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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2020年01月15日

未来塾(38)「不確かな時代の不安と感動」 後半        

ヒット商品応援団日記No755(毎週更新) 2020.1.15.



「不確かな時代の不安と感動」に学ぶ


前回の未来塾では五木寛之の著書「下山の思想」の視点を借りて、登山ではなく、下山から見える消費風景を東京中野と門前仲町を題材に学ぶべき点を描いてみた。今回は今日の日本のライフスタイルの原型が形作られた江戸時代の知恵や工夫を下敷きにして、どれだけの進化を成し遂げてきたかを考えてみた。周知のように江戸は当時のロンドンやパリといった大都市に負けないくらい、いやそれ以上に優れた高度な都市機能を有し、豊かな暮らし、文化が芽生えたライフスタイルが存在していた。
例えば、江戸の市中に水が流れていたのは世界の三大都市て江戸だけであった。今でもその名残が残されているのが多摩川を水源とする玉川上水、井の頭公園の池を水源とする神田上水。東京は坂の多い町で、つまり高低差のある町中を「流れる水」をどうして造ったのか、そんな技術は当時あったのか、不思議に思うほどである。水道の専門家ではないが、高低差のあるところに水を流すには、加圧式と自然流下式があるそうだが、江戸の場合は後者の自然流下式であったとのこと。いかに高低差を考えた水路、その土木技術・測量技術の高度さに驚かされる。そうした技術の表れとして「水道橋」がある。東京にはJR中央線の駅名にもなっているが、これは空中を水が流れる「架樋(かひ)」が造られた名残である。
当時の世界で優れた文明国であった江戸においても、常に「不安」と隣り合わせの生活であった。しかし、極論ではあるが、辛いことがあればそれもまた人生、不安を遊ぶ、かわす、生きている時間を大切にし、お金・モノに囚われない、そんな自由な生き方であった。これは推測ではあるが、未来に対する漠とした「不確かさ」「不透明さ」から生まれる不安など意識することはなかった、つまり「浮世」といった一種の割り切りのある人生観では計り知れない世の中にいるということであった。そうした意味で江戸の不安と今日の不安とは異なる不安の世であったと言えよう。

「不信」という不安

戦後の日本にあって不安が社会へと広く拡散していった最初の出来事は、バブル崩壊後の1990年代後半に起きた拓銀や山一証券の破綻に見られる金融不安であった。このことについては未来塾において「パラダイム転換」あるいは「バブルから学ぶ」にて詳しく書いたので今回は省略することとする。
恐らく「消費」という場面で不安が社会へと広がった最初の記憶に残る事件は2005年に起きた「耐震偽装事件」であろう。次いで2007年12月には中国冷凍餃子事件が起き、社会不安が増幅したことがあった。更に2008年には汚染米を使った事故米不正転売事件が起きる。周知の嘘をついた美少年酒造は潰れ、正直に全ての商品を廃棄し再生を掲げた西酒造(宝山)は、逆に今や人気焼酎ブランドとなった。また同年には“ささやき女将”で記憶に残る高級料亭「船場吉兆」による食品偽装事件。全て見えない世界での事件であり、不安の根底には「不信」があった。後に生まれたのが「見える化」であり、小売業の店頭には生産者の写真が貼られメッセージと共に安心づくりが始まった。こうした「見える化」は後に起こる横浜都筑区の耐震化マンションにおける杭打ちという見えない地下の施工不良による事件であった。デベロッパー三井不動産をはじめとした大手企業の「ブランド」信用力は失わレ始めた事件である。信用の回復を踏まえ、「見える化」は立て直しという思い切った対応がなされたのも耐震偽装事件の教訓を踏まえてであった。ある意味不安の連鎖を断ち切ったということであろう。

実は江戸時代にもこの不信を増幅させるような商売もあった。前述した瓦版もそうした側面を持ったメディア・情報源で、江戸の人たちはインチキ・うそも笑ってすませればいいじゃないかと考えていた。「瓦版は話三分」という言葉があって、実感・体験できることを「信用」した。火事などの災害情報については正確な情報であったが、ゴシップどころか競争相手の店の悪口を書いて裏で謝礼をもらうなどなんでもありのメディアもあった。そうした瓦版の作者・販売元はパッと売って逃げる、そんなことも日常的にあったようだ。こうした江戸にあって「信用」を勝ち得た老舗、数百年商いが続けられてきた稀有な国日本であるが、そうした中で信用を得た商売の原型をつくった代表的な店は呉服屋・越後屋(後の三越)であろう。
実は江戸時代の商人は、いわゆる流通としての手数料商売であった。しかし、天保時代(1800年代)から、商人自ら物を作り、それまでの流通経路とは異なる市場形成が行われるようになる。今日のユニクロや渋谷109のブランドが問屋などっを介した既成流通の「中抜き」を行った言わばSPAのようなものである。理屈っぽくいうと、商業資本の産業資本への転換である。江戸時代は封建時代と言われているが、この「封」という閉じられた市場を壊した中心が実は「京都ブランド」であった。この京都ブランドの先駆けとなったのが江戸の女性たちの憧れであった「京紅」である。従来の京紅の生産流通ルートは現在の山形県で生産された紅花を日本海の海上交通を経て、工業都市京都で加工・製造され、京都ブランドとして全国に販売されていた。ところが1800年頃、近江商人(柳屋五郎三郎)は山形から紅花の種を仕入れ、現在のさいたま市付近で栽培し、最大の消費地である江戸の日本橋で製造販売するようになる。柳屋はイコール京都ブランドであり、江戸の人達は喜んでこの「下り物」を買った。従来の流通時間や経費は半減し、近江商人が大きな財をなしたことは周知の通りである。言葉は悪いが、「下り物」を模した偽ブランドと言えなくはない。このように京紅だけでなく、絹製品も清酒も「京都ブランド」として流通していた。ただ江戸時代では盲目的なブランド信仰といったものではなく、遊び心と偽造というより卓越した模倣技術を認める目をもっていたということである。例えば、ランキングという格付けは江戸時代の大相撲を始めなんでもかんでもランキングをつけて遊んでいた。遊んでいたとは、その中身を辛辣なまでに体験熟知していたと言うことである。今日の食べログのような単なる話題という情報だけで消費される時代ではなかったと言うことである。
つまり、偽、うそ、話三分として受け止め、そこには「不信」はなかったということである。そうした意味で不安はなかった時代ということができる。勿論、現在のように不信が生まれ、見える化が必要となるのも、モノも、情報も全てが「過剰」であることによる。過剰が不信を生み、そしてそのまま放置すれば不安もまた生まれ、次第に拡散し社会不安へと向かうということだ。社会心理学ではこの過剰が退行現象を産み「幼児化」が始まるとされている。幼児化の反対後は「大人化」であるが、江戸はptpなの社会であったということである。

「想像」を超える不安とは

こうした辛辣なまでの眼力と遊び心を持った江戸の人たちであったが、それでも遊びには収まらない出来事、前述のような自然災害などが不安を呼び起こしていた。「想定内(外)」というキーワードが流行語大賞になったのは2005年であった。同じ大賞となったのが小泉劇場であった。あ々あの時代であったかと思われるであろう。やはり、記憶に新しいのは2011年,3,11の東日本大震災であり、特に福島の原子力発電所を襲った大津波につけられたキーワードであろう。「想定」とは未来を描く想像力のことである。今回の関東を直撃した台風19号について、周辺の長野県や東北地域の人にとっては「まさか」ここまで河川が氾濫し被害が及ぶとはと、想定外のことと感じる人は多かった。いや、周辺地域だけではなく、都心を流れる多摩川においても浸水被害が出ており、武蔵小杉においては電気設備の冠水により停電となりタワーマンションが機能しなくなるという想定外のことも起こっている。また千曲川の氾濫により北陸新幹線が冠水し、使用不可という被害も想定外であった。つまり、災害被害は想像を超えたものとしてあり、それまでのハザードマップもその都度改定せざるを得ない、つまり不確かな時代を生きているということを実感することとなった。
つまり、想定外から想定外へと想像を超える不安に囲まれて生きているということである。何があっても不思議ではないということだ。
と同時に、江戸の人たちが想定できない事態を常に喚起する河童伝説ではないが、「言い伝え」「伝承」を大切にしてきた。現代に置き換えるとそうした伝承は災害が起こった後初めて気が付くこととなり、防災・減災にはほとんど役に立たないこととなっている。不安を煽ることは間違いではあるが、不安もまた防災・減災への警鐘となることを教育面などで学んでいくことが必要となっている。「伝承」は非科学的であると一笑に付してきたが、そうではなく想像力を働かせてくれるそんな気づきをもたらせてくれるものであると今一度考え直すことが必要であるということだ。

不安を受け止めてくれる身近なお地蔵さんとSNS

平安末期に法然や親鸞のように庶民の苦しみを救う希有な僧侶が出現したと書いたが、戦乱を終え平和な時代の江戸ではより身近な庶民信仰が定着する。それは「お地蔵さん」という仏様であった。お地蔵さんは死者を裁く閻魔様を本尊とする地蔵菩薩であるが、菩薩であり閻魔様でもある。いわば、極楽と地獄とをつなく存在で、慈悲心を持って地獄に落ちた人を裁く、そんな仏様である。

東京都心のビルの片隅にもお地蔵様がひっそりと残されているが、未来塾で取り上げた「おばあちゃんの原宿」、巣鴨のとげぬき地蔵尊にはおばあちゃんが行列するお地蔵さん、「洗い観音」が知られている。この観音像に水をかけ、自分の悪いとこを洗うと治るという信仰がいつしか生まれる。これが「洗い観音」の起源と言わ ている。とげや針ばかりか、老いると必ず出てくる体の痛みや具合の悪いところを治してくれる、そ んな我が身を観音様に見立てて洗うことによって、観音様が痛みをとってくれる。そんな健康成就を願う、まさにおばあちゃんにとって身近で必要な神事・パワースポットとして今なお伝承されている 。
しかし、個人化社会と共に育った若い世代にとって、不安を受け止めてくれる「仏様」は存在してはいない。いやバブル崩壊前までの核家族化まではまだ不安を受け止めてくれる「家族」はあった。しかし、バブル崩壊以降若い世代、特に少女たちは街を漂流することとなる。こうした時代背景については何回かブログにも書いたので省略するが、ネット社会が浸透していくに従って不安の相談相手はSNSへと変化していく。そこには良き仲間や相談相手もいれば、相談を口実に近づき性暴力などの被害者になることも起きている。1990年代のプチ家出は友人宅が中心であったが、今やSNS、特にツイッターを通じた出会いによって家出先は見知らむ人間へと変化した。新しい監禁、誘拐という犯罪が生まれることへと行き着くこととなった。こうした犯罪被害は増加し続け、社会問題となっている。隣りにいるのは大家さんやお地蔵さんといった仏様ではなく、不安につけ込んだ犯罪者であるという現実である。

ひととき不安を打ち消してくれたラクビーW杯

浮世という人生観の無い現代にあって「ひととき」不安を解消させてくれるものの一つはスポーツである。2019年春以降、老後2000万円問題を入り口とした社会保障、あるいは10月に導入される消費増税による景況、こうした多くの生活者が抱える不安をひととき打ち消してくれたのは「ラグビーW杯」であった。日経MJにおけるヒット商品番付や新語流行語対象に選ばれたのはラグビーW杯における「ONE TEAM」というスローガンそのものの活躍であった。この熱狂の時代背景について次のようにブログに書いた。

『経済効果は4370億円に上ると言われているが、停滞鬱屈した「社会」にあってひととき夢中になれたラグビーであった。初戦であるロシア戦では18.3%(関東地区・ビデオリサーチ)であったTV視聴率は徐々に上がり、準決勝の南アフリカ戦では41.6%にまて達し、周知のようににわかフアンという新たば市場をも生み出した。それは「ONE TEAM」というスローガン、いや私の言葉で言えばコンセプトがビジネス世界のみならず、スポーツ界は言うに及ばずコミュニティ・家庭に至るまでの各組織単位で最も求められているキーワードが「ONE TEAM」、つまり一つになることであったということだ。個人化社会と言うバラバラ時代に最も求められていることであり、例えばビジネス世界にあっては「心を合わせること」を目的にした全社運動会や小さな単位では食事会までコミュニケーションを通じ「一つになること」の模索が続けられている。戦後の昭和の時代は創業者がONE TEAMのリーダーとして引っ張ってきた。今なおそうした創業型リーダーシップ企業は大手ではソフトバンクとファーストリテーリングぐらいになってしまった。平成を経て令和になり、こうしたリーダー無き後の組織運営にあって、ONE TEAM運営が最大課題となっていることの証左であろう。単なる言葉だけのONE TEAMではなく、一人ひとりが固有の役割を持って31人が試合を創っていたことを実感させてくれたと言うことである。その象徴がトライとは縁のないポジションであったフォワート稲垣啓太が「笑わない男」として流行語大賞にノミネートされていたことが物語っている。にわかフアンを創ったのはそうしたONE TEAMの「実感」を提供し得たからであると言うことだ。』
ONE TEAMというコンセプト、いやポリシーはほとんどのスポーツが目指すべき理念となっている。例えば、団体スポーツのみならず、マラソンといった個人競技にあっても、コーチやトレーナー、栄養士に至る多くの専門家がチームをつくっている。ONE TEAMは時代のキーワードということである。

夢中になれることの意味

明日はわからないという意味において誰もが不安を持つように宿命づけられている。江戸の浮世もそうした考えのもとでの人生観である。そう認識した時、少しだけこころのなかの不安を横に置くことができる。不安が占めていた場所に「何」を置くのか、それは夢中になれることだけである。いや、夢中になれることを見つけた時、それまでの不安は少しだけその場所を変えてくれる。
ビジネスの師であるP.ドラッカーは未来について著書の中で繰り返し次のように書いている。
“未来は分からない。
未来は現在とは違う。
未来を知る方法は2つしかない。
すでに起こったことの帰結を見る。
自分で未来をつくる
つまり、「好き」なれること、夢中になれることを作ることとは、まさに未来の入り口となる。にわかラクビーフアンもまた心の大きなところに「好き」が占めることだ。しかも、この「好き」は江戸の時代でも「今」であっても、「好き」を夢中にさせる共通は何かと言えば、「ライブ感」である。CDなど売れない音楽業界にあっても、ライブ会場は満員状態であるように、夢中の世界へと向かう。それはデジタル世界が進めば進むほど、リアル感が重要になる。例えば、更に進化していくであろうネット通販における有店舗の意味と同じである。

そして、高齢世代にとっても、若い世代にとっても「好き」を入り口に人生の旅に出ることは同じである。限定された時間の違いはあっても、自分で創っていく旅であり、未来である。そして、マーケティング&マーチャンダイジングの最大課題は、何にも増して生活者のなかにあるこの「好き」の発見にある。
こうした市場開発を担当するビジネスに活用されることも、また自らの人生の旅を見直す視座として使うのもまた良いかと思う。ラクビーW杯のようなビッグイベントだけでなく、商品やサービスだけでなく、日常の小さな出来事の中にも「好き」はある。それがどんなに小さくても、こころは動く。不確かな時代のキーワードはこうした共感をつくれるか否かである。

成熟した元禄バブルを経て、「浮世」という人生観を手に入れた江戸の人達と同じように、平成から令和の時代においても江戸の浮世のような人生観が求められている。エンディングテーマである「終活」ブームは勿論のこと、ベストセラーになった「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎著)や、最近ではTV番組「ポツンと一軒家」のような人生コンセプトに注目が集まるのも現代の「浮世」が求められているからである。つまり、不確かな時代、不安の時代にあっては、世代に関係なく「どう生きたら良いのか」という人生の時代になったということである。そして、個人化社会が進めば進むほど、「生き方」が求められるということだ。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:12Comments(0)新市場創造

2020年01月14日

未来塾(38)「不確かな時代の不安と感動」  前半        

ヒット商品応援団日記No755(毎週更新) 2020.1.14.




消費税10%時代の迎え方(7)

不確かな時代の不安と感動

不安は常に不確かな未来から生まれる。
しかし「好き」が嵩じれば夢中へと向かい、
不安もまた変わる。


一昨年6月大阪北部地震、7月には西日本豪雨被害、9月には台風21号の関西直撃・関空麻痺、更には2日後北海道では大きな地震が起き全道がブラックアウトになった。その時、「災害列島の夏」というタイトルで日本が持つ宿命でもある自然災害についてブログに書いたことがあった。そして、昨年台風15号が今度は首都圏を直撃し倒木などによる停電が千葉県を中心に70数万軒もの停電が起き大きな被害を生んだ。そして、その1ヶ月後には最大級の台風19号が東海・首都圏を直撃し関東甲信越・東北という広域にわたる未曾有の豪雨によって想定外の堤防決壊などによる水害に襲われた。

一昨年の西日本豪雨における倉敷真備町に多大な被害を出した高梁川の決壊も、昨年の台風19号による長野千曲川の決壊も昔から何度となく洪水を繰り返してきた河川である。勿論、治水をはじめ防災・減災も行なってきたのだが、その時々の洪水に対する「想定基準」は変化してきている。曰く、50年に一度の、更には100年に一度の、そして、昨年の豪雨災害に対しては千年に一度の災害を想定しなければ、といった議論である。そうした想定は不安と表裏にあり、安心を得るためにインフラの基準もより強靭なものへと変化し、生活者の不安の受け止め方もまた変化してきた。

今回の未来塾は国土のインフラ整備における技術の進化ではなく、生活者は自然災害など時々の「社会不安」をどう乗り越えてきたかをテーマとした。不安は多様で時代によって変わり、しかも個人によって異なるものである。多様な不安から逃れるために、具体的には幸福感を得るため薬物を使うといったことや、もっと日常的であれば今日の「激辛ブーム」といった刺激もあるが、今回は多くの人が生きるにあたって共通した社会不安をテーマとした。不安の中でどう暮らしていたか、そこには不安の認識と共に、不安を抱えながらどう暮らしていたか、そこから生まれた知恵やアイディアを見出してみた。そこで現在のライフスタイルの原型が江戸時代にあることから、江戸時代と「今」とを比較しながら、嫌な言葉だが不安を呼び起こす常態化する災害列島日本の実像を中心に、その不安をひと時解消した楽しみ・娯楽ある日々の暮らし、感動をもたらしてくれる日常・出来事をテーマとした。面白いことに、ハザードマップなどないと思われる江戸時代にもそれに代わる庶民の知恵が伝承されている。しかも、災害が起こることを想定した町づくりや生活の工夫があったことに驚かされる。

不確かな未来から生まれる不安

さて”時代々によって生まれる不安”と書いたが、江戸時代の不安は平安後期からの数百年にわたる戦乱の世が終わり、江戸はいわゆる平和の時代であった。それまでの戦乱の世の「未来」は苦しみしかない世で、平安末期には法然や親鸞のように庶民の苦しみを救う希有な僧侶が出現する世であった。つまり、それまでの宗教は貴族のための仏教であったが、戦乱に苦しむ庶民を救う仏教として生まれたのが浄土宗・浄土真宗という仏教、「宗教」であった。周知のように庶民にとって未来は「苦しみ」であったが、法然は南無阿弥陀仏と称え、阿弥陀仏に「どうか、私を救って下さいと」願う事で極楽浄土へ導かれる」と説いた。
不安が極まるその先にも苦しみがあるのだが、不安が蔓延する世にあって救いの宗教は人から人へと拡散していく。
ところでまずどんな「不安」があるのか整理すると以下のようになる。
1、健康に対する不安
2、経済に対する不安
3、社会に対する不安
4、災害に対する不安
最大の不安は平安後期からの歴史が教えてくれているように、未来無き「戦乱」「戦争」に対する不安であり、政治の主要課題であるがここでは除外することとした。

不安が拡散する構図

「拡散」という言葉を使ったが、現在においてはSNSと同義であるかのように思われるが、江戸時代においても庶民においては瓦版といったメディアもあって、ゴシップから火事や地震といった災害の速報までを内容としたものであった。後述するが瓦版も高度化しカラー刷りの瓦版まで作られていた。このようにメディアの違いはあっても、人から人へと伝わっていくのだが、その本質は「噂(うわさ)」である。良い噂は「評判」であり、悪い噂は「風評」となる。現在もそうであるが、「うわさ」が生まれる原因は、「不可解さ=曖昧な情報(不確かさ)」への過剰反応の連鎖によるものである。
こうした過剰反応の連鎖については、「うわさとパニック」など既に多くのケーススタディ、社会心理における研究がなされている。その原点ともいうべき「うわさの法則」(オルポート&ポストマン)を簡単に説明すると以下の内容となる。

R=うわさの流布(rumor),
I=情報の重要さ(importance),
A=情報の曖昧さ(ambiguity)

 うわさの法則:R∝(比例) I×A  

つまり、話の「重要さ」と「曖昧さ」が大きければ大きいほど「うわさ」になりやすく、比例するという法則である。但し、重要さと曖昧さのどちらか1つが0(ゼロ)であれば、うわさはかけ算となり0(ゼロ)となる。

この法則に準じれば、「不安」は生きるにあたって重要で、しかもそれがこれからも「不確か」であった時、「うわさ」は社会へと広がっていくということである。こうした視座で、江戸はどうであったか、今日の日本の今はどうであるか、比較しながら学んでいくことにする。

江戸時代の災害対応

自然災害というと、江戸時代にも大型台風による災害はあって、1742年(寛保2年)夏には江戸を直撃し、「江戸水没」といった災害に見舞われている。これが1000名近くの死者を出した寛保洪水である。あるいは周知の富士山の噴火や1万人近くの死者を出した安政江戸地震も起きている。
こうした自然災害もあったが、実は日常的にあったのが「火事」という災害であった。この火事に向かい消火の最前線で活躍したのが町火消しで火事と喧嘩は江戸の華と言われ火消しは江戸のヒーローであった。当時の江戸の町のほとんどは木造家屋であり、消火方法は建物を取り壊して延焼を防ぐ「破壊消火」であった。当然防火・防災は庶民の生活の中に定着し、例えば火の用心といって夜回りをしたり、軒先には消火のためのポンプも用意されていた。
また、建物のほとんどが木造家屋であったことから材木需要は旺盛で、紀伊国屋文左衛門といった大問屋が活躍したが、庶民が住む長屋のような場合のほとんどは古材を使ってわずか数日で建ててしまう。ある意味、火事慣れした江戸の知恵でもあった。また、大きな武家屋敷などが消失した時には「囲山(かこいやま)」といった植林の木材を伐採して使った。勿論、非常時の時だけ使うという厳格なルールのもとで行われていた。江戸の中心地から少し外れたところには材木の生産地があり、杉並区は最も近い産地であり区の名称にもなっている。このように既にこの時代から森林資源をうまく活用する言わばエコシステムが生まれていたということである。

江戸時代はこのように庶民にあって防災・減災はシステムとしてあり、それは自然災害への「不安」対応への一種の知恵の賜物であった。実は江戸時代における最大の不安は疾病や病気であった。周知のように最初に隅田川の川開きに打ち上げられた花火は京保18年が最初であった。この年の前年には100万人もの餓死者が出るほどの大凶作で、しかも江戸市内でころり(コレラ)が流行し多くの死者が出た年であった。八代将軍吉宗は多くの死者の魂を供養するために水神祭が開かれ、その時に打ち上げられた花火が今日まで続いている。弔いの花火であったが、ひと時華やかな打ち上げ花火を観て不安を打ち消すというこれも江戸の知恵であった。

不安の時代に生まれた「浮世」という人生観

このように江戸時代は命に関わるような不安と隣り合わせた暮らしであったが、こうっした江戸庶民の人生観をキーワードとしていうならば、「浮世」であった。浮世というと、浮世絵や浮世床を思い浮かべ、何かふわふわした浮ついた時代の表層をなぞったような感がするかもしれないが、実はもっと奥深い人生観につながるものであった。江戸の町は日常的に火事が起きていたと書いたが、どれだけ物に執着しても一瞬のうちに火事で灰にしてしまう、そんなはかない世はつまらないというのが江戸の人たちの気持ちであった。しかし、庶民の人たちが自然の恵みをもたらしてくれる海も板戸一枚下には死が待っていることを知っているように、浮世にはそんな辛い現実が裏側に潜んでいる。これが日本人の「自然」との向き合い方、共生の背景にある。ヨーロッパのように自然に対峙し、戦って変えてしまう向き合い方とは異なるもので、日本人がよく口にする「自然に寄り添う」とはこうした自然観を表している。江戸時代の火事に対して知恵を持った向き合い方、暮らし方をエコライフの始まりと言われるのもこうした自然観に依るものであった。

また、時々に見舞われる大きな自然災害に対しても手をこまねいていたわけではない。海を埋め立てることによって造られた江戸の町は水害に弱い都市であった。寛保洪水の時には今でも海抜ゼロメートルと言われる江東区などの下町には船をかき集め、川と街路の区別が付かなくなった下町に派遣し、溺れている人や屋根や樹木の上で震える人を救出、そんな救出人数が町別に残されている。同時に被災者に粥や飯を支給している。こうした救出や救援などボランティアといった言葉がない時代に幕府や奉行所を中心に有力町人を加えシステマティックに動いていた。また、備前・長州・肥後などの被害の少なかった西国諸藩10藩に命じて利根川・荒川などの堤防や用水路の復旧(御手伝普請)に当たらせて復旧を行なっている。今日の自然災害への地域を超えたネットワークによる対応と根底のところでは同じである。公助、共助の仕組みが既に江戸時代にあったということである。

