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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2018年12月09日

2018年ヒット商品番付を読み解く   

ヒット商品応援団日記No726(毎週更新) 2018.12.9.

今年もまた日経MJによるヒット商品番付が発表された。昨年2017年はこれといったヒット商品はなく、今年もまたヒット商品は少ない。ここ数年なぜ少ないかが「読み解く」中心テーマとなる。以下が2018年の主要なヒット商品番付である。

東横綱 安室奈美恵 、 西横綱 TikTok 
大関 スマホペイ  、  大関 サブスクリプション
張出大関 羽生結弦  、  張出大関 大坂なおみ
関脇 キリンビール本麒麟  、 関脇 ゾゾスーツ
小結 Vチューバー、  小結 eスポーツ

東横綱に安室奈美恵が入ったが、沖縄での引退ライブを始め多くの話題を集めた。それは平成という時代を駆け抜けたミュージシャンとして、時代の終わりを実感させるものであった。前頭にはDA PUMPの「U.S.A.」が入っており、90年代に流行ったユーロビートをベースにしたものである。つまり、平成最後の年ということで、いささか結論ありきの番付編集の感がしてならないが、そうした時代感が番付に出たことは事実である。
ところで西横綱にTikTokが入ったきたが、その撮影編集が簡単であることや15秒というショートムービーということから既存のSNSを超えた動画コミュニティサービスとなっている。ほとんどのユーザーは10代が中心となっているが、1億3000万人を超えたと言われている。Yutubeやインスタグラムの次のSNSということで根底には「承認欲求」を満たすコミュニティサイトであるが、そうした中から新しいアーチストもまた生まれてくる可能性はある。しかし、一方では俗悪な動画が投稿されることもあり、ネット社会における表裏が内在していることは認識しなければならない。
ところで今話題のスマホ世界シェア2位のファーウエイだけでなく、TikTok もまた中国企業であり、身近なところでも米中のIT関連産業の覇権争いが起こっているということを実感させる。そして、こうした「競争」によって、これからも日本国内におけるヒット商品としても現れてくることは間違いない。特に来年にはスマホは5Gの時代がやってくる。米中対立の中のヒット商品争いということだ。

そのスマホ関連でいうと、大関にスマホペイが入ってきている。いわゆるバーコードやQRコードを使った決済方法であるが、確かに遅れている日本もやっとこうした時代がやってきたということであろう。この決済方法も中国では露天商ですら行われており、やっと一周遅れで始まったということだ。
もう一つ大関に入ってきたのがサブスクリプションで、リピート狙いのお得な使い放題定額システムで、動画配信から町のコーヒーショップまで幅広く取り入れられてきている。これも一つのヘビーユーザー作り法の一つである。ただこの2つの大関を見てもわかるようなこれが「大崎」に値するヒット商品かというと、それほどでもないと思うがどうであろうか。
東西の張出大関には羽生結弦と大坂なおみが入っているが、スポーツイベントの世界では当然であると思う。そして、多くの人の関心事をさらに高めたのは羽生結弦の場合は怪我を押しての平昌オリンピック優勝であったこと 、大坂なおみの場合は対戦相手もさることながら圧倒的なアウエイの中での全米オープン優勝、共に「ドラマ」があったことによる。ある意味スポーツならではの「感」が揺さぶられるドラマであるが、番付に入ったヒット商品の中では特筆すべきものとしてある。

関脇にはキリンビールの本麒麟が入っており、アルコール度数が6%と高い第三のビールである。数年前からのストロング系アルコール飲料の延長線上にあるビールだが、3月に発売され3億本を超えるヒット商品となっている。安くて酔える飲料の傾向はこれからも続くということだ。関脇にはゾゾスーツが入ったが、3次元の立体画像に基づくサイズ確認はサービス向上にはなっているが、他のアパレルメーカーでも行われ特筆されることはなくなる昨年にもZOZOが番付に入ったが、これは若い女性を惹きつけるUA(ユナイテッドアロー)などのブランドをサイトに取り入れたことによるもので、課題は次なるブランド開発ということで、関脇という番付には疑問の残るものである。

小結には Vチューバーとeスポーツが入っているが、これが小結という一つの大きな市場を形成しているとは思えない。後に指摘をするが特定の市場においてである。そうした意味で「消費」が広がることはなく、ひいては社会に何らかの影響を与えるものではない。

このように疑問に思えるような番付であると指摘をしたが、発表の少し前に第35回となるユーキャン新語・流行語大賞が発表された。周知のように大賞は平昌オリンピックにおけるカーリング女子代表の「そだねー」であった。新語・流行語大賞はその狙いとして、「世相を衝いた表現とニュアンスをもって、広く大衆の目・口・耳をにぎわせた言葉」である。オリンピックは多く人が関心を持ち、感動させてくれるイベントで「そだねー」が対象に入ったことは理解できる。ただ発表後審査員の一人である俵万智さんがインタビューでいみじくも答えていたように、「広く大衆の」といった流行ではなく、狭い特定の人たちだけの流行語が年々多くなってきており、審査は難しかったと。ちなみに受賞した流行語は以下の通りである。
・そだねー(年間大賞) ・eスポーツ ・(大迫)半端ないって ・おっさんずラブ ・ご飯論法 ・災害級の暑さ ・スーパーボランティア ・奈良判定 ・ボーっと生きてんじゃねーよ! ・#MeToo

例えば、「おっさんずラブ」はテレビ朝日系連続ドラマとして放送されたテレビドラマである。スタート時7話の平均視聴率は約4%で、失敗作と言われる数字であったが、小さなブームになったのはコアな視聴者、いわゆるリピーターを獲得したからであった。あるいは、「ご飯論法」は国会答弁などのすり替え答弁に使われ、新聞紙上ではよく使われた言葉である。例えば、”朝、ご飯は食べましたか?”の質問に”食べていません”と答えるが、更に質問を続けていくと”朝はパンを食べたので、ご飯は食べていない”といったすり替え論議を指す言葉である。こうした言葉は新聞をよく読む、政治論議に関心のある特定の社会集団の言葉としては認識されているが、果たして広く認知理解され共有されているかといえばそうとは言えない。

2007年の流行語大賞の一つに選ばれたものの中にKY語(空気が読めない)があった。その発生源は高校生で、コミュニケーションスピードを上げるために圧縮・簡略化してきたと考えられている。以降、こうしたコミュニケーションが実は社会に広がりしかも常態化している。高校生ばかりか、大の大人までもが「仲間内」の間略語となっているということである。つまり、小さな社会集団における一種の記号として流通しているということだ。この記号としての「しるし」と「意味」との間には自然的関係、内在的関係はない。例えば、当時流行ったKY語におけるCB(超微妙)というKY語を見れば歴然である。仲間内でそのように取り決めただけである。記号の本質は絵文字と同様で、「あいまい」というより、一種の「でたらめさ」と言った方が分かりやすい。つまり、そんな社会になりつつあるということだ。
何故こうしたコミュニケーションが社会へと一般化したのかは、ブログにも何回も書いてきたが、やはり個人化社会が広く深く浸透してきたからに他ならない。バラバラになった個人は居場所を求めて「何か」が起こるであろう場所に向かう。渋谷のスクランブル交差点における騒動も居場所探しという承認欲求から生まれたということである。そして、渋谷のスクランブル交差点は常設の劇場・舞台になったということである。

さて本題に戻るが、この個人化社会の進行は「市場」をどんどん小さな単位にしていく。消費という視点から見ていくと、大衆(マス)から分衆・小衆へ、そして地域や家族といったコミュニティの崩壊と共に社会集団の細分化が起こり、「仲間内」という市場へと向かう。消費という視点に立てば、仲間内から生まれてきたのは、例えば「ママ友」+「クックパッド」による「おにぎらず」といったヒット商品であり、今回番付の前頭に入っている「サバ缶」にもそのアイディア溢れる利用法などにもつながっている。一方では1本1000円前後の高級食パンも前頭に入っているが、ブランド米と同じで日常の食には少しだけ贅沢したいという基本欲求の市場であり、安い「サバ缶」と矛盾するわけではない。つまり、どんどん市場の単位は小さくなっていくということである。

ここ数年時代の変化を求めて「街歩き」をし、その観察レポートを未来塾としてまとめてきた。その特徴の一つは「賑わい」の変容で、賑わいのある街や店に共通して求められているのが「居場所」である。それは場所ではなく、居場所としてで「一人の場合」と「仲間内の場合」とに分かれる。
さて、こうした小さな市場をどのように探し、そこで求められている「何か」を創造していくかである。そのヒントとしては少し前の未来塾「コンセプト再考」で取り上げた「ウオークマンプラス」にその着眼は出ている。今回の番付にも前頭にランクされているが、作業着からカジュアルな街着への転換は、実はその着眼の背景にはバイクライダー需要の急増があった。防水・防風・防寒といった高機能なウインドブレーカーとして、バイクライダーばかりでなく、アウトドア着や街着にも使えると需要が拡大した事例である。私の言葉で言うと、「顧客から教えられた市場」と言うことだ。今回のヒット商品番付を見てもわかるように大きな消費傾向もなく、一種バラバラ状態である。こうした小さな市場にあっては素直に顧客の声に従うのも一つの方法だ。そして、このように多様化した市場にあっては、まず小さくトライしてどんな居場所で何が求められているかを見出すことだ。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:38Comments(0)新市場創造

2018年12月04日

未来塾(35)「賑わい再考」(1)後半

ヒット商品応援団日記No725(毎週更新) 2018.12.4.

大阪の中心地空掘(からほり)と梅田裏北西方向に15分ほど歩いた中崎町について3回(前半・中盤・後半)にわたるレポートでの後半である。同じ古民家を活用しても違いが出てきている。つまり、課題は古民家を使って「何」をするかである。今回はそうしたことを踏まえた「まとめ」である。




消費税10%時代の迎え方(4)

にぎわい再考 後半

その良き事例から学ぶ(2)

大阪空掘(からほり)・梅田裏中崎町、
小さなにぎわいが新たな街を創る


「にぎわい再考」に学ぶ


4年ほど前消費税8%時代を迎えどんなことが起きるであろうか考えたことがあった。答えは結論から言えば消費増税を一つのきっかけに起こることの一つが「中心化現象」であった。それは仕事の場を求めた一極集中といった都市化と呼ばれる集中現象だけでなく、あらゆる「中心」に対しての現象のことであった。それは都市の中における中心への移動であり、郊外にあっても駅や大型商業施設を中心にした集中移動のことであった。勿論、移動によって生まれるのは「消費」である。それは移動の手段である交通によることが多大であるが、生活者の興味関心事の中心についても同様である。それは生活のテーマの中心であり、その中心化は仕事や遊びに至るまで多くの関心事の中心に向かう変化である。結果、賑わいもまた「中心」に生まれる。

賑わいはテーマと未知への興味によって生まれる

多くの人が集まり賑わう街や地域の事例をスタディした結果、賑わいは「テーマ集積による観光地化」と「未知への希求と体験」によって生まれることがわかった。勿論、テーマという関心事は時代と共にに変化していくものであり、そして「未知」はグローバル化(インターネットの普及)した時代にあって巨大な世界をつくり、しかもSNSによって一挙に拡散増大する。多くのマーケッターは生活者の関心事となっているテーマの発掘と膨大に膨れ上がった「知らない世界」の「何か」に関心が移っているかを見つけることが主要な仕事となった。関心事が中心へと集中するところを私たちは「賑わい」と呼んでいる。テーマパークとはこの関心事の集積した「場所」のことを言う。

「過去」に向かうまなざし

実はリーマンショックの翌年2009年のヒット商品には復刻、リバイバル、レトロ、こうしたキーワードがあてはまる商品が消費の表舞台に続々と登場している。花王の白髪染め「ブローネ」を始めとした「シニア・ビューティ」をテーマとした青春フィードバック商品群。1986年に登場したあのドラクエの「ドラクエ9」は出荷本数は優に400万本を超えた。ブログにも書いたが、若い世代にとって温故知新であるサントリー角の「ハイボール」。私にとって、知らなかったヒット商品の一つであったのが、現代版ベーゴマの「ベイブレード」で、昨夏の発売以来1100万個売り上げたお化け商品。この延長線上に、東京台場に等身大立像で登場した「機動戦士ガンダム」や神戸の「鉄人28号」に話題が集まった。あるいは、オリンパスの一眼レフ「PEN E-P1」もレトロデザインで一種の復刻版カメラだ。売れない音楽業界で売れたのが「ザ・ビートルズ リマスター版CD」であり、同様に売れない出版業界で売れたのが山崎豊子の「不毛地帯」「沈まぬ太陽」で共に100万部を超えた。更に、特徴の一つが「歴史回帰」である。国宝阿修羅像展については以前ブログにも書いたので省くが、歴女ブームの火付け役となったのが「戦国BASARA」で、累計150万本売ったヒット商品であった。
歴史の向こう側に、あるいは昭和の遊びやゲーム、音楽や書籍に何を求めているのか多様さはあるものの、こうしたタイムトンネル型の消費傾向は古民家再生にもつながっているということだ。写真は地下鉄中崎町駅裏の古いアパートを再生した商業施設で、小さなカフェや展示ルームが入居している。若い女性が部屋の中を覗いているのが印象的であったが、女性たちの興味は遠い過去に向かっていると言う事であろう。生命記憶という言葉があるが、例えば鮭が生まれた川に遡りそこで産卵する「里帰り」の本能行為に見られることを指している言葉である。つまり、関心事の先にはこうした「過去」への里帰りにどこかでつながっているということだ。

横丁路地裏の意味

こうした「時間感覚」という視座で市場を見ていくと、例えばスピードへの「反・アンチ」としてスローフードやスローライフとなって現れてくる。特に、2000年代に入りインターネットの普及によって凄まじいスピードが駆け巡る社会となる。スピードによってもたらされる情報量も膨大なものとなり、確か総務省の発表では2000年代初頭と10年後の情報量を比較すると500倍以上になり、今日の過剰情報時代となった。
「過剰」はある意味で「未知」であると言うことだ。一時期東京中央区月島のもんじゃストリートで食べログの点数を上げるために「やらせ」という情報操作が行われたことがあった。「やらせ」の背景には、過剰情報という何を選択して良いのかわからない心理、つまりランキング上位を選ぶという時代になったことからランキングを上げるためのやらせが行われたということであった。
こうした時代にあって、「未知」への興味は表通りから横丁へ路地裏へと向かわせることとなる。一般情報ではなく口コミといった情報によって促進される。マス消費から地域や特定希少な「裏消費」への転換だ。言葉を変えれば、見えているようで、実は見えていなかったとの気づきが始まった、あるいは見ないようにしてきたことへの反省と考えるべきである。誰も知らないところで細々と愚直にやってきたことが、表へと出てくるということだ。サプライズという一過性体験の学習を経て、外側では見えなかったことを見えるように見えるようにと想像力を働かせるように気づき始めたということである。こうした心理の動きは「昭和回帰」「ふるさと回帰」といった回帰現象にもつながっている。「見るため」に過去を遡り、今を考えようとしているのだ。あるいは特に地方という未知への興味も根っこのところでは一緒である。いかに知らないことが多かったかという自覚であり、自省でもある。
裏はいづれ表となる情報の時代である。梅田裏中崎町は物の見事にカフェパークとして表舞台に躍り出たということである。

空掘、中崎町共に古民家を使ったテーマパークの違い

大阪の2つのエリアに若い世代が訪れる小さな賑わいを見せていた。今回観察したのだが、古民家をリノベーションすることは同じであるが、実はそこで「何を」行うかに違いがある。更に言うならば、エリアの歴史・文化を当然担うことになるが、古くは江戸時代から、少なくとも戦後の大阪の都市化を踏まえての場所・古民家である。
「横丁路地裏」というキーワードで2つのエリアをくくったが、空掘はある意味大阪の中心。「へそ」にあたる一種「空白地帯」で、中崎町は見事なほど「梅田裏」である。東京に置き換えると空掘は上野裏の谷根千に近く、中崎町は該当する街に近いのは中央区銀座裏の月島のもんじゃストリートであろう。
ところで空掘のテーマはと言えば、カフェもあれば雑貨店、古着もあるが、集積したテーマはない。また、「練」のような大型の再生古民家商業施設はあるものの「町並み」としてのレトロ感はない。「観光地」という視点から見ていくと、谷根千と比較するとわかりやすいが、谷根千の場合町並みそれ自体が昭和レトロパークとなっていて、しかも谷中霊園の桜、根津神社のツツジといった季節の観光スポットも多く、小さな美術館や史跡もあり、散策に疲れたらHAGISOのような古民家再生カフェも数カ所ある。これといった名物土産はないが、蕎麦や寿司など古くからの名店も多い。中心となっている谷中ぎんざ商店街は昭和の商店街の雰囲気を今尚残している。(詳しくは「未来の消滅都市論」電子書籍を参照してください)
空掘の場合、古民家の再生が始まったのが2002年の「惣」からであり、谷根千は1990年代初頭であることを考えれば、これからということであろう。観光地化の要素としては谷根千を一つのモデルとしたら良いかと思う。

一方、中崎町はどうかと言えば、その集積度からいうと、東京にもない「カフェパーク」となっている。東京中央区月島にも「もんじゃストリート」というテーマパークがあるが、カフェパークは恐らく梅田裏の中崎町が全国では初めてであろう。次回の未来塾では「賑わい再考」の第2弾として「せんべろ酒場」から今流行りの「バル」までそれぞれの賑わいをレポートするが、これだけのカフェを集積した地域はここ中崎町だけである。梅田という都市の裏側にあるサブカルチャーのような意味合いを持っていると考えるのが自然であろう。規模も異なるがサブカルの街アキバまではいかないとは思うが、訪日外国人がかなり観光で訪れていることを踏まえると、中崎町が「ナカザキ」となる日が来るかもしれない。

古民家再生の意味

3年ほど前に「衰退する街 未来の消滅都市論」というタイトルの書籍(電子版)を出版した。人口減少時代を迎え、「消滅都市」が時代のキーワードになった時であった。衰退する街もあれば、成長すらする街もある。街を歩き、変化の波を写真と共に読み解いた書籍である。周知のようにいまなお人口減少は止まらず、空き家率も増え2013年には13.5%となっている。野村総研の予測では2018年には16.9%に広がり2023年には21%になると。残念ながらこの傾向はこれから先も続くことになるであろう。そこに見られる日本社会の現象は、減少、縮小、空き、無人。この反対世界を言うならば、増加、成長、充足、賑わいとなる。まさに成長する街と衰退する街とに分かれる時代にいると言うことである。今回の2つの町は残された住居や長屋をうまく使っての賑わいが生まれた町と言える。

2000年代に入りふるさと回帰などの潮流と共に、静かな古民家ブームが起きたことがあった。しかし、今日の古民家再生の潮流は当時のものとは異なる。その違いの第一は2000年代初頭のそれは再生もあるが基本は移築で費用も大きなものが主流であった。例えば、移築し炉端で食事を提供するレストラン業といったものであった。今日のそれは古民家の表情などを踏まえ事業主の思い描く古民家のデザイン・スタイルを創造するといったリノベーションで、極端なことを言えば新しい「何か」を創造する建築といった方がわかりやすい。
数少ない写真からも中崎町のカフェの店頭表情を見ればわかるようにすべて異なるデザインとなっている。空掘は未だ途中段階であるが、中崎町は新しい町が生まれたと理解すべきである。テーマパークとして参考事例に挙げた月島のもんじゃストリートも通りの中程の数軒のもんじゃの店舗場所にタワーマンションが建つ計画となっている。勿論、工事期間中仮店舗で営業をした店もまた通りに面したタワーマンションの1階に戻ってくると言う。これも年におけるテーマパークの進化系の一つになるであろう。ところで、テーマパークを成立させる要件は簡単に言えば次の3つである。
1.「買い物や見て回れる自由」 2.「新しい発見」 3.「選択の自由」
テーマパークの楽しさは東京ディズニーランドやUSJを見てもわかるように、ワクワク感と感動によるものだ。再生古民家の町を舞台に主人公になって歩き、お気に入りのカフェもあるが時に新しいカフェにも寄ってあれこれ雑貨を見て回る。そんな新しい何かを発見できる楽しさということだろう。大きな驚きはないが、小さくても固有の時間を持つことができる、そんな舞台ということだ。そして、重要なことは空掘も中崎町もそのコンテンツは「文化」である。サブカルチャーというと秋葉原・アキバにおけるアニメやコミックとなるが、2つの地域もサブカルチャーパークとして位置付けられるであろう。目指すはアキバがそうであるように「聖地」である。

サブカルチャーパークの明日

中崎町においても訪日外国人観光客の増加に伴い、地元住民は困惑しているという。特に突然カメラを向けられることで、理屈っぽく言えば個人情報を守れないということからである。観光地となったところでは撮影禁止・お断りが増えている。東京ではかなり前から原宿竹下通りから始まり、谷根千の谷中ぎんざ商店街も同様である。京都では祇園は勿論のこと、京都の台所「錦市場」では訪日外国人の食べ歩きのマナーの悪さから午後4時ごろから店を半分閉めておなじみさんしか売らないとする鮮魚店まで出始めている。
最近の訪日観光、特に京都観光においては日本人観光客が減少し始めているが、あまりの観光客の多さからで特に欧米観光客からも「京都らしさ」が感じられない、あるいはすでに無くなっているという声も挙がっている。結果、「観光公害」といった言葉が生まれたりする状況となっている。公害に対しては「規制」が必要である、そんな議論が必要な時代となっている。

ところでサブカルチャーパークとは言葉を変えれば、生活文化パークのことである。その生活をしている住人に、断りもなしにカメラを向けることは「失礼」 であるとの認識が必要であるということだ。富士山や大阪城を撮影することとは本質的に異なる。ある意味、自宅にいきなり入り込まれたと感じるということである。そうした日本の文化理解が得られない時、「お断り」が始まる。いわゆる文化の衝突である。
かなり前から「生活文化観光」の時代がやってくるとブログにも書いてきた。日本人の生活を知るには「市場」を観光するのが一番である。それは私たちが海外に出かけて興味を惹かれるのと同じである。先日築地の場外市場を歩いたが、訪日外国人が押し寄せており、海外でブームとなっている「寿司」の聖地となっていることが分かる。寿司を入り口に、ラーメン、天ぷら、すき焼き、蕎麦、焼肉、しゃぶしゃぶ、・・・・・・・・・・「和食」が日本の重要な産業になっていくことが予測される。海外での出店だけでなく、食の素材を含め調理器具も輸出産業になっていくであろう。築地の場外市場がそうであるように、日本各地に和食の「聖地」が生まれサブカルチャーパークが創造されていく。既に横浜の「ラーメン博物館」もそうしたテーマパークの一つとなっている。

目指すは「町ごとテーマパーク」

テーマパーク化によって集客効果を上げるだけでなく、実は訪れる観光客との無理解のままの「衝突」をある程度回避することができる。生活文化のテーマパーク化には住民の応援と理解が欠かせない。それは訪日外国人観光客だけでなく、日本人においても同様である。そのためにも地域単位の「町構想」の立案が必要となる。当然、行政の支援も必要となり、テーマパークを軸にした新たなコミュニティづくりということである。100の町があれば100通りのテーマパーク、100のコミュニティがあるということである。
そして、地方自治体によっては古民家再生やリフォームへの補助金がある場合もあり、そうした助成を含めて行政との連携が必要となっている。
そして、何よりも重要なことは訪れる観光客に「守ってもらうこと」を明確にすることだ。今まで、日本政府観光局は世界に向かって「来てください」としか言っててこなかった。そうしたPRは今後とも必要ではあるが、マナーやルールを始めとしたまず「実情」を明確に伝えることである。法律による規制ではなく、繰り返し伝えることが必要ということだ。そして、例えば交通の混雑情報などスマホなど通じてタイムリーに伝えることが必要で、その際寺社によっては入場制限があるとの情報もである。台風21号によって関空が麻痺状態になった時、空港に取り残された多くの訪日観光客に対し、的確な「情報」提供がほとんどなされなかった。あったのは英語による提供で、まるで用をなしていなかった。都市部においてはやっと拠点におけるWIFIによるネット接続が可能になった。遅きに失してはいるが、まずは実情を含めた情報の提供ということだ。

新しいリノベーションの仕組み化も

残念ながら人口減少を止めることは難しい。以前廃屋となった学校の再利用として生ハム製造工場が話題となったことがあったが、都市においても利用されないまま朽ち果てていく空き家は多い。今回は古民家の再生をテーマとしたが、実は小さな「地方創生」の意味を持った試みであると理解すべきである。今回中崎町のカフェパークを案内してくれた友人は、使われなくなった空き店舗を簡易宿泊所にリノベーションし、急増する訪日観光客向けのホテルビジネスを東大阪布施でもオープンさせていると話してくれた。使われなくなった建物をリノベーションしていくために、ファンドにも参加してもらい土地を購入し、その土地・建物に目的にあったリノベーションを行い管理運営していく、そんなビジネスの仕組みもまた必要となっている。つまり、ファンドの参加とは未来に向けた投資先としての意味である。


今回、大阪の2つの地域の古民家再生プロジェクトを観察した。既にあるものの生かし方は古来日本固有の知恵であった。それは自然に寄り添うことから生まれた知恵であったが、生活の知恵として今尚継承されている。自然に寄り添って生きる「自然」とは、今や山里や田舎のそれだけではなく、再開発から外れたものの中にもある。空掘も中崎町も都市における「自然」である。そして、リノベーションは寄り添うための一つの方法としてある。2つの地域を観察してつくづく感じたことは、テーマの重要性で、古民家という舞台で何をするかに尽きる。つまり、未来に向けた「コンテンツ」の戦略性、「顧客市場」を見据えた構想力ということになる。地方創生とは都市の中にもある。そして、どんな「生かされ方」が必要なのか問われているということだ。(続く)

*なお拙著「衰退する街-未来の消滅都市論」は下記にて。
https://www.amazon.co.jp/衰退する街-未来の消滅都市論-PARADE-BOOKS-飯塚敞士-ebook/dp/B015GSPAJG
  
タグ :古民家


Posted by ヒット商品応援団 at 13:16Comments(0)新市場創造

2018年12月03日

未来塾(35)「賑わい再考」(1)中

ヒット商品応援団日記No725(毎週更新) 2018.12.3.

古民家再生の事例研究の2回目はは大阪の中心梅田裏北西方向に15分ほど歩いた中崎町についてのレポートである。前回の空掘とは同じ古民家再生でもお使ったビジネスであるが、少し異なる面白い試みが見られた。




消費税10%時代の迎え方(4)

にぎわい再考 中

その良き事例から学ぶ(2)

大阪空掘(からほり)・梅田裏中崎町、
小さなにぎわいが新たな街を創る


レトロな街のカフェパーク中崎町

中崎町と言っても空掘同様大阪人以外では知る人は少ないかと思う。私の言葉で言うと、大阪の中心梅田裏、梅田北側の繁華街・茶屋町を10分ほど歩いた古い民家が密集したところである。今から16年前、その茶屋町に34階建のホテル阪急インターナショナルがオープンしたが、この時期から茶屋町一帯は多くの高層ビル群となった。大都市の成長はとどまるところを知らないといってしまえばそれまでだが、東京でも中央区銀座裏の月島や豊洲など同様のビル群が林立する大都市の風景となった。これも一極集中と呼ばれることであるが、その再開発の是非は別として、衰退する街もあれば、逆に横丁路地裏に賑わいが生まれることもある。中崎町も見事なぐらい「梅田裏」である。
今回中崎町を選んだのは数年前から大阪の若い世代が古い町並みと共にその路地裏に多くの個性的カフェがあり、「私のお気に入りカフェ」となっていることに興味を持ったからであった。若い世代の隠れ家といっても構わない世界である。30軒とも、40軒以上とも言われているカフェをどう観察したら良いのかわからないので、大阪の友人に案内してもらった。実は数年前から中崎町のカフェ探訪をブログにも公開している友人である。







回遊性の高い地形

写真は最も中崎町らしさを見せている通りと路地である。蛇行した通りに木造家屋、そんな通りや路地裏・路地奥に特徴あるカフェがある。梅田裏とは言え、いまだに古い住宅エリアがあるのは極めて珍しい。しかも、空堀が坂の多い地形であるのに対し、中崎町はほぼ真っ平らな土地で、レトロな町並みに抱かれてカフェ巡りするには格好の環境にあることがわかる。しかも、路地裏が多く隠れ家という探検場所としてもふさわしい場所となっている。東京上野裏の谷根千と比較しても、谷根千は寺町で坂が多く歩きにくい場所である。そして、中崎町の最大特徴は高層ビルやマンションはほとんど視界には無く、あるのは古い住居のみで、しかもそのカフェの密度が極めて高い点にある。つまり、カフェ巡りの楽しさを満喫できる、回遊できる地形にあるということだ。

多様なスタイルのカフェ

中崎町というキーワードで検索すると、ブログなどに見られるカフェには必ずつく表現に「カフェ激戦区」がついている。案内してくれた友人曰く、新しいカフェも出来てはいるが、閉めるカフェも多い。ほとんどが個人事業であることからある意味簡単に個人の思いや趣味でできる業態であるということである。
中崎町を散策していたところ、「ピピネラキッチン」(旧店名GOHAN-YA CAFE Kitchen)という店の名前を見ながら、大阪から初めて「おいしい店リスト」をHP上で公開した佐藤尚之氏(さとなお)の話をしていたところ、ちょうど店をオープンするため来られた店主の方とひとしきり立ち話をした。さとなおのおいしい店リストには中崎町から唯一リストされた店で、ある意味中崎町の歴史を物語っている店である。以前は築90年の古い家を手作りで改装した一軒家料理店で身体にやさしい料理を出す店であった。2000年台半ばからは夜の営業を止め、昼だけのカフェに変えたようにカフェ競争の一翼を担っている店である。








例えば、左の写真は路地奥にある「Zipangu Curry Cafe」。看板や店頭を見る限り、アメリカンPOPのような表情を作っているが、実は「和風カレー」の専門カフェである。価格もほとんどが1000円未満で女性に人気の店となっている。
もう一枚の右の写真は「PLUG」という多国籍料理が楽しめる食堂である。数年前から「食堂」が若い世代にも人気の業態となっているが、このPLUGはニューヨークの食堂をイメージしたオープンキッチンの店である。通りから少し横丁に入ったところにある人気のカフェレストランである。

隠れ家と言えば、路地に入ったところに緑に覆われた一軒家カフェ「天人(アマント)」もてっm系的なカフェであろう。築120年の長屋をリノベーションしたカフェであると言う。「一見さんお断り」とでも表現しているような店であるが、こうした尻込みしたくなるようなカフェに、若い世代は興味を感じるということだ。ちょっと勇気を出して入れば、私だけのお気に入りのカフェということだ。この「天人」は2001年から中崎町を中心に古民家を推進してきた中心カフェとのこと。

友人とここではコーヒーを飲んで談笑したのだが、外国人のカップルが店内を盛んに撮っていたのが印象的で、ああやはり中崎町も訪日外国人の波が押し寄せているなと感じた次第である。

大阪の若い世代にあって最も人気のカフェの一つである「太陽ノ塔」でカフェランチを食べることにした。2002年に路地奥の長屋をリノベーションして誕生したのが「太陽ノ塔」である。リノベーションとは思い通りの造りやカラーでデザインする建物のことだ。JRの高架下手前の狭い路地奥にあることから、それなりに目立つデザインが必要であったのだろう。中に入ると木造家屋らしい佇まいで落ち着いた空間となっていて外観のデザインとのギャップを感じさせるが、若い世代にとってこれも面白いということなのだろう。
食べたランチは雑穀米のご飯に味噌汁。おかずはいくつかあるものの中から3種類選べるもので、サバの味噌煮とサーモンの煮物、それにかぼちゃの煮付け、野菜サラダを選んだ。今や定番となっているヘルシーな「おばんざい」ランチ(税別980円)である。味つも優しいもので、なかなか美味しかった。

個人事業が主となっている中崎町のカフェにあって、「CAFE太陽ノ塔」は15年という時を経て、ケーキなど異なるメニュー業態の店を現在9店舗を構えるように成長している。チェーン業態というより、立地やスタッフの意向を踏まえた個性的な店舗による出店のようだ。ただ、カフェスタイルは変わらない店作りということのようであっる。
今回取り上げたカフェの他にも中崎町にはベトナム料理の店や手作り雑貨の店も数多くあって、若い世代、特に女性にとって町歩きの楽しさを倍加させる人気エリアとなっている。
ところで案内してくれた友人は17軒のカフェを巡りブログに公開しているのだが、当たり外れもかなりあると話してくれた。「まあ、6勝11敗ぐらいかな」とのこと。更に、以前あったカフェがいつの間にかなくなっていたり、新しいカフェもまた生まれている、そんな町であるとも。こうしたカフェの新陳代謝、変化も若い世代の関心を惹きつけている理由の一つになっている。

「レトロな町のカフェパーク」と書いたが、別の表現をするならば、カフェのテーマパークということである。未来塾では「テーマパーク」という考え方を何回か取り上げてきたが、豊かな時代の競争軸になったということでもある。一般的、平均的、横並びでは誰も満足しない時代にいるということだ。中崎町のカフェパークは2000年代初頭から始まり、ほぼ15年を経て一つの「賑わい」を見せる地域となった。やはり特徴ある町づくりには相応の時間が必要であると言うことだ。

中崎町のカフェ観察を後にして梅田茶屋町まで歩いたが見慣れぬ高層ビルが林立し少々驚かされた。その中の高層ビルの一つが大阪工大のキャンパスとなっているとのことで21階の学食「菜の花食堂」まで上がったが、ここの食堂から大阪城を見ることができてなかなかのものであった。学生だけでなく一般客も利用可能で、鮭定食などモーニング(300円) 8:00~10:00、お皿に盛り放題のランチ(700円) 10:30~14:45 となっていて、食い倒れの街大阪らしさのある学食であった。
ちなみに、この大阪工大キャンパスは2017年4月にオープンしたが、受付の方に聞いたところ、小学校跡地の再開発事業であったとのこと。近くのお初天神裏の学校跡地にも数年先には商業施設と住居の複合高層ビルが予定されている。梅田の再開発による高層ビル群と梅田裏中崎町の古民家再生タウンとが都市の一つの「あり方」を示していると言えよう。(後半へ続く)
  
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2018年12月02日

未来塾(35)「賑わい再考」(1)前半 

ヒット商品応援団日記No725(毎週更新) 2018.12.2.

