学習体験と共に次第に薄まってきた。1年半前の恐怖心は未知への恐怖であり、あの8割おじさんこと西浦教授の「このままでは42万人もの人が死ぬ」と言う預言者めいた発言に象徴された。「その後西浦教授はその誤りエオを認めている)
しかし、今抱えている恐怖は膨大に膨れ上がった「自宅療養者」である。ワクチン接種が進み重症患者が少なくなってきたが、自宅で療養中の人が8月25日時点で11万8035人になったと公表されている。ちなみに東京都では前週比で2800人余り増え、2万5045人となったと。パンク状態の保健所にも連絡が取れず亡くなる感染者が続出している。つまり、入院するどころか医師にも診てもらえずに亡くなるという恐怖である。ワクチン接種に渋谷に行列を作った若い世代は敏感にそうした「恐怖」を感じていると私は思っている。都知事はこのデルタ株について「災害級」と表現したが、このまま「恐怖」を放置したらそれは「人災」になる。(続く)
  
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2021年08月17日

問われているのは、新たな戦い方 

ヒット商品応援団日記No795(毎週更新) 2021.8.17



東京都のモニタリング会議で、専門家は「かつてないほどの速度で感染拡大が進み、制御不能な状況で、災害レベルで感染が猛威を振るう非常事態だ」と指摘し、「災害時と同様 自分の身は自分で守る行動が必要な段階」との認識を示した。多くの報道がなされているように、感染が急速に拡大し8月5日には過去最多の5042人の感染が確認された。そして、自宅療養者は2万人を超え、大阪と同じように自宅で亡くなる人も出始め、医療逼迫を超えて破綻へと向かいつつある。
この急速な感染拡大の少し前8月2日には「入院は重症者や重症化のおそれが強い人などに限る」との政府発表があったが、与党の中からも反発があり、中等症も原則入院とするとした修正を行いその方針が2転3転する迷走ぶりとなった。
また、これも報道されているが、大阪の阪神百貨店あるいは東京では新宿伊勢丹でクラスターと思われる多くの感染者が出る状況も生まれ、休業もしくは入場制限を行う状態にまで至っている。これは政府分科会の尾見会長からの提言として大型商業施設への入場制限をすべきとの提言に沿ったもので既に百貨店などでは各々入場などの制限が実施されている。

さてこうした迷走・混乱はデルタ株と言う変異株への認識と対応が遅れたことに起因しているのだが、このデルタ株は既に「市中感染状態」になっていると言うことを表していると言うことだ。日経新聞によれば新宿伊勢丹の場合8月4日までの1週間に、店舗で働く従業員計81人が新型コロナウイルスに感染した。感染者のフロア別の人数分布を見ると分かるのだが地下の食品売り場が極端に多く、上の階のフロアに行けば行くほど感染者は少なくなる。つまりフロアへの集客人数にある意味比例した感染者数となっている。つまり、いつでも何処でも罹患すると言うことである。
また、大阪では阪神梅田本店にコロナ・クラスターが発生している。これも伊勢丹同様デパ地下に感染者が多く7月26日以降に従業員の感染が拡大。今月8日までに計145人となり現在休業となっている。
大阪の人には周知のことだが、このデパ地下には「スナックパーク」と言ういわば立ち食いできるスペースがあり、冒頭の写真のようにちょい飲みもできる名物スポットが人気となっている。当然、マスク無しの飲食ということになる。こうした阪神百貨店のようなデパ地下もあるが、試食を始めイートインのスペース・コーナーを設定した専門店も多い。
今年の春の緊急事態宣言の時に大型商業施設・百貨店に対し、ハイブランド・ラグジュアリーブランドなどの売り場に対し、「生活必需品」ではないことを理由に規制の対象とし食品は生活必需品ということで制限の対象外とした。当時、ブログにも書いたが、流通の実態、現実を知らない机上のプラン、世間受けするような規制で、感染防止対策としての合理性はほとんどないと指摘をしたが、その通りの「結果」となった。
そこで出てきたのが、前述の「災害時と同様 自分の身は自分で守る行動が必要な段階」である。こうした発言は感染症専門家の立場からの警鐘であれば許されるかもしれないが、政治行政の場合、責任放棄であり、決して許されるものではない。

この「災害」というキーワードを聞いた時、とてつもない違和感を感じた。それはコロナとの戦い方であり、昨年5月ブログ「連帯してコロナと戦う 」(2020.4.16)に次のように書いたことを思い出した。

『東日本大震災の時もそうであったが、「現場」で新しい新型コロナウイルスとの戦いが始まっている。医療現場もそうであるが、マスクや医療用具の製造などメーカーは自主的に動き始めている。助け合いの精神が具体的行動となって社会の表面に出てきたということである。「できること」から始めてみようということである。その良き事例としてあのサッカーのレジェンドキングカズはHP上で「都市封鎖をしなくたって、被害を小さく食い止められた。やはり日本人は素晴らしい」。そう記憶されるように。力を発揮するなら今、そうとらえて僕はできることをする。ロックダウンでなく「セルフ・ロックダウン」でいくよ、と発信している。そして、「自分たちを信じる。僕たちのモラル、秩序と連帯、日本のアイデンティティーで乗り切ってみせる。そんな見本を示せたらいいね。」とも。恐怖と強制による行動変容ではなく、キングカズが発言しているように、今からできることから始めるということに尽きる。人との接触を80%無くすとは、一律ではなく、一人一人異なっていいじゃないかということである。どんな結果が待っているかはわからない。しかし、それが今の日本を映し出しているということだ。
東日本大震災の時に生まれたのが「絆」であった。今回の新型コロナウイルス災害では「連帯」がコミュニティのキーワードとなって欲しいものである。』

こうした「自制」をベースに拡大防止策を徹底する動きは自治体も同様にあった。ちょうど同じ時期に病院にクラスターが発生し、閉鎖という措置をとって苦境を乗り超えたのが和歌山県であった。初期対応の手腕が高く評価された仁坂吉伸知事が感染源となっている「大阪」との関係を自分の言葉で本音のメッセージを公開していた。よくメッセージが届かない、危機感が共有できないなどと発言する専門家や首長が多いが公開された発言の一部を抜粋しておくが、こうしたメッセージのt届け方もある。(知事からのメッセージ 令和2年4月27日)

『それにしても、うらみ節みたいになりますが、和歌山県で主として当局の努力で感染の爆発をかろうじて抑え込んでいるのに、全国の大都市の惨状は目を覆うばかりになってしまって、大阪との関係が切っても切れない和歌山県としては本当に困ってしまいます。したがって感染防止のために大事なことは、大阪を中心とする県外からの感染流入の防止ですので、大都市などで前から行っている感染源となりやすい業種、施設の営業自粛の法的措置だけでは足りませんから、県外から人が来そうな施設に対して県外の人は皆断って下さいという自粛要請も行っていますし、24日にはゴールデンウィークを控え、県外から今年ばかりは是非来ないで下さいという呼びかけも行いました。この部分は、法律的権限もありませんし、一部は、法律上は営業を継続すべき、すなわち自粛要請をするのはとんでもないという業種、施設になっているものもありますが、和歌山の位置付けと、今大阪など県外で感染が荒れ狂っている状況からあえてそういう措置をとっているわけです。
 しかし、考えてみますと、コロナさえなければ、それらはどうぞ来て下さいとプロモーションを熱心にしてきた産業が多く、私が就任以来心血を注いで振興に力を入れ、色々な手を打って育ててきた産業ばかりなのであります。そう言う意味で自分で自分を痛めつけているようにつらい時期であります。
 だからどうしても、なんで日本中こんなになってしまったんだとうらみ節を言いたくなるわけです。大都市をはじめ、感染が著しく進んだ地域のトップの人は、それぞれの都道府県民にもっと自粛をしてくれ、感染が進むのは、自粛をしてくれないからだと強調されますし、マスコミの報道もそればかりですし、政府の対策も、このところは特にそればかりになっているように見えますが、私は本当にそうかと思っています。感染が拡がるにまかせてしまったのは、半分は人々の油断した行動だとしても、半分は当局の努力が足りなかったからではないでしょうか。
 大都市のようにこんなに毎日何十人も、百人以上も新規感染者が出てきたら、完璧な抑え込みは到底出来ないけれど、それでも抑え込み努力は続けなければいけない、あきらめてしまっては、もう爆発しかないと思います。また、感染者への対応にしても、その人の安全を守るためと感染を更に増やさないために、出来ることならした方が良い対応ということがあるはずだと私は思います。
 そのいずれも、国には感染症対策の専門家が居るはずなのに、感染症対策の当局の対応についてアドバイスをしているかというとあまりなく、あっても後手に回り、言っていることは、別に専門知識が無くても政治家が考えつきそうな人々の行動の自粛ばかりを言っていて、それがメディアでとても大きく報じられる、それが現状のようで、私も思わずうらみ節を言いたくなるのです。そう言えば最近は疫学的調査というちょっと難しい専門用語も政府からも聞こえてきません。それこそ、和歌山県でまだ必死に展開している辛い作業なのですが。専門家は主として医学と医療の専門家ではないのでしょうか。その本当の専門分野で我々を導いてくれることがないのでしょうか。
 私は、感染症についての学はありませんが、県のトップとして必死で対策に取り組み、数少ないかも知れないが、実態をつぶさに見て、一つ一つ対応を考えて頑張ってきた経験から、この病気と当局の行うべき対応を段階別に次のように整理できると思います。』

この発言の後半には感染状況の段階をA~Gの7段階に分けてわかりやすく説明をしてくれています。文中にあるように地方の首長の「うらみぶし」として、その心情を吐露している。私の理解は「うらみぶし」とは県民への連帯、共に戦おうとの呼びかけに他ならないと思っている。知事も県民も同じ人間であり、共に苦しみもがいている生き様を共有しているということだ。この行政のあり方は首都圏に接している山梨県知事にも似通っているところがある。山梨県の感染防止戦略については何回か書いたので繰り返さないが、例えば防止の主人公は飲食業であり、規制の対象としてのそれではない。防止のためにはとことん行政は支援する考え方に徹するものであるが、和歌山県と同じ「共に戦う」スタンスである。私はそうした行政を県民と共に戦う一種の「県民運動」であると感じた。規制の対象ではなく、共に戦うことであり、考え方の根本として真逆である。それは県民の自発性を信じることであり、県民もまた首長を信じる、そんな良き関係・信頼関係が創られているということだ。

このブログを書いている途中で緊急事態宣言の9月12日までの期間延長とエリア拡大を検討していると報道された。周知のように東京の場合は新規感染者が4000名台と高止まりし、埼玉、千葉、神奈川、大阪、沖縄も同様の傾向を示していることと、その他の地方にも感染が拡大している背景からだ。そして、東京の場合は結果として自宅療養者が急増し、連日マスコミ、特にTVメディアがその対策について報じている。政府分科会の尾見会長が言うように感染が収まる理由が見出せないと言う「打つ手がない」状況だが、それでも緊急事態宣言を延長せざるを得ない、と言うことからであろう。
既にかなり前から生活者個人は「自己判断」によって自らの行動をし始めていると書いた。繰り返し書くことはしないが、その行動を変えた「シグナル」は例えば第一回目の緊急事態宣言が発出された時は「未知のウイルスへの恐怖」であった。そして、ウイルスへの学習も進み、第三波の正月明けの感染者数が初めて2500名を超えた時、大阪では4月自宅療養者が急増し亡くなる方が続出し、1医療破綻の実態」を感じた時、そして今回東京でも自宅療養者の急増に一種の「恐怖」を感じる事態へと至っている。これは緊急事態宣言が「日常化」してしまい、「シグナル」は緊急事態宣言ではないと言うことの証明である。
ただこれは私の推測であるが、この夏のお盆休み・規制については地方への感染拡大はあると思うが、実は長崎、佐賀、福岡、広島に大雨特別警報が発令され、行動抑制が働いたのではないかと言う私見である。但し、8月末になれば大学をはじめ多くの学校で授業も始まり、若い世代の行動が活発になる。その結果は9月上旬〜中旬に出てくると予測される。政府の唯一の感染拡大防止策であるワクチン接種の効果は出てこない。

話を元に戻すが、今回の急激な感染拡大の理解の仕方であるが、周知のようにデルタ株と言うウイルス量の多い、つまり感染力の強いウイルスである。ある意味新たなウイルスとの戦い方となるが、政府行政からは指針となるものすら出てきてはいない。分科会の尾見会長の「今までの行動を半分にしてください」と言う呼びかけに対し、小池都知事は具体的に「今までの買い物は3日に1回にしてください」と記者会見でコメントしていた。その報道を聞いて、あるスーパーの店長は「何を今頃言っているんだ。1年も前から買い物の回数は減って3日に1回となっているのに」と呟いていたのが印象的であった。
生活現場を知らない政治家が迷走するのは当然であるが、今必要とされているのは「新たなウイルスとの戦い方」である。政治家にとって「パフォーマンス」もメッセージであるとしても、それだけではない。今回は敢えて和歌山県知事の長文のメッセージを引用させてもらった。過剰な情報が行き交う時代に一見時代遅れのように感じるかもしれないが、この長文もまたメッセージである。特にタイトルとなっている「うらみぶし」がなんとも言えず知事の人柄を感じた次第であるが、和歌山県のHPを覗くのも「新たな戦い方」の参考の一つになるかと思う。(続く)  


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2021年08月03日

2021年の夏 

ヒット商品応援団日記No794(毎週更新) 2021.8.3



昨年の夏GoToトラベルがスタートし、観光産業は活況を見せていた。TVメディアは「お得な旅」の特集を競って報道していた。ただ夏休みの旅行については読売新聞の調査であったと思うが、旅行はしないとした自制する生活者が60%を超えていたと記憶している。今もTVメディアに出演している感染症の専門家の一人はGoToトラベルを「社会的な実験」と呼んでいた。ちなみにGo To Eatキャンペーンは10月1日よりスタートした。
さて、今年の夏はどのようなコロナ禍を迎えているかを比較してみると現在の状況が浮かび上がってくる。
・2020年7月30日の感染者数(東京);463人、
・2021年7月31日の感染者数(東京);4058人、
今年の夏はGoToトラベルに代わって東京五輪における日本選手の活躍がTVメディアを賑わしている。ところでGo To Eatの対象であった飲食店は周知の通り、廃業と休業、あるいは時短要請に従わない営業店が急増している。(日経新聞をはじめいくつかのメディアが調査をしているが、少なくとも都心繁華街の飲食店は50~70%の店が時短要請に従わない従来営業を行なっていると。)ちなみに、時短要請には従わず、東京都に対し提訴しているグローバルダイニングは2021年1~6月期の決算を発表している。その内容だが、売上高が前年同期比92・3%増の47億円、純利益が5億円の黒字で、前年同期は9億円の赤字で大きく改善したとのこと。これは今年は緊急事態宣言下、まん延防止等重点措置の中でも営業を続けた結果だと話した。協力金を得ながら赤字の多い飲食業界にあって、この黒字決算をどう受け止めるか業界のみならず、政府・東京都も考えるべき事例であろう。

また、昨年と比較し大きく変わったのがワクチン接種である。医療従事者から始まり、高齢者への接種は東京では71.94%(2回目接種・7月28日時点)と進んでおり、感染者の内訳にも高齢者の比率が大きく下げている。高齢者本人のワクチン接種もさることながら、高齢者のクラスター発生が多かった介護施設の従事者や医療従事者がワクチン接種を済ませたことが大きな要因となっている。なお、ワクチン供給がストップしている問題については前々回のブログ「不安から不信へ」を参照ください。
また、昨年の新型コロナウイルスの変異種であるデルタ株が猛威を奮っているが、従来型と比較し、感染スピードが極めて早いという特徴を持っている。(なお、毒性の比較論文についてはほとんど発表されてはいない)

こうした状況を踏まえ、政府分科会の尾見会長は国会で「強い対策を打ってみんなが危機感を共有しない限り、この傾向はしばらく続く」と指摘した。「人々に危機感を共有してもらえるメッセージと、感染状況にふさわしい効果的な対策を打つこと(が必要)だ」とも語りた。つまり、コロナ禍1年半、最早従来のような「考え」のもとでは生活者・個人の自制に頼った政策は意味を持たないという指摘である。ある報道番組の渋谷に集まる若い世代へのインタビューで「政府は東京五輪というお祭りを進めているが、自分たちもこの夏を楽しみたい」と発言していた。渋谷周辺はセンター街を始め、路上飲みのグループが多数集まり、東京の繁華街はパーティだらけとなっている。つまり、若い世代にとって東京五輪には興味はなく、路上パーティの方が楽しいとした見事な「すれ違い構図」となっている。尾見会長が言う「危機感の共有」どころの話ではないと言うことだ。

政府は8月2日から首都圏3県、大阪府を加え緊急事態宣言を発出した。若い世代のみならず多くの人はそのメッセージ効果は無いと感じているが、期間は8月31日までの期間(延長)となった。この期間延長はワクチン効果による感染拡大を止める効果を狙ってのことと想定されるが、果たしてそのような結果が得られるか疑問に思う専門家は多い。ただ、この1年半で現場医療は治療の精度は上がり亡くなる患者は極めて少なくなっている。問題なのは病院やホテルへの収容が追いつかない、つまり自宅療養と言う感染者が膨大に膨れ上がり、東京の場合自宅両両者は既に1万人を超え、病院などへの調整患者を含めると2万人を超える現状となっている。
ちょうどこのブログを書いている最中に政府から医療体制の方針転換についての発表があった。既に報道されているので詳細は新聞記事をみて欲しいが、重傷者及び重症化のリスクの高い患者以外は自宅療養を基本とすると言うものであった。自宅療養をサポートするためのオンライン診療や酸素吸入器具などを用意するとのことだが、以前から指摘されていたことばかりで医療逼迫を前に「付け焼き刃」策としか思えない方針に感じる。
例えば、東京や大阪でも民間で行われている訪問診療はあるが、そうしたケースは極めて少なく、課題なのは自宅療養者への訪問診療のシステム化である。特に民間の町医者の人たちの力を借りての制度化・システム化である。初期の頃の新型コロナウイルスの医療とは異なり、重症化しても救命治癒できる経験を積んできた現場医療がある。ただ人工呼吸器やエクモの装着は患者本人の意識はないところで行われるため、遺書を書いて臨む患者も多いと言われている。今、直面している課題は重症化させないための医療、中等症患者への対応であり、今回の政府方針は少なくとも半年以上前、第三波の時に提示すべきで、あまりにも唐突過ぎたもので大きな混乱を生じさせている。

ところで、あの「8割おじさん」で知られている京都大の西浦教授は強いメッセージとして、大阪のような医療破綻する前に「東京五輪の中止」しかないとSNS上で発言している。勿論、法改正の問題もあるが都内はロックダウン、外出禁止要請をと発言している。
海外メディアも、例えばニューヨーク・タイムズは、「感染者が過去最多の東京で、オリンピックのバブルは維持できるのか」という見出しで、「安心で安全な大会という約束が試されている」と報じている。
ところで今回の第五波のピークはどの程度の感染者数になるか、ピークアウトはいつごろになるか、と言うことである。それはどのような感染者の「山」を描くかと言うこと、つまり拡大期と鎮静化は同じような山を描くか過去4回の経験則でわかっている。具体的に言うと、第五波のピークを8月初旬とすると、拡大期は6月半ばから2ヶ月ほどかかっており、同じように鎮静化するには2ヶ月ほどかかるとすれば、ある程度沈静化した「日常」に戻る時期は10月になると言う予測が成り立つ。つまり、今回の第五波を終えるにはかなりの時間がかかると言うことである。勿論、高齢者以外の世代へのワクチン接種がどの程度のスピードなのかによる。

