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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2020年04月05日

生き延びるための知恵  

ヒット商品応援団日記No762(毎週更新) 2020.4.5。


1ヶ月半ほど前に「人通りの絶えた街へ」というタイトルでブログを書いた。その通り街の風景は日本のみならず世界へと広がっている。しかも、感染者の多いイタリアやスペイン、フランス、特に危機的状況にある米国のニューヨークは一瞬の内にゴーストタウン化した。
そして、今回の新型コロナウイルス感染が及ぼす社会・経済への影響を考えるにあたり、2008年のリーマンショックや2011年の東日本大震災を一つの事例としてブログを書いてきた。しかし、事態は1990年代初頭のバブル崩壊によるパラダイム転換(価値観の転換)を促した視点が必要であるとも書いた。その最大理由はバブル崩壊によってそれまでの多くの価値観が崩壊したが、当時言われていたのは「神話」の崩壊であった。上がることはあっても下がることはないとした不動産神話、重厚長大であるが故の揺るがない大企業神話、決して潰れることはないと信じられてきた銀行・金融神話、・・・・・・・・・神話とは「こころ」のなせるものである。情緒的な表現になるが、神話崩壊とは「こころ」が壊れてしまったということだ。壊れたこころをどのように立て直すのかが平成の時代の最大テーマであった。生活者は勿論のこと、大企業も、中小企業も、街場の商店も。今一度、未来塾の「バブル崩壊から学ぶ」を読んでいただきたいが、学びの根底にあったのが、実は「過剰」であった。例えば、バブル崩壊後日本の産業を立て直すために多くの製造業は中国を目指し、国内産業の空洞化が叫ばれたが、同時に部品メーカーも続々と中国に渡った。いわゆるグローバル産業化である。今回の感染源である中国湖北省の壊滅的感染爆発によってサプライチェーンが切断され経済がストップしてしまったことは周知の通りである。こうした事態を懸念し既に数年前からリスク分散、チャイナプラスワンの必要を指摘した専門家も少しはいたが、日本の社会経済潮流はグローバル化の道を歩んできた。

ところで、2~3年前からブログに訪日外国人市場、インバウンド市場、特に京都観光の実情を書いてきたが、いわゆるオーバーツーリズムのコントロールは議論されないままであった。観光産業におけるグローバル化という課題である。結果どうなったか、中国観光客のみならず、多くの訪日観光ビジネスは今壊滅的打撃を受けている。ウイルスの感染を防ぐために人の「移動」は極端に規制される。このインバウンドビジネスは今年開催予定であった東京オリンピックが後押しし、過剰な期待が生まれ、結果設備投資が行われきた。オーバーツーリズムとは過剰観光のことである。しかも、観光産業の中心顧客であった日本人シニア層へのシフト変更もうまくはいかない。それは新型コロナウイルス感染における致死率が高齢者ほど高いという事実があり、残念ながらコロナショックが終息しない限り好きな旅行には行かないであろう。
つまり、この3年ほどの観光産業の好景気は「バブル」であったと理解し、3年以前に今一度戻ってみるということである。その時、観光ビジネスの「見え方」も変わってくるということだ。その見え方の物差しに「過剰」であったかどうかということである。例えば京都で言うならば、インバウンド顧客を第一とするならばインバウンドバブルによってほとんどの市場は無くなった、つまり混雑を嫌った日本人観光客を第二の顧客として再び顧客を再び呼び戻すこと。それでも経営ができなければ第三の顧客として地元京都や関西圏の近隣顧客に京都観光の深掘りを実践してみると言うことである。足元を見つめ直し、新たな「京都」を発見あるいは創造してみると言うことである。例えば、この「京都」を東京の「浅草」や「築地場外市場」に置き換えても同じである。

別な表現をすれば、過去培ってきた顧客の「信頼」はどうであったかを今一度見つめ直すと言うことである。極論を言えば、”あなた(店)であれば、お任せます”ということ、安心という信頼が築けていたかと言うことになる。最も商売の原点がどうであったかと言うことだ。
ところで商売するうえで接触感染を防ぐことは大事である。デリバリービジネスやネット通販、あるいは高齢者向けの買物代行などの急成長はそれなりの理由は当然である。しかし、今回のコロナショックは最低でも1年間は続く。店舗を構える業態の場合、入店したらアルコール消毒液を使うことは勿論、安心のためのサービスは不可欠である。飲食店であればテイクアウトを始めたり、物販であればセルフスタイル導入も考えても良いかと思う。また、顧客同士の接触を少なくするための「距離」、ソーシャルディスタンシングを考えた席のレイアウトをはじめとした店内レイアウトの変更も必要になるであろう。これはウイルスという見えない敵と戦っていることを顧客の目に見えるようにする。つまり、自己防衛のための「見える化」である。しかし、どんな乗り越える工夫や手段を講じようが、基本は顧客との「信頼」があるかどうか、どの程度の信頼であったかどうかを見つめ直すことも必要であろう。

さて、ここ数週間小売現場で売れているのは生活必需品のみである。しかも、嗜好性の高い選択消費である商品はほとんど売れてはいない。選択的商品の中で唯一売れているのは人との接触のない自然相手のキャンプ関連商品、アウトドア商品のみである。勿論、人と人との接触のない散歩以外の「遊び」である。生活者の楽しみは換気の良い「アウトドア」「自然相手」と言うことになる。また、別荘地へのコロナ避難も始まっている。
このように生活者の心は遊びは自粛され、内側へ内側へと向かう。向かわせているのは勿論不安であり、その不安はいつになったら終息するのかと言うことに尽きる。多くの疫学の専門家によれば「長期戦」になるであろうと報告されている。また、東京・大阪といった大都市において「都市封鎖」といった議論も行われている。そうならないための「自粛要請」が行われているが、その程度の要請でも飲食などの特定業種の売上は通常のせいぜい20~30%程度であろう。人件費も家賃にもならない状況である。
シンクタンクの第一生命経済研究所は先月30日、新型コロナウイルスの感染拡大を食い止めるため東京都でロックダウン(都市封鎖)が行われた場合、1カ月で実質GDP(国内総生産)が5兆1000億円減少するとの試算を公表した。試算は、4月1日から大型連休前の同24日まで、企業が平日の出勤を日曜日並みに抑えたとの仮定に基づいて実施した。封鎖の対象が埼玉、千葉、神奈川の3県を含む南関東全域に拡大された場合、減少額は8兆9000億円に達するという。

そして、緊急事態宣言という国民の主権、特に移動を制限する法律が議論されている。その移動先である流通業に対する要請であるが、例えば今回東京では臨時休館した百貨店や渋谷109のようにより強い要請である。問題なのはそうした「要請」「指導」に対する休業補償である。それは事業主とそこに働く従業員への補償であるが、報道されているような感染防止と経済のバランスといった「一般論」ではない。これは推測はあるが、政府もこうした丁寧な補償という実質的な支援を考えて欲しい。前回ブログで書いたようにこれも「現場」への支援であり、特に経営体力の無い中小零細企業への支援である。この現場の力無くしては危機を超えることはできない。「思い切った、前例に囚われない支援」とは医療現場、ビジネス現場への直接的で具体的な支援である。
今起こっている危機に対し、あの山中伸弥教授は以下のような5づの提言を投げかけてくれている。
提言1 今すぐ強力な対策を開始する
提言2 感染者の症状に応じた受入れ体制の整備
提言3 徹底的な検査(提言2の実行が前提)
提言4 国民への協力要請と適切な補償
提言5 ワクチンと治療薬の開発に集中投資を
詳細はHPを読まれたら良いかと思うが、提言4については「国民に対して長期戦への対応協力を要請するべきです。休業等への補償、給与や雇用の保証が必須です。」と明言されている。あまりにも進まない「現場支援」を求めての提言である。
前回のブログでTV番組出演し感染の恐ろしさを繰り返し話しても伝わりはしないと指摘をしてきた。感染学の講義、つまり「理屈」では人を動かすことはできないということである。数日前に亡くなったコメディアンの志村けんさんの「事実」の方が衝撃的なメッセージとなっている。感染後わずか6日後に亡くなってしまうその恐ろしさ、最後の別れすらできない感染病のつらさ。それらは極めて強いメッセージとして心に突き刺さる。いみじくも政府の専門家会議の主要メンバーが国民に「伝えられなかった」と反省の弁を述べていたが、その通りで志村けんさんの「死」の方が何百倍も伝わったということである。
2週間ほど前にSNSに流されたデマ情報によって、トイレットペーパーが店頭から無くなったことがあった。周知のデマによるパニックであるが、大手のスーパーがやったことはすぐさま大量のトイレットペーパーを山積みして販売した。つまり、目の前に十分商品はあると「実感」することによってのみ不安は解消される。マスクについてはどうであるかと言えば、使い捨てではなく洗って再利用できる布製のマスクを全世帯に2枚宅配するという。それは決して悪いことではないが、少し前に6億枚が3月中に流通されるとアナウンスされたが、その6億枚はどこに行ったのか、医療関係者や福祉関連の施設に優先的に回したと言われていると説明される。つまり、既にマスクにおいてもパニック買いが起こっており、膨大な量のマスクが必要になってしまっているということである。緊急事態宣言などが発表されればそれこそ生活者にはマスクは手に入らないことになる。そこで再利用可能な布製になったということであろう。すべてが後手後手になってしまっているということである。しかも、WHOは布製マスクは効果がないので推奨しないと断言している。費用は200億円以上だというが、少しでも安心材料となる抗体の有無がわかるIgG/IgM 抗体検査キットなどに使った方が良いとする医療専門家も多い。小さな子供を持つ主婦は手製の布製のマスクを作っている。しかも、効果が薄いからとマスクの内側にポケットを作って、そこにティシュペーパーやペーパータオルを入れて少しでも効果を高める工夫がなされているのが現実である。

コロナショックによる業績不振から新卒学生の内定の取り消しや非正規社員の雇い止めも始まっている。既に報道されているように観光産業であるホテル、旅行会社、次いで観光地の飲食店や土産物店。更にはアパレルファッション業界にも大不況の波は押し寄せてくるであろう。また、トヨタが自動車需要縮小を見越して減産態勢に入ったように、製造業である自動車や家電へと広がっていくであろう。そして、4月1日現在で、倒産は13件隣、弁護士一任などの法的手続き準備中は17件で、合計30件が経営破綻している。これはまだ始まったばかりであり、日本の産業全体に押し寄せてくる。
まずは公的な助成金など支援策は全て活用することは言うまでもない。ただ、東京都の場合中小企業支援には多くの申し込みがあり、総額は1300億円近くになったとのこと。当初事業予算の5倍ほどとなり再度検討するという。つまり、それほどの運転資金需要が生まれているということである。
こうした喫緊の課題に対応すると同時に、中期的な視野からのビジネス・商売も考えていく「時」となっている。それはバブル崩壊によって多くの価値観が壊れ、そして生まれてきたように、コロナと戦いながら考えていくとうことである。その視点にはやはりこれから目指すべき新たな「信頼」を考えていくということに尽きる。その信頼とは、顧客との信頼であり、働く人との信頼であり、更には仕入れ先もあれな支払先もあるであろう。そうした信頼とは広く「社会」に向けた信頼ということになる。振り返れば、世界に誇れる日本の第一は何かと言えば、「老舗大国」としての日本である。生き延びる知恵を老舗から学ぶということでもある。

創業578年、聖徳太子の招聘で朝鮮半島の百済から来た3人の工匠の一人が創業したと言われ、日本書紀にも書かれている世界最古の宮大工の会社がある。その金剛組の最大の危機は明治維新で、廃仏毀釈の嵐が全国に吹き荒れ、寺社仏閣からの仕事依頼が激減した時だと言われている。有名な話では国宝に指定されている興福寺の五重塔が売りに出され薪にされようとしたほどの混乱した時代であった。更に試練は以降も続き、米国発の昭和恐慌の頃、三十七代目はご先祖様に申し訳ないと割腹自殺を遂げている。また、数年前にも経営危機があり、同じ大阪の高松建設が支援に動いたと聞いている。
今回のコロナショックによって米国の新規失業保険申請件数が発表され、664万8000件という圧倒的な過去最大の数字が出たと報道されている。これは米国の失業数が爆発的に増えていることを意味し、この状況が数ヶ月続くとアメリカの失業率が世界恐慌時のレベルにまで到達することになるとも。
そんな苦難の時代を乗り越えさせてきた金剛組であるが。何がそこまで駆り立てるのか、守り、継承させていくものは何か、老舗に学ぶ点はそこにある。
何故、生き延びることができたのか、それは金剛組の仕事そのものにあると思う。宮大工という仕事はその表面からはできの善し悪しは分からない。200年後、300年後に建物を解体した時、初めてその技がわかるというものだ。見えない技、これが伝統と言えるのかも知れないが、見えないものであることを信じられる社会・風土、顧客が日本にあればこそ、世界最古の会社の存続を可能にしたということだ。

金剛組という会社は特殊な事例かもしれないが、他にも生き延びる術を知った老舗はいくらでもある。私が一時期よく行った鳥取に、明治元年創業の「ふろしきまんじゅう」という老舗の和菓子がある。賞味期限は3日という生菓子で、田舎まんじゅうとあるが品のある極めて美味しいお菓子である。鳥取県人、和菓子業界の人にとってはよく知られた商品と思うが、東京の人間にとってはほとんど知られてはいない商品だ。ところで企業理念には「変わらぬこと。変えないこと」とある。変化の時代にあって、まさに逆行したような在り方である。いや、逆行というより、そうした競争至上主義的世界から超然としたビジネスとしてあるといった方が正解であろう。人はその世界をオンリーワンとか、固有、他に真似のできないオリジナル商品と呼称されるが、学ぶべきは「変わらぬこと。変えないこと」というポリシーにある。それは「変わらない何が」に顧客は支持し、つまり永く信頼を得てきたのかということでもある。

ところで企業経営における基本であるが、「有用性」という視座に立てば、まず「有るもの」を見直し、使い回したり、転用したり、知恵を駆使して生き延びる。「有るもの」、それは技術であったり、人材であったり、お金では買えない信用信頼・暖簾であったりする。勿論、こうした無形のものの前に、有形の土地や建物、設備といった資産の活用も前提としてある。つまり、生き延びるための重要な戦略は、変えるべきことと、継続すべき、守るべき何かを明確にすることから始まる。老舗にはそうした考えを元に引き継がれてきたということである。日本の観光産業を一種のバブルであったとしたのもこうした理由からである。

4月4日東京の新型コロナウイルス感染者が118人に及んだと発表された。恐らく近い内に緊急事態宣言が行われ、感染度合いの大きい大都市や繁華街が一定期間「制限」されることになるであろう。企業も生活者も「不自由」な活動となる。これからも混乱・パニックは起きる。企業も生活者も生き延びるための試練を迎えるということだ。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:10Comments(0)新市場創造

2020年03月25日

間違えてはならない、「現場」によってのみ危機は乗り越えることができる

ヒット商品応援団日記No761(毎週更新) 2020.3.25。

前回ブログのタイトルは「パニック前夜」であった。そのパニックは日本国内から世界へ、「移動の抑制・制限」にとどまらず、「金融・株式市場」のパニックへと伝播し、周知のようにリーマンショックの時以上の株が投げ売りされている。私のブログに「巣ごもり生活」というキーワードでアクセスする人が増えているが、これは10%の消費増税が実施され、消費経済が大きく落ち込んだ背景を踏まえた予測であった。その消費増税の実際は、駆け込み需要もそれほどみられず、昨年10月以降は周知の通りGDPはマイナス成長となった。
ところで、「巣ごもり」といった少しの消費抑制程度の危機どころではなくなった。1990年代初頭のバブル崩壊の時に使われた「氷河期」というキーワードを前回のブログに書いた。その氷河期が表す意味は、就職時期に重なった世代がどの企業も採用を減らし就職できない若い世代が一挙に増えたことを言い表した言葉であった。以降、就職できない若い世代をフリーターといった言葉や、後に正規・非正規労働といった働き方自体を変えることになった。つまり、単なる就職難といったことが起きつつあることを指摘したのではない。つまり、これまでの価値観を変えなければならないフェーズに向かっていると理解すべきである。

一般論ではあるが、経済ショックは主に需要ショック、供給ショック、金融ショックの3つがある。この一年ほど起きた「事件」に沿って理解するとすれば、例えば需要ショックは増税等によって消費や設備投資が減少し経済が低迷すること、供給ショックは今回の新型コロナウイルスの震源地である中国湖北省周辺にある工場などの供給がストップあるいは製造能力の毀損によって経済が低迷すること、金融ショックは金融機関の破綻等によって経済が低迷することを指す。今回は新型コロナウイルスの感染拡大によって工場の生産能力低下、供給網や交通網の遮断、小売り店舗の一部閉鎖などが起こったこと、つまりサプライチェーンの機能不全である。そして、今回の金融コロナショックである。そもそも中央銀行による利下げは需要ショックに対処する金融政策なので(FRBが緊急利下げを行ったところで感染拡大を抑制(供給能力を回復)できるわけではない)、株式市場が「売り」で反応しても不思議ではない。つまり、3つのショックが日本のみならず、世界中で起きているという理解である。

ところでバブル崩壊によって「何が」起きたか今一度考えて見ることが必要である。まず社会現象として初めて現れてきたのが「リストラ」であった。リストラの舞台については後にベストセラーとなった麒麟の田村が書いた「ホームレス中学生」を思い起こしてもらえれば十分であろう。残業がなくなり「父帰る」というキーワードとともに、外食が減り、味噌・醤油といった内食需要が高まった時代である。現在の夫婦共稼ぎ時代で置き換えれば、半調理済食品やレトルト食品や冷凍食品になる。この内食傾向はスーパーマーケットの売り上げが前年比プラスであったのに対し、百貨店の場合は周知のように大きくマイナス成長であった。また、「リーズナブル」という言葉とともに、「価格」の再考が始まる。これは後にデフレ経済へと向かっていくのだが、注視すべきは流通の変化で百貨店からSC(ショッピングセンター)への転換と通販の勃興である。今回のコロナショックは百貨店の主要な2大顧客であるインバウンド需要と株式投資などの主要メンバーである個人投資家の消費が減少し、百貨店は更に苦境に陥るということである。この2大顧客は勿論のこと観光・旅行産業の中心顧客であり、コロナショックは直撃していることは言うまでもない。

ところで新型コロナウイルス感染症に関する中小企業・小規模事業者の資金繰りについて中小企業金融相談窓口が開設されている。梶山経済産業大臣は、新型コロナウイルスに関する国などの支援窓口への相談件数が、驚くことに6万件近くに上っていることを明らかにした。その内の、9割が資金繰りの相談だということ。いかに経営体力がない状態に陥っているかがわかる。観光や飲食だけでなく、製造業を含む幅広い業種に影響が広がっている。政府はすでに支援策を打ち出したが、中小企業の手元資金は1カ月分程度とされる。
1ヶ月ほど前のブログに「移動抑制は消費経済に直接影響する」と書いた。2月の東海道新幹線の利用者は前年同月比8%減だったが、3月に入って落ち込み幅が拡大。1日~9日の利用者は前年同期比56%減となり、東日本大震災が発生した2011年3月の落ち込み幅(20%減)を大きく上回った。「2月後半からここまでになるとは予想していなかった」と報道されている。
国連の国際民間航空機関(ICAO)は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴うキャンセルの増加で、世界の航空会社の売上高が今年第1・四半期に40億ドル━50億ドル減少する可能性があるとの試算を示している。ICAOは声明で、キャンセルは規模でも地域的な広がりの面でも2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)流行時を上回っており、航空業界に与える影響もSARSより大きいとみられると指摘している。
ちなみにICAOによると、70の航空会社が中国に就航する国際線の運航をすべて停止し、これとは別に50社が減便している。これにより、中国に就航する国際線の直行便の旅客輸送能力は80%落ち込み、中国の航空会社は40%減少したとも。そして、この報道を追いかけるように日本のANA海外便の大幅な減少どころか国内便需要も大きく落ち始めている。ちなみにANA、JALともに3月の予約数は前年比で約4割減少とのこと。

消費氷河期とは単なる抑制した「巣ごもり生活」ではなく、残念ながら多くの凍死と言う倒産企業を産み、リストラされる労働者もまた続出する社会のことである。フリーター、アルバイト、非正規労働者にとどまらず正規労働者も解雇される時代ということである。ちょうど30年前のバブル崩壊後の風景に近い。
やっと与野党の政治家からコロナショック対策の発言が見られるようになった。そして、思い切った政策が必要であるとも。そして、論調の多くは2つに分かれる。1つは一定期間消費税を凍結、つまり消費税をゼロにして消費を活性させる案である。もう一つが子育て世代とか、生活困窮者といった従来の考えから離れ直接全ての個人生活者へ例えば5万円あるいは商品券を給付するという案である。共に、凍える生活者の財布を少しでも楽にする大胆な財政政策である。従来のキャッシュレスによるポイント還元などとは根底から異なるもので、こうした政策の進展と共に、「移動の抑制」緩和を徐々に進めていくことである。例えば、小中高の一斉休校のように「一斉」ではなく、感染者のいない地域、市町村では既に始まっているように通常の学校生活をスタートさせる。スポーツ・文化イベントもその規模やクラスター感染が起こる条件などを精査し、ガイドラインを作り徐々に緩和していくということである。ある意味、新型コロナウイルスと徐々に折り合いをつけていく方法である。その司令塔は現場である地域であり、独自な組織を持って対応していく「大阪」のような方法も一つであろう。

マスメディア、特にTVメディアによるPCR検査拡充の是非論議はもう終わりにすべきである。「不安」解消のためにはPCR検査が必要である、一方陽性反応が出れば入院させる病床が不足する、といった論議である。事態はそれどころではなくなってきている。また、大学の感染学の講義であるかのような解説も無用とは言わないがもっとわかりやすく番組構成されるべきである。ウイルス感染における「パンデミック(世界大流行)」程度はまだしも、オーバーシュート(感染爆発)やクラスター(感染者の塊・小集団)あるいは(ロックダウン(外出制限・封鎖)といった用語は使わないことだ。分からなければ、それだけ「不安」を煽るだけになってしまうということである。

ウイルスと戦っている現場の医師や看護士にとって「講義」のような世界とは全く無縁のところで頑張っている。思い起こすのは9年前の東日本大震災、中でも放射能汚染にみまわれた福島県の医療再生に今なお貢献している医師達がいる。その中心となっているのが坪倉正治氏で地域医療の再生プロジェクトを立ち上げ全国から同じ志を持った医師と共に再生を目指している現場の医師である。臨床医であると同時に多くの放射能汚染に関する論文を世界に向けて発表するだけでなく、福島の地元のこともたちに「放射能とは何か」をやさしく話聞かせてくれる先生でもある。ウイルスも放射能も異なるものだが、同じ「見えない世界」である。坪倉正治氏が小学生にもわかるように語りかけることが今最も必要となっている。「講義」などではないということだ。小学生に語りかける「坪倉正治氏の放射線教室」は作家村上龍のJMMで配信されている。残念なことではあるが、これから先間違いなく凍死者、凍死企業が続出する。その前に、どんな言葉で語りかけるべきか、講義などではないことだけは確かである。

こうした危機にあっては「現場」によってのみ乗り越えることができる。阪神淡路震災の時はボランティア元年と言われ、しかも瓦礫に埋もれた人の救出にはトリアージ的な判断が消防隊員は考え行動していたし、ちょうど同じ時期に起こった地下鉄サリン事件の時はバタバタと倒れる人たちのために聖路加病院はサリン被災者を受け入れるために病室どころかフロアを収容病棟にして危機を乗り越えた。そして、東日本大震災の時には、行政も病院も被災する中で、全国から多くの支援を行ってきた。それら全て「現場」によって為し得たことである。
今回の新型コロナウイルス感染による超えなければならない目標はどれだけ死者を少なくするかであるが、もう一つ超えるべきはこの災害による自殺者をどれだけ少なくするかである。厚労省のデータではないが、リーマンショックによる自殺者は8000名と言われている。東京オリンピック2020が1年程度延期になったと報道されているが、TV番組はその裏事情や裏話など感染学の講義と共に終始している。今回の「危機」をエンターティメント・娯楽にしてはならないということである。(続く)
  
タグ :コロナ危機


Posted by ヒット商品応援団 at 13:18Comments(0)新市場創造

2020年03月21日

未来塾(39) 「老朽化」から学ぶ 後半

 ヒット商品応援団日記No760(毎週更新) 2020.3.20。




気になって仕方がなかった大阪「駅前ビル」

2015年にJR大阪駅ビルから三越伊勢丹が撤退しその跡に「ルクア イーレ(LUCUA 1100)」が誕生し、以降地下のバルチカなど注目を集め売り上げや集客など順調に推移してきている。こうしたJR大阪駅を中心に阪急電鉄による阪急三番街のリニューアルや阪急百貨店梅田店のリニューアルなど矢継ぎ早の開発からポツンと取り残され老朽化した大阪駅前ビル1〜4号舘の存在が気になって仕方がなかった。
というのも1970年代半ば大阪のクライアントを担当し、定期的に大阪に行くこととなった。当時は闇市の跡地を大阪駅前ビルへと開発が進行中でまだまだ戦後の闇市的雰囲気を色濃く残した時代であった。ちなみに駅前ビルの完成は以下のようなスケジュールで写真は駅前第1ビルである。

1970年4月 - 第1ビルが完成。
1976年11月 - 第2ビルが完成。
1979年9月 - 第3ビルが完成
1981年8月 - 第4ビルが完成
実は大阪のクライアントの担当者から大阪らしいところに行きましょうと誘われたのが鶴橋の焼肉「鶴一」と梅田の阪神百貨店の地下1階とJR大阪駅とを結ぶ地下道にあった老舗串カツ店「松葉」であった。これは余談であるが、この「松葉」で串カツの二度漬け禁止という大阪マナーを学んだことを覚えている。

地下道の街

ところで大阪に住む人間であれば駅前ビルの梅田における位置関係は当たり前のこととして熟知しているが、そうでない人間にとってはわかりずらさがある。そこでイラストの図解を見ていただくと良いかと想う。

数字の1、2、3、4 は各駅前ビルの位置を表している。阪神百貨店の北側(上)にはJR大阪駅があり、図の右側には阪急百貨店があり阪急電車の梅田駅がある。
大阪は梅田(キタ)と難波(ミナミ)という2つの性格の異なる都市拠点のある街だが、その梅田の中心地を担ってきたのが、4つの駅前ビルであった。もう一つの特徴は南北にJRの大阪駅と北新地駅があり、東西には各々の地下鉄が通っており各駅前ビルには複合ビルとして多くのオフィスがあり多様な企業が入居している一大ビジネス拠点となっている。イラストの図を見てもわかるように、このビジネス拠点を南北東西に巡らせているのが「地下道」である。難波(ミナミ)にも地下道はあるが、これほど広域にわたる地下道は梅田のここしかない。

老朽ビルの特徴の第一はその薄暗さ

駅前ビル地下街を象徴する写真であるが、横浜桜木町ぴおシティと同様一目瞭然薄暗い通路となっている。そして、老朽化は多くの商店街がそうであるようにシャッターを下ろした通りが随所に見られる。この地下商店街は南北東西とを結ぶ大きな地下通路のいわば枝分かれした通路となっており、大通りの横丁路地裏のような存在となっている。

ただオフィスビルの地下飲食街ということから人気のある飲食店は今なお数多い。若い頃であったが、2号館のトンテキの店やグリル北斗星には食べに行ったことがあるが、大阪らしくボリュームのあるメニューばかりでここ20数年ほど食べに行くことは無かった。ただ2年ほど前になるが1号館にあるサラリーマンの居酒屋の聖地と言われる「福寿」という店に行った程度の利用であった。
しかし、この老朽化した駅前ビル、地下の飲食街で小さな変化が出ているという話を聞き、その友人に案内してもらい観察をした。その変化とはシャッター通り化しつつある飲食街に「立ち呑み」「昼呑み」の居酒屋が流行っており、新規出店している場所もあるとのこと。アルコール離れは若い世代の場合かなり以前から大きな潮流となっており熟知していたが、「酒を飲む」業態が人を集めていることに興味を持った。というのもこうした脱アルコールの潮流に対し、新しい「場」をつくることによって、結果アルコールをメニューとして成功している事例が見られてきたことによる。それは同じ大阪の駅ビルルクアイーレ地下バルチカの「紅白」という洋風居酒屋である。このバルチカについては何回か未来塾で取り上げたのでその内容について繰り返さないが、実はもう少し年齢が上になる世代の新しい「飲酒業態」の芽が生まれているとの「感」がしたからである。
老朽化し、しかもあまり目的を持って通行もしていないようなビルの地下飲食街にどんな「芽」があるのか興味を持った。情報の時代ならではの人気店については未来塾で「<差分>が生み出す第三の世界」というテーマで競争市場下の現在について分析をしたことがあった。簡単に言えばどのように「違い」をつくり提供していくかという事例分析である。情報の時代ならではの話題の店づくりとして、次の整理を行ったことがあった。
1、迷い店  2、狭小店  3、遠い店  4、まさか店  5、人による「差」
以上の違いづくり整理であるが、1〜4ではそれぞれ従来のマイナスをプラスに転換した業態である。例えば、「迷い店」とはわかりにくさをゲーム感覚で面白さに変えた店として差別化を図った事例である。この前提となるのは、その違いを違いとして理解してもらうためには「低価格」という入り口が前提となっていることは言うまでもない。

