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ヒット商品応援団
「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2018年08月19日

原点を忘れた阿波踊り

ヒット商品応援団日記No720(毎週更新) 2018.8.19.

徳島の阿波踊りが終わり、その人出が昨年より約15万人少ない108万人で、記録が残る1974年以降最少だったと報道されている。かなり前から週刊誌報道を含め、それまでの観光協会による累積赤字が4億円に及び、運営主体を徳島市長による実行委員会に移管され、踊り手の中心となっている連との感情的な確執を含め、阿波踊りの華とも言われる「総踊り中止」というところまで進んでしまった。当たり前のことだが、観客動員数の減少は当初から予測されていたことである。しかも、実行委員会の当初の目的であった赤字も間違いなく解消されることはないであろう。

まず、徳島市長による赤字改善というお題目で強引に観光協会を潰したことから始まる。雨による中止があれば4000~5000万円の払い戻しがあるという。あるいは観客の送迎バスなどのサービスもあり、費用負担は間違いなく増えてくる。週刊誌報道が事実であれば、表舞台に出てこない一方の協賛社である徳島新聞グループによる利権も赤字要因の一つであろう。祭りが大きくなればなるほど利権が構造化されやすい。しかも、祭りの原点・ポリシーもまた変質してくる。こうした本質について私見を述べるには情報が少ないためコメントしかねるが、少なくともマーケティングされていないことだけは事実である。

まず、観客が踊りを楽しむ演舞場が市内4カ所に設定されており、その1箇所に人気が集まってしまうことから、観客を分散化しチケットの売れ行きを平均化し売り上げを上げ赤字解消を図る意図であった。少なくともマーケティングをその職とした人間であれば、真逆のことをやっており、売り上げは更に下げてしまうことは火を見るより明らかであった。
何故なら4箇所の演舞場を踊りの舞台とした連には当然好き嫌い、人気不人気が出てくる。阿波踊りというテーマ集積力が魅力であって、分散してしまえば魅力は半減するのは当たり前のことである。私のブログを読まれている読者であれば理解が早いと思うが、九州阿蘇の黒川温泉の再生の見事さを思い出して欲しい。以下その内容を再録する。

『温泉街の再生には目指すコンセプトの第一段階としてテーマ設定がなされ、「自然の雰囲気」となる。そのテーマを生かすにはと考えたのが露天風呂で、全旅館がその露天風呂を造ることとなる。そして、「すべての旅館の露天風呂を開放してしまったらどうか」という提案があり、昭和61年、すべての旅館の露天風呂に自由に入ることのできる「入湯手形」を1枚1000円で発行し、1983年から入湯手形による各旅館の露天風呂巡りが実施される。さらに、町全体に自然の雰囲気を出すため、全員で協力して雑木林をイメージして木を植え替え、町中に立てられていたすべての看板約200本を撤去する。その結果、温泉街全体が自然に包まれたような風景が生まれ、宿には昭和の鄙びた湯の町情緒が蘇ったという事例である。』

好きな連、人気の連が出る演舞場のチケットが売れるのはやむを得ないことで、踊り手とともに観客あっての阿波踊りである。黒川温泉がやったことは「入湯手形」という選択肢を作り、こんな露天風呂、あんな露天風呂、多様な楽しみ方を提供したことによって黒川温泉全体の魅力をさらに高めた事例を私たちは熟知している。マーケティングを職とする者にとっては、テーマを集積し、高める方法というテーママーケティングの基本事例てある。今回の阿波踊りにあてはめれば、人気の連には他の三箇所にも出演してもらう、という入湯手形のような手法を取り入れれば阿波踊りの底上げにもなる。勿論、人気のない連も他の演舞場に出演する。相互に交流し合い楽しみ合う阿波踊りである。黒川温泉にも人気・不人気の旅館・露天風呂はある。しかし、昭和の面影を残す懐かしい温泉街に、顧客は黒川温泉に来て良かったと思うのである。こうして昭和の温泉テーマパークとして再生したのである。各旅館の合言葉は「街全体が一つの宿、通りは廊下、旅館は客室」と見立て、共に繁栄していこうという独自の理念を定着させたことによる。阿波踊りに置き換えれば「徳島市全体が一つの演舞場、通りは4つの踊り場、そして市民全てが踊り子」と見立て運営してきたはずである。

阿波踊りも盆踊りをその起源とした歴史ある伝統庶民芸能である。連という踊り好きが集まるグループはその「好き」の数だけあり、それぞれ個性溢れる踊りとなる。しかし、時間の経過とともに次第に規模を追い求める商業主義に染まって行く。継続するには運営のための商業としての資金確保は必要とはなる。しかし、その資金は誰のためであるか、踊り手とそれを応援する観客のためである。次第に参加団体・チームはセミプロ化し、コンテストが行われ、賞取りチームのイベントとなる。その代表例が高知から生まれ育った札幌の「よさこいソーラン祭り」である。参加チームだけでなく、市民の祭りとしては低迷し続けている。まるでダンスコンテストを札幌で行う観光ショーになってしまい、結果参加する市民とのズレが生じていると指摘する市民は多い。これも原点を忘れ始めた事例であろう。

実行委員会の総踊り中止の意向に反し、演舞場ではない歩行者天国の通りで行われた「総踊り」はTV報道で見る限りものすごい盛り上がりであった。手を伸ばせば踊り手に触れることができる「近さ」が一層の盛り上がりに拍車をかけたのだと思う。恐らくこの総踊りは今年の阿波踊り一番の見どころとなった。チケットという収入にはならなかったと皮肉交じりに言うコメンテーターもいるが、実はこの観客との「近さ」こそが盆踊り・祭りの原点ということだ。観光客を含め市民全てが踊り子になり、「総踊り」という華が咲いたということである。黒川温泉が入湯手形によって温泉好き・露天風呂好きを創ったことにより再生したが、阿波踊りも踊り手も観客も一体となる「近さ」が阿波踊り好きを創り、入湯手形のような再生へのヒントになるかと思う。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:16Comments(0)新市場創造

2018年08月16日

顧客のいない「騒動」  

ヒット商品応援団日記No719(毎週更新) 2018.8.16.

「消費税10%時代の迎え方」というテーマで未来塾を展開しているが、こうしたテーマ設定の背景には次の時代をどう見据えるか、どう次のフレーズへと進むことができるかという避けて通ることができない課題がある。消費税10%とはよりシビアな消費になることは間違いないし、生半可な形ばかりの改革あるいはプロモーションなどでは解決できない。新しい価値観に基づく計画が問われているということからである。


実は日経ビジネスオンラインにをきっかけに、今IDC大塚家具の低迷についてその身売り騒動を面白おかしく「お家騒動」「骨肉の争い」が報道されている。3年前IDC大塚家具の経営が娘の久美子社長に移ったことをきっかけに、IDC大塚家具創業者の勝久氏がつくった匠大塚も共に赤字続きである。一方、家具インテリア業界は周知のニトリや良品計画、さらにはIKEAも順調に売り上げを伸ばしている。勿論、デフレ下のビジネスであり、海外での製造輸入(SPA)や郊外型店舗による組み立て持ち帰り業態など工夫が見える経営となっている。それらの結果がリーズナブルな価格、日常消費型のMDなど顧客の興味関心事に沿った経営を行なった結果の成長である。その経営はショールームに表れており、この1年ほど前からキーワードとして使われている「オムニチャネル化」にもトライしている。簡単に言うと、店舗・ショールームとウェブサイトで、サイズやカラーなどの在庫情報検索、受取りを店舗でも自宅でも可能な物流までもを統合したサービスである。スマホという消費行動の必須ツールが家具インテリア分野にも及んでいるということである。古くは有店舗・無店舗というテーマが今やスマホによって、その場で多様な「ショールーム」を検索し、好みが決まれば最安値が選択できる時代にいる。つまり、多様なショールームを渡り歩く時代ということだ。

勿論、以前のIDC大塚家具のように会員制による顧客サービスは高級家具市場として小さなマーケットとしては残ってはいるが、匠大塚の売り上げが低迷しているように限られた市場である。一方、IDC大塚家具はどうかといえば、誰でもが気軽に見られるショールームを目指し、商品もカジュアル化が進められアウトレット商品も取り扱ったようだが、その価格設定とMDは私に言わせれば中途半端であり、顧客にとって生まれ変わったIDC大塚家具には映らない。例えば、良品計画との単純比較にはならないが、スマートフォンアプリ「MUJI passport」をオムニチャネル専用アプリとしてリリースしている。このアプリでは、ニュース配信、在庫検索など6つの機能を搭載しており、その中でも注目されるのがマイレージ型のポイントプログラムで、レジでスキャンするだけでマイルがたまる仕組みになっている。 こうした試み、インテリア小物雑貨という裾野を広げるMDと洗濯しやすさ、それにリーズナブルな価格というバランスのとれた経営がIDC塚家具にはまるでないというのが実情である。

また、このブログでも「価格帯市場」という表現を使っているが、顧客の眼はどんどんシビアになっており、一つの価格帯の中においても熾烈な競争が行われており、そのブランドを引っ張るヒット商品が必要となっている。例えば、上から下まで1万円以下で収まるカジュアルファッション市場で急成長したguもそのスタートは990円ジーンズであり、その勢いを加速させたのが周知のガウチョパンツのヒットであった。つまり、ブランドの牽引には属する価格帯市場の中にあってヒット商品は不可欠であるということである。
良品計画はシンプルデザインというライフスタイルコンセプトとして実績があり、同じデザインに特徴を持たせたIKEAも、ニトリのお値段以上の「何か」を有している。この3社のマーケティングに共通することは、インテリア小物、雑貨という日常消費型の雑貨的商品を入り口に、しかも安価な価格帯の商品の品揃えを充実させ、その実績の上でのインテリア家具商品である。良品計画においては周知のようにホテルが造られ、その室内は勿論自社デザインの商品で埋め尽くされている。さらにはこうしたシンプルデザインコンセプトによるライフスタイルは中国においても多くの支持を得ている。

IDC大塚家具の場合、価格帯としては高級家具市場との中間価格帯、ニトリや良品計画に近い価格帯という裾野を広げることを狙ったと思うが、顧客興味に応えたヒット商品は誕生してはいない。実は家具業界関係者であれば周知のことと思うが、高級家具の製造小売で知られた飛騨産業という会社がある。業界関係者には釈迦に説法であるが、素材である木材には多くの場合多様な「節」があり、節を避けて家具をつくるとなると非効率な高価格商品になってしまう。そんな型通りの高級家具市場から脱皮したブランド「森のことば」という「節を活かした家具」「個性溢れる家具」作りによってバブル崩壊以降低迷する会社を再生する。いわゆる逆転の発想によるヒット商品、今まで使えないと思われていた素材を活かしきる発想への転換である。90年という歴史のある老舗企業であるが、バブル崩壊以降縮小する家具市場にあって、飛騨の木工文化を発展させるにはこうした逆転の発想・アイディアが必要であったということである。IDC大塚家具のHPの冒頭には大塚久美子社長の写真と共に「幸せをレイアウトしよう」とある。なんとも情緒的な表現で、顧客が求めることに応えたものとはなってはいない。飛騨産業が飛騨の森を愛し、匠の技を持って「節」のある木材を使い切るコンセプト「森のことば」というネーミングに、ニトリではないが「お値段以上の何か」が物の見事に商品に表れている。デフレ時代にはこうした思い切ったコンセプトによる転換が必要であるということだ。

デフレ経済が長く続き、消費者の眼は肥えるだけでなく、多くの経験を積んできた。家具市場で言えば市場規模はバブル期までの規模のわずか半分になっている。3年前のIDC大塚家具のお家騒動とその後も、そこには顧客は居なかった。居るのは株主と従業員、そして創業一族であった。つまり、顧客のいないところでの「騒動」である。ニトリも、良品計画も、IKEAも、そして飛騨産業にもデフレをどう克服するか、つまり顧客への新しい価値提案を行って今日がある。極論ではあるが、顧客の居ない企業が身売りされたとしても、困るのは株主と創業者一族と従業員だけで顧客にとってほとんど意味はない。
この「騒動」から学ぶとすればデフレ経済下の戦略を間違えればわずか3年で100億円以上あった現預金を食いつぶし、破綻へと向かってしまうという事実である。新生IDC大塚家具の新しさの一つとしてアウトレット商品の仕組みをテーマとしていたが、売り手は多かったようだが、アウトレット商品の買い手は極めて少なく導入後すぐに撤退したとのこと。家具の中古市場はいわゆるヴィンテージ商品市場があるぐらいで、それも極めて小さな市場である。あるいは個人間の売買であれば周知のメルカリやジモティといった市場となる。どんな商品をどれだけ安い価格で仕組み化したのか定かではないが、家具の流通業であるIDC大塚家具がどんな流通を目指したのか市場の大きさ、つまり顧客が求めるものとの乖離しか見出せない。製造小売業ではないIDC大塚家具はインテリア家具の流通業である。ある意味セレクトショップであり、つまり「価格差」で競争することはできない業態ということである。顧客が求める「セレクト」とは何か、顧客に代わって今一度問い直す、そんな原点に立ち戻ることだ。それは「幸せをレイアウトしよう」というメッセージなどではないことだけは間違いない。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 12:58Comments(0)新市場創造

2018年08月08日

未来塾(33)「消費税10%時代の迎え方」(2)後半 

ヒット商品応援団日記No718(毎週更新) 2018.8.8.


生き残る力・3つの商店街から学ぶ

砂町銀座商店街、興福寺松原商店街、谷中銀座商店街


1、新市場・観光地化における問題と機会

1年2ヶ月ほどで消費税10%を迎えるが、その中で一番大きな市場機会となり得るのが2年ほど前から指摘をしてきた訪日外国人市場である。そして、その市場機会は観光の中心であった都市部から地方へ、寺社仏閣や城といった歴史遺産観光からいわゆる庶民の生活文化観光へと、観光市場の裾野が広がってきた。つまり、新たに生まれる市場機会をどう受け止めるかという課題である。

観光産業は平和産業である。ツーリストの観点に立てば、平和とは「安全」であり「安心」して観光を楽しめることと同義である。周知のように日本はツーリストへの窃盗強盗あるいは傷害など極めて少ない安全な国として知られている。特に若い女性ツーリストの一人旅でも安心できることが旅行先を決める大きな要因となっている。但し、今回の西日本豪雨災害のように、地震地震を含めた自然災害への対応、訪日外国人への対策が国レベルで必要となっている。そして、この夏の異常気象・猛暑は気象庁が言うように自然災害でもある。こうした災害に対して、国は勿論であるが、訪日観光客に対し事前のアナウンスは勿論のこと、その対応・医療を含めた制度が必要になっている。
ところで東京谷根千の旅館澤の屋の「おもてなし」という家族サービスは下町人情サービスであるとともに、実は安心できる宿泊先であることに直接つながっている。トリップアドバイザーや宿泊体験者の口コミでそうした「おもてなし」が伝わって行くのだが、もう一つの理由は宿泊料金の安さにもある。現状世界のホテルなどの宿泊施設は高級ラグジュアリーホテルと格安バジェットホテルの二極化が進んでいるが、旅館澤の屋は後者の安さと先駆的な役割「安心旅館」を家族サービスを通じて果たしている。結果、訪日観光客の高い支持を得てきたといえよう。

文化の「衝突」ではなく、文化を「楽しむ」への転換

この家族サービスはこれまで言われてきたような「文化の違い」、マナーやルールを守るということを伝えるだけでなく、実はそれを通し「違い」を楽しんでもらう、「日本文化」を楽しんでもらうことへと転換することによって強制的なルールから解き放させてくれる。
例えば、谷根千には昔ながらの銭湯もある。我々日本人であれば銭湯や温泉に入る時にはその入り方を教わり知っている。「おもてなし」といった会話によって、江戸時代に庶民の交流娯楽場所でもあった銭湯文化を伝えるといったことまでは難しいと思うが、「入浴作法」を踏まえた「お風呂の楽しみ方」を伝えることはできる。マナーやルール遵守といった訪日観光客との文化衝突を口にする前に、こうした小さな「日本文化の楽しみ方」をこそ伝えることが必要ということだ。つまり、文化を「守る」から「楽しむ」への転換である。

観光地価格という課題

もう一つの課題は観光地化によって起こされる「誰を顧客とするのか」という課題である。端的に言うならば地元住民、観光客どちらを中心として考えて行くのかという課題である。谷根千・谷中ぎんざ商店街の場合は来街調査にも表れているようにウイークデー顧客(地元住民顧客)は減り、土日祝日顧客(観光客)が増え、逆転してしまっている。それは如実に「価格」に表れてくる。つまり観光地価格という地元住民には高い価格設定になってしまうということである。これは観光地となった大阪の黒門市場でも起こっており、次第に谷根千と同じように地元客は減少に向かっていくと推測される。
世界の観光潮流はLCCをはじめエコノミーホテルがスタンダードになりつつある。こうした潮流にあって、日本のデフレについても訪日観光客は熟知している。消費税が免税され更なるお得感が日本観光の楽しさを倍加させている。そして、日本観光客の半分以上を占めるリピーター客は滞在日数を増やし日本の庶民の生活文化、日常生活を自ら体験してみたいと考えている。法外な「観光地価格」は次第に問題になってくることは間違いない。地元住民ばかりか訪日観光客にもそっぽを向かれかねないということである。

2、明快なコンセプトと売り切る力の醸成

谷中ぎんざ商店街が明らかにしているように、商店街消滅への危機は3つあった。1つは地下鉄千代田線千駄木駅開通による通行量の激変というアクセスの変化。2度目は昭和52年の近隣への大型スーパーの進出。3度目は昭和60年代のコンビニエンスストアーの浸透という3つの危機である。
砂町銀座商店街も大型商業施設の開業やコンビニ進出といった商環境は同じである。面白いことに砂町銀座商店街や松原商店街についてはこうした商環境は同じであるが、駅から飛び地のように離れていることによってより独自な商店街の魅力・性格が磨かれてきたという点であろう。結果、それぞれが少しずつ異なるポリシー・コンセプトを持つこととなる。ある意味、地方の商店街への一つの変革への着眼にはなるかと思う。一方、アクセスの良い谷中ぎんざ・谷根千エリアはそのアクセスの良さもあって訪日観光客という新たな市場機会を手にしたということができる。逆に言えば、訪日観光客という新市場を取り込むことをしなかったとすれば、他の商店街と同様衰退の道を歩んでいたかもしれないということでもある。つまり、3商店街に共通して言えることは、変化を恐れず持っている資源をとにかく力にしてきたことによる。

今以上に戦略となる「手作り」

商店街は地域コミュニティが求める共同体の一つである。ただ単に商売人が集まって商店街が作られた訳ではない。商店街は間違いなく周辺住民が求める商品やサービスを提供するという過不足さを満足させる商売から始まるが、高度消費社会にあってはその「高度さ」とは顧客要望の変化そのもののことである。極論ではあるが、例えば常に変化を店頭化し進化し続けるコンビニに勝てる方策はあるのか、生業である事業主だけでその高度な消費を満足させることができるであろうか。
この高度消費社会にあって変化(新製品など)と共に重要なことが「違い」「個性」の創造である。つまり手作り&作りたてによるものがまずます重要なこととなる。つまり、「高度さ」とは他にはない、ここだけ、この店だけの味であり、サービスが求められ提供できることでもある。その「手作り」は相対によって顧客にどれだけの手間と工夫が込められているかがわかる世界である。冒頭の表紙写真(砂町銀座商店街の総菜店)ではないが、煮卵ですら立派な名物商品になり得る時代ということである。この「手作り&作りたて」を今以上に戦略的に活用して行くことである。つまり、文字通り「売り切れ御免」商店街を目指すということである。表現を変えて言うならば、生鮮三品と言う表現があるように、生鮮商店街、鮮度商店街と言うことだ。
また、こうした手作り戦略はチェーンビジネスの側からも取り入れられてくるであろう。何故なら、「違い」を競い合う競争市場下にあっては「安さ」だけでは十分ではないことに気づいているからである。

まとまる「力」

砂町銀座商店街の場合、小売業が行う通常の季節ごとの売り出し、今であれば中元福引の売り出しなどは行っているが、名物となっているのが毎月10日の「ばか値市」である。文字通り「バカみたい」に安い売り出しであるが、それは各店の裁量で行われる。ここで必要なことは前述の「売り切る力」ではないが、安くしても売り切ることによって「継続」が生まれる。
松原商店街の場合も毎日がバーゲンといったわけあり売り出しとなっているが、上野のアメ横同様年末には正月用の食材を買い求める顧客が押し寄せる大売り出しが組まれる。上野のアメ横同様年末の風物詩にもなっており、これも継続できればこその風物詩である。そして、継続によって生まれるものの一つがブランドである。

この継続、そして成長については以前未来塾で良き事例として取り上げたことがあった。九州阿蘇の温泉街黒川温泉の再生で、ゴーストタウン化した温泉街の再生には目指すコンセプトの第一段階としてテーマ設定がなされ、「自然の雰囲気」となる。そのテーマを生かすにはと考えたのが露天風呂で、全旅館がその露天風呂を造ることとなる。そして、「すべての旅館の露天風呂を開放してしまったらどうか」という提案があり、昭和61年、すべての旅館の露天風呂に自由に入ることのできる「入湯手形」を1枚1000円で発行し、1983年から入湯手形による各旅館の露天風呂巡りが実施される。さらに、町全体に自然の雰囲気を出すため、全員で協力して雑木林をイメージして木を植え替え、町中に立てられていたすべての看板約200本を撤去する。その結果、温泉街全体が自然に包まれたような風景が生まれ、宿には昭和の鄙びた湯の町情緒が蘇ったという事例である。そして、黒川温泉が一つのテーマパークとなった合言葉が「街全体が一つの宿 通りは廊下 旅館は客室」であることは、温泉旅館という業界を超えて広く知られるまでになっている。

この黒川温泉が一つのコンセプトのもとで、より強いものとしていくために「入湯手形」による露天風呂巡りが可能となったように、谷中ぎんざ商店街も「売り出し」ではなく、谷根千というエリア全体の「散策」を楽しめるようにしており、古い住宅をリノベーションしたレトロなカフェが次々とオープンしている。また、早くから訪日外国人観光客向けにツーリストインフォメーションセンターがつくられ、茶道や書道など日本の文化体験ができる場もつくられている。勿論、谷根千以外の日本観光のガイドが実施されていることはいうまでもない。
砂町銀座商店街、松原商店街に置き換えても同じで、テーマは「安値」であり、その進化は「どこよりも安く」である。黒川温泉の「入湯手形」に当てはまるのが、「ばか値市」であり、「年末の大売り出し」ということになる。「入湯体験」ではないが、この2つの商店街の「安さ」を含めた賑わい体験を経験してみると、こんな商店街が近くにあったらと思うはずである。こうした「このテーマ」で「この時」にまとまる「力」が商店街を成立させていると言うことだ。この力を喪失する時、商店街のシャッター通り化が始まる。

今、地方で「このテーマ」で「この時」にまとまって売り出しを行なっているのが「市場」である。それは漁港や道の駅から始まり、街の横丁商店街まで、朝市・夜市などイベント的なものから本格的な軽トラ市場まで多様な市場である。こうした試みは大切で、回数を重ねて行くことによって顧客要望が見えてくる。結果、市場のテーマがより明確になってくる。同時に顧客の側もそのテーマの魅力を求めて裾野が広がって行くと言うことだ。
今から5年ほど前、地方の商店街が100円均一市」を行なったことがあった。当時は話題になったが、100円商品には魅力はあってもそれが単発・イベントに終わることが多かった。今、ダイソー始め100円ショップ自身の競争軸は新たなアイディア機能やデザインの良さの競争となっており、既に価格だけに軸足は置いてはいない。市場には100円商品が置いてあっても、近隣の生産者が作った朝取れ野菜であったり、朝水揚げされた魚が市場に並んでいることが一番の魅力である。

3、考えるべきは新たな「顧客関係」づくり

さて本題の消費税10%への消費心理の変化である。10%という「わかりやすさ」とは、買うか、買わないかが瞬時に決まることである。つまり、価格=満足度がわかってしまうということである。安い、高い、といった比較心理は勿論のこと、財布の中身を考えながらの判断である。
ところで過去多くの企業はデフレ経済下における価格政策で間違いを冒してきた。その代表例であるが、日本マクドナルドにおいては100円バーガーの取り扱いの迷走、数年前にも中華の幸楽苑のラーメン価格の迷走。飲食ばかりか数年前にもユニクロの値上げの失敗。全てデフレ心理の読み間違い、価格への判断ミスであった。