こうした社会現象の1年前との比較で一番大きな「違い」は生活者・個人の「心理」である。マスコミの常套句として、コロナ疲れや慣れという表現を使っているが、1年前を思い起こせばどうであっただろうか。当時は「自粛警察」がキーワードとなっていた。営業を続けるパチンコ店などを取り上げメディアはこぞって非難していた。その背景にはコロナウイルスへの「恐怖」があってのことだが、例えば夏休み・帰省に際しては「県外の方、ご遠慮ください」といったことが地方の街の至る所で散見されていた。1年後、最早「恐怖」は無いといっても過言では無い。但し、大阪のように自宅療養者の中から死者が続出するといった事態、医療崩壊の寸前と言った状況には東京の場合至っていないため、「恐怖」はほとんど無いと言っても過言では無い。
「心理」は情報によって大きく左右される。しかも、養老孟司さんの「バカの壁」ではないが、人間は自分にとって都合の良い「情報」しか信じようとは思わない。それは政治家だけでなく、生活者・個人も同様である。今、その「心理」を支配しているのは東京五輪である。つまり、日本選手の活躍によって、恐怖はかき消され、冒頭写真のように新国立競技場前のモニュメントは記念撮影スポットとなり、順番待ち時間は数十分と言う有様である。また、トライアスロンの競技では、お台場周辺の沿道には多くの観客が殺到する状態となっていた。いくら「不要不急」の行動は謹んでくださいなどと言っても意味をなさない。

問題なのは、オリンピック終了後の状況である。つまり8月8日に終え、以降感染状況はどうなるかである。私の場合、東洋経済オンラインのデータを参考としているのでそのデータによると、東京の実効再生産数は1.74、全国は1.77となっている。この実効再生算数の結果が東京の場合4000人前後の感染者となって現れていると言うことだ。多くの実効再生産数の計算は2週間前のデータを元にしているので、その頃の人流は夏休みに入る頃であり、ちょうど増加し始めた頃である。専門家ではないのでピークアウトの時期やその感染者数を予測はできないが、政府分科会の尾見会長の言に従えば人流が減る要素はないとするならば、このまま感染拡大が減少することはない。いずれにせよ今年の夏休みは「ない」と言うことだ。しかも、感染の山は大きく、長く続くこととなる。東京五輪の熱狂が覚めたお盆休み明けの頃どんな「心理」となっているかである。前回のブログにも書いたが、ワクチン接種を済ませた高齢者は旅行を始め飲酒などの会食に向かうであろう。グローバルダイニングの決算事例ではないが、アルコールを取り扱い通常営業する飲食店は更に増加し、感染した自宅療養者は更に増加し・・・・・・・つまり、世代や置かれた環境の違いからまさに混沌とした「社会」が想定される。こうした混乱に対し、ワクチン接種しか打つ手がない政府・行政であるが、公的接種から除外されていたアストラゼネカ製のワクチン摂取がどこまで浸透するか、ある意味政権の命運がかかっているといえよう。
またコロナの恐怖から離れた心理はどこへ向かうか、東京五輪によってもたらされた「楽観バイアス」を持ち出すまでもなく、自分都合の行動は激しくなる。特に若い世代に対して再び矛先を向けているが、ワクチン接種を勧めても聞く耳を持つ人は少ないであろう。それは高齢者が肺炎の恐ろしさを身近に実感しているのに対し、若い世代は今もなお軽症もしくは無症状だから大丈夫と言った認識のままであり、わざわざワクチン接種をする合理的な理由が見出せないとする。おそらく9月になっても大学の授業はオンラインのままであろうし、緊急事態宣言が終了してもまんえん防止策へと向かうこととなり、・・・・・・・・悪いシナリオであるが、夜8時以降通常営業している飲食店に集まり、あるいは自宅を会場としたミニコンパなどが常態化するであろう。感染は減少することなく、自宅療養者は更に膨れ上がっていく。

2年目の夏を迎え、コロナ恐怖の受け止め方の違いが個々人によって明確に異なってきたと言うことである。9月以降のビジネス・マーケティングの課題はそうした個々人の心理に即したものとなる。「巣ごもり生活」からどう抜け出すかで、そのキーワードの根底は前回のブログのタイトルのように「失ったものの取り戻し」となる。この1年半失ったものは「何か」を考えることだ。前回のブログでは大きな潮流として過去に遡る「思い出消費」について書いた。「思い出」を通し、それまでの日常を取り戻すことであるが、「昭和レトロ」のように過去へも遡っていくであろう。
次回は「恐怖」から解き放たれた心理について詳しく書いてみることとする。(続く)
  
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2021年07月17日

失ったものの取り戻しが始まる   

ヒット商品応援団日記No793(毎週更新) 2021.7.17.



東京都に対し4回目の緊急事態宣言が発出された。今回は6週間、8月22日までとのこと。オリンピック開催、夏休み、帰省と言う「移動」が激しくなる期間に対し、移動を封じ込める意図であるが、果たして封じ込めることが可能となるのであろうか、甚だ疑問に思える。案の定東京では感染者が1000人を超え拡大基調に変わりはない。半年前の1月2回目の緊急事態宣言発出の時は2000名を超える新規感染者数に驚き、首都圏の人たちは「自制」へと向かい、以降感染者数は減少へと向かうこととなった。3回目の緊急事態宣言の時はいち早く2回目の緊急事態宣言解除に踏み切った大阪がイギリス型によって急激な感染の拡大によりある意味医療崩壊寸前、自宅待機療養者から死者が出る状態となった。結果府民の「自制」によって感染拡大は収束へと向かう。一方、こうした状況を首都圏の住民はニュースを通じ横目で見ながら自制へと向かう。このように「自制」を促す「シグナル」が必ずあり、それは1年余りのコロナ禍と言う学習によって生まれたものだ。よく緊急事態宣言発出のメッセージ性について議論されるが、「緊急」は既に日常になっており、生活者・個人が各人こうした「シグナル」を受け止め行動へと反映させていると言うことである。国会では分科会の尾見会長は感染対策に触れ「もはや行動制限による対策は終えなければならない」とはyすげんしている。私の言葉で言えば、国民も事業者も「自制」に頼った対策から科学的なサイエンステクノロジーによる対策への転換を提言していた。しかし、こんなことは1年以上前から指摘されてきたことで、今更という感がしてならないが、前回のブログにも書いたように「不安から不信へと」、社会心理は変化している。特に、「不信」については、ここ1週間ほどのコロナ担当相である西村発言騒動のようにその度合いを強めることとなった。

ところで2回目の時の宣言の規制のテーマは飛沫感染を背景とした「飲食業」であった。3回目は集客の核となる大型商業施設をはじめとした「人流」であった。そして今回4回目ののテーマは「酒類」の禁止となっている。繰り返し言われてきたことは、そのエビデンス・根拠は何かと言う指摘であったが、今回初めて酒類の禁止のエビデンスが厚労省の「アドバイザリーボード」によるレポートで、飲酒を伴う会食に複数回参加すると感染しやすくなると言う分析結果からであると。このレポートは国立感染症研究所の分析結果を踏まえたもので、陽性者の過去2週間の行動を分析したところ、飲酒付きの会食に2回以上参加した人は、参加が1回か0回の人に比べて約5倍、感染しやすかったと言う内容である。この調査は都内の医療機関で新型コロナの検査を受けた人を対象に、3月30日から6月8日の期間で調査したとのこと。調査期間は分かったが、対象となったサンプル数はどれほどなのか。抽出法は、そのサンプルの年齢や属性は。感染源と思われる飲酒時間は、利用した店の業態は。喚起の状況は・・・・・・これだけの「情報」は最低でも必要で、発表された内容では調査の体をなしておらず、これがエビデンスになることは常識的にはあり得ない。公開されたレポートから読み取れることは、飲酒の回数が多ければ多いほど感染率は高くなる、と言う至極当たり前のことしかわからない。飲酒回数を減らせば済むことで、一律に「飲酒禁止」することではない。政治家が良く使う手であるが、自らの正当性をわかりやすく理解してもらうために必ず「敵」を作る手法である。

ここ半年ほどの感染者の内訳は若い世代が半数を超えている他、感染経路の内訳としては「会食」は10%未満で、一番多いのが家庭内感染、次に多いのが職場。・・・・・・問題なのは半数以上が「経路不明」である。もし調査をしてエビデンスとして活用するのであれば、以前から何回も書いてきたが、日本の感染者約80万人、全てを対象とするのが無理であれば東京の18万人弱の感染者の分析をすべきである。つまり、「不明」のままではなく、何故不明なのか、答えたくない理由は何か、そして再度記憶を辿って答えてもらう。例えば、鳥取県の保健所がスーパースプレッダーを探し追跡しているように感染者の行動履歴を細かく追跡することである。そして、保健所のデータが手書きでデジタル化していないため「データ化」できないと言うことだが、今からでも「手書き情報」を入力する方法もある。民間の調査会社に依頼すれば少なくとも1ヶ月以内にまともな「分析結果」が得られる。感染経路を探ると言うことは、感染のメカニズム、飲食事業者も、利用する生活者・個人にとっても、具体的な「行動」として感染防止に向かうことができる。場合によっては、「どんな飲酒スタイルであれば感染を減らすことができるか」と言うことがわかるはずである。現在テストケースとして新宿歌舞伎町の飲食店を舞台に抗原検査をした陰性顧客による飲酒が行われていると聞いている。これも遅すぎることではあるが、飲食事業者も生活者個人も共に納得できる方策が求められていると言うことだ。ましてやワクチン接種が進んでいる中、先行するシニア世代が集い飲酒できるそんなテストケースも始めたら良い。分科会の尾見会長ではないが、「自制」に頼った対策からの脱却である。

さて、少し前に消費はワクチン接種を終えた高齢者から始まると書いた。その通りの動きが随所で見られるようになったが、旅行需要の「数字」については東京五輪が無観客となったことからJR各社、航空雨各社の予約状況の把握が出てはいない。受け皿となる旅行会社やホテル旅館ではワクチン接種に対する「特典付き」メニューが用意されているようだ。昨年夏はPCR検査付メニューが旅行者にとって必須のものであったが、今年の夏以降はワクチン接種済がキーワードになる。勿論、ワクチン接種がアレルギーによって難しい人もいて差別してはならないが、「特典」であれば大いに活用したら良いかと思う。
実は今回のコロナ禍によって失ってしまった最大のものは「人との触れ合い」であった。特に高齢者の場合、コロナ禍にあって最初で最大の衝撃はなんといっても志村けんさんの死であった。それは入院後わずか7日ほどで亡くなる、しかも死に目にも会えず、自宅に戻ったのは骨壺であったと言うことであった。日本人の死亡原因の1位は周知のガンである。ガンの場合、進行性の場合でも少なくとも1ヶ月以上の余裕はあり、会いたい人と会うことはできる。末期癌の場合でも家族旅行もできる。しかし、新型コロナウイルスの場合はそうしたことができない感染症の病である。

また、会いたいのは「人間」だけではない。ある意味終活の旅とでも表現したくなるような「旅」である。人生も終わりに近くなり、それまでの人生、仕事という言わば修行の「思い出」を辿る旅。若い頃の旅は「修学旅行」であったが、時代の経過と共に変わった街並や風景、変わらぬ場所や店もあったり、そんな修行時代を追憶する旅となる。
修行の日々を辿る旅であることから、100人いれば100通りの旅となる。パック旅行ではなく、行き帰りの交通、いやそれ自体もフリーなチケット購入となり、例えば修行中に食べた店を探し、そこで食べるラーメン一杯が嬉しいのだ。
「修学」には若い頃やりたくてもできなかったことへの思いが込められている。それが遊びであったり趣味や学びの世界もあるだろう。コロナ禍はそうした失ってしまったことの大切さを気付かせてくれた。失ったものを「思い出」の中から、再度探し出し出会う旅ということである。JRのチケットでロングセラー商品が青春18切符であり、元気なシニア世代には格好の旅が可能となる。また、昨年から人気となっているJR西日本の夜行列車「ウエストエクスプレス銀河」も更に人気となる。「昭和」を満喫できる旅ということだ。

こうした「思い出」の中にある消費は勿論高齢者だけのものではない。若い世代、中学生の「思い出消費」の代表商品があの「揚げパン」である。学校給食で出されていたあの揚げパンである。その復活を作ったのがコンビニで一時期ヒット商品となったことはよく知られたことである。ある意味「リバイバル」「復興」「復刻」といった着眼が今後の消費舞台に上がると思う。団塊の世代であれば、ファッションであればヴァンジャケットやKENT、リーバイス。車好きであれば中古のスカイラインGTRやセリカ。音楽であれば吉田拓郎や井上陽水。
昭和レトロは時代のトレンドであるが、昭和を生きた高齢者にとって、思い出の中の昭和は昭和らしい「昭和」の世界である。昭和そのもので、例えばスパイスカレー全盛の現在にあってジャガイモやニンジン・玉ねぎがごろごろと入ったカレーライスとなる。

こうしたことを指摘するのも2008年のリーマンショック後に現れた多くのヒット商品である。コロナ禍という不安の時代から生まれたもの、それは巣ごもり消費といった大きな潮流を超えて、それまで大切にしてきたことは何か、不安がなくなった後取り戻したいものは何か、・・・・・・・つまり、過去をはじめとした回帰現象が多発する。ちなみに2009年のヒット商品は経MJが行った2009年度のヒット商品番付では次の通りであった。

東横綱 エコカー、 西横綱 激安ジーンズ
東大関 フリー、    西大関 LED
東関脇 規格外野菜、西関脇 餃子の王将
東小結 下取り、   西小結 ツィッター
東西前頭 アタックNeo、ドラクエ9、ファストファッション、フィッツ、韓国旅行、仏像、新型インフル対策グッズ、ウーノ フォグバー、お弁当、THIS IS IT、戦国BASARA、ランニング&サイクリング、PEN E-P1、ザ・ビートルズリマスター盤CD、ベイブレード、ダウニー、山崎豊子、1Q84、ポメラ、けいおん!、シニア・ビューティ、蒸気レスIH炊飯器、粉もん、ハイボール、sweet、LABII日本総本店、い・ろ・は・す、ノート、

デフレ時代の特徴と共に、実は回帰傾向が顕著に出た一年であった。しかも、2009年の特徴は、数年前までの団塊シニア中心の回帰型消費が若い世代にも拡大してきたことにある。復刻、リバイバル、レトロ、こうしたキーワードがあてはまる商品が前頭に並んでいる。花王の白髪染め「ブローネ」を始めとした「シニア・ビューティ」をテーマとした青春フィードバック商品群。1986年に登場したあのドラクエの「ドラクエ9」は出荷本数は優に400万本を超えた。若い世代にとって温故知新であるサントリー角の「ハイボール」。私にとって、知らなかったヒット商品の一つであったのが、現代版ベーゴマの「ベイブレード」で、1998年夏の発売以来1100万個売り上げたお化け商品である。この延長線上に、東京台場に等身大立像で登場した「機動戦士ガンダム」や神戸の「鉄人28号」に話題が集まった。あるいは、オリンパスの一眼レフ「PEN E-P1」もレトロデザインで一種の復刻版カメラだ。売れない音楽業界で売れたのが「ザ・ビートルズ リマスター版CD」であり、同様に売れない出版業界で売れたのが山崎豊子の「不毛地帯」「沈まぬ太陽」で共に100万部を超えた。

こうしたヒット商品はリーマンショック翌年の2009年のヒット商品である。今年のヒット商品はシニア世代による旅行関連商品、リアル昭和商品、・・・・・・こうした先行市場から消費市場は進展していくであろう。そして、「西武園ゆうえんち」のコンセプトは「昭和レトロ」で、「生きた昭和の熱気溢れる1日」がテーマとなっている。その背景であるが、昭和33年(1958年)の東京の下町を舞台とした映画『ALWAYS 三丁目の夕日』が描く世界である。ソーシャルデイスタンス、人と人との距離をとることを余儀なくされたコロナ禍。失ってしまったのは「人の温もり」「父性や母性」、あるいは「友情」であった。そんな「温もり」を感じさせてくれる商品やサービスに注目が集まるであろう。ちなみに、冒頭の写真は『ALWAYS 三丁目の夕日』のラストシーンである。(続く)
  
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2021年07月01日

不安から不信へ  

ヒット商品応援団日記No792(毎週更新) 2021.7.1.


緊急事態宣言が解除されたが、1月の緊急事態宣言以降まんえん防止措置を含めるとほとんど半年の間規制された「日常」を送ることとなった。多くの人が感じていることは、緊急でもなんでもなく、規制された日常を送ってきたということであろう。今回の政府分科会が解除に向かった背景の要因として、「もはや限界」といった生活者心理を挙げていた。その「心理」はこの1年以上多くの学習を経た結果であることを忘れている。少し前までは感染の増加を「慣れ」とか、「緩み」といった表現をする感染症専門家やコメンテーターがいたが、そうではなく明確な物差しを持って認識し行動していることがわかる。それは「規制」の中に楽しさを見出す「気分転換」と言う満足消費、ライフスタイル変化がこの1年半随所で現れてきている。私の言葉で言うと、自らが判断し行動する「セルフダウン」を実行してきたということである。例えば、何度となくブログにも書いてきたが、「密」を避けてのキャンピングに象徴される「楽しみ方」であるが、実はその根底でつながっているのがワクチンフィーバーである。

ワクチンについては、昨年秋以降多くの感染症専門家はその有効性や副作用について疑問と不安を持って各国の接種推移を見るにとどまってきた。それは1970年代以降、いくつかのワクチン接種において集団訴訟が起きたことが起因している。厚労省も感染症専門家もある意味で及び腰てあった。しかし、今年に入り、三回目の緊急事態宣言がが発出され、海外でも多くのロックダウンの中ワクチン接種が本格化する。こうした情報から敏感に受け止めたのが「高齢者」であった。勿論、重症化率の高い世代であり、ワクチン予約における多くの自治体での混乱・行列騒ぎが起きたことは周知の通りである。政府も自治体も、感染症専門家も一様に驚く顛末となった。ある意味見事なくらい高齢者の「危機心理」が行動へと向かわせたということである。そこには感染の「危機」をいくらメッセージしても届かなかったにもかかわらず行動へと向かわせたのはワクチンのエビデンス。証拠を感じ取ったからに他ならない。政治家よりも、感染症専門家よりも、実は高齢者の方が接種の必要を「実感」できたということである。(ワクチンのエビデンスについては前回のブログを参照して欲しい。)
そして、この危機心理の裏側にはそれまでの日常を取り戻したい、自制してきたことから解放されたい、つまり「自由」を手に入れたいという強い欲求からであるということだ。家族にも、孫にも、友人にも会いたい、楽しい、そんな自由な時間を手に入れたいという思いである。
このことは戦う相手がウイルスという見えない敵に対しどれだけ「感じ取れるか」がポイントであると同時に、それら行動の裏側には自由を求める心理への理解が必要であるということだ。これも若い世代にメッセージが届かないとマスメディアも政治家も言うが、つまり実感し得る言葉も内容も持っていないことによる。このことも昨年の夏以降若い世代を感染拡大の犯人とした説が広く流布した時ブログに書いたので今一度読んで欲しい。(「密」を求めて、街へ向かう若者たち  2020.7.26.)