低価格立ち呑みパークの出現

大阪の呑ん兵衛であれば周知のことであるが、以前から駅前ビルの地下を始め数店の立ち呑み店があり、おばんざいなどの肴も美味しく人気の店となっていた店がある。例えば、その中の徳田酒店は大阪駅ビルルクアイーレの地下飲食街バルチカの増床の際にも出店している。
ここ数年こうした「立ち呑み」「昼呑み」スタイルで、価格が安いだけでなく、肴もうまい店が出店し始めている。










こうした小さな立ち呑みパークもあるが、駅前ビル地下街は南北及び東西にある駅を結ぶ地下道に賑わいを見せる居酒屋も多い。
例えば、上にある写真の「七津屋」のような店々である。各店を観察していたところ、案内をしてくれた友人の後輩が写真の七津屋の代表であったので、立ち話ではあったが最近の駅前ビル飲食街について話を聞くことができた。各店メニューは安いことが前提となっており、それは日常的に回数を重ねられる価格であるという。また、経営的には駅前ビルは再開発ビルである、全体の運営会社はあるが賃料については月坪2、3万円から5万円までバラバラで、それは地権者の数が多く、そうした賃料の差が生まれているとのこと。安い賃料であれば、安い価格でサービスできると話されていた。

左の写真は立ち食い焼肉酒場の店頭メニュー看板であるが、焼肉一切れ50円からとなっている。人気となっている立ち呑み処、大衆酒場に共通していることはとにかく安いということであった。2年ほど前に第1ビルの地下にある福寿という酒造メーカーの直営店で飲んだことがあった。大阪のサラリーマンにとっては知らない人はいないほど飲兵衛の聖地となっている居酒屋であるが、その福寿と比較しひと回り安い店であった。また、今から5年ほど前になるが、東京の居酒屋で300円前後のつまみが人気となったことがあった。それらは単なる安さだけでわずか2〜3年で飽きられ撤退したことがあったが、2店ほどしか飲食しなかったが、数段美味しい肴・メニューであった。

オープンエアの店々

オープンエアとは戸外。屋外。野外といった意味であるが、ほとんどの店が地下道の通りと店舗との空間とが壁や間仕切りのない店のことである。見方によれば地下道に並んだ「屋台」である。通りからみれな「何の店か」「どんなメニューなのか」「それはいくらなのか」・・・・・・こうした分かりやすさと共にどんな客が楽しんでいるかすらもわかる。結果、気軽に手軽に入りやすい店作りとなっている。
左の写真の店は通りと店との境目のない店で極端なものとなっているが、他の店の場合でもせいぜい「のれん」程度でまさに屋台感覚の店づくりばかりであった。

1年半ほど前に大阪空堀商店街の外れにある月商一千万円を超える人気店「その田」ものれんを短くして外から見えるようにすることで売り上げが数パーセンアップしたと話している。勿論、予約だけの店の場合は当然閉じられた空間が必要ではある。しかし、老朽化した地下飲食街、しかも表通りから横丁に入ったような地下道の店舗としては何故か屋台風の店づくりが似合っている。しかも、立ち呑み、昼呑みのできる開放感が人を惹きつけるのであろう。そして、店舗にコストをかけていない代わりに、安く提供できるという暗黙のメッセージを顧客も感じ取っているということでもある。



「老朽化」から学ぶ


「老朽化」は、道路も、橋も、ビルも、街も造られた構造物は全て不可避なものとしてある。大都市においては再開発事業が進んでおり、成熟時代の山登りに例えるならば「登山」となる。一方再開発から外れた地域は老朽化したままとなっている「下山」の場所となっている。今回は一時期輝いていた商業ビルの生かされ方に焦点を当て、老朽ビルにあってその賑わいの理由・魅力について考えてみた。
今回観察したのは首都圏横浜桜木町と大阪駅前ビルという1970年代の都市商業の象徴であったビルである。その老朽化した商業ビルの「今」、その新しい賑わいの芽が生まれていることに着眼した。再開発から取り残された地域、街については東京谷根千や吉祥寺ハモニカ横丁などこれまで取り上げてきたが、複合商業ビルは今回初めてである。それは大きな構造物であり、スクラップし再生するには地権者や利用企業・テナント、更には周辺住民の賛同を得るには多くの時間とコストが必要となる。そうした困難の中で、シャッター通り化しつつある場所に、新規出店する店舗と顧客がつくるビジネス、いや新しい商売のスタイルを見ることができた。これも「下山」の発想から見える新しい芽・風景であった。その芽には老朽化ならではの商売と共に、新しい事業にも共通する工夫・アイディアもあった。東京谷根千や吉祥寺ハモニカ横丁をレトロパークと私は呼んだが、誰もが知る観光地となったのは周知の通りである。これらは OLD NEW、「古が新しい」とした新市場である。

都市の中心も、時代と共に変化していく

開発から取り残された横丁路地裏に新しい「何か」が生まれていると10年ほど前から指摘をしてきた。言葉を変えれば、表から裏への注目でもあった。その着眼のスタートは東京秋葉原という街であった。秋葉原がアニメなどのオタクの街、アキバとして世界の注目を集めていること、その後駅近くの雑居ビルをスタートにしたAKB48の誕生と活躍については初期の未来塾で取り上げてきたので参照して欲しい。
実は今回改めて認識しなければならなかったのは、時代の変化とは街の「中心」が変わることであり、それまでの中心を担ってきた多くの「商業」は老朽化していく。それは横浜の中心であった桜木町の変化であり、大阪の駅前ビルにあった中心がJR大阪駅周辺や阪急梅田駅周辺の開発によって、それまで駅前ビルが担っていた中心は移動し変化していく。このことは「街」だけでなく、小さな単位で考えていけば商店街の中心の変化にも適用できるし、SC(ショッピングセンター)においても同様である。もっと具体的に言えば、実は中心から外れた「周辺」にも新たな変化の芽も生まれるということである。

「作用」があると、必ず「反作用」も生まれる

日本の商業を考えていくと、2000年の大規模小売店舗法の廃止により、それまでの中小商店街が廃れシャッター通り化していくことはこれまで数多く論議されてきた。そこで生まれたのが「町おこし」であったが、決定的に欠けていたのが新たに生まれた「中心」(大きなSCなど)に人が集まっていくことへの販売促進策といった対応策だけであった。今や更に小売業は進化し、ネット通販などへと消費の「中心」が移動していく。
実は、中心から外れたところにも「変化」は生まれているということの認識が決定的に欠けていたということである。原理的には、「作用=中心の移動」があると「反作用=外れた中にも変化」が必ず生まれるということである。横浜の中心が桜木町から横浜駅やみなとみらい地区へと移動し、大阪駅前ビルからJR大阪駅や阪急梅田駅へと移動したことによって、外れた周辺にどんな新しい「変化」が生まれてきたかである。つまり、どんな反作用が生まれたかである。

大規模再開発が進む渋谷にも、「反作用」が生まれている

今回の未来塾は渋谷の大規模再開発について書くことが目的ではない。再開発のシュッような目的はオフィス需要を満たすことを踏まえ「大型ビルの建設」「渋谷駅の改良」「歩行者動線の整備」の3つが目的となっている。表向きはこうした背景からであるが、次々と高層ビルが建てられ、どこにでもある、ある意味「つまらない街」へと向かっている感がしてならない。
同じようなビル群、中に入る商業・専門店もどこにでもある店ばかりである。チョット変わった店かなと思えば、店名と少しのメニューを変えただけの従来からある専門店が並ぶ。せいぜい違いがあるとすれば「ここだけ」という限定商品があるだけである。写真はスクランブル交差点から見上げた230メートルの超高層ビルスクランブルスクエアである。
実はこうした高層ビルに象徴される「作用」に対し、「反作用」が渋谷にも現れ始めている。学生時代から渋谷を見てきた人間にとって「渋谷らしさ」を感じる場所もまだまだ数多くあり、道玄坂の百軒店辺りにはこれから「反作用」が生まれてくるかもしれない。

ところで昨年11月渋谷パルコがリニューアルオープンした。1973年以降若者文化の発信地と言われてきたパルコであるが、それまでのトレンドファッションの物販のみならず、パルコ劇場やミュージアムに象徴されるように「文化」を販売する場でもあった。
リニューアルによってどんな変化が見られるか、年が明けて落ち着いてから見て回ったのだが、今一つ面白さはなかった。唯一面白いなと思ったのは地下にある飲食街であった。「食・音楽・カルチャー」をコンセプトにした飲食店と物販店が混在した レストランフロアとなっている。いわゆる飲食街であるがフロアのネーミングが「CHAOS KITCHEN(カオスキッチン)」となっているが、どこが魅力を感じるカオス(混沌)なのか今ひとつわからない。
唯一特徴的なのが「立ち食い店」が3店ほどあるということであろう。うどん、天ぷら、クラフトビール、という業種である。また、「真さか」という居酒屋もあるがパルコならではの居酒屋とは思えない。唯一行列ができていたのが博多で人気の「極味や」という鉄板焼きハンバーグ店だけであった。






ただ写真を見てもわかるように、「レトロ」な雰囲気で、一種わい雑な賑わい感を創り出そういうことであろう。吉祥寺のハモニカ横丁や新宿西口の思い出横町を感じさせる通りとなっている。また、右側の写真を見てもわかるように酒瓶やビールなどのケースを店頭に置いた立ち呑みスタイルの店づくりになっているが、桜木町ぴおシティや大阪駅前ビルと比較しても今一つこなされてはいない。更にMDの内容を見る限り、パルコが持っていた新しい「文化」には程遠い。
パルコらしい「文化」と言えば、これから起こるであろう食糧難がら世界で注目されている「昆虫食」のレストランであろう。ただ、昆虫を食する文化がどこまで日本で広がるかは極めて疑問である。しかも価格が極めて高いという難点を感じざるを得ない。ただ現時点で言えることは、渋谷スクランブル交差点から見える高層ビル群に対する「反作用」であることは間違いない。ただ、桜木町のぴおシティや大阪駅前ビルで見てきたように、「反作用」の世界が十分消化されていないことは言うまでもない。

但し、桜木町のぴおシティや大阪駅前ビルの賑わいが渋谷パルコ地下レストランにないのは、総じて価格が高いということにある。行列のできているハンバーグ店の価格はグラムにもよるが1000円〜1600円程度で若い女性にとって楽しめる価格帯ではある。高価格の象徴例ではないが、串カツのメニュー価格はコースで3500円=4000円で、大阪ジャンジャン横丁で人気となった「だるま」のGINZA SIX銀座店のそれと同じような価格帯となっている。東京という「市場」はそのパイの大きさから経営に見合った集客は可能であると言われてきた。しかし、その集客となる顧客は誰なのか、渋谷パルコというブランド価値を踏まえたとしても、長続きするとは思えない。Newパルコが提案するとすればデフレ時代の若い世代に向けた「食文化」である。

「道草」を求めて

もう15年ほど前になるか、ベストセラー「えんぴつで奥の細道」にふれブログに書いたことがあった。「えんぴつで奥の細道」の書を担当された大迫閑歩さんは”紀行文を読む行為が闊歩することだとしたら、書くとは路傍の花を見ながら道草を食うようなもの”と話されている。けだし名言で、今までは道草など排除してビジネス、いや人生を歩んできたと思う。過剰な情報に翻弄されながら、しかもスピードに追われ極度な緊張を強いられる時代だ。当時身体にたまった老廃物を排出する健康法として「デドックス」というキーワードが流行ったことがあった。そのデドックスというキーワードを使って、「こころのデドックス」の必要性をブログに書いたことがあった。人によってその老廃物が、衝突を繰り返す人間関係であったり、極端な場合はいじめであったり、そんな老廃物に囲まれていると感じた時、ひとときそんなこころを解き放してくれるもの、それが道草であるという指摘であった。その後、「フラリーマン」というキーワードが注目されたことがあったが、共稼ぎの若い夫婦のうち、旦那だけが仕事を終え自宅に直行することなく、書店に立ち寄ったり、バッテングセンターでボールを打ったり、そんな時間の過ごし方をフラリーマンとネーミングしたのだが、今回観察した横浜桜木町のぴおシティも大阪駅前ビルにも多くのフラリーマンを見かけた。

テクノロジーの進化、そのスピードはこれからも更に速いものとなっていく。AIは働き方を変え、それまでのキャリアの意味も変わっていくであろう。ましてやグローバル化した時代であり、その変化は目まぐるしい。こうした時代を考えると、この道草マーケットは縮小どころか、増大していくであろう。
2つの老朽化したビルの飲食街に人が集まるのも、リニューアルした渋谷パルコの地下レストラン街も道草のための路地裏横丁である。渋谷パルコのフロアネーミング、コンセプトであると理解しているが、カオス(混沌)キッチンというネーミングは正確ではない。いや、コンセプト・MDのこなし方が上滑りしており、単なるレトロトレンドに終わっている。若い世代にとっても、道草は必要である。つまり、若い世代にとっての立ち呑みも、立ち食いも、店づくりも、勿論価格も、それは東京吉祥寺のハモニカ横丁もそうであるが、大阪駅ビルルクアイーレのバルチカに学ぶべきであろう。もし渋谷パルコが若い世代の「文化」の発信地になり得るとすれば、スタイルとしての「レトロ」だけでなく、過去の「何に」新しさを感じて欲しいのか、過去の「何に」面白さを感じて欲しいのか、デフレ時代の先を見据えたコンセプトの再考をすべきということであろう。それが渋谷パルコの目指す「反作用」となる。


人間臭さを求めて

道草はひとときこころを解放してくれる時間であるが、どんな「場」がふさわしいかと言えば、構えた窮屈な場・空間ではなく、少々だらしなくしても構わない、そんな場である。道草もそうだが、一見無駄に見える時間が必要な時代である。例えば、商品開発など次に向かう方針やアイディアを持ち寄った会議があるとしよう。物事を整理し議論してもなかなかこれというアイディアは出てこないものである。逆に、休憩時間などでの雑談の中から面白いアイディアが生まれることが多い。
ところで歴代の漫画発行部数のNo. 1は周知の「ワンピース」で1997年以降4億6000万部となっている。「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」を巡る海洋冒険ロマンで、夢への冒険・仲間たちとの友情といったテーマを掲げたストーリーである。昨年のラグビーW杯における日本チームの「ワンチーム」というスローガンと重ね合わせることができる「人」がつくる世界への「思い」をテーマとしている。勿論そうにはなってはいない現実があるのだが、そうした「人間」を見つめ直したい、そんな欲求があることがわかる。
のびのびとさせてくれる、多くの規制から一旦離れ自由になれる世界が求められているということである。今、静かなブームとなっているのが「食堂」である。大手飲食チェーンによって次々と町から無くなってきているが、ほとんどが家族経営で高齢化が進み、結果後継者がいないことによる廃業である。しかし、食堂の魅力を「家庭の味」「おふくろの味」に喩えることがあるが、少々盛り付けはガサツであるが、手早く、手作りで、しかも安い定食を求めての人気である。そこには「人」の作る味があるからだ。立ち呑み店の多くはセルフスタイルが多く、そこには「人」が介在しないと勝手に思いがちであるが、古びたのれんをくぐれば「いらっしゃい」の声がかかる。メニューは全て短冊に手書きで書かれており、その多さに迷ってしまうほどである。そんな人間臭い店に人は通ってくる。

回数多く利用できる安さとクオリティを求めて

老朽化したビルに生まれていたのは、特別な時、特別な場所、特別な飲食・メニューではなかった。いわば「ハレの日」の食ではなく、徹底した「ケの日」の利用でとにかく安い。5年ほど前、東京の居酒屋でセルフスタイルで、つまみや肴は1品300円という価格設定でかなり流行ったことがあった。しかし、今やほとんどそうした業態は無くなっている。その理由は「価格」だけを追い求めてしまい、つまみや肴のクオリティは二の次であった。つまり、回数多く利用したくなる「クオリティ」ではなかったと顧客がわかってしまったといういうことである。

写真は大阪駅前ビルの立ち食い焼肉のメニュー写真であるが、1切れ50園からとある。少々読みづらいが上はらみは1切れ220円、ハート50円、和牛A5カルビ1切れ180円となっている。ちなみに大阪駅ビル地下のバルチカの若者の人気店「コウハク」のメニュー洋風おでんは180円である。グラスワインは平均400円前後となっている。数年前、西武新宿駅近くの立ち食い焼肉店が話題となったことがあったが、価格は半額〜2/3程度という安さである。

実はなるほどなと思ったのは横浜桜木町ぴおシティのセンベロパークの価格も老舗の「すずらん」に見られるようにつまみや肴、ドリンクはほぼ300円前後であった。そして、「ケの日」の特徴である回数多く利用できる「業種」も多彩である。数年前に新規オープンした中華の「風来坊」はウイークデーにもかかわらず午後3時には満ほぼ員状態であったと書いたが、この店も当然価格は安い。レモンサワー300円、酎ハイ250円となっており、実は肴の中華料理は本格的なものばかりである。チャーシュー350円、ピリ辛麻婆豆腐400円、玉子炒飯350円となっている。
価格だけを見れば、極端に安いということではない。デフレ時代としては「普通」の価格帯となっている。ただ、どの居酒屋もクオリティは数段高くなっていることは間違いない。そのクオリティにはアイディア溢れるものもあって一つの集客のコアになっている。デフレ時代の進化系の特徴の一つである。

出入り自由なオープンエアの店づくり

桜木町ぴおシティも、大阪駅前ビルも、渋谷パルコも、少し前に未来塾でレポートした大阪駅ビルルクアイーレの「バルチカ」も、各店舗の多くはそのスタイルは別にして外の通りから店内が見えるオープンエアなものとなっている。日常回数利用を促進することが目的であり、その前提となる「分かりやすさ」が明快になっていることである。スタイルとしては、屋台、(角打ち)のれん、・・・・・・つまり閉じられた店ではなく、気軽に手軽に入ることができる店づくりである。特に、どんなメニューをどのぐらい安く提供してくれるのか、更に言うならば中にいる顧客はどんな顧客が来ているのか、どんな雰囲気なのか、通りかかっただけで「すべて」がわかる店である。

今回はできる限り多くの店舗のフェースや通りの写真を掲載したが、肖像権のこともあって通行する人たちが途絶えた時の写真となっている。実際にはもっと賑わいのある通りであることをお断りしておく。
上の写真も大阪駅前ビルの飲食店であるが、通りと店舗の境目がほとんどない、そんな店づくりとなっている。店主に聞いたら、管理会社からの要請でもう少しセットバックすることになると話されていた。
日常の回数利用の業態は、何の店なのか、例えばのれんひとつとっても「分かりやすさ」を表現する方法となっている。デフレ時代の回数ビジネスの基本であるということだ。

老朽化を新しさに変える

今回も山歩きの比喩を借りて、再開発ビル=登山、老朽ビル=下山、2つの歩き方を考えてみた。建造物である限り「安全」であることを前提とするが、リニューアルした渋谷パルコのレストラン街は2つの老朽化したビル(横丁路地裏)の雰囲気・界隈性に共通するものが多くある。それを渋谷の大規模再開発という、つまり登山という「作用」に対する「反作用」の事例として位置付けをしてみた。顧客視点に立てば、「老朽化」「過去」を借景とした世界もまた必要としているということである。勿論、経済のことを考えれば賃料も安く済み、その分メニューの「クオリティ」を上げ、しかも価格を抑えることが可能となる。オープンエアの店舗スタイルであれば、店舗の初期投資も軽く済む。ある意味、デフレ時代のビジネスの基本であるということである。4年ほど前、高級素材のフレンチをリーズナブルに提供した「俺の」業態は、今老朽ビルの飲食街で数多く見ることができた。デフレもまた進化しているということだ。

「時代」が求める一つの豊かさ

2年半ほど前に、未来塾において「転換期から学ぶ」というテーマでレポートしてきた。所謂「パラダイム転換(価値観の転換)」についてであるが、第一回目ではグローバル化する時代にあって「変わらないことの意味」を問うてみたことがあった。今回は身近で具体的な「老朽化」という変わらないことの一つを取り上げたということでもある。「老朽化」に変わらないことの意味を問い、その商業の賑わいの理由を抽出してみた。そこには、古の持つ新しさ、道草という自由感、人間臭さ、明確なデフレ価格、費用を抑えた店づくり、分かりやすいオープンエア、屋台風小店舗、立ち食い、・・・・・・・少し前まではどこにでもあった消費文化。今やスピード第一のグローバル化した時代、しかも生活がどんどん同質化していく社会にあって、ひととき「豊かな時間」を求めた、そこに賑わいがあった。金太郎飴のように均質化した高層ビル群ばかりのつまらない街に、老朽ビルの一角に妙に人間臭いおもしろい賑わいを見ることができた。これもまたデフレ時代の楽しみ方の一つとなっている。つまり、「時代」が求める豊かさの一つということだ。

  
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Posted by ヒット商品応援団 at 13:27Comments(0)新市場創造

2020年03月18日

未来塾(39) 「老朽化」から学ぶ 前半

ヒット商品応援団日記No760(毎週更新) 2020.3.18。

今回取り上げたのは1970年代の高度経済成長期に造られた複合商業ビルに新しい顧客市場の「芽」、すでにあるものを生かし直すビジネスの「芽」への着眼である。今回は首都圏横浜と大阪2つの事例を取り上げ、どんな芽であるかを学ぶこととした。





消費税10%時代の迎え方(8)

「老朽化」から学ぶ

老朽化する街。
老朽化が生み出す新しい「芽」、
デフレを楽しむ時代への着眼。


戦後75年高度経済成長期に造られ整備された多くのインフラ、道路橋、トンネル、河川、下水道、港湾等の老朽化が眼に見えるようになった。そのきっかけになったのは、やはり2012年に起きた笹子トンネル天井板落下事故であろう。9名が亡くなった痛ましい事故だが、実は同トンネルの完成は1975年。完成から37年後という、供用開始から50年に満たない時点のことだった。
こうしたインフラを更新する費用は今後50年で総額450兆円、年に9兆円を必要とするとの試算もある。その更新手法として、広域化、ソフト化(民営化・リースなど)、集約化(統廃合)、共用化、多機能化の5つが考えられている。例えば、少子化による小学校の統廃合によって必要のなくなった校舎をハム工場などに変えていくといったソフト化の事例は今までも数多く見られた。あるいはこうした行政が行う領域のインフラばかりか、「老朽化」は街を歩けば至る所で見られる。こうした老朽化する建物を新たな価値観を持たせたリノベーションは数年前から町おこしなどに数多く活用されてきた。今から5年ほど前になるが、東京の谷根千(谷中、根岸、千駄木)という地域の再生をテーマにして取り上げたことがあった。そして、この地域をレトロパークと名前をつけたが、その象徴の一つが解体予定だった築50年以上の木造アパート『萩荘』のリノベーションであった。若いアーティストのためのギャラリーやアトリエ、美容室、設計事務所などが入居する建物で、HAGI CAFEという素敵なカフェがあり、訪れた観光客の良き休憩場所となっていた。
今回取り上げたのは1970年代の高度経済成長期に造られた複合商業ビルに新しい顧客市場の「芽」、すでにあるものを生かし直すビジネスの「芽」への着眼である。今回は首都圏横浜と大阪2つの事例を取り上げ、どんな芽であるかを学ぶこととした。

「新しさ」の意味再考

1980年代の生活価値の一つに「鮮度」が求められたことがあった。新しい、面白い、珍しい、そうした価値の一つだが、生活の中に鮮度という変化を求めた時代である。今までとは違う、他人のものとは違う、そうした「違い」が差別化というキーワードと共に、ビジネス・マーケティングの重要なファクターとなった。例えば、鮮度を求めて、とれたての魚ならば漁師町で食べるのが一番といった時代であった。
商業ビルも同じで、その新しさに期待を持って行列した時代である。しかし、よくよく考えれば構造物の鮮度であればオープン当日が一番鮮度があることとなる。翌日からは古くなっていくことに思い至るに多くの時間は要しない。
勿論、「新しさ」を求めるマーケットは多くの生活領域に存在している。しかし、自動車で言えば、確か1990年代には新車販売数を中古車販売数が超え、次第に古い中古車はビンテージカーとしてコレクションとして当時の価格を上回る価格で取引されるようになる。あるいは最近であれば、一時期ブームとなった熟成肉、熟成魚などを見てもわかるように鮮度の意味が変わってきた。
大きな時代潮流という視点に立てば、バブル期までの昭和時代の雰囲気を「昭和レトロ」として再現することすら全国各地で行われてきたことは周知の通りである。それらは過去を懐かしむ団塊世代もいれば、その過去に「新しさ」を感じる若い世代もいる、こうした一見相反する街の一つが吉祥寺であろう。写真を見てもわかるように、駅前一等地にあるハモニカ横丁という昭和を感じさせる飲食街と共に、周辺にはパルコをはじめとしてオシャレなトレンドショッピングが楽しめる街並みが形成され観光地となっている。

港の街、横浜桜木町の変化

首都圏に生活の場のある人間にとって横浜桜木町と言えば「みなとみらい」のある街を思い浮かべるであろう。JR京浜東北・根岸線でいうと、横浜駅の次の駅が桜木町駅で、次の駅は神奈川県庁などのある関内、更にその次の駅には中華街の最寄り駅となる石川町、つまりみなと横浜の中心市街地である。
そして、周知のように横浜は明治以降日本を代表する貿易港である。ちなみに、日本で初めての鉄道の開通は初代汐留(新橋)と初代横浜(桜木町)を結ぶものであったことはあまり知られてはいない。このことが示しているように、桜木町は港横浜を象徴する街であることがわかる。首都圏に住む人間にとって桜木町駅というとJR線と東急東横線の2つの駅があり、2004年みなとみらい地区や元町中華街へ東急電鉄が運行するようになり、東急東横線の桜木町駅は無くなることとなる。JR京浜東北・根岸線の桜木町駅と横浜市営地下鉄の桜木町駅の乗降客数は若干減少したものの依然として賑わいのある駅となっている。
この駅前に建てられたのが、写真の「ぴおシティ」である。このぴおシティの前身である桜木町ゴールデンセンターは1968年に建造された商業ビルである。1976年には横浜市営地下鉄桜木町駅が開業、桜木町ゴールデンセンターの地下2階フロアと直結する。そして、1981年三菱地所が桜木町ゴールデンセンターの89%の権利を取得。1982年4月の改装を機に、「ぴおシティ」の愛称が付けられ今日に至る。オフィスとショッピング街の複合施設であるが、2004年10月にサテライト横浜(会員制の競輪場車券売り場)、2010年2月にはジョイホース横浜(会員制の場外馬券売り場)が開場する。

こうした場外馬券売り場などが誘致されたのも桜木町の辿ってきた歴史がある。それは港町、つまり港湾事業の歴史でもある。戦中戦後の横浜港は人力による荷役作業が中心であった。多くの荷役労働者によって街が成立してきた歴史がある。1955年横浜港は米軍の接収が解除され、1957年に職業安定所と寄せ場(日雇労働者に仕事を斡旋する場所)が移転し寿町がドヤ街として発展する。寿町は、東京の山谷、大阪のあいりん地区とならぶ三大ドヤ街で、物流の進化とともに港湾労働が荷役労働からコンテナ輸送へと変わっても、桜木町周辺、特に野毛あたりには当時の雰囲気が残る街である。勿論、山谷やあいりん地区のドヤ街・簡易宿泊所は訪日外国人・バックパッカーの宿泊場所へと変化を見せているが、横浜寿町にはそうした変化はまだ見られていない。
ぴおシティの写真を見てもわかるように、建造されて52年老朽化を感じさせる商業ビルであるが、その西側一帯にある横浜の古い街並を象徴するかのように風景となっている。