そうした中、売れない右肩下がりの出版業界にあって景品付き雑誌に人気が集まり、書店の店頭には雑誌ではなく景品の陳列場所となった。その景品付き雑誌の最近の売り上げはといえば、日本abc協会によれば女性ファッション雑誌1位は「スウィート(sweet)」で月間平均販売部数25万7554部どなっている。それを売れていると見るかどうかであるが、私の見方は景品付きでも25万部程度かという考えである。つまり、売り手である出版社も買い手である若い女性も、「景品」の意味を互いに良くわかっている市場ということになる。少し短絡的な言い方になるが、景品を付けずに、価格も安くした雑誌として販売すればどうなるか。ちなみに5月号は春コスメセット&ポーチ付きで880円。おそらくその販売価格設定にもよるが、25万部どころかその半分以下になること間違いないと推測される。つまり、雑誌情報が求められいるということではないということである。

ところで、雑誌という同じカテゴリーにあって手堅いフアン(オタク)が読む鉄道雑誌がある。以前にも取り上げたことがあるが、交友社の「鉄道フアン」は公称ではあるが22万五千部である。歴史のある雑誌で価格も1,100円 - 1,200円と結構高く設定されており、勿論景品などない。デフレが常態化した時代にあっても、売り手も買い手もコンテンツの意味合い(情報価値)が良くわかっているから部数の凸凹はない。
つまり、こうした現象が起きているのも雑誌市場そのものが変わってきているということだ。これは旧来の雑誌業界の市場が変わってきていることで、その変化を促しているのは勿論消費者、顧客によってである。景品付きファッション雑誌がこれ以上販売できるかどうか、それは1985年当時おまけ付きのビックリマンチョコのような、ゲームとしてのおまけ(シール)収集の仕組みが可能であれば販売部数は増えるかと思う。それが可能となった時、シールを集めるためだけで購入しチョコを捨てると同じように、本体の雑誌の多くが捨てられることになる。そんな無駄が今日の社会に許されるか、雑誌社は批判に晒されることは間違いない。

お値段以上の「何か」を交換する関係

要約すれば、消費税10%時代とは、原則に立ち返り顧客関係の再構築として考えなければならないということである。その関係の総称を「オタク化」と私は呼んでいる。好きで好きで何を置いてもこれだけは、と「共感」してもらえる関係である。その中身・コンテンツが「人」であれば看板娘や名物オヤジになる。砂町銀座商店街にも松原商店街にもそんな「人」はいる。「商品」であれば訳あり価格であったり、その手作り内容であったり、「この時」ということであれば砂町銀座商店街であれば毎月10日の「ばか値市」であり、松原商店街であれば年末の数日間ということになる。谷中ぎんざ商店街はどうかと言えば、やはり谷根千一帯であり、そこには歴史にある寺社もあり、季節ごとの自然が楽しめ、古くからの名店での食事もあって、疲れたらおしゃれなカフェもある「下町の情緒」を満喫できる固有な「場の散策」ということになる。新しいブランド創りにも通じる顧客関係づくりと言うことだ。
つまり、ニトリのキャッチフレーズではないが、お値段以上の「何か」を交換し合える顧客関係を「何」によって構築するかと言うことである。

4、インバウンドビジネスが教えてくれたこと

デフレという消費経済は訪日観光客も熟知しており、消費税10%の免税はより消費を活性化させていくことが予測される。今までは家電製品の爆買いに始まり、ドラッグストアにあるような日常消費商品が売れ、日本人が利用する街場の飲食店へとその消費は向かってきた。更に観光地も地方へと広がってきた。10年前、東京JR山手線の一車両にはせいぜい数名の外国人を見かけていたが、今や東京都内は鉄道車両ばかりかいたるところ訪日外国人で溢れている。つまり、そうした風景はすでに日常になったということである。
さて来年秋以降はどんな消費を見せるであろうか。ある意味、訪日前に調べた観光ルートや消費体験は一巡したと考えた方が良い。2020東京オリンピック・パラリンピックというスポーツイベントには日本観光が初めてという観光客も訪れると想定される。そして、数年前の日本観光のゴールデンルートが踏襲されると思うが、消費のコア・オピニオンとなるのは何回か日本を訪れた経験のある「リピーター=日本オタク予備軍」になると考える。いや「オタク化」を進めないと単なる表面的な寺社仏閣・城跡あるいは富士山などの日本観光で終わってしまい、リピーターにはならないということである。小売業をやっている人間であれば、リピーターによってしかビジネスの裾野は広がらないことは熟知していると思う。つまり、観光産業も回数化によってのみ初期投資が回収されるということだ。

和食から郷土食への転換

そして、日本の場合観光資源としてはまだまだ豊かなものが存在している。特に地方には季節ごとの祭りや行事、そして何よりもその土地ならではの「食」、郷土食がある。一昨年から観光先の西高東低が進み、例えば大阪は京都観光の入り口でもあることから昨年平成29年には大阪府を訪れた訪日外国人客数が1100万人、消費額も1兆1731億円になったと報道されている。そしてその消費内容であるが口コミサイト・トリップアドバイザーの人気レストランを見てもわかるようにお好み焼きやたこ焼きである。よくよく考えればこれらは大阪の粉もん郷土食である。つまり、大阪の生活文化を色濃く映し出した庶民の食である。


ところで戦後の「食」を見ていくとわかるのだが、その歴史は給食の歴史でもあった。カロリー、栄養をどう給食によって補っていくかが「食育」という当初の目的であり、経済的豊かさと共に次第に時代が求める児童の好みを満たすなど和食なども取り入れられてくる。その食育には「健康」はあっても、残念ながら「文化」はなかった。せいぜい、地場で採れた魚介や農産物を給食メニューの素材に取り入れる程度である。
戦後直後の物資のない窮乏時代 のカロリー摂取量はわずか1903Calであった。その後経済成長と共に所得も増え生活の豊かさが進み摂取Calも増えたが、1980年代に入り急激に摂取量は減少へと向かう。そして、グラフのように既に摂取Calはその戦後直後を大きく下回るレベルへと進んできている。(詳しくは未来塾「パラダイム転換から学ぶ-4を再読いただきたい)

美容、痩身、あるいは成人病予防といったことからカロリーオフが多くの食品に求められてきていることは周知の通りである。しかし、よくよく考えてみれば、戦後のモノ不足の窮乏時代の食こそ日本人の「健康」を考えたものであり、そこには生活文化、美味しく食べる知恵や工夫があった。それは簡略に事例として言えば、京都のおばんざいであり、大阪のお好み焼きであった。つまり、日本人にとってもそうした郷土食は健康食として再認識しなければならないテーマということだ。

実は根本から考え直すことが求められているということである。食育のコンセプトは必要とされるカロリーと栄養その確保だけではなく、その土地ならではの郷土食、文化食をこそ目指すことが求められているということである。東京築地が観光地になって久しい。訪日外国人にとって日本食、市場で働く食のプロが食べにくる場外市場の飲食店はまさに日本食のテーマパークになっている。日本人にとってみれば築地は江戸、東京のローカルフーズであり、江戸前の寿司も郷土食で、築地に集まる食材のその先にある地方には独自文化から生まれたもう一つの食があることを知っている。インバウンド市場のこれからは、地方へと移りその戦略観光メニューは「郷土食」となるであろう。
つまり谷根千というエリアの散策メニューにもこの郷土食が必要になってくるということである。既に「谷中メンチ」や「根津のたいやき」など食べ歩きやおしゃれなカフェはあるが、実は隠れた名店が多くあることはあまり知られてはいない。穴子寿司で有名な「すし 乃池」や俳優の根津甚八が無名時代に通い詰め、この店の名をもらってから売れたというエピソードがある昭和レトロな居酒屋「根津の甚八」。あるいは有形文化財にもなっている串揚げの「はん亭」や根津の「鷹匠」はじめ蕎麦の名店も多い。小さいエリアだが東京の「下町郷土食パーク」と名付けたいほどである。

アニメや漫画がそうであったようにクールジャパンは「外部」、一部の熱烈なフアン・オタクによって創られてきた。日本が本格的に観光産業に取り組むのであれば、谷根千がそうであるように自ら「変化」を創らなければならないということである。意味的に言うならば、富士山観光でもなければ、京都伏見稲荷でもない日本、そんな「日本」を小さくても谷根千においても創っていかなければならないということである。そして、その一歩として「下町レトロパーク」づくりが始まったということである。
こうした試みはインバウンドビジネスを超えて、日本の生活文化、食育など根本から見直す機会にもなるということである。勿論、その先には消費税10%時代を生き抜く着眼・術があることは言うまでもない。(続く)

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2018年08月05日

未来塾(33)「消費税10%時代の迎え方」(2)前半 

ヒット商品応援団日記No718(毎週更新) 2018.8.5.



消費税10%時代の迎え方(2)

生き延びる商店街から学ぶ

コンセプトの異なる3つの商店街

砂町銀座商店街、興福寺松原商店街、谷中銀座商店街


2014年2月第1回「浅草」をスタートに多くの街や商店街の変化を観察してきた。数年前からは首都圏だけでなく大阪まで足を延ばし何が顧客を惹きつけ元気であるかを肌身で感じてきた。その街や商店街の変化は、誕生の歴史的背景や周辺商環境の変化、そして最近では何よりも訪日外国人市場という新たな市場によって街の風景もそれぞれ異なってきている。
ところで第一回では消費税が10%になってもなお顧客支持が得られるであろう専門店の「誕生物語」その広げ方と、今まで消費から遠い存在と考えられてきた20歳代の新たな若者市場の誕生について、大阪という今一番元気な街の変化として観察・レポートした。
こうした観察のたびに感じることだが、街や商店街は、例えば耕作放棄地が荒れ果てイノシシが住み着く土地へと変貌するように、手を加えない街や商店街は都市であっても閑散としたシャッター通りとなり、街全体が衰退していくこととなる。中小企業庁によれば5割を超える商店街で来街者は減少し、下げ止まりの傾向はあるものの空き店舗数は13%を超えている。来年秋には消費税10%時代を迎えることとなるが、第2回目は過去の消費税導入や大型商業施設をはじめとした商環境の激変を乗り超えてきた3つの商店街を取り上げ、その共通する「商業力」と個々の「独自力」を明らかにしてみた。その「力」とは何か、消費税10%時代を迎えるヒントとしていただきたい。

開発から取り残された地域の商店街

面白いことにこの3つの商店街に共通していることの第一は戦後の都市開発から取り残された地域の商店街である。取り残されてなお「何か」を力とし生き延びる、いや成長する源泉となっている。私の言葉でいうとコンセプトということになるのだが、戦後の荒廃した街から生まれた商店街である。言葉を変えていうならば、日本固有の小売業そのものである。禅宗には「無一物中無尽蔵」という言葉がある。文字通り、無一物とは本来執すべき一物も無い、何も無い戦後にあって、商人として何ものにも執着しない、無心で生きてきた商店街である。そうした意味で3商店街各々異なるコンセプトを持ち、その後の発展も全く異なる商店街として今日に至っている。商店街誕生の経緯を簡単に整理すると次のようになる。

町銀座商店街の場合

東京砂町銀座商店街のある江東区北砂は、豊洲や東雲、臨海副都心といったタワーマンションに象徴される開発地域とは異なり、東西を隅田川と荒川に挟まれ、北は都営新宿線と南は東西線とに囲まれた、つまりアクセスするには都営バスしかないある意味不便な場所に立地した商店街である。この商店街のある北砂は1945年の東京大空襲で焦土と化す。戦後になって店舗が増え始め1963年ごろに長さ670メートル、店舗数約180のほぼ現在の形になり、今もなお昭和の色影を残した下町の商店街として今日に至る。
ちなみに北砂の人口は約38,000人ほどである。周辺にはURの賃貸住宅や都営アパート、あるいは大規模マンション群が見られるが、砂町銀座商店街から脇道を一歩入ると、そこには木造家屋の古い住宅地となっている。商店街の北側と南側徒歩10分圏はこうした住宅地で、いわゆるご近所商店街となっている。
毎月10日には「ばか値市」と呼ばれる大安売りを行っている。平日で1日のべ15,000人、休日でのべ20,000人が訪れる。日本経済新聞2005年2月5日号の「訪れてみたい商店街」で、巣鴨の地蔵通り、横浜の元町に次いで3位に選ばれた、そんな商店街である。安さもさることながら、訪れてわかることだが、惣菜店の多さに象徴されるように日常生活に必要な商品を相対で販売する商店ばかりである。コンセプト的にいうならば、文字通り看板娘や名物オヤジのいる「ご近所商店街」である。

興福寺松原商店街の場合

「ハマのアメ横」と呼ばれる洪福寺松原商店街は横浜から相鉄線に乗り3つめの天王町駅から徒歩8分ほどのところにある。横浜の3大商店街の内、横浜橋通り商店街は横浜市営地下鉄阪東橋駅徒歩2分、六角橋商店街は東急東横線白楽駅の駅前にある。多くの商店街が駅前という好立地にあるのだが、松原商店街は砂町銀座商店街と同様に駅から離れたところにある。
昭和24年米軍の車両置き場として接収されていた天王町界隈や松原付近が解除返還される。住宅もまばらだった一角に昭和25年商店街1号店とも言うべき萩原醤油店が開店する。醤油1升につき3合の景品付きで値段も安く評判を呼ぶ。その後八百屋、乾物店、魚屋など相次いで店舗を構え現在では80店舗ほどの商店街である。
その松原商店街の歴史であるが、昭和27年には18店舗になるが、周辺の住宅はまだまだ少なく、ある程度広域集客することがビジネス課題となる。そこでつけたキャッチフレーズが「松原安売り商店街」であった。上野のアメ横も戦後の焼け野原からの、ゼロからの出発であった。そして、お客を呼ぶにはどうしたら良いのか、まだまだ物が不足している時代にあって、安く提供することが「上野のアメ横」も「ハマのアメ横」も同様の商売のポリシーでありその原点であった。平均の人出は平日約2万人、休日2万5千人。年末には県外からバスツアー客も来ることもあり、10万人にも及ぶ。コンセプト的にはハマの激安商店街となる。
この激安コンセプトを掲げた専門店はドン・キホーテをはじめ他にもあるが、商店街全体のテーマとした例は珍しい。上野のアメ横同様、松原商店街も年末の正月用食材の大売り出しには買い物客が大挙して押し寄せ文字通り「ハマのアメ横」となり、年末の風物詩となっている。

谷中ぎんざ商店街の場合

東京の中心部、特に下町と呼ばれた江東区や台東区の多くは戦災に遭い建物を含めその多くを焼失した。例えば、その象徴でもある上野アメ横のスタートは焼け野原のなかのバラックからのスタートであった。
その上野の北側にある台東区谷中から西側の文京区根津一帯は戦災を免れた昔ながらの木造住宅などの街並が今なお残っている。谷中ぎんざ商店街も昭和20年ごろから自然発生的に商店が誕生し、一つの商店街を形作っていく。
最寄り駅はJR日暮里駅あるいは地下鉄千代田線千駄木駅、根津駅であるが、地方の人にとっては上野公園の北側・西側と言った方がわかりやすい。東京に永く住む人にとっては谷中霊園のさくら、あるいはつつじの名所にもなっている根津神社があり、この一帯をヤネセン(谷根千)と呼んでいるがその中心にあるのが谷中ぎんざ商店街である。再開発が進み変貌する東京にあって、「昭和」「下町」といった生活文化の匂いが色濃く残っている地域である。
ところでJR日暮里駅から谷中ぎんざに向かう坂道(階段)も西日暮里三丁目ということもあり、その坂道から見る夕日が素晴らしく、多くの人は2005年の日本アカデミー賞を受賞した映画「Always三丁目の夕日」を思い浮かべる、そんな夕日の町である。
日本全国朝日と夕日の絶景スポットといわれる場所は数多くある。絶景マニアが撮影したい時と場所はこの時この場所という非日常の風景である。しかし、この谷中ぎんざ商店街を見下ろす坂の上からの夕焼けは絶景というより、だんだんと日が暮れていく日常の風景、今日一日お疲れさまとでも表現したくなるような、そんなありふれた時間の夕焼けである。感動するなどといった絶景ではなく、1日が終わりどこかほっとするそんな日常風景の夕焼けである。
まさに「下町レトロ」というコンセプトにふさわしいこの谷根千に観光客が続々と訪れるようになる。そして、今や日本人だけでなく訪日観光客の東京観光プログラムにも載るようになり、国内の「観光地化」の良きモデルとなっている。それは訪日観光客の日本への興味関心がクールジャパンから次第にその裾野を広げ、「下町レトロ」という日本の生活文化に向かっているということでもある。

ここで言うコンセプトとは商店街の誕生物語のことで、戦後の何も無いなかで個々の商店にとっては「生業」そのものであった。生きるための商売といっても過言では無い。その生業をある方向にまとめ「力」としたことが生き残る、いや今日の成長の「素(もと)」になっている。
この「素(もと)」とは小売業の本質で、徹底した顧客主義であり、それは売り手にとっては「売り切る力」のことでもある。「売り切る」とは、顧客にとってみれば単なる理解を超えた「納得・共感」のことである。いや「納得」と言う表現は誤解を招くので訂正するが、ある意味顧客が喜んで「買う」、自ら進んで「買う」ことに他ならない。その共感世界は3つの商店街各々異なるが、元を辿ればそれは誕生物語への共感ということだ。
顧客は「何」に共感するのか

必要でモノを買う時代、生きるためにモノを買う時代はすでに終えている。3つの商店街も戦後のモノ不足の時代にあって必死にモノを仕入れ販売してきた。そうした歴史を踏まえ今日に至るのだが、一定のモノ充足時代、多くの流通業が誕生し活動する競争下にあって、「何」を力とし、顧客の共感を得てきたかを学ぶこととする。
まず学ぶべきは3つの商店街にはいわゆる全国チェーン店は極めて少なく、そのほとんどが地場の商店である。シャッター通り化する時代にあって、地場の商店が中心になって商店街を構成し、多くの顧客を惹きつけ集客している点である。構成する商店は独立した事業者である。そうした事業者が目指す世界、コンセプトを共有できるか否かがまず超えなければならない最初の壁となる。

砂町銀座商店街の場合/手作りが持つ「力」

どの商店街もそうであるが、砂町銀座商店街も周辺にはアリオ北砂をはじめ大型商業施設に囲まれている。そうしたなか、何を「力」としているか、それは「生業」であることを力としていることに他ならない。小売業はアイディア業と言われるように、顧客が求めることを察知し、それにアイディアを加味して顧客に相対する。「工夫をまとった手作り商品」「作った本人が販売」「顧客反応を受け止めるのも本人」・・・・・・・・売上も何もかも本人次第、これが生業である。
ところでこうした生業の良さを強みに変えた小さなスーパーを思い出す。それは東北仙台郊外の小さな市場にも関わらず、全国から多くの流通業者が注目し学習しに通う主婦の店「さいち」である。人口わずか4700人の小さな温泉町に、1日平均5000個、土日祝日は1万個以上、お彼岸になると2万個もの「おはぎ」を売る。
その「さいち」は実は家庭で食べるお惣菜をスーパーで初めて販売したスーパーであるが、できるだけ人手を減らし、合理化して商品を安く提供するのがスーパーだと考える時代にあって、その真逆を進めたスーパーである。そんな非常識経営を進めていくのだが、そんな理由を次のように答えている。(2010年9月21日ダイヤモンドオンラインより抜粋引用)

『絶対に人マネをしないというのがさいちの原則です。マネをしたら、お手本の料理をつくった人の範囲にとどまってしまう。・・・・・先生や親方の所に聞きにいかずに、自分たちで考える。そうすると、自分がつくったものに愛情がわく。自分の子どもに対する愛情と同じです。』

「さいち」のお惣菜は500種類を超え、多品種・少量ということから、手間がかかり、利益が出ないのではという質問に対しては、
『全部売ってくれないと困る。そのためには、「真心を持って100%売れる商品をつくるのが、絶対条件ですよ」と、言っています。うちではロス(廃棄)はゼロとして原価率を計算しています。いくら原価率を低く想定しても、売れ残りが出てしまえば、その分、原価率は上がってしまいます。』

主婦の店さいちがそうであるように、砂町銀座商店街の多くが生業ならではの独自性を力に変えていることがわかる。チェーン店には無い「手作り」という独自が顧客の舌に応えているということである。しかも、「相対」という売り手と顧客とが真正面に向き合い、その日一番勧めたい商品、買いたい商品とを互いにぶつけ合う、勿論価格もであるが、売り切る力もこの相対によって培われる。そして、小売業は売り切ることの中に「信頼」が生まれる。その信頼が日々繰り返されることによって、感じ合う関係、共感関係にまで高めることへと向かう。

興福寺松原商店街の場合/元祖わけありの力

「ハマのアメ横」と自らそのように呼ぶ松原商店街であるが、その顧客を魅了する「安さ」は上野アメ横のそれとはいまひとつ異なる。それは2008年のリーマンショック後に急速に消費のキーワードになった「わけあり」は、実は松原商店街が元祖であった。
商店街創業のなかでも、今日の集客の中心的店舗である魚幸水産は当時からユニークな商法であった。三崎漁港や北海道から直接仕入れ激安で大量に売りまくる。今日でいうところの「わけあり商売」を当時から行っていたということである。入り口の奥まったところではマグロの解体ショーと共に、ブロックになったマグロを客と相対で値段をやり取りして売っていく、そんな実演商売である。これも上野のアメ横商売を彷彿とさせる光景が日常的に繰り広げられている。
魚幸水産と共に、商店街の集客のコアとなっているのが外川商店という青果店である。年末のTV報道で取り上げられる青果店であるが、次から次へと商品が売れ、売るタイミングを逃さないために、空となった段ボール箱をテントの上に放り投げ、一時保管するといった松原商店街の一種の風物詩にもなっている青果店である。
炎天下の昼時という最も買い物時間にはふさわしくない時であったが、テントの上には段ボールの空箱がいくつも積まれていた。
この外川商店も激安商品で溢れている。季節柄果物は桃の最盛期で1個100円程度とかなり安く売られている。この外川商店も魚幸水産と同様、見事なくらいの「わけあり商品」が店頭に並んでいる。写真の商品はきゅうりであるが、なんと一山100円である。そして、見ていただくとわかるが、見事なくらい曲がった規格外商品である。商店街には青果店は他にも3店ある。例えば、規格外ではないまっすぐなきゅうりを売っている青果店の場合、一山150円であった。

エブリデーロープライスというローコスト経営

松原商店街も上野のアメ横同様年末には多くの買い物客が押し寄せその爆発的な売上がニュースになり、風物詩っとして報道されるが、商店街の誕生から今日に至るまで毎日が特売日、エブリデーロープライスである。エブリデーロープライスは周知の世界最大の小売業であるウオルマートの経営ポリシーであるが、松原商店街も「売り出し」に経費をかけることなどしない、勿論折込チラシなどしない売上高経費率という視点から見れば各店共に10%程度の経費しかかけないローコスト経営商店街となっている。顧客の側もこうしたローコスト経営をよく理解したうえでの「安売り」であることに共感を覚えるのである。

谷中ぎんざ商店街の場合/新しい市場・変化を捉える力

谷中ぎんざ商店街は昭和20年頃に自然発生的に生まれる。ご近所相手の近隣型商店街として発展してきたが、商店街のHPにも書かれているが、現在に至るまでには大きな危機が3度あったという。”1度目は昭和43年の千代田線の千駄木駅開通による通行量の激変、2度目は昭和52年の近隣への大型スーパーの進出、3度目は昭和60年代のコンビニエンスストアーの続々の開店です。危機が訪れる度に商店街が一丸となり、1割引特売、商店街夏まつりの創設、スタンプによるディナー招待など、アイデアと工夫で乗り越えてきた。危機をバネにしてきた、われながら、たくましい商店街であると思っている”と書かれている。
交通アクセスによる人の移動変化は小売り商売にとっては極めて大きい。大型スーパーやコンビニの進出は全国同様の地場小売店の共通課題であるが、取り上げた砂町銀座商店街や横浜洪福寺松原商店街もまた、谷中ぎんざと同様乗り越えてきた商店街である。こうした商店街に共通することは、顧客主義に基づいた固有なテーマをもって一丸となったことにある。

テーマによって観光地となる、その集客効果

谷中ぎんざ商店街による来街調査では、平成に入り、谷根千工房による地域メディア戦略が浸透し、谷中・根津・千駄木の界隈が「谷根千」と呼ばれ注目が集まる。平成8年にはNHKのテレビ小説「ひまわり」の舞台となり、11年に商店街外観整備、13年にホームページ開設、18年には日よけの統一や袖看板の設置、さらに20年には猫のストリートファニチャー設置も実施し、商店街の観光や散策の地としての魅力を高めてきた。結果、平成26年の来街者調査では、金曜に約7千人、土曜には約1万4千人が訪れている。平成3年時には平日、休日とも約8千人であったことから、平日は約1割減、休日は7割増え遠くから多くの顧客が来街する商店街となっているとのこと。つまり、ヤネセンというエリアに注目が集まったことによって、平日の来街者(ご近所顧客)は減ったが、休日には多くの観光客が訪れ商店街として活性され、逆に成長したということである。つまろ、観光という変化を巧みに捉えたということである。
谷中ぎんざもそうであるが、観光地化の目安の一つが食べ歩きを含めた食である。砂町銀座もそうであったが、ここ谷中ぎんざも座って食べられるような工夫や食べ歩きしやすい包装など顧客の要望に応えている。そして、更に集客を促進しているのが人であり、砂町銀座ではあさり屋の看板娘(おばあちゃん)であったが、谷中ぎんざも同様で名物の谷中メンチも看板娘が元気に店頭に立って売っている。観光客にとって分かりやすい目印になっているということだ。

訪日観光客の関心事の一つが庶民の生活文化

谷根千の魅力をひと言で言うとすれば「下町レトロ」、つまり旧い街並みだけでなく、庶民の生活文化が残っている魅力のことである。ここ数年、訪日観光客が増えてきたが、それまでも寺町でもある谷根千には春には谷中霊園の桜、5月には根津神社のツツジといった散策に多くの日本人観光客は訪れていた。しかし、数年前から訪日観光客を惹きつけたのはこの庶民の生活文化にふれてみたいという要望に応えたエリアであることがわかる。実はこうしたブーム以前にこの庶民文化を提供してきた旅館が根津にある。
1982年に日本旅館としていち早く外国人の受け入れを開始し、今や宿泊客の約9割が外国人という「澤の屋旅館」である。その澤の屋旅館については以前ブログに取り上げ次のように書いたことがあった。

『ここ数年訪日外国人が泊まるゲストハウスとして注目されている東京根津の旅館「澤の屋」はまさに家族でもてなすサービス、いやもっと端的にいうならば「下町人情」サービスという「お・も・て・な・し」である。これも澤さん一家が提供する固有なサービス、日本の下町文化に絶大な評価を得ているということである。そして、重要なことは澤の屋だけでなく地域の街全体が訪日外国人をもてなすという点にある。グローバル経済、日本ならではの固有な文化ビジネスが既に国内において始まっているということである。』

澤の屋も今は注目されているが、訪日外国人受け入れ転換時は大分苦労されたようだ。英語も都心のホテルスタッフのようにはうまくない、たどたどしい会話であったが、それを救ってくれたのが家族でもてなす下町人情サービスであったとのこと。この家族サービスが口コミとなり、谷根千が東京の観光地の一つとなり、結果澤の屋の今に繋がっていると言うことである。
日本国内ではオタクと蔑まれてきたアニメやコミックがクールジャパンとして海外から高い評価を受け、秋葉原・アキバがその聖地になったように、常に「外」から教えられる日本である。ヤネセンが下町人情のアキバになれるかどうかこれからであるが、もう一つのクールジャパン物語の時代が始まったことだけは確かである。
こうした訪日観光客という新たな市場によって文字通り「観光地」となり、数年前から新たなホテルや和雑貨などの土産物店なども谷根千一帯に誕生している。3度にわたる危機をこの「観光地化」によって乗り越えてきた谷根千・谷中ぎんざ商店街であるが、これも一つの生き残り策と言えよう。(後半へ続く)

追記 人口減少時代の都市論については下記の拙著電子書籍をご一読ください。
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2018年07月22日

まだまだあるすき間市場

ヒット商品応援団日記No717(毎週更新) 2018.7.22.

