さぽろぐ

  ビジネス  |  札幌市中央区

新規登録ログインヘルプ


インフォメーション


【あなたへのお薦め記事】
QRコード
QRCODE
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 1人
プロフィール
ヒット商品応援団
「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2017年02月25日

衝突する仲間幻想 

ヒット商品応援団日記No671(毎週更新) 2017.2.25.

この1ヶ月間忙しさもあってブログの更新が出来なかったが、トランプ米国をはじめ国内でも築地市場の豊洲移転問題ををはじめとした多くの社会現象が立て続けに起こってきた。
昨年のブログでもオバマ時代の政策の真逆を進めるトランプ大統領(当時候補)は想定通り就任後大統領令を次々と発行し、それに反発するデモが米国以外の欧州においても行われていると報じられた。こうした一連のニュースの中でトランプ大統領の記者会見で大手メディアに対し「フェイク(偽)ニュース」であるとのコメントを連発していた。この「フェイクニュース」という言葉は「ポピュリズム」と共に今年度の流行語大賞にノミネートされても良いほどの時代のキーワードとなっている。日本とは少しメディア事情が違うようだが、米国民の多くはCNNテレビやニューヨークタイムスといった大手既存メディアから情報を入手するのではなく、その多くはネットメディア・SNSにある多くの情報(ニュース)サイトからと言われている。大手既成メディアは真実を語って来なかったという理由で、真実はネットメディア・SNSにこそあるというのがトランプ支持者の言い分であるとも報じられている。しかも、ツイッターのように140文字という短文ニュースはその短さもあって、人から人へと物の見事に拡散していく。

誰が言ったかわからない、発信者不明の噂やデマは日本においてもいくらでもあった。最近では昨年の熊本地震の時のライオンが動物園から逃げ出したというデマ情報がツイッターに投稿されたことがあった。そんな不安による問い合わせが100件を超えたと言われ、社会的影響から後に発信者が特定され警察に捕まったのだが。このような発信者不明の拡散メディアの時代とは、発信者と情報とが分離し、情報だけが一人歩きする時代のことである。
実は以前流行語大賞にノミネートされた言葉に「KY・空気が読めない」というキーワードがあった。ちなみにそれまでの流行語大賞は、
2004年度/「チョー気持ちいい」、「気合だー」
2005年度/「小泉劇場」、「想定内(外)」
2006年度/「イナバウアー」、「品格」
それまでの流行語はあっと驚く感嘆詞、劇場型、サプライズ的な過剰な世界を象徴したキーワードであった。しかし、KYは言葉になかなか表しにくい微妙な世界、見えざる世界、こうした世界を感じ取ることが必要な時代に生きている、そんな時代の最初の流行語であった。善と悪、YesとNo、好きと嫌い、美しいと醜い、こうした分かりやすさだけを追い求めた二元論的世界、デジタル世界では見えてこない世界を「空気」と呼んだのだと思う。
元々中高校生が日常的に「分かっていないヤツ」という意味で使っていた言葉である。面白いことに、翌年ローマ字式略語約400語を収めたミニ辞典「KY式日本語」が発売された。2007年の流行語大賞の一つに選ばれたKY(空気が読めない)も数年前から高校生の仲間言葉として使われていたが、出版元に寄せられた新語募集ではこのローマ字式略語が上位を占め、発売に踏み切ったとのことであった。ちなみに1位はKY、上位にはJK(女子高生)やHK(話変わるけど)といった言葉遊びが中心となっている。面白い言葉では、ATM、銀行の自動支払機ではなく(アホな父ちゃんもういらへん)の略語やCB、コールバックや転換社債ではなく(超微妙)の略語で若者が多用する言葉らしさに溢れている。

ところでKY語の発生はコミュニケーションスピードを上げるために言葉を圧縮・簡略化してきたことによる。既に死語となったドッグイヤーを更に上回るスピードであらゆるものが動く時代に即したコミュニケーションスタイルである。特に、スマホのメールなどで使われており、絵文字などもこうした使われ方と同様である。こうしたコミュニケーションは理解を促し、理解を得ることにあるのではない。「返信」を相互に繰り返すだけであると指摘する専門家もいる。
もう一つの背景が家庭崩壊、学校崩壊、コミュニティ崩壊といった社会の単位の崩壊である。つまり、バラバラになって関係性を失った「個」同士が「聞き手」を欲求する。つながっているという「感覚」、「仲間幻想」を保持したいということからであろう。裏返せば、仲間幻想を成立させるためにも「外側」に異なる世界の人間を必要とし、その延長線上には衝突という「いじめ」がある。これは中高生ばかりか、大人のビジネス社会でも同様に起こっている。誰がをいじめることによって、「仲間幻想」を維持するということである。

トランプ大統領が候補から大統領になってもなお、ツイッターによるコミュニケーションを取るのは単なるアンチ大手既成メディアだからだけではない。昨年トランプ大統領の戦略について書いたことがあったが、ヒラリー候補に勝つ唯一のチャンスがあるとすれば中西部の鉄鋼や自動車といった廃れた製造業の白人労働者に直接「声」をかけることだと。つまり、職場が崩壊し、コミュニティが崩壊したバラバラとなった労働者に、「アメリカファースト」という「仲間幻想」を呼びかけたということである。そして、この仲間幻想を継続させていくには、外側に敵(大手既存メディア)を作り戦うこと、しかもツイッターというネットメディアを使ってである。そして、この「つぶやき」を心待ちにしているのが陽があたることのなかったトランプ支持者である。政権を維持していくには不可欠なコミュニケーションということだ。勿論、アンチトランプを掲げる移民を中心としたリベラルな人たちもまた「移民国家アメリカ」という仲間幻想を持ってのことは言うまでもないことである。当然、分断国家米国はこれからもより亀裂が先鋭化していくこととなる。これが米国の実態である。

さてこうしたコミュニケーションの時代をどう考えれば良いのかであるが、まずフェイクニュースという嘘情報の対応だが、嘘は論外であるが不確かな情報、例えば最近ではDeNAのまとめ医学サイト「WELQ(ウェルク)」における不正確な記事や著作権無視の転用である。問題指摘のきっかけは、問題記事が転職サイトの広告に誘導するものであり、「クリック」というお金=広告至上主義のためのものであったことが判明したことによってであった。
インターネットの普及と共に、その混沌とした情報に向き合うために盛んに「情報リテラシー」が叫ばれてきた。情報を使う能力、その前にその情報が正確であるか、正しいものであるかの慧眼、願力を必要とする時代認識である。ある意味、残念だが騙されたという「痛い思い」を通じてしか成長できない時代にいるということだ。そして、「痛さ」から立ち上がるには、古臭い言い方になるが「他者」によってであろう。それこそKY、見えない世界を通じての優しさである。優しさの向こう側には他者への寛容さがある。トランプ大統領が引き起こした様々な亀裂は今まで見えなかっただけで、実は地中深く存在していたということである。

ところで亀裂が生まれる根源となっている仲間幻想の垣根が崩れるのは、敵という外側の人間による「聞く」という行為によってであると指摘されている。実は精神科医の基礎を作ったジャック・ラカンは患者の「理解してもらい、認めてもらいたい」という希望を「丁寧に聞くこと」が病を治すことだと言っている。トランプ大統領に代わる「聞き手」が求められているということである。それは競争相手であった民主党ヒラリー陣営を指しているということではない。まずは大手既成メディア自身が「つぶやき」を心待ちしている人たちにまずは「聞く」ことから始めるということだ。
KY語世代を日本語を理解していない、何も分かっていないと嘆くのではなく、ビジネス現場でも社会生活を送る上でも、まず「聞き手」に徹することから始めている筈である。「KY式日本語」という文脈(言葉の土俵)に沿って対話していくことも、「大人」には必要な時代だと思う。米国もまたそうあって欲しいということである。
こうした「聞く」ことを繰り返していくことを通じて、仲間幻想の垣根が崩れ、そして「嘘」か否かがわかってくるはずである。「事実」は立場や視点によって異なるものである。場合によっては真逆のことすらあることは、多くの歴史認識の違いとなって現れていることを知っている。性急に「事実」は何かを迫るのではなく、時間がかかってもまず「聞く」ことから始めなければならない。これが情報の時代の鉄則である。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:39Comments(0)マーケティング新市場創造

2017年01月25日

トランプ米国が動き始めた  

ヒット商品応援団日記No670(毎週更新) 2017.1.25.

トランプ大統領の就任演説後の反応であるが、米国内における自然発生的なデモに加え、口先介入によるペソ下落による経済打撃に揺れるメキシコを始めドイツや英国など主要各国で反トランプ運動のデモが270万人規模で行われたと報道されている。政権が変わるたびに反政権デモが行われるのは通例であるが、ここまでの規模は国際政治の素人である私も聞いたことがない。
トランプ大統領の就任演説を聞いた感想であるが、昨年12月「真逆の時代に向かって」というタイトルでブログに書いた通りの内容であった。140文字のツイートをつなぎ合わせた演説で、「オバマ政権」とは真逆の政策であると指摘をしたのだが、年が明け日本のメディアのトランプ評価もやっと「真逆」の政策が現実化されるのではという論評が増えてきた。ただ、新鮮味のなかった演説内容で気になったのが「アメリカファースト」の言葉とともに盛んに言われていたのが過去の米国の強さ・偉大さ・誇り・夢・・・・・・・を「取り戻す」という演説内容についてであった。いつ頃の、どんな米国を取り戻すのか、ということで、これからトランプ米国の「ディール・取引」の内容に関わるものであった。国際政治の専門家によれば「アメリカファースト」というキーワードが使われたのは1920年代の大統領選挙で共和党のウォレン・ハーディングが使ったキーワードであったと指摘していた。ちなみに、ハーディングのスローガンは「いつもに戻ろう("A return to normalcy”)」で選挙に圧勝した。その米国はいわゆる第一次世界大戦後の米国が「永遠の繁栄」と呼ばれる経済的好況を手に入れた時期である。鉄鋼を始めとした重工業の輸出、モータリゼーションがスタートし自動車産業が勃興する。ある意味「良き米国」「豊かな米国」を享受した時代である。そして、周知のように1920年代末にはウォール街大暴落を入り口にした世界恐慌が始まる時代である。
トランプ大統領がイメージする米国を「先祖返り」であると批判する専門家もいるが、ハーディング大統領がその後行ったブロック経済はトランプ米国の意志である保護貿易に酷似していることはいうまでもない。そして、そうしたブロック経済から第二次世界大戦へ向かっていく歴史を思い起こさせる。

ところで就任後、正式なTPP永久離脱、NAFTAの再交渉など今まで発言してきたことの実行段階へと進んできた。そして、為替や株式市場は就任演説が減税や公共投資といった政策の具体性を欠いたことから「トランプ相場」は落ち着いたようだ。東京の株式市場も円高、株安へと動いている。昨年のブログにも書いたが、加熱した「トランプ相場」の背景には減税と公共投資があると。更に、どこから財源を持ってくるのかという疑問符とともにである。
ところで1/23の日経新聞に面白い記事が載っていた。それは「「核心」米軍が債権者に敗れる日」という記事で、米国の財政状況は苦しく、ついに国防予算が国債利払いに追い越されるまでに至ったという内容である。つまり、減税や公共投資に必要な米国債の発行に対し買い手がつかないピンチにあるということである。そこでその買い手に日本をということは誰もが想像することである。既に昨年から米国債の一番の保有国である中国が米国債を売り始めている状況にある。トランプ大統領によるディール・取引が始まっているということが推測される。この取引には今まで言われてきた国境税のような関税をかける脅しや米軍の駐留費負担の増額、そうした中の一つに米国債の購入が入ってくるということである。勿論、TPPに代わる2国間貿易交渉でも多様なオプション(一律、品目別など)はあるものの高い関税がかけられることは必至である。そして、更に牛肉や米といった米国産商品の輸入拡大も当然迫られることになる。
1980年代から始まった日米経済摩擦を思い出すが、おそらくそれ以上の要求をしてくるであろう。当時、日本車をハンマーで打ち壊すニュース報道を思い起こし、あるいは米国内の自動車部品メーカーの部品を使えという要求もあった。今回はそれどころではない要求が始まると予測される。例えば、自動車であれば日本国内での米国車の販売数量が設定されるいわば「ノルマ」が課せられるような要求が出されるであろう。

トランプ大統領は就任演説の中で触れていた「忘れられた人々」である中西部の鉄鋼や自動車産業、白人労働者に復活を訴えて当選した。ビジネスマンであるトランプ大統領にとって、約束・契約した政策は実行されなくてはならない。民主主義社会で権力をとるのは世論調査ではなく、人々を投票所に行かせる動員力であることをビジネスマンとして熟知している人物である。こうしたトランプ支持層は低いとはいえ40%台も存在し、格差という不平等社会に対するルサンチマンを刺激することが最重要戦略となっている。だから、選挙中もこれからもこうした刺激を止めることはない。そして、その刺激ツールであるツイッターも止めることはない。それは権力を維持するためには不可欠な行動である。ある意味ネットメディアを使った直接民主主義と言えなくはない。それは就任演説でも述べられているが、権力をワシントンから労働者に取り戻すということの一つである。CNNをはじめとした既成のメディアをこれからも「敵」としていくことは言うまでもない。

いずれにせよ、トランプ米国が選挙公約を修正なしに実行するとすれば世界中が混乱することは必至である。NAFTAの再交渉が始まると報道されているが、米国への自動車輸入関税はゼロで、選挙中発言してきた35%にはならないと思うが、見直しされるのが域内での部品の調達率を定める「原産地規則」の見直しと言われている。そのポイントであるが、NAFTAでは乗用車の場合、部品の62.5%を域内で調達すれば関税が2.5%になる。そこで米部品メーカーが有利になるよう域内の調達比率を高める、そんな交渉が狙いであると言われている。こうしたルールの変更が今月末には話し合われると想定されている。そして、真っ先に影響が出てくるのが日本の自動車産業、部品メーカーである。ただこうした交渉テクニックではなく、本格的な国境税のような高い関税が実施されるようなことになれば、WTO違反であり、報復関税を招くなど貿易戦争に向かうこととなる。既にメキシコでは米国以外の輸出先の模索が始まっており、国民の消費レベルでは米国車の不買運動も始まっていると報道されている。

ただ、トランプ米国政府の主要人事が進んでおらず、政策の実行は大幅に遅れると言われている。また、共和党内部でも反トランプの議員はいるとも。上下院共に共和党が過半数を占めているが、数名の共和党議員が反対票を投ずれば政策は実行できないこととなる。
日本政府もそうした動きを見据えているとは思うが、日本と共に中国も貿易赤字の主要となる国であると名指しされているが、今のところトランプ米国からの赤字軽減のための「交渉」は見られない。いずれ表に出てくるであろうが、日本は中国の出方を踏まえて「交渉」すべきであろう。
「面従腹背」という言葉がある。うわべだけ上の者に従うふりをしているが、内心では従わないことを意味する音葉である。戦後日本は米国からの様々な要求に対し、根底にはこの「面従腹背」的な意志を持っていたと思う。米国従属との批判もあるが、敗戦国から少しずつ日本の国益ポジションを上げてきた70数年であったと思う。トランプ米国の誕生を機に、こうしたポジションから脱却し、正面から米国に向き合う時が来ているということだ。トランプ米国が最初に会う首脳は英国のメイ首相であると報道されている。米国と英国との自由貿易を柱とした新たなブロック経済圏ができるのではといった観測もあるようだ。また、為替も米自動車業界からドル高是正が要求されているとも。
トランプ米国がどんなディール・取引を求めてくるか、「真っ白な紙に絵を描く」ためにもじっくり見定めていくことだ。日本は周りを海に囲まれた島国である。地政学的にも古来から海道を通って多くの国と交流してきた歴史がある。渋谷のスクランブル交差点ではないが、コスモポリタンな国、それが日本である。スクランブル交差点が世界の観光地になったのも、外国人にとって「なぜ日本人はぶつからないのか不思議!」ということであった。そこにはぶつからない知恵や工夫があるということだ。トランプ米国の誕生は日本にとって変わることができる千載一遇のチャンスということだ。時にぶつかり、時に避ける自在な交渉がこれから始まる。そして、TPPというテーマが無くなったことは、一方では中国との関係を見直す時でもある。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:35Comments(0)新市場創造

2017年01月18日

未来塾(27)「パラダイム転換から学ぶ」 働き方が変わる(後半)

ヒット商品応援団日記No669(毎週更新) 2017.1.18.

バブル崩壊以降、産業構造が変わり、働き方も変ってきた。今回はそうした変化の象徴的な事例として電通の過労死事件という社会的事件を軸に経営・働き方共にどんな変化が求められているかを主要なテーマとした。

「パラダイム転換から学ぶ」

働き方も変わってきた
電通の過労死事件から見える
その「ゆくえ」


第12回(1998年)
 コストダウン さけぶあんたが コスト高

第14回(2000年)
ドットコム どこが混むのと 聞く上司 

第21回(2007年) 
「空気読め!!」 それより部下の 気持ち読め!!

第一生命「サラリーマン川柳」より



今一度、徒弟制度に着目

産業構造が変わり、仕事の場もさらに海外へと広がり、しかもオフィスだけでなく、自宅、あるいは移動中、といったように仕事の内容に従い多様となってきた。こうした「場」を問わない働き方は人口減少時代、特に生産年齢人口が減少する時代にあっては、主婦はもちろんのこと、定年後の高齢者もまた働くという多様な人たちが正規雇用・非正規雇用といった雇用形態を含めた多様な働き方として既に現実化している。
こうした多様な働き方を進めていくにあたり、業種や雇用形態の違いはあっても、仕事の進め方についてのマニュアルや業務指示書のようなものが個々の企業には用意されている。グローバル化すればするほどこうしたマニュアル類は不可欠なものとなってくる。また、品質を維持向上させるためには、現場を見守りチェックするためには「人」の派遣の他にインターネットを使った双方向のTVカメラによる品質管理も行われ始めている。「徒弟制度というと、何か前近代的なことのように思えるが、それは「学び」を通した成長の仕組みであって後継者を育てることを意味している。」と書いたが、この徒弟制度が生まれたのは近江商人による「人を育て、商売の成長を果たす」経営の仕組みであった。

その近江商人の心得に周知の三方よし」がある。近江商人の行商は、他国で商売をし、やがて開店することが本務であり、旅先の人々の信頼を得ることが何より大切であった。そのための心得として説かれたのが、売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし」である。取引は、当事者だけでなく、世間の為にもなるものでなければならないことを強調した「三方よし」の原典は、江戸時代宝暦四(1754)年の中村治兵衛宗岸の書置である。
行商を「新規営業」、他国を「海外」、更に世間を広く「社会」に置き換えても商売の本質は変わらない。10数年前にCSR、社会責任あるいはコンプライアンスというキーワードで企業倫理の仕組化が課題になったことがあった。既に江戸時代にあって、日本流CSRを実践してきたのが近江商人であった。

ところでこの「三方よし」には「人」を育て、一人前になると暖簾分けをして自立させるという、いわば企業の「成長」の仕組みが内在している。丁稚奉公という言葉はすでに死語なっているが、近江商人の奉公制度に「在所登り制度」(ざいしょのぼりせいど)がある。近江出身の男子の採用を原則とし、住み込み制をとったものである。出店は遠国にあるため毎年の薮入りはできない。12歳前後で入店してから、5年ほど経ってから初めて親元(在所)へ帰省できる。これが初登り(昇進)である。以後、数年ごとに登りが認められ、登りを繰り返していく。このとき、商人に向かないと判断されると解雇となる場合もあった。厳しい奉公であるが、一定の時期になると、別家を認める際の祝い品のなかには、たいてい暖簾が含まれている。別家とは独立のことであるが、祝いの中の暖簾を称し、「暖簾分け」とも言われている。その暖簾であるが、大切な屋号を長年の勤功と信用の証しとして与えている。そして、独立して出店することになるのだが、今でいう店長の勤務意欲を刺激するために、給料以外に利潤の一部を配当する制度もあった。こうして多店舗展開していくのだが、資金調達の方法として作られたのが、乗合商い(組合商い)と呼ばれる一種の合資形態をとった共同企業の形成であった。

こうした制度的なことも参考となるが、一番重要なことは「奉公」という考えで、今風でいうなら上司は兄であり、店主は親のような関係の中での働き方であった。厳しくもあるが、また愛情を持った「教え」であった。そして、奉公を長時間労働のように思われがちであるが、それは住み込みということからくるもので、実際はそうでもなかったようだ。そして、重要なことは、この教えは日々のコミュニケーションが基本となり、12歳ほどの少年である丁稚は「見様見真似」で覚えていくこととなる。現在の企業研修はマニュアルがそうであるように「理屈」から入り、体験といえばOJTをはじめとしたプログラムが用意されているが、基本は個人研修&労働である。そして、成果によって評価され、そこに自己責任という壁があり、愛情の入る隙間はない。そして、重要なことは「見様見真似」とは、「言われてする仕事」から自らその経験を踏まえた「考える仕事」へと向かうことにある。それは単なる技術習得のみならず、三方よしの「3つのよし」を成し遂げる意味を自ら会得することへと向かう。「自習」し、「自立」への道である。「世間よし」の世間とは奉公における「公」のことでもあり、高い倫理性を自覚する。これが仕事を通じた人間的成長、近江商人の言葉で言えば「登り」(昇進)となる。今回の電通における高橋まつりさんの過労死事件は、現場がどうであったかわからないのでコメントできないところがあるが、この「考える仕事」に向かう環境や仕組みが足りなかったのではないかと思う。

パラダイム転換によって変わる働き方

バブル崩壊後産業構造の変化に対応した雇用の変化が始まる。既に周知のことであるが、その最大の変化は非正規社員の増加である。言葉を変えれば雇用の多様化となる。デフレが本格化する1997年以降
正規雇用は減少し続け、2005年には3,300万人程度となっている。一方、非正規雇用者数は、94年に前年より減少した後、95年に1,000万人を超え、2005年には1,600万人程度となった。いわゆる約3人に一人が非正規雇用者となっている。
そして、これも周知のことだが、飲食業を始めとしたサービス業における非正規雇用の比率は高い。つまり、パートやアルバイトといった雇用が産業を支えているということである。これら内閣府によるデータは2005年度までで最近のデータによればさらに非正規雇用が増え、卸売・小売業・飲食業におけるパートやアルバイトの比率が高まっている。ちなみに最近の平成25年度のデータでは、正規・非正規の比率は63.3%・36.6%となっている。
この最大理由は人件費が軽減できるというもので、デフレが本格化した1997年以降如実な結果となっている。しかも、それまで増えていた世帯収入は右肩下がりになる。以降、価格競争は常態化する。そして、問題となっているのが正規・非正規における賃金格差である。



全パート社員を正社員へ

パラダイム転換期とは、経営する側にとっても、働く側にとっても、「常に仕事が変わる時代」であり、ある意味「常に創業期にある時代」での働き方となる。しかも、その変化は極めて早く、常に「制度化」は遅れてしまう。例えば、正規・非正規といった雇用形態の違いにおいても昨年政府もやっと「同一労働同一賃金」へと向かう方針がとられ始めた。
確か7~8年前になるかと思うが、生活雑貨専門店のロフトは全パート社員を正社員とする思い切った制度の導入を図っている。その背景には、毎年1700名ほどのパート従業員を募集しても退職者も1700人。しかも、1年未満の退職者は75%にも及んでいた。ロフトの場合は「同一労働同一賃金」より更に進めた勤務時間を選択できる制度で、週20時間以上(職務によっては32時間以上)の勤務が可能となり、子育てなどの両立が可能となり、いわゆるワークライフバランスが取れた人事制度となっている。しかも、時給についてもベースアップが実施されている。こうした人手不足対応という側面もさることながら、ロフトの場合商品数が30万点を超えており、商品に精通することが必要で、ノウハウや売場作りなどのアイディアが現場に求められ、人材の定着が売り上げに直接的に結びつく。つまり、キャリアを積むということは「考える人材」に成長するということであり、この成長に比例するように売り上げもまた伸びるということである。。

更には前回のブログにも触れたが、多くの外食産業、ファミレスやファストフード店で深夜営業から撤退する店舗が相次いている。既に数年前、牛丼大手のすき家はかなりの数の深夜営業店の閉鎖に踏み切っている。その時も問題となったのが、アルバイトによるワンオペ(一人運営)で、その労働環境の厳しさが指摘されていた。現在の外食産業は優れた厨房機器の開発により、調理という熟練の技をあまり必要としない。更には店内調理をあまりすることない調理済食品もしくは半調理食材によるメニューとなっている。こうした調理とともに食材などの店舗への搬入もシステマチックになっており、経験のないアルバイトでも十分やっていける店舗運営となっている。
しかし、深夜営業をやめる理由として「人手不足」を挙げているが、こうした業態の経営そのものが「やり直し」を命じられていると考えなければならない。東京に生活していれば知らない人はいない24時間営業の立ち食いそば店に「富士そば」という会社がある。富士そばではその経営方針として「従業員の生活が第一」としている。勿論、アルバイトも多く実働現場の主体となっている。そして、従業員であるアルバイトにもボーナスや退職金が出る、そんな仕組みが取り入れられている会社である。ブラック企業が横行する中、従業員こそ財産であり、内部留保は「人」であると。そして、1990年代後半債務超過で傾いたあの「はとバス」の再生を手がけた宮端氏と同様、富士そばの創業者丹道夫氏も『商いのコツは「儲」という字に隠れている』と指摘する。ご自身が「人を信じる者」(信 者)、従業員、顧客を信じるという信者であるという。
やり直しの事例は他にもいくらでもある。要は経営のやり直しはリーダーが働く者に耳を傾け決断すれば良い、そんな時代が本格的に到来したということだ。深夜労働が全て悪いわけではない。働いて良かったと思える「充実感」こそが問われているのだ。


パラダイム転換から学ぶ


電通の過労死事件を軸に、パラダイム転換期の働き方を考えてきたが、いわば経営全体の「やり直し」改革の中で働き方が創られ、「人」の成長が結果企業業績を左右していることがわかる。今論議されている「同一労働同一賃金」は製造業における時間単位で働く工業化社会の働き方の基本であり、これはこれで改善していくことが必要ではある。そうした工業化社会を経て、バブル崩壊以降情報とサービスの社会に転換し、しかも産業構造の転換期にいる。その本質は経営のやり直しで、新しい価値創造を目指した産業・ビジネスの中で「人」をどう生かしていくのか、また生きがいとまでいかなくても「充実」した「働き方」をどう創っていくのか、更にもう一人の「人」である顧客・市場の変化を視野に入れた「やり直し」となる。そのやり直しがまず直面するのが「生産性」という壁であろう。

AI(人工知能)によって働き方が変わる

情報とサービスの時代を牽引しているひとつが技術革新である。1990年代、製造現場で開発され使われてきたロボット技術は今日AI(人工知能)へと進化してきた。生産性という点では最も生産性の高い、人手に勝る革新である。
その象徴である日本製囲碁AIがプロの趙治勲九段に初めて勝って話題となったが、AIの活用分野は既に幅広く実施されている。周知の自動車業界ではgoogleとトヨタの自動運転技術などがその代表例であろう。面白いのは世界的な通信社のAP通信は、企業決算ニュースを中心に人工知能による記事の自動生成を活用している。よく言われているようにAI搭載のコンピューターは「人」に取って代わる時代がくるのではないか、そんな事例の一つであろう。人を支援し、社会の高度化を進める為に生まれたのがAIであるが、そんな技術革新にあって「人」がやるべき仕事として次のようなことが言われている。
1、ロボットを運用および教育する仕事
2、高度な接客を追求する仕事
3、芸術やスポーツやショービジネスの仕事
4、アイデンティティを追求する仕事
技術革新によって働き方が劇的に変わったのはやはりバブル崩壊以降の平成時代からであろう。特にインターネットの普及が生活の隅々まで活用され、その延長線上にスマホがあり、そのスマホはIoTによる生活家電という、つまりライフスタイルに必要なものにまで最適な心地よさを手に入れる便利な時代になった。しかも、音声対応という「人間らしさ」を持ってである。

単純化した労働はどんどん少なくなる

こうした傾向は既に1990年代から進み、製造現場の多くはロボット化され、いわゆる人手はロボットの管理運営へと移行し、働く人数はどんどん少なくなり、仕事の内容も高度化してきた。こうした製造現場だけでなく、ホワイトカラーと言われた事務系の仕事はコンピュータによって処理されそのほとんどで人手を必要としなくなった。それら全ては「生産性」という観点から推進され、どれだけ早く、どれだけコストをかけずに、精度高い均質な成果が得られるかである。
前述のように人手を必要としていた飲食業はどうなるのであろうか。原材料などは「わけあり商品」を探し、調理はどんどん自動化され、生産性の観点から、ワンオペ、一人回し、しかも家賃という固定費を考えると24時間営業し、・・・・・・・・「やり直し」というキーワードを使ったが、こうした「生産性」からこぼれ落ちてしまい、それでも顧客が求める「何か」へと転換しなければならないということである。既に何回か触れたことがあるが、競争環境にあって他にはない「独自」は何か、それは「人」であり、その人が紡ぎ出す「文化」である。今、老舗に注目が集まっているのもこうした背景からであり、その老舗は数百年続く店もあれば一代限りかもしれないが街のラーメン屋もある。首都圏の商店街を見て回ったが、活気ある商店街と衰退した商店街との「差」はまさに「人」の差にある。例えば、周りを大型商業施設に囲まれ、衰退するかの ように誰もが考えられた江東区の砂町銀座商店街には、個性豊かな「あさり屋」の看板娘や昭和の匂いのする銀座ホー ルには人の良い名物オヤジがいる。そうした多彩な「役者」が日々商売してい 商店街である。

「マッチング」という既にある異なる「何か」をつなぎ新たな価値を創る試み

こうした「人」の成長も、「文化」の熟成も多くの時間を必要とする。それではパラダイム転換期における働き方、仕事はどうすれば良いのか幾つかの着眼点がある。そのキーワードのひとつは「マッチング」である。例えば広告業界のようにビジネス主体が既成メディアではなく、Googleのような検索エンジンの側に移っていることは広告業界におけるパラダイム転換のところでも指摘をした。「検索」というと単なる探す手段であるかのように見えるが、この手段無くしては過剰な情報が溢れ出るネット世界を自由に使えない時代にいるということである。つまり、使う側、顧客の側に立ったビジネスということができる。このように使う側に立った時何が求められているかが分かれば、求める人と求められる人とを「マッチング」させるソリューションビジネスが生まれてくる。ただ、今までのような単なる紹介業ではなく、より求められることの精度を高め、ミスマッチを無くし、スピードを持って、勿論安く提供しあえればである。しかも、今まで無かった組み合わせによる市場は大きい。数年前に注目された不用品の「あげる、もらう」のジモティから始まり、ブランド品であればオークションではなく買取価格の精度が高いブランディアといったようにマッチングも進化し多様化してきている。