みなとみらい線によって、横浜中心街が一変する

ところで、桜木町駅の反対・東側には「横浜みなとみらい地区」が開発される。千葉の幕張と同じように首都圏の新都心として位置づけられ、高層オフィスビルや国際会議場、ホテル、あるいは古い赤レンガ倉庫を改造した飲食施設やイベント会場など新都心にふさわしい「都市開発」が今なお造られ続けている。
写真はJR桜木町駅から見たみなとみらい地区の写真である。こうした横浜みなとみらい地区とは異なる未開発のぴおシティ・野毛地区は昭和の匂いのする労働者の街であった。桜木町駅を境に、東側の海側には横浜みなとみらい地区~元町中華街という横浜の表玄関・大通りであるのに対し、西側にはぴおシティ・野毛地区があって横浜の裏、横丁路地裏と言える地域となっている。「町の良さ」の一つは、こうした再開発による新しさと開発されずに残った古き時代とが入り混じったところの「おもしろさ」であろう。
ところでみなとみらい線によって大きく横浜の街は変わっていくのだが、その元町中華街に繋がる変化は都市観光の一つのモデルでもあった。当時の変化を次のようにブログに書いたことがあった。
『横浜中華街の最大特徴の第一はその中国料理店の「集積密度」にある。東西南北の牌楼で囲まれた概ね 500m四方の広さの中に、 中国料理店を中心に 600 店以上が立地し、年間の来街者は 2 千万人以上と言われている。観光地として全国から顧客を集めているが、東日本大震災のあった3月には最寄駅である元町・中華街駅の利用客は月間70万人まで落ち込んだが5月には100万人 を上回る利用客にまで戻している。こうした「底力」は「集積密度の高さ=選択肢の多様さ」とともに、みなとみらい地区など観光スポットが多数あり、観光地として「面」の回遊性が用意されているからである。こうした背景から、リピーター、何回も楽しみに来てみたいという期待値を醸成させている。』

老朽ビルぴおシティの地下街

こうした都市観光から外れたのが今回テーマとしたぴおシティを入り口とした野毛地区さらにその先には昔の繁華街伊勢佐木町地区がある。
JR桜木町駅の西口(南改札)を降りるとその先には「野毛ちかみち」「地下鉄連絡口」の表示があり、地下をくぐるとぴおシティの地下飲食街につながっている。後述するがビルの地下街というより野毛地区に向かい「地下道」といった方がわかりやすい。また、まっすぐ降りていくと広場があって横浜市営地下鉄の改札になるのだが、ぴおシティは左側にビルの入り口があり、横丁・路地裏と言った感じである。入り口をくぐると写真のような地下2階のフロア になるのだが、古い地下道に店舗があると言った飲食店街である。
この薄暗い地下道を進むと今回目的となる飲食店街になる。全部で19店舗の内蕎麦店や寿司店もあるが、所謂居酒屋は13店舗に及んでいる。それら店舗には椅子もあるが、基本的には「立ち呑み」で「昼のみ」「せんべろ」酒屋が軒を連ねている。その集積度からこれはテーマパークになっているなと感じた。そして、観察したのは金曜日の午後3時すぎであったが、既に「宴会」は始まっていた。












「立ち呑み」という業態は首都圏にもいくらでもある。例えば、サラリーマンの街新橋のウイング新橋の地下街、上野アメ横のガード下、東急蒲田駅裏、JR南武線溝の口ガード横、神田にはガード下を含め数多くの店がある。あまり知られてはいないが浅草雷門横路地には酒屋がやっている正統派の角打ち「酒の大桝」のような店もある。ただ、ぴおシティ地下2階のせんべろフロアは見事なくらいテーマパークとなっている。
同じような飲食のテーマパークには月島の「もんじゃストリート」があり、町おこしの成功事例として知られているが、月島もんじゃストリートも同様、メニューには各店特徴を持たせている。一般的な居酒屋は一件もない。面白いことにこうした競争が集客を促している。その象徴かと思うが、「風来坊」という中華を肴にした立ち呑み居酒屋で数年前に新規オープンし、観察した日もほぼ満席状態であった。

今またせんべろパーク人気

テーマパークと簡単に言ってしまうが、それほど簡単に顧客を集客できるものではない。「テーマ」は魅力ある何か、その言葉、キーワードで語られることが多いが、実は「実感」そのものである。よく昭和レトロなどとコンセプトを語る専門家がいるが、コンセプトとは実感そのものことであることを分かってはいない。テーマパークの事例として取り上げられる月島もんじゃストリートも、熊本の黒川温泉も、至る所でコンセプトが実感できる。
ぴおシティの「せんべろパーク」は勿論「せんべろ」とネーミングできる要素が明確になっている。まずは気軽手軽に立ち寄れる「オープンエア」の店づくりのスタイル、しかも立ち呑みである。そのオープンエアのオープンは、価格もメニューもわかりやすい、つまり「オープン」なものとなっている。「立ち食い」というと立ち食いそばを想い浮かべるが、気軽さ・手軽さは同じであっても、更にこだわりはあっても基本胃袋を満たす立ち食いそばとは根底から異なる。つまり、食欲ではなく、ひととき「こころ」を満たしてくれる、自由にしてくれる私の場であり、至福の時間ということとなる。そして、そのためにはデフレ時代を踏まえれば回数多く利用するにはやはり「低価格」ということになる。老舗の「すずらん」は店頭で食券を買い求めてオーダーする仕組みで、食券は1枚は300円となっている。そして、ほとんどのメニュー、ドリンクも肴も300円となっている。写真のせんべろセットもそうした「わかりやすさ」のためのものだが、多くの顧客は好みの注文をして「こころ」を満たす。

顧客が「店」をつくる

地下2階のせんべろパークも顧客がつくったテーマパークであるが、もう一つぴおシティには「顧客がつくった店」がもう一軒ある。それは地下1階のフロアにある店で「フードワンダー」というグロッサリーの店である。事前に調べ閑散としていると勝手に思い込んでいたが、まるで逆の光景を目にした。ちょうど3時過ぎの買い物時間ということもあり、地元の主婦と思える人でレジには行列ができていた。
周辺のみなとみらい地区には成城石井やディスカウンターであるスーパー OK、あるいは JR桜木町駅にはCIALに北野エースが出店しており、野毛地区の奥にある京急日出町駅には京急ストアがある。フードワンダーは小型スーパー的な業態であるが価格もリーズナブルなものとなっている。同じフロアには100円ショップのダイソーも大きな面積で入っており、ぴおシティ全体が日常利用しかも安価なデフレ業態の店舗で構成されていることがわかる。
よく生き残るためにはと表現をするが、顧客が「生き残らせる」ことである。ぴおシティにはそうして「生き残った」店ばかりで、しかもせんべろフロアにはメニューの異なる立ち呑み店がここ数年の間に新規出店しており、テーマパークのテーマ性がより強くなっている。つまり、「商売になる」ということである。
いつ解体してもおかしくない老朽ビルも、時間経過と共に顧客支持を得た「魅力」によって新しい価値を生み出す良き事例が生まれている。顧客によって育まれ熟成した生活文化と言えなくはない。(続く)
  
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Posted by ヒット商品応援団 at 13:47Comments(0)新市場創造

2020年03月05日

パニック前夜 

ヒット商品応援団日記No759(毎週更新) 2020.3.5.


新型コロナウイルス感染及び昨年の消費増税による消費縮小についてブログを書き始めたのは2月11日であった。その時のタイトルは「移動抑制が消費を直接低下させる 」で、マスク着用はそれほどの効果はないとされているが、昨年12月からの季節インフルエンザの流行は予測を下回る感染であることが報告されている。これは1月後半からの新型コロナウイルスに対する自己防衛によるところが大きいと分析する医師も多いと書いた。つまり、「自己防衛」は1月末から既に始まっているという指摘であった。そして、2月23日には「人通りの絶えた街へ 」というタイトルで、賑わいは街から亡くなったと指摘をした。小中高の一斉休校が始まる10日以上前の指摘であった。誰もが心配するのは新型肺炎が本格的に市中感染した時、まさにパンデミック状態となるのだが、「移動抑制」は移動することなく「冬眠」状態となる。つまり、氷河期時代の冬眠生活である、と指摘もした。

「見えないこと」「不確かなこと」への不安・恐怖はとうとうトイレットペーパー騒動へと向かった。周知のようni
SNSへのデマ情報に端を発したそうであるが、鳥取米子の生協職員の投稿であるが、発生源はどこにあるのか少し調べれば誰が投稿したのかわかってしまうことからHPに謝罪文が掲載されるといった始末である。一人のデマは数人の同調者に拡散されるのだが、その「同調」はマスメディア、特にTVメディアによって増幅拡散する。トイレットペーパーのない棚が繰り返し放映されることによって、デマとわかっている人間も無くなっては困ると考え、行列を作ってしまう。行列は更に行列を生み,TVメディアが更に増幅させる。TVメディアはメーカーの工場現場を取材し、在庫は十分あると放映するのだが、消費心理がまるで理解してはいない。前回の指摘をしたのだが、「理屈」では消費行動を変えることにはかなりの時間を要すると。「空の棚」を払拭するには、トイレットペーパーが十分に積まれた棚」を繰り返し放送することである。

そして、スポーツ・文化イベントの自粛要請と共に、小中高の一斉休校が始まったが、「移動抑制」は移動することなく「冬眠」状態となる。つまり、氷河期時代の冬眠生活である。この冬眠生活については2008年9月のリーマンショック、2011年3月の東日本大震災という災害時の消費生活を思い浮かべればどんな冬眠生活なのか容易に想像することができる。例えば日本大震災の時には「電力不足」から飲食店では営業時間の縮小・限定が行われたが、今回は移動抑制による「人手不足」と「顧客不足」による時間限定営業もしくは臨時休業の違いだけである。鎌倉市では職員の「夫婦共働き世帯」が多く、出庁できずに行政サービスに支障が出る状態となっている。少し古いデータであるが夫婦共働き世帯は48.8%で、約半数が小中高の一斉休校による生活変更を余儀なくされている。売れているものは何か、過去2回の「災害」と同じで、レトルト食品、冷凍食品、缶詰、お米、・・・・・・つまり、数週間の冬眠生活を送る日持ちするものとなっている。

さて、本題であるが、数週間程度の冬眠生活で治るかどうかである。リーマンショックから生まれたのが「わけあり」でデフレ生活ウを一変させた。東日本大震災においては、やはり自家発電への傾向が生まれソーラーパネルの設置や電気自動車といった自己防衛消費の傾向が強まった。前回も少し書いたが、消費心理の真ん中には何が問題であるか、その「正確さ」がある。それは何よりも新型コロナウイルスが「未知」のウイルルであるからだ。わからない、不確かさ、に対して不安が起きるのは至極当然のことである。しかも、生死に関わることであれば尚更の事で、うわさ・風評の素となる。NHKによれば、感染が疑われる人からの電話相談に応じる専用窓口「帰国者・接触者相談センター」に寄せられた相談は、2月26日までの10日間に少なくとも全国で8万3000件余りに上っていると報道されている。そして、今なお、電話相談が相次いでいるという。恐らく相談センタ^や保健所も人的に対応できない状態、パンク状態になっており、不安を確かめる「正確さ」を得ることができない状態になっている。

この「正確さ」を自己防衛的に確認できるのが「PCR検査」しかない状況となっている。しかし、現実はかかりつけの担当医が保健所などに検査の要請をしても実施してもらえない。こうした事例がTV報道されることによって「不安」は増幅し、このままであれば「恐怖」へと向かっていく。
今、この新型コロナウイルスに関する正体の「正確さ」は6万件近くの中国における感染データがWHOから発表されている。Report of the WHO-China Joint Mission on Coronavirus Disease 2019 (COVID-19)その中で、約80%が軽症で、感染ルートのほとんどが家庭内感染であること(感染の起こった344のクラスタ/感染小集団のうち、78~85%は家庭内の感染だった)。しかも、子供から大人に感染した事例はないとも(18歳以下の子供の感染率は低く、すべて家庭内で親から感染したものだ。逆に子供から親に感染したケースは報告されていない)。他にも中国各地の地域差について書かれており、発生源である武漢については感染爆発しているが他の地域、上海や北京では武漢のような爆発的感染はしていないとも。従来の季節インフルエンザとは異なるウイルスであり、固定概念を捨てなければならないということである。

日本の感染症の専門委員がスタディしているようにクラスターという感染小集団の事例の概要が報告されている。北海道ではそのクラスター(若い世代)が雪まつりや展示会を通じた感染であったと推測され、大阪京橋のライブハウスについても大阪市が調査報告されているようにライブ参加者の中の小集団が自宅に戻り家庭内感染していることがわかっている。中国ほどの正確な疫学データではないが感染ルートのスタディはなされつつある。これらの情報だけでも小中高の一斉休校は愚策であることがわかる。従来の季節インフルエンザの発想から離れることが必要で、クラスター感染が起きている北海道や市川市、和歌山市あるいは相模原市は休校にしたら良いとは思うが、全国一斉ではない。生活者の不安を少しでも減らすことであれば、まず自己防衛の一つとして「マスク・消毒液」を全国隅々に早急に行き渡らせることである。ドラックストアの棚に置かれたトイレットペーパーと同じようにマスクと消毒液を棚に十分置いておくことである。繰り返し言うが、理屈で解決できることではないということだ。

もし感染拡大を防ぐには、感染のクラスター小集団の「場」となっている、あるいは想定される「場」を「休止」することが第一であろう。屋形船、スポーツジム、ライブハウス、カラオケ、・・・・・・こうした場の衛生管理はもとより、休業期間に対しては政府は経済保証すべきとなる。但し、問題なのは「いつまで」という期間の設定である。本来であれば、精度は低いとはいえPCR検査による疫学データがないため期間設定ができないということである。このことは不安心理をストップさせることができないだけでなく、その先には東京オリンピックの開催ができるかどうかという問題まで行き着く。その前に、3月中旬までの順延・休止となっている東京ディズニーリゾートを始め、プロ野球やJリーグ、・・・・・多くのイベントや美術館などの諸施設はそのまま休止を続けるのか、それとも再開するのかという判断である。
いや、東京オリンピックだけでなく、WHOが発表した感染国として注意すべき国々、韓国、イタリア、イランと共に日本も加わったことにある。クルーズ船における防疫の失敗から始まり、「感染国」というイメージが世界に流布されている。推測するに、米国トランプ大統領は日本への渡航&入国制限をかけることになるであろう。そうなった時、中国だけでなく米国も加わった場合の「経済」である。単なるインバウンドビジネスの減少だけでなく、両国との貿易は日本の貿易総額の22%を優に超え、リーマンショックどころの話ではない。(中国11.6%、米国10.6%/2017年)一部の経済アナリストは昨年の10月ー12月に続いて、1月ー3月のGDPはマイナスになると予測されているが、4月から元に戻ることはない。前回「人通りの絶えた街へ」消費氷河期を迎えると書いたが、その先に何が起こるかと言えば、凍死企業、凍死者が至る所に現れてくる。つまり、「日本経済崩壊」に向かうということだ。今どんな時かと言えば、パニック前夜としか言いようがない。

繰り返し言うが、後手後手になってしまった対策を指摘することは容易いが、今は「正確さ」こそが危機をおり超える道である。PCR検査が広く担当医から民間企業に依頼できない理由を明らかにすること、そのできない理由にその後の入院など医療体制を組みことができないパンク状態になる実態、少ない疫学デーアではあるが中国のデータをベースに日本国内の感染実態を明確にした対策を立案すること、地域によっては小中高の休校を解除し通常の授業に戻すこと、クラスターと言う小集団の感染源が想定されたら休止・休業の要請をすること、勿論休止・休業に当たっての経済損失は一定額を政府保証すること、そして、マスメディアを含め従来の季節インフルエンザとは異なる対策を講じなければならないと言う意識転換をし、「正確」に事実をアナウンスしなければならない。その正確さとは科学としての疫学における正確さと共に生活者心理の正確さに基づくものであることは言うまでもない。電車内で咳をした女性への暴言を吐いた乗客に対し、それを見ていた乗客との間で喧嘩が始まった様子がスマホで撮られ報道されていた。トイレットペーパー騒動もそうだが、新型コロナウイルス感染の不安は一種のヒステリー状態を起こしているわかりやすい事例である。ある意味、パニック前夜にあると言うことだ。不安をヒステリー状態に向かわせるのも「情報」であり、特に過剰なTV報道による不安の増幅こそ元凶の一つであり、抑制的に正確な情報公開こそが危機を超える唯一の方法である。(続く)
  
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2020年02月23日

人通りの絶えた街へ 

ヒット商品応援団日記No758(毎週更新) 2020.2.23.


少々おどろおどろしいタイトルになってしまったが、消費経済が危機的状況へと真っ直ぐ向かっている、いや爆発的に突進している状況をパンデミック(感染爆発)と表現した。その背景は勿論新型肺炎の拡大が進行しているのだが、根本には昨年10月に実施した消費増税がある。その紛れもない事実が先日発表された10月ー12月のGDPである。その値が年率で6・3%の下落で、年率6・3%と言えば、1年で35兆円もGDPが縮小したという意味である。その異常さについては京都大学の藤井教授が分析をしている。そのGDPの下落の内訳を名目GDPで明らかにしてくれているが、その中で個々の縮小率について分析してくれている。その内大きい縮小率が「民間投資13・7%」と「消費9・0%」となっている。これまで商業統計など多くのデータ類を見てもわかるように極めて深刻な「病気」になっている。

前回のブログで新型コロナウイルスの感染に関し、「移動抑制は直接消費を落ち込ませる」と書いた。書いた翌週から観光産業をはじめ流通業にも具体的な影響が明確になってきたと報道されるようになった。それは中国人観光客だけでなく、更に訪日観光客だけでもなく、日本人観光客へとしかも「全国レベル」で抑制が広がった。問題なのは「移動の抑制」が東京マラソンをはじめ多くのイベントの中止あるいは規模縮小へと急速に向かった。最近ではサンリオピューロランドも3月中旬まで休館するとの発表があった。移動の抑制は消費経済の縮小へと直接繋がっていく。こうした自己抑制は全国にわたって行われ、それを追いかけるように新型肺炎の陽性反応患者が広がっていく。感染源を追跡できない、いわゆる「市中感染」が日本感染症学会が指摘をしたように散発的な流行が始まっているということだ。

ところで10年数年前になるが、2008年9 月15 日にリーマンブラザーズが破綻して、大不況が押し寄せたことを思い出す。記憶を呼び戻してほしいが、サブプライムローンに関係する証券化商品を保有する金融機関にどのくらい損失が生じているのかが見えず、金融機関同士の資金取引が停止する「市場機能の麻痺」が起きた。この状態を後に疑心暗鬼が伝染したことによると明らかにされた。この「伝染」というキーワードが今また日本を覆いつつある。これまで社会不安について「うわさの法則」を踏まえこれ以上書くことはしないが、伝染の元は「不確かさ」にある。新型肺炎の場合も、「見えない」ことによる不安や恐怖で、よく言われることだが、デマや噂を連れてくる。いや、その不安は今や危機的状況にあり、人のこころにある差別などの潜在意識が表へと出てきている。武漢からチャーター便で帰ってきた帰国者はもとより、クルーズ船から陰性により下船した人に共通しているのは、人に感染の迷惑をかけたくないという不安な思いと共に、例えば近所を歩き回ってうつさないでほしいと言った言われのない差別の眼や声が出てきている。

実はもう一つの大きな出来事を思い出す。それはリーマンショックと比較しより鮮明であるのが、周知の2011年3月11日の東日本大震災である。東日本大震災の時の景気の落ち込みを比較する経済アナリストもいるが、私が思い出すのは福島原発事故による放射能汚染の「対応」である。この対応は政府の対応と共に、消費者・生活者の2つの対応である。当時も多くの風評・デマが飛び交った。その根源には原子力発電所で発生した炉心溶融(メルトダウン)は無いと繰り返し発表されていた。しかし、後に誰の目にも明らかになったように、メルトダウンが実際に起きており今日に至っている。
そして、放射性物質の汚染情況について、「安全です」、「安全基準値以下です」といくらアナウンスされても不安は解消されはしない。パニックを起こさないためという理由から放射能汚染の拡散情報、スピーディのシュミレーション情報の開示を遅らせた政府に対し、不安ではなく不信の塊となっていた。
当時の放射能汚染を今回の新型肺炎に置き換えてもその不安の程度の違いはあっても基本の構図は同じである。この原発事故直後に放射能汚染を計る線量計がヒット商品になるであろうとブログに書いたが、今回は線量計がマスクとアルコール消毒液に変わったというわけである。。

さて、リーマンショックと福島の原発事故の経験を踏まえどのように新型肺炎に「対応」すべきかである。そして、思い起こしてほしい、そこから生まれたのが「見える化」であった。つまり、福島原発事故においては放射能汚染の数値化による「納得」であった。それは専門家の理屈ではなく、明確な数値で示すことによる納得であった。見えない不安や恐怖を明確に数値化すること、いわゆる見える化が消費現場に要請されていた。確かHP上でその数値の公開を率先したのが「雪国まいたけ」であったと記憶している。そして、数年後福島の生産者は米作りであれば、収穫したコメの放射能汚染を正確にするため全数検査の実施に踏み切る。調査という視点に立てば、サンプル抽出で放射能汚染の精度は十分と考える専門家の「理屈」では納得は得られないということであった。実はこうした納得を通じ、次第にデマを含め風評被害は少なくなっていく。

今回のクルーズ船における場合も同じで、初期の段階でPCRによる検査を「全員」行わなかったことから不安は始まる。勿論、後にPCRによる検査の処理能力がせいぜい1日300程度でしかなかったことがアナウンスされる。国民は「後追いの理屈」としか受け取らない。「だったら初めからアナウンスしてくれよ」ということである。しかも、この検査の陰性・陽性の精度は万全ではないことも後にわかってくる。その証明であると思うが、クルーズ船乗客の内チャーター便で自国に帰ったオーストラリア人6名とイスラエル人1名から、陽性反応が出たと報道されている。さらに言うならば、2月5日以降は乗客は隔離されているので船内感染は防御できたとして、陰性乗客の下船の前提とした。確かにデータを見る限りその傾向は理解し得るが、支援のために乗船した官僚から2名の陽性者が出ていることから見ても、果たして精度の高さを持った防疫管理ができていたのか不信に思うのも、これもまた逆の意味での「見える化」によるものである。しかも、下船した乗客の内23名はPCR検査を実施していなかったと、ニスしていたことがわかった。更に、クルーズ船の支援に従事した厚労省職員がPCR検査をすることなく日常業務に従事していたこともわかってきた。こうした杜撰な対応が重なると不安は不振へと変わっていくのだ。

心理市場化と言うキーワードが生まれて20数年ほど経つが、そうした中で生まれたのが「見える化」であった。見えない世界を見えるように、わかりやすいようにと行われた経緯がある。それは過剰とも思える情報社会にあって間違えた判断をしないようにするための知恵であった。しかし、それでも全てが見えるわけではない。
心理とは外からは見えない世界であるが、少しの想像力があればわかる世界でもある。つまり「感じとること」であり、社会には嘘や欺瞞が充満していることから、「感」が今まで以上研ぎ澄まされてきたと言うことであろう。SNSなどで使われる「いいね」の場合も、「悪いね」の場合も、そうと感じた人が圧倒的多数を占める時代になったと言うことだ。それはある意味言葉の裏側にある「何か」を感じ取る敏感社会になったということである。その敏感さに応えるのはものは何か、それは「正確さ」である。福島原発事故の時のそうだったが、パニックを起こさないために敢えて「事実」を隠し、公開を先延ばしたと多くの人はそう感じていた。それが「政治」であると言う意見もあるが、そうした政治に対し「正確」に事実を知らせて欲しいと考える人は多い。確かにパニックを起こす人もいる、差別意識丸出しの人もいる、しかし正確な判断をしたいと考える人もいる。政治はそうした中、その正確さを受け止める「人」を信じることだ。その正確さが「感」を動かし、納得へと向かう。

ところでこの新型肺炎の広がりと収束時期についてである。この2つのテーマに正確に答える専門家は少ないが、感染初期は過ぎ、既に拡大期に入ったとする感染症の専門家は多い。そして、誰もがどうなるのか心配しているのが東京オリンピックの開催である。既に多くのイベントや催し、多くの人が集まる会合などで延期や中止が始まっている。これが前回ブログに書いた「移動抑制」である。観光だけでなく、日常の移動の抑制であり、まるで氷河期生活に入ったようになると言うことである。2011年の東日本大震災直後の東京を「光と音を失った都市」であると書いた。もし同様の表現をするとするならば「人通りの絶えた街」となる。こうした人通りの絶えた街が全国に広がると言うことである。
あと一ヶ月ほどで桜が開花する。花見の季節を迎えるが例年のような賑わいを見せることはないだろう。インバウンドビジネスにおける人気ツアー「花見観光」も限定されたものとなるであろう。

そして、誰もが心配するのは新型肺炎が本格的に市中感染した時、まさにパンデミック状態となるのだが、「移動抑制」は移動することなく「冬眠」状態となる。つまり、氷河期時代の冬眠生活である。そして、消費増税は中小企業、特にインバウンドビジネス関連企業を凍らせることとなる。嫌なことだが、信用調査会社では既に倒産企業が増え年間1万企業を超えるであろうと指摘をしている。
前回も書いたが、冬眠生活であっても、ご近所消費、利用し慣れた店には行く。消費現場の基本は危機にあればこそ、「正確さ」を失わないことである。それは顧客に対する正確さであり、言い逃れ、言い訳をしてはならないと言うことである。良いことも悪いことも隠さず事実を公開することである。デマも風評も、この正確さの前では力を発揮することはない。東日本大震災の教訓を今一度思い起こすことだ。(続く)
  
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2020年02月11日

移動抑制が消費を直接低下させる 

ヒット商品応援団日記No757(毎週更新) 2020.2.11.