今回の未来塾は東京もそうであるが、都市中心部の再開発の裏側で起こっている「変化」についてである。それは、私が今まで横丁路地裏に新しい「何か」が生まれていると指摘した変化で、一つの街の「かたち」が出来上がりつつある。具体的には大阪人であれば知ってはいる街で、大阪の中心地空掘(からほり)と梅田裏北西方向に15分ほど歩いた中崎町について3回(前半・中盤・後半)にわたるレポートである。


消費税10%時代の迎え方(4)

にぎわい再考

その良き事例から学ぶ(2)<前半>

大阪空掘(からほり)・梅田裏中崎町、

小さなにぎわいが新たな街を創る


1昨年から未来塾で続けて取り上げたのは地域としては大阪であった。それは時代の変化を最も良く映し出しているからであった。その変化の第一は周知の訪日観光客よるもので、大阪の「街の風景」が一変した。道頓堀を始め、なんばは道具屋筋から黒門市場まで、訪日外国人の波が押し寄せていた。その波は大坂城から再生した通天閣・ジャンジャン横丁といった観光地は勿論のことであった。
もう一つの変化は大阪の中心梅田の変貌で、大きく人の流れが一変したことであろう。周知のように梅田はJRや私鉄が集まる中心街であり、その核となる大阪駅の改装に伴う駅ビル・ルクアの伊勢丹撤退跡の変化である。ルクアイーレという専門店街と共に、地下の飲食街・バルチカと、同じ阪急梅田駅地下の阪急三番街に誕生した巨大フードコートによって、人の「流れ」が一変した。
今回の未来塾は東京もそうであるが、都市中心部の再開発の裏側で起こっている「変化」についてである。それは、私が今まで横丁路地裏に新しい「何か」が生まれていると指摘した変化で、一つの街の「かたち」が出来上がりつつある。具体的には大阪人であれば知ってはいる街で、大阪の中心地空掘(からほり)と梅田裏北西方向に15分ほど歩いた中崎町について観察したレポートである。
そこには戦災に会わずに古い古民家や長屋が残っていて、そうした建築を再生して新たなビジネスが生まれている。人を惹きつける一軒の店から始まり、点が線になり、そして面になり、そこに新たな「賑わい」が生まれてきている、訪日外国人による賑わい、大阪梅田といった巨大ターミナルにおける賑わい、そうした変化とは少し異なるある種「静かな賑わい」である。その主人公は若い世代。しかも女性たちによる賑わいで、それら賑わいの理由をまとめたレポートである。

古い街から、おしゃれなレトロな街へ

空掘(からほり)といっても大阪人以外にはまるで知らない街であろう。掘という地名に表れているように、大阪城に張り巡らされた三の丸の外堀である南惣構堀(みなみそうがまえぼり)があったところで、水のない空の堀であったことから空堀という名前になったとのこと。この空掘は1945年(昭和20年)の大阪大空襲では奇跡的に焼失を免れ、大阪の中心部でありながら昔ながらの長屋などが残り、狭い路地が複雑にめぐっている街である。ちょうど東京の上野裏にあたる谷根千(谷中、根津、千駄木)が空襲を免れたのとよく似ている、そんな古い街である。この空掘の中心には、松屋町筋から谷町六丁目、上町筋までの約東西800メートルに空堀商店街がある。NHKのブラタモリのロケ候補地に選ばれ、映画『プリンセス・トヨトミ』のロケ地にもなる、そんな昭和の匂いのするレトロな街である。

住民のための日常商店街

大阪の商店街と言うとまず真っ先に思い浮かべるのが天神橋筋商店街となる。南北2.6キロにわたり商店の数も600店という日本一長い商店街で、例えば大阪名物のたこ焼きも一味違ったたこ焼きを食べさせる「うまい屋」や、お好み焼きであれば名店「千草」がある。空堀商店街はそうした特徴のある商店街ではない。地元住民の日常生活に必要なドラッグストアやスーパー、定食屋、酒屋、豆腐屋、乾物屋、和菓子屋、パン屋といった業種の商店が軒先を連ねている。









実は空掘と呼ばれている地域は西の松屋町筋から東に向かって、空堀商店街、はいからほり商店街、空堀どーり商店街の3つで構成されている。この3つの商店街のどこに若い世代、特に女性たちを惹きつけるものがあるのか、歩いてわかったことだが、街の変化の芽が出てきていることがわかる。
この3つの商店街のほとんどは周辺住民の日常生活を支えている古い商店ばかりである。この商店街の特徴は昭和の時代を感じさせる商店ばかりで、ある意味どこにでもある商店街である。実はなだらかな坂の商店街になっていて堀のあった時代を感じさせる。平日の昼に歩いたので未だ活気を見せてはいなかったが、シャッター通り化してはいない、地元住民の需要に応えた商売をしていることがわかる。

新しい風が吹き始めている

大阪の友人から新しい変化の芽が空掘に起きていると聞いたのだが、ビジネスで大阪には新幹線で日常的に通っていたが、空掘という地名は聞いたことが無かった。その空掘に新しい芽が出始めていると。それは3つの商店街の北側と南側の古い長屋やアパート、あるいは住居をリノベーションした店舗が生まれ、若い世代、しかも女性たちが集まり始めているということであった。
実際に歩いて観察したのだが、3つのリノベーションした建物を核にまだまばら状態ではあるが小さなカフェや雑貨店、古着ハウスが点在していた。実は空堀界隈の長屋の保存・再生する会社「長屋すとっくばんくねっとわーく企業組合」によるプロジェクトであった。

再生は「惣(そう)」から始まる

実は古い長屋の再生は結構古くから始まり、2002年(平成14年)築90年を超す長屋2件を5つの店舗にした 長屋再生複合ショップ「惣(そう)」が誕生する。
この「惣」の由来は江戸時代の大坂の「町衆」の自治組織を意味しているとのこと。後に法人となる「からほり倶楽部」がプロデュースした複合施設であるが、そのポリシーにもあるが、「空掘のまちが好きな人たち」によって誕生したとのこと。これもちょうど東京上野裏の谷根千が4人の主婦による地域雑誌を創刊した時の理念と全く同じものであった。4人の主婦の考えに共感した住職を始め谷中ぎんざ商店街のメンバーが集まり、結果一大観光地になったことは周知のとおりである。
この「惣」が先駆けとなって練、萌へとつながっていく。現在は北と南の2つの長屋には飲食店や雑貨店など10店舗が入った複合商業施設である。1階奥には雑貨カフェがあり若い女性が喜びそうな店舗となっている。他にもリサイクル着物や美容室、更に夜になればレトロな空間の中で酒を楽しむバーもある。どの店も数坪の店で全てが手作り感溢れる店となっている。

空堀文化の拠点「萌(ほう)」

工場兼住宅をリノベーションして2004年誕生したのが複合文化施設「萌(ほう)」である。どの街にも歴史はある。そして、空堀にもそれらの痕跡となる多くの史跡が残されている。直木三十五の文学碑や近松門左衛門の墓など、そうした町民文化を残し、人々が集い、語り合い、共有できる拠点を目指すとのこと。
商業施設萌には小さなカフェを始め銭湯をコンセプトにした「橋の湯食堂」、シェアオフィス、手作りコサージュなどの雑貨店など、そして直木賞という名を残している作家直木三十五記念館などが入っている。









東京谷根千にも森鴎外記念館を始め、朝倉彫塑館、浮世絵を展示している寺町美術館、谷中レッドハウス ボタンギャラリー、江戸時代の時計を集めた時計博物館など、散策するシニアは多い。疲れたら後に詳しく書くが、1955年築の木造アパート「萩荘」をリノベーションしたHAGISOのカフェで一休みするというのが一つのコースになっている。「萌」も規模は小さいが同じコンセプトである。

お屋敷再生複合ショップ「練(れん)」

3つ目の再生施設は松屋町駅近くのお屋敷再生複合ショップ「練(れん)」である。その屋敷の原型は江戸時代のもので、明治維新、大阪大空襲、高度経済成長と、激動の時代を生き抜いてきた屋敷は登録有形文化財に登録されている。この練の歴史は古く、江戸時代の「小森家住宅」で、小森家の稼業は晒蝋(ロウ)の製造を営んでいたと記録がある。明治以降、いくつかの古い屋敷の移築などが行われきたと案内パンフレットには書かれている。戦後においても芦屋の別荘を移築した元病院のお屋敷と蔵をリノベーションしたように多くの時の変化の痕跡を残した建物になっている。






1階と2階には15のショップが入っており、カフェを始めとした飲食店や、手作り雑貨のショップなど他にはない店が古いレトロな空間に収まっている。やはりここでもカフェが人気で数人の行列が見られてはいるが、歴史を強く感じさせる空間にあっては行列という風景は練にとってはそぐわないことは事実であろう。
こうした再生ショップの他にも若い世代、女性を惹きつけるショップも空掘商店街の特に北側には点在している。洋服を含めた雑貨ショップや飲食店である。勿論、古い民家をリノベーションしたショップである。
空堀商店街についてなだらかな坂の商店街であると書いたが、どちらかというと商店街はいわば台地にあって、北側と南側へは急な坂道になって下っている。特に、南側の住宅へは坂道は急で、長屋などの再生を果たしたとしてもショップを散策がてらに回遊するには少々負担がある、空掘はそんな地形のエリアである。

















そうした空掘の街に中心となっている商店街にも新しい変化が起き始めている。その第一は数年前大阪に「カレーブーム」が起きて東京にもその情報が届いていたことがあった。その中の1店であると思うが、独自なスパイスで若い世代を虜にした「旧ヤム邸」というカレー専門店が空堀商店街の中ほどにある。出店した理由は定かではないが、若い世代を顧客として考え、空掘の再生ショップを訪れるような環境立地は良いと考えてのことだと思う。そのことは店の店頭写真を見てもわかるように古い店舗をリノベーションしたレトロ感溢れる世界を表現している。OLD NEW、古が新しいとする世界は若い世代にとって経験したことのない「新しさ」を感じる世界であるという良き事例である。このことは5年ほど前に未来塾にも書き指摘したことだが、若い世代の人気スポットとなった東京吉祥寺ハーモニカ横丁の賑わいを見れば理解できることと思う。OLD NEWは都市部の若い世代にとって、無くてはならないオシャレなセンスになったということである。
これは仮説ではあるが、「インスタ映え」というキーワードが時代のキーワードになっている。このインスタ映えには、「自分を見て欲しい」という表現欲求と共に、「遠い過去」から見つめられたい、古の眼差しを感じたい、とした欲求があると考えている。前者はバラバラになった個人化社会における承認欲求があり、後者には古に「癒し」とか「温もり」、あるいは時代を超えた「人間」を感じ取りたい、そんな言葉にはならない感情を持って空掘の再生施設を訪れていると考えている。勿論、足りない点はいくつもあるが、こうした「文化」を核とした町おこしは多くの時間を必要とする。そして、次の観察地である中崎町を比較するとその足りない点も明確になる。(続く)
  


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2018年11月04日

使い勝手の悪い巨大冷蔵庫 

ヒット商品応援団日記No725(毎週更新) 2018.11.4.



先日125年の歴史を誇る米小売業シアーズが日本の民事再生法に当たる破産法11条の適用をニューヨーク州の破産裁判所に申請し、実質的に倒産したと報じられた。いわゆるオールドエコノミーの破綻である。その背景については後日書こうと思っているが、今回は東京の豊洲市場が開所して2週間ほど経ったのでその内容について書くこととする。

2年前に「果たして、豊洲ブランドは成立するであろうか? 」とブログに書いたことがあった。ブランドとは携わる人たちとそれを良しとする顧客によって、時間をかけて創られる文化価値で一朝一夕で成し遂げられるものではない。老舗大国である日本にはこの文化価値を育ててきた歴史があり、築地ブランドもその一つであった。2年前のブログにもこの文化価値のシンボル的なものとして宮大工の技を例に挙げてその価値のあり方を次のように書いた。

『実は築地市場にはこの「見えない技」が代々継承されてきた。よく「こだわり」と言うが、宮大工の世界まではいかなくても、「見えない」世界に執着することがこだわりである。その執着を今まで私たちは修行と呼んできた。例えば、料理で言えば、基本の出汁は言うまでもないが、隠し味、隠し包丁、見えない工夫に執着することこそこだわりであろう。ファッションであれば、外面デザインだけでなく、素材や縫製更には裏地やボタン一つということになる。こうした「見えない技」を築地では「目利き」と呼ぶプロの人たちが卸売市場を形成してきた。
こうした食のプロ達が日常食べる店がいわゆる場外市場と呼ばれている場所である。この場外には数年前から多くの人がその食を求めて行列する、そんな観光地にもなってきた。プロの料理人が食べる賄い飯を素人である生活者が求める構図は、隠れ家食堂のようなものである。
もう一つの「見えない努力」は食の安全に対する日々の努力であろう。最近築地には行ってはいないが、若いころ銀座で働いていた頃はよく歩いて場外の寿司店など利用していた。当時から建物は老朽化し、決して綺麗とは言えない場内外であったが、ここ数十年食中毒など一度も聞いたことがなかった。これも衛生という見えない世界に対する伝統であろう。そして、この見えない世界という伝統を育ててきたのも築地から食材を仕入れきた鮮魚店や青果店、あるいは飲食店であり、その向こうには膨大な安全安心を求める消費者がいるということである。』

さて、その豊洲市場を歩いた感想である。また、その帰路築地場外市場で食事がてらに立ち寄った感想を踏まえたレポートである。事前にHPを見てから観察したのだが、想像以上に巨大な施設でここまで必要なのかなという疑念を感じつつ団体の観光客と共にゆりかもめ市場前駅から延々歩いた。大手通販企業のロボットによる自動化された物流センターならいざ知らず、卸・仲卸という人による「市場」にこれほどまでの広さは必要なのであろうかという疑問であった。確かに築地は狭く、取引量の拡大に応えることは難しい。しかし、周知のように中央卸売市場の取引量は減少に向かっており、一船買いや畑買いに表れているように大手小売り店や大手飲食チェーンあるいは回転寿司チェーンなどは卸売市場を通さず直接生産者と取引しており、その潮流は更に広がることが考えられている。

豊洲市場のもう一つの特徴は閉じられた空間ということである。その空間は仲卸棟や卸し棟に入るゲートから始まり、観光客向けの飲食街もである。飲食街の先には卸市場、仲卸市場となる。今回は観光客用の見学通路からの観察であったが、これも巨大空間、いや巨大冷蔵庫であることがわかる。築地が屋根はあるものの外気にさらされた空間であったのに対し豊洲は閉じられており、温度管理、衛生管理などにはよく出来ているかと思う。
場内では産地からの搬入から買い付け業者の搬出が一直線につながっていて、更には搬出入口はシャッターやエアーカーテンで外気が入りにくくしており、温度管理された環境下で一連の作業をできるため、築地より鮮度などを維持しやすくなっている。これが「巨大な冷蔵庫」と感じた理由である。

但し、水産卸売場棟では仲卸売場棟とつながる地下通路があるが、中小零細の小売店や飲食店の場合、例えば仲卸売場で仕入れた魚貝の他に野菜も購入したいとなると広い通りを渡って隣の棟の外れにある青果棟へと延々歩くこととなる。おそらく慣れたとしても10分以上は歩くこととなる。観光客の場合は単なる見学であり、せいぜい飲食施設で食事をするぐらいであるが、中小零細と言えども小売店や飲食店は顧客である。実はこの中小零細業者こそが「目利き」という目に見えない技を信頼し築地ブランドを創ってきた人たちである。この顧客にとって間違いなく「使いにくい」市場になっているであろう。また、自動車で買い付けに来る事業者は良いかと思うが、電車などのアクセスは極めて悪い。そうした意味で使いにくい巨大冷蔵庫市場と言えるであろう。

豊洲まで来たので久しぶりに帰路築地の場外市場を訪れた。数年前にも来たことがあるが、その時以上の賑わい、いや混雑であった。丁度、年末のアメ横のような状態で撮った写真は人混みが途絶えた瞬間のものであり、更に変わったなというのが場外市場の印象であった。シニア世代の日本人観光客もいたが、60~70%が訪日外国人観光客であった。その観光客はといえば、推測するに豊洲市場が中国人の団体旅行客であったのに対し、築地場外市場は欧米人もいれば中近東やアジアなど世界中から集まっていることがわかる。つまり、世界の「市場ブランド」、京都と共に日本観光の中心であることがよくわかる。若い頃東銀座にオフィスがあったこともあって築地の場外市場にはよくランチを食べに来た。そんなサラリーマン客はほとんど見ることもなく、完全に観光地としての築地場外市場であった。大阪の黒門市場が一大観光地になったと一昨年未来塾にも書いたが、ここ築地は黒門市場の明日ということであろう。黒門市場の時も感じたことだが、築地場外市場も「観光地価格」になっており、少々高いなと感じた。

本格的分析については後日未来塾にて公開する予定であるが、豊洲市場と築地場外市場の賑わいの「質」の差は歴然であった。豊洲市場は老朽化し衛生管理にも問題があった築地中央卸売市場の一側面については解決し得たと思う。しかし、失くしたものがこの「賑わい」である。つまり市場感覚、自由に見て回れる、本来食べたり、買い物したりするそうした楽しさが満喫できる街が求められているが、豊洲にはまるで楽しさのない閉鎖構造の空間が造られているということである。千客万来という温浴施設を核とした複合エンターティメント施設が予定されているが、閉鎖的でしかもその広大さから「回遊性」を創ることは極めて難しい。この楽しさ創造のポイントとなるのが未来塾にも数多く取り上げてきた「雑」集積による賑わいづくりである。この「雑」をどのように取り入れていくのかが重要な課題であったはずである。水産仲卸棟の4階には物販フロアもあるが、市場で働く人たちのための道具類などのショップであり、12時前には半数以上の店は終了になりシャッター通りとなっている。
豊洲市場を観察している最中、二組ほどのシニア世代から「どこに行けばマグロが買えるのですか」と質問され、更に「飲食店の数も少なく行列ばかりでどこで食べたら良いのですか」とも。私の答えは、ここではマグロなど買うことはできません。豊洲駅から地下鉄で二駅ほどで新富町という駅があり、7~8分は歩くがそこには築地場外市場があって、「食べたり、買い物したり」できますよとサジェッションした。豊洲市場にきた観光客、主に中国からの団体客は別として、日本の個人客の多くはこうした期待、市場巡りの楽しさを求めて来ていた。勿論、誤解に基づいた観光であるのだが、延々歩かされて、そこに見たのが楽しさがまるでない巨大な冷蔵庫であったということだ。

この「楽しさ」を提供すべく豊洲市場の隣には千客万来という施設が考えられているが、その施設自体の事業採算性は別として、地元江東区の活性化につながるのではといった期待が聞こえてくる。2012年に誕生した東京スカイツリーの建設に際しても地元の押上商店街は集客した観光客の一部は商店街にも来てくれるのではないかと期待していた。私はそんな期待はやめて成功している多くの商店街から学んだ方が良いと指摘して来たが、予測どおり、東京スカイツリーの観光客の一部すらも地元商店街などには回遊することはなかった。逆に、地元住民はスカイツリーにあるデパ地下のような専門店街へと足を運んだ。押上はシャッター通りではなく、住宅地とオフィスになって街は一変した。これが結果であって、間違ってはならない。それよりも豊洲のある湾岸地帯には今なおタワーマンションが建てられている。都心への利便性もあって需要があるからだ。ただ、無いものがあり、「新しい街」であるが故の「界隈性」であり、そこに生まれる賑わいである。このテーマについては後日未来塾で「賑わい再考」として公開するつもりである。

ところで、築地ブランドを創った人材は閉じられた豊洲の巨大な冷蔵庫でどう生かされていくのであろうか、というのが私の疑問である。勿論、目利きという見えない技の生かし方である。飲食業界の生命線は何と言っても先ずは「仕入れ」である。流通業界の仕入れ担当者がその経験を生かして飲食業界に転職していることは過去から見聞きしていた。今回もそうしたリクルートがあることも聞いている。それはそれで意味あることだと思うが、問題は築地で培われた目利きという財産である。豊洲という巨大冷蔵庫という閉じられた中で仲卸と小売り顧客との間でその技は継承されることと思うが、ブランドはその背後にある技を消費する開かれた生活者によって創られる。

もう一つの課題は、築地の跡地をどうするのかということである。現在は築地ブランドとしてのポジションは訪日観光客によって健在ではある。しかし、その裏付けの一つである「マグロのせり」といった日本固有の商いの現場は豊洲へと移ってしまっている。つまり、これからは市場の成り立ち。そのリアリティを失っていくということである。観光地としてどこまでその魅力を持続できるか、跡地利用にかかっているということである。銀座に近接した立地の良さからは多くの可能性が考えられる。しかし、築地場外市場とは無縁の施設が実施されれば、当たり前のことだが、築地場外市場は観光地としてのポジションを徐々に失くしていくことは間違いない。問われているのは、築地・豊洲といった湾岸エリアをどうするのかという全体構想力である。(続く)  


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2018年10月22日

第二次巣ごもり消費時代へ 

ヒット商品応援団日記No724(毎週更新) 2018.10.22.

来年10月に予定されている消費税10%導入の議論が始まった。消費増税は低所得者への負担が大きいため、生活必需品などについては除外して税率を下げる軽減税率が論議の中心となっている。その生活必需品の線引きはどうかということである。既に財務省からその線引きの概要について発表されている。軽減される対象品目として、酒類や外食を除く飲食料品全般と定期購読される新聞(週2回以上発行)で、消費税率引き上げ後も現在の8%のまま据え置かれるというものだ。

さてそこで問題なのが「線引き」が明確にできないということにある。例えば、弁当のテイクアウトは8%に据え置かれるが、イートインであれば飲食店と同じように10%になるという。いわゆる一物二価であるが、実はテイクアウトもイートインも境目のない時代に向かっており、消費場所で一物二価を決めるやり方は問題となる。顧客全員にレジ前で「店内で食べますか、それとも持ち帰りですか」と質問をすること。更に8%と10%の2種類のレジを使い分ける。もし、顧客が気が変わって店内で食べたいとレジ終了後申し出たらどうなるのか。レジはできる限り早くスムースに行うことが小売りの鉄則となっており、行列などあり得ない。今、レジを無人化する試みが始まっているが、8%と10%の2種類のバーコードによって可能ではあるが、そんなコストは食品の場合かけることはできない。アパレルなどの単価の高い品目は実施されつつあるが。つまり、「税」は公平であり、わかりやすいことが大前提である。煩わしい手間をどれだけ省くかが流通業を始め顧客接点を持つ事業者に課せられた課題となっている。勿論、これは顧客だけでなく、事業者にとってもである。

ただ推測するに、こうした混乱、手間を省くために現場では一律8%で実行されると思う。つまり、差額2%の消費税は国に入らないということである。財務省が厳密にレジ操作をチェックできるであろうか、それは不可能である。現場を知る人間にとって境目はどんどん無くなりつつある。つまり業際化であるが、例えばコンビニにおけるイートインであるが、少し古いデータであるが以下となっている。
■コンビニ各社のイートインの設置状況(全店舗数/設置店舗数)■
 ・セブン-イレブン  1万9166/約2000
 ・ファミリーマート・サークルKサンクス 1万8211/約4000
 ・ローソン 1万2395/非公表
 ・ミニストップ 2242/全店舗
業際化が一番進んでいるファミリーマートでは、平成29年度末までに約6千店舗でイートインを設置する方針で既に30%を超えていると考えられる。つまり、外食産業の市場をコンビニが進出しているということだ。こうした境目のない業態はスーパーでも百貨店でも多くの流通業において同様となっている。一方の外食産業も今以上にテイクアウト市場に積極的に入っていくことが予測される。ただし、外食産業は飲料やデザートなどのサイドメニューへの波及は低くなり、結果客単価はどんどん下がっていくことであろう。
つまり、「外食」ではなく、「内食」が進行するということである。そして、その内食は食品が8%という背景を踏まえ、家庭内調理が進行する。ちなみに平成29年の外食産業の市場規模は、1人当たり外食支出額の増加、訪日外国人の増加、法人交際費の増加傾向などにより、前年比0.8%増加し、25兆6,561億円と推計されている。ある意味軽減税率導入によって外食産業は冬の時代を迎えるということである。
しかも、消費者だけでなく、飲食事業者にとって経費負担増が加わることとなる。言うまでもなく、水道光熱費も10%となり、この2%増はコストアップへと直接つながっていく。私が提起しているように「コンセプト再考」が必要になっているということである。

また、報道によればキャッシュレスによるポイント還元案が検討されていると言う。クレジットカードの保有率は年齢の高い世代ほと高く80%を超えてはいるが、そこには軽減税率以上に問題は山積みとなっている。2009年に行われた家電エコポイントのように高額の還元であっても交換できる商品には多くの不満が残った。しかも、その還元期限をどうするか、あるいはカード会員の費用もかかる。
それよりもパパママストアのような零細事業者の場合、手数料は多様であるが平均5%前後、3~8%と多様であり、中小零細事業者にとってそのコスト負担は極めて大きい。このキャッシュレスポイント制度の主導は経産省とのことだが、その裏には顧客の消費実態もさることながら1000万未満の売り上げには消費税の負担はない中にあって、その経営実態を把握することも想定される。

ところで2016年首都圏で売りに出された中古住宅の戸数が、新築分譲住宅の戸数を上回った。新築一戸建て住宅が「100万戸の壁」を越える前に中古住宅が追い越したと言うことである。更に、新築・中古マンションの販売戸数についても2016年以降中古マンションが新築を上回る時代となった。確かに首都圏においてはタワーマンション需要は高いが、それ以上に中古マンションのリノベーションによる「自分好み志向」が上回ったと言うことである。
こうした「中古住宅」だけでなく、数年前からはシェアハウスという新しい価値観による住まい方も出てきている。この「シェア」という考え方は周知の車においても大きな市場となりつつある。大きな概念として見ていくならば、「所有から使用」への価値観である。数年前に断捨離というキーワードが流行ったが、そうした不要な物を減らす考え方によるライフスタイルが徐々にに浸透しつつある。そうした傾向の中に「ミニマリスト」と呼ばれる生活者も増えつつある。つまり、こうした潮流にある「使用価値」とは何かという「問い」の中に時代はあるということである。新しい合理的な価値観が生まれ、旧来の価値観を覆しつつあるということだ。ある意味デフレ時代から生まれた合理的なライフスタイルということである。勿論、消費税10%時代はこうした使用価値を促し更に進化していくことは間違いない。つまり、単なる節約といった「巣ごもり生活」ということではない。