こうしたマッチングは今始まったばかりである。今注目されているマッチングの一つがベビーシッターの派遣である。東京をはじめとした都市部の課題であるが、託児施設を造ろとしても住民の反対や物件も少なく、更に土地の賃料も高く施設の建設費もかかる。しかも、保育士の資格者はいるものの他より賃金が安いこともあってなかなか募集しても集まらない。そんな休眠保育士と子供を預けたいお母さんの要望をネットでつなぐ安価な新しいサービスである。こうした身近で困っている問題解決にIT技術、ネットを介してつなぐビジネス。こうした解決ビジネスはいくらでもある。
こうした分かりやすいマッチングの他に、例えば異業種との組み合わせ、老舗とIT企業、国や言語を超えて。こうした未だかってなかったマッチングでの新市場創りに於ける「働き方」はどうかといえば、創造的であるために想像力が不可欠なものとなる。そこには今までとは異なる新創業となり、働き方もこれまでとは異なるであろう。それは働く時間に於いて既に出てきており、コア時間を守った自由な出退社時間、週休3日制、更には働く場は一切問わない、こうした自由な働き方になるであろう。前述のベビーシッターの派遣という方法もあるが、大企業だけでなく中小企業においても子連れ出勤のような仕組みを取り入れている場合もある。子連れの親が営業で外出していたり、手が離されない時、周囲のスタッフが代わりに子供をサポートする。昔の村の共同体・コミュニティで子供を育てるような、日本的なことを言えば「お互い様」の考えのもとに運営をしている企業もある。
一方、衰退してきた農水産業にIT技術を取り入れた試みが数年前から全国各地で始まっている。その一つが農業ハウスであるが温度や日照管理といったことだけでなく、肥料や水やりまで最適な生育環境を成し遂げ、人手をかけずに生産性も高い収穫量を得るといった新しい農業が始まっている。データ管理とその分析が重要な仕事となり、働き方も変わってきた。
また、廃れた石灰製造メーカーとぶどう農家とがコラボレーションして、石灰を使ってぶどう栽培に適した土壌改良を行ない、ワイン作りが高知で行なっていると報道されていた。どこまで美味しいワインができるか数年先楽しみであるが、このように従来の発想でのコラボレーションとは異なる、まさにマッチングの時代がきているということだ。

生産性を超えるもの

どんなビジネスも世界を市場としたグローバル競争にあって、「生産性」抜きでは成立し得ない時代である。それはどんな企業も他に追随を許さない唯一無二、固有の技術なり、他に変えがたい「何か」を持って競争している。しかし、この「生産性」を超えることは簡単なことではない。
前述のAI(人工知能)のところでいくらAIが進化しても人がやる仕事として、<4、アイデンティティを追求する仕事>があると書いた。アイデンティティ、自己同一性、もっと簡単に言ってしまえば、自己と国との同一性であれば日本人となる。つまり、日本人である「私」はどうであるかということになる。国を所属する企業に置き換えても、家族であっても、町であっても同様である。個人化社会にあって、個人労働が進めば進むほど、グローバル化が進めば進むほど、この属する世界の「理由」「らしさ」「一体感」が必要となってくる。最近、企業における運動会が盛んに行われるようになったのも、この一体感づくりである。国家イベントであればオリンピックもその一つであろうし、町起こしのB1グランプリも同様である。
また、1990年代、若い世代において「私って何!」更には相手に同意を求める「私って、かわい~い!」という言葉が流行ったが、相手に、社会に「認めて欲しい」欲求としてあった。今静かなブームとなっているパワースポット巡りや神社の御朱印帳集めなども、「私確認」の儀式の側面を持っている。つまり、「何か」にすがりたいという欲求である。

そして、このアイデンティティを求める先はやはり「人」に行き着く。人の手が加わらない仕事がどんどん増加していくに従って、つまり「人」という存在感が希薄になっていくに従って、逆説的であるが「人の存在価値」「自分確認」の必要が増大していく。
また、「人を感じさせるもの」が益々人気となっていく。「手作り」「手わざ」「伝承」、つまり「人の温もり」が感じられるようなサービスや商品がますます求められていくこととなる。例えば、看板おばあちゃんや頑固おやじがそうしたアイデンティティの代用となっていく。勿論、家族でもてなすレトロな「家族食堂」なんかが流行るのもこうした理由からである。生産性という世界とはある意味真逆な欲求である・

会社へのアイデンティティ、帰属意識と「働き方」という視点に立てば、労働時間や諸待遇の充実と共に、会社や所属チームとの一体感を踏まえた「働きがい」が必要となり、しかも自ら問い確認していく仕組みが必要となる。現在における生産性は一律的に「成果」「結果」によってのみ評価される。長時間労働の多くは会社から強制された場合もあり、勿論それらは論外である。しかし、その多くは、自ら長時間労働を行うことがある。何故、自らなのか、何故残業時間を過少申告するのか。それは、得られた「成果」に見合った生産性がないことを本人が一番知っているからである。あるいは周囲を見て、「申し訳ない」という思いからであろう。

お互い様精神

こうした「申し訳ない精神」は欧米の雇用契約概念にはない、ある意味日本的な考え方である。しかし、例えばプロ野球は個人事業主であり、個人労働であるが、同時にチーム貢献も評価されているように、数値化できないこともまた評価・貢献の要素となる。先発には先発の評価があり、中継ぎも抑えも、そして当然であるがバッティングピッチャーも異なる評価がある。そして、個人労働であってもチームとして勝負するのがプロ野球である。チームメンバーは互いに助け合うことが試合に勝つ前提である。申し訳ないという自己責任精神とともに、日本には「困った時はお互い様」という解決するための知恵は古来からあった。そうした会話が成立するように、どれだけお互いに丁寧に「人」を見ていくか想像を巡らしていくかである。アイデンティティという視点に立てば、経営者・管理職もそこに働く個人も、互いに足りない点を確認し合える仕組みが必要な時代を迎えているということだ。更に、何よりもこうした「お互い様関係」から新しいイノベーションも生まれるということである。

そして、パラダイム転換期とは常に変化し創業期でもあると、真っ白な紙に絵を描く経営になると指摘した。つまり、仕事は常に変わり、働き方にも正解は無いということでもある。電通という企業を中心に時代の変化に適応した働き方について学んでみた。その電通も責任を取って社長が代わり、どんな次なる電通を目指すのか見守っていきたい。
冒頭のサラリーマン川柳ではないが、これから始まるトランプ米国という激変の時代の「空気読め」である。そして、立ち向かっていくには、個人で1社で難しければ、お互い様精神で解決していこうということだ。





<お知らせ>
「人力経営」―ヒットの裏側、人づくり経営を聞く。新書756円
アマゾンhttps://www.amazon.co.jp/人力経営%E3%80%82―ヒットの裏側、人づくり経営を聞く%E3%80%82-mag2libro-飯塚-敞士/dp/443410800X
電子書籍版もご利用ください。
  
タグ :電通


Posted by ヒット商品応援団 at 13:49Comments(0)新市場創造

2017年01月15日

来塾(27)「パラダイム転換から学ぶ」 働き方が変わる(前半)

ヒット商品応援団日記No669(毎週更新) 2017.1.15.

バブル崩壊以降、産業構造が変わり、働き方も変ってきた。今回はそうした変化の象徴的な事例として電通の過労死事件という社会的事件を軸に経営・働き方共にどんな変化が求められているかを主要なテーマとした。

「パラダイム転換から学ぶ」

働き方も変わってきた
電通の過労死事件から見える
その「ゆくえ」


第12回(1998年)
 コストダウン さけぶあんたが コスト高

第14回(2000年)
ドットコム どこが混むのと 聞く上司 

第21回(2007年) 
「空気読め!!」 それより部下の 気持ち読め!!

第一生命「サラリーマン川柳」より


パラダイム転換というテーマを取り上げてきたが、その中でもライフスタイルの中核となっているのが「働き方」の変化である。上記の川柳はこの」「働き方」をテーマとした毎年行われるサラリーマン川柳の優秀作である。新語・流行語大賞と共に時代の空気感を映し出し、そうだなとクスッと笑えるのが川柳である。時代の変化として、1990年後半はデフレの時代らしく「コストダウン」は等しく各企業に迫った課題であり、「ドットコム」というインターネット時代の幕開けとそのためらいがうまく表現され、そうした時代の変化の波はダイレクトに現場「上司・部下」に襲いかかる、そんな「働き方」が川柳となっている。

和歌は貴族文化の季節行事として残っているが、庶民が本格的に言葉遊びを楽しみ始めたのは江戸時代の川柳であった。川柳という「遊び」だけであれば笑って済むのだが、現実の深刻さには笑うことができない、そんな時代の真ん中にいる。
この深刻な現実を象徴するような事例、ある意味社会的事件となったのが電通における過労死事件であろう。2015年12月に新入社員であった高橋まつりさんが社宅で自殺した事件である。この死が長時間労働による過労死として労災認定され、昨年10月以降電通本社・支社に労基法違反で強制調査が入った事件である。
昨年7月以降「パラダイム転換から学ぶ」というテーマで4回にわたって学んできた。その中でも転換のポイントであったのが、昭和から平成へと、日本の産業構造が大きく変わり、企業はやり直しを命じられた点であった。今回はこうした「働き方」変化に対応できなかった企業、そして働き方のやり直しに取り組んだ企業、この2つの事例を通じて学んでいくこととする。

産業構造の変化に遅れた電通

「パラダイム転換から学ぶ」(1)”概要編”では、戦後の大きな転換点であるバブル崩壊、昭和から平成へと向かう変化について考えてきた。その変化の概要について再喝すると以下のような変化となっている。

『戦後の日本はモノづくり、輸出立国として経済成長を果たしてきたわけであるが、少なく とも10年単位で見てもその変貌ぶりは激しい。例えば、産業の米と言われた半導体はその生産額は1986年に米国を抜いて、世界一となった。しかし、周知のように現在では台湾、韓国等のファ ウンド リが台頭し、メーカーの ランキングではNo1は米国のインテル、No2は韓国のSamsung である。世界のトップ10には東芝セミコンダクター1社が入るのみとなっている。 あるいは重厚長大産業のひとつである造船業を見ても、1970年代、80年代と2度にわたる「造船大不況」期を乗り越えてきた。しかし、当時と今では、競争環境がまるで異なる。当時の日本は新船竣工量で5割以上の世界シェアを誇り、世界最大かつ最強の造船国だった。しかし、今やNo1は中国、No2は韓国となっている。
こうした工業、製造業の変化もさることながら、国内の産業も激変してきた。少し古いデータであるが、各産業の就業者数の 構成比を確認すればその激変ぶりがわかる。
第一次産業:1950年48.5%から1970年19.3%へ、2010年には4.2%
第二次産業:1950年15.8%から1970年26.1%へ、2010年には25.2%
第三次産業:1950年20.3%から1970年46.6%へ、2010年には70.6%
*第三次産業におけるサービス業に分類されないその他は含まれてはいない。』
そして、その変化に対応するように働き方も「個人労働」=多元価値労働、多様な時代へと向かってきた。その価値観の転換を整理すると以下のようになる。

○平均値主義(年功序列)     →  □能力差主義(個人差、キャリア差)
○永久就職(安全、保身)   →  □能力転職(自己成長)
○肩書き志向(ヒエラルキー) →  □手に職志向(スペシャリティー)
○一般能力評価        →  □独自能力評価
○労働集約型労働         →  □知識集約型労働
○就職(他者支配)      →  □天職(自己実現)
○総合能力(マイナス評価)  →  □一芸一能(プラス評価)

ところで、戦後の産業の中で新たな産業として急成長したのが広告業界であり、その先頭を走ってきたのが電通であった。
その電通であるが、実は戦前からの企業であるが、戦後の新たな産業、日本経済の成長とともに収入も増えモノを求める生活者の消費に照準を合わせた「広告ビジネス」の今でいうベンチャー企業としてあった。このベンチャーのいわば創業者である吉田秀雄社長が掲げたのが「鬼十則」という電通マンの行動規範である。部分しか報道されていないのでその全文を載せることとする。

1、仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
2. 仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
3. 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
4. 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
6. 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
7. 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
8. 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
10. 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

敢えて全文を載せたのは、個人労働としての働き方とベンチャー企業ならではの働き方、社内外の競争環境下での働き方がよくわかる規範となっている。電通は戦前電報通信会社としてスタートしたこともあって、まるで記者が夜討ち朝駆けしてスクープを獲得するかのような「鬼十則」となっている。この文章からも分かるように長時間労働は社内風土として当たり前であったことがわかる。私も若い頃同じ広告業界に席を置き、電通とはクライアントとの間で競争してきたこともあり、その優秀さと取り組みの激しさを実感してきた一人である。



広告メディアの変容

ところで広告業界もまたバブル崩壊後大きな変化の波を受けることとなる。周知のインターネットメディアの登場である。自殺された高橋まつりさんもこのネットメディアの広告業務に席を置いていたことは象徴的である
というのも電通の急成長を促したのが戦後の新しいメディア、特にTVメディアへの取り組みで高度成長期を通じ収入が増え豊かな生活を新商品で埋めていく、そんな一億総中流時代にはTVメディアは最適なマスメディアであった。しかし、1990年代後半インターネットメディアが次第に生活者の生活そのものに浸透していくにしたがって、TVメディアを主体としたマス4媒体(TV、新聞、雑誌、ラジオ)の相対的価値が落ちていくこととなる。ちょうど消費においてもデフレの嵐が吹き始めた頃である。

広告業界も価格競争へ

当時デフレを代表する企業といえば、吉野家、日本マクドナルド、ユニクロ、そして楽天市場であった。「低価格」という一つの魅力の時代を創った企業である。こうした企業は顧客接点を持った専門店であったが、実は広告業界もまた裏側においては激烈な広告会社同士の価格競争が行われていた。それまでのマスメディアの価格設定はメディア側の定価に対し、一種の掛け率のような設定が行われ、メディアを仕入れる中間役の広告代理店が広告出稿するクライアントと相談して実勢価格を決めていくという方法であった。
しかし、この1990年代では特にTVメディアの場合がそうであるが、広告効果の一つの指標となるGRP(グロスレイティングポイント/総視聴率)という考え方が取り入れられ、広告代理店によるメディアの競争入札・コンペが行われるようになる。マス広告するエリアの大小によって異なるが、1GRP〇〇万円といったようにコンペが行われる。つまり、購入目標とするGRPを安く提示した広告代理店が勝って担当するということである。しかも、メディアと広告内容(CMなどクリエイティブ内容)の代理業務委託が分離され、より高い効率・効果を求める段階へと移行して行く。結果、メディアの取扱量が利益を左右する仕組みであった広告会社は経営を支える根底が崩れ、それまであった多くの広告代理店が破綻もしくは整理統合されていくことになる。そして、この価格競争に勝ち抜いたのも電通であった。

ところが、インターネットが生活のあらゆるところに浸透する時代におけるメディア価値は更に劇的な変化をもたらすことになる。それまでの一方通行型のTV広告におけるGRPという考えの広告から、無料を原則とした双方向型のネットメディアへ。しかも掲出した広告が何回クリックされたか瞬時に分かる仕組みとなり、そのクリック回数単位で価格が決まっていくことになる。つまり、視聴という「結果」に対する価格ということになる。しかも、効果がないと分かればある意味簡単に広告内容を差し替えることも可能となる。
そんな現代のメディア事情であるが、2015年ネット広告は1兆1594億円で全広告費の18.8%を占めるまでに成長する。ちなみにTV広告は1兆9322億円、新聞広告は5679億円でネット広告の半分ほどとなっている。この部署に亡くなった高橋まつりさんが席を置き、日常的に「結果」が求められる競争環境、しかも結果が出なければスピードを持って広告内容の変更を重ねていく、まさに個人労働の世界である。
・・・・・・結果、長時間の加重労働となり、しかも経験を持たない新入社員にとっては極めて過酷な業務内容・労働環境であったと推測できる。
ベンチャー企業、いや創業期の働き方

電通のように「鬼十則」という行動規範を定めた企業は珍しいが、町工場からスタートし、世界有数の企業に成長したソニーも、ホンダも、そして最近ではユニクロも、今日風にいえば創業期はブラック企業であったと言えよう。
例えば、電通マンにとって「鬼十則」があるように、ソニーにも創業者井深大氏、盛田昭夫氏以来、引き継がれているのが「ソニースピリッツ」。 誰も踏み込まない「未知」への挑戦を商品開発にとどまらず、あらゆる分野で実行してきた。
世界初のトランジスタラジオの開発以降、「トリニトロン」「ウォークマン」「デジタルハンディカム」「プレイステーション」「バイオ」「ベガ」「AIBO」…。日本の企業としては初めてのニューヨーク証券取引所に株式を上場。公開経営あるいは執行役員制の導入。新卒者への学歴不問採用等。多くの日本初、世界初のチャレンジを行ってきているが、その根底には、創業精神「他人がやらないことをやれ」という不可能への挑戦が、ソニーマン一人ひとりに根づいていることにある。与えられた仕事を朝9時から働き夕方5時には退社するといった、時間で働くといった働き方とは全く異なる働き方であった。研究開発ばかりでなく、営業もサンプル商品を持って世界各国に営業に回ってきたわけで、創業期とは昼夜なく、働いた時代であった。

昨年秋に創業期のリーダーとはどんな働き方をし、その働き方を社員が見て自らの働き方としたか、そんな「創業期の生き方としての働き方」について、ユニクロの柳井会長をはじめ次のようにブログに書いたことがあった。そして、何故創業者を取り上げたかというと、つまり「今」創業期に学ぶ必要があるのかと言えば、実は創業期には理想とするビジネスの原型、ある意味完成形に近いものがある。ビジネスは成長と共に次第に多数の事業がからみあい複雑になり、グローバル化し、視座も視野も視点もごちゃ混ぜになり、大切なことを見失ってしまう時代にいる。よく言われることだが、困難な問題が生じた時の創業回帰とは、今一度「大切なこと」を明確にして、未来を目指すということである。そのユニクロの柳井会長は昨年度の値上げの失敗を認め見直しを行うとの記者発表があったのだが、そんな創業者について、私が感じたことを以下のように書いた。

『デフレを認め、その上での価格戦略、値上げの間違いを認めていた点にある。その見直しを踏まえた転換へのスタートが「Life Wear」というコンセプトである。「人はなぜ服を着るのだろうか」というCMを見る限り、表現としてこなしきれていないためおそらく視聴者の評価は低いものと思う。私の受け止め方は、ある意味原点に戻って今一度「服」について考え直しますという意味の宣言だと思っている。ユニクロという社名にあるように「ユニーククロージング」を次々と発売してきた。最初があの「フリース」である。GAPの物真似であると揶揄されながらも、GAPのコンセプトのように、男女の差も年齢の差も超えた服として利用され大きな顧客支持を得た。以降、英国進出の失敗などあったが、新素材開発に力を入れた「ヒートテック」、ソフトな履き心地の「UNIQLO JEANS」、「ブラトップ」・・・・・・・・ある意味社名にある「ユニーク」な商品をどこよりも早く開発し発売してきた。こうした「ユニーク」商品の「軸」となるのが今回の「Life Wear」というコンセプトである。』
この「Life Wear」が柳井会長にとって、ユニクロにとって「大切なこと」としてある。つまり、ユニクロがユニクロである理由、原点がここにあるということである。
創業者であればこそできることがある。サラリーマン社長の場合は株主ばかりに目が行き、ストレートに問題に迫った見直しなどできない。電通の吉田社長も、私が仕事をさせていただいたダスキンの創業者鈴木清一社長も、隣のチームが担当しておりその働きぶりを聞かされていた日本マクドナルドの創業者藤田田社長も自らストレートに問題解決へと向かっていた。創業者亡き後はいわゆるサラリーマン経営者となり、悪く言えば「普通の会社」になってしまったということである。普通であれば、至極簡単に言えば自然に業績を下げることへと向かっていくものである。多くの専門家は経営におけるリーダーシップの欠如を指摘するが、オーナー創業者であればこそ、決断ができることがある。独断的・専制的に外目には見えるが、「普通」であったら成長などできないことを一番よく知っているのが創業者である。普通ではなかったからこそ「今日」があることを嫌という程骨身にしみているのが創業者ということだ。これは勝手な推測ではあるが、ユニクロに求められているのは第二の創業、もっと明確に言えば第二の「柳井正」が次から次へと登場することが待たれているということである。勿論、次なる「ビジネスの理想形」を構想でき、しかも実行できる胆力のある人物ということになる。

仕事内容は常に変わる時代

実は売り上げを見れば国内ではダントツNO1である電通も根底から変わらなければならなかったということである。その第一はメディアが従来のマスメディアからインターネットを活用したそれこそ多種多様なネットメディアに移行しており、メディアの対象が「マス」から「個人」となった時代である。そうした時代にあっては、広告代理業ではなく、自らがメディアを創り、個人と直接繋がる、そんなマッチングサービスを行うIT企業に転換しなければならなかったということである。極端かもしれないが、確か2006年にグーグルが動画投稿サイトのYouTubeを買収したが、これはそれまでのテキスト主体の検索連動型広告からYouTubeのようなユーザー参加型の動画サイトにまで手を広げ始めた象徴例であった。こうしたことの対応策として、マイクロソフトが動画検索技術会社の米blinkx(ブリンクス)と提携したことが報じられていた。既に時遅しではあるが、自社に動画検索技術がなければ買収でも提携でも良いし、こうした「次」のマッチング広告分野に本格的に進出すべきであった。

広告の進化は、まずマスメディア効果が相対的に半減した時代から、膨大な情報が交錯するネット世界のビジネスリーダーが検索エンジンへと移り、そこから新しい広告分野・マッチング広告が生まれ、更にテキスト主体のものから動画へと移行してきた。これがわずかここ15年ほどの間に一挙に進んできたのが現実である。そして、こうしたネット広告の世界は、旧来のマスメディア広告とは経営から働き方まで根底から異なる。少し極端な表現になるが、それはアナログ世界からデジタル世界への転換であった。電通もIT企業に変わらなければならなかったというのはこのことを意味する。

「今」という時代にあっても、創業期にあるという認識

そして、「時代の働き方」という言い方をするとすれば、「安定」とは無縁の時代であるということである。創業期の企業風土、特に精神風土をどのように「今」に変化させていけば良いのかということになる。
例えば、東京オリンピック2020における競技施設に関し、盛んにレガシー・遺産というキーワードが使われた。次の世代に残すべきものという意味であるが、その多くは形あるもの、競技施設がわかりやすいため議論はそこに集中し終わってしまう。しかし、受け継ぐものが形あるスポーツ施設もあるが、実はその裏側にあるスポーツ文化こそ継承されなければならない。この文化は実は「人」が創って行くもので、創業者の「生きざま」を目の当たりにし、感じ取ることによって伝承される。施設という形あるものは次の世代に活用されていくという意味はある。しかし、施設は利便としてのモノで終わる。それ以上でも以下でもない。つまり、施設は時が経てばただ古くなるだけで、「過去」(歴史)から生まれ出る「広がり」は少ない。創業期に感じた「人」しか、次世代の「人」に伝えられないということである。伝承という言葉があるが、それは伝統職人の世界だけではない。あのビジネスの師と言われたP,ドラッカーはビジネスには「徒弟制度」が必要であると語っていた。徒弟制度というと、何か前近代的なことのように思えるが、それは「教え=学び」を通した成長の仕組みであって後継者を育てることを意味している。そして、それは技術的なことだけでなく、仕事への「思い」も含まれる。その思いには創業者の思いが痕跡としてある。それが人から人へと伝わり、企業風土、社風となる。思いの伝承といったら大仰であるが、感じ取った人が次の人へ伝えれば良いのだ。つまり、徒弟制度には人間的な成長を促す教育の仕組みがあるということである。
パラダイムが大きく変わる時代とは、いわば真っ白な紙に絵を描く行為が求められているということである。ましてや、日本は米国との関係が密接不可分であり、今回誕生したトランプ米国はそれまでの関係の真逆を行こうとしている。であればこそ、創業期がそうであったように、どんな変化にも対応できる「理想形」を追求しなければならないということである。

グローバル化という働き方のパラダイムシフト



平成に入り日本の産業構造が大きく転換したことは既に述べたが、1990年代半ば「産業の空洞化」が大きな注目と話題を集めたことがあった。中小企業までもが中国に製造拠点を移し、国内産業が雇用を含めて衰退してしまうのではないかということであった。
実は最近の海外進出はどうかと調べてみたが、今なお増えていることがわかる。そして、外務省による海外在留邦人数の推移であるが、「人」も増え過去最多の132万人近くに及んでいる。国別の在留邦人数では、「米国」在留が41万9610人(全体の約32%)でトップ、次いで「中国」が13万1161人(同10%)、「オーストラリア」8万9133人(同6.8%)。米国で5000人以上、オーストラリアで4000人以上増加した一方、中国は工場労働者の賃金上昇もあって、より安いベトナムやインドネシアなどへの工場移転もあって2700人減となっている。
そして、世代別の内訳を見てみると最も多かったのが20歳未満の29万7322人。全体の23%を占めた。これに続くのが、40代27万6279人(21%)、30代24万7874人(19%)、60歳以上17万6645人(13%)。20代は15万3341人(男性6万5825人、女性8万7516人)で、全体の比率はわずか11.6%だった。ところで20歳未満はいわゆる家族での海外赴任であるが、数年前から話題となっている若い世代の海外勤務嫌い、国内=安定志向が強く出ており、20代はわずか15万3341人となっている。ここでも皮肉なことに高齢化が進んでいる。つまり働き方の多様化が言われて久しいが、海外という働く場の拡大とその増加は産業構造の変化を映し出したものとなっている。2016年の訪日外国人数が2400万人を超えたが、一方では海外への企業進出&勤務はグローバル化を更に進行させるそんな象徴的なものとなっている。(後半へ続く)



<お知らせ>
「人力経営」―ヒットの裏側、人づくり経営を聞く。新書756円
アマゾンhttps://www.amazon.co.jp/人力経営%E3%80%82―ヒットの裏側、人づくり経営を聞く%E3%80%82-mag2libro-飯塚-敞士/dp/443410800X
電子書籍版もご利用ください。  
タグ :電通


Posted by ヒット商品応援団 at 13:13Comments(0)新市場創造

2017年01月03日

真っ白な紙に絵を描く時代がやってきた 

ヒット商品応援団日記No668(毎週更新) 2017.1.4.