「日本一高い 日本一うまい」花園饅頭が2018年5月31日東京地裁に破産申請を行っていた。1834年創業、180年もの歴史を持つ和菓子の老舗である。東京・新宿に本店を持つ花園万頭はその饅頭もさることながら「ぬれ甘納豆」で知られた和菓子店で虎屋の塩羊羹ほどのブランド和菓子ではないが、それでも冒頭のフレーズ「日本一高い 日本一うまい」が破綻したのはこの時代の象徴でもある。東京商工リサーチによればバブル期の不動産投資が重く再建に向けてスポンサー探しを進めていたが上手くいかなかったとのこと、負債総額は約22億円。
デフレ経済下においては、かなり前の不動産投資のリスクが尾を引き今になって資金繰りが悪化し自己破産というパターンは珍しくはないが、この間「変わる」ことができなかった事例であろう。

ところで旧来の業態である居酒屋チェーンにあって、急成長を見せてきた「鳥貴族」は昨年10月フードとドリンクメニューの一律値上げを行っている。280円均一から298円均一(いずれも税抜き)に約6%の値上げである。28年ぶりとなる値上げであるが、多くの外食事業と同様人件費や食材の仕入れコストの上昇のためとしている。結果どうであったか、誰もが想定する通り客数の減少であった。値上げ分と新規出店分で客数のマイナスを補えるとしていたが、2018年になってからも苦戦が続いている。3月7日に発表された月次報告によると、既存店の売上高は前年同月比で1月は96.4%、2月には94.0%まで落ち込んだ。客数の落ち込みはもっと厳しい状況になっており、前年同月比で1月は93.8%、2月は92.0%であった。新規出店によって全体の売り上げ成長などは確保できるが、果たして顧客離れを起こした既存店の行方には懸念が残る。

周知のように2014年牛丼大手の「すき家」がアルバイト人員の確保ができないことから深夜店が続々閉店することがあった。しかも「ワンオペ」という一人回しの運営が過重労働であると指摘されブラック企業の代表であるかのごとく言われていた。しかし、その後のすき家はどうなったか、2016年3月期決算は大幅な増益となった。売上高は5257億円(2015年3月期比2.7%増)、営業利益は121億円(同384.9%増)、当期純利益は40億円(同111億円の損失)だった。すき家の業態の特徴の一つが富士そばと同様24時間営業であったが、2014年10月、国内約2000店のうち1200店で深夜営業の休止に追いこまれた。「深夜0時~朝5時は従業員複数勤務体制にする」という条件が設けられることになった。店舗により上昇幅はまちまちだが、人員確保のため、深夜時間帯の時給を上げている。条件を満たした店舗から順次、深夜営業を再開。次第に深夜営業店が増え、2016年期末には休止していた店舗が616店あったが、期末には232店にまで減少したとのこと。当然売り上げも利益も改善する。
つまり、すき家にとって深夜市場という顧客市場は経営の根幹であったということである。面白いことに、開店・閉店することによって食材の廃棄ロスが生まれていたが、深夜営業によってロス率が改善され利益貢献に繋がったということであった。

ところで先日は土用の丑の日であったが、スーパーの店頭には国内産、中国産2種のうなぎの蒲焼が店頭に並んでいた。季節の食ということからうなぎは外せないものだが、やはり国内産うなぎは高く、中国産や台湾産に手が伸びているようだ。春頃稚魚であるしらすうなぎの不漁が伝えられており、今年のうなぎは高いとの話が伝わっていることからであろう。ところが国内産の産地である宮崎や鹿児島ではうなぎがだぶついているという。うなぎもこの頃が旬の大きさで、時間がたつと大きくなり皮が硬くなってしまうという。そうであればこの時期、安く放出した方が良いのではと誰もが思うが、旧来の流通慣習から脱皮できない小さな市場になっている。ちなみに、前述のすき家はかなり前から中国で養鰻事業を手がけており、今キャンペーンをしているが、「うな牛 しじみ汁 おしんこセット/990円」はヒット商品になるであろう。1年に1度ぐらいはうなぎ専門店でうな重を食べたいと思うが、4000円以上はするのでわざわざ酷暑の中並んでまで食べに行くかとどうか。すき家のうなぎも一つのすき間を言い当てているかと思う。

こうした価格の隙間については昨年から注目していたホテルがある。素泊まりのロードサイドホテルチェーンの旅籠屋である。ファミリーロッジをキャッチフレーズとしているが、日本版モーテルといったほうがわかりやすい。全て室料制でシーズンごとに価格が変わるが、例えばレギュラーシーズンで1室10000円、家族4名で泊まれば一人2500円という料金になる。また、ペット連れもOKで、ペットも人間と同じ人数分とのこと。
こうした既存のホテル・旅館業態ではない宿泊業態が生まれており、ユニークなのはロードサイドということから地方が中心となるが土地所有者(個人や企業、場合によっては自治体)から土地を借受ける活動を行なっている。つまり、訪日観光客だけが注目されているが、形を変えた小さな地方創生、小さな魅力再発見など観光産業の一翼にもなりえる事業である。これも一つのすき間事業と言えよう。

ここ数年のすき間市場から見える世界には必ず「価格」という世界が見えてくる。その価格を判断する指標の一つが「客数」である。顧客を惹きつけるものは「何か」という古くて新しい命題である。旧来の考えに一度待ったをかけて考えて見ることだ。すき家には深夜営業という顧客要望が厳然としてあったということである。チェーンビジネスはともすると一店、一人が見えなくなる。「マス市場=チェーンビジネス」という視点、あたかもそれが効率が良い合理的なものだと考えがちである。深夜働く人の環境改善がなされ営業再開すれば、結果顧客もまた戻ってくるのだ。鳥貴族の経営実態は今ひとつわからないが、鳥貴族の成長を促した魅力は何かということに今一度立ち返ることだ。そこにある顧客の「価格の目」を通して何が見えてくるかである。これは私の推測の域を出ないが、280円と298円の差18円に価格の目が集まっていると思う。実は280円という価格に「すき間」があったということだ。ではどうすれば良いのか、すき家が行ったように、食材だけでなく小さなロスを徹底して無くすことなど、ローコスト経営を目指すことだ。(続く)
  


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2018年07月01日

過去5年のヒット商品の傾向を読む 

ヒット商品応援団日記No717(毎週更新) 2018.7.1.



今回は過去5年のヒット商品を日経MJを中心に読み解いてみた。こうしてヒット商品を年次別に並べてみると、新しい芽や同じ傾向がいくつか見えてくる。そうした着眼を中心に整理分析してみた。

2013年
東横綱 セブンカフェ、 西横綱 あまちゃん
東大関 進撃の巨人、    西大関 東南アジア観光客
東関脇 マー君、西関脇 パズル&ドラゴンズ
東小結 ロレックス、   西小結 湾岸マンション

2014年
東横綱 インバウンド消費、 西横綱 妖怪ウオッチ
東大関 アナと雪の女王、  西大関 ハリーポッターUSJ
東張出大関 錦織圭、 西張出大関 羽生結弦
東関脇 格安スマホ、 西関脇 i Phone6
東小結 デミオ、  西小結 ハスラー
*2014年4月消費税8%導入

2015年
東横綱 北陸新幹線、 西横綱 ラクビー桜ジャパン
東大関 火花、  西大関 定額配信
東張出大関 ハロウィン・フィーバー、 西張出大関 肉食ブーム
東関脇 成田LCCターミナル、 西関脇 12の神薬
東小結 ガウチョパンツ、  西小結 コンビニドーナツ

2016年
東横綱 ポケモンGO 、 西横綱 君の名は。 
東大関 シン・ゴジラ 、  西大関 AI (人工知能)
張出大関 ピコ太郎  、  張出大関 リオ五輪
関脇 日産せレナ、 関脇 PSVR 
小結 大谷翔平、  小結 広島 

2017年
東横綱 アマゾン・エフェクト 、 西横綱 任天堂ゲーム機 
東大関 安室奈美恵 、  西大関 AIスピーカー
関脇 GINZA SIX  、 関脇 ゾゾタウン
小結 シワ取り化粧品、  小結 睡眠負債商品 

新しく生まれた観光産業の行方

これが過去5年間の日経MJによるヒット商品番付である。このヒット商品の意味を考える前に、全体としてそれまで無かった大きなヒット商品の潮流が見られる。周知のように2013年以前はどうかと言えば、2008年秋に吹き荒れたリーマンショックによる景気の落ち込みによる消費が一変したことを思い出すであろう。「わけあり」というキーワードによってあらゆる消費領域に低価格市場が及んだことである。
上記の5年間のヒット商品において最大の変化が2013年の西大関にランクされた東南アジア観光客であり、翌年の東横綱のインバウンド消費、つまり急増する訪日外国人市場の誕生ということになる。これまで新市場の現象面ばかりが取り上げられることが多いが、中国をはじめ諸外国の経済が豊かになり旅行への消費が大きくなったことと、もう一つ忘れてはならないのが為替(ドル円レート)の変化である。2003年~2004年当時は1ドル80円から98円程度であった。この円高から2014年には一挙に106円ほどとなる。この円安を背景に副産物として訪日外国人旅行客が急増したということだ。
そして、もう一つ注目すべきは2013年の東南アジア観光客である。これは主にタイからの観光客を中心としたものだが訪日目的の一つが本場の「ラーメン」を食べることで、横浜のラーメン博物館が日本の観光コースに組み込まれていることにある。2015年にはやっと成田にLCCターミナルができる。この頃から訪日外国人が急増し、「爆買い」という光景が頻繁に報道されるようになる。
実は1900年代後半以降日本のアニメやコミックの海外フアンが増え、そしてオタク化し秋葉原の街が聖地になったことを思い出すことが必要である。つまり、今このオタク的関心事として、日本の「食」がラーメン博物館人気に見られるように訪日外国人市場の多くを占めていることが分かる。クールジャパンから、クールフードへと進化・拡大してきたということである。
そして、デフレ下の消費市場にあって、訪日外国人客は日常利用している街場の飲食店にも訪れる等になったことは周知の通りである。そして、昨年あたりから旅行先はそれまでの東京ディズニーランドー銀座・浅草ー富士山観光といったゴールデンルートから西(関西)高東(東京)低となり、さらに地方へと向かっている。地方には手付かずの自然や歴史ある城といった遺跡があり、日本人が当たり前のこととして関心を持たなかったもの、つまり宝物が眠っているということである。東北地方で一番訪日敢行客が多い青森県では寒い冬を逆手に取った「雪遊び」が台湾観光客の人気となっているとのこと。周知のように雪に触れることの少ない台湾の人にとっては、冬の雪は新しい、面白い、珍しい体験であったということだ。また、兵庫県では初心者向けの訪日観光客向けのゲレンデが新設されている。北海道のニセコのように世界に誇る良い雪質のスキー場もあれば、青森のような「雪遊び」もあり、持っている資源が宝物となるかどうか、それを決めるのは顧客である訪日観光客である。そして、この宝物へとナビゲートしてくれるのが日本好きの「オタク」ということである。
ところで外国人観光客の口コミサイト「トリップアドバイザー」が2018年の人気観光スポットを発表した。1位は従来通り京都伏見稲荷大社であったが、初登場したのは、京都の「平等院」、「三千院」と東京の「根津美術館」であった。所謂従来の観光名所とは少し異なるマニアックな観光スポットである。日本人より、外国人の方が熱心に宝物探しをした結果ということであろう。そして、その宝物には古来から続く日本の精神文化が横たわっていることを忘れてはならない。

分化するサブカルヒット商品

バブル崩壊後、消費において成熟期に入った日本ということであろう、いわゆるサブカル商品が次々と生まれている。2013年の漫画・アニメの「進撃の巨人」をはじめ、ゲームでは「パズル&ドラゴンズ」「妖怪ウオッチ」「ポケモンGO」、映画では「君の名は。」「シンゴジラ」「アナと雪の女王」あるいは映画「ハリーポッター」をテーマとしたUSJ人気もサブカルヒット商品に含まれるであろう。
1980年代に誕生したサブカルチャーも周知の通り、一部の熱狂的なフアン(オタク)によって支えられていたが、1990年代後半から2000年代には秋葉原はアキバになり一挙に広がることとなる。そのサブカルチャーの街の雑居ビルから誕生したのがAKB48であり、その「アイドルブーム」は欅坂46といった坂道シリーズグループや地下アイドルというキーワードが示すように全国に広がっている。勿論、アキバには訪日外国人オタクも集まり、文字通りサブカルの聖地になっている。
ところでこのサブカルチャーの主体はと言えば、スマホであり若い世代である。1990年代までのサブカルは未だ活字文化の名残を残していたが、今回野球漫画「ドカベン」の掲載を終え46年という歴史の幕を下ろしたが、こうした漫画雑誌も次第に少なくなってきている。その「ドカベン」の中心読者は既にシニア世代となっており、活字文化世代でもある。出版不況と言われてかなりの年数が経っているが、唯一支えているのはシニア世代ということである。2015年「火花」が芥川賞を受賞したが、唯一活字文化が表舞台に上がっているがこれも作家でもある芸人又吉直樹という異質な人物によるので話題的な意味合いが強く、活字文化が復権したとは言えない。
一方、若い世代の情報源はほとんどがスマホによるものであるが、流行語大賞にもなった「インスタ映え」という自己表現欲求、いや自己承認欲求によるものがサブカル的であると言えなくはない。SNSにおいても短文のツイッターが好まれており、Facebookよりツイッター利用が中心になっている。2015年東張出大関にハロウィン・フィーバーが入っているが、バラバラとなった個人化社会にあって「集まる場」が求められた結果であり、今回のサッカーW杯もそうであるが、東京であれば渋谷のスクランブル交差点、大阪であれば道頓堀の戎橋という「場」に若い世代が集まる。ある意味、現代版「村祭り」であり、ひととき楽しむ場所が求められているということだ。少し前の「未来塾」にも紹介したが、大阪駅ビル地下にあるバルチカの「コウハク(紅白)」と「ふじ子」という飲食店はこの集まれる「場」となっており、結果として行列繁盛店となっている。これも若い世代の「雑談的サブカルチャー」、クラブ活動の「部室文化」と言えなくはない。
つまり、このようにサブカルチャーも大きく二分されているということである。ヒット商品番付にも出ているが、
「アナと雪の女王」や「シン・ゴジラ」は今までのサブカルチャー的世界であるのに対し、「君の名は。」は新海監督のプロフィールがそうであったようにゲーム的サブカルチャーである。文化とは人間の知性や精神を表すもので、当然世代によって違いは出てくるものである。そうした意味で、各世代がどんな関心事を持っているかがこの文化、「サブカルチャー」である。このサブカル世界に出てきている各世代の「時代感」を分析することが不可欠なものとなっている。また、漫画やアニメの洗礼を受けている訪日外国人に対する観光メニューやサービスも当然変わってくる。少なくとも「クールジャパン」に興味を持った訪日観光客にとってはスマホのゲーム世界ではなく、それまで海外へと輸出されてきたアニメ映画や漫画によるものである。その良き事例がそうしたサブカルチャーで描かれた「ランドセル」がかっこいい、クールだと関心を持って日本にやってくる。お土産に購入していくのだが、少子化時代にあって低迷するランドセル業界が復活の兆しを見せたのもこのサブカル効果ということになる。つまり、サブカルチャーはメディアでもあるということだ。

市場全体の成長を促すヒット商品エフェクト

急成長する背景を個々の企業として見て行くと、「何が」成長を促しているかが分かる。その良き事例がguのガウチョパンツのヒットであり、そもそもguを消費の表舞台にあげたヒット商品は1000円を切ったジーンズであった。そして、このガウチョパンツによって日本のファストファッション全体を押し上げたということである。現在guは低迷状態にあるが、3番目のヒット商品がいつ誕生するかが経営の大きな課題となっていることが分かる。また、ネット通販として成長している代表としてゾゾタウンが挙げられているが、これも若い世代の人気ブランドであるUA(ユナイテッドアローズ)が加わったことをきっかけに検索が増加しネット通販市場が拡大したことと同じである。勿論、若い世代にとって低価格であることとともに、中古品人気にも応えた通販であることは言うまでもない。このネット通販の勢いを促した最大のものがあのアマゾンである。昨年の横綱にランクされ、エフェクト(効果)とネーミングされたが、既存のスーパーも含めネットでの買い物は一般化し、その普及を促したのがアマゾンということとなる。そして、そのネット通販業態には不可欠な物流が急成長に追いつかない問題もまた生まれたことは周知の通りである。
こうした市場全体を変え、押し上げたのがセブンイレブンであろう。セブンカフェを筆頭にセブンドーナツへと。特にカフェは同じコンビニばかりでなく、カフェ業態はもちろんのことあの日本マクドナルドのカフェも進化させることへと繋がっている。このことはコンビニ業態はファストフードをはじめ周辺のドラッグストアなど多くの小売業に影響を及ぼしていることがわかる。ネット通販におけるアマゾンのポジションは小売業においてはセブンイレブンということになる。
こうしたマーケットのあり方の変化を促すリーダーとして、セブンイレブンは「朝セブン」というセブンカフェとのセットを考えたお得なメニューキャンペーンを続けている。こうしたセブンイレブンのマーケティングは同業者であるローソンは地方の問題解決のためのメニュー、青森であれば塩分控えめメニューなど独自なメニュー開発で応え、ファミリーマートではフィットネスクラブなど他の集客施設とのコラボレーションによって独自な集客マーケティングを展開している。更にいうならば、時間帯マーチャンダイジングとして日本マクドナルドは「夜マック」というお得メニューを発売し、アマゾンエフェクトではないが、セブンエフェクトとでも表現したくなるような市場の再編進化が見られる。つまり、今までの業界内競争から、境目がない広範囲な市場競争時代に入ったということであろう。

求められるスカットジャパン

政治においてはモリカケ問題に見られるように、「忖度」というキーワードが流行語大賞になるように全てが「モヤモヤ」とした社会が日本を覆っている。こうした社会を「モヤモヤジャパン」と私は呼んでいるが、こうしたはっきりしない空気を一変させてくれるのがスポーツの世界である。ルールが確立されているということもあるが、勝敗のいかんを問わずギリギリの戦いに感動する。それがヒット商品番付にも数多くランクされている。「マー君」、「ラクビー桜ジャパン」、「錦織圭」、 「羽生結弦」、「大谷翔平」、「広島(リーグ優勝)」、特にラクビー桜ジャパンの南アフリカ戦での戦い方、コンバージョンキックで同点にするのではなく「勝ちに行った」桜ジャパンに感動する。それまで世界には通用しないと勝手に思っていた多くの人はそれまでの”健闘はするが最後は負けるであろう”としていた勝手な予測は大きく外れ、そこに感動が生まれた。今回のサッカーW杯の場合で言えば、FIFAランキング61位の日本にはあまり期待できないと多くの人は思っていたが、第1戦、第2戦と予想を大きく外れた大健闘であったが、第3戦ポーランドとの戦いでは負けているにも関わらず残り10分の攻撃しない球回しには賛否両論が日本中を駆け巡った。結果は今回から適用されたフェアプレイポイントの差で決勝トーナメントへと進んだが、これでモヤモヤジャパンにまた戻ってしまった。勝てば官軍、負ければ賊軍といった矮小な議論ではなく、「勝ち抜いたこと」によって、何を得たかである。それも日本サッカー界の未来に対してである。恐らくその第一歩が次のベルギー戦で、勝てば文字通り未来に向かってのスカットジャパンになるであろう。
実はスポーツの醍醐味の一つは番狂せ、予想外のことが起きる面白さにある。予期せぬ出来事、思惑とは異なる結末、そんなことに出会えるのがスポーツである。政治ばかでなく、経済、社会においても不透明、不確かなことばかりの時代にあって、スポーツはモヤモヤ感をひととき一掃させてくれるもので、これからも時代要請に応えるものとなる。

これがこの5年間で特筆すべき点である。もう一つ挙げるとすればAI(人工知能)による働き方や生活の再編である。例えば、自動車の自動運転が現実化しつつあるが、無人自動車は既にテストに入っており、次世代の交通インフラが考えられている。こうした進化過程のトピックスについては随時ブログにて取り上げていくこととする。(続く)  


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2018年06月24日

日常をおもしろがる時代の着眼 

ヒット商品応援団日記No716(毎週更新) 2018.6.24.