更に、消費税10%が導入予定の2019年以降はどんな景気の時代になるか、前回のブログで次のように「曇り一時雨、という天気図」を予測した。その概要を再録しておく。

『ところで日米の日米物品貿易協定(TAG)が始まる。大枠については合意したと報道されており、懸案の自動車への追加関税25%については即実施しないことを条件とし、その代わりとして農産品の輸入関税引き下げが行われるようだ。詳細(具体的交渉)は年明けから始まると思うが、自動車への追加関税は行わないということではなく、推測するに農産品の関税いかんによっては交渉のテーブルに上がるということもあり得る。日米の貿易差額7兆7000億円の帳尻に合わせてくると考えられる。オバマ時代の経済秩序とは真逆の世界に入ったということである。
また、周知のように米国によるイランへの制裁によるイランからの原油供給不安、更には主要産油国が増産見送りにより、原油が高騰している。結果、レギュラーガソリンはリッター150円台にまで高騰している。消費レベルだけでなく、電力をはじめとした多くの産業のコストアップへとつながることは言うまでもない。更に、付け加えるならば首都圏の建設などオリンピック需要は来年の2019年で終わる。
つまり、消費税10%が導入される2019年の経済天気図は雨模様になるという予測が成り立つということである。但し、日本全体が雨になるのではなく、地域や業種のまだら模様の天気になる。日米物品貿易協定(TAG)の対象となる産業への助成策についてはTPPの時に既に計画されているので対応されていくと思うが、特に農業は高齢化も進み先行きが見えないということから廃業の道を歩むことは当然出てくるであろう。特に、相次ぐ災害に見舞われた農業県である北海道は雨模様になると言うことである。勿論、2020年には首都圏はオリンピックもあり、薄日は差し込んくることは間違いないが。』

こうした景気の天気予報を踏まえると、何故か10年前のリーマンショック後の消費風景を多くのマーケッターは「巣ごもり消費」と呼んでいたことを思い出す。消費税の導入はまた先伸ばされるのではないか、2回あることは3回もあるといった軽口は言いたくないが、10年前のリーマンショックは米国発の「外的要因」であったが、導入年度の2019年は大きな落ち込みにはならないとは思うが、オリンピック後は間違いなく消費は落ち込み続ける。第二次巣ごもり消費時代が始まるということである。(続く)  


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2018年10月12日

未来塾(34)「コンセプト再考」(1)後半 

ヒット商品応援団日記No723(毎週更新) 2018.10.12. 「コンセプト再考」の後半です。




消費税10%時代の迎え方(3)

コンセプト再考

その良き事例から学ぶ(1)後半

時代を超えたコンセプト、時代を取り入れたコンセプト
何を残し、何を変えていくのか


新しいコンセプト、小さなテーマショップ:星パン屋

1990年代ショッピングセンターのリニューアルに際し、そのキーワードの一つが食においては「採れたて、焼きたて、炊きたて、作りたて」といった「鮮度」を特徴とすることであった。パン業界もそうした傾向を受けて専門店化が進んだ。その背景にはパン生地の冷凍技術の進化があり、店舗で最終発酵と焼成を行う「ベークオフ」が始まった。2000年代に入ると、隣駅ぐらいであれば買いに行きたい店の一つとしてパン専門店があり、若い女性の間で話題となり、厳しい競争環境へと進んだ。そして、パン専門店の選別が始まり、2000年代後半には店舗数も減少し始める。また輸入小麦粉の価格が高騰し、家計調査におけるパン消費金額も減少し、現在は横ばい状態となっている。

こうした停滞状況から一歩抜きん出てきたのが5年ほど前銀座にオープンした「セントル・ザ・ベーカリー」であろう。ブログにも何回か取り上げたので詳しくは書かないが「食パン」を美味しく食べさせてくれる高級パン専門店で、今なお行列ができている店である。同じような「食パン」を販売する店が「俺のBakery&Cafe」である。同時に、美味しい食パンが焼けるトースターやテクニックも話題になった。こうした傾向の少し前には、美味しいご飯を食べたいということからブランド米と高級炊飯器のブームも起こっていた。
一方、デフレ時代を象徴するように、パン市場もパンの百円ショップや工場直売セールには行列ができる、そんな市場の分化も起きてきた。

こうした日常食の分化・多様化が始まった「パン」市場の中に誕生してきたのが、小さな「手作りパン」の店である。好みの小麦粉を選び、発酵酵母も自家製、温度管理や熟成方法も工夫しながら「私のパン屋さん」が続々と誕生してきている。都市部であれば住宅地のパン屋さんとしてご近所顧客しか知らない、そんな隠れ家的な小さなパン屋である。そうした小さなパン屋の中でもひときわユニークな店が「星パン屋」である。それは店名通りの「宇宙と星をテーマにしたパン専門店」である。







実はこのテーマ世界と同じ世界を感じたのが、一昨年大ヒットした新開誠監督による映画「君の名は。」であった。星パン屋のホームページには「宇宙のような、目に見える大きなものの不思議。酵母のような、目に見えない小さなものの不思議。繋がっていないようで、繋がっている生き物たちの、不思議。」とある。この不思議世界を「パン」にしようと試みたパン屋さんである。その不思議物語は、店長・ずんことイラストレーターkrimgen氏とで作り上げた絵本『星パン職人の少女』から生まれた、とのこと。
右の写真は塩バターパンの「地球」である。他にはベーコンを巻いて焼いた「かに座ベーコン」やこいぬ座をイメージしたミルククリーム全粒粉パンの「こいぬ座」、あるいは惣菜ロールパンである「星雲サンド」やウインナーパンである「火星ソーセイジン」のように星座をモチーフにした多様なパンメニューである。

こうしたテーマ性を持たせた「楽しさ」をも販売するパン専門店、しかもメルヘンチックな想像世界は恐らく初めてであろう。ただ懸念するのは、ともすると「コンセプトだおれ」になりがちである。日常食としての「美味しさ」(香り、食感、食味など)を継続させていけるかどうかということである。宇宙は無限の広がりを見せるものでもある。その「無限」は酵母の無限さと同じであると思うが、それらの不思議さは具体的な「商品」「パン」として具現化されなければならない。ここでパン以外に「商品」と書いたが、いわゆる発酵技術を活用した商品のことである。

「文化型」と「コンビニ型」が交錯する時代であると書いたが、星パン屋の場合は後者のコンビニ型、つまり常に変化を受け止めて商品化するビジネスである。単なる変化に押し流されずに、冒頭のとんかつ専門店「王ろじ」の”昔ながらの あたらしい味”になり得るかどうかである。それが可能になった時、いわゆる「プライベートブランド」として成立する。消費者の側に立てば、「マイブランド・星パン屋」ということである。

神奈川県磯子区根岸の小さなお店を訪れたのは、小雨の降るオープン間もない午前10時半過ぎであった。準備中ではなかったが、出来上がっている商品は少なく、食べてみたかった「地球」と「黒ゴマの食パン」はまだ出来上がっていなかったので写真のような惣菜パンと星座をモチーフとした2種類のパンを購入して食べてみた。惣菜パン(290円 税抜き)はミートローフを挟んだもので、そこそこボリュームもあって美味しかった。
女性二人でやっている小さなパン屋であるが、オープンして4年が経つという。帰路何かが足りないなと感じたのは「楽しさ感」がパンの世界だけでは足りないなというものであった。店内は子供にも座りやすく小さな椅子とテーブル、全て木製で配慮されているが、映画「君のは。」ではないが時代が求める「ワクワク ドキドキ感」が足りないなと気づいた。店舗写真を見てもわかると思うが、店の前に置かれたプランターには何も植えられてはいなかった。季節の花というよりテーマ世界を感じさせるのであれば、「秋桜」コスモス」となる。周知のように「cosmos」は、古いギリシャ語(kosmos)で「宇宙」を意味している。おそらくそこまで手が回らなかったのか、気が回らなかったのかわからないが、テーマを今ひとつ生かしきれていない感が残った。
都市部においてはこうした小さな専門店がこれからも誕生してくるであろう。日常の楽しみ方として、「テーマのある暮らし」と言うことになる。



事例から学ぶ


ところで数々の日本レコード大賞を受賞したヒットメーカーである阿久悠もヒット曲だけを作ったわけではない。実は、石川さゆりが歌う代表曲「津軽海峡・冬景色 」の曲づくりの悪戦苦闘ぶりを「転がる石」に喩えて次のように書いている。

『十八歳の少女に見える透明な声の演歌歌手に似合う歌は何かと、ぼくと三木たかしは、シングル二曲空振り、三曲目「花供養」も確信が持てずに目が回るほどに転がり、一曲を選び出すために十一曲も作ったのである。・・・・・・そして、最後の津軽海峡で転がる石は手応えを感じて止まったのである。・・・・・・今、作家も歌手も自らが作ったイメージに硬直して転がることを捨てている。せめて時代の半分の速度で転がることだ。』(「歌謡曲の時代」 阿久悠 新潮文庫より)

1990年代後半デフレの騎手として「フリース旋風」を起こしたユニクロも、その後イギリス進出の失敗と国内では在庫が大きく膨らみ業績は低迷する。GAPをお手本に成長したユニクロはファッション性を追求して行くのだが、その経営リーダーを若い玉塚氏に任せて行く。しかし、相変わらず停滞状況が続くのだが、創業者である柳井氏が社長に復帰し、同時に「ヒートテック」という新素材による新商品を発売して行く。当時、「フリースのユニクロから新素材開発のユニクロへ」と、自ら変わろうとしていると感じたことを覚えている。今もそうだと思うが、空振りを恐れない「転がる石」そのものである。

顧客が変わったことに気づき、こんなこと、あんなこと、小さな提案をし続ける事の中にしか「次」の革新への芽は見出せない。そのための顧客にもっと近づくこととは転がることを厭わないということである。未来塾で取り上げた多くの企業や団体、あるいはエリアのほとんどが転がることの中からヒントやアイディアが生まれていることがわかる。それが膨大なビッグデータであれ、顧客の一声であれ、まずは転がってみようということである。

「空、雲、傘 」という市場の認識法

「空、雲、傘 」という表現はコンサルティングやマーケティングに携わる人達が使う基本的な戦略手法である。簡単に言ってしまうと、「空」という市場・顧客を見上げ、「雲」の動きを分析・把握し、「傘」を持って出かけるべきか否かを決断するというものだ。
冒頭の「王ろじ」にとって「空」は新宿の顧客であり、その新宿という街も日々変化して行く。例えば、いつも来られる常連のお客さんが最近来ない、あるいは来店頻度が少なくなったような気がする。これが「空」である。たとえ話で解説すると、少し調べてみると、例えばとんかつではなく近くにある食堂で定食を食べに行ってるようだ。あるいは周りの飲食店も値下げしているようだ。こうした問題点を認識し、例えばそれではリーズナブル価格の新商品で対抗しようという解決の方向=戦略が「雲」である。では次にどうすれば良いのかという行動、例えばトンカツとカレーとを組み合わせた新メニューにしようかというのが「傘」という戦術である。(この例えば「王ろじ」が実際にそうであったという例えではない。私が勝手に図解したに過ぎないので理解いただきたい。)
実はこうした「空、雲、傘 」という考えは大企業のみならず、街場の飲食店でも行っていることである。「王ろじ」のように「昔ながら」という過去の中にヒットを見つけ「あたらしい味」に仕立てることによって「路地裏の名店」を継承させてきているということだ。

3年前からブログにも書いてきたことだが、消費というジャンルで天気を見て行くと、「空」の変化を大きく変えてきたのが訪日観光客であった。景気天気図として言うならば、リーマンショック後の曇り空に陽の光が少し差し込んできたというところであろう。その象徴的地域が一昨年・昨年の関西エリアということになる。すでに何回も書いてきたのでこれ以上書くことはないが、9月の台風21号による関空の麻痺状態は関西経済を真っ青にさせた。一瞬差し込んだ薄日が消え、まさに雨が降り始めるのではと恐れたが、いち早い復旧が可能となった。つまり、景気という天気は自然がそうであるようにいつ変わるかわからないということだ。しかも、情報の時代は悪い噂がたてばSNSによってあっという間に拡散する。勿論、逆に良い噂も同様で、そんな時代の天気である。

曇り一時雨、という天気図

ところで日米の日米物品貿易協定(TAG)が始まる。大枠については合意したと報道されており、懸案の自動車への追加関税25%については即実施しないことを条件とし、その代わりとして農産品の輸入関税引き下げが行われるようだ。詳細(具体的交渉)は年明けから始まると思うが、自動車への追加関税は行わないということではなく、推測するに農産品の関税いかんによっては交渉のテーブルに上がるということもあり得る。日米の貿易差額7兆7000億円の帳尻に合わせてくると考えられる。オバマ時代の経済秩序とは真逆の世界に入ったということである。
また、周知のように米国によるイランへの制裁によるイランからの原油供給不安、更には主要産油国が増産見送りにより、原油が高騰している。結果、レギュラーガソリンはリッター150円台にまで高騰している。消費レベルだけでなく、電力をはじめとした多くの産業のコストアップへとつながることは言うまでもない。更に、付け加えるならば首都圏の建設などオリンピック需要は来年の2019年で終わる。
つまり、消費税10%が導入される2019年の経済天気図は雨模様になるという予測が成り立つということである。但し、日本全体が雨になるのではなく、地域や業種のまだら模様の天気になる。日米物品貿易協定(TAG)の対象となる産業への助成策についてはTPPの時に既に計画されているので対応されていくと思うが、特に農業は高齢化も進み先行きが見えないということから廃業の道を歩むことは当然出てくるであろう。特に、相次ぐ災害に見舞われた農業県である北海道は雨模様になると言うことである。勿論、2020年には首都圏はオリンピックもあり、薄日は差し込んくることは間違いないが。

さて「曇り一時雨」という予測がされる中での消費税10%の導入である。どんな天気であっても、いわゆる全天候型のビジネスは何かと多くのマーケッターは考える。しかし、そんな絶対的なコンセプト&ビジネスなどあり得ない。そして、天気が悪い状況にあっては、消費マインドは更に萎縮する。そうした状況下での生き残り策、いや新たな成長策は何かということになる。

1、既にあるものを生かすことによって「新しさ」を創る

冒頭の「王ろじ」ではないが、取り込んでいくべき「新しさ」を何にするかである。西洋から取り入れた2つの「新しさ」、とんかつとカレーの組み合わせによって生まれた「新しさ」である。既にあるものを生かし切るということであり、ゼロからの新商品として多大な投資を必要とはしないということである。最近では日本マクドナルドの「夜マック」というダブルのパテを使ったり、「200円バーガー」も既存の食材をサンドしただけである。既存の食材を使う、オペレーションも特別なラインで行う必要はない。現場の負担も少なく、スムーズに行うことができる。回転すしのスシローの場合も、こうした考えのもとで「お得プロモーション」として行ったことがある。その「お得3貫セット」の握りすしも同じ発想である。実はこのスシローの発想は以前からあるもので、それは大阪新世界ジャンジャン横丁の大興寿司である。大興寿司では一皿3貫ずつ、150円からで大阪では以前から人気寿司店となっている。単純なことのように思えるが、このように定番化してしまうとその「お得さ」には新しさが生まれるということである。
逆に既にあるものを「引いて」新たなもの、メニューを作ったのがこれも大阪難波にあるうどん専門店「千とせ」の「肉吸い」である。「肉うどんのうどん抜き」を頼んだ吉本の芸人から生まれたもので、引くことによって新たなメニューを産んだ良い事例である。こうした小さな変化こそが必要な時代になっているということである。
とんかつ専門店も、日本マクドナルドのようなハンバーガーショップも、すし専門店も、あるいはラーメンなどの飲食店も、そこには「四季」という変化は基本的には無い。つまり、どれだけ変化という鮮度を提供できるかが、リピート客を創る上で不可欠なものとなっているということである。既にあるものをどのように生かし切るかがビジネスの基本となっているということだ。

2、新しい発想、新しいコンセプトで顧客を創る

事例を踏まえて言うならば、「お得が求められる時代」にあって、それまでの作業着であった防寒・防水ウエアーを街着にも使えるように、しかも三分の一の価格で提供した「ウオークマンプラス」。デフレ時代ならではの着想で、それを可能にしたのも既にある高機能素材を活用したことと、男女共用によるものであった。こうした高機能商品をベースに、街着などの新たなスタイル開発を行うという、つまりコンセプトをより豊かにした市場開発と言えよう。
ららぽーと立川に1号店をオープンさせて2週間ほど経った時に新業態店舗を観察したのだが、同じタイミングでTBSの撮影クルーが取材で入っていた。店舗のスタッフにも聞いたのだが、今後もこのような新業態店舗を SCなどの商業施設にも出店していく予定であると話していた。
「ウオークマンプラス」の場合、新商品開発というよりも新しいスタイル開発と言った方が的確であろう。比較としてはふさわしくは無いが、シャネルの口癖であったと言われる「モードではなく、私はスタイルを創ったのだ。そして、スタイルは次の時代にも残っていく。」という言葉を思い出す。そして、シャネルの場合はスポーツウエアーを街着のスタイルへと変えて見せたのだが、こうした他への「転用・活用」という発想はアパレル以外にも考えられるものである。全てを固定的に考えてはダメだという良き事例となっている。
そして、「ウオークマンプラス」がどこまで新たな「スタイル」として創っていけるか、期待してみたい。

「星パン屋」の場合であるが、テーマ性を持たせた発想は重要であると考える。焼きたてといった「鮮度競争」はパン市場の進化の過程では重要なことであった。確かに焼きたては美味しい。千葉県に「ピーターパン」というパン専門店がある。今はメロンパンという名物の人気店となっているが、それらの基礎を作ってきたのはやはり「焼きたて」である。そうした焼きたての鮮度として、「いつ」焼きあがるかを明示するパン専門店も多くなった。そうしたことを踏まえた「次」を考えると、その一つにはテーマを持った専門店となる。
テーマとは、消費者にとっては美味しさと共にもう一つの「楽しさ」や「健康」のことである。このテーマの重要さについては何回となく書いてきたのであまり繰り返さないが、テーマの魅力は一貫した「集積度」にある。いわゆるテーマパークである。星パン屋の場合は、星座の不思議とパン好きという2人のオタクによって生まれた小さなパン屋である。
こうした女性たちによるパン屋だけでなく、蕎麦好きが昂じて手打ちそば店をやりたい、あるいは農家料理の店をやってみたい、そうした小さな起業として参考になるであろう。そして、こうした「手作り」によるテーマ専門店はこれから流行ることと思う。但し、前述したように「コンセプトだおれ」になってはならないということだ。継続していくには、自惚れずにまず顧客の信頼を得ることだ。

ところで今ラーメン業界で一番注目されているのが庄野智治氏の「麺や庄の」であろう。庄野智治氏もラーメン好きが嵩じて独学で始めたラーメン店である。ある取材に答えて、そのスタートは順調であったが、1ヶ月で客足は止まったと語っている。その原因はなんであるかを探ったところ、提供したラーメンには「変化」がないという結論であったと言う。そこから自らラーメンクリエーターとし、創作ラーメンを始めたのが「麺や庄の」である。その創作ラーメンを作り続ける理由を、「客を飽きさせないため」と言い切っている。その目指す世界は旧来のラーメンを見事なくらい裏切る料理である。いわゆる「今」を映し出すコンビニ型の典型であろう。これも転がる石の一過程である。ちなみにミシュランガイドに掲載され、広く知られることとなった。顧客が求める「変化」を追い求めた結果ラーメンとは異なる料理にたどり着くのか、それとも変わらぬ大勝軒の「つけ麺」を提供するのか、どちらも正解であると思う。さて、星パン屋はどちらの可能性をたどるのか見守って行きたい。

コンセプトを変えることによって再生した事例はやはり旭山動物園の事例がわかりやすく示してくれているかと思う。事例の中でも触れたように、動物園で「何」を観てもらうのかと言うコンセプトの見直しにある。
それはある意味で、動物が本来持っている野生・本能、つまり本当の意味で「生きていること」を実感してもらうことへの発想転換であったと言うことである。それは観る側にとっては未知のことであり、驚きとなって観察する。知らない世界がこれほどあったのかと言うことである。表の顔の動物から、裏の顔をも観てもらうことでもある。表通り観光から、路地裏観光への転換という構図によく似ている。発想を変える、見方を変えることによって、それまで見えなかったことが見えてくる、そんなコンセプトの見直しであったと言うことである。勿論、見直しが誤りで失敗することもある。それも一つの転がる石である。

3、「日本文化」というコンテンツ

大きな市場となってきた訪日観光客市場についてやっと日本人自身も認識し始めた。そして、日本観光も回数化が進み、これも自然な結果で「日本好き」が深まっていると理解すべきである。日本観光の2大関心事は「食」と「寺社仏閣・城」であるが、その背景にはそれらを生み出した日本文化があると理解しなければならない。例えば、食であれば、寿司はやはり築地で食べてみたい、ラーメンは本場・本物の店で食べてみたい、新しくなった日光東照宮を観てみたい、桜もいいが秋の京都を訪れてみたい、・・・・・・・・日本文化、その生活文化の本物・本質へと興味関心が深まっているということである。こうした進化は勿論地方にも向かっている。
そして、多くの訪日観光客は既に事前に日本観光はすませているということである。ネット上の多くのガイドサイト、あるいは口コミサイトで事前観光はすませているということである。箸の使い方も練習し、温泉の入り方もマナー程度は理解して訪日する。。結果、体験・実感できるプログラムへと向かっているということである。その中には、日本人とのふれあいがあることは言うまでもない。
寿司もラーメンも自分で作って食べる。城、侍への興味であれば日本武道・剣道体験をする。そんな体験プログラムである。そうした体験の先には何があるかである。観光を終え自国に戻り、日本文化の伝道者になってみたい、そんなことから日本食レストランを始めたり、道場を開いたり、そうした訪日外国人が増えている。ちなみに、東京浅草の隣の合羽橋道具街は、料理道具を買い求める訪日外国人でいっぱいである。特に人気なのが日本料理の包丁類や器であるという。お土産にはミニチュアの食品サンプルといった具合である。

今回シャネルと宮大工を事例に取り上げてみたが、広い意味では見えない力、つまり「文化の力」ということになる。周知のように文化は多くの時を重ね熟成されたもので、勿論阿久悠さんが指摘してくれたように転がる石そのものである。シャネルも、宮大工も多くの挫折を経験してきたことは周知の通りである。
そして、今日のようにすぐに実績や成果が問われる時代にあっては文化への理解は難しいものとなっている。しかし、時を重ねた文化力の偉大さは江戸時代の浮世絵のように常に「外」から認められてきたものだ。日本人よりも訪日観光客の方が正確に認識していると言うことである。
ところで建築については戦後の荒廃した日本の再建には木材を使った旧来工法では時間もコストもかかることから、建築法の改正が行われ鉄筋コンクリートと安価な輸入木材や合板などを使った建物が広く普及する。その代表がいわゆる兎小屋と言われた団地群であった。明治維新後の廃仏毀釈に次ぐ第二の受難が大工に襲いかかる。そして、後継者も育たない事から「大工」という職業は廃れていく。しかし、ここ10数年前から洋のライフスタイルからの反転、揺れ戻しによる、いわゆる和ブームの時代になっていく。
昭和レトロをテーマとした古い木造建築のリノベーションが行われ、移築された古民家はおしゃれなレストランやカフェへと変貌する。国産木材を使った大型商業施設も見られるようになった。
数年前から新築住宅を中古住宅の販売戸数が上回るようになった。一般住宅のみならず、商業施設もシャッター通り商店もリノベーションが普通のこととなった。つまり、「過去」の何を残し何を変えるかが建築主や商店街・街の主要なテーマとなった。(このテーマについては事例として取り上げるつもりである。)

クールカルチャー・ジャパン

つまり、やっと日本の過去・歴史、そこに横たわる文化に向き合うことになったということだ。ヨーロッパを石の文化であるとするならば、日本は木の文化、紙の文化の国である。特に、地方には都市文化の波に洗われてなお残る固有な生活がある。その一つが飛騨高山の古い町並み、合掌造りの白川郷、懐かしい山村の風景、この飛騨高山は京都と並んで行って見たい人気の観光地となっているのも、この日本の原風景がいたるところに残されているからである。京都が雅な貴族文化であるのに対し、飛騨高山は日本の持つ自然文化生活の代表的な場所ということになる。観光協会は特別なことはほとんど何も変えていないとコメントしている。あるがままの町であり集落であり、変わらず朝市も行われる。昔ながらの山村が残り、歴史あるものという残すべきものが残され、その魅力に多くの観光客が訪れるということである。そして、白川郷の合掌造りの家もその藁葺きの吹き替えには経験・技術が必要となる。こうした合掌造りの家が残されていればこそ、吹き替えの職人も残りその技も継承されていく。
このように特別なことは何もしない、「あるがまま」「昔ながら」という魅力こそが「自然文化生活」の本質である。結果、アクセスもあまり良くない、小さな飛騨高山に人口の5倍となる年間50万人超の外国人観光客が訪れる。

こうした町並みが残されているのも、実は地元住民や商業者によるものである。あの観光地となった東京谷根千もそうであり、再開発の予定地であった吉祥寺駅前のハモニカ横丁も昭和レトロな雰囲気が人気となり、そのまま残ることとなった。
残すもの、変えるもの、それは地域であれば住民やそこで商売をする事業者、更に何よりもその地を訪れる顧客の評価によって決まる。そして、その「評価」の基準は何かと言えば、見えない何か、堆積する固有の文化を魅力と思えるかどうかである。冒頭のとんかつの店「王ろじ」に即して言うならば、「昔ながらの あたらしい味」に、その新しさに魅力を感じるかどうかである。「昔」を新しい、未知のものと感じるかどうかということである。都市化によって失くしてしまった「未知」、大仰に言うならば失くなりつつある日本の文化と言っても過言ではない。
  


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2018年10月10日

未来塾(34)「コンセプト再考」(1)前半  

ヒット商品応援団日記No723(毎週更新) 2018.10.10.