ところで5月のGW以降緊急事態宣言が延長されたにもかかわらず街中の人出は逆に増えている。都知事をはじめ感染症専門家は一様に人流増加に警鐘を鳴らすが、何故真逆の「増加」現象が生まれているのか。多くのコメンテーターは「我慢の限界」などと言うが、そうではなく自ら認識した上での行動結果であると言うことである。ある意味、節度を持った行動結果であり、宣言解除後ここ1週間ほど減少傾向に向かっていた感染者数は再び増加傾向を見せる。多くの政治家、感染症専門家は「リバウンド」と言う表現を使うが、生活者・個人にとってみれば「自制」した行動の結果ということだ。
6月20日には延長された宣言が解除され、引き続きまんえん防止措置へと移行したが、この「規制」がどんな変化を街にもたらしたか、その「心理」を見ていくと政治家や東京都の思惑とはまるで異なる心理が見えてくる。まず、解除にもかかわらず時短や飲酒の規制が続く飲食事業者の変化であるが、東京都の規制通りに、夜7時までのお酒の提供、人数は2人、滞在時間は90分を守る店もあるが、これでは経営できないとした飲食店が増加し、コロナ禍以前の通常営業に戻る店すら数多くでてきた。その背景には協力金がなかなか支払われないという経営の事情もあることはいうまでもない。実は面白いことに、こうした飲食店もあるが、東京都の規制を逆手にとった「セール」「キャンペーン」を行う店まで出てきている。例えば、「制限時間90分、飲み放題。ただし7時まで」といった具合である。まさに「昼飲み」促進キャンペーンであり、通常営業に戻した店を始め、満席状態になっている。今回の規制に際しては東京都独自の感染防止策であるコロナ防止リーダー事業など条件をつけてのアルコール解禁であるが、こうした背景には山梨県や千葉市をはじめとした感染防止対策の成功事例がある。実はこうした成功事例の背景には、飲食事業者はもとより利用する生活者・個人の納得・協力によって成立している。行政による「管理」ではなく、事業者・生活者による「防止運動」によって実行されてきたことによる成功事例である。その運動は、行政の職員が現場に入り、席の間隔や換気の相談にものり、アクリル板などの設置支援も行う。行政はサポート役であって管理するのは利用者の理解を得て飲食事業者自らが行うということで東京都のような昔ながらのお役所仕事とは真逆な現場主義によるものである。

東京五輪開幕まで1ヶ月を切った。開催内容が少しづつ明らかになるにつれ、感染下の東京で行う「オリンピック」の矛盾、いや明らかに間違った「考え」に基づくものばかりが明らかになった。まず多くの観客を集めたイベント・パブリックビューイングであるが、多くの都民からの反発により代々木公園会場はワクチン接種会場へと変更することとなった。以降、ほとんどのパブリックビューイングイベントは中止となったことは周知の通りである。こうした「世論」を踏まえ、オリンピック組織委員会からは各競技会場の観客人数案が提示され、その是非についても多くの議論が巻き起こった。特に、会場内での飲酒、五輪貴族と呼ばれる大会関係者用のラウンジでの飲酒についても検討されているとのことであったが、これも街中の飲食店が飲酒は7時まで利用は2名といった「制限」をしているのに、オリンピックは「特別」なのかといった非難が巻き起こる。即日撤回されたが、スポンサーとして当事者であるアサヒビールはその「特別」には与しないとの提言を組織委員会に申し入れたとコメントしていたが、これも至極当然のことである。
また、こうしたオリンピックイベントの問題と共に、夜間の競技時間についても埼玉、千葉の両知事から8時までの時短制限を都民に強いているのに9時以降の競技はやめて欲しいとの要請を組織委員会にしている。これも至極当然のことで・・・・・・・・・・つまり、コロナ禍の1年半、延期を決めてから1年3ヶ月、組織委員会は今までの「計画」のまま行おうとしてきたということである。常識として、これまでの大会とは異なった「コロナ禍のオリンピック」として行われなければならない筈であった。

この「コロナ禍のオリンピック」において一番大切にしなければいけないのが「安全安心」である。しかし、これも報道によればウガンダ選手団9名の内2名が陽性であったことがわかった。大会規則として選手団はワクチン接種を含め十分検査をしての入国である。まずワクチン接種で100%安全が担保されたわけでないということだ。また成田の検疫で見つかったものの、濃厚接触者の特定や隔離方法については明確な「方法」を持っていないことが明らかになった。「バブル方式」という完全に隔離されているから安全という「神話」は崩れ始めている。これもオリンピックの特例で通常であれば2週間の隔離であるがわずか3日で済むという。その後、南米で行われているサッカーの大会「コパ・アメリカ」ではバブル方式、しかも無観客試合にもかかわらず選手スタッフ140名ほどの感染者がでているとCNNは報じている。世界に目を転ずれば、南米やアフリカ、あるいは英国ですら感染は拡大傾向にある。つまり、「パンデミック」、今なお感染爆発は進行中であると言う認識である。

また、選手団とは別に入国するメディア関係者や大会関係者・オリンピックファミリーの約5万人の「行動」である。これも決められたホテルなどでの食事が難しい場合、例外として街中の「個室」のあるレストランや居酒屋などの飲食を認めるという。メディア関係者などは「バブル」の中の選手達の取材が中心となり、大会期間中バブルを行き来する人間である。つまり穴だらけの「バブル」であるということだ。外国人にとって、本場本物の日本食を食べることは来日の目的の一つとなっている。また、ここ数年日本のコンビニも大人気である。本来であれば、こうした庶民の日常を満喫させてあげたいが、やはり厳格に行動を規制しなければならないということだ。
このように多くの都民、いや国民が怒っているのは「オリンピックは特別」「別枠」という考え方であり、しかも大会間近になって詳細が明らかになるに従って、多くの矛盾、一貫性の無さに対してである。コロナウイルスは「人」を選ばない、と言われ続けてきた1年半である。昨年から怒りの先は政治家による銀座での深夜にわたる会食であり、感染対策の中心である厚労省官僚の送別会であり、全て「言っていることとやっていることが違うじゃないか」と言う点にある。

こうした「不信」の中での東京五輪である。開催間近になればオリンピックムードは高まると推進する組織委員会はコメントするが、そんな状況ではない。今回の東京五輪のスポンサー一覧を見てもわかるようにトヨタ自動車を始め日本を代表する企業ばかりである。各企業は東京五輪に「寄付」しているわけではない。しかし、パブリックビューイングイベントや会場内ラウンジでの「飲食」への非難に際し、例えばアサヒビールは飲食中止の提言を自らしている。理屈に合わないことことは重々承知しており、そのまま進めれば不買運動こそ起こらないとは思うもののブランドイメージは大きく損ない、消費にも影響が出てくることは間違いない。一覧に名前を連ねている企業の多くはTVCMを放映しているが、「オリンピック・ブランド」を使ってのキャンペーンなど行ってはいない。せいぜい東京五輪のマークと自社ロゴを並べているに過ぎない。つまり、本来ならば夢や希望溢れる祭典として社会の注目となるオリンピックが、逆に「そこまでしてやるのか」と言うネガティブな目に晒されてしまっていると言うことだ。単純化して言うならば、多大な投資をしたにもかかわらず消費が高まるどころかマイナスに作用しかねないと判断していると言うことである。それは従来進めてきた東京五輪の「コンテンツ」を全く新しい視点、パンデミックを踏まえた視点で編集し直さなければならなかったにもかかわらず、「そのまま」押し通した結果から生まれたものだ。しかも、1年延期によってスポンサー各社は確か追加拠出額の合計は約220億円に上り、組織委の収入に組み込まれた筈である。
参加したスポンサー企業が一様に注視しているのが生活者心理であり、その心理が「ネガティブ」なものの延長線上にスポンサー企業にまで及ぶのではないかと言う危惧である。しかし、心配は無用である。組織委員会への非難の先にスポンサー企業へと向かうほど無理解な生活者ではない。アサヒビールの事例ように、スポンサーも大変だなという思いであろう。さらに言うならば、ウイルスの被害者である企業、観光産業である近畿日本ツーリストなどの苦境に思いは及ぶ。おそらく大会終了後、後始末としてスポンサー契約に応えることができなかった内容への「返済」が始まるであろう。企業としては株主に対する当然の説明として追求することとなる。しかし、そうであっても生活者は誰よりもスポンサー企業を非難しないであろう。そこにはある意味で賢明な生活者個人がいると言うことだ。

今どんな社会の「心理」が起こりつつあるのか。それは一言で言えば、1年前の「未知」への不安から、コロナ禍によって起こった多くの現象の裏にあること、不信が「見えてきた」ことにある。その不信心理の第一はやはり「東京五輪は「特別扱い」と言うことであろう。その象徴が撤回されたが五輪会場内での飲酒であり、多くの飲食店が時短で飲酒は7時までと言う制限とはまるで違うのではないかと言う批判である。しかも夜間の滞留人口が多く感染の要因となっているとして外出を控えるように要請されているが、バスケットボールやサッカーなどの競技では夜9時以降の外^むもあり国民に言っていることとはまるで違うのではないかと言う批判もある。また、東京五輪の有観客制限についても「会場への規制も会場規模の50%未満、1万人以内」ぬ見られるように、「行動の制限」が大きく緩和されたイベントである、つまり自由に行動しても良いとした「シグナル」として受け止める人も多い。つまり、こうした多くの「特別」「別枠」に対し、今まで国民に「言ってきたこととやっていることとは違うじゃないか」と言う感情を生んでいる。しかも、組織委員会はJR東日本各社へ深夜運行の特別ダイヤを要請していると言う。

もう一つの不信の要因が実はワクチンの供給である。遅れに遅れたワクチン供給の目処が立ち、やっと順調に接種が進行してきた。しかし、接種の目標1日100万回、あるいは職場での接種など接種の多様化により供給が複雑化し管理ができなくなり、職域などでの接種予約をストップせざるを得なくなった。しかもファイザー製ワクチンは7月以降減少すると言う。唯一の時代の空気転換を促す「ワクチン」が赤信号となったことで、未接種の世代には不安が残ったままとなる。
ちょうど6月30日の東京都の新規感染者数は714人となり直近7日間の平均は500人を超えて、508人となった。ちなみに人から人への感染の目安である実効再生産数は1.15と高いままである。7月11日にはまんえん防止措置の期限となり、延長もしくは緊急事態宣言の発出する議論がされ始めている。当然東京五輪の無観客開催が議論となるが、会場内にはIOC関係者のみが観客となる。当然日本人が見ることができないのに何故IOC関係者だけが観客となるのかと言う非難が巻き起こるであろう。組織委員会はIOCに自制を求めてもおそらく聞く耳を持たないであろう。ここでもIOCの本質が見えてくる。不信はIOCだけにとどまらず政権へと向かうであろう。また、東京都始めまんえん防止措置が延長された場合、アルコール飲酒は全面禁止なることが予測される。結果どうなるのか、容易に起こりうる現象が目に浮かぶ。飲食事業者の反発はもとより、アルコールは勿論のこと深夜に及ぶ営業店はさらに増加するであろう。路上飲みも増えるであろう。あるいは東京近郊都市の居酒屋は満席状態になるであろう。つまり、不信は深刻化し、小さなトラブルが至る所で起きる予感がしてならない。いわゆる社会不安である。(続く)
  
タグ :感染拡大


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2021年06月13日

生活文化の継承  

ヒット商品応援団日記No791(毎週更新) 2021.6.13.


3年半ほど前に未来塾で「生活文化の時代へ」というタイトルでブログを書いたことがあった。副題として「成熟時代の消費を考える」、つまりモノ充足を終えた時代、成熟した時代の消費傾向である「生活文化価値」をテーマとしたことがあった。前回のブログ「人流・考」においても少し触れたが、大型商業施設特に百貨店における「生活必需品」論議の中で、なんとも古くさい生活必需品という言葉が出てきた。既にほとんど死語となった言葉・概念であるが、そうした言葉を使えば使うほど生活実感からは離れていく。結果、不要不急と言った言葉同様不毛な論議になるだけである。

実は1990年代初頭のバブル崩壊、次に大きな変化であった2008年のリーマンショックを経て、「消費」の世界、特に生活消費・日常消費に一つの「変化」が現れてきた時期に書いたブログであった。その消費は、表通りではなく、横丁・路地裏と言った「裏通り文化」の魅力であった。その火付け役はテレビ朝日の番組「『ちい散歩』で、以降散歩ブームが起こるのだが、実は「知らない町」「知らない人々」、そこで営まれている「生活」がいかに知っているようで知らなかったかを教えてくれた番組であった。つまり、表通り以外にもいかに多くの「魅力」があることを教えてくれ、しかも2000年代前半にあったような業界人だけが集まる「隠れ家」ブームではなく、誰でもが日常利用する「魅力」の再発見であり、後に話題となったTV東京の「孤独のグルメ」のような日常の「豊かさ」である。

この豊かさの担い手である飲食業がコロナ禍にあって危機的状況にあることは周知の通りである。前々回のブログで「なんとか倒れないでほしい」と願ったのはこの「豊かさ」を失わないでほしいとの思いであった。一見倒産件数はそれほど多くはないように見えるが、周知のように倒産には法的倒産と私的倒産の2つがあり、飲食業の多くは経営規模が小さな個人事業主が極めて多い。結果、表立って公表される倒産は少なく、私的倒産あるいはその前段階での「廃業」が多い業種である。しかも、タイミング的には政府系あるいは民間金融機関からの借入が1年経過し、返済が始まる時期である。
飲食業界の18団体が10日、都内で「外食崩壊寸前、事業者の声」と題した緊急記者会見を行い、「資金面、精神面で我慢の限界がきております」と訴えたのもこうした背景からであった。
このことは個々の飲食店の経営危機ではあるが、その根底には食文化の危機であると認識すべきである。「食」はライフスタイルを構成する分野、衣食住遊休知美などの中で一番「変化」が起きる分野である。生活するうえでの「豊かさ」も「食」、特に外食へとダイレクトに反映する。生きるため、必要に迫られた食の時代ではない。

私の仕事の中心は商業施設のコンセプトづくりであるが、そのコンセプトの大半を占めているのが「食」であった。時代変化を辿っていくとわかるのだが、例えば1980年代はライフスタイルのコアな部分にはファッションがあり、性差や年齢差、民族差など境目のない情報の時代が特徴であった。そして、バブル崩壊後はそれまでの価値観が大きく崩れある意味で失われた20年、30年とも言われる時代を迎えた。それでも「食」への変化は進み、それまでの海外の変化を取り入れてきたものから、逆に海外へと輸出する時代・日本ブームを迎え、国内においても「食」への認識は変わっていく。それは特別な日の「食」ではなく、ごく当たり前である日常の「食」への再認識で、ハレとケという言い方をするならば「ケ」の日の食である。「豊かさ」はこうした日々の日常の中にある。

この日常を壊したのがコロナ禍であるが、これに代わるフード宅配サービスが急成長しているが、これは日常食であっても日常食文化ではない。Uber Eatsや出前館は忙しい年生活者にとっては必要なサービスではあるが、そこには「文化」はない。今から3年半ほど前になるが、久しぶりに大阪らしい味、元祖きつねうどんの店「うさみ亭マツバヤ」で食事をしたことがあった。明治26年(1893年という老舗で大阪ではよく知られた店であるが、まさに「うどん」という日常食の店である。元祖きつねうどんも好きだが、一番好きだったのが冒頭写真の「おじやうどん」である。うどんもいいがおいしい出汁を含んだおじやご飯も欲しいと言った大阪らしい欲張りメニューである。今も価格は変わらないと思うが、おじやうどんは780円、エビの天ぷらをトッピングしても1000円でお釣りがあった。元祖きつねうどんも、甘辛く炊いた揚げを「かけうどん」とは別に出していたが、客はその揚げをうどんに乗せて食べているのを見て、それなら最初から揚げを乗せたらという。ある意味、顧客から教わったメニューであるが、「文化」はそうした顧客とのキャッチボールから生まれ磨かれる。

成熟した時代とは成熟した生活者・個人がいるということである。コロナ禍によって音楽業界を始め飲食業界と同じように苦境を強いられているが、同じように成熟した顧客はいる。コロナ禍によってライブ演奏ができなくなり、ネット配信をはじめたミュージシャンもいたが、やはり代替サービスでしかない。1990年代から2000年代に入り、ネット配信サービスが主流となり、それまでのCD販売による経営は成立しなくなった。その窮地を救ったのが顧客を前にした「ライブ」であった。つまり、「音楽好き」な顧客、成熟した顧客によって「次」の世界へと転換することができた。それを可能にしたのが「文化」ということだ。飲食業もまた同様に成熟した顧客は間違いなく存在している。そうした顧客がまた通えるまで倒れないで欲しい。(続く)
  


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2021年06月06日

「人流」考  

ヒット商品応援団日記No790(毎週更新) 2021.6.6


「人流」という聞き慣れない言葉が突如感染症の専門家や政治家の口から発せられた。しかも、感染拡大の防止策として「人流を止める」ことの必要性から使われたものだが、欧米のようなロックダウン(都市封鎖)という防止策の言葉を使えない日本、私権の制限を極力少なくする日本において、ロックダウンの代用語の意味から使われたものと推測できる。この人流抑制の効果としては明確なエビデンス(科学的根拠)はないと分科会の尾見会長が国会で述べているように、その効果に疑問を持つ人は多い。事実、英国をはじめヨーロッパ各国で感染が鎮静化したのはワクチンであって、ロックダウンではないことは実証されている。

ところでその「人流」であるが、若いJR頃東海道線の途中駅に大型商業施設が造られる計画があり、消費を目的とした生活者の「動き」、人流がどのように変化していくかをスタディしたことがあった。その前提となる人の流入・流出の移動情報については神奈川県庁にあることを突き止め何回か県庁に足を運んだことがあった。このように都市開発・都市設計を行う場合に使われてきた言葉で、マーケティングの世界では古くからある「概念」である。
ビジネスマンであれば多くの人が知る話ではあるが、大阪阪急グループの創業者である小林一三は昭和4年梅田の阪急百貨店をつくるにあたり最上階に豪華な食堂を置き、清潔で安くて美味しいをモット-にしたターミナル型の百貨店経営を行い大人気となった。特に、食堂のライスカレ-が名物料理となり、集客のコアとなる。後に商業施設をつくるマーケッターは最上階に「人」を集め、下の階へと移動を促す「人流」のことをシャワー効果と呼んで商業施設づくりの基本の一つとなった。その小林一三は阪急電車の活性化策としてあの「宝塚」をつくったことも知られているように、「賑わい」こそが商売の原点であることを生涯にわたって生きた経営者であった。
こうした発想は屋上に遊園地やミニ動物園、あるいは催事場と言った集客のコアとなる装置をつくることへと向かう。またこうしたタテ型の人の移動動線の進化と共に、実はその阪急百貨店はタテ型と共にヨコ型の動線をつくる試みを行い大きな成果を挙げている。そのヨコ型とはフロアの隅・角にカフェやレストランを造り、ヨコ動線の動きを新たにつくったことによる。つまり、タテ・ヨコの動線を組み合わせることによって回遊性を促進させる。つまり、百貨店の滞在時間を長くさせればさせるほど消費・売り上げは伸びるという結果を得ることとなった。これはモノ消費から、楽しみ消費への変化に即したものであることは言うまでもないことである。

こうした回遊性、つまり楽しさ消費への着眼は商業施設だけでなく、「街」づくりにも現れている。戦後の東京の賑わいには「闇市」を出発点としている場合が多い。例えば、新橋も、新宿もそうであるが、古くからの「賑わい」を残しながら再開発した街がほとんどである。サラリーマンの街新橋は闇市で商売していたバラック造りの路面店は駅前ビルに収容され、新宿の場合は西口にある思い出横丁に当時の雰囲気が残され今も賑わいを見せている。その代表的な街が人気の吉祥寺であろう。人気のコアとなっているのが、駅前のハモニカ横丁であり、コンセプト的にいうならば昭和レトロとなる。こうしたOLD NEW、古が新しい都市・街づくりは最近ではリニューアルした渋谷パルコの地下レストランや渋谷宮下公園跡地の開発から生まれた渋谷横丁につながっている。これらはレトロコンセプトであるが、その先駆けとなったのは秋葉原・アキバや竹下通りなど時代を映し出した「テーマ」への共感であり、人流はテーマによって創られるということである。詳しくは拙著「未来の消滅都市」(電子書籍版)」を一読いただければと思う。
「人流」を止めるとは物理的な移動を止めることと共に、テーマを壊し無化させることによって可能となる。しかし、テーマは生活者・個人の心の奥にあり、つまり記憶に刻まれており簡単に無化させることはできない。少し前に、東京都知事は移動を抑制するためにJR東日本に対し、ラッシュ時の運行本数を減らす要請をしたことがあった。結果は、減らしたダイヤの前後は今まで以上に混み合い、抑制効果はあられずすぐに元のダイヤに戻した。
このように物理的に移動抑制する難しいということであり、東京の場合GW以降感染者は減少傾向となっているが、昼夜の人流は増えている。特に今までのやり方では若い世代において賑わいを求める心理を変えることはできないということだ。