宵越しの金は持たない、という江戸暮らし

このような言葉に江戸っ子のきっぷの良さを表現したとすることが一般化しているが、実はいわゆるその日暮らしは「宵越しの金を持てない」という経済的には貧しい生活であった。江戸時代の地方では飢饉によって餓死することはあったが、江戸ではそうしたことはほとんどなかったと言われている。その背景には、政治都市から商業都市へと変化し120万人もの町に成長する。結果、新しい「商売」が次から次へと生まれ、いわゆる労働需要は旺盛であった。政治都市から見ていくならば、地方からの単身赴任の「武士市場」として今日のレンタルショップである損料屋や多くの外食産業などが生まれている。平和な時代ということから暇を持てあます旗本御家人などは武士によるアルバイトが盛んになる。提灯づくり、傘張りといった定番の職業から、虫売りや金魚売り、あるいは朝顔栽培まで一般庶民の分野にまで広く参入するように多様な仕事があった。江戸も中期以降、実は幕府も地方の藩も財政が逼迫したこともアルバイトに向かわせた理由の一つであった。

士農工商という封建制は明治政府によって誇張されたもので、その垣根はあまり大きくはなかった。40万都市であった江戸は次第に人口だけでなく、物やサービスの集積度合いが高まり、今日ある小売業の原型が形作られる。つまり、商業都市へと変貌していくのだが、その労働市場はどうかというと、「奉公人」、今で言うビジネスマンが主役であった。まずは10歳前後で「小僧」(関西では丁稚どん)から始まり、「手代」「番頭」へと出世していくが、5〜9年で手代になれるのだが、なれるのは三分の一程度。本店で試験や面接があり、年功序列や終身雇用都いっ経営ではなく、徹底した実力主義の世界であった。手代になると給金は年に4両、芝居見物やお伊勢参りなどの旅行もできるようになる。しかし、長期休暇をもらえるようにもなるのだが、休暇が開けて「ご苦労様」という書状が届けばわずかな退職金をもらい自然解雇になるという厳しい出世競争であった。どこか今日の官僚の出世競争に似ている。そして、番頭になると結婚が許され、番頭をやり遂げると退職金として50両〜200両が支給されるというものであった。こうしたことから一大道楽市場が生まれることになるのだが、従来言われてきた日本型経営・雇用の出発点はこうした実力主義の世界であったことを今一度考えるべきであろう。

ところで、江戸は行商など多様な流通業やサービス業が盛んで、チップ制という経済によって収入を得る個人仕事も多く、いわゆる日雇い仕事が多い都市であった。こうしたことから幕府の人返し令にもかかわらず、江戸を目指す人が絶えることはなかった。この時代から都市と地方との格差が生まれていたということだ。こうした格差はあるものの、今風に言えば労働力市場の活性、つまり雇用の流動化は大きく、活力ある時代であったということである。

それどころか、お金はなくても子への教育は充実していた。義務教育と言った制度のない時代に就学率は70〜80%で多くの子供達が学んだと言われている。庶民の子供は7〜8歳の頃から3〜5年間通ったのが寺子屋で、江戸では指南所と呼ばれ、江戸後期には江戸市内で1500もの指南所があった。学んだのはひらがなに始まり、数学、地名、手紙の書き方、更にそろばん、礼儀作法。またより高度な学びとして茶道、華道、漢学、国学といった専門の学問を教える指南所もあった。同じ時期の欧米の就学率と比較しても極めて高く、例えば就業率の高いイギリスでも20〜30%であった。
子供達は朝8時から午後2時ぐらいまで勉強します。その後、いろいろな事情から学ぶことができなかった大人も学ぶことができる仕組みもあって、現在の定時制高校のようなものが用意されていた。先生役は浪人、僧侶、神主、未亡人などで時間に余裕のある人が勤めます。
ところで授業料はあってないようなもので、「出世払い」が普通であった。寺子屋では商売物を授業料とし、八百屋であれば野菜を持って行ったり、大工であれば先生の住まいの雨漏りを直すといった方法がとられていた。先生は子供たちの学びに情熱を持って教え、現在では死語となった聖職のような存在であった。勿論、先生は尊敬される存在で、モンスターペアレントなど皆無で、子供同士のいじめは勿論であった。今日のような教師間のいじめすらあるブラック職場とすら指摘される教育環境とは真逆の世界であった。結果、子供達も真剣に勉強し識字率70%を超えると言われるほどの教育都市、そんな江戸であった。
現在の教育が「家庭」をベースに行われているが、江戸時代の教育はいわば「社会コスト」としてコミュニティの義務として考えられており、教育格差などなかった。当時のロンドンやパリと比較し教育水準が高かったのもこうした「社会」を背景としていたからである。

浮世を支える江戸の社会・長屋コミュニティ

江戸幕府が造られた当時の人口はわずか40万人ほどであったが、次第に地方からの出稼ぎなど多くの人が江戸を目指す。こうした流入を防ぐために人返し令を発令するが、江戸は120万人という世界一の巨大都市となる。この100万人から120万人という膨れ上がった都市を実質的に支えたのが実は「大家」という存在であった。この大家は2万人ほどいたと言われているが、単なる長屋の管理人としての存在ではなかった。
時代劇に出てくる「同心」は江戸の治安を守る警察のようなものであるが、南北奉行所合わせて12名の同心の他に年配の経験者である臨時の同心が12名、他に隠密周りが4名、計28名で江戸をパトロールするのだが、カバーすることはできない。これまた時代劇には「自身番」という言葉も出てくるが、これは江戸初期には地主が自らを守るために詰めた場所を指していたもで、次第に地主の代理人である大家が「店番」といってこの自身番に詰めるようになったと言われている。
この地主や大家は不審者や火事から町を守るだけでなく、店子からの家賃の中から一定の金額をお上へと納税する。また同時に「町人用」という積立金を行い、長屋が火事になった時の再建や道路の補修などといった出費に当てる経営者でもあった。勿論、「大家といえば親も同然、店子といえば子も同然」と言われるように、冠婚葬祭をはじめ住人の生活を丁寧に見てくれる相談相手であった。こうした町という小さな単位、コミュニティ運営の中心となっていたのが大家で、日常的な心配事や不安の良き相談者であったことから、江戸の「浮世」という人生観も育っていったということである。

ところで江戸時代はいわゆる「捨て子」がかなり多かった。世界に例をみない自然との共生社会であった江戸時代にあって、捨て子に対する人間としての引き受け方は一つの示唆があると思っている。その共生思想の極端なものが、江戸中期の「生類憐れみの令」である。歴史の教科書には必ず「生類憐れみの令」について書かれているが、多くの人は犬を人間以上に大切に扱えというおかしな法律だと思っている人が多い。生類とは犬、馬、そして人間の「赤子」を指していることはあまり知られてはいない。その「生類憐れみの令」の第一条に、捨て子があっても届けるには及ばない、拾った者が育てるか、誰かに養育を任せるか、拾った人間の責任としている。そもそも、赤子を犬や馬と一括りにするなんておかしいと、ほどんどの人が思う。江戸時代の「子供観」「生命観」、つまり母性については現在の価値観とは大きく異なるものである。生を受けた赤子は、母性を超えてコミュニティ社会が引き受けて育てることが当たり前の世界であった。自分の子供でも、隣の家の子供でもいたずらをすれば同じように怒るし、同じように面倒を見るのが当たり前の社会が江戸時代であった。

私たち現代人にとって、赤子を犬や馬と一緒にする感覚、母性とはどういうことであろうかと疑問に思うことだろう。勿論、捨て子は「憐れむ」存在ではあるが、捨てることへの罪悪感は少ない。法律は捨て子の禁止よりかは赤子を庇護することに重点が置かれていた。赤子は拾われて育てられることが前提となっていて、捨て子に養育費をつけた「捨て子養子制度」も生まれている。つまり、一種の養子制度であり、そのための仲介業者も存在していた。現代の「赤ちゃんポスト」もこうした発想と基本的には同じである。
私たちは時代劇を見て、「大家と言えば親も当然、店子と言えば子も当然」といった言葉をよく耳にするが、まさにその通りの社会であった。あの民俗学者の柳田国男は年少者の丁稚奉公も一種の養子制度であるとし、子供を預けるという社会慣習が様々なところに及んでいると指摘をしている。江戸時代にも育児放棄、今で言うネグレクトは存在し、「育ての親」という社会の仕組みが存在していた。この社会慣習とでもいうべき考え、捨て子の考えが衰退していくことと反比例するように「母子心中」が増加していると指摘する研究者もいる。(「都市民俗学へのいざない1」岩本通弥篇)

民話というハザードマップ、災害の伝承

今回の台風19号による豪雨災害、特に河川の洪水についてはハザードマップ制度に注目が集まったが、総務省は10年ほど前から全国災害伝承情報を集め公開している。例えば、
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2020年01月05日

正体見たり枯れ尾花  

ヒット商品応援団日記No754(毎週更新) 2020.1.5.


毎年元旦には主要各紙を読み大手新聞メディアは新年に当たりどんなテーマを掲げるかを読むことにしていたが、ここ数年ほとんどニュースにもならないような内容ばかりで辟易していた。ところが年末年始にかけて大きなニュースが飛び込んできた。周知の日産自動車の前会長ゴーン被告が日本を無断出国し、レバノンに身を寄せているという報道である。読売新聞の取材によればゴーン被告は木箱に隠れ外交特権を使い、プライベートジェット機で関空を出国し、トルコ経由でレバノンに入国したとのこと。また、元旦のTV番組でも日本の司法では推定有罪になるであろうとのゴーン被告の声明を使って、ゴーン被告を擁護するフランスメディアを紹介していたが、誰一人国際秩序がすでに壊れ始めているとの指摘はなかった。

周知のようにそれまでの政治・経済における国際秩序を壊したのは米国のトランプ大統領である。そして、今月末には英国のEU離脱が本格化するであろう。この2つのニュースについては当時欧米メディアを始め大手メディアの予測とは異なる結果が今日に至っている。つまり、混沌とした世界が地球上を覆っているということで、簡単に言ってしまえば「なんでもあり」の時代を迎えているということである。例えば、ゴーン被告は日本の司法制度を批判し、日本におけるこれからの裁判は成立しなくなる。国際法は存在するが、それも欧米圏は勿論のこと日本の司法もローカルな「法」に過ぎないということだ。ましてやレバノンという国家は周知のように、キリスト教、イスラム・シーア派、イスラム・スンニ派という3つの「権力」が混在する国である。身柄引き渡しなど日本との外交関係がどうなるかわからないが、推測するにレバノン政府が声明を出しているように「ゴーン氏の入国は合法である」という立場を変えることはないであろう。ほとんど報道されてはいなかったが、レバノン政府は以前からゴーン被告のレバノンへの入国を日本政府に要請していたという。

トランプ大統領が誕生した時、「分断と対立」が時代のキーワードであった。このキーワードは米国内だけのことではなく、国際社会全体に対してであったことを想起する。実はこのキーワードの先には「何が」あるかである。3年半ほど前になるが、未来塾「パラダイム転換から学ぶ-1」で英国のEU離脱の国民投票にについて、「グローバル化する世界、その揺り戻し」について書いたことがあった。戦後の一大潮流であったローカルからグローバルへの潮流に対し「揺り戻し」が始まっているという指摘であった。勿論、単に過去に元に戻ることではなく、”忘れ去られた何か、その復権、再登場、見直し”であり、そこに新しい価値を見出すことであった。
しかし、今回の「ゴーン被告の脱出劇」はローカル日本の「司法」とグローバルビジネスマンであったゴーン被告の「正義」との衝突で、しかもローカル日本では初めて本格的な司法取引に基づく起訴であった。そして、その裁判では金融商品取引法違反という一種の形式犯罪を入り口に3つの特別背任が争点になると考えられていた。春には公判が始まり、事件の争点が明らかになると考えられていたが裁判は行われないことになるであろう。私が興味を持っていたのは、日産自動車の再生を果たした「功労者」がその功労故に絶大な権力を手に入れたことによって起こる「問題」が明らかにされることであった。しかし、今回の事件に該当する刑訴法では、事件の被告は公判に出頭しなければ開廷できないと規定しているため、ゴーン被告が帰国しなかった場合、公判を開くことはできないこととなる。東京地裁はどんな判断を下すのであろうか、これもグローバル経営における日産自動車による「揺れ戻し」の中に生じた「衝突劇」である。

ゴーン被告の脱出劇で思い起こさせるのが、中国ファーウエイの副会長の逮捕であろう。周知の5Gの主役企業の副会長が米国の要請によりカナダで逮捕された事件である。イランとの金融取引を口実としているが、米国の通信技術の覇権争いがあることは多くの専門家が指摘していることである。米国政府はカナダ政府に身柄引き渡し請求をしてきたが、この1月には審理が始まる予定である。どのような結果となるか注目されるが、イランへの経済制裁に反するとして金融機関への嘘の申告をしたという罪による逮捕の衝撃と共に、孟被告は逮捕の数日後、1000万カナダ・ドル(約8億円)を支払い保釈され、電子監視装置の装着と旅券(パスポート)の提出が義務付けられたとのニュースであった。ゴーン被告との比較で言えば、パスポートの管理についてほぼ同じではあるが、GPSを使った監視装置をつけて勝手に出国できないようにした措置が取られたことである。この2つの事件に共通していることは日産自動車については日本と仏政府(ルノー)の主導権争いがあり、ファーウエイについては米中の貿易戦争の一つであり、共に「政治」が関与しているということである。

3年半ほど前の未来塾にも書いたのだが、グローバル化という「外」からの変化に対しては各国「受け止め方」「取り入れ方」は異なる。日本の場合、もっとわかりやすく言えば「外圧」となる。今回のゴーン脱出劇の第二幕はまず、欧米のメディアからローカルジャパンの歪んだ司法として徹底的に叩かれるであろう。確かに日本の刑事司法制度には問題があることは事実であろう。しかし、問題を外圧によって変えていくのではなく、自ら変えていくことが必要である。その「問題」を理由にゴーン被告の脱出劇が正当化されることではない。私は脱出劇と書いたが逃亡劇であり、立場が異なればどちらを使っても構わないが、明らかにすべきことは同じ世界である。その明らかにすべき世界とは日産自動車再生の功労者であるとも書いたが、どれだけの「痛み」を伴った「再生」であったかを今一度考えるべきであると思う。

その日産自動車のつまずきはバブル崩壊による高級車種の販売不振とグローバル化、つまり海外進出で特に英国での生産であった。ここでは詳しくは書かないが、赤字を出し続け、クライスラーやフォードに提携の打診をする。こうした交渉の間にも赤字は増え続け、最後の救済策を出したのがルノーであった。そのリーダーがゴーン被告であったということである。
こうして約2兆円の有利子負債を抱えて破綻寸前の日産自動車は1999年3月、仏自動車大手のルノーと資本提携する。元々ルノー自身が業績が低迷し、大リストラに辣腕をふるって再生したのがのがゴーン被告で、日産のCOOとして「5年以内に日産の再建を果たせなければ、失敗ということだ」と強調し登場する。後に再生の背景にあった脆弱な財務体質を不動産などの資産売却を通じ改善していく。
さてその再生の痛みであるが、村山工場(東京)など5工場の閉鎖、2万1千人の人員削減、系列取引の見直し……。これがゴーン被告がCOOとしてまとめたリバイバルプランであった。過去に例のない大リストラ策、当時コストカッターと言われ、経済界でもその評価は分かれていたことを覚えている。

こうした再生は功を奏しV字回復したことは周知の通りである。ましてや日産が開発先行してきた電気自動車時代を前にしてである。ルノー(仏政府)が支配下に置きたがるまでに復活し、同時に今回のような事件へと向かうのである。裁判で明らかにして欲しかったのは、「功労者」であるが故の立場を利用して特別背任など不正に利得を得てきたか否かを客観的に明らかにして欲しかった。このことは何よりもグローバル化、巨大化する企業にとって陥りやすい一種の「罠」を防ぐためである。
グローバル企業というとGAFA(Apple, Google, Facebook, Amazon)であるが。各社明確なポリシー、特に顧客市場に対し目指す理念を持っている。そうしたポリシーに共感して、従業員も集まり、顧客もビジネスとして納得して消費している。果たしてゴーン被告を始め日産の経営者は次の顧客市場に理念を持っていたのかどうか、ルノーと日産の保有株式の力関係に固執し政争の愚に陥ったのではないか、そうしたことが裁判で明らかにして欲しかったということである。

しかし、今回のゴーン被告のレバノンへの逃亡劇は「正体見たり枯れ尾花」と言われても仕方がない。以前から指摘されていたことだが、蓄財と節税に凝り固まった経営者という正体である。日本の司法制度の問題点を理由に「国際世論」を味方にして戦う姿は醜いとしか言いようがない。ゴーン被告が日産をV字回復した当時、「プロ経営者」「高い報酬に見合う人材」と、多くの経済ジャーナリストは褒め称えていた。確かに欧米においては経営者の引き抜きは日常茶飯事で、その条件の第一は高い報酬である。株を提供し、株価に連動した報酬をさらに盛り込んだ報酬制度が一般化していることも事実である。高い報酬を否定はしないが、分断と対立が深まる時代にあって必要とされることは依って立つ「持つべき理念」である。
日産自動車のV字回復における「痛み」について書いたが、ある意味それは第二の創業の痛みである。今なお苦難は続いており、更にゴーン逃亡劇もある。今すべきことは「変わらぬこと。変えないこと」を明確にすることにある。実は日本は世界でも類を見ないほどの「老舗大国」である。その筆頭である金剛組は創業1400年以上、聖徳太子の招聘で朝鮮半島の百済から来た3人の工匠の一人が創業したと言われ、日本書紀にも書かれている宮大工の会社である。世界を見渡しても創業200年以上の老舗企業ではだんとつ日本が1位で約3000社、2位がドイツで約800社、3位はオランドの約200社、米国は4位でなんと14社しかない。何故、日本だけが今なお生き残り活動しえているのであろうか。それは明確な理念を持ち続けてきたことによる。日産自動車の場合、第二の創業の原点として、その「痛み」を「変わらぬこと。変えないこと」として継承する努力を怠らないことに尽きる。(続く)  


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2020年01月01日

明けましておめでとうございます

ヒット商品応援団日記No753(毎週更新) 2020.1.1.



  


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2019年12月15日

案の定、いやそれどころではない落ち込みとなった   

ヒット商品応援団日記No752(毎週更新) 2019.12.15.

「社長からのお願いでございます」という店頭の貼り紙が話題となっている。「いきなり ステーキ」(ペッパーフードサービス)が深刻な売上不振に陥り、社長メッセージとして顧客に訴えた貼り紙である。昨年春以降、前年割れの売り上げが続き、その落ち込み幅が拡大し続けている。その原因としてはいくつか挙げられているが、やはり値上げが大きいと私は考えている。多くの専門店の失敗は値上げがほとんどであり、いきなり ステーキの場合はそのメニューに広がりはなく、新メニュー導入による価格改定=値上げという方法が取りにくい。そのため値上げは直接顧客の財布に向かい、客数減となって現れてくる。しかも、消費増税に向かう期間他の外食チェーン企業が新しいメニューの導入によって顧客の裾野を広げていったのに対し、極論ではあるが単なる出店数を伸ばしていただけである。吉野家もマクドナルドも、周知のように新メニューをどんどん投入し、顧客に向かい合っているのに「規模」の経営しかやってこなかった結果ということである。

消費のの動向については基本的には家計調査を使っているが、消費増税は日本経済の各分野にどんな変化を及ぼしているか、少しマクロ的な視点も必要ということから経産省による10月の商業動態統計の結果を読んでみた。発表された結果であるが、その落ち込み幅の大きさとどんな分野の販売が落ち込んでいるか、その内容にとにかく驚いたというのが実感であった。マスメディアは勿論のこと、ほとんどのメディアは消費増税後の「変化」について報じることはほとんどない。
まず商業販売額であるが、前年同月比▲9.1%、、小売業においては▲7.1%の減少であったとのこと。驚いたのはその業種であるが、まず自動車が▲4.0%の落ち込みとなっている。(この変化については後述する。)
百貨店・スーパー販売額の動向については百貨店は4265億円、同▲17.3%の減少、スーパーは1兆312億 円、同▲3.7%の減少となった。 商品別にみると、衣料品は同▲19.6%の減少、飲食料品は同▲1.4%の減少、その他は 同▲15.7%の減少となっている。
ちなみに百貨店の主力商品である衣料品であるが、その他の衣料品が前年同月比▲29.4%の減少、身 の回り品が同▲23.1%の減少、紳士服・洋品が同▲21.6%の減少、婦人・子供服・洋品 が同▲20.1%の減少となったため、衣料品全体では同▲21.6%の減少となった。
次にスーパーであるが、衣料品は、その他の衣料品が前年同月比▲19.7%の減少、身の回り品が同▲15.6%の 減少、紳士服・洋品が同▲14.8%の減少、婦人・子供服・洋品が同▲13.3%の減少となっ たため、衣料品全体では同▲14.6%の減少となっている。

さてどのようにこの結果を読み解くかである。まず、一番驚いたのは自動車販売でより詳しく見ていくこととする。日本自動車販売協会連合会と全国軽自動車協会連合会が11月1日に発表した10月の新車販売統計(速報)によると、総台数は前年同月比▲24.9%減の31万4784台と、6月以来4か月ぶりのマイナスになった。
10月に消費税が10%に増税されて初めての月次統計となったが、9月の総販売台数が12.9%増と駆け込み需要が顕在化していただけに、その反動が強く出たと言われている。9月の駆け込み需要がプラス12.9%増であったとのことだが、それほど大きな駆け込み需要はないと考えられていた。その理由としては今回の税制改革では登録車の「自動車税」が減税となるとのことであまり大きな影響が出ないと考えられてきた。しかし、より詳しく見ていくと意外にも駆け込み需要あ大きかったことがわかってきている。それは軽自動車に現れてきており、「軽自動車税」は据え置きとなったことによる。このため、軽自動車の新車需要は8月、9月と連続して2ケタ増と、駆け込み需要が強めに出ていたので、その反動も大きかったと分析されている。自動車のユーザーは極めてシビアに行動していたことが窺われる。

更に経産省のデータから各業界のデータをもう少し詳しく見ていくこととする。まず百貨店協会における10月の結果であるが、消費税率引上げに伴う駆け込み需要(9月:23.1%増)の反動に加え、台風19号 の影響による臨時休業や営業時間短縮などマイナス与件が重なり、売上高は▲17.5%減となっている。9月の駆け込み需要を考えると、ある程度頑張ったと言えなくはないが、その内容を見ていくと、国内市場(シェア93.4%)が▲17.7%減、インバウンド(シェア6.6%)は購買単価 がプラス(1.2%増)したが、円高基調の為替動向や米中貿易摩擦等の不安定な国際情勢が響き、 ▲13.8%減(256億円)と2か月ぶりに前年実績を下回っている。各店駆け込み需要を狙ったセールを組み一定の結果が得られたと考えられるが、インバウンドは7%弱と大きな比率を占めており、百貨店経営の大きな柱となっていることがわかる。また、商品別には予測通り衣料品は前年同月比▲21.4%とその落ち込み幅は極めて大きい。
百貨店とは異なる業態のSC(ショッピングセンター)はどうかと言えば面白い結果となっている。その結果であるが、10月度の既存SC売上高は、総合で前年同月比▲8.3%と前年を大きく下回った。SCも百貨店同様駆け込み需要を狙ったセールの結果から9月の売り上げは:+8.3%となり、大都市部のSCにその傾向が見られ、これも百貨店と同じ傾向であった。

ところで日常消費の柱となっているスーパーであるが、日本チェーンストア協会によるとスーパーの全店売上高は9751億円と、日数の少ない2月を除くと12年9月以来約7年ぶりに1兆円を下回った。部門別で見ると、衣料品が▲15.1%減(既存店ベース)、住宅関連品が▲7.2%減(同)と振るわなかった。軽減税率対象の食品も実は▲1.3%減となっている。
一方、コンビニはどうかと言えば、スーパーと比較しそのほとんどがFC店=小規模事業者ということから5%還元の対象となり、しかもキャッシュレスによるポイント還元プロモーションも加わり、小売業の中では一番落ち込みが軽かった業種である。こうした「お得策」と共に、店内飲食も持ち帰りも同じ8%とし、差額分2%についてはコンビニ負担という思い切った策が成功したと考えられる。小売はあらゆる機会をビジネスにつなげていくことが基本となっているが、コンビニ各社はまずは増税の第一の波を超えたと言える。

さて冒頭の「いきなりステーキ」に代表される外食産業はどうかである。消費増税前にアパレルファッション産業においては市場の再編が起きているといくつかの事例を踏まえ書いたが、いわゆる衣料品の落ち込みはその通りの数字となって現れているが、外食はどうかである。順調であった「日高屋」の既存店売上高は9月まで11カ月連続でマイナス。「大戸屋」も9月まで8カ月連続でマイナスとなっている。「長崎ちゃんぽん」のリンガーハットもマイナス成長と低迷している。増税後はどうかであるが、数字を見るまでもない。唯一壁を乗り越えたマクドナルドの10月はどうかと言えば、客数は落ちてはいるが、客単価の伸びによってプラスとなっている。

チェーン店ばかりでは消費増税による変化を100%読み取ることは難しいので参考情報として一つのレポートがある。危機が迫っていると感じた時しか参考としないのだが、今回は増税による危機がどの程度のものとなるのか考える参考情報として欲しい。それは嫌な言葉だが「倒産情報」についてである。帝国データバンクと東京商工リサーチの2つがあるが、主に帝国データバンクのプレスリリースを参考とした。
長いデフレ経済のもとでボディブローのようにじわじわと倒産件数が増えてきている。2019年上半期は3,998件となり、特徴的なことは飲食店事業者の倒産が過去最多のペースで推移してきていると指摘している。2019年の飲食店事業者の倒産は11月までに668件発生し、既に前年(653件)を上回った。過去最多となっているのは2017年の707件であるが、2019年はこのままのペースで推移すると通年の倒産件数は728件前後となり、過去最多を更新する可能性が高いと予測されている。また、大型倒産は少なく、負債1億円未満の倒産が全体の7割超を占めているとのこと。
ちなみに、消費税5%導入の1998年の倒産件数は18,988件、リーマンショックのあった翌年の時は15,646件、8%導入された2014年の倒産件数は9,731件となっている。消費増税の影響が本格化するのは2020年である。

さて、こうした「変化」が出てきているが、「消費税10%時代」をどう迎えるかである。いきなり ステーキのような規模の経営は論外であるが、市場の再編の向かい方である。先日、経営再建中の大塚家具が家電量販のヤマダ電機の子会社になるとの記者会見があったが、資金繰りに困っている大塚家具に対し増資分として44億円で合意したとのこと。つまり、別の見方をすれば子会社となった大塚家具の企業価値は44億円程度であったということだ。顧客が求めている家具を含めた新しい暮らし方への創造性など微塵も感じられないもので、そこには「顧客」は存在していない。市場の再編とは、顧客変化に対応してこそ意味がある。
「消費税10%時代の迎え方」をテーマに未来塾においてシリーズ化している。昔は流行った都心のビルであったが、今や老朽化し通りはシャッター通りとなっているが、その界隈だけは賑わっている。そんな「街」を大阪と横浜の2箇所観察してきた。何故、顧客は集まってくるのか、その発想・アイディアをレポートする予定である。(続く)  
タグ :消費増税


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2019年12月08日

2019年ヒット商品番付を読み解く 

ヒット商品応援団日記No751(毎週更新) 2019.12.8.