今回は消費税10%時代の迎え方としてどうあるべきか、そのコンセプト事例を取り上げ学ぶこととする。時代を超えたコンセプト、時代を取り入れたコンセプト、何を残し何を変えていくのか、避けて通ることができないその良き事例を学ぶこととする。



消費税10%時代の迎え方(3)

コンセプト再考
その良き事例から学ぶ(1)

時代を超えたコンセプト、時代を取り入れたコンセプト
何を残し、何を変えていくのか

「コンセプト」という言葉はビジネス現場のみならず日常会話においても多用される言葉であるが、その対象を広く考えるならば、人を惹きつける魅力その特徴の中心を為すものと考えるとわかりやすい。通常言われる商品やサービスだけでなく、その対象は広く街であったり、自然豊かな農村であったり、場合によっては街のちょっとした路地裏であったりもする。あるいは人物についてもコンセプトで整理することもできる。今まで何回か街歩きの観察からもレポートした「看板娘」や「頑固おやじ」もコンセプトの役割を果たしている。最近の傾向では、看板娘で言えば「かわいいおばあちゃん」であったりする。

さてそのコンセプトの良き事例の一つが冒頭写真の創業1921年(大正10年)老舗とんかつ「王ろじ」のカツカレーである。その大正10年と言えば、その2年後には関東大震災が起きた時期である。東京新宿にあるとんかつ専門店で、その店名「王ろじ」の由来は「路地の王様」とのこと。場所は新宿三丁目の伊勢丹本店裏に当たるのだが、まだ伊勢丹本店が移転しオープンする前で、大規模な商業施設も少なく、まさに路地裏の店であった。当時の新宿三丁目は宿場町内藤新宿の面影を残した賑わいのある街であった。新宿通りが表通りで、「王ろじ」はその裏通りに当たり、まさに路地裏のとんかつの王様であった。店の暖簾には「とんかつ」の4文字を表した絵文字がデザインされており、「王ろじ」のシンボルマークとなっている。
とんかつは周知の通り洋食の一メニューとして明治以降広く流行ったのだが、そのとんかつはより特徴あるものとして専門店化していく。カツサンドであれば上野御徒町の「井泉」であり、カツカレーであればこの「王ろじ」あるいは同じ大正時代に創業した台東区入谷の「河金」となる。この飲食市場もカレー専門店もとんかつを含め多くのトッピングがなされ、昔も今も市場競争の激しい外食産業となっている。









少し分析的になるが、看板には「昔ながらの あたらしい味」とある。OLD NEW、古が新しいとした言葉が表しているように、変化する時代の好みや嗜好にも応えていく、そんな考え方でメニューがつくられている。今や名物となっているカツカレー(とん丼)の冒頭写真を見ていただくとわかるが、高く盛られたカツにカレーがかけられており、こんな独特な盛り付け方も今なお「新しさ」が感じられる。カレーの味はといえばスパイシーというより、いわゆる家庭で作られているカレーに近く、とんかつの味を殺さないものとなっている。とんかつ専門店としての原則は継承しながら変化にも応えていくということである。ボリュームもあり、数年前に950円から1050円に値上げされたが満足度の高いカツカレーである。

こうして見ていくとわかると思うが、コンセプト、ネーミング、デザイン、MDポリシー、マーチャンダイジング、・・・・・・・見事なくらいマーケティング&マーチャンダイジングされており、学ぶべき点がよくわかる。
ちなみに、ご夫婦による家族経営でお店をやっており、そうした意味においても見事である。勿論、食は好き嫌いがあり、こうした見事さだけで流行るとは言えないが、少なくとも100年近くもの歴史を刻むことができたのはこうしたコンセプトからであろう。

コンセプトは「次」に向かう道しるべ

何故この時期にコンセプトが大切なのかというと、それは今まで顧客を惹きつけてきた「魅力」が消費税10%という一つの壁を越えることができるか、その課題への対応を明確にしておくことの大切さである。時代の変化、トレンドという「波」に任せる経営もある。しかし、波は時間が経てば必ず以前の海へと戻っていく。それはそれで波が波であった期間だけの限定メニュー商売としては成立するが、ビジネスの本質は「継続」である。そのためには課題に対し、今一度コンセプトを見直して、依って立つ市場におけるポジションを明確にしておこうということである。結果、経営判断として間違えたとしても何が間違いであったか、次に向かう戦略を得ることができるからである。つまり、何が悪かったのか、どうすれば改善できるのか、という一つの「答え」を得ることができるからである。

専門店も、商店街も、ショッピングセンターもオープンした時が一番「新しい」。その新しさとは今まで無かった魅力の新しさのことで、施設などのハード面は翌日からその鮮度を落とし古くなっていく。その鮮度を感じさせるのは情報にもあるが、その根本は期待に応えた中身・コンテンツのリアルな満足感である。その満足感は回数を重ねることによって、リピーター・フアンとなっていく。しかし、その多くは次第に「普通」になって足が遠のくこととなる。つまり、鮮度という特別なことが無くなっていくということである。
こうした時に役に立つのがコンセプトはどうであったかという「問い」である。何を変えなければならないのか、その答えのヒントを得るのがコンセプトである。多くの老舗、特に元祖と言われ今日もなおその魅力を発揮している場合の多くは、元祖を生かしながら新たな商品・メニューを随時発売していくことによってその「新しさ」を保っていくことが多い。「昔ながらのあたらしい味」を掲げる「王ろじ」というとんかつ専門店を選んだのもこうした理由からである。つまり、消費税が10%になっても変わらず来店してくれることを期待する戦略とは何かである。

ここで一番重要となるのが、「何を残し」、「何を変えていくのか」という避けて通れない課題である。この課題は「人」がビジネスを継承していく場合真っ先に答えを出さなければならない。ビジネス規模によっても答えを出す手続きなど異なるが、実はビジネスをビジネスとして存在させているのは「顧客」「市場」であり、コンセプトの最大の支持者であることを忘れがちである。株主や取引先、あるいは従業員もその「答え」の関係者ではあるが、顧客にとって「何を残して欲しいか」、「何を変えて欲しいか」が一番重要なことである。実はそのためにコンセプトをビジネスの全ての物差しとして活用していくということである。ビジネス規模が大きくなればなるほど、多くの事業や商品も生まれ、人材も増え、管理も複雑化し、ともするとコンセプトという顧客を魅了した「はじめ」を忘れがちになってしまう。つまり、今一度全ての議論もこのコンセプトを基に進めていくということである。
ところでこの未来塾で取り上げた専門店の多くは顧客から教えられたメニューは多い。例えば、前回の未来塾で取り上げた大阪南船場のうさみ亭マツバヤについも、その元祖きつねうどんの誕生は顧客から教わったものであった。実はサービスで出した甘辛く炊いた揚げを顧客の多くはうどんに浸して食べていたことから生まれたメニューである。あるいはいまや観光地となった大阪なんばの「千とせ」の肉吸いも、吉本興業の芸人花紀京が「肉うどんのうどん抜き」と頼んだことから生まれた名物メニューである。このように顧客からのヒントや指摘によって生まれ変わった事例は多い。

ストック(文化型)とフロー(変化型)消費が交錯する時代

時代時代の変化、つまり顧客の好みや嗜好の変化をどう取り入れていくのか、そうした市場の変化に対し、メニューやサービスのみならず業態や経営のあり方をも変えていく。新しい価値、今風に言えば「インスタ映え」する商品・メニューのように顧客興味に応えた「新しい」「面白い」「珍しい」ものが誕生する。一方、変わらぬ「何か」、老舗だけでなく、街場の中華店のように慣れ親しんだ「味」、あるいは使い勝手さなどを求める市場もある。
そうした新たに創られた価値商品と顧客の体験実感価値商品との比較例として前者をスオッチ、後者をロレックスの2つの時計市場でその「違い」を分析したことがあった。周知のようにロレックスは文化価値(=アンティーク)であり、スオッチはデザイン価値(=変化・鮮度、トレンド)であると分析をし、前者を文化型商品、後者をコンビニ型商品と私は呼んだことがある。

このように時計のみならず、食品、化粧品、更には書籍まで幅広く2つの市場が作られてきている。特に都市においてはこの2つの市場が明確に現象化している。例えば、誰の目にも分かりやすい例としては、今東京で脚光を浴びている「街」にあてはめれば、文化型話題を提供しているのが江戸文化の日本橋や人形町、更には昭和の庶民文化の街であればヤネセン(谷中、根津、千駄木)といったエリアである。一方時代の変化を映し出すコンビニ(トレンド)型価値を提供しているのが表参道・原宿といったエリアとなる。商店街という視点に立てば、前者は「商店街から学ぶ」でも取り上げた東京江東区砂町銀座商店街であり、後者であれば新宿ルミネといった商業施設となる。前者、後者を小さなエリアのなかに混在させながら独自な魅力を発揮しているのが吉祥寺・ハモニカ横丁となる。そして、前者の文化型話題のなかで新たに生まれたのが、世界に誇るサブカルチャーパークとなっているあの秋葉原・アキバである。
今回のコンセプト再考の事例についてもこの2つの視座を持って、4〜5回にわたって学んで行くこととする。

時代を超えるコンセプトとは何か

さて、そのコンセプトであるが、時代を超えるコンセプトを追い求める企業も多く、、実は老舗の多くが持っているポリシー・コンセプトのことである。そして、今風に言うならば、「潰れない会社の持続力とは何か」と置き換えても構わない。
少し前のブログに、「日本一高い 日本一うまい」を掲げた花園饅頭の破綻について書いたことがあった。1834年創業、180年もの歴史を持つ和菓子の老舗である。東京・新宿に本店を持つ花園万頭はその饅頭もさることながら「ぬれ甘納豆」で知られた和菓子店で虎屋の塩羊羹ほどのブランド和菓子ではないが、それでも掲げたフレーズ「日本一高い 日本一うまい」が破綻した。そのニュースを表面だけで理解するならば、デフレのこの時代に潰れるのは当然と思いがちである。しかし、「日本一高い商品」が売れなくなったことで破産したわけではない。東京商工リサーチによればバブル期の不動産投資の失敗が重く、再建に向けてスポンサー探しを進めていたが上手くいかなかったとのこと。
1990年代初頭のバブル崩壊が20数年を経た今、資金繰りができなくなったということである。「日本一高い・・・」としたコンセプトが100%間違っていたとは言えない。但し、経営としては第二のヒット商品「ぬれ甘納豆」を作ることができなかったことによる経営破綻であると理解すべきである。

「見えない技」が時を超える

ところで、世界で最古の会社である金剛組について以前ブログに書いたことがあった。創業1400年以上、聖徳太子の招聘で朝鮮半島の百済から来た3人の工匠の一人が創業したと言われ、日本書紀にも書かれている宮大工の会社である。何故、1400年以上も生き残ってきたのか。実は日本ほど老舗企業が今なお活動している国はない。創業200年以上の老舗企業ではだんとつ日本が1位で約3000社、2位がドイツで約800社、3位はオランダの約200社、米国は4位でなんと14社しかない。何故、日本だけが今なお生き残り活動しえているのであろうか。時代を超えたコンセプトのヒントがここにある。

その金剛組であるが、最大の危機は明治維新で、廃仏毀釈の嵐が全国に吹き荒れ、寺社仏閣からの仕事依頼が激減した時だと言われている。明治政府が行った神仏分離令であるが、その意図を超えて廃仏運動へと全国に広がり、有名な話では国宝に指定されている興福寺の五重塔が売りに出され薪にされようとしたほどの混乱であった。
更に試練は以降も続き、米国発の昭和恐慌の頃、仕事はほとんど無く、三十七代目はご先祖様に申し訳ないと割腹自殺を遂げている。何がそこまで駆り立てるのか、守り、継承させていくものは何か、老舗に学ぶ点はそこにある。今風に言えば、ブランド価値とは何であるか、ということにもつながっている。
金剛組の場合は、宮大工という仕事にその「何か」がある。宮大工という仕事はその表面からはできの善し悪しは分からない。200年後、300年後に建物を解体した時、初めてその「技」がわかるというものだ。
「見えない技」、これが伝統と言えるのかも知れないが、見えないものであることを信じられる社会・風土、顧客が日本にあればこそ、世界最古の会社の存続を可能にしたということだ。
ここ10数年、「見えない技」とは真逆の「見える化」が叫ばれ、消費の世界もそうした見えるための工夫やシステムが実施されてきた。それは2008年中国で作られた冷凍餃子中毒事件に始まり、数年前にも日本マクドナルドのチキンナゲット問題など「見えない」ところで製造されたものへの不信感が消費者にあるからであった。しかし、そうした食の世界とは別に、日本人が持つ「技」への関心は世界へと広がっている。建築に素人である私であっても、釘や金物を殆ど使わず、木自体に切り込みなどを施し、はめ合わせていく「木組み工法」という日本固有の技術のすごさぐらいはわかる。その建築物が何百年もの時を刻んでいくすごい「技」である。

「生き方」が時を超える

コンセプトを語る時、それはブランドの理念を語ることに直接つながる。それはブランドのスタートである創業の理念・精神をどのように継承発展させていくかということでもある。その創業精神が継承されている良きブランド事例としてあのシャネルがある。今から10年前にブランドの継承というテーマでロレックスやティファニーと共にシャネルをブログに取り上げたことがあった。時間が経っているので、抜粋して再録しておく。
『波乱万丈、成功と失敗を繰り返したシャネルであるが、この生き様が商品に映し出された例は珍しい。その生き様であるが、1910年頃マリーンセーター類を売り始めたシャネルは、着手の女として彼女自身が真先に試して着ていた。そして、自分のものになりきっていないものは、決して売ることはなかった。それは、アーティストが生涯に一つのテーマを追及するのによく似ている。丈の長いスカート時代にパンツスタイルを生み、男っぽいと言われながら、水夫風スタイルを自ら取り入れた革新者であり、肌を焼く習慣がなかった時代に黒く肌を焼き、マリンスタイルで登場した。そして自分がいいと思えば決して捨て去ることはなかった。スポーツウェアをスマートに、それらをタウン ウェア化させたシャネルはこのように言っている。“私はスポーツウェアを創ったが、他の女性たちの為に創ったのではない。私自身がスポーツをし、そのために創ったまでのこと”。勿論、 アクセサリーの分野でも彼女のセンスを貫き通した。“日焼けした真っ黒な肌に真っ白なイヤリング、それが私のセンス”。シャネルのマリンルックは徐々に流行する。
以降も次々と革新的な商品を生み出していく。例えば香水についても、過去の“においを消す香水”ではなく、“清潔な上にいい匂いがする香水”、つまり基本は清潔、それからエレガンスであった。そして、調香師エルネスト・ポーと出会い、「No.5」「No.22」が生まれるのである。コンセプトは“新しい時代の匂いを取り入れること”とし、どこにでもつけていける香水を創ったのである。
シャネルにもいくつかの挫折がある。1939年、第2次世界大戦が始まると、シャネルは香水とアクセサリーの部門を残してクチュールの店を閉める。15年後、再びシャネルは挑戦する。そして、戦後シャネルのコレクションに対し、次のような批評が殺到する。
「1930年代の服の亡霊」あるいは「田舎でしか着ない服」と酷評される。

1954年、既にパリモード界はクリスチャンディオールの時代となっていた。これらのモードに猛然と反撃したのがシャネルだった。カムバックする舞台はパリではなく、アメリカ。それがシャネルスーツであった。
エレガントで、シック。かつ、時代のもつ生活に適合する機能をもったスーツであった。アメリカは「シャネルルック」という言葉でこのスーツを評した。そして、シャネルは“モードではなく、私はスタイルを創りだしたのです”と語る。

1971年1月、87歳の生涯を終えるシャネルだが、生前、“シーズン毎に変わっていくモードと違って、スタイルは残る”としたシャネルには、そのスタイルを引き継ぐ人々がいた。そして、1987年、あのカール・ラガーフェルドが参加する。“シャネルを賞賛するあまり、シャネルの服の発展を拒否するのは危険である”。シャネルの最大の功績は、時代の要請に沿って服を創ったことにあり、シャネルスタイルを尊重しながらも、残すべきもの、変えていくべきものをラガーフェルドは明快に認識していた。顧問就任時にこうも語っている。“シャネルは一つのアイディアの見本だが、それは抽象的ではない。生活全てのアイディアである。ファッションとスタイルのシャネルのコンセプトは一人の女性のため、彼女のパーソナルな服と毎日の生活のためのものなのだ。シャネルのコンセプトは象牙の塔のものではなく、ライフ=生活のためのもの”こうしてシャネル・コンセプトはカール・ラガーフェルド達に引き継がれ今日に至るのである。』

ブランドは無形の経営資産であると言われてきたが、カール・ラガーフェルドが言うように、例えば社長室に飾られている社是や経営理念のような「抽象的世界」ではないことを基本に継承されているブランドである。それはシャネルの生き方、生き様の継承であって、ある意味「見えないもの」の継承である。
そして、よく言われることだが、シャネルにとって「時代と共にある」とは、生活の変化を素直に受け止めることで、結果として「既成」を壊すこととなる。シャネルフアンはそうしたシャネルの生き方に共感する女性たちで、生き方という「見えないもの」を消費していると言っても過言ではない。つまり、ブランドシャネルはシャネルの「生き方継承」であり、熱烈なシャネルフアンはその伝道者と言えよう。そして、伝道者には必ず聖地があり、その聖地がシャネルブティックの店である。

コンセプトを磨く、変える

コンセプトを磨くと書いたが、その磨き方として大きくは2つに分かれる。消費税10%を乗り越える磨き方であるが、ビジネス・商売が順調に進展している場合、コンセプトへの顧客支持はあることから、その「テーマ」をより強めることに注力する。もう一つの場合、現状売り上げも右肩下がり状態で客数の減少が見込まれどうすべきか迷っていることから、コンセプト自体の変更を考える。何れにせよ、問題点の整理から生まれる解決策になる。

新業態店「WORKMAN Plus(ワークマンプラス)」

あまり消費の表舞台には出てこなかった企業の1社が、ベイシアグループのワークマンという建設技能労働者向け衣料品専門店事業である。全国821店舗、勿論ダントツトップシェアを誇る企業である。2018年3月期の売上高は前年比7.3%増の797億300万円、経常利益は10.4%増の118億5600万円と好調である。このワークマンがカジュアルウエア事業を強化し始めている。
ガテン系、3Kといった屋外作業員の労働着のイメージが強かったワークマンであるが、数年前1着の防水防寒ウエアからカジュアルウエア事業が始まる。その商品はPB商品「イージス」で、突如売り切れが続出する。それは一般のバイクユーザーが防寒着として買い求めていたことが要因であった。バイク用の防水性を持つ防寒着は数万円はするのだが、ワークマンのイージスは6800円と安い。次第にスポーツ愛好者や主婦の間にも口コミで広がって行く。スポーツメーカーやアウトドアメーカーからも高機能ウエアが発売されているが、ワークマンの場合は建設労働者という大きな市場、男女兼用着もあって大量に製造することによって、価格は「3分の1」と極めて安い。
そして、ライダー用から釣り用へ、自転車ロードバイク用、ランナー用、子育てママ・・・・・・顧客の広がりと共に、新業態店「WORKMAN Plus(ワークマンプラス)」の出店に向かう。その一号店が9月5日ショッピングセンターららぽーと立川への出店である。コンセプト的にいうならば「かっこいい (作業服)レインウエア」となる。

訪問したのはオープンから2週間ほど経った午前中。オープン時の賑わいはなく、落ち着いた店内であったが、想定通りの客層、作業着姿の男性客、若い男女に小さな子供連れの女性客であった。少々陳列には問題を感じたが、とにかく商品が安い。レジの女性に聞いたのだが、通常の路面店と比較し、レインウエアなどのカジュアルな商品を増やしたとのこと。勿論、ワークマンの主力商品である作業着をはじめ靴や手袋なども品揃えされている。売り上げも順調に推移しているようですねと聞いたが、その返事もおかげさまでとのことで、推測するにこの業態店はショッピングセンターなどに出店して行くことと思う。

従来の高機能作業服専門店から、「かっこいい ウエア」へとコンセプトを磨いた新規事業の業態店といえよう。このことから本業である「作業服」も「おしゃれなワーキングウエア」へと変化して行く。本来であれば、ユニクロやguあるいはしまむらといったアパレル企業が取り組まなければならないジャンルである。こうしたワークマンのコンセプト磨きのきっかけもライダーによって創られたものであった。新たな顧客変化を受信し、その変化に応えたワークマンプラスとして、まさに時代と共にある事業の典型である。このことによって、利用顧客のみならず、人手不足で悩む建設業界など現場を抱える企業にとっても良きコンセプト変化、新たなスタイル提供となっている。

カジュアルウエア市場は周知の通りGAPやH&M、あるいはZARAなど極めて厳しい競争市場となっている。ファストファッションという日常のおしゃれ着は一つのスタイルを形成し、若い世代を魅了してきた。しかし、同時にそのおしゃれ好き人間も仕事の場、作業する現場に携わることも多い。そして、防水高機能レインウエアも普段の街着として着てみると意外や意外アウトドアの感じもあって結構素敵じゃないかと思う人たちが出てくる。1990年代始め、当時の団塊ジュニアがそれが中国製であろうが、気に入れば購入する「セレクトショップ」の時代があった。それと同じことが今起きているということである。ファストファッション市場も競争相手ばかりを見ていて顧客が見えなくなっているということだ。ある意味「すきま市場」ということとなるが、本業をもとに「新業態店」として展開するのもコンセプト磨きの良き事例であろう。

旭山動物園の再生

コンセプトを変えることによってV字回復する、そんな企業や団体は数多くある。最近であれば「野菜たっぷりちゃんぽん」で復活を遂げたリンガーハット。深夜のワンオペ・人手不足からブラック企業呼ばわりされ大幅赤字に追い込まれたすき家は労働環境を整備し、牛丼の「質」を改善させ大幅黒字へと回復させた。勿論、日本マクドナルドもそうした回復企業の一つである。

今回旭山動物園を選んだのは、それまでの動物の姿形を見せることに主眼を置いた「形態展示」ではなく、生きている動物そのままの行動や生活を見せる「行動展示」への大転換を行うことによって廃園の瀬戸際から再生した事例である。コンセプト的に言えば、来園者を主役にするのではなく、命ある動物を主役にした発想によるものであった。
その具体的な転換として、ペンギンのプールに水中トンネルを設ける、ライオンやトラが自然に近い環境の中を自由に動き回れるようにするなど、動物たちが動き、泳ぎ、飛ぶ姿を間近で見られる施設造りを行っている。環境エンリッチメントとして、冬のペンギンの運動不足解消から始められた雪の上の散歩は人気イベントで、積雪時に限り毎日開催される。このほか、動物の食事時間を「もぐもぐタイム」と称し、動物の行動を展示する催しも行われている。
例えば、写真のシロクマの行動展示では、最大の好物であるアザラシ(=観客)がさもいるかのような仕組み、見せ方が構造上作られている。アザラシ(=観客)をめがけてシロクマが飛びかかる、観客はその野生にびっくりするといった、野生のもつ行動を興味深く展示する考え方で全ての動物が展示されている。
これは私たちが知らなかった野生の一面、不思議さを見せてくれている。再生に取り組んだ小菅正夫園長をはじめとした「バカもの」と共に、このコンセプトが倒産寸前の旭山動物園を救ったのである。

開園したのは1967年7月1日。当初の動物は75種505匹だった。なお、これにはコイ200匹も含まれている。当初40万人ほどだった年間入園者数は、旭川市の人口増とともに右肩上がりに増加したが、1983年の約59万7千人をピークに減少に転じる。そして、1996年には約26万人まで入園者数は落ち込む。
そして、新しいコンセプトのもと1997年より行動展示を実現する施設づくりに着手する。同年には巨大な鳥籠の中を鳥が飛び回る「ととりの村」が完成。翌年以降「もうじゅう館」、「さる山」、「ぺんぎん館」、「オランウータン舎」、「ほっきょくぐま館」、あざらし館、「くもざる・かぴばら館」、チンパンジーの森と毎年のように新施設をオープンさせ、そのたびに入園者を増やしていく。
2005年、NHKの番組「プロジェクトX~挑戦者たち~・旭山動物園~ペンギン翔ぶ~」に取り上げられる。また、2006年5月13日には、フジテレビ系列で旭山動物園をモチーフとしたスペシャルドラマ「奇跡の動物園~旭山動物園物語~」が放送、次いで2007年5月11日、2008年5月16日に続編が放送され、その後もたびたびドラマの撮影や映画の撮影が行われている。
年間入園者数は、2005年度には前年比55万人増の206万人、2006年度には304万人、2007年度には307万人を記録している。上野動物園の350万人に肉薄し、夏休み期間中はそれを凌ぐ入場者を集め、北海道を代表する観光地のひとつとなった。なお、入園者数は2007年度をピークにその後はブームの沈静化に伴い減少に転じたが、2011年度頃からは160万人台の入園者数となって減少に歯止めがかかった。現在でも恩賜上野動物園・名古屋市東山動植物園に次ぐ日本第3位の入園者数を誇っている。

コンセプトは単なる「概念」としてのそれではない。具体的な「行動展示」として個々の動物ごとに変えて行くことでもある。しかも、その裏側には命ある動物の自然な生き方・行動を見て感じて感動してもらうことが主眼である。多くのニュースにも度々登場する冬場のペンギンの行進や食事時間をもぐもぐタイムとして紹介するように、子供達にとっても楽しく興味深く実感してもらうことも、コンセプト実行を成功させた要因の一つとなっている。


旭山動物園の集客は上野動物園におけるパンダや東山動植物園におけるイケメンゴリラのような話題の動物による集客ではない。少し理屈っぽい表現になるが、旭山動物園のコンセプトその魅力は動物そのものの野生の魅力であり、上野や東山の集客は「希少動物」や時代がつくる「話題」によるものである。
そして、旭山動物園から学ぶとすれば、廃園といういわば倒産寸前からの大転換にはこうした思い切ってコンセプトを変えることが必要であったということである。希少動物を入れる、話題の動物を入れるといったコンセプト磨きでは済まなかったということだ。
この再生の背景には都市においては自然との体験、体感する術が圧倒的に少ないという現実がある。旭山動物園が教えてくれたことは、理屈としての知識学習ではなく、子供たちの興味世界を入り口とした「感性学習」「体験楽習」こそが重要なポイントとなっている。

実は現代アートをテーマとした金沢21世紀美術館も計画当初は多くの反対があった。その理由は、子供たちには現代アートは理解できないというのが反対論者の意見であった。しかし、2004年開館し見事に悲観論者を裏切り、子供たちの人気スポットとなった。「子供たちの興味、遊び場としての美術館」というコンセプトの勝利であった。まるで歩道から通り抜けられるような美術館との導線、見るものと見られるものとの逆転がはかられた空間、声を上げてもよい自由な環境。従来の静かに構えて見るといった美術館とは大きく異なる。子供たちにとって、アートは遊び場であり、興味のおもむくままに感じ取れる、まさに学習ではなく、「感性楽習」の場となっている。成功要因という言い方をするならば、旭山動物園におけるシロクマの行動展示もそうであるが、「見るものと見られるものとの逆転」という発想も同じであり、子供の自由な感性を育といったことも見事なぐらい旭山動物園と同じである。旭山動物園も金沢21世紀美術館も、従来の経験や発想にとらわれることなくコンセプトを実践している良き事例である。(後半へ続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:21Comments(0)新市場創造

2018年09月15日

災害列島の夏 

ヒット商品応援団日記No722(毎週更新) 2018.9.15.


平成最後の今年になって、6月には大阪北部地震、7月には西日本豪雨災害、そして、9月に入り巨大台風21号による関西直撃・関空麻痺、2日後には北海道では震度7の地震が起き全道ブラックアウト。北海道を始め被災した地域では今なお復旧・復興の苦難が続いている。この間、起こった災害に対し、想定外と想定内と思われることが混在し、新たな対応、個人においても新たな自覚が必要となっている。

少し前のブログに昭和と平成という時代の比較において、昭和という時代の空気感を「豊かではなかったけど・・・・・夢があった」と書いたが、バブル崩壊後の平成という時代を表現するならば、「豊かにはなったけど・・・・・・夢がない」 ということになる、そのように書いた。1990年代はバブル崩壊による産業構造の転換・空洞化と混迷。阪神・淡路大震災、オウムサリン事件。2000年代には経済立て直しの中のリーマンショック、そして2011年3月には東日本大震災が起きる。当時言われたことは新語流行語大賞に準じていうと次のようなキーワードとなる。
・想定外・安全神話・復興・瓦礫・帰宅難民・計画停電・メルトダウン・絆

今起こっていることは、東日本大震災の時のキーワードと同じであることに気付くであろう。「想定外」という言葉は死語になったと思っていたが、この間起こった災害には多くの「想定外」があった。西日本豪雨についても、岡山、広島、愛媛がその被災中心地域であるが、いわゆる瀬戸内という温暖な気候として考えられてきた。その温暖な気候は柑橘類の産地であり、豊かな魚介の恵みを得てきた地域である。それが停滞する梅雨前線による豪雨によって、河川の氾濫や浸水害、土砂災害が発生し、死者数が200人を超える甚大な災害となった。その背景には世界的な気候変動があると思うが、過去の経験から考えられる常識とは異なる「想定外」の災害である。
そして、北海道における震度7という想定外の巨大地震は既に分かっている活断層とは異なる未知の活断層による地震であることが分かっている。以前から言われてきたことだが、日本全国どこでも、いつでも巨大地震に遭う中で生活しているという自覚を促すものであった。つまり、自然は常に「想定外」であるということだ。つまり、コントロールなどできないということである。

ところで、東日本大震災における福島原発の事故による電力不足、その時言われた計画停電やブラックアウトの教訓が今回の北海道地震による苫東火力発電所の停止、その対応策に生かされていなかったことは極めて残念なことである。停止中の泊原発の再稼働をあてにした電力計画であったと指摘されても仕方のない経営であったと言わざるを得ない。福島原発による首都圏の計画停電がどれだけ産業や生活に影響を及ぼしたか、ブラックアウトという最悪の状態を回避するために輪番停電という段階的な方法による停電が順次行われた。一日3時間程度、10日間という限定的停電であった。電力会社であれば十分すぎるほど学んだはずである。当たり前のことだが、最悪のことを考えるのが社会インフラ企業の責務であり、想定外はないということである。当時そんな状況を「光と音を失った都市」というテーマでブログを書いたことがあった。

しかし、節電できない業種、金属メッキ製造業や鋳物製造といった電力消費の大きな製造業は否応無く休業状態になったことを思い出す。また、計画停電の対象となった地域は自動車事故も多発した。当時、「便利さ」の裏側に潜むリスクを実感した。今、北海道の人たちは同じことを経験しているということである。
但し、北海道の地場コンビニのセイコーマートが冷蔵設備が機能しない中、飲料や乾電池など最低限の必需商品を販売していた。車のシガーソケットやバッテリーから電気を引っ張ってきたり、レジの代わりに電卓で計算したり。ガス調理施設のある店舗では暖かいおにぎりや惣菜を販売。現在は電力供給が大分復旧したので通常運営に近国はなっていると思うが、災害の初期やり得ることを知恵を出して運営していることは特筆すべき努力であろう。

ところで最大瞬間風速58.1メートルを記録した台風21号の関西直撃に対しては関空への連絡橋にタンカーが強風で流された衝突によって空港へのアクセスに大きな問題を残した。しかし、実はあまり指摘されていないことだが、台風直撃の前日にJR西日本が当日の運転を休止する旨を発表している。勿論、梅田やなんばに乗り入れている阪急電車など各社とも連携した休止である。結果、多くの企業や学校、商店も休みとなり、大阪の中心部は閑散となったが、人的被害や混乱は極めて少なかった。鉄道会社は移動の足という重要な社会インフラであり、電車を停めることはギリギリまで行わないことが常であった。しかし、今回の JR西日本の判断は英断であったと言える。つまり、気象庁の予測に対し想定された災害・混乱を未然に防いだ対策になったということである。一方、孤島と化した関空に閉じ込められた約8000人の利用客や従業員への対応は遅れ、特に脱出などの案内情報が錯綜し不満が続出したことは同じ社会インフラ企業である関空も、また北海道電力も、JR西日本の英断とは好対照であったと思う。

さて本題の災害に対する生活者心理、その先に見える消費の動向である。度重なる災害に対し、50年に一度あるいは100年に一度という災害への対応は、生活者の心理でいえば「万が一のため」の対策である。一種、保険のようなものでそうしたリスクを自己防衛策の中に組み込む認識へと向かっている。それは東日本大震災の時から始まったと思うが、「内なる安全基準」で、ある意味自己納得基準と言っても同じことである。安全に関する情報リテラシーを高める、学習するということである。
例えば、今回の北海道地震によって明らかになったことはすでに分かっている活断層ではない未知の活断層によるものであった。今までの活断層の上に建築物を建てることを避けるといった基準は最早当てはまらないということである。また、西日本豪雨のような雨による土砂災害ではなく、地震による土砂災害が起きた災害であり、火山灰の堆積地質がその原因であることも分かってきた。東京で言えば23区の半分ほどが武蔵野台地と呼ばれている火山灰の堆積上に都市が造られている。勿論、分かっている活断層も立川断層など数カ所あるが、未知の活断層も否定できない。そして、23区の東側の多くは海抜0メートル地帯であり、豪雨や高潮による災害が想定されている。既に区の垣根を超えて災害への対策はスタートしているが、身近なところにそうした想定災害が迫っているという認識の表れである。
3.11の後に防災グッズや最低限の水や食品などのセットはホームセンターを始め陳列棚が常設されるようになった。そして、節電を超えて家庭用蓄電池も注目され、電気自動車の需要は蓄電池替わりにもなることから加速していくであろう。

既に報道されているが北海道も大阪も観光産業は大きな打撃を受けている。北海道では人気の旭山動物園も地震後の来園者は一日約3000人で、例年のこの時期に比べて半分以下に激減したとのこと。定山渓温泉、登別温泉など旅館のキャンセルが相次いでいるという。観光協会の集計によれば50万人もの宿泊客のキャンセルがあり、総額100億円に及んでいるという。
関空の閉鎖、復旧がはっきりと見通せない状況は、訪日外国人客(インバウンド)による宿泊や買い物需要に沸く関西経済にとって大きな打撃になっている。京都観光についても定番の清水寺も台風後は参拝客が2割ほど減ったという。昨年度、大阪府を訪れた訪日外国人客数が1100万人、消費額も1兆1731億円になったが、先が見通せない関空復旧は日本の観光産業の大きな問題となっている。

よく風評被害というが、北海道も、大阪関空の場合も初期対応が極めてずさんで自ら悪い風評を作っていると言わざるを得ない。観光産業は平和産業であるが、ツーリストにとってみれば「安全・安心」のことである。災害を始め問題が起きたとき、できる限り早く何が起きたのかを正確な情報として届けることが不可欠で、その能力も体制も整備されていないということである。
ターミナルビルに取り残された利用客から、救助を求めたり、出られないことへの不満を訴えたりするツイッターの投稿が相次いだ。旅行客は、関西エアポートが手配した高速船とリムジンバスを使って空港から脱出したが、救助は深夜まで続いた。こうした状況下で、閉じ込められた旅行客の内七百人が中国人観光客で救出に当たった大阪の中国総領事館は夜のうちに多くのバスを手配し、5日午前には数百人の中国人を安全な場所まで送り届けた」と語ったという。この話が中国人旅行者は優先的に脱出できた」と誤解されそれが本国のネットユーザーに伝わり、「中国すげえ」「強大な祖国にいいねを送る」といった具合あに伝わっている。勿論、優先的ではなかったが、ネット社会ではこうした間違った情報が行き交うこと当然あり得ることである。関空の運営会社は英語でしか対応できなかったようだが、国際空港ではあり得ないことだ。

実は東京・新宿駅南口に新宿観光協会が訪日外国人向けのインフォメーションセンターを作った。「NOと言わないインフォメーションセンター」と呼ばれ、なんでも対応してくれるとしてネット上の口コミサイトで評判になっており、多くの訪日外国人が訪れている。こうした良い「風評」もつくることができるということである。このインフォメーションセンターでは英語は勿論のこと、中国語、韓国語、タイ語で問題解決を手伝っている。
旅行者だけでなく、災害の当事者にとってもこうした情報リテラシー・活用は「安全・安心」の大原則となっている。そして、単なる知識・理解としてのリテラシーは経験・学習を重ねることによって安全・安心の基準はより確かなものへと変化してくる。結果、「想定外」はどんどん減り、「想定内」が多くなる。つまり、リスク管理が進んでいくということである。
元々「想定外」という言葉は、2005年の流行語大賞に選ばれた言葉で、小泉劇場にも使われたが、主に堀江貴文・ライブドア社長がニッポン放送株問題のやりとりで発した『想定内(外)』である。流行語大賞自体が死語になっているとの指摘もあるが、当時は広く使われた言葉であった。しかし、その後不祥事や問題が起きた時の理解、あるいは言い訳に使われ、言葉の意味もまた漠然としてきた。しかし、ことは「災害」である。最早そうした原因についての表現としては使ってはならないということである。今回、想定内・外という比較で今起こっている問題について指摘をしたが、次の「安心」キーワードが求められている時代ということだ。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:29Comments(0)新市場創造

2018年09月03日

勝者と敗者 

ヒット商品応援団日記No721(毎週更新) 2018.9.3.