今東京五輪に向かって、IOC、政府、東京都が開催へと突き進んでいる。バブル方式というバブルの中に選手団を閉じ込め感染の拡大は起こらない方式であるという。確かに理屈上は可能かもしれないが、選手以外の五輪関係者は極めて多く、いまだに推定の人数すら明らかにされていない。更に観客を入れての大会を想定しているようだが、全国からどれだけの観客が東京に集まるかである。ちなみに東京五輪の販売済みチケットの払戻枚数が約81万枚と発表されているが、その内何人の入場を進めるかであるが、観客制限を50%としても40万人が東京に集まることとなる。よくプロ野球や Jリーグの観客数を持ち出しクラスターの発生がないことを発言するコメンテーターがいるが、比較にならない人数とその移動の距離と広がりである。
問題なのは全国から東京に集まり、観戦し、勿論街中で飲食もし、場合によっては他の観光地へと向かうこととなる。しかも、夏休みの期間、お盆休みの期間とも重なる、言わば「人流」が最も激しくなる時期である。今まで、人流抑制を目的としてきた政府や自治体、勿論感染症の専門家もであるが、東京五輪の場合の人流は別なのであろうか。

今回の緊急事態宣言においても大型商業施設、特に百貨店の休業要請があったが、人流抑制という視点から言えば、地下の食品売り場を休業させた方が物理的効果は大きい。宝飾品やラグジュアリーブランドの休業など人流抑制にはほとんど効果はない。そんなことは百貨店を利用している生活者にとっては至極当たり前のことである。代々木公園に予定されていた東京五輪のパブリックビューイングが世論の反対から急遽ワクチン接種会場に変ったが、吉祥寺の井の頭公園など他の地域のイベント会場は進めると思われる。人流を抑制すると言ってきた都知事をはじめ感染症の専門家はどんな判断をしているのか、明確なエビデンス・科学的根拠が問われている。

昨年の夏以降繰り返し求められてきたことは、全ての判断の「根拠・エビデンス」を明らかにしてほしいということだけである。今なお若い世代を感染源とした「悪者説」の論者がいるが、彼らこそ合理的な思考を持つ世代であり、明確な論拠を持って語りかければ十分納得するはずである。6月5日現在全国の感染者数は約75万人。少なくとも感染経路の詳細は別にしても「何が」感染防止策に有効であるかビッグデータが教えてくれるはずであった。しかし、保健所のデータが手書きでデジタル化されていないことから「データ」として活用されることができなかった。前回ワクチン接種について書いたが、その有効性がいくつかの研究によって科学的根拠を持って実証されてきている。結果、多くの国民は理解納得している。つまり、見えないウイルスとの戦いには、エビデンス・根拠が人の心を動かし行動変容へと向かわせる。
「人流」抑制にどれだけの意味・効果があるのか、このこともまたエビデンス・根拠が問われているということだ。(続く)
  
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2021年05月30日

こころ折れず、なんとか倒れないで欲しい   

ヒット商品応援団日記No789(毎週更新) 2021.5.30.


ワクチン接種が加速している。やっとワクチン供給がスムーズになったこともあるが、新型コロナウイルスとの戦いの「先」が見えてきたことだ。その「先」とは、季節性インフルエンザと同じような「時」、日常が来ると言う意味である。そうした明日を確実にしてくれたのが横浜市大の山中教授グループによるワクチン効果の実証研究結果である。ファイザー製のワクチンの「有効性」についてで、変異型ウイルスにも中和抗体ができ、しかもその持続が半年だけでなく、1年間持続効果が見られたと言う実証結果である。多くの人が求めていたワクチンによる戦い方の意味、そのエビデンス(根拠・証拠)を明らかにしてくれたことである。この1年半近く、TVメディアに出演してきた感染症の専門家がただの一人も「答える」ことができなかったエビデンスを初めて明らかにしてくれた。飲食業における飛沫感染といった状況証拠としてのエビデンスではなく、「科学」によるエビデンスである。これまでの「出口戦略」から始まった「感染防止か経済か」「コロナゼロ」「人流による感染防止策」・・・・・全てが無用とは言わないが、生活者・個人のコロナに対する向き合い方を根底から変えることへと向かうであろう。

ワクチン接種は医療従事者から始まり高齢者へと進んできたが、残念ながらコロナとの共存と言う「日常」を手に入れるにはまだまだ時間がかかる。三回目の緊急事態宣言が6月20日まで延長されることとなったが、これも東京五輪の日程を見据えたものであることは明白で、こうしたことを含めほとんどの国民は宣言の根拠・合理性の無さに矛盾を感じている。唯一「先」を見させてくれているのがワクチンで、生活者個人だけでなく、今多大な犠牲を強いられている飲食事業者や観光産業にとっても同様である。生活者・個人にとっては感染発症のリスクが少なくなる「自己防衛」であり、事業者にとっても集団免疫が形成されることによる「社会防衛」と言う2つの防衛策となる。少し前になるが愛知でコロナ患者を診ている臨床医が東京五輪の開催について聞かれて答えていたのは「東京がイスラエルのようなワクチン接種状況であれば開催しても良いとは思うが、そうでなければ中止すべきである」と。ちなみにイスラエルの接種率は62.5%で、東京都の高齢者の第一回目の摂取率はわずか6.6%である。(NHK特設サイトより)

今心配なことは宣言延長によってほとんどの飲食事業者の心が折れてしまうことにある。古いデータで恐縮であるが4月末の日経新聞によれば、3回目の緊急事態宣言を要請した東京、大阪、京都、兵庫の4都府県で、時短営業に応じた飲食店への協力金の支払いに差が出ていると言う。2回目の当初の宣言中の支給率は東京や大阪、京都が4~5割台の一方、兵庫は9割に上る、と。遅れは店の経営に影響することは当然であるが、自治体は審査を担う人員を増やすなど対応を急いでいると報じられているが、少なくとも「根拠なき」要請に対し協力をしてきた店である。
またこの心配の延長線上には、もはや協力できないとした飲食店、特にアルコールを扱う居酒屋が増えていくことにある。勿論営業時間もである。当然東京都は違反企業として「命令」の措置を出すであろうし裁判所から「過料」が課せられることとなる。第二波の時にはあのグローバルダイニングのように裁判に訴える段階から、無数の飲食店が営業し、逆に多くの客が集まり、それこそ「密」を作ることとなる。つまり、行き場を失った若い世代が路上飲みからそうした「店」へと向かうと言うことだ。こうした情報はSNSを通じあっという間に広がる。ある意味で「混乱」が蔓延していくと言うことだ。

前回「根拠なき抑制は破綻する」と書いた。それは何度となくロックダウン(都市封鎖)」した欧米諸国が感染者減少に向かったのは明らかにワクチン効果であった。つまり、強制力を持ったロックダウン、「人流」を強制的に止めても感染拡大を一旦は減少に向かわせても根本解決にはならないと言うことが世界的に実証されてきた。あの感染対策の優等生と言われた台湾は一挙にワクチン接種へと向かったように。
その「人流」抑制であるが、東京の場合GW以降繁華街の人流は夜間だけでなく昼間も減るどころではなく増加傾向を示している。しかし、感染者は減少へと向かっている。人流が増えれば、つまり賑わいのあるところに出かけて行けば感染は拡大するはずなのにここ2週間ほど「減少」していると言う「事実」である。感染症の専門家は行動と感染・発症には2週間ほどの時間差があると言うが、この真逆の結果に対しどのような分析がなされるのか聞きたいものである。「人流」と「感染」の相関を単なる推測ではなく、根拠あるものとして明らかにして欲しいと言うことだ。人流、つまり人の行動変容はつとめて社会心理が働いていることを明らかにして欲しいと言うことである。人流が増えてきたことを単に「慣れてきた」からと言ったど素人のような物差しで人流増加を決めつけてはならないと言うことだ。この1年半、コロナとの戦いと言う学習経験を積んだ生活者・個人、更に言えば飲食店などの事業者の心理変化を分析の大きな変数として組み込まない限り間違った判断となる。

こんなことを言う前に、GWの人流は昨年以上に増加しているのに、感染者数は減少しているのはなぜか。この人流は「都市」におけるもので、今回の第三波の特徴は全国への拡大、地方都市への拡大である。この拡大の主要な要因はどこにあるのか。GWによる地方都市への「移動」、例えばその象徴では無いかと思うのがあの「沖縄」であろう。観光産業以外に生きるっすべを持たない県である。こうした人流こそ分析の対象とすべきで、例えば鳥取県のようにスーパースプレッダーと言う感染拡大者の発見のために従来の疫学調査以上の追跡を行い、とことん感染源を追い求め隔離すると言う方法が取られている。結果、感染者が少ないのは当然の帰結となる。以前にも採り上げたが山梨県の感染撲滅の活動や、千葉市での認証事業活動、あるいは福井県なども同じような感染源をどう潰していくのかと言う「現場主義」こそが問われていると言うことだ。根拠のない人流抑止策から、感染現場に再び戻り、どう抑止していくのかが問われている。こうした現場主義こそがワクチン接種と並行して行うことだ。無症状者による感染という課題について、若い世代に再び注目が集まっているが、高齢者だけでなく、若い世代にも早急にワクチン接種すべきであろう。例えば、今尚、重傷病棟が逼迫している大阪などについては今以上の接種拡大策、若い世代への接種を戦略的に行うことだ。っp坂府知事も第二波の解除が早すぎたとして大きな批判を受けたと聞いているが、東京都のようなパフォーマンスとしての見回り他ではなく、行政も現場に入り事業者とt共に抑止を行い、良い実績を挙げた飲食事業者に対しては山梨県のように「認証」し、時短などの規制も緩和していく方法を取り入れていくと聞いている。規模の大きなとしては難しいと思いがちであるが、「小さな単位」で実効していけば良いのだ。商店街単位、飲食ビル単位、・・・・・・キタ・ミナミ単位のように。「認証」とは行政が一方的行うものでは成立しない。認証の主体は事業者であって、行政はサポート役・黒子である。もし、すべきことがあるとすれば、「認証」の精度を上げ、事業者と共に生活者・個人の信頼を勝ち取ることだ。

ワクチン接種が順調に行けば今年中には若い世代にも行われるであろう。しかし、例え集団免疫が得られたとしてもウイルスがなくなるわけではない。今、イギリス株の次にインド株に気をつけなければと報道されているが、ウイルスは常に変化していくものである。東京墨田区ではこのインド株の検出について力を入れ着実に対策を講じている。勿論、民間の分析企業と組んでのことだが、一番重要な東京都自身が検出数が極端に少ないのはそうした外部企業と連携する方法を持たないからである。横道に逸れてしまったが、つまりウイルス対策はこれからも継続されていくと言うことだ。一方消費者の側もきちんとした認証を受け止める正しい判断が求められていくこととなる。ある意味で1年半前までの「選択眼」に戻ると言うことだ。街を歩けば廃業店舗が目につくようになっているが、それまで、特に飲食事業者はなんとか倒れないで欲しい。(続く)  


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2021年05月16日

根拠なき抑制の破綻   

ヒット商品応援団日記No788(毎週更新) 2021.5.16.


3回目の緊急事態宣言、GW期間を挟んだ短期集中を目的とした感染拡大対応策を終え、5月末までの延長が実施されている。大阪における感染が拡大し医療崩壊が深刻化しつつあることは知事会見を始め報道の通りであろう。この緊急事態宣言の狙いは「短期集中」と共に「人流」を止めることにあった。しかし、宣言のエリアは愛知、福岡、北海道、岡山、広島へと更に拡大し、まんえん防止策の地域も同じように拡大、つまり「全国」へと広が理、宣言及びまんえん防止措置エリアを入れると全国の43%に及ぶに至っている。
こうした中、政府と自治体との間の「考え」の違いが具体的な防止策の問題として露呈している。その一つが東京都の防止策で、例えば演劇やプロ野球などは人数制限など限定的に緩和するが、映画館や美術館が休業、と言ったように支離滅裂な「考え」が露呈している。「人流」を抑制することが目的であるが、何故演劇は緩和で、映画館は休業なのか、その根拠が説明されないまま押し通す始末である。
そうした行政、東京都の「考え」を推測してとのことと思うが、生活必需品以外は休業との要請に対し、高島屋を始め東京都のほとんどの百貨店は、宝飾品・美術品あるいはゴルフ用品などを除外した商品を「生活必需品」とし、ほとんどのフロアで営業を再開している。極論を言えば東京都の「考え」とは異なる自己判断によるビジネスを始めたと言うことである。

実は日本百貨店教会の売り上げなどの公開情報では1月からの緊急事態宣言が解除された3月の売り上げは21.8%増と18か月ぶりのプラスとなった。前年の新型コロナウイルス感染拡大による臨時休業や時短営業の反動に加え、緊急事態宣言の解除や、各社が企画し た会員向け施策等が寄与したことによる。こうした消費の回復傾向は家計調査にも明確にでている。3月の二人世帯以上の消費支出は6.2%で、1月は▲6.1%、2月は▲6.6%である。当たり前のことであるが、緊急事態宣言の発出は「消費」に多大な影響を及ぼしているということである。生活必需品の見直しは百貨店経営が危機的な状況になりつつあるあると言うことを表していると言うことだ。飲食店がテイクアウトへを取り入れたのと根っこは同じである。
前々回のブログでGWにおける生活者・個人の行動、特に不要不急の代表的な「旅行」について取り上げた。繰り返し書くことはしないが、コロナ禍の1年、学習した人達は感染していないエリア、あるいは感染しにくい移動の方法で、旅行を楽しんでいる。つまり、都心の夜の人出は減ってはいるが、昼間の人流は減るどころではなく、逆に増加しているということである。菅総理のコメントに都心の人流は減少したとあるが、これも当たり前のことでGW期間中に夜の繁華街に出かけることなど極めて少ない。横浜のみなとみらい地区のように周辺の観光地には多くの人出が見られ「分散化」しているだけである。学習してきた生活者・個人はある意味自己判断で動きは始めたということだ。その背景は分科会の尾見会長が言うように、「人流」抑制には感染を減少させる根拠がないと言うことからである。

生活者のこうした反応は今回の百貨店の判断対応と見事に付合している。それは「生活必需品」の解釈として、百貨店として「必需」は何かを明確に示し売り場を作ったと言うことである。1970年代百貨店は貧しかった戦後日本が経済成長を果たし「豊かさ」を手に入れつつあった時代の代表的な流通であった。それは以降生活にとって豊かであるための「必需」商品、必要な業態であった。それは百貨店にとって「当たり前」のことである。
問題は「人流」抑制ではなく、「感染」防止に更に努力すると言う判断である。周知のように百貨店は感染者が出た事実に対してはHPにその都度公開し併せて対策も講じている。勿論、結果としてクラスター発生を起こしてはいない。制限付きの観客を入れたピロ野球がクラスターを発生させた日ハムとは対照的である。
周知のようにこうした感染対策は飲食事業者など1年間を通じて行ってきた。時短営業は勿論のこと、今回の措置であるアルコール禁止であっても、例えばビールを売り物にしているビールバーはノンアルコールを出して営業している。飛沫感染対策として、アクリル板の設置から始まり、席数の制限、換気扇の設置・・・・・・・今度「人流」のための休業措置。おそらく6月には破綻する飲食店は続出するであろう。それでもランチ営業やデリバリー活用で商売していく店もあるかもしれない。しかし、こうした「不公平さ」は歴然として明らかになった。
人流を止めるなら鉄道など公共交通を止めるしかない。実は東京都の要請でJR東日本が鉄道本数を減らす減便を行なったが、減便の前後の車両はスシ詰め状態でそれこそ感染を拡大する危険な「密」状態を生み出し、結果元のダイヤに戻した。そんなことは当たり前のことで、次なる施策は何かと言えば、再度テレワークの推進となる。そのテレワークの実施実態は都のHPに掲載されているが、都の担当者による聞き取り調査でその実行は大企業やIT関連企業は可能であるが、補助金を出されても運営するのは「人」であり、仕事のやり方を含めてゼロスタートするしかないのだ。そんな「改革」が一朝一夕でできるはずがない。ビジネス現場を知らない行政のやりがちなことで「実効性」はまるでない。(今回は取り上げないが、「改革」を進め定r企業は多数に登っている。行政に言われるまでもなく生き残ろために必死に取り組んでいる。)

少し前の3月になるが、感染拡大防止と経済社会活動の両立を図るための取組として、「コロナリーダー事業」として、東京都感染拡大防止ガイドラインやガイドブックを策定し、対策に取り組んでいる店舗等で感染拡大防止徹底宣言ステッカーを掲示してもらうなど、感染拡大防止の取組を推進していた。スタート当初から協力金の条件に過ぎない事業と考えられていたが、その実効性は現在どうであったのか。アルコールの禁止によって飲食店はどんな状況になっているのか。マスコミ、特にTVメディアは「その後」を追跡しようとはしない。泥縄という言葉があるが、全ての対策は縄のない泥まみれとなっている。今、飲食店を支えているのは、常連客による「飲食」である。顧客によって救われているということだ。しかし、残念ながら長続きはしない現実がある。

この「人流」抑制は感染拡大防止のための「手段」であった。その背景には病床の確保、新規感染者を減少させる、特に重傷者に対する救命のためであった。緊急事態宣言の実施については、政府は大きな方針を提示するにとどまり、都道府県知事による「実行」に任せることが明確になった。理屈上は「現場」を熟知している知事に権限と責任を任せることはその通りであると思う。その良き事例と思われるのが東京と大阪の「違い」である。既に報道されているので繰り返しはしないが、大阪の場合周知のように自宅待機者から亡くなる感染者が出ているように医療破綻の危機にある。こうした背景から「人流」を止めることはやむなしとする世論が大阪の場合は形成され、例えば百貨店の大阪高島屋は今まで通りの「休業」要請を引き受けている。一方、東京の場合日本橋高島屋は前述のようにほとんどのフロアは営業する道を選んだ。その理由の一つは東京の場合の病床の逼迫は大阪ほどではないという理由からだ。社会的存在である百貨店はその危機的状況にある「社会」を考えてのことだ。ある意味、生活者個人が「自己判断」して行動変容を決めることと同じである。

「ヒット商品応援団」という名の通り、必ず「ヒット」するには根拠がある、勿論、逆に廃れることにも根拠がある。この10年ほど、街の「変化」を観察し実感し、その根拠を分析してきた。例えば、あの秋葉原が「アキバ」になり世界中から「オタク」の聖地として賑わいを創ることができたのも明確な「根拠」があった。あるいは、今や若い世代の好きな街に一つとなっている吉祥寺も、ライフスタイルの変kに追いつかない大型商業施設が次から次へと撤退した街であった。しかし、そうした状況下にあって若い世代は駅前の古びた一角、昭和の匂いのする飲食街「ハモニカ横町」に「新しさ」を感じ賑わいを見せることとなった。
一方、東京にも寂れた商店街は数多くあり、シャッター通りから古びた住居が立ち並ぶ通りへと変貌する、ちょうど過疎となった中山間地のように人の手が入らない場所が猪などの棲み家になると言った変化を観察してきた。つまり、あまり大仰なことを言う気はないが、豊かさを追い求める「商業」の本質を少しだけ学んだ。商業は生活そのものであり、商業なき生活などあり得ないと言うことだ。(その根拠については拙著「未来の消滅都市論」電子書籍版を参照してください)」