少し前のブログに「デフレを楽しむ時代」になったと書いた。実はその楽しむ内容はと言えば、多種多様で一見捉えどころのないものとなっている。この10数年小売業態で急成長したのは周知のダイソーをはじめとした「100円ショップ」で、価格を100円均一とした広範囲な生活雑貨店である。それまでの生活雑貨と言えば趣味領域にテーマを持たせた東急ハンズやデザインに特徴を持たせた西武ロフトが流通していたが、100円ショップによって生活に必要な消耗品的雑貨が確立できることになったという意味である。ある意味、足りないところを埋めて来たと言っても過言ではない。総合スーパー、GMSが低迷しているが、ドラッグストアもそうであるが足りないものを埋める流通が成長し、「総合」ということでは足りないところを埋めることはできない時代になっているということだ。

デフレ時代のもう一つの潮流がホームセンターの成長に表れている。100円ショップは生活の隙間、日常の消耗品的雑貨であるのに対し、ホームセンターは「ホーム」に関する全てで、すでに出来上がった完成商品ではなく、DIYという名の通り作り手の創造性に応えるための素材が用意されていることにある。
ホームセンターという有店舗市場は約4兆円弱で停滞気味であるが、他の産業同様ネット通販にシェアーを侵食されており、DIY市場全体としては着実に伸びていると推測される。
この市場の中心はDIYというクリエーターとしての創造市場であったが、次第に価格面でも価値基準を持つ顧客も加わっていることによって市場全体としては伸びていると言える。特に、ペット関連や家庭菜園など園芸用品はそれに当たる。

こうした傾向の背景にはもちろんのこと「成熟した生活」がある。よく成熟を誤解してしまうことがあるが、それは1980年代までのような成長、次々と新しい何かの刺激しよって生き生きとした生活を送っていたことに対し、バブル崩壊以降は収入は増えないが、デフレ経済の下にあって一定の購買力を保持することができる生活となっていることを成熟と呼んでいる。消費もリスクのある、つまり当たり外れのある買い物ではなく、好きで永いこと使えるか、もしくは外れても悔いのない安いものを試して購入する、そうした消費傾向を見せるようになる。これがデフレ消費の本質であるが、そうした「考え・行動」は徐々に熟成し、極めて賢明な楽しさのある消費へと向かっている。好きなもので日常生活を埋めて行く、これがデフレを楽しむ消費の本質である。一見すると停滞しているように見えるが、そうではないということだ。

ところで、2年ほど前から冷凍食品市場が急成長している。日本冷凍食品協会によれば平成29年度における国内消費については、国民1人当りの年間消費量は、22.5 キログラムとなり、過去最高を記録した。また、金額ベースでは 1 兆 585 億円と 1 年ぶりに 1 兆円を上回ったとのこと。この伸びの一番の理由は従来の子供の弁当惣菜ということからさらに進化した時短調理要請によるものと推測されている。冷凍食品についてはその技術の進歩もあって、今や夕食用の本格冷凍弁当まで販売されており、夫婦共稼ぎ世帯では必須食品となっている。
こうした時間に追われる生活であるが、実は自由時間を創り出すためのものとしてあり、今風に言えば、ワークライフバランスのための必須アイテムとなっているということだ。ここから得られた「時間」をどう使うかであり、その自由時間は日常生活の中心となっているということである。

デフレというと節約という言葉とともに何か暗いイメージで語られることが多いが、生活者は収入が増えないなか、楽しむための様々な工夫をして自由時間を確保しているということである。総務省の調査からも「自分の 趣味にあった暮らし方をする」とした人が一番多く40%前後となっているように、もう少し言うならば暮らし方とは「好きな時間」をどう創るか、どう使うかである。
そこでメーカーも小売業も等しく行って来たのが「小」への再編集であった。量やサイズはもとより価格までを小さくして販売して行く革新であった。こうした革新から生まれた代表的業態が前述の「100円ショップ」であった。しかし、スタート当初のダイソーはその成長の鍵として”100円で「こんなものが買えるのか」という新鮮な感動”を提供するために、次の3つを目標とすることにあったと創業者は語っていた。
1.「買い物の自由」;
すべて100円、価格を気にせず買える。買い物の解放感、普段の不満解消。「ダイソーは主婦のレジャーランド」。2.「新しい発見」;
「これも100円で買えるの?!」という新鮮な驚き。月80品目新製品導入。
3.「選択の自由」;
色違い、型違い、素材違い、どれを取ってもすべて100円。
さて現在のダイソーをはじめとした100円ショップはどうであろうか。アイテム数の格段の増加などあるが、より顧客に近ずくためのアイディア・工夫された商品が数多く店頭に並ぶ。例えば、固いバターをふわっと削ってくれるバターナイフ。10数年前ヒットしたご飯粒のつかないしゃもじと同じ着眼商品であるが、このように小さな「新しい発見」が次から次へと誕生している。困ったときの100円ショップから、生活を楽しく刺激してくれる100円ショップへの進化である。少し褒め過ぎかもしれないが、絶えざる小さな生活革新創造企業であろう。

さて今起こっていることの本質は日常生活の再編集ということになる。ハレとケという言い方をするとすれば、「ケ」をどれだけ豊かに楽しみを持った暮らしとするかが消費の中心となっているということである。例えば、その日常とは表通りではなく路地裏に、埋れていた街場の中華料理店に、日常の賄い飯が裏メニューに、朝市など雑多な商品が集まる市場に、・・・・・・・「雑」をどのように生活に取り入れ楽しむかに関心事が移っており、そのためには多くのものを「小さく」することが必要となっているということである。価格も、量も、そして多様なサイズ・カラーも、そして何よりもどんなアイディア・着想なのかが明確になっていて、それが刺激的であるか否かが消費を促すこととなる。
つまり、アイディア自体も小さくてかまわない。そうしたアイディア集を未来塾で後日公開したいと思っているが、例えば神奈川平塚の地域の人にとっては慣れ親しんだパンに弦斎カレーパンがある。カレーパンはどこにでもあるが、弦斎カレーパンの場合カレーライスのようなカレーパンで福神漬けまで入った文字通りのカレーライスパンである。もう一例挙げるとすれば、横浜六角橋商店街にある洋食の「キッチン友」に「友スペシャル」というメニューがある。一見すると山盛りの玉ねぎ炒めに見えるが、中から豚肉やポテト、人参などが出てきて小さな驚きが生まれる、そんなちょっとしたメニューである。日常とは特別なことではなく、大きな驚き・サプライズは必要ない。「雑」の中にちょっとしたアイディア、ちょっとした気遣い、そんな「ちょっと」が嬉しくてまた使ってしまう通ってしまう、そんな時代である。(続く)  


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2018年06月19日

見える化から感じる化へ (後半)

ヒット商品応援団日記No715(毎週更新) 2018.6.19.



このブログはマーケティングをテーマとしているので後半では本題に戻るが、こうした心理環境の中で際立ってきたのが「感情」が激しく行動を揺さぶる時代に入ってきている。勿論、誰もが感情を持ち、泣いたり笑ったり、怒ったりといった喜怒哀楽は持っている。この20数年の時代変化、特に個人化社会という帰属社会が会社や家族から個人へと移行した時代にあっては新たな「仲間社会」を産んできた。そして、この仲間から外されることの中に「いじめ」があった。もう一つが「キレる」という行き場のない感情が爆発するといった現象が至る所で見られる社会となった。これらはストレス社会の中のバラバラとなった個人に関わる新たな社会問題の出現である。しかし、こうしたネガティブな問題を解決あるいは緩和する「術(すべ)」もまた生まれてきている。その一つが少し前にブログに書いた「笑い」のある社会である。商品に、店作りに、ちょっと笑える、和ませてくれる、そんなことが求められている時代である。

ところでその本題であるが、こうした「感」が強く出てくる時代のマーケティングでは消費をどう考えるべきかという課題である。まず価格はデフレ時代においては消費を決める最大の鍵であるが、顧客との間で交わされる「共感」が不可欠な要素になってきたと考えている。今までの「訳あり」といった理屈による納得価格・お得な価格という心理価格から、考え方に共感したから、そこまでやるかといった気持ちが分かるから、あの人がやっているから、こうした共感価格とでも表現したくなる価格の受け止め方が生まれてくる。つまり、今までのお得を訳ありという「見える化」から、その比較から言えば「感じる化」ということになる。

前々回の未来塾にも少し書いたが、元気な大阪、その中でも飛び抜けた賑わいを見せる大阪ルクアイーレバルチカで一番の行列店になっている店が鮮魚店が経営する「魚やスタンドふじ子」である。
前回その店頭の写真を掲載したが今一度冒頭の写真として載せておく。普通に考えるのであれば、鮮度感や季節感を表に出したメッセージになる。つまり、旬を売り物にするのだが、それは二番目となっている。一番目は価格感を前面に出した店作りである。店頭の看板には「海鮮が安いだけの店」とある。但し、その安さの表現だけであれば、つまらない表現であるが、一度食べればその鮮度ある美味しさに唸ってしまう。激安あるいは激ウマといった表現が氾濫する中で、嘘とは言わないが、レトリックばかりの表現が充満している時代である。その逆を見透かしたようなリアルな美味しさ、そのギャップにやられてしまうといった感じである。面白いことにその「やられた感」は他者に話してみたくなってしまう。結果、口づてで評判が伝わるという「感」の連鎖が生まれる。これが若い世代を開発する戦略となっている。

この「感じる化」は体験してみないとわからない。そのためには入り口としてのメニューと「価格帯」に工夫が必要であるということである。単なるお試しメニューとその価格帯ということではなく、極めて多様なメニュー、好みに応えられる「小さな単位(りょう)」の「小さな価格」のメニューが用意するということである。あれこれちょっとづつといった「雑」メニューの満載である。価格帯としては300円を中心に200円から400円台となっている。つまり、共感価格という言い方をするならばこうした価格帯となる。この「魚やスタンドふじ子」では勿論昼のランチとして刺身定食のようなメニューもあるが、多くの若い世代はそうした単品を食べている。
つまり、あらためて使用価値・体験価値が求めれてきているということである。その背景にはネット社会というバーチャル世界・仮想世界と現実リアル世界・日常世界とを「行ったり来たり」する必要性がますます求められているということである。これからもAI(人工知能)が生活のいたるところへと進行していくと思うが、この行ったり来たりということがビジネスの仕組みの中に組み込まれる時代がきているということだ。若い世代の場合はこの行ったり来たりを当たり前のことと考えており、ある意味「コスパ世代」としてリスクヘッジをしているとも言える。友人からの情報をスマホで調べ、興味あるものであればちょっと試してみる。良ければ以降も使うが、気に入らなければそれで終わるということだ。そうした意味でシビアであり、お金の使い方がうまいということである。

そして、もう一つ付け加えるとすれば、「魚やスタンドふじ子」は昼飲みの店である。元々大阪では昼飲みと言えば、新世界か京橋と決まっていて、いわば「オヤジの街」の風景であった。しかし、今や大阪の中心であるターミナル駅ビル地下では若い世代の「昼飲み」が至る所で見られ当たり前の風景となっている。アルコール離れと言われていた世代であるが、確かにオヤジのように酔うために飲むのではなく、仲間とワイワイガヤガヤするためのいわば「ツール」としての飲み物であり、CMでオンエアされているがチョーヤの「酔わないウメッシュ」もそうしたツールということができる。つまり、「昼飲み」は若い世代の新しい一つの集いスタイルになったということである。

若い20代世代は消費の舞台にのることの無かった低欲望世代と言われ続けてきたが、実は舞台が無かったということである。この舞台は料理を味わう、会話を楽しむ舞台ではない。同じ世代の仲間同士が放課後の部活の部屋で集まるように、仲間内の話をする場所という意味である。数年前、こうした若いコスパ世代のデートとして、コンビニでドリンクとツマミなどを買い、デート場所は自宅で、興味はもっぱら貯金であると揶揄されてきた。しかし、喋り合うことが目的であり、消費金額から言えば。昼は1000円未満、夜も3000円未満という金額は決して高くはないということである。行列の絶えない「魚やスタンドふじ子」と「コウハク(紅白)」共に中心は女性で、女子会と思われる数名のグループが多く見受けられた。ここ数年、カラオケボックス人気が急速に落ち込み、しかも若い世代それも女性のカラオケ離れが進んでいるという。勿論、一人カラオケといった使い方に見られるようにカラオケ好きは勿論存在している。しかし、広いカラオケルームは数名の顧客利用によって経営は成り立っている。シダックスを始め対策は取りつつあるようだが、このカラオケ離れの一部は間違いなくこうした集まれる場所に来ていると推測される。ちなみにカラオケボックにおける客単価は1100円前後となっていて、同じような消費金額である。つまり、「好きな仲間と集まれる場所」「ワイワイガヤガヤ喋り合える場所」、ある意味日常的な出会いイベント場所が新たにつくられたということであろう。まさに、若い世代の「雑・エンターテイメント」空間の誕生ということである。

今回は「感じ方」として若い世代、特に女性を中心に事例を踏まえてデフレが常態化した時代の着眼を書いてみた。ただこれは若い世代だけでなく、ここ数年の傾向としてあるのが「雑」集積を巡る楽しさの必要性である。整理されてはいない、ごちゃごちゃ感、一種猥雑な感覚のことである。窮屈でない、自由気ままに楽しむ感覚である。市場感覚、様々な売り物、小さな店々、声が飛び交う賑わい、そんな街を店を巡る楽しさである。東京で言えば築地の場外市場や上野のアメ横であり、大阪の場合では黒門市場や難波の道具屋筋ということになる。
あるいは「下町」と言っても構わない。オープン感覚、店の人間と顧客との声が十分届く距離。そんな店づくりが求められているということである。結果、生き生きとした店、顧客を主人公にしてくれるような舞台としての店である。
小さな価格で、雑としたメニュー、小さな満足を提供する店、ある意味「100円ショップ」感覚とでも表現したくなる店づくりへの再編である。(続く)  


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2018年06月17日

見える化から感じる化へ (前半)

ヒット商品応援団日記No715(毎週更新) 2018.6.17.

前回の未来塾で「共感価格」と言うキーワードを初めて使った。テーマとしては1年数ヶ月後に実施されるであろう「消費税10%時代」をどう超えていくべきか、その消費心理のキーワードとして使った。デフレが常態化した時代における価格意識はそれまでの「訳あり」に代表れたお得という納得価格から共感価格へと向かう、そうした主旨であった。未来塾では今一番元気な地域大阪のいくつかの事例を踏まえてこの共感価格を取り上げた。事例に於いては「何に」着眼・強化するのかに主眼が置かれたが、実は広く「社会」と言う視点に立っても、この「共感」が時代のキーワードになっていることがわかる。

少し前に5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃんが両親による虐待によって亡くなった事件が報道された。亡くなった結愛ちゃんがノートに書き綴った反省文を読んで多くの人はかきむしられる思いがしたであろう。詳しいことは既に新聞を始め報道されていることからこれ以上書くことはやめる。何故、虐待を止められなかったのか東京への移動に伴う児童相談所の連携、あるいは児童相談所の担当者が母親との面会を拒否された時何故警察と連携し保護できなかったのかなど制度上の問題は残されている。そうした問題点の解決はなされていくとは思う。しかし、そうしたこと以上に、いやそれとは全く異なる「思い」が噴出したのは私だけであろうか。新聞に掲載された船戸結愛ちゃんの反省文の一部を転用する。

もうパパとママにいわれなくてもしっかりとじぶんから きょうよりも 
もっともっと あしたはできるようにするから
もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします
ほんとうにもう おなじことはしません ゆるして
きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことを なおします
これまでどれだけあほみたいにあそぶって あほみたいだからやめるので
もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいやくそくします
あしたのあさはぜったいにやるんだとおもって いっしょうけんめいやる やるぞ

これほど純粋に自分と向き合った「反省文」、わずか5歳の女の子が書いた反省文である。行き場のない怒りの感情が次から次へと湧いてくる。その後の報道によれば虐待が発覚して児童相談所や警察に介入されることを恐れ隔離し病院へも連れて行かず放置したと言う。厚労省によれば児童虐待はここ数年増加傾向にあり、平成27年度には103,260件となっている。その増加要因の多くは「心理的虐待」であると。虐待の内容にあって、それまでの「身体的虐待」に代わって「心理的虐待」が47.2%と半数近くにまで増えている。その心理的虐待とは、言葉による脅し、無視、兄弟間での差別的扱い、子どもの目の前で家族に対して暴力をふるうなどを指す。
船戸結愛ちゃんの場合は満足な食事が与えられなかったことを含めた「身体的虐待」もあっての無惨死であったと思うが、父親による執拗な言葉による虐待の中で書かれた「反省」である。結愛ちゃんが書いたメモの中に、「あほみたい」といった表現があるが、5歳の子供が使う言葉ではない。これは父親である船戸容疑者から繰り返し暴力的に「あほ」と言われてきた言葉であることが推測できる。

実は同じ「反省」が1ヶ月ほど前にもあった。周知の日大アメフト悪質タックル事件である。悪質タックルの理由が公になったのは、加害選手が謝罪会見に一人実名で臨んだことから始まる。記者からの質問にも真摯に答えていた当事者である宮川選手の「反省」であった。翌日やらざるを得なくなって記者会見をした日大アメフトの内田監督と井上コーチの「反省」とを比較し、どちらの方が真実か、どちらが嘘をついているのか、多くの人は明確に感じ取った。宮川選手の悪質タックルは精神的に追い詰められての行為であったことが明らかになり、被害を被った関学のアメフト部と被害選手も宮川選手の謝罪を受け入れ、逆に既に社会的制裁を受けたとしてそれ以上のことは望まないと言う立場に至っている。「パワハラ」と言う言葉で簡単に済ませがちであるが、本質的には結愛ちゃんへの心理的虐待と同じである。
「反省」という内なる自身に向き合い、何が問題であったかを自身の言葉で語る中に言葉では表せない「何か」が否応無く出てくる。それを多くの人が強く感じる時代にいるということである。

日大のアメフト事件についても同じように危機管理がなされていないと報道されているが、その多くは記者会見のやり方などイメージ操作のためのテクニックばかりである。ネクタイの色から始まり言葉づかいまでコメントしているが起こってしまったことに当事者が真正面から向き合うこと以外にない。向き合い方は各人が決めれば良い。事実を引き出す記者もいれば、ある意図を持っての意地悪な質問もある。視聴者はそれら全てを感じているのだ。よくもこんな人間が報道現場に身を置いているなと思うことも多い。
危機を超えたかどうかは視聴者が読者が決めることであって、当事者でも、危機コンサルタントでも、記者でもない。そうした意味で、悪質タックルという罪はあるが、危機を超えたのは宮川選手自身の間違っていたことを認め、その内なる原因までをも吐露したことであり、態度であった。記者会見に臨む100%の人間は「真摯」という言葉を使う。そのほとんどが嘘であることを知ってしまった社会にいる。そして、何よりも被害者への詫びる心、その誠実さがあったからである。

思い出すのは10年ほど前に起きた三笠フーズによるあの汚染米事件である。汚染された事故米の流通先は多様で、原材料として使用した酒造メーカーは、農水省が公開をためらっているなか、自ら公開した。いち早く汚染された米使用商品を公開し自主回収に向かった薩摩宝山をはじめとした焼酎・日本酒メーカーの事件である。そして、その後汚染米と知って使って嘘をついた美少年酒造は破綻し、本当に知らずに使っていた西酒造(薩摩宝山)は逆に顧客支持を取り戻し、焼酎の一大ヒット商品となった。この2社の間にあるのは顧客を信じる真摯さ、誠実さだ。そして、消費者は西酒造社長の記者会見という「情報」からそれらを感じ取ったからであった。
日大の宮川選手には「嘘」がないと多くの人は感じ、西山酒造と同様いつか復帰できる道があったらと思っている。

心理市場化と言うキーワードが生まれて20数年ほど経つが、同時に生まれたのが「見える化」であった。見えない世界を見えるように、わかりやすいようにと行われた経緯がある。それは過剰とも思える情報社会にあって間違えないようにするための知恵であった。しかし、それでも全てが見えるわけではない。見えないところで行われる不正の多くは情報の改竄、隠蔽でまさかと思われた不正が官僚・財務省の公文書偽造であり、企業では神戸製鋼所の製品の品質数字の改ざんであろう。数年前ドイツのフォルクスワーゲンによる不正の場合は、経営幹部が意図的にデータ改ざんを行う不正であったが、財務省も神戸製鋼所も組織上の「忖度」あるいは「組織風土」といった見えない世界での不正である。但し、財務省の職員の一人は推測するに改竄したことに苛まれて自殺しているのだが。これを日本的と言えばそうであるが、それだけ「こころ」が強く働く社会が日本という国である。2000年代初頭若い世代の間で「空気読めない」という言葉が流行ったが、これも同じこころを仲間内で共有する言葉であった。

心理とは外からは見えない世界であるが、少しの想像力があればわかる世界でもある。昨年の新語・流行語大賞になった「忖度」も同じである。つまり「感じとること」であり、社会には嘘や欺瞞が充満していることから、「感」が今まで以上研ぎ澄まされてきたと言うことであろう。感情の言葉である「いいね」の場合も、「悪いね」の場合も、そうと感じた人が圧倒的多数を占める時代になったと言うことだ。ある意味言葉の裏側にある「何か」を感じ取る敏感社会になったということである。後半ではこの敏感社会がどのように消費に結びついているかを考えて見た。(後半へ続く)  


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2018年06月07日

未来塾(32)「消費税10%時代の迎え方」(1)後半 

ヒット商品応援団日記No714(毎週更新) 2018.6.7.




消費税10%時代の迎え方(1)


かなり以前からデフレが常態化していると指摘をしてきたので、繰り返す必要はないであろう。一言で言えば、少し前まで物価上昇への期待と共に「消費」活性化への期待も生まれてはいたが、何故頓挫してしまったのか、答えは明白である。収入が増えない中では、最近また原油価格が上昇したり、人手不足による賃金上昇によって、一定の物価が上昇しても収入が増えない以上、消費心理は節約をはじめとした様々なお金の使い方など工夫をする、そんな消費の方向に進むのは至極当たり前のことである。理屈っぽくいうならば、賃金上昇が限られている場合、物価が上昇すれば、それだけ実質購買力が低下し、消費は落ちるということだ。

今回大阪という地域を選び、しかも主に「食」というテーマを選んだのも日常消費の中心である「食」、デフレ下の「食」に極めて「元気」な変化を見ることができたからである。
地域には地域固有の商い文化があり、消費文化もある。多くのものが標準化してしまった時代にあって、この「固有」が残されている地域の一つが大阪である。この固有文化、庶民の食が、どのように生まれ変化しているかその原型の世界を「うどん」に見ることとした。食い倒れの街としての歴史は古く、日本の食の誕生と原型がここ大阪にはあるということである。消費税10%という時代をどう迎えるのか、生活者が持つであろうその「増税感」を超える「満足」は何かという課題である。

「誕生物語」を今一度考えて見る

どんな企業も、その業種や規模の違いはあっても必ず「誕生物語」はある。そこには「何が」顧客を魅了したのか、そのビジネスの「原型」があるということである。うさみ亭マツバヤの場合、元祖きつねうどんは顧客から教えてもらったことから生まれている。肉吸いの千とせも顧客であった吉本の芸人花紀京が「肉うどん、うどん抜きで」と注文したことから生まれている。かすうどんはどうかと言えば、大阪人の焼肉特にホルモン好きから生まれたうどんである。まだその歴史は浅いが大阪ではかすうどん専門店が出現するほど、その市場の裾野は広がっている。さらに、シチュウうどんまであることを書いたが、これは「大阪的」と表現した方が適切ではあるが、市場の広がりを示した事例で、こんな食べ方、あんな食べ方、そんなアイディア・工夫のある「文化」、これが大阪の「食い倒れ」という消費文化である。食い倒れとは、大阪人の飲食にぜいたくをして、財産をつぶしてしまうさまを言い当てた言葉と言われているが、「そこまでやるか」というオタクのような一種の商いへの執着のことを指している。その根底にあるのは絶えざる工夫、常に顧客を見続ける商売ということになる。誕生物語に立ち返るとはこの原点に立ち返って今一度考えて見るということである。
そして、うさみ亭マツバヤの場合、その「おじやうどん」というもう一つの名物が生まれている。これは元祖きつねうどんは多くの飲食店でもメニューとして取り入れられ、一般化してしまったことによる。「違い」「新たな魅力」を創るという課題への一つの答えであろう。そして、うどんだけでなく、おじやも、そして具沢山のトッピングという新しいメニューが生まれ、次の名物になった。
千とせの場合は、この5月に吉本のグランド花月の1階に千とせ別館を出している。あくまでも吉本の芸人によって生まれた名物をより強めていく考え方である。そして、名物の肉吸いの「売り切れごめん」というのはその証左であろう。ある意味、肉吸いの誕生物語を薄めさせていくことなく、更に強めていく考えによるものである。何故なら、大阪では讃岐うどん系のうどん店も多く、うどん市場は激しい競争下にあり、更に言うならばお好み焼きもラーメンもあり、・・・・・・過剰なほどの選択肢の中での競争である。「千とせ」の観光地化という戦略はその誕生物語が面白い伝聞になるものであり、生き残るために不可欠なものとなっている。

野外すら劇場店舗とする発想

ここ数年賃料に見合う売り上げを上げられねい飲食店が続出している。常態化したデフレ時代にあって、旧来の「業態」の変革が求められていると言うことであろう。空き店舗となった銀座の店舗を居抜きで借りて、本格フレンチなど提供する「立ち食い」業態を聖刻させたのはあの「俺の」である。こうした既にあるものを生かす発想は古くは「紅虎餃子房」で知られている際コーポレーションもそうであった。六本木の破綻した中華料理店を借り受け「紅虎餃子房」をスタートさせたのが1号店で、以降店舗改装部署を社内に置いて多様な飲食業種に対応している。
あるいは「立ち食い」と言うスタイルも江戸時代の屋台をルーツとしているが、冒頭の居酒屋とよはそうした過去の業態にはない破天荒な居酒屋であった。テーブルと言えばホームセンターで売っているような家庭用のものであったり、ビールケースの上にステンレス製の板状のものを置いてあるだけとか、とにかく店舗(?)にお金はまるでかけていない居酒屋である。写真を見ていただければ分かるように屋根はあるものの雨であれば濡れるのは必至。アルバイトの女性に聞けば、雨の日はさすがに行列はないが、それでもお客さんが来ると言う。顧客層も「オヤジの街」と勝手に決めつけていたが、若い女性も多く、同じテーブルに相席したのは若いカップルであった。勿論、お目当てはインドマグロではあるのだが、この立ち食いスタイル、都市の中にポツンと空いた空間で、しかもほとんど路上との境目のない野外という、ある意味異空間のような店である。TV番組「マツコの知らない世界」ではないが、こんな場所に、こんな居酒屋があるとは知らなかった。
こうした面白さ、野外居酒屋を満喫したのだが、名物オヤジのもう一つのパフォーマンスを見ることができなかった。それはマグロの頬肉を網の上で焼くのだが、上からはバーナーで焼く、そんなパフォーマンスが見られなかった。ちょうど宮崎の名物である地鶏の網焼きに似ているが、しかもバーナーでも焼くと言うことでこれも名物になっているとのこと。実際のパフォーマンス写真ではないが、食べログの写真を載せておくこととする。
全てが標準化という均質世界にあって、今までとはまるで違う「異質」な世界に多くの顧客は魅せられているということだ。この野外劇場の主役はこの名物オヤジであり、名物のインドマグロということになる。