報道されるニュースのほとんどが新型コロナウイルスの感染で埋め尽くされている。ウイルスの正体が未だわかっていないためその「不可解さ」に不安が生まれ、マスメディア、特にTVメディアが不安を増幅させている。毎日のように感染者数や死亡者数が右肩上がりのグラフで図解される。ところが米国での季節インフルエンザによる患者数が1900万人、死者数は1万人を超えたことなど日経新聞以外はほとんど報道されない。挙げ句の果ては例えばクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の寄港地鹿児島でのオプションツアーでどこに立ち寄ったか感染させたか「犯人探し」までいきついている始末である。このことは日本国内ばかりか、例えばCNNなどでは新型コロナウイルス感染のニュースにおいては、中国からの感染の「ハブ」の象徴としてクルーズ船を取り上げている。世界における感染者数の多さについては日本は際立って多いのは事実ではあるが、世界の見方と言えば感染の媒介国であるかのようなニュースさえある状況だ。そこから中国人、日本人を含めたアジア人へのウイルス差別も生まれている。TVメディアをはじめとしたマスコミによる情報の「刷り込み」から自らを守ること、ここでも過剰情報からの自己防衛が必要となっている。

そして、今回新型コロナウイルス感染で明らかになったことは、検疫における法整備と治療体制の不備であった。こうした感染症の専門家ではないのでコメントできる立場にはないが、日本と中国の経済における密接な関係が数字だけでなく「実感」できることとなった。インバウンドビジネスを見ていくと、2019年の訪日外国人は 3,188 万 2 千人、観光消費金額は4.8兆円。内中国人観光客数は959.4万人、消費金額は1.7兆円となっている。
3年ほど前から東京浅草や大阪道頓堀・黒門市場などの賑わい観察結果を未来塾でレポートしてきたが、ここ数日前の浅草も道頓堀も勿論京都においても観光客のいない閑散とした観光地となっていると報道されている。勿論中国政府による春節における団体旅行の禁止によるものでいかに大きいものであったかを実感することとなった。また、こうした閑散とした状況は日本観光が敬遠されていることを物語っている。それは前述のCNNの報道ではないが、新型コロナウイルスの感染媒介国として、つまり武漢から広がる北京や上海などと同じような見られ方をしていることの「実際」ということ実感でもある。少し前に日本感染症学会がコメントしているように、見えないところで小さな感染が国内で続いているとの懸念を払拭できない。

さて、こうしたグローバル化した時代にあって、新型コロナウイルス感染拡大の少し前まではあの「カルロス・ゴーン逃亡劇」が世界の話題の中心であった。マスマスコミ、特にTVメディアの情報で右往左往しないことだ。そして、実はこうした情報から遮断されているのが消費増税による景気、とりわけ消費の落ち込みである。前回のブログにも書いたが、インバウンド市場の落ち込み、百貨店などの小売業や観光地のビジネスに大きな影響を及ぼすであろうと書いた。そうした影響は出てきてはいるが、観光とは「移動」のことである。インバウンドビジネスとはその移動によって生まれるビジネスである。今回の新型コロナウイルスはその移動に乗って拡散するのだが、感染のスピードに対策が追いついていないという現状がある。数日前、長野白馬のスキー客を対象とした観光産業の地元担当者が、白馬は欧米客が中心で中国観光客は少ないので大丈夫であるかのようにコメントしていた。まるで考え違いをしているなと感じたが、つまり、今起きていることの本質は新型コロナウイルスは「移動」そのものにストップをかけるということである。白馬は中国人観光客が来ていないので問題はない、オーストラりアのスキー愛好家は訪日してくれるなどと間違って考えてはならない。パウダースノー好きのオーストラリア客も移動は抑制されるということである。これがグローバル時代のビジネスの前提である。白馬もニセコも浅草や道頓堀ほどではないが、基本同じであるというこだ。

この移動が抑制されるのは何も訪日観光客だけのことではない。問題なのはインバウンドビジネス市場だけでなく、国内の日本人の消費も抑制されるということである。例えば、今までであれば欲しいな、食べたいな、と思ったら長距離の移動もいとわず行動する。デフレ時代にあってはより安いものがあれば、移動にお金がかからなければ長距離でも移動するが、コスパに合わなければ身近なところで済ませる。あるいは我慢するということになる。これが消費における氷河期の特徴、その本質である。
問題なのはこうした移動抑制心理へと向かわせているのが、「消費増税」である。前々回のブログにて危機的状況にあることを商業統計の数字をもとに書いたが、その時にも少し触れたことだが、増税前の駆け込み需要が予測以上に低かったのは「消費体力」が低くなっているからであると。1997年の5%増税時、2014年8%増税時、と比較し、「駆け込める消費余力」がなくなっているからであると推測した。それは消費を牽引するボリュームゾーンである30歳代の収入が上がらず、高齢者も予測以上に消費しないことが主な理由となっているからだ。特に、高齢者の消費は今回のクルーズ船に見られたように「旅行」が消費の中心となっている。勿論、高齢者も「移動抑制」は働く。

また、旅行という移動とは異なる視点ではあるが、「海外へのモノの移動=輸出」は2018年度は順調であったが、2019年度は前年と比較し、マイナスで推移している。これは多くのエコノミストが指摘しているように米中貿易戦争による理由からであるが、今回の新型コロナウイルスによってホンダ・トヨタを始め多くの日本企業の工場が操業中止になっている。そして、周知のサプライチェーンが機能し得ない期間が出て来ている。こうした中国に生産拠点を移動してきた企業だけでなく、中国に農産物などの委託生産・委託加工している大手スーパーや飲食チェーンも多い。つまり、消費生活に密接な関係を結んでいるということである。まだその影響は出てはいないが、新型コロナウイルスの感染が中国各地方都市に拡大し長期化するとなれば、工業製品だけでなく、食品にも影響が出てくる。つまり、内需だけでなく外需もさらに厳しくなるということだ。

こうした内需・外需共に厳しい状況でどうすべきかである。まず顧客の「移動抑制」についてであるが、逆に言えば「近場」「ご近所」利用が増えてくるということである。しかも、日常利用へのウエイトが高まる。例えば、旅行であれば国内旅行で今まで行ったことのない1泊温泉旅行とか日帰りバス旅、といった旅行になる。従来の人が集まる観光地は避ける傾向となる。しかもその根底にあるのは「安全」「安心」が担保されていることが前提となる。それまでのお得な旅、気軽な旅、しかも安全・安心な旅となる。安全な旅とは、まず利用者が安全を自己確認できることが必要であるということである。それは安全の「見える化」の徹底ということになる。しかも、感染対策の見える化だけでなく、避難や危険防止といった旅の「全体」に渡るものとしてある。

デフレといった視点に立てば「お得」も進化していくであろう。政府も6月までのキャッシュレスによるポイント還元が恐らく9月まで延長されることとなるであろう。そして、氷河期における消費の最大特徴は「自己防衛」へと向かう。それは節約といったことではなく、自己抑制消費に向かうということである。今回の新型コロナウイルス対策には手洗いが必要であり、マスク着用はそれほどの効果はないとされているが、昨年12月からの季節インフルエンザの流行は予測を下回る感染であることが報告されている。これは1月後半からの新型コロナウイルス
に対する自己防衛によるところが大きいと分析する医師も多い。増税やリーマンショック、東日本大震災を経験してきたが、その消費の根底には自己防衛意識が大きく働いていた。実はそこから「わけあり」といった新しいキーワードによる商品やサービス。業態も生まれてきた。どんな時代の次なるキーワードが生まれてくるか、まだ始まったばかりであるが、間違いなく生まれてくるであろう。昨年「サブスク」に注目されたが、顧客も提供企業も、共に納得できる「デフレ消費」社会の到来を象徴するキーワードになる。前回のブログに「何があってもおかしくない時代」が始まったということである。(続く)  


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2020年01月27日

何があってもおかしくない時代 

ヒット商品応援団日記No756(毎週更新) 2020.1.27.

年が明け街歩きを始めているが消費の低落傾向は深刻の度合いは増している感がしてならない。その深刻さを表すかのように10月以降の「数字」が出てきている。(百貨店協会、SC協会、スーパーマーケットチェーン協会)12月という年末の最需要期にもかかわらずマイナス成長となっている。特に百貨店業界はその度合いは深く地方の店舗の閉鎖・撤退だけでなく、百貨店自体がMDを進め店づくりにもリーダーシップを持って開発運営してきた事業業態の転換が見られるようになった。昨年リニューアルオープンした大丸心斎橋店は出店専門店にMDや売場づくりを任せる方式、いわゆる売り場を貸す不動産賃貸業への転換である。こうした事例は周知のようにDCブランド、ファッションのマルイとして一時代を画したが2007年に中野本店を閉店する。再び2011年1月にオープンするのだが百貨店型の商業施設から、いわゆる専門店のテナント編集によるショッピングセンター方式への転換が図られた店舗運営とその商業構成となっている。一言で言えばマルイもテナントによる賃料収入によって経営を行ういわゆるデベロッパー型小売業へと転換したということである。大丸心斎橋店が丸井と同じであるか正確な情報がないので断定したことは言えないが、消費の変化を映し出すのが商業の本質であることを考えるとすれば、これも一つの生き残り策であろう。
また、各スーパーマーケットチェーン協会の販売統計によると、軽減税率の対象となっている食品部門がマイナス成長になっている点がこの深刻さを表している。特に、12月は正月を迎える需要が一番大きくなる月である。この時期がマイナスであるということは、何を表しているかである。

そして、今回の消費増税で上手く「売り上げ数字」を残せたのはコンビニ業界であると言われているが、小規模事業主への支援として政府からのキャッシュレスポイント還元策とキャッシュレス企業の導入促進策によるポイント還元策が功を奏し増税後の落ち込みを少なくさせた。しかし、これはポイントという「お得」によるもので今年の6月には終了することとなる。現在、政府与党はポイント還元期限の9月までの延長を考えているようだが、果たしてオリンピック・パラリンピック終了後の10月にはどんな「落ち込み」が出てくるか恐ろしく感ずる経営者も少なからずいるであろう。
今、定額料金制の「サブスクリプション」に注目が集まっているが、顧客の固定化・囲い込み策として意味ある結果が出せているのは極めて少数の事業である。物を持たない、収納スペースも限られている若い女性暮らしには洋服のサブスクは良いかと思う。しかし、食べ放題など変化のない「定額」=「お得」は継続するのは極めて難しい。つまり「お得」の終了が消費の終了になりかねない、「お得終了ショック」を迎えるということだ。

消費増税による顧客離れが心配されていたのが飲食業界であるが、ファストフードチェーン業界にあってその準備の結果が売り上げの数字によく出てきている。牛丼大手三社も売り上げ・顧客数も落とすことなく大きな壁をひとまず超えたと言って良いであろう。特に日本マクドナルドは極めて好調で昨年2019年は連結売上高が前期比3.8%増の2825億円になる見通しだと発表した。2014年に発覚した中国製造の賞味期限切れのチキンナゲット事件以降顧客離れ・店舗閉鎖・売り上げ下落・赤字決算・・・・・こうしたマクドナルド不信からの復活を目指したカサノバ社長の店舗巡り・顧客(主婦)対話による信頼回復が図られたことを踏まえ、積極的な新商品導入が売り上げという数字につながったということである。また、こうした商品導入だけでなく、客が注文商品を座席で受け取る「テーブルデリバリー」や、来店前に注文や決済が終わる「モバイルオーダー」。これら新サービスを全国約2900店の約半数で展開したことも大きく影響している。多くの困難を超えることを可能にしたのは顧客主義の基本に立ち戻ったからであろう。

ところで中国で発生した新型コロナウイルスの感染が海外へと広がり、全世界で2700名を超える感染者が出たと報道されている。日本においても4例の患者が確認されている。中国からの報道によると流行地と言われている武漢の封鎖と共に春節旅行における団体旅行を禁止するとのこと。同じような感染症である2003年の時のSARS(重症急性呼吸器症候群)との比較で日本国内でも報道されているが、すでに中国国内では上海ディズニーランドや故宮などの観光地は閉鎖になっているとも。SARSの時は感染が治ったのは6ヶ月かかったと言われている。中国国内ではデマなど風評被害が指摘され始めているが、日本国内においてもそうしたことが起きないとも限らない。この春節には40数万二んの中国観光客が日本を訪れると予測されていた。しかし、東京や大阪のみならず、観光地においてもホテルやバスをはじめピューロランドといった観光においてもキャンセルが相次いでいる。特に訪日中国客を腫瘍顧客としている百貨店にとって予定された売り上げも望めないということである。
数年前から指摘をしているように、訪日観光は全国至る所へ、いわゆる横丁露地裏観光へと広がっている。SARSについても効果のあるワクチンは開発されておらず、有効な対策は感染源の封じ込めと消毒などによる感染を防ぐことだけである。7月には東京オリンピックが始まる。今回のような新型コロナウイルスだけでなく、他にも多くの感染ウイルスが国内へと持ち込まれる可能性はある。観光立国を目指すとはこうしたリスクを引き受け、防ぐことにある。
米国をはじめ中国在留の米国人に対し、チャーター機による帰国が検討され、日本もまた同様の避難計画が検討されているという。つまり、「感染」のスピードを超えた敏速な対策が急務となっているということだ。グローバル化とはこうした認識と対応が、至る所で必要になるということである。

こうした新型感染症リスクも消費増税という困難さもこの時代ならではのことだ。必要なことは「何があってもおかしくない時代」にいるという認識と対応である。前回の未来塾で書いた「不確かな時代」とは災害日本のことだけではない。
数年前のブログだと思うが、観光地でもない町の飲食店にふらりと食べにくる外国人が現れてくる時代であると。その時の良かった思い出がネット上で公開され、次第に人気店になる。その代表例が数年前の大阪西成のドヤ街にあるお好み焼き屋である。こうした「良き思い出」こそが日本固有のサービスであり、「顧客主義」に立脚した商売である。当初どこまでできるかという疑念はあったが、日本マクドナルドのカサノバ社長が全国を回って小さな子供のいる母親にヒアリングし、その顧客である母親に一つの答えを返したのも「顧客主義」である。その答えとは結果としての新メニューであり、新サービスであるということだ。顧客主義とはグローバル時代の原則であるということを再認識することだ。キャッシュレスポイント還元といった「お得競争」もいつかは終わり、次なる満足競争が始まる。何があってもおかしくない不確かな時代とは、顧客主義という基本に常に立ち戻ることであり、それは古くて新しいテーマであるということだ。(続く)  


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2020年01月15日

未来塾(38)「不確かな時代の不安と感動」 後半        

ヒット商品応援団日記No755(毎週更新) 2020.1.15.



「不確かな時代の不安と感動」に学ぶ


前回の未来塾では五木寛之の著書「下山の思想」の視点を借りて、登山ではなく、下山から見える消費風景を東京中野と門前仲町を題材に学ぶべき点を描いてみた。今回は今日の日本のライフスタイルの原型が形作られた江戸時代の知恵や工夫を下敷きにして、どれだけの進化を成し遂げてきたかを考えてみた。周知のように江戸は当時のロンドンやパリといった大都市に負けないくらい、いやそれ以上に優れた高度な都市機能を有し、豊かな暮らし、文化が芽生えたライフスタイルが存在していた。
例えば、江戸の市中に水が流れていたのは世界の三大都市て江戸だけであった。今でもその名残が残されているのが多摩川を水源とする玉川上水、井の頭公園の池を水源とする神田上水。東京は坂の多い町で、つまり高低差のある町中を「流れる水」をどうして造ったのか、そんな技術は当時あったのか、不思議に思うほどである。水道の専門家ではないが、高低差のあるところに水を流すには、加圧式と自然流下式があるそうだが、江戸の場合は後者の自然流下式であったとのこと。いかに高低差を考えた水路、その土木技術・測量技術の高度さに驚かされる。そうした技術の表れとして「水道橋」がある。東京にはJR中央線の駅名にもなっているが、これは空中を水が流れる「架樋(かひ)」が造られた名残である。
当時の世界で優れた文明国であった江戸においても、常に「不安」と隣り合わせの生活であった。しかし、極論ではあるが、辛いことがあればそれもまた人生、不安を遊ぶ、かわす、生きている時間を大切にし、お金・モノに囚われない、そんな自由な生き方であった。これは推測ではあるが、未来に対する漠とした「不確かさ」「不透明さ」から生まれる不安など意識することはなかった、つまり「浮世」といった一種の割り切りのある人生観では計り知れない世の中にいるということであった。そうした意味で江戸の不安と今日の不安とは異なる不安の世であったと言えよう。

「不信」という不安

戦後の日本にあって不安が社会へと広く拡散していった最初の出来事は、バブル崩壊後の1990年代後半に起きた拓銀や山一証券の破綻に見られる金融不安であった。このことについては未来塾において「パラダイム転換」あるいは「バブルから学ぶ」にて詳しく書いたので今回は省略することとする。
恐らく「消費」という場面で不安が社会へと広がった最初の記憶に残る事件は2005年に起きた「耐震偽装事件」であろう。次いで2007年12月には中国冷凍餃子事件が起き、社会不安が増幅したことがあった。更に2008年には汚染米を使った事故米不正転売事件が起きる。周知の嘘をついた美少年酒造は潰れ、正直に全ての商品を廃棄し再生を掲げた西酒造(宝山)は、逆に今や人気焼酎ブランドとなった。また同年には“ささやき女将”で記憶に残る高級料亭「船場吉兆」による食品偽装事件。全て見えない世界での事件であり、不安の根底には「不信」があった。後に生まれたのが「見える化」であり、小売業の店頭には生産者の写真が貼られメッセージと共に安心づくりが始まった。こうした「見える化」は後に起こる横浜都筑区の耐震化マンションにおける杭打ちという見えない地下の施工不良による事件であった。デベロッパー三井不動産をはじめとした大手企業の「ブランド」信用力は失わレ始めた事件である。信用の回復を踏まえ、「見える化」は立て直しという思い切った対応がなされたのも耐震偽装事件の教訓を踏まえてであった。ある意味不安の連鎖を断ち切ったということであろう。

実は江戸時代にもこの不信を増幅させるような商売もあった。前述した瓦版もそうした側面を持ったメディア・情報源で、江戸の人たちはインチキ・うそも笑ってすませればいいじゃないかと考えていた。「瓦版は話三分」という言葉があって、実感・体験できることを「信用」した。火事などの災害情報については正確な情報であったが、ゴシップどころか競争相手の店の悪口を書いて裏で謝礼をもらうなどなんでもありのメディアもあった。そうした瓦版の作者・販売元はパッと売って逃げる、そんなことも日常的にあったようだ。こうした江戸にあって「信用」を勝ち得た老舗、数百年商いが続けられてきた稀有な国日本であるが、そうした中で信用を得た商売の原型をつくった代表的な店は呉服屋・越後屋(後の三越)であろう。
実は江戸時代の商人は、いわゆる流通としての手数料商売であった。しかし、天保時代(1800年代)から、商人自ら物を作り、それまでの流通経路とは異なる市場形成が行われるようになる。今日のユニクロや渋谷109のブランドが問屋などっを介した既成流通の「中抜き」を行った言わばSPAのようなものである。理屈っぽくいうと、商業資本の産業資本への転換である。江戸時代は封建時代と言われているが、この「封」という閉じられた市場を壊した中心が実は「京都ブランド」であった。この京都ブランドの先駆けとなったのが江戸の女性たちの憧れであった「京紅」である。従来の京紅の生産流通ルートは現在の山形県で生産された紅花を日本海の海上交通を経て、工業都市京都で加工・製造され、京都ブランドとして全国に販売されていた。ところが1800年頃、近江商人(柳屋五郎三郎)は山形から紅花の種を仕入れ、現在のさいたま市付近で栽培し、最大の消費地である江戸の日本橋で製造販売するようになる。柳屋はイコール京都ブランドであり、江戸の人達は喜んでこの「下り物」を買った。従来の流通時間や経費は半減し、近江商人が大きな財をなしたことは周知の通りである。言葉は悪いが、「下り物」を模した偽ブランドと言えなくはない。このように京紅だけでなく、絹製品も清酒も「京都ブランド」として流通していた。ただ江戸時代では盲目的なブランド信仰といったものではなく、遊び心と偽造というより卓越した模倣技術を認める目をもっていたということである。例えば、ランキングという格付けは江戸時代の大相撲を始めなんでもかんでもランキングをつけて遊んでいた。遊んでいたとは、その中身を辛辣なまでに体験熟知していたと言うことである。今日の食べログのような単なる話題という情報だけで消費される時代ではなかったと言うことである。
つまり、偽、うそ、話三分として受け止め、そこには「不信」はなかったということである。そうした意味で不安はなかった時代ということができる。勿論、現在のように不信が生まれ、見える化が必要となるのも、モノも、情報も全てが「過剰」であることによる。過剰が不信を生み、そしてそのまま放置すれば不安もまた生まれ、次第に拡散し社会不安へと向かうということだ。社会心理学ではこの過剰が退行現象を産み「幼児化」が始まるとされている。幼児化の反対後は「大人化」であるが、江戸はptpなの社会であったということである。

「想像」を超える不安とは

こうした辛辣なまでの眼力と遊び心を持った江戸の人たちであったが、それでも遊びには収まらない出来事、前述のような自然災害などが不安を呼び起こしていた。「想定内(外)」というキーワードが流行語大賞になったのは2005年であった。同じ大賞となったのが小泉劇場であった。あ々あの時代であったかと思われるであろう。やはり、記憶に新しいのは2011年,3,11の東日本大震災であり、特に福島の原子力発電所を襲った大津波につけられたキーワードであろう。「想定」とは未来を描く想像力のことである。今回の関東を直撃した台風19号について、周辺の長野県や東北地域の人にとっては「まさか」ここまで河川が氾濫し被害が及ぶとはと、想定外のことと感じる人は多かった。いや、周辺地域だけではなく、都心を流れる多摩川においても浸水被害が出ており、武蔵小杉においては電気設備の冠水により停電となりタワーマンションが機能しなくなるという想定外のことも起こっている。また千曲川の氾濫により北陸新幹線が冠水し、使用不可という被害も想定外であった。つまり、災害被害は想像を超えたものとしてあり、それまでのハザードマップもその都度改定せざるを得ない、つまり不確かな時代を生きているということを実感することとなった。
つまり、想定外から想定外へと想像を超える不安に囲まれて生きているということである。何があっても不思議ではないということだ。
と同時に、江戸の人たちが想定できない事態を常に喚起する河童伝説ではないが、「言い伝え」「伝承」を大切にしてきた。現代に置き換えるとそうした伝承は災害が起こった後初めて気が付くこととなり、防災・減災にはほとんど役に立たないこととなっている。不安を煽ることは間違いではあるが、不安もまた防災・減災への警鐘となることを教育面などで学んでいくことが必要となっている。「伝承」は非科学的であると一笑に付してきたが、そうではなく想像力を働かせてくれるそんな気づきをもたらせてくれるものであると今一度考え直すことが必要であるということだ。

不安を受け止めてくれる身近なお地蔵さんとSNS

平安末期に法然や親鸞のように庶民の苦しみを救う希有な僧侶が出現したと書いたが、戦乱を終え平和な時代の江戸ではより身近な庶民信仰が定着する。それは「お地蔵さん」という仏様であった。お地蔵さんは死者を裁く閻魔様を本尊とする地蔵菩薩であるが、菩薩であり閻魔様でもある。いわば、極楽と地獄とをつなく存在で、慈悲心を持って地獄に落ちた人を裁く、そんな仏様である。

東京都心のビルの片隅にもお地蔵様がひっそりと残されているが、未来塾で取り上げた「おばあちゃんの原宿」、巣鴨のとげぬき地蔵尊にはおばあちゃんが行列するお地蔵さん、「洗い観音」が知られている。この観音像に水をかけ、自分の悪いとこを洗うと治るという信仰がいつしか生まれる。これが「洗い観音」の起源と言わ ている。とげや針ばかりか、老いると必ず出てくる体の痛みや具合の悪いところを治してくれる、そ んな我が身を観音様に見立てて洗うことによって、観音様が痛みをとってくれる。そんな健康成就を願う、まさにおばあちゃんにとって身近で必要な神事・パワースポットとして今なお伝承されている 。
しかし、個人化社会と共に育った若い世代にとって、不安を受け止めてくれる「仏様」は存在してはいない。いやバブル崩壊前までの核家族化まではまだ不安を受け止めてくれる「家族」はあった。しかし、バブル崩壊以降若い世代、特に少女たちは街を漂流することとなる。こうした時代背景については何回かブログにも書いたので省略するが、ネット社会が浸透していくに従って不安の相談相手はSNSへと変化していく。そこには良き仲間や相談相手もいれば、相談を口実に近づき性暴力などの被害者になることも起きている。1990年代のプチ家出は友人宅が中心であったが、今やSNS、特にツイッターを通じた出会いによって家出先は見知らむ人間へと変化した。新しい監禁、誘拐という犯罪が生まれることへと行き着くこととなった。こうした犯罪被害は増加し続け、社会問題となっている。隣りにいるのは大家さんやお地蔵さんといった仏様ではなく、不安につけ込んだ犯罪者であるという現実である。

ひととき不安を打ち消してくれたラクビーW杯

浮世という人生観の無い現代にあって「ひととき」不安を解消させてくれるものの一つはスポーツである。2019年春以降、老後2000万円問題を入り口とした社会保障、あるいは10月に導入される消費増税による景況、こうした多くの生活者が抱える不安をひととき打ち消してくれたのは「ラグビーW杯」であった。日経MJにおけるヒット商品番付や新語流行語対象に選ばれたのはラグビーW杯における「ONE TEAM」というスローガンそのものの活躍であった。この熱狂の時代背景について次のようにブログに書いた。

『経済効果は4370億円に上ると言われているが、停滞鬱屈した「社会」にあってひととき夢中になれたラグビーであった。初戦であるロシア戦では18.3%(関東地区・ビデオリサーチ)であったTV視聴率は徐々に上がり、準決勝の南アフリカ戦では41.6%にまて達し、周知のようににわかフアンという新たば市場をも生み出した。それは「ONE TEAM」というスローガン、いや私の言葉で言えばコンセプトがビジネス世界のみならず、スポーツ界は言うに及ばずコミュニティ・家庭に至るまでの各組織単位で最も求められているキーワードが「ONE TEAM」、つまり一つになることであったということだ。個人化社会と言うバラバラ時代に最も求められていることであり、例えばビジネス世界にあっては「心を合わせること」を目的にした全社運動会や小さな単位では食事会までコミュニケーションを通じ「一つになること」の模索が続けられている。戦後の昭和の時代は創業者がONE TEAMのリーダーとして引っ張ってきた。今なおそうした創業型リーダーシップ企業は大手ではソフトバンクとファーストリテーリングぐらいになってしまった。平成を経て令和になり、こうしたリーダー無き後の組織運営にあって、ONE TEAM運営が最大課題となっていることの証左であろう。単なる言葉だけのONE TEAMではなく、一人ひとりが固有の役割を持って31人が試合を創っていたことを実感させてくれたと言うことである。その象徴がトライとは縁のないポジションであったフォワート稲垣啓太が「笑わない男」として流行語大賞にノミネートされていたことが物語っている。にわかフアンを創ったのはそうしたONE TEAMの「実感」を提供し得たからであると言うことだ。』
ONE TEAMというコンセプト、いやポリシーはほとんどのスポーツが目指すべき理念となっている。例えば、団体スポーツのみならず、マラソンといった個人競技にあっても、コーチやトレーナー、栄養士に至る多くの専門家がチームをつくっている。ONE TEAMは時代のキーワードということである。

夢中になれることの意味

明日はわからないという意味において誰もが不安を持つように宿命づけられている。江戸の浮世もそうした考えのもとでの人生観である。そう認識した時、少しだけこころのなかの不安を横に置くことができる。不安が占めていた場所に「何」を置くのか、それは夢中になれることだけである。いや、夢中になれることを見つけた時、それまでの不安は少しだけその場所を変えてくれる。
ビジネスの師であるP.ドラッカーは未来について著書の中で繰り返し次のように書いている。
“未来は分からない。
未来は現在とは違う。
未来を知る方法は2つしかない。
すでに起こったことの帰結を見る。
自分で未来をつくる
つまり、「好き」なれること、夢中になれることを作ることとは、まさに未来の入り口となる。にわかラクビーフアンもまた心の大きなところに「好き」が占めることだ。しかも、この「好き」は江戸の時代でも「今」であっても、「好き」を夢中にさせる共通は何かと言えば、「ライブ感」である。CDなど売れない音楽業界にあっても、ライブ会場は満員状態であるように、夢中の世界へと向かう。それはデジタル世界が進めば進むほど、リアル感が重要になる。例えば、更に進化していくであろうネット通販における有店舗の意味と同じである。

そして、高齢世代にとっても、若い世代にとっても「好き」を入り口に人生の旅に出ることは同じである。限定された時間の違いはあっても、自分で創っていく旅であり、未来である。そして、マーケティング&マーチャンダイジングの最大課題は、何にも増して生活者のなかにあるこの「好き」の発見にある。
こうした市場開発を担当するビジネスに活用されることも、また自らの人生の旅を見直す視座として使うのもまた良いかと思う。ラクビーW杯のようなビッグイベントだけでなく、商品やサービスだけでなく、日常の小さな出来事の中にも「好き」はある。それがどんなに小さくても、こころは動く。不確かな時代のキーワードはこうした共感をつくれるか否かである。

成熟した元禄バブルを経て、「浮世」という人生観を手に入れた江戸の人達と同じように、平成から令和の時代においても江戸の浮世のような人生観が求められている。エンディングテーマである「終活」ブームは勿論のこと、ベストセラーになった「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎著)や、最近ではTV番組「ポツンと一軒家」のような人生コンセプトに注目が集まるのも現代の「浮世」が求められているからである。つまり、不確かな時代、不安の時代にあっては、世代に関係なく「どう生きたら良いのか」という人生の時代になったということである。そして、個人化社会が進めば進むほど、「生き方」が求められるということだ。(続く)
  


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2020年01月14日

未来塾(38)「不確かな時代の不安と感動」  前半        

ヒット商品応援団日記No755(毎週更新) 2020.1.14.