ブログの更新に1ヶ月ほどかかってしまった。ところで今年もまた日経MJによるヒット商品番付が発表された。少し前には新語流行語大賞も発表され、重なるものが多く、一種の時代が求めている空気感のようなものが色濃く示された1年であった。まず、その以下が日経MJによる2019年の主要なヒット商品番付である。

東横綱 ラグビーW杯 、 西横綱 キャッシュレス 
大関 令和 、 大関 タピオカ
関脇 天気の子 、 関脇 ドラクエウオーク
小結 ウーバーイーツ 、小結 こだわり酒場のレモンサワー

ところで新語流行語大賞は「ONE TEAM」の受賞者となり、日本列島を熱狂の渦に巻き込んだラグビー日本代表チームのスローガンである。日本チームの公式キャッチフレーズは「4年に一度じゃない。一生に一度だ。」の公式キャッチフレーズであったが、多くのにわかフアンを惹きつけたのはこの「ONE TEAM」であった。トランプ大統領の出現や英国のEU離脱に見られるように「分断」「自国(自分)主義」が世界に広がっているなかにあって、7ヶ国15人の海外出身選手を含む31人はリーチマイケル主将を中心に桜の戦士ONE TEAMとして結束し、快進撃を続けた、この「ONE TEAM」に強く共感したということである。
ちなみにノミネート語30を見てもわかるように以下となっている。

1.あな番(あなたの番です) 2.命を守る行動を 3.おむすびころりんクレーター
4.キャッシュレス/ポイント還元 5.#KuToo 6.計画運休 7.軽減税率 8.後悔などあろうはずがありません
9.サブスク(サブスクリプション) 10.ジャッカル 11.上級国民 12.スマイリングシンデレラ/しぶこ 13.タピる
14.ドラクエウォーク 15.翔んで埼玉 16.肉肉しい 17.にわかファン 18.パプリカ 19.ハンディファン(携帯扇風機)
20.ポエム/セクシー発言 21.ホワイト国 22.MGC(マラソングランドチャンピオンシップ) 23.◯◯ペイ
24.免許返納 25.闇営業 26.4年に一度じゃない。一生に一度だ。 27.令和 28.れいわ新選組/れいわ旋風
29.笑わない男 30.ONE TEAM(ワンチーム)

また、同じような傾向が日経トレンデイにおいても次のようなものとなっている。

【1位】ワークマン
【2位】タピオカ
【3位】PayPay
【4位】ラグビーW杯2019日本大会
【5位】令和&さよなら平成
【6位】ボヘミアン・ラプソディ
【7位】Netflix
【8位】米津玄師
【9位】ルックプラス バスタブクレンジング
【10位】ハンディーファン

複数重複しているヒット商品や注目したキーワードを見ていくと、やはりラグビーW杯となる。経済効果は4370億円に上ると言われているが、停滞。鬱屈した「社会」にあってひととき夢中になれたラグビーであった。初戦であるロシア戦では18.3%(関東地区・ビデオリサーチ)であったTV視聴率は徐々に上がり、準決勝の南アフリカ戦では41.6%にまて達し、周知のようににわかフアンという新たば市場をも生み出した。それは「ONE TEAM」というスローガン、いや私の言葉で言えばコンセプトがビジネス世界のみならず、スポーツ界は言うに及ばずコミュニティ・家庭に至るまでの各組織単位で最も求められているキーワードが「ONE TEAM」、つまり一つになることであったということだ。個人化社会と言うバラバラ時代に最も求められていることであり、例えばビジネス世界にあっては「心を合わせること」を目的にした全社運動会や小さな単位では食事会までコミュニケーションを通じ「一つになること」の模索が続けられている。戦後の昭和の時代は創業者がONE TEAMのリーダーとして引っ張ってきた。今なおそうした創業型リーダーシップ企業は大手ではソフトバンクとファーストリテーリングぐらいになってしまった。平成を経て令和になり、こうしたリーダー無き後の組織運営にあって、ONE TEAM運営が最大課題となっていることの証左であろう。単なる言葉だけのONE TEAMではなく、一人一人が固有の役割を持って31人が試合を創っていたことを実感させてくれたと言うことである。その象徴がトライとは縁のないポジションであったフォワート稲垣啓太が「笑わない男」として流行語大賞にノミネートされていたことが物語っている。にわかフアンを創ったのはそうしたONE TEAMの「実感」を提供し得たからであると言うことだ。

次にランキングされているのはやはり軽減税率やキャッシュレスに見られる消費増税に関するものであった。このブログを書いている最中に内閣府から消費増税後10月の景気に関する発表があった。多くの人が案の定と想定した通りの結果となっている。今回の増税による駆け込み需要は前回と比較し大きくはならなかったが、10月の家計支出は前年度と比較して5.1%のマイナスであったとのこと。しかも、前回の5%から8%への増税後の落ち込み幅と比較し、更に大きく落ち込んだとのことだが、どれ以上に深刻なのは、10%となった外食ばかりか最も日常消費される洗剤やトイレットペーパーなどの支出が減少していることだ。
また、10月の景気動向指数(2015年=100)速報値は、景気の現状を示す一致指数が前月比5.6ポイント低下の94.8だった。更に、内閣府が11日発表した10月の景気ウオッチャー調査では街角の景況感が急低下し、東日本大震災後の11年5月以来の低い水準にとどまった。つまり、足元の景気が減速感を強めていると言うことであり、どの指標を見ても暗いものばかりである。
そもそもキャッシュレスに注目が集まったのも、ソストバンクのPayPayをはじめ新たな決済サービス市場が誕生した背景には政府からの5%還元を含め各社のポイント還元プロモーションによるところが大きい。逆に言えば、「お得」に多くの生活者、特に若い世代が注目し、そのお得競争が生まれたのも消費増税に起因していると言っても過言ではない。

ところで昨年からブームとなったタピオカであるが、タピオカの原材料の供給が限られていることから来年春頃まではブームが続くと言われている。元々デニーズのデザートから生まれたティラミスやナタデココであるが、特にナタデココを流行らせたのは女子高校生でその「食感」の新しさから、食品メーカーをはじめ新食感の開発競争が生まれてきた。その中にはミスタードーナツのポンデリングなどがあり、今回のタピオカもそうした新食感メニューの延長線上にあると言うことだ。
ただ、こうしたトレンド型商品は必ずブームが終わり衰退する時がくる。例えば、2013年以降原宿に出店したポップコーンショップの内、5社ほど参入したが生き残っているのは「ギャレット」だけである。つまり、タピオカも来年後半にはかなりの店舗のメニューからなくなっていくことが予測されると言うことである。

ヒット商品番付にランクされた「令和」であるが、新元号の前後には大いに注目されたが、以降天皇陛下の即位の礼についても、TV報道ほど大きな話題になることはなかった。新元号自体そのものが一過性のものであり、日常使用のものとして生活の中に組み入れられてきたと言うことであろう。つまり、ある意味生活価値観を一変させるような「驚き」を持って迎えたものではないと言うことである。
一方、関脇にランクされた「天気の子」は新海誠監督の第7作として140億円と言う興行収入を挙げ、国内映画のトップを走っている。前作「君の名は。」から3年ぶりの作品であるが、ジブリアニメとは異なるもう一つの新海ワールドが確立されたと言うことであろう。ただジブリ映画が自然との共生や生き方、あるいは教育といった時代が求めるテーマを主軸としているのに対し、新海映画は若い世代の感性世界、デジタル感性を主軸としていることから自ずとその広がりは小さくなっていることがこれからの課題であろう。
また、小結に入った「ウーバーイーツ」であるが、海外でスタートしたハイヤーの配車サービス「Uber(ウーバー)」を応用した、新機軸の「料理宅配サービス」が人気となっている。多くの飲食店から選択注文できるアプリを使った新しいサービスで、配達パートナーにとっても自由な時間に従事できることから、飲食店にとっても配達パートナーにとっても、両者にとってプラスとなる新しいプラットホームビジネスとして急速に伸びてきている。しかし、こうした新しいシステムビジネスの場合、往々にして問題も出てきている。今回の問題は会社側からの一方的な配達報酬の改定にあると言う。配達パートナーは個人事業主として契約をしており、そうしたことから新たに組合が作られ活動している。こうした新規ビジネスにおいては、必ずこうした改善されるべき時が来る。ウーバーイーツもそうした曲がり角に来ていると言うことだ。

さて2019年を通して着目すべきキーワードとして言えば「感」が明確に出た年であった。SNSの「いいな」といった片言の言葉で評価される時代から、「感」が動かされる時代に向かったと言うことである。それを教えてくくれたのがONE TEAMというキーワードの受け止め方であり、消費増税における価格感による消費行動であったということである。勿論、タピオカもそうだが、益々上滑りなコミュニケーションには踊らされない時代を迎えたということである。実感という本質をどれだけ続けられるかがビジネスの課題になったということだ。(続く)
  
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2019年11月03日

嘘を見抜く眼

ヒット商品応援団日記No750(毎週更新) 2019.11.3.

食べログによる掲載飲食店への不当な有料会員店への要請が問題となっている。その「不当」とは実際に利用した顧客の評価を点数化し食べログのサイトに公開し、顧客はその評価の点数をもとに飲食店を選択するビジネスである。公取委もサイト運営という優越的地位の乱用ではないかと調査しているとも報じられている。実は2012年にも飲食店との間に介在する広告代理店による口コミの「やらせ」が問題となっている。当時、その「やらせ」の当時者であったのが東京月島のもんじゃストリートの各店で、食べログとの有料取引をしないと宣言したことがあった。この「やらせ」を行ったのは介在する広告会社であったとし、本質としての問題は先送りされることとなった。当時、私は次のような問題の指摘をブログに書いたことがあった。

『あらゆるものが過剰となり価値が下落する、そんなデフレ時代に対する着眼について書いた。案の定というか、すぐさま「食べログ」へのやらせ書き込みについて報道されていた。ランキング順位を上げる為の組織立った書き込みが、39業者に及んでいたということであったが、既に5年程前にもブログが急速に浸透拡大した時も、やらせブログを組織的に行なう新会社が出来ていた。』
更に、次のようにも書いた。
『こうした情報の消化不良がいたるところで起きている。それが単なる消化不良程度で済めば良いが、「食べログ」のやらせ問題のように、判断基準を丸ごとネット上のランキングサイトや口コミ等に求める生活者が圧倒的に多くなった。そして、スマートフォンの普及は更に便利な道具として身近な、いやスマホ依存症のような情況に至りつつある。簡単に言ってしまうと、情報リテラシーの課題になると思うが、過剰情報時代とは、活用すべき判断基準をなかなか持ち得ない時代のことである。結果、どういうことが起きるか、膨大な情報を前にして一見選択肢が豊かであるように思えるが、逆に限られた特定情報のなかの選択となる。つまり、特定情報への集中現象が多発するということである。』

8年近く前に書いたブログであるが、ここ数年更に過剰な情報が横溢する「間隙」を縫うような白でもなく、黒でもないような「まことしやかな情報」が増加の一途を辿っている。その白黒判別し難い情報の第1は顧客の声という「情報提供源」の不確かさである。特にネット社会の匿名性に因るところが大きいが、食べログに関するテーマを書いていたところ京都市の宣伝に関し問題が出てきた。その問題とは市を宣伝する内容のツイートを有償で依頼していたと京都新聞が報じたものである。吉本興業の芸人らが投稿したツイートには、広告主が市であることを示すような表記がなかったことから、Twitterなどでは「ステルスマーケティングではないか」という批判が相次いでいる。
ステルスとは「わからないように」目的を達することで、食べログにおける「口コミ」という顧客の声として活用していくということと同じである。つまり、一方的な広告ではなく、顧客に因る評価であることで、安心して使ってもらおうという意図である。情報の時代は1970年代のTVメデイアが主導してきた。新しいスタイルやトレンドを創造提案してきたという歴史がある。少なくともネットメディアが主導するまでは責任の所在を含めて情報源=広告主を明確にしてきた。今回の京都市の宣伝などもペイドパブ(有料パブリシティ)として明確に伝えれば問題はなかった。例えばTVドラマで使われる衣装についても協賛とか衣装提供として企業名やブランド名を明確にしてきていた。しかし、ネットメディアの浸透によってその明確さは匿名世界によって消滅しつつあるのが「今」である。
食べログを見てもわかるように実態を伴わない抽象的な「顧客の声」という名のもとに他店との有意差を作るという手法である。しかも、どのように評価点となるのかその仕組みも公開されてはおらず、これもユーザー側も飲食店側もブラックボックスのままである。

また、こうした情報に関する問題はネットメディアばかりでなく、TVメディアについても「やらせ」という情報の捏造が今なお見られる。古くは1996年~2007年に放送されたフジテレビ系列の生活情報番組。毎回、健康・からだ・食に関する様々な情報を紹介し、平均視聴率は15%前後と、安定した人気を誇っていた番組の一つが『発掘!あるある大事典』である。当時奥の専門家から「無意味な実験を行っている」「データの根拠が曖昧」などの指摘が上がっており、いわゆる「納豆ダイエット」事件が起きる。制作会社である関西テレビの内部調査により行ってもいない検査データと、被験者と無関係な写真資料を番組内で表示していたことが判明。さらには、教授のコメントまでもがスタッフの創作だと明らかになった事件で、周知のように番組打ち切りとなった捏造事件である。
ここまでのひどい捏造ではないかもしれないが、最近になってもレビ朝日は「やらせ」「不適赤」な選出があったと謝罪をしている。今年3月に放送された平日夕方の報道番組「スーパーJチャンネル」で“やらせ”があったと明らかにした。それは夕方の報道番組「スーパーJチャンネル」で、デフレ時代に注目されている業務スーパーの取材に客として登場した5人が、番組スタッフである男性ディレクターの知人であった。食べログにおける「顧客の声」の構図と同じであるが、食べログにおいては掲載されている顧客の声は「干支的」「恣意的」なものはどうかがブラックボックスになっているためわからないが、テレビ朝日の場合はちゅじんが客を装っていたという事実は完全に「やらせ」であろう。

虚と実、真偽、嘘と本当、それらが混在し、変化し続ける時代そのものへの戒めとして「リテラシー」が重要であるとしてきた。リテラシーを簡単に言ってしまえば「情報活用力」のことであり、情報の受け手である私たちが情報の真偽・重要さを見極める力を持つことが必要であるとしてきた。しかし、情報洪水の中でその見極めは極めて難しい。競争の原理から見ていけば、「わかりやすくする」ことが第一で、例えばトランプ大統領による「戦略用語」として「フェイク(嘘)ニュース」という言葉がツイッターを通じて世界中に拡散されている。この「戦略用語」という意味は、政治の常套手段である「敵を創る」ことを通して、自分の主張世界をより強固にするという意味である。結果生まれたのが「分断」「対立」であったことはその後の米国の政治状況を見れば明らかである。日本の場合はどうかと言うと、消費に関して言えば「嘘」がバレれば徹底的に非難され、休止、破綻、消滅へと向かう。2000年代に入り、つまり情報の時代が本格化する時代に起こったのが「情報偽装」であった。耐震偽装事件から始まり、前述の「発掘!あるある大辞典」のような「やらせ」という情報偽装、食品偽装としては船場吉兆の「ささやき女将」で話題となった料亭の廃業。「嘘」が明確になった時の消費者の判断で明確になった事例がある。2008年に工業用米・汚染米を食用米として偽装した三笠フーズが起こした事件である。その汚染米事件は、その後食用には使ってはいけない汚染米の使用を知っていて使った美少年酒造は破綻し、知らずに使ったがそれら全てを廃棄し、正直に記者会見を行った薩摩宝山(西酒造)は逆に正直であったことから見事に復活しヒット商品となった。こうした事象を見てもわかるように「正直」に信頼をおける社会がある。更にいうならば、精進料理を源にしたがんもどきのような「もどき」食品、ことなを変えればフェイク食品を食してきた。最近ではカニカマといったヒット商品まで生まれている。「嘘」と「フェイク」の世界をわきまえた日本人の精神世界をよく表した事例である。

さて、「嘘」を見抜く力とは、嘘がわかった時に明確に「消費」の判断・態度を下すと言うことに尽きる。少し前に未来塾「居場所を求める時代」の中でTV番組の一つに『ポツンと一軒家』(ABCテレビ制作)を取り上げたことがあった。日本各地の離れた場所に存在する一軒家に暮らしている人物がどのような理由で暮らしているのかを衛星画像のみを手がかりにした上でその場所に行き、地元の情報に基づいて一軒家を調査する内容である。NTV系のライバル番組『イッテQ!』を上回る17〜18%の高視聴率を得ているという。(ライバル番組『イッテQ!』は周知の通り、「やらせ」が発覚し謝罪した番組である。)
表舞台には決して出てこない暮らし、いや人生そのもへの興味関心が高まっていると言うことである。食べログとの比較で言えば、例えば評価点が低くても「あの頑固親父が好きだから」あるいは「自分が美味しい」と思えば利用し続ければよいのだ。食べログに評価点が掲載されていない飲食店を巡るのも面白いかもしれない。不確かな評価点から外れた中に新しい「発見」があるかもしれないと言うことである。そうしたオタクのような消費ではなく、まずは自身の食体験に信頼し自信を持つことである。それは情報が嘘であったとわかった時、二度と使わないことは言うまでもない。「便利さ」の罠にはまった自分を戒めればよいと言うことだ。そうした体験を重ね、白でなく、黒でもない、グレーな時代の知恵が磨かれていく。飲食店の側に立てば、「嘘」と「フェイク」の違いが分かっている顧客を信じるということだ。(続く)
  
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2019年10月14日

やはり始まった市場の再編 

ヒット商品応援団日記No749(毎週更新) 2019.10.14


前回のブログで「デフレが加速する、顧客が変わる」という増税を一つの契機とした市場の再編について書いた。そして数日後流通最大手のセブン&アイ・ホールディングは2019年3~8月期の決算を発表した。連結営業収益は前年同期比0.9%減の約3兆3000億円だったものの、営業利益と純利益は第2四半期としては過去最高となったと。同時に各事業グループの問題点を踏まえたリストラ計画を発表した。そごう・西武といった百貨店事業では5店舗の閉店と2店の営業面積の縮小、約1300人の人員削減。長年課題となっていたイトーヨーカ堂は33店舗において外部専門店との連携及び閉鎖を検討し、1700人の人員削減。また、稼ぎ頭であるセブンイレブンにおいては約1000店舗について閉鎖や移転を行うというリストラ案であった。

好業績のセブン&アイが何故リストラを行うのかと不思議がる専門家もいたが、報道に接し、やはり、なるほどなというのが素直な感想であった。好業績という良い時にこそ変わることが必要であるという一般論としての理解ではなく、これからのでフィレ経済を生き抜くには必要なものであり、しかもセブンイレブンにおける加盟店との対応についても柔軟性のない建前主義、悪くいえば巨大化した官僚主義的な組織への改革も意図されていると思う。
また、日本産業のリーディング企業であるトヨタ自動車も周知の事業環境の変化対応が遅れているとの危機感が豊田社長以下経営陣にあるが改革派遅々として進んでいないようだ。それは自動車メーカー間の競争もさることながら、自動車もIT化・AI化が進み、GoogleやAppleといった異業種との主導権争いなど厳しい事業環境にある。こうしたなか、労使交渉にもこの「危機感」の無さが露呈していると日経ビジネスは指摘している。その危機感とは「働かない50代」問題で、巨大化した組織にあって出世コールから外れた40代以上も肩書きはあっても部下はいない、与えられた仕事もそれほど大きくはない。それでも年収では1200万円を得ているから辞めることはない。これが肥大化した組織、「働かない50代」問題である。トヨタも早晩リストラを行わないと衰退の道を歩むことになるということである。

前回のブログで消費増税で一番影響を受けるのはアパレリ産業であるとし、ワールドを事例に挙げて、リストラ後の生き延びる道としてアウトレット事業に進出し始めたと書いた。同じようなアパレル企業のオンワード樫山についても少し触れたが、大規模な店舗閉鎖などが明らかになった。周知のように百貨店ブランドが主力商品となっており、オンワードの売り上げの66%が百貨店によるものとなっている。この百貨店自体の低迷と同様にオンワードの売り上げも低迷し、2019年2月期は前期比5.7%減の906億円であった。そして、日経新聞によればグループ全体で約3000ある店舗の2割、約600店舗を閉鎖すると報道されている。
こうした百貨店向け売り上げが大きい「バーバリー」で知られている三陽商会も2018年12月期の売り上げは前期比5.5%減の590億円、3年連続の営業赤字であった。他にも百貨店への比重が大きいレナウンも低迷していることは言うまでもない。

前回のブログを含め課題となっていることは一つの転換期を迎えているということである。その転換とは消費という側面から見ていくと成熟時代の新しいライフスタイルが求められていることであり、今回の消費増税はその新しいライフスタイルの構築を加速させていると理解すべきということだ。新しいライフスタイルの一つとなるために、生活者はもちろんのこと各企業は経営におけるそれまでの事業やメニューをゼロから見直しし、再編成・再構築を始めたということである。
つまり、コンセプトを変える、新しいメニューにチャレンジする、撤退もすれば店舗閉鎖もする。変わるために、時にリストラ・人員整理もする。場合によってはZOZOのように事業あるいは企業丸ごと譲渡する、ここ数年起きていることはライフスタイルの根幹を成す新しいライフスタイル価値の創造ということに尽きる。少し前になるが「デフレを楽しむ」「デフレを遊ぶ」というタイトルでブログを書いたことがあった。常態化したデフレをいかに楽しく暮らすかというライフスタイルである。
実は未だ食べに行っていないのでその評価はできないが、大手回転すしのスシローが寿司居酒屋「杉玉」という業態で新たな市場を開拓しつつある。数年前から郊外型の大規模店舗業態から、どう都市部に進出するか課題であった。勿論、安く食べてもらう、私の言葉で言えば「デフレを楽しむ」ための業態であるが、都市部への出店の最大課題は高い賃料のもとで安い寿司を提供できるかということであった。今回の居酒屋業態は大規模な設備も必要としない50席前後の中型店舗である。これも変わるための業態、一つの都市市場戦略ということだ。こうした新たな業態へのチャレンジはアパレル大手のワールドにおけるアウトレット業態への進出と同じである。「顧客が変わる」という危機感が新たな市場創造へと向かわせているということだ。(続く)  


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2019年10月06日

デフレが加速する、顧客が変わる 

ヒット商品応援団日記No748(毎週更新) 2019.10.6.