今回の「人流」を止める作戦は見事なくらい失敗したと言うことだ。それは欧米のような法的強制力持たない日本という理由だけでなく、個々人、個々の企業がそれぞれ自制する判断、セルフダウンする能力を持ち合わせているということだ。東京の場合第三波における感染者が2400人を超える2という「シグナル」であり、大阪の場合は病床に収容できない状態、医療崩壊寸前状態という「シグナル」、そうしたシグナルによって「行動変容」するということだ。感染症の専門家は「人流」を止めることが唯一の切り札のようにいうが、それは教科書の世界で、現実は一人ひとりの心の中の「自制」を働かせる「鍵」を探すことに他ならない。
「自制」とは自らの「自由」を制限することであり、個々人、個々の企業ごとに持っている。政治家も行政も、その「自由」を語らなければならないということだ。コロナとの戦いとは「自由」を取り戻すための戦いであるということである。ワクチン接種がゲームチェンジャーであると言われるが、自由を取り戻す入り口、その鍵であるということだ。
ところで大阪府民の多くはは今回の宣言の延長、厳しい制限のままの延長について支持しているという。勿論、病床が逼迫し医療の破綻を感じているからである。日本における死亡数は年間約137万人。周知のように死因1位は癌であり癌にかかる人は2020年の予測値で約101万7000人。医療崩壊は早期発見、入院、手術・治療という高度な医療を受けることができなくなる。ある意味で「医療を受ける自由」がコロナによって奪われるということだ。そうした現実に対し一定の行動制限は「やむを得ない」と感じたからであろう。そして、大阪府の場合、昨年1月武漢からの中国人観光客のバスツアーで感染が発生したことを覚えているだろうか。中国人バスガイドと運転手が罹患したのだが、厚労省をはじめ大阪府も個人のプライバシーを守りながら「情報公開」している。つまりこの1年半近く府民と情報を共有してきたという背景がある。
宣言の開始後、都の職員が盛んに新宿歌舞伎町や渋谷センター街に出かけ、路上飲みを止めるよう注意して回っているが、それはTVカメラを意識してのパフォーマンスで若い世代の行動を変えることはできない。若い性こそ自制すべき「根拠」、その合理性を求めているのだ。注意された若者は都の職員に向かって「義務ばかりで、何一つ権利はないのはどうしてか」と言っていたが、路上飲みはやめた方が良いとは思うが、心の奥底には「自由」を希求する気持ちがひしひしと感じる。
政治家、行政は理屈に合わない、非合理な、公平性を欠いた「義務」を押し付けるのではなく、「自由」を取り戻す戦いの先頭に立つことこそが求められているということだ。例えば、山梨県のように感染対策を飲食事業者と住民とが共通した目標を持った「実行性」のある取り組みが行われている。私の言葉で言うと、事業者・住民が共に「自由を取り戻す」運動のようなもので、行政がそうした目標を持って取り組みを現場でサポートする仕組みとなっている。感染対策の鍵は「ワクチン」であると、しかも横浜市大の山中教授の研究から変異型ウイルスにもワクチン効果があると「根拠」を持った成果が発表された。こうした朗報もあるが、まだまだコロナとの戦いは半ばである。(続く)
  


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2021年05月09日

東京五輪って何?   

ヒット商品応援団日記No787(毎週更新) 2021.5.9.


米ワシントン・ポスト(電子版)は5日のコラムで、日本政府に対し東京五輪を中止するよう促した。その中でIOCのバッハ会長を「ぼったくり男爵」と呼び、新型コロナウイルス禍で開催を強要していると主張。「地方行脚で食料を食い尽くす王族」に例え、「開催国を食い物にする悪癖がある」と非難した。コラムは大会開催を前進させている主要因は「金だ」と指摘。IOCは収益を得るための施設建設やイベント開催を義務付け「収益のほとんどを自分たちのものにし、費用は全て開催国に押し付けている」と強調した。その上で、日本政府は五輪中止で「損切り」をすべきだと訴えた報道である。
実は日本ではあまり報道されてはいないが、五輪に否定的な報道は米国で相次いでおり、ニューヨーク・タイムズ紙は4月、コロナ禍の五輪開催は最悪のタイミングで「一大感染イベント」になる可能性があると指摘。サンフランシスコ・クロニクル紙は5月3日、世界で新型コロナの影響が長期化する中、東京五輪は「開催されるべきではない」との記事を掲載している。そのバッハ会長は日本における緊急事態宣言と東京五輪開催は別問題だとして顰蹙を買ったが、まさにワシントンポストの指摘そのものの指摘に合致したコメント、自分さえ良ければとした考えでである。
日本でもいくつかの世論調査が実施されているが、例えば共同通信社の全国電話世論調査では、今夏開催するべきだとした人の割合は24・5%、再延期するべきだは32・8%、中止は39・2%で、いずれも3月の前回調査の23・2%、33・8%、39・8%から横ばいだった。つまり、再度延期すべき及び中止を考える人は72%と圧倒的にコロナ対策重視に世論は向かっている。

実は5年半ほど前に「ノンコンセプト・オリンピック」というタイトルでオリンピックが変質してしまったことについてコメントしたことがあった。ちょうどオリンピックのエンブレム盗用問題が新国立競技場のゼロ見直しに続き使用中止となり、またもや再度公募するとの発表があった時期である。記憶を辿れば、新国立競技場についてはその膨大な建設費について「何故」と思う人が大多数であった。1000兆円を超える債務をもつ日本にあっても、それでも意味ある費用であれば納得したことと思う。 そして、私は次のようにブログに書いた。

『ところでそのコンセプトであるが、2020東京オリンピックがどんなコンセプトを持ってIOCに提案したかを語る専門家はほとんどいない。実は、そのキーワードは「スポーツ・フォー・トゥモロー」となっている。この「スポーツ・フォー・トゥモロー」を実行すると宣言したことで、日本の方針をIOCが高く評価し、それが招致決定の決め手になった。そして同時に東京五輪の実施にあたって、この「スポーツ・フォー・トゥモロー」の実行が求められるという経緯になっている。この経緯などについては作家村上龍が主催しているJMMに投稿し広く知られている米国在住の冷泉彰彦氏は、そのキーワードについて、3つのスポーツ貢献を果たしていくというものであったと指摘をしている。(詳しくは2014年8.5.のNewsweekの「コラム&ブログ」をご一読ください。)
ところで、その貢献を簡略化するとすれば、
1)青年海外協力隊などの活動として、途上国などに日本のスポーツ振興のノウハウや施設を普及させる。
2)日本のスポーツ文化と世界の最先端のノウハウを融合した高度なスポーツマネジメントに関する国際的な人材育成を行う。
3)そして、今盛んに行われているアンチ・ドーピング活動を国際的に支援する。
調べた範囲は限られているが、概略は以上のようで、「スポーツを通じた未来への社会貢献」という意味合いについて、その社会貢献世界については誰もが納得理解し得るものだ。しかし、この方針はメッセージ性はあっても地味であるため、オリンピックのもつイベント性、お祭りというエンターテイメント溢れるビジネス世界とは異なるものである。
よくロンドンオリンピックは成功したと言われているが、その成功のためには英国が抱えている多様な社会矛盾を視野に入れた一種の社会運動としてスポーツを位置付け、その目標にロンドンオリンピックを置いたことによる。つまり、お金をかけないコンパクトオリンピックもそうであるが、「オリンピックは儲かる」という転換点となったロサンジェルスオリンピック以降の反省、いきすぎた商業主義としてのオリンピックの反省を踏まえたものであった。周知のサッカー界においても同様で、汚職にまみれたFIFAの改革にも繋がる課題である。ある意味世界的なスポーツビジネスの潮流を踏まえたコンセプト、方針であった。これがロンドンオリンピックであり、東京オリンピックのポリシーであったと。こうしたポリシー・コンセプトを詰め、祭典というエンターテイメント世界との折り合いをつけるという進化の努力がまるで見られない。』

更に記憶を辿れば、招致決定前の世論調査では、招致に賛成の日本国民はせいぜい50%程度で、マドリード78%、イスタンブール73%、と比較し一番低かった。こうした土壌からの東京五輪への取組であった。しかし、「コロナ禍」によって、当初の東日本大震災からの「復興五輪」から「コロナに打ち勝つ五輪」へと変質した。東日本大震災からの復興を五輪というスポーツを通じて広く世界に見ていただこうという趣旨であった筈である。それは1964年の東京オリンピックが戦争によって荒廃した日本の復興を同じように見てもらう趣旨と重なる。意味あるオリンピックは何かとはこうした社会に向けた「意味」のことである。ちょうど高度成長期の時期であり、その後の日本の大きな転換を後押しするスポーツイベントであった。
長くスポーツを担当した新聞記者であった友人はこうしたオリンピックの変質を次のようにSNSを通じまとめてくれている。

『私は、当面の問題は別にして、「五輪」がすでに重症の制度疲労を起こしていると思います。
その1。開催誘致はロビー活動という舞台に、多額の裏金がバラまかれるという疑惑です。致命的な暗部でしょう。スポーツマンシップを知らないIOC委員が増えているようです。
その2。テレビ放映権など、スポンサーが五輪の会期や聖火リレーまでも牛耳っている現実です。日本の猛暑、多湿の時期に開くなんて、だれも歓迎しません。これって、米TVネットワークの注文というのが暗黙の了解事項。挙げ句、マラソンコースはいつの間にか北海道へ。
その3。五輪は、すっかり「ショー」になり、バラエティ番組化してきました。背景はアスリートのプロ化。今更、大昔のアマチュア至上主義に戻る必要はなく、スポーツが注目され、スポーツ環境が良くなるのであれば、ショーアップも少しは我慢してもいいですが。
以上、野球に例えるなら、3アウトでチェンジ。東京五輪は今年は中止、五輪の真の姿を真剣に考えませんか。いずれ、出直し五輪を東北のどこかで開きましょう。
コロナ禍という「災い転じて福となす」という格言通りに。
これ蛇足。来年の北京冬季五輪はどうなるの?』

コロナ禍によってオリンピックの「制度疲労」という本質が隠されてしまった。いや、逆にコロナ禍によって本質的な問題が炙り出されたと言った方が正確であろう。先日マラソンのテストマッチが札幌で行われたが、テスト当日の午後まんえん防止を政府へと申請すると鈴木知事から発表があった。札幌市民の多くはかなり以前から感染者が急増し早く手を打つべきであり、テストマッチどころではないと報道されている。また、その前にオリンピック開催に向けて医療体制の整備として看護協会に500名ほどの看護師派遣を要請し、コロナ対応で緊急事態にある医療に対し、それどころではないとする反発が湧き上がっている。
こうした「反発」は東京五輪の内容がいまだに明らかにされないことによる。勿論、観客を入れるのか否か、無観客なのか、あるいは中止なのか、オリンピックの本質に関わる全体像がいまだに決められないことによる。政府も東京都も、その決断をする前になんとか感染者数を抑えなければという理由からで、バッハ会長の来日前に緊急事態宣言の期間を「短期集中」としたことは容易に感じ取れることだ。しかし、その緊急事態宣言は延長され、そのバッハ会長の来日は無くなるという顛末である。オリンピックによって振り回される構図がさらに明確になったということだ。

ところで少し前になるが、小池東京都知事が東京五輪中止を言い出し、それで国民の支持を取り付け、国政に転出するという報道があった。東京五輪の1年延期を主導したのは安倍前総理だが、それは長年の天敵である小池都知事と手を組んでの行動だった。その流れから現職の菅総理が小池都知事と手を組み、IOC(国際五輪委員会)に働きかければという報道もある。つまり、東京五輪は「政局化」してしまったということだ。
小池都知事にとって東京五輪は単なる主催都市の責任者ということであり、極論ではあるがオリンピックへの思い入れは無い。元組織委員会の森氏との確執を見れば分かることで、世論が「中止」に向かっていくならば、そのタイミングを見計って中止発言をするのではとメディアは待ち構えている。
一方、菅総理にとっても少し前の訪米に際し、バイデン大統領からは「開催を支持する」ではなく、「開催の努力を支持する」と発言し、菅総理がバイデン大統領を東京五輪に招待することもなかったとする専門家もいる。つまり、菅総理も小池都知事も「同床異夢」ではあるが、共に「中止」へと向かう可能性はあるということだ。
ただ東京五輪開催はIOCにとっては大前提であり、無観客開催であっても実行するであろう。放映権料というお金になるからであり、ワシントンポストが日本は「損切り」を選んだら良いのではと言っているのも、日本の収入は観客からの収入で、無観客であれば約900億円の収入が無くなる、つまり損切りを促すのはこうした背景からである。その損切りは訪日外国人観光客によるインバウンドビジネス含まれない。東京五輪をチャンスにと東京には多くのホテルが建設され、多大な投資の回収が見込めない状況となっている。
また誰も試算しないが、建設された多くの諸施設は採算にあう施設もあるが、経済の復活次第ではあるがその多くは赤字になるであろう。豊洲市場の開発で莫大な赤字事業に加えて、東京五輪の負の遺産を抱え込むこととなる。

社会貢献すべきスポーツ、東京五輪が果たすべきどんな「意味」があるのか? 「社会」とは生活者のことであり、事業を営む人たちのことであり、その人たちがコロナ禍によって苦しんでいる。特に前回も書いたが大阪の医療は既に崩壊しつつあると言っても過言では無い。収容できない感染者は自宅待機ということになり、亡くなる方も多数出てきた。既に隣県である和歌山などに分散収容しており、更に心ある医師や看護師は自発的に手弁当で大阪の現場に集まっていると聞く。コロナ患者を受け入れている病院だけでなく、府内の町医者も側面からも後方からも支援に回っている。ある意味、全国、いや日本社会が大阪支援に向かっているということだ。
そんなコロナ禍で東京五輪の「意味」が問われているということである。バッハ会長の言うように、理屈上は日本のコロナ状況とオリンピックは別問題として考えることも成立はする。しかし、平和を標榜するオリンピックの隣でコロナ禍で亡くなる人がいるとしたら、その平和の祭典の意味は何なのか明確に宣言すべきでる。もしそれができないまま開催されるのであれば、私の友人が指摘するように「制度疲労」のまま、歴史に汚点を残すオリンピックになる。(続く)
  
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2021年05月02日

分散化した賑わいが始まる 

ヒット商品応援団日記No786(毎週更新) 2021.5.2.



ヒット商品応援団の主要なテーマは周知の通り「賑わい」で、その理由がどこにあるかを観察し分析することであった。そして、この1年コロナ禍によって賑わいがどのような「変化」を、街に、商業施設に、生活者心理に生み出してきたかを明らかにすることであった。
コロナ禍にあってよく使われる言葉に「不要不急」がある。不要不急の外出は控えて欲しいといった要請が盛んに使われてきたが、3回目の緊急事態宣言では「人流」という聞き慣れない言葉が飛び交っている。人流を止めないと感染防止ができないという理由からだが、この1年感染の主たる原因は「飛沫感染」であることがエビデンス、主に状況証拠の積み重ねでわかってきた。今回の緊急事態宣言においてはこの飲食店を中心とした飛沫感染に的を絞っただけでは感染拡大を防止できないということからであった。但し、政府分科会の尾見会長をはじめその「根拠」、エビデンス(証拠)はないという。ある感染症の専門家は100年前のペストの流行以来感染防止には人の移動を止めることが一番であるからと感染症学の教科書のような言説を披瀝する。結果、欧米のような都市封鎖まではいかないが、百貨店や家電量販店をはじめ生活必需品以外の流通の多くに休業要請、もしくは時短営業要請が今行われている。

さて、どんな「変化」がこのGWに起きているかである。まず不要不急の「人流」と言えば「旅行」となる。既にこのブログでも少し触れたが29日の新幹線の自由席の乗車率は東海道新幹線の下りで最大60%などと目立った混雑は起きてはいない。ただ、JR各社によればゴールデンウィークの指定席の予約状況は4月15日時点で去年の2.5倍を超えていると。また全日空によると、ゴールデンウィークの予約数は、去年と比べおよそ7.5倍と大幅に増加している。3回目の「宣言」発表前後での予約のキャンセルも7%にとどまったとも。つまり、不要不急の旅行は昨年の緊急事態宣言の時と比較し明確に増加しているということである。注視すべきは何故「増加」したかである。多くのコメンテーターは自粛疲れ解消とか我慢の限界を口にするが、表向きはそうした表現があったとしても裏側には昨年とは異なる生活者が見えてくる。それはいうまでも無く1年間コロナ学習をしてきた「生活者」の顔である。そして、昨年との比較ばかりが報道されているが、実はコロナ禍以前2年前と比較してどうかである。正確なデータではないが、昨年の2~3倍の増加ではあるが、2年前と比較し約20%弱にとどまっているという事実を踏まえなければならない。つまり、ある意味徐々に旅行へと踏み出したということであろう。ちなみにJTBの調査によれば、旅行に「行く」は10・3%で、例年の4人に1人から今年は10人に1人まで減少。「行く」と回答した10・3%を年代別にみると、男女とも若い世代をほど高く旅行日数は「1泊」が39・2%で最多。3泊までの旅行が8割以上で、旅行に行っても日数は控えめだ。ちなみに、例年報道されるGW期間中の高速道路の混雑情報はほとんど話題になってはいないが、やはり渋滞は起きているようだ。

こうした不要不急の代表となっている「旅行」を見ても分かるように、移動に使う新幹線や航空機でのクラスター発生は無く、感染拡大地域を外せば安全であると。例えば感染が治った沖縄には観光客は多いという。那覇には松山という新宿歌舞伎町のような繁華街があるがそうしたエリアを避ければリゾートライフを満喫できるということだ。そして、連休前には都内のPCR検査ショップには長蛇の列が伸びていた。移動の前に少しの安心を得るためであるが、これが昨年のGWとの違いであろう。
また、首都圏の知事が都と県の境を越えないでと盛んに自粛要請するが、GW期間中ばらつきはあるもののまんえん防止策の取られていないエリアへと見事なくらい「移動」している。例えば、首都圏郊外にある大型ショッピングモールなどへ出かけ映画を楽しんだり食事をしたり半日ほどの時間を過ごす。この1年キャンピングブームが加熱気味になっているが、周辺のキャンプ場は何処も満杯状況である。また、昨年の秋以降賑わいどころか混雑しているハイキングの高尾山であるが、緊急事態宣言発出前の駆け込み登山がひどい混雑であったと報道されていたが、期間中もケーブルカーや観光リフトの営業は続けており、「密」を避けたオープンエアな場所には賑わいを見せると思われる。また、「密」になることが想定される例えば観光地横浜の人気スポット「カップヌードルミュージアム」などは入館者の制限やアトラクションの一部休止など多くの措置が取られている。そして、桜木町とみなとみらいを結ぶロープウェイが開業し赤レンガ倉庫一帯は賑わいを見せるであろう。つまり、情報の時代であり、スマホで検索すればいくらでも楽しめる「場所」を探すことはできる。