そして、ここから学ぶとすれば店舗が果たす役割は「人」によるライブ感、リアリティのある「劇場」にしなければならないということになる。ネット通販が中心となっている便利で安く手に入るこの時代に、有店舗の意味があるとすれば、この「実感劇場」ということになる。この実感劇場とは、店のスタッフと顧客とが「交感」する舞台のことである。いま風に言うならば、「いいね」を超えた信者・オタクにつながる舞台になるということである。ちなみに、新しくなったバルチカの焼き小籠包の店頭ののれんには「肉汁注意」というシズル感を投げかけるメッセージがあった。こうした店頭の工夫も劇場化の一つである。

「食」という新たなキラーコンテンツ

時代時代によってキラーコンテンツ、生活者が虜になってしまう商品はある。例えば、1950年代後半には電化製品でいうと白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫の家電3品目が『三種の神器』と言われ、高度成長期には、カラーテレビ (Color television)・クーラー (Cooler)・自動車 (Car) の3種類の耐久消費財が新・三種の神器といわれ、今日のキラーコンテンツはどうかと言えば商品として言えばスマホということになる。つまり、内実はインターネットの世界であり、ITとでも表現するしかない。
今という時代にあって生活者を惹きつけるものがあるとすれば、それは「食」ということになる。家計調査を読み解けばわかるようにこの10数年で一番消費額が増えたのは「情報」への消費で、そのほとんどがスマホである。そして、その「食」であるが、デフレ下にあって切り詰めるのが「食」であり、生活者にとって最大の関心事は食で、しかも日常食である。節約、切り詰めるといっても戦後の物不足の貧しい時代の節約ではない。一見節約の対象である食がキラーコンテンツになることに疑問視する人も多いかと思う。しかし、その「食」に小さな楽しみを見出すデフレマインドにあっては、食は人を惹きつける新たなキラーコンテンツになっているというのが、私の仮説である。

正確なデータにはなってはいないが、消費を促す情報という視点に立てば、TVの情報番組や「孤独のグルメ」のようなグルメをテーマとした番組、あるいは旅番組などもその多くは「食」を取り上げたものばかりである。過去1980年代はTV番組の構成に多くのファッションブランドが番組制作上のコラボレーションとして使われていた。つまり、現在はファッションに代わって「食」がその役割を果たしているということである。今やご近所だけでなく、温泉などを組み合わせた食べ歩きが盛んであり、日帰りバスツアーのメインはほとんどが「食」となっている。しかも、周知のように「クックパッド」という投稿サイトは食への関心をさらに高めることに繋がっている。
こうしたことを背景に大阪に2つのキラーコンテンツが新たに生まれた。大阪ルクア地下の新バルチカとフードホール、もう一つが阪急三番街のウメダフードホールである。大阪の人にとって驚くことではないが、前者はJR線の駅ビル地下で、後者は阪急電車のホーム下という、つまり梅田という関西における一大ターミナルにおける食の集積商業施設である。更に言えば、この2つの商業施設の間には日本一の集客を誇る阪急百貨店の食品売り場がある。一見過剰とも思える梅田エリアへの集積であるが、各々顧客層が異なっていてある意味満遍なく顧客を魅了している点にある。
そして、ルクア地下のバルチカとフードホールは伊勢丹撤退跡の売り場であり、阪急三番街のウメダフードホールは中心からハズレにある北館という沈滞したエリアへの活性化策として実施され、現時点においては共に良い結果を残しているようだ。前者の顧客層は若い世代の男女が中心となっており、後者は近隣のビジネスマン・OLと共に阪急沿線住民・ファミリー層となっている。前者は1500坪、後者は700坪という大きな商業施設に顧客が押し寄せているという結果を踏まえれば、デフレ時代のキラーコンテンツとしての役割を果たしていると言えよう。そして、なんば・道頓堀を訪れていた訪日外国人は次第にこの2つのフードテーマパークにやってくるであろう。

鮮明になった「価格帯市場」という納得価格

そのデフレが常態化した時代の「食」というキラーコンテンツには鮮明な「価格帯市場」とでも呼ぶに相応しい現象が現れている。まず新バルチカとフードホールについてであるが、バルチカ成功の先導役を果たしてきたのが入り口にある洋風おでんとワインの店「コウハク(紅白)」である。何回かブログにも取り上げているので価格だけを紹介すると、グラスワイン380円、名物の洋風おでん180円と極めて手軽な価格帯となっている。
この新バルチカでもう一店行列の絶えない店がある。前述の鮮魚店が経営する「魚やスタンドふじ子」も同様の安い価格帯となっている。店頭のサイン看板には「海鮮が安いだけの店」とある。
京橋では当たり前となっている「昼飲み」がここ梅田の駅ビル地下で推奨されているのだ。日本酒はコウハクと同じ価格の380円。
肴も380円を中心に200円台から高くても500円台。種類も豊富で店は若い男女で満席である。写真には写していないが、写真右側には行列ができており、キラーコンテンツの「食」にあって、更にキラーコンテンツとなっているのが、「洋」の紅白、「和」のふじ子である。ちなみにボリューム満点の刺身定食は995円と、これもお得価格。
ショッピングセンターの常であるが、幅広い顧客層に応えることが求められている。あまり良い比較例ではないが、焼肉の店が2店出店しており、肉にこだわった高級店「焼肉トラジ」と一人焼肉ができる「やきにく萬野」である。
「焼肉トラジ」と「やきにく蕃野」で、前者は老舗の本格高級焼き肉チェーン店であり、後者は卸売問屋が経営する今流行りの「一人焼肉」のスタイルの焼肉店である。何故この2店を比較事例として取り上げたのかは、やはりその価格帯の違いである。前者は夜のコースだと5000円以上で昼のランチは1500円、後者は昼のランチは1000円程度となっており、マーケットの違いとは言え、前者はガラガラであったが、後者はそれなりの顧客で埋まっていた点にある。

余談になるが大阪ルクアには伊勢丹撤退跡にはユニクロとguが入っている。共に500坪以上の大きなスペースであるが、誕生祭というセール期間中であったが、ユニクロは一定の集客もあって売れている様子であったが、guは今一つといった状況に見えた。快進撃を進めてきたguであったが、それはジーンズ、ガウチョパンツといったヒット商品によるものであったが、その後のヒット商品は出てきてはいない。つまり、単なる低価格帯だけでは維持できないということも明らかになっている。それは同じように低価格メニューで快進撃を続けてきたラーメンの幸楽苑の低迷と同じである。周知のように290円まで下げたラーメンでは経営できず元の価格390円に戻す(新・極上中華そば)という路線転換を図ったように単なる低価格だけでは顧客は次第に離れていくということである。

今回取り上げたうさみ亭マツバヤのおじやうどんは780円、千とせの肉吸いも小玉とのセットで860円、居酒屋とよについてもあのボリュームの刺身などの三点セットで2850円。
今回は食べることができなかったが、大阪の友人に言わせると安くてうまいのは当たり前、うどんなら「なんばうどん」が良いと言う。ちなみにうどん そば170円。寿司を食べるなら新世界ジャンジャン横丁の大興寿司。回転すしではなく、カウンターで職人が握ってくれる寿司店である。一皿二貫ではなく三貫150円からという寿司である。そこには「これでもか!」といった超低価格か、更にそこにアイディアが込められたものしか生き残れないということである。
結果として、「納得価格」という考え方が生まれる。消費税8%の時は「まあこれでも良いか」といった心理であったものが、これからは今まで以上に明確な「納得価格」が求められるということである。そして、勿論納得価格は顧客が決めるということである。死語となった感のする顧客満足であるが、別の言葉で表現するならば徹底した「満足価格」ということになる。

共感価格の時代へ

今から10年ほど前、「付加価値という幻想」というタイトルでブログを書いたことがあった。付加価値の多くは「こだわり」という「訳あり」によって創られてきた。しかし、そうした情報はすぐ競争相手に伝わり、「類似したこだわり」が生まれる。結果、「こだわり」の再生産がなされ、市場に充満していくこととなる。「こだわり」は文化という固有性にまで時間をかけて昇華されないかぎり常に一般化してしまうということだ。いつの時代も顧客価値が価格を決める。消費税10%時代とは次の新しい価値時代を迎えるということである。居酒屋とよに見られたように劇場としてのライブ感のある「店舗」のあり方。単なる安さではない価格帯市場としての「満足価格」のあり方。そして、何よりも店の生き死にを決める「人」の活かし方。更には、デフレが日常化した時代における新たなキラーコンテンツ、「食」のあり方。そんなことを十分分かった「共感価格」へと向かう。つまり、納得から共感へ、これが消費税10%を超える消費であり、そしてブランド化へと向かうということだ。
誕生物語への共感、そして変化し続けることへの共感、そこに新たな価値消費が生まれる。(続く)
  


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2018年06月05日

未来塾(32)「消費税10%時代の迎え方」(1)前半 

ヒット商品応援団日記No714(毎週更新) 2018.6.5.




「消費税10%時代の迎え方」(1)

ロングセラー誕生物語と
その成長

来年10月には先送りを重ねてきた消費税10%が間違いなく導入されるであろう。8%と10%の差はわずか2%であるが、高くなったという消費心理は勿論のこと、10%への心理としては「わかりやすく」なったということである。例えば、税抜き前1000円であれば今までは1080円であった商品が1100円になり、その差20円高くなったという受け止めではなく、消費税が100円になったという心理が働くことは間違いない。つまり、「わかりやすく」とはそれだけ強いインパクトを持って受け止められるということである。これから1年4ヶ月ほど未来塾の主要なテーマとして、この「消費税10%時代」を軸に考えていくこととする。

どんなビジネスであれ、安定した売り上げ、しかも継続してわずかでも成長するビジネスを目指す。いわゆる求められるのはロングセラー商品であるが、これは言い得て極めて難しい課題である。消費税10%時代、いや国の借金を考えればそれ以上の消費税率が財政健全化上必要な時代を迎えており超えなければならない大きな課題である。

ところでロングセラーとは言葉を変えれば、老舗のことであり、ブランドにも繋がるキーワードである。もともと日本は周知の通り世界でダントツNo.1の老舗大国である。何故何百年も続くのかというテーマについてはブログにも何回か書いてきたのでここでは再録はしないこととする。ただ世界最古の建築会社である金剛組が幾多の戦乱に出合い、明治維新による廃仏毀釈によって仕事が失われ、それでも今日まで存続している理由を思い起こすことが必要である。。
ここでは愛され続ける訳、永く使われる訳、その「訳」に着目し、人を惹きつけ続ける魅力がどのように生まれ、それが人から人へと伝わり広がっていくのか、そうした「消費物語」に焦点を当て「消費税10%時代」の生き残りの術を見出していくこととする。

野外劇場という「パフォーマンス」

劇場化というキーワードが広く一般化したのは小泉政権の誕生によってであった。周知の元総理小泉氏による多くのパフォーマンスの意味は、人目を引くための演出・演技のことであり、あらゆるものがメディア化してしまった時代には、その人目をひくために周到な「舞台」がつくられることが必要であった。小泉劇場はそのわかりやすいパフォーマンスの第一歩であった。
ところで冒頭の写真は大阪の人にはよく知られた京橋の路上にある立ち飲み居酒屋「とよ」である。京橋はJR環状線と京阪電車とが交差する街で飲食店も多く「オヤジの街」、立ち飲み居酒屋も多く「昼飲みの街」とも表現されている街である。
実は京橋は初めてであったので大阪の友人に街歩きをしながら案内してもらった。全国的にはマイナーな小さな路上劇場ではあるが、劇場のなんたるかは小さくてもわかりやすくあった。

名物はインドマグロをはじめとした海鮮と気さくなオヤジで行列が絶えない店として知られている。面白いことにJR環状線京橋駅北口から歩いてわずか数分、裏手が市民墓地というなんともユニークな立地である。普通であれば縁起が悪いと避けがちな立地だが、そこを逆手にとって笑い飛ばすのが大阪商人らしいところだ。実はその名物オヤジに話を聞きたかったのだが、その日は体調が悪く店にいなかったので、一番古くからアルバイトをしている女性に聞くことにした。彼女曰く20年ほどアルバイトをしているので、その数年前にこの居酒屋とよが生まれたので創業は24年ほど前であると。そして、当時から行列が絶えず、数年前には横の土地に屋根を作り店を広くしてきたと。そして、名物メニューであるマグロのセットメニューも変わらないとも。勿論、保健所の認可を受け、水洗トイレもある。名物のマグロ・魚介のための冷蔵庫は5つほどあると言う。

基本は全てセルフサービス、立ち食い、しかし出されるメニューは本格・・・・・・・5年ほど前に銀座で話題となった「俺のフレンチ・イタリアン」と考え方は同じで、何を売り物にするか明確になっている。「俺の」の場合は1日の客回転が6回転を超えていたと記憶しているが、この居酒屋とよも同じで営業は火・水・金・土の4日間で時間も1日6時間ほど、行列ができてももその回転が早いので待ちくたびれることはない。通常飲食店の場合は厨房などの投資が大きいが、「とよ」の場合も見ての通り極めて小さく、空き店舗を居抜きで改装して出店する「俺の」と比較しても更に効率良い経営となっていることがわかる。そこにはあるものを徹底して使い切るという発想である。そして、聞くところによると居酒屋とよの年商は1億を超えていると。

こうした経営を可能としている第一は、やはり顧客を魅了するそのメニューのダイナミックさにある。中心はインドマクロとのことだが、その部位ごとのメニュー化も図られていてロスもなく、顧客を喜ばせるだけに終わらない。久しぶりにインドマグロの刺身を食べたがこれも旨かった。数年前から「インスタ映え」が時代のキーワードになっているが、単なる「映え」であれば一過性で終わる。居酒屋とよは物の見事に一つの「劇場」になっている、顧客はその鮮度をはじめとしたライブ感に魅了されるということである。
写真は名物となっているマグロの刺身である。値段は3種類のセットで2850円。2〜3人前というボリュームであるが居酒屋チェーンと比較し価格だけを見れば極端に安いとは言えない。しかし、食べてみると誰もが美味いの一言で納得・満足。大阪のパフォーマンスは「実質」そのものであり、居酒屋とよは「ザ・大阪」という丸ごと大阪を楽しめる劇場であった。
そして、写真を見てもわかるように顧客には「オヤジ」もいるが若い男女も多く、アルコール離れが進む世代と勝手に決めつけてはならないと感じた。

「うどん物語」の誕生とその広がり

”食い倒れの街”として親しまれている大阪の食文化の中でも「粉もん文化」と言えばたこ焼きやお好み焼きとなるが、もう一つあるのが関西の出汁と共に食べさせてくれるうどんである。うどんと言うと讃岐となるが、広く庶民の食べ物として定着したのが大阪うどんである。それだけ競争も激しく「違い」を求めたうどん市場となるが、大阪うどんの老舗店にはその誕生と広く行き渡ってきた物語がある。つまり、競争によって生まれた誕生物語とその変化である。

元祖きつねうどん;うさみ亭マツバヤ

南船場にある明治26年創業の元祖きつねうどんの店である。大阪には日常的に頻度多く来ていたが、うさみ亭マツバヤはほぼ30年ぶりの訪問であった。御堂筋線心斎橋駅を降りて店に向かったが周りは多くのビルに囲まれ当時の雰囲気はまるでなかったが、店先は昔のままで当時を思い出した。実はきつねうどん発祥の店として大阪の人にはよく知られている店である。30年前に案内してもらった人に言わせると、甘辛く炊いた揚げをサービスとして別の皿に出したところ多くの客がうどんの上に乗せて食べていたことからきつねうどんが生まれたとのこと。
そして、もう一つの名物が「おじやうどん」である。その名の通り、四角い鉄鍋に半分がうどん、半分がおじやとなった煮込みのメニューである。その欲張りメニューにはトッピングとして、かしわ
かまぼこ、穴子、しいたけ、ネギ、しょうが、半熟卵、・・・・・・・今回は更に海老の天ぷらを追加してもらった。いわゆる具沢山でシンプルな出汁で食べさせるうどんとは異なる。そして、大阪うどんにあっては少し濃い口の色と味の出汁で作られており、さらに「違い」を際立たせている。
このおじやうどんは780円で海老の天ぷら200円をプラスして980円であった。









肉吸いの千とせ

うどんと言うと道頓堀 今井が挙げられ、私も大阪にビジネスに来た時最初に案内してもらった店の一つである。そして、大阪の出汁と言う存在を知った店でもある。大阪観光の初心者向けには良い店である。もう一つの「うどん」の観光名所となっているのが、なんばグランド花月裏、いや道具屋筋の裏路地にあるうどん店「千とせ」である。吉本の芸人花紀京が「肉うどん、うどん抜きで」と注文したことから、肉吸いが生まれる。これだけであれば単なる誕生物語で終わるのだが、後に明石家さんまをはじめとした吉本の芸人が「うどん屋なのになんでうどんが入っていないのか」とギャグのネタにしたことから一気に広まることとなる。ちょうど新世界ジャンジャン横丁の串カツだるまがタレントで元プロボクサーの赤井英和が「ソースの二度漬けは禁止やで!」というフレーズと共に「だるま」を広めたことと同じである。そして、周知のようにだるまは銀座のど真ん中のGINZA SIXにまで進出することとなる。
つまり、名物商品の誕生物語を広く伝える「人物」が必要であると言うことである。「千とせ」には勿論きつねうどんもあれなカレーうどん、親子丼まであるが、名物の肉吸い目当ての顧客がほとんどのようで、この肉吸いが無くなり次第閉店となる。ちなみに定番メニューは肉吸い650円に小玉(小ご飯に生卵)210円。
市場というのはこうした新しいうどんの誕生と共に、更なる違いを求めたMDによって裾野は広が
っていく。大阪人にとっては至極普通のことであるが、アイディア満載の「うどん」も誕生している。心斎橋に讃岐うどんの流れを汲む川福という美味しい店もあるが、大阪うどんの裾野にはどんなうどんがあるのか見ていくと、その競争世界が見えてくる。









低価格で、しかもアイディア満載うどん

このタイトルそのままのうどんが大阪にはある。その代表的メニューが「かすうどん」であろう。飲んだ後のシメには東京だとラーメンになるが、大阪の場合はかすうどんとなる。このかすうどんの歴史は浅く1990年代と言われているが、次第にうどんメニューの一つとして定着し、かすうどんの専門店まで出現している。その「かす」とは牛の小腸・ホルモンを十分油抜きしたもので、東京でいうところの天かすをのせたたぬき蕎麦のようなものである。こうした表現をすると大阪の人に怒られてしまうが、関西の出汁に凝縮された旨味のかすが入ったアイディアフルなうどんである。
このかすうどんのように表舞台に出てくるかどうかはわからないが、大阪らしいアイディアのあるうどんがある。それは「シチュウうどん」で「あづま食堂」の名物メニューになっている。通天閣のある新世界の食堂のメニューであるが、写真を見ていただければわかると思うが、牛肉に玉ねぎ、それにじゃがいも、塩味のシチュウにうどんが入ったものである。
ハウス食品からご飯にかける専用のクリームシチューのもとが新発売されたが、かなり前から大阪では塩味のシチュウにうどんを入れて食べている。ちなみにあづまのシチュウうどんは500円。









変化を続ける顧客満足世界

少し前のブログにインバウンドビジネスが「西高東低」へと変化したと書いた。インバウンドビジネスもそうであるが、西=大阪は「元気」である。その元気とは失敗しても怯まない商売にある。元気の先頭を走っているのは周知のUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)である。オープンした当時は西部劇のアトラクションもあって、こんなアトラクションを誰が面白いと思って来園するのか、疑問に思い興味も無く訪れることはなかった。しかし、その後ハリーポッターの導入を機に業績は反転した。実はその頃から新しい試みが随所に見られるようになった。その象徴が人気のアトラクション待ちとして実施されたUSJスタッフと主にファミリーの子供達との水鉄砲合戦というお金もかからない試みで、その後人気が出て本格的なアトラクションメニューの一つになった。それは顧客に投げかけ良いと思えば果敢にトライするという大阪らしい「やってみなはれ精神」であった。
そして、何回か未来塾にも取り上げたが、もう一つが寂れ果てた新世界の再生であった。街の再生に「飲食」、具体的には串カツ「だるま」が大きく貢献したことは周知の通りである。

2つの巨大フードホールの誕生

商業集積、特にSC(ショッピングセンター)のテナント構成を見ていくとその地域の生活者のライフスタイル変化が良くわかる。時代の変化、顧客変化によるスクラップ&ビルド、つまり何を変え、何を誕生させるかに、顧客満足を読み取ることができるということである。このスクラップ&ビルドによって、今大阪の「消費」が劇的に変化し始めていることがわかる。大阪の友人そのほとんどが顧客の流れが変わり、しかも新たな顧客も誕生し、まさに元気な大阪が生まれていると指摘する。

更に活況を見せる「ルクア イーレ」の地下飲食街バルチカ

大阪駅ビル「ルクア」に出店した伊勢丹が業績不振で撤退した跡に生まれたバルチカについては何度かブログにも触れているので繰り返さないが、バルチカのコンセプトに準じた飲食街の拡大と共に、隣り合わせに阪急オアシス(食品スーパー)が併設され、その「食」の集積度は極めて高く、文字通り「フードホール」が出来上がっている。
まず、新バルチカの方であるが、オープン当初から行列が絶えなかった洋風おでんとワインのコウハク(紅白)は相変わらず若い世代で溢れていた。他にも銀座で話題となった鶏白湯のラーメン篝(かがり)にも行列ができていた。まあ既に知っているラーメン店なので私にとってそれほど興味を引く店ではなかった。一番興味を惹いたのが「魚屋スタンドふじ子」という老舗鮮魚店が経営する「ザク飲み」の店である。席数も70席ほどと思われるが、2日にわたり3度ほど訪れたが常に行列状態であった。人気なのは鮮魚店としての鮮度ある魚介ということだが、ドリンクを含めどのメニューもほとんどが1品300円台という安さである。しかも行列をつくるその多くが若い世代で前述の昼飲みの街京橋ではないが、昼間から一杯という顧客が多いことに驚いた。アルコール離れ世代と言われてきた若い世代であるが、コウハク(紅白)同様やり方次第では新しい顧客を創ることができるということである。

このバルチカの奥まったところに阪急オアシスの新業態「キッチン&マーケット」という食品マーケットが連なっている。大阪の人には知られたスーパーであるが、東京でいうところのクイーンズ伊勢丹的スーパーである。飲食街に連なるマーケットとしてそのエンターティメント性、目からも楽しめる売り場づくりとなっている。このルクアイーレの2階には国内外の生活雑貨からアクセサリー雑貨までを集積したマルシェのフロアがあるが、そんな「雑」を集積した食品フロアとなっている。それまでのバルチカ飲食街とこの阪急オアシスによるフードホールというネーミングの通り約860坪という大きな食の雑エンターティメント世界が出現したということである。ある意味、これでもかというぐらいの食の楽しさが提供されており、大阪の新名所となっている。
このフードホールと新バルチカを合わせたB2階の面積は約1500坪に及び巨大な「食」のエンターティメント世界が誕生したということである。

もう一つのフードホール、阪急三番街北館

阪急梅田駅の商業施設「阪急三番街」北館地下2階に3月28日、飲食エリア「ウメダ フードホール」が開業した。この阪急三番街というSCは簡単にいうと阪急電車の梅田駅ホーム下・改札下にある巨大な商業施設。オープン以降、このフードホールにも連日多くの顧客が押し寄せている。ソファ席、ボックス席、カウンター席、立ち食い席など飲食スタイルに応じた多種多様な約1000席を全て共用で配置した総面積約700坪弱というフロアである。このゾーンは北の外れにあり、立地的にも厳しい場でともすると古書の街(現在は移転)に繋がる通路的なものとして魅力のない場所であった。今から25年ほど前のリニューアルでは当時のキラーコンテンツであったキャラクター世界を集積した「キディランド」など特定顧客には強い吸引力を持った専門店が上の階に編集されていたが、下の階にはなかなか顧客を呼び込むことが難しいそんな場所である。

このウメダ フードホールに出店した飲食店舗を見ていくと新バルチカと比較し、若者というより大人・ファミリー向きの店舗構成となっており、価格帯も少し上になっている。ちょっとした違いを売り物にした飲食店が多く、「鳥焼き・蕎麦(そば)・おでん 一重」「天丼・天串・串カツ いしのや」「大阪梅田 花火寿司(すし)」あるいは「宮武讃岐うどん」といったところで、実は懐かしさもあって名古屋の「矢場とん」のみそかつ丼を食べた。
昼時には少しの行列もできていたが、オペレーションもスムーズで座る席を確保する方が大変である、そんな賑わいであった。大阪の友人の一人は混雑がひどく食べるのを諦めたと話し、もう一人は阪急三番街では古くからある南館の「インディアンカレー」に行列ができており、人の流れが変わってきたと話す。
2つの「フードホール」、私の言葉に変えれば2つの「フードテーマパーク」の誕生ということになる。実は一見この過剰とも思える「食」の持つ意味を考えていくことが必要である。デフレが常態化した時代にあって顧客を惹きつけるものとしての食。そのことはまさに1年数か月後に実施される消費税10%を迎えるための戦略、ロングセラーという生き残るための施策。小さな単位で言うならば街の商店街から商業施設、更に俯瞰的な視座に立てば街の再編集・再生への鍵となる「テーマ」ということになる。




(後半へ続く)  


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2018年05月13日

ここにしかない観光地 

ヒット商品応援団日記No713(毎週更新) 2018.5.13.