今年の夏は気象庁のみならず異常であったと多くの人は感じている。この異常気象によっていかに災害に弱い日本列島であったかを思い知らされた。勿論この異常は世界的なものでまだ科学としては実証されてはいないが地球温暖化にあると多くの人は感じ始めている。例えば梅雨のないカラッとした気候の北海道ではなく、梅雨をはじめ雨の多い北海道に変わろうとしているし、当然それまでの作物も異なってきている。また、今年は秋刀魚が昔ほどではないが昨年のような不漁ではなく、新物の秋刀魚も脂がのっており価格も手がとどくものであって、消費のテーブルにのってきた。何れにせよ、気候変動は生活の根底そのものを大きく変えるしまう「変動」である。

さてこの「変動」は気候だけでなく、社会のあらゆるところで起きていることがわかる。最近ではスポーツ界の不祥事が相次いでいる。女子柔道、女子レスリング、日大アメフト、アマチュアボクシング、そして今回の女子体操、・・・・・・セクハラ、暴力指導、パワハラ、挙げ句の果てはインドネシアアジア大会におけるバスケットボールチーム4人の買春。そこに通底しているのは巨視的に見れば東京オリンピックを控えての国際的な標準・常識に合わせる、いわばパラダイム(価値観)転換が行われているということであろう。
そして、その多くが内部告発によるものである。更に言うならば、誰もの関心事である東京オリンピックを前にしたタイミングであり、メディアも取り上げやすいタイミングになっていると言うことである。しかも、今回の女子体操・宮川選手へのパワハラ問題で公になった内容の中に代表選手選考問題が指摘されていた。実は91年には半数以上の選手がその採点に問題があると指摘しボイコットした事件があった。当時も告発された塚原光男氏は競技委員長、強化部長だった千恵子氏は主任審判も兼務する要職にあり、2人が指導する朝日生命クラブの選手に対し、不自然に有利な点数が出たとしてボイこっこした事件である。当時はマスメディアの関心事にはなく、取り上げられることは少なかったが、現在はSNSをはじめとした多様なメディアによって拡散のスピードもその範囲の大きさもある時代である。少し前の日本アマチュアボクシングにおける奈良(山根)判定と同じようなことが行われていたと言うことだ。勿論、第三者委員会による報告がなされていないので確定的なことは言えないが、少なくともパワハラといった問題だけでなく、日本のスポーツ界の構造的な問題が露わになったと言うことである。

ところで2015年のラクビーW杯における桜ジャパンの活躍、特に南アフリカ戦のトライに多くの人は感動した。帰国後の記者会見などで明らかになったことだが、その背景にはエディーコーチによる高度な科学技術を踏まえた過酷なトレーニングがあったことが分かった。そのトレーニングを影で支えたのがITベンチャー企業ユーフォリアの選手強化法で当時の日経ビジネスに詳しく紹介されている。スポーツも常に新しいトレーニング法を取り入れることが必要な時代にいるということだ。体格・筋力など世界に比べ劣っていることからその強化策として緻密なデータ管理を踏まえた強化策で2013年の年初から強化合宿など現場に導入され、以来2年にわたってコーチ、トレーナー、選手など全員がこのクラウドを使い続けた結果があの南アフリカ戦の結果になったと言うことだ。例えば、ベンチプレスやスクワットなどで持ち上げられる重量を、欧米トップ選手並みに近づけろ――。当時エディー氏は相当高い目標を掲げ、来る日も来る日も選手たちはトレーニングに励んでいた。代表メンバーが持ち上げられる重量と目標の間には大きな差があったからだ。ラクビーをしていた友人曰く、代表選手からの話として、その高い個人目標に悲鳴を上げ、笑いながら2度とエディのコーチは受けたくないと話していたとのこと。自身が納得し、トレーニングし、成果が出るまでは苦しかった・・・・・・しかし、チームの試合結果がその努力に報いる良き事例であった。暴力を持って行う指導&トレーニングなど論外である。

アマチュアスポーツにおける指導・コーチングが変化すべきことと共に、「アマチュア」の原則である教育や人間的成長より、勝利が第一ということがスポーツ運営の原則に置き換わってきていると感じることが多くなっている。オリンピックもロサンゼルス大会から過剰な商業主義へと転じたと良く言われている。いわゆる勝利至上主義である。スポーツを通じて、友情、連帯、フェアプレーの精神を培い相互に理解し合うことにより世界の人々が手をつなぎ、世界平和を目指す運動がアマチュアスポーツの精神であった。しかし、開催国の経済的負担が大きく、次第に負担軽減を図るためにいわゆる「スポーツビジネス」としてのオリンピックへと向かっていく。極論ではあるが、「勝つこと」が国威掲揚であると共に、「勝つこと」がスポーツビジネスを成長させるという考え方である。オリンピックの最大収入は「放映権」であり、「入場者収入」である。少し短絡的な言い方をすれば「勝つこと」が儲かるビジネスに直接繋がるということである。その最大の問題・病根がドーピングであり、IOCの最大課題となっていることは周知の通りである。そうした勝利至上主義から生まれてきたのが、各種団体の運営指導体制の多くは金メダル何個取得したかと言う「実績」によって人も制度も構成されて行く。結果どうなるか、勝利至上主義がアマチュアスポーツの新たな基本原則になって行くという歴史であった。

そして、何よりも選手ばかりか、受け手である観客がその勝利至上主義に喝采を送るのである。例えば、今回のアジア大会の女子レスリングのメダルはどうであったかマスメディアはその多くを取り上げようとしない。吉田沙保里、伊調馨と言うオリンピック金メダリストが出場しなかったとはいえ、若い世代は育っていたと言う。しかし、結果は銀メダル2つ、銅メダル2つは取ったが、金メダルには手が届かなかった。言うまでもなく、このアジア大会は世界の強豪が集まる大会ではない。去年の世界選手権と比べれば惨敗と言われて当然だろう。日本レスリング協会の栄和人・前強化本部長(58)が伊調馨選手へのパワハラで今年4月に辞任して以来、初の国際舞台であった。マスメディアもこの敗因を取り上げず、スポーツ評論家もコメントしない。勿論、あれほど女子レスリング選手が「勝つこと」に拍手を送ってきた「にわかフアン」もまるで関心を見せない。つまり、こうした勝利至上主義をつくってきたのは、当該団体幹部だけでなく、マスメディアも観客も同じようにこうしたスポーツの構造をつくり、支えてきたと言うことである。

ところで今年の高校野球は金足農業高校の活躍によってとても面白かった。友人の一人は応援に甲子園へと出かけたほどであった。その友人は金足農業の応援であったが、球場の雰囲気は地元大阪桐蔭ではなく金足農業の方であったとFacebookでコメントしていた。ある種判官贔屓の面もあったと思うが、そこまで高校野球に魅入られるのもその「懸命さ」にある。甲子園においても「勝者」と「敗者」はいる。大阪桐蔭の野球施設はプロ顔負けの設備が完備していると言う。一方、金足農業の方はといえば県立高校ということもあって貧弱な設備である。しかし、そうした判官贔屓を超えた一種の「爽やかさ」があった、そう私には感じられた。そうした意味で決勝戦も面白く、その点差は勝者・敗者の意味を感じさせなかった。何故か。そこには野球が大好きな青年の「一途さ」が見られたからだ。それは金足農業に対してだけでなく、大阪桐蔭の選手に対しても同様である。だから爽やかなのである。勿論、この爽やかさ、一途さの背景には「フェアプレイ」という競技ルールがあることは言うまでもない。ルールというよりスポーツ理念・精神と言ったほうが適切である。

無類の高校野球好きであった作詞家阿久悠さんは、「観る側」からの視点で1979年から2006年の亡くなる直前まで全試合・全球の目撃者として書いた書籍「甲子園の詩」(幻戯書房刊)が残されている。その中で「なぜにぼくらはこれ程までに高校野球に熱くなるのだろう」と自問し、「”つかれを知らない子供のように”と小椋佳が歌ったが、今の子供はつかれきっており、ただ一つ、つかれていないものに心を熱くするのだろう」と語っている。そして、出場する選手への応援歌として「転がる石」を引用しながらその意味合いを次のように書いている。(「転がる石」は阿久悠さんの自伝小説であると共に、後年石川さゆりに同名の曲を歌わせている。)

『人は誰も、心の中に多くの石を持っている。そして、出来ることなら、そのどれをも磨き上げたいと思っている。しかし、一つか二つ、人生の節目に懸命に磨き上げるのがやっとで、多くは、光沢のない石のまま持ちつづけるのである。高校野球の楽しみは、この心の中の石を、二つも三つも、あるいは全部を磨き上げたと思える少年を発見することにある。今年も、何十人もの少年が、ピカピカに磨き上げて、堂々と去って行った。たとえ、敗者であってもだ。』

この「甲子園の詩」の副題は「敗れざる君たちへ」である。今年注目された決勝戦の2校・選手は優勝旗を持って甲子園球場を一周した。一方多くの「敗者」がいる。敗者は甲子園の土を持ち帰り、心の中にある石をこれからも磨き上げて生きるのである。阿久悠さんは「転がる石」にふれ、「自分も転がる人生であったし、転がることを嫌がって、立場や過去に囚われてしまったら、苔むす石になってしまう」とも語っている。その言葉を敷衍するならば、アマチュアスポーツ自体「転がること」が今問われており、既に苔むしてしまっているということだ。変わることができなかった時、観る側にとって東京オリンピックはつまらないものとなっていくことは間違いない。そして、勿論のこと観る側もまた変わらなければならないということだ。(続く)  


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2018年08月19日

原点を忘れた阿波踊り

ヒット商品応援団日記No720(毎週更新) 2018.8.19.

徳島の阿波踊りが終わり、その人出が昨年より約15万人少ない108万人で、記録が残る1974年以降最少だったと報道されている。かなり前から週刊誌報道を含め、それまでの観光協会による累積赤字が4億円に及び、運営主体を徳島市長による実行委員会に移管され、踊り手の中心となっている連との感情的な確執を含め、阿波踊りの華とも言われる「総踊り中止」というところまで進んでしまった。当たり前のことだが、観客動員数の減少は当初から予測されていたことである。しかも、実行委員会の当初の目的であった赤字も間違いなく解消されることはないであろう。

まず、徳島市長による赤字改善というお題目で強引に観光協会を潰したことから始まる。雨による中止があれば4000~5000万円の払い戻しがあるという。あるいは観客の送迎バスなどのサービスもあり、費用負担は間違いなく増えてくる。週刊誌報道が事実であれば、表舞台に出てこない一方の協賛社である徳島新聞グループによる利権も赤字要因の一つであろう。祭りが大きくなればなるほど利権が構造化されやすい。しかも、祭りの原点・ポリシーもまた変質してくる。こうした本質について私見を述べるには情報が少ないためコメントしかねるが、少なくともマーケティングされていないことだけは事実である。

まず、観客が踊りを楽しむ演舞場が市内4カ所に設定されており、その1箇所に人気が集まってしまうことから、観客を分散化しチケットの売れ行きを平均化し売り上げを上げ赤字解消を図る意図であった。少なくともマーケティングをその職とした人間であれば、真逆のことをやっており、売り上げは更に下げてしまうことは火を見るより明らかであった。
何故なら4箇所の演舞場を踊りの舞台とした連には当然好き嫌い、人気不人気が出てくる。阿波踊りというテーマ集積力が魅力であって、分散してしまえば魅力は半減するのは当たり前のことである。私のブログを読まれている読者であれば理解が早いと思うが、九州阿蘇の黒川温泉の再生の見事さを思い出して欲しい。以下その内容を再録する。

『温泉街の再生には目指すコンセプトの第一段階としてテーマ設定がなされ、「自然の雰囲気」となる。そのテーマを生かすにはと考えたのが露天風呂で、全旅館がその露天風呂を造ることとなる。そして、「すべての旅館の露天風呂を開放してしまったらどうか」という提案があり、昭和61年、すべての旅館の露天風呂に自由に入ることのできる「入湯手形」を1枚1000円で発行し、1983年から入湯手形による各旅館の露天風呂巡りが実施される。さらに、町全体に自然の雰囲気を出すため、全員で協力して雑木林をイメージして木を植え替え、町中に立てられていたすべての看板約200本を撤去する。その結果、温泉街全体が自然に包まれたような風景が生まれ、宿には昭和の鄙びた湯の町情緒が蘇ったという事例である。』

好きな連、人気の連が出る演舞場のチケットが売れるのはやむを得ないことで、踊り手とともに観客あっての阿波踊りである。黒川温泉がやったことは「入湯手形」という選択肢を作り、こんな露天風呂、あんな露天風呂、多様な楽しみ方を提供したことによって黒川温泉全体の魅力をさらに高めた事例を私たちは熟知している。マーケティングを職とする者にとっては、テーマを集積し、高める方法というテーママーケティングの基本事例てある。今回の阿波踊りにあてはめれば、人気の連には他の三箇所にも出演してもらう、という入湯手形のような手法を取り入れれば阿波踊りの底上げにもなる。勿論、人気のない連も他の演舞場に出演する。相互に交流し合い楽しみ合う阿波踊りである。黒川温泉にも人気・不人気の旅館・露天風呂はある。しかし、昭和の面影を残す懐かしい温泉街に、顧客は黒川温泉に来て良かったと思うのである。こうして昭和の温泉テーマパークとして再生したのである。各旅館の合言葉は「街全体が一つの宿、通りは廊下、旅館は客室」と見立て、共に繁栄していこうという独自の理念を定着させたことによる。阿波踊りに置き換えれば「徳島市全体が一つの演舞場、通りは4つの踊り場、そして市民全てが踊り子」と見立て運営してきたはずである。

阿波踊りも盆踊りをその起源とした歴史ある伝統庶民芸能である。連という踊り好きが集まるグループはその「好き」の数だけあり、それぞれ個性溢れる踊りとなる。しかし、時間の経過とともに次第に規模を追い求める商業主義に染まって行く。継続するには運営のための商業としての資金確保は必要とはなる。しかし、その資金は誰のためであるか、踊り手とそれを応援する観客のためである。次第に参加団体・チームはセミプロ化し、コンテストが行われ、賞取りチームのイベントとなる。その代表例が高知から生まれ育った札幌の「よさこいソーラン祭り」である。参加チームだけでなく、市民の祭りとしては低迷し続けている。まるでダンスコンテストを札幌で行う観光ショーになってしまい、結果参加する市民とのズレが生じていると指摘する市民は多い。これも原点を忘れ始めた事例であろう。

実行委員会の総踊り中止の意向に反し、演舞場ではない歩行者天国の通りで行われた「総踊り」はTV報道で見る限りものすごい盛り上がりであった。手を伸ばせば踊り手に触れることができる「近さ」が一層の盛り上がりに拍車をかけたのだと思う。恐らくこの総踊りは今年の阿波踊り一番の見どころとなった。チケットという収入にはならなかったと皮肉交じりに言うコメンテーターもいるが、実はこの観客との「近さ」こそが盆踊り・祭りの原点ということだ。観光客を含め市民全てが踊り子になり、「総踊り」という華が咲いたということである。黒川温泉が入湯手形によって温泉好き・露天風呂好きを創ったことにより再生したが、阿波踊りも踊り手も観客も一体となる「近さ」が阿波踊り好きを創り、入湯手形のような再生へのヒントになるかと思う。(続く)  


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2018年08月16日

顧客のいない「騒動」  

ヒット商品応援団日記No719(毎週更新) 2018.8.16.

「消費税10%時代の迎え方」というテーマで未来塾を展開しているが、こうしたテーマ設定の背景には次の時代をどう見据えるか、どう次のフレーズへと進むことができるかという避けて通ることができない課題がある。消費税10%とはよりシビアな消費になることは間違いないし、生半可な形ばかりの改革あるいはプロモーションなどでは解決できない。新しい価値観に基づく計画が問われているということからである。


実は日経ビジネスオンラインにをきっかけに、今IDC大塚家具の低迷についてその身売り騒動を面白おかしく「お家騒動」「骨肉の争い」が報道されている。3年前IDC大塚家具の経営が娘の久美子社長に移ったことをきっかけに、IDC大塚家具創業者の勝久氏がつくった匠大塚も共に赤字続きである。一方、家具インテリア業界は周知のニトリや良品計画、さらにはIKEAも順調に売り上げを伸ばしている。勿論、デフレ下のビジネスであり、海外での製造輸入(SPA)や郊外型店舗による組み立て持ち帰り業態など工夫が見える経営となっている。それらの結果がリーズナブルな価格、日常消費型のMDなど顧客の興味関心事に沿った経営を行なった結果の成長である。その経営はショールームに表れており、この1年ほど前からキーワードとして使われている「オムニチャネル化」にもトライしている。簡単に言うと、店舗・ショールームとウェブサイトで、サイズやカラーなどの在庫情報検索、受取りを店舗でも自宅でも可能な物流までもを統合したサービスである。スマホという消費行動の必須ツールが家具インテリア分野にも及んでいるということである。古くは有店舗・無店舗というテーマが今やスマホによって、その場で多様な「ショールーム」を検索し、好みが決まれば最安値が選択できる時代にいる。つまり、多様なショールームを渡り歩く時代ということだ。

勿論、以前のIDC大塚家具のように会員制による顧客サービスは高級家具市場として小さなマーケットとしては残ってはいるが、匠大塚の売り上げが低迷しているように限られた市場である。一方、IDC大塚家具はどうかといえば、誰でもが気軽に見られるショールームを目指し、商品もカジュアル化が進められアウトレット商品も取り扱ったようだが、その価格設定とMDは私に言わせれば中途半端であり、顧客にとって生まれ変わったIDC大塚家具には映らない。例えば、良品計画との単純比較にはならないが、スマートフォンアプリ「MUJI passport」をオムニチャネル専用アプリとしてリリースしている。このアプリでは、ニュース配信、在庫検索など6つの機能を搭載しており、その中でも注目されるのがマイレージ型のポイントプログラムで、レジでスキャンするだけでマイルがたまる仕組みになっている。 こうした試み、インテリア小物雑貨という裾野を広げるMDと洗濯しやすさ、それにリーズナブルな価格というバランスのとれた経営がIDC塚家具にはまるでないというのが実情である。

また、このブログでも「価格帯市場」という表現を使っているが、顧客の眼はどんどんシビアになっており、一つの価格帯の中においても熾烈な競争が行われており、そのブランドを引っ張るヒット商品が必要となっている。例えば、上から下まで1万円以下で収まるカジュアルファッション市場で急成長したguもそのスタートは990円ジーンズであり、その勢いを加速させたのが周知のガウチョパンツのヒットであった。つまり、ブランドの牽引には属する価格帯市場の中にあってヒット商品は不可欠であるということである。
良品計画はシンプルデザインというライフスタイルコンセプトとして実績があり、同じデザインに特徴を持たせたIKEAも、ニトリのお値段以上の「何か」を有している。この3社のマーケティングに共通することは、インテリア小物、雑貨という日常消費型の雑貨的商品を入り口に、しかも安価な価格帯の商品の品揃えを充実させ、その実績の上でのインテリア家具商品である。良品計画においては周知のようにホテルが造られ、その室内は勿論自社デザインの商品で埋め尽くされている。さらにはこうしたシンプルデザインコンセプトによるライフスタイルは中国においても多くの支持を得ている。

IDC大塚家具の場合、価格帯としては高級家具市場との中間価格帯、ニトリや良品計画に近い価格帯という裾野を広げることを狙ったと思うが、顧客興味に応えたヒット商品は誕生してはいない。実は家具業界関係者であれば周知のことと思うが、高級家具の製造小売で知られた飛騨産業という会社がある。業界関係者には釈迦に説法であるが、素材である木材には多くの場合多様な「節」があり、節を避けて家具をつくるとなると非効率な高価格商品になってしまう。そんな型通りの高級家具市場から脱皮したブランド「森のことば」という「節を活かした家具」「個性溢れる家具」作りによってバブル崩壊以降低迷する会社を再生する。いわゆる逆転の発想によるヒット商品、今まで使えないと思われていた素材を活かしきる発想への転換である。90年という歴史のある老舗企業であるが、バブル崩壊以降縮小する家具市場にあって、飛騨の木工文化を発展させるにはこうした逆転の発想・アイディアが必要であったということである。IDC大塚家具のHPの冒頭には大塚久美子社長の写真と共に「幸せをレイアウトしよう」とある。なんとも情緒的な表現で、顧客が求めることに応えたものとはなってはいない。飛騨産業が飛騨の森を愛し、匠の技を持って「節」のある木材を使い切るコンセプト「森のことば」というネーミングに、ニトリではないが「お値段以上の何か」が物の見事に商品に表れている。デフレ時代にはこうした思い切ったコンセプトによる転換が必要であるということだ。

デフレ経済が長く続き、消費者の眼は肥えるだけでなく、多くの経験を積んできた。家具市場で言えば市場規模はバブル期までの規模のわずか半分になっている。3年前のIDC大塚家具のお家騒動とその後も、そこには顧客は居なかった。居るのは株主と従業員、そして創業一族であった。つまり、顧客のいないところでの「騒動」である。ニトリも、良品計画も、IKEAも、そして飛騨産業にもデフレをどう克服するか、つまり顧客への新しい価値提案を行って今日がある。極論ではあるが、顧客の居ない企業が身売りされたとしても、困るのは株主と創業者一族と従業員だけで顧客にとってほとんど意味はない。
この「騒動」から学ぶとすればデフレ経済下の戦略を間違えればわずか3年で100億円以上あった現預金を食いつぶし、破綻へと向かってしまうという事実である。新生IDC大塚家具の新しさの一つとしてアウトレット商品の仕組みをテーマとしていたが、売り手は多かったようだが、アウトレット商品の買い手は極めて少なく導入後すぐに撤退したとのこと。家具の中古市場はいわゆるヴィンテージ商品市場があるぐらいで、それも極めて小さな市場である。あるいは個人間の売買であれば周知のメルカリやジモティといった市場となる。どんな商品をどれだけ安い価格で仕組み化したのか定かではないが、家具の流通業であるIDC大塚家具がどんな流通を目指したのか市場の大きさ、つまり顧客が求めるものとの乖離しか見出せない。製造小売業ではないIDC大塚家具はインテリア家具の流通業である。ある意味セレクトショップであり、つまり「価格差」で競争することはできない業態ということである。顧客が求める「セレクト」とは何か、顧客に代わって今一度問い直す、そんな原点に立ち戻ることだ。それは「幸せをレイアウトしよう」というメッセージなどではないことだけは間違いない。(続く)
  


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2018年08月08日

未来塾(33)「消費税10%時代の迎え方」(2)後半 

ヒット商品応援団日記No718(毎週更新) 2018.8.8.


生き残る力・3つの商店街から学ぶ

砂町銀座商店街、興福寺松原商店街、谷中銀座商店街


1、新市場・観光地化における問題と機会

1年2ヶ月ほどで消費税10%を迎えるが、その中で一番大きな市場機会となり得るのが2年ほど前から指摘をしてきた訪日外国人市場である。そして、その市場機会は観光の中心であった都市部から地方へ、寺社仏閣や城といった歴史遺産観光からいわゆる庶民の生活文化観光へと、観光市場の裾野が広がってきた。つまり、新たに生まれる市場機会をどう受け止めるかという課題である。

観光産業は平和産業である。ツーリストの観点に立てば、平和とは「安全」であり「安心」して観光を楽しめることと同義である。周知のように日本はツーリストへの窃盗強盗あるいは傷害など極めて少ない安全な国として知られている。特に若い女性ツーリストの一人旅でも安心できることが旅行先を決める大きな要因となっている。但し、今回の西日本豪雨災害のように、地震地震を含めた自然災害への対応、訪日外国人への対策が国レベルで必要となっている。そして、この夏の異常気象・猛暑は気象庁が言うように自然災害でもある。こうした災害に対して、国は勿論であるが、訪日観光客に対し事前のアナウンスは勿論のこと、その対応・医療を含めた制度が必要になっている。
ところで東京谷根千の旅館澤の屋の「おもてなし」という家族サービスは下町人情サービスであるとともに、実は安心できる宿泊先であることに直接つながっている。トリップアドバイザーや宿泊体験者の口コミでそうした「おもてなし」が伝わって行くのだが、もう一つの理由は宿泊料金の安さにもある。現状世界のホテルなどの宿泊施設は高級ラグジュアリーホテルと格安バジェットホテルの二極化が進んでいるが、旅館澤の屋は後者の安さと先駆的な役割「安心旅館」を家族サービスを通じて果たしている。結果、訪日観光客の高い支持を得てきたといえよう。

文化の「衝突」ではなく、文化を「楽しむ」への転換

この家族サービスはこれまで言われてきたような「文化の違い」、マナーやルールを守るということを伝えるだけでなく、実はそれを通し「違い」を楽しんでもらう、「日本文化」を楽しんでもらうことへと転換することによって強制的なルールから解き放させてくれる。
例えば、谷根千には昔ながらの銭湯もある。我々日本人であれば銭湯や温泉に入る時にはその入り方を教わり知っている。「おもてなし」といった会話によって、江戸時代に庶民の交流娯楽場所でもあった銭湯文化を伝えるといったことまでは難しいと思うが、「入浴作法」を踏まえた「お風呂の楽しみ方」を伝えることはできる。マナーやルール遵守といった訪日観光客との文化衝突を口にする前に、こうした小さな「日本文化の楽しみ方」をこそ伝えることが必要ということだ。つまり、文化を「守る」から「楽しむ」への転換である。

観光地価格という課題

もう一つの課題は観光地化によって起こされる「誰を顧客とするのか」という課題である。端的に言うならば地元住民、観光客どちらを中心として考えて行くのかという課題である。谷根千・谷中ぎんざ商店街の場合は来街調査にも表れているようにウイークデー顧客(地元住民顧客)は減り、土日祝日顧客(観光客)が増え、逆転してしまっている。それは如実に「価格」に表れてくる。つまり観光地価格という地元住民には高い価格設定になってしまうということである。これは観光地となった大阪の黒門市場でも起こっており、次第に谷根千と同じように地元客は減少に向かっていくと推測される。
世界の観光潮流はLCCをはじめエコノミーホテルがスタンダードになりつつある。こうした潮流にあって、日本のデフレについても訪日観光客は熟知している。消費税が免税され更なるお得感が日本観光の楽しさを倍加させている。そして、日本観光客の半分以上を占めるリピーター客は滞在日数を増やし日本の庶民の生活文化、日常生活を自ら体験してみたいと考えている。法外な「観光地価格」は次第に問題になってくることは間違いない。地元住民ばかりか訪日観光客にもそっぽを向かれかねないということである。

2、明快なコンセプトと売り切る力の醸成

谷中ぎんざ商店街が明らかにしているように、商店街消滅への危機は3つあった。1つは地下鉄千代田線千駄木駅開通による通行量の激変というアクセスの変化。2度目は昭和52年の近隣への大型スーパーの進出。3度目は昭和60年代のコンビニエンスストアーの浸透という3つの危機である。
砂町銀座商店街も大型商業施設の開業やコンビニ進出といった商環境は同じである。面白いことに砂町銀座商店街や松原商店街についてはこうした商環境は同じであるが、駅から飛び地のように離れていることによってより独自な商店街の魅力・性格が磨かれてきたという点であろう。結果、それぞれが少しずつ異なるポリシー・コンセプトを持つこととなる。ある意味、地方の商店街への一つの変革への着眼にはなるかと思う。一方、アクセスの良い谷中ぎんざ・谷根千エリアはそのアクセスの良さもあって訪日観光客という新たな市場機会を手にしたということができる。逆に言えば、訪日観光客という新市場を取り込むことをしなかったとすれば、他の商店街と同様衰退の道を歩んでいたかもしれないということでもある。つまり、3商店街に共通して言えることは、変化を恐れず持っている資源をとにかく力にしてきたことによる。