わかりにくい軽減税率とキャッシュレスポイント還元の二重の複雑さが説明され、さらにどのように買ったらお得かというこれまたわかりにくい報道がやっと終わった。マスメディアはわかりにくさをただ助長しただけで現場の困難さだけが残った。勿論、前回の8%増税の時のような駆け込み需要は起こらなかった。政府は住宅ローンに対する減税を3年延長したように「今」購入するお得はないように助成策を用意していたことも駆け込み需要は起きなかった理由の一つではある。せいぜい増税前のお得というと、あおり運転被害というこの時代ならではの自衛策からドライブレコーダーがヒット商品となったが、こうした安心を求める生活防衛商品が売れた程度であった。特にTV報道がそうだが、話題作りのための話題として無理に作った駆け込み需要でいくつか見られる程度であった。実は、駆け込み需要も起きないほど消費需要は弱いと言うことだ。

さて、10月1日を迎え、企業側の混乱が起きた。例えば、報道のように大手回転寿司チェーンのスシローの場合消費税10%がレジで抜け落ちるというシステム不備をはじめとした混乱である。複雑な軽減税率によるものだが、セブンイレブンのように事前にシステムの組み方を誤ってしまった単純ミスを含め、吉野家のように今なおシステム整備が追いつかないといった現状となっている。また、キャッシュレスポイント還元についても中小規模店の申請が9月6日までとなっていたが、それまでに申請しても受理できない政府内での準備不足が起きており、つまり10月1日からスタートすることができない不公平なスタートとなっている。本来キャッシュレスポイント還元の対象となる中小事業主や個人事業主は全国で200~300万店あるとされていたが、約50万店が申請しているが、その内23万店が作業中であるという。つまり、せいぜい10軒に1軒程度しかキャッシュレスポイント還元を取り入れていないと言うことだ。近隣の商店街を歩いたが「5%還元」の赤いホスターが貼られているのは極めてわずかで、この数字から見ても当然であった。このように政府・事業者ともに複雑な新消費税に追いついていない現実となっている。

こうした一種の混乱は時間経過とともに落ち着いていくと思うが、問題は景気の悪化、消費市場の今後である。既に私は「消費税10%時代」をどう迎えていけば良いのかというテーマで、未来塾を通じ昨年6月以降次のようにレポートしてきた。
第1回;「ロングセラー誕生物語とその成長」
第2回;「生き延びる商店街から学ぶ」
第3回;「コンセプト再考 その良き事例から学ぶ(1)」
第4回;「にぎわい再考 その良き事例から学ぶ(2)/大阪空堀と梅田裏中崎町」
第5回;「にぎわい再考 その良き事例から学ぶ(3)/東京高円寺」
第6回;「居場所を求める時代」
このように「消費税10%時代の迎え方」をテーマとしたのも、実は昨年末をもって6年間政府の内閣参与として政策助言をされてきた京都大学大学院教授である藤井聡氏が退任されたことから、やはり予定されている2019年10月の消費増税を進めるのだなと推測したことが背景としてあった。周知のように藤井聡氏は内閣府参与にあって今回の消費増税反対論者として知られているが、その論拠についてはブログにて公開されているので一読されたらと思う。

藤井教授をはじめ増税によって消費が落ち込むことが想定されているが、消費が落ち込むとは賃金が落ち込むということでもある。確かに一部の企業は好業績を得て賃金が上がったことはある。例えば、1998年4月の消費税5%導入の時、社会的にも注目されたのが「デフレの御三家」と呼ばれた日本マクドナルド、吉野家、ユニクロ、のような企業群であるが、各企業ともにコストダウンの方法において革新的なシステム構築によるものであった。更には、増税に対する顧客心理を踏まえたヨーカドー、イオンによる消費税分還元セールが大人気となる。また、マクドナルドによる半額バーガーも大ヒット商品となる。こうしてデフレが進行していくのだが、しかし、一方では18,988件もの倒産企業が出る。そして、周知のように「右肩下がりの時代」を迎え、賃金も下がり続ける。デフレは加速し、その象徴であるような企業群が続々と市場に参入する。アウトレット、ディスカウント業態(ドンキ・ホーテ)、エブリデーロープライス業態(OKストア)、ネット通販、100円ショップ・・・・・・・・。そして、2014年4月に新消費税8%が導入される。マクロ経済的には輸出額が伸びたおかげで景気は何とか持ちこたえたが、内需・消費は落ち込み、やっと2年ほど前から以前の消費水準に戻ったという状況である。勿論、米中経済戦争や中国経済の失速、あるいは英国のEU離脱など世界経済は曲がり角を迎え、外需頼みの時代ではない。

ところで今回の消費増税に対する企業側の迎え方はどうかといえば、ファストフードやファミレスなど大手飲食業界のほとんどは店内飲食もテイクアウトも同じ価格とし、店内飲食の場合の増税分2%を顧客に転化せず自社で処理する方向で臨んでいる。唯一店内飲食を10%にしたのは吉野家ぐらいである。吉野家の場合は春以降順調に売り上げを伸ばし、特に8月の既存店の売り上げが好調で、これは「特選 すきやき重」によるものであった。こうした好調な売り上げを背景に店内飲食とテイクアウトの価格を異なる方針としたが、さてどこまで持続できるか疑問が残る。
また、コンビニがそうであるように店内飲食10%、テイクアウト8%の表示は行うが顧客の自主的な申請に任せる方法がとられるように、基本的には顧客に増税分を転化せず、企業努力でコストアップ分として吸収する方法がとられた。

軽減税率のことから食品や飲食業が注目されてきたが、今回の消費増税で一番影響を受けるのがアパレル業界である。その象徴であるかのように「フォーエバー21」が日本市場から撤退すると報道された。経営難から破産したのだが、日本で言うところの民事再生による再建に向かうための日本市場からの撤退である。日本における消費動向を見誤ったと言うことだ。ただ単に安いだけでは持続する魅力にはならないという消費の実像を示しており、古着やフリマなどの需要は変わらず旺盛である。
ところで、大手アパレル企業であるオンワード樫山もこの2~3年の間に数百店舗を撤退すると発表があった。まだその詳細については明らかにされていないが、同じ大手アパレル企業であるワールドも数年前の撤退と同じ規模と想定される。そのワールドだが、10数年前ショッピンセンターのデベロッパーに「困った時のワールド頼み」と言われ、持っているブランド専門店を出店した婦人服大手である。結果、ワールドは数年前広げすぎた経営を再建するために数百店舗を撤退するというリストラを行っている。未だ再建途中であると思うが、そのワールドが他社のブランドも扱うアウトレット店の第1号をさいたま市西区にオープンさせたと報じられた。
実はアパレル業界では年に100万トンとも言われる在庫の廃棄が問題になっている。市場に余った服をブランドの垣根を越えて安く販売するのがアウトレットである。ワールドがこうした市場に進出するとのことだが、周知のようにフリマが数年前から急成長し、つまり個人間ネット取引が進み、2018年の市場規模は20兆円にも及んでいる。
更に言うならば、1980年代から1990年代にかけて一時代を創ったビギグループのブランド市場は2000年台以降縮小し続けてきた。そのビギグループも三井物産の傘下に入り、生き残りの道を海外に求めた動きも見られる。

つまり、市場が根底から変わりはじめたということである。市場とは顧客のことであり、顧客が更に変わりはじめたと言うことだ。ちょうど1年前の未来塾「コンセプト再考 その良き事例から学ぶ(1)」で新業態店「WORKMAN Plus(ワークマンプラス)」1号店を取り上げたことがあった。周知のように苦戦するアパレル業界にあって一人高業績を挙げている企業である。この新業態店のコンセプトを次のように未来塾で書いた。

『従来の高機能作業服専門店から、「かっこいい ウエア」へとコンセプトを磨いた新規事業の業態店といえよう。このことから本業である「作業服」も「おしゃれなワーキングウエア」へと変化して行く。本来であれば、ユニクロやguあるいはしまむらといったアパレル企業が取り組まなければならないジャンルである。こうしたワークマンのコンセプト磨きのきっかけもライダーによって創られたものであった。新たな顧客変化を受信し、その変化に応えたワークマンプラスとして、まさに時代と共にある事業の典型である。このことによって、利用顧客のみならず、人手不足で悩む建設業界など現場を抱える企業にとっても良きコンセプト変化、新たなスタイル提供となっている。』

この時の未来塾では東京新宿にある大正10年創業の老舗とんかつ専門店「王ろじ」を取り上げ、どのように時代に向き合うべきかその事例として分析をしている。この「王ろじ」の名物はカツカレー(とん丼)であるが、そのメニューを「とんかつ専門店としての原則は継承しながら変化にも応えていくポリシーを店頭の看板に掲げている。そのコピーは「昔ながらの あたらしい味」とある。増税によって更にデフレが加速していくことが想定されるが、どんな「あたらしい味」で顧客を迎えていくか、コンセプト事例として解説しているのでワークマンの新業態と共に是非ご一読ください。増税の是非論議は別にして、この増税は顧客に変わることを求めていることであり、それは我々にも変わりなさいと言うことでもある。(続く)
  
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2019年09月18日

未来塾(37) 「居場所を求める時代」 後半  

ヒット商品応援団日記No747(毎週更新) 2019.9.18.

今回の未来塾では作家五木寛之の「下山の思想」の時代認識を借りて、必要から生まれた規制や慣習から離れて自由でいられる居心地の良いお気に入りの「時間と場」という視点をもって中野の「昭和新道」と門前仲町の「辰巳新道」の2つの街を中心に街を観察してみた。成熟した時代のマーケティングとして「居場所」に着眼したレポートである。



若い世代の居場所 「令和新道」 大阪ルクアイーレ バルチカ

「居場所を求める時代」に学ぶ



「居場所を求める」というと、何か無縁時代の孤立した人間の居場所のことが焦点になってしまいがちであるが、生を受けてから死ぬまで人は居場所と共に生きる。その居場所は1980年代以降、生活の豊かさと共に多様化し、居場所を求めて街に漂流する少女たちのような社会問題もまた生まれてきた。少し前には川崎無差別殺傷事件の時には、自殺した犯人が極度の引きこもり状態にあり、いわゆる「80 50問題」という少子高齢社会の構造上の問題について書いたことがあった。こうした居場所を求めたがかなわず引きこもるという社会問題も多発しているが、ここではそうした社会病理ではなく、ある意味人間が持って生まれた「本能」、「生きるために必要な」居場所探しをテーマにした。

ところで居場所の違いについて世代論があるが、もう一歩踏み込んだものは現象面としては多く取り上げられてはきたが、その価値観の違い、時代の共有感の違いを指摘するマーケティングは少なかった。今の若い世代を草食男子とか、欲望喪失世代とか、揶揄することはあっても、価値観を踏まえたまともに消費を論じることは少なかった。せいぜい会社の上司との飲み会は極力避けるといった程度であった。しかし、いわゆる「部活」の延長線上の「ノリ」で、数年前から新しい飲食業態として表に出てきた「バル」を始め、時間無制限、持ち込み自由で、約100種類の日本酒を飲み比べできるセルフ式店舗など新しいサービス業態の飲食業態も出てきた。勿論、従来のような「酔う」ために飲むのではなく、仲間などと他愛もないおしゃべりをすることが目的である。そのためのメニューであり、スタイルである。私が知り得る限り、その中でも成功を収めているなと実感したのが前述の大阪ルクアイーレ地下の「バルチカ」である。これが消費の視点で求められている「居場所」である。

20歳代より上の世代、結婚したての若夫婦、特に男性に現れているのが「フラリーマン」と呼ばれる仕事を終え、そのままダイレクトに帰宅せず、ひととき「自由時間」を楽しむという現象について取り上げた。つまり、「夫婦」という家庭関係を結ぶことによる新たに生まれる「不自由さ」やストレスの解消策である。私はこの現象を「一人になりたい症候群」と呼んでいる。最近では、キャンピングというとファミリーで楽しむのが普通であるが、リタイアした夫婦が軽トラキャンピングカーで全国を回る「老後」に注目が集まっているが、さらに新たな注目が集まっているのが一人キャンプ「ソロキャンプ」が増えてきているという。悪く言えば「自己中」であるが、一人用のキャンプ用品に人気が集まっている。2000年代初頭、「ひとリッチ」というキーワードと共に「一人鍋」に代表される個人サイズの商品が飛ぶように売れた時があった。同じような傾向がまた到来しているのであろうか。いや、少し異なる「傾向」が出てきている感がしてならない。その異なる傾向とは、年齢を重ねるに従って強くなる「我が人生」への思いであろう。いささか古い流行歌であるが、武田鉄矢・海援隊が歌う「思えば遠くへ来たもんだ」(1978年)の世界であろう。”故郷離れて40年、思えば遠くへ来たもんだ”という歌詞に表現されているように、人生を振り返る「時」があり、その時を思い起こさせてくれる場所、それが居場所にもなる。

「下山」の発想

作家の五木寛之は著書「下山の思想」(幻冬社刊)の中で、「下山」の大切さを説いている。下りる、降る、下る、下がる、・・・・・どこか負のイメージがまとわりつく言葉が「下山」である。五木寛之は「下山」とは諦めの行動ではなく、新たな山頂を目指すプロセスであるという。若い頃の登山とは違って、下山は安全に確実に下りるということだけではない。下山の中に登山の本質を見出そうという指摘をしている。
登山と下山では歩き方が違う、心構えが違う、重心のかけ方も違い、見える景色は変わってくると書いている。

「居場所」とは、人生における登山下山の途中にあって、立ち寄るいわば山小屋、平たく言えば休憩所のようなものである。入学、就職、離職、結婚、子の誕生、家族を始め、シニア世代であれば病気もあれば社会問題となっている「80 50問題」もある。人生の節目となるような新しい関係を結ぶ時、期待と不安が入り混じることがある。所属した組織にあって、楽しいことばかりではない。パワハラや挫折は勿論のこと、苦しみもあり、時に怒り喧嘩もするであろう。そんな時に立ち寄る場所、そんな居場所こそ登山とは異なる下山の「歩き方」に気付くということである。過剰な情報がものすごいスピードで行き交い、ストレスが増幅する時代にあって、歩みを止め、ひと時深呼吸、今一度周りの風景を見渡し、さて次はどの道を歩こうか、そんな思いが生まれるのも「居場所」である。

記憶の中の居場所

ところで故郷は心の居場所として誰もが持っている場所である。例えば、物心ついた小学生にも故郷はある。その多くの場合故郷はまずは生まれ育ち学んだ小学校であろう。しかし、少子化社会にあっては周知のように学校は統合が進みどんどん廃校となっている。故郷は「思い出」の中にしかなくなっているのが今の日本である。
そうした時代の変化によって失っていく心の居場所であるが、ちょうど10年前NHKの「拝啓 旅立つ君へ」という番組が放送された。それはミュージシャンアンジェラ・アキと中学生との交流を描いたドキュメンタリー番組であるが、いじめや友人との確執、担当教師との溝、悪グループへの誘惑、誰もが一度は通る世界であるとはいえ、アンジェラ・アキの創った「手紙」に共感する中学生に、団塊世代である私もああ同じだったなと印象深く最後まで見てしまったことを覚えている。そのアンジェラ・アキの応援歌の一説に次のような詞がある。

「大人の僕も傷ついて眠れない夜はあるけれど
苦くて甘い今を生きている
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ああ 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は
自分の声を信じて歩けばいいの
いつの時代も悲しみを避けては通れないけれど
笑顔を見せて 今を生きていこう」

アンジェラ・アキが投げかける「ありのままの自分でいいじゃないか」とは、時に疲れたら少し休もうじゃないかと「ガンバラないけどいいでしょう」(2009年リリース)を歌った団塊世代の吉田拓郎のメッセージとどこかで繋がっている。中学生も大人も、情報の時代という凄まじいスピードに、生き方までもがからめとられてしまう時代にいる。過剰さは情報やモノばかりではない。生き方までもが知らず知らずの内に過剰になってしまう。つまり、登山でも下山でも道草ではないが時に休んでみよういうことである。

追いかけすぎることはいけないんだね
 この頃ちょっとだけ悲しくなり始め
 君に会えるだけでいいんだ幸せなはず
 自分のことを嫌いになっちゃいけないよね
 もっともっと素敵にいられるはずさ
 眩しいほどじゃなくてもいいじゃない
 気持ちを無くしてしまった訳じゃない
 掴めそうで掴めない戸惑ってしまう
 でも頑張らないけどいいでしょう
 私なりってことでいいでしょう
 頑張らなくてもいいでしょう
 私なりのペースでもいいでしょう  
  
「ガンバラないけどいいでしょう」 作詞作曲 吉田拓郎

自分確認の時代

家族から個人へ、という潮流は再び家族へという揺れ戻しがあっても、その方向に変わりはない。この個人化社会の進行は常に「自分確認」を必要とする時代のことである。その最大のものがSNSにおける承認欲求であろう。どれだけフォロワーを作れるか、「いいね」をどれだけ集められるか、ひと頃の騒々しさはなくなってはいるが、誰もが「承認」してもらいたい、認めてもらいたい、そんな欲求は変わらない。しかし、自分確認どころかネット上にもいじめや嫉妬は渦巻いている。しかも、今やネット上のSNSには虚像・虚飾でないものを探すのが難しいほどである。現在を「アイデンティティの時代」と呼ぶ専門家もいるように、実はこうした過剰な情報によって「私」が見えなくなっているからである。「私」というアイデンティティが鮮明にならない、他者から「あなたは〇〇よ」と言ってほしい、その一言で安心したい、そんな時代である。

そんな時代に生まれてくるのが2つの「記念日」市場、自己を褒め、ある時は慰めるといった「自己(確認)投資」市場。もう一つが他者との関係において生まれてくる「関係(確認)投資」市場。つまり、確認しないと不安になる、そんな新しい市場である。ひと頃「自分史」に注目が集まったが、一枚の写真であったり、前述の手紙の場合もあるであろう。いつかこうした「自分確認市場」についても未来塾で取り上げる予定である。

「回帰」という心の居場所

ブログでは何回となく社会に現れた「回帰現象」に着目してきた。この現象が起きる背景には、大きな壁が立ちはだかったり、今までとは異なる問題が生まれたり、一つの「節目」の時に現れてくる。2009年一斉に消費の舞台に回帰現象が出現したのも、周知のリーマンショックの翌年である。、大きな危機に直面した時、まるで揺れ戻したかのように「過去」に「自分」に帰ってくる、そうした傾向が強く特徴的に消費市場にまで出た1年であった。
実はこの「回帰」は心の居場所でもあり、悩みや挫折をひと時和ませてくれるものである。少し前にこの「回帰」とは無縁な事件が起きた。あの川崎無差別殺傷事件の犯人岩崎隆一のプロフィールであった。犯行後公開された犯人の写真は中学時代のもので、犯行当時は51歳でそれまでの社会との接点・痕跡がほとんど見えてこなかった。いわゆる「引きこもり」状態が長く続いた結果であった。この「引きこもり」とは私の理解でいうと、回帰したくてもできない状態のことでもある。幼少の頃両親は離婚し、叔父夫婦に預けられ育つという「家族」のない人生であった。心の居場所がないまま、人生を歩んできたということである。
この事件の場合は帰るべき「家族」を持たない環境であったが、周知のように内閣府の調査によれば引きこもりは100万人であり、その中心は40歳代、つまりバブル崩壊による就職氷河期の世代であることがわかっている。政府もやっとこの世代に対し、就業支援策を講じることになった。
話が少し横道に逸れてしまったが、家族を持たない人にも帰るべき居場所は沢山ある。例えば、養護施設を始め、ある意味フリースクールなんかも心の居場所になっているであろう。

「成熟」時代の登山と下山・・・・新しいマーケティングの物差し

「成熟」とは戦後の生きるための「モノ充足」を終え、生きるための物質的充足ではなく、生きがい充足を求める時代に入ってきたことを指す。それはモノ不足時代を超えてきたシニア世代固有のことではなく、モノ不足を経験してはいない若い世代にとっても「どう生きるか」というテーマが求められており、時代の大きな潮流は同じような傾向を示している。その証左であると思うが、昨年のベストセラーの一冊である「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎著)にも顕著に出てきている。実に80年前の児童書が漫画という読みやすくなったこともあって152万部を超えている。
最近ではあのイラストレーターの黒田征太郎が「18歳のアトム」(今人舎(いまじんしゃ刊)という絵本を出版し注目されている。周知のように手塚治の鉄腕アトムは歳を重ねないまま人間のために活動する。実は手塚治虫の「アトム大使」の初出版の時には異なる描かれ方をしていたとコミック原作者である大塚英志氏は指摘をしている。

『アトムは宇宙人から「きみもいつまでも少年でいてはいけない/今度会うときはおとな同士で会おう」と言われ、「おとなの顔」をしたパーツを与えられるのだが、この場面は手塚治虫自身によって削除されている』と。
今回の黒田征太郎の試みは、「おとな」の入り口である18歳のアトム、人間の命を与えられたアトムとして描かれている。勿論、それまでの超人的な力で地球を守ることができなくなるが、仲間となった人間の力を信じ、前を向く姿を描いた若い世代に向けた物語である。こうした物語づくりの着眼発想も、「下山」から見える日本の景色を表したものと言えよう。つまり、子供のままのアトムから大人のアトムへと変わることこそ下山の思想から生まれたものであろう。「18歳のアトム」という若い世代へ、どう生きたら良いのかというメッセージである。

「マーケティング」と言うと、どこか新しく市場を創ることから頂上を目指す「登山」をイメージするが、「下山」と言う着想から見ていったらどうなるであろうか。「居場所」と言う着想は、物質的な豊かさの先に見えてきたものである。これまでの「デフレからの脱却」、「新しい業態の模索」、「価格を超えるものとは」、「顧客視点のAI活用」・・・・・・・どれも必要なテーマではある。しかし、視点や発想を変えてみてはどうかと言うことである。少し前のブログに「デフレを楽しむ」と言う消費像をテーマに書いたことがあった。消費者にとってデフレとは楽しむことであって克服することではない、と言うことである。マーケティングがすべきことは、どう楽しんでもらうかが課題となると言うことであった。もっとくだけた表現をするならば「デフレを遊ぶ」と言うことである。従来の発想からは、例えば「お試し価格100円」と言う購入を促す試みを、「自慢価格100円」、あるいはいきなりステーキではないが「いきなり100円」とか、ニトリではないが「お値段以上の100円」とか、「安いだけの100円」とか・・・・・・・。

つまり、物を売る、サービスを売る、価格で売る、イメージで売る、こうした発想からどうしたら居場所がつくれるかを発想の根底に置いてみようと言うことである。遊び心、おもしろ感、おしゃれ、いい加減、お茶目、洒落っ気、ユーモア、それらをコンセプトに沿ってアイディア溢れたものにすると言うことである。
この未来塾で公開したビジュアルについてはできる限り参考になるようなものとしてきた。例えば、一度公開した店頭看板は大阪なんば道具屋筋にある食堂の写真である。専門とか、限定とか、ここだけ、といったありきたりの「違い」ばかりがマーケティングの中心にある時代から、ちょっと外れた発想である。いや外れたというより「何を言ってるんだよ」と言わんばかりの店の自負を感させるようなメッセージ「普通の食堂 いわま」が目に止まった。勿論、どんな「普通」なのかを確かめたくてランチを食べたのだが、「普通」のメニュー・美味しさであり、ボリュームも価格も大阪では普通であった。が、食後の満足感は「普通以上」であった。11時半に店に入ったが、次から次へと客は来店し、すぐに満席になった。なるほどな、自信の表現としての「普通」の意味ががわかった。これも「下山」的発想によるものと言えなくはない。

消費増税への対応にも「下山」の発想

10月の消費増税を前にして、ポイントを始めお得競争が始まっている。特に、政府の主導によるキャッシュレス決済では、このポイント競争が激化している。面白いことにこのキャッシュレス決済について大手コンビニチェーン3社は増税される2%還元分を即時還元、つまり実質値引きすることを決めたと発表があった。単純明快、消費者にとってわかりやすい「お得」である。理屈はいらない、その場で2%値引きしますと言うことだ。小売業的発想であり、軽減税率という複雑でわかりにくい、しかもポイント利用も事業者任せ、と言った消費環境にあって「お得」はわかりやすさが一番である。この「わかりやすさ」こそ下山的な消費理解ということだ。

ところで増税対策の一つが顧客の固定化・回数化利用を促進するためにポイントという「お得」手段は必要ではあるが、中長期的な視野に立てば今一度基本に立ち帰ることも必要である。つまり、下山的発想もまた必要と言うことである。顧客との関係はどうか、「お得」だけで長続きするであろうか? いや更に関係を強くできないだろうかと言うビジネスの基本である。
但し、これはビジネスの側の論理であって、顧客は、消費者は誰も囲い込まれたりすることを望んではいない。いいなと思うから回数を重ねるのだ。この原則を忘れてはならないということである。