前回「日本観光進化」への視座 」としてその観光コンテンツの変化について ブログに書いた。それは「西高東低」と言う観光地の変化・広がりを踏まえてだが、今後目標とすべき一つが「回数化」の促進であると。更にはその回数化と言う魅力については地方への広がりと日本固有の文化を提供する旅になると。こうした着眼を「テーマ観光」として物語化して行くことが必要であると指摘をした。何故、こうした日本観光の進化への着眼をしたかと言うと、それは「地方」の特性を生かした観光政策を実施ている国、イタリアに一つのモデルを見出したからである。

そのイタリアであるが、日本と同じ時期に近代国家となったが、それまではいわゆる地方ごとの都市国家で、日本における江戸時代の「藩」と同じような経緯をとってきた国である。つまり、過去の歴史・文化を受け継いだ「地方」が色濃く残っていて、それが産業として確立し、輸出産業にまで発展している国である。風土としても国土は日本の5分の4ほどで、北はアルプス山脈に遮られ、地中海に囲まれたシチリア島やサルデーニャ島など約90の島々から成りたった国である。そして、国内は20の州(regione)、100以上の県(provincia)、さらには市町村にあたる約8,000のコムーネ(comune)に区分されている。日本の場合、明治になり廃藩置県となったが、それでも今なお「藩」の名残を残す日本とよく似ている。これ以上説明する必要はないと思うので省いていくが、イタリアの観光も都市国家の歴史・文化を踏まえた産業となっていることにある。ちなみにフランスがテロなどから観光客数が減少する中、イタリアは伸びており5237万人ほどとなっており、日本における目標4000万人にとって一つのお手本となる国である。話を戻すが、イタリアのコムーネには都市国家の歴史を受け継いだ地域が多く、都市ごとに見ていくと、それぞれが独自に特徴的な伝統産業を発展させてきていることがよくわかる。例えば、

・トリノ:1899年創業の自動車メーカー「フィアット」(FIAT)が、国内最大の企業グループへと急成長を遂げたことにより飛躍的に発展した都市である。周知のフィアットはフェラーリ、アルファ・ロメオなど国内自動車メーカーを次々と傘下に収め、1990年代には海外にも市場を拡大。日本でいうならば、愛知におけるトヨタ自動車のような地域である。
・ジェノバ:海洋都市国家として繁栄し、ベネチア、ピサ、アマルフィとともに四大海洋都市として地中海の覇権を争ってきた。イタリア最大の貿易港でミラノやトリノの工業製品を輸出。日本でいうと、千葉、名古屋、横浜ということになるが、貿易額では成田空港ということになる。
・ミラノ:北部イタリア最大の工業都市であるミラノはブランド創造都市である。アパレル業界が価格競争になり、ミラノもその渦に巻き込まれ低迷してはいるが、そのデザイン世界は今なおブランドとして世界に発信している。
・フィレンツェ:伝統手工芸として上質な革製品の製造都市であり、周知の「グッチ」(GUCCI)や「フェラガモ」(Salvatore Ferragamo)などが創業の地でもある。
他にもベネチアのガラス産業、観光都市ローマ、「食」の中心ナポリ、このように歴史・文化を受け継いた産業がイタリアを成長させてきている。

以上のように簡単にイタリアとの相似点を指摘して見たが、本来であれば政府観光庁が観光日本のグランドデザインを行うべきであるが、そうした構想の前に訪日外国人客が押し寄せてしまったというのが実情である。また、数年前から地方自治体にあっては外国人客を誘致するために観光部門に外国人を採用したり、誘致したい国のブロガーなどを招いて集客を行っており、それなりの成果は上がってきているかと思う。ただ、前回の結論として少し触れたが、後手後手に回ってしまった日本観光に対し、回数化を測るためには先行した観光客、日本オタクの観光客が何に興味を持ち、オタク化していくかを見極めて観光政策として全体化していくことが必要になっている。そうしたオタク客の裾野を広げるためには、観光コンテンツにおけるテーマ化、その物語化が重要になっているということである。この物語化とは観光の産業化であり、エリア全体として取り組む必要があるということである。

産業化の構図としては、以前から地域おこしによく使われるキーワードとして「6次産業化」がある。周知のように、1次産業(生産)、2次産業(加工製造)、3次産業(流通)を全体として行うことを6次産業化というが、観光産業に置き換えるならば、1次産業は観光地などの資源整備や保全であり、2次産業はそれら資源のテーマ物語化・プログラム化・メニュー化であり、3次産業はそれらをどうサービスしていくかということになる。これら全体を一つのものとして実行していくのが観光の産業化ということになる。
つまり、どこにでもある田舎・地方をどこにもない田舎・地方にする試みのことである。例えば、京都府の京丹後伊根町に小さな漁村がある。舟屋のある町として知る人ぞ知る観光地であるが、その舟屋は海辺ぎりぎりに建ち並び、1階が舟の格納庫の他に、漁具などの物置場として使われており、2階は住居となった機能的な建物である。実は旅行ガイド本「ミシュラン・グリーンガイド」日本編に、京都府から天橋立(宮津市)と伊根の舟屋(伊根町)の景観が、いずれも「二つ星」の評価で新たに掲載され、訪日外国人観光客が押し寄せてきたということである。重要伝統的建造物群保存地区に指定された街並みも素敵だが、遊覧船による海上から見る『伊根湾めぐり』も用意されていて、伊根の舟屋物語を満喫できるようになっている。最近では空き家であった舟屋をリノベーションした宿泊施設やおしゃれなカフェも出来てきているようだ。テーマという表現をするとすれば、これは伊根町観光協会のコピーにも出ているフレーズであるが、「海の京都 和の源流をめぐる旅」とある。ある意味、京都市という観光表通りから京丹後地方という路地裏のミニミニ観光地ということになる。アクセスするには少々不便ではあるが、であればこそ「ここにしかない漁村」が今尚残っており、小さな観光名所になるということである。こうした試みは飽和状態にある京都観光の分散化・広域化につながっていることは言うまでもない。

ただイタリアも京都もそうであるが、観光客が押し寄せることによる問題も生まれている。それは観光ビジネスにおける利害対立というより、地元住民と観光客との間で起こる多様な軋轢である。交通利用におけるマナーやルールから始まり、違法民泊による住民とのトラブル、更には街中の混雑・騒音・・・・・・・。実は町歩きの第一歩が上野裏の谷根千(ヤネセン)であったが、7年前既に谷根千は観光地化しており、地元商店街・住民との間で問題が指摘されていた。以前、谷根千の旅館「澤野屋」はどこよりも早く訪日外国人を受け入れ地域全体で「もてなしてきた」とブログに書いたことがあった。全体としてはこうした受け入れをしている地域であるが、例えば谷中ぎんざ商店街の中には地域住民の生活に必要なもの売る小売店もあれば、観光客相手の店もある。その象徴であるが、地元住民相手の総菜店には200円の格安弁当が売られ、観光客相手には200円の食べ歩き用のメンチカツが売られる、という状況が生まれている。誰を顧客とするのかという問題であるが、こうした状況は大阪の黒門市場にも起きている。黒門市場は寺社の境内に魚の行商が集まり鮮度もよく安いということから生まれた住民顧客向けの市場であるが、数年前から訪日外国人が押し寄せるという一大観光地へと変貌した。結果どういうことが起きているか。訪日外国人による混雑と、小売価格の上昇、こうしたことから地域住民は黒門市場から離れて行きつつある。

日本におけるインバウンドビジネス拡大の主要な背景・要因が明確になってきた。従来から言われてきたように、円安に加えて世界的なLCCやクルーズ船の旅の急拡大、つまり以前と比べて格段に行きやすくなったことによる。そして、その増加の裾野の消費傾向は日本人の生活と同じようなことをしてみたいという体験の旅となる。日本は長引くデフレ下にあり、訪日外国人にとって安く済むパラダイスのような旅を満喫できるということである。繰り返しブログにも書いてきたように、日本人の日常的なライフスタイル、ごくごく普通の生活を同じように体験してみたいということである。トリップアドバイザーのお気に入り日本レストランのランキングにも出てきているが、その多くはご近所住民が日常利用しでいる普通の飲食店である。勿論、訪日外国人向けの特別価格などではない。そんな特別なことばかりしていくと、地域住民だけでなく、その事実を知った訪日外国人はすぐさまSNSに投稿するであろう。

「ここにしかない地域」を観光地とするのであれば、ありのままの「生活文化」を提供するということだ。海に囲まれた日本には約2800ほどの漁港、後背集落は約6300、共に減少傾向にある。勿論、沿岸漁業の不振、高齢化、結果過疎化の象徴でもあるが、京丹後伊根町のような特色ある「生き方」もある。ちなみに、伊根町は922世帯、人口2135人という小さな漁村である。観光協会のHPには「ディープな伊根を旅してみよう」とある。過疎化の進む地方であるが、逆に考えれば豊かな自然が残り、歴史文化があちらこちらに残っている。伊根町の近くには浦嶋太郎伝説が残る「常世の浜」がある。舟屋だけでなく、浦島伝説という物語体験もまた面白い。(続く)
追記 冒頭の写真は伊根町観光協会の写真を掲載したことをお断りしておく。  


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2018年05月06日

日本観光「進化」への視座 

ヒット商品応援団日記No712(毎週更新) 2018.5.6.

やっと日本のインバウンドビジネスの方向がビジネスは勿論のこと社会的にも認識されてきた。これはまさに訪日外国人客の消費という「需要実績」によって、それまでのパラダイム(価値観)が変わってきたということである。
昨年秋に書いたブログにそれまでのゴールデンルート(成田ー東京ー富士山ー京都)といった日本観光初心者定番の観光から、これもかなり前から書いてきたことだが「個人旅行」あるいは「リピート観光」が半数を超え、それまでの観光内容がガラッと変わってきたと。その象徴的キーワードが「西高東低」と表現されてきている。「東」とはゴールデンルートから、「西」は大阪を中心とした西日本への需要拡大という観光先が変わり広がってきたということである。私の言葉でいえば、それまでの浅草寺・富士山観光、寿司・すき焼き体験から、日本人の日常的な生活文化観光への進化である。その象徴が一昨年からの「桜観光」人気であった。ある意味東京ディズニーランド&京都といった「表通り」から、大阪を中心とした地方という「横丁路地裏」への進化でもある。

観光も回数を経てくるとより目的が深まっていく。あるいはその観光体験の中から新たな関心事も生まれる。スタート当初の団体・パック旅行から、その目的に合わせた個人単位、仲間単位、家族単位の「個人旅行」へと変化してくる。日本への滞在時間も長くなり、費用もかかることから宿泊費を抑える傾向も生まれる。面白いことに、日本旅館・露天風呂の体験が主目的の場合、相応の費用になるが、それ以外の宿泊は安価なゲストハウスで済ますといった具合である。交通についてもそれまでのタクシー利用から鉄道やバス利用へと変化してくる。食事についても宿泊ホテルや旅館の食事から、体験してみたい街場の飲食店を探し出して食べに行くこととなる。こうした観光行動を可能にしているのがスマホであり、トリップアドバイザーや各国の日本ガイドサイトを検索しながらということになる。3年ほど前の訪日外国人の要望の第一がWiFiの設置であり、スマホ片手の旅スタイルは世界標準になったということだ。こうして不思議の国日本巡りの旅に向かうということである。

さてこうしたインバウンド市場の経過を見て行くと、その目標は更なる「回数化」「リピーター化」ということになる。このことは日本人顧客のリピーター化とそれほど大きな違いはない。ただ顧客の興味関心事は常に変化して行く環境下にあることを忘れてはならない。それも世界規模においてである。こうしたインバウンドビジネスの一つの先行事例となっているのが北海道ニセコのスキー場である。今からかなり昔になるが南半球オーストラリアのスキーオタクが季節的には真反対の日本、しかも世界でも珍しい雪質、パウダースノーというスキー場を目指して通ってきたという経緯がある。当時はまだまだ一部の熱烈なフアン・オタクで、地元も含めインバウンドビジネスとしての可能性について言及されることはなかった。。ちょうど20数年前の秋葉原、アキバにアニメオタクの訪日外国人が来日していた構図と同じである。それがどう変化してきたか、2016年には標準地の地価公示値上がり率が19.7%で全国1位(国土交通省調べ)になり、その後も上昇が続いている。スキー客の増加を見込んでのホテルや別荘の開発が進んだ結果ということだ。ニセコ倶知安町役場の統計資料によると外国人が住み始めたのは2003年ごろからで、当時49世帯60人が住民登録をしている。リーマンショックで少し落ちたものの、その後回復。2017年2月時点では1400世帯が住民登録をしている。町全体の世帯数が8973世帯であることから約15%が外国人世帯という割合だ。ある意味スキーオタクがアキバと同じようにように世界中から集まったということだ。

このようにオタクが先行した「需要」が地方創生にもつながった事例である。勿論、オタクが全てこのような結果に繋がるとは限らない。そもそもオタクが誕生するのは、アキバにアニメやコミック関連の専門店が集積し、「好き」を母体に誕生したように、他に変えがたい極めて強い「特殊世界人」として振舞うことからであった。単なる「好き」を超えて、単なるマニアを超えて、そのこだわり度に違いを見つけようとした特殊性に身を置いた人のことをオタクと呼んだのである。つまり、”自分は単なるマニアじゃないよ”と差別化する必要が生まれる土壌があってオタクは誕生する。誇らしげに”ニセコの雪質と出会ったら他では滑れない”という仲間が次第に増え、結果地方創生にも繋がったということである。アキバの雑居ビルから生まれたAKB48の場合はこのオタク心理、例えば「自分は指原フアン」といった特殊性をシステム化したのがいわゆる「総選挙」である。つまり、オタク同士を競争させて「違い」「こだわり度」を創る仕組みを内在化させたということである。こうしたオタクの言説がSNSをはじめとしたメディアに載ることによって「いいね」が拡散し、更にオタク予備軍も生まれる。しかし、後に同じようなアイドルグループが生まれ、AKBは乃木坂46にその人気度が超えられたとも言われている。いつかその背景について書くこととするが、こうした「オタクマーケティング」は時代と共にまた変化して行くということだ。
20数年前までは「キラーコンテンツ」というキーワードがマーケティングの中心を占めていたことがあった。他に変えがたい固有性、オリジナリティこそが市場を創って行くという主旨であるが、今日のマーケティングはこの「キラーコンテンツ」という魅力がどこにあるかを探すこと、その隠れた小さな「芽」こそがオタクというわけである。

この2年ほどで「桜観光」はキラーコンテンツ足り得ることがわかった。その花見は美しさを愛でることと同時に、桜の下での家族や仲間との宴も楽しみの一つであることもわかってきた。そして、それまでの日本の名所との組み合わせ、例えば富士山と桜、さらにプラスαといったインスタ映えを狙った観光客も出てきた。問題なのは、桜の開花時期は限られていることから、ある時期だけ観光客が殺到することとなる。花見ならぬ、人見で終わる事態が出てきており、京都ではそのことを嫌って日本人観光客が減る傾向にあると。京都では分散化を考えているようだが、それほど簡単なことではない。
観光の回数化を前提としたその広域化、分散化という課題であるが、少し前のブログにも書いたが、青森などの試みは面白い。それまでの発想であると県内だけで観光を終えてしまいがちであるが、新幹線を利用して函館をも旅先にした試みである。県をまたぐもの、それは移動の楽しみをも組み込んだ「テーマ」ということになる。雪に触れることの少ない台湾観光客には冬の青森の雪は新しい体験であり、事前の理解と共に旅のプログラムさえきちんとすれば、これも日本ならではのキラーコンテンツ「体験旅行」になるということだ。この旅には居酒屋での民謡を楽しむことも含まれているようだが、津軽三味線も郷土芸能として他にはないものとなる。テーマは「冬の津軽の旅」ということになる。冬の津軽を満喫した観光客には、「5月には春の桜、弘前へどうぞお越しください」となる。これが回数化である。

つまり、このように間違いなくテーマ観光へと向かうことになる。先日のTV報道によれば、一昨年から大阪西成のドヤ街の再開発が盛んになり、多くのゲストハウスが出来てきた。一泊5000円未満(素泊まり)の施設が多く、支出の多くは交通費と飲食代に当てるという。そして、できる限り長期に滞在するつもりで、その日は京都に花見に行くという。スタイルとしてはバックパッカー風であるが、取材されたその訪日外国人は日本オタク予備軍とでも表現できる人物であった。そして、この西成にはトリップアドバイザーにおける人気No1レストランとしてお好み焼きちとせがあることも象徴的である。
これからこうした日本観光の進化の経過をレポートして行くが、観光資源という言い方をすれば以下の3つに整理することができる。
・日本固有の自然 例えば 冬の白川郷から庭園や盆栽まで
・日本固有の歴史・文化 例えば城から酒蔵巡りまで
・日本固有の人物 例えば武道・芸道から伝統工芸の職人まで
・更にはアニメ映画やファッションなどの聖地巡礼観光へ
勿論、恐らく世界の日本食ブームも更に進化し、寿司やすき焼きといった「食」ではなく、日本人が日常食べている「食」へと分化し、テーマ化して行くであろう。例えば、「あの博多の〇〇ラーメンを食べに」、更に進化して行くとすれば、日本人にもその傾向が見えてきている「博多の屋台食べ歩き」といったテーマなんかは面白い。言わば博多夜市ということである。また、桜観光はキラーコンテンツ足り得ることが明らかになったが、温泉、銭湯といった温浴観光もその可能性は高い。但し、SNSの問題点でもあるのだが、インスタ映え観光地、インスタ映え飲食店、インスタ映え体験といった「ひととき観光」で終わるのか、更なる進化を遂げ回数化が測れるものなのか見極めることが重要となる。そして、その時重要になるのが、やはりテーマの進化物語づくりということになる。(続く)
  


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2018年04月29日

名脇役が物語を創る 

ット商品応援団日記No711(毎週更新) 2018.4.29.

衣笠祥雄さんが亡くなった。昭和の時代、プロ野球が国民的スポーツとして観戦した時代のヒーローの一人であった。多くのスポーツ紙を始めTVメディアもこぞって衣笠祥雄さんの「感劇」した一つ一つの場面を思い起こさせてくれた。再来年のオリンピック競技種目を見てもわかるように、この時代のスポーツは多様なスポーツの時代ではなく、ある意味プロ野球は国民的なスポーツであり、それはちょうど TVメディアが絶頂期であった時代でもあった。誰もが野球中継のTV画面に釘ずけになった時代で高視聴率を上げた時代でもあった。

ドラマ、それは少々陳腐な表現になるが、何が起こるかわからない、筋書きのない物語のことである。それが目の前で繰り広げられる光景に、心動かされる物語のことである。それは前以て作られる未来ではなく、プレーをする当事者ですらわからない未知の世界のことである。そして、この時代、1970年代から1980年代にかけた時代は、高度経済成長期のいざなぎ景気を終えても日本経済は成長し続けていた時代で、オイルショックはあっやものの人も、街も活気があふれていた時代であった。歌謡曲が時代を映し出していたように、野球もまた時代という大衆の心もようを映し出していた。そうした意味において、大きな物語の時代であり、「国民的」という表現の意味通り時代が求める共通関心事が大きかった時代でもあった。

衣笠祥雄さんの野球人生、「鉄人」と呼ばれたように連続試合出場の世界記録を果たしたり、デットボールを食らっても痛みの表情すら見せずに一塁に向かう、野球界には珍しい優しい人間性を持った人物であった。こうした逸話はすでにスポーツ紙が訃報と共に書いているのでことさら書き加えることはない。あるとすれば1979年11月の日本シリーズ、弱小球団同士の広島カープと近鉄バッファローズの試合を興奮してTVを見ていたことを思い出す。そう、あの山際淳司が翌年1980年に書いたドキュメント「江夏の21球」(文藝春秋、「ナンバー」)である。「近鉄対広島」第7戦の9回裏の江夏豊が投げた21球だけをドキュメントしたもので、従来のスポーツエッセイにはまるでないものであった。そのときのバッターや監督や江夏自身に取材しながら構成したものである。
 江夏はスクイズをフォークに見えるような下に落ちるカーブではずして、3塁走者を殺し2アウトをとり、さらに最後の打者石渡を三振に切って落として広島を優勝に導いた。後にNHKスペシャルにおいても取り上げられスポーツの楽しみ方、「感劇」の仕方を教えてくれたものである。

私の場合、実は山際淳司が書いた「江夏の21球」とは異なる一フアンとしての見方をしていた。一フアンとは広島ではなく、近鉄、いや監督である西本幸雄のフアンであった。西本幸雄は広島と同様プロ野球のお荷物球団と言われた弱小球団であった阪急及び近鉄を優勝できるチームに育て上げた名監督である。その指導力は後の広岡監督や野村監督などプロ野球界で広く認められるものであった。その野球への情熱は時に選手への鉄拳制裁に見られるように批判を招くものであったが、それは愛情溢れるもので選手も良く分かっていた、そんなリーダーであった。1979年の日本シリーズの前年のオフにはそうした批判を含め監督辞任を表明したが、「俺たちを見捨てないでくれ!」と選手に引き止められて辞任を撤回し、翌年日本シリーズに向かうのである。「今の時代」であればパワハラ扱いされるかもしれないが、それは理にかなったハードな指導で、西本のように殴りこそしないものの、日本のラグビーを世界レベルに引き上げたエディヘッドコーチや日本女子シンクロの井村雅代コーチも実は同じ指導法である。選手への愛情があればこそのハードな練習であり、指導であるということである。
2011年悲運の名将西本幸雄の葬儀で当時日ハム監督の梨田昌孝はその弔辞で『近鉄に入団して3年目の74年に、西本監督が阪急から移ってきた。「お前らがいたから近鉄に来たんや」と声をかけられ「3年で1000万円プレーヤーにする」と約束された。厳しい指導のもと、それは現実となった。』と。更に『開幕前日の4月11日のこと。電話口で叱咤されたとも。斎藤佑樹、あいつの投げ方はあかん。電話を切ろうとすると「待て、中田翔のバッティングや」と続いた。90歳のアドバイスは、30分に及んだという』。そんな人物が西本幸雄という人間である。

ところで、私の1979年の日本シリーズ物語は、舞台はこの一戦で優勝が決まる大阪球場、出演者は主演は江夏豊と西本幸雄、そして助演は衣笠祥雄さん。筋書きのない物語、何が起きるかわからない、どんどん引きずり込まれる劇であった。西本フアンとしては「打ち勝つ野球」で優勝して欲しかったのだけれど、満塁の場面で「江夏の21球」にもあるように江夏の投げた17球目のスクイズが空振りになり3塁走者が挟殺され、物語は終わったなと感じたのを今でも思い出す。そして、西本監督に勝たせてあげたかったと思ったことも。以降、あのスクイズ失敗について多くの議論が巻き起こった。
この満塁劇にあって、多くのドラマが生まれていた。このドラマについてはウイキペディアに詳細があるので引用することとする。

『「同点にされたらもう負ける」と考えた古葉は、1点もやらないという狙いのもと、吹石の盗塁を覚悟の上で前進守備を選択した。ネット裏の野村克也の目には、この前進守備は危険な選択として映った。
これと同時に、古葉監督はブルペンに北別府学を派遣。この時ブルペンでは既に池谷公二郎も投球練習をしていた。ブルペンが動くとは思っていなかった江夏は、これを見て「オレはまだ完全に信頼されてるわけじゃないのか」と内心で憤り、「ここで代えられるくらいならユニフォームを脱いでもいい」とまで思った。』

この時衣笠は一塁からマウンドで苛立つ江夏に駆け寄り言葉をかける。「お前がやめるならオレもやめてやる」。そう声をかけられた江夏は「生え抜きのサチが…」と感激。これで落ち着きを取り戻し、カーブの握りのままスクイズを外す投球を見せ、名場面を生んだ。「あの苦しい場面で自分の気持ちを理解してくれるやつが1人いたんだということがうれしかった。あいつがいてくれたおかげで難を逃れた」と、後ににそう話している。

衣笠さんは江夏豊、西本幸雄という主役に対し名脇役ということになる。いや日本プロ野球の偉大な脇役であったということである。名脇役が物語を創る。脇役が生きる時代は素敵である。主役だけでは物語足り得ない。それは何故か、名脇役がいることによって物語は更なる「意味ある世界」へと広がり、それを私たちは人間ドラマと呼ぶが、多くの共感に結びつくからである。衣笠さんの訃報に接し、江夏は「しょうがない。順番だから…。一つ言えるのはいいやつを友人に持ったなということ。本当に俺の宝物だった。こんなに早く逝くとはね…」と。続けて「どっちみちワシもすぐ追いかける。向こうの世界で野球談議でもするよ」と寂しそうに話したとスポーツ紙は報じている。物語は伝説となって続いていくということだ。(続く)
  


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2018年04月22日

「意味」を理解できないAI (人工知能)

ヒット商品応援団日記No710(毎週更新) 2018.4.22.