今以上に戦略となる「手作り」

商店街は地域コミュニティが求める共同体の一つである。ただ単に商売人が集まって商店街が作られた訳ではない。商店街は間違いなく周辺住民が求める商品やサービスを提供するという過不足さを満足させる商売から始まるが、高度消費社会にあってはその「高度さ」とは顧客要望の変化そのもののことである。極論ではあるが、例えば常に変化を店頭化し進化し続けるコンビニに勝てる方策はあるのか、生業である事業主だけでその高度な消費を満足させることができるであろうか。
この高度消費社会にあって変化(新製品など)と共に重要なことが「違い」「個性」の創造である。つまり手作り&作りたてによるものがまずます重要なこととなる。つまり、「高度さ」とは他にはない、ここだけ、この店だけの味であり、サービスが求められ提供できることでもある。その「手作り」は相対によって顧客にどれだけの手間と工夫が込められているかがわかる世界である。冒頭の表紙写真(砂町銀座商店街の総菜店)ではないが、煮卵ですら立派な名物商品になり得る時代ということである。この「手作り&作りたて」を今以上に戦略的に活用して行くことである。つまり、文字通り「売り切れ御免」商店街を目指すということである。表現を変えて言うならば、生鮮三品と言う表現があるように、生鮮商店街、鮮度商店街と言うことだ。
また、こうした手作り戦略はチェーンビジネスの側からも取り入れられてくるであろう。何故なら、「違い」を競い合う競争市場下にあっては「安さ」だけでは十分ではないことに気づいているからである。

まとまる「力」

砂町銀座商店街の場合、小売業が行う通常の季節ごとの売り出し、今であれば中元福引の売り出しなどは行っているが、名物となっているのが毎月10日の「ばか値市」である。文字通り「バカみたい」に安い売り出しであるが、それは各店の裁量で行われる。ここで必要なことは前述の「売り切る力」ではないが、安くしても売り切ることによって「継続」が生まれる。
松原商店街の場合も毎日がバーゲンといったわけあり売り出しとなっているが、上野のアメ横同様年末には正月用の食材を買い求める顧客が押し寄せる大売り出しが組まれる。上野のアメ横同様年末の風物詩にもなっており、これも継続できればこその風物詩である。そして、継続によって生まれるものの一つがブランドである。

この継続、そして成長については以前未来塾で良き事例として取り上げたことがあった。九州阿蘇の温泉街黒川温泉の再生で、ゴーストタウン化した温泉街の再生には目指すコンセプトの第一段階としてテーマ設定がなされ、「自然の雰囲気」となる。そのテーマを生かすにはと考えたのが露天風呂で、全旅館がその露天風呂を造ることとなる。そして、「すべての旅館の露天風呂を開放してしまったらどうか」という提案があり、昭和61年、すべての旅館の露天風呂に自由に入ることのできる「入湯手形」を1枚1000円で発行し、1983年から入湯手形による各旅館の露天風呂巡りが実施される。さらに、町全体に自然の雰囲気を出すため、全員で協力して雑木林をイメージして木を植え替え、町中に立てられていたすべての看板約200本を撤去する。その結果、温泉街全体が自然に包まれたような風景が生まれ、宿には昭和の鄙びた湯の町情緒が蘇ったという事例である。そして、黒川温泉が一つのテーマパークとなった合言葉が「街全体が一つの宿 通りは廊下 旅館は客室」であることは、温泉旅館という業界を超えて広く知られるまでになっている。

この黒川温泉が一つのコンセプトのもとで、より強いものとしていくために「入湯手形」による露天風呂巡りが可能となったように、谷中ぎんざ商店街も「売り出し」ではなく、谷根千というエリア全体の「散策」を楽しめるようにしており、古い住宅をリノベーションしたレトロなカフェが次々とオープンしている。また、早くから訪日外国人観光客向けにツーリストインフォメーションセンターがつくられ、茶道や書道など日本の文化体験ができる場もつくられている。勿論、谷根千以外の日本観光のガイドが実施されていることはいうまでもない。
砂町銀座商店街、松原商店街に置き換えても同じで、テーマは「安値」であり、その進化は「どこよりも安く」である。黒川温泉の「入湯手形」に当てはまるのが、「ばか値市」であり、「年末の大売り出し」ということになる。「入湯体験」ではないが、この2つの商店街の「安さ」を含めた賑わい体験を経験してみると、こんな商店街が近くにあったらと思うはずである。こうした「このテーマ」で「この時」にまとまる「力」が商店街を成立させていると言うことだ。この力を喪失する時、商店街のシャッター通り化が始まる。

今、地方で「このテーマ」で「この時」にまとまって売り出しを行なっているのが「市場」である。それは漁港や道の駅から始まり、街の横丁商店街まで、朝市・夜市などイベント的なものから本格的な軽トラ市場まで多様な市場である。こうした試みは大切で、回数を重ねて行くことによって顧客要望が見えてくる。結果、市場のテーマがより明確になってくる。同時に顧客の側もそのテーマの魅力を求めて裾野が広がって行くと言うことだ。
今から5年ほど前、地方の商店街が100円均一市」を行なったことがあった。当時は話題になったが、100円商品には魅力はあってもそれが単発・イベントに終わることが多かった。今、ダイソー始め100円ショップ自身の競争軸は新たなアイディア機能やデザインの良さの競争となっており、既に価格だけに軸足は置いてはいない。市場には100円商品が置いてあっても、近隣の生産者が作った朝取れ野菜であったり、朝水揚げされた魚が市場に並んでいることが一番の魅力である。

3、考えるべきは新たな「顧客関係」づくり

さて本題の消費税10%への消費心理の変化である。10%という「わかりやすさ」とは、買うか、買わないかが瞬時に決まることである。つまり、価格=満足度がわかってしまうということである。安い、高い、といった比較心理は勿論のこと、財布の中身を考えながらの判断である。
ところで過去多くの企業はデフレ経済下における価格政策で間違いを冒してきた。その代表例であるが、日本マクドナルドにおいては100円バーガーの取り扱いの迷走、数年前にも中華の幸楽苑のラーメン価格の迷走。飲食ばかりか数年前にもユニクロの値上げの失敗。全てデフレ心理の読み間違い、価格への判断ミスであった。

そうした中、売れない右肩下がりの出版業界にあって景品付き雑誌に人気が集まり、書店の店頭には雑誌ではなく景品の陳列場所となった。その景品付き雑誌の最近の売り上げはといえば、日本abc協会によれば女性ファッション雑誌1位は「スウィート(sweet)」で月間平均販売部数25万7554部どなっている。それを売れていると見るかどうかであるが、私の見方は景品付きでも25万部程度かという考えである。つまり、売り手である出版社も買い手である若い女性も、「景品」の意味を互いに良くわかっている市場ということになる。少し短絡的な言い方になるが、景品を付けずに、価格も安くした雑誌として販売すればどうなるか。ちなみに5月号は春コスメセット&ポーチ付きで880円。おそらくその販売価格設定にもよるが、25万部どころかその半分以下になること間違いないと推測される。つまり、雑誌情報が求められいるということではないということである。

ところで、雑誌という同じカテゴリーにあって手堅いフアン(オタク)が読む鉄道雑誌がある。以前にも取り上げたことがあるが、交友社の「鉄道フアン」は公称ではあるが22万五千部である。歴史のある雑誌で価格も1,100円 - 1,200円と結構高く設定されており、勿論景品などない。デフレが常態化した時代にあっても、売り手も買い手もコンテンツの意味合い(情報価値)が良くわかっているから部数の凸凹はない。
つまり、こうした現象が起きているのも雑誌市場そのものが変わってきているということだ。これは旧来の雑誌業界の市場が変わってきていることで、その変化を促しているのは勿論消費者、顧客によってである。景品付きファッション雑誌がこれ以上販売できるかどうか、それは1985年当時おまけ付きのビックリマンチョコのような、ゲームとしてのおまけ(シール)収集の仕組みが可能であれば販売部数は増えるかと思う。それが可能となった時、シールを集めるためだけで購入しチョコを捨てると同じように、本体の雑誌の多くが捨てられることになる。そんな無駄が今日の社会に許されるか、雑誌社は批判に晒されることは間違いない。

お値段以上の「何か」を交換する関係

要約すれば、消費税10%時代とは、原則に立ち返り顧客関係の再構築として考えなければならないということである。その関係の総称を「オタク化」と私は呼んでいる。好きで好きで何を置いてもこれだけは、と「共感」してもらえる関係である。その中身・コンテンツが「人」であれば看板娘や名物オヤジになる。砂町銀座商店街にも松原商店街にもそんな「人」はいる。「商品」であれば訳あり価格であったり、その手作り内容であったり、「この時」ということであれば砂町銀座商店街であれば毎月10日の「ばか値市」であり、松原商店街であれば年末の数日間ということになる。谷中ぎんざ商店街はどうかと言えば、やはり谷根千一帯であり、そこには歴史にある寺社もあり、季節ごとの自然が楽しめ、古くからの名店での食事もあって、疲れたらおしゃれなカフェもある「下町の情緒」を満喫できる固有な「場の散策」ということになる。新しいブランド創りにも通じる顧客関係づくりと言うことだ。
つまり、ニトリのキャッチフレーズではないが、お値段以上の「何か」を交換し合える顧客関係を「何」によって構築するかと言うことである。

4、インバウンドビジネスが教えてくれたこと

デフレという消費経済は訪日観光客も熟知しており、消費税10%の免税はより消費を活性化させていくことが予測される。今までは家電製品の爆買いに始まり、ドラッグストアにあるような日常消費商品が売れ、日本人が利用する街場の飲食店へとその消費は向かってきた。更に観光地も地方へと広がってきた。10年前、東京JR山手線の一車両にはせいぜい数名の外国人を見かけていたが、今や東京都内は鉄道車両ばかりかいたるところ訪日外国人で溢れている。つまり、そうした風景はすでに日常になったということである。
さて来年秋以降はどんな消費を見せるであろうか。ある意味、訪日前に調べた観光ルートや消費体験は一巡したと考えた方が良い。2020東京オリンピック・パラリンピックというスポーツイベントには日本観光が初めてという観光客も訪れると想定される。そして、数年前の日本観光のゴールデンルートが踏襲されると思うが、消費のコア・オピニオンとなるのは何回か日本を訪れた経験のある「リピーター=日本オタク予備軍」になると考える。いや「オタク化」を進めないと単なる表面的な寺社仏閣・城跡あるいは富士山などの日本観光で終わってしまい、リピーターにはならないということである。小売業をやっている人間であれば、リピーターによってしかビジネスの裾野は広がらないことは熟知していると思う。つまり、観光産業も回数化によってのみ初期投資が回収されるということだ。

和食から郷土食への転換

そして、日本の場合観光資源としてはまだまだ豊かなものが存在している。特に地方には季節ごとの祭りや行事、そして何よりもその土地ならではの「食」、郷土食がある。一昨年から観光先の西高東低が進み、例えば大阪は京都観光の入り口でもあることから昨年平成29年には大阪府を訪れた訪日外国人客数が1100万人、消費額も1兆1731億円になったと報道されている。そしてその消費内容であるが口コミサイト・トリップアドバイザーの人気レストランを見てもわかるようにお好み焼きやたこ焼きである。よくよく考えればこれらは大阪の粉もん郷土食である。つまり、大阪の生活文化を色濃く映し出した庶民の食である。


ところで戦後の「食」を見ていくとわかるのだが、その歴史は給食の歴史でもあった。カロリー、栄養をどう給食によって補っていくかが「食育」という当初の目的であり、経済的豊かさと共に次第に時代が求める児童の好みを満たすなど和食なども取り入れられてくる。その食育には「健康」はあっても、残念ながら「文化」はなかった。せいぜい、地場で採れた魚介や農産物を給食メニューの素材に取り入れる程度である。
戦後直後の物資のない窮乏時代 のカロリー摂取量はわずか1903Calであった。その後経済成長と共に所得も増え生活の豊かさが進み摂取Calも増えたが、1980年代に入り急激に摂取量は減少へと向かう。そして、グラフのように既に摂取Calはその戦後直後を大きく下回るレベルへと進んできている。(詳しくは未来塾「パラダイム転換から学ぶ-4を再読いただきたい)

美容、痩身、あるいは成人病予防といったことからカロリーオフが多くの食品に求められてきていることは周知の通りである。しかし、よくよく考えてみれば、戦後のモノ不足の窮乏時代の食こそ日本人の「健康」を考えたものであり、そこには生活文化、美味しく食べる知恵や工夫があった。それは簡略に事例として言えば、京都のおばんざいであり、大阪のお好み焼きであった。つまり、日本人にとってもそうした郷土食は健康食として再認識しなければならないテーマということだ。

実は根本から考え直すことが求められているということである。食育のコンセプトは必要とされるカロリーと栄養その確保だけではなく、その土地ならではの郷土食、文化食をこそ目指すことが求められているということである。東京築地が観光地になって久しい。訪日外国人にとって日本食、市場で働く食のプロが食べにくる場外市場の飲食店はまさに日本食のテーマパークになっている。日本人にとってみれば築地は江戸、東京のローカルフーズであり、江戸前の寿司も郷土食で、築地に集まる食材のその先にある地方には独自文化から生まれたもう一つの食があることを知っている。インバウンド市場のこれからは、地方へと移りその戦略観光メニューは「郷土食」となるであろう。
つまり谷根千というエリアの散策メニューにもこの郷土食が必要になってくるということである。既に「谷中メンチ」や「根津のたいやき」など食べ歩きやおしゃれなカフェはあるが、実は隠れた名店が多くあることはあまり知られてはいない。穴子寿司で有名な「すし 乃池」や俳優の根津甚八が無名時代に通い詰め、この店の名をもらってから売れたというエピソードがある昭和レトロな居酒屋「根津の甚八」。あるいは有形文化財にもなっている串揚げの「はん亭」や根津の「鷹匠」はじめ蕎麦の名店も多い。小さいエリアだが東京の「下町郷土食パーク」と名付けたいほどである。

アニメや漫画がそうであったようにクールジャパンは「外部」、一部の熱烈なフアン・オタクによって創られてきた。日本が本格的に観光産業に取り組むのであれば、谷根千がそうであるように自ら「変化」を創らなければならないということである。意味的に言うならば、富士山観光でもなければ、京都伏見稲荷でもない日本、そんな「日本」を小さくても谷根千においても創っていかなければならないということである。そして、その一歩として「下町レトロパーク」づくりが始まったということである。
こうした試みはインバウンドビジネスを超えて、日本の生活文化、食育など根本から見直す機会にもなるということである。勿論、その先には消費税10%時代を生き抜く着眼・術があることは言うまでもない。(続く)

追記 人口減少時代の都市論については下記の拙著電子書籍をご一読ください。
「衰退する街 未来の消滅都市論」 Kindle版 ¥291
  


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2018年08月05日

未来塾(33)「消費税10%時代の迎え方」(2)前半 

ヒット商品応援団日記No718(毎週更新) 2018.8.5.



消費税10%時代の迎え方(2)

生き延びる商店街から学ぶ

コンセプトの異なる3つの商店街

砂町銀座商店街、興福寺松原商店街、谷中銀座商店街


2014年2月第1回「浅草」をスタートに多くの街や商店街の変化を観察してきた。数年前からは首都圏だけでなく大阪まで足を延ばし何が顧客を惹きつけ元気であるかを肌身で感じてきた。その街や商店街の変化は、誕生の歴史的背景や周辺商環境の変化、そして最近では何よりも訪日外国人市場という新たな市場によって街の風景もそれぞれ異なってきている。
ところで第一回では消費税が10%になってもなお顧客支持が得られるであろう専門店の「誕生物語」その広げ方と、今まで消費から遠い存在と考えられてきた20歳代の新たな若者市場の誕生について、大阪という今一番元気な街の変化として観察・レポートした。
こうした観察のたびに感じることだが、街や商店街は、例えば耕作放棄地が荒れ果てイノシシが住み着く土地へと変貌するように、手を加えない街や商店街は都市であっても閑散としたシャッター通りとなり、街全体が衰退していくこととなる。中小企業庁によれば5割を超える商店街で来街者は減少し、下げ止まりの傾向はあるものの空き店舗数は13%を超えている。来年秋には消費税10%時代を迎えることとなるが、第2回目は過去の消費税導入や大型商業施設をはじめとした商環境の激変を乗り超えてきた3つの商店街を取り上げ、その共通する「商業力」と個々の「独自力」を明らかにしてみた。その「力」とは何か、消費税10%時代を迎えるヒントとしていただきたい。

開発から取り残された地域の商店街

面白いことにこの3つの商店街に共通していることの第一は戦後の都市開発から取り残された地域の商店街である。取り残されてなお「何か」を力とし生き延びる、いや成長する源泉となっている。私の言葉でいうとコンセプトということになるのだが、戦後の荒廃した街から生まれた商店街である。言葉を変えていうならば、日本固有の小売業そのものである。禅宗には「無一物中無尽蔵」という言葉がある。文字通り、無一物とは本来執すべき一物も無い、何も無い戦後にあって、商人として何ものにも執着しない、無心で生きてきた商店街である。そうした意味で3商店街各々異なるコンセプトを持ち、その後の発展も全く異なる商店街として今日に至っている。商店街誕生の経緯を簡単に整理すると次のようになる。

町銀座商店街の場合

東京砂町銀座商店街のある江東区北砂は、豊洲や東雲、臨海副都心といったタワーマンションに象徴される開発地域とは異なり、東西を隅田川と荒川に挟まれ、北は都営新宿線と南は東西線とに囲まれた、つまりアクセスするには都営バスしかないある意味不便な場所に立地した商店街である。この商店街のある北砂は1945年の東京大空襲で焦土と化す。戦後になって店舗が増え始め1963年ごろに長さ670メートル、店舗数約180のほぼ現在の形になり、今もなお昭和の色影を残した下町の商店街として今日に至る。
ちなみに北砂の人口は約38,000人ほどである。周辺にはURの賃貸住宅や都営アパート、あるいは大規模マンション群が見られるが、砂町銀座商店街から脇道を一歩入ると、そこには木造家屋の古い住宅地となっている。商店街の北側と南側徒歩10分圏はこうした住宅地で、いわゆるご近所商店街となっている。
毎月10日には「ばか値市」と呼ばれる大安売りを行っている。平日で1日のべ15,000人、休日でのべ20,000人が訪れる。日本経済新聞2005年2月5日号の「訪れてみたい商店街」で、巣鴨の地蔵通り、横浜の元町に次いで3位に選ばれた、そんな商店街である。安さもさることながら、訪れてわかることだが、惣菜店の多さに象徴されるように日常生活に必要な商品を相対で販売する商店ばかりである。コンセプト的にいうならば、文字通り看板娘や名物オヤジのいる「ご近所商店街」である。

興福寺松原商店街の場合

「ハマのアメ横」と呼ばれる洪福寺松原商店街は横浜から相鉄線に乗り3つめの天王町駅から徒歩8分ほどのところにある。横浜の3大商店街の内、横浜橋通り商店街は横浜市営地下鉄阪東橋駅徒歩2分、六角橋商店街は東急東横線白楽駅の駅前にある。多くの商店街が駅前という好立地にあるのだが、松原商店街は砂町銀座商店街と同様に駅から離れたところにある。
昭和24年米軍の車両置き場として接収されていた天王町界隈や松原付近が解除返還される。住宅もまばらだった一角に昭和25年商店街1号店とも言うべき萩原醤油店が開店する。醤油1升につき3合の景品付きで値段も安く評判を呼ぶ。その後八百屋、乾物店、魚屋など相次いで店舗を構え現在では80店舗ほどの商店街である。
その松原商店街の歴史であるが、昭和27年には18店舗になるが、周辺の住宅はまだまだ少なく、ある程度広域集客することがビジネス課題となる。そこでつけたキャッチフレーズが「松原安売り商店街」であった。上野のアメ横も戦後の焼け野原からの、ゼロからの出発であった。そして、お客を呼ぶにはどうしたら良いのか、まだまだ物が不足している時代にあって、安く提供することが「上野のアメ横」も「ハマのアメ横」も同様の商売のポリシーでありその原点であった。平均の人出は平日約2万人、休日2万5千人。年末には県外からバスツアー客も来ることもあり、10万人にも及ぶ。コンセプト的にはハマの激安商店街となる。
この激安コンセプトを掲げた専門店はドン・キホーテをはじめ他にもあるが、商店街全体のテーマとした例は珍しい。上野のアメ横同様、松原商店街も年末の正月用食材の大売り出しには買い物客が大挙して押し寄せ文字通り「ハマのアメ横」となり、年末の風物詩となっている。

谷中ぎんざ商店街の場合

東京の中心部、特に下町と呼ばれた江東区や台東区の多くは戦災に遭い建物を含めその多くを焼失した。例えば、その象徴でもある上野アメ横のスタートは焼け野原のなかのバラックからのスタートであった。
その上野の北側にある台東区谷中から西側の文京区根津一帯は戦災を免れた昔ながらの木造住宅などの街並が今なお残っている。谷中ぎんざ商店街も昭和20年ごろから自然発生的に商店が誕生し、一つの商店街を形作っていく。
最寄り駅はJR日暮里駅あるいは地下鉄千代田線千駄木駅、根津駅であるが、地方の人にとっては上野公園の北側・西側と言った方がわかりやすい。東京に永く住む人にとっては谷中霊園のさくら、あるいはつつじの名所にもなっている根津神社があり、この一帯をヤネセン(谷根千)と呼んでいるがその中心にあるのが谷中ぎんざ商店街である。再開発が進み変貌する東京にあって、「昭和」「下町」といった生活文化の匂いが色濃く残っている地域である。
ところでJR日暮里駅から谷中ぎんざに向かう坂道(階段)も西日暮里三丁目ということもあり、その坂道から見る夕日が素晴らしく、多くの人は2005年の日本アカデミー賞を受賞した映画「Always三丁目の夕日」を思い浮かべる、そんな夕日の町である。
日本全国朝日と夕日の絶景スポットといわれる場所は数多くある。絶景マニアが撮影したい時と場所はこの時この場所という非日常の風景である。しかし、この谷中ぎんざ商店街を見下ろす坂の上からの夕焼けは絶景というより、だんだんと日が暮れていく日常の風景、今日一日お疲れさまとでも表現したくなるような、そんなありふれた時間の夕焼けである。感動するなどといった絶景ではなく、1日が終わりどこかほっとするそんな日常風景の夕焼けである。
まさに「下町レトロ」というコンセプトにふさわしいこの谷根千に観光客が続々と訪れるようになる。そして、今や日本人だけでなく訪日観光客の東京観光プログラムにも載るようになり、国内の「観光地化」の良きモデルとなっている。それは訪日観光客の日本への興味関心がクールジャパンから次第にその裾野を広げ、「下町レトロ」という日本の生活文化に向かっているということでもある。

ここで言うコンセプトとは商店街の誕生物語のことで、戦後の何も無いなかで個々の商店にとっては「生業」そのものであった。生きるための商売といっても過言では無い。その生業をある方向にまとめ「力」としたことが生き残る、いや今日の成長の「素(もと)」になっている。
この「素(もと)」とは小売業の本質で、徹底した顧客主義であり、それは売り手にとっては「売り切る力」のことでもある。「売り切る」とは、顧客にとってみれば単なる理解を超えた「納得・共感」のことである。いや「納得」と言う表現は誤解を招くので訂正するが、ある意味顧客が喜んで「買う」、自ら進んで「買う」ことに他ならない。その共感世界は3つの商店街各々異なるが、元を辿ればそれは誕生物語への共感ということだ。
顧客は「何」に共感するのか

必要でモノを買う時代、生きるためにモノを買う時代はすでに終えている。3つの商店街も戦後のモノ不足の時代にあって必死にモノを仕入れ販売してきた。そうした歴史を踏まえ今日に至るのだが、一定のモノ充足時代、多くの流通業が誕生し活動する競争下にあって、「何」を力とし、顧客の共感を得てきたかを学ぶこととする。
まず学ぶべきは3つの商店街にはいわゆる全国チェーン店は極めて少なく、そのほとんどが地場の商店である。シャッター通り化する時代にあって、地場の商店が中心になって商店街を構成し、多くの顧客を惹きつけ集客している点である。構成する商店は独立した事業者である。そうした事業者が目指す世界、コンセプトを共有できるか否かがまず超えなければならない最初の壁となる。

砂町銀座商店街の場合/手作りが持つ「力」

どの商店街もそうであるが、砂町銀座商店街も周辺にはアリオ北砂をはじめ大型商業施設に囲まれている。そうしたなか、何を「力」としているか、それは「生業」であることを力としていることに他ならない。小売業はアイディア業と言われるように、顧客が求めることを察知し、それにアイディアを加味して顧客に相対する。「工夫をまとった手作り商品」「作った本人が販売」「顧客反応を受け止めるのも本人」・・・・・・・・売上も何もかも本人次第、これが生業である。
ところでこうした生業の良さを強みに変えた小さなスーパーを思い出す。それは東北仙台郊外の小さな市場にも関わらず、全国から多くの流通業者が注目し学習しに通う主婦の店「さいち」である。人口わずか4700人の小さな温泉町に、1日平均5000個、土日祝日は1万個以上、お彼岸になると2万個もの「おはぎ」を売る。
その「さいち」は実は家庭で食べるお惣菜をスーパーで初めて販売したスーパーであるが、できるだけ人手を減らし、合理化して商品を安く提供するのがスーパーだと考える時代にあって、その真逆を進めたスーパーである。そんな非常識経営を進めていくのだが、そんな理由を次のように答えている。(2010年9月21日ダイヤモンドオンラインより抜粋引用)

『絶対に人マネをしないというのがさいちの原則です。マネをしたら、お手本の料理をつくった人の範囲にとどまってしまう。・・・・・先生や親方の所に聞きにいかずに、自分たちで考える。そうすると、自分がつくったものに愛情がわく。自分の子どもに対する愛情と同じです。』

「さいち」のお惣菜は500種類を超え、多品種・少量ということから、手間がかかり、利益が出ないのではという質問に対しては、
『全部売ってくれないと困る。そのためには、「真心を持って100%売れる商品をつくるのが、絶対条件ですよ」と、言っています。うちではロス(廃棄)はゼロとして原価率を計算しています。いくら原価率を低く想定しても、売れ残りが出てしまえば、その分、原価率は上がってしまいます。』

主婦の店さいちがそうであるように、砂町銀座商店街の多くが生業ならではの独自性を力に変えていることがわかる。チェーン店には無い「手作り」という独自が顧客の舌に応えているということである。しかも、「相対」という売り手と顧客とが真正面に向き合い、その日一番勧めたい商品、買いたい商品とを互いにぶつけ合う、勿論価格もであるが、売り切る力もこの相対によって培われる。そして、小売業は売り切ることの中に「信頼」が生まれる。その信頼が日々繰り返されることによって、感じ合う関係、共感関係にまで高めることへと向かう。

興福寺松原商店街の場合/元祖わけありの力

「ハマのアメ横」と自らそのように呼ぶ松原商店街であるが、その顧客を魅了する「安さ」は上野アメ横のそれとはいまひとつ異なる。それは2008年のリーマンショック後に急速に消費のキーワードになった「わけあり」は、実は松原商店街が元祖であった。
商店街創業のなかでも、今日の集客の中心的店舗である魚幸水産は当時からユニークな商法であった。三崎漁港や北海道から直接仕入れ激安で大量に売りまくる。今日でいうところの「わけあり商売」を当時から行っていたということである。入り口の奥まったところではマグロの解体ショーと共に、ブロックになったマグロを客と相対で値段をやり取りして売っていく、そんな実演商売である。これも上野のアメ横商売を彷彿とさせる光景が日常的に繰り広げられている。
魚幸水産と共に、商店街の集客のコアとなっているのが外川商店という青果店である。年末のTV報道で取り上げられる青果店であるが、次から次へと商品が売れ、売るタイミングを逃さないために、空となった段ボール箱をテントの上に放り投げ、一時保管するといった松原商店街の一種の風物詩にもなっている青果店である。
炎天下の昼時という最も買い物時間にはふさわしくない時であったが、テントの上には段ボールの空箱がいくつも積まれていた。
この外川商店も激安商品で溢れている。季節柄果物は桃の最盛期で1個100円程度とかなり安く売られている。この外川商店も魚幸水産と同様、見事なくらいの「わけあり商品」が店頭に並んでいる。写真の商品はきゅうりであるが、なんと一山100円である。そして、見ていただくとわかるが、見事なくらい曲がった規格外商品である。商店街には青果店は他にも3店ある。例えば、規格外ではないまっすぐなきゅうりを売っている青果店の場合、一山150円であった。

エブリデーロープライスというローコスト経営

松原商店街も上野のアメ横同様年末には多くの買い物客が押し寄せその爆発的な売上がニュースになり、風物詩っとして報道されるが、商店街の誕生から今日に至るまで毎日が特売日、エブリデーロープライスである。エブリデーロープライスは周知の世界最大の小売業であるウオルマートの経営ポリシーであるが、松原商店街も「売り出し」に経費をかけることなどしない、勿論折込チラシなどしない売上高経費率という視点から見れば各店共に10%程度の経費しかかけないローコスト経営商店街となっている。顧客の側もこうしたローコスト経営をよく理解したうえでの「安売り」であることに共感を覚えるのである。

谷中ぎんざ商店街の場合/新しい市場・変化を捉える力

谷中ぎんざ商店街は昭和20年頃に自然発生的に生まれる。ご近所相手の近隣型商店街として発展してきたが、商店街のHPにも書かれているが、現在に至るまでには大きな危機が3度あったという。”1度目は昭和43年の千代田線の千駄木駅開通による通行量の激変、2度目は昭和52年の近隣への大型スーパーの進出、3度目は昭和60年代のコンビニエンスストアーの続々の開店です。危機が訪れる度に商店街が一丸となり、1割引特売、商店街夏まつりの創設、スタンプによるディナー招待など、アイデアと工夫で乗り越えてきた。危機をバネにしてきた、われながら、たくましい商店街であると思っている”と書かれている。
交通アクセスによる人の移動変化は小売り商売にとっては極めて大きい。大型スーパーやコンビニの進出は全国同様の地場小売店の共通課題であるが、取り上げた砂町銀座商店街や横浜洪福寺松原商店街もまた、谷中ぎんざと同様乗り越えてきた商店街である。こうした商店街に共通することは、顧客主義に基づいた固有なテーマをもって一丸となったことにある。

テーマによって観光地となる、その集客効果

谷中ぎんざ商店街による来街調査では、平成に入り、谷根千工房による地域メディア戦略が浸透し、谷中・根津・千駄木の界隈が「谷根千」と呼ばれ注目が集まる。平成8年にはNHKのテレビ小説「ひまわり」の舞台となり、11年に商店街外観整備、13年にホームページ開設、18年には日よけの統一や袖看板の設置、さらに20年には猫のストリートファニチャー設置も実施し、商店街の観光や散策の地としての魅力を高めてきた。結果、平成26年の来街者調査では、金曜に約7千人、土曜には約1万4千人が訪れている。平成3年時には平日、休日とも約8千人であったことから、平日は約1割減、休日は7割増え遠くから多くの顧客が来街する商店街となっているとのこと。つまり、ヤネセンというエリアに注目が集まったことによって、平日の来街者(ご近所顧客)は減ったが、休日には多くの観光客が訪れ商店街として活性され、逆に成長したということである。つまろ、観光という変化を巧みに捉えたということである。
谷中ぎんざもそうであるが、観光地化の目安の一つが食べ歩きを含めた食である。砂町銀座もそうであったが、ここ谷中ぎんざも座って食べられるような工夫や食べ歩きしやすい包装など顧客の要望に応えている。そして、更に集客を促進しているのが人であり、砂町銀座ではあさり屋の看板娘(おばあちゃん)であったが、谷中ぎんざも同様で名物の谷中メンチも看板娘が元気に店頭に立って売っている。観光客にとって分かりやすい目印になっているということだ。

訪日観光客の関心事の一つが庶民の生活文化

谷根千の魅力をひと言で言うとすれば「下町レトロ」、つまり旧い街並みだけでなく、庶民の生活文化が残っている魅力のことである。ここ数年、訪日観光客が増えてきたが、それまでも寺町でもある谷根千には春には谷中霊園の桜、5月には根津神社のツツジといった散策に多くの日本人観光客は訪れていた。しかし、数年前から訪日観光客を惹きつけたのはこの庶民の生活文化にふれてみたいという要望に応えたエリアであることがわかる。実はこうしたブーム以前にこの庶民文化を提供してきた旅館が根津にある。
1982年に日本旅館としていち早く外国人の受け入れを開始し、今や宿泊客の約9割が外国人という「澤の屋旅館」である。その澤の屋旅館については以前ブログに取り上げ次のように書いたことがあった。

『ここ数年訪日外国人が泊まるゲストハウスとして注目されている東京根津の旅館「澤の屋」はまさに家族でもてなすサービス、いやもっと端的にいうならば「下町人情」サービスという「お・も・て・な・し」である。これも澤さん一家が提供する固有なサービス、日本の下町文化に絶大な評価を得ているということである。そして、重要なことは澤の屋だけでなく地域の街全体が訪日外国人をもてなすという点にある。グローバル経済、日本ならではの固有な文化ビジネスが既に国内において始まっているということである。』

澤の屋も今は注目されているが、訪日外国人受け入れ転換時は大分苦労されたようだ。英語も都心のホテルスタッフのようにはうまくない、たどたどしい会話であったが、それを救ってくれたのが家族でもてなす下町人情サービスであったとのこと。この家族サービスが口コミとなり、谷根千が東京の観光地の一つとなり、結果澤の屋の今に繋がっていると言うことである。
日本国内ではオタクと蔑まれてきたアニメやコミックがクールジャパンとして海外から高い評価を受け、秋葉原・アキバがその聖地になったように、常に「外」から教えられる日本である。ヤネセンが下町人情のアキバになれるかどうかこれからであるが、もう一つのクールジャパン物語の時代が始まったことだけは確かである。
こうした訪日観光客という新たな市場によって文字通り「観光地」となり、数年前から新たなホテルや和雑貨などの土産物店なども谷根千一帯に誕生している。3度にわたる危機をこの「観光地化」によって乗り越えてきた谷根千・谷中ぎんざ商店街であるが、これも一つの生き残り策と言えよう。(後半へ続く)

追記 人口減少時代の都市論については下記の拙著電子書籍をご一読ください。
「衰退する街 未来の消滅都市論」 Kindle版 ¥291

  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:16Comments(0)新市場創造

2018年07月22日

まだまだあるすき間市場

ヒット商品応援団日記No717(毎週更新) 2018.7.22.