成熟=豊かさの時代は多様な「居場所」にどう応えるかである

ところで「居場所」は下山的発想から生まれたと書いた。居場所とは、必要から生まれた規制や慣習から離れて自由でいられる居心地の良いお気に入りの「時間と場」によるマーケティングのことを指す。今回居場所文化というものがあるとすれば、中野の「昭和新道」と門前仲町の「辰巳新道」をその事例として取り上げてみた。再開発から外れ、マスメディアの注目を浴びることもなく、しかし文化は熟成してきた。戦後の東京にはいくらでもあった居場所であったが、今や数少ない一角となった。戦災を免れた東京の谷根千は観光地となり、吉祥寺のハーモニカ横丁が若い世代の人気スポットになったように、それまでの街の歴史から生まれた「文化」が顧客を惹きつけている。
東京高円寺を取り上げた時、その象徴としてスターバックスもタワーマンションもない地域であると書いた。暮らしやすい街として高円寺を観察したが、いわゆる古くからの喫茶店、落ち着くことはできるが決しておしゃれとは言い難いオールドスタイルの喫茶店も多く、実は地元の人にとっては居心地の良い場となっている。そのスターバックスも同じような標準化・規格化された店づくりとは別に席を予約できる業態、マイカフェサービス業態を銀座に誕生させている。これもお気に入りの場となるための一つの手法であろう。「豊かさ」とはこうした多様な「居場所」を創る時代になったということである。

「過剰」こそ見直すべき問題

「居場所」というテーマ・切り口で今という時代を街を見てきた。下山の発想、高速道路を降りて一般道を走ることを勧めたが、間違いなく消費増税直近の過剰な「お得競争」という景色が見えてきたと思う。過剰に重なり合った「お得」という皮を一枚一枚剥がしていくことを是非提言したい。それは今一度顧客を見つめ直すことであり、それ以外に「過剰なお得対策」はない。
消費増税まで1ヶ月を切った。軽減税率、キャッシュレス決済・ポイント付与など複雑でわかりにく制度が施行される。大手コンビニチェーンはキャッシュレスによるポイント付与ではなく、ポイント分をその場で値引きすると発表があったが、これは正解である。思い返せば消費税3%を導入した時、最初に会員に対して消費税分3%を値引きしたのはあのスーパーのオーケーであった。そして、3%から5%に引き上げられた時、消費税増税分2%還元値引きセールで圧倒的な顧客支持を得たのはイトーヨーカドーでありイオンであった。8%の時はどうであったか、激しい駆け込み需要が起き、その落ち込みの回復には多くの時間を要した。こうした消費増税に対する「消費反応」を見ていけばわかるように「わかりやすさ」が一番である。
今のところ大きな駆け込み需要は起きてはいない。過剰な広告ほどキャッシュレスも進んではいない。ここ数年の消費の潮流である「デフレを楽しむ」ことはますます拡大・進化していくことが予測される。勿論、このデフレを促進させているのは消費増税である。

引き算の暮らしと引き算の経営

実は駆け込み需要が無い点などこうした消費増税への消費者の対応については至極当然なこととしてある。顧客の側のライフスタイルの価値観が既に変わってきているということにつきる。シンプルライフ、断捨離、・・・・・消費増税から生まれた巣ごもり消費のキーワードが「身の丈消費」であった。こうした消費態度は10数年前からじわじわと浸透してきた。その消費は顧客自身が「過剰」を削ぎ落としてきたということである。つまり、バブル崩壊以降「足し算」から「引き算」の暮らしに進んできたということである。今回のテーマに沿っていうならば、顧客自身は下山途中にあるということだ。顧客は山を下りながら賢明な眼を持って周りの経済や社会、更には消費風景を見ているということである。
そして、居心地の良い休憩所ではひとときお金を使う。その代表的な若い世代・女性の居場所の一つがスターバックスであろう。スタバは生活に必要な休憩所では無い、好き、素敵、に代表されるような心理的な心地良さが女性を魅了している。ただし、居場所づくりに成功したスタバではあるが、今回の10%増税でどんな変化を見せるか注視したいと考えている。

飲食の場合、周知のように居場所には10%の税がかけられるが、テイクアウトは8%である。店内飲食の客数はどの程度減少するか、テイクアウト客は増えるのか、それとも変わらない客数となるのか、この差2%の意味・消費行動を分析したいと考えている。スタバを例に挙げたが、他の複合業種も同じ価値観の延長線上にある。マクドナルドも、吉野家も、勿論コンビニも、・・・・・・各社軽減税率に対し仮説を持って準備していると思うが、どのような結果が出るかによって、根本となる業態のあり方に変化をもたらすかもしれない。
つまり、削ぎ落としてもなお顧客が求めるものは何か、それをいち早く見出し確認することである。こうした削ぎ落としの消費にあって、大きな顧客支持を得ている商店街も商店もメーカーも厳然としてある。ただ、顧客の削ぎ落としに合わせて経営もまた削ぎ落とすということは基本である。何故なら、消費増税によって顧客の削ぎ落としは更に進んでいくことが予測される。従来のモノはどんどん削ぎ落とされていくが、今回指摘をしたように、こころの休息、道草が必要な時代となっている。勿論、これから居場所もまた変化していくと思う。どんな変化を見せていくかまた観察していくつもりである。
  
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Posted by ヒット商品応援団 at 13:25Comments(0)新市場創造

2019年09月16日

未来塾(37)「居場所を求める時代」 前半   

ヒット商品応援団日記No747(毎週更新) 2019.9.15.

今回の未来塾では作家五木寛之の「下山の思想」の時代認識を借りて、必要から生まれた規制や慣習から離れて自由でいられる居心地の良いお気に入りの「時間と場」という視点をもって中野の「昭和新道」と門前仲町の「辰巳新道」の2つの街を中心に街を観察してみた。成熟した時代のマーケティングとして「居場所」に着眼したレポートである。




消費税10%時代の迎え方(6)

居場所を求める時代

成熟時代の街もよう、人生もよう、
下山から見える消費風景


「中野」と言えば、JR中野駅北口に聳え立つ「中野サンプラザ」を思い浮かべる人は多い。その中野は今大きく変わろうとしている。中野のランドマークとして知られてきた中野サンプラザの老朽化に伴い補修か、それとも新たな施設の建築か、中野区民を中心に多くの論議を重ねてきたが、跡地には新たな施設を造ることが決まった。「何」をどうつくるか区民の声を聞き、それらを元にプロジェクトが動くこととなるが、いずれにせよ、中野駅中心の街が大きく変わることとなる。

中野サンプラザというと、日比谷の野外音楽堂や日本武道館と並び、コンサート会場として人気のある大ホールを有した施設であるが、その歴史を遡ると東京の街の再開発の歴史そのものであったことがわかる。中野サンプラザは1973年旧労働省所管の特殊法人だった 雇用促進事業団によって、雇用保険法に基づく勤労者福祉施設として建設された。正式名称は「全国勤労青少年会館」だった。
駅前という好立地であったこともあって利益が見込まれる施設であることから「株式会社まちづくり中野21」に52億9987万円で売却された。同時に設立された「株式会社中野サンプラザ」が2004年(平成16年)12月より運営を開始する。

この中野サンプラザと共に知られてきたのが中野サンモールという商店街である。駅北口からほぼ真北へ延びる全長224メートルのアーケード商店街で、約110店が営業している商店街である。このアーケードの先には中野のサブカル、中野ブロードウェイがある。今や秋葉原と共にサブカルオタクの2大聖地に発展したが、中野ブロードウェイはある意味寂れた商店街であったが、1982年に初めて周知の「まんだらけ」の1号店が出店したことから一大サブカルの集積地となる。まだ、当時の古い商店や倉庫などが残っているが、オタクの聖地らしく、独特な雰囲気が醸し出された空間となっている。

ところで、冒頭の写真はこの中野サンモールの東側に広がる一帯の写真である。「サンモール裏」といった表現で何度か飲食しに行ったことがあったが、実は正式な名称があって「昭和新道商店街」となっている。中野駅を背に、左側には中野サンプラザ、真正面には中野サンモール、そして右側には昭和新道商店街という構図である。
「昭和新道」という名称を誰がつけたか知らないが、物の見事にこの一帯を表している。そして、「新道(しんどう)」とは表通り(中野サンモール)に対し、新たにつくられた道であり、まさに横丁、路地裏、小路のことである。戦後造られた道ということもあって、道は合理的な直線で整理されたものではなく、曲がりくねった道ではないが、それでも画一的な小道ではない。こうした場所は戦後の東京には至る所にあったが、再開発の中で残ったところは少ない。

中野駅周辺はこれから先2030年代にかけて大きく変わると書いたが、南口には2棟の高層ビルが計画されており、またJR中野駅駅舎も変わり、南北通路と共に新たに西口という導線が出来、それまでのランドマークであった中野サンプラザから駅南側まで、中野駅一帯が新たな「街」として誕生する計画だ。街の変化は、住民が、そこを訪れる生活者やビジネスマンが創るものである。「何」を残し、「何」を変えていくのか、この中野エリアはそうした意味でわかりやすくその変化を見せてくれている。
勿論、「何」を残していくかの中心に、この「昭和新道」がある。

時代が求める「居場所」探し

ところで「居場所」とは何かであるが、それは2つの意味を担っている。1つは物理的な生活の場としての居場所であり、もう一つは心理的な「私」の場所としての空間。こうした2つの視点から時代を見ていくと、ある意味「豊かさとは何か」、「変化する豊かさ」が見えてくる。その象徴の一つが社会の基本単位、帰属する居場所である「家族」の変化である。1970年代以降家族で一緒にTV視聴していたお化け番組『8時だョ!全員集合』は1985年10月に終了する。それまで大部屋で生活していた家族は収入も増え豊かさと共に子供には個室があてがわれ、1990年代以降核家族と呼ばれるようになる。私の言葉で言えば、個人化社会が本格的に始まり、同時に多くの社会問題も現れてくる。
こうした従来の「家族」が心理的にも崩壊したのは1990年代初頭のバブル崩壊によってであるが、社会現象として現れてきたのは1990年代半ば以降居場所を求めて街を漂流する少女達であった。夜回り先生こと水谷修氏が少女達を助けるために夜中の街を歩き声をかけた時代である。家庭にも、学校にも居場所がなかった少女にとって、同じような「思い」をする仲間が集まる街、特に渋谷は自由になれる心地よい居場所であった。勿論、それは大きな危険をはらんだものであった。薬物中毒、・・・・・・・・少女達にとっての「自由」と引き換えに得たものは大きな代償痛みのあるものであった。当時流行っていたキーワードは「プチ家出」で、こうしたことは今なお続いている。

こうした社会的な問題の時代を経て、2000年代に入ると「隠れ家ブーム」が起きる。ブームの発端は、マスメディア関連の業界関係者が自分だけのお気に入り店として都心の六本木から少し外れた霞町近辺の小さな飲食店に集まったことから始まる。この隠れ家ブームの先には、キャリア女性を中心に「ひとリッチ」と呼ばれるおひとりさま歓迎のメニューが単なる飲食店だけでなく、海外旅行を含め多くのサービス領域まで広がることとなる。このように時代の変化と共に「居場所」探しは消費の中心テーマとなってきた。

今、働き盛りの世代、それも既婚男性が仕事を終え自宅にストレートに戻らずに一種の「自由時間」を楽しんでいる人物「フラリーマン」が増えている。これはNHKが昨年9月にこのフラリーマンの姿を「おはよう日本」で放送したことから流行った言葉である。
都市においては夫婦共稼ぎは当たり前となり、夕食までの時間を好きな時間として使うフラリーマンであるが、書店や、家電量販店、ゲームセンター、あるいはバッティングセンター…。「自分の時間が欲しい」「仕事のストレスを解消したい」それぞれの思いを抱えながら、夜の街をふらふらと漂う男性たちのことを指してのことである。
実はこうした傾向はすでに数年前から起こっていて、深夜高速道路のSAに停めた車内で一人ギターを弾いたり、一人BARでジャズを聴いたり、勿論前述のサラリーマンの聖地で仲間と飲酒することもあるのだが、単なる時間つぶしでは全くない。逆に、「個人」に一度戻ってみたいとした「時間」である。私はこうした心理を「一人になりたい症候群」と呼んでいる。いわばひととき「自由人」である。
1990年代後半、街を漂流した若い少女にとっても、フラリーマンにとっても、社会に生きる上での約束事・規則、あるいは常識も含めた「べき論」から離れたい心理は共に同じである。極端かもしれないが、プチ家出も、街をふらつくことも同じ心理ということだ。理屈っぽくいうならば、自分を見つめ直す時間が必要ということである。つまり、頑張りすぎないことが必要な時代であるということでもある。
最短距離を歩くのではなく、目的のない散歩といういわば「道草」が必要な時代であるということだ。

道草には横丁路地裏が似合ってる

「道草」とはたまには高速道路を降りて一般道を走ることに似ている。それまで目にすることがなかった景色が現れてくる。道草はそんな未知を楽しむことである。冒頭の中野の昭和新道もそんな道草のできる路地裏である。中野サンプラザが輝いていた時代も、中野ブロードウェイの衰退とサブカルの復興による賑わいも、また面白いことに中野ブロードウェイの先、北側には西武線新井薬師前駅につながる商店街もある。
前回の未来塾で取り上げた高円寺とは一駅新宿寄りの街であるが、同じ中央線沿線にも関わらず、街の生業は大きく異なる。高円寺が阿波踊りをはじめとした庶民文化が根付いた街であり、10もの昔ながらの商店街が今なお元気であるのに対し、中野は住宅地というより中野サンプラザや中野ブロードウェイといったテーマを持った商業施設の街という特徴以外には注目されることのない街である。南口にはアパートなどの住宅地もあるが、他には明治大学の中野キャンパスとオフィスビル・・・・・ある意味特徴のない街として話題になることもなく見過ごされてきた街である。

実は中野には街の激変の歴史が残る商業施設がある。あの中野マルイである。周知のように小売業としては1972年創業の丸井はこの中野駅南口が創業の地である。周知のようにDCブランド、ファッションのマルイとして一時代を画したが2007年に中野本店を閉店する。再び2011年1月にオープンするのだが百貨店型の商業施設から、いわゆるテナントの編集によるショッピングセンター方式への転換が図られた店舗運営とその商業構成となっている。ちょうど同じ中央線にある吉祥寺の百貨店の撤退と他の業態への転換と同じ構図となっている。ここでは百貨店業態の衰退について触れることはしないが、一言で言えばマルイもテナントによる賃料収入によって経営を行ういわゆるデベロッパー型小売業へと転換したということである。消費の変化を映し出すのが商業の本質であることを証明している。

また、中野が吉祥寺と同じ「構図」であると指摘をしたのも、吉祥寺駅北口に残るハーモニカ横丁、昭和の匂いのするレトロな飲食街が数年前から若い世代の「観光地」になっており、中野駅北口一帯の「昭和新道」と同じである。それまでの商業施設が「消費」によって大きく変わり、撤退や閉鎖、あるいは新たな業態や店舗が誕生し、街も変化していく。そうした変化を促す「消費」にあって、吉祥寺北口のハーモニカ横丁も、中野北口の昭和新道も、まさに「昭和」が色濃く残る一帯である。

ところで昨年秋から人気が急上昇のTV番組の一つに『ポツンと一軒家』(ABCテレビ制作)がある。日本各地の離れた場所に存在する一軒家に暮らしている人物がどのような理由で暮らしているのかを衛星画像のみを手がかりにした上でその場所に行き、地元の情報に基づいて一軒家を調査する内容である。NTV系のライバル番組『イッテQ!』を上回る17~18%の高視聴率を得ているという。無人駅の利用者を調査するTV番組もあり、表舞台には決して出てこない暮らし、いや人生そのもへの興味関心が高まっている。そうした意味で、今なお「昭和」を感じ取れる街は実は貴重なものになっているということだ。単なる懐かしさを感じ取る観光地としての「それ」だけではなく、「人生」探しが始まっているということである。つまり、人生には道草もまた必要である、ということだ。

「昭和」という飲み屋街

街は常に変化するものであると実感してきたが、これほどまでに変化の跡を残さない街も珍しい。まるで昭和時代にタイムスリップした街、昭和40年代の飲み屋街を再現したらこんな飲み屋街になるであろう、そんな映画のロケセットを歩くかのような街並みである。ロケセットという表現をしたが、実は戦後の東京の街にはどこにでもあるありふれた風景である。今や訪日外国人の観光スポットになってしまった。例えば、新宿ゴールデン街や思い出横丁、あるいは有楽町のガード下の居酒屋などは今や訪日外国人の観光スポットになってしまったが、ここ「昭和新道」を訪れる顧客がまだ昭和の人間であるところは珍しい。吉祥寺のハーモニカ横丁を比較事例に出したが、夜のハーモニカ横丁には若い20~30代が多く、顧客はといえば世代的には平成世代の他の地域からのいわば観光客である。昭和というレトロスタイルに新鮮さを感じ取りたい世代の街となっている。

中野ブロードウェイの東側の道筋であるふれあいロード一帯を昭和新道商店街と呼んでいるが、いわゆる商店街活動はほとんどなされてはいないようだ。ただ、この一帯の主とした飲食店のガイドがHPに乗っているので覗いてみると、スナック、Bar、立ち飲み、ギターで歌える店、小料理、パブ、・・・・・・業種的にはこうした店であるが、そのほとんどが小さなスナックで全体の半分以上を占めている。しかも歌えるスナックが多く、そういえば昭和40~50年代のスナックが皆そうであったことを思いださせてくれる。
昭和の人間にとって懐かしいBARの一つが「サントリーパブ ブリック」である。確か若い頃渋谷センター街のブリックで時々飲んだ記憶があるが、まだ中野には残っていることに少々驚かされた。サントリー系のカウンター中心のBARで木を多く使った落ち着いたオールドスタイルのBARである。今なお価格も安く多くの常連顧客に愛されているようだ。
飲み屋街ではあるが、最近話題となった「孤独のグルメ」Season7で紹介された焼き鳥の「泪橋 (なみだばし)」がある。店名の由来は店主が週刊少年マガジンに連載された漫画「あしたのジョー」のフアンであったことからつけたようだ。主人公矢吹ジョーが通うボクシングジムがあった山谷ドヤ街泪橋である。
そして、安くて美味しい立ち寿司横丁や中野にぎにぎ一本館といった立ち食い寿司の店が数多くある。勿論、スナックの多くを飲み歩いたわけではないが、この「昭和」はその名の通り「安い」が基本となっている。ただし、吉祥寺のハーモニカ横丁と比較し、情報的にはほとんどガイドされていないため、若い世代にとっては「閉じられた昭和」であり、観光地化には程遠い。ただ数年先には中野の街も大きく変わることとなり、その機に若い世代も閉じられたドアを開けるようになるかもしれない。

東京のザ・下町「深川」



江戸(東京)は周知のように東京湾を埋め立てて造られた都市で、江戸慶長年間に深川八郎右衛門が現在の森下町に本拠をおいて、深川村の埋め立て開発を始めたことに由来したとされている。
東京に長く住む人にとって「深川」は江戸時代からの歴史のある下町という認識である。地方の人の理解としては、江東区の隅田川までのデルタ地帯西半分を占めるエリアの総称として深川という名称を使う場合が多い。そして、現在では深川の中心の街としては門前仲町(地下鉄東西線、都営大江戸線)が挙げられる。その門前仲町の知名度は江戸三大祭りである浅草寺、神田明神、そして門前仲町には富岡八幡宮がある。更には成田山新勝寺別院があり多くの参詣客が訪れることから知られた地名となっている。
その成田山新勝寺は天慶三(940)年と古く、平将門の乱を平定する祈禱所としてつくられたが、武士の間では知られていたものの江戸っ子にはあまり知られたお寺ではなかった。しかし、元禄十六(1740)年に成田山が深川八幡で「出開帳」という出張をする。ここから成田山ブームが起き、江戸で当代一の人気者、初代市川団十郎も成田山を信奉し、団十郎人気と相まって大人気となった寺である。(ちなみに市川団十郎の成田屋という屋号もここから由来している)
この成田山新勝寺別院に向かう参道があり、その両側には浅草寺の仲見世のような飲食店やお土産を販売する店が並んでいる。浅草寺と成田山新勝寺別院を単純に比較することは難しいが、浅草寺が平安時代に創建され鎌倉時代の「吾妻鏡」に出てくる歴史と比べ、成田山新勝寺も同じ平安時代の中期の平将門の乱から生まれたお寺である。深川にある「別院」の位置づけが、いわば出張の場であるという違いが大きく出ており、参道の長さや商店の密度、あるいは浅草寺には雷門というランドマーク・顔あり、深川のゲートには「人情深川ご利益通り」と書かれた看板があるだけとなっている。

もう一つの「昭和新道」

雷門から浅草寺に至る仲見世に較べれば小さなものだが、土産物店や露店が並ぶ。この仲見世の西側の外れの路地裏に「辰巳新道」がある。この辰巳とは江戸の東南(辰巳)の方角にあったことからで、当時は岡場所があって、遊女と並んで人気のある芸者がいたことから辰巳芸者という名前が残っている。そんな花街の風情を感じさせる一角である。
ところでこの深川門前仲町一帯も戦災に遭い、上野や新橋と同様闇市から街もスタートする。その闇市から生まれたのが辰巳新道である。この辰巳新道はわずか50メートルほどのまさに路地裏・小路で、小料理屋など飲み屋が30軒以上ひしめき合っているそんなザ・下町の「昭和新道」である。



写真は昼と夜の辰巳新道であるが、言うまでもなく夜の街である。中野の昭和新道の写真と比較するとわかるが中野がスナックの飲み屋街であったのに対し、辰巳新道のそれは小料理屋といった「和」の飲食店街である。
辰巳新道にも孤独のグルメで注目された「やきとりの庄助」もあるが、門仲にはやはり美味しい煮込みを食べさせてくれる大阪屋が一番とする煮込みオタクが多い。私の場合はそれほどのオタクではないが、神田淡路町にある東京で一番古い大衆酒場の「みますや」、新橋の「大露路」、秋葉原の「赤津加」、十条駅前の「斉藤酒場」・・・・・・なぜか吉田類の「酒場放浪記」になってしまうが、辰巳新道には地元の人たちから愛されてきた飲食店が多い。
深川門前仲町という狭い市場にあって、これほど「昭和」が圧縮されている街は珍しい。日本全国、昭和をテーマとした町おこし、文化起こしがあるが、中野の昭和新道のところでも書いたが、丸ごと映画のセットになってしまう、そんな路地裏である。

若い世代の居場所、「令和新道」

2つの昭和の「居場所」を観察してきたが、居場所を求めることはポスト団塊世代以上のシニア世代固有のことではない。前述のフラリーマンの一人になりたい「自由人症候群」という居場所を求める行動もあるが、もう少し若い20歳代もまた「集い合う居場所」もまた求められている。しかも、アルコール離れ世代と言われてきたが、アルコールの有無ではなく、目的は「場」そのものを必要としていることがわかる。その代表的成功事例が未来塾でも何回か取り上げた大阪駅ビル「ルクアイーレ」の地下にある「バルチカ」という飲食街である。中でも今なお行列が絶えないリード役を果たしているのが「紅白」と「ふじこ」の2店である。1年半ほど前の未来塾ではその成功要因を次のように書いた。

『デフレが常態化した時代の「食」というキラーコンテンツには鮮明な「価格帯市場」とでも呼ぶに相応しい現象が現れている。まず新バルチカとフードホールについてであるが、バルチカ成功の先導役を果たしてきたのが入り口にある洋風おでんとワインの店「コウハク(紅白)」である。何回かブログにも取り上げているので価格だけを紹介すると、グラスワイン380円、名物の洋風おでん180円と極めて手軽な価格帯となっている。
この新バルチカでもう一店行列の絶えない店がある。前述の鮮魚店が経営する「魚やスタンドふじ子」も同様の安い価格帯となっている。店頭のサイン看板には「海鮮が安いだけの店」とある。
京橋では当たり前となっている「昼飲み」がここ梅田の駅ビル地下で推奨されているのだ。日本酒はコウハクと同じ価格の380円。
肴も380円を中心に200円台から高くても500円台。種類も豊富で店は若い男女で満席である。』

何事も体験してみないとわからないというのが私の方針なのでその「紅白」にも一人でカウンターに座った。勿論、定番のワインと洋風おでんを食べたのだが、周りの若い世代は「飲み食い」ではなく、ワイワイガヤガヤ「喋りまくる楽しさ」にお金を払っているということを感じた。30分ほどで異物であるオヤジは退散したが、いわば部活の後のミーティングといった感じであった。そうした「居場所」のハードルの第一は彼らにとっても財布との相談で「納得価格」ということであった。
もし、このバルチカにキーワードとしてネーミングするとすれば「平成新道」とでも表現したくなる。バルチカの誕生は平成であるが、予測するに「令和新道」として呼称されるであろう。そして、ルクアイーレの地下のバルチカも見事なくらい路地裏横丁である。
また、若い世代の居場所として以前少し触れたことがあったが、梅田お初天神裏参道も同じである。自ら「裏参道」というように、お初天神に向かう商店街の横丁路地裏の飲食街である。前述のバルチカと同じようなスタイル、露店・屋台風の店づくりで、これも若い世代の一つのスタイルとなっている。(後半へ続く)









  


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2019年09月11日

混乱税率の10月を迎える

ヒット商品応援団日記No746(毎週更新) 2019.9.11.