AI画像今話題となっている『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(新井紀子著、東洋経済新報社刊)を読んだ。加熱するAI(人工知能)ブームにあって、AIのできること、できないことを、数学者であり、周知の「東ロボ」推進のリーダーで実験してきた人物でもあって興味深く読んだ。結論としては、AIは計算機であり、数式(論理、確率、統計)、つまり数学の言葉に置き換えることのできないことは計算できない。AIが自らの力で人間の知能を超える能力を持つシンギュラリティ(技術的特異点)が来るという言説は、すべて誤りであると。極めて常識的な結論であるが、分かりやすい言葉でそのできない理由が説明されている。そもそもAIは「意味」を理解できないという事実を持ってAIのできること、できないことを機械翻訳、自動作曲、画像認識などの例を挙げて整理説明してくれている。
例えば、今流行りの音声認識応答システムSiri(シリ)の実例を挙げて、「この近くのおいしいイタリア料理の店は」と問いかけ、次に「この近くのまずいイタリア料理の店は」と問いかけても同じ店が推薦される。つまり、「おいしい」と「まずい」の違いがSiriにはわからないということである。当たり前のことだが、言葉には記号の羅列以上の「意味」があり、AIには観測できないということである。勿論、それを持ってAIはダメであるといった論議になることではない。Siriも進化し、店内の雰囲気やメニュー写真を並べ、「好み」に合う店であるかどうかを提示してくれる。これで一応使える音声認識応答システムにはなるのだが、本質論としてはシンギュラリティ(技術的特異点)が来るということはないと指摘している。
そして、この「意味」が理解できなき中高生がいかに多いかという学校教育の問題を指摘している。具体的に全国読解力調査の事例をもとにいかにこれまでの詰め込み教育がダメであったかを指摘している。それは読解力にとどまらず常識、当たり前と思っていることがいかに理解できないかをも指摘し、読解力と偏差値教育の弊害というテーマで締めくくっている。

ところでAIの限界としてこうした「意味」の理解と共に人が持っている「感情」は更に理解不能になるということである。具体的ビジネスに置き換えて考えていくとわかるが、サービス業という顧客の気持ちを大切に考える場合はどうかというと、数年前にHISによるハウステンボスに「変なホテル」が誕生し接客にロボットが登場し話題になったことがあった。確かに安く泊まれるという生産性の高いホテルではあるが、これはロボットを娯楽の一要素として、いわばエンターテイメントホテルとして作られたものなので、AIのシンギュラリティ(とは異なるものである。ホテル業務の約7割をロボットが行う省力化の一つとして実施されており、人に替わるAIとは異なるものとしてこうした試みは進化していくであろう。ちなみにHISは2019年3月にかけて、東京・築地や大阪・心斎橋など10カ所で開業すると発表している。その概要として、100~200室規模で、観光客やビジネス客の取り込みを狙うとし、料金は2人1室で1人1万円以下を見込んでいるという。
こうしたホテル業にロボットを導入した事例はHISが初めてであるが、これからは多くの業種の随所にこうした技術による生産性向上は進んでいくこととなる。数年前に問題となった深夜の「ワンオペ」という人に過重労働を強いることによる生産性向上ではなく、調理など裏方への自動化・省力化はかなり進んでいる。例えば、けんちん汁など具材が沢山使われているものなどはセンサーによってひと椀に均等に具材が入るように自動化されている調理器具などはかなり前から既に開発されている。人の手によるものより数段上手に盛り付けられるということである。

こうした「人手」を無くしていくことのなかにAIを置きがちであるが 、実は真逆の方向に向かって進みがちである。10数年前から日本のサービス業の生産性が低すぎるとの指摘ががあり、「おもてなし」は過剰サービスであるとの考えがある。それはサービスの本質理解がなされていないことで、ちょうど「意味」が理解できないAIによるサービス、顧客の気持ちがわからない、読解力のないサービスに向かうということとなる。顧客の気持ちに応える本来のサービスとは言えないということである。勿論、前述の「変なホテル」のようにロボットサービスを一つのエンターテイメントとして活用することを排除するものではない。逆に、こうしたアイディア・工夫によって生産性を上げ、安く宿泊できるサービスも一つのサービスの在り方である。今までのホテル・旅館業における生産性の上げ方と言えば、例えばチェックイン・チェックアウトといった時間帯にはフロントサービスを行い、その他の時間帯では部屋や温泉などの清掃といった他の仕事に従事するといった一人で二役三役といった方法、いわば店舗経営におけるアイドルタイムの有効活用・二毛作三毛作と同じである。但し、これらを可能とするのも「人」であり、数年前からのブラック企業・ホワイト企業論議に行き着く。以前、競争時代の違い作りに触れ最も大きな「差」づくりは「人」であるとし、生活雑貨専門店のロフトにおける事例として次のようにブログに書いたことがあった。

『確か7~8年前になるかと思うが、生活雑貨専門店のロフトは全パート社員を正社員とする思い切った制度の導入を図っている。その背景には、毎年1700名ほどのパート従業員を募集しても退職者も1700人。しかも、1年未満の退職者は75%にも及んでいた。ロフトの場合は「同一労働同一賃金」より更に進めた勤務時間を選択できる制度で、週20時間以上(職務によっては32時間以上)の勤務が可能となり、子育てなどの両立が可能となり、いわゆるワークライフバランスが取れた人事制度となっている。しかも、時給についてもベースアップが実施されている。こうした人手不足対応という側面もさることながら、ロフトの場合商品数が30万点を超えており、商品に精通することが必要で、ノウハウや売場作りなどのアイディアが現場に求められ、人材の定着が売り上げに直接的に結びつく。つまり、キャリアを積むということは「考える人材」に成長するということであり、この成長に比例するように売り上げもまた伸びるということである。』

人口減少時代にあっては至極当然の経営である。「省力化・自動化」も、「人の成長」も、同じ生産性の向上という課題に向かう不可欠な方法である。以前、人手不足から深夜営業の廃止が続くなか、ホワイト企業の代表事例として「富士そば」を取り上げたことがあった。東京に生活していれば知らない人はいない24時間営業の立ち食いそば店である。富士そばではその経営方針として「従業員の生活が第一」としている。勿論、アルバイトも多く実働現場の主体となっている。そして、従業員であるアルバイトにもボーナスや退職金が出る、そんな仕組みが取り入れられている会社である。ブラック企業が横行するなか、従業員こそ財産であり、内部留保は「人」であると。そして、1990年代後半債務超過で傾いたあの「はとバス」の再生を手がけた宮端氏と同様、富士そばの創業者丹道夫氏も『商いのコツは「儲」という字に隠れている』と指摘する。ご自身が「人を信じる者」(信 者)、従業員、顧客を信じるという信者であるという。こうした経営理念・企業風土からは、どうしたら顧客に喜んでもらえるか現場から生まれたアイディアメニューが商品化されている。例えば、かき揚げそばとカレーライスといったセットメニューはどこでもやっているが、欲張りメニューとしてカレーライスとカツ丼を一つにした「カレーカツ丼」があるが、これも現場から生まれたアイディアと言われている。

製造現場であれ、サービス業であれ、これまで以上に単純化した労働はどんどん少なくなる。新井氏が言うように数学の言葉に置き換えることのできるような仕事は全て無くなっていくということである。課題は企業も人も「意味」を理解し何事かをつくっていく仕事、創造的な仕事に向かうということになる。ここに取り上げたロフトや富士そば以外にも多くの企業は、大きくは時代の変化、顧客市場の変化という「意味」を考えた経営である。
『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』を読んで思い出したのが、異なる視点からこの読解力の無さを心配したある作家の書籍であった。その本は「日本語が亡びるとき」(水村美苗著:筑摩書房刊)で、英語が地球の共通語になった時代にあって、豊かな近代文学を育ててきた日本語が亡びつつあるという、言葉に生きる作家らしい本格的な警鐘の評論である。著者は創作の傍ら米国のプリンストン大学で日本の近代文学を教えているいわばバイリンガルの人物である。であればこそ、母国語・日本語への思いは深い。繰り返し繰り返し国語教育の必要を説いている。読解力のない子ども達を育ててしまった学校教育の問題を指摘した新井氏と同じ思いである。
企業も人も、「意味」を問わなくなった時、それはAIにとって替わるということである。(続く)
  
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2018年04月08日

創られるものとしての「伝統」 

ヒット商品応援団日記No709(毎週更新) 2018.4.8.



大相撲の舞鶴巡業で挨拶中に倒れた市長を救命した女性に対し、「土俵から降りろ」とアナウンスがあったことが報道されている。
相撲は「女人禁制」が伝統と信じ込んでいる観客が騒いだことから、若い行司が慌ててアナウンスしたという経緯とのこと。人命と伝統どちらが大切かといった図式で論じられることが多いが、人命が何よりも最優先されるべきは当たり前のことであるが、そのことよりも相撲は「女人禁制」であることが伝統であると解説する相撲解説者が多いことに驚く。

私は今日のライフスタイルの原型の多くが江戸時代に創られていることからこの相撲という娯楽も考えてきた。少し前の暴行事件に際し、相撲は神事・武道、興行・娯楽、スポーツ・競技という3つの要素を併せ持った日本固有の伝統文化であるとブログも書いた。この3つの要素のなかで江戸庶民を惹きつけたのが興行・娯楽としての相撲であった。
相撲は江戸時代の中期になると歌舞伎や寄席、浮世絵といった人気娯楽の一つになるが、実は女人禁制と言われるが「女相撲」もこの頃広く娯楽として浸透している。勿論、まわしをつけての半裸状態での相撲である。元禄文化と言われるように爛熟した時代で、多くの見世物小屋が出来て、全国300箇所に及んだと言われている。この娯楽のコンテンツは新しい、面白い、珍しいもので極論ではあるが好奇心を満たせればなんでもコンテンツ・出し物としていた。サーカス、動物園、美術館、お化け屋敷、更には大道芸をごった煮にしたような感じで、蛇女などグロテスクなキワモノもあった。入場料(木戸銭)は32文(約640円)ほどで、歌舞伎のチケットが一番安くても100文(約2,000円)くらいだったことを考えても見世物は気軽に楽しめる娯楽であった。よく知られた見世物としては動物園があって、珍獣であった象やラクダなどが大人気あった。江戸に象が来たのは、好奇心旺盛な八代将軍吉宗の時で一年をかけて江戸に着いたと言われている。以降、文久3年(1863)にも両国西側で象の興行が行われている。
江戸の見世物の中心は浅草寺の裏手にある浅草奥山と、回向院の近くにある両国広小路であった。浅草には今も見世物小屋の名残を残した日本最古の遊園地「花やしき」がある。そして、この花やしきには今尚「お化け屋敷」が併設されている。

こうした見世物としての娯楽は明治になり、文明開化の名の下に、風紀上公序良俗に反するものとして軽犯罪法が施行される。いわゆるキワモノとしての女相撲の禁止、蛇遣いなど醜態を見世物にすることの禁止、夜12時以降の歌舞音曲禁止、路上における高声の歌の禁止などであった。こうした女人禁制に関する明治維新の事情については漫画家小林よしのり氏がブログに書いている通りである。
これを機会に日本の娯楽と共に相撲も大きく変わって行くこととなる。こうした娯楽・歓楽街の変化の歴史については「未来塾」(浅草と新世界)にも書いているのでご参照ください。しかし、「女相撲」についても昭和の時代にもまだまだ人気があって、興行として成立していた。そして、昭和30年代ごろまでは見世物小屋も寺社の縁日や酉の市などでは見られていたが、次第に廃れて行くこととなる。ネットで調べたところ新宿花園神社の酉の市の見世物小屋で知られる「大寅興行社」のみが今尚興行しているようである。相撲もいくつかの興行が統合され、「相撲会所」から今日の相撲協会へと近代化が進んで行く。

ところで相撲研究者ではないのでその近代化の歴史を踏まえての考えではないが、日馬富士の暴行事件についてブログでコメントもしたが、「大相撲」のコンセプトの明確化が今問われていると感じる。かなり前になるが横綱審議委員会の委員も務めた作家の内館牧子氏はこの相撲における女人禁制に関し、「伝統」の変革に触れ、歌舞伎の女形や宝塚歌劇の男役のあり方と同じで、男女平等という考え方を当てはめたら、それは歌舞伎でも宝塚でもなくなってしまう。つまり土俵に女性を上げたら大相撲ではなくなってしまうと発言したことがあったと記憶している。そして、コンセプトに関わることだが、内館氏は横綱こそ品格が問われるとした発言を朝青龍問題を踏まえ繰り返し発言していたことがあった。内館氏は著書『女はなぜ土俵にあがれないのか』で大相撲の土俵を物理的には簡単に乗り越えられる〈無防備な結界〉の一つであるとし,それを理解するのは知性や品性だと指摘している。ある意味、今日の大相撲のコンセプトを創ってきた一人である。見世物としての相撲に「品性」という概念を持ち込んだということである。確かに歌舞伎もそのルーツを辿れば出雲阿国は女性であったが、次第に遊女歌舞伎が広まり、風俗営業が伴っていて風紀を乱すことから禁止となり、今日のような男性が女役を演じることとなって行く。伝統は常に時代と共に変わって行くものであることは間違いない。

物語消費というマーケティングの視座からこの「伝統」を見て行くと、「相撲物語」を創造し、一つの伝承文化にまで高めようとの試みのように見える。しかし、「無防備な結界」という、私の理解では聖なる場所と俗なる場所とを分ける境目を越えることはできないという限定の考え方については極めて難解で、わずかの人間しか理解できない概念のように思える。結界はあの世とこの世の境目のことで、身近なものでは住まいに置き換えれば、暖簾やふすま、扉、あるいは縁側なども境界という意味では結界の一種である。こうした考えは神道信仰によるものと思われ、相撲コンセプトのコアとなっていると推測される。しかし、内館氏のように多くの人が知性と品性によって理解共感することは極めて難しいことだ。「伝統」というのであればその根拠がわかりやすいことが前提となる。相撲における女人禁制は因習・しきたりであり、時代によって変えることはそれほど難しいことではない。よく伝統文化と言うが、文化であればその「物語」が明確でなければならないと言うことである。内館氏の言うような難しさが女人禁制を男女差別ではないかといった指摘もまた生まれることとなる。

そもそも「伝統」は既にあったものなのか、あるいは創られてきたものなのか、どちらかであることが明確にされることが必要である。歌舞伎の場合は出雲阿国から始まるかぶき踊りは遊女屋で取り入れられ(遊女歌舞伎)全国に広がるが、後に江戸幕府によって禁止され、女人禁制・女形が生まれることとなる。このように歌舞伎の場合は創られ変化してきたものとなる。結果、今日のように時代の変化に合わせた多様な楽しませ方が取り入れられて行くこととなる。
一方、相撲はどうかと言えば、神道における神事の儀礼的なことが土俵を中心に行われているが、そうした根拠は江戸中期から始まるが本格的には明治時代からである。古代の相撲は古事記にも出てくるように武芸・武術で命をも奪うものであった。奈良時代には宮中行事の一つとして行われ、中世には武家相撲へと変化して行く。このように常に変わっていったのが相撲であり、その歴史経緯から見れば今日の「大相撲」は伝統ではなく、因習・しきたりとしての女人禁制となる。

このブログの中心テーマの一つであるインバウンドビジネスにおいてもこうした「物語」づくりにおいても同様である。例えば、相撲は訪日外国人にとって興味ある日本文化の一つだが、内館氏の言う知性と品性を求めることは極めて難しい。更に言うならば、「大相撲物語」の根拠となる神事の理解も極めてわかりにくい。ただ、地方巡業などでは観客とは身近で小さな赤ん坊を力士に抱っこしてもらうフアンサービスがあるように、赤ん坊は元気に育つといった「因習」が広く残っている。勿論、こうした縁起の良いとされる因習を誰もが心底信じているわけではないが、これも大相撲における神事につながるわかりやすい小さな物語である。つまり、物語は理解と共に共感されることが必要で、過去そうであったからという理由で繰り返すことに身を委ねて行くことの中に伝統はない。伝統は多くの顧客の理解共感者によって育てられ、文化という物語が創られ継承して行くものである。そのためにはわかりやすい物語であると共に、時代の共感者、相撲であれば次の時代の顧客となる女性と訪日外国人の理解と共感によって変えて行くことが必要ということだ。相撲に限らず、企業活動において同様であることは言うまでもない。
今回の女性看護士さんによる土俵に上がっての人命救助を伝統と対比させるのではなく、大相撲は時代の要請にしたがって日々創られ変化していくという原点に立ち返るべきであろう。つまり、求められて変わる大相撲ということである。(続く)  


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2018年04月01日

「四季の国」というコンテンツ  

ヒット商品応援団日記No708(毎週更新) 2018.4.1.

砧公園


東京では今年の花見はほぼ終え、桜前線は東北へと移った。例年であれば、花見弁当など季節の旬やアイディアが話題となるのだが、今年の話題の中心は花見を目的とした訪日観光客の多さであった。特に、上野公園に集まった花見観光客の半数が訪日観光客ではないかと言われるほどの混雑ぶりであった。勿論のこと、そのほとんどがリピーターで、桜観光が目的で来日し天気も良く日本美を満足されたことと思う。
少し前に観光の概念が変わってきたとブログに書いた。その主要な変化として、山陰地方と青森を例にあげて、日本の裏側・路地裏観光、つまり地方観光が本格的に始まり、地方創生の新しい芽が出始めたという主旨であった。実は表と裏という表現を使うとすれば、もはや表も裏もない狭い日本の至るところが「観光地」になり始めたということである。今までの日本観光のゴールデンルートのコアとなっていた「富士山」や「京都伏見稲荷・清水寺」から「桜」へと変化し、その変化の先には「四季の国」という観光コンテンツが見え始めたということである。その桜の花見は日本固有のものであり、「日本さくら名所100遷」がある様に、全国いたるところで花見が楽しめる国である。

ところで一番重要なのがその「観光コンテンツ」についてである。桜の花見が象徴している様に、日本は世界で唯一の四季のある国である。四季の変化についてはニュージーランドも近いと言われているが、これほどまでにはっきりとした四季の変化がある国は日本だけである。よく言われているように「春は桜、夏は海、秋は紅葉、冬は雪」、しかも小さな島国日本にはすぐ近くに海があり、山もある。国土の7割が森林で、北と南に細長い国だ。
日本には「五風十雨(ごふう じゅうう)」という言葉がある。五日ごとに風が吹き、十日ごとに雨が降る意味で湿潤で豊かな風土を表した言葉である。こうしたことから、気候が温暖で、世の中が穏やかに治まっていることの意味もある。こうした言葉に象徴されるのが自然が持つ「旬」という概念である。日本人の精神世界にはこうした豊かな自然に対し八百万信仰があるように、万物には聖霊が宿り、自然との共生が基本となっている。例えば、桜は開花から10日余りで満開となり散り始める。その艶やかさとと共に儚さをも感じるのが日本人である。そんな桜は愛でるものであって、そこから花見を始まっているということだ。ここに日本文化の土壌がある。

四季というコンセプトによる観光地化は今始まったばかりである。この四季の日本にあって、冬の日本においても既に数年前からインバウンドビジネスが始まっている。先日地価の公示価格において北海道のニセコが全国一上昇していると発表されたが、パウダースノーという雪質の良いニセコは以前から世界中のスキーオタクにとって人気のスキー場となっていて、訪日スキーヤー向けのホテルや別荘需要がらの地価上昇であった。こうした地域は長野の白馬でも起きており、また兵庫の新設スキー場「峰山高原リゾート」がオープンし、新潟では閉鎖した施設が「ロッテアライリゾート」となり、11年ぶりに同日再開業している。これらスキー場も雪に馴染みのないタイ、ベトナム、中国などアジアからの旅行客が訪れているという。

夏は海のレジャーとして既に多くの訪日観光客が沖縄を訪れている。5年ほど前から本島のみならず石垣島を始め離島にもリゾートホテルの建設ラッシュがあった。それまでは日本人観光客の夏のレジャー、あるいは中学生の修学旅行先としてある意味低迷していたが、訪日観光客という新しい需要によって沖縄も一つの転換点を迎えている。
そして、夏の観光コンテンツと言えば、やはり全国各地に残っている祭であろう。人口減少、過疎に悩む地方において、祭も衰退の瀬戸際に立たされていることは事実である。しかし、祭は今後は訪日観光客の観光コンテンツの一つになることは間違いない。そして、恐らくその入り口となるのが夏祭の一つとなっている花火であろう。訪日観光客を驚かせているものに、浅草雷門の巨大提灯や大阪道頓堀の巨大ネオン看板があるように、花火もそうした驚きの一つになり得るイベントである。しかも、これも花見と同じ夏の風物詩で、日本人観光客向けには花火観劇ツアーが組まれているが、少しづつ地方の花火大会にも訪日観光客が増えて行くであろう。

さて秋は紅葉ということになるが、春が桜の花見というハレの日の生活行事であるとすれば、秋の紅葉はケの日の落ち着いた生活行事になる。例えば、奈良をはじめとした古い寺社巡りなどが観光コンテンツとなるであろう。そして、食において四季それぞれの旬があるが、中でも一番豊かな食と出会えるのが秋である。特に、全国各地特色のある郷土食が味わえるのが秋であり、温泉などとセットにしたメニューなども人気となる。

つまり、このように少し考えてもわかるように、日本人自身が忘れていた「日本」を思い起こさせるものばかりである。都市生活にどっぷりと浸かりきった現代人にとって、四季という季節のメリハリを感じることは少ない。夏は夏らしく、暑ければ避暑の工夫をする。冬になれば寒さをしのぐ工夫・・・無くしてしまったのは日本人が本来もっていた「五感」であり、そこで育まれた生活文化である。京都を始め全国各地には季節を楽しむ暮らしが、日々の食から衣、住まい、ライフイベントまでまだまだ残っている。私が路地裏、足元、日常、普通、と呼んでいる生活に、実は訪日観光客が興味を持ち体験してみたいと望んでいるということである。

そして、この「四季の国」というコンセプトはマーケティングの基本であるロングセラーの条件を満たしたものであるということだ。少し整理すると以下のようになる。
1、固有・唯一無二/他国には無いコンテンツである
2、幅広い顧客層が対象/多面的(性別・国・年齢など)に楽しめる
3、求めやすい価格/円安、デフレ、
これからはリピーターをその対象としたマークケティング&マーチャンダイジングが求められて行くこととなる。その構図としては以下のように整理することができる。

四季(春夏秋冬)✖️地域(主要都市及び連携)✖️目的(多様な関心事)=観光コンテンツのメニュー

数年前から日本食が世界でブームになっているが、その入り口の一つが寿司で最初はカリフォルニアロールという「なんちゃって寿司」であったが、次第に本物・本格寿司へと進化してきている。そして、上記の「整理」に即していうならば、地方固有の寿司(鯖寿司、温寿司、バラ寿司など)という奥行きのある寿司へと向かうであろう。ラーメンは寿司まで進化してはいないが、新横浜ラーメン博物館には今なお東南アジアの観光客を含め多くの人が押し寄せている。東南アジアにも多くのラーメン店が出店し始めているが、いわば「食」の聖地巡礼のようなものである。そして、更に都市にも出店している地方で人気のラーメン店へと向かうであろう。また、日本の歳時にあって、各地域の文化の違いを楽しめるものに正月がある。こんな歳時が観光コンテンツになる頃は恐らく訪日観光客は4000万人〜5000万人に至るであろう。いずれにせよ、「爆買い」に象徴された訪日観光をフェーズ1とするならば、現在は「花見」に象徴されるフェーズ2へと進化してきているということである。そして、次はと言えば日本オタクへの進化となる。(続く)

追記;なお空路による訪日観光客、中でもLCCによる観光客数を中心に変化を見てきたが、直行便やチャーター便による訪日観光客も多くなりはじめている。またクルーズ船による観光推進も盛んで。2017 年(1月~12 月)の訪日クルーズ旅客数は前年比 27.2%増の 253.3 万人、クルーズ船の寄港回数は前年比 37.1%増の 2,765 回となり、いずれも過去最高を記録している。ちなみに国交省では「 2020 年に 500 万人」を目標としている。この様に日本観光への多様なアクセスも整備されつつあるということである。
  


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2018年03月25日

「差」が見えた今年の春 

ヒット商品応援団日記No707(毎週更新) 2018.3.25.