ところでこうした「賑わい」の中心は若い世代であるが、巣ごもり生活という一種の「自己隔離」を余儀なくされてきた高齢者はワクチン接種に殺到している。原因はワクチンの供給量が少ないためだが、公平平等を原則としたため、人口の少ない地方の市町村ではほとんど混乱は起きず、一方都市部では電話は繋がらず、HP上での予約サイトにもアクセスが殺到しシステムダウンを起こすなど一部地域の市庁舎には高齢者が押し掛けると言った混乱が見られた。重症化率、死亡率の高い高齢者にとってワクチンは不安や恐怖を解消してくれる唯一のものだからだ。政府も自治体も、高齢者の心理がどれほどであるかを推し量ることができなかったということだ。例えば、名古屋市の場合コールセンターに125回線を準備し、1日5000件の対応を想定していたが、実際には22日だけで、およそ1万5000件がかかってきたという。
こうしたことは高齢者心理だけでなく、例えば東京都の場合、若い世代の感染率が高く、人出も多くその実態をつかみかねてのことから、渋谷などの街頭でヒアリング調査を行なっている。何故「出かけるのか」などの質問を友人同士など複数の若い世代を中心にした調査とのことだが、コロナ禍でしかも人出が多い渋谷などの街頭で「まとも」な答え、本音を引き出すことなどあり得ない。調査の手法であれば、複数人ではなく、個別のパーソナルインタビュー。あるいは深層心理を探るデプスインタビューなどが考えられるが、素人の東京都職員がインタビューしてもまともな答えなど得られるはずはない。これも政治における「やってる感」を演出する、パフォーマンスであると言われても仕方がない。若い世代を弁護するわけではないが、1年前には路上での飲酒など一切なかった。単純な話お酒を売る居酒屋での酒の販売を禁止したからである。この若い世代のパーソナリティについては「消費」という側面からかなり前から分析したことがある。昨年の夏この世代を悪者化する報道があったとき、詳しく分析結果をブログに書いたが、いわゆる「草食世代」と呼ばれた世代で「離れ世代」と呼んだことがった。車離れ、恋愛離れ、アルコール離れ、・・・・・・趣味と実益を兼ねた貯金を常に考える合理主義者である。彼らの「合理」に答えてあげることが感染防止に役立つということだ。その「合理」には当然のことであるが、感染のメカニズム、そのエビデンス、証拠がある。例えば、飲食の際の飛沫が感染源であると言われているが、それはあくまでも状況証拠でその状況の積み重ねでカッコ付きのエビデンスとしている。カッコ付きのカッコを外して欲しいという意見もあるが、状況とは具体的であり、どんな街のどんな飲食店でどんな人たちで何時間ぐらい・・・・・・・・そうしたことを明らかにすることである。

思い起こせば、そうした具体的な事例が公開されたのは1年2ヶ月ほど前の大阪梅田のライブハウスでのクラスター発生で、どんな環境で何人ぐらいの客で、・・・・・・かなりの状況が明らかになった。こうした「事実」をもとにエビデンスが明らかになっていくと思っていたが、何故できなかったのか。それはこうした「状況」情報を集めていくのがいわゆる保健所による疫学調査であった。しかし、実態はこの「状況」情報はペーパーで行われており、・・・・・・これ以上言わなくも分かると思うが、デジタル化しておけば膨大な情報の解析、つまりビッグデーター解析に基づくより明確な証拠になり得たということだ。現在、約58万程の感染者の感染状況が明確になったということである。これはクラスター発生の追跡だけでなく、生活者にとっても事業者にとっても意味ある対策、特に若い世代にとっても合理的な「答え」となる。今となっては死んだ子の年齢を数えることになってしまうが、今も苦労している保健所、現場の情報が生かされることにつながる筈である。情報の活かし方が決定的に間違っていたということである。根拠がないまま対策がなされるということは後手後手になるのは必然であり、生活者は勿論感染防止の最前線となっている飲食店はじめ多くの事業者に犠牲を強いることに終始する。

今回の「人流」を止めることによる感染拡大防止策は解除の目標が示されないことから今回の緊急事態宣言の成功・失敗といった論議もない。ビジネスの世界で言えば破綻に向かうということだ。唯一免れることができるとすれば、ワクチン接種のスピード以外にない。俯瞰的に見れば、前回書いたように夏には旅行を始め高齢者の移動は活発化する。人流の中心は若い世代を含め高齢者が一挙に増加する。そして、新たな賑わいを含め、多様で小さな賑わいが都市部でも地方でも見られるようになる。日本経済の立て直しの先頭に高齢者がなるであろう。高齢者が求めていることは、何よりも子や孫と会うことである。三世代旅行をはじめ孫へのプレゼントなど大きな消費が生まれる。例えば、コースにもよるが37万円〜80っ万円という|JR東日本の豪華寝台列車「四季島」2021年夏季出発分の申し込み受付開始 が開始するが、こうした旅行商品に申し込みは殺到するであろう。またインバウンド需要のない苦労している百貨店も活況を見せるであろう。ワクチン接種によって消費都市は復活し、次第に地方へ波及していくであろう。そして、地方への波及のパスポートにはPCR検査証明ではなく、ワクチン接種証明書になる。安心へのエビデンス・証拠はワクチンということである。今年のGWはおそるおそるの移動であったが、本格的なコロナとの共生、季節性インフルエンザと同じような「日常」、小さな賑わいは高齢者市場から始まるということだ。(続く)
  
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2021年04月21日

いつか来た道? 

ヒット商品応援団日記No785(毎週更新) 2021.4.21.



2回目の緊急事態宣言の解除から数週間で「まん延防止等重点措置」(以降「まん延防止」)が10都道府県に広がった。特に心配なのは大阪で連日1000名を超える感染者が出ており、重症者病棟が満床状態となり医療危機に直面している。ips細胞研究所の山中伸弥教授のHPには人工呼吸やECMOを必要とする重症患者の状況を集計・公開されている。(東京と大阪の推移グラフ)その焦点はイギリス型の変異ウイルスで感染力が強いことは感染者数の右肩上がりのグラフを見てもよくわかる。そしてこの二人の知事に共通していることは、「より強い防止=抑制策」の実施で、吉村知事はその防止策の事例として百貨店やUSJ(ユニバーサルジャパン)」の休業要請を挙げている。小池都知事の場合は、そこまでの踏み込みはしていないが、「東京には来ないでください」「買い物は3日に1回」といった生活行動の抑制を要請している。1年前の緊急事態宣言発出後の「いつか来た道」を思い起こさせる。この1年不便さを超えた「我慢」はなんのためであったのか。生活者・個人にとっては行動の「自由」を得るためのものであり、多大な犠牲を払った飲食事業者にとっては時短という制限から解放されるいわば「営業の自由」を手に入れるためであった。

ところで先日興味ある発表があった。それはJR6社の2021年GWの指定席予約状況の発表で、対前年240%、対前々年19%とのこと。昨年のGWの予約の240%についてTVメディアはほとんど取り上げていないが、不要不急の象徴でもある「旅行」に出掛ける生活者は増えているという事実である。そして、予測するにGW期間中には蔓延防止の対象となっていない近場の観光地、鎌倉や箱根などには多くの人が訪れるであろう。前回のブログで「自己判断で動き始めた 」と生活者の行動について触れたが、まさに生活者は既に動き始めているということである。勿論、最近の旅行商品にはPCR検査付のものも多くなっており、本格的には前回書いたように夏前から本格的な旅行が始まる。この件については星野リゾートの星野さんも米国のようにワクチン接種を済ませて旅行を楽しんでもらいたいと発言しているが、このGWはその先駆けであると言える。

また、感染が治っている地方の知事からは県内旅行を推進してほしいとの要望を取り上げたが、その本質は都市と地方との「違い」が明らかになったということでもある。その象徴として山梨県の感染防止策の成功例が盛んに取り上げられていたが、2つの問題が横たわっている。新型コロナウイルスという感染症は「都市の病気」であるということと、山梨県のように飲食店・消費者・行政が一体となって一つの「運動」として実施されている点にある。東京都の場合はその人口だけでなく飲食店などの規模の大きさから「出来ない」こととして、全て現場の飲食店におけるコロナリーダーのように任せるやり方、悪く言えば悪しき役所仕事にしてしまっている。つまり、行政の「あり方」、リーダーの認識の違いが明確になったということである。
ちなみに成功している山梨県の飲食店への休業要請個別解除方式や“やまなしグリーン・ゾーン認証制度”などは実は昨年5月の知事会見から始まっている。東京・大阪でやっと始まった現場への「見回り隊」と根本的に異なるのは、「個別」に対し丁寧に職員が対応している点にある。勿論、アクリル板などの補助はを始め休業や時短などの解除も個別に行っており、現場の納得を得ながらの感染防止対策である。
今、後手に回ったという非難を避けるために政治・行政は「先手」「先手」の合唱となっている。大阪も東京も見廻り隊にさける職員がいないため外部に委託ししかも委託会社はあっるバイト墓所を行っている次第である。どれだけ実効性があるのか極めて疑問である。しかも、アクリル板の製造メーカーには注文が殺到しているという。この1年間何をしてきたのか誰もが感じているところだ。

また東京都知事はエッセンシャルワーカー以外は「東京に来ないでください」とテレワークの推進を訴えているが、相変わらず抽象的な言葉ばかりで、これもお願いだけでテレワークの実施率などは都のHPで公開されているの見られたら良いかと思うが、企業の規模の違いはあるが平均週3日以上が53.5%とのこと。また対象外となっているエッセンシャルワーカーはその裾野は広く内閣官房によれば全国では約2725万人に及んでいる。つまり医療関係者や小売業従事者などどこまでという線引きは極めて難しいということである。こうしたエッセンシャルワーカーを含め約300万人弱が東京に通勤していると言われているが、具体的なことは明言していない。
そもそも「東京に来ないでください」とは東京が感染源であることを自ら認めていることになる。昨年夏当時の菅官房長官から「東京問題」、あるいは埼玉県知事からは「東京由来」と言われ否定してきた都知事の言う言葉ではない。政府分科会の尾見会長からは東京からの感染拡大を「滲み出す」と繰り返し指摘されてきたが、都市と地方と言う視点に立てば、東京・大阪と言う「密」な地域・都市は感染防止策を徹底して欲しいと生活者は求めている。そして、今大阪発の変異ウイルスが東京にも広がってきていると言うことだ。

そして、今回の第4波と言われる感染の拡大の特徴は従来の20代~30代と言う若い世代に加えて10代にも広がっていると言われている。東京も大阪も10代対策についてはクラブ活動の自粛やオンライン授業などによりすでに手が打たれている。しかし、新規感染者の半数を占める若い世代に対しどのような対策を用意すべきか明らかにされてはいない。せいぜい路上での飲酒をやめてほしいとのメッセージだけで、大多数を占める若い世代へのメッセージは相変わらず皆無である。彼らの日常的な飲み会は仲間内の住まいマンションやアパートや最近増えているのが飲み物や食べ物の持ち込み可能なレンタルスペースなどでの小さなホームパーティ・宅飲みを開いており、渋谷などでの路飲みは極めて少なく実質的なメッセージにはなってはいない。それほどまでに飲みたいのかのかなど馬鹿なことを発言するコメンテーターもいるが、彼らもまた仲間との「居場所」を求めての行動である。しかも路上と言うオープンエアーな場所では感染リスクは小さいと言う理屈からである。
繰り返し言うが、彼らは大人以上に合理的な価値観を持っている。感染のリスクについても明確な「根拠」「証拠」を欲しがっていると言うことである。身近な友人に感染者はいなく、感染リスクその若い世代にも多い後遺症にrついても「実感」出来ないことから、行動を変えるには至らないと言うことだ。

感染症の専門家は急速に収束に向かっている英国の事例を出して、その主たる要因は2つあってワクチン接種とロックダウンであると。前者については根拠を踏まえ納得できるが後者については日本に置き換えることはできない。英国の場合感染者数は約439万人、死者数は127,260人である。3度のロックダウンを国民が受け売れたのもこの死者数=恐怖と悲しみによって可能となったことを忘れてはならない。ちなみに日本の場合、死者数は4月17日時点で9,581人である。しかも、日本の憲法では営業の自由、行動の自由、個人の権利は保証されている。だから例えば強制ではなく要請、要請に応えたら保証金ではなく協力金となる。簡単に英国のようにロックダウンなどとは言えないということである。もし英国のような人流を根本的に止める強制力のあるロックダウンをしたのならば、ロックダウン法を新たにつくらなければならないということだ。
そして、変異型ウイルスの恐怖を必要以上発言する感染症の専門家も出てきているが、養老孟司さんの「馬鹿の壁」ではないが、例えばテレビの情報だけで「わかっている」と思い込む人々、しかも若い世代はその情報源であるTVをほとんど視聴しない。その本質は自戒を込めて言うが、「人は欲しい情報しか手に入れようとはしない」と言うことである。養老さんは現代人は「身体」を忘れてきたとも言っているが、私の言葉に置き換えるとそれは「実感」となる。前回のブログにも書いたことだが、生活者・個人は「自己判断で動き始めた 」と。その根拠は東京の場合は過去なかった1日2500人を超す感染者の数字という事実に起因すると。1年前は志村けんさんのコロナ死であったが、1年間のコロナ学習の結果がこの感染者数であったと言うことだ。変異型ウイルスという実感の無い「恐怖」によって行動の抑制はできないと言うことである。既に多くの人はこの1年我慢を自己への要請を重ね限界に来ている。抑制という緊張は限界を超えてきている。高齢者は季節性インフルエンザを含め肺炎球菌など感染症の恐ろしさを実感している。しかし、若い世代にはそうした経験はない。新型コロナウイルスに罹患しても軽症か無症状で済むという「情報」のままである。求められているのは、自己判断のための実感し得るだけの「根拠」「証拠」を明らかにすることに尽きる。

少し前に自民党の二階幹事長は民放のテレビ番組で、番組司会者から「中止の選択肢もあるのか」と問われた二階氏。すると、「当然だ。オリンピックでこの感染病をまん延させたら、何のためのオリンピックか分からない」「その時の(感染状況)の判断で良い」と答えたという。この発言が話題となっているが、多くの生活者・個人は至極当然のことと思っているであろう。その主催都市である東京の知事は「東京には来ないでください」と発言している。選手以外でも大会関係者だけで3万人ほどとなるがその関係者にも「東京に来ないでください」と言わないのだろうか。そもそも「東京には来ないでください」ではなく、「東京からは出ないでください」が正しいのではないか。
昨年夏お盆休みの帰省に対し、地方からは「東京からは来ないでください」との声が上がった。帰省に対し、自粛警察といった嫌な動き見られたことを思い出す。

大阪も東京も「まん延防止」ではなく、緊急事態宣言の発出を政府に求める方向であると報道されている。「いつか来た道」の再現である。いや昨年の春以上の「抑制」は日本の社会経済全体に及ぶであろう。この1年生活者・個人と飲食事業など特定事業者のセルフダウンによってワクチンの普及までの時間稼ぎとしてなんとか持ちこたえてきた。最近使われる言葉に「人流」がある。簡単に言えば、「人出」をなくすことであり、もっと極端に言えば「移動」の抑制である。しかし、前回のブログにも書いたが既に生活者・個人は「自己判断で動き始めている」。このギャップ、都市と地方とのギャップ、間近に迫った東京五輪への賛否の開き、・・・・・・・・。1年前は新型コロナウイルスという「未知」への恐怖によるセルフダウンであったが、変異型ウイルスは行動抑制につながる「未知」となり得るのであろうか。日本の場合、英国のように死者が10数万人に及び恐怖によって行動が変わるとは思えない。ここでも変異型ウイルスの恐ろしさの実態、根拠、証拠、実感できる事実がない現在、感染症の収束には移動しないで家に篭るのが一番であるといった感染症の教科書のような言説によって行動が変わることはない。少なくともこの1年間の学習経験してきた生活者・個人を前にした実感ある「ことば」、更なるセルフダウンを促す自己規範が待たれる。1年前は「8割おじさん」と言われた西浦教授は、その後数理モデルによれば「このままでは42万人が死ぬことになる」との発言からその信頼は失われた。唯一実感あることばとして聞く相手がいるとすれば、現場の医療を支える医師たちの「ことば」であろう。

「人流」を止めることしか方法がないのであろうか。大阪のUSJ(ユニバーサルジャパン)でクラスター発生したのであろうか、感染対策についてはかなり厳しく行われている。2つのテーマパークにはシステムの違いはあるものの個人情報が登録されており、感染があればいつでも追跡できるシステムとなっている。入場者数の制限はあるもののそれでも楽しめるものとなっている。レストランでの飲食についてはマスク飲食の厳守とはなっていないが、更に厳しくするのであれば飲食はクローズすれば良い。また梅田の阪急百貨店はどうであろうか。東京もそうであるが大型所業施設における感染対策はこれもかなり厳しく行われている。
1年前パチンコ店の行列を盛んにTVメディアは感染拡大につながると批判してきた。しかし、パチンコ店でのクラスター発生はほとんどなかった。犯人探しばかりで、第一回目の緊急事態宣言によってどれだけの効果があったのか。確かに感染者数は減少したが、その根拠はなんであったのか。犠牲を払った結果について政治家だけでなく、感染症の専門家と言われる誰一人として触れることはない。宣言の解除後、東京の場合であれば都知事の「夜の街発言」によってまた悪者探しが始まる。新宿区長は夜の街の現場に入り分かったことは、例えばホストと顧客との間の感染ではなく、狭いアパートやマンションに数名のホスト同居がクラスター発生の主たる原因であることがわかった。
・・・・・・・この1年何をしてきたのか。大阪吉村知事の発言に新たな悪者として挙げた大型商業施設である百貨店協会やショッピングセンター協会は共に反発している。人流・人出の目的となっているこうした商業施設を休業すれば人は移動しないと言う理屈からだ。つまり、「公共」の名の下に「我慢」してくれというわけだ。その公共とは何かと言うことだが、山梨県のように事業者・消費者にとって感染防止に努力しさえすれば「自由」を手に入れることが出来る。花見も飲酒も自由に出来る「公共」「である。営業の自由、私権の尊重に基づく感染防止策である。現実問題として、既に手遅れという状態に立ち至っており、緊急事態宣言の発出に際し100歩譲ったとしてもその休業補償は飲食業における1日6万円以上の協力金と同じレベルにならなければならない。大型商業施設への保証・協力金は莫大なものになるであろう。考えるまでもなく、これは税金である。
生活者・個人、特に若い世代はTVメディアのよって創られた「世間」と言われる情報の嘘を敏感に感じ取ってきた。「人流」ということばで抑制を図ったとしても、ある意味巧みに楽しさを見出すであろう。そこには新たな環境のもとでの暮らし方を探る賢明な生活者・個人がいる。変わらなければならないのは、政治、行政、感染症の専門家、そしてTVディアである。こうした学習をしない懲りない人たちと生活者・個人、特に若い世代とのギャップは更に大きくなる。(続く)  


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2021年03月31日

自己判断で動き始めた  

ヒット商品応援団日記No784(毎週更新) 2021.3.31



前回のブログでコロナ禍1年今一度「正しく 恐る」という生活者・個人の認識を考えてみた。ちょうど1年になるが新型コロナウイルスと出会ったのはあの国民的コメディアン志村けんさんのコロナ死であった。この衝撃は感染症専門家あるいは政治家のどんなコメントよりも深く心に突き刺さった。幼い子供から高齢者まで、その「事実」に心動かされた。その後第一回目の緊急事態宣言が発出されるのだが、前回のブログに書いたように、感染者数という「事実」によって行動の変化が促されると。調査をしたわけではないが、多くの飲食店事業者は感染者数という事実の変化と共に来客数が変わることを実感していると思う。つまり、感染者数という「事実」による心理に基づいて行動もまた変わるということである。