この1ヶ月ほどブログの更新が途絶えていたが、あと数日ほどで未来塾で今後の新しいマーケティングの発想をレポートする予定である。ただその前に10月に導入される消費増税は予測以上の混乱が待っている。この混乱をどう顧客に対し応えていくか書いてみたい。
半年ほど前にも今回の消費増税の問題点を指摘した。軽減税率とキャッシュレス化推進のためのポイント還元制度である。当たり前のことだが、税は公平さとわかりやすさが大前提となる。今回の消費増税はこの「わかりやすさ」が決定的に欠けている。いや、欠けているどころか税の負担感を少なくする「軽減」がこの「わかりにくさ」=混乱を招いているということである。更にキャッシュレス化を推進するために行うポイント還元もこのわかりにくさを増幅させている。こうしたわかりにくさを持ち込まないために、特に飲食業の場合店頭での店内飲食かテイクアウトかを確認することが推奨されているが、こんな手間のかかるオペレーションを避ける飲食店も当然出てきている。

まずコンビニやスーパーにおけっる店内飲食の場合、「店内飲食の場合はお申し出ください」といった掲示をしていれば、店員が客に店内で食べるかどうかの確認は不要。つまり、レジでは自己申告に任せることとなる。当然、顧客は店内で食べてもテイクアウトにおける税率8%ということとなる。以前指摘をしたように、想定される顧客とのトラブルを避けるためである。
例えば、牛丼のすき家の場合店内飲食の価格を値下げし、テイクアウトでも店内でも同一価格で提供すると発表されている。一方、吉野家やミスタードーナツは店内飲食は10%、テイクアウトは8%という税率価格を実施するという。また、ケンタッキーフライドチキン、マクドナルド、ガストの場合はすき家と同様の同一価格にするという。

こうした価格設定もさることながら、肝心要の軽減税率対応の「レジ」が不足し、10月実施に間に合わないという。政府は新レジ購入が契約されている場合は支援すると発表されているが、問題は新レジの初期設定もさることながら、レジへの商品登録の大変さである。
どんな小さな店においても最低でも数十、数百もの商品・メニュー登録が必要となる。それは商品内容の詳細を確認しながらの作業である。例えば、年末のおせちの場合「包装箱」の想定金額が一定以上占めている場合、税率は8%ではなく10%となる。何故、こうした軽減税率の受け止め方に違いが出てくるのか、その理由は経営の考え方にある。すき家の場合はわかりやすさと共に店内飲食の比率が大きく、こうした顧客を維持することが主眼となっているからである。つまり、出店立地の違いがこうした店内飲食、テイクアウトの同一価格になったということである。

さてこうした軽減税率の受け止め方の違いはどのような消費心理を招くことになるかという問題である。まず考えなければならない第一は、8%と10%の2%差を消費者はどう受け止めるかである。私は多くの商店街、特に活力溢れる中小の商店で構成される商店街を多く見てきた。江東区の砂町銀座商店街、ハマのアメ横興福寺松原商店街、吉祥寺サンロード・ダイヤ街、谷中銀座商店街、地蔵通り商店街、上野アメ横、・・・・・・・それぞれ特徴ある商いをしている商店街ゅであるが、推測するに軽減税率対応の新レジを準備している商店は極めて少ないと思う。政府の補助金を活用できるが、それでも数十万単位以上の経費がかかることとなる。
初めて砂町銀座商店街を訪れた時、ちょうど8%の消費税導入実地直後であったが、従来の内税方式で現金決済の商店でほとんどであったが、勿論増税分近くの値上げをしましたと店主は話してくれたが、増税による影響はほとんどなかったという。その理由はただ一つ、顧客との間に「会話」があるという一点である。これは単なる原理原則を言っているのではない。複雑でわかりにくい「税」による混乱は店側との生の会話によってのみ理解されるであろう。
こうした対話ができないチェーン店の場合はすき家のように同一価格にする、つまり値引きしてでもわかりやすさを優先する方法を選んだということである。こうした値引きはマクドナルド(一部商品は10円アップ)などでも同様でである。

しかもキャッシュレス化のための中小商店の申請が8月末時点では想定されている商店数の約四分の一程度であると言われている。消費者にとってポイント還元できるのか否か、更にはどの電子マネーの決済であるか、店や商品を選択する前に判断しなければならない。極論ではあるが、中小商店利用の場合自身が使いたいと考えている電子マネーに該当する店はかなり少ないということだ。つまり、キャッシュレスという便利なようで便利ではない現実を迎えるといことだ。そうしたことを含め、店頭での表示が重要となる。キャッシュレス申請店の場合、政府からポスターが提供されるが、そのことより重要なことは、今一度内税・外税を明確にし、顧客の側の選択しやすさに答えることが必要である。すき家のように値下げして店内飲食とテイクアウトを同一価格にするという「わかりやすさ」の表示のことである。

こうしてブログを書いている最中に吉野家はキャッシュレス決済におけるポイント還元には参加しないとのニュースが入ってきた。理由はシステム改修が間に合わなかったことによるとの発表であった。一応、自社ポイントなどを使った還元策を別途用意する予定であるとも。これで日本マクドナルドの7割のFC店がこのポイント還元策に参加することになる予定であるが、他の大手チェーン店であるすき家、ガスト、ケンタッキーなどは参加しないこととなり、つまり、キャッシュレス化はほとんど進まなくなったということである。あれもこれもとこの機に盛り込み、税の基本である公平さとわかりやすさが導入前から破綻してしまっているということである。

顧客接点である店も顧客も混乱混迷の10月を迎えることとなる。こうした状況にあって駆け込み需要など起こりようが無いということでもある。ただ、あと1週間ほど経過したらわかると思うが、アマゾンや楽天などネット通販への注文が一斉に出てくるであろう。ただ、出荷時点での税率適用のため、早めに注文することになるかと思う。TV報道のように百貨店における冬物のブランドコートなどを駆け込み購入していると言われるが、限定的で駆け込み需要では無い。
起こるのは戸惑いと混乱の10月になるということだ。(続く)  
タグ :消費増税


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2019年07月28日

大いなる家族経営の崩壊 

ヒット商品応援団日記No745(毎週更新) 2019.7.28.


ほぼ1ヶ月前のブログで「お笑いの街が揺れている」というタイトルで吉本興業の不祥事を取り上げ、吉本興業という会社がどんな会社であるかを元吉本興業常務であった木村政雄氏の著書「笑いの経済学」を通じて問題の所在を書いた。その後、宮迫・田村亮の記者会見、そして、吉本興業の岡本社長の5時間半に及ぶ記者会見と大きく急展開した。それは反社会的勢力への闇営業という問題から、吉本興業という企業が持つ経営、特に経営者と芸人との関係、私が長年テーマとしてきた「人の生かし方」「生かされ方」という企業経営の本質へと急展開した。

ところで7月20日の宮迫・田村亮二人の会見を見て、それはそれなりに謝罪記者会見の「意味」を感じたが、翌々日22日に行われた吉本興業岡本昭彦社長の5時間半に及ぶ会見を見て、「なるほどな」と吉本という会社が実感できた。翌日のTVやスポーツ紙の報道は2者の対比をしながら前者2人の「覚悟」との違いを指摘し、岡本社長の回りくどい、くどくどした意味不明の釈明に批判が集中したが、危機管理の無さや会見に「芸」の無さを指摘してはいたが、私にとっては吉本という企業の本質がよく見えて、それなりに意味ある2つの会見であった。

それは吉本興業元常務の木村氏が書いた「笑いの経済学」に書かれていた吉本興業の「牧場型経営」の意味、今日的な限界についてである。まずその牧場には6000人ものNSC(養成所)卒業生がいるが、「吉本は柵の低い出入り自由な牧場で、所属する芸人は遊びに行ってもいいし、色恋沙汰をしてもいい。会社は何をするかというと、おいしいビジネスチャンスという牧草と快適な寝倉を用意する。会社はその牧草と寝倉を徹底して良質にする。良質な牧場を作れば、出て行った牛も必ず戻ってくる」そんな会社(吉本)と芸人の関係について書いた。先日の岡本社長の記者会見ではそうした吉本流経営をファミリー・家族であるとリーダー自ら答えている。岡本社長と芸人四人との面談で、「テープ回しているんとちゃうやろな」「記者会見やってもかまへんけど、そうしたら全員首やからな。わしにはそうできる力がある」・・・・・・・・・こうしたパワハラまがいの発言も、親が子をしかるようなものだという。岡本社長は親・家長で宮迫・田村亮は子という関係の経営である。この1週間元吉本のプロデユーサーや柵の低い牧場から3回も出たり入ったりした島田洋七までTV出演しており、さらには柵の外で暴力団と付き合っていたことから吉本を解雇された島田紳助まで週刊誌にコメントを寄せている。全て「家族」の中の騒動であるという認識のもとである。勿論、家族の中にあって他人行儀な「契約書」などあろうはずはない。

こうした自由度の高い「家族経営」は人の生かし方としてあるかと思う。勿論、多分に大阪的ではあるが、他にも創業期の自動車メーカーのホンダも親父と子の経営であった。小さな町工場で油まみれで働く親父(本田宗一郎)と子(従業員)で、少しでも手を抜くと殴られたという。そして、従業員という子をとことん愛したが、本田宗一郎は実子を決して後継者には選ばなかった。油まみれになった従業員の中から後継者は生まれた。昨年、宗一郎の「夢」であった小型航空機市場に本格参入したと話題になっていたが、「世の中にないモノを作る」という宗一郎の哲学、いや夢を受け継いだ開発であった。実は宗一郎の夢は小学校低学年の頃に学校をさぼり、親に内緒で自宅から20キロメートルほど離れた浜松練兵場へ飛行機を見に行った時からの夢であった。小型ジェット機の開発者はそんな夢を今も受け継ぐ、ホンダはそんなファミリー経営である。ファミリー的企業風土はこの「夢」にあり、宗一郎の生き様こそが今なお一つの求心力となっている。

前回のブログで吉本が大きく転換し成長したのは競争相手である松竹芸能との競争を終え、東京への進出であったと書いた。勿論、「お笑い市場」は大阪と比べ東京は極めて大きい。しかし、東京進出は一つのきっかけにすぎない。吉本急成長の第一は、「芸人」という商品を仕組み・システムとして顧客に笑いを届ける方法を完成させたことにある。それまでの「芸」は師匠と弟子という関係の中から生まれ磨かれてきた。当然、師匠一人で見れる弟子の人数は限られる。しかし、吉本の場合、牧場の柵を低くし、誰でもが40万円払い、NSCを卒業できれば吉本芸人になれる。そして、大阪の心斎橋二丁目劇場のような小劇場で競争し合いながらそこで人気を得た芸人を東京という最大市場に供給するシステムを完成させた。ヒット商品を探し、インキュベーション(孵化)するシステムということである。私の言葉でいうと、「お笑い」のマスマーチャンダイジング、大量生産するシステムということである。そして、「笑い」は時代の変化とともに、常に変わる、だから安定した商品を供給するには、その芸人候補の裾野を広くし、売れない芸人を含め多ければ多いほどヒット商品が生まれるいうことになる。結果6000人にまで膨れ上がったということである。

東京市場への進出はきっかけに過ぎないと書いたが、実は1990年代その東京市場、マスメディア市場は大きく転換する時期にあたる。いわゆるパラダイム転換、価値観の転換がメディア産業にも起きる。詳しくは未来塾で「働き方も変わってきた」として、電通の過労死事件から見えるその「ゆくえ」の中で、日本のメディア事情を書いているので参照していただきたい。概略を言うと、1990年代後半日本のマスメディア、特にTVメディアもその広告取り扱いを主要業務とする広告代理店も大きな転換を迎える。バブル崩壊後のデフレの波は当然マスメディアにもそれを使う広告代理店にも押し寄せる。中小の広告代理店は統合再編もしくは消滅していく。マスメディアもデフレにより「価格競争」、低価格へと向かう。その象徴であるが、TVメディアの主要な収入源であるスポット広告の価格は、外資系クライアント及び広告代理店主導の「価格コンペ」の導入によって、TV曲は従来の収入を得られなくなっていく。2000年代に入り、更に追い討ちをかけたのがインターネットメディアによる価格低下の圧力であった。結果どのようなことが起きたか、例えばリストラ・配置転換であるがTV局の場合それまでの社内制作スタッフを外部企業へと業務委託する、あるいは社員を解雇させその委託会社に勤務させる。新聞社の場合はそれまで社員が取材していた情報源を提携したメディアからもらい受けることによって記事が出来上がるといった具合である。

こうしたはメディア市場の背景にあって、吉本は単なる芸人の提供だけでなく、政策丸ごと請け負う方向へと向かう。次第に番組編成にも入り込むようになっていく。田村亮が岡村社長との面談において、謝罪会見など行っても大丈夫、在京・在阪5社のTV局は吉本の株主だからと説明され、どういう意味なのかわからなかったと会見で発言していたが、こうした背景からである。
実は吉本は現在非上場であるが、それまでは上場企業であった。今回の反社会的勢力への闇営業問題において多くのマスメディア関係者、特に芸能関係者が不思議だと指摘したのが「非上場」の件であった。吉本は当時ソニーの元会長であった出井氏を社長とした「クオンタム・エンターテイメント」(在京民放、ソフトバンク、ヤフー等13社が240億出資)を中心に三井住友銀行の融資などにTOBさせて、2009年上場廃止する。
さて問題は何故買収に向かったかである。それは吉本の歴史を遡ればわかってくる。戦後の吉本興業は創業者吉本せい(林せい)を支えてきたのが林正之助で、その家系図を見れば明確になってくるが、芸能ブログではないので省略するが、つまり「創業家」が経営を行ってきた。しかし、次第に吉本も大きくなり、笑いいの質も変化していく。実は吉本が1980年東京進出を始め漫才ブームを創ったのだが、その東京事務所の所長であったのが、前述の「笑いの経済学」の著者である木村政雄氏である。今日の吉本を創った人物として現会長の大崎洋氏の名が挙げられるが、実は東京事務所開設は木村氏と部下の大崎氏の二人であった。当時の週刊誌などによれば木村氏は創業家経営陣と考えが合わずサラリーマン社会によくある「左遷」であったようだ。
これ以上人事に関して書くことはしないが、2002年木村氏は吉本を退社する。当時の社長であった林裕章氏と考え方が合わなかったという理由であるが、こうした事情を傍で見ていたのが現会長の大崎氏であったと当時の週刊誌は書いている。そして、2005年林裕章氏は亡くなる。以降、吉本内部から様々な不満が噴出するが、現場でそうした声を聞いたのが大崎会長であった。ここからは私の推測の域を出ないが、そうした背景を踏まえ、大崎会長は吉本の近代化、創業家との縁を切る行動、つまりTOBを仕掛け上場廃止へと向かったと思われる。つまり、表向きは安定株主による経営の安定が非上場理由としたが裏には創業家排除という露骨な方法ではなく、民放各社の株を持ってもらうという方法をとったと思う。

そして、吉本興業の近代化」は、林正之肋の時代から脈々と息づく「興行とヤクザ」の関係にも、ピリオドを打つことをも意味していた。現在では、興業、今でいうイベントなどで、今回のような暴力団や半グレのフロント企業との関わりは複雑かつ分かりにくい世界となっている。
しかし、兵庫県警内部資料『広域暴力団山口組壊滅史』には検挙年月日とともに「山口組準構成員 吉本興業前社長 林正之助」と記されている。もちろん警察側の視点であり事実はわからない。ただ、興行とヤクザの結び付きが当然の時代でもあったことは事実である。そうした歴史・慣習を背負った企業であることは忘れてはならない。
勿論、であればこそコンプライアンスが叫ばれているのだが、牧場型経営においては柵の外へと出入り自由な経営システムのもとで果たして「外」の活動を規制することはできない。柵を高くし、牧場内に留まることは自由が制限されることでもあり、クリエイティブな笑いは半減してしまう。しかも、6000名もの芸人とは雇用契約ではなく、事業主との契約であり、ほとんどの芸人は「外」でのアルバイトなどによって生活を維持させている。初期の吉本興業は安いものの月給制という革新的発想を持った会社であった。しかし、私の言葉で言えば、マスマーチャンダイジングのシステムによって成長というより、膨張してしまったということである。大いなる家族経営の限界であり、このままであれば衰退へと向かうであろう。前回私が「臨界点」を迎えていると指摘したのはこうした背景からである。

「マスマーチャンダイジング」は決して悪いことではない。多くのチェーンビジネスが取り入れる手法であり、低コストで大量生産、安定供給することができる。しかも、ITの活用によって少量生産が低コストで可能になったことである。例えば、現在は見事にV字回復した日本マクドナルドもあのチキンナゲット問題で一挙に赤字転落し、多くの店舗を閉鎖したことを思い起こしてほしい。今日の日本マクドナルドを創ったのは顧客であり、特に小さな子供を持つ若い母親の信頼を回復したことによる。その中心には周知のサラ・カサノバ会長のリーダーシップのもと、全国の現場店舗を訪れ母親たちにヒアリングした結果によるものであった。
吉本に置き換えるならば、TV局という現場はあっても、その先にいる「視聴者」には届く方法を持たない。つまり、「公開」という原則をどう保持するかである。敢えて、吉本の歴史、人事を含めた「お家騒動」の歴史を書いたのも、「家族内」「内輪」の問題として処理してきた歴史であった。芸人にとっては低い柵に囲まれた牧場ではあるが、外に広がる顧客への公開は成される方法を持たない。「大いなる家族経営」の限界であり、最大問題としてある。

吉本の歴史の中で特筆すべきは、その良さは「笑い」は常に時代・顧客と共に変化する、その変化に素直に会社も芸人も従うことであった。問題はその「変化」の捉え方が、会社と芸人、大阪NSC所属芸人と東京NSC所属芸人、古い芸人と若い世代の芸人、各々バラバラ状態で、これもまた「お家騒動」を増幅させている。つまり、こうした混乱はマスマーチャンダイジングのシステムが機能しなくなってきているということである。いわゆるガバナンスの喪失、大いなる家族経営の崩壊である。
牧場の中に従来の上質な牧草だけでなく、例えばNTTグループと組んで、教育関連のコンテンツを配信するプラットフォーム「ラフ・アンド・ピース・マザー」の立ち上げを発表している。この事業には官民ファンド・クールジャパン機構の出資も決まっており、最大100億円もの巨額がつぎこまれる可能性もある。勿論、大阪の会社であり、2025年の大阪万博の民間企業体連合体のトップになっている。あるいは吉本を念頭に置いてだが、公正取引委員会の山田事務総長は『契約書がない』ということは、契約内容が不分明になることにつながることがございますので、独禁法上問題になる行為を誘発する原因になり得るとコメントしている。
最早、大いなる家族経営、経営システムの根幹を変えていくことが急務となっているということだ。今回もまたお家騒動をきっかけとしてはいるが、コトの本質は深刻である。(続く)  
タグ :吉本興業


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2019年07月21日

歪んだ「怒り」

ヒット商品応援団日記No744(毎週更新) 2019.7.21.


また、凄惨な事件が起きてしまった。京都アニメーションへの放火殺人事件であるが、第一報の報道からピンとくるのに少しの時間がかかってしまった。数分後、京アニの代表作が「涼宮ハルヒの憂鬱」であると聞いて、あああのアニメ会社であったのかと理解した。原作の「涼宮ハルヒの憂鬱」は2003年から涼宮ハルヒシリーズとして主に中高生に広く読まれたライトノベルである。売れない出版業界にあって、唯一売れた本で、「ライトノベル」という日本独自の新しいジャンル(イラストや挿絵を多用した小説)の代表的作品である。ちなみに、2017年10月時点の累計発行部数は全世界で2000万部である。
実は2007年に、秋葉原が観光地化するにしたがって、オタク文化のラストシーンを迎えたとブログに書いたことがあった。勿論、1980年代に生まれたオタクのことでその流れを受け止めた真性オタクについてである。その真性の意味であるが1995年から始まっ庵野秀明監督によるアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』までの熱烈なフアンのことを指す。当時次のようにブログに書いていた。

『オタクという言葉も健康オタクから始まり様々なところでオタクがネーミング化され市民権を得ることによって、その「過剰さ」が持つ固有な鮮度を失っていく。市場認識としては、いわゆる「過剰さ」からのスイングバックの真ん中にいる。真性オタクにとっては停滞&解体となる。つまり、「過剰さ」から「バランス」への転換であり、物語消費という視点から言えば、1980年代から始まった仮想現実物語の終焉である。別の言葉で言うと、虚構という劇場型物語から日常リアルな物語への転換となる。』

庵野秀明監督も周知の「シン・ゴジラ」で新しい映画へと向かうのだが、京アニが創った「涼宮ハルヒの憂鬱」は1980年代からのオタクの言わば受け皿のように新たなオタク文化を創った会社ということができる。そんな経緯を『勿論、真性オタクがいなくなったわけではない。例えば「涼宮ハルヒ」オタクは今なおそのオタク世界に生きている。』とも書いた。ジブリ作品とは異なる幅広い分野でコアとなるフアンを創ったということである。そのオタクの世界の象徴が「コスプレ」であり、見事に新しい市場を創造、しかもマスマーチャンダイジングした会社が京アニであった。つまり、身近で、しかも世界へとアニメ世界を広げたクールジャパンの一つの潮流を創った会社ということだ。

ところで本題であるが、放火事件の犯行内容については大分わかってきたが、41歳の放火犯青葉容疑者の動機については入院していることもあってまだまだ分からないことが多い。ただ、犯人が京アニの玄関から入りいきなり「死ね」と言いながら液体状のものを撒き火をつけたこと。更には、犯人確保の際、住民が聞いた犯人が発した言葉に「ぱくりやがって」と恨みの言葉に動機の一部があると思われる。その後の警察の発表ではパクった発言の裏付けとも取れる「小説を盗まれた」との発表があった。
死傷者60数名という平成以降最悪の放火事件であるが、犯行動機の対象が不特定多数、つまり「無差別殺人」であることがこの時代の特徴となっている。少し前に起きた川崎の殺傷事件も無差別であったが、特定の個人や事柄を対象としない。嫌な言葉だが、「テロ」ということが思い浮かぶ。

時代のキーワードという表現を使ったが、「無差別」というキーワードと共に鮮明になったのが「過剰」である。数年前から、いやかなり以前から社会問題となっていたのが、1990年に起こった「桶川ストーカー殺人事件」であろう。被害相談を認めす杜撰な対応をした警察に批判が集中した事件として今なお記憶にあるが、犯人の「思い込み」という執拗で、過剰なストーカーの行動の本質にもあい通じるものがある。
私が以前から指摘してきた個族と呼んだ社会からある意味必然として起こる事件でもある。それまでの共同体、家族を始めあるいは時には企業、地域社会、もっと小さな単位で言えば趣味のクラブやご近所のママ友、更にはネット上の各種コミュニティまで、多様な共同体はあるが、どこにも属さない個族が増えている。少し前の川崎殺傷事件のときの「80 50」問題のように、社会との接点を失った「引きこもり」もそうした共同体から外れた個人がいかに多いか。これ以上書くことはしないが、「居場所」のない個人が見えないところでいかに多く存在しているかである。居場所とはある意味自分だけの居心地の良い場所のことだが、実は時代の変化と共に居場所から「出たり入ったり」している。そうした傾向は消費にも多く見られかなり前になるが日経MJのヒット商品番付を次のように読み解きブログに書いたことがあった。

『個族から家族へ
5~6年前、個人化社会の象徴として若い世代に「マイブーム」が起きた。ある意味、「自分確認」=「自分探し」として、マイ○○という商品に自分を置き換えたブームであった。実はこうした私生活主義が少しづつ変わり始めている。書籍卸しのトーハンによる2008年のベストセラーランキングでは「ハリー・ポッター/最終巻」が第1位(185万部)であったが、今年ブームとなった「B型自分の説明書」(3位)をはじめ、O型、A型、AB型全てがベスト10入りし、シリーズ累計では500万部を売り上げた。10年ほど前から始まった個族の自分探しという占い依存型から自己確認型へと変化してきている。自分の居場所を失い都市漂流する若い世代に社会的な注目が集まり、バラバラになった個を家族という単位へとつなぎなおす動きが始まっている。消費面でいうと、上記の家庭内充実型商品、家事であれ、遊びであれ、家族一緒という単位変化が出てきている。象徴的な例であるが、5~6年前の隠れたヒット商品であった「一人鍋」は、カレー鍋のように家族一緒の鍋へと変化してきた。つまり、上記傾向を踏まえると、家族割り、夫婦割りといったプロモーションは、携帯電話や映画鑑賞、旅行(交通・ホテルなど)、ゴルフのみならず多くの業種・業態へと広がるであろう。』
(2008年12月に発表された2008年ヒット商品番付を読み解くより抜粋再掲)

2008年は周知のリーマンショックがあった年である。消費は全て内向きに向かい、低価格を始め今日のデフレ基調の傾向が強く出た年である。結果、それまでの個族から家族へと揺れ戻しが強く出た年であった。以降、低価格を軸に多くの業界でリストラ&再編が行われた。例えば、ファミリーレストランは大手三社の店舗数は500店舗が閉鎖しファミレス市場は縮小する。ファッション業界で言えば、ファストファッションが主流となり、世界のスーパーブランドが集積する銀座にも、多くのファストファッションが進出する。こうした激しい再編にあって、それまで属していた家族などの居場所から外れてしまう人も出てくる。上記にも書いたが、血液型による自分確認の本が売れた時代は実は今なお続いていると考えた方が良いと思う。

この「自分確認」「自分探し」を目的に外へと向かうことは意味あることであるが、内に向かう場合その視野はどんどん狭くなり、つまり「思い込み」がこころの全てを占めるようになる。思い込みは深い洞察を得ることにもつながるが、時として独りよがり、排他的な「考え」へと向かう。よく言われることだが、アーチストの多くは思い込みの激しい人物であるが、思いの対象が社会にとって意味あるものとして評価される場合もあるが、そうしたアーチストたり得る人物は極めて少ない。多くの場合、社会という表舞台に上がることは少なく、結果として内に「思い」が淀むこととなる。例えば、その淀みとは初めは鬱屈した「妬み」であったが、次第に「恨み」へと。それがあるきっかけによって外へと暴発する。人間の心理はそのように図式化できるものではないが、多くの人が感じられるのが「キレる」光景である。ある意味、日常化してしまっている光景だが、「キレる」とはこころの「淀み」が表へと出てきた現象である。

「キレる」という言葉がマスメディアに登場したのは2000年代からであったと思うが、最初は子供(幼稚園児)が新たな幼稚園という新しい社会に馴染めず情緒不安定になり暴れる様子を「キレる」という言葉で表現したと記憶している。(確か品川区の幼稚園であったと)それまでの家庭という小さな社会から幼稚園という新たな社会に馴染めない子供の心理を明らかにした言葉である。変化の激しい時代とは、常に新しい社会に向かい合わなければならないということである。それをストレス社会と私も認識してきてはいたが、耐えられない人間もまたいるということである。そして、時代という視点に立てば、思い込みが過剰となり、外へ向かって無差別に鬱屈した「思い」が怒りとなって暴発する、そんな認識が必要ということだ。
青葉容疑者の回復を待って動機は解明されていくと思う。ネット上では京アニが公募している小説に盗まれたとの
「怒り」が放火の動機であると指摘している。勿論、推測の域を出ないことばかりであるが、報じられているように近隣住民とのトラブル、つまりキレる状態が常態化していたようだ。脳科学者である中野信子氏は〝キレる人〟や〝キレる自分〟に振り回されず、〝キレ上手〟になることだと指摘してくれているが、それを可能とするのも「外」との交流によってである。何がきっかけとなったかという指摘もあるが、問題なのは鬱屈した怒り、歪んだ怒りがあったことは事実であろう。刑法犯が年々減少へと向かう治安の良い日本ではあるが、その裾野には「キレる」社会が存在していることもまた事実である。

最後になるが、私は冒頭書いたように「涼宮ハルヒの憂鬱」という一つの転換点となる作品を通してしか京アニを知らない人間であるが、その後のアニメ世界の一つの潮流を創った会社であり、それに携わった若い人たちの会社である。60数名の死傷者に対し、海外からも寄付や支援メッセージが数多く届いているという。多くの専門家が指摘をしているが、日本のアニメ界に貢献してきた、つまり新しいクールジャパン市場を創ってきた会社であり、人々である。亡くなられた34名を悼むと共に、負傷している34名の方々のご回復を心からお祈りいたします。合掌。(続く)
  


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2019年07月14日

街が変わる、消費が変える 

ヒット商品応援団日記No743(毎週更新) 2019.7.14.