あけましておめでとうございます。
今年もまた新聞各紙の元旦号を読んだが、昨年同様目指したい国内外における理想像、政治、経済、社会、における「像」を打ち出したところは一社もなかった。特に、昨年国内外に起こったことは年末のブログに書いたように全てが「真逆の結果」になったことによる。朝日新聞は英国のEU離脱やトランプ次期大統領の誕生を生み出した「民主主義」について「試される民主主義」というテーマで書き、日経新聞はいささか自嘲的であるが「<当たり前>もうない」と身近な事柄に引き寄せて書いていた。読売新聞はといえば、社説で「反グローバリズムの拡大防げ」とし、トランプ外交の対応の必要性を説いている。これも朝日新聞の民主主義の根本、大衆が選んだ政権・政策のポピュリズムの裏返しの提言である。いずれのメディアも予測不能であることを言外に認めている、そんな取り上げ方であった。

実はその民主主義、ポピュリズム(大衆迎合主義)については国内にも起こっており、私は舛添都知事の政治資金私的流用疑惑問題等について取り上げ、「劇場型政治の変容」と題し、物言うマジョリティ・都民が劇場の主人公として追求したことを書いたことがあった。劇場型政治の先鞭をつけたのはあの小泉元総理であるが、その主人公が大衆・都民へと変わってきたという指摘であった。その変容のメカニズムであるが次のようにブログに書いた。

『舛添要一という人物についてであるが、「朝まで生テレビ」に颯爽と登場し、舌鋒鋭く多くの論客を圧倒した。以後政治家になり、母親を介護し、厚労大臣にまで上りつめる。そして、次の総理候補としてもてはやされた。それら人物像はTVによって創られたイメージの高さによってであり、「政治とカネ」の問題で辞職した猪瀬前都知事に代わって、大きな「期待」を持って誕生した都知事であった。しかし、TVによって創られたいわば「人気者」は、繰り返し、繰り返し、謝罪の言葉は言うものの、違法ではないもののその公私混同の「セコさ」や「屁理屈」が伝えられるとどうなるか。謝罪は本気でも本音でもなく、「嘘」と感じさせてしまう。当然「期待」は失望どころか、一気に「怒り」へと変容する。
物言うマジョリティの怒りは、抗議や批判の声として都庁へと4万件以上寄せられ、さらには舛添都知事が疑惑の精査を依頼した「第三者」の弁護士事務所には会見後非難の電話が殺到し、電話回線がパンクし、つまり炎上する事態にまで至った。』

TVによって創られた「人気者」は、TVを通じたマジョリティの「物言う力」によって辞職へと追い込まれる。情報の時代にあっては、TVによっていとも簡単に「人気者」を創ってしまう。多くのタレントが間違ってしまうのは、自分の才能(タレント)によって人気者になったと錯覚してしまう。人気者はTVという増幅する「映写機」によって映し出された虚像であって、実像ではない。
ここまで書けばああそうだったんだと理解いただけると思うが、この「物言うマジョリティ」の存在を一番実感理解し、この「力」を持って都知事選挙に打って出たのが、小池都知事であったということである。スローガンである「都民ファースト」とは「あなたが主人公」というメッセージそのものであったということだ。「人気者」という言い方をするならば、鳥越俊太郎氏はTVが作った人気者であって、小池百合子氏は市民が作った人気者であった。最初は少数であったが、選挙戦が進むに従って、「緑」を身につけた市民が増えてくる。「緑」は「緑」を呼び、SNSの増幅拡散のように広がり、その実像が次第に伝わっていく。結果、圧倒的な勝利、これも選挙前の政治評論家やマスメディアにとって予想外の結果であった。

ところで今年はどんな年になるか、多くの人は混迷、混乱、不透明、といったキーワードを挙げ、その対応について提言をしている。特に欧州ではいくつかの選挙があり、シリアからの難民が減ることはない。隣国韓国では周知の朴政権下では職務停止によって何一つ決めることができないまさに混乱の年明けとなっている。そして、元旦早々、トルコ・イスタンブールでは銃乱射事件が起き、40名近くが亡くなる惨事が報じられた。昨年の年頭のブロでは「混迷の年が始まる」と書いた。しかし、今年についてその延長線上で「混迷がさらに深まる」とは書かない、いや書くべきではないと考えている。勿論、事実は事実として受け止めなければならないが、グローバル化というパラダイムシフトの揺れ戻しが始まっており、そうした発想・認識の転換を自ら行う時がきていると考えるからだ。予測不能の時代とは真っ白な紙に絵を描くようなものである。誰もが手探りをしながらでないと進めない時代であり、ポジティブに考えるならば誰にでも可能性がある時代ということだ。
何故なら、多くの生活者は昨年1年間嘘とは言わないがどれだけ予測が外れたか、嫌という程実感している。自然災害と一緒にしてはならないが、熊本地震のように本震より余震の方が大きく被害が甚大であったように。つまり、予測、予想、従来から言われてきた常識、既成の価値観に重きを置かない時代であるとの認識が強くなったということである。一言でいえば、何があってもおかしくない時代にいるということだ。

確か昨年の3月のブログにて、消費増税の延期発表に際し、経済の浮揚策について「できうるならば、元の5%に戻すこと」が必要であるという主旨のことを書いたことがあった。いわゆる減税である。市場が心理化されている時代にあっては、「明日は明るい」「不確実なことは何もない」と生活実感できる身近な政策こそが必要との観点からであった。こうした政策は誰もが国の借金が1000兆円を超す財政状況にあることは知っているが、財務省が反対しようが、政治が決断すればできないことではない。もやもやとした先が見えない「不安」という妖怪を消してくれることが問われているのだ。真っ白な紙に絵を描くとはこうした発想を転換し決断することでもある。

このような考えか生まれる背景には、例えば小池知事がそうであったように、顔の見えないひとくくりにされてきたマジョリティ・大衆を信じることから始めるということである。そのことは、常にマジョリティとしてではなく、たった一人に語りかけることとしてある。ビジネスでいうならば、既に10数年前から言われている顧客主義という原点に立ち戻るということである。人は信じられていると感じた時、本音のコミュニケーションが初めて始まる。そして、その実感・思いは次第に友人知人という第三者に伝えたい、そんな思いが醸成されていく。こうした「密な関係」に今一度立ち返るということである。勿論のこと、密な関係を結ぶ前提には政治であれば情報公開であり、小売の現場では店頭での会話ということになる。

そして、真っ白な紙にどんな絵を描くのかである。勿論、そのヒント・着眼は密な関係を結んだ顧客・市場の中にある。小池知事の例を挙げるとすれば、それは築地の豊洲移転について市場関係者のみならず多くの都民の心の中に澱のように溜まっている「不安」を感じ取り、都知事になった後、間近に迫った豊洲移転を延期させるという決断をする。今までの延長線上であればまずは移転し、オープンさせ、その後不安を除去する施策を実行するだろう、まさにそうした常識を覆したのである。この決断の素は都民の中に眠っていることを受け止めたということである。

こうした従来からあるパラダイム価値観、常識を捨て、今一度絵を描きなおす、そんな時が来ているということである。これから1年、いや数年先までわからないことばかりが突如として起こる。その時、顧客の中に、市場の中に、従業員の中に耳を傾ければ、「やり直し」というつぶやきが聞こえてくるはずである。うまく絵が描ききれてはいないが、昨年値上げの失敗から学んだユニクロのように。あるいは多くの外食産業、ファミレスやファストフード店で深夜営業から撤退する店舗が相次いている。人手不足、というのが表向きの理由であるが、こうした業態の経営そのものが「やり直し」を命じられていると考えなければならない。東京にいれば知らない人はいない24時間営業の立ち食いそばに「富士そば」という会社がある。富士そばではその経営方針として「従業員の生活が第一」としている。勿論、アルバイトも多く実働の主体となっている。そして、アルバイトにもボーナスや退職金が出る、そんな仕組みが取り入れられている会社だ。ブラック企業が横行する中、従業員こそ財産、内部留保は「人」であると。そして、1990年代後半債務超過で傾いたあの「はとバス」の再生を手がけた宮端氏と同様、富士そばの創業者丹道夫氏も『商いのコツは「儲」という字に隠れている』と指摘する。ご自身が「人を信じる者」(信 者)、従業員、顧客を信じるという信者であると。やり直しの事例は他にもいくらでもある。要はリーダーが耳を傾け決断すれば良い、そんな時代が本格的に到来したということだ。
戦後続いて来たパラダイムシフトの揺れ戻しは米国や欧州のみならず日本も同じである。突如として起こるであろう変化に惑わされることなく、やり直しを決断する時が来た。思い切って、真っ白な紙に絵を描く人達、企業、町、そんな応援を今年もまた続けて参ります。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:29Comments(0)新市場創造

2016年12月25日

真逆の時代に向かって  

ヒット商品応援団日記No667(毎週更新) 2016.12.25.

まもなく新年を迎えようとしているが、この1年起こったことはこれから先5年10年のパラダイム転換となるようなことばかりであった。簡単に言ってしまえば、時代のベクトルが逆方向に向かう潮流が表に出てきたということである。実は2016年に入り年頭ブログでは「混迷の年が始まる」というテーマで次のように書いた。

『年明け早々、外にも内にも、嫌な事件が続発している。昨年横浜都筑区の傾きマンション事件の時、「再び、心は内へと向かう 」とブログに書いたことがあった。杭打ちどころかほとんどの商品は見えないところで作られており、一度の嘘はたちまち疑心暗鬼を生むそんな心理市場となっている。CoCo壱番屋は異物が混入しているのではということから自主的に廃棄処分としたが、ペヤングやきそばもそうであったが、日本マクドナルドのその後を良き反面教師として学んでいる。よくリスクマネジメントというが、そんなテクニカルなことではなく、心底顧客を信じ公開し真摯に応えるという商人として至極当たり前のことが求められている。そんな混迷の年が始まった。』

「見えないところ」で生まれている問題や危機に対し、こうした暗い予感のブログを書いたのだが、これは昨年11月に起こったパリ同時テロを踏まえてのことであった。以降国内外には従来の常識や価値観、思い込みとは真逆の変化が次々に起こった。特に、海外で生起している新たな潮流については「見えない世界」そのものであった。半年後、英国では6月23日に欧州連合(EU)からの離脱の是非を問う国民投票が行われた。多くの予想、特に日本のマスメディアやEUに関する国際政治の専門家はこぞって離脱はないと予想&断言していた。
ちょうど2016年を半分経過した夏に、これまでの価値観とは異なる大きな潮流が政治に、経済に、社会に、当然ながら国内外に起き始め、未来塾において「パラダイム転換から学ぶ」と題したブログを私は書き始めた。それは一種の気づきであったが、スタートした最初のブログではその気づきを次のように書いた。

『英国ではEUからの離脱が国民投票によって決まるという「大転換」の地震が突如として発生し、日本も過去大きな転換を経験してきたことを思い起こさせた。そして、その転換から生まれる変化の痕跡は今なお街のいたるところに残っている。そうした痕跡を抽出し、それがどんな転換期のマーケティングとしての意味があるのか、無いのかを読み解いていくシリーズとする。その巨大地震から生まれる転換を引き起こしているのが「グローバル化」である。ローカルからグローバルへ、そうした価値潮流は経済的利益を背景に日本のみならず世界のメガ潮流として戦後続いてきた。しかし、今回の英国のEU離脱に見られるように、統合から離脱・独立へという内向きな精神的価値観が強く見られた。』

こうした今まで進んできた従来の価値観、当たり前として受け止めてきた価値観、そのキーワードが「グローバル化」であった。日本の場合、資源を持たない国ということもあるが島国という歴史的な地政学上、「海道」を通じた周辺諸国との交流は必然としてあった。短絡的ではあるが日本にはその宿命としてグローバル化があったということである。歴史を紐解けばわかることだが、江戸時代の鎖国政策はある意味明治維新政府によって創られたことが多く、特に庶民レベルでは「海道」を通じた周辺諸国との交流は中世以降行われてきたことは既に明らかになっている。沖縄が好きでその生活文化を調べたことがあった。「海道」の交差点であった沖縄には、朝鮮半島から、あるいは中国はもちろんフィリピンどころかインドネシアからもたらされた文化が食などに今尚色濃く残っている。

そして、米国では英国のEU離脱の時と同様、ヒラリークリントンが僅差でも勝つであろうと、これまたマスメディアも専門家も予測していたが、見事に真逆のトランプが勝利し、次期大統領となった。そして、金融アナリトを筆頭に株価は急落するであろうとこれまた予測していたが、急落の翌日からは真逆の上昇となり、今尚続いている。つまり、トランプ当選=ドル安=株安、クリントン当選=ドル高=株高という今までの常識とは全く異なる世界が現出している。勿論、米国FRBによる長期金利の利上げが想定されてのこともあるのだが、真逆の現象が起こっている。付け加えれば、EU離脱によって英国経済はダメになるであろうと言われてきたが、これまた真逆の結果で英国株価は史上最高値を更新し、英国経済も好調を持続している。
ところでそのトランプ次期大統領について「逆襲が世界に広がる」というテーマで次のようにブログに書いた。

『日本のメディアは常にそうであるが、暴言王とか、差別主義者、排外主義者といった極小部分のみに焦点を当てたおもしろ報道しか行って来なかった。しかし、トランプ氏が言う米国第一主義とは言葉を替えれば国益を最優先する愛国者であり、中西部の田舎のおじさん、おばさんの代表であるということだ。そして、グローバル化から取り残された白人労働者、破綻した鉄鋼などの製造業工場群、そうした人たちの思い、本音を代弁したと言うことだ。そうした意味でグローバル化=自由貿易協定のTPPには反対であるし、保護主義的になるであろう。』

そのトランプ次期大統領は政権中枢の人事が進められているが、「100日間行動計画」の発表を含めそうした人事や発表された主要政策を新聞紙上などで見る限り、それまでのオバマ大統領8年間の政策とことごとく異なる、極端ではあるが真逆の政策を取るのではと推測される。例えば、
○理念・理想:オバマ/理想主義(自由と民主主義)→トランプ/現実主義(ビジネスという物差し)
○貿易政策:オバマ/自由貿易(TPPの推進)→トランプ/保護貿易(2国間貿易)
○エネルギー政策:オバマ/脱石油(多様化の推進)→トランプ/?(石油誘導)
○金融政策:オバマ/金融危機を踏まえた規制強化→トランプ/?(規制撤廃)
○雇用・労働政策:オバマ/移民の促進&オバマケア→トランプ/空洞化の抑制、オバマケアの一部解体
そして、財政上どこから資金を捻出してくるのかわからないが、「減税」と「公共投資」によって雇用を創出し、消費を活性化させるという経済政策は米国では「トランポノミクス」と言われているようだが、ある意味「バブル誘導」を意図していることは明らかである。これが成功するとなると世界経済が回復基調になるであろうとの観測から米国を始めとした株式市場が活況を呈しているとの分析もある。
また、トランプ政権人事を見てもわかるように身内を除いて産業界における個人ネットワークと軍人出身者がほとんどである。いわゆる政治のプロは極めて少ない。そうしたことを俯瞰的に見ていくとオバマに象徴される「自由と民主主義」といった理念・理想を追う政治ではなく、トランプはその都度全てをビジネスライクに割り切る「打算」で動くことが推測される。国連も、G7も、そうした枠組みもこうした観点から見ていくこととなる。つまり、従来の常識や価値観から外れることによる「不安定な状態」「見えない世界」がこれから続くということだ。

ところで今年の「ヒット商品番付を読み解く」にも書いたことだが、その中で「本格的なサブカルチャーの時代」が到来したと。勿論、「ポケモンGO」や「君の名は。」を筆頭としたヒット商品を指してのことだが、裏返せば「物消費」から「カルチャー消費」「文化消費」に移行した、今までのパラダイムから転換したということである。ある意味、クールジャパンは次のステージに上がってきたということでもある。文化が先、物は後というビジネスモデルの時代になったということだ。これは右肩下がりのモノづくり、しかも少子化の時代を象徴するランドセル業界にあって、日本アニメに出てきたランドセルを見て「カワイイ」「クール」と感じた海外の女性たちからオーダーがあいつぎ空港などの免税店に置かれ、新たな価値を生み、つまり新たな市場が生まれている事例もある。ランドセルだけでなく、若い世代の車離れが進む自動車業界にあって、そのトップを走るトヨタが2017年のFIA世界ラリー選手権(WRC)の参戦体制を発表した。1999年をもって、WRCから撤退したトヨタだが、モータースポーツを通じたクルマ文化を豊田章男社長自ら総代表となって参戦するという。これもある意味では車好きユーザーに対する新たなクルマ文化の再創造と言えなくはない。

これは今後の日本のビジネスを考えていく場合、新たなテクノロジーの開発と共に文化型コンテンツを一つの戦略着眼を担っていくものとして考えていくということである。特に、これから起こるであろうトランプ米国と日本企業との衝突を回避し、競争を勝ち抜く良き戦略になり得ると考えられる。すでに評価されているクールジャパンだが、固有な日本文化を単なる観光誘致の手段として終わらせるだけでなく、戦略的に使っていくことが問われているということである。輸入制限をしている中国にあって、映画「君の名は。」は特別枠として上映され興行成績も良いと聞いている。そして、何よりもピコ太郎のPPAPが教えてくれたように、これから真逆の強風が吹き荒れ混迷の時代が深まったとしても、日本文化というコンテンツビジネスの風は世界中を席巻できる時代にいるということだ。
また、国内に目を移してみても、ファストフーズにおけるメニューの復活や老舗への再注目も、実は過去という「文化」の復活ということである。日本マクドナルドが15年ぶりに復活させた「かるびマック」も1998年〜2001年という「時代の空気」「懐かしい時代」を発売したということである。レトロ、リバイバル、復刻、再登場、・・・・・・それらヒット商品は歴史が詰まった「思い出」消費を再創造しているということである。そして、そこにはまぎれもなく思い出したい「文化」があったということである。忘れ去られた「過去」「歴史」の中に、文化コンテンツが眠っているということだ。(続く)

<お知らせ>
「未来の消滅都市論」 ;290円
人口減少時代を迎え、「消滅都市」が時代のキーワードになった。
衰退する街もあれば、成長すらする街もある。街を歩き、変化の
波を写真と共に読み解く、新しいマーケティング・ジャーナルの書。
以下のブックストアにて発売中。

Kindle
http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E3%81%AE%E6%B6%88%E6%BB%85%E9%83%BD%E5%B8%82%E8%AB%96

紀伊国屋書店
https://www.kinokuniya.co.jp/disp/CSfDispListPage_001.jsp?qs=true&ptk=03&q=%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E3%81%AE%E6%B6%88%E6%BB%85%E9%83%BD%E5%B8%82%E8%AB%96&SF_FLG=1

iBookStore
https://itunes.apple.com/jp/book/shuai-tuisuru-jie-wei-laino/id1040742520?m

楽天Kobo
http://search.books.rakuten.co.jp/bksearch/nm?sv=30&h=30&o=0&v=&spv=&s=1&e=&cy=&b=1&g=101&sitem=%CC%A4%CD%E8%A4%CE%BE%C3%CC%C7%C5%D4%BB%D4%CF%C0&x=42&y=13
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:42Comments(0)新市場創造

2016年12月11日

2016年ヒット商品番付を読み解く 

ヒット商品応援団日記No666(毎週更新) 2016.12.11.

日経MJによる2016年のヒット商品番付が発表された。2016年上期にはヒット商品はほとんどなく、そのヒットが出てこない傾向を読み解くことは難しかったが、夏以降立て続けにヒット商品が表舞台に上がってきた。以下がその番付である。

東横綱 ポケモンGO 、 西横綱 君の名は。 
東大関 シン・ゴジラ 、  西大関 AI (人工知能)
張出大関 ピコ太郎  、  張出大関 リオ五輪
関脇 日産せレナ、 関脇 PSVR 
小結 大谷翔平、  小結 広島 

上期には、東横綱には安値ミクス、 西横綱にはマイナス金利特需といったデフレを象徴するようなキーワードが並んだが、もちろんこうした傾向は今なお続いている。下半期には度々ブログに書いてきた2つのヒット商品「ポケモンGO 」と 「君の名は。」が東西横綱に番付された。まあ誰が番付しても理解・納得できるヒット商品であるが、今年について面白い傾向がいくつか見られるので読み解いてみることとする。

ひととき夢中になれる、熱中できることを求めて

7月24日のブログ「ポケモン探しの旅が始まる 」で次のように指摘をした。
『暗い情報ばかりであるが、去年の夏と今年の夏との消費における最大の違いがあるとすれば、それは「ポケモンGO」であろう。・・・・・・場所によって現れるポケモンが150種類ほどあって変化があることから、そのポケモン探しはやればやるほとはまっていく。それだけ探すための移動は広く激しくなるということだ。・・・・・低迷する消費の救世主、勿論2016年ヒット商品番付の東の横綱は間違いない。』
そして、レアなポケモン探しに熱中することによって、交通事故をはじめとしたトラブルが多発し社会現象にまでなった。こうした「ゲームを遊ぶ」ことによる社会現象のスタートは1980年代半ばのあのロッテから発売された「ビックリマンチョコ」であった。チョコレートを食べずにおまけシールを集めることに熱中し、チョコをゴミ箱に捨てないようにと社会現象にまでなったメガヒット商品である。特に10代目の「悪魔VS天使シール」は凄まじく月間販売数1300万個と記憶している。ビックリマンチョコの場合はアナログ世界である一方、30年後という時代の推移を表しているのだが、ポケモンGOの場合は、GPSの活用という「今」ならではのリアルとバーチャルが融合したゲームで、しかも世界各地で楽しめる「遊び」である。ちなみにポケモンGOのダウンロード数は5億件を突破したとのこと。そして、「次」のポケモンGOのステージとして、ポケモン探しがビックリマンチョコの時のようなシール集めを超えて、捕らえたポケモンで家族や友人との交換や対戦相手と行うゲームに発展していくのではないかと推測されている。いずれにせよ、これからもポケモンGOに夢中といった現象は続く。

感が動かされる世界を求めて

「追い求める」もう一つが西横綱の「君の名は。」である。興業収入が200億円を超え、映画のモデルとなった岐阜県飛騨には多くのフアンの「聖地巡礼」が見られたという。この聖地巡礼はアニメ(虚構)世界では珍しいことではなく、今から10年ほど前になるが、あきたこまちの包装に美少女イラストを起用してネット通販で売り出したことがあった。初めてということもあって、数ヶ月で2500件、30トンものあきたこまちが売れ、その萌え米誕生の地である、秋田県羽後町に若い男性が押し寄せることがあった。こうした「聖地巡礼」という社会現象はポケモンGOにも通底することだが、モノ価値から、物語を読み解く面白さ=情報価値への転換商品である。この時、虚構世界からリアル(聖地)へと行ったり来たりして楽しむ、そんな時代にいるということである。
さて、本題の「君の名は。」であるが、その描写の綺麗さもさることながら、私が感じたのは新海誠監督が主題歌を歌うバンド「RADWIMPS」のフアンであると語っているが、コラボレーションによって生まれた新しいスタイルの音楽アニメといっても過言ではないように感じる。RADWIMPS(ラッドウィンプス)というバンド名の意味は、ウィキペディアもよれば「すごい」「強い」「いかした」という意味の軽い俗語「RAD」と、「弱虫」「意気地なし」という意味の「WIMP」を組み合わせた造語である。つまり、「かっこいい弱虫」「見事な意気地なし」「マジスゲーびびり野郎」などの意味である、と言う。今まで消費という舞台では草食系とか、低欲望社会の申し子のように言われてきたが、このバンド名の如く、今時の若い世代のセンシティブでナイーブな特徴が良く表現されている。
そして、映画の内容であるが、ごくごく普通の日常の中の幸せってなんだろうではないが、幸せへの渇望や喪失感を心の中に秘めた入れ替わった2人の主人公のストーリーとして展開される。楽曲ごとに世界が一変し飽きさせない映画となっており、少々伏線があって複雑化しているが、見事に観る者の「感」が動かされる映画となっている。特に歌詞がよく劇中歌「前前前世」における”心が身体を追い越していくんだよ”といったフレーズも、あるいは繰り返す言葉遊びも、そうしたセンスは未だかってないものであった。こうした「幸せ」というテーマ世界は若い世代だけでなく、宮崎アニメにおけるエコロジーと同様世代や性差、さらには人種を超えた「時代」が求める本質的なことであり、映像の綺麗さに一瞬ジブリ映画と見間違うが、またジブリ映画とは異なるテーマアニメとして世界各国で高く評価されていくと思う。そして、10年近く前にunder30とか草食世代と揶揄されてきた世代だが、今やっと表舞台へと上がってきた。

サブカルチャーの時代が本格化した

ポケモンGO以外にも関脇にPSVRという仮想現実を遊ぶゲーム機が入っており、「君の名は。」もジャンルとしてはアニメ映画である。更に映画「シン・ゴジラ」が東大関に番付されている。「シン・ゴジラ」の監督はあの新世紀エヴァンゲリオンの監督である庵野秀明氏である。CGを駆使した映画であるのだが、ゴジラによって破壊されるビル群の「リアルさ」に息を呑む映像となっており、庵野秀明氏における創作がアニメからリアルへという一つの変化(進化?)を見せているのも面白い。「シン・ゴジラ」の「シン」とは「新」「真」「神」などの意味が含まれているということで、そのリアルさには今までにない迫力を感じる。ところで今なお根強くいる新世紀エヴァンゲリオンフアン、いやオタクがどんな思いで「シン・ゴジラ」を観たか聞いて観たいものである。
いずれにせよ大仰ではあるが、サブカルチャーという文化、クールジャパンの進化が日本経済を牽引していく時代がはっきりと結果として出てきたということだ。
実はローカルジャパン東京の小さな話題であるが、先月墨田区に「すみだ北斎美術館」がオープンした。墨田区は江戸時代葛飾北斎が生まれ育ったところであるが、その生涯にわたる多くの作品が展示され、美術館はぎゅうぎゅう詰め状態の人気であった。私はその中でも「北斎漫画」を観たかったのだが、その北斎漫画」こそ今日のコミックやアニメのルーツとなっているものである。
こうしたサブカルチャーが観る者、遊ぶ者に「熱気」をもたらしたことは確かである。文化が経済を牽引する時代、しかもカルチャーではなく、サブカルチャーによってである。これは小結に番付された広島についても同様である。この広島にはオバマ大統領の広島訪問なども含まれてはいるのだが、あの広島カープのリーグ優勝、「神ってる」と言わせたほどの逆転試合の連続であった。この広島カープの優勝についてはブログにも書いたので多くは書かないが、万年Bクラスの弱小球団、ある意味裏舞台のチームといったらカープフアンに怒られるが、そんな球団がぶっちぎりの優勝を果たしのである。巨人でもなく、阪神でもなく、小さな市民球団がである。このように、「表」ではなく、「裏」にあったもの、隠れていたものが表に出てきて観る者に「熱」をもたらした半年であった。
サブカルチャーと言えるかどうかは問題があるかもしれないが、張出大関のピコ太郎(PPAP)も突如として世界的な話題となった。周知のようにYouTubeに投稿された動画が拡散したことによるものだが、モノマネなどの関連動画を含めると8億6000万回もの再生回数があったとのこと。今年の忘年会はピコ太郎で決まりとなると思うが、AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」と同様自己表現時代にあっては「わかりやすく」「ものまねができる」ことが、ヒットのカギとなっている。また、違った視点に立てば、サブカルチャー拡散の基本条件に合致していたということである。

復活、そして老舗続々

AIやVRあるいは、関脇の日産せレナもそうであるが、新しい技術による革新的な商品が生まれてきている 。一方、この1年間過去のヒット商品の復活についてブログに書いてきたように、復活商品が数多く表舞台に上がってきた。日経MJも書かざるを得なくなったようだが、前頭にはこうした商品が番付されている。
まずは吉野家の「豚丼」、日本マクドナルドの「400円ランチ」や最近では「カルビマック」というデフレマインドに応えた復活商品が人気となっている。吉野家の「豚丼」は8ヶ月間で2700万食という大ヒット商品となった。日本マクドナルドも過去のヒット商品を立て続けに発売し、そうした成果によって売り上げの右肩下がりが止まり、赤字経営から脱却し始めた。
こうした外食のみならず、任天堂は1980年代にヒットしたいわゆるファミコンの復刻版を発売。以前より小型化しているが外形は昔とほぼ同じで、発売4日で26万台を突破し品薄状態が続いているという。また、売れないCDなどの音楽業界で、じわじわ右肩上がりなのがアナログのレコート盤である。
こうした表舞台でのヒット商品ではないが、古くからある街場の飲食店やパン屋、あるいは地方の老舗が注目されており、その中から小さなヒット商品、ニューレトロ商品も誕生しているようだ。レトロ、老舗、復活、こうしたキーワードは消費のみならず、今という「時代」のキーワードになってきている。実はまだ食べてはいないのだが、神奈川県平塚にある大正十三年創業という地元ではよく知られている高久製パンが作るカレーパンはまさにそうしたヒット商品の一つである。この弦斎カレーパンはカレーライスまんまを入れたカレーパンで、福神漬けまで入っており、こうしたアイディア溢れる、しかもロングセラー商品はいくらでもある。つまり、「過去」の中にヒット商品があり、過去を知る世代のみならず、知らない若い世代にとって新しく、新鮮であることが多い。OLD NEW、古が新しいということである。ポケモンGOも、そのキャラクター古くからあるものでGPSを使うといった遊び方は異なるがこれもOLD NEW商品と言えなくはない。

こうしたヒット商品を俯瞰してみていくと、横溢するデフレマインドを突破する入口のヒントが見えてきている。それが新しい技術によってであれ、過去あったヒット商品の復活であれ、今まで気付かず隠れていた商品であれ、「こころ揺さぶり」「熱中できる」、それがたとえひと時であってもだが、新海誠監督ではないが、「小さな幸せ」を運んでくれる、そんな商品が待たれているということだ。(続く)


<お知らせ>
「未来の消滅都市論」 ;290円
人口減少時代を迎え、「消滅都市」が時代のキーワードになった。
衰退する街もあれば、成長すらする街もある。街を歩き、変化の
波を写真と共に読み解く、新しいマーケティング・ジャーナルの書。
以下のブックストアにて発売中。

Kindle
http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E3%81%AE%E6%B6%88%E6%BB%85%E9%83%BD%E5%B8%82%E8%AB%96

紀伊国屋書店
https://www.kinokuniya.co.jp/disp/CSfDispListPage_001.jsp?qs=true&ptk=03&q=%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E3%81%AE%E6%B6%88%E6%BB%85%E9%83%BD%E5%B8%82%E8%AB%96&SF_FLG=1

iBookStore
https://itunes.apple.com/jp/book/shuai-tuisuru-jie-wei-laino/id1040742520?m

楽天Kobo
http://search.books.rakuten.co.jp/bksearch/nm?sv=30&h=30&o=0&v=&spv=&s=1&e=&cy=&b=1&g=101&sitem=%CC%A4%CD%E8%A4%CE%BE%C3%CC%C7%C5%D4%BB%D4%CF%C0&x=42&y=13
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:40Comments(0)新市場創造

2016年12月04日

雑エンターテイメントの広がり  

ヒット商品応援団日記No665(毎週更新) 2016.12.4.