消費税10%時代の迎え方(7)

不確かな時代の不安と感動

不安は常に不確かな未来から生まれる。
しかし「好き」が嵩じれば夢中へと向かい、
不安もまた変わる。


一昨年6月大阪北部地震、7月には西日本豪雨被害、9月には台風21号の関西直撃・関空麻痺、更には2日後北海道では大きな地震が起き全道がブラックアウトになった。その時、「災害列島の夏」というタイトルで日本が持つ宿命でもある自然災害についてブログに書いたことがあった。そして、昨年台風15号が今度は首都圏を直撃し倒木などによる停電が千葉県を中心に70数万軒もの停電が起き大きな被害を生んだ。そして、その1ヶ月後には最大級の台風19号が東海・首都圏を直撃し関東甲信越・東北という広域にわたる未曾有の豪雨によって想定外の堤防決壊などによる水害に襲われた。

一昨年の西日本豪雨における倉敷真備町に多大な被害を出した高梁川の決壊も、昨年の台風19号による長野千曲川の決壊も昔から何度となく洪水を繰り返してきた河川である。勿論、治水をはじめ防災・減災も行なってきたのだが、その時々の洪水に対する「想定基準」は変化してきている。曰く、50年に一度の、更には100年に一度の、そして、昨年の豪雨災害に対しては千年に一度の災害を想定しなければ、といった議論である。そうした想定は不安と表裏にあり、安心を得るためにインフラの基準もより強靭なものへと変化し、生活者の不安の受け止め方もまた変化してきた。

今回の未来塾は国土のインフラ整備における技術の進化ではなく、生活者は自然災害など時々の「社会不安」をどう乗り越えてきたかをテーマとした。不安は多様で時代によって変わり、しかも個人によって異なるものである。多様な不安から逃れるために、具体的には幸福感を得るため薬物を使うといったことや、もっと日常的であれば今日の「激辛ブーム」といった刺激もあるが、今回は多くの人が生きるにあたって共通した社会不安をテーマとした。不安の中でどう暮らしていたか、そこには不安の認識と共に、不安を抱えながらどう暮らしていたか、そこから生まれた知恵やアイディアを見出してみた。そこで現在のライフスタイルの原型が江戸時代にあることから、江戸時代と「今」とを比較しながら、嫌な言葉だが不安を呼び起こす常態化する災害列島日本の実像を中心に、その不安をひと時解消した楽しみ・娯楽ある日々の暮らし、感動をもたらしてくれる日常・出来事をテーマとした。面白いことに、ハザードマップなどないと思われる江戸時代にもそれに代わる庶民の知恵が伝承されている。しかも、災害が起こることを想定した町づくりや生活の工夫があったことに驚かされる。

不確かな未来から生まれる不安

さて”時代々によって生まれる不安”と書いたが、江戸時代の不安は平安後期からの数百年にわたる戦乱の世が終わり、江戸はいわゆる平和の時代であった。それまでの戦乱の世の「未来」は苦しみしかない世で、平安末期には法然や親鸞のように庶民の苦しみを救う希有な僧侶が出現する世であった。つまり、それまでの宗教は貴族のための仏教であったが、戦乱に苦しむ庶民を救う仏教として生まれたのが浄土宗・浄土真宗という仏教、「宗教」であった。周知のように庶民にとって未来は「苦しみ」であったが、法然は南無阿弥陀仏と称え、阿弥陀仏に「どうか、私を救って下さいと」願う事で極楽浄土へ導かれる」と説いた。
不安が極まるその先にも苦しみがあるのだが、不安が蔓延する世にあって救いの宗教は人から人へと拡散していく。
ところでまずどんな「不安」があるのか整理すると以下のようになる。
1、健康に対する不安
2、経済に対する不安
3、社会に対する不安
4、災害に対する不安
最大の不安は平安後期からの歴史が教えてくれているように、未来無き「戦乱」「戦争」に対する不安であり、政治の主要課題であるがここでは除外することとした。

不安が拡散する構図

「拡散」という言葉を使ったが、現在においてはSNSと同義であるかのように思われるが、江戸時代においても庶民においては瓦版といったメディアもあって、ゴシップから火事や地震といった災害の速報までを内容としたものであった。後述するが瓦版も高度化しカラー刷りの瓦版まで作られていた。このようにメディアの違いはあっても、人から人へと伝わっていくのだが、その本質は「噂(うわさ)」である。良い噂は「評判」であり、悪い噂は「風評」となる。現在もそうであるが、「うわさ」が生まれる原因は、「不可解さ=曖昧な情報(不確かさ)」への過剰反応の連鎖によるものである。
こうした過剰反応の連鎖については、「うわさとパニック」など既に多くのケーススタディ、社会心理における研究がなされている。その原点ともいうべき「うわさの法則」(オルポート&ポストマン)を簡単に説明すると以下の内容となる。

R=うわさの流布(rumor),
I=情報の重要さ(importance),
A=情報の曖昧さ(ambiguity)

 うわさの法則:R∝(比例) I×A  

つまり、話の「重要さ」と「曖昧さ」が大きければ大きいほど「うわさ」になりやすく、比例するという法則である。但し、重要さと曖昧さのどちらか1つが0(ゼロ)であれば、うわさはかけ算となり0(ゼロ)となる。

この法則に準じれば、「不安」は生きるにあたって重要で、しかもそれがこれからも「不確か」であった時、「うわさ」は社会へと広がっていくということである。こうした視座で、江戸はどうであったか、今日の日本の今はどうであるか、比較しながら学んでいくことにする。

江戸時代の災害対応

自然災害というと、江戸時代にも大型台風による災害はあって、1742年(寛保2年)夏には江戸を直撃し、「江戸水没」といった災害に見舞われている。これが1000名近くの死者を出した寛保洪水である。あるいは周知の富士山の噴火や1万人近くの死者を出した安政江戸地震も起きている。
こうした自然災害もあったが、実は日常的にあったのが「火事」という災害であった。この火事に向かい消火の最前線で活躍したのが町火消しで火事と喧嘩は江戸の華と言われ火消しは江戸のヒーローであった。当時の江戸の町のほとんどは木造家屋であり、消火方法は建物を取り壊して延焼を防ぐ「破壊消火」であった。当然防火・防災は庶民の生活の中に定着し、例えば火の用心といって夜回りをしたり、軒先には消火のためのポンプも用意されていた。
また、建物のほとんどが木造家屋であったことから材木需要は旺盛で、紀伊国屋文左衛門といった大問屋が活躍したが、庶民が住む長屋のような場合のほとんどは古材を使ってわずか数日で建ててしまう。ある意味、火事慣れした江戸の知恵でもあった。また、大きな武家屋敷などが消失した時には「囲山(かこいやま)」といった植林の木材を伐採して使った。勿論、非常時の時だけ使うという厳格なルールのもとで行われていた。江戸の中心地から少し外れたところには材木の生産地があり、杉並区は最も近い産地であり区の名称にもなっている。このように既にこの時代から森林資源をうまく活用する言わばエコシステムが生まれていたということである。

江戸時代はこのように庶民にあって防災・減災はシステムとしてあり、それは自然災害への「不安」対応への一種の知恵の賜物であった。実は江戸時代における最大の不安は疾病や病気であった。周知のように最初に隅田川の川開きに打ち上げられた花火は京保18年が最初であった。この年の前年には100万人もの餓死者が出るほどの大凶作で、しかも江戸市内でころり(コレラ)が流行し多くの死者が出た年であった。八代将軍吉宗は多くの死者の魂を供養するために水神祭が開かれ、その時に打ち上げられた花火が今日まで続いている。弔いの花火であったが、ひと時華やかな打ち上げ花火を観て不安を打ち消すというこれも江戸の知恵であった。

不安の時代に生まれた「浮世」という人生観

このように江戸時代は命に関わるような不安と隣り合わせた暮らしであったが、こうっした江戸庶民の人生観をキーワードとしていうならば、「浮世」であった。浮世というと、浮世絵や浮世床を思い浮かべ、何かふわふわした浮ついた時代の表層をなぞったような感がするかもしれないが、実はもっと奥深い人生観につながるものであった。江戸の町は日常的に火事が起きていたと書いたが、どれだけ物に執着しても一瞬のうちに火事で灰にしてしまう、そんなはかない世はつまらないというのが江戸の人たちの気持ちであった。しかし、庶民の人たちが自然の恵みをもたらしてくれる海も板戸一枚下には死が待っていることを知っているように、浮世にはそんな辛い現実が裏側に潜んでいる。これが日本人の「自然」との向き合い方、共生の背景にある。ヨーロッパのように自然に対峙し、戦って変えてしまう向き合い方とは異なるもので、日本人がよく口にする「自然に寄り添う」とはこうした自然観を表している。江戸時代の火事に対して知恵を持った向き合い方、暮らし方をエコライフの始まりと言われるのもこうした自然観に依るものであった。

また、時々に見舞われる大きな自然災害に対しても手をこまねいていたわけではない。海を埋め立てることによって造られた江戸の町は水害に弱い都市であった。寛保洪水の時には今でも海抜ゼロメートルと言われる江東区などの下町には船をかき集め、川と街路の区別が付かなくなった下町に派遣し、溺れている人や屋根や樹木の上で震える人を救出、そんな救出人数が町別に残されている。同時に被災者に粥や飯を支給している。こうした救出や救援などボランティアといった言葉がない時代に幕府や奉行所を中心に有力町人を加えシステマティックに動いていた。また、備前・長州・肥後などの被害の少なかった西国諸藩10藩に命じて利根川・荒川などの堤防や用水路の復旧(御手伝普請)に当たらせて復旧を行なっている。今日の自然災害への地域を超えたネットワークによる対応と根底のところでは同じである。公助、共助の仕組みが既に江戸時代にあったということである。

宵越しの金は持たない、という江戸暮らし

このような言葉に江戸っ子のきっぷの良さを表現したとすることが一般化しているが、実はいわゆるその日暮らしは「宵越しの金を持てない」という経済的には貧しい生活であった。江戸時代の地方では飢饉によって餓死することはあったが、江戸ではそうしたことはほとんどなかったと言われている。その背景には、政治都市から商業都市へと変化し120万人もの町に成長する。結果、新しい「商売」が次から次へと生まれ、いわゆる労働需要は旺盛であった。政治都市から見ていくならば、地方からの単身赴任の「武士市場」として今日のレンタルショップである損料屋や多くの外食産業などが生まれている。平和な時代ということから暇を持てあます旗本御家人などは武士によるアルバイトが盛んになる。提灯づくり、傘張りといった定番の職業から、虫売りや金魚売り、あるいは朝顔栽培まで一般庶民の分野にまで広く参入するように多様な仕事があった。江戸も中期以降、実は幕府も地方の藩も財政が逼迫したこともアルバイトに向かわせた理由の一つであった。

士農工商という封建制は明治政府によって誇張されたもので、その垣根はあまり大きくはなかった。40万都市であった江戸は次第に人口だけでなく、物やサービスの集積度合いが高まり、今日ある小売業の原型が形作られる。つまり、商業都市へと変貌していくのだが、その労働市場はどうかというと、「奉公人」、今で言うビジネスマンが主役であった。まずは10歳前後で「小僧」(関西では丁稚どん)から始まり、「手代」「番頭」へと出世していくが、5〜9年で手代になれるのだが、なれるのは三分の一程度。本店で試験や面接があり、年功序列や終身雇用都いっ経営ではなく、徹底した実力主義の世界であった。手代になると給金は年に4両、芝居見物やお伊勢参りなどの旅行もできるようになる。しかし、長期休暇をもらえるようにもなるのだが、休暇が開けて「ご苦労様」という書状が届けばわずかな退職金をもらい自然解雇になるという厳しい出世競争であった。どこか今日の官僚の出世競争に似ている。そして、番頭になると結婚が許され、番頭をやり遂げると退職金として50両〜200両が支給されるというものであった。こうしたことから一大道楽市場が生まれることになるのだが、従来言われてきた日本型経営・雇用の出発点はこうした実力主義の世界であったことを今一度考えるべきであろう。

ところで、江戸は行商など多様な流通業やサービス業が盛んで、チップ制という経済によって収入を得る個人仕事も多く、いわゆる日雇い仕事が多い都市であった。こうしたことから幕府の人返し令にもかかわらず、江戸を目指す人が絶えることはなかった。この時代から都市と地方との格差が生まれていたということだ。こうした格差はあるものの、今風に言えば労働力市場の活性、つまり雇用の流動化は大きく、活力ある時代であったということである。

それどころか、お金はなくても子への教育は充実していた。義務教育と言った制度のない時代に就学率は70〜80%で多くの子供達が学んだと言われている。庶民の子供は7〜8歳の頃から3〜5年間通ったのが寺子屋で、江戸では指南所と呼ばれ、江戸後期には江戸市内で1500もの指南所があった。学んだのはひらがなに始まり、数学、地名、手紙の書き方、更にそろばん、礼儀作法。またより高度な学びとして茶道、華道、漢学、国学といった専門の学問を教える指南所もあった。同じ時期の欧米の就学率と比較しても極めて高く、例えば就業率の高いイギリスでも20〜30%であった。
子供達は朝8時から午後2時ぐらいまで勉強します。その後、いろいろな事情から学ぶことができなかった大人も学ぶことができる仕組みもあって、現在の定時制高校のようなものが用意されていた。先生役は浪人、僧侶、神主、未亡人などで時間に余裕のある人が勤めます。
ところで授業料はあってないようなもので、「出世払い」が普通であった。寺子屋では商売物を授業料とし、八百屋であれば野菜を持って行ったり、大工であれば先生の住まいの雨漏りを直すといった方法がとられていた。先生は子供たちの学びに情熱を持って教え、現在では死語となった聖職のような存在であった。勿論、先生は尊敬される存在で、モンスターペアレントなど皆無で、子供同士のいじめは勿論であった。今日のような教師間のいじめすらあるブラック職場とすら指摘される教育環境とは真逆の世界であった。結果、子供達も真剣に勉強し識字率70%を超えると言われるほどの教育都市、そんな江戸であった。
現在の教育が「家庭」をベースに行われているが、江戸時代の教育はいわば「社会コスト」としてコミュニティの義務として考えられており、教育格差などなかった。当時のロンドンやパリと比較し教育水準が高かったのもこうした「社会」を背景としていたからである。

浮世を支える江戸の社会・長屋コミュニティ

江戸幕府が造られた当時の人口はわずか40万人ほどであったが、次第に地方からの出稼ぎなど多くの人が江戸を目指す。こうした流入を防ぐために人返し令を発令するが、江戸は120万人という世界一の巨大都市となる。この100万人から120万人という膨れ上がった都市を実質的に支えたのが実は「大家」という存在であった。この大家は2万人ほどいたと言われているが、単なる長屋の管理人としての存在ではなかった。
時代劇に出てくる「同心」は江戸の治安を守る警察のようなものであるが、南北奉行所合わせて12名の同心の他に年配の経験者である臨時の同心が12名、他に隠密周りが4名、計28名で江戸をパトロールするのだが、カバーすることはできない。これまた時代劇には「自身番」という言葉も出てくるが、これは江戸初期には地主が自らを守るために詰めた場所を指していたもで、次第に地主の代理人である大家が「店番」といってこの自身番に詰めるようになったと言われている。
この地主や大家は不審者や火事から町を守るだけでなく、店子からの家賃の中から一定の金額をお上へと納税する。また同時に「町人用」という積立金を行い、長屋が火事になった時の再建や道路の補修などといった出費に当てる経営者でもあった。勿論、「大家といえば親も同然、店子といえば子も同然」と言われるように、冠婚葬祭をはじめ住人の生活を丁寧に見てくれる相談相手であった。こうした町という小さな単位、コミュニティ運営の中心となっていたのが大家で、日常的な心配事や不安の良き相談者であったことから、江戸の「浮世」という人生観も育っていったということである。

ところで江戸時代はいわゆる「捨て子」がかなり多かった。世界に例をみない自然との共生社会であった江戸時代にあって、捨て子に対する人間としての引き受け方は一つの示唆があると思っている。その共生思想の極端なものが、江戸中期の「生類憐れみの令」である。歴史の教科書には必ず「生類憐れみの令」について書かれているが、多くの人は犬を人間以上に大切に扱えというおかしな法律だと思っている人が多い。生類とは犬、馬、そして人間の「赤子」を指していることはあまり知られてはいない。その「生類憐れみの令」の第一条に、捨て子があっても届けるには及ばない、拾った者が育てるか、誰かに養育を任せるか、拾った人間の責任としている。そもそも、赤子を犬や馬と一括りにするなんておかしいと、ほどんどの人が思う。江戸時代の「子供観」「生命観」、つまり母性については現在の価値観とは大きく異なるものである。生を受けた赤子は、母性を超えてコミュニティ社会が引き受けて育てることが当たり前の世界であった。自分の子供でも、隣の家の子供でもいたずらをすれば同じように怒るし、同じように面倒を見るのが当たり前の社会が江戸時代であった。

私たち現代人にとって、赤子を犬や馬と一緒にする感覚、母性とはどういうことであろうかと疑問に思うことだろう。勿論、捨て子は「憐れむ」存在ではあるが、捨てることへの罪悪感は少ない。法律は捨て子の禁止よりかは赤子を庇護することに重点が置かれていた。赤子は拾われて育てられることが前提となっていて、捨て子に養育費をつけた「捨て子養子制度」も生まれている。つまり、一種の養子制度であり、そのための仲介業者も存在していた。現代の「赤ちゃんポスト」もこうした発想と基本的には同じである。
私たちは時代劇を見て、「大家と言えば親も当然、店子と言えば子も当然」といった言葉をよく耳にするが、まさにその通りの社会であった。あの民俗学者の柳田国男は年少者の丁稚奉公も一種の養子制度であるとし、子供を預けるという社会慣習が様々なところに及んでいると指摘をしている。江戸時代にも育児放棄、今で言うネグレクトは存在し、「育ての親」という社会の仕組みが存在していた。この社会慣習とでもいうべき考え、捨て子の考えが衰退していくことと反比例するように「母子心中」が増加していると指摘する研究者もいる。(「都市民俗学へのいざない1」岩本通弥篇)

民話というハザードマップ、災害の伝承

今回の台風19号による豪雨災害、特に河川の洪水についてはハザードマップ制度に注目が集まったが、総務省は10年ほど前から全国災害伝承情報を集め公開している。例えば、
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2020年01月05日

正体見たり枯れ尾花  

ヒット商品応援団日記No754(毎週更新) 2020.1.5.


毎年元旦には主要各紙を読み大手新聞メディアは新年に当たりどんなテーマを掲げるかを読むことにしていたが、ここ数年ほとんどニュースにもならないような内容ばかりで辟易していた。ところが年末年始にかけて大きなニュースが飛び込んできた。周知の日産自動車の前会長ゴーン被告が日本を無断出国し、レバノンに身を寄せているという報道である。読売新聞の取材によればゴーン被告は木箱に隠れ外交特権を使い、プライベートジェット機で関空を出国し、トルコ経由でレバノンに入国したとのこと。また、元旦のTV番組でも日本の司法では推定有罪になるであろうとのゴーン被告の声明を使って、ゴーン被告を擁護するフランスメディアを紹介していたが、誰一人国際秩序がすでに壊れ始めているとの指摘はなかった。

周知のようにそれまでの政治・経済における国際秩序を壊したのは米国のトランプ大統領である。そして、今月末には英国のEU離脱が本格化するであろう。この2つのニュースについては当時欧米メディアを始め大手メディアの予測とは異なる結果が今日に至っている。つまり、混沌とした世界が地球上を覆っているということで、簡単に言ってしまえば「なんでもあり」の時代を迎えているということである。例えば、ゴーン被告は日本の司法制度を批判し、日本におけるこれからの裁判は成立しなくなる。国際法は存在するが、それも欧米圏は勿論のこと日本の司法もローカルな「法」に過ぎないということだ。ましてやレバノンという国家は周知のように、キリスト教、イスラム・シーア派、イスラム・スンニ派という3つの「権力」が混在する国である。身柄引き渡しなど日本との外交関係がどうなるかわからないが、推測するにレバノン政府が声明を出しているように「ゴーン氏の入国は合法である」という立場を変えることはないであろう。ほとんど報道されてはいなかったが、レバノン政府は以前からゴーン被告のレバノンへの入国を日本政府に要請していたという。

トランプ大統領が誕生した時、「分断と対立」が時代のキーワードであった。このキーワードは米国内だけのことではなく、国際社会全体に対してであったことを想起する。実はこのキーワードの先には「何が」あるかである。3年半ほど前になるが、未来塾「パラダイム転換から学ぶ-1」で英国のEU離脱の国民投票にについて、「グローバル化する世界、その揺り戻し」について書いたことがあった。戦後の一大潮流であったローカルからグローバルへの潮流に対し「揺り戻し」が始まっているという指摘であった。勿論、単に過去に元に戻ることではなく、”忘れ去られた何か、その復権、再登場、見直し”であり、そこに新しい価値を見出すことであった。
しかし、今回の「ゴーン被告の脱出劇」はローカル日本の「司法」とグローバルビジネスマンであったゴーン被告の「正義」との衝突で、しかもローカル日本では初めて本格的な司法取引に基づく起訴であった。そして、その裁判では金融商品取引法違反という一種の形式犯罪を入り口に3つの特別背任が争点になると考えられていた。春には公判が始まり、事件の争点が明らかになると考えられていたが裁判は行われないことになるであろう。私が興味を持っていたのは、日産自動車の再生を果たした「功労者」がその功労故に絶大な権力を手に入れたことによって起こる「問題」が明らかにされることであった。しかし、今回の事件に該当する刑訴法では、事件の被告は公判に出頭しなければ開廷できないと規定しているため、ゴーン被告が帰国しなかった場合、公判を開くことはできないこととなる。東京地裁はどんな判断を下すのであろうか、これもグローバル経営における日産自動車による「揺れ戻し」の中に生じた「衝突劇」である。

ゴーン被告の脱出劇で思い起こさせるのが、中国ファーウエイの副会長の逮捕であろう。周知の5Gの主役企業の副会長が米国の要請によりカナダで逮捕された事件である。イランとの金融取引を口実としているが、米国の通信技術の覇権争いがあることは多くの専門家が指摘していることである。米国政府はカナダ政府に身柄引き渡し請求をしてきたが、この1月には審理が始まる予定である。どのような結果となるか注目されるが、イランへの経済制裁に反するとして金融機関への嘘の申告をしたという罪による逮捕の衝撃と共に、孟被告は逮捕の数日後、1000万カナダ・ドル(約8億円)を支払い保釈され、電子監視装置の装着と旅券(パスポート)の提出が義務付けられたとのニュースであった。ゴーン被告との比較で言えば、パスポートの管理についてほぼ同じではあるが、GPSを使った監視装置をつけて勝手に出国できないようにした措置が取られたことである。この2つの事件に共通していることは日産自動車については日本と仏政府(ルノー)の主導権争いがあり、ファーウエイについては米中の貿易戦争の一つであり、共に「政治」が関与しているということである。

3年半ほど前の未来塾にも書いたのだが、グローバル化という「外」からの変化に対しては各国「受け止め方」「取り入れ方」は異なる。日本の場合、もっとわかりやすく言えば「外圧」となる。今回のゴーン脱出劇の第二幕はまず、欧米のメディアからローカルジャパンの歪んだ司法として徹底的に叩かれるであろう。確かに日本の刑事司法制度には問題があることは事実であろう。しかし、問題を外圧によって変えていくのではなく、自ら変えていくことが必要である。その「問題」を理由にゴーン被告の脱出劇が正当化されることではない。私は脱出劇と書いたが逃亡劇であり、立場が異なればどちらを使っても構わないが、明らかにすべきことは同じ世界である。その明らかにすべき世界とは日産自動車再生の功労者であるとも書いたが、どれだけの「痛み」を伴った「再生」であったかを今一度考えるべきであると思う。

その日産自動車のつまずきはバブル崩壊による高級車種の販売不振とグローバル化、つまり海外進出で特に英国での生産であった。ここでは詳しくは書かないが、赤字を出し続け、クライスラーやフォードに提携の打診をする。こうした交渉の間にも赤字は増え続け、最後の救済策を出したのがルノーであった。そのリーダーがゴーン被告であったということである。
こうして約2兆円の有利子負債を抱えて破綻寸前の日産自動車は1999年3月、仏自動車大手のルノーと資本提携する。元々ルノー自身が業績が低迷し、大リストラに辣腕をふるって再生したのがのがゴーン被告で、日産のCOOとして「5年以内に日産の再建を果たせなければ、失敗ということだ」と強調し登場する。後に再生の背景にあった脆弱な財務体質を不動産などの資産売却を通じ改善していく。
さてその再生の痛みであるが、村山工場(東京)など5工場の閉鎖、2万1千人の人員削減、系列取引の見直し……。これがゴーン被告がCOOとしてまとめたリバイバルプランであった。過去に例のない大リストラ策、当時コストカッターと言われ、経済界でもその評価は分かれていたことを覚えている。

こうした再生は功を奏しV字回復したことは周知の通りである。ましてや日産が開発先行してきた電気自動車時代を前にしてである。ルノー(仏政府)が支配下に置きたがるまでに復活し、同時に今回のような事件へと向かうのである。裁判で明らかにして欲しかったのは、「功労者」であるが故の立場を利用して特別背任など不正に利得を得てきたか否かを客観的に明らかにして欲しかった。このことは何よりもグローバル化、巨大化する企業にとって陥りやすい一種の「罠」を防ぐためである。
グローバル企業というとGAFA(Apple, Google, Facebook, Amazon)であるが。各社明確なポリシー、特に顧客市場に対し目指す理念を持っている。そうしたポリシーに共感して、従業員も集まり、顧客もビジネスとして納得して消費している。果たしてゴーン被告を始め日産の経営者は次の顧客市場に理念を持っていたのかどうか、ルノーと日産の保有株式の力関係に固執し政争の愚に陥ったのではないか、そうしたことが裁判で明らかにして欲しかったということである。

しかし、今回のゴーン被告のレバノンへの逃亡劇は「正体見たり枯れ尾花」と言われても仕方がない。以前から指摘されていたことだが、蓄財と節税に凝り固まった経営者という正体である。日本の司法制度の問題点を理由に「国際世論」を味方にして戦う姿は醜いとしか言いようがない。ゴーン被告が日産をV字回復した当時、「プロ経営者」「高い報酬に見合う人材」と、多くの経済ジャーナリストは褒め称えていた。確かに欧米においては経営者の引き抜きは日常茶飯事で、その条件の第一は高い報酬である。株を提供し、株価に連動した報酬をさらに盛り込んだ報酬制度が一般化していることも事実である。高い報酬を否定はしないが、分断と対立が深まる時代にあって必要とされることは依って立つ「持つべき理念」である。
日産自動車のV字回復における「痛み」について書いたが、ある意味それは第二の創業の痛みである。今なお苦難は続いており、更にゴーン逃亡劇もある。今すべきことは「変わらぬこと。変えないこと」を明確にすることにある。実は日本は世界でも類を見ないほどの「老舗大国」である。その筆頭である金剛組は創業1400年以上、聖徳太子の招聘で朝鮮半島の百済から来た3人の工匠の一人が創業したと言われ、日本書紀にも書かれている宮大工の会社である。世界を見渡しても創業200年以上の老舗企業ではだんとつ日本が1位で約3000社、2位がドイツで約800社、3位はオランドの約200社、米国は4位でなんと14社しかない。何故、日本だけが今なお生き残り活動しえているのであろうか。それは明確な理念を持ち続けてきたことによる。日産自動車の場合、第二の創業の原点として、その「痛み」を「変わらぬこと。変えないこと」として継承する努力を怠らないことに尽きる。(続く)  


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2020年01月01日

明けましておめでとうございます

ヒット商品応援団日記No753(毎週更新) 2020.1.1.



  


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2019年12月15日

案の定、いやそれどころではない落ち込みとなった   

ヒット商品応援団日記No752(毎週更新) 2019.12.15.