ブログを始めてから町歩きはしていたが、2014年2月からは主に「未来塾」というタイトルでその変化をレポートしてきた。その第1回目は文字通り「街から学ぶ」というテーマを選び、その背景として街は時代と呼吸することによって常に変化し続ける。この変化をどう読み解くのかということこそビジネスの未来を見いだす芽となる、そうした仮説をもとに多くのレポートを書いてきた。

主に観察する街をどう選んできたかと言えば、良い変化が街に現れその街の商業が活力あるものとなっているところを選びレポートしてきた。勿論、例えば「人の手」が入ることを止めた耕作放棄地のように、草木が生い茂りイノシシなどの野生動物の棲家へと変化した街もある。それは地方ばかりか、首都圏にもまだら模様として残っている。敢えて、そうした街を題材としなかったのは「人の手」が及ばない状態になっているからであった。つまり、役に立たない、活用できない事例ということであった。但し、唯一衰退への警鐘を鳴らしたのは東京スカイツリーの計画に盛り上がった地元押上商店街に対してであった。東京スカイツリー景気にのったいわばコバンザメ商法によって押上商店街も潤うのではないかということへの警鐘であった。案の定、開業2年後に残ったのは押上食堂と稲荷寿しの味吟ぐらいで、東京スカイツリーのソラマチ(商業施設・専門店)に負けない特徴を持った店である。TVメディアに踊らされた店々はことごとく閉店し、シャッター通りから寂れた住宅街へと変貌した。

一方、東京スカイツリーのような「外的要因」による衰退への道をたどることなく、逆に活況を見せている江東区の砂町銀座商店街やハマのアメ横と呼ばれる興福寺松原商店街のように何故活況を見せているのか、その理由を学んだ方がお役に立てるのではないかと考えたからである。こうした事例は地下鉄の開通を機にテーマを持って一大観光血となったもんじゃストリートもあれば、衰退の街を辿ろうとした吉祥寺にあって、北口駅前にある昭和レトロな一角ハモニカ横丁が若者に新鮮なおしゃれ感覚、OLD NEW古が新しい、そんな世界を提供し、住みたい街NO1という独自な街へと変化させた。また、3年ほど前から新しい活況の芽を見せている大阪の街を題材に、見事に再生した新世界・ジャンジャン横丁や黒門市場を取り上げてきた。100の街があれば、100通りのコンセプト・活況法があり、アーカイブから目的に沿った街やテーマを取り出して今一度読み解いて欲しい。

また、街の変化と共に、街の商業を構成する主要な企業・専門店の変化も併せてスタディするとより鮮明に「変化」が見えてくる。その一つが日経MJの「ヒット商品番付」を独自に読み解いた視点・着眼である。このヒット商品番付の分析については2007年から行なっているのでリーマンショック前からのヒット商品の特徴を見ていただくことができる。ここ数年の特徴というと、大きなヒット商品は極めて少なくなり、小型化し、しかもデフレ時代ならではの商品、日常利用商品がほとんどとなっている。
あるいはビジネスにおいて注目話題となった事例、例えばユニクロの値上げの失敗や同じように値上げで業績を落としたラーメンの幸楽苑における改革とV時回復、つまりデフレ時代における「価格戦略」をテーマとして取り上げてきた。売れない出版業界にあって唯一売れている雑誌、おまけ付き雑誌などにも言及しているので是非。

さて本題に入るが、10月の消費増税によって「街」にどんな変化をもたらすか考えてみたい。実は、2014年の消費税8%導入に際しては、砂町銀座商店街については導入前と導入後の変化を見ることができた。その時のブログを今一度読んでいただきたいのだが、商店街の多くの店舗に共通していることは「生業の良さ・強み」であるということに尽きる。つまり生きていくための工夫がここでは行われており、結論から言えば「売り切る力」を持っているということであった。今風の言い方であれば「ロス率0経営」ということである。結果、どういう変化となって現れてきたかというと、賑わいに「変化」はなかった、ということである。わかりやすく言えば、閉店する店はほとんどないということである。また、ハマのアメ横と言われる興福寺松原商店街については年末恒例の大売り出しは年々盛んになり身動きが取れないほどの混雑が見られるようになっている。
売り切ることができる商店とは、消費者にとって他にはない魅力を有しているということで、既に消費税10%時代を乗り越えることができる「何か」があるということである。私の言葉で言えば、顧客が求める「デフレ自体を楽しませてくれるお店」ということである。それは単なる低価格商品の品揃えのことだけではない。むしろ価格が問題となるのはチェーン店の場合であろう。チェーン店が価格面で失敗した多くの場合、「顧客が見えなくなってしまった」ことにある。この程度の値上げは十分行けるであろう、といった安易な思い込みによる失敗が多い。街場の商店の方が顧客と日常的に接していることから「顧客は見えている」ということである。但し、街場の商店の最大課題は後継者がいないということである。

ところで東京への人口集中が止まらない。この集中を支えているのが住宅事情である。周知のタワーマンションという容積率の緩和による都心部での居住を可能としたことによる。しかし、中央区をはじめ多くの自治体でタワーマンションの規制へと向かってきている。地方にとっては嬉しい悲鳴と受け止められるかもしれないが、「過剰人口」になってきたということである。既に10年ほど前から東京湾岸地帯の建設ラッシュは始まっており、小学校のクラスを増やすなどが始まっている。最寄駅の勝どきでは通勤時間帯にはホームに人が溢れる状態になる。つまり、過剰人口によってバランスのとれた社会インフラを失い始めている。ちなみに、地下鉄大江戸線勝どき駅の1日の乗降客数は、開業当初の平成12年度は約3万人であったが、周辺地域の開発事業により利用者が増加し、平成29年度には約10万人へと急増した。現在はホームの新設工事を行なっており、来年2月にはしようとのこと。こうしたタワマンによる過剰人口は東横線とJR線がクロスした川崎の武蔵小杉においても同様のことが起こっている。都心にも横浜にもきわっめて便利な街であるが、ここにも過剰人口の現象が現れてきている。特にJR線のホームは人が溢れ危険極まりない状態になっている。
思い起こしてほしい
大江戸線の勝どき駅の隣駅が月島であのもんじゃ焼きのテーマパークとなった街の隣である。古い裏通りの商店街はもんじゃ焼きの店々となったが勝どきへとつながる表通りである晴海通りは高層ビル群になっている。しかし、思い起こしてほしい。大江戸線開業を機に、駄菓子屋の軒先で売られ廃れてしまった「もんじゃ」を再生させ、70数店舗が個性を競ったもんじゃストリーを作り、一大観光地へと生まれ変わったことを。つまり、「もんじゃ焼」というテーマが無ければ、耕作放棄地のように荒れ果てた地になっていたということである。
また、前述の武蔵小杉駅の先西南には港北ニュータウンという郊外ベットタウンが広がっている地域である。その主要駅となっている田園都市線沿線は武蔵小杉と同様混雑の激しい地域である。武蔵小杉が最近開発されたタワーマンションの街であったのにたし、港北ニュータウンは当初は急増する横浜市の人口への受け皿として計画されてきたが、1990年代に入り、都心へのアクセスの良さから百貨店やSCなど多くの商業施設が競争しあう郊外ベッドタウン地域となる。少し前のブログにも書いたが極めて激烈な価格競争が行われている地域で、食品スーパーにおける2大ディスカウンターであるオーケーとロピアがしのぎを削っている地域でもある。ちなみに武蔵小杉駅裏にはいくつかの古い商店街があったが、その多くは廃れてしまっている。
一方、少し前の未来塾で取り上げた東京高円寺には新宿から10分もかからない交通至便な地域にも関わらずほとんどタワーマンションはない。しかも、駅を中心に10もの古い商店街が今尚活力ある街を作っている。大阪の友人に言わせると東京は広いな、まだまだ開発する余地があると感想を漏らしていた。勿論、タワーマンションを作れば儲かると行ったことではない。戦後商店街を中心に育てられてきた阿波踊りや演劇に象徴される「文化」が居心地の良い街を創ってきており、そうした庶民文化を土台にしたまちづくりのことである。

つまり、「消費増税10%」を機に「何」を「どうする」のかである。押し寄せる変化には地下鉄の開通や大型商業施設の開業といった「外的」なものと、高円寺のような「内的」なもの、時間をかけて創られてきた文化力のようなもの、どちらに軸足を置くかである。今回の消費増税は、街にも個店にも等しく変化を求めてくる。そして、今回の消費増税は前科のような「駆け込み需要とその後の落ち込みの回復」といった程度の変化ではない。中小企業の場合、高齢化による後継者不足が最大の課題となっているが、事業の承継や再生について中小企業振興公社を始めいくつか相談窓口があるので、検討すべき「変化要請がきているということである。
冒頭の写真は中央区月島の表通りである晴海通りに林立する高層ビル群と裏通りにあるもんじゃストリートである。開発は裏通りであるもんじゃストリートにも及びその計画が懸念されていたが、ストリートに面した1階には今まで通りのもんじゃの店が営業し、上には高層ビルへと変化しているという。つまり、高層ビルが全てダメであるということではなく、それまで培われてきた歴史や文化とどう調和させていくか、何を残し、何を変えていくのか、そうした街の編集力が問われているということである。(続く)  


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2019年07月07日

消費増税前のドタバタ劇 

ヒット商品応援団日記No742(毎週更新) 2019.7.7


10%の消費増税まで3ヶ月を切った。お得なポイント還元を入り口としたキャッシュレス決済が身近な流通企業で始まった。周知のように、クレジットカード、電子マネー、そしてスマホなどによるコード決済にコンビニ各社が続々と参入し始めてきた。その矢先最大手のセブンイレブンのセブンペイに不正アクセスがあったと報道されている。どの企業も請求支払いという経済関係以外に、顧客と直接コミュニケーションできるポジション獲得を目指す競争が激しくなってきたと言うことだ。それまでのポイント市場の先頭を走ってきたTポイントが顧客へのポイントの他に、加盟した専門店などへの顧客データ情報を提供してきたが、今や顧客接点のある流通企業自ら顧客と直接コミュニケーションし、ポイントというお得をキーワードに継続した顧客単価アップ戦略へと大きく舵を切ったということである。当然、それまでのPCにおける不正アクセスなどの問題はスマホに及び、不正使用のみならず、顧客自身の情報が抜き取られるということも起きてくるであろう。

ところで2008年のリーマンショック以降の消費をキーワードとして整理すると、まず「わけあり」が物販のみならず、ホテルや旅館なといったサービス業にまで広く生活に浸透した。そのわけあり競争の最大眼目は「低価格」であった。その後2014年には消費税8%が実施されるのだが、記憶を辿ればそうだったなと思い起こすように、「駆け込み需要」とその反動による「極端な消費の落ち込み」となり、デフレ消費は加速する。この時も5兆円規模の経済対策を実施したが、成長軌道に乗せることはできなかった。そして、安定した消費期に入る一定の時間経過を踏まえ、多くの企業は値上げに踏み切るのだが、ユニクロを始めほとんどの場合失敗する。こうした「お得」競争の中で、一方では新たな業態に注目が集まる。その代表事例が「俺のフレンチ」のような立ち食い業態で、しかも食材は本格であるが店舗はリノベーションによる低コスト。つまり、従来のビジネス投資概念を変える経営が始まった。その経営の先にあるのがネット通販やメルカリなどのCtoCといったネット上で顧客同士が売買するといった新しい流通も始まっている。また、以前2017年度の「ふるさと納税」における返礼品の「お得度合い」についてブログにも書いたことがあるが、すでに寄付という善意ではなく、デフレにおける「お得」市場にふるさと納税も入ってしまったという時代にいる。ちょうど10年ほど前のわけあり市場という概念が実質的なものとして日常化してしまったということと同じ構図である。

そのお得市場であるが、昨年注目されたスマホ決済PayPayが昨年12月に100億円キャンペーンを実施した。このキャンペーンについてはその広告効果については大きなものが得られたと思うが、一部家電量販店や高額商品などでの使用に偏ったものとなり、わずか10日間で終了してしまった。しかし、利用頻度を高めるために、利用限度額を制限してしまった結果はどうであったか?このPayPayの事例を見ても分かるように、20%という「お得」は利用額が小さければ利用しないということであった。今回の7pay導入の意味合いは電子カードnanacoからの切り替えの意味が大きく、7payへと統合されていくであろう。その後不正アクセスが起こるのだが、被害顧客は約900名で被害金額は5500万円であると記者会見で報告されている。ところで、運営会社の記者会見で不正アクセスの防御法として二段階認証をなぜ取らなかったのかという質問に答えることができなかっただけでなく、その意味を知らなかったことが明らかになり、最大手のセブンイレブンとしてはなんともお粗末な決済サービスであることが露呈した。この程度の理解で、顧客データを基にしたプロモーションなど果たして可能なのか御門に思える。しかし、それ以上に深刻なのは、犯人にはSNSを通じて複数のIDとパスワードが送られている事実である。個人データの中でも最も重要なセキュリティを必要とするIDとパスワードである。情報化社会という便利さの裏側には、過剰な情報によってどんどん見えなくなっていく時代の象徴でもある。
SNSに対する個人情報の保護が世界的な問題となっているが、それはAIと共に次代のキーワードとなっているいわゆるビッグデータの問題でもある。かなり前になるが、「なりすまし」が社会問題化した時があった。簡単に言ってしまえばい、パスワードさえ分かれば他人のPCに入り込んで本人になりすますといった悪意あることが問題となったことがあった。今は同じようにスマホに簡単に入り込んで本人の知らないところで、クレジットカードからスマホにお金を移動させ買い物をするといった犯罪も当然起きてくる。

ところで先日全国の路線価が発表されたが、ここにきてマンションをはじめとした不動産市況に暗雲が立ち込めはじめている。その市況であるが不動産経済研究所によれば、首都圏5月度のマンション市場動向であるが、発売は10.4%減の2,206戸。都区部が36.3%減と大きく落ち込む。また価格は戸当たり6,093万円、単価89.4万円で単価は5カ月ぶりに下落。近畿圏のマンション市場の6月の動向は、発売は6.2%減の1,388戸。5カ月連続で前年同月を下回る。m²単価は2カ月連続のダウン。契約率は67.7%、12カ月ぶりに70%を下回るとのこと。
ここ数年、首都圏をはじめとしたマンショッ価格は上昇し、2017年にはバブル期以来の高水準であった。しかし、2018年の首都圏の新築マンションの平均価格は6年ぶりに下落へと転じ、前述の不動産経済研究所のレポートのように2019年に入っても低水準で推移している。背景には建設工事コストの増大からマンション価格の引き下げに踏み切れないという事情と共に、高層タワーマンション人気の価格設定に下支えされているとの専門家の指摘もある。中古マンションのリノベーション市場に消費移動は見られるが、それも消費者の眼は多様な選択肢へとシビアに向けられているということだ。但し、不動産不況になるかと言うとまだそんな状況にはないようだ。その指標となるのが新規発売戸数に対する契約戸数で、3月は2,410戸で月間契約率は72.2%と好調であったとのこと。ちなみに、前月2月の契約率は低く65.5%とのこと。
一昨年当時はオリンピック特需もあり、2021年ごろまでは旺盛な建設需要が見込まれると多くの専門家は予測していた。しかし、これから数ヶ月の動向を見ていかなければならないが、これまでの「考え方」wp変えていく必要が生まれてくるかもしれない。

こうした不動産市場の状況を見ていくと、いつか辿った道ではないかと危機感を覚える。ユニクロの失敗からどう立て直し順調へと転換したかは以前にもブログに書いたので重複はしないが、結論から言えばユニクロならではの固有の世界を見つけたからであるということに尽きる。その固有の世界とは「ライフスタイルに沿った服」のMD開発であり、他の企業より先駆けた「素材開発」によるものでいわば独走状態にあるということである。競合するGAPともH&Mとも異なるコンセプトポジションをとっており、唯一遅れているのはネット通販の世界となっている。
言葉で言うとなんだと言うことになってしまうが、オンリーワンを目指していると言うことである。そうしたオンリーワンコンセプトとそれを可能とした開発力を持たない企業・事業は極論を言えば現時点においては「値上げ」をしてはならないと言うことである。主にメーカーであるが、今年に入り値上げが相次いだのは、物流コストや原材料の高騰によるものとその理由を説明しているが、実は消費増税後は勿論のこと、真近であっても値上げできないと考えているからである。値上げ時期は多くの場合3月か4月であり、3ヶ月を切った7月以降はおそらく皆無になるであろう。
また、メーカー以外にも3箇所程度の観察にす過ぎないが、SC(ショッピングセンター)のリニューアルに際し、食品や飲食の導入テナントのメニュー価格を上げているところと、逆に下げているところとに二分された状態が見られた。今のところ、値下げしたSCの専門店は順調であるが、値上げしたSCの専門店は思ったような売り上げが取れず苦戦しているという実情となっている。

何故、こうした増税前の主要な企業の「動き」をブログに書いているのかも、大きく言えば日本のGDPの60%近くにもなった消費国、成熟国の今後のあり方を左右するのではないかと言う「感」がするからである。仮説や推測というより感に過ぎないのだが、「お得」に企業も消費者も、過剰に反応し過ぎているのではないかという認識からである。一人ひとりの消費が日本経済の進路を決めていく時代にある。であればこそ、もっと俯瞰的に全体を見ていかなければならない。
今回のセブンpayのドタバタ劇についてもそうだが、「お得」の本質を理解していないと私は考えている。余裕のない国、企業も個人も見えなくなってしまった感がしてならない。消費増税前の「お得」に右往左往しているが、キャッシュレスにおけるコード決済のポイント還元競争も10月になれば終わる。新聞報道程度の理解でしかないが、トランプ大統領の発言のように、8月になれば日米通商交渉の内容、どんな要求がなされているかが表面化するであろう。そして、米中における貿易戦争は長期化するうえに、日韓においても出口の見えない経済摩擦が起き、更に「余裕」のない空気が社会を覆ってくる。少し前のブログに「80 50問題」を入り口に日本の社会構造それ自体が新たなフェーズに入ってきており、社会の空気は一層澱んだものとなっている。「お得」競争はこれからも続く。そして、10月以降の消費市場は縮小していくであろう。こうした状況にあっては基本に忠実であることが問われている。その基本とは何か、言うまでもなく顧客主義以外にはない。(続く)  
タグ :セブンpay


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2019年06月30日

お笑いの街が揺れている  

ヒット商品応援団日記No741(毎週更新) 2019.6.30.


吉本興業など大手芸能事務所所属の芸人の闇営業、しかも反社会的勢力のパーティなどへの出演し、その謝礼としてギャラを受け取っていたことが社会問題化している。いつの時代もそうだが、転換期にも関わらず、長期停滞化している社会にあって、多くの人にとって「笑い」はひととき心を解放してくれるものとして不可欠なものだ。しかも、そうした時代の変化そのものを映し出しているのも実は「笑い」である。その「笑い」にも一つの転換点を迎えている。

周知のように関西、いや今や日本の「笑い」の中心は大阪の2社、吉本興業と松竹芸能であろう。共に歴史のある会社であるが、大阪の人に聞くと、芸人の引き抜きなど極めて厳しい競争によって成長もし衰退もしてきたと言う。私は芸能史の専門家でもないが、今回問題となった吉本興業には問題を産む背景があることがわかる。
吉本にはいわゆる「契約書」はない。TVメディアに出ている多くのコメンテーターはその契約書がないことが問題であると指摘をする。例えば、反社会的勢力と関わってはならないとした義務、それに違反したことが時らかになった時の処分など、会社と本人とが文書を持って交わす「契約書」が存在しないと指摘する。法令遵守などコンプライアンスの研修はあっても、今回のように反社会的勢力との関わりが明らかになるという、つまり「結果」によってのみ、謹慎とか、契約解除が生まれる。
なぜそんな慣習のような「約束」が生まれ、今日まで続いてきたのか理由がある。それは芸人と言う「人」の活かし方、本人にとっても所属する会社にとっても、生かし生かされる相互の暗黙の了解が作られ「笑い」の文化が作られてきたからである。
また、そのコメンテーターのほとんどが、吉本の芸人が6000人にも及び、その巨大なエンターティメント企業であることに一様に驚く。お笑いは「人」を生かすことによってのみ成立することができるビジネスである。吉本の躍進も「人」の生かし方に秘密がある。

かなり前になるが、「人」をどう生かすべきか考えたとき、1冊の本に出会った。それは「笑いの経済学」(集英社新書)で著者は吉本の大番頭で常務であった木村政雄氏である。読んでいただくとわかるが、前半は吉本の歴史が語られているが、「笑いの経済学」はビジネスマン向けに書かれたビジネス着眼の書である。
吉本の創業は明治45年、芝居小屋買収その借金による素人経営のスタートであったが、次から次へと大胆な手を打つ。当時の寄席の木戸銭が15銭だったのを、下足代こみで7銭にする。落語をメインにせずに「なんでもあり」の安くておもろいものを組んだ。また、芝居小屋の入場料ビジネスだけではなく、物販の可能性を考え、「冷やし飴」という飲み物を販売する。この創業者である吉本せいの活躍については山崎豊子の『花のれん』に書かれており、併せて読まれたらと思う。
ところで吉本の発展は芝居小屋の買収によるところが大きかったが、昭和10年ごろラジオに芸人が出演するようになる。当時の人気者であった春団治がラジオ出演するとそのあとの寄席が満員になることに気づき、最初のメディア戦略へと舵を切る。そして、戦後はと言えば、映画全盛の時代となり花菱アチャコを残して演芸部を解散する。このことも勿論松竹との競争に勝つためであったが、今で言うところのスクラップ&ビルドの歴史であった。昭和34年ごろから園芸部門を復活させ、映画に見切りをつけ、TVメディアへと方針転換をする。そして、寄席文化から離れ、名物番組であった「ヤングOH!OH!」に当時の若手のトップをすべて注入する。桂三枝、笑福亭仁鶴、月亭可朝、横山やすし・西山きよし、桂文珍たちである。番組について補足するならば、1969年から1982まで放送された毎日放送制作の公開バラエティ番組で若者に圧倒的な支持を受ける。結果、吉本の若手芸人の元祖登竜門番組となる。それまでの松竹芸能独走状態であった上方演芸界を吉本中心へと転換することとなる。そして、まだ記憶に新しい昭和55年に漫才ブームが起きる。