今年のヒット商品には誰もが「ポケモンGo」や「君の名は。」を挙げることになるであろう。こうしたヒット商品の分析は日経MJによるヒット商品番付の発表を待ちたいと思っている。こうしたある意味消費の表舞台に出てきたヒット商品とは別に、消費の裏側で、大きな話題になることはないが、静かに売れている、そんな商品の傾向を取り上げてみたいと思う。

こうしたブログを書こうと思ったのも、先日久しぶりに大阪ステーションシティのリニューアル後の「ルクアイーレ」を見て回ったことによる。(この詳細については未来塾「街から学ぶ」 東京・大阪編 をお読みください。)特に見たかった売り場が新たに作られた2階の「ワールド雑貨マルシェ」であった。雑貨というと10数年ほど前から北欧がテーマとなっており、「ルクアイーレ」の7階にある売り場には周知の「フライングタイガー」を始めいくつかのブランドが出店している。実は私が見たかったのは「ワールド雑貨マルシェ」というネーミングのごとく市場感覚あふれる雑集積の売り場である。ちなみに下記のような小さなショップが見やすく、手に取りやすい形で視線を遮蔽するすることなく低い売り場として構成されている。
・マックスブレナーチョコレートバー(MAX BRENNER CHOCOLATE BAR):イスラエル発、NY他世界で人気のチョコレートブランド(西日本初出店)
・カーサヴィアバスストップ(CASA VIA BUS STOP):レディースファッション雑貨(梅田初出店)
・日本市:中川政七商店の生活雑貨(大阪初出店)
・シュシュ(CHOUCHOU):上質なギフト&雑貨類、アクセサリー&ファッション雑貨
・伊勢丹コスメ
・伊勢丹アーバンマーケット:ファッション雑貨
・マノン:デンマーク食器、ヨーロッパ雑貨とインテリアアイテムのセレクトショップ
・キキ&ララ・ゆめ星雲 おもいやり星:リトルツインスターズ40周年記念ショップ

イスラエルのブランドもあれば国産ブランドもある。女性の好みである可愛らしい雑貨が集積された売り場であるが、ブランド単体としてのそれではなく、全体として「雑貨市場」がつくられており、あれこれ楽しさ巡りができるようになっている点にある。つまり、全体の編集力、そのあり方を見て回ったのである。そして、見て回った後にチョット一休みにと奥まったところにはスターバックスが配置されており、フロア全体についてもよく考えられている。

こうした市場感覚、自由に見て回れる、本来買い物の楽しさが満喫できる売り場空間が多くのジャンルで広がっている。これは「食」に於いても特徴的に出てきており、いわゆる市場であるが、その市場感覚は併設されている「食堂」にも表れていてメニューの多さと価格の安さで、賑わいを創っている。東京であれば昔ながらの「ときわ食堂」はもちろんのこと、商店街にある多くの店に○△食堂といった新しい業態がここ数年増えてきている。数年前から若い世代を中心に流行り始めたバルもそのスペイン居酒屋から進化し、より広くメニューを用意した食堂スタイルへと変化している。
先日江戸時代の絵師葛飾北斎の作品を集めた「すみだ北斎美術館」に行ってきたが、その最寄駅であるJR両国駅の横に「粋な江戸」をテーマにした食の小さなテーマパーク「江戸NOREN」がオープンしていた。旧駅舎を活用した商業施設であるが、その中でも一番活気があってほぼ満席(全306席)に近かったのが築地食堂 源ちゃん」であった。
築地の活気とにぎわいを将来に向けて継承するため、中央区が設置した生鮮市場「築地魚河岸」が11月19日オープンした。鮮魚店、水産物店、青果店約60軒が入居した商業施設であるが、食のプロ向けと一般客・観光客に分けてオープンしたのだが、一般客・観光客が押し寄せすし詰め状態が続いていると報じられている。こうした常設市場以外にも関東近県の漁港や道の駅では朝市が人気でここも観光地化している状態だ。

雑エンターテイメントというテーマについては「未来塾」に於いて上野アメ横を取り上げ、その「雑」集積の集客効果のメカニズムについて描いたことがある。戦後、いや明治以降の日本は「外」から多くのものを取り入れてきた。ある意味、雑文化国家日本といっても過言ではない。紀元前文字を持たなかった日本は世界の中のいわば後進国であった。そして、当時先進国であった中国からもたらされた文字、漢字をひらがなに変化させ固有の文化を創ってきたように。消化不良もあったと思うが、外から多様なものを取り入れ咀嚼してきた歴史がある。それは食にとどまらず、例えばスポーツの世界においても同様でその象徴が「駅伝」であろう。今や世界のエキデンというチームスポーツになった駅伝であるが、その誕生は東京奠都(てんと)50周年を記念し、大正7年に京都三条大橋をスタート地点に東京上野まで508キロを3日間で走るスポーツとして始まっていた。勿論、マラソンを下敷きにした競技であるが、そのマラソンが行われたオリンピックはギリシャを中心にしたヘレニズム文化圏の宗教行事であった。駅伝が広く浸透していったのも個人の利益よりチームの栄光、1本の「たすき」に心をつなぐスポーツという精神性を重視する点にある。まさに日本人の精神文化をよく表したスポーツである。
あるいは英国から取り入れたテニスのその後の開発経過からあの柔らかなゴムまりが生まれ、そして今や日本からアジアに輸出されているという。プロテニスでは錦織圭選手が活躍する一方、こうしたソフトテニス(軟式庭球)をも輸出するというまさにこれぞ日本ならではのスポーツであり、その着想は見事である。このように外の世界を取り入れることに巧みな民族である。

話が横道に逸れてしまったが、変化の激しい時代、しかもデフレマインドが蔓延している状況にあって、「これが正解」という答えはない。以前にも必要なことは「賑わい」にあるとブログにも書いたことがあったが、その本質は消費することの楽しさをどう創っていくかに答えの入り口があるということである。
かなり前になるが、横浜の松原商店街を取り上げた時に、急成長した100円ショップのダイソーについて次のように書いたことがあった。
『東広島に誕生したダイソーは国内2800店舗、海外840店舗、3700億円を超える売り上げという、その成長には目を見張るものがある。特に、バブル以降デフレの時代の旗手の一社であったダイソーを当時多くの顧客が支持したのは次の3つの魅力であった。
1.「買い物の自由」;
すべて100円、価格を気にせず買える。買い物の解放感、普段の不満解消。「ダイソーは主婦のレジャーランド」。
2.「新しい発見」;
「これも100円で買えるの?!」という新鮮な驚き。月80品目新製品導入。(現在ではもっと多く導入となっている)
3.「選択の自由」;
色違い、型違い、素材違い、どれを取ってもすべて100円。
一言で言えば、”100円で「こんなものが買えるのか」という新鮮な感動”であった。このダイソーが松原商店街において見事に共振しているのはこうした買い物の楽しさにある。そして、この買い物の楽しさは、消費金額の差はあるが、ある意味日常化したアウトレット人気に通じるものである。』

ダイソーに限らず「楽しさ」の原点はここにある。過疎、高齢といった地域での買い物難民も増えつつあるが、そうした地域には移動スーパーの「とくし丸」をはじめ空白市場に参入しはじめているが、顧客の中心となるシニア世代にとって必要に迫られた買い物ではあるが、それでも顧客接点においては会話のある「楽しさ」が溢れている。そして、このとくし丸は野菜宅配のオイシックスが買収し、同じビジネスモデルで2019年3月期には売り上げ100億円超、トラックの台数は500台以上への拡大を目指すと言われている。
こうした移動販売であれ、通販であれ、あるいは顧客と直接顔を合わすことのないネット通販においても小売の原則「楽しさ」の工夫は必要である。

この楽しさ創造のポイントとなるのが今回のテーマである「雑」集積によるものである。この雑をどのように取り入れていくのか、「外」から仕入れる多様なルートを持たない街場の小さな店がまずすべきことは顧客要望の中からその着眼・ヒントを見出すことだ。ロングセラーを続ける街場の食堂や居酒屋のメニューは常連顧客からの要望によって生まれたものが多い。結果、50ほどあったメニューは次第に増え、100を超えメニュー表には載せられないほどとなる。ある意味、効率から一度離れてトライしてみるということである。
あるいは東京新橋にサラリーマン御用達の行列の絶えない立ち食いそば屋「丹波屋」がある。この店の春菊のかき揚げそばも美味しいのだが、店を手伝うネパール人のアルバイト女性が作る本格インドカレーが人気で、このカレーを求める顧客も多い。こうしたサイドメニューから生まれたヒットメニューであるが、これも「雑」による楽しみの広がりと言えよう。こうした考え方には回転すしのくら寿司におけるラーメンやシャリカレー、うな丼、牛丼なども同様である。一応サイドメニューとしているが寿司を中心にした雑集積メニューということだ。

つまり、食べる前に、あれこれ選ぶ楽しさ、そして新しい発見という面白さを提供してみようということである。市場巡りならぬ、メニュー巡りである。こうした心理は街歩きにも通じるものである。横丁路地裏という「裏」の他に、埋もれて見過ごしがちになっていた「雑」の中に自分好みを見つける、そんな楽しみ方である。
そして、もう一つ大切なことは、顧客という成熟した消費のプロがいることを忘れてはならない。品質と価格のバランスへの理解を踏まえた新たな発見を求めてということである。ユニクロの値上げの失敗はこの価格とのバランスを見誤ったことであり、牛丼の吉野家が以前と同じ価格で豚丼を復活させ、最近では日本マクドナルドが過去のヒットメニューを次々と復活させているのも、ヒットメニューの理由と共にこの価格バランスを再学習した結果による。理屈っぽく言うならば、客単価を追うのではなく、客数を求める時代ということだ。
その客数を追い求めるということは、「雑」の中から自分の好みを見出し、ライフデザインできるまでに成長してきた顧客に応えるという認識を持つということである。まずは効率を前提とするのではなく、「雑」の楽しさを提供し、次の段階で顧客支持のあった「雑」を中心に再編集するということである。楽しさ提供という編集力が問われて時代にあっては、損して、徳(得)を取るということに他ならない。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:50Comments(0)新市場創造

2016年11月23日

未来塾(26)「街から学ぶ」 東京・大阪編(後半) 

ヒット商品応援団日記No664(毎週更新) 2016.11.23.




街から学ぶ


1980年代から1990年代にかけて、多くの人は新しい、面白い、珍しいという「変化」を求めて、外の世界(海外)へと向かった。そうした外に向かう心理はバブル崩壊と共にどんどん内向きへ、「安定」を求める心理が強くなった。しかし、デフレの時代にあっても新しい、面白い、珍しいという「変化」への欲求が無くなった訳ではない。今までのお金の使い方と金額が変わっただけで、実は消費していることに気付かなければならない。消費のパラダイムが変わってきているということである。こうした点を踏まえ、中心部である、都心、駅ターミナルではどんな変化が生まれているか、同時に中心から外れたところにはどんな変化が生まれているかをお観察した。

都市観光の時代へ

少子高齢時代にあって、前述のように都市へと、それも中心部へと人口移動が起きている。更には都市がもつ魅力となっている「新しい、面白い、珍しい」という「変化集積」が、都市観光という新しい概念も誕生させてきた。従来の歴史・文化、あるいは自然といった名所観光旅行とは異なる、極めて日常的な移動=小さな観光である。
この都市観光は大阪で言えば「アベノハルカス」や東京で言えば「東京スカイツリー」となるが、そうしたいわゆる旅行ではなく、もっと日常的な興味関心事から生まれた「移動」が、デフレ時代の観光へと変化してきている。今回久しぶりに見て回った大阪ステーションシティもそうであるし、東京駅の「グランスタ」もここでしか売られていない「食」を求めるのも都市観光の中に含まれる、そんな観光時代となった。
そうした意味で、「移動」は消費のバロメーターとなり、「新しい、面白い、珍しい」という変化市場を創っている。

ちなみに、大阪ステーションシティが開業した2011年には1日約86万人が訪れ、「エキマルシェ大阪」が開店した12年に来街者が2億人、翌13年には3億人を超えた。15年4月に開店した「ルクアイーレ」の集客効果も寄与し、開業から約4年2カ月で同年7月31日に5億人に到達したとJR西日本からの発表もある。
ところで大阪ステーションシティの売り上げであるが、開業1年後三越伊勢丹が約330億円、ルクアが約370億円。大丸梅田店も2012年2月期の売上高は前の期に比べ約240億円増えた。3店が新たに生み出した消費は1000億円という結果となっている。
一方、同じ梅田にある阪急百貨店うめだ本店と阪神百貨店梅田本店の売り上げは、合わせて100億円程度の減少にとどまったと日経新聞は報じている。つまり、単純計算ではあるが、大阪ステーションシティの誕生によって、新たに900億円もの市場が創造されたということだ。

また、2012年3月期のJR西日本の運輸収入を約50億円押し上げ、100キロメートル圏内の近距離券の販売も開業後、9%伸びたとのこと。専門店ビルのルクアが好調で、テナントから受ける不動産収入は65億円に達したとJR西日本からの発表がある。この中で最も注目すべきは、近距離切符の販売が9%伸びたという点にある。つまり、買い物や食事、あるいは映画といった楽しみに大阪の中心部に移動する、つまり都市観光したということである。

東京でも新たな鉄道の延伸・ネットワークによって、この都市観光の成功事例がある。実は池袋中華街構想と横浜中華街との比較について次のように指摘をしたことがある。その視点であるが、元町・中華街から乗り換えなしで埼玉県西部へ-直通運転できたことによる。つまり、観光地中華街への新しいアクセスによる集客効果である。
『横浜中華街の最大特徴の第一はその中国料理店の「集積密度」にある。東西南北の牌楼で囲まれた概ね 500m四方の広さの中に、 中国料理店を中心に 600 店以上が立地し、年間の来街者は 2 千万人以上と言われている。観光地として全国から顧客を集めているが、東日本大震災のあった3月には最寄駅である元町・中華街駅の利用客は月間70万人まで落ち込んだが5月には100万人 を上回る利用客にまで戻している。こうした「底力」は「集積密度の高さ=選択肢の多様さ」とともに、みなとみらい地区など観光スポットが多数あり、観光地として「面」の回遊性が用意されているからである。こうした背景から、リピーター、何回も楽しみに来てみたいという期待値を醸成させている。』

つまり、都市観光は日常観光であり、アクセスの良さは街の「テーマパーク化」には不可欠となったと言うことだ。このアクセスの良さを前提に、常に「変化」を取り入れ提供していくことということである。




「未知」探しに応えるテーマ世界

テーマのある街、歴史や文化を担ってきた街、共通する意志がそこに見られる街には必ず「賑わい」が生まれるというのが私の持論であり、40数年に及ぶマーケティングに携わる私の答えであった。
賑わいとは元気、活気、熱気、生き生き、といった「気」が溢れんばかりの様子のことである。こうした「気」を創るには、それこそ多種多様な方法が採られてきた。経産省が賑わいづくりを目的とした戦略補助金の交付事例を見ればその成功事例を見ることができる。こうした事例はこれはこれで良いと思うのだが、例えば「テーマのある街」と一般論を語ってもまるで意味はない。テーマは常に変化するものであり、生き物であるからだ。
情報の時代と言われて久しいが、過剰な情報時代の「今」は、逆に選択できない時代のことである。ある意味「未知」ばかりの時代に生活していると置き換えても構わない時代である。分からない事ばかりで、生活者が選択の物差しの一つに使うのがランキング情報である。こうした「未知」探しをどれだけ興味深く伝えるかがマーケティングの課題となっている。今回の「東京と大阪」には巨大なターミナル駅があり、そこには物理的に移動する人たちで溢れている。今までは移動の食と言えば駅弁であった。しかし、今や東京駅の「グランスタ」では「駅丼」が売られ、新大阪駅では「たこ焼き」となる。こうした知らない世界を食べるのも「楽しさ」の一つとなった。
また、東京でも大阪でも賑わいを見せているのがパンケーキなどの朝食レストランの「サラベス」であった。これも従来の「朝食」の概念、パンケーキなどの概念を変える「テーマ業態」であった。新しい概念としての「食」は、地域差を超えたまさに「未知」の食であり、行列ができるのはある意味当然のことである。
こうしたテーマ世界を一言で言うならば、新しい、面白い、珍しいテーマを常に顧客の消費動向を見続けて変化させ、「未知」なるものとしてどう提供していくかである。
また、数年前から流行り始めたのが「バル」という飲食業態で、語源の元となったスペイン居酒屋を始め、肉や焼きそばをテーマにしたり、あるいは幅広いメニューを用意した食堂スタイルなど、いわゆる多国籍飲食業態である。「ルクアイーレ」の地下2階にはこの「バル」を集積した飲食街がある。面白いことに大阪ならではの串カツをテーマにした「和」のバルもあって一つの特徴を出した飲食街となっている。そうした中で常に行列ができていたのが前述の「ワインバー、紅白」であった。
こうした「未知」なる世界の発見ができるのも「賑わいの街」の基本要素であろう。

中心から外れた、横丁・路地裏のNEWSに着眼

横丁・路地裏というと寂れた商店街をイメージするが、活気あるところはいくらでもある。「商店街から学ぶ」というシリーズでは、東京の「砂町銀座商店街」「興福寺松原商店街」「谷中銀座商店街」「巣鴨地蔵通り商店街」、もっと小さな単位でいうと、吉祥寺のハモニカ横丁、町田の仲見世商店街など独自なテーマを持って集客に成功しているところは多い。(詳しくは拙著「未来の消滅都市論」を参照ください。)
今回見て回った大阪の横丁・路地裏で面白かったのが、梅田のオフィスビルが立ち並ぶ曽根崎警察裏にあるお初天神通り、その中程にある横丁・路地裏で、自ら「お初天神裏参道」と呼ぶ一角である。お初天神は元禄16年(1703年)に神社の境内で実際にあった心中事件を題材に、近松門左衛門が人形浄瑠璃「曽根崎心中」を書いたことで知られている神社である。そんな歴史のある神社の参道商店街であるのだが、前述の高層タワーマンション計画地のすぐ裏手にある裏通りである。ここに12軒の飲食店がひしめき合っている。目指すは「道呑みのススメ」で、「道で・・・酒を呑もう、全力で楽しもう、旨いもの食べよう」とある。「ルクアイーレ」の地下の「バルチカ」のようなおしゃれな飲食通りではなく、通天閣のお膝元のジャンジャン横丁の若者向けミニミニ版といった雰囲気の狭い通りである。今回は行けなかったが、大阪の知人によれば阪急三番街の外れの高架下にあるかっぱ横丁も賑わっているとのこと。いずれにせよ、より強い、大阪風にいうとアクの強さをもつことによって一つの魅力を創り上げている。外れている方が、まとまって思い切り自由に表現することができるということだ。顧客の側もそうした自由さから生まれる「気取らない良さ」を楽しむということだろう。

実はこうした傾向は2000年代に入り、消費における大きな潮流として現れており、それは「表」から「裏」であった。当時使われたキーワードが「隠れ家」である。飲食店においても表メニューから裏メニューへ、そして裏であったまかない料理が表メニューとして出てくるようになる。つまり、「表」にNEWSが無くなれば寂れていくのだが、そのNEWSとは新しい、面白い、珍しいということに極まる。そして、いつまでも新しい、面白い、珍しいということはあり得ない。常にNEWSを創っていかなければならないのだが、そのNEWSは小さくても構わないということである。お初天神裏参道のように、「小さな通り」には小さなNEWSがあるということだろう。

日本の商店街の多くは寺社の参道からスタートし、今なお続いているところが多い。しかし、参拝者も高齢によりどんどん少なくなる時代である。東京浅草寺のように世界の観光地と化したところは別であるが、ほかの参道商店街は衰退していくところが多い。そうした参道にあって映画「フーテンの寅さん」のロケ地となった柴又帝釈天は、映画の終了とともに観光客は減少し、参道の商店街も衰退していく。渥美清というある意味キラーコンテンツを持った帝釈天も映画というNEWSを発信していかない限り明日はないということである。冒頭の東京駅「グランスタ」 における「駅丼」プロモーションではないが、駅弁だと峠の釜飯といった古くからある駅弁や季節の駅弁といった変化となるが、「駅丼」となるとちょっと気がそそられる、そんな小さなNEWSが重要になる時代である。

開かれたテーマパークUSJ

大阪の人たち、特に若い女子中高生にとってUSJは気軽に利用できる「遊び場」となっている。この遊び場は東京ディズニーランドが閉じられた空間であるのに対し、USJにもゲートはあるのだが、ユニバーサルシティ駅からUSJに向かう両側にはホテルと商業施設があって、いわば「参道」のような構造となっている。アトラクションが行われるゲートの先は遊びの「聖地」ということである。東京ディズニーランドにもゲートをくぐり、その先にはあのシンデレラ城があるのだが、USJのそれは参道を含めた一帯が遊び場になっている。たこ焼きミュージアムが入っているビルは大阪シティウオークという名前そのものの商業施設で、お土産だけでなく、例えばGAPファクトリーのような専門店まで入っている。
そして、大阪の人に聞くところでは、売り上げも好調とのこと。勿論、USJ自体の入場者数の伸びもあるのだが、開かれた空間の中で、あれも楽しむ、これも楽しむ、といったてんこ盛りエリアになっている。これは大阪ならではのサービス精神の発露であると思う。

そして、都市観光の時代はアクセスが重要であると書いたが、USJはまさにアクセスの良さは他にはない意味を持っている。関空利用の訪日外国人のアクセスの良さもあるのだが、それ以上に大阪近隣の女子中高生やファミリーにとって構えた観光旅行先としてのUSJではなく、もっと日常的な遊び場とするには、何と言ってもアクセスは重要である。JR環状線を利用すれば、大阪駅とユニバーサルシティ駅はわずか12分である。
USJのようなテーマパークだけでなく、都市観光の時代にあって「移動」は極めて重要な要素となっている。例えば、スポーツ観光という視点に立てば、野球がそうであるように東京ドームも横浜球場も駅に近く便利さは抜群である。サッカーはどうかというと埼玉も横浜も少し距離はあるがアクセスは良い方であろう。こうしたスポーツのみならず、都市を楽しむという観光視点に立てば「アクセス」からどんな楽しみを提供できるか逆算しても良いぐらいである。

中心化現象の進行は東京では湾岸エリアに人口移動が見られ、銀座にも至便な場所であると同時に、隅田川や東京湾という水辺のある生活を「都市別荘」と私は呼んだが、実は新しいライフスタイルを形成し始めている。そして、近隣の月島といった街には再開発されていない下町が未だ残っている。大阪で言うならば、梅田曽根崎に高層タワーマンションが計画されており、その裏にはお初天神裏参道といった路地裏があるように。都市には必ずこのような中心と外れ・周辺があり、それぞれがNEWSを発することによって、ある意味バランスの良い街が作られていることがわかる。中心部へと人口移動が進み、小学校のクラスが増設されるだけでなく、日常の買い物も銀座のデパ地下を利用するが、時には下町の老舗洋食屋で食事もし、地元の祭りにも参加してみる。あるいは、通勤自転車族が増え、東京駅周辺の不法駐輪が社会問題になるぐらいである。このように新しい都市型ライフスタイルが生まれている。

このように都市観光ばかりか、都市生活それ自体もアクセスが新たな変化を起こすキーワードになったということである。今回は駅ターミナルとその中心から外れた街を通してライフスタイルの一側面を観察してきた。それは地方創生と逆行するような時代変化であるが、逆に地方こそこうした都市的な構図、ライフスタイルを街づくりに生かさなければならないということであろう。そうしない限り、ますます地方から都市へと人口移動が進んでいく。
今、コンパクトシティ構想が各地方で立案されているが、地方においてもこうした「都市的なもの」を取り込み、昔からあるお初天神裏参道のような「外れ文化」や、ザ・大阪と呼ぶにふさわしい新世界ジャンジャン横丁のような「古の文化」とをうまく編集していくことがこれからの街づくりの鍵になるであろう。

また、こうした着眼は都市と地方ということだけでなく、「中心」と「外れ」に置き換えても同じである。例えば、中心となる大規模商業施設とそこから外れた旧商店街、人が集まる駅と裏通り、あるいはSCの中心フロアと一番端にあるデッドスペース、こうした構図も同様である。どんなテーマで編集をするのか、小さくてもNEWSを発信できるかによって、街は生きもし、死にもする。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:16Comments(0)新市場創造

2016年11月20日

未来塾(26)  「街から学ぶ」 東京・大阪編(前半)

ヒット商品応援団日記No664(毎週更新) 2016.11.20.

この未来塾をスタートさせた当初のテーマが「街から学ぶ」であった。浅草や秋葉原、吉祥寺、町田といった街に現れている時代の変化を観察するものであった。今回は東京と大阪を対比させながら、都市における進化、特にそれらが特徴的に出ている駅ターミナルと横丁・路地裏を通して時代変化の観察をしてみることとした。




「街から学ぶ」

時代の観察
東京・大阪編

駅ターミナルと横丁・路地裏


この未来塾をスタートさせた当初のテーマが「街から学ぶ」であった。浅草や秋葉原、吉祥寺、町田といった街に現れている時代の変化を観察するものであった。今回は東京と大阪を対比させながら、都市における進化、特にそれらが特徴的に出ている駅ターミナルと横丁・路地裏を通して時代変化の観察をしてみることとした。より具体的に言うと、東京的なものと大阪的なものとは何か、さらには都市的なものの代表としての駅ターミナルとその裏側に必ずある横丁・路地裏、別の表現をするとすれば「中心と周辺」あるいは都心と郊外、更に言うならば再開発と昔ながらの街並みといったことを視野に入れて時代の変化がどのように現れているかを取り上げてみることとした。

若い頃から大阪にはいくつかの得意先があって、新幹線は通勤電車のように利用してきた。忙しい時などは月水金と日帰り出張するということも多く、そうした日常にあって街の「変化」はなかなか感じにくいものとなる。今回はほぼ3年ぶりに大阪を訪れることになったが、大阪の知人にここ数年「大阪発」で注目されている商業施設や専門店、あるいはエリアについて聞いてみたところ、ほとんどの人はユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)をまず挙げていた。一方、前評判の高かった万博エキスポランドの跡地に建てられた7つの複合施設+αの「エキスポシティ」はオープン当初話題になったが、その後は話題にすら上がっていないとのこと。その知人の一人は前者のUSJは大阪的なものがあり、後者のエキスポシティはどちらかと言うと東京的な商業施設であると指摘をしていた。

また、大阪では昨年12月新大阪駅の在来線の上に新たにエキマルシェがオープンし、当初は連日行列ができていたとのこと。現在はそれほどではないが、後述するがエキマルシェには串揚げのような大阪的な飲食店や土産物店が集積され、ある意味東京駅地下の「グランスタ」のミニチュア版のようであるとも。ここにも駅ターミナルならではの「大阪的」「東京的」その共通と違いが出てきている。

都市の進化、中心化現象の進行

ところで「中心化」という概念にはいくつかの意味が含まれている。大きくは都市の進化の過程にあって、地方から都市部への人を中心とした移動であり、小さな単位で見れば郊外から移動の核となっている駅周辺への集中のことである。より具体的に言うならば、東京の場合今話題の江東区豊洲や中央区勝どきをはじめとした東京湾岸地区には高層タワーマンションが林立し、子育て世代の大移動が数年前から進行している。少子化の時代にも関わらず、例えば中央区月島第三小学校は9教室が増設へと計画されている。

エリア間競争という言葉が使われて久しいが、東京湾岸地区はモノ集積、情報集積、人の集積、金融の集積、それら集積力が都市の魅力として人を引きつけ移動を促している。その魅力とは常に「変化」という刺激を与えてくれることに他ならない。新しい、面白い、珍しい「何か」と出会えるのが都市の魅力であり、商業はそうした「未知」を提供する競争の時代となっている。
ちなみに勝どきから地下鉄大江戸線に乗れば銀座までわずか19分である。特に、東京はTOKYOであり、変化し続ける世界中の「今」を体験できる都市となっている。

 更に、子育て世代のみならず今後の最大マーケットである団塊世代を見ても分かるように、経済的ゆとりのあるシニア世代にとっては、食事をしたり、映画を見たり、散策が楽しめる緑のある環境があり、都心部での住まいは快適そのものである。つまりサービス集積度が高い、一種の「都市別荘」のような暮しがあり、これからも周辺部から中心部への人口移動は進む。

中心部においては多様な選択肢のある商業集積がある。そこには「お得」も「好み」もあり、消費満足度は高い。そして、中心部においては消費増税にも関わらず、こうした暮し満足度を維持することができる。
 一方、消費量の少ない周辺部、地方においては、結果価格は高くなり、しかも好みの選択肢も限られる。既に数年前から「買物難民」が出ているが、エリア格差は更に広がり、周知のように地方ばかりか都市部においても過疎化は進み、商店街もシャッター通り化する。こうした「買物難民」という隙間市場には移動販売という新たなビジネスもまた生まれてはいるのだが。
ところでこの「中心化」はどこへ向かっているか、下記の図はその潮流を表したものである。




中心、その巨大化する駅ターミナル

東京駅、大阪駅・新大阪駅、2つの巨大なターミナル駅には多くの見るべき側面がある。ターミナルという言葉が指し示す内容であるが、基本的には新幹線を始め在来線など交通機関が多く集まり、人の乗り降りが多い場所のことである。
東京駅の場合は2015年度の1日平均乗車人員は434,633人、JR東日本の新幹線の1日平均乗車人員は77,677人、東海道新幹線は2013年度の1日平均乗車人員は93,354人、さらには乗り入れている地下鉄は2015年度の1日平均乗降人員は196,687人となっている。

大阪駅の場合は、新大阪駅新幹線の2015年度JR西日本の1日平均乗車人員は55,756人、JR東海 は1日平均乗車人員は78,000人、さらには市営地下鉄 の1日乗降人員は143,021人となっている。大阪駅の場合は、1日の乗車人数は431,743人。隣接する梅田駅における阪神電車の1日平均乗降人員は164,755人、阪急電車が545,067人、さらには市営地下鉄の梅田駅には1日乗降人員は442,507人、・・・・・・・・隣接する周辺の駅の乗降客を入れるとこれも巨大なターミナル駅を形成している。

注目すべきは東京・大阪共に、駅構内の改修や駅ビルの開発によって、駅の乗降客数が増加していることにある。東京駅の場合は駅ナカと呼ばれている物販店・飲食店を集積させた「グランスタ」、大阪駅の場合は駅ビル「大阪ステーションシティ」と新大阪駅在来線上の「エキマルシェ新大阪」の開発による集客効果によるものと考えられている。このように両巨大駅の乗車人数が公開されているが、「グランスタ」も「エキマルシェ新大阪」もいわゆる駅ナカ商業であり、移動途中での立ち寄り人数は含まれてはいないため、数字以上の人が行き交う、まるで巨大スクランブル交差点のごとき空間となっている。
これも商業集積による一つの「中心化現象」の一つであるが、何故人を惹きつけ、その中心へと向かわせるのか。そして、そこに「東京的なもの」と「大阪的なもの」、そして「共通する魅力」を明らかにしてみたい。

テーマパークとなった駅ナカ

テーマパークとは一般的には特定のテーマに基づいた観光施設のことであるが、従来の「観光」概念から変化してきた経緯がある。古くは1980年代のリゾート法制定によるバブル期の娯楽やレジャーを目的とした遊園地や博物館、商業施設であったが、その多くはバブル崩壊と共に撤退あるいは廃墟となって今日に至っている。問題なのは、「今」生活者が求めている「楽しみ」とするテーマは「何か」である。
例えば、庶民の娯楽・レジャーであるパチンコはどうかというと、平成初頭の利用人口は約3000万人、約30数兆円産業と言われていた市場規模も、2003年には20兆円を切り、2013年には利用者は1000万人を切り、市場規模は18.8兆円まで落ち込んできている。つまり、デフレの時代にあって、庶民の娯楽・レジャーではなく、特定のヘビーユーザーの楽しみに変化してきているということである。収入は増えないデフレの時代の消費、日常の中に「小さな楽しみ」を見つけ、取り入れることに消費のテーマは移ってきている。
こうした「小さな楽しみ」の代表が「食」であり、この10数年食をテーマとしたテーマパーク、テーマイベントに生活者の圧倒的な支持が移ってきた。東北地域で盛んに行われてきた昔ながらの芋煮会もあるが、そうした地域固有の「食」を町おこしのコンテストイベントとしたのが「B-1グランプリ」であった。こうした楽しむフードイベントは、以降肉フェスやラーメンフェスを始めとした全国各地の食のテーマパークイベントとして進化してきている。
そして、生活者の食への興味関心事は、街の「食べ歩き」へと広がり、商業施設でいうとフードコートとなって現れてきた。さらに、こうしたテーマも多様化し、「激辛」「エスニック(民族・郷土)」あるいは「レトロ(昭和・明治)」といった裾野の広がりをも見せている。これは「テーマ」も経験を重ねることによって進化していくということである。故郷の味を楽しむといった喜び、あるいは未知の食への期待・満足といった幸福感まで幅広い「楽しみ方」はある。そうした個々の楽しみに応えて集積するのが「テーマパーク」である。

こうしたテーマを持った本格的な駅ナカが東京駅の地下にある「グランスタ」である。2007年秋店舗面積約1500m2の商業施設・駅ナカとしてスタートしたが、その後専門店のMD改良と並行して改札外にある東京駅一番街や丸の内グランスタと、東京駅ホーム下に一大地下街が広がる。まさに集積密度の高い一大テーマパーク、特にフードパークとなっている。オープン当初は「東京駅地下にデパ地下ができた」と表現されていたが、現在は「駅」、「ターミナル駅」ならではの、デパ地下とは異なる特徴あるテーマパークへと進化している。「グランスタ」を運営するJR東日本グループの鉄道会館によれば、2017年夏までに丸の内側に4期に分けて増床するという。2016年3月期の売り上げは140億円(前年同期比10%増)で、新規増床分の売り上げは100億円を見込んでいるとのこと。