「社長からのお願いでございます」という店頭の貼り紙が話題となっている。「いきなり ステーキ」(ペッパーフードサービス)が深刻な売上不振に陥り、社長メッセージとして顧客に訴えた貼り紙である。昨年春以降、前年割れの売り上げが続き、その落ち込み幅が拡大し続けている。その原因としてはいくつか挙げられているが、やはり値上げが大きいと私は考えている。多くの専門店の失敗は値上げがほとんどであり、いきなり ステーキの場合はそのメニューに広がりはなく、新メニュー導入による価格改定=値上げという方法が取りにくい。そのため値上げは直接顧客の財布に向かい、客数減となって現れてくる。しかも、消費増税に向かう期間他の外食チェーン企業が新しいメニューの導入によって顧客の裾野を広げていったのに対し、極論ではあるが単なる出店数を伸ばしていただけである。吉野家もマクドナルドも、周知のように新メニューをどんどん投入し、顧客に向かい合っているのに「規模」の経営しかやってこなかった結果ということである。

消費のの動向については基本的には家計調査を使っているが、消費増税は日本経済の各分野にどんな変化を及ぼしているか、少しマクロ的な視点も必要ということから経産省による10月の商業動態統計の結果を読んでみた。発表された結果であるが、その落ち込み幅の大きさとどんな分野の販売が落ち込んでいるか、その内容にとにかく驚いたというのが実感であった。マスメディアは勿論のこと、ほとんどのメディアは消費増税後の「変化」について報じることはほとんどない。
まず商業販売額であるが、前年同月比▲9.1%、、小売業においては▲7.1%の減少であったとのこと。驚いたのはその業種であるが、まず自動車が▲4.0%の落ち込みとなっている。(この変化については後述する。)
百貨店・スーパー販売額の動向については百貨店は4265億円、同▲17.3%の減少、スーパーは1兆312億 円、同▲3.7%の減少となった。 商品別にみると、衣料品は同▲19.6%の減少、飲食料品は同▲1.4%の減少、その他は 同▲15.7%の減少となっている。
ちなみに百貨店の主力商品である衣料品であるが、その他の衣料品が前年同月比▲29.4%の減少、身 の回り品が同▲23.1%の減少、紳士服・洋品が同▲21.6%の減少、婦人・子供服・洋品 が同▲20.1%の減少となったため、衣料品全体では同▲21.6%の減少となった。
次にスーパーであるが、衣料品は、その他の衣料品が前年同月比▲19.7%の減少、身の回り品が同▲15.6%の 減少、紳士服・洋品が同▲14.8%の減少、婦人・子供服・洋品が同▲13.3%の減少となっ たため、衣料品全体では同▲14.6%の減少となっている。

さてどのようにこの結果を読み解くかである。まず、一番驚いたのは自動車販売でより詳しく見ていくこととする。日本自動車販売協会連合会と全国軽自動車協会連合会が11月1日に発表した10月の新車販売統計(速報)によると、総台数は前年同月比▲24.9%減の31万4784台と、6月以来4か月ぶりのマイナスになった。
10月に消費税が10%に増税されて初めての月次統計となったが、9月の総販売台数が12.9%増と駆け込み需要が顕在化していただけに、その反動が強く出たと言われている。9月の駆け込み需要がプラス12.9%増であったとのことだが、それほど大きな駆け込み需要はないと考えられていた。その理由としては今回の税制改革では登録車の「自動車税」が減税となるとのことであまり大きな影響が出ないと考えられてきた。しかし、より詳しく見ていくと意外にも駆け込み需要あ大きかったことがわかってきている。それは軽自動車に現れてきており、「軽自動車税」は据え置きとなったことによる。このため、軽自動車の新車需要は8月、9月と連続して2ケタ増と、駆け込み需要が強めに出ていたので、その反動も大きかったと分析されている。自動車のユーザーは極めてシビアに行動していたことが窺われる。

更に経産省のデータから各業界のデータをもう少し詳しく見ていくこととする。まず百貨店協会における10月の結果であるが、消費税率引上げに伴う駆け込み需要(9月:23.1%増)の反動に加え、台風19号 の影響による臨時休業や営業時間短縮などマイナス与件が重なり、売上高は▲17.5%減となっている。9月の駆け込み需要を考えると、ある程度頑張ったと言えなくはないが、その内容を見ていくと、国内市場(シェア93.4%)が▲17.7%減、インバウンド(シェア6.6%)は購買単価 がプラス(1.2%増)したが、円高基調の為替動向や米中貿易摩擦等の不安定な国際情勢が響き、 ▲13.8%減(256億円)と2か月ぶりに前年実績を下回っている。各店駆け込み需要を狙ったセールを組み一定の結果が得られたと考えられるが、インバウンドは7%弱と大きな比率を占めており、百貨店経営の大きな柱となっていることがわかる。また、商品別には予測通り衣料品は前年同月比▲21.4%とその落ち込み幅は極めて大きい。
百貨店とは異なる業態のSC(ショッピングセンター)はどうかと言えば面白い結果となっている。その結果であるが、10月度の既存SC売上高は、総合で前年同月比▲8.3%と前年を大きく下回った。SCも百貨店同様駆け込み需要を狙ったセールの結果から9月の売り上げは:+8.3%となり、大都市部のSCにその傾向が見られ、これも百貨店と同じ傾向であった。

ところで日常消費の柱となっているスーパーであるが、日本チェーンストア協会によるとスーパーの全店売上高は9751億円と、日数の少ない2月を除くと12年9月以来約7年ぶりに1兆円を下回った。部門別で見ると、衣料品が▲15.1%減(既存店ベース)、住宅関連品が▲7.2%減(同)と振るわなかった。軽減税率対象の食品も実は▲1.3%減となっている。
一方、コンビニはどうかと言えば、スーパーと比較しそのほとんどがFC店=小規模事業者ということから5%還元の対象となり、しかもキャッシュレスによるポイント還元プロモーションも加わり、小売業の中では一番落ち込みが軽かった業種である。こうした「お得策」と共に、店内飲食も持ち帰りも同じ8%とし、差額分2%についてはコンビニ負担という思い切った策が成功したと考えられる。小売はあらゆる機会をビジネスにつなげていくことが基本となっているが、コンビニ各社はまずは増税の第一の波を超えたと言える。

さて冒頭の「いきなりステーキ」に代表される外食産業はどうかである。消費増税前にアパレルファッション産業においては市場の再編が起きているといくつかの事例を踏まえ書いたが、いわゆる衣料品の落ち込みはその通りの数字となって現れているが、外食はどうかである。順調であった「日高屋」の既存店売上高は9月まで11カ月連続でマイナス。「大戸屋」も9月まで8カ月連続でマイナスとなっている。「長崎ちゃんぽん」のリンガーハットもマイナス成長と低迷している。増税後はどうかであるが、数字を見るまでもない。唯一壁を乗り越えたマクドナルドの10月はどうかと言えば、客数は落ちてはいるが、客単価の伸びによってプラスとなっている。

チェーン店ばかりでは消費増税による変化を100%読み取ることは難しいので参考情報として一つのレポートがある。危機が迫っていると感じた時しか参考としないのだが、今回は増税による危機がどの程度のものとなるのか考える参考情報として欲しい。それは嫌な言葉だが「倒産情報」についてである。帝国データバンクと東京商工リサーチの2つがあるが、主に帝国データバンクのプレスリリースを参考とした。
長いデフレ経済のもとでボディブローのようにじわじわと倒産件数が増えてきている。2019年上半期は3,998件となり、特徴的なことは飲食店事業者の倒産が過去最多のペースで推移してきていると指摘している。2019年の飲食店事業者の倒産は11月までに668件発生し、既に前年(653件)を上回った。過去最多となっているのは2017年の707件であるが、2019年はこのままのペースで推移すると通年の倒産件数は728件前後となり、過去最多を更新する可能性が高いと予測されている。また、大型倒産は少なく、負債1億円未満の倒産が全体の7割超を占めているとのこと。
ちなみに、消費税5%導入の1998年の倒産件数は18,988件、リーマンショックのあった翌年の時は15,646件、8%導入された2014年の倒産件数は9,731件となっている。消費増税の影響が本格化するのは2020年である。

さて、こうした「変化」が出てきているが、「消費税10%時代」をどう迎えるかである。いきなり ステーキのような規模の経営は論外であるが、市場の再編の向かい方である。先日、経営再建中の大塚家具が家電量販のヤマダ電機の子会社になるとの記者会見があったが、資金繰りに困っている大塚家具に対し増資分として44億円で合意したとのこと。つまり、別の見方をすれば子会社となった大塚家具の企業価値は44億円程度であったということだ。顧客が求めている家具を含めた新しい暮らし方への創造性など微塵も感じられないもので、そこには「顧客」は存在していない。市場の再編とは、顧客変化に対応してこそ意味がある。
「消費税10%時代の迎え方」をテーマに未来塾においてシリーズ化している。昔は流行った都心のビルであったが、今や老朽化し通りはシャッター通りとなっているが、その界隈だけは賑わっている。そんな「街」を大阪と横浜の2箇所観察してきた。何故、顧客は集まってくるのか、その発想・アイディアをレポートする予定である。(続く)  
タグ :消費増税


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2019年12月08日

2019年ヒット商品番付を読み解く 

ヒット商品応援団日記No751(毎週更新) 2019.12.8.


ブログの更新に1ヶ月ほどかかってしまった。ところで今年もまた日経MJによるヒット商品番付が発表された。少し前には新語流行語大賞も発表され、重なるものが多く、一種の時代が求めている空気感のようなものが色濃く示された1年であった。まず、その以下が日経MJによる2019年の主要なヒット商品番付である。

東横綱 ラグビーW杯 、 西横綱 キャッシュレス 
大関 令和 、 大関 タピオカ
関脇 天気の子 、 関脇 ドラクエウオーク
小結 ウーバーイーツ 、小結 こだわり酒場のレモンサワー

ところで新語流行語大賞は「ONE TEAM」の受賞者となり、日本列島を熱狂の渦に巻き込んだラグビー日本代表チームのスローガンである。日本チームの公式キャッチフレーズは「4年に一度じゃない。一生に一度だ。」の公式キャッチフレーズであったが、多くのにわかフアンを惹きつけたのはこの「ONE TEAM」であった。トランプ大統領の出現や英国のEU離脱に見られるように「分断」「自国(自分)主義」が世界に広がっているなかにあって、7ヶ国15人の海外出身選手を含む31人はリーチマイケル主将を中心に桜の戦士ONE TEAMとして結束し、快進撃を続けた、この「ONE TEAM」に強く共感したということである。
ちなみにノミネート語30を見てもわかるように以下となっている。

1.あな番(あなたの番です) 2.命を守る行動を 3.おむすびころりんクレーター
4.キャッシュレス/ポイント還元 5.#KuToo 6.計画運休 7.軽減税率 8.後悔などあろうはずがありません
9.サブスク(サブスクリプション) 10.ジャッカル 11.上級国民 12.スマイリングシンデレラ/しぶこ 13.タピる
14.ドラクエウォーク 15.翔んで埼玉 16.肉肉しい 17.にわかファン 18.パプリカ 19.ハンディファン(携帯扇風機)
20.ポエム/セクシー発言 21.ホワイト国 22.MGC(マラソングランドチャンピオンシップ) 23.◯◯ペイ
24.免許返納 25.闇営業 26.4年に一度じゃない。一生に一度だ。 27.令和 28.れいわ新選組/れいわ旋風
29.笑わない男 30.ONE TEAM(ワンチーム)

また、同じような傾向が日経トレンデイにおいても次のようなものとなっている。

【1位】ワークマン
【2位】タピオカ
【3位】PayPay
【4位】ラグビーW杯2019日本大会
【5位】令和&さよなら平成
【6位】ボヘミアン・ラプソディ
【7位】Netflix
【8位】米津玄師
【9位】ルックプラス バスタブクレンジング
【10位】ハンディーファン

複数重複しているヒット商品や注目したキーワードを見ていくと、やはりラグビーW杯となる。経済効果は4370億円に上ると言われているが、停滞。鬱屈した「社会」にあってひととき夢中になれたラグビーであった。初戦であるロシア戦では18.3%(関東地区・ビデオリサーチ)であったTV視聴率は徐々に上がり、準決勝の南アフリカ戦では41.6%にまて達し、周知のようににわかフアンという新たば市場をも生み出した。それは「ONE TEAM」というスローガン、いや私の言葉で言えばコンセプトがビジネス世界のみならず、スポーツ界は言うに及ばずコミュニティ・家庭に至るまでの各組織単位で最も求められているキーワードが「ONE TEAM」、つまり一つになることであったということだ。個人化社会と言うバラバラ時代に最も求められていることであり、例えばビジネス世界にあっては「心を合わせること」を目的にした全社運動会や小さな単位では食事会までコミュニケーションを通じ「一つになること」の模索が続けられている。戦後の昭和の時代は創業者がONE TEAMのリーダーとして引っ張ってきた。今なおそうした創業型リーダーシップ企業は大手ではソフトバンクとファーストリテーリングぐらいになってしまった。平成を経て令和になり、こうしたリーダー無き後の組織運営にあって、ONE TEAM運営が最大課題となっていることの証左であろう。単なる言葉だけのONE TEAMではなく、一人一人が固有の役割を持って31人が試合を創っていたことを実感させてくれたと言うことである。その象徴がトライとは縁のないポジションであったフォワート稲垣啓太が「笑わない男」として流行語大賞にノミネートされていたことが物語っている。にわかフアンを創ったのはそうしたONE TEAMの「実感」を提供し得たからであると言うことだ。

次にランキングされているのはやはり軽減税率やキャッシュレスに見られる消費増税に関するものであった。このブログを書いている最中に内閣府から消費増税後10月の景気に関する発表があった。多くの人が案の定と想定した通りの結果となっている。今回の増税による駆け込み需要は前回と比較し大きくはならなかったが、10月の家計支出は前年度と比較して5.1%のマイナスであったとのこと。しかも、前回の5%から8%への増税後の落ち込み幅と比較し、更に大きく落ち込んだとのことだが、どれ以上に深刻なのは、10%となった外食ばかりか最も日常消費される洗剤やトイレットペーパーなどの支出が減少していることだ。
また、10月の景気動向指数(2015年=100)速報値は、景気の現状を示す一致指数が前月比5.6ポイント低下の94.8だった。更に、内閣府が11日発表した10月の景気ウオッチャー調査では街角の景況感が急低下し、東日本大震災後の11年5月以来の低い水準にとどまった。つまり、足元の景気が減速感を強めていると言うことであり、どの指標を見ても暗いものばかりである。
そもそもキャッシュレスに注目が集まったのも、ソストバンクのPayPayをはじめ新たな決済サービス市場が誕生した背景には政府からの5%還元を含め各社のポイント還元プロモーションによるところが大きい。逆に言えば、「お得」に多くの生活者、特に若い世代が注目し、そのお得競争が生まれたのも消費増税に起因していると言っても過言ではない。

ところで昨年からブームとなったタピオカであるが、タピオカの原材料の供給が限られていることから来年春頃まではブームが続くと言われている。元々デニーズのデザートから生まれたティラミスやナタデココであるが、特にナタデココを流行らせたのは女子高校生でその「食感」の新しさから、食品メーカーをはじめ新食感の開発競争が生まれてきた。その中にはミスタードーナツのポンデリングなどがあり、今回のタピオカもそうした新食感メニューの延長線上にあると言うことだ。
ただ、こうしたトレンド型商品は必ずブームが終わり衰退する時がくる。例えば、2013年以降原宿に出店したポップコーンショップの内、5社ほど参入したが生き残っているのは「ギャレット」だけである。つまり、タピオカも来年後半にはかなりの店舗のメニューからなくなっていくことが予測されると言うことである。

ヒット商品番付にランクされた「令和」であるが、新元号の前後には大いに注目されたが、以降天皇陛下の即位の礼についても、TV報道ほど大きな話題になることはなかった。新元号自体そのものが一過性のものであり、日常使用のものとして生活の中に組み入れられてきたと言うことであろう。つまり、ある意味生活価値観を一変させるような「驚き」を持って迎えたものではないと言うことである。
一方、関脇にランクされた「天気の子」は新海誠監督の第7作として140億円と言う興行収入を挙げ、国内映画のトップを走っている。前作「君の名は。」から3年ぶりの作品であるが、ジブリアニメとは異なるもう一つの新海ワールドが確立されたと言うことであろう。ただジブリ映画が自然との共生や生き方、あるいは教育といった時代が求めるテーマを主軸としているのに対し、新海映画は若い世代の感性世界、デジタル感性を主軸としていることから自ずとその広がりは小さくなっていることがこれからの課題であろう。
また、小結に入った「ウーバーイーツ」であるが、海外でスタートしたハイヤーの配車サービス「Uber(ウーバー)」を応用した、新機軸の「料理宅配サービス」が人気となっている。多くの飲食店から選択注文できるアプリを使った新しいサービスで、配達パートナーにとっても自由な時間に従事できることから、飲食店にとっても配達パートナーにとっても、両者にとってプラスとなる新しいプラットホームビジネスとして急速に伸びてきている。しかし、こうした新しいシステムビジネスの場合、往々にして問題も出てきている。今回の問題は会社側からの一方的な配達報酬の改定にあると言う。配達パートナーは個人事業主として契約をしており、そうしたことから新たに組合が作られ活動している。こうした新規ビジネスにおいては、必ずこうした改善されるべき時が来る。ウーバーイーツもそうした曲がり角に来ていると言うことだ。

さて2019年を通して着目すべきキーワードとして言えば「感」が明確に出た年であった。SNSの「いいな」といった片言の言葉で評価される時代から、「感」が動かされる時代に向かったと言うことである。それを教えてくくれたのがONE TEAMというキーワードの受け止め方であり、消費増税における価格感による消費行動であったということである。勿論、タピオカもそうだが、益々上滑りなコミュニケーションには踊らされない時代を迎えたということである。実感という本質をどれだけ続けられるかがビジネスの課題になったということだ。(続く)
  
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2019年11月03日

嘘を見抜く眼

ヒット商品応援団日記No750(毎週更新) 2019.11.3.

食べログによる掲載飲食店への不当な有料会員店への要請が問題となっている。その「不当」とは実際に利用した顧客の評価を点数化し食べログのサイトに公開し、顧客はその評価の点数をもとに飲食店を選択するビジネスである。公取委もサイト運営という優越的地位の乱用ではないかと調査しているとも報じられている。実は2012年にも飲食店との間に介在する広告代理店による口コミの「やらせ」が問題となっている。当時、その「やらせ」の当時者であったのが東京月島のもんじゃストリートの各店で、食べログとの有料取引をしないと宣言したことがあった。この「やらせ」を行ったのは介在する広告会社であったとし、本質としての問題は先送りされることとなった。当時、私は次のような問題の指摘をブログに書いたことがあった。

『あらゆるものが過剰となり価値が下落する、そんなデフレ時代に対する着眼について書いた。案の定というか、すぐさま「食べログ」へのやらせ書き込みについて報道されていた。ランキング順位を上げる為の組織立った書き込みが、39業者に及んでいたということであったが、既に5年程前にもブログが急速に浸透拡大した時も、やらせブログを組織的に行なう新会社が出来ていた。』
更に、次のようにも書いた。
『こうした情報の消化不良がいたるところで起きている。それが単なる消化不良程度で済めば良いが、「食べログ」のやらせ問題のように、判断基準を丸ごとネット上のランキングサイトや口コミ等に求める生活者が圧倒的に多くなった。そして、スマートフォンの普及は更に便利な道具として身近な、いやスマホ依存症のような情況に至りつつある。簡単に言ってしまうと、情報リテラシーの課題になると思うが、過剰情報時代とは、活用すべき判断基準をなかなか持ち得ない時代のことである。結果、どういうことが起きるか、膨大な情報を前にして一見選択肢が豊かであるように思えるが、逆に限られた特定情報のなかの選択となる。つまり、特定情報への集中現象が多発するということである。』

8年近く前に書いたブログであるが、ここ数年更に過剰な情報が横溢する「間隙」を縫うような白でもなく、黒でもないような「まことしやかな情報」が増加の一途を辿っている。その白黒判別し難い情報の第1は顧客の声という「情報提供源」の不確かさである。特にネット社会の匿名性に因るところが大きいが、食べログに関するテーマを書いていたところ京都市の宣伝に関し問題が出てきた。その問題とは市を宣伝する内容のツイートを有償で依頼していたと京都新聞が報じたものである。吉本興業の芸人らが投稿したツイートには、広告主が市であることを示すような表記がなかったことから、Twitterなどでは「ステルスマーケティングではないか」という批判が相次いでいる。
ステルスとは「わからないように」目的を達することで、食べログにおける「口コミ」という顧客の声として活用していくということと同じである。つまり、一方的な広告ではなく、顧客に因る評価であることで、安心して使ってもらおうという意図である。情報の時代は1970年代のTVメデイアが主導してきた。新しいスタイルやトレンドを創造提案してきたという歴史がある。少なくともネットメディアが主導するまでは責任の所在を含めて情報源=広告主を明確にしてきた。今回の京都市の宣伝などもペイドパブ(有料パブリシティ)として明確に伝えれば問題はなかった。例えばTVドラマで使われる衣装についても協賛とか衣装提供として企業名やブランド名を明確にしてきていた。しかし、ネットメディアの浸透によってその明確さは匿名世界によって消滅しつつあるのが「今」である。
食べログを見てもわかるように実態を伴わない抽象的な「顧客の声」という名のもとに他店との有意差を作るという手法である。しかも、どのように評価点となるのかその仕組みも公開されてはおらず、これもユーザー側も飲食店側もブラックボックスのままである。

また、こうした情報に関する問題はネットメディアばかりでなく、TVメディアについても「やらせ」という情報の捏造が今なお見られる。古くは1996年~2007年に放送されたフジテレビ系列の生活情報番組。毎回、健康・からだ・食に関する様々な情報を紹介し、平均視聴率は15%前後と、安定した人気を誇っていた番組の一つが『発掘!あるある大事典』である。当時奥の専門家から「無意味な実験を行っている」「データの根拠が曖昧」などの指摘が上がっており、いわゆる「納豆ダイエット」事件が起きる。制作会社である関西テレビの内部調査により行ってもいない検査データと、被験者と無関係な写真資料を番組内で表示していたことが判明。さらには、教授のコメントまでもがスタッフの創作だと明らかになった事件で、周知のように番組打ち切りとなった捏造事件である。
ここまでのひどい捏造ではないかもしれないが、最近になってもレビ朝日は「やらせ」「不適赤」な選出があったと謝罪をしている。今年3月に放送された平日夕方の報道番組「スーパーJチャンネル」で“やらせ”があったと明らかにした。それは夕方の報道番組「スーパーJチャンネル」で、デフレ時代に注目されている業務スーパーの取材に客として登場した5人が、番組スタッフである男性ディレクターの知人であった。食べログにおける「顧客の声」の構図と同じであるが、食べログにおいては掲載されている顧客の声は「干支的」「恣意的」なものはどうかがブラックボックスになっているためわからないが、テレビ朝日の場合はちゅじんが客を装っていたという事実は完全に「やらせ」であろう。

虚と実、真偽、嘘と本当、それらが混在し、変化し続ける時代そのものへの戒めとして「リテラシー」が重要であるとしてきた。リテラシーを簡単に言ってしまえば「情報活用力」のことであり、情報の受け手である私たちが情報の真偽・重要さを見極める力を持つことが必要であるとしてきた。しかし、情報洪水の中でその見極めは極めて難しい。競争の原理から見ていけば、「わかりやすくする」ことが第一で、例えばトランプ大統領による「戦略用語」として「フェイク(嘘)ニュース」という言葉がツイッターを通じて世界中に拡散されている。この「戦略用語」という意味は、政治の常套手段である「敵を創る」ことを通して、自分の主張世界をより強固にするという意味である。結果生まれたのが「分断」「対立」であったことはその後の米国の政治状況を見れば明らかである。日本の場合はどうかと言うと、消費に関して言えば「嘘」がバレれば徹底的に非難され、休止、破綻、消滅へと向かう。2000年代に入り、つまり情報の時代が本格化する時代に起こったのが「情報偽装」であった。耐震偽装事件から始まり、前述の「発掘!あるある大辞典」のような「やらせ」という情報偽装、食品偽装としては船場吉兆の「ささやき女将」で話題となった料亭の廃業。「嘘」が明確になった時の消費者の判断で明確になった事例がある。2008年に工業用米・汚染米を食用米として偽装した三笠フーズが起こした事件である。その汚染米事件は、その後食用には使ってはいけない汚染米の使用を知っていて使った美少年酒造は破綻し、知らずに使ったがそれら全てを廃棄し、正直に記者会見を行った薩摩宝山(西酒造)は逆に正直であったことから見事に復活しヒット商品となった。こうした事象を見てもわかるように「正直」に信頼をおける社会がある。更にいうならば、精進料理を源にしたがんもどきのような「もどき」食品、ことなを変えればフェイク食品を食してきた。最近ではカニカマといったヒット商品まで生まれている。「嘘」と「フェイク」の世界をわきまえた日本人の精神世界をよく表した事例である。

さて、「嘘」を見抜く力とは、嘘がわかった時に明確に「消費」の判断・態度を下すと言うことに尽きる。少し前に未来塾「居場所を求める時代」の中でTV番組の一つに『ポツンと一軒家』(ABCテレビ制作)を取り上げたことがあった。日本各地の離れた場所に存在する一軒家に暮らしている人物がどのような理由で暮らしているのかを衛星画像のみを手がかりにした上でその場所に行き、地元の情報に基づいて一軒家を調査する内容である。NTV系のライバル番組『イッテQ!』を上回る17〜18%の高視聴率を得ているという。(ライバル番組『イッテQ!』は周知の通り、「やらせ」が発覚し謝罪した番組である。)
表舞台には決して出てこない暮らし、いや人生そのもへの興味関心が高まっていると言うことである。食べログとの比較で言えば、例えば評価点が低くても「あの頑固親父が好きだから」あるいは「自分が美味しい」と思えば利用し続ければよいのだ。食べログに評価点が掲載されていない飲食店を巡るのも面白いかもしれない。不確かな評価点から外れた中に新しい「発見」があるかもしれないと言うことである。そうしたオタクのような消費ではなく、まずは自身の食体験に信頼し自信を持つことである。それは情報が嘘であったとわかった時、二度と使わないことは言うまでもない。「便利さ」の罠にはまった自分を戒めればよいと言うことだ。そうした体験を重ね、白でなく、黒でもない、グレーな時代の知恵が磨かれていく。飲食店の側に立てば、「嘘」と「フェイク」の違いが分かっている顧客を信じるということだ。(続く)
  
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2019年10月14日

やはり始まった市場の再編 

ヒット商品応援団日記No749(毎週更新) 2019.10.14


前回のブログで「デフレが加速する、顧客が変わる」という増税を一つの契機とした市場の再編について書いた。そして数日後流通最大手のセブン&アイ・ホールディングは2019年3~8月期の決算を発表した。連結営業収益は前年同期比0.9%減の約3兆3000億円だったものの、営業利益と純利益は第2四半期としては過去最高となったと。同時に各事業グループの問題点を踏まえたリストラ計画を発表した。そごう・西武といった百貨店事業では5店舗の閉店と2店の営業面積の縮小、約1300人の人員削減。長年課題となっていたイトーヨーカ堂は33店舗において外部専門店との連携及び閉鎖を検討し、1700人の人員削減。また、稼ぎ頭であるセブンイレブンにおいては約1000店舗について閉鎖や移転を行うというリストラ案であった。

好業績のセブン&アイが何故リストラを行うのかと不思議がる専門家もいたが、報道に接し、やはり、なるほどなというのが素直な感想であった。好業績という良い時にこそ変わることが必要であるという一般論としての理解ではなく、これからのでフィレ経済を生き抜くには必要なものであり、しかもセブンイレブンにおける加盟店との対応についても柔軟性のない建前主義、悪くいえば巨大化した官僚主義的な組織への改革も意図されていると思う。
また、日本産業のリーディング企業であるトヨタ自動車も周知の事業環境の変化対応が遅れているとの危機感が豊田社長以下経営陣にあるが改革派遅々として進んでいないようだ。それは自動車メーカー間の競争もさることながら、自動車もIT化・AI化が進み、GoogleやAppleといった異業種との主導権争いなど厳しい事業環境にある。こうしたなか、労使交渉にもこの「危機感」の無さが露呈していると日経ビジネスは指摘している。その危機感とは「働かない50代」問題で、巨大化した組織にあって出世コールから外れた40代以上も肩書きはあっても部下はいない、与えられた仕事もそれほど大きくはない。それでも年収では1200万円を得ているから辞めることはない。これが肥大化した組織、「働かない50代」問題である。トヨタも早晩リストラを行わないと衰退の道を歩むことになるということである。

前回のブログで消費増税で一番影響を受けるのはアパレリ産業であるとし、ワールドを事例に挙げて、リストラ後の生き延びる道としてアウトレット事業に進出し始めたと書いた。同じようなアパレル企業のオンワード樫山についても少し触れたが、大規模な店舗閉鎖などが明らかになった。周知のように百貨店ブランドが主力商品となっており、オンワードの売り上げの66%が百貨店によるものとなっている。この百貨店自体の低迷と同様にオンワードの売り上げも低迷し、2019年2月期は前期比5.7%減の906億円であった。そして、日経新聞によればグループ全体で約3000ある店舗の2割、約600店舗を閉鎖すると報道されている。
こうした百貨店向け売り上げが大きい「バーバリー」で知られている三陽商会も2018年12月期の売り上げは前期比5.5%減の590億円、3年連続の営業赤字であった。他にも百貨店への比重が大きいレナウンも低迷していることは言うまでもない。

前回のブログを含め課題となっていることは一つの転換期を迎えているということである。その転換とは消費という側面から見ていくと成熟時代の新しいライフスタイルが求められていることであり、今回の消費増税はその新しいライフスタイルの構築を加速させていると理解すべきということだ。新しいライフスタイルの一つとなるために、生活者はもちろんのこと各企業は経営におけるそれまでの事業やメニューをゼロから見直しし、再編成・再構築を始めたということである。
つまり、コンセプトを変える、新しいメニューにチャレンジする、撤退もすれば店舗閉鎖もする。変わるために、時にリストラ・人員整理もする。場合によってはZOZOのように事業あるいは企業丸ごと譲渡する、ここ数年起きていることはライフスタイルの根幹を成す新しいライフスタイル価値の創造ということに尽きる。少し前になるが「デフレを楽しむ」「デフレを遊ぶ」というタイトルでブログを書いたことがあった。常態化したデフレをいかに楽しく暮らすかというライフスタイルである。
実は未だ食べに行っていないのでその評価はできないが、大手回転すしのスシローが寿司居酒屋「杉玉」という業態で新たな市場を開拓しつつある。数年前から郊外型の大規模店舗業態から、どう都市部に進出するか課題であった。勿論、安く食べてもらう、私の言葉で言えば「デフレを楽しむ」ための業態であるが、都市部への出店の最大課題は高い賃料のもとで安い寿司を提供できるかということであった。今回の居酒屋業態は大規模な設備も必要としない50席前後の中型店舗である。これも変わるための業態、一つの都市市場戦略ということだ。こうした新たな業態へのチャレンジはアパレル大手のワールドにおけるアウトレット業態への進出と同じである。「顧客が変わる」という危機感が新たな市場創造へと向かわせているということだ。(続く)  


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2019年10月06日

デフレが加速する、顧客が変わる 

ヒット商品応援団日記No748(毎週更新) 2019.10.6.