第2回目の緊急事態宣言発出後、その延長の是非を国会で議論されていたが、実は極めて重要なことが答弁されていた。マスメディア、特にTVメディは相変わらず無反応であったが、政府諮問委員会の尾見会長は3月5日の国会答弁で、新型コロナがいつ終息するのかを問われ、「(国民の間に)季節性インフルエンザのように不安感、恐怖心がないということが来る。その時が終息」と発言している。つまり、不安感、恐怖心という「心理」がインフルエンザのようにある意味日常の出来事として受け止められるようになったらということである。それはいつまでかと聞かれ、今年一杯から来年位かけて2年ほどと答えている。この国会答弁後に麻生財務相の記者会見で、記者に「いつまでマスクをしなければいけないのか」と記者に逆質問し、その質問の仕方が麻生さんらしく不躾であるとTVでも話題になった。記者の答えは「当分の間」と答え、麻生財務相は「政治家みたいな答えだな」と皮肉っぽくやりとりしていたが、政治記者なら尾見会長の発言を踏まえて、「あと2年近くは」と答えるぐらいのことは当然であろう。この程度の政治記者だから、国民にとって極めて大切な尾見会長の「仮説」が報道できないのだ。
余計なことを書いてしまったが、前回も書いたがコロナ禍の課題はウイルスという身体的な「病気」であると同時に心理の「病気」でもあること。及びこの2つの病気は長期戦になるということが重要だ。

ところで東京都は4月21日まで飲食店・カラオケ店の時短営業を延長することを決めた。感染者数は300人台で下げ止まり、増加傾向にあることからとその理由を説明しているが、緊急事態宣言の発出から3ヶ月半を超えることとなる。前回のブログでも書いたように生活者・個人は自己判断で巣ごもりからの活動を始めている。その象徴であるのが、旅行であろう。まずは近場の小さな旅であるはとバスの桜観光には多くの予約が入っており、箱根の旅館・ホテルにも賑わいを見せ始めている。
こうした生活者・個人の行動変化と共に時短の対象となった飲食事業者の問題指摘が表面に出てきた。グローバルダイニングによる東京都の提訴である。大きくは2つの指摘で、1年前から指摘してされてきた特措法の改正で時短要請ではなく時短を命令できるとした憲法で保障されている「営業の自由」に反すること。更には協力金の不公平さについてであり、もう一つが特措法にある命令の出し方、グローバルダイニングがSNSで東京都を批判していることに対し「見せしめ的措置」で表現の自由に反しているのではないかという2点についてである。すでに報道されているように、午後8時までの時短営業を拒否した飲食店は2000店以上あったが、この要請に従わなかった113の店舗に都は個別の時短要請を出した。18日に時短を命じられた27店のうち26店が、グローバルダイニングの店舗。SNSで都に批判的なメッセージを投稿したことなどに対する見せしめだという判断からの提訴であった。改正特措法について国会でも論議されていたが、命令違反企業への過料の是非などばかりであったが、論議して欲しかったのは「命令」の適切な運用であり自粛協力金の「公平さ」であった。グローバルダイニングのゼストなどはその多くは数百坪の店舗であり、小さな店舗と同じ6万円の協力金の不公平さである。この問題指摘は1年近く経っているにも関わらず国会で論議されることなく改正されたことは周知の通りである。政治家がいかに現場を知らないかの象徴的事例であるが、行政が公共に反する行為に対し、権力を行使できるのはまず行政の努力をしてからであると飲食事業者だけでなく多くの生活者・個人は考えている。法律的には今回の「命令」には瑕疵はないとする法律家は多いが、生活者感情とは大きく異なる。いづれにせよ司法判断が待たれる問題である。

またしても脇道に外れてしまったが、マスクをしないで済む日常にはまだまだ時間がかかるという課題である。昨年の4月第1回目の緊急事態宣言が発出されてからは、一定の間隔を空けての客席配置、あるいは来店客数の減少に合わせての食材仕入れの調整やアルバイトやパートさんたちのシフト変更・・・・・・・・政府からの各種支援制度の検討と申請。そして、実際に店舗を運営していくこととなり、場合によってはテイクアウトメニューの開発や店頭での販売の工夫など現場での1年間を経験してきたと思う。勿論、感染予防のためのアクリル板や衝立など徹底してきたことは言うまでもない。ある意味「引き算」の経営であった。
2月の未来塾では困難なかで闘っている飲食専門店と商業施設を取り上げた。そこには「不要不急」の中に楽しさを見出したり、鬱屈した日常に「気分転換」と言う満足消費があった。日常をどう変えていくかという新たな価値が賑わいを創っていることがわかる。(今一度参照してほしい)

競争相手はコロナであり、困難さは同業種皆同じであるが、そこに共通していることは顧客変化を見逃さない強い意志と眼を持っているかである。そして、顧客が求めていること、それは業態の転換と言った大仰な変化ではなく、日常の中に小さな変化を求めていることがわかる。この1年否応なく行ってきた引き算の経営ではなく、小さなメニューやサービスを見ていく「割り算」の経営への転換である。二分の一、4分の1、8分の1という小さな単位で見ていくことの中に顧客が求めている「変化」が見えてくる筈である。割り算とは時間帯顧客であったり、常連客であったり、勿論男性・女性あるいはファミリー・お一人様と言った属性の違い。こうした割り算の見方を変えれば自ずと「自覚」と「発想」を変えていくことになる。例えば、私の好きな弁当に焼売の崎陽軒がある。若い頃新幹線で食べて以来、時代の豊さに比例し副菜はどんどん進化してきた。その中に「あんず」がある。どのようにそのあんずを食べているのかであるが、最後の一口デザートとして食べる人もあれば、箸休めの変化として食べる人もいる。人それぞれ思いは異なるが、こんな小さな「変化」もまた崎陽軒フアンづくりに役立っていると理解している。
こうした「小さなこと」への着目は危機にあっては原点に戻ることでもある。例えば、今コロナ苦境にあるはとバスは債務超過にあった時、変わるために行なったことの一つが顧客の声を聞くことであった。「お帰りBOX」という仕組みで、ドライバー・添乗員はその日あったこと、お客様が口にしたことをメモにして改善していく。その中には「休憩に出されたお茶がぬるかった」と言った小さな声に気づき改善を重ねていく。その積み重ねが再生への道へとつながったことを思い出せば十分であろう。

この「小さな」変化の取り入れは持続可能なことのためであり、しかもあまりコストをかけずにできることである。しかも、顧客に一番近い現場で行うことができる。例えば、季節の花一輪をテーブルに飾ってみる。日本人は季節の変化を花によって感じることが多い、5月になればツツジ、梅雨に時期でになれば紫陽花のように。あるいは季節の祭事もアクセントとして店内に飾るのも良いかもしれない。端午の節句時期ならば鯉のぼりであったり、母の日であればカーネーションも良いかと思う。現場の人に負担をかけずにできるアイディアを採用したら良い。巣ごもり生活で失ってしまうのは人と人との会話であり、自然である。こうしたひととき和むアイディアは小売業が常に行なっているもので、こうしたことを飲食業も取り入れたら良いかと思う。

ところで顧客接点である飲食業や専門店にとって注視しなければならないのは生活者・個人の「動き」である。前回のブログにも書いたが、東京都の場合緊急事態宣言というメッセージ効果ではなく、2520名という感染者数の「事実」によって自制のブレーキがかかり300名台へと減少させた。勿論、飲食事業者と生活者・個人の犠牲のもとでだが、実は生活者・個人の行動、「動き」にはこの1年少しづつ変化してきている。コロナ禍1年繰り返しブログに書いてきたことの一つが「正しく  恐る」ことであり、その「正しさ」とどのように伝えてきたかである。これ以上書かないが、極論ではあるが「恐怖」を煽ることで自粛要請をしてきた。その「煽り」を率先してきたのはTVディアであった。
そのTVメディアであるが、若い世代の路上飲酒(路のみ)などを取材し放送しているが、相変わらず若者犯人・悪人説を続けている。これも繰り返し書かないが、この1年「若い世代は重症化リスクは少ない。軽症もしくは無症状者である。」と言った情報を流し続けてきた結果であり、無症状者が感染させるメカニズム、その証拠を明らかにしてはいない。第1回目の緊急事態宣言についてもどんな効果があったのか検証すら行われていない。昨年春、ロックダウンではなく「セルフダウン」を若い世代を含め国民は選んだと書いたが、感染症専門家も政府自治体も更にTVメディアも「自粛疲れ」「我慢疲れ」「慣れ」と言った言葉で説明してきているが、生活者・個人は既に自己判断で行動し始めていると理解すべき段階に来ている。簡単に言ってしまえば政府も・自自治体の首長のいうことを聞かなくなってきたと言うことである。ここ数週間人出が多いとするテーマで街頭で取材をしているが、取材に応じた多くの人は「びっくりするぐらい人出が多い」と答えている。そこには自分だけは別であるとした考え、自己判断が働いていることがわかる。「私だけは別」という人間が増えている。つまり、自己判断で行動する人たちはどんどん増加しているということだ。

こうした中、緊急事態宣言が解除された3日後の今月24日、東京・銀座の居酒屋で厚労省職員23名が深夜まで宴会をしていたことがわかった。しかもアクリル板などの飛沫予防などしていない店であったと報道されている。感染リスクの高い歓送迎会や旅行などの自粛要請をしてきた厚労省職員の行動に唖然とする。また、一方東京都は改正特措法45条に基づく午後8時までの営業時間短縮命令に応じなかった4店舗について、過料を科す手続きを裁判所に通知した。対象となった店舗については公開されていないが推測するにグローバルダイニングであろう。違反していた2000数店舗全てに過料するのであれば少しの理解はできるが、4店舗だけというのは見せしめ以外の何ものでもない。法の平等性に反するものだ。そもそもこの過料については極めて悪質な飲食店へのものでその運用は慎重にすべきとの議論であったが、こうした強権的なやり方に批判は集まること必至である。

混乱は更に深刻さをましていくことが予測される。感染力の強い変異型ウイルスという要因もあるが、一番の課題は生活者・個人が自己判断で行動を変え始めているということである。その兆候は既に若い世代から始まっている。ここ数ヶ月感染者の内訳を見ていくと相変わらず20代〜30代が多い。昨年の秋頃であればこの世代に特徴的な軽症者の後遺症について盛んに報道されていたが、そのリスクメッセージの効果がないと見たのか、現在は後遺症キャンペーンはTVメディアではほとんど見られることはなくなった。また、若い世代ばかりか高齢者にも同じ兆候が見られ始めている。ある意味元気な高齢者であるが、ここ数ヶ月高齢者グループによる昼カラによるクラスター発生が起きている。
また前回のブログにおいても触れたが、東京・大阪といった都市部が感染の中心課題であったが、諮問委員会の尾見会長の言葉によれば「染み出す」ように地方へと拡散している。その象徴としては宮城仙台や愛媛松山であるが、一方感染者は極めて少ない地方、しかも大都市に隣接する山梨や和歌山のような感染者のいない日常に戻った県もある。全て一律に行うことは意味のないこととなったということだ。こうした中、依拠すべき判断は目の前の「顧客」である。自己判断を始めた顧客の変化にいち早く気づき小さく応えることしかない。(続く)
  
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2021年03月21日

コロナ禍の原点、「正しく 恐る」という認識 

ヒット商品応援団日記No783(毎週更新) 2021.3.21



政府は約2ヶ月半ほど実施して来た緊急事態宣言を解除した。その背景には病床の改善もあるがだらだらとした宣言状態であれば効果はないとすることのようだが、実は生活者、特に若い世代にとって「解除」は既に始まっていた。東京都の場合、1月7日の宣言発出翌日には感染者数が過去最大の2520名となった。以降、対策としては飲食店の時短とテレワークの推進を行いある意味で劇的な感染減少へと向かう。その効果であるが、実効再生産数(感染の拡大)の0.2程度の引き下げが見られたとの報告があるが、基本的には飲食店経営者と生活者個人の犠牲のもとでの減少である。
諮問委員会の尾身会長は、「何故減少したのか、現在下げ止まっているのか科学的根拠がわからない」「見えないところに感染源があるのではないか」と国会答弁で答えていたが、この1年間明確な根拠がないまま対策を行なって来たことの象徴的発言であろう。

1年前から感染症研究者や経済学者以外に、社会心理の専門家も諮問委員会のメンバーに入れるべきであると指摘して来たが、社会行動を変えるにはその「心理」を分析することが不可欠であるとの認識からであった。この2ヶ月間都知事が「ステイホーム」といくら叫んでも「人出」は減少どころか時間経過と共に次第に増加して来ている。2月に入り、700名ほどいた感染者は半ばには500名まで減少する。この頃から夜間の人出は少ないが週末や昼間の人出は増加へと向かう。何を基準にして人出の増加と言う行動変化が起きたのか、その最大の基準は「感染者数」である。特に、感染しても無症状もしくは軽症で済む若い世代はコロナ禍からある程度自由であることからで人出増加の最大理由となる。よくメッセージが若者には届かないと感染症専門家や政治家は言うが、行動を変える言葉(内容)を持ってはいないことによる。特に、無症状者が感染のキーワードとなっていると指摘する専門家は多いが、その科学的なエビデンス・根拠を明らかにしたことはない。若い無症状者が重症化の恐れがある高齢者にうつす危険があるため自重してほしいと感染症専門家は発言するが、若い世代にとって、高齢者の犠牲にはなりたくないと考える若い世代は多い。何故なら、こうした感染の根拠が示されない現状にあっては、個々人の判断は感染者数の増減に基づいたものとなるのは至極当然のこととなる。若者犯人説の間違いは、その若者について間違った認識からで、今まで何回か指摘したので繰り返さないが、彼らは明確な根拠があれば自ら判断し行動する合理主義者である、SNSを使うデジタル世代と言われるが、決定的に足りないのが「経験」「リアルさ」であることを自覚してもいる。例えば、若い世代に人気の吉祥寺には昭和レトロなハモニカ横丁とトレンドファッションのPARCOのある街であることを思い浮かべれば十分であろう。(詳しくは昨年の夏に書いたブログ「「密」を求めて、街へ向かう若者たち 」を参照してください)

桜の花見は感染の拡大に結びつくので一番の強敵であると感染症の専門家は口を揃えて言うが、花見だけではない。言葉を変えれば、行動を変えるのは「変化」への興味のことであり、季節の変化だけではない。2回目の緊急事態宣言発出以降、「人出」が増えた場所、施設はどこかを見れば明らかである。ここ1ヶ月ほど賑わいを見せているのがまず百貨店で、しかも食品売り場の混雑はコロナ禍以前と同じである。最近では北海道物産展などイベントが行われているが、その混雑度は最盛期のそれと同じである。ちなみに、百貨店協会の1月度の売り上げレポートが発表されている。緊急事態宣言により1月度の全体売り上げは前年同月比▲29.7%となっているが、その内容を見ていくと株高の反映と思われるが貴金属・宝飾品は▲10.1%、食品は▲18.9%と比較的減少幅は小さい。これは1月度の売り上げであり、2月には更に増加していると考えられる。
また、百貨店やショッピングセンターなどの商業施設はもとより、人数制限なども行われる映画館やテーマパークを始めとした多くの興業施設でも感染予防対策が採られ、クラスター発生は聞いたことがない。ただ、埼玉県ではカラオケ店(昼カラ)でのクラスター発生が報告されているが、感染予防対策が採られていないことが明らかになっている。

ところでここ数日感染者数が大きく増加しているのが宮城県である。現在の実効再生産数(感染の広がり)」が1.56となっているが3月7日時点では2を超えるまでに上がっている。日経新聞によれば、「宮城県と仙台市は17日、1日あたりで過去最多となる計107人が新型コロナウイルスに感染したと発表した」と。この急激な増加の背景・理由であるが、2月初旬から下旬にかけては1日の感染者数が1桁になる日も続いたことから、県は2月23日に国の「Go To イート」事業を再開させたが、その因果関係は明らかではないが、結果として感染が再拡大したと知事自ら反省していると記者会見で語っている。仙台市内繁華街である国分町で感染者が多く、いわゆるリバウンドであるが、先に解除となった大阪でもその傾向は出て来ている。但し、大阪市内ではそうしたリバウンドの傾向は出ているが、大阪府周辺の市区町村では起きてはいない。ちなみに宮城県は独自に緊急事態宣言を発出したが、このリバウンド見られる「傾向」も何がそうさせたのか、その根拠が明らかにはされていない。

第一回目の緊急事態宣言の時も発出する前の3月末には感染のピークアウトを迎えていた。今回の2回目の緊急事態宣言の場合も感染ベースで言うと年末にはそのピークを迎えていたとする専門家も多い。つまり、対策は常に「後手に回る」こととなる。その反省からであると思うが、今回の政府の方針の一つが無症状者を含めたモニタリング調査によって、表には出ていない感染源を見出し対策をとる、そんな調査手法と思われる。昨年8月スタートしたアドバイザリーボードが分析するとのことだ。やっと本来の主要な活動が始まったと言うことだろう。但し、問題はその運営である。スピードが求められる調査であり、その調査結果から得られた課題解決をすぐ実行すると言うものだが、果たしてできるのかいささか疑問に思う。何故なら、新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)の失敗も国にアプリ開発の専門家がいなかったことによる。更には例えば飲食店へのいくつかの給付金すら遅れ遅れになって窮状を訴えている状況下での行政運営である。
既に栃木県宇都宮市で通行人に対し、この調査が行われているが、栃木県の場合陽性者はゼロであったと報告されている。サンプル対象者は600名で回収は536名と言う結果であったが、市中感染の想定からとしてはサンプル数がいかにも少なすぎる。読売新聞によれば、東京都が行なっているモニタリング調査の場合、1万4000人への抗体検査で陽性率は1・8%とのこと。
問題なのは、調査における「仮説」を含めた調査設計の仕方にある。仮説次第で、その設計によって調査の成否が決まる。しかも、隠れた陽性者を発見するには膨大なサンプル数を必要とする。そして、このモニタリング調査をもとに更に深掘り調査によって「新たな感染源とそのメカニズム」が見出される。前者をPCR検査による陽性者数という定量調査とするならば、後者は保健所がおこなっている疫学調査のような定性調査と言うことができる。
今まで根拠なしに感染源であるとされて来た「夜の街」「若者」「飲食店」あるいは「GoToトラベル」・・・・「花見宴会」が果たしてどうであったのかある程度明らかになると言うことだ。アドバイザリーボードではAIを駆使して行うようだが、コロナ禍1年感染源=感染のメカニズムがやっと求められて来たエビデンス・証拠が明らかにされる入り口を迎えている。

このことにより、この1年「命か経済か」といった選択論議に一つの区切りをつけることができる。昨年春コロナ禍が始まった時「正しく 恐れる」という方針が掲げられていた。その「正しさ」という根拠を持った基準を手に入れることになると言うことだ。アドバイザリーボードのメンバーの一人であるIps細胞研究所の山中伸弥教授は自らのHPでその「正しさ」について、「どの情報を信じるべきか?」で次のように語っている。

『私は、科学的な真実は、「神のみぞ知る」、と考えています。新型コロナウイルスだけでなく、科学一般について、真理(真実)に到達することはまずありません。私たち科学者は真理(真実)に迫ろうと生涯をかけて努力していますが、いくら頑張っても近づくことが精一杯です。真理(真実)と思ったことが、後で間違いであったことに気づくことを繰り返しています。その上で、私の個人的意見としては、医学や生物学における情報の確からしさは以下のようになります。』

そして、数万とも言われるコロナ関連の論文の中から選んで掲載する基準について、山中教授は次のような考えを持って掲載されている。

真理(真実)
>複数のグループが査読を経た論文として公表した結果
>1つの研究グループが査読を経た論文として公表した結果
>査読前の論文
>学術会議(学会や研究会)やメディアに対する発表
>出典が不明の情報