東京駅という玄関口の意味

駅は多くの人が個々異なる目的を持って行き交う移動の玄関口であるが、その多くの人とは都内のビジネス目的の人もいれば地方に目的を持って移動する人もいる。10月末には訪日外国人が2000万人を超えたように人種も多様な様々な人が東京駅を訪れる。年齢も、性別も、人種も、勿論目的も異なる人に対する「食」を中心とした「楽しみ」を提供するテーマパークである。
拙著「未来の消滅都市論」にも書いたが、その中で東京を「エスニックタウンTOKYO」というキーワードで表現した。世界各国から人が集まる、渋谷駅前のスクランブル交差点のようだと。つまり、東京は世界各国から人が集まった雑居都市であると指摘したことがあった。東京駅の場合、そうした世界の中の玄関口という意味と共に、勿論全国各地方の玄関口として2重の玄関口としての商業施設であり、その最大特徴が「食」のテーマパークである。
面白いことにテーマパークには東京オリジナルの食もあれば、日本各地の名物・名産が集積していることにある。東京オリジナルの食としては「浅草今半」の牛肉弁当を始め、「築地松露」の卵焼きサンドなどユニークな専門店が出店している。一方、地方からは大阪梅田「豆狸」のいなり寿司や仙台の「仙臺たんや 利久」の牛たん弁当など全国の食が集積されている。つまり、東京駅に行けば全国のうまいものが食べられるということだ。そして、中央コンコースには「駅弁屋」という専門店もあるのだが、冒頭の写真のように駅弁ならぬ「東京駅丼グランプリ」というプロモーションが行われていた。こうした新たな「変化」をも取り入れているのが「グランスタ」である。これが「ターミナル駅」ならではの楽しい食のテーマパークとなっている。

東京駅の表通りと路地裏横丁

こうした「グランスタ」が東京駅のテーマパークの表通りならば、隣接する東京駅一番街はいわば横丁路地裏である。東京駅一番街は八重洲側の東海道新幹線下の地下街で、より強いテーマ世界を持った商業施設となっている。その代表店がラーメンストリートのつけ麺の「六厘舎」であろう。都内大崎で行列が途切れることのない店として東京を代表するラーメン店であるが、東京駅一番街でも写真のように行列が店を囲んでいる。当然といえばそうであるが、店の出口には「お土産コーナー」があり、地方から出てきた人への対応もしっかりとできている。勿論、東京駅というターミナル駅であり、九州ラーメンを始め全国の名物ラーメン店が集積されていることは言うまでもない。

この東京駅一番街にはラーメンストリートの他に「東京おかしランド」と「東京キャラクターストリート」があり、3つのテーマパークを構成している。古くからの隣接する八重洲地下街との競争もあり、単なる地下商店街では顧客の評判を取ることは難しい。面白いことに「東京おかしランド」はアンテナショップの役割を果たしているとのことだが、その中に「カルビー」とポップコーンの「ギャレット」が出店している。この2店は原宿にも出店しており、ある意味原宿同様東京駅も観光地になったということであろう。
そして、改札内の「グランスタ」との一体化を図る意味合いから、横丁路地裏としての東京駅一番街もフードテーマパークをより強めていく新ゾーンが計画され11月22日にオープンする。その新ゾーンは「にっぽん、グルメ街道」で、北海道から九州までの全国各地の名店がゾーンを構成するとのこと。第1期と2期に分かれて出店するとのことで、第1期は「函館立喰い寿司 函太郎」「横濱 崎陽軒 /シウマイBAR」「富山 白えび亭東京駅店」の3店であるが、特徴ある飲食が導入され、より楽しみを強めていくテーマパークとなるであろう。

中心化の象徴、大阪ステーションシティ

大阪駅に新たな駅ビル「ルクア」が開発され、大阪駅を囲むように、大きくは「ルクア」「ルクア 1100」「大丸」、そして「ホテルグランヴィア大阪」の4つのゾーンが造られ、それらを総称して「大阪ステーションシティ」と呼んでいる。まさに言葉通りのシティ・街である。2011年5月に開業し、確か数ヶ月後にその駅ホームを見下ろす吹き抜けのドーム型の建築にも興味があったので隅々まで見て回ったことがある。

その巨大さへの注目もあったが、核テナントとして三越伊勢丹が入り、「東京的なもの」が大阪の中心を構成するという、いわば生活者に受け入れられるものかどうか、という興味もあった。当時感じたことだが、「果たして東京スタイルのままでうまくいくのであろうか」というのが売場を見た率直な感想であった。案の定と言ったら語弊があるが、その三越伊勢丹は開業3年後の2014年、売り上げ不振により改装に入る。翌年2015年4月店名を「ルクア 1100(イーレ)」に改めてリニューアルオープンする。三越伊勢丹は一部のフロアを残し、撤退したということである。

今回百貨店の売り場が「ルクア 1100」としてどのように SC(ショッピングセンター)へとリニューアルし、既にある「ルクア」との統一感を見てみたかった。その「ルクア 1100」であるが、1階及び2階フロアが随分変わったなというのが第一印象であった。両フロア共におしゃれ雑貨・生活小物雑貨が集積されており、価格もリーズナブルでまさに SC的 MD構成・売り場となっている。
一方、地下の靴売り場を見て従来の百貨店的売り場構成となっており、ガラッと雰囲気が異なるフロアになっている。そして、いわゆるデパ地下の食品フロアについては集積度は低く、中途半端なものとなっている、そう感じた。というのも隣接する阪急百貨店におけるデパ地下は圧倒的な食品の集積度を持つ、おそらく全国一の売り上げ百貨店との競争を踏まえての感想である。

「ルクア 1100」、2つの行列店

ところでリニューアルした「ルクア 1100(イーレ)」には2つの代表的な行列店がある。その一つが2012年新宿ルミネに初上陸したパンケーキなど朝食メニューの「サラベス」である。そのサラベスはニューヨークの朝、店頭から伸びる行列はマンハッタンの風物詩となるほどの朝食レストランである。サラベスのオープンによってパンケーキなどのブームが起きたことはいうまでもないことである。そして、大阪においても行列のできる人気店となっている。
これは東京・大阪という地域固有の受け止め方よりも、「サラベス」のパンケーキは、それまでのパンケーキとはある意味で全く異なる新しい、珍しい、面白い「朝食スタイル」を持ったデザートレストランだからである。つまり、一言で言えば、そのスタイルとは、ホテルの朝食程度であった業態に、フレンチトーストやエッグベネディクトなどをメインディッシュとしたリッチな朝食レストラン業態を確立した点にある。市場規模も異なり小さいが、マクドナルドのハンバーガーの日本導入のように、今まで無かったスタイル、アメリカンスタイルを食べてみたいということと同じである。地域差、食習慣を超えた、一つの「食」のパラダイム転換を果たしているということである。

もう一つが「バルチカ」という地下2階にある「ワインバー紅白(コウハク)」である。実はサッポロビールの直営店であるが、大阪、神戸、京都といった関西には出店しているが、東京には出店していないことからほとんど東京では知られてはいない。東京では子会社のサッポロライオンの「グランポレール」というワインバー業態があるが、関西ではサッポロビールによる「紅白(コウハク」という業態の2つに分かれている。この違いについてはメニューをはじめとした「スタイル」にある。大阪の「紅白(コウハク」の方はよりリーズナブルな価格設定になっており、さらにメニューの中でも「大根ポルチーニソースかけ」(140円)が人気となっている。いわゆる洋風おでんであるが、他にも「丸ごとトマトのコンソメあっさり煮」(260円)、 「ボイルドエッグのコンソメ煮」(160円)と、洒落たメニューのうえ、とにかくリーズナブルである。この安さとスタイルが若い世代の圧倒的な支持を得ている。
この「バルチカ」は串揚げや多国籍料理などの飲食店が「屋台」のように工夫された店づくりの通りとなっている。こうした屋台ストリートは大阪的で若い世代に人気なのがよくわかる。特に「紅白(コウハク)」は2回ほど覗いたが、1度は行列ができており、もう一度は午前11時15分にもかかわらず、8割ほど席が埋まっていた。(ちなみにオープンは午前11時である。)
大阪の中心に、「サラベス」という新しいパラダイム転換を促した業態店と、「紅白」といういかにもザ・大阪と呼ぶにふさわしいおしゃれ業態店があるのも「中心化現象」の面白さである。

中心化がさらに進む大阪梅田

この大阪中心部開発については、大阪ステーションシティの次には「大阪北小学校跡地・曽根崎幼稚園跡地」の再開発事業が計画されている。住友不動産が開発を行うことになった事業だが、建物の規模は地上56階建て、高さ約193mとなっている。低層部にオフィスと店舗等、高層部には約900戸のマンションに加え一部ホテルが入るという複合型の超高層タワーマンション計画である。大阪梅田のど真ん中にタワーマンションができるのだが、これも「大阪的」と言えばコトは終わってしまうが、東京駅前にタワーマンションを造るということと同じで、東京では考えられない計画であろう。ちなみに、エントランスは「お初天神通り」側が予定されており、梅田の地下街にも繋がる計画であるとのこと。何れにせよ、大阪においても「中心化」がさらに進行しているということである。
そして面白いことにこのお初天神通りに「お初天神裏参道」という横丁が作られている。梅田側から中程入ったところの横丁に、これも大阪ステーションシティの「バルチカ」ではないが、屋台ストリートとなっている。超高層タワーマンションの隣り合わせのような路地裏なので、このまま商売が続けられるのかわからないが、こうした猥雑感も大阪的と言えば「大阪的」かもしれない。

新大阪駅の「エキマルシェ新大阪」

昨年12月にJR西日本の在来線の上、3階部分に増床した飲食及びお土産など物販店の商業施設である。駅商業施設の位置付けとしては、東京駅「グランスタ」のミニ版と言った方がわかりやすい。
ところで新幹線を利用して大阪に行った経験のある人であれば。新幹線ホームの下の2階には、市営地下鉄から駅に向かう途中には飲食・物販の地下街がある。更には、1階部分にも飲食街があり、従来は、こうした場所で待ち時間を利用しての食事や関西土産などを買い求めていた。
前述の東京駅との比較でいうと、この従来型商業施設は八重洲地下街に該当し、「エキマルシェ新大阪」は「グランスタ」に該当する。つまり、古い地下街とは異なるミニテーマパークとなっているということである。
ところでマルシェとは市場のことであるが、テーマパーク的に言うならば、「大阪市場」、大阪ならではの市場である。「大阪」と言えば、コナモン、串揚げ、・・・・・・・その代表的な店が道頓堀にあるたこ焼きの「くくるハナタコ」、梅田地下街で立ち食い串揚げで知らない人がいないほどの「松葉総本店」、大正11年創業の老舗オムライスの「北極星」、他にも周知の豚まんの「551」や老舗中の老舗和菓子おはぎの「いなば播七」、更には在来線で40年愛されてきた立ち食いうどん&そばの店「浪花そば」もエキマルシェに移転してきている。
東京駅「グランスタ」が全国の「食」を集めた「フードパーク」であるのに対し、「エキマルシェ新大阪」は大阪人に愛されてきた「ザ・大阪」を集積したミニテーマパークとなっている。ちなみに売り上げであるが、年間約70億円を計画しているという。

今一番元気なUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)

周知のUSJであるが、2001年3月31日にオープンしたエンターテイメントテーマパークである。スタートした当初は来場者数も計画通りにはいかず苦戦していると報じられていた。終了したテーマエリアやアトラクションも多く、その代表例が西部劇映画をテーマとしたウエスタンエリアで2006年に終了する。多くの試みを実行するのだが、2011年ごろまでは年間の来場者数も800万人と低迷する。しかし、転換点となったのが2014年7月15日に、大ヒット映画「ハリー・ポッター」シリーズをテーマとしたエリアのオープンであった。結果、開業以来の1,000万人を上回る1,050万人を超え、2014年度には1,270万人を記録する。そして、2015年10月の月間入場者数が175万人を超え独自試算で東京ディズニーランドを超えたと発表した。

こうした大ヒット作による集客効果もあるが、例えば、アトラクションに於いても「ハッピー・サプライズ・サマー」のように来場者と一緒に「水鉄砲で水かけっこして」遊ぶといった、小さなアトラクションの積み重ねが来場者増へとつながったという背景がある。こうした「サプライズ」はまさに「大阪的」発想によるものと言える。ちなみに2014年度の「ハッピー・サプライズ・サマー」は、以下のようなニュースをリリースしている。

“世界イチの親子になろう。”
大好評の時間予約システム『よやくのり』を使えば、
アトラクションの待ち時間に、夏イベントをとことん遊びつくせる!
興奮度もびしょ濡れ度も、過去最大級にスケールアップ!
大人気イベント『ウォーター・サプライズ・パーティ』に、“キッズエリア”が新登場!

昔懐かしい「水かけ遊び」といってしまえばそれで話は終わりだが、アトラクションの待ち時間を使った親子が水を掛け合って遊ぶという今では出来無い「場所と時間」に着眼したのはさすがである。しかも、このサプライズアトラクションにはそれほどの多くの投資を必要としない。まさに泥臭い「ザ・大阪」である。

ユニバーサルシティウォーク、大阪たこ焼きミュージアム

USJには東京ディズニーランドと同様に、趣向を凝らした多種多様なフード&レストランがあるのだが、園外のユニバーサルシティウォークに、これも大阪では初めての「大阪たこ焼きミュージアム」がある。下車駅から USJに行く途中には2つのホテルとその反対側に隣接する商業施設にあるのだが、店舗数は約60店舗。飲食・物販など、さまざまなテナントが入居している。
大阪の人に言わせると、お好み焼きと同じようなコナモンのたこ焼きの名店が一堂に会したのは大阪らしいとのこと。「エキマルシェ新大阪」にも出店している「くくる」をはじめ5店が出店している。
そして、毎日パフォーマンスショーが行われており、USJとはまた異なるミニイベントが用意されている。これも大阪ならではの旺盛なサービス精神の賜物であろう。
東京ディズニーランドとの比較でいうと、東京ディズニーランドが閉じられた空間の中でのエンターティメントであるのに対し、USJは駅から始まるユニバーサルシティウォークという言葉に表れているように、USJのゲートという境はあるものの「全体」が楽しめるようにつくられている。これも大阪ならではのサービス精神溢れる「楽しませ方」なのかもしれない。

中心から外れたハジハジ、辺境に新たな芽

東京も大阪も、都市における中心化はこれからも進んでいく。地方創生とは逆行するような変化であるが、こうした中心化から外れたエリアに今までとは異なる新しい芽が生まれてきている。これは都市と地方という構図だけでなく、人が集まるエリア、駅、大型商業施設といった「中心部」からちょっと外れた「周辺部」の新たな「動き」の事である。

都市と地方という構図であれば、今話題となっているのが「秘境駅」や「無人駅」、以前は流行っていた「今は廃墟遊園地」や「今は無人島」、といったある意味「未知」への探検である。この未知という想像の入り口を通り、過去の世界を巡る「オタク」による巡礼である。
こうした秘境駅に関連するマーケットは、勿論極めて小さい。しかし、そこまでの秘境ではなく、いわゆる「隠れ家」や「未知なる場所」への興味・関心は高い。20数年前までは、誰も見向きもしなかった秋葉原が、オタクのアキバとして観光地になった例もある。

今回は時間がなくて行けなかったが、大阪のシンボルタワー・通天閣のある新世界が新しい観光スポットとなっているという。大阪人であれば周知の場所であるが、最寄駅はどこかというと、環状線だと新今宮駅、地下鉄だと恵比須町駅下車で、難波や天王寺といった新しい街並みから外れた、再開発が行われていない真空地帯のようなエリアである。庶民の街、串カツ、立ち飲み、ピリケンさん、大衆演劇場・・・・・ディープなこれぞ大阪が今なお残っている下町に、訪日外国人を含め新たな観光名所になっているという。大阪風に言えば、コテコテの派手な看板がひしめき合う新世界の街並みは、おそらく大阪に唯一残っている昭和レトロな場所である。東京でいうと、浅草と上野アメ横を足したような一角である。

何故こうした忘れ去れらたような「外れ」、あるいは「真空地帯」に人が集まるのか、「何でもある」時代にあって、「ここしかない違い」を新たに創造するしかないのが、「外れ」「真空地帯」の事業者である。この「違い」創造のアイディアについては未来塾の「差」をどうつけるかというテーマで「差分」という概念を使って描いたことがある。時代ならではの新しい「差」の創 り方 を「俺のフレンチ」を始めいくつかの事例を踏まえて分析した。その中でほぼ4つの「違い」づくりで整理をしたことがあった。
1、迷い店
2、狭小店
3、遠い店
4、まさか店
つまり、都市生活に於いては「便利さ」が基本となり、それが当たり前の時代にあって、上記4つはある意味で不便で合理的ではないと思ってしまうが、逆にそれらを逆手に取ることにより「新鮮」な出来事にしてしまったということである。迷って迷ってたどり着く面白さ、遠くても食べたい達成する面白さ、そうしたゲームのような満足さを売り物とする商売である。

そして、実は4つだけでなく5つめがあるとして指摘をした。街場の商店の最大競争力、他に代え難い「差」は人であると。大阪新世界・ジャンジャン横丁の町並みとそこで提供される浪速のサービスは「固有」で、日本人が忘れてしまった世界である。逆に、日本を俯瞰的に見て、その合理的な物差しでは測ることのできない魅力に圧倒される海外の人こそ、日本の魅力を正確に見てくれている。あのアキバのアニメやコミック、さらにはAKB48のように。訪日外国人が「観光」したいと思っている世界こそ、実は競争力となる「差」があるということだ。
勿論、こうした「人」は東京の商店街にも、地方の食堂にも、名物おばあちゃんや頑固おやじとして今なお旺盛なサービス精神でもてなしてくれている。レトロ、昭和という時代のキーワードは実は「人」の中に残っているということである。(後半に続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:43Comments(0)新市場創造

2016年11月12日

逆襲が世界に広がる

ヒット商品応援団日記No663(毎週更新) 2016.11.12.

次期米国大統領がトランプ氏に決まった。多くの人は、特にマスメディアや国際政治の専門家はその予測違いに驚き番狂わせであるとしているが、結論から言えば英国のEU離脱と同じことが米国でも起こったということである。私は「パラダイム転換から学ぶ」(概要編)というブログの第一回目に「グローバル化する世界、その揺り戻し始まる」と書いて、英国のEU離脱は単なるポピュリズムであると、したり顔で評論する識者とは異なるコメントをした。確かに世界の「パラダイム(価値観)」の潮流はグローバル化による垣根のない世界であった。

しかし、新大統領がトランプ氏に決まった瞬間、それまでの「隠れトランプ支持者」という言い方を止め、マスメディアもやっと英国のEU離脱と同じ潮流、反グローバル化が背景にあると言い始めた。グローバル化によって得られたこともあるが、同時に失ったものもある。格差の大きな米国にあって、グローバル化の象徴が世界の金融が集まっているウォルストリートであり、そこから資金を得てきたのがヒラリー・クリントン氏であった。一方、トランプ氏が訴えたのは、グローバル化から取り残された、あるいは負け組みとなったアイオワ州をはじめとした中西部の製造業に的を絞り、丁寧な対話を繰り返した結果であろう。ある意味、どんどん中流層がなくなり、グローバル化によって得られたのは一部の金持ちだけで、格差がいかに深刻であるかが表へと出てきた。大きく揺れ戻した振り子がドナルド・トランプ氏に触れたということだ。

日本のメディアは常にそうであるが、暴言王とか、差別主義者、排外主義者といった極小部分のみに焦点を当てたおもしろ報道しか行って来なかった。しかし、トランプ氏が言う米国第一主義とは言葉を替えれば国益を最優先する愛国者であり、中西部の田舎のおじさん、おばさんの代表であるということだ。そして、グローバル化から取り残された白人労働者、破綻した鉄鋼などの製造業工場群、そうした人たちの思い、本音を代弁したと言うことだ。そうした意味でグローバル化=自由貿易協定のTPPには反対であるし、保護主義的になるであろう。
しかし、面白いことにトランプショックから一夜明けた翌日には、米国及び日本の株価は大きく戻す結果となっている。トランプ氏の言う減税策、所得税減税の他に、法人税率を現行の35%から15%に引き下げる内容となっている。どこまで赤字財政としてやっていけるかわからないが、こうした景気浮揚策をはじめ公共投資策が没落製造業にとって光明になったことは事実であろう。
こうした経済政策はことごとくヒラリーー・クリントン氏とは正反対であった。つまり、今回のトランプ大統領を誕生させたのは、「ヒラリー・クリントンの下では何の変化も起こらない」と言う既成政治への不信、Noであったと言うことだ。8年前のオバマの「チェンジ」は製造業では「先進製造業」を重視した政策運営を進めてきたが、確かな成果は得られてはいない。いずれにせよ「変化」を求めた人たちがトランプ氏に一票を入れたということである。まさに、東部州やカリフォルニア州に対する、中西部州の逆襲であり、取り残された白人労働者や製造業の逆襲であり、懐かしき米国復活を求めた逆襲であると言えよう。新聞メディアを中心に「分断」「亀裂」の修復が必要であると言うが、元々米国は移民による雑種国家である。ただ今回の選挙によって、以前からあった溝が表に出てきたことは事実である。カリフォルニア州の反トランプの若い世代は、トランプ米国からの独立を主張しているが、これも英国のEU離脱の時と同じである。

実は前回のブログで創業者はワンマン経営者で、しかも現場経営主義者であるとし、ユニクロの柳井社長をはじめ創業経営者について書いた。トランプ氏にとって、外交や防衛といった政治のプロではない。しかし、ビジネスリーダーとしてやってきたその経験と才能は持っている。ワンマン経営者というと傲慢の象徴であるかのように思いがちであるが、ワンマンであるとは、めげない、諦めない、とことん成功するまでやり遂げる強い精神力を持った人物のことを指す。サラリーマン社長とは根底から違うということである。米国製造業の復活が可能であるか、それはわからないが、例えば米国とカナダ、メキシコは自由貿易協定(FTA)を結んでいる。そして、メキシコは今や年間290万台以上の車を生産するまでの自動車生産大国になっており、その8割が輸出されている。この生産台数は世界で8位、輸出台数では世界で第4位だ。ホンダ、マツダ、日産といった日本車もメキシコに工場を持っており、もちろん米国市場へと輸出されている。トヨタも2019年からカローラを北米市場向けに生産する予定だ。これから日本の自動車産業はどうなるか、トランプの米国がFTAから離脱する可能性は皆無ではない。トランプ氏がメキシコという国を取り上げ国境に壁を造るなどと発言しているのは、単なる不法移民のことだけではない。メキシコの労働コストは中国やブラジルよりも安く、しかも安定している。だから北米市場を睨んで多くの世界企業がメキシコに進出しているのだ。

トランプ大統領の誕生は、TPPがどうなるかといった問題だけでなく、日本を含めた世界のグローバル企業は多大な影響を受けることは間違いない。日本の場合もこの20数年で産業構造は激変してきた。「パラダイムの転換から学ぶ」(概要編)にも書いたことだが、例えば、産業の米と言われた半導体はその生産額は1986年に米国を抜いて、世界一となった。しかし、周知のように現在では台湾、韓国等のファ ウンド リが台頭し、メーカーの ランキングではNo1は米国のインテル、No2は韓国のSamsung である。世界のトップ10には東芝セミコンダクター1社が入るのみとなっている。 あるいは重厚長大産業のひとつである造船業を見ても、1970年代、80年代と2度にわたる「造船大不況」期を乗り越えてきた。しかし、当時と今では、競争環境がまるで異なる。当時の日本は新船竣工量で5割以上の世界シェアを誇り、世界最大かつ最強の造船国だった。しかし、今やNo1は中国、No2は韓国となっている。米国の製造業も同様だということだ。

ところでトランプ大統領によって米国が変わるとは世界が変わることでもある。多くのマスメディアや政治評論家は楽観視しているが、英国のEU離脱というショックどころではない。グローバル化という潮流から、自国第一主義へとその流れを変えていくことが始まれば、日本経済も当然変更を余儀なくされる。トランプ氏は強力な交渉人となって各国と渡り合うことだろう。ドゥテルテ比大統領が就任後、中国や日本から多くの資金などを手に入れたが、やり方は異なるとは思うが、トランプ大統領も同じ「やり手」であることは間違いない。そして、やり手の主要な交渉相手はまずは中国であり、対中交渉にその本質が見えてくる。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:26Comments(0)新市場創造

2016年10月18日

創業者から見えてくること  

ヒット商品応援団日記No662(毎週更新) 2016.10.18.

ユニクロの決算会見のニュース及びその内容を新聞などで読みながら、ああ柳井会長も根っからの創業者なんだなと強く思った。「根っからの」とは超ワンマン経営であり、超現場経営であることをまざまざと感じ入ったからである。実は私はダスキンの創業者である鈴木清一社長と亡くなるまで直接マーケティングの仕事をさせていただいたことと、同じ会社の隣のチームは日本マクドナルドを担当し、これも創業者である藤田田社長の経営や人となりについて多くのことを見聞きしていたからである。
何故今創業者が注目されるのか、創業から何を学べば良いのか、多くの企業がその原点に戻りつつあるからである。1999年にAIBOを世に出し、2006年にロボット事業から撤退したソニーが、同分野に再参入する。撤退から10年周回遅れのソニーは大丈夫なのかと危惧される声もあるが、そのことよりAIBOの先にあるAI(人工知能)の無限の可能性を睨んでいた創業者の理念に戻ろうということの方が大きい。その創業精神とは「他人がやらないことをやれ」という不可能への挑戦で、「他社に真似されるものを作りなさい」という未来を期待させるものであった。しかし、ことごとくアップル社に先を越されてしまった先端技術のソニーを取り戻すことである。勿論、そのまま10年前の過去に戻ることではない。むしろ、過去の創業者から学び、ある意味で創業がそうであったように再び「一つの革新」を起こすためであると理解すべきである。
実は創業期には理想とするビジネスの原型、ある意味完成形に近いものがある。ビジネスは成長と共に次第に多数の事業がからみあい複雑になり、グローバル化し、視座も視野も視点もごちゃ混ぜになり、大切なことを見失ってしまう時代にいる。創業回帰とは、今一度「大切なこと」を明確にして、未来を目指すということである。

そのユニクロの記者発表であるが、上半期の決算でも業績の下方修正に触れて「値上げに失敗した点」にあると、更には大企業病にもかかっていると、その原因を認めていた。今回の年度決算に於いても同じことを発表していたが、今回は更に加えて「賃金が上がらない以上、デフレは消費者にとってそれほど悪いことだとは思わない。」と、デフレを認め、その上での価格戦略、値上げの間違いを認めていた点にある。
その見直しを踏まえた転換へのスタートが「Life Wear」というコンセプトである。「人はなぜ服を着るのだろうか」というCMを見る限り、表現としてこなしきれていないためおそらく視聴者の評価は低いものと思う。私の受け止め方は、ある意味原点に戻って今一度「服」について考え直しますという意味の宣言だと思っている。ユニクロという社名にあるように「ユニーククロージング」を次々と発売してきた。最初があの「フリース」である。GAPの物真似であると揶揄されながらも、GAPのコンセプトのように、男女の差も年齢の差も超えた服として利用され大きな顧客支持を得た。以降、英国進出の失敗などあったが、新素材開発に力を入れた「ヒートテック」、ソフトな履き心地の「UNIQLO JEANS」、「ブラトップ」・・・・・・・・ある意味社名にある「ユニーク」な商品をどこよりも早く開発し発売してきた。こうした「ユニーク」商品の「軸」となるのが今回の「Life Wear」というコンセプトである。

そのユニクロの柳井会長の超ワンマンぶりは「折り込みチラシの微妙な表現にまで介入する」と言われている。そんなことは現場経営では至極当たり前のことで、ほとんどの創業経営者はそうであった。ダスキンの創業者鈴木清一社長も私たちが作った制作物をとことん睨め付けるように見ていた。そして、FCビジネスであることから、現場の加盟店の動向については地域の担当者以上に熟知していた。
また、日本マクドナルドの藤田社長もファストフーズの命とも言える店内厨房のレイアウトなど幹部社員より熟知しており、誰よりも多く各店舗を回っていた。
周知の日本マクドナルドの1号店は銀座三越の1階であった。銀座というメディア性の高い立地もあって順調に出店も加速し、銀座店はいわばフラッグショップとしての役割を果たしていた。米国マクドナルドからはその成功ノウハウとしてシステマティックな各種マニュアル類がもたらされていた。時期は忘れてしまったが、藤田社長から「覆面顧客による調査」の依頼を受けたのを覚えている。マニュアルだけでは解決できないことが現場にはあるというのがその理由であった。そこでマニュアルに書かれていない顧客要望を「覆面顧客」として店舗で行い、その時の現場対応をレポートしてほしいというものであった。私の同僚の担当者は店舗スタッフから顔を覚えられているので私にその役割が回ってきたという次第であった。ところでその要望であるが、「ビッグマック」にマスタードを塗ってほしいというものであった。結果どうであったか、カウンターの若いスタッフは少々混乱気味に「店長~」と呼びに行ったことを覚えている。こうした顧客要望は新たなマニュアルへと追加していったことは言うまでもない。

どんな企業でも曲がり角はある。消費の変化はもとより業界のみならず大きくは時代そのものの変化要請である。そうした「変化」を誰よりも早く知覚し手を打つことが特に創業者には求められている。ダスキンで言うならば、売り上げが毎年30~50%という高い成長を見せていた時、敢えて新しいチャレンジのためのリニューアル計画を立てた時があった。右肩上がりのこの時に何故という声が上がったが、この時しかできないと決断した。それは屋台骨となる既存事業の再生であったが、役員を始め幹部社員を全て外し、地方の部長クラスを責任者に置き、中心メンバーも地方の現場担当者クラスを本社に呼び寄せたことがあった。そして、創業者自らが本部長になり、新しい改革を行った。ユニクロの柳井社長が一時期経営陣から離れたことがあったが、社長を解任し再度社長兼会長職に戻ったことがあった。これもダスキンの場合と同じである。そして、こうした行動が取れるのも創業者オーナーであればこそである。

ところで日本マクドナルドの最初の危機は1980年代半ばにあった。「あのマクドナルドのハンバーガーの肉はミミズである」という根拠のない風説による都市伝説が流行ったことがあった。勿論、根拠のないマクドナルドにとって迷惑な風評であるが、マクドナルドは実はビーフ(牛肉)以外にも他の肉を使い、消費者に知らせていなかった事実があった。確かNHKが調査を行い指摘したと記憶しているが、その指摘を受けて1985年にマクドナルドは「100%ビーフ」として再スタートしV字回復した経緯がある。これを指揮したのが、藤田田社長であった。よく「ピンチをチャンスに変える」と言われるが、仕入れや製造工程、現場のオペレーションを変えていく決断と実行は、これも創業者オーナーであればこそ可能となる。2004年7月に発覚した消費期限切れの鶏肉使用問題以降の対応策とを比較すると、その覚悟の違いと結果は歴然としている。

創業期の精神を忘れないために多くの企業は創業記念日を設定している。ユニクロも11月20日の創業記念日には感謝祭として「牛乳とあんぱん」を来店顧客に無料で配布している。これはユニクロが1号店をオープンさせた時に、朝早くから並んでくださったお客様に、朝食代わりとしてあんぱんと牛乳を配布したことに由来したものである。これも「初心」に立ち返る意味があり、周年記念や新規店オープンにも必ず「牛乳とあんぱん」が用意されていると聞いている。ダスキンの場合も11月16日が創業記念日となっており、お掃除会社らしく全国各地でご近所のお掃除をする托鉢が組まれている。
何故、初心に帰る、創業の理念や志を再度学び直す、こうしたことが必要となっているのかについては拙著「人力経営」を一読いただきたいが、創業時には「理想とするビジネスの完成形」があるということに尽きる。これは大企業であれ、町のラーメン店であれ、事業者にとって創業は必ずある。後継者がいないまま店を閉めるラーメン屋さんも多いが、それでもフアンの中から手を上げて再開する店もある。思い起こさなければならないのはその「思い」と共に、「ビジネスの完成形」はなんであったかを思い起こすことにある。ラーメン屋さんの理想形とは、他には無い「独自な味」ということになるかと思う。

今回は一定の情報と経験のある2社、ダスキンと日本マクドナルドを選んだが、創業者亡き後はいわゆるサラリーマン経営者となり、悪く言えば「普通の会社」になってしまったということである。普通であれば、至極簡単に言えば自然に業績を下げることへと向かっていくものである。多くの専門家はリーダーシップの欠如を指摘するが、オーナー創業者であればこそ、決断ができることがある。独断的・専制的に外目には見えるが、「普通」であったら成長などできないことを一番よく知っているのが創業者である。普通ではなかったからこそ「今日」があることを嫌という程骨身にしみているのが創業者ということだ。これは勝手な推測ではあるが、ユニクロに求められているのは第二の創業、もっと明確に言えば第二の「柳井正」が次から次へと登場することが待たれているということだ。勿論、次なる「ビジネスの理想形」を構想でき、しかも胆力のある人物ということになる。(続く)

<お知らせ>
「人力経営」 ヒットの裏側、人づくり経営を聞く 756円  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:30Comments(0)新市場創造

2016年10月15日

インバウンドビジネスの今

ヒット商品応援団日記No661(毎週更新) 2016.10.15.