わかりにくい軽減税率とキャッシュレスポイント還元の二重の複雑さが説明され、さらにどのように買ったらお得かというこれまたわかりにくい報道がやっと終わった。マスメディアはわかりにくさをただ助長しただけで現場の困難さだけが残った。勿論、前回の8%増税の時のような駆け込み需要は起こらなかった。政府は住宅ローンに対する減税を3年延長したように「今」購入するお得はないように助成策を用意していたことも駆け込み需要は起きなかった理由の一つではある。せいぜい増税前のお得というと、あおり運転被害というこの時代ならではの自衛策からドライブレコーダーがヒット商品となったが、こうした安心を求める生活防衛商品が売れた程度であった。特にTV報道がそうだが、話題作りのための話題として無理に作った駆け込み需要でいくつか見られる程度であった。実は、駆け込み需要も起きないほど消費需要は弱いと言うことだ。

さて、10月1日を迎え、企業側の混乱が起きた。例えば、報道のように大手回転寿司チェーンのスシローの場合消費税10%がレジで抜け落ちるというシステム不備をはじめとした混乱である。複雑な軽減税率によるものだが、セブンイレブンのように事前にシステムの組み方を誤ってしまった単純ミスを含め、吉野家のように今なおシステム整備が追いつかないといった現状となっている。また、キャッシュレスポイント還元についても中小規模店の申請が9月6日までとなっていたが、それまでに申請しても受理できない政府内での準備不足が起きており、つまり10月1日からスタートすることができない不公平なスタートとなっている。本来キャッシュレスポイント還元の対象となる中小事業主や個人事業主は全国で200~300万店あるとされていたが、約50万店が申請しているが、その内23万店が作業中であるという。つまり、せいぜい10軒に1軒程度しかキャッシュレスポイント還元を取り入れていないと言うことだ。近隣の商店街を歩いたが「5%還元」の赤いホスターが貼られているのは極めてわずかで、この数字から見ても当然であった。このように政府・事業者ともに複雑な新消費税に追いついていない現実となっている。

こうした一種の混乱は時間経過とともに落ち着いていくと思うが、問題は景気の悪化、消費市場の今後である。既に私は「消費税10%時代」をどう迎えていけば良いのかというテーマで、未来塾を通じ昨年6月以降次のようにレポートしてきた。
第1回;「ロングセラー誕生物語とその成長」
第2回;「生き延びる商店街から学ぶ」
第3回;「コンセプト再考 その良き事例から学ぶ(1)」
第4回;「にぎわい再考 その良き事例から学ぶ(2)/大阪空堀と梅田裏中崎町」
第5回;「にぎわい再考 その良き事例から学ぶ(3)/東京高円寺」
第6回;「居場所を求める時代」
このように「消費税10%時代の迎え方」をテーマとしたのも、実は昨年末をもって6年間政府の内閣参与として政策助言をされてきた京都大学大学院教授である藤井聡氏が退任されたことから、やはり予定されている2019年10月の消費増税を進めるのだなと推測したことが背景としてあった。周知のように藤井聡氏は内閣府参与にあって今回の消費増税反対論者として知られているが、その論拠についてはブログにて公開されているので一読されたらと思う。

藤井教授をはじめ増税によって消費が落ち込むことが想定されているが、消費が落ち込むとは賃金が落ち込むということでもある。確かに一部の企業は好業績を得て賃金が上がったことはある。例えば、1998年4月の消費税5%導入の時、社会的にも注目されたのが「デフレの御三家」と呼ばれた日本マクドナルド、吉野家、ユニクロ、のような企業群であるが、各企業ともにコストダウンの方法において革新的なシステム構築によるものであった。更には、増税に対する顧客心理を踏まえたヨーカドー、イオンによる消費税分還元セールが大人気となる。また、マクドナルドによる半額バーガーも大ヒット商品となる。こうしてデフレが進行していくのだが、しかし、一方では18,988件もの倒産企業が出る。そして、周知のように「右肩下がりの時代」を迎え、賃金も下がり続ける。デフレは加速し、その象徴であるような企業群が続々と市場に参入する。アウトレット、ディスカウント業態(ドンキ・ホーテ)、エブリデーロープライス業態(OKストア)、ネット通販、100円ショップ・・・・・・・・。そして、2014年4月に新消費税8%が導入される。マクロ経済的には輸出額が伸びたおかげで景気は何とか持ちこたえたが、内需・消費は落ち込み、やっと2年ほど前から以前の消費水準に戻ったという状況である。勿論、米中経済戦争や中国経済の失速、あるいは英国のEU離脱など世界経済は曲がり角を迎え、外需頼みの時代ではない。

ところで今回の消費増税に対する企業側の迎え方はどうかといえば、ファストフードやファミレスなど大手飲食業界のほとんどは店内飲食もテイクアウトも同じ価格とし、店内飲食の場合の増税分2%を顧客に転化せず自社で処理する方向で臨んでいる。唯一店内飲食を10%にしたのは吉野家ぐらいである。吉野家の場合は春以降順調に売り上げを伸ばし、特に8月の既存店の売り上げが好調で、これは「特選 すきやき重」によるものであった。こうした好調な売り上げを背景に店内飲食とテイクアウトの価格を異なる方針としたが、さてどこまで持続できるか疑問が残る。
また、コンビニがそうであるように店内飲食10%、テイクアウト8%の表示は行うが顧客の自主的な申請に任せる方法がとられるように、基本的には顧客に増税分を転化せず、企業努力でコストアップ分として吸収する方法がとられた。

軽減税率のことから食品や飲食業が注目されてきたが、今回の消費増税で一番影響を受けるのがアパレル業界である。その象徴であるかのように「フォーエバー21」が日本市場から撤退すると報道された。経営難から破産したのだが、日本で言うところの民事再生による再建に向かうための日本市場からの撤退である。日本における消費動向を見誤ったと言うことだ。ただ単に安いだけでは持続する魅力にはならないという消費の実像を示しており、古着やフリマなどの需要は変わらず旺盛である。
ところで、大手アパレル企業であるオンワード樫山もこの2~3年の間に数百店舗を撤退すると発表があった。まだその詳細については明らかにされていないが、同じ大手アパレル企業であるワールドも数年前の撤退と同じ規模と想定される。そのワールドだが、10数年前ショッピンセンターのデベロッパーに「困った時のワールド頼み」と言われ、持っているブランド専門店を出店した婦人服大手である。結果、ワールドは数年前広げすぎた経営を再建するために数百店舗を撤退するというリストラを行っている。未だ再建途中であると思うが、そのワールドが他社のブランドも扱うアウトレット店の第1号をさいたま市西区にオープンさせたと報じられた。
実はアパレル業界では年に100万トンとも言われる在庫の廃棄が問題になっている。市場に余った服をブランドの垣根を越えて安く販売するのがアウトレットである。ワールドがこうした市場に進出するとのことだが、周知のようにフリマが数年前から急成長し、つまり個人間ネット取引が進み、2018年の市場規模は20兆円にも及んでいる。
更に言うならば、1980年代から1990年代にかけて一時代を創ったビギグループのブランド市場は2000年台以降縮小し続けてきた。そのビギグループも三井物産の傘下に入り、生き残りの道を海外に求めた動きも見られる。

つまり、市場が根底から変わりはじめたということである。市場とは顧客のことであり、顧客が更に変わりはじめたと言うことだ。ちょうど1年前の未来塾「コンセプト再考 その良き事例から学ぶ(1)」で新業態店「WORKMAN Plus(ワークマンプラス)」1号店を取り上げたことがあった。周知のように苦戦するアパレル業界にあって一人高業績を挙げている企業である。この新業態店のコンセプトを次のように未来塾で書いた。

『従来の高機能作業服専門店から、「かっこいい ウエア」へとコンセプトを磨いた新規事業の業態店といえよう。このことから本業である「作業服」も「おしゃれなワーキングウエア」へと変化して行く。本来であれば、ユニクロやguあるいはしまむらといったアパレル企業が取り組まなければならないジャンルである。こうしたワークマンのコンセプト磨きのきっかけもライダーによって創られたものであった。新たな顧客変化を受信し、その変化に応えたワークマンプラスとして、まさに時代と共にある事業の典型である。このことによって、利用顧客のみならず、人手不足で悩む建設業界など現場を抱える企業にとっても良きコンセプト変化、新たなスタイル提供となっている。』

この時の未来塾では東京新宿にある大正10年創業の老舗とんかつ専門店「王ろじ」を取り上げ、どのように時代に向き合うべきかその事例として分析をしている。この「王ろじ」の名物はカツカレー(とん丼)であるが、そのメニューを「とんかつ専門店としての原則は継承しながら変化にも応えていくポリシーを店頭の看板に掲げている。そのコピーは「昔ながらの あたらしい味」とある。増税によって更にデフレが加速していくことが想定されるが、どんな「あたらしい味」で顧客を迎えていくか、コンセプト事例として解説しているのでワークマンの新業態と共に是非ご一読ください。増税の是非論議は別にして、この増税は顧客に変わることを求めていることであり、それは我々にも変わりなさいと言うことでもある。(続く)
  
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2019年09月18日

未来塾(37) 「居場所を求める時代」 後半  

ヒット商品応援団日記No747(毎週更新) 2019.9.18.

今回の未来塾では作家五木寛之の「下山の思想」の時代認識を借りて、必要から生まれた規制や慣習から離れて自由でいられる居心地の良いお気に入りの「時間と場」という視点をもって中野の「昭和新道」と門前仲町の「辰巳新道」の2つの街を中心に街を観察してみた。成熟した時代のマーケティングとして「居場所」に着眼したレポートである。



若い世代の居場所 「令和新道」 大阪ルクアイーレ バルチカ

「居場所を求める時代」に学ぶ



「居場所を求める」というと、何か無縁時代の孤立した人間の居場所のことが焦点になってしまいがちであるが、生を受けてから死ぬまで人は居場所と共に生きる。その居場所は1980年代以降、生活の豊かさと共に多様化し、居場所を求めて街に漂流する少女たちのような社会問題もまた生まれてきた。少し前には川崎無差別殺傷事件の時には、自殺した犯人が極度の引きこもり状態にあり、いわゆる「80 50問題」という少子高齢社会の構造上の問題について書いたことがあった。こうした居場所を求めたがかなわず引きこもるという社会問題も多発しているが、ここではそうした社会病理ではなく、ある意味人間が持って生まれた「本能」、「生きるために必要な」居場所探しをテーマにした。

ところで居場所の違いについて世代論があるが、もう一歩踏み込んだものは現象面としては多く取り上げられてはきたが、その価値観の違い、時代の共有感の違いを指摘するマーケティングは少なかった。今の若い世代を草食男子とか、欲望喪失世代とか、揶揄することはあっても、価値観を踏まえたまともに消費を論じることは少なかった。せいぜい会社の上司との飲み会は極力避けるといった程度であった。しかし、いわゆる「部活」の延長線上の「ノリ」で、数年前から新しい飲食業態として表に出てきた「バル」を始め、時間無制限、持ち込み自由で、約100種類の日本酒を飲み比べできるセルフ式店舗など新しいサービス業態の飲食業態も出てきた。勿論、従来のような「酔う」ために飲むのではなく、仲間などと他愛もないおしゃべりをすることが目的である。そのためのメニューであり、スタイルである。私が知り得る限り、その中でも成功を収めているなと実感したのが前述の大阪ルクアイーレ地下の「バルチカ」である。これが消費の視点で求められている「居場所」である。

20歳代より上の世代、結婚したての若夫婦、特に男性に現れているのが「フラリーマン」と呼ばれる仕事を終え、そのままダイレクトに帰宅せず、ひととき「自由時間」を楽しむという現象について取り上げた。つまり、「夫婦」という家庭関係を結ぶことによる新たに生まれる「不自由さ」やストレスの解消策である。私はこの現象を「一人になりたい症候群」と呼んでいる。最近では、キャンピングというとファミリーで楽しむのが普通であるが、リタイアした夫婦が軽トラキャンピングカーで全国を回る「老後」に注目が集まっているが、さらに新たな注目が集まっているのが一人キャンプ「ソロキャンプ」が増えてきているという。悪く言えば「自己中」であるが、一人用のキャンプ用品に人気が集まっている。2000年代初頭、「ひとリッチ」というキーワードと共に「一人鍋」に代表される個人サイズの商品が飛ぶように売れた時があった。同じような傾向がまた到来しているのであろうか。いや、少し異なる「傾向」が出てきている感がしてならない。その異なる傾向とは、年齢を重ねるに従って強くなる「我が人生」への思いであろう。いささか古い流行歌であるが、武田鉄矢・海援隊が歌う「思えば遠くへ来たもんだ」(1978年)の世界であろう。”故郷離れて40年、思えば遠くへ来たもんだ”という歌詞に表現されているように、人生を振り返る「時」があり、その時を思い起こさせてくれる場所、それが居場所にもなる。

「下山」の発想

作家の五木寛之は著書「下山の思想」(幻冬社刊)の中で、「下山」の大切さを説いている。下りる、降る、下る、下がる、・・・・・どこか負のイメージがまとわりつく言葉が「下山」である。五木寛之は「下山」とは諦めの行動ではなく、新たな山頂を目指すプロセスであるという。若い頃の登山とは違って、下山は安全に確実に下りるということだけではない。下山の中に登山の本質を見出そうという指摘をしている。
登山と下山では歩き方が違う、心構えが違う、重心のかけ方も違い、見える景色は変わってくると書いている。

「居場所」とは、人生における登山下山の途中にあって、立ち寄るいわば山小屋、平たく言えば休憩所のようなものである。入学、就職、離職、結婚、子の誕生、家族を始め、シニア世代であれば病気もあれば社会問題となっている「80 50問題」もある。人生の節目となるような新しい関係を結ぶ時、期待と不安が入り混じることがある。所属した組織にあって、楽しいことばかりではない。パワハラや挫折は勿論のこと、苦しみもあり、時に怒り喧嘩もするであろう。そんな時に立ち寄る場所、そんな居場所こそ登山とは異なる下山の「歩き方」に気付くということである。過剰な情報がものすごいスピードで行き交い、ストレスが増幅する時代にあって、歩みを止め、ひと時深呼吸、今一度周りの風景を見渡し、さて次はどの道を歩こうか、そんな思いが生まれるのも「居場所」である。

記憶の中の居場所

ところで故郷は心の居場所として誰もが持っている場所である。例えば、物心ついた小学生にも故郷はある。その多くの場合故郷はまずは生まれ育ち学んだ小学校であろう。しかし、少子化社会にあっては周知のように学校は統合が進みどんどん廃校となっている。故郷は「思い出」の中にしかなくなっているのが今の日本である。
そうした時代の変化によって失っていく心の居場所であるが、ちょうど10年前NHKの「拝啓 旅立つ君へ」という番組が放送された。それはミュージシャンアンジェラ・アキと中学生との交流を描いたドキュメンタリー番組であるが、いじめや友人との確執、担当教師との溝、悪グループへの誘惑、誰もが一度は通る世界であるとはいえ、アンジェラ・アキの創った「手紙」に共感する中学生に、団塊世代である私もああ同じだったなと印象深く最後まで見てしまったことを覚えている。そのアンジェラ・アキの応援歌の一説に次のような詞がある。

「大人の僕も傷ついて眠れない夜はあるけれど
苦くて甘い今を生きている
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ああ 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は
自分の声を信じて歩けばいいの
いつの時代も悲しみを避けては通れないけれど
笑顔を見せて 今を生きていこう」

アンジェラ・アキが投げかける「ありのままの自分でいいじゃないか」とは、時に疲れたら少し休もうじゃないかと「ガンバラないけどいいでしょう」(2009年リリース)を歌った団塊世代の吉田拓郎のメッセージとどこかで繋がっている。中学生も大人も、情報の時代という凄まじいスピードに、生き方までもがからめとられてしまう時代にいる。過剰さは情報やモノばかりではない。生き方までもが知らず知らずの内に過剰になってしまう。つまり、登山でも下山でも道草ではないが時に休んでみよういうことである。

追いかけすぎることはいけないんだね
 この頃ちょっとだけ悲しくなり始め
 君に会えるだけでいいんだ幸せなはず
 自分のことを嫌いになっちゃいけないよね
 もっともっと素敵にいられるはずさ
 眩しいほどじゃなくてもいいじゃない
 気持ちを無くしてしまった訳じゃない
 掴めそうで掴めない戸惑ってしまう
 でも頑張らないけどいいでしょう
 私なりってことでいいでしょう
 頑張らなくてもいいでしょう
 私なりのペースでもいいでしょう  
  
「ガンバラないけどいいでしょう」 作詞作曲 吉田拓郎

自分確認の時代

家族から個人へ、という潮流は再び家族へという揺れ戻しがあっても、その方向に変わりはない。この個人化社会の進行は常に「自分確認」を必要とする時代のことである。その最大のものがSNSにおける承認欲求であろう。どれだけフォロワーを作れるか、「いいね」をどれだけ集められるか、ひと頃の騒々しさはなくなってはいるが、誰もが「承認」してもらいたい、認めてもらいたい、そんな欲求は変わらない。しかし、自分確認どころかネット上にもいじめや嫉妬は渦巻いている。しかも、今やネット上のSNSには虚像・虚飾でないものを探すのが難しいほどである。現在を「アイデンティティの時代」と呼ぶ専門家もいるように、実はこうした過剰な情報によって「私」が見えなくなっているからである。「私」というアイデンティティが鮮明にならない、他者から「あなたは〇〇よ」と言ってほしい、その一言で安心したい、そんな時代である。

そんな時代に生まれてくるのが2つの「記念日」市場、自己を褒め、ある時は慰めるといった「自己(確認)投資」市場。もう一つが他者との関係において生まれてくる「関係(確認)投資」市場。つまり、確認しないと不安になる、そんな新しい市場である。ひと頃「自分史」に注目が集まったが、一枚の写真であったり、前述の手紙の場合もあるであろう。いつかこうした「自分確認市場」についても未来塾で取り上げる予定である。

「回帰」という心の居場所

ブログでは何回となく社会に現れた「回帰現象」に着目してきた。この現象が起きる背景には、大きな壁が立ちはだかったり、今までとは異なる問題が生まれたり、一つの「節目」の時に現れてくる。2009年一斉に消費の舞台に回帰現象が出現したのも、周知のリーマンショックの翌年である。、大きな危機に直面した時、まるで揺れ戻したかのように「過去」に「自分」に帰ってくる、そうした傾向が強く特徴的に消費市場にまで出た1年であった。
実はこの「回帰」は心の居場所でもあり、悩みや挫折をひと時和ませてくれるものである。少し前にこの「回帰」とは無縁な事件が起きた。あの川崎無差別殺傷事件の犯人岩崎隆一のプロフィールであった。犯行後公開された犯人の写真は中学時代のもので、犯行当時は51歳でそれまでの社会との接点・痕跡がほとんど見えてこなかった。いわゆる「引きこもり」状態が長く続いた結果であった。この「引きこもり」とは私の理解でいうと、回帰したくてもできない状態のことでもある。幼少の頃両親は離婚し、叔父夫婦に預けられ育つという「家族」のない人生であった。心の居場所がないまま、人生を歩んできたということである。
この事件の場合は帰るべき「家族」を持たない環境であったが、周知のように内閣府の調査によれば引きこもりは100万人であり、その中心は40歳代、つまりバブル崩壊による就職氷河期の世代であることがわかっている。政府もやっとこの世代に対し、就業支援策を講じることになった。
話が少し横道に逸れてしまったが、家族を持たない人にも帰るべき居場所は沢山ある。例えば、養護施設を始め、ある意味フリースクールなんかも心の居場所になっているであろう。

「成熟」時代の登山と下山・・・・新しいマーケティングの物差し

「成熟」とは戦後の生きるための「モノ充足」を終え、生きるための物質的充足ではなく、生きがい充足を求める時代に入ってきたことを指す。それはモノ不足時代を超えてきたシニア世代固有のことではなく、モノ不足を経験してはいない若い世代にとっても「どう生きるか」というテーマが求められており、時代の大きな潮流は同じような傾向を示している。その証左であると思うが、昨年のベストセラーの一冊である「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎著)にも顕著に出てきている。実に80年前の児童書が漫画という読みやすくなったこともあって152万部を超えている。
最近ではあのイラストレーターの黒田征太郎が「18歳のアトム」(今人舎(いまじんしゃ刊)という絵本を出版し注目されている。周知のように手塚治の鉄腕アトムは歳を重ねないまま人間のために活動する。実は手塚治虫の「アトム大使」の初出版の時には異なる描かれ方をしていたとコミック原作者である大塚英志氏は指摘をしている。

『アトムは宇宙人から「きみもいつまでも少年でいてはいけない/今度会うときはおとな同士で会おう」と言われ、「おとなの顔」をしたパーツを与えられるのだが、この場面は手塚治虫自身によって削除されている』と。
今回の黒田征太郎の試みは、「おとな」の入り口である18歳のアトム、人間の命を与えられたアトムとして描かれている。勿論、それまでの超人的な力で地球を守ることができなくなるが、仲間となった人間の力を信じ、前を向く姿を描いた若い世代に向けた物語である。こうした物語づくりの着眼発想も、「下山」から見える日本の景色を表したものと言えよう。つまり、子供のままのアトムから大人のアトムへと変わることこそ下山の思想から生まれたものであろう。「18歳のアトム」という若い世代へ、どう生きたら良いのかというメッセージである。

「マーケティング」と言うと、どこか新しく市場を創ることから頂上を目指す「登山」をイメージするが、「下山」と言う着想から見ていったらどうなるであろうか。「居場所」と言う着想は、物質的な豊かさの先に見えてきたものである。これまでの「デフレからの脱却」、「新しい業態の模索」、「価格を超えるものとは」、「顧客視点のAI活用」・・・・・・・どれも必要なテーマではある。しかし、視点や発想を変えてみてはどうかと言うことである。少し前のブログに「デフレを楽しむ」と言う消費像をテーマに書いたことがあった。消費者にとってデフレとは楽しむことであって克服することではない、と言うことである。マーケティングがすべきことは、どう楽しんでもらうかが課題となると言うことであった。もっとくだけた表現をするならば「デフレを遊ぶ」と言うことである。従来の発想からは、例えば「お試し価格100円」と言う購入を促す試みを、「自慢価格100円」、あるいはいきなりステーキではないが「いきなり100円」とか、ニトリではないが「お値段以上の100円」とか、「安いだけの100円」とか・・・・・・・。

つまり、物を売る、サービスを売る、価格で売る、イメージで売る、こうした発想からどうしたら居場所がつくれるかを発想の根底に置いてみようと言うことである。遊び心、おもしろ感、おしゃれ、いい加減、お茶目、洒落っ気、ユーモア、それらをコンセプトに沿ってアイディア溢れたものにすると言うことである。
この未来塾で公開したビジュアルについてはできる限り参考になるようなものとしてきた。例えば、一度公開した店頭看板は大阪なんば道具屋筋にある食堂の写真である。専門とか、限定とか、ここだけ、といったありきたりの「違い」ばかりがマーケティングの中心にある時代から、ちょっと外れた発想である。いや外れたというより「何を言ってるんだよ」と言わんばかりの店の自負を感させるようなメッセージ「普通の食堂 いわま」が目に止まった。勿論、どんな「普通」なのかを確かめたくてランチを食べたのだが、「普通」のメニュー・美味しさであり、ボリュームも価格も大阪では普通であった。が、食後の満足感は「普通以上」であった。11時半に店に入ったが、次から次へと客は来店し、すぐに満席になった。なるほどな、自信の表現としての「普通」の意味ががわかった。これも「下山」的発想によるものと言えなくはない。

消費増税への対応にも「下山」の発想

10月の消費増税を前にして、ポイントを始めお得競争が始まっている。特に、政府の主導によるキャッシュレス決済では、このポイント競争が激化している。面白いことにこのキャッシュレス決済について大手コンビニチェーン3社は増税される2%還元分を即時還元、つまり実質値引きすることを決めたと発表があった。単純明快、消費者にとってわかりやすい「お得」である。理屈はいらない、その場で2%値引きしますと言うことだ。小売業的発想であり、軽減税率という複雑でわかりにくい、しかもポイント利用も事業者任せ、と言った消費環境にあって「お得」はわかりやすさが一番である。この「わかりやすさ」こそ下山的な消費理解ということだ。

ところで増税対策の一つが顧客の固定化・回数化利用を促進するためにポイントという「お得」手段は必要ではあるが、中長期的な視野に立てば今一度基本に立ち帰ることも必要である。つまり、下山的発想もまた必要と言うことである。顧客との関係はどうか、「お得」だけで長続きするであろうか? いや更に関係を強くできないだろうかと言うビジネスの基本である。
但し、これはビジネスの側の論理であって、顧客は、消費者は誰も囲い込まれたりすることを望んではいない。いいなと思うから回数を重ねるのだ。この原則を忘れてはならないということである。

成熟=豊かさの時代は多様な「居場所」にどう応えるかである

ところで「居場所」は下山的発想から生まれたと書いた。居場所とは、必要から生まれた規制や慣習から離れて自由でいられる居心地の良いお気に入りの「時間と場」によるマーケティングのことを指す。今回居場所文化というものがあるとすれば、中野の「昭和新道」と門前仲町の「辰巳新道」をその事例として取り上げてみた。再開発から外れ、マスメディアの注目を浴びることもなく、しかし文化は熟成してきた。戦後の東京にはいくらでもあった居場所であったが、今や数少ない一角となった。戦災を免れた東京の谷根千は観光地となり、吉祥寺のハーモニカ横丁が若い世代の人気スポットになったように、それまでの街の歴史から生まれた「文化」が顧客を惹きつけている。
東京高円寺を取り上げた時、その象徴としてスターバックスもタワーマンションもない地域であると書いた。暮らしやすい街として高円寺を観察したが、いわゆる古くからの喫茶店、落ち着くことはできるが決しておしゃれとは言い難いオールドスタイルの喫茶店も多く、実は地元の人にとっては居心地の良い場となっている。そのスターバックスも同じような標準化・規格化された店づくりとは別に席を予約できる業態、マイカフェサービス業態を銀座に誕生させている。これもお気に入りの場となるための一つの手法であろう。「豊かさ」とはこうした多様な「居場所」を創る時代になったということである。

「過剰」こそ見直すべき問題

「居場所」というテーマ・切り口で今という時代を街を見てきた。下山の発想、高速道路を降りて一般道を走ることを勧めたが、間違いなく消費増税直近の過剰な「お得競争」という景色が見えてきたと思う。過剰に重なり合った「お得」という皮を一枚一枚剥がしていくことを是非提言したい。それは今一度顧客を見つめ直すことであり、それ以外に「過剰なお得対策」はない。
消費増税まで1ヶ月を切った。軽減税率、キャッシュレス決済・ポイント付与など複雑でわかりにく制度が施行される。大手コンビニチェーンはキャッシュレスによるポイント付与ではなく、ポイント分をその場で値引きすると発表があったが、これは正解である。思い返せば消費税3%を導入した時、最初に会員に対して消費税分3%を値引きしたのはあのスーパーのオーケーであった。そして、3%から5%に引き上げられた時、消費税増税分2%還元値引きセールで圧倒的な顧客支持を得たのはイトーヨーカドーでありイオンであった。8%の時はどうであったか、激しい駆け込み需要が起き、その落ち込みの回復には多くの時間を要した。こうした消費増税に対する「消費反応」を見ていけばわかるように「わかりやすさ」が一番である。
今のところ大きな駆け込み需要は起きてはいない。過剰な広告ほどキャッシュレスも進んではいない。ここ数年の消費の潮流である「デフレを楽しむ」ことはますます拡大・進化していくことが予測される。勿論、このデフレを促進させているのは消費増税である。

引き算の暮らしと引き算の経営

実は駆け込み需要が無い点などこうした消費増税への消費者の対応については至極当然なこととしてある。顧客の側のライフスタイルの価値観が既に変わってきているということにつきる。シンプルライフ、断捨離、・・・・・消費増税から生まれた巣ごもり消費のキーワードが「身の丈消費」であった。こうした消費態度は10数年前からじわじわと浸透してきた。その消費は顧客自身が「過剰」を削ぎ落としてきたということである。つまり、バブル崩壊以降「足し算」から「引き算」の暮らしに進んできたということである。今回のテーマに沿っていうならば、顧客自身は下山途中にあるということだ。顧客は山を下りながら賢明な眼を持って周りの経済や社会、更には消費風景を見ているということである。
そして、居心地の良い休憩所ではひとときお金を使う。その代表的な若い世代・女性の居場所の一つがスターバックスであろう。スタバは生活に必要な休憩所では無い、好き、素敵、に代表されるような心理的な心地良さが女性を魅了している。ただし、居場所づくりに成功したスタバではあるが、今回の10%増税でどんな変化を見せるか注視したいと考えている。

飲食の場合、周知のように居場所には10%の税がかけられるが、テイクアウトは8%である。店内飲食の客数はどの程度減少するか、テイクアウト客は増えるのか、それとも変わらない客数となるのか、この差2%の意味・消費行動を分析したいと考えている。スタバを例に挙げたが、他の複合業種も同じ価値観の延長線上にある。マクドナルドも、吉野家も、勿論コンビニも、・・・・・・各社軽減税率に対し仮説を持って準備していると思うが、どのような結果が出るかによって、根本となる業態のあり方に変化をもたらすかもしれない。
つまり、削ぎ落としてもなお顧客が求めるものは何か、それをいち早く見出し確認することである。こうした削ぎ落としの消費にあって、大きな顧客支持を得ている商店街も商店もメーカーも厳然としてある。ただ、顧客の削ぎ落としに合わせて経営もまた削ぎ落とすということは基本である。何故なら、消費増税によって顧客の削ぎ落としは更に進んでいくことが予測される。従来のモノはどんどん削ぎ落とされていくが、今回指摘をしたように、こころの休息、道草が必要な時代となっている。勿論、これから居場所もまた変化していくと思う。どんな変化を見せていくかまた観察していくつもりである。
  
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Posted by ヒット商品応援団 at 13:25Comments(0)新市場創造

2019年09月16日

未来塾(37)「居場所を求める時代」 前半   

ヒット商品応援団日記No747(毎週更新) 2019.9.15.