「日本一高い 日本一うまい」花園饅頭が2018年5月31日東京地裁に破産申請を行っていた。1834年創業、180年もの歴史を持つ和菓子の老舗である。東京・新宿に本店を持つ花園万頭はその饅頭もさることながら「ぬれ甘納豆」で知られた和菓子店で虎屋の塩羊羹ほどのブランド和菓子ではないが、それでも冒頭のフレーズ「日本一高い 日本一うまい」が破綻したのはこの時代の象徴でもある。東京商工リサーチによればバブル期の不動産投資が重く再建に向けてスポンサー探しを進めていたが上手くいかなかったとのこと、負債総額は約22億円。
デフレ経済下においては、かなり前の不動産投資のリスクが尾を引き今になって資金繰りが悪化し自己破産というパターンは珍しくはないが、この間「変わる」ことができなかった事例であろう。

ところで旧来の業態である居酒屋チェーンにあって、急成長を見せてきた「鳥貴族」は昨年10月フードとドリンクメニューの一律値上げを行っている。280円均一から298円均一(いずれも税抜き)に約6%の値上げである。28年ぶりとなる値上げであるが、多くの外食事業と同様人件費や食材の仕入れコストの上昇のためとしている。結果どうであったか、誰もが想定する通り客数の減少であった。値上げ分と新規出店分で客数のマイナスを補えるとしていたが、2018年になってからも苦戦が続いている。3月7日に発表された月次報告によると、既存店の売上高は前年同月比で1月は96.4%、2月には94.0%まで落ち込んだ。客数の落ち込みはもっと厳しい状況になっており、前年同月比で1月は93.8%、2月は92.0%であった。新規出店によって全体の売り上げ成長などは確保できるが、果たして顧客離れを起こした既存店の行方には懸念が残る。

周知のように2014年牛丼大手の「すき家」がアルバイト人員の確保ができないことから深夜店が続々閉店することがあった。しかも「ワンオペ」という一人回しの運営が過重労働であると指摘されブラック企業の代表であるかのごとく言われていた。しかし、その後のすき家はどうなったか、2016年3月期決算は大幅な増益となった。売上高は5257億円(2015年3月期比2.7%増)、営業利益は121億円(同384.9%増)、当期純利益は40億円(同111億円の損失)だった。すき家の業態の特徴の一つが富士そばと同様24時間営業であったが、2014年10月、国内約2000店のうち1200店で深夜営業の休止に追いこまれた。「深夜0時~朝5時は従業員複数勤務体制にする」という条件が設けられることになった。店舗により上昇幅はまちまちだが、人員確保のため、深夜時間帯の時給を上げている。条件を満たした店舗から順次、深夜営業を再開。次第に深夜営業店が増え、2016年期末には休止していた店舗が616店あったが、期末には232店にまで減少したとのこと。当然売り上げも利益も改善する。
つまり、すき家にとって深夜市場という顧客市場は経営の根幹であったということである。面白いことに、開店・閉店することによって食材の廃棄ロスが生まれていたが、深夜営業によってロス率が改善され利益貢献に繋がったということであった。

ところで先日は土用の丑の日であったが、スーパーの店頭には国内産、中国産2種のうなぎの蒲焼が店頭に並んでいた。季節の食ということからうなぎは外せないものだが、やはり国内産うなぎは高く、中国産や台湾産に手が伸びているようだ。春頃稚魚であるしらすうなぎの不漁が伝えられており、今年のうなぎは高いとの話が伝わっていることからであろう。ところが国内産の産地である宮崎や鹿児島ではうなぎがだぶついているという。うなぎもこの頃が旬の大きさで、時間がたつと大きくなり皮が硬くなってしまうという。そうであればこの時期、安く放出した方が良いのではと誰もが思うが、旧来の流通慣習から脱皮できない小さな市場になっている。ちなみに、前述のすき家はかなり前から中国で養鰻事業を手がけており、今キャンペーンをしているが、「うな牛 しじみ汁 おしんこセット/990円」はヒット商品になるであろう。1年に1度ぐらいはうなぎ専門店でうな重を食べたいと思うが、4000円以上はするのでわざわざ酷暑の中並んでまで食べに行くかとどうか。すき家のうなぎも一つのすき間を言い当てているかと思う。

こうした価格の隙間については昨年から注目していたホテルがある。素泊まりのロードサイドホテルチェーンの旅籠屋である。ファミリーロッジをキャッチフレーズとしているが、日本版モーテルといったほうがわかりやすい。全て室料制でシーズンごとに価格が変わるが、例えばレギュラーシーズンで1室10000円、家族4名で泊まれば一人2500円という料金になる。また、ペット連れもOKで、ペットも人間と同じ人数分とのこと。
こうした既存のホテル・旅館業態ではない宿泊業態が生まれており、ユニークなのはロードサイドということから地方が中心となるが土地所有者(個人や企業、場合によっては自治体)から土地を借受ける活動を行なっている。つまり、訪日観光客だけが注目されているが、形を変えた小さな地方創生、小さな魅力再発見など観光産業の一翼にもなりえる事業である。これも一つのすき間事業と言えよう。

ここ数年のすき間市場から見える世界には必ず「価格」という世界が見えてくる。その価格を判断する指標の一つが「客数」である。顧客を惹きつけるものは「何か」という古くて新しい命題である。旧来の考えに一度待ったをかけて考えて見ることだ。すき家には深夜営業という顧客要望が厳然としてあったということである。チェーンビジネスはともすると一店、一人が見えなくなる。「マス市場=チェーンビジネス」という視点、あたかもそれが効率が良い合理的なものだと考えがちである。深夜働く人の環境改善がなされ営業再開すれば、結果顧客もまた戻ってくるのだ。鳥貴族の経営実態は今ひとつわからないが、鳥貴族の成長を促した魅力は何かということに今一度立ち返ることだ。そこにある顧客の「価格の目」を通して何が見えてくるかである。これは私の推測の域を出ないが、280円と298円の差18円に価格の目が集まっていると思う。実は280円という価格に「すき間」があったということだ。ではどうすれば良いのか、すき家が行ったように、食材だけでなく小さなロスを徹底して無くすことなど、ローコスト経営を目指すことだ。(続く)
  


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2018年07月01日

過去5年のヒット商品の傾向を読む 

ヒット商品応援団日記No717(毎週更新) 2018.7.1.



今回は過去5年のヒット商品を日経MJを中心に読み解いてみた。こうしてヒット商品を年次別に並べてみると、新しい芽や同じ傾向がいくつか見えてくる。そうした着眼を中心に整理分析してみた。

2013年
東横綱 セブンカフェ、 西横綱 あまちゃん
東大関 進撃の巨人、    西大関 東南アジア観光客
東関脇 マー君、西関脇 パズル&ドラゴンズ
東小結 ロレックス、   西小結 湾岸マンション

2014年
東横綱 インバウンド消費、 西横綱 妖怪ウオッチ
東大関 アナと雪の女王、  西大関 ハリーポッターUSJ
東張出大関 錦織圭、 西張出大関 羽生結弦
東関脇 格安スマホ、 西関脇 i Phone6
東小結 デミオ、  西小結 ハスラー
*2014年4月消費税8%導入

2015年
東横綱 北陸新幹線、 西横綱 ラクビー桜ジャパン
東大関 火花、  西大関 定額配信
東張出大関 ハロウィン・フィーバー、 西張出大関 肉食ブーム
東関脇 成田LCCターミナル、 西関脇 12の神薬
東小結 ガウチョパンツ、  西小結 コンビニドーナツ

2016年
東横綱 ポケモンGO 、 西横綱 君の名は。 
東大関 シン・ゴジラ 、  西大関 AI (人工知能)
張出大関 ピコ太郎  、  張出大関 リオ五輪
関脇 日産せレナ、 関脇 PSVR 
小結 大谷翔平、  小結 広島 

2017年
東横綱 アマゾン・エフェクト 、 西横綱 任天堂ゲーム機 
東大関 安室奈美恵 、  西大関 AIスピーカー
関脇 GINZA SIX  、 関脇 ゾゾタウン
小結 シワ取り化粧品、  小結 睡眠負債商品 

新しく生まれた観光産業の行方

これが過去5年間の日経MJによるヒット商品番付である。このヒット商品の意味を考える前に、全体としてそれまで無かった大きなヒット商品の潮流が見られる。周知のように2013年以前はどうかと言えば、2008年秋に吹き荒れたリーマンショックによる景気の落ち込みによる消費が一変したことを思い出すであろう。「わけあり」というキーワードによってあらゆる消費領域に低価格市場が及んだことである。
上記の5年間のヒット商品において最大の変化が2013年の西大関にランクされた東南アジア観光客であり、翌年の東横綱のインバウンド消費、つまり急増する訪日外国人市場の誕生ということになる。これまで新市場の現象面ばかりが取り上げられることが多いが、中国をはじめ諸外国の経済が豊かになり旅行への消費が大きくなったことと、もう一つ忘れてはならないのが為替(ドル円レート)の変化である。2003年~2004年当時は1ドル80円から98円程度であった。この円高から2014年には一挙に106円ほどとなる。この円安を背景に副産物として訪日外国人旅行客が急増したということだ。
そして、もう一つ注目すべきは2013年の東南アジア観光客である。これは主にタイからの観光客を中心としたものだが訪日目的の一つが本場の「ラーメン」を食べることで、横浜のラーメン博物館が日本の観光コースに組み込まれていることにある。2015年にはやっと成田にLCCターミナルができる。この頃から訪日外国人が急増し、「爆買い」という光景が頻繁に報道されるようになる。
実は1900年代後半以降日本のアニメやコミックの海外フアンが増え、そしてオタク化し秋葉原の街が聖地になったことを思い出すことが必要である。つまり、今このオタク的関心事として、日本の「食」がラーメン博物館人気に見られるように訪日外国人市場の多くを占めていることが分かる。クールジャパンから、クールフードへと進化・拡大してきたということである。
そして、デフレ下の消費市場にあって、訪日外国人客は日常利用している街場の飲食店にも訪れる等になったことは周知の通りである。そして、昨年あたりから旅行先はそれまでの東京ディズニーランドー銀座・浅草ー富士山観光といったゴールデンルートから西(関西)高東(東京)低となり、さらに地方へと向かっている。地方には手付かずの自然や歴史ある城といった遺跡があり、日本人が当たり前のこととして関心を持たなかったもの、つまり宝物が眠っているということである。東北地方で一番訪日敢行客が多い青森県では寒い冬を逆手に取った「雪遊び」が台湾観光客の人気となっているとのこと。周知のように雪に触れることの少ない台湾の人にとっては、冬の雪は新しい、面白い、珍しい体験であったということだ。また、兵庫県では初心者向けの訪日観光客向けのゲレンデが新設されている。北海道のニセコのように世界に誇る良い雪質のスキー場もあれば、青森のような「雪遊び」もあり、持っている資源が宝物となるかどうか、それを決めるのは顧客である訪日観光客である。そして、この宝物へとナビゲートしてくれるのが日本好きの「オタク」ということである。
ところで外国人観光客の口コミサイト「トリップアドバイザー」が2018年の人気観光スポットを発表した。1位は従来通り京都伏見稲荷大社であったが、初登場したのは、京都の「平等院」、「三千院」と東京の「根津美術館」であった。所謂従来の観光名所とは少し異なるマニアックな観光スポットである。日本人より、外国人の方が熱心に宝物探しをした結果ということであろう。そして、その宝物には古来から続く日本の精神文化が横たわっていることを忘れてはならない。

分化するサブカルヒット商品

バブル崩壊後、消費において成熟期に入った日本ということであろう、いわゆるサブカル商品が次々と生まれている。2013年の漫画・アニメの「進撃の巨人」をはじめ、ゲームでは「パズル&ドラゴンズ」「妖怪ウオッチ」「ポケモンGO」、映画では「君の名は。」「シンゴジラ」「アナと雪の女王」あるいは映画「ハリーポッター」をテーマとしたUSJ人気もサブカルヒット商品に含まれるであろう。
1980年代に誕生したサブカルチャーも周知の通り、一部の熱狂的なフアン(オタク)によって支えられていたが、1990年代後半から2000年代には秋葉原はアキバになり一挙に広がることとなる。そのサブカルチャーの街の雑居ビルから誕生したのがAKB48であり、その「アイドルブーム」は欅坂46といった坂道シリーズグループや地下アイドルというキーワードが示すように全国に広がっている。勿論、アキバには訪日外国人オタクも集まり、文字通りサブカルの聖地になっている。
ところでこのサブカルチャーの主体はと言えば、スマホであり若い世代である。1990年代までのサブカルは未だ活字文化の名残を残していたが、今回野球漫画「ドカベン」の掲載を終え46年という歴史の幕を下ろしたが、こうした漫画雑誌も次第に少なくなってきている。その「ドカベン」の中心読者は既にシニア世代となっており、活字文化世代でもある。出版不況と言われてかなりの年数が経っているが、唯一支えているのはシニア世代ということである。2015年「火花」が芥川賞を受賞したが、唯一活字文化が表舞台に上がっているがこれも作家でもある芸人又吉直樹という異質な人物によるので話題的な意味合いが強く、活字文化が復権したとは言えない。
一方、若い世代の情報源はほとんどがスマホによるものであるが、流行語大賞にもなった「インスタ映え」という自己表現欲求、いや自己承認欲求によるものがサブカル的であると言えなくはない。SNSにおいても短文のツイッターが好まれており、Facebookよりツイッター利用が中心になっている。2015年東張出大関にハロウィン・フィーバーが入っているが、バラバラとなった個人化社会にあって「集まる場」が求められた結果であり、今回のサッカーW杯もそうであるが、東京であれば渋谷のスクランブル交差点、大阪であれば道頓堀の戎橋という「場」に若い世代が集まる。ある意味、現代版「村祭り」であり、ひととき楽しむ場所が求められているということだ。少し前の「未来塾」にも紹介したが、大阪駅ビル地下にあるバルチカの「コウハク(紅白)」と「ふじ子」という飲食店はこの集まれる「場」となっており、結果として行列繁盛店となっている。これも若い世代の「雑談的サブカルチャー」、クラブ活動の「部室文化」と言えなくはない。
つまり、このようにサブカルチャーも大きく二分されているということである。ヒット商品番付にも出ているが、
「アナと雪の女王」や「シン・ゴジラ」は今までのサブカルチャー的世界であるのに対し、「君の名は。」は新海監督のプロフィールがそうであったようにゲーム的サブカルチャーである。文化とは人間の知性や精神を表すもので、当然世代によって違いは出てくるものである。そうした意味で、各世代がどんな関心事を持っているかがこの文化、「サブカルチャー」である。このサブカル世界に出てきている各世代の「時代感」を分析することが不可欠なものとなっている。また、漫画やアニメの洗礼を受けている訪日外国人に対する観光メニューやサービスも当然変わってくる。少なくとも「クールジャパン」に興味を持った訪日観光客にとってはスマホのゲーム世界ではなく、それまで海外へと輸出されてきたアニメ映画や漫画によるものである。その良き事例がそうしたサブカルチャーで描かれた「ランドセル」がかっこいい、クールだと関心を持って日本にやってくる。お土産に購入していくのだが、少子化時代にあって低迷するランドセル業界が復活の兆しを見せたのもこのサブカル効果ということになる。つまり、サブカルチャーはメディアでもあるということだ。

市場全体の成長を促すヒット商品エフェクト

急成長する背景を個々の企業として見て行くと、「何が」成長を促しているかが分かる。その良き事例がguのガウチョパンツのヒットであり、そもそもguを消費の表舞台にあげたヒット商品は1000円を切ったジーンズであった。そして、このガウチョパンツによって日本のファストファッション全体を押し上げたということである。現在guは低迷状態にあるが、3番目のヒット商品がいつ誕生するかが経営の大きな課題となっていることが分かる。また、ネット通販として成長している代表としてゾゾタウンが挙げられているが、これも若い世代の人気ブランドであるUA(ユナイテッドアローズ)が加わったことをきっかけに検索が増加しネット通販市場が拡大したことと同じである。勿論、若い世代にとって低価格であることとともに、中古品人気にも応えた通販であることは言うまでもない。このネット通販の勢いを促した最大のものがあのアマゾンである。昨年の横綱にランクされ、エフェクト(効果)とネーミングされたが、既存のスーパーも含めネットでの買い物は一般化し、その普及を促したのがアマゾンということとなる。そして、そのネット通販業態には不可欠な物流が急成長に追いつかない問題もまた生まれたことは周知の通りである。
こうした市場全体を変え、押し上げたのがセブンイレブンであろう。セブンカフェを筆頭にセブンドーナツへと。特にカフェは同じコンビニばかりでなく、カフェ業態はもちろんのことあの日本マクドナルドのカフェも進化させることへと繋がっている。このことはコンビニ業態はファストフードをはじめ周辺のドラッグストアなど多くの小売業に影響を及ぼしていることがわかる。ネット通販におけるアマゾンのポジションは小売業においてはセブンイレブンということになる。
こうしたマーケットのあり方の変化を促すリーダーとして、セブンイレブンは「朝セブン」というセブンカフェとのセットを考えたお得なメニューキャンペーンを続けている。こうしたセブンイレブンのマーケティングは同業者であるローソンは地方の問題解決のためのメニュー、青森であれば塩分控えめメニューなど独自なメニュー開発で応え、ファミリーマートではフィットネスクラブなど他の集客施設とのコラボレーションによって独自な集客マーケティングを展開している。更にいうならば、時間帯マーチャンダイジングとして日本マクドナルドは「夜マック」というお得メニューを発売し、アマゾンエフェクトではないが、セブンエフェクトとでも表現したくなるような市場の再編進化が見られる。つまり、今までの業界内競争から、境目がない広範囲な市場競争時代に入ったということであろう。

求められるスカットジャパン

政治においてはモリカケ問題に見られるように、「忖度」というキーワードが流行語大賞になるように全てが「モヤモヤ」とした社会が日本を覆っている。こうした社会を「モヤモヤジャパン」と私は呼んでいるが、こうしたはっきりしない空気を一変させてくれるのがスポーツの世界である。ルールが確立されているということもあるが、勝敗のいかんを問わずギリギリの戦いに感動する。それがヒット商品番付にも数多くランクされている。「マー君」、「ラクビー桜ジャパン」、「錦織圭」、 「羽生結弦」、「大谷翔平」、「広島(リーグ優勝)」、特にラクビー桜ジャパンの南アフリカ戦での戦い方、コンバージョンキックで同点にするのではなく「勝ちに行った」桜ジャパンに感動する。それまで世界には通用しないと勝手に思っていた多くの人はそれまでの”健闘はするが最後は負けるであろう”としていた勝手な予測は大きく外れ、そこに感動が生まれた。今回のサッカーW杯の場合で言えば、FIFAランキング61位の日本にはあまり期待できないと多くの人は思っていたが、第1戦、第2戦と予想を大きく外れた大健闘であったが、第3戦ポーランドとの戦いでは負けているにも関わらず残り10分の攻撃しない球回しには賛否両論が日本中を駆け巡った。結果は今回から適用されたフェアプレイポイントの差で決勝トーナメントへと進んだが、これでモヤモヤジャパンにまた戻ってしまった。勝てば官軍、負ければ賊軍といった矮小な議論ではなく、「勝ち抜いたこと」によって、何を得たかである。それも日本サッカー界の未来に対してである。恐らくその第一歩が次のベルギー戦で、勝てば文字通り未来に向かってのスカットジャパンになるであろう。
実はスポーツの醍醐味の一つは番狂せ、予想外のことが起きる面白さにある。予期せぬ出来事、思惑とは異なる結末、そんなことに出会えるのがスポーツである。政治ばかでなく、経済、社会においても不透明、不確かなことばかりの時代にあって、スポーツはモヤモヤ感をひととき一掃させてくれるもので、これからも時代要請に応えるものとなる。

これがこの5年間で特筆すべき点である。もう一つ挙げるとすればAI(人工知能)による働き方や生活の再編である。例えば、自動車の自動運転が現実化しつつあるが、無人自動車は既にテストに入っており、次世代の交通インフラが考えられている。こうした進化過程のトピックスについては随時ブログにて取り上げていくこととする。(続く)  


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2018年06月24日

日常をおもしろがる時代の着眼 

ヒット商品応援団日記No716(毎週更新) 2018.6.24.

少し前のブログに「デフレを楽しむ時代」になったと書いた。実はその楽しむ内容はと言えば、多種多様で一見捉えどころのないものとなっている。この10数年小売業態で急成長したのは周知のダイソーをはじめとした「100円ショップ」で、価格を100円均一とした広範囲な生活雑貨店である。それまでの生活雑貨と言えば趣味領域にテーマを持たせた東急ハンズやデザインに特徴を持たせた西武ロフトが流通していたが、100円ショップによって生活に必要な消耗品的雑貨が確立できることになったという意味である。ある意味、足りないところを埋めて来たと言っても過言ではない。総合スーパー、GMSが低迷しているが、ドラッグストアもそうであるが足りないものを埋める流通が成長し、「総合」ということでは足りないところを埋めることはできない時代になっているということだ。

デフレ時代のもう一つの潮流がホームセンターの成長に表れている。100円ショップは生活の隙間、日常の消耗品的雑貨であるのに対し、ホームセンターは「ホーム」に関する全てで、すでに出来上がった完成商品ではなく、DIYという名の通り作り手の創造性に応えるための素材が用意されていることにある。
ホームセンターという有店舗市場は約4兆円弱で停滞気味であるが、他の産業同様ネット通販にシェアーを侵食されており、DIY市場全体としては着実に伸びていると推測される。
この市場の中心はDIYというクリエーターとしての創造市場であったが、次第に価格面でも価値基準を持つ顧客も加わっていることによって市場全体としては伸びていると言える。特に、ペット関連や家庭菜園など園芸用品はそれに当たる。

こうした傾向の背景にはもちろんのこと「成熟した生活」がある。よく成熟を誤解してしまうことがあるが、それは1980年代までのような成長、次々と新しい何かの刺激しよって生き生きとした生活を送っていたことに対し、バブル崩壊以降は収入は増えないが、デフレ経済の下にあって一定の購買力を保持することができる生活となっていることを成熟と呼んでいる。消費もリスクのある、つまり当たり外れのある買い物ではなく、好きで永いこと使えるか、もしくは外れても悔いのない安いものを試して購入する、そうした消費傾向を見せるようになる。これがデフレ消費の本質であるが、そうした「考え・行動」は徐々に熟成し、極めて賢明な楽しさのある消費へと向かっている。好きなもので日常生活を埋めて行く、これがデフレを楽しむ消費の本質である。一見すると停滞しているように見えるが、そうではないということだ。

ところで、2年ほど前から冷凍食品市場が急成長している。日本冷凍食品協会によれば平成29年度における国内消費については、国民1人当りの年間消費量は、22.5 キログラムとなり、過去最高を記録した。また、金額ベースでは 1 兆 585 億円と 1 年ぶりに 1 兆円を上回ったとのこと。この伸びの一番の理由は従来の子供の弁当惣菜ということからさらに進化した時短調理要請によるものと推測されている。冷凍食品についてはその技術の進歩もあって、今や夕食用の本格冷凍弁当まで販売されており、夫婦共稼ぎ世帯では必須食品となっている。
こうした時間に追われる生活であるが、実は自由時間を創り出すためのものとしてあり、今風に言えば、ワークライフバランスのための必須アイテムとなっているということだ。ここから得られた「時間」をどう使うかであり、その自由時間は日常生活の中心となっているということである。

デフレというと節約という言葉とともに何か暗いイメージで語られることが多いが、生活者は収入が増えないなか、楽しむための様々な工夫をして自由時間を確保しているということである。総務省の調査からも「自分の 趣味にあった暮らし方をする」とした人が一番多く40%前後となっているように、もう少し言うならば暮らし方とは「好きな時間」をどう創るか、どう使うかである。
そこでメーカーも小売業も等しく行って来たのが「小」への再編集であった。量やサイズはもとより価格までを小さくして販売して行く革新であった。こうした革新から生まれた代表的業態が前述の「100円ショップ」であった。しかし、スタート当初のダイソーはその成長の鍵として”100円で「こんなものが買えるのか」という新鮮な感動”を提供するために、次の3つを目標とすることにあったと創業者は語っていた。
1.「買い物の自由」;
すべて100円、価格を気にせず買える。買い物の解放感、普段の不満解消。「ダイソーは主婦のレジャーランド」。2.「新しい発見」;
「これも100円で買えるの?!」という新鮮な驚き。月80品目新製品導入。
3.「選択の自由」;
色違い、型違い、素材違い、どれを取ってもすべて100円。
さて現在のダイソーをはじめとした100円ショップはどうであろうか。アイテム数の格段の増加などあるが、より顧客に近ずくためのアイディア・工夫された商品が数多く店頭に並ぶ。例えば、固いバターをふわっと削ってくれるバターナイフ。10数年前ヒットしたご飯粒のつかないしゃもじと同じ着眼商品であるが、このように小さな「新しい発見」が次から次へと誕生している。困ったときの100円ショップから、生活を楽しく刺激してくれる100円ショップへの進化である。少し褒め過ぎかもしれないが、絶えざる小さな生活革新創造企業であろう。

さて今起こっていることの本質は日常生活の再編集ということになる。ハレとケという言い方をするとすれば、「ケ」をどれだけ豊かに楽しみを持った暮らしとするかが消費の中心となっているということである。例えば、その日常とは表通りではなく路地裏に、埋れていた街場の中華料理店に、日常の賄い飯が裏メニューに、朝市など雑多な商品が集まる市場に、・・・・・・・「雑」をどのように生活に取り入れ楽しむかに関心事が移っており、そのためには多くのものを「小さく」することが必要となっているということである。価格も、量も、そして多様なサイズ・カラーも、そして何よりもどんなアイディア・着想なのかが明確になっていて、それが刺激的であるか否かが消費を促すこととなる。
つまり、アイディア自体も小さくてかまわない。そうしたアイディア集を未来塾で後日公開したいと思っているが、例えば神奈川平塚の地域の人にとっては慣れ親しんだパンに弦斎カレーパンがある。カレーパンはどこにでもあるが、弦斎カレーパンの場合カレーライスのようなカレーパンで福神漬けまで入った文字通りのカレーライスパンである。もう一例挙げるとすれば、横浜六角橋商店街にある洋食の「キッチン友」に「友スペシャル」というメニューがある。一見すると山盛りの玉ねぎ炒めに見えるが、中から豚肉やポテト、人参などが出てきて小さな驚きが生まれる、そんなちょっとしたメニューである。日常とは特別なことではなく、大きな驚き・サプライズは必要ない。「雑」の中にちょっとしたアイディア、ちょっとした気遣い、そんな「ちょっと」が嬉しくてまた使ってしまう通ってしまう、そんな時代である。(続く)  


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2018年06月19日

見える化から感じる化へ (後半)

ヒット商品応援団日記No715(毎週更新) 2018.6.19.