先日大阪・ミナミの寿司店で訪日外国人に対し、過剰なまでのわさびを入れ「外国客への嫌がらせ」といった差別批判がネット上に書き込まれTVにも取り上げられ話題となった。更に、南海電鉄の難波発関西空港行き空港急行の車内アナウンスで「本日は外国人のお客さまが多く乗車し、ご不便をお掛けしております」としたことから、外国人への差別ではないかと、これまた話題となった。関西、特に大阪はインバウンドビジネスには力を入れており、訪日外国人が急増していることもあって、こうした訪日外国人への理解の無さが表へとやっと出てきたということだろう。

既に1年ほど前から訪日外国人の日本への興味、更にはその消費は大きく変わってきていると指摘をしてきた。訪日外国人とひとくくりにはできないが、その共通していることは日本人のライフスタイルへの興味で、普通の日常の生活、食事、住まい方、おしゃれ、娯楽や趣味、・・・・・・・・・私たちにとっては至極「普通」「当たり前」であることへの興味関心で、特にそのディテールについてである。
その象徴が「わさび」で、韓国人や中国人ばかりでなく、欧米人にとっても関心が高い香辛料である。ましてや寿司店で使われるすりおろしの生わさびなどは香りも良く、わさびを多く入れて欲しいと注文するのは至極当たり前のこととしてある。こうした「好み」はリピーターになればなるほどより強く出てくる。そうした「好み」はわさびだけでなく、和がらしや山椒、七味もそうであり、日本人の使い方とは少し異なる使い方になる。結果、リピーターの日本土産は何になるのか、こうしたチュウブ入りのわさびや和からしになるということである。つまり、何回か日本に来て、街を歩き、食べたり飲んだり、日本人と会話したり、そうした経験の中から「これはいいな」「自分に合っているな」・・・・・・そうした「好み」が鮮明になって来たということである。生魚をご飯にのせて食べるなどと敬遠して来た握り寿司も、ここまで進化して来たと理解すべきである。

南海電鉄の「差別アナウンス発言」も同じようなことで、悪意あってのことではないと思う。東京では成田エクスプレスには荷物用のスペースが用意され、羽田行きのモノレールも同様である。訪日外国人の団体旅行の場合はどうしても仲間だけで行動するため騒がしくもなり、外見には傍若無人に見えるだけである。日本人が海外旅行した最初の頃を思い出せばわかるはずである。
しかし、あまりの訪日観光客の多さに少々辟易する日本人も出て来たことは事実である。京都の友人から京都観光の「今」を伝えてくれている。京都市が行なった調査によれば、日本人客の満足度が低下しており、その最大要因は「混雑」にあると。「人が多い、混雑」13.8%、「交通状況」11.4%、ゆっくり観光できないという理由である。結果京都観光全体に占める日本人客と外国人客の内訳はわからないが、宿泊客に限れば2015年は外国人客は133万人増えた一方、日本人客は112万人減ったことが明らかになったと。京都下鴨神社や東京浅草寺も必ず訪れる観光地であり、まあ仕方のない観光地であると理解すれば良いのだ。訪日外国人観光客のリピーターが進化しているように、日本人観光客も進化したら良い。東京観光に来た友人や知人を案内する場合は、例えば浅草案内であれな横丁路地裏ではないが、六区界隈は昼間も空いているし、更に夜の浅草もまた味わい深いものである。

つまり、中国の国慶節も爆買いもあまり話題になることもなく、インバウンドビジネスも今やっと真正面から見つめる入り口に来たということである。その良き事例が東京谷根千にある旅館「澤の屋」であろう。1982年に日本旅館としていち早く外国人の受け入れを開始し、今や宿泊客の約9割が外国人という「澤の屋旅館」であるが、都内の中小旅館と同様ビジネスホテルへと顧客は移り苦境に陥った時期があった。その澤の屋がいかにして訪日外国人客の高い評価を得たかである。訪日外国人受け入れ転換時は大分苦労されたようだ。英語も都心のホテルスタッフのようにはうまくない、たどたどしい会話であったが、それを救ってくれたのが家族でもてなす下町人情サービスであった。そして、重要なことは澤の屋だけでなく谷根千という地域全体が訪日外国人をもてなすという点にある。土産物店や飲食店だけでなく、日本固有の銭湯もである。グローバル経済の中の観光、それは日本ならではの固有な文化ビジネスであると理解しなければならないということだ。

つまり、インバウンドビジネスにも文化ビジネスであることをより鮮明にするような外国人客の観光行動が出て来ている。それは書道や武道といったいわゆる伝統的な日本文化だけでなく、日本の生活文化の理解を得るための観光行動の一つに「市場巡り」がある。日本人は何をどう食べているか、その集積場所である市場で実感したいという観光である。それは東京であれば築地市場巡りであり、京都であれば錦市場である。京都新聞では「越境する食と人」というテーマで”錦市場、飛び交う外国語”と書き、今や京の台所は日本人客より外国人客の方が多い、そんな状況であると伝えている。日本の理解、日本文化の理解はまずは「食」から、その集積されている市場を巡れば理解が深まるということである。
一方、そうした訪日外国客の「好み」をどう把握するのか、市場の側も模索していると報じている。例えば、豆菓子店では「中国客は黒豆をヘイトうと呼び、米国客はそら豆」を好み、鮮魚店では「中国客はうなぎを好み、欧米人は鱧」を好むといったようにその背景を模索している。また鰹節は日本固有の出汁をとる調味料であり、ほとんどの外国客は驚くという。また、日本人客も外国客も一様に好むのが「わらび餅」であるとも。

このように消費現場ではより明確な外国客の「好み」の解明が進んでいるようだ。まだ外国客へのアンテナを張っており様子を見ている段階と思うが、こうしたインバウンド市場とは異なるのではと思いがちであるファストフードビジネスでも同様な動きも始まっているようだ。例えば、ラーメンから日本そばへと外国人客の好みの広がりを見せてはいるが、うどんまではと多くの人は考えている。しかし、讃岐うどんの丸亀製麺は少し前にうどんのトッピングにタルタルソースの「とり天」導入に外国人モデルに使った TVCMをオンエアしていた。その後の売り上げ成功度合いはわからないが、一つのアプローチであろう。これも外国人客の「好み」の進化がどの方向に広がり、深まっているかを見極める段階へと移っている。訪日した最初は渋谷のスクランブル交差点や自販機に驚いたが、やがて渋谷の街に好みのラーメン店を探し、食べ放題も体験。今や日本人の日常にまで入り込んで来たという段階である。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:23Comments(0)新市場創造

2016年10月09日

果たして、豊洲ブランドは成立するであろうか?

ヒット商品応援団日記No660(毎週更新) 2016.10.9.

東京中央卸売市場の築地から豊洲への移転計画において、築地ブランドという言葉と共に、豊洲ブランドという言葉が使われ始めている。ブランド価値、無形の資産ブランドという考えがビジネスに導入されてきた背景には、例えば同じ便益・機能を持つ商品がA社では100なのに、何故B社では120と評価されるのかという、誰もが持っている心理的価値に着眼してきたことによる。その心理的価値とは何かであるが、結論から言えば「人は皆、記憶の生産者である」ということが根底にある。多忙な日常の中で記憶はある時何かに触発され、商品やサービスを使い、満足を得て、そして「思い出すこと」によって記憶は深く刻まれる。その繰り返しがブランド価値を更に強めたり弱めたりしていく。そうした期待と満足が時間をかけて創られるのがブランドである。つまり、ブランドは顧客によって創られるものであり、長い時間にわたって育てられた文化価値のことである。

ブランドという言葉以前に日本には老舗・暖簾という言葉がある。実は日本ほど老舗企業が今なお活動している国はない。創業200年以上の老舗企業ではだんとつ日本が1位で約3000社、2位がドイツで約800社、3位はオランドの約200社、米国は4位でわずか14社しかない。何故、日本だけが今なお生き残り活動しえているのであろうか。出口の見えない失われた20年と言われてきたが、グローバリズムの波、激烈な価格競争、そうした市場に生き残るためのヒントがここにある。その象徴とも言える世界最古の会社である金剛組について以前ブログに次のように書いたことがあった。創業1400年以上、聖徳太子の招聘で朝鮮半島の百済から来た3人の工匠の一人が創業したと言われ、日本書紀にも書かれている宮大工の会社である。何故、1400年以上も生き残ってきたのかである。その苦難の歴史は別の機会とし、金剛組の仕事にその秘密はある。

『宮大工という仕事はその出来上がった外形面からはできの善し悪しは分からない。200年後、300年後に建物を解体した時、初めてその技がわかるというものだ。見えない技、これが伝統と言えるのかも知れないが、見えないものであることを信じられる社会・風土、顧客が日本にあればこそ、世界最古の会社の存続を可能にしたと思う。
しかし、今日の情況はと言えば、「見える化」というキーワードが流行るように、膨大な情報のなかで、これでもかとパフォーマンスを高めることに注力しなければならない時代となっている。物やサービスの評価の前に情報競争に勝たなければ先に進むことが出来ないからだ。』

実は築地市場にはこの「見えない技」が代々継承されてきた。よく「こだわり」と言うが、宮大工の世界まではいかなくても、「見えない」世界に執着することがこだわりである。その執着を今まで私たちは修行と呼んできた。例えば、料理で言えば、基本の出汁は言うまでもないが、隠し味、隠し包丁、見えない工夫に執着することこそこだわりであろう。ファッションであれば、外面デザインだけでなく、素材や縫製更には裏地やボタン一つということになる。こうした「見えない技」を築地では「目利き」と呼ぶプロの人たちが卸売市場を形成してきた。
こうした食のプロ達が日常食べる店がいわゆる場外市場と呼ばれている場所である。この場外には数年前から多くの人がその食を求めて行列する、そんな観光地にもなってきた。プロの料理人が食べる賄い飯を素人である生活者が求める構図は、隠れ家食堂のようなものである。
もう一つの「見えない努力」は食の安全に対する日々の努力であろう。最近築地には行ってはいないが、若いころ銀座で働いていた頃はよく歩いて場外の寿司店など利用していた。当時から建物は老朽化し、決して綺麗とは言えない場内外であったが、ここ数十年食中毒など一度も聞いたことがなかった。これも衛生という見えない世界に対する伝統であろう。そして、この見えない世界という伝統を育ててきたのも築地から食材を仕入れきた鮮魚店や青果店、あるいは飲食店であり、その向こうには膨大な安全安心を求める消費者がいるということである。

さてこうした築地が創ってきたブランド価値、有形無形の文化価値は豊洲でも創っていけるであろうかということである。今、豊洲市場の建物の地下空間に盛り土がなされておらず、その安全性に対する疑義が噴出している。土壌や地下水の汚染等の専門家ではないので科学的な安全性についてはコメントできる立場にばない。しかし、東京都議会が始まり、専門家会議や技術会議といった安全を担保する人たちの提言とは異なる建築物になっており、既に「風評」という二次被害は始まっている。その風評とは市場の第一次顧客である鮮魚店や青果店、あるいは飲食店が移転しても大丈夫なのかという「不安」となって現れている。
こうした風評被害の構図は5年半前の東日本大震災による福島の原発事故を思い起こさせる。当時の一番大きな問題は事故後1週間ほどの初動メッセージであった。「メルトダウンは起きてはいません。既に原子炉は止まっており心配はいりません」、そう繰り返し発表されてきた。しかし、その後水素爆発が連続して起こり、無惨な建屋が映像として現れる。そして、その建屋は原発事故の象徴記号として今なお記憶に残っている。
こうした虚偽のメッセージこそが「不安」を生むことにつながっている。今回の建物の地下空間に盛り土がなされていなかったことを隠したり、地下にたまった水を地下水にもかかわらず雨水であると言ったり、こうしたメッセージを出せば出すほど不安は増幅し、より具体的な被害へと向かっていくのだ。不安を作っているのは東京都自身であるということである。

そして、卸売市場を取り巻く商環境であるが、鮮魚や青果は大手流通の場合は「一船買い」あるいは「一畑買い」が行われており、一定量を継続確保するためのいわば補足的な仕入れへと向かっている。大手飲食店の場合も直接漁港の市馬などから仕入れる、あるいは生産者と交渉して仕入れる、こうした卸売市場を介在させない方向に向かっている。これが現状である。
またこうした中間事業者を通さない流通は「個人」においても産直として行われ、互いに「顔の見える関係」として商品の売買がなされ、この傾向も増える傾向にある。
東京都は都内にある市場事業の個別市馬の売り上げ等詳細を発表していないので移転の是非についてはコメントできないが、「移転&再開発」については秋葉原の場合はJR東日本の協力もあって、ユニークな街づくり、オタクと最先端ITとが交差する他にはない街へと変化・進化させてきた。そして、1989年には神田青果市場は大田市場へと移転し、これも順調にいっていると聞いている。

ところで豊洲は市場として成立するのであろうか、という疑問が起きてくる。勿論、築地という銀座に隣り合わせた超一等地の売却が前提である。移転先の豊洲にこれまで6000億円近く投資しているが、これも売却が前提であるが、「安全」が科学的にも十分担保できた場合であっても、果たして豊洲市場の大家さんである東京都はビジネスとしてやっていけるのか疑問が残る。それは「安全」は科学的に担保されても、「安心」にはつながらない状況に至りつつあるからである。安全=安心ではないということである。築地で営々と培ってきた信用に基づく安心を再びどう豊洲で創っていけば良いのかという問題である。

そして、豊洲市場のスペースに新たな観光拠点として「千客万来施設」を誘致する予定であったが、運営会社に、整備設計の一時中止を要請したことが分かった。敷地の地下を駐車場にする設計だったが、既に施工済みの盛り土を除去する必要があり、地下水への影響など安全性の検証が不可欠と判断したとの事。この計画は簡単に言ってしまうと、「築地場外市場」と温浴施設を中心に置いた170~280店が入居可能な飲食店街の「商業ゾーン」の構成となっている。この計画を中断するというものである。元々周知の大和ハウス工業がこうしたデベロッパー役としてオーガナイズする予定であったが、理由はわからないが撤退した経緯がある。その役割を温浴施設である万葉倶楽部が運営することになっていた。こうした経緯を見てきた私にとって、東京都は困って観光施設などという卸売市場とは全く異なる集客装置に手を出さざるを得なくなったと推測していた。まあ、これもビジネスではやむを得ないことだとは思っていたが、コンセプトづくりを長年やってきた私にとっては「卸売市場」を観光化するのであれば、集客のための温浴施設は必要はないと考えていた。
いずれにせよ、観光もあらゆる意味での「安全」が不可欠となる。

その安全であるが、ITを駆使した汚染による「0リスク」を目指す試案もある。その一つであるが、全ての個々の食材はコストがかかりすぎて難しいが、水産であれば「漁船や漁港単位」、農作物であれば「畑や生産者単位」の安全確認のための履歴の追跡、いわゆるトレーサビリティの仕組みを提案する専門家もいる。しかし、トレースして「汚染のリスク」があったらどうするのか、という問題は依然として残る。こうした「0リスク」を確率論として処理することは可能だが、それでブランドとして成立できるであろうか。つまり、一度は買っても二度と買うことはないというのが答えである。こうした理屈とは異なるのが消費における心理である。

顧客が主人公の時代とは、安全と安心との間には大きな谷間があることをまず認識することから始めなければならない。既に現在は風評等負のスパイラルへと向かっている。それは東京都の縦割り行政や無責任体制といったガバナンスの欠如によってそのスパイラルを加速させている。ブランドを創るのは最終顧客であると私は書いたが、例えば評判の前では風評は消滅する時代のことでもある。何故なら、誰もがリアルな体験をこそ信じているからである。自分が食べてみて、これは本当に身体にも良いとみんなそう思いたがっているということだ。勿論、デマ好き、愉快犯的人間もいる。それは風評ではない。皆、風評を打ち消してくれる、不安を打ち消してくれる「何か」を欲しがっているということだ。もし、豊洲への移転を小池都知事が政治決断したとするならば、その「何か」は今なお築地にはあるということである。築地の誕生、いわば創業の精神に立ち帰る、その生きざまを「豊洲」に重ねてみることだ。重ねても重ねても難しいということになるのであれば、移転は断念し、現在の築地市場を再度段階的にリニューアルする計画二することだ。こうした顧客の期待に応えることから始めるということである。そのためには言うまでもなく、まずは徹底した「情報公開」からであろう。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:42Comments(0)新市場創造

2016年10月07日

未来塾(25)「パラダイム転換から学ぶ」 健康時代の未来  (後半) 

ヒット商品応援団日記No659(毎週更新) 2016.10.7.





パラダイム転換から学ぶ


戦後の物不足・欠乏の時代を終え、1980年代以降生きるための食から健康のための食へと大きくパラダイムの転換が起きてきた。そして、その質的変化を表したのが表紙のカロリー摂取量のグラフで、終戦後間もない頃と比較し、経済的豊かさにも関わらず、新たな豊かさを象徴するかのようにカロリー摂取量は減少する。そして、スーパーの食品売り場には、糖質0、カロリーオフ、トクホ(特定保健用食品 )といった表示商品が棚に並んでいる。過剰な情報時代というが、「健康」もまた過剰な時代となり、どんな「健康」を選択したら良いのかわからない時代を迎えている。
一方、物の豊かさの陰には新たな問題も生まれている。肥満による成人病という現代病から始まり、過食や拒食といった摂食障害という病も10~20代の女性の間で出てきている。ストレス社会ならではの病であるが、その発症のきっかけがダイエットであると専門家は指摘する。あるいは無菌社会と呼ぶ専門家もいるが、アトピーやアレルギーといった免疫疾患も生まれてきている。免疫力の低下とは、身体の持つ自然力・生命力の低下でもある。このパラダイムは今後どんな方向へと向かうのか、仮説を含め考えてみたい。

江戸時代にもあった飽食の是正

前回の未来塾「江戸と京」では、その江戸という町の都市化の構造を京との関係の中で考えてみた。そして、江戸時代における生活は1日の食事が2回から3回になり、屋台のような外食産業が栄え、しかも24時間化も進展していた。元禄時代をバブル期と呼ぶ専門家もいるが、今日の「健康・からだ・食」を彷彿とさせるような現象も起きていた。

例えば、当時は既に大食いコンテストも行われ、江戸の豊かさの象徴として「江戸に行けば銀シャリが食べられる」と言われ、幕府の人返し令にもかかわらず、多くの人が地方から江戸へと向かった。当時は1日の食事量としては白米5合ほど食べられていたと言われている。しかも、豆腐や野菜、魚も食べられていたが、その量は極めて少なく、一汁一菜と言われているように、主食の白米がほとんどであった。結果、江戸の武士階級を中心に「脚気患者」が増加する。ビタミンB1の欠乏症による末梢神経障害であるが、「江戸わずらい」と呼ばれていた。
ある意味現代における飽食生活と同じで、「健康・からだ・食」に対し警鐘を鳴らし啓蒙活動を行ったのが『養生訓』を書いた儒学者の貝原益軒であった。長寿を全うするための身体の養生だけでなく、精神の養生も説いているところに特徴があり、今日の振子消費のように揺れ動く心理状況にも的確な示唆をしてくれている。貝原益軒は内なる4つの欲望を抑え、我慢することによって長寿が得られると説いている。その4つであるが、ウイキペディアによれば
1、あれこれ食べてみたい食欲
2、色欲
3、むやみに眠りたがる欲
4、徒らに喋りたがる欲
江戸時代は乳幼児の死亡率が高く、今日の平均寿命と単純比較はできないが、一般的には50歳程度と言われている。しかし、実際には30~40歳ほどではないかという説もある。ちなみに、自ら「養生訓」を実践した貝原益軒は85歳で亡くなったと言われている。


沖縄料理から学ぶ;「ルーツに遡る」

戦後米軍統治下にあって、SPAMに代表される加工肉を日常的に食べてきた沖縄の人たち、特に男性については肥満度全国No1という事実によって「健康・からだ・食」という問題の所在は明らかになっている。そうした事実を踏まえ、県も盛んに是正策、長野県などをモデルに幾つかの施策、職場健診などを行っているようだ。
実は沖縄の食文化を調べていくと分かるが、一時期までの長寿の島である所以はその歴史、伝統料理に残されている。”美味しゅうございます”という決めセリフで知られている料理ジャーナリストである故岸朝子さんは沖縄生まれであった。その岸さんは沖縄の中でも一番の長寿村であるやんばるの森に囲まれた大宜味村の元村長との対談の中で、「私の子供の頃は食べるものも少なく, 生活が大変だった。飽食しない,食べ過ぎないのがいいということでしょう」と。まさに養生訓の言葉通りである。
沖縄には命草(ぬちぐさ)という言葉がある。語の意味そのもので命を支え育む草のことで、沖縄にはどこにでもある野草のことである。その代表植物が長命草で、沖縄ではよく知られたセリ科の植物である。

そして、その沖縄の歴史であるが、琉球王朝は,中国から来た冊封使を接待するために福建省へ料理人を派遣して,中国料理を勉強させたと言われている。更には島津藩の支配が始まると,日本の役人を接待するために,鹿児島へ料理人を派遣して,日本料理を勉強させる。 中国や日本の料理は,始めは接待料理であったが,次第に庶民の間に広がって,沖縄料理にバリエーションが増えていく。

沖縄という島の地政学上からであると思うが、実はインドネシアからは,「ゴーヤーチャンプルー」で有名なチャンプルー(混ぜ合わせる)料理も伝わって来ている。沖縄にはよく食べる家庭料理の一つにヒラヤーチーがあるが、これも韓国のチヂミが源流だと考えられている。
 このように沖縄の料理は,昔から伝えられていた郷土料理に中国,日本,朝鮮,東南アジアのいろいろな国の料理が融合して 成立した、これが沖縄料理の歴史である。
私は日本文化を東京渋谷のスクランブル交差点のようだと指摘をしたが、そうした東京以外の沖縄もまさに東アジア~東南アジアの海道の交差点となっている。「ルーツに遡る」ならばチャンプルー(融合)こそが健康長寿の源であるということである。
岸朝子さんが整理した沖縄長寿食の特徴は以下となっている。
(1)良質のタンパク質
(2)長寿を支える緑黄色野菜
(3)サツマイモでバランスのとれた食生活
(4)ミネラル豊富な海藻類
(5)塩分を抑える調理法
(6)生き甲斐のある暮らし

上記の特徴は沖縄料理のどんなところにその工夫があるのか、いくらでも書けるがこのブログは料理レシピのブログではないので割愛する。実はこうした特徴は長野県をはじめ地方の郷土食の多くが有している特徴である。全国の学校給食においても地産地消・食育を含め郷土食を取り入れ始めている。更には、京野菜や加賀野菜だけでなく、地方に埋もれた伝統野菜の復活も始まっている。こうした地方に埋もれた、あるいは忘れられ過去となってしまった郷土料理の復活こそが待たれている。但し、過去をそのまま復活させることではなく、「今」を味わうことのできる郷土料理であることは言うまでもない。地方の生活に今なお残されている伝統料理、京都で言うならば「おばんざい料理」に次なる可能性の芽があるということである。

健康におけるグローバリズムとローカリズム

2016年世界保健機関(WHO)が発表した世界保健統計2016によると、世界一の長寿国は前年同様日本で男女平均が83.7歳だった。長寿大国ということはある意味裾野の広い食を中心とした健康産業大国ということである。サブカルチャーのクールジャパンと共に、長寿の国のライフスタイルはこれからの輸出産業の中心となりえる。その第1番目が「日本食」である。ある意味日本型LOHASを世界へと輸出するということだ。
少子高齢化をマイナス面でしかとらえられない発想の貧困さには辟易してしまうが、ポジティブに見ていく視座を持てば宝の山となる。日本の場合、ips細胞といった先端再生医療から食生活まで、世界における固有な健康資源を保有している。今までは若い世代を中心に海外セレブの健康法などトレンドとして取り入れてきた。しかし、例えば従来からの発想であるアンチエイジング=若返りという発想から、老いる=成熟という美しさへの発想へと、実はシニア生活の転換が始まっている。勿論、若い世代において若返り・美容についてはこれからもトレンドとして取り入れていくと思うが、老年を迎える団塊世代にとっても健美同源、つまり年相応の健康である美しさへと価値観は変わっていく。そんな事例ではないが、私の住む世田谷砧には大きな公園があり、老若男女がジョギングしている。遠くから見る限り年齢は全く識別できない。それはファッションもさることながら、走るスピードやスタイルによっても識別できないということである。いかに元気な若々しいシニアが多いかである。
独居老人の孤独死といった負の側面もあるが、長寿の国のライフスタイルを輸出していくといった発想、欧米諸国が既に認識している日本食を健康ダイエット食として売っていく、そうした試みが必要な時を迎えているということだ。
台湾には台湾素食という菜食主義料理がある。日本における精進料理に近いもので「もどき料理」もあるようだ。日本ではあまり注目はされていないが、着目すべきは「素」にある。素という、そのまま、自然体であること、そんなライフスタイルこそが健康の源である。そして、その素はまずは郷土料理に残されている。そんなローカルフードこそグローバル市場を開拓する新たな戦略ツールとなり得る。

ところで以前「消費都市TOKYO」というテーマで、市場の特性について考えたことがあった。結論からいうと、東京はグローバルなTOKYOという市場と地球市場から見ればローカルな東京という市場の2つの市場から成り立っている「グローカル市場」だ。つまり、TOKYOという市場を狙うことはそのままグローバル市場につながっている。また、国内市場という視点に立つと東京という都市市場の2つの側面、前回は江戸と京についてその構図を明らかにしたが、まさに混在したスクランブル交差点市場となっている。どんな市場を狙うのか、誰を顧客とするのかが最も重要なテーマとなっている。東京は一つの地球都市国家として見ていくことが必要で、そこには都市と地方が混在しているということだ。別の視点で見れば、グローバル市場への玄関口でもあり、世界へ向けた一大実験市場、テストの場でもある。例えば、ヒット商品という視点に立てば、一昔前にはルイヴィトンがパリ観光のお土産であったように、東京でのお土産あるいは記念品といったことが大きなビジネスチャンスとなるであろう。
訪日外国人、特に中国人観光客の家電製品に見られた爆買いは終わり、ドラッグストアに化粧品や目薬などを買い求める訪日外国人が増えている。そして、富士山観光は一巡し、富士山登山や花見や花火に興味関心は移ってきている。食についてもラーメンと共に、しゃぶしゃぶの食べ放題といった日本人の実生活にどんどん入り込んできた。つまり、日本人のライフスタイルそのものに興味関心は移っているということである。ビジネスチャンスが変化していることに気づかないのが日本人ということだ。


過剰情報の時代にあって

過剰な情報の時代にあって、どう取捨選択したら良いのか誰もが考えざるをえない時代にいる。2008年の直木賞に天童荒太の「悼む人」が選ばれた。読まれた方も多いと思うが、マスメディアから流される過剰な情報の中で「何」が自分にとって必要で、大切な情報なのか、その疑念から「悼む人」が書かれたという。亡くなった人を訪ね、その死の扱われ方を聞くことによって自身の心変わりをテーマとした小説である。生前どのように生き切っていたかを探し求めた小説であるが、情報の持つ意味合いを考えさせる小説である。マスメディアから流される情報、いや流されない情報の裏側で「何」が起こっていたのかを気づかせてくれた小説であるが、実は生活者がこうした裏にある事実へと気づき手に入れ始めた時代と言えよう。裏にある何か、それは自らの想像力によってであるが、今や過剰な情報が行き交う時代であるが故に、情報の裏にある何かへと想像に向かわさせる。
どんな人が、どんな場所で、いつどのように作られているのか、こうした産地見学や自ら無農薬による菜園作りが進んでいるのもこうした想像の故である。圧倒的に足りないのは実体験、追体験、そのリアリティの時代にいるという事実である。