今回の未来塾では作家五木寛之の「下山の思想」の時代認識を借りて、必要から生まれた規制や慣習から離れて自由でいられる居心地の良いお気に入りの「時間と場」という視点をもって中野の「昭和新道」と門前仲町の「辰巳新道」の2つの街を中心に街を観察してみた。成熟した時代のマーケティングとして「居場所」に着眼したレポートである。




消費税10%時代の迎え方(6)

居場所を求める時代

成熟時代の街もよう、人生もよう、
下山から見える消費風景


「中野」と言えば、JR中野駅北口に聳え立つ「中野サンプラザ」を思い浮かべる人は多い。その中野は今大きく変わろうとしている。中野のランドマークとして知られてきた中野サンプラザの老朽化に伴い補修か、それとも新たな施設の建築か、中野区民を中心に多くの論議を重ねてきたが、跡地には新たな施設を造ることが決まった。「何」をどうつくるか区民の声を聞き、それらを元にプロジェクトが動くこととなるが、いずれにせよ、中野駅中心の街が大きく変わることとなる。

中野サンプラザというと、日比谷の野外音楽堂や日本武道館と並び、コンサート会場として人気のある大ホールを有した施設であるが、その歴史を遡ると東京の街の再開発の歴史そのものであったことがわかる。中野サンプラザは1973年旧労働省所管の特殊法人だった 雇用促進事業団によって、雇用保険法に基づく勤労者福祉施設として建設された。正式名称は「全国勤労青少年会館」だった。
駅前という好立地であったこともあって利益が見込まれる施設であることから「株式会社まちづくり中野21」に52億9987万円で売却された。同時に設立された「株式会社中野サンプラザ」が2004年(平成16年)12月より運営を開始する。

この中野サンプラザと共に知られてきたのが中野サンモールという商店街である。駅北口からほぼ真北へ延びる全長224メートルのアーケード商店街で、約110店が営業している商店街である。このアーケードの先には中野のサブカル、中野ブロードウェイがある。今や秋葉原と共にサブカルオタクの2大聖地に発展したが、中野ブロードウェイはある意味寂れた商店街であったが、1982年に初めて周知の「まんだらけ」の1号店が出店したことから一大サブカルの集積地となる。まだ、当時の古い商店や倉庫などが残っているが、オタクの聖地らしく、独特な雰囲気が醸し出された空間となっている。

ところで、冒頭の写真はこの中野サンモールの東側に広がる一帯の写真である。「サンモール裏」といった表現で何度か飲食しに行ったことがあったが、実は正式な名称があって「昭和新道商店街」となっている。中野駅を背に、左側には中野サンプラザ、真正面には中野サンモール、そして右側には昭和新道商店街という構図である。
「昭和新道」という名称を誰がつけたか知らないが、物の見事にこの一帯を表している。そして、「新道(しんどう)」とは表通り(中野サンモール)に対し、新たにつくられた道であり、まさに横丁、路地裏、小路のことである。戦後造られた道ということもあって、道は合理的な直線で整理されたものではなく、曲がりくねった道ではないが、それでも画一的な小道ではない。こうした場所は戦後の東京には至る所にあったが、再開発の中で残ったところは少ない。

中野駅周辺はこれから先2030年代にかけて大きく変わると書いたが、南口には2棟の高層ビルが計画されており、またJR中野駅駅舎も変わり、南北通路と共に新たに西口という導線が出来、それまでのランドマークであった中野サンプラザから駅南側まで、中野駅一帯が新たな「街」として誕生する計画だ。街の変化は、住民が、そこを訪れる生活者やビジネスマンが創るものである。「何」を残し、「何」を変えていくのか、この中野エリアはそうした意味でわかりやすくその変化を見せてくれている。
勿論、「何」を残していくかの中心に、この「昭和新道」がある。

時代が求める「居場所」探し

ところで「居場所」とは何かであるが、それは2つの意味を担っている。1つは物理的な生活の場としての居場所であり、もう一つは心理的な「私」の場所としての空間。こうした2つの視点から時代を見ていくと、ある意味「豊かさとは何か」、「変化する豊かさ」が見えてくる。その象徴の一つが社会の基本単位、帰属する居場所である「家族」の変化である。1970年代以降家族で一緒にTV視聴していたお化け番組『8時だョ!全員集合』は1985年10月に終了する。それまで大部屋で生活していた家族は収入も増え豊かさと共に子供には個室があてがわれ、1990年代以降核家族と呼ばれるようになる。私の言葉で言えば、個人化社会が本格的に始まり、同時に多くの社会問題も現れてくる。
こうした従来の「家族」が心理的にも崩壊したのは1990年代初頭のバブル崩壊によってであるが、社会現象として現れてきたのは1990年代半ば以降居場所を求めて街を漂流する少女達であった。夜回り先生こと水谷修氏が少女達を助けるために夜中の街を歩き声をかけた時代である。家庭にも、学校にも居場所がなかった少女にとって、同じような「思い」をする仲間が集まる街、特に渋谷は自由になれる心地よい居場所であった。勿論、それは大きな危険をはらんだものであった。薬物中毒、・・・・・・・・少女達にとっての「自由」と引き換えに得たものは大きな代償痛みのあるものであった。当時流行っていたキーワードは「プチ家出」で、こうしたことは今なお続いている。

こうした社会的な問題の時代を経て、2000年代に入ると「隠れ家ブーム」が起きる。ブームの発端は、マスメディア関連の業界関係者が自分だけのお気に入り店として都心の六本木から少し外れた霞町近辺の小さな飲食店に集まったことから始まる。この隠れ家ブームの先には、キャリア女性を中心に「ひとリッチ」と呼ばれるおひとりさま歓迎のメニューが単なる飲食店だけでなく、海外旅行を含め多くのサービス領域まで広がることとなる。このように時代の変化と共に「居場所」探しは消費の中心テーマとなってきた。

今、働き盛りの世代、それも既婚男性が仕事を終え自宅にストレートに戻らずに一種の「自由時間」を楽しんでいる人物「フラリーマン」が増えている。これはNHKが昨年9月にこのフラリーマンの姿を「おはよう日本」で放送したことから流行った言葉である。
都市においては夫婦共稼ぎは当たり前となり、夕食までの時間を好きな時間として使うフラリーマンであるが、書店や、家電量販店、ゲームセンター、あるいはバッティングセンター…。「自分の時間が欲しい」「仕事のストレスを解消したい」それぞれの思いを抱えながら、夜の街をふらふらと漂う男性たちのことを指してのことである。
実はこうした傾向はすでに数年前から起こっていて、深夜高速道路のSAに停めた車内で一人ギターを弾いたり、一人BARでジャズを聴いたり、勿論前述のサラリーマンの聖地で仲間と飲酒することもあるのだが、単なる時間つぶしでは全くない。逆に、「個人」に一度戻ってみたいとした「時間」である。私はこうした心理を「一人になりたい症候群」と呼んでいる。いわばひととき「自由人」である。
1990年代後半、街を漂流した若い少女にとっても、フラリーマンにとっても、社会に生きる上での約束事・規則、あるいは常識も含めた「べき論」から離れたい心理は共に同じである。極端かもしれないが、プチ家出も、街をふらつくことも同じ心理ということだ。理屈っぽくいうならば、自分を見つめ直す時間が必要ということである。つまり、頑張りすぎないことが必要な時代であるということでもある。
最短距離を歩くのではなく、目的のない散歩といういわば「道草」が必要な時代であるということだ。

道草には横丁路地裏が似合ってる

「道草」とはたまには高速道路を降りて一般道を走ることに似ている。それまで目にすることがなかった景色が現れてくる。道草はそんな未知を楽しむことである。冒頭の中野の昭和新道もそんな道草のできる路地裏である。中野サンプラザが輝いていた時代も、中野ブロードウェイの衰退とサブカルの復興による賑わいも、また面白いことに中野ブロードウェイの先、北側には西武線新井薬師前駅につながる商店街もある。
前回の未来塾で取り上げた高円寺とは一駅新宿寄りの街であるが、同じ中央線沿線にも関わらず、街の生業は大きく異なる。高円寺が阿波踊りをはじめとした庶民文化が根付いた街であり、10もの昔ながらの商店街が今なお元気であるのに対し、中野は住宅地というより中野サンプラザや中野ブロードウェイといったテーマを持った商業施設の街という特徴以外には注目されることのない街である。南口にはアパートなどの住宅地もあるが、他には明治大学の中野キャンパスとオフィスビル・・・・・ある意味特徴のない街として話題になることもなく見過ごされてきた街である。

実は中野には街の激変の歴史が残る商業施設がある。あの中野マルイである。周知のように小売業としては1972年創業の丸井はこの中野駅南口が創業の地である。周知のようにDCブランド、ファッションのマルイとして一時代を画したが2007年に中野本店を閉店する。再び2011年1月にオープンするのだが百貨店型の商業施設から、いわゆるテナントの編集によるショッピングセンター方式への転換が図られた店舗運営とその商業構成となっている。ちょうど同じ中央線にある吉祥寺の百貨店の撤退と他の業態への転換と同じ構図となっている。ここでは百貨店業態の衰退について触れることはしないが、一言で言えばマルイもテナントによる賃料収入によって経営を行ういわゆるデベロッパー型小売業へと転換したということである。消費の変化を映し出すのが商業の本質であることを証明している。

また、中野が吉祥寺と同じ「構図」であると指摘をしたのも、吉祥寺駅北口に残るハーモニカ横丁、昭和の匂いのするレトロな飲食街が数年前から若い世代の「観光地」になっており、中野駅北口一帯の「昭和新道」と同じである。それまでの商業施設が「消費」によって大きく変わり、撤退や閉鎖、あるいは新たな業態や店舗が誕生し、街も変化していく。そうした変化を促す「消費」にあって、吉祥寺北口のハーモニカ横丁も、中野北口の昭和新道も、まさに「昭和」が色濃く残る一帯である。

ところで昨年秋から人気が急上昇のTV番組の一つに『ポツンと一軒家』(ABCテレビ制作)がある。日本各地の離れた場所に存在する一軒家に暮らしている人物がどのような理由で暮らしているのかを衛星画像のみを手がかりにした上でその場所に行き、地元の情報に基づいて一軒家を調査する内容である。NTV系のライバル番組『イッテQ!』を上回る17~18%の高視聴率を得ているという。無人駅の利用者を調査するTV番組もあり、表舞台には決して出てこない暮らし、いや人生そのもへの興味関心が高まっている。そうした意味で、今なお「昭和」を感じ取れる街は実は貴重なものになっているということだ。単なる懐かしさを感じ取る観光地としての「それ」だけではなく、「人生」探しが始まっているということである。つまり、人生には道草もまた必要である、ということだ。

「昭和」という飲み屋街

街は常に変化するものであると実感してきたが、これほどまでに変化の跡を残さない街も珍しい。まるで昭和時代にタイムスリップした街、昭和40年代の飲み屋街を再現したらこんな飲み屋街になるであろう、そんな映画のロケセットを歩くかのような街並みである。ロケセットという表現をしたが、実は戦後の東京の街にはどこにでもあるありふれた風景である。今や訪日外国人の観光スポットになってしまった。例えば、新宿ゴールデン街や思い出横丁、あるいは有楽町のガード下の居酒屋などは今や訪日外国人の観光スポットになってしまったが、ここ「昭和新道」を訪れる顧客がまだ昭和の人間であるところは珍しい。吉祥寺のハーモニカ横丁を比較事例に出したが、夜のハーモニカ横丁には若い20~30代が多く、顧客はといえば世代的には平成世代の他の地域からのいわば観光客である。昭和というレトロスタイルに新鮮さを感じ取りたい世代の街となっている。

中野ブロードウェイの東側の道筋であるふれあいロード一帯を昭和新道商店街と呼んでいるが、いわゆる商店街活動はほとんどなされてはいないようだ。ただ、この一帯の主とした飲食店のガイドがHPに乗っているので覗いてみると、スナック、Bar、立ち飲み、ギターで歌える店、小料理、パブ、・・・・・・業種的にはこうした店であるが、そのほとんどが小さなスナックで全体の半分以上を占めている。しかも歌えるスナックが多く、そういえば昭和40~50年代のスナックが皆そうであったことを思いださせてくれる。
昭和の人間にとって懐かしいBARの一つが「サントリーパブ ブリック」である。確か若い頃渋谷センター街のブリックで時々飲んだ記憶があるが、まだ中野には残っていることに少々驚かされた。サントリー系のカウンター中心のBARで木を多く使った落ち着いたオールドスタイルのBARである。今なお価格も安く多くの常連顧客に愛されているようだ。
飲み屋街ではあるが、最近話題となった「孤独のグルメ」Season7で紹介された焼き鳥の「泪橋 (なみだばし)」がある。店名の由来は店主が週刊少年マガジンに連載された漫画「あしたのジョー」のフアンであったことからつけたようだ。主人公矢吹ジョーが通うボクシングジムがあった山谷ドヤ街泪橋である。
そして、安くて美味しい立ち寿司横丁や中野にぎにぎ一本館といった立ち食い寿司の店が数多くある。勿論、スナックの多くを飲み歩いたわけではないが、この「昭和」はその名の通り「安い」が基本となっている。ただし、吉祥寺のハーモニカ横丁と比較し、情報的にはほとんどガイドされていないため、若い世代にとっては「閉じられた昭和」であり、観光地化には程遠い。ただ数年先には中野の街も大きく変わることとなり、その機に若い世代も閉じられたドアを開けるようになるかもしれない。

東京のザ・下町「深川」



江戸(東京)は周知のように東京湾を埋め立てて造られた都市で、江戸慶長年間に深川八郎右衛門が現在の森下町に本拠をおいて、深川村の埋め立て開発を始めたことに由来したとされている。
東京に長く住む人にとって「深川」は江戸時代からの歴史のある下町という認識である。地方の人の理解としては、江東区の隅田川までのデルタ地帯西半分を占めるエリアの総称として深川という名称を使う場合が多い。そして、現在では深川の中心の街としては門前仲町(地下鉄東西線、都営大江戸線)が挙げられる。その門前仲町の知名度は江戸三大祭りである浅草寺、神田明神、そして門前仲町には富岡八幡宮がある。更には成田山新勝寺別院があり多くの参詣客が訪れることから知られた地名となっている。
その成田山新勝寺は天慶三(940)年と古く、平将門の乱を平定する祈禱所としてつくられたが、武士の間では知られていたものの江戸っ子にはあまり知られたお寺ではなかった。しかし、元禄十六(1740)年に成田山が深川八幡で「出開帳」という出張をする。ここから成田山ブームが起き、江戸で当代一の人気者、初代市川団十郎も成田山を信奉し、団十郎人気と相まって大人気となった寺である。(ちなみに市川団十郎の成田屋という屋号もここから由来している)
この成田山新勝寺別院に向かう参道があり、その両側には浅草寺の仲見世のような飲食店やお土産を販売する店が並んでいる。浅草寺と成田山新勝寺別院を単純に比較することは難しいが、浅草寺が平安時代に創建され鎌倉時代の「吾妻鏡」に出てくる歴史と比べ、成田山新勝寺も同じ平安時代の中期の平将門の乱から生まれたお寺である。深川にある「別院」の位置づけが、いわば出張の場であるという違いが大きく出ており、参道の長さや商店の密度、あるいは浅草寺には雷門というランドマーク・顔あり、深川のゲートには「人情深川ご利益通り」と書かれた看板があるだけとなっている。

もう一つの「昭和新道」

雷門から浅草寺に至る仲見世に較べれば小さなものだが、土産物店や露店が並ぶ。この仲見世の西側の外れの路地裏に「辰巳新道」がある。この辰巳とは江戸の東南(辰巳)の方角にあったことからで、当時は岡場所があって、遊女と並んで人気のある芸者がいたことから辰巳芸者という名前が残っている。そんな花街の風情を感じさせる一角である。
ところでこの深川門前仲町一帯も戦災に遭い、上野や新橋と同様闇市から街もスタートする。その闇市から生まれたのが辰巳新道である。この辰巳新道はわずか50メートルほどのまさに路地裏・小路で、小料理屋など飲み屋が30軒以上ひしめき合っているそんなザ・下町の「昭和新道」である。



写真は昼と夜の辰巳新道であるが、言うまでもなく夜の街である。中野の昭和新道の写真と比較するとわかるが中野がスナックの飲み屋街であったのに対し、辰巳新道のそれは小料理屋といった「和」の飲食店街である。
辰巳新道にも孤独のグルメで注目された「やきとりの庄助」もあるが、門仲にはやはり美味しい煮込みを食べさせてくれる大阪屋が一番とする煮込みオタクが多い。私の場合はそれほどのオタクではないが、神田淡路町にある東京で一番古い大衆酒場の「みますや」、新橋の「大露路」、秋葉原の「赤津加」、十条駅前の「斉藤酒場」・・・・・・なぜか吉田類の「酒場放浪記」になってしまうが、辰巳新道には地元の人たちから愛されてきた飲食店が多い。
深川門前仲町という狭い市場にあって、これほど「昭和」が圧縮されている街は珍しい。日本全国、昭和をテーマとした町おこし、文化起こしがあるが、中野の昭和新道のところでも書いたが、丸ごと映画のセットになってしまう、そんな路地裏である。

若い世代の居場所、「令和新道」

2つの昭和の「居場所」を観察してきたが、居場所を求めることはポスト団塊世代以上のシニア世代固有のことではない。前述のフラリーマンの一人になりたい「自由人症候群」という居場所を求める行動もあるが、もう少し若い20歳代もまた「集い合う居場所」もまた求められている。しかも、アルコール離れ世代と言われてきたが、アルコールの有無ではなく、目的は「場」そのものを必要としていることがわかる。その代表的成功事例が未来塾でも何回か取り上げた大阪駅ビル「ルクアイーレ」の地下にある「バルチカ」という飲食街である。中でも今なお行列が絶えないリード役を果たしているのが「紅白」と「ふじこ」の2店である。1年半ほど前の未来塾ではその成功要因を次のように書いた。

『デフレが常態化した時代の「食」というキラーコンテンツには鮮明な「価格帯市場」とでも呼ぶに相応しい現象が現れている。まず新バルチカとフードホールについてであるが、バルチカ成功の先導役を果たしてきたのが入り口にある洋風おでんとワインの店「コウハク(紅白)」である。何回かブログにも取り上げているので価格だけを紹介すると、グラスワイン380円、名物の洋風おでん180円と極めて手軽な価格帯となっている。
この新バルチカでもう一店行列の絶えない店がある。前述の鮮魚店が経営する「魚やスタンドふじ子」も同様の安い価格帯となっている。店頭のサイン看板には「海鮮が安いだけの店」とある。
京橋では当たり前となっている「昼飲み」がここ梅田の駅ビル地下で推奨されているのだ。日本酒はコウハクと同じ価格の380円。
肴も380円を中心に200円台から高くても500円台。種類も豊富で店は若い男女で満席である。』

何事も体験してみないとわからないというのが私の方針なのでその「紅白」にも一人でカウンターに座った。勿論、定番のワインと洋風おでんを食べたのだが、周りの若い世代は「飲み食い」ではなく、ワイワイガヤガヤ「喋りまくる楽しさ」にお金を払っているということを感じた。30分ほどで異物であるオヤジは退散したが、いわば部活の後のミーティングといった感じであった。そうした「居場所」のハードルの第一は彼らにとっても財布との相談で「納得価格」ということであった。
もし、このバルチカにキーワードとしてネーミングするとすれば「平成新道」とでも表現したくなる。バルチカの誕生は平成であるが、予測するに「令和新道」として呼称されるであろう。そして、ルクアイーレの地下のバルチカも見事なくらい路地裏横丁である。
また、若い世代の居場所として以前少し触れたことがあったが、梅田お初天神裏参道も同じである。自ら「裏参道」というように、お初天神に向かう商店街の横丁路地裏の飲食街である。前述のバルチカと同じようなスタイル、露店・屋台風の店づくりで、これも若い世代の一つのスタイルとなっている。(後半へ続く)









  


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2019年09月11日

混乱税率の10月を迎える

ヒット商品応援団日記No746(毎週更新) 2019.9.11.

この1ヶ月ほどブログの更新が途絶えていたが、あと数日ほどで未来塾で今後の新しいマーケティングの発想をレポートする予定である。ただその前に10月に導入される消費増税は予測以上の混乱が待っている。この混乱をどう顧客に対し応えていくか書いてみたい。
半年ほど前にも今回の消費増税の問題点を指摘した。軽減税率とキャッシュレス化推進のためのポイント還元制度である。当たり前のことだが、税は公平さとわかりやすさが大前提となる。今回の消費増税はこの「わかりやすさ」が決定的に欠けている。いや、欠けているどころか税の負担感を少なくする「軽減」がこの「わかりにくさ」=混乱を招いているということである。更にキャッシュレス化を推進するために行うポイント還元もこのわかりにくさを増幅させている。こうしたわかりにくさを持ち込まないために、特に飲食業の場合店頭での店内飲食かテイクアウトかを確認することが推奨されているが、こんな手間のかかるオペレーションを避ける飲食店も当然出てきている。

まずコンビニやスーパーにおけっる店内飲食の場合、「店内飲食の場合はお申し出ください」といった掲示をしていれば、店員が客に店内で食べるかどうかの確認は不要。つまり、レジでは自己申告に任せることとなる。当然、顧客は店内で食べてもテイクアウトにおける税率8%ということとなる。以前指摘をしたように、想定される顧客とのトラブルを避けるためである。
例えば、牛丼のすき家の場合店内飲食の価格を値下げし、テイクアウトでも店内でも同一価格で提供すると発表されている。一方、吉野家やミスタードーナツは店内飲食は10%、テイクアウトは8%という税率価格を実施するという。また、ケンタッキーフライドチキン、マクドナルド、ガストの場合はすき家と同様の同一価格にするという。

こうした価格設定もさることながら、肝心要の軽減税率対応の「レジ」が不足し、10月実施に間に合わないという。政府は新レジ購入が契約されている場合は支援すると発表されているが、問題は新レジの初期設定もさることながら、レジへの商品登録の大変さである。
どんな小さな店においても最低でも数十、数百もの商品・メニュー登録が必要となる。それは商品内容の詳細を確認しながらの作業である。例えば、年末のおせちの場合「包装箱」の想定金額が一定以上占めている場合、税率は8%ではなく10%となる。何故、こうした軽減税率の受け止め方に違いが出てくるのか、その理由は経営の考え方にある。すき家の場合はわかりやすさと共に店内飲食の比率が大きく、こうした顧客を維持することが主眼となっているからである。つまり、出店立地の違いがこうした店内飲食、テイクアウトの同一価格になったということである。

さてこうした軽減税率の受け止め方の違いはどのような消費心理を招くことになるかという問題である。まず考えなければならない第一は、8%と10%の2%差を消費者はどう受け止めるかである。私は多くの商店街、特に活力溢れる中小の商店で構成される商店街を多く見てきた。江東区の砂町銀座商店街、ハマのアメ横興福寺松原商店街、吉祥寺サンロード・ダイヤ街、谷中銀座商店街、地蔵通り商店街、上野アメ横、・・・・・・・それぞれ特徴ある商いをしている商店街ゅであるが、推測するに軽減税率対応の新レジを準備している商店は極めて少ないと思う。政府の補助金を活用できるが、それでも数十万単位以上の経費がかかることとなる。
初めて砂町銀座商店街を訪れた時、ちょうど8%の消費税導入実地直後であったが、従来の内税方式で現金決済の商店でほとんどであったが、勿論増税分近くの値上げをしましたと店主は話してくれたが、増税による影響はほとんどなかったという。その理由はただ一つ、顧客との間に「会話」があるという一点である。これは単なる原理原則を言っているのではない。複雑でわかりにくい「税」による混乱は店側との生の会話によってのみ理解されるであろう。
こうした対話ができないチェーン店の場合はすき家のように同一価格にする、つまり値引きしてでもわかりやすさを優先する方法を選んだということである。こうした値引きはマクドナルド(一部商品は10円アップ)などでも同様でである。

しかもキャッシュレス化のための中小商店の申請が8月末時点では想定されている商店数の約四分の一程度であると言われている。消費者にとってポイント還元できるのか否か、更にはどの電子マネーの決済であるか、店や商品を選択する前に判断しなければならない。極論ではあるが、中小商店利用の場合自身が使いたいと考えている電子マネーに該当する店はかなり少ないということだ。つまり、キャッシュレスという便利なようで便利ではない現実を迎えるといことだ。そうしたことを含め、店頭での表示が重要となる。キャッシュレス申請店の場合、政府からポスターが提供されるが、そのことより重要なことは、今一度内税・外税を明確にし、顧客の側の選択しやすさに答えることが必要である。すき家のように値下げして店内飲食とテイクアウトを同一価格にするという「わかりやすさ」の表示のことである。

こうしてブログを書いている最中に吉野家はキャッシュレス決済におけるポイント還元には参加しないとのニュースが入ってきた。理由はシステム改修が間に合わなかったことによるとの発表であった。一応、自社ポイントなどを使った還元策を別途用意する予定であるとも。これで日本マクドナルドの7割のFC店がこのポイント還元策に参加することになる予定であるが、他の大手チェーン店であるすき家、ガスト、ケンタッキーなどは参加しないこととなり、つまり、キャッシュレス化はほとんど進まなくなったということである。あれもこれもとこの機に盛り込み、税の基本である公平さとわかりやすさが導入前から破綻してしまっているということである。

顧客接点である店も顧客も混乱混迷の10月を迎えることとなる。こうした状況にあって駆け込み需要など起こりようが無いということでもある。ただ、あと1週間ほど経過したらわかると思うが、アマゾンや楽天などネット通販への注文が一斉に出てくるであろう。ただ、出荷時点での税率適用のため、早めに注文することになるかと思う。TV報道のように百貨店における冬物のブランドコートなどを駆け込み購入していると言われるが、限定的で駆け込み需要では無い。
起こるのは戸惑いと混乱の10月になるということだ。(続く)  
タグ :消費増税


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