このブログはマーケティングをテーマとしているので後半では本題に戻るが、こうした心理環境の中で際立ってきたのが「感情」が激しく行動を揺さぶる時代に入ってきている。勿論、誰もが感情を持ち、泣いたり笑ったり、怒ったりといった喜怒哀楽は持っている。この20数年の時代変化、特に個人化社会という帰属社会が会社や家族から個人へと移行した時代にあっては新たな「仲間社会」を産んできた。そして、この仲間から外されることの中に「いじめ」があった。もう一つが「キレる」という行き場のない感情が爆発するといった現象が至る所で見られる社会となった。これらはストレス社会の中のバラバラとなった個人に関わる新たな社会問題の出現である。しかし、こうしたネガティブな問題を解決あるいは緩和する「術(すべ)」もまた生まれてきている。その一つが少し前にブログに書いた「笑い」のある社会である。商品に、店作りに、ちょっと笑える、和ませてくれる、そんなことが求められている時代である。

ところでその本題であるが、こうした「感」が強く出てくる時代のマーケティングでは消費をどう考えるべきかという課題である。まず価格はデフレ時代においては消費を決める最大の鍵であるが、顧客との間で交わされる「共感」が不可欠な要素になってきたと考えている。今までの「訳あり」といった理屈による納得価格・お得な価格という心理価格から、考え方に共感したから、そこまでやるかといった気持ちが分かるから、あの人がやっているから、こうした共感価格とでも表現したくなる価格の受け止め方が生まれてくる。つまり、今までのお得を訳ありという「見える化」から、その比較から言えば「感じる化」ということになる。

前々回の未来塾にも少し書いたが、元気な大阪、その中でも飛び抜けた賑わいを見せる大阪ルクアイーレバルチカで一番の行列店になっている店が鮮魚店が経営する「魚やスタンドふじ子」である。
前回その店頭の写真を掲載したが今一度冒頭の写真として載せておく。普通に考えるのであれば、鮮度感や季節感を表に出したメッセージになる。つまり、旬を売り物にするのだが、それは二番目となっている。一番目は価格感を前面に出した店作りである。店頭の看板には「海鮮が安いだけの店」とある。但し、その安さの表現だけであれば、つまらない表現であるが、一度食べればその鮮度ある美味しさに唸ってしまう。激安あるいは激ウマといった表現が氾濫する中で、嘘とは言わないが、レトリックばかりの表現が充満している時代である。その逆を見透かしたようなリアルな美味しさ、そのギャップにやられてしまうといった感じである。面白いことにその「やられた感」は他者に話してみたくなってしまう。結果、口づてで評判が伝わるという「感」の連鎖が生まれる。これが若い世代を開発する戦略となっている。

この「感じる化」は体験してみないとわからない。そのためには入り口としてのメニューと「価格帯」に工夫が必要であるということである。単なるお試しメニューとその価格帯ということではなく、極めて多様なメニュー、好みに応えられる「小さな単位(りょう)」の「小さな価格」のメニューが用意するということである。あれこれちょっとづつといった「雑」メニューの満載である。価格帯としては300円を中心に200円から400円台となっている。つまり、共感価格という言い方をするならばこうした価格帯となる。この「魚やスタンドふじ子」では勿論昼のランチとして刺身定食のようなメニューもあるが、多くの若い世代はそうした単品を食べている。
つまり、あらためて使用価値・体験価値が求めれてきているということである。その背景にはネット社会というバーチャル世界・仮想世界と現実リアル世界・日常世界とを「行ったり来たり」する必要性がますます求められているということである。これからもAI(人工知能)が生活のいたるところへと進行していくと思うが、この行ったり来たりということがビジネスの仕組みの中に組み込まれる時代がきているということだ。若い世代の場合はこの行ったり来たりを当たり前のことと考えており、ある意味「コスパ世代」としてリスクヘッジをしているとも言える。友人からの情報をスマホで調べ、興味あるものであればちょっと試してみる。良ければ以降も使うが、気に入らなければそれで終わるということだ。そうした意味でシビアであり、お金の使い方がうまいということである。

そして、もう一つ付け加えるとすれば、「魚やスタンドふじ子」は昼飲みの店である。元々大阪では昼飲みと言えば、新世界か京橋と決まっていて、いわば「オヤジの街」の風景であった。しかし、今や大阪の中心であるターミナル駅ビル地下では若い世代の「昼飲み」が至る所で見られ当たり前の風景となっている。アルコール離れと言われていた世代であるが、確かにオヤジのように酔うために飲むのではなく、仲間とワイワイガヤガヤするためのいわば「ツール」としての飲み物であり、CMでオンエアされているがチョーヤの「酔わないウメッシュ」もそうしたツールということができる。つまり、「昼飲み」は若い世代の新しい一つの集いスタイルになったということである。

若い20代世代は消費の舞台にのることの無かった低欲望世代と言われ続けてきたが、実は舞台が無かったということである。この舞台は料理を味わう、会話を楽しむ舞台ではない。同じ世代の仲間同士が放課後の部活の部屋で集まるように、仲間内の話をする場所という意味である。数年前、こうした若いコスパ世代のデートとして、コンビニでドリンクとツマミなどを買い、デート場所は自宅で、興味はもっぱら貯金であると揶揄されてきた。しかし、喋り合うことが目的であり、消費金額から言えば。昼は1000円未満、夜も3000円未満という金額は決して高くはないということである。行列の絶えない「魚やスタンドふじ子」と「コウハク(紅白)」共に中心は女性で、女子会と思われる数名のグループが多く見受けられた。ここ数年、カラオケボックス人気が急速に落ち込み、しかも若い世代それも女性のカラオケ離れが進んでいるという。勿論、一人カラオケといった使い方に見られるようにカラオケ好きは勿論存在している。しかし、広いカラオケルームは数名の顧客利用によって経営は成り立っている。シダックスを始め対策は取りつつあるようだが、このカラオケ離れの一部は間違いなくこうした集まれる場所に来ていると推測される。ちなみにカラオケボックにおける客単価は1100円前後となっていて、同じような消費金額である。つまり、「好きな仲間と集まれる場所」「ワイワイガヤガヤ喋り合える場所」、ある意味日常的な出会いイベント場所が新たにつくられたということであろう。まさに、若い世代の「雑・エンターテイメント」空間の誕生ということである。

今回は「感じ方」として若い世代、特に女性を中心に事例を踏まえてデフレが常態化した時代の着眼を書いてみた。ただこれは若い世代だけでなく、ここ数年の傾向としてあるのが「雑」集積を巡る楽しさの必要性である。整理されてはいない、ごちゃごちゃ感、一種猥雑な感覚のことである。窮屈でない、自由気ままに楽しむ感覚である。市場感覚、様々な売り物、小さな店々、声が飛び交う賑わい、そんな街を店を巡る楽しさである。東京で言えば築地の場外市場や上野のアメ横であり、大阪の場合では黒門市場や難波の道具屋筋ということになる。
あるいは「下町」と言っても構わない。オープン感覚、店の人間と顧客との声が十分届く距離。そんな店づくりが求められているということである。結果、生き生きとした店、顧客を主人公にしてくれるような舞台としての店である。
小さな価格で、雑としたメニュー、小さな満足を提供する店、ある意味「100円ショップ」感覚とでも表現したくなる店づくりへの再編である。(続く)  


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2018年06月17日

見える化から感じる化へ (前半)

ヒット商品応援団日記No715(毎週更新) 2018.6.17.

前回の未来塾で「共感価格」と言うキーワードを初めて使った。テーマとしては1年数ヶ月後に実施されるであろう「消費税10%時代」をどう超えていくべきか、その消費心理のキーワードとして使った。デフレが常態化した時代における価格意識はそれまでの「訳あり」に代表れたお得という納得価格から共感価格へと向かう、そうした主旨であった。未来塾では今一番元気な地域大阪のいくつかの事例を踏まえてこの共感価格を取り上げた。事例に於いては「何に」着眼・強化するのかに主眼が置かれたが、実は広く「社会」と言う視点に立っても、この「共感」が時代のキーワードになっていることがわかる。

少し前に5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃんが両親による虐待によって亡くなった事件が報道された。亡くなった結愛ちゃんがノートに書き綴った反省文を読んで多くの人はかきむしられる思いがしたであろう。詳しいことは既に新聞を始め報道されていることからこれ以上書くことはやめる。何故、虐待を止められなかったのか東京への移動に伴う児童相談所の連携、あるいは児童相談所の担当者が母親との面会を拒否された時何故警察と連携し保護できなかったのかなど制度上の問題は残されている。そうした問題点の解決はなされていくとは思う。しかし、そうしたこと以上に、いやそれとは全く異なる「思い」が噴出したのは私だけであろうか。新聞に掲載された船戸結愛ちゃんの反省文の一部を転用する。

もうパパとママにいわれなくてもしっかりとじぶんから きょうよりも 
もっともっと あしたはできるようにするから
もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします
ほんとうにもう おなじことはしません ゆるして
きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことを なおします
これまでどれだけあほみたいにあそぶって あほみたいだからやめるので
もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいやくそくします
あしたのあさはぜったいにやるんだとおもって いっしょうけんめいやる やるぞ

これほど純粋に自分と向き合った「反省文」、わずか5歳の女の子が書いた反省文である。行き場のない怒りの感情が次から次へと湧いてくる。その後の報道によれば虐待が発覚して児童相談所や警察に介入されることを恐れ隔離し病院へも連れて行かず放置したと言う。厚労省によれば児童虐待はここ数年増加傾向にあり、平成27年度には103,260件となっている。その増加要因の多くは「心理的虐待」であると。虐待の内容にあって、それまでの「身体的虐待」に代わって「心理的虐待」が47.2%と半数近くにまで増えている。その心理的虐待とは、言葉による脅し、無視、兄弟間での差別的扱い、子どもの目の前で家族に対して暴力をふるうなどを指す。
船戸結愛ちゃんの場合は満足な食事が与えられなかったことを含めた「身体的虐待」もあっての無惨死であったと思うが、父親による執拗な言葉による虐待の中で書かれた「反省」である。結愛ちゃんが書いたメモの中に、「あほみたい」といった表現があるが、5歳の子供が使う言葉ではない。これは父親である船戸容疑者から繰り返し暴力的に「あほ」と言われてきた言葉であることが推測できる。

実は同じ「反省」が1ヶ月ほど前にもあった。周知の日大アメフト悪質タックル事件である。悪質タックルの理由が公になったのは、加害選手が謝罪会見に一人実名で臨んだことから始まる。記者からの質問にも真摯に答えていた当事者である宮川選手の「反省」であった。翌日やらざるを得なくなって記者会見をした日大アメフトの内田監督と井上コーチの「反省」とを比較し、どちらの方が真実か、どちらが嘘をついているのか、多くの人は明確に感じ取った。宮川選手の悪質タックルは精神的に追い詰められての行為であったことが明らかになり、被害を被った関学のアメフト部と被害選手も宮川選手の謝罪を受け入れ、逆に既に社会的制裁を受けたとしてそれ以上のことは望まないと言う立場に至っている。「パワハラ」と言う言葉で簡単に済ませがちであるが、本質的には結愛ちゃんへの心理的虐待と同じである。
「反省」という内なる自身に向き合い、何が問題であったかを自身の言葉で語る中に言葉では表せない「何か」が否応無く出てくる。それを多くの人が強く感じる時代にいるということである。

日大のアメフト事件についても同じように危機管理がなされていないと報道されているが、その多くは記者会見のやり方などイメージ操作のためのテクニックばかりである。ネクタイの色から始まり言葉づかいまでコメントしているが起こってしまったことに当事者が真正面から向き合うこと以外にない。向き合い方は各人が決めれば良い。事実を引き出す記者もいれば、ある意図を持っての意地悪な質問もある。視聴者はそれら全てを感じているのだ。よくもこんな人間が報道現場に身を置いているなと思うことも多い。
危機を超えたかどうかは視聴者が読者が決めることであって、当事者でも、危機コンサルタントでも、記者でもない。そうした意味で、悪質タックルという罪はあるが、危機を超えたのは宮川選手自身の間違っていたことを認め、その内なる原因までをも吐露したことであり、態度であった。記者会見に臨む100%の人間は「真摯」という言葉を使う。そのほとんどが嘘であることを知ってしまった社会にいる。そして、何よりも被害者への詫びる心、その誠実さがあったからである。

思い出すのは10年ほど前に起きた三笠フーズによるあの汚染米事件である。汚染された事故米の流通先は多様で、原材料として使用した酒造メーカーは、農水省が公開をためらっているなか、自ら公開した。いち早く汚染された米使用商品を公開し自主回収に向かった薩摩宝山をはじめとした焼酎・日本酒メーカーの事件である。そして、その後汚染米と知って使って嘘をついた美少年酒造は破綻し、本当に知らずに使っていた西酒造(薩摩宝山)は逆に顧客支持を取り戻し、焼酎の一大ヒット商品となった。この2社の間にあるのは顧客を信じる真摯さ、誠実さだ。そして、消費者は西酒造社長の記者会見という「情報」からそれらを感じ取ったからであった。
日大の宮川選手には「嘘」がないと多くの人は感じ、西山酒造と同様いつか復帰できる道があったらと思っている。

心理市場化と言うキーワードが生まれて20数年ほど経つが、同時に生まれたのが「見える化」であった。見えない世界を見えるように、わかりやすいようにと行われた経緯がある。それは過剰とも思える情報社会にあって間違えないようにするための知恵であった。しかし、それでも全てが見えるわけではない。見えないところで行われる不正の多くは情報の改竄、隠蔽でまさかと思われた不正が官僚・財務省の公文書偽造であり、企業では神戸製鋼所の製品の品質数字の改ざんであろう。数年前ドイツのフォルクスワーゲンによる不正の場合は、経営幹部が意図的にデータ改ざんを行う不正であったが、財務省も神戸製鋼所も組織上の「忖度」あるいは「組織風土」といった見えない世界での不正である。但し、財務省の職員の一人は推測するに改竄したことに苛まれて自殺しているのだが。これを日本的と言えばそうであるが、それだけ「こころ」が強く働く社会が日本という国である。2000年代初頭若い世代の間で「空気読めない」という言葉が流行ったが、これも同じこころを仲間内で共有する言葉であった。

心理とは外からは見えない世界であるが、少しの想像力があればわかる世界でもある。昨年の新語・流行語大賞になった「忖度」も同じである。つまり「感じとること」であり、社会には嘘や欺瞞が充満していることから、「感」が今まで以上研ぎ澄まされてきたと言うことであろう。感情の言葉である「いいね」の場合も、「悪いね」の場合も、そうと感じた人が圧倒的多数を占める時代になったと言うことだ。ある意味言葉の裏側にある「何か」を感じ取る敏感社会になったということである。後半ではこの敏感社会がどのように消費に結びついているかを考えて見た。(後半へ続く)  


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2018年06月07日

未来塾(32)「消費税10%時代の迎え方」(1)後半 

ヒット商品応援団日記No714(毎週更新) 2018.6.7.




消費税10%時代の迎え方(1)


かなり以前からデフレが常態化していると指摘をしてきたので、繰り返す必要はないであろう。一言で言えば、少し前まで物価上昇への期待と共に「消費」活性化への期待も生まれてはいたが、何故頓挫してしまったのか、答えは明白である。収入が増えない中では、最近また原油価格が上昇したり、人手不足による賃金上昇によって、一定の物価が上昇しても収入が増えない以上、消費心理は節約をはじめとした様々なお金の使い方など工夫をする、そんな消費の方向に進むのは至極当たり前のことである。理屈っぽくいうならば、賃金上昇が限られている場合、物価が上昇すれば、それだけ実質購買力が低下し、消費は落ちるということだ。

今回大阪という地域を選び、しかも主に「食」というテーマを選んだのも日常消費の中心である「食」、デフレ下の「食」に極めて「元気」な変化を見ることができたからである。
地域には地域固有の商い文化があり、消費文化もある。多くのものが標準化してしまった時代にあって、この「固有」が残されている地域の一つが大阪である。この固有文化、庶民の食が、どのように生まれ変化しているかその原型の世界を「うどん」に見ることとした。食い倒れの街としての歴史は古く、日本の食の誕生と原型がここ大阪にはあるということである。消費税10%という時代をどう迎えるのか、生活者が持つであろうその「増税感」を超える「満足」は何かという課題である。

「誕生物語」を今一度考えて見る

どんな企業も、その業種や規模の違いはあっても必ず「誕生物語」はある。そこには「何が」顧客を魅了したのか、そのビジネスの「原型」があるということである。うさみ亭マツバヤの場合、元祖きつねうどんは顧客から教えてもらったことから生まれている。肉吸いの千とせも顧客であった吉本の芸人花紀京が「肉うどん、うどん抜きで」と注文したことから生まれている。かすうどんはどうかと言えば、大阪人の焼肉特にホルモン好きから生まれたうどんである。まだその歴史は浅いが大阪ではかすうどん専門店が出現するほど、その市場の裾野は広がっている。さらに、シチュウうどんまであることを書いたが、これは「大阪的」と表現した方が適切ではあるが、市場の広がりを示した事例で、こんな食べ方、あんな食べ方、そんなアイディア・工夫のある「文化」、これが大阪の「食い倒れ」という消費文化である。食い倒れとは、大阪人の飲食にぜいたくをして、財産をつぶしてしまうさまを言い当てた言葉と言われているが、「そこまでやるか」というオタクのような一種の商いへの執着のことを指している。その根底にあるのは絶えざる工夫、常に顧客を見続ける商売ということになる。誕生物語に立ち返るとはこの原点に立ち返って今一度考えて見るということである。
そして、うさみ亭マツバヤの場合、その「おじやうどん」というもう一つの名物が生まれている。これは元祖きつねうどんは多くの飲食店でもメニューとして取り入れられ、一般化してしまったことによる。「違い」「新たな魅力」を創るという課題への一つの答えであろう。そして、うどんだけでなく、おじやも、そして具沢山のトッピングという新しいメニューが生まれ、次の名物になった。
千とせの場合は、この5月に吉本のグランド花月の1階に千とせ別館を出している。あくまでも吉本の芸人によって生まれた名物をより強めていく考え方である。そして、名物の肉吸いの「売り切れごめん」というのはその証左であろう。ある意味、肉吸いの誕生物語を薄めさせていくことなく、更に強めていく考えによるものである。何故なら、大阪では讃岐うどん系のうどん店も多く、うどん市場は激しい競争下にあり、更に言うならばお好み焼きもラーメンもあり、・・・・・・過剰なほどの選択肢の中での競争である。「千とせ」の観光地化という戦略はその誕生物語が面白い伝聞になるものであり、生き残るために不可欠なものとなっている。

野外すら劇場店舗とする発想

ここ数年賃料に見合う売り上げを上げられねい飲食店が続出している。常態化したデフレ時代にあって、旧来の「業態」の変革が求められていると言うことであろう。空き店舗となった銀座の店舗を居抜きで借りて、本格フレンチなど提供する「立ち食い」業態を聖刻させたのはあの「俺の」である。こうした既にあるものを生かす発想は古くは「紅虎餃子房」で知られている際コーポレーションもそうであった。六本木の破綻した中華料理店を借り受け「紅虎餃子房」をスタートさせたのが1号店で、以降店舗改装部署を社内に置いて多様な飲食業種に対応している。
あるいは「立ち食い」と言うスタイルも江戸時代の屋台をルーツとしているが、冒頭の居酒屋とよはそうした過去の業態にはない破天荒な居酒屋であった。テーブルと言えばホームセンターで売っているような家庭用のものであったり、ビールケースの上にステンレス製の板状のものを置いてあるだけとか、とにかく店舗(?)にお金はまるでかけていない居酒屋である。写真を見ていただければ分かるように屋根はあるものの雨であれば濡れるのは必至。アルバイトの女性に聞けば、雨の日はさすがに行列はないが、それでもお客さんが来ると言う。顧客層も「オヤジの街」と勝手に決めつけていたが、若い女性も多く、同じテーブルに相席したのは若いカップルであった。勿論、お目当てはインドマグロではあるのだが、この立ち食いスタイル、都市の中にポツンと空いた空間で、しかもほとんど路上との境目のない野外という、ある意味異空間のような店である。TV番組「マツコの知らない世界」ではないが、こんな場所に、こんな居酒屋があるとは知らなかった。
こうした面白さ、野外居酒屋を満喫したのだが、名物オヤジのもう一つのパフォーマンスを見ることができなかった。それはマグロの頬肉を網の上で焼くのだが、上からはバーナーで焼く、そんなパフォーマンスが見られなかった。ちょうど宮崎の名物である地鶏の網焼きに似ているが、しかもバーナーでも焼くと言うことでこれも名物になっているとのこと。実際のパフォーマンス写真ではないが、食べログの写真を載せておくこととする。
全てが標準化という均質世界にあって、今までとはまるで違う「異質」な世界に多くの顧客は魅せられているということだ。この野外劇場の主役はこの名物オヤジであり、名物のインドマグロということになる。

そして、ここから学ぶとすれば店舗が果たす役割は「人」によるライブ感、リアリティのある「劇場」にしなければならないということになる。ネット通販が中心となっている便利で安く手に入るこの時代に、有店舗の意味があるとすれば、この「実感劇場」ということになる。この実感劇場とは、店のスタッフと顧客とが「交感」する舞台のことである。いま風に言うならば、「いいね」を超えた信者・オタクにつながる舞台になるということである。ちなみに、新しくなったバルチカの焼き小籠包の店頭ののれんには「肉汁注意」というシズル感を投げかけるメッセージがあった。こうした店頭の工夫も劇場化の一つである。

「食」という新たなキラーコンテンツ

時代時代によってキラーコンテンツ、生活者が虜になってしまう商品はある。例えば、1950年代後半には電化製品でいうと白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫の家電3品目が『三種の神器』と言われ、高度成長期には、カラーテレビ (Color television)・クーラー (Cooler)・自動車 (Car) の3種類の耐久消費財が新・三種の神器といわれ、今日のキラーコンテンツはどうかと言えば商品として言えばスマホということになる。つまり、内実はインターネットの世界であり、ITとでも表現するしかない。
今という時代にあって生活者を惹きつけるものがあるとすれば、それは「食」ということになる。家計調査を読み解けばわかるようにこの10数年で一番消費額が増えたのは「情報」への消費で、そのほとんどがスマホである。そして、その「食」であるが、デフレ下にあって切り詰めるのが「食」であり、生活者にとって最大の関心事は食で、しかも日常食である。節約、切り詰めるといっても戦後の物不足の貧しい時代の節約ではない。一見節約の対象である食がキラーコンテンツになることに疑問視する人も多いかと思う。しかし、その「食」に小さな楽しみを見出すデフレマインドにあっては、食は人を惹きつける新たなキラーコンテンツになっているというのが、私の仮説である。

正確なデータにはなってはいないが、消費を促す情報という視点に立てば、TVの情報番組や「孤独のグルメ」のようなグルメをテーマとした番組、あるいは旅番組などもその多くは「食」を取り上げたものばかりである。過去1980年代はTV番組の構成に多くのファッションブランドが番組制作上のコラボレーションとして使われていた。つまり、現在はファッションに代わって「食」がその役割を果たしているということである。今やご近所だけでなく、温泉などを組み合わせた食べ歩きが盛んであり、日帰りバスツアーのメインはほとんどが「食」となっている。しかも、周知のように「クックパッド」という投稿サイトは食への関心をさらに高めることに繋がっている。
こうしたことを背景に大阪に2つのキラーコンテンツが新たに生まれた。大阪ルクア地下の新バルチカとフードホール、もう一つが阪急三番街のウメダフードホールである。大阪の人にとって驚くことではないが、前者はJR線の駅ビル地下で、後者は阪急電車のホーム下という、つまり梅田という関西における一大ターミナルにおける食の集積商業施設である。更に言えば、この2つの商業施設の間には日本一の集客を誇る阪急百貨店の食品売り場がある。一見過剰とも思える梅田エリアへの集積であるが、各々顧客層が異なっていてある意味満遍なく顧客を魅了している点にある。
そして、ルクア地下のバルチカとフードホールは伊勢丹撤退跡の売り場であり、阪急三番街のウメダフードホールは中心からハズレにある北館という沈滞したエリアへの活性化策として実施され、現時点においては共に良い結果を残しているようだ。前者の顧客層は若い世代の男女が中心となっており、後者は近隣のビジネスマン・OLと共に阪急沿線住民・ファミリー層となっている。前者は1500坪、後者は700坪という大きな商業施設に顧客が押し寄せているという結果を踏まえれば、デフレ時代のキラーコンテンツとしての役割を果たしていると言えよう。そして、なんば・道頓堀を訪れていた訪日外国人は次第にこの2つのフードテーマパークにやってくるであろう。

鮮明になった「価格帯市場」という納得価格

そのデフレが常態化した時代の「食」というキラーコンテンツには鮮明な「価格帯市場」とでも呼ぶに相応しい現象が現れている。まず新バルチカとフードホールについてであるが、バルチカ成功の先導役を果たしてきたのが入り口にある洋風おでんとワインの店「コウハク(紅白)」である。何回かブログにも取り上げているので価格だけを紹介すると、グラスワイン380円、名物の洋風おでん180円と極めて手軽な価格帯となっている。
この新バルチカでもう一店行列の絶えない店がある。前述の鮮魚店が経営する「魚やスタンドふじ子」も同様の安い価格帯となっている。店頭のサイン看板には「海鮮が安いだけの店」とある。
京橋では当たり前となっている「昼飲み」がここ梅田の駅ビル地下で推奨されているのだ。日本酒はコウハクと同じ価格の380円。
肴も380円を中心に200円台から高くても500円台。種類も豊富で店は若い男女で満席である。写真には写していないが、写真右側には行列ができており、キラーコンテンツの「食」にあって、更にキラーコンテンツとなっているのが、「洋」の紅白、「和」のふじ子である。ちなみにボリューム満点の刺身定食は995円と、これもお得価格。
ショッピングセンターの常であるが、幅広い顧客層に応えることが求められている。あまり良い比較例ではないが、焼肉の店が2店出店しており、肉にこだわった高級店「焼肉トラジ」と一人焼肉ができる「やきにく萬野」である。
「焼肉トラジ」と「やきにく蕃野」で、前者は老舗の本格高級焼き肉チェーン店であり、後者は卸売問屋が経営する今流行りの「一人焼肉」のスタイルの焼肉店である。何故この2店を比較事例として取り上げたのかは、やはりその価格帯の違いである。前者は夜のコースだと5000円以上で昼のランチは1500円、後者は昼のランチは1000円程度となっており、マーケットの違いとは言え、前者はガラガラであったが、後者はそれなりの顧客で埋まっていた点にある。

余談になるが大阪ルクアには伊勢丹撤退跡にはユニクロとguが入っている。共に500坪以上の大きなスペースであるが、誕生祭というセール期間中であったが、ユニクロは一定の集客もあって売れている様子であったが、guは今一つといった状況に見えた。快進撃を進めてきたguであったが、それはジーンズ、ガウチョパンツといったヒット商品によるものであったが、その後のヒット商品は出てきてはいない。つまり、単なる低価格帯だけでは維持できないということも明らかになっている。それは同じように低価格メニューで快進撃を続けてきたラーメンの幸楽苑の低迷と同じである。周知のように290円まで下げたラーメンでは経営できず元の価格390円に戻す(新・極上中華そば)という路線転換を図ったように単なる低価格だけでは顧客は次第に離れていくということである。

今回取り上げたうさみ亭マツバヤのおじやうどんは780円、千とせの肉吸いも小玉とのセットで860円、居酒屋とよについてもあのボリュームの刺身などの三点セットで2850円。
今回は食べることができなかったが、大阪の友人に言わせると安くてうまいのは当たり前、うどんなら「なんばうどん」が良いと言う。ちなみにうどん そば170円。寿司を食べるなら新世界ジャンジャン横丁の大興寿司。回転すしではなく、カウンターで職人が握ってくれる寿司店である。一皿二貫ではなく三貫150円からという寿司である。そこには「これでもか!」といった超低価格か、更にそこにアイディアが込められたものしか生き残れないということである。
結果として、「納得価格」という考え方が生まれる。消費税8%の時は「まあこれでも良いか」といった心理であったものが、これからは今まで以上に明確な「納得価格」が求められるということである。そして、勿論納得価格は顧客が決めるということである。死語となった感のする顧客満足であるが、別の言葉で表現するならば徹底した「満足価格」ということになる。

共感価格の時代へ

今から10年ほど前、「付加価値という幻想」というタイトルでブログを書いたことがあった。付加価値の多くは「こだわり」という「訳あり」によって創られてきた。しかし、そうした情報はすぐ競争相手に伝わり、「類似したこだわり」が生まれる。結果、「こだわり」の再生産がなされ、市場に充満していくこととなる。「こだわり」は文化という固有性にまで時間をかけて昇華されないかぎり常に一般化してしまうということだ。いつの時代も顧客価値が価格を決める。消費税10%時代とは次の新しい価値時代を迎えるということである。居酒屋とよに見られたように劇場としてのライブ感のある「店舗」のあり方。単なる安さではない価格帯市場としての「満足価格」のあり方。そして、何よりも店の生き死にを決める「人」の活かし方。更には、デフレが日常化した時代における新たなキラーコンテンツ、「食」のあり方。そんなことを十分分かった「共感価格」へと向かう。つまり、納得から共感へ、これが消費税10%を超える消費であり、そしてブランド化へと向かうということだ。
誕生物語への共感、そして変化し続けることへの共感、そこに新たな価値消費が生まれる。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:08Comments(0)新市場創造