同様にダイエットにおいても、ライザップ(RIZAP)のように「結果にコミットした徹底サポート」と言った特徴に人気が集まった。如何に「結果」の得られないダイエットが多かったかである。実績として2016年現在、2ヶ月という短期間で99%のお客様がライザップでダイエットに成功していると。ただし、リアルな結果を得るには、入会金は5万円、コース料金で29万8千円とかなり高額である。
商品に対し、サービスに対し、更には企業に対し、顧客が想像力を働かせる時、つまりどれだけリアルな結果を提供できるか、実質を約束出来るか、それを可能とする本当のプロ、専門家しか生き残ることはできないということである。既に情報だけのイメージだけの競争は終わっているということである。私たちがそのことに思い至らなければ、消費の輪郭は明らかにはならないということである。

自己解決型健康法の時代へ

ひと頃ブームとなっていたプチ整形の韓国旅行、南のリゾート地でのエステ三昧、こうしたメニューが話題に上ることは少なくなった。収入が増えないデフレマインドが充満した時代であると言えばそうであるが、健康も、美容も、過剰であったことを削ぎ落とし、「ルーツに遡る」つまり普通に戻ったということだ。

かなり前になるが日経MJに「フットパス」の記事が載っていた。森や田園、古い街並を散策する英国発祥のリフレッシュ法で愛好家が増えているとある。10年ほど前にベストセラーとなった「えんぴつで奥の細道」の、その書を担当された大迫閑歩さんの言葉を思い出す。”紀行文を読む行為が闊歩することだとしたら、書くとは路傍の花を見ながら道草を食うようなもの”という言葉である。大迫閑歩さん風にいうなら、フットパスは心と身体の道草、お金のかからない健康法であろう。
あるいは、私の友人もそうであるが、日常の健康法として、通勤時一駅分を歩くビジネスマンが増加しており、「一駅族」と呼ばれている。10数年前にシニアのハイキングブームからウオーキングへ、最近ではフットパスや一駅族まで、自分で歩く健康法はお金をかけない方法である。その根底にある価値観は、激変する環境への自己防衛、自活、自助、自己解決へと向かっている潮流の中にあるということだ。

冒頭の摂取カロリーのグラフではないが、日常の食事をバランスよく摂取カロリーを控える食事メニューの提供に注目が集まったのがタニタ食堂であった。1回の食事はほぼ500kcalに抑えられている。東京丸の内のビルの地下にある食堂である。価格もリーズナルブルで近隣のビジネスマンに好評で、以降他の地域にも同様のタニタ食堂が出店している。
また、鹿児島にある鹿屋体育大学は、皇居をジョギングするアスリート向けの食堂を東京竹橋に作ったのだが、これもアスリートだけでなく近隣のビジネスマンの人気となり、いかに日々のカロリー管理を含めた健康メニューが大切であると認識されているかがわかる。
その日々の食事メニューを提供しているcookpadではライザップではないが、「ただしく食べて痩せる」をポリシーに専属のパーソナル・ダイエットトレーナーによる有料カウンセリングが行われている。

そして、自己解決型健康に欠かせないのが「今」という時代ならではのインターネットを活用した「モバイルヘルスケア」であろう。今や万歩計のような記録だけでなく、摂取した食べ物のカロリーなど。そうした記録をもとに健康維持に役立つトレーニングメニューの提供と管理などそのアプリは多岐にわたっている。モバイルアプリというとゲームを思い浮かべるが、実は数年先には世界の市場規模としては350億ドルを超えると言われている。アプリのプラットフォームはアップルのiOSとグーグルのandroidでそのシェアは75%。そのビジネスモデルは現在の有料アプリからインターネットサイトと同じように広告によって収益を上げる無料化へと進展していくと推測されている。但し、「ポケモンGO!」によってゲームアプリが注目されているが、ここ数年こうしたゲームアプリの供給が過剰になり、ダウンロード数は横ばい状況となっている。こうした中、健康アプリはまだまだ成長の可能性が見込まれる。健康長寿大国である日本こそ独自なアプリ開発に集中すべきであろう。

また自己解決法としてブームとなっているのが糖質ダイエットである。痩せるという結果が出るからといって糖質ダイエットに傾倒する若い女性が多くなっている。炭水化物を極端に取らない自己流は危険であると多くの医師が警鐘を鳴らしている。痩せるという見た目の結果からはわからない隠れメタボ、中性脂肪は逆に増えてしまう。あるいは脳の働きが悪くなり、更にだるい体調の日が続く、とも言われている。命を育む体は、ファッションのようにブームが終われば着なくて済むわけにはいかない。自己解決法にも落とし穴があるということだ。

成熟時代の新たな概念、ライフデザイン

一定の物質的豊かさを手に入れたが、精神的豊かさはどうかという課題もあるが、それは個人化社会における自立した「個」が未だ成長段階にあることから、一概に結論には至らない。これから先も常に成長段階ということになるかと思うが、成熟社会の入り口に来ていることだけは間違いない。しかし、成熟とは何か、100人に聞けば100通りの答えがあるので、誰もこれだと決めつけることはできない。
そうした大仰に構えた考えとしての「成熟」ではなく、もう少し狭い消費生活という視座に立てば、人間の持つ欲望を自らコントロールできる時代に向かっている。

ところでライフスタイルという言葉がある。私もよく使う言葉であるが、生活の様式・営み方を指し示すことだが、実はその裏側には多様な価値観が潜んでおり、時として「消費行動」を左右する。。その多様な価値観の中でも生命観や人生観といった個人の生き方が生活に占めることが年々大きくなった感がしてならない。食であれば、生きるために必要な食から楽しむ食への転換が良き事例である。その「楽しむ」という欲をはじめ、もう少し意志的な考えに基づいた欲もある。豊かさとはこうした欲の変化の多様性が叶う時代になったということであろう。
ライフスタイルという概念だけでなく、多様な「欲」、1980年代以降社会の表舞台に出てきた「欲」を包含した概念が必要となっている。私はその概念を「ライフデザイン」と呼び、次のような図解で表現してきた。
次の図解は生活全般についてであるが、今までの生活・ライフスタイルは「人生観」と「生命観」によって再編集されるという仮説である。この仮説の背景には市場が心理によって動く時代を迎えていることが最大の要因となっている。逆の言い方をするならば、心理が働くほど「豊かに」なったということである。

前述の「フットパス」などはシニア世代に人気となっているが、これもここまで生きてきたという道草人生観が強く出てきた行動である。また、シニア世代のジョギングもブームになっているが、そのスポーツウエアはカラフルというより派手な柄のウエアでこれも少女の如き衣装となっている。いつまでも若く少女でありたい、そんな心理がウエアにも表れているということである。こうした生活生命化市場と呼ぶにふさわしい市場、「生きていること」を感じさせてくれるような市場はこれからますます拡大していくであろう。

あるいは「パワーリング」というキーワードで言うとすれば、沖縄の長命草などを使った野草料理などはまさに生命活性食、元気食、パワーフーズと言えよう。今や若い女性の間では神社巡りなどのパワースポットブームとなっているが、沖縄の野草料理は一部ハーブとして使われているだけで、主菜として美味しく食べさせる工夫や店舗がほとんど無い。お手本とすべきはアリス・ウオータースの食育菜園のように、素材だけでなくメニューとしてレストランとしてやっていくような運動が必要であろう。こうした芽の一つが日本の場合は農家レストランであるが、まだまだ田舎料理レベルが多く、もう少しコンセプト的なメニュー業態、しかも日常業態を目指すべきである。



心理市場を解く鍵、ライフデザイン

こうしたことは沖縄以外の地方に埋もれている食材・料理も同様である。東京には多くの地方のアンテナショップがあり、中にはレストランを併設させている店もある。しかし、アリスのようなコンセプト&テーマを持って運営しているアンテナショップは聞いたことがない。
私もアンテナショップをつくるプロジェクトに携わったことがあるが、現在のアンテナショップは単なる食材のPRやお土産的物産販売にとどまっている。これからは上記の図解にならって言うとすれば、生活の文化化、つまりその土地ならではの文化食を特徴とするようなコンセプトとなる。アンテナショップも個々の地域文化を楽しめるような場所への進化が必要な時期に来ている。

ところで上記図解に人生観とあるが、例えば前回の未来塾「回帰から見える未来」で書いたようにシニア世代では懐かしさもあって給食メニューを食べたいと思うことがある。しかし、こうした懐かしさは若い世代にとっても同様に持っている。そんな商品の一つが揚げパンでコンビニのヒット商品になったこともある。どちらも「思い出消費」であり、思い出時間の長短はあっても、当時を思い起こさせる人生観に裏付けされた心理市場のことである。
そして、ここでは生命観、人生観を新たな価値軸としたが、他にもシニア世代になれば終活としての死生観も生活編集の鍵となる。また、独身男女が30歳前後になれば恋愛観・結婚観も当然出てくる。こうした価値観が大きく消費生活をも変えていく。これが心理市場を構成する新たな生活編集の鍵となる。

今回は生きるための食から、楽しむ食へ、更には「健康・からだ・食」という多様な食へと大きくパラダイムの転換が進み、そうした豊かさから見える未来を考えてみた。市場は心理化してきたと言われてから10数年経つ。それまでは顧客心理は広告はじめとした情報によって動かすことができると考えられてきたが、生活者は多くの体験学習により一定の方向に向かっていることがわかってきた。ある意味、従来の欲望とは異なる欲望消費に向かっていることだけは確かである。例えば、環境に優しいエコライフもそうであるし、物をできる限り持たない断捨離という暮らし方もそうした新たな欲望の一つである。過剰なまでの「健康」に囲まれながら、こころはどこへ向かうか、それを見極めることこそがビジネスの鍵となる時代だ。(続く)

注) 「アリス・ウオータース」:世界にスローフードを普及させ、アメリカで最も予約が取れないと言われるレストラン「 シェ・パニース」のオーナーでもある。


  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:19Comments(0)新市場創造

2016年10月03日

未来塾(25)「パラダイム転換から学ぶ」 健康時代の未来 (前半) 

ヒット商品応援団日記No659(毎週更新) 2016.10.3.

今回の「パラダイム転換から学ぶ」では、戦後昭和から今日に至る中で一番変化が大きかった「食」を通じた価値観の変化を取り上げることとする。「食」は日常であり、経済的豊かさにあって変化が最も出やすい世界である。そして、ほとんどの人が実感できるものである。そうした価値観変化はいつ頃からどのような変化として現れてきたか、そしてこれからどのような変化が生まれてくるであろうか、そうした推測を含め、その劇的変化について学ぶこととする。




「パラダイム転換から学ぶ」

モノ不足から健康時代へ

豊かさから見える「未来」


このグラフは日本人の1日あたりのカロリー摂取量の推移グラフである。戦後直後の物資のない窮乏時代のカロリー摂取量はわずか1903Calであった。その後経済成長と共に所得も増え生活の豊かさが進み摂取Calも増えたが、1980年代に入り急激に摂取量は減少へと向かう。そして、既に摂取Calはその戦後直後を大きく下回るレベルへと進み数年前に話題となった。この摂取Calの内容の違いに生活価値観の劇的な変化が現れている。戦後71年物質的豊かさはどのように変化し、どこに向かっているのか、その変化はライフスタイルの根底を成している日常の「食」に明確に現れている。今回はこの大きな転換、豊かさの意味について「食」を通じて学んでみることとする。

カロリー不足・栄養不足を補う給食

カロリー摂取量の多くは日常の食生活によるものだが、戦後昭和の時代の学校給食の歴史を見ていくとカロリー不足、栄養不足をいかに給食で補っていたかがわかる。
全国学校給食会連合会(全給連によれば、学校給食の始まりは明治22年(1889年)、山形県鶴岡町(現鶴岡市)の私立忠愛小学校だといわれているが、まずは戦後の学校給食を見ていくこととする。昭和21年(1946年)に、文部・厚生・農林三省から「学校給食実施の普及奨励について」が出され、12月24日、東京・神奈川・千葉で学校給食が開始される。当時は全国都市の児童約300万人に対し学校給食がはじまり、米国から無償で与えられた脱脂粉乳が使われる。
そして、昭和25年(1950年)、米国からの小麦粉を使い、8大都市の 小学生児童対象の完全給食がおこなわれルようになる。(以下の写真は千葉県学校給食会による。)

写真は昭和29年(1954年)の学校給食で、その当時の代表的な給食メニューである。団塊世代にとっては懐かしい鯨肉の竜田揚げが入っており、平成世代にとっては食べたことのないメニューである。そして、現在のコッペパンとは比べようがないほどパサパサのパンで、ミルクといっても脱脂粉乳によるミルクでとても美味しいとは言い難いメニューであった。つまり、生きるために必要なカロリー、栄養を取り入れることが目的の給食生活であった。

こうしたいわゆるパン食が主流であった給食は 昭和51年(1976年)以降米飯給食が開始される。そして、コッペパンの時代と比べてメニューの種類が増え、勿論味の面でもよくなる。そして、カレーライスのように今日のメニューに近いものが提供されるようになる。

そして、平成の時代の給食はどうかというと栄養バランスもよく考えられた、おいしい給食が出されるようになり、戦後間もない頃の給食と比べ一段と豪華になったと言える。ちなみに下記のメニューには手巻きずしなどが入っており、ある意味家庭ではあまり作られない半歩先のメニューも出されるようになる。おふくろの味は給食によって作られてきたと言っても過言ではない。

ところでネット上で紹介されている親世代と現代っ子の人気メニューランキングは、ほぼ以下となっている。
●親世代の給食人気ランキング
第1位「揚げパン」(53.9%)
第2位「カレーライス」(52.3%)
第3位「ソフト麺」(47.1%)
第4位「炊き込みご飯」(27.6%)
第5位「わかめご飯」(26.2%)

●現代っ子の給食人気ランキング
第1位「鶏のから揚げ」(74.3%)
第2位「ハンバーグ」(71.6%)
第3位「カレーライス」(67.3%)
第4位「オムライス」(57.4%)
第5位「スパゲティ」(56%)
米飯の工夫もあるが、やはり食の洋風化とその多様なメニュー、そして健康を考えたバランスの良い食育メニューが用意され、戦後の生きるための「食」から大きく転換したことがわかる。

摂取食品の変化

ところで生活費に占める食費の比率をエンゲル係数と呼び、1970年代までは一つの豊かさのレベルの指標として使われてきた。いつからエンゲル係数が死語となったか定かではないが、カロリー摂取量が下がり始める1980年代と推測される。
この1980年代の変化は1日あたりの食品の摂取量(g)の変化となって表れている。以下のグラフを見ればわかるが、主食である米飯の摂取量は昭和30年代の半分以下となっている。(途中から米飯の単位が変わっているので下記の注を参照のこと)また、一番伸びが大きいのが乳類と肉類で、洋風化を摂取食品群からも見ることができる。



注)平成 13 年から米類については調理を加味した値(g)に変更している。つまり平成 12 年 の値は、炊く前のコメの量、平成 17 年は炊いた後のご飯の量で示している 。そのようにグラフを見れば米の摂取量は同じような右肩下がりとなり、既に言われているように昭和30年代の半分以下となっていることがわかる。

高度経済成長期からバブル期へ

1955年から1973年まで、日本の実質経済成長率は年平均10%を超え、欧米の2~4倍にもなった。朝鮮特需から始まり、神武景気( 31ヵ月 )、岩戸景気( 42ヵ月 )、東京オリンピック景気24ヵ月 )、いざなぎ景気( 57ヵ月 )、いわゆる高度経済成長期は1973年の第一次石油ショックで終わる。この高度経済成長期に流行った言葉に3C・3種の神器(車、クーラー、カラーテレビ)がある。こうした新商品をどんどん生活のなかに取り入れてきた時代で、まだまだ物不足、物を満たすために働いていた時代であった。

その後も安定成長を続け、所得も増え、一億総中流時代と呼ばれる時代となる。
そして、食におけるパラダイム変化の第一弾はこの1980年代からスタートしている。戦後の生きるための食からの変化であるが、1980年代はバブルへと向かう時期であり、その方向はやはりバブル崩壊後の平成時代にはより鮮明に現れてくる。大きく言うならば、「食」においても昭和と平成の価値観が大きく変わってきているということだ。豊かさを多くの人が実感し始めた時代であった。

生きるための食から、楽しむ食、遊ぶ食へ

冒頭のカロリー摂取量のグラフに見られるように、1980年代からカロリー摂取量が極端に減少へと向かっている。この傾向は米飯の消費量の減少、乳類・肉類の増加と多様化、こうした変化と軌を一にしていることがわかる。生きるための食から、楽しむ食への転換である。1980年代に入ると、その経済的豊かさの発露として、消費の主役は団塊世代からポスト団塊世代へと移行する。特に若い女性の海外旅行が盛んになり、輸入チーズに代表されるように洋風化、多様化が更に進行する。

そして、このバブル期の食の特徴の一つが食生活における女性の変化である。当時の時代の在り方を見事に表していたのが中尊寺ゆっこが描いた漫画「オヤジギャル」であった。従来男の牙城であった居酒屋、競馬場、パチンコ屋にOLが乗り込むといった女性の本音を描いたもので多くの女性の共感を得たマンガである。女性が居酒屋でチューハイを飲む、という姿はこの頃現れ、また第一次ワインブーム、とりわけ「世界一早いボージョレヌーボー」ブームはその楽しむ食の象徴でもあった。

もう一つの特徴が物価値から情報価値への転換が始まった時期である。その代表例がロッテが発売したビックリマンチョコであった。シール集めが主目的で、チョコレートを食べずにゴミ箱に捨てて社会問題化した事件である。つまりチョコレートという物価値ではなく、シール集めという情報価値が買われていったということである。しかも、一番売れた「悪魔VS天使」は月間1300万個も売れたというメガヒット商品である。楽しむ食というより、遊ぶ食、今日のエンターテイメントフーズにつながる芽がこの頃から始まっている。

こうした豊かさは次の時代、バブル崩壊後の食を予感させるような芽が更に表れている。その代表例が二谷百合枝による「愛される理由」が75万部という1989年のベストセラーになっている。物質的には満たされたお嬢様である二谷百合枝が郷ひろみとの出会いから結婚までを描いたものだが、物は充足するが何か心は満たされていない、そんなテーマの本であった。豊かさが次の段階、精神的な豊かさ、あるいは本質的な事への回帰、健康という原点回帰へと向かう萌芽である。

そして、もう一つ着目しなければならないのが、物質的豊かさの中から、子供のアトピー、あるいはアレルギーが初めて社会問題となった時代である。
また、「ダイエット」という言葉が多くのメディアで使われるようになったのはこの時期からであった。


昭和から平成への転換


実は上記グラフを見ていただくとわかるが、バブル崩壊後も世帯収入は増え続けていた。グラフの数字は主婦のパート収入を含めた実収入の数値であり、夫婦共稼ぎが一般化し始めた時代である。また、1993年には新聞紙上に「父帰る」というタイトルと共に、当時の家庭状況が紹介されていた。残業が無くなり、主人が早く帰宅し、味噌や醤油の売れ行きが復活したことがニュースになった時代である。
そして、1997年をピークに世帯収入は急激な右肩下がりとなる。思い起こせば「デフレ」の芽が出始めた年でもある。ユニクロは本格的なSPAを始めるために社内改革をした時期であり、楽天市場がネット上で仮想商店街をつくり注目されはじめたのも1997~1998年頃であった。

前回の「パラダイム転換から学ぶ」 ”回帰から見える未来”にも書いたことだが、回帰現象という大きな現象の背景にはバブル崩壊後の「失われたものの回復」がある。そして、その中の一つが「自然・健康」の回復であると。そのメガトレンドである自然・健康生活とは食における自然の回復=取り入れであり、その先には身体の自然化でもある。まず現れたのが無農薬や減農薬の農作物であり、自然の持つ生命力が一番盛んである旬のものの取り入れが再認識される。
そして、1990年代に入ると主に次のような健康関連商品のブームが起きる。

1992年;魚に含まれるDHAが注目される
1993年:杜仲茶の血圧低減効果が知られブームとなる
1997年:赤ワインに含まれるポリフェノールの抗酸化作用に注目が集まりブームとなる
1999年:ビタミン類などの低価格サプリメントがコンビニでも発売され、市場は大きく伸びる
2000年:ザクロが更年期障害を抑える効果があると話題になる
2004年:コエンザイムQ10ブームが起きる

こうしたサプリメント市場の拡大は働く女性の増加に伴い家庭内調理が少なくなり、そうした栄養バランスを補助するものとして急成長していく。ちょうどデパ地下の中食が成長・一般化した時期と符合している。こうしたサプリメントさえ摂取すれば健康になれるといった間違ったサプリメント信仰は、2006年以降厚労省によるアガリスク製品の一部に発がん性のリスクがあると指摘され、安全性への懸念から市場は一挙に冷え込む。

更に、健康食品の効能効果に疑問が起こり始める。その代表例が関西テレビの「発掘!あるある大辞典」で、2007年1月7日放映の『納豆ダイエット問題』を皮切りに科学的根拠のない実験を行い、更にはデータの捏造すらされていたことがわかり、番組は中止となる。実はこの「発掘!あるある大辞典」のスタートは1996年10月で、この健康ブームに乗って高視聴率を上げた番組であった。「健康・からだ・食」のテーマが多く、「○○の食材が痩せる!」などと放映すれば、翌日にはその食材がスーパーなどで飛ぶように売れるという社会現象が生まれるほどであった。
こうした背景から2005年には1兆2850億円(健康産業新聞調べ)あった健康食品市場は翌年以降マイナス成長となる。(但し、2010年以降は回復し、プラス成長に向かっている。)

そして、「健康・からだ・食」という最大関心事に衝撃的な事件が起きる。2007年12月から08年1月にかけ、中国の天洋食品の冷凍ギョーザを食べた千葉、兵庫両県の計10人が下痢などの中毒症状を訴え、そのギョーザから殺虫剤メタミドホスが検出された事件である。安全という最も基本的なことを思い起こさせる契機となった事件である。
以降、食の安全性や表示偽装など内部告発を含め、社会事件として取り上げられる。
2007年:ミートホープ社による牛肉ミンチの品質表示偽装事件
2007年:老舗船場吉兆による賞味期限切れや産地偽装問題
2008年:三笠フーズによる事故米(汚染米)不正転売事件

こうした事件が明るみに出たことにより、安全を安心へと変えるために食の「見える化」は流通を中心に広がることとなる。いわゆる「ご安心ください、私が作りました」という生産者表示や食品履歴がトレースできるような仕組みの導入など。
また、食料の自給率が40%前後の日本の場合、その多くは輸入に頼っている。つまり、見えないところで作られる食品の見える化が進むが、その対策を講じなかったのがあの日本マクドナルドであった。2014年中国で製造されたチキンナゲットの鶏肉が期限切れであったことを契機に小さな子を持つファミリーを中心に客離れが起こり、その後わずか数年の間に900数十店舗の店を閉店するという事態に至ったことは周知の通りである。

健康長寿から肥満ワースト県への変貌

本格的な人口減少時代を迎え、衰退する都市や町についてスタディした拙著「未来の消滅都市論」にも書いたことだが、周知のように「日本一長寿の県」といえば、既に沖縄県ではなく長野県である。少し古いが2013年に発表されたデータを見ても、男性が80.88歳で1位、女性が87.18歳で1位と、名実ともに全国一の長寿県となっている。この長寿の秘訣として食生活を挙げる専門家が多く、確かに塩分の多い野沢菜などを食しているが、そうした塩分を排出する野菜の摂取量が極めて多くバランスがとれた食生活を送っている。そして、かなり前から佐久病院をはじめ、予防医療が導入されてきたことも大きい。もう10年以上前になるが、「予防は治療に勝る」という「長野モデル」が提唱されていた。そして、平成2年から20年 まで1人当たりの老人医療費は全国最低額だった。つま り、長野では老人が病気にかかることなく、元気で働い ている、とも言えるだろう。社会保障費の増大が問題視されているが、抑える方法の一つは既に長野において実証されている。

ところで問題なのは長野県が長寿NO1になる迄沖縄県が長寿県であった。厚生労働省による平成22年国民健康・栄養調査では、沖縄県が全国で肥満率第1位という結果が発表され悪い意味で話題となった。平均寿命も男女ともに長年トップクラス出会ったにも関わらず2000年頃から大きく順位を下げ、今や男性は30位まで転落。女性に関しては1位から3位へ落ちたものの、健康・長寿はなんとか保ってはいる。ただし肥満率はやはり女性も全国トップである。
何故、こうした非健康な県になったのかと言えば、その最大要因は食生活にあると言われている。米国の占領下となった沖縄では、食においてもアメリカの影響を強く受けるようになる。米軍の軍用食料から供出されたポークランチョンミートやコンビーフハッシュ(コンビーフとじゃがいもを合わせたもの)など加工肉が一般に普及し、大量に消費されるようになる。若い世代では昔ながらの沖縄料理を食べる機会はどんどん減り、戦後生まれの世代は子供の頃からこのような食環境であった。沖縄県の調べでは、県民の3人に2人が脂質を過剰摂取していると。もう一つの要因としては運動をしない車社会にあると専門家から指摘されている。表現は悪いが、ある意味「健康・からだ・食」の社会実験結果の如くである。

私は沖縄の生活文化や琉球文化に興味があり、今まで60回ほど沖縄に行っているが、沖縄の人たちが日常食べている「食堂」をよく利用している。多くの人は沖縄観光=リゾートライフ=ホテルライフ、そして、美ら海水族館をはじめとした観光地を巡り、お土産となると那覇の国際通りとなる。こうしたパターンは本島だけでなく、離島も同様である。
1990年代後半から長寿の島の代表的な食として那覇の安里にある沖縄第一ホテルの朝食が雑誌などでよく紹介されていた。勿論、私も一度だけだが食べに行ったが、野草に近い島野菜中心の30種ほどある朝食でこうした食生活であれば長寿の島になるなと納得したことを覚えている。現在は安里から中心部の牧志に移転しており、メニューも大分進化しているようだ。今風な言い方をするならば、「地産地消」の伝統的な沖縄料理である。医食同源という言葉があるが、沖縄の人たちの言葉ではこうした伝統料理を「ぬちぐすい」(ぬち=命、ぐすい=薬)と呼んでいるが、これもほとんど死語になっているようだ。
しかし、こうした食をつくれる後継者が少ないこともあって、沖縄の主要な食である豚肉がそうであるように最後まで食べきるといった調理がどんどん廃れていっている感がしてならない。沖縄も豊かになって、その豊かさは伝統的な食から米国の高脂質、加工肉中心の食へと変化し、結果こうした非健康県になった。そして、庶民の食を支えている食堂の多くは、そのメニューのボリューム・量のすごさである。沖縄の普通盛りは東京ではデカ盛りであることも肥満県の要因の一つであろう。

両極に振れる振子消費

実はこうした「健康・からだ・食」という意識が底流する中で、2007年ごろから沖縄のみならず全国的にデカ盛り、メガ盛りといったガツン系の食、高カロリーメニューが人気となる。その代表的な商品としては日本マクドナルドのダブルクオーターパウンド(828kcal)であった。こうした食の裾野には学生や若いビジネスマン以外にも、ファミリーでの食べ放題やブッフェスタイルがあることは言うまでもない。そして、特徴的なのは日経MJの2007年度ヒット商品番付の関脇にガツン系を始めとした「デカ盛りフード」がある一方、「カロリー・ゼロ・コーラ」に人気が集まる。また、日本古来の自然食であり、ローカロリー・高タンパクの豆腐が再認識される。

そして、ダイエットでは、周知のかなりハードな「ビリーズブートキャンプ」がブームになった一方、楽して痩せる「ぷるぷるフィットネス」の手軽さが人気となる。こうした価値観の反対軸にあるような商品が売れる市場の情況を当時私は「振り子消費」と呼んでいた。行ったり来たり振り子のように揺れる時代の心理市場であるが、この振り幅は以降年々小さくなって来ている。例えば10数年前にダイエット&美容のためにサプリメント依存症が問題となるような過剰さはなくなり、今ではコラーゲンのようなものへとトレンドは移行してきているということである。

こうした両極に振れる振子消費とは一線を画したものが、実は軽登山あるいはウオーキングである。今や東京の近郊にある高尾山は老若男女ばかりでなく、最近では外国人にも人気の軽登山コースとなっているが、既に20年ほど前からシニアの間では人気のコースとなっており、待ち合わせスポットになっている八王子には週末の早朝にはシニアが集まり、ちょっとしたニュースにもなっていた。
また、若い世代をはじめとしたジョギングブームが10年ほど前から起こる。そして、2015年には全国で行われるマラソン大会は197大会にも及び健康ブームの先導役を引き受けている。軽いジョギングからフルマラソンを走る人まで、そのランニング人口は1000万人を超えていると推定される。ある意味、情報によって振り子のように振れるトレンド型健康市場にあって、「健康・からだ・食」その中核を占めていると言える。

健康テーマの中心点を探る

大きな潮流である健康というテーマではどのような振り子となっていたか、ここ数年の動きを見ていくと分かる。寒天ブームはいつ始まりいつ終わったのであろうか。コエンザイムQ10はどうであったか。デドックスブームは岩盤浴と共に終わったが、ホットヨガと共に復活してきたが、果たして継続したダイエットたりえるだろうか。そして、楽して痩せるダイエットから、ビリーズブートキャンプのようにハードなダイエットへと振れて来た。以前、ファッションブランドエゴイストの社長である鬼頭一弥さんとブームについて話をしたことがあった。「山あり谷ありではなく、煙突のように急激に伸び、あっという間に売れなくなる」と情報の時代の商品のライフサイクルを話してくれたが、振り子は大きく振れれば振れるほど、またあっという間に逆に振れるということだ。

こうした情報の時代にあって、商品やサービスの安定した成長を誰もが願っている。誰もがベストセラーではなく、ロングセラーを目標とするのだが、この成長の中心点を見出すことの難しさに直面している。ブランドづくりとは、この中心点を探り、見出し、その一点にビジネス努力を集中させることである。
この中心点とは何かということであるが、一つは「ルーツに遡る」ということである。モノや出来事、あるいは企業もそうであるが、創造された「最初」が最も完成形・理想型に近いということだ。「今」は多くのものを取り入れ複雑になり、ある意味偽物になってしまっているということでもある。だから、ルーツへと遡るということが最も重要となる。

見晴らしの良い場所に

その中心点とは「振り子消費」からの脱却と言える。永く使えるもの、住まいであれば永住とまではいかないにせよ永く生活できる住居、衣服であれば10年20年着続けたいもの、食であれば食べ続けていても飽きないもの、こうした「継続価値」という中心点へと収斂していくと思う。勿論、健康というテーマにおいてもトレンドという刺激消費が無くなる訳ではない。ただ過去10年間のような大きな振り子にはならないということだ。継続した文化を味わう、どこかしっくりと馴染む、一見保守的にも見える消費が中心点となる。

今日まで続いていることは、中心化と分散化が錯綜しているということだ。情報の時代は、普通と過剰、 0と∞、とを行ったり来たりする。健康・美容ブームの中心にあった寒天、コエンザイムQ10、今はコラーゲンの吸収率競争となっている。若い女性の間でホットヨガが注目されているが、それまでのデドックスとどう違うのか、これからどの程度まで浸透していくのか。マーケッターはどこに健康の中心化が進み、どこは分散・衰退が進んでいくかを見極めることが主要な仕事となっている。そのためには「見晴らしの良い場所」に立つことが必要である。そうした意味で、東京というあらゆるものが一極集中する世界は見晴らしの良い場所、俯瞰できる場所であると言えよう。
10数年前にマーケッターの間でそうした俯瞰できる場所での定点観測という方法が採られたことがあった。今、必要なことはそうした変化の「定点実感」であると言える。(後半に続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:20Comments(0)新市場創造

2016年09月19日

デフレ時代の「行列の法則」  

ヒット商品応援団日記No658(毎週更新) 2016.9.19.