新しい年度が始まるこの時期には新しい市場が生まれる時期でもある。新入社員、新入学生、あるいは転勤など新しい生活が始まり、各社、この時期に新商品を含め新しい試みが実施される。その中心は「新生活応援」というフレーズと共に、家電量販や室内インテリア、ビジネススーツ、あるいは新しい口座獲得のための金融機関など需要開発の真っ最中である。デフレが常態化し、しかも人手不足にあってどんな需要開発を目指しているか、主要な企業の戦略を見て行くこととした。

まず牛丼大手はどんな戦略・戦術で臨んでいるかというと、吉野家の場合毎週金曜日にソフトバンクとのコラボ企画「SUPER FRIDAY」を展開しており、業績に大きく貢献したプロモーションとなっている。その企画とはソフトバンクのスマートフォン所有者には牛丼並盛を1杯、所有者で25歳以下ならば2杯無料にするというお得プロモーションである。25歳以下という赤手に見られるように若い世代の需要開発を目指している典型的なプロモーションである。結果がどう出たたかというと、客単価はマイナス11.5%と大幅に減ったものの、客数はプラス54.0%と飛び抜けた形となり、売上もプラス36.3%と跳ね上がる結果となった。つまり集客をテーマとしたプロモーションが成功した典型的な事例となっている。
すき家の場合は新メニューのプロモーションを行っている。旬のあさり汁と牛丼とのセットメニューで「牛丼あさり汁たまごセット(通常価格(並盛):580円)」「牛丼あさり汁おしんこセット(通常価格(並盛):600円)」をお得な560円で販売している。ある意味王道的なプロモーションである。一方松屋の場合は逆に4年ぶりの値上げで、通常の牛丼にあたる「牛めし」の並盛りを290円から320円に引き上げた。米国産牛肉とコメの価格の上昇やアルバイト店員の人件費の高騰で採算が悪化しており、価格に転嫁したという。常態化したデフレ環境にあって、新たな需要の開発というよりも、経営の立て直し策の一つとなった結果である。

ところで大幅な非採算店舗の閉鎖によって経営を立て直したマクドナルドであるが、新商品の導入以外に面白い「夜もマクドナルドで!」キャンペーンを行っている。毎日17時から閉店までの時間帯にレギュラーメニューの定番バーガーを対象に、100円をプラスすると“パティが倍になる”倍バーガーを「夜マック」としたお得なプロモーションである。一時期「朝食」競争が激しかったが、「夜マック」という夜という時間帯需要の掘り起こしの試みでその結果が待たれるところである。このプロモーションを推進するために、「パティが倍」が無料になるデジタルクーポンが当たるルーレットキャンペーンを実施している。「100円ハンバーガー」の撤退、復活、あるいは高級バーガーと言った迷走、更には期限切れのチキンナゲット問題によって顧客離れを起こしたが、やっと需要開発という本来の経営に戻ったということであろう。

こうしたファストフードの最大の競争相手がコンビニであるが、中でもセブンイレブンは好評だった「朝セブン」を復活させ、パンとコーヒーがお得に買えるキャンペーンを実施している。周知のコーヒーとパンのセットが200円というキャンペーンである。実質としては最大40円引きになるキャンペーンで、リニューアルしたコーヒーの促進も兼ねたものとなっている。そして、更にコーヒーとサンドイッチのセットを300円で販売するという連続キャンペーンを実施。
一方、ファミリーマートの場合は、セブンイレブンをどう追いかけるかという根本課題に取り組んでいる。その一つがサークルKサンクスとの統合であり、顧客集客のためのフィットネスジム併設。対消費者につては「ファミキチ」という商品を擬人化した人物による商品プロモーションを行っているだけで、特別な需要開発の戦略はない。次にローソンであるが、一番力を入れているのがスマホ対応で、独自なローソンアプリを開発し、「Ponta」という共通カードサービスによるポイント取得やコンテンツ利用などスマホ世代にマーケティングのウエイトを高めている。また、ローソンの基本戦略は地方に根ざした丁寧な商品MDを展開、例えば健康寿命の短い青森県では減塩おむすびを販売するといった地域戦略を採っている。

ところで業種は異なるが東京ディズニーリゾートが新しいパスポートの発売に踏み切った。この「首都圏ウィークデーパスポート」は4月6日(木)~7月14日(金)の平日に入園できるパスポートで、通常大人 7,400円、中人 6,400円、小人 4,800円のところ、大人 6,400円、中人 5,500円、小人 4,100円で購入できるとのこと。いわゆる平日というアイドルタイムを活用するもので、行楽シーズンの混雑を緩和することでもある低迷が続く東京ディズニーリゾートであるが、2020年春にオープンする予定である「美女と野獣エリア(仮称)」などの新アトラクションまでのいわゆるつなぎ策である。

今まで活性化してなかったアイドルタイムの活用については業種が異なるため比較にはならないが、午後のアイドルタイムに「食べ放題」を実施した回転すしの「かっぱ寿司」がある。16年10月から緑色の「カッパ」でおなじみのロゴをやめ、皿を数枚重ねたロゴに変更。「脱カッパ」でイメージを刷新した。17年には「食べ放題」や「1皿50円」といったキャンペーンを実施してきた。「食べ放題」の時には流石の私も失敗すると指摘をしたが、既存店客数が前年同月比で18年2月まで28カ月連続で減少している。回転寿司市場は全体としては5%近く伸びており、スシロー、くら寿司、はま寿司各社独自性を追求し順調に伸ばしている中での経営である。

こうした各企業の取り組みを見て行くと各社固有の課題も見えてくる。勿論、競争市場下での課題解決である。以前、この競争をどう勝ち抜いて行くか、その「差」をどう創って行くかについて考えたことがあった。インテリア業界に一つの革命をもたらしたニトリのコンセプト「お値段以上のニトリ」とは何か、その「何か」について整理したことがあった。それは従来の価格差だけのデフレにおける「何か」ではなく、新しい「差」の創り方、デフレが常態化した今日の「差」の創り方として次の5つの整理をした。

●業態としての「差」;ex「俺のフレンチ」
●メニューとしての「差」;ex「よもだそば」、「くら寿司」
●価格における「差」;ex「味奈登庵(みなとあん)」、「いわゆる激安店」
●話題性などコミュニケーションの「差」;ex「迷い店」、「狭小店」、「遠い店」、「まさか店」
●人による「差」;ex「看板娘」、「名物オヤジ」

詳しくは未来塾「差分が生み出す第3の世界」を今一度見ていただきたいが、「差分」という概念を持ち出したのは、「差」によって生まれる、顧客の脳が創りあげる「お値段以上の何か」「新しい何か」「第三の世界」をめぐる競争のことである。こうした視点から今回の各社の需要創造の動きを見て行くとより鮮明なものになる。
例えば、吉野家の場合は上記の整理から見て行くと、話題性などコミュニケーションの「差」による集客効果が極めて大きかったということとなる。復活したマクドナルドの場合は、メニュー(夕食)としての「差」づくりであり、すき家も同様の戦略となる。セブンイレブンもこのカテゴリーの中に入るが、「朝セブン」のセットをパンからサンドイッチへと連続浸透させて行く試みで、朝需要の開発としてはマーケットリーダー、つまり王道の進め方と言えよう。こうした整理の根底には勿論のこと「お得」があるのだが、価格における「差」づくりだけでは顧客の選択肢には入らないということはかっぱ寿司の失敗例を見れば明確であろう。なお、快進撃を続けるUSJと比較し集客面で低迷が続く東京ディズニーリゾートであるが、アイドルタイムという経営ロスの改善を行うということで2020年の新アトラクション待ちということであろう。また、経営内容の改善という大きなくくりで見れば、値上げをした松屋も同様となる。
顧客に対する「差」づくりは、100社100様という異なる取り組み方が生まれ、これも常態化したデフレ時代の特徴の一つとなっている。(続く)  


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2018年03月18日

観光の概念が変わる

ヒット商品応援団日記No706(毎週更新) 2018.3.18.



昨年から消費の舞台に横丁路地裏をはじめとした「裏側」というキーワードを多く使うようになってきた。10年前に「わけあり」というキーワードを使ってきたが、それと同じような頻度で使うようになってきている。「わけあり」が主にデフレ時代の低価格化についてでありリーマンショックがその浸透を加速させてきた。「横丁路地裏」の場合は成熟時代の消費行動についてで、デフレが常態化した時代のキーワードである。実はこの横丁路地裏についても15年ほど前にも別な表現で使われていたことがあった。「隠れ家」あるいは「裏メニュー」「表通りから裏通りへ」、見えているようで、実は見えていなかったとの気づきが始まった結果のキーワードであった。あるいは見ないようにしてきたことへの反省でもあった。例えば誰も知らないところで細々と愚直にやってきたことが、表舞台へと出てくるということだ。サプライズという学習を経て、外側では見えなかったことを見えるように見えるようにと想像力を働かせるように気づき始めたということである。

こうした「裏側」への気づきは「昭和回帰」「ふるさと回帰」といった回帰現象にもつながっている。見るために過去を遡り、今を考えようとしているのだ。あるいは特に地方という未知への興味も根っこのところでは同じである。いかに知らないことが多かったかという自覚であり、自省でもある。横丁路地裏も然りということである。そして、裏はいづれ表となる情報の時代である。この裏が表に出ることを加速させているのが周知のインターネットということである。その象徴としてあるのがこれも周知の訪日外国人市場である。

年が明けても1月の訪日外国人は予測通り増加の傾向を示している。その増加の内容はリピーターであり、地方観光へと向かっていることによる。楽天トラベルによれば島根・鳥取という山陰地方が人気になっており、2017年度のランキングは以下とのこと。
2017年 訪日観光客 人気上昇都道府県ランキング(※前年同期比伸び率順)
1位 島根県 +135.0%
2位 三重県 +132.6%
3位 鳥取県 +130.9%
4位 宮城県 +123.1%
5位 鹿児島県 +119.1%
(母数が小さいので伸び率だけを注視してください)
その理由であるが、出雲大社や松江城、そして玉造温泉という訪日外国人の興味を満たす「観光コンテンツ」があるということと、最大の理由は何と言ってもアクセスが拡充したということに尽きる。そのアクセスであるが、2016年の香港航空による米子-香港線就航など、国際線の拡充が増加の主要因となっている。
また、大きく増加しているのが東北地方で中でも青森県の伸びが極めて大きい。ちなみに、2017年1~10月の東北6県でトップは青森は19万6千人で、宮城(18万5千人)、岩手(14万9千人)と続く。その理由であるが、青森県は北海道新幹線開業をにらみ、空路と新幹線、フェリーの青森―函館航路を最大限活用して交流人口を増やす「立体観光」戦略を推進。中国、台湾、香港、韓国の4カ国・地域を海外誘客重点エリアに位置づけている。空路では、青森空港初の中国定期便となる中国・奥凱航空の青森―天津線が5月に就航。大韓航空は高い搭乗率を受け、週3往復だった青森―ソウル線を10月から週5往復に増便するなど、海外とのアクセスの利便性が一段と高まった。客船誘致も早くから力を入れ、17年に青森港に寄港した大型クルーズ客船は22隻と東北トップ。19年には英国の豪華客船「クイーン・エリザベス」が青森港に初寄港する予定とのこと。そして、青森市の居酒屋「ねぶたの国たか久」は津軽三味線ライブなど青森の伝統文化を体験できるのが売りで、台湾人で連日賑わっているという。
このようにアクセスの拡充が行われた結果が地方に観光客を大きく誘致できた理由となっている。このように山陰地方も東北・青森も従来のゴールデンルート的発想からは生まれない観光地であった。私の言葉でいうならば、日本の「裏側」観光ということで、そのコンテンツは地方には無尽蔵にあると言うことだ。

ところで冒頭の写真についてであるが、大阪梅田の新梅田食道街にある笑卵(わらう)というカウンターだけのうどん・そばと卵を使った親子丼などを食べさせてくれる梅田のビジネスマンにはよく知られた店である。いくつかあるメニューの中でも人気なのが、うどん(そば)+卵かけ定食でワンコイン500円。なぜこんな写真を使ったかというと、訪日外国人の興味関心事は日本の「裏側」へ、「日常生活」へと向かっており、次に向かうのは都市の裏側が予測されるからである。写真の新梅田食道街はJR大阪駅と阪急梅田駅のはざま、しかもJR線の高架下にある食堂街で、大阪人にとってはよく知られた場所であるが、こうした場所にも訪日外国人は現れてくるということである。更に言うならば、店の名物メニューである「卵かけご飯」という日本人には慣れ親しんだ食ではあるが、訪日外国人にとっては20年前の刺身がそうであったように初めての「食」となる。つまり、こうしたサラリーマンの日常にも押し寄せてくるであろうということである。
この食堂街には立ち食い串カツの松葉本店や奴(やっこ)といった居酒屋などその多くは立ったままのスタイルの店が多い。ある意味、梅田のサラリーマンにとって聖地であり、東京であれば新橋の西側に広がる飲食街と同じである。こうした訪日外国人が東京新橋の路地裏にある例えば大露路という居酒屋に現れるかと言えば、すぐそこにまで来ていると言うことである。
こうした表から裏へ、既知から未知へ、あるいは現代から過去へ、といった傾向は観光だけでなく、食で言えば賄い飯のような裏メニューから始まりサラリーマンのワンコインランチにまで、勿論食べ放題も体験する、そんな訪日外国人が増えてきている。情報の時代がこうした興味を入り口とした小さな知的冒険の旅と化してきたということだ。



こうした興味関心事の「表」から「裏側」への変化は勿論訪日外国人市場だけではない。隠れ家や裏メニューといった「裏側」への興味は実は足元にも広がっていることに気づき始めた時代に生活している。足元とは地域で言えば国内であり、もっと狭い地元となり、楽しみ方としては「非日常」「特別」ではなく「日常」「普通」の中にある。つまり、視点を変えればそこは「新しい、面白い、珍しい」世界が広がっていることに気づかされ始めたたということである。こうした背景には所得が伸び悩んでいることが一番の理由であり、余暇市場としては縮小傾向にあり、今なおその傾向にある。余暇市場も成熟時代にあっていわゆる「身の丈消費」となっている。日本生産性本部による調査データが新聞記事にまとめられていたので掲載しておく。ちなみにこのデータは全体値であり、1年365日自由時間となったシニア世代がその余暇市場の多くを占めていることは言うまでもない。そして、このシニア市場のシンボル的旅行が周知の日帰りバス旅行である。温泉や旬のグルメ、食べ放題といったメニューのバスツアーであるが、この市場にも訪日外国人が少しづつ増え始めている。

昨年ブログにも書いたが、京都などの名所観光には訪日外国人も多く、日本人観光客はその多さにひいてしまい敬遠する傾向にあるという。このように2つの市場がクロスし、雑踏状態になった観光地も出てきている。そして、6月にはいわゆる民泊が実施されることになり、観光地のみならず生活者の住居地域にも多くの訪日外国人とのクロス状態が生まれることとなる。当然、街場の定食などの食堂にも食べに来るであろうし、銭湯を楽しむ人も出てくる。つまり、日常生活の中にどんどん入り込んでくるということである。
今年度の訪日外国人は3200万人と予測されているが間違いなく実現されるであろう。日本はマレーシアや香港、ギリシアの観光客数を超えて、オーストラリアやタイと同じような観光客が訪れるということである。つまり、世界で有数の観光地になったということである。この日本という狭い国土に、人口1億2700万人の街に、生活の中に、観光客が訪れるということである。

日本の「表」となる観光地は、新梅田食道街ではないが「裏側」にも興味関心事は向かって行く。東京であれば裏浅草や銀座であれば路地裏観光が進んで行く。実は日本は驚くほどの観光資源を持っている国である。それは日本人が知らないだけで、世界からは「未知」という魅力に満ちた国であると見られているのだ。クールジャパンと言われていた20年前と比べ、それまでのアニメやコミック、あるいはサムライ、忍者、禅、寿司、といった「日本イメージ」から大きく広がりを持った日本へと向かっている。ちょうど、家電製品の爆買いを終え、コンビニやドラッグストアでの買い物へと変化したように、日本の生活文化、日常へと進んできたということである。昨年秋に「もう一つのクールジャパン」というタイトルでブログを書いたが、もう一つどころではなく、路地裏にまで進出してきたということである。
これから桜の季節である。今年も多くの訪日観光客が花見に訪れるであろう。花見の名所は日本全国至る所にあり、日本が世界に誇れるものの一つが「四季」にある。四季から生まれた日本固有のライフスタイル、祭事や行事、食は勿論のこと暮らしの道具まで楽しむことができるコンテンツ王国であるということだ。今までブログを読んでいただいた読者は理解していただけると思うが、日本の産業構造が脱工業化へと変われるチャンスが生まれつつあるということだ。地方創生の新しい芽もまた生まれつつあるということでもある。但し、観光産業は平和産業である。そして、日本文化の成熟度がこれから試されるということでもある。より具体的に言うならば、「おもてなし」の心や宗教的寛容さ、さらには清潔で安全という日本ならではの魅力を観光商品の新しい価値として確立させて行くことが課題となる。(続く)  


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2018年03月11日

都心からわずか10数分の秘境駅 

ヒット商品応援団日記No705(毎週更新) 2018.3.11.


新しい消費物語始まる」と元旦のブログに書いた。「その新しさ」とは”モノ充足から離れた成熟時代の「いいね文化」「共感物語」”という新しさで、SNS、特に Facebookやインスタグラムによるもので、その新しい物語の拡散スピードは極めて早く、しかも広く到達する。こうした傾向は情報の時代の特徴でもあるのだが、1990年代後半に多発した「ブーム」とは異なるものとなっている。その理由は周知のインターネットによるものである。

ところでその拡散世界は「商品」は言うに及ばず、大きく言えば「人物」から「自然」「歴史・文化」更には「出来事」、つまりインターネットに載るものであれば全てが拡散の対象となる。渋谷のスクランブル交差点からピコ太郎まであらゆるものが拡散する時代である。勿論、そこにはユーチューバーや炎上商法という「逆手」にとったものまで現れている。米国の調査では「フェイクニュース」ほど拡散スピードは早く、しかも広がる対象も広いことがわかっている。その根底には、いまだかって出会ったことのない世界への興味関心であって、一言で言えば「未知」ということになる。フェイクニュースも今までの常識とは異なる未知の情報ということだ。私の言葉でいうならば、新しい、面白い、珍しい世界となる。そして、これも持論ではあるが、未知は大通りではなく横丁路地裏にあると。

さて冒頭の写真を見てどう感じられたであろうか。JR鶴見線の国道駅の写真で、都心からわずか10数分で体感できる秘境駅である。廃線が相次ぐローカル線の秘境駅が鉄道フアンのみならず、TV放映され人気の観光スポットになっている。これも「未知」を面白がる世界の一つである。鶴見線は鉄道オタクには知られた鉄道路線である。その理由であるが、鶴見線は首都圏にあって秘境駅と呼ばれるように歴史遺構レトロラインとして現存している。この鶴見線が走るエリアは京浜工業地帯誕生の地であり、日本の工業化の痕跡が今なお残っている。現在は路線沿線の工場群に働く人達の通勤路線となっているが、昼間の利用客は極めて少なく、秘境駅と呼ばれる駅がほとんどとなっている。こうした歴史を体感できる良きレトロラインでもある。

鶴見駅から一つ目の国道駅はいわゆる無人駅となっている。駅高架下の通りは昭和初期の風情が漂う空間ではある。ちなみに古いデータであるが2008年度の1日平均乗車人員は1,539人である。こうした空間から、黒澤明作品『野良犬』をはじめ、2007年の木村拓哉主演テレビドラマ『華麗なる一族』最終話など、しばしば映画・ドラマのロケ地として使用されている。
高架下空間が異様なムードを醸し出す駅として、紹介されることもある。高架下通路は約50メートルで、居酒屋が一軒営業しているが、他は無人の住居と店舗跡となっている。

実は全てではないが、こうした未知はどこにあるのかを探るには、1980年代までは「オピニオンリーダー」という存在からの情報であったが、今やその役割は「オタク」に代わった。勿論、オタクとは特定分野に人一倍思い入れがあり、こだわる人物を指すのだが、その分野はそれまでコミック・アニメから極めて広い世界へと広がっている。20数年前までは奇人変人と言われてきたが、現在は「その道の専門家」としてSNSなどでは有名人扱いとなっている。最近は落ち着いてきたが、ブログの浸透とともに、例えば「ラーメン食べ歩き」から始まり「ラーメン二郎の食べ歩き」になり、地方の「ご当地ラーメン食べ歩き」へとどんどん進化している。今までは美しい景観写真はプロカメラマン専用の世界であったが、例えばインスタグラムの浸透によって、夕日を背景に友人たちがモデルを務めた写真を撮る、一種の「自撮り」が至る所で見られるようになった。これも「自撮り」という自分表現の進化であろう。つまり、以前は横丁路地裏の存在がいきなり表通りになったようなものである。結果、「いきなり観光地」になる時代である。そして、このオタクの一人が訪日外国人であるということも指摘しておきたい。
この「いきなり」の後に観光地だけでなく、飲食店やメニュー、あるいは裏通りであったり、趣味から始めた手作りショップであったり、小さな村の昔ながらの祭りや行事ですら、興味関心事であれば世界中からいきなり人が集まる、そんな時代になったということだ。

ところでこのブログを書いている最中に、朝鮮半島の非核化という課題に対し米中対話が実現するかどうかという大きなニュースが飛び込んできた。報道によれば案の定米朝対話が水面下で行われてきていたとのことで、「いきなり」発表もそうした背景からであることがわかった。国際関係の専門家ではないのでコメントする立場にはないが、起こった現象には必ずその「理由」「原因」があるということだ。更には社会から注目されていた佐川国税庁長官が辞任し、森友学園への国有地売却に関する決裁文書に書き換えがあったと認める方針がわかってきた。これも文書の書き換えの裏側、その理由も次第にわかってくるであろう。
敢えてこんな「いきなり」を例に挙げたのも、そこに至る小さな変化は必ず起きているということである。古くはガルブレイスが「不確実性の時代」を書いたのは第一次世界大戦」「恐慌」を転換点に大きく変わって行く時代を不確実な時代と呼んだのだが、私は小さな単位ではあるが、戦後の社会経済の転換点はバブル崩壊であると指摘をしてきた。ガルブレイスの言葉を借りれば、不確実ではあるがそれは「確実」なこともあったということでもある。皮肉でもなんでもなく、立ち止まり、少し引いた目で見ることによって、起こった事象の理由を読み解いて決断することはできる。私の場合、10年近く街歩きをしているが、少なくとも「街」に変化が現れるということは、「確実」に近づくとことであった。例えば、話題となった行列店も訪れるコとはあるが、1ヶ月後、3ヶ月後、そして1年後もまた観察することにしている。つまり、「いきなり」の理由は何かを明らかにすることであった。1ヶ月後とはコンセプト・話題力はどの程度なのか、3ヶ月後とは手直しした結果はどう出ているか、そして、1年後はビジネスとしてこれからどうすべきか、というビジネスの確実性を追求していく方法である。

さて、冒頭の写真、国道駅・JR鶴見線という戦前から京浜工業地帯が今尚歴史遺構として現存している面白さである。ある意味、時代の裏側を体感する面白さである。鶴見線で使われる列車は年代物で鉄道オタクだけのものにしておくのではなく、工場群の通勤列車のためほとんどの駅は無人駅である。また、海芝浦駅に向かう支線のほとんどが、東芝京浜事業所の敷地内を走る。ホームは京浜運河に面しており、海に一番近い駅と言われている。対岸には東京ガス扇島LNG基地、首都高速湾岸線の鶴見つばさ橋などがある。こんな「裏側」も観光地になる可能性があるということだ。秘境駅を走ることから1日に数本という支線もあるので事前に十分列車ダイヤを調べて行くことをお勧めする。こうした眼を持って時代の変化を見ていくことによって、「いきなり」もまた異なる見え方ができるということである。(続く)

  


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