真実にどれだけ近づくことができたかと言うことであるが、キーワードは「査読」であり、どれだけ複数の専門家による検証がなされて来ているかで、検証されないまま公表される論文の多さに警鐘を鳴らしている。
思い出してほしい、昨年春当時北大教授で厚労省クラスター班のメンバーであった西浦氏による数理モデルを駆使した感染モデルの件を。「このままでは42万人が死亡することになる」と提言し、マスメディア、特にTVメディアはこぞって取り上げ、結果「恐怖」を煽ることになり、「正しく 恐る」から遠く離れてしまった。その後、研究者である西浦教授はその数理モデルの間違いを説明反省している旨を語っているが、マスメディア、特にTVメディアはその「間違い」すら取り上げ報道しようとはしない。「恐怖を煽って視聴率さえ取れればそれで良いのか」と批判が出るのは当然である。
2回目の緊急事態宣言以降の生活者行動を俯瞰的に見ていくとわかるが、政治家やTVメディアが考える生活者・個人の行動とは大きく異なっていることに気づく。首都圏の生活者はキャンピングブームが起ったように「密」を避けて郊外の桜の名所に出かけるであろう。花見どころか旅行を計画する人はここ数週間増えている。それを自粛疲れとか、我慢の限界といった曖昧な表現はやめにした方が良い。高齢者だけでなく、多くの生活者はワクチン摂取のタイミングを考えて旅行の計画を立てるであろう。恐らくそうした行動を見据えたように、地方32県の代表として鳥取県の平井知事はGoToトラベルの再開要請に動いている。隣りの山梨県では花見を楽しもうと知事自ら発言してもいる。こうした背景として、地方経済の疲弊を指摘するジャーナリストは多いが、気づきの無い首都圏の知事の思惑とは逆に、生活者も地方も既に「次」へと動き始めていると言うことだ。

行動を左右するのは「情報」と「経験」である。この1年間学習を積んだ生活者・個人がいると言うことだ。昨年の春未来塾(1)で欧米のようなロックダウンではなく「セルフダウン」と言うキーワードを使って賢明な生活者像を書いたが、世界でも珍しい新型コロナウイルスとの闘い方である。
その現場で闘っている飲食業や旅行業もそうだが、地方の疲弊度は大変さを超えている。地元に根付いた商店街には感染者をほとんど出していないにもかかわらずほとんど人通りはない状態だ。少し前に島根県知事が首都圏、特に東京都の感染対策の無策を批判した心情は共感できる。
解除してもしなくても、感染の下げ止まりからのリバウンドは起きると専門家だけでなく生活者・個人も認識の少しの違いはあっても同じように感じ取っている。今回敢えて生活者・個人の行動基準の一つとして「感染者数」を取り上げてみたが、あるレベルのリバウンドがあった場合必ず行動の「ブレーキ」を自ら踏む筈であると信じている。例えば、「密」を避けて楽しむキャンピングやアウトドアスポーツ、季節の変化を楽しむには紅葉散策の高尾山ハイキング、地方に旅することはできないが百貨店の「地方物産」を楽しむ、旅行を楽しみたいがまずは近場の箱根でも、・・・・・・こうした延長線上に「次」のライフスタイル行動はある。
そして、ブレーキを考えながら、賢明な消費行動をこれからも取ることであろう。死語になった「ウイズコロナ」ではあるが、このウイルスとの付き合い方、言葉を変えれば「正しく 恐る」という原点に立ち戻るということでもある。残念ながらアクセルとブレーキを交互にに踏む、そんな間闘いは続くこととなる。そして、ワクチン摂取の進行度合いにもよるが、まずは夏前には多様な消費行動が始まる。その前に、モニタリング調査により隠れた陽性者を浮かび上がらせ、感染のメカニズムを明らかにし感染予防を行うことだ。つまり、中国、韓国、台湾といった私権を制限し管理する道ではない以上、「正しく 恐る」という高い精度のセルフダウンへと向かう。(続く)
  
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2021年03月12日

今なお、切に生きる  

ヒット商品応援団日記No782(毎週更新) 2021.3.12.



3.11東日本大震災が10年を迎えた。ここ1週間ほどNHKを始め民放各局は10年という節目として何が変わり何が変わらないのか、復旧・復興はどこまで進んだのかをレポートしていたが、取材を受ける被災者の多くは「節目」などないと答えていた。そこには今なお必死な想いが横たわっていることに気づく。
「切に生きる」という言葉は、2011年文芸春秋の5月号の特集「日本人の再出発」に瀬戸内寂聴さんが病床にあって手記を寄せた文の中で使われたキーワードである。「今こそ、切に生きる」と題し、好きな道元禅師の言葉を引用して、「切に生きる」ことの勧めを説いていた。「切に生きる」とは、ひたすら生きるということである。いまこの一瞬一瞬をひたむきに生きるということである。それが被災し亡くなられた家族や多くの人達に、生きている私たちに出来ることだと。
寂聴さんの言葉を借りれば、苦しい死の床にあるこの場所も自分を高めていく道場。道元はこの言葉を唱えながら亡くなったという。「はかない人生を送ってはならない。切に生きよ」、道元が死の床で弟子たちに残した最期のメッセージである。

震災2ヶ月後、「人間が人間であるための故郷」というタイトルでブログを書いた。2011年当時東北三県の人口は約570万人、10年後の現在532万人(-6.6%)38万人の減少となっている。特に津波の被害が大きかった宮城県女川町(-43.3%)のように「復興」とは程遠い状態である。
また、地震・津波と共に大きな被災となったのが原発事故による福島県である。原発の北側にある双葉町は今なお解除されていないが、解除地域に住民登録がある人のうち実際に住む人 31.6%(1万4375人)。今なお避難している、もしくは故郷を帰ることを諦めた人がいかに多いかがわかる。ちなみに、楢葉町59.7%(4038人)、南相馬市56%(4305人)、富岡町17.7%(1576人)、浪江町11.4%(1579人)。
当時「人間が人間であるための故郷」、その故郷について次のように書いた。

『福島原発事故の避難地域住民の人も、岩手や宮城の津波によって家も家族も根こそぎ奪われた人も、必ず口にする言葉に故郷がある。故郷に戻りたい、故郷を復興させたいという思いで口にするのであるが、故郷という言葉を聴くと、国民的な人気マンガ・アニメであるちびまる子ちゃんの世界が想起される。周知のさくらももこが生まれ育った静岡県清水市を舞台にした1970年代の日常を描いたものであるが、ここには日本の原風景である生活、家族、友人が生き生きと、時に切ない思いで登場している。故郷は日常そのもののなかにあるということだ。そして、その日常とは住まいがあり、仕事や学びの場所があり、そして移動する鉄道がある。がれきの山となった被災地で写真を始めとした思い出を探す光景が報じられるが、それら全て日常の思い出探しである。
誰もが思うことであるが、転勤で国内外を問わず転々ととする人も多いが、やはり帰る場所、故郷があっての話しである。今回の東日本大震災は、一種の帰巣本能のように、がれきの向こう側に突如として故郷が思い出され、帰りたいと、それが故郷であった。しかし、巨大津波で根こそぎ故郷を奪われてしまった海岸線の人も、放射能汚染によって立ち入ることすら制限されている福島原発周辺の人にとっても、故郷を失ったデラシネの人となってしまう恐れがある。』

震災による窮状に苦しむ住民への思いを胸に、いち早く立ち上がった多くの市町村長の行動があった。 米タイム誌は21日発表した「世界で最も影響力のある100人」に、福島原発事故での政府対応をYouTubeで厳しく批判した福島県南相馬市の桜井勝延市長。あるいは、郡山市の原市長は「国と東京電力は、郡山市民、福島県民の命を第一とし、『廃炉』を前提としたアメリカ合衆国からの支援を断ったことは言語道断であります。私は、郡山市民を代表して、さらには、福島県民として、今回の原発事故には、『廃炉』を前提として対応することとし、スリーマイル島の原発事故を経験しているアメリカ合衆国からの支援を早急に受け入れ、一刻も早く原発事故の沈静化を図るよう国及び東京電力に対し、強く要望する」と記者発表した。

行政にとって地域住民が全てである。理屈ではなく、住民への思い、哲学があって初めて行政サービスが行えるということだ。どこの首長であったか忘れてしまったが、財布も持たずに着の身着のままで避難所暮らしをすることになった被災者に対し、何よりも必要となる現金、確か一時金として10万円を支給した地方自治体があった。被災地の再生にバイオマスによるエコタウン構想・・・・・・そんなことではなく、プライベートな生活が確保できる仮設住宅こそが必要であった。子ども達の健康を考え、校庭の表土を自らの判断で除去した自治体もあった。あるいは、岩手の三陸海岸沿いの孤立した集落では、行政は壊滅し、まさに住民自ら自治を行っているコミュニティがいかに多かったか。求められる日常をいかに取り戻すか、いかに新しくつくっていくか、これが生活者への、被災者への哲学である。
そして、行政と共に、この故郷を取り戻す活動は震災後すぐにスタートした。震災後49日間で東北新幹線は復旧し、新青森から鹿児島までつながることとなる。これを機会に東北を元気づけるために、観光客を誘致することをマスメディアは盛んに報じるが、それはそれとして必要とは思ったが、地元の足である在来線である東北本線が少し前に復旧したことの方がうれしい話である。あるいは東北自動車道開通もそうであったが、コンビニのローソンもイオンのSCも被災地で復旧オープンさせたことの方が大きな意味を持つ。それは被災地にとって、日常に一歩、故郷に一歩近づくことであるからだ。故郷とは人がいて笑い声が聞こえる賑わいであることがわかる。故郷は単なる風景としてのそれではなく、人がいる風景のことである。

震災直後はまさに自助共助公助であった。しかし、故郷は帰ることことができる場所であるが、福島を始めその故郷を失い、もしくは断念した人がいかに多いか。一方今なお故郷にとどまり「切に生きる」人たちも多い。その中で偶然TVのニュースで知った一人が福島在住の臨床医坪倉医師である。東日本大震災、中でも放射能汚染にみまわれた福島県の医療再生に今なお貢献している医師の一人である。その中心となっているのが坪倉正治氏であるが、地域医療の再生プロジェクトを立ち上げ全国から同じ志を持った医師と共に再生を目指している現場の医師である。臨床医であると同時に多くの放射能汚染に関する論文を世界に向けて発表するだけでなく、福島の地元のこともたちに「放射能とは何か」をやさしく話聞かせてくれる先生でもある。
新型コロナウイルスと放射能も異なるものだが、同じ「見えない世界」である。坪倉正治氏が小学生にもわかるように語りかけることが今最も必要となっている。感染症の専門家による「講義」などではないということだ。小学生に語りかける「坪倉正治氏の放射線教室」は今もなお作家村上龍のJMMで配信されている。東京のマスメディアは決して取り上げることのない坪倉医師をニュース画面で見かけたのは、あの元オリンピック組織委員会会長森氏の女性蔑視発言の直後であった。復興五輪ということから聖火リレーの参加表明して来たが、復興とはまるで異なる運営となっている東京オリンピックには関わらない、そんなニュースであった。坪倉医師は今もなお放射能汚染と闘っており、明日も闘っていくであろう人たちの一人である。「切に生きる」人たちにとって、「復興」という冠のないオリンピックは意味のないイベントであるということだ。

ところで、その原発事故の「今」について、改めて気づかされたのがNHKスペシャルの2つの番組、「徹底検証 原発マネー」及び「廃炉への道」であった。今なお、というより廃炉への道筋が不透明の中の原発事故関連の「お金」の使われ方である。
新聞などを通じての報道に触れることはあったが、時々の断片的な情報であり、この廃炉・除染という困難さの全体を感じ取ることはなかなかできなかった。史上最悪規模の事故を起こした東京電力福島第一原子力発電所。10年経ってやっと溶け落ちた核燃料を取り出し、処分する「廃炉」が始まろうとしている。40年ともいわれる長い時間をかけて、3つの原子炉を「廃炉」する人類史上例を見ない試みはどのような経過をたどるのか。放射能との長きにわたる闘いを、長期に渡り多角的に記録していくものだが始まりは水素爆発をきっかけにメルトダウンが起き、膨大な量の放射能がまきちらかされる。多くの原子力研究者が既にメルトダウンが起きていると指摘したにも関わらず、「メルトダウンではない」と言い張った当時の菅直人政権の官房長官の姿が思い出される。

コロナ禍の1年を経験し、3.11当時の「社会」を振り返ると多くを失ったが今なお切に生きる人たちがいることを通説に感じる。そして、「現在」との比較をどうしてもしてしまう。一言で言えば、復旧・復興に向け社会が災害に向かうという緊張感のある「一体感」があった。しかし、現在はどうかと言えば、緊急事態制限発出や延長に関し、政府と東京都との間での駆け引きを見るにつけ、東日本大震災当時の住民本位である行政とのあまりに大きな違いに唖然とする。以降、防災については多くの面で学びそして進化して来た。しかし、「政治」は逆に退化し続けている。

亡くなった作詞家阿久悠さんは、晩年「昭和とともに終わったのは歌謡曲ではなく、実は、人間の心ではないかと気がついた」と語り、「心が無いとわかってしまうと、とても恐くて、新しいモラルや生き方を歌い上げることはできない」と歌づくりを断念した。しかし、3.11後の光景は痛みとともに、「絆」というキーワードに表される共助の光景をも見せてくれた。大津波は自助できるものを大きく超えたものであった。更に、頼りにすべき行政機関も津波で持ち去られ、残るは生き残った人々の共助だけとなった。多くの場合こうした災害後には略奪などが横行するのだが、日本の場合は互いに助け合う共助へと向かい、世界中から賞讃された。阿久悠さんは「心が無い」時代に歌うことはできないとしたが、実は東北には心はあったのだ。今一度10年前の東日本大震災の原点に戻らなければならない。

忌野清志郎が歌う「雨あがりの夜空に」の歌詞に次のようなフレーズがある。
・・・・・・・・・・・・
こんな夜におまえに乗れないなんて
こんな夜に発車でないなんて
こんなこといつまでも長くは続かない
・・・・・・・
Oh雨上がりの夜空にかがやく
Woo雲の切れ間に
散りばめたダイヤモンド
・・・・・・・・・・

そして、忌野清志郎は私たちに「どうしたんだHey Hey Baby」と投げかける。乱暴だが、とてつもなく優しい。「切に生きる」人たちへ、そんな応援歌が待たれている。今なお、戦いは続いているということだ。(続く)

追記 テーマから言うと大津波などの画像の方がわかりやすいが、やはり胸が苦しくなり、好きな忌野清志郎の応援歌の写真を使うこととした。
  


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2021年03月03日

春よ、来い 

ヒット商品応援団日記No781(毎週更新) 2021.3.3.



「春よ、来い」(はるよ こい)は、周知のように松任谷由実が1994年10月にリリースした 曲である。多くの人が早く春が来て欲しい、そんな思いを見事に謳った名曲であろう。おもしろいことに、昭和のヒットメーカーである阿久悠さんに「春夏秋秋」という曲がある。「春夏秋冬」ではない。1992年に石川さゆりに書いた曲で、
 ♪ああ 私 もう 冬に生きたくありません
   春夏秋秋 そんな一年 あなたと過ごしたい・・・・・・
   ・・・・・・・・・・・・・・・・
   来ませんか 来ませんか 幸せになりに来ませんか・・・・・

冬の時代が長かった女性を想い歌ったものだが、四季は生活の中に変化をもたらし、そこに喜怒哀楽を重ねたり、情緒を感じたり、美を見出したり、季節の変化という巡り合わせを楽しんできた。

コロナ禍の1年であったが、決して「冬冬冬冬」ばかりではなかった。ひととき春や夏そして秋、あるいは冬を折り込みながらの1年であったと思う。人によって取り戻したい「春」は異なるが、ほとんど「冬」の1年であったと思うのは中高生の学生であろう。好きなミュージシャンのライブにも行けない、友人と街歩きもできない、ほとんどの学校行事は縮小もしくは中止で、部活も思いきりできなかった。日常の学校生活の基本である人と人との接触すら制限された。そして、卒業を迎える。
2009年春、NHKの全国学校音楽コンクールの課題曲「手紙」をアンジェラ・アキが歌ったことを思い出す。当時は「冬」ではなく、春夏秋冬、四季のある時代であるが、その「手紙」は悩み多き世代に向けた応援歌である。ところで当時のブログに次のようなコメントを書いた。
『アンジェラ・アキは、未来の自分に宛てた手紙なら素直になれるだろう、だから「未来の自分に手紙を書いてみよう」と呼びかける。そして、生まれたのが「手紙」という曲だ。「拝啓 ありがとう 十五のあなたに伝えたい事があるのです」というアンジェラ・アキからの応援歌である。

♪大人の僕も傷ついて眠れない夜はあるけれど
苦くて甘い今を生きている
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ああ 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は
自分の声を信じて歩けばいいの
いつの時代も悲しみを避けては通れないけれど
笑顔を見せて 今を生きていこう

ありのままの自分でいいじゃないか、時に疲れたら少し休もうじゃないか、とメッセージを送る「ガンバラないけどいいでしょう」を歌う吉田拓郎とどこかでつながっている。・・・・・・・・・何が起こってもおかしくない時代。今、安定・安全志向が叫ばれているが、漫才コンビ麒麟の田村裕さんによるベストセラー「ホームレス中学生」ではないが、既にそんな安定などありえない時代を生きている。』

また、卒業、NHKの全国学校音楽コンクールといえば、やはりいきものがかり のYELLを思い出す。YELLの後半歌詞に次のようなフレーズがある。

・・・・・・・・・・
♪サヨナラは悲しい言葉じゃない
それぞれの夢へと僕らを繋ぐ YELL
いつかまためぐり逢うそのときまで
忘れはしない誇りよ 友よ 空へ

僕らが分かち合う言葉がある
こころからこころへ 言葉を繋ぐ YELL
ともに過ごした日々を胸に抱いて
飛び立つよ 独りで 未来(つぎ)の 空へ

ところで人生の大きな節目である卒業の先には入学がある。新しい人生を歩むわけだが、その人生もよう、人もようを曲にした阿久悠さんは2002年自らの人生を石川さゆりに歌わせる。この自伝的な曲「転がる石」は次のような詞である。

♪十五は 胸を患って
咳きこむたびに 血を吐いた
十六 父の夢こわし
軟派の道を こころざす

十七 本を読むばかり
愛することも 臆病で
十八 家出の夢をみて
こっそり手紙 書きつづけ
・・・・・・
転がる石は どこへ行く
転がる石は 坂まかせ
どうせ転げて 行くのなら
親の知らない 遠い場所※

怒りを持てば 胸破れ
昂(たかぶ)りさえも 鎮めつつ
はしゃいで生きる 青春は
俺にはないと 思ってた

迷わぬけれど このままじゃ
苔にまみれた 石になる
石なら石で 思いきり
転げてみると 考えた

自らをも鼓舞する応援歌「ファイト」を歌った中島みゆきの人生歌と重なる。そして、「転がる石」の意味合いを阿久悠さんは次のように「甲子園の歌 敗れざる君たちへ」(幻戯書房刊)で書いている。

『人は誰も、心の中に多くの石を持っている。そして、出来ることなら、そのどれをも磨き上げたいと思っている。しかし、一つか二つ、人生の節目に懸命に磨き上げるのがやっとで、多くは、光沢のない石のまま持ちつづけるのである。高校野球の楽しみは、この心の中の石を、二つも三つも、あるいは全部を磨き上げたと思える少年を発見することにある。今年も、何十人もの少年が、ピカピカに磨き上げて、堂々と去って行った。たとえ、敗者であってもだ。』

歌は人生の応援歌である。多くの制限の中の1年であったが、そんな我慢の中に小さな「応援」があった筈である。阿久悠さんの言葉を借りれば、コロナ禍という苔にまみれた1年であった。そこで「石なら石で 思いきり
転げてみる」と 考えることも必要な時代である。心の中の石を見つめる良き季節を迎える。(続く)
  
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Posted by ヒット商品応援団 at 13:01Comments(0)新市場創造