マクドナルドが¥550のバリューランチセットを発売したが、更に平日のランチに低価格メニュー¥400のバリューランチを発売すると発表した。ハンバーガーは「ビッグマック」か「チキンフィレオ」のどちらかを選べ、Sサイズのドリンクとのセットで、平日の午前10時半から午後2時までに限り、全国の店舗で売り出すとのこと。いずれも、単品で組み合わせた場合より50~80円安くなる。つまり、大規模なリストラを終え、本格的な低価格戦略に踏み込んできたということである。
「2016年上期ヒット商品番付を読み解く」にも書いたが、ユニクロにおける中価格帯ラインへの値上げの失敗、そして吉野家が豚丼を4年ぶりに同じ価格¥330で復活させ、これで1990年代後半からのデフレ御三家が足並みを揃えたことになる。以前から指摘してきたことだが、デフレは日常化していることが更に明らかになったということだ。

こうした日常化したデフレ型消費における突破口の着眼として、私は「こだわり」を挙げた。勿論、2年ほど前の「こだわり」メニューは、そのことによって値上げし、客単価を上げる戦略であったが、間違えていたということである。その「こだわり」は、低価格(今まで通りの価格)プラス「こだわり」であって、値上げの理屈にはならないということである。消費者はこのことをよく理解しているということである。「こだわり」は、純粋に顧客のための新たな価値でなければならないということだ。10年ほど前から指摘していることだが、生半可な付加価値など見破られる時代になっているということである。

ところでどんな「こだわり」をしたら良いのかである。その着眼について下記の「行列の法則」を参考にしてほしい。実は8年ほど前に整理したものだが、原則としては今も変わらない。

1. リミティッド limited
時の限定、場の限定、個数限定、対象者限定、生産過程の限定
2. プレ・アクション pre-action
どこよりも早く、先行性、前倒し先取性、テスト、プレ実験などによる実験
3. オンリー only,origin
独自性、特徴、オリジナリティー、ブランド力、記銘性、パーソナリティー
4. キーパーソン key person
看板娘、熱意ある心をもって汗をかく職人、リーダーシップの発揮
5. ライブ&ショー live&show
その時ならでは、旬、感動、実感、体験学習、今を生きる
6. ハッピー&ヒーリング  happy&healing
幸福感、癒し、充足感、安心感
7. コレクション collection
文化という固有世界、回数性、リピート率、ストックカルチャー、サブカルチャー、
8. パーソナルユース  personal use
私のお気に入り、個人を対象に据えた手軽なデザイン、大きさ、価格
9. ニュース&ジャーナル news&journal
話題性がある、注目度が高い、口コミで伝わりやすい
10、リーズナブルプライス Low Price
どこよりも安く、手軽に気軽に、コスパが良い、

例えば、リミティッドという限定にこだわる戦略は多くの専門店が取り入れている手法である。最近では行列の出来る店として注目されている神田神保町の焼きそば専門店「みかさ」は自家製麺ということから麺がなくなり次第閉店。こうした限定戦略は初期のラーメン専門店を始め、最近では自家製酵母によるパン屋さんも同様である。こうした専門店の場合、その多くはリーズナブルプライスとなっており、日常使いの場合は行列が絶えない店となる。勿論、顧客にとって意味ある「限定」であることは言うまでもない。

3番目のオンリーであるが、このオンリーには「今」という時代ならではの唯一性・希少性を売り物にする場合が特徴となっている。競争市場下における「差づくり」をテーマにした未来塾「テーマから学ぶ」おいて「今」ならではのアイディアを整理したのが以下の4つである。
1、迷い店:なかなかたどり着けない面白がり・ゲーム感覚を売り物にした「差」づくりの店
2、狭小店:都市が生み出したデッドスペースを活用した狭いを売り物
3、遠い店:例えば山頂のパン屋さんといったとにかく遠い場所
4、まさか店:デカ盛りのような量のまさか、価格のまさか、あるいはこだわり過ぎのまさか
いずれの場合も遊び心をくすぐった「面白店」である。勿論、こうした店を面白いと感じる顧客のみが行列を作っており、このアイディア次第で100点にもなれば0点にもなるといった世界である。

4番目の看板娘であるが、最近の看板娘は「おばあちゃん」や「まだ幼い子供」の場合が多い。美人といった看板娘はある意味どこにでもいるので、つまり一般化された世界から離れないと「差」を創ることは難しい時代である。
また、人間ばかりではなく、和歌山電鉄の駅長たまではないが動物も看板娘になる。ここ数年犬から猫にペット人気が移り、猫と遊べるカフェや旅館までが看板猫ではやる時代となっている。こうした「看板」は6番目のハッピー&ヒーリングのように癒されることを目的とする場合が多い。これもある意味、時代ならではの傾向であろう。

7番目のコレクションについては文化という歴史が堆積した固有性についてであるが、デフレ時代にはどうしても価格やコストパフォーマンスを伴わないと難しい時代にいる。ただし、少し視点を変えれば、アニメやコミックといった日本のサブカルチャーは、周知のようにアキバのようにまさに行列そころか聖地となっている。コレクションというと、収集家の世界のように思われがちであるが、私の言葉で言うならば、「オタク」となる。こだわりにこだわった世界こそオタクの世界である。例えば、アニメに描かれた風景のみならず色彩までをも追体験すべく、そのモデルとなった誕生の地を訪れる、聖地巡礼が全国各地で起こっている。そうした「こだわり」を起こさせるようなコンテンツの創造である。

9番目こそ情報の時代ならではのことで、SNSなどのネットワークによって行列ができる。そして、間違ってならないことは、行列という「ブーム」は必ず終わるということである。この情報・話題作りの場合、その多くは激安、激盛り、激辛、・・・・・・激であればあるほどまさかという「情報」を求めて行列ができる。行列という情報は、また次なる行列を呼ぶこととなる。しかし、激はさらなる激によってしか「次」に行くことはできない。そして、情報=「ブーム」は一過性であることを忘れてはならない。

こうして見ていくと分かるが、デフレマインドの壁を越えるにはリーズナブルプライスを基本に幾つかの組み合わせによって戦略を組み立てることが必要となる。これが8年前の行列と今の行列の違いである。そして。繰り返しになるがなんといっても「差」をつけるコンテンツ次第である。以前、そのコンテンツに触れて、新しい、珍しい、面白いコンテンツばかりでなく、過去のヒット作・ヒットメニューの復活劇が始まるとブログに書いたことがあった。吉野家の豚丼もそうした復活メニューであるが、過去のヒット作を見直してみることも必要な時代になった。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:32Comments(0)新市場創造

2016年09月11日

おめでとう、広島カープリーグ優勝 

ヒット商品応援団日記No657(毎週更新) 2016.9.11.

ここ数年、高校野球は観るが、プロ野球はTV観戦を含めほとんど観ない。しかし、広島カープが25年ぶりにリーグ優勝を決めた巨人戦については、広島フアンでも巨人フアンでもない私はNHKの試合中継を最後まで観てしまった。「観てしまった」という表現は、どこかでまだ高校野球のような心を熱くさせてくれる「何か」が残っているのではないかという気がしたからであった。それはプロ野球チームの投手交代に見られるように分業制合理主義に貫かれている戦いに魅力を感じなくなっていたからである。

メジャーリーグの大金を選ばず、好きな広島を選んだ「男・黒田」のおそらく最後のピッチングを観てみたかったこともあるが、逆転勝ちが多い広島というチームはどんなチームなのか、これも観てみたかった。体調が万全でなかったのか、やはり年齢的なものなのかわからないが、それに抗うように必死に懸命に投げる熱い黒田に心が動かされた。そして、初回に先制された広島は4回鈴木と松山のホームランによって逆転する。そして、直後巨人マイコラス投手の死球に激昂した黒田と新井が詰め寄る・・・・・なぜか高校野球のような「必死さ」を感じた。これが野球の本質なのだと思い、実は最後まで観てしまったのである。

周知のように広島カープの選手年俸の総額は巨人の半分である。戦後の広島カープ誕生後も球団経営は苦難の連続で有名な市民による「たる募金」によって乗り越えてきた。そして、新しくなった広島球場においてもこのたる募金が活躍したという。市民球団と言われる所以である。優勝を決めた巨人戦では広島地区の視聴率は50%を超えたと言われている。黒田も新井も好きな広島に戻ってこられたのも、こうした球団・市民があってこそである。
全国の町おこしとしてはB-1グランプリを始め、スポーツではマラソンやサイクリングなど数多くあるが、やはり元祖は広島カープであろう。町おこしといったイベント的なものとしてではなく、広島という地域コミュニティの軸となっている。それは戦後復興のシンボルとしての球団を体験しているシニア世代から、一昨年から話題となっているカープ女子まで、まさに市民総ぐるみによる球団である。そうした意味で、優勝決定戦の主役は誰かといえば、「市民一人ひとり」ということだ。

消費が低迷する中で、7月末には「ポケモン探し」による活性ぐらいしかないとブログで指摘をしたが、ヒット商品という視点に立てば、今回の「広島カープ優勝」は全国的な消費活性には繋がらないが、市民球団、コミュニティスポーツの在り方として多くの示唆を与えてくれている。
さらに、スポーツのジャンルを超えて言うならば、広島のチームメンバーが見せてくれた「必死さ」は、人の心を動かすという今日の心理ビジネスの根幹を成しているということである。必死で作ったラーメンと、仕事だから作るラーメンとでは自ずと味の違いがわかってしまう、そんな時代に生きている。

おめでとう、広島カープ、広島市民の皆さん。

(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:42Comments(0)新市場創造

2016年09月07日

未来塾(24) パラダイム転換から学ぶ 回帰から見える未来 後半

ヒット商品応援団日記No656(毎週更新) 2016.9.7.

第1回の「パラダイム転換から学ぶ」では日本の近世から近代への転換点である江戸から明治への変化について、その痕跡をもとに考えてみた。第2回ではそうした変化の源であり今日のライフスタイルの原型が作られた江戸の変化について考えてきた。そして、今回は戦後の大きな転換点であるバブル崩壊、昭和から平成へと向かう変化、最大の変化イデアル2つの回帰について考えてみることにした。




「パラダイム転換から学ぶ」

後半

回帰から見える「未来」


昭和から平成というこの30年弱に起こったパラダイム転換による現象から何を学ぶかである。このことは「今」と重なっており、ある意味直接的にビジネスに反映されることとなる。そうしたことを踏まえ、これからの学びは仮説に基づくものであると理解していただきたい。

パラダイム転換を迫ったものは勿論グローバル化であり、その中でも「時間」に対する転換が大きく、そうした転換内容を境目のない「24時間化・無時間化」とした。前回のテーマ「江戸と京」では、”日の出とともに起き、夕に眠る”といったライフスタイルは崩れ、今日を予感させるような夜半に商売する屋台業態が生まれていたと指摘をした。
あるいは個人化社会が進行し、社会の単位が家族から個人へと転換することによる新たな問題も生まれ、また新たな市場も生まれてきた。前回の「江戸と京」でも指摘したことだが、江戸の住民の半分は武士で、そのほとんどが単身赴任であった。しかも、全国から集まる、いわば雑居都市であり、何故か今日の「無縁社会」及び「グローバル社会」と同じような構造に符合していると。更には江戸も東京も生産することなく、消費のみの都市である。

回帰の背景:失われたものの回復

江戸時代と今日とがある意味つながっており、昭和から平成というパラダイムの転換は平成固有の変化だけでなく、明治以降の近代化による転換と共に失ってしまったものの回復傾向が、この平成時代に一挙に出てきている。いつの時代も時代の変化と共に、残すべきものと新しく変えていくこと、この狭間で悩むのであるが、この「失われたものの回復」は、実は2つの回帰、過去回帰と自分回帰による回復の背景にあった。この回帰することによる回復は大きな潮流としてあり、平成という時代の大きな特徴となっている。その回復は次の3つに整理することができる。
1、自然・健康
2、仲間・家族
3、歴史・文化




「自然・健康」は既に周知のことで都市化が進む街の生活者にとっては最大の関心事である。最近では宮崎駿監督の描くジブリの世界のような「ツリーハウス」といった一種の自然生活に注目が集まっている。そして、今なお自然が残っている地方へのIターン、移住もこうした背景からである。前回の「江戸と京」でも書いたが、都市生活者が取り戻したい自然との生活は家庭菜園やキャンピングの「次」のライフスタイル潮流としてある。
また、都市においても多摩川などをフィールドにした子供達の自然学校が開かれたり、銀座の周辺には日比谷公園や浜離宮など自然があることから、銀座のビルの屋上でミツバチを飼ってスイーツなどに蜂蜜を活用する、そんな都市の中で自然と向き合う動きも見られる。

また、無時間化が進む都市にあって自然を感じるための工夫が進化していく。例えば、「四季」をコンセプトとした「食」のみならず、今以上に季節感を楽しむ催事は盛んになる。春は桜だけでなく、その前後の梅や桃、そして、ツツジ、アジサイ・・・・・・こうした自然を感じるための様々な工夫、例えば「朝らしさ」「夏らしさ」・・・・・・「らしさ」MDとでも表現したくなるようなものである。この「らしさ」創りの着眼については、第1回の「パラダイム転換」に書いた「和回帰」ということになる。和の夏であれば、風鈴や打ち水といった夏らしさ作りが夏物商品の販売には必要になるということである。

次に「仲間・家族」の回復であるが、東日本大震災による気づきもあるが、その「縁」の取り戻しについてはSNSなどを使った「情報縁」による新たな縁づくりも見られる。古いキーワードであるが、「5つの縁」によって少なくとも昭和までは問題があるにせよ縁が保たれていた。血縁、地縁、有縁、職場などの職縁、仏教で言うところのご縁。そして今その5つの縁にプラスし、情報によって結ばれる情報縁の6縁となった。そして、バラバラとなった個人化社会にあって、関係の回復や縁づくりのために、まずすべき課題として「居場所」づくりが多様な人間関係の中で始まった。例えば、2000年代半ばのヒット商品であった一人鍋から家族全員で食べる鍋やバーベキューに変わり、企業や団体では福利厚生を踏まえた運動会が盛んになった。
また無縁社会のシニア世代の居場所づくりとして、数年前から注目しているのが、仙台にあるNPOが運営している「シニアサロン井戸端会議」である。月額1000円の会員制度であるが、リタイアしたシニアの社会貢献として経験などを持ち寄る活動もあるが、そのコアとなっているのが「居酒屋事業」である。つまり、誰でもが利用出来る「居場所」を作ったことがポイントとなっている。そして、その活動の視野の広がりは、例えば9月の活動のテーマである「若者vsシニアの井戸端会議」となっていることを見てもわかるように、新しいコミュニティづくりへの広がりが感じられる。

3つ目の歴史・文化については前述の過去回帰としてのアシュラーや歴女ではないが、社会現象としても大きく出てきている。その総称を和回帰とも言うが、その奥行きは深く広い。そして、次なるテーマとなるのが「グローバル化の中の日本語や日本美」といった固有の日本文化については次回とするが、そうしたテーマへの評価は海外・欧米によるところが大きい。クールジャパンもそうであるが、古くは江戸時代の浮世絵であり、日本人自身が逆に気付かされるほどである。
グローバル化の波はかなり前から、教育特に語学に大きな影響を及ぼし、地球の共通語である英語による教育を行う大学に人気が集中し、母国語デアル日本語による思考力が低下しているとの指摘すら出始めている。

家族から個人へ、その未来

回帰という2つの現象が社会に、生活に、消費にと出てくる背景には、「失われたものの回復」というメガ潮流ともう一つの大きな変化、パラダイム転換を促す変化が、昭和から平成への変化の過程で起きてきている。個人化社会、無縁社会、個人サイズ、縁の復活、こうした社会現象をもう少し俯瞰的に見ていくと、そこには大きな「単位変化」、「単位の物差しの変化」、社会を構成する単位変化が劇的に進んでいることがわかる。そうした社会の単位変化、「家族から個人へ」という変化を整理・図解すると次のようになる。




読んでいただくとわかると思うが、家族という依存的関係から自ら社会に向き合うという自立への転換。日本の選挙制度もやっと18歳からの選挙権へと変わったが、これも自立への制度的整備であろう。そして、社会に出ればそれまでの家族にあった一元的価値から、多様な人たち、多様な価値観を認め合う、そうした価値へと変化していく。結婚関係はどうかといえば、離婚率の増加、あるいは晩婚化を見ていくとわかるが、経済を含めた婚姻条件による婚姻から、一種の共感関係、それが生き方や信念といった人生観の共感関係の大切さへと向かうであろう。親子関係については、20年以上前になるが団塊親子を称し、友達親子と呼ばれたことがあった。まるで友達であるかのように、仲良し親子とも呼ばれた。当時はそうした関係に着眼して、母娘消費と呼んでいた。

消費面では「個人サイズ」というキーワードで表現したが、市場が心理化しており、「心理サイズ」が重要となっている。これも10数年前からの常識となっているが、「あれこれちょっとずつ」といった消費はそうした心理サイズの代表的事例であろう。また、物はすでに充足しており、特別に買う必要性はほとんどない時代である。デパ地下の売り出しを見ればわかるように、例えば春には「花見弁当」を売り、定番となっている「全国駅弁大会」も新しいメニューをプラスし、新鮮さを出し続けている。こうしたテーマに惹かれ、それでは食べてみるかという気が起きるのだ。
また、高齢社会を映し出しているかと思うが、元気なシニア世代が多い。後ろ姿を見たらほとんど年齢も性別もわからないほどである。物理的年齢から心理的年齢へと、この単位変化も極めて大きい。

また、時間についての考え方も、24時間化といういわば地球時間と個人の生活時間との間で生きている。仕事の場が地球サイズになり、スマホ一つでいつでもどこでも仕事をしなければならない時代である。そうした意味で、仕事時間とプライベートな時間をどう分けて生活するかが時代の課題にもなっている。
そうしたことをも踏まえてだが、際目のないボーダレス時代にあっては、地球温暖化といったことも実感する声明を感じる時代である。と同時に、自身の人生価値も大切にしたいと考える時代でもある。

こうした進行しつつある多くの「単位変化」、単位の物差し変化の先に、どんな社会へと向かうのか。これも推測ではあるが、個人単位の組合せ社会、有機的結合社会へと向かうであろう。家族も従属関係ではなく、互いに尊重し合う関係という家族、個々人組み合わせ家族、そんな時代に向かうのではないかと推測する。そうした家族生活、ライフスタイルはどう変わっていくのであろうか、当然消費のあり方も変わっていく。

自分確認の時代

家族から個人へ、という潮流は再び家族へという揺れ戻しがあっても、その方向に変わりはない。この個人化社会の進行は常に「自分確認」を必要とする時代のことである。
そこに生まれてくるのが2つの「記念日」市場、自己を褒め、ある時は慰めるといった「自己(確認)投資」市場。もう一つが他者との関係において生まれてくる「関係(確認)投資」市場。つまり、確認しないと不安になる、そんな新しい市場である。

この味がいいねと君が言ったから
7月6日はサラダ記念日    俵万智

1987年260万部というベストセラーとなった「サラダ記念日」の一首である。青春期にあって人と人との関係の中で、その想いを瑞々しい感性で歌ったものであるが、マーケティングという視点に立てば、今日の生活者心理に潜む「自分」認識を彷彿とさせる歌となる。
心がそう想えばどんな小さな、ささいな出来事も記念「時」となる。つまり、顧客に「そう想える」出来事を創ることによって、記念としての商品が販売できることへとつながる。




「ミーギフト」というキーワードが10年ほど前に若い女性の消費市場を代表するとして流行ったことがあった。自分にご褒美という意味であるが、自己確認を行う自己回復市場といっても差し支えない。近年のバレンタインデーにおけるギフトは、義理チョコはどんどん減少し、その多くがミーギフトとなっている。このようにすでにある行事や出来事における消費の多くはミーギフト=自家使用・自家消費ということである。俵万智さんが歌ったように、そう想えば全てが記念日、自己確認記念日になるということである。

もう一つの記念日消費が「関係消費」、バラバラとなった人間関係をつなぎ、さらにより深めたり、あるいは修復したりする「失われた縁の回復」である。
こうした記念日とは少しずれるが、東京新橋に和菓子の老舗「新生堂」に「切腹最中」という菓子がある。「忠臣蔵」の起こりとなった浅野内匠頭が切腹されたことにちなんだ商品であるが、面白いことにサラリーマンがビジネスで失敗し得意先などにお詫びするときの手土産に利用するという。”切腹最中にて、御免”というわけである。


生きるための必要に迫られた消費もあるが、物が買われることには自分確認であったり、人と人の関係を創ったり維持したりといった心の機微が動機となっている。これが心理市場の内容である。そして、マーケティングの役割はこうした小さな心理を捉えることがカギとなっている。

第1回のパラダイム転換から学ぶ「グローバル化」その概要編では、その最大の転換点であった江戸から明治という西欧化、外からの変化の取り入れ方について取り上げてみた。そして、垣根のない時代は既に江戸から始まっていたことと共に、外からの変化の取り入れ方とその揺れ戻しについて。具体的には新しい、珍しい、面白い「洋」の取り入れ方、そして「洋」一辺倒のライフスタイルから「和」への揺れ戻しについても分析してみた。
第2回では、そうした変化の取り入れ方は既に江戸時代にも「江戸と京」という関係の中で「下りもの」という形で生まれていた。そして、東京一極集中は江戸時代から始まっていて、個人化社会、しかも巨大な消費都市が既にあり、今日の東京の原型となっていた。
今回の未来塾はパラダイム転換とタイトルをつけたが、生活者が時々の「変化」にどう対応してきたか、特に消費という視座を持って読み解くことを主眼とした。極めて大きなテーマであり、簡単なレポートでないことは重々承知している。ただ、面白いことに江戸から今日に至る数百年を通じ、変わらぬ価値観、変化の受け止め方が見られる。山本七平はユダヤ人との比較の上で「日本人論」を書いた人物であるが、私にとってはユダヤ人ではなく、「外からの変化」という時代による比較によって、日本人の特異な消費を浮かび上がらせてみたい、そうした思いが強くなった。

そうした意味を踏まえ、第3回ではバブル崩壊を境とした昭和から平成という転換点ではどのような変化が生まれているか、社会現象を通じより詳細に具体的に読み解くことにした。
今回は「回帰」というキーワードを使って読み解くことにしたが、2009年一斉に消費の舞台に回帰現象が出現した。周知のリーマンショックの翌年であるが、大きな危機に直面した時、まるで揺れ戻したかのように「過去」に「自分」に戻ってくる、そうした傾向が強く特徴的に出た1年であった。
そして、第1・2回共に、社会現象として現れてきた事実を読み解くことを中心としたが、第3回ではそうした事象を踏まえた仮説を図解したものを多用してみた。掲載した図解は、概要・フレームの理解のためでどのように推論していただいても構わない。

ところで、日本の消費生活に大きな影響を及ぼしてきた3つのパラダイム転換点、江戸、明治、そして昭和から平成について分析してきた。パラダイム転換はどんな新たな変化、特に新たな消費を生んでいくのか、そのメカニズムについてはある程度理解した。第4回以降は、消費生活の変化を促すいわば今日的なテーマを取り上げることとする。例えば、年齢を問わず最大の関心事である「健康」はどのように変わってきたか、そしてこれからどんな健康が求められるか、昭和から平成への転換点を軸とした今日的テーマを取り上げてみたい。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:09Comments(0)新市場創造

2016年08月23日

訳ありから、こだわりへ

ヒット商品応援団日記No655(毎週更新) 2016.8.23.

リオオリンピックでは日本選手の逆転劇に歓声を上げ、夏の甲子園大会でも前評判の高かった3人の好投手が揃う中で、最後は作新学院の今井が見事な投球で優勝した。前回のブログで「ポケモン探しの夏が始まる」と書いたが、いたるところでゲームに熱中する若い世代を見かけた。こう書くと活気あふれる景気を想像してしまうが、それとは真逆の弛緩した景気状態である。
6月の家計支出は前年同月比実質2.2%の減少 、 前月比(季節調整値)実質1.1%の減少。世帯収入も名目0.3%の減少となった。その延長線上にこの夏もあると想像される。
そして、百貨店売り上げも5か月連続のマイナスで、7月は-0.1%とのこと。売り上げの2.6%を占める訪日外国人消費インバウンド売り上げは前年比-21.0%と大きく下げ、既にインバウンドバブルは終わったということである。
しかし、日銀によれば2016年第一四半期の保有する家計金融資産は1706兆円となっている。これも2008年のリーマンショック以降の「現金・預金」の資産構成が伸び、周知の通り株などではない「リスク」を避けた資産保有となっている。

実はこのお盆休みには何回か都心に出向くことがあって、幾つかの商業施設などを見て回った。どの商業施設も家族連れが多く、しかも訪日外国人観光客も多数見受けられた。特に、ターミナル駅や新たにできた新宿のバスタも混雑していた。また、ガソリン代が安いこともあって、報道によれば高速道路も例年通りの混雑を呈していた。
つまり、「人出」は多いが、特筆すべき行動や消費は見られなかったということである。以前であれば、「人出」は移動=消費のバロメーターであったが、長引くデフレ下にあっては特別な消費を引き出すことはできないということである。生活者の多くは、夏休みであれ、休日であれ、どこで何をどのように楽しむか、お金を使わない工夫にどんどん長けてきているということである。

こうした時代にあっては、アッと驚くような消費を期待してはいけないということである。必要なことは「意味ある」消費を創ることに徹するということである。その「意味ある」とは、商業の原点、顧客主義に立ち返るということだ。その顧客は「情報」によって動くものと勝手に決めつけてきた。確かに情報によって消費行動は促されることは事実である。しかし、その情報に翻弄され、時に騙された経験を多くしてきた。見た目ばかりで、内実が伴わず値段だけは高い。行列するほどのことはなかった。・・・・・・・・こうした感想は数多くあるのが消費の現場である。

つまり、消費者は消費のプロ、専門家であるという原点に戻ることに、私は「意味を見出すべき」と考える。このことは消費者におもねることでも、へりくだるサービスのことでもない。今から8年ほど前にエブリデーロープライスをポリシーとしたスーパーのオーケーを取り上げ、その訳あり商品についてブログに書いたことがった。以降、訳あり競争について、その訳あり内容の競争であると何回かブログに書いたことがあった。その主旨に沿うならば、「意味ある訳」の競争とは、消費のプロに負けない専門性、つまりこだわりをしっかりと持つということである。勿論、その「意味」は勝手に決め付けることではない。商売の原則である売り手と買い手の会話によってのみ、「意味」が確認される。安いから売れる訳ではない、高いから売れない訳でもない。長引くデフレは、訳あり」心理を更に内なる心理へと向かわせている。

その心理であるが、今の競争は訳ありから、「こだわり」へと進化している。どんなこだわりか、その意味あるこだわりに納得共感してもらうかの競争である。私の言葉で言えば、「オタク競争」のことである。例えば、B-1グランプリの第一回チャンピオンは「富士宮やきそば」であった。そのこだわりは幾つかあるが、当時私にとって新鮮であったのはイワシの魚粉をかけた焼きそばであった。ありそうでなかった焼きそばである。しかし、その焼きそばもどんどん進化している。最近の焼きそばでは東京神田神保町の焼きそば専門店「みかさ」もその一つである。もちもちした自家製麺、ソースもオリジナル、そして焼きそばの上に乗せるのはお好み焼きの具材である豚肉に卵。まるでこだわり手打ち蕎麦専門店と同じようなこだわりである。そして、焼きそばは日常食べるもので勿論価格も700円とリーズナブルである。このように焼きそば一つとってみても、その「こだわり度」は進化しているということだ。

3ヶ月前のブログにヒット商品は「街場」にあると指摘をした。日常の頻度利用商品である。デフレマインドが横溢する時代にあってヒット商品は小さな街場の専門店、つまりオーナー・店主の意志や思いが、細部にわたって表現されることの中にヒットが生まれていると。日頃利用するパン屋さんであり、中華屋さんということである。そんなこだわりパン屋さんの一つが、私の住む世田谷では東急世田谷線の松陰神社駅前にある「ブーランジェリースドウ」である。ブーランジェリースドウの人気商品は毎日食べる「食パン」で、予約なしでは購入できない。毎日、日常、飽きのこない、明日も食べ続けたいと思わせる「こだわり」商品である。そんな街場のヒット店は数多い。
最近あのユニクロが「ライフウェア」というコンセプトを広告表現に出してきた。値上げによる失敗、間違った価格設定を払拭するための商品戦略である。ヒートテックを始め素材開発にこだわりを見せてきたユニクロが、ある意味原点に戻ったコンセプトによる新商品「ライフウェア」が楽しみである。原点に戻ったとは、ユニクロというネーミングはユニーククロージングであり、創業時のヒット商品であるフリースがそうであったように、どんなユニークさを見せてくれるかという意味である。HPを見た限りではあるが、ユニクロ流のライフスタイル提案となっているが、そこにどんなこだわりの世界、新しさ、珍しさ、面白さが展開されていくのか興味深く見ていくつもりである。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:33Comments(0)新市場創造