このように明確なメディア戦略の結果が今日の吉本を創っていることがわかる。さて本題の一つである「人」の生かし方であるが、実は大正時代に芸人100人を超える大所帯になる。当時の人気者であった桂春団治は別格として、全ての芸人と月給制の契約を結んでいる。Aが50円、Bが30円、Cが12円だった。当時の小学校の教員の初任給が40円、であったことを考えると月給としては安い。Dもあって12円以下であった。しかし、このアイディアには傑出した特徴がある。駆け出しはゼロ円だったが、仕事が入とDにランクアップする。トップスター春団治を頂点に仕事が多く人気が出れば給与もチャンスも拡大するというシステムである。
吉本を含め大手芸能事務所はタレント養成所を擁している。かなり前の情報であるが毎年500名以上の若者が養成所に入ると聞いている。(おそらく今はそれ以上であると推測されるが) この内5%程度が劇場に出演できると言われている。そして、その審査基準は会社が決めるのではなく、劇場にくる顧客がABCといったランクをつけて決めるというシステムである。AKB48における総選挙を彷彿とさせる仕組みである。よく若手芸人が出演料が200円なので劇場まで歩いてきた、吉本はケチな会社ですとギャラを自虐ネタにしているが、それは事実であり、多くのランク外の人間は養成所で活動を終えることが多い。入り口は広くあるが、次第に絞られてくる、しかもそれは「顧客」によってである。その背景には、「笑い」は儲かるとは限らないというシビアな現実があると言うことだ。

さて時代変化に即応する歴史と仕組みについて吉本を事例に考えてきたが、冒頭の「笑いの経済学」の著者である木村氏は「笑い」の経営、吉本流経営を「牧場型」と呼んでいる。著書の出版当時、多くのTV番組にも出演しインタビューに答えていたので思い出す人もいることと思う。会社と芸人の関係について、吉本は柵の低い出入り自由な牧場で、所属する芸人は遊びに行ってもいいし、色恋沙汰をしてもいい。会社は何をするかというと、おいしいビジネスチャンスという牧草と快適な寝倉を用意する。会社はその牧草と寝倉を徹底して良質にする。良質な牧場を作れば、出て行った牛も必ず戻ってくると冗談交じりでインタビューに答えていたことを思い出す。
つまり、個人自営業者が集まった集団企業で、世間で言うところの雇用契約ではない。木村が言う競争社会は米国型の自己責任のみの関係ではない。「笑い」を取れなくなったら、会社ではなく本人のせいであり、例えば一時代を創った藤山寛美の松竹芸能の凋落を横目で見続けていたからであろう。時代が求める笑いが取れなくなった時、舞台から去らなければならないと言うことである。それは居心地の良い牧場に安穏としていることは許さないと言うことでもある。

こうした吉本が今日の躍進のきっかけとなったのが若手漫才師の登竜門「M-1グランプリ」である。発案は島田紳助であるが、木村氏が動いた結果であったと言われている。2001年にスタートしたが、10回目で休止する。しかし、その休止は若手芸人にとって目標を失う結果となる。入口を広く、その裾野づくりが吉本の生命線となるのだが、勿論再度復活する。そして、今日の若手芸人6000人にまで膨張することとなる。
今回売れっ子芸人になった複数の芸人が反社会的勢力との闇営業によって、処分されることとなった。吉本興業はコンプライアンスと反社会的勢力排除への「決意表明」をHP上で行なっているが、言葉上は「コンプライアンス体制を再構築する」としている。しかし、木村氏が言うように「牧場型」の経営を見直すこと、牧場の柵を出入りできないようなものにすることまで踏み込んではいない。多くの経営者は普通優秀な人材を囲い込もうとする。極論ではあるが、もともと芸人は成績優秀で世間の常識に素直に従うような人物ではない。M-1グランプリの発案者であり、反社会的勢力との付き合いで解雇された島田紳助は元暴走族である。木村氏が書いているように、吉本は世間から外れた人間の厚生施設のようなものである。一人ひとりに潜む才能をどのように組み合わせ、どのように変換・編集するかということなのだ。こうした埋もれた才能を表舞台へと変換していくかが「経営」のポリシーとなる。そうした意志は創業時代から変わってはいない。

但し、実は「笑い」市場の大きさに比べ、吉本牧場は芸人が増えすぎて臨界点を超えてしまっている。つまり、良質な牧草を提供できなくなっており、闇営業も生まれることとなる。問題の本質は契約書を交わすことでもコンプライアンス研修をすることでもない。膨張した企業を成長へと転換させる経営が今問われていると言うことである。
吉本の不祥事を褒めることではないが、停滞する日本経済にあって発想・着眼のユニークさとリスクを背負ってもやるという思い切りの良さには多くを学ぶべきである。これまで未来塾でレポートしてきたが、戦後エンターティメントの街づくりに失敗した新世界はジャンジャン横丁のだるまをはじめとした飲食店によって再生した。また、西部劇のアトラクションの失敗から、ハリーポッターの成功をきっかけに夏場の水かけ遊びなど手作りの独自な遊びを通じ成長に向かったUSJしのように、ある意味常識を覆した行動、吉本の「おもしろいことならなんでも提供しよう」とするポリシーと同じである。大阪は商人の町と言われるが、庶民の心に潜む可能性を見出し「芸」へと変換させることが商いとなる、そんな町のことである。。ジャンジャン横丁のだるまの串カツも、USJの水遊びも、「芸」へと転換した良き成功事例である。吉本の場合、大阪人の体質にある「笑い」を「芸」へと転換した企業である。今回の「事件」を通し、どのように次なる「牧場経営」を行なっていくか、牧場の広さを変えていくのか、新たな牧場を創っていくのか、あるいは柵を少し高くしていくのか、何を変えていくのか見ていこうと思っている。(続く)
  
タグ :吉本興業


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2019年06月23日

今の日本の実相、その空気感 

ヒット商品応援団日記No740(毎週更新) 2019.6.23.

老後資金2000万円問題が社会保障制度の持続性を含め注目されている。周知のように金融審議会の市場ワーキンググループから「高齢社会における資産形成・管理」と題する報告書が公表された。その報告書の中に書かれている年金などの収入以外に約2000万円の貯蓄が必要との試算が盛り込まれ、年金では足りない赤字分を自助努力する必要があるというものであった。 2004年小泉内閣の時に社会保障制度の改革がなされ「年金100年安心プラン」という賦課方式による制度変更がなされた。それまでの積立方式から現役世代が高齢世代を支える賦課方式への転換であったが、その背景には旧厚生省のグリーンピア事業への投資といった無駄遣いもあったが、今日の日本をイメージさせる事実があった。キーワードは「安心」である。スローガンやタイトルをつけることによって一つの「空気感」を創る作用がある。あたかも100年先まで安心生活が送れるといった一種の錯覚を産み、安心プランの中身を理解することを半ば止めてしまうことへと向かう。

ポスト団塊世代以上の中高年、つまり年金受給が真近になった世代にとってこれからの生活を考える上で極めて重要なことであった。「100年安心」というプランのタイトル・ネーミングについてはこの世界にとっては「制度の持続性」であると理解されており、当時から厚生年金受給予定者夫婦にとって2000万程度は必要であると指摘はあった。しかし、ポスト団塊世代より若い世代にとっての理解は制度の持続性、支える世代としての負担の大きさに果たして「100安心」として受給できるかどうかという疑念が残った。いわゆる世代間格差である。
そうした議論に答えが出る前に、2007年社会保険庁改革関連法案の審議中に社会保険庁のオンライン化したデータ(コンピュータ入力した年金記録)に誤りや不備が多いこと等が明らかになる。いわゆる「消えた年金問題」である。以降、被保険者と受給者合わせて1億1,000万人ほどの人に年金特別便というものが送られて、年金記録に漏れなどの確認が行われる。その過程でわかったことは旧社保庁のずさんな缶入りはいうまでもなく、事業主が高い保険料を負担したくないがために、従業員の給与を実際の額よりも引き下げたり、または会社が厚生年金から偽装脱退するといった不正も明らかになった。その結果の詳細については専門家に任せることとするが、今なお2,000万件ほどの記録が未解決となっている。「安心」というキーワードによる空気感は今なおモヤモヤしたまま、不信感とないまぜ状態で蔓延している。

今回金融庁から出された報告書のモデルとして厚生年金受給者を取り上げていたが、以下のような公的年金制度の概況となっている。(平成28年末)
●国民年金の第1号被保険者数(任意加入被保険者を含む)は、1,575 万人となっており、前年度末に比べて 93 万人(5.5%)減少。
●厚生年金被保険者数(第1~4号)は、4,266万人(うち第 1号 3,822 万人、第2~4号 445 万人)となっており、前年度末に比べて 138 万人 (3.3%)増加。
●国民年金の第3号被保険者数は、889万人となっており、前 年度末に比べて 26 万人(2.9%)減少。

モデルケースとしていわゆるサラリーマン世帯(厚生年金)を取り上げることは良いとは思うが、実は問題が大きいのは国民年金受給者の方で、2016年4月に厚労省によって発表された資料によると、2013年度の年金保険料を期限内に支払った割合は60.9%であったが、2014年度末には67.2%、2016年2月末には69.8%にまで増えている。また、数年後には70%程度にまで増えることが予想されている。
背景には非正規雇用の増大という課題がある。総務省の2017年のデータによれば、正規の従業員を年齢階級別にみると、15~64歳は3323万人と46万人増加し、65歳以上も109万人と10万人増加。
非正規の従業員は15~64歳が1720万人と3万人減少した一方で、65歳以上は316万人と15万人の増加。ちなみに全体の37.3%を占めている。

ところで賃金構造基本統計調査によるとワーキングプアと言われる収入が200万円以下の人口は約1069万人。正規・非正規雇用全体の人数であるが、若い世代のみならず、両親の実家に住み生活している中高年世代にも広がっている。前回書いたように「80 50問題」における50世代、つまりバブル崩壊による就職氷河期世代もこの中に多く含まれている。
年収200万未満となると1ヶ月の収入は15万未満となり、両親などの扶養扱いから抜けるとなると、国民年金の保険料は月額16,410円ということから納付が困難な人も多くなることがうかがえる。結果、「80 50問題」を増大させ、その中から引きこもりもまた生まれる。
また、今回の家計調査(赤字額月額5.5万円)における高齢者の貯蓄額を発表しているが、その平均貯蓄額を発表しているが、1億円以上の高齢者もいて、平均額(2284万円)をみると一定の貯蓄があると見えるが、実はより正確に見ていくとその中央値(1515万園)は低く、実態としては高齢者においても厳然たる経済「格差」があることがわかる。ちなみに100万円未満8.3%もいる。その象徴として生活保護世帯は徐々に増え164万世帯。つまり、若い世代においても、高齢世代においても「格差」があるということである。これがバブル崩壊後の長期停滞日本が生み出した現実である。

さて、前回も書いたことだが多くの注目すべき現象は日本社会の構造が変わってきたことにある。勿論、そのキーワードはまずは少子高齢化であり、そこから生まれる「不安」である。実はこの不安という空気感を創るのは「情報の重要さ」×「情報の曖昧さ」に比例する、という法則があって、社会心理学では基本となっている。ここからいわゆる世論もそうであるが、さらに言うならば「伝説」も「うわさ」も「デマ」も生まれる。こうしたことが生まれるのも、私たちの「内なるこころ」が創らせているとも言える。見えない不安を背景に、逆に「見えること」を逆手に取った詐欺的商品も現れて来る。同時に「見える化」が10年ほど前から指摘されたのもこうした理由からである。
隠せば隠すほど疑念が深まり、それは不安へと向かう。今回は「年金」を入り口にその不安の背景の「今」を整理したが、こうした経済に関すること以外にも不安を構成する要素としては以下のように整理することができる。

1、健康に対する不安:癌といった病気から身じかな不眠といった不安まで。更には、「食」への不安。
2、経済に対する不安:世代によっても変わるが、社会保障から勤務先企業の経営や仕事への不安。
3、社会に対する不安:主に、凶悪犯罪からオレオレ詐欺などへの不安。あるいはいじめなど教育への不安。
4、災害に対する不安:身近な住まいの土砂災害、電車など生活インフラから地震などの自然災害に対する漠然とした不安。

人それぞれ固有の不安があり、その度合いも異なる。健康で言えば約半数の人ががんにかかるが医学の進歩から治らないがんはどんどん少なくなってきている。つまり、命にかかわる病気の「曖昧さ」が明確になり解決できてきたと言うことである。社会に対する不安については前回の川崎殺傷事件をテーマに無縁社会の広がりについて書いたが、大きな社会問題化する前に抜本的な対策が必要とされている。災害については昨年の西日本豪雨災害から、大型台風、さらには北海道地震といった災害列島についてプログにも書いてきた。度重なる災害に対し、防災・減災が実行に移されてきている。例えば、最大瞬間風速58.1メートルを記録した台風21号の関西直撃に対し、あまり報道されていないことだが、台風直撃の前日にJR西日本が当日の運転を休止する旨を発表している。勿論、梅田やなんばに乗り入れている阪急電車など各社とも連携した休止である。結果、多くの企業や学校、商店も休みとなり、大阪の中心部は閑散となったが、人的被害や混乱は極めて少なかった。電車を停めることはギリギリまで行わないことが常であった。しかし、今回の JR西日本の判断は英断であったと言える。

そして、問題なのが今回の社会保障制度についてである。老後資金2000万円問題によって、若い世代が資産形成セミナーに殺到していると言う。勿論悪いことではないが、大きな経済破綻が起これば蓄えた資産など一夜のうちに半減してしまう歴史がある。例えば、生涯で一番大きな買い物と言われる住宅で言えば、バブル崩壊によって資産価値は半減し、売却して返済にあてても多額の住宅ローンが残る。最近で言えば2008年のリーマンショックによってリスクの少ないと言われる投資信託も、組み込んだ内容にもよるが35〜40%目減りする、そんなリスク経済であることを思い起こした方が良い。

フェイクニュースはトランプ大統領の専売特許ではない。情報の時代にあっては、日本においても多くの「フェイク」があった。言葉を変えればなるほどと思うが、例えば記憶の範囲で言えば耐震偽装から始まり、最近では大企業においてもデータ改ざんといったフェイクは氾濫している。こうした時代にあって、どうビジネスをしていけば良いのか、それにはまず顧客に「聞く」こと、顧客の声に耳を傾けることから始めることだ。「言う」から「聞く」である。顧客は過剰情報のただ中にあって、素直に心を開くわけではない。繰り返し聞くことを通じ、「会話」を成立させることだ。ローコスト経営へとシフトした企業は多くあるが、セルフスタイル業態の場合、「何か」が障害となった時、顧客心理は右から左へと大きく振れることとなる。文句を言う相手がいないと言うことは、2度と行かない、使わないと言うこととなる。
このように極端から極端へと振れる時代、空気が一変する時代である。3ヶ月ほとで消費増税が実施される。不安を持ったままの増税結果は火を見るより明らかである。消費心理は8%導入時の駆け込み需要どころの話ではなく、萎縮どころか氷河期へと向かうこととなる。時代の空気は変わったと言うことだ。(続く)
  
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2019年06月16日

居場所づくりの時代 

ヒット商品応援団日記No739(毎週更新) 2019.6.16.



6月5日日経MJから上期ヒット商品番付が発表された。年々ヒット商品の数も少なくなり、しかも「ヒット」と呼んで良いのかどうか首を傾げたくなるほどの「小さな」なものばかりにあって、「令和」という新時代に向けた多くのイベントや売り出しが実施され、それらを日経MJは「新時代の大号令 高揚感列島を動かす」と書いた。勿論、東の横綱には「令和」が入り、大関には「10連休」が番付されるといった具合である。
その「高揚感」の有無、あるいは程度のことではなく、一瞬のうちにかき消されることとなった。それは5月28日早朝に起きた周知の川崎殺傷事件である。事件の詳細についてコメントできる専門家ではないが、事件後に犯行現場に献花に訪れる人が絶えないほどであると報じられている。推測するに数十名どころか数百名に及び、亡くなった小学生や保護者の関係者以外の人も多く、その衝撃さがわかる。

つまり、社会の「空気」が全く異なるフェーズに変わったということである。さらにその空気感を決定づけたのは6月1日に起きた元農水事務次官による長男の刺殺事件であった。以降、「引きこもり」というキーワードのもと、いじめ、孤立、家庭内暴力、80 50問題、中高年引きこもり61万人、・・・・・・そして、「引きこもり」の家族を支援する団体への相談が急増しているという。社会の空気が変わった本質は何か、多くの人はその背後にある「日本社会」のきしみに気づいているからに他ならない。いや気づいたというより現実に向き合わざるを得ない時代なったということである。
それは引きこもりというより、大きく言えば少子高齢化という社会構造の劇的な変化に向き合うことになったということである。その発端は2010年NHKスペシャルが特集した「無縁社会 無縁死3万2千人」であった。以降高齢者のみならず40~50代の現役世代に対しても、孤独死への備えも指摘されてきた。こうした一人暮らしの人間だけでなく、家族がいても「熟年離婚したら一人」「子どもに面倒を見てもらえない」と不安に感じる人も少なくない。実は子供に面倒をかけたくないとした家族とは真逆に、中高年になった子の面倒を高齢となった両親が生活をサポートすることができなくなったというのが「80 50問題」である。ちなみに高齢者の一人暮らしは600万人を超えている。これが高齢社会の現実であり、その軋みが社会へと露わになってきたということである。

さて、川崎殺傷事件の犯人についてであるが、中高年となった「子供」がたどった時代を考えるとまず思い浮かぶのは「就職氷河期世代」である。バブル崩壊によって就職口が閉ざされた世代であり、さらに1990年代多くの神話が崩壊した時代を生きてきた世代でもある。ベストセラーとなった田村裕(漫才コンビ・麒麟)の自叙伝「ホームレス中学生」の舞台となった時代である。「ホームレス中学生」はフィクションである「一杯のかけそば」を想起させる内容であるが、兄姉3人と亡き母との絆の実話である。時代のリアリティそのもので、リストラに遭った父から「もうこの家に住むことはできなくなりました。解散!」という一言から兄姉バラバラ、公園でのホームレス生活が始まる。当たり前にあった日常、当たり前のこととしてあった家族の絆はいとも簡単に崩れる時代である。作者の田村裕さんは、この「当たり前にあったこと」の大切さを亡き母との思い出を追想しながら、感謝の気持ちを書いていくという実話だ。明日は分からないという日常、不安を超えた恐怖に近い感情は家族・絆へと向かい、その心のありようが読者の心を打ったのだと思う。「個人」という視点に立って考えれば、未知の「挫折」を数多く体験した世代である。

少し前のブログ「新時代の迎え方」で、昭和が戦災からの復興であったのに対し、平成はバブル崩壊からの復興であったと書いた。バブル崩壊はそれまでの産業構造から始まり、働き方や生活スタイルに至る多くの価値観が根底から変わったとも書いた。そうした価値観の一つが実は「家族」という居場所であった。「ホームレス中学生」に描かれているが、母親は3人の子供達をつなぎとめ家族崩壊を食い止めることに必死であったように、多くの家族は各人の居場所探しに出かけることとなる。しかし、苦難は続く、いや今なお続いているといったほうが適切であろう。居場所探しは極めて個別であり、川崎殺傷事件の犯人のように両親の離婚に伴い伯父夫婦に引き取られるという居場所、「苦難」の人生を歩み本来受けるべき父性・母性のある居場所ではなかったようだ。この51歳の犯人を映し出す顔写真が中学生の時のもので、その後の40年近い生い立ちについてもほとんでわかってはいない。いかに社会との接点がなく、文字通り孤立した人生であったことがわかる。

以前ブログにも書いたが、1980年代半ばに高視聴率を誇ったTBSの「8時だよ、全員集合」が番組終了となる。以降、お茶の間で家族一緒にTV視聴する「家族団らん」という言葉は死語となった。つまり、経済的豊かさとともに子には個室があてがわれるがバブル崩壊によって、個と個をつなぐ役割を担って来た企業も、それまでの終身雇用に象徴される家族的な雇用関係は米国型の契約雇用形態へと移行する。別な表現をするならば家庭という居場所とともに企業という安定した居場所はどんどん少なくなる。その延長線上に今日の非正規雇用問題もある。正規雇用の企業においても、専門分野での仕事はどんどん細分化され企業はもちろんのことプロジェクトですら帰属意識は低い。そこで人事課が行う仕事の一つとして行われているのが、例えば全員参加の「運動会」である。ほとんど会話することのない個人同士が、一つの競技に力を合わせスポーツする、一種の企業家族の団欒のようなものである。運動会もそうだが、テーマに沿った仮装パーティやバーベキューイベントなんかも疑似家族という場を作ることが重要な人事政策となっている、これも居場所づくりである。

このブログのテーマである「消費」について言うならば、それまでの物理的単位、量、サイズと共に、時間単位、スペース単位、あるいは金額の単位、それらの小単位化が進行する。それらは「食べ切りサイズ」「飲み切りサイズ」といった具合であったが、それらを称して私は「個人サイズの合理主義」と呼んできた。1990年代の個性化といわれた時代を経て、2000年代に入り好き嫌いを物差しに、若い世代では「私のお気に入り」というマイブームが起きた。そして、2000年代前半から、働くシングルウーマンという言葉と共に、「ヒトリッチ」というキーワードが流行り「ひとり旅」がトレンドとなった。そして、お一人様用の小さな隠れ旅館や隠れオーベルジュが人気となり、言うまでもなく今なおその傾向は続いている。ラーメン専門店もお一人様用、居心地良く食べてもらえるように従来の店作りを変えた。その代表例が、周知の豚骨ラーメンの「一蘭」である。カウンターの座席を間仕切りで個室のようにした人気店である。勿論、にんにくの有無。ねぎの種類。味の濃い味、薄味。秘伝のたれの量(辛め)などは、オーダーシートで細かく注文ができるパーソナルサービスである。最近では女性客だけでなく、訪日外国人の人気ラーメン店の一つにもなっている。
しかし、周知のように経済の停滞や非正規雇用といった就業への不安などによって急速に「お気に入り」から、「我慢生活=身の丈消費」へと移行する。そして、その個人サイズの合理主義の延長線上に実は質的変化も出てきた。こうした合理主義はデフレマインドと重なり、個人サイズはどんどん進化した。

実はこうした家族と離れた「個人」の消費心理を変えたのが2011.3.11の東日本大震災であった。その年の流行語大賞にノミネートされた「絆」に代表されているように、家族、仲間、地域、コミュニティ、日常、思い出、・・・・・・こうしたことへと揺り戻しが始まった。グルメ雑誌を飾った飲食店ではなく、街場の飲食店を扱った「孤独のグルメ」が人気となったように。いや私たちが知らないだけで、孤独どころか繁盛している店が無数にあると言うことであった。「街」と言う単位で言うならば、前回取り上げた「東京高円寺」なんかは文字通り人と人とが行き交う賑わいのある街である。高円寺を住みたい街ではなく、暮らしやすい街と表現したが、住民にとって居心地の良い街・居場所と言うことである。
更に言うならば、2000年代半ばのヒット商品であった一人鍋から家族全員で食べる鍋やバーベキューに変わり、企業や団体では福利厚生を踏まえた前述の運動会が盛んになった。勿論、「一人」と言う価値観はあるのだが、家族や仲間などの世界とを行ったり来たりする新しい関係へと向かっている。バラバラとなった人間関係をつなぎ、さらにより深めたり、あるいは修復したりする記念日消費という「関係消費」に注目が集まる。

このように消費から見ていくとよくわかるのだが、進行しつつある多くの「単位変化」があまりにも急速に進んでいくことに、「社会」が追いついていけない現状があり、ギシギシと音を立てている。川崎殺傷事件も元農水事務次官による長男刺殺事件もそうした軋みの一つとして見なければならないということだ。そして、少子高齢社会のもう一つの軋みが少子化である。昨年からの虐待死事件も児童相談所も警察も追いついていないことがわかる。少子高齢社会のスピードに社会を構成するあらゆる企業も、行政も、勿論日本人各人が追いついていないということだ。そして、重要なことは、周りの住民、周りの社会が問題の社会に気づくことにある。気づいたら勇気を持って社会に相談することだ。そんな会話できる社会を目指すことであろう。
この2年間ほど未来塾で取り上げてきた賑わいのある街、活気あふれ顧客の絶えない店、・・・・・・そうしたところには家族や仲間をつなぐ「居場所」づくり、会話のある楽しめる場所づくりがなされていることがわかる。



単位の物差し変化の先に、どんな社会へと向かうのか。これも仮説ではあるが、個人単位の組合せ社会、有機的結合社会、新しいコミュニティ社会へと向かうであろう。家族も従属関係ではなく、互いに尊重し合う関係という家族、個々人の組み合わせ家族、そんな令和時代に向かうのではないかと推測する。そうした家族生活、ライフスタイルはどう変わっていくのであろうか、当然消費のあり方も変わっていく。今回はそんな少子高齢社会がもたらす社会変化について整理したのでビジネス着岸に活用していただければと思う。
社会の軋みをどう解決するのかという根本の課題解決ではないが、一つの着眼としてはバラバラとなった人間関係をつなぎ直し、さらにより深めたり、あるいは修復したりする「失われた縁の回復」には「記念日消費」も一つとなる。母の日や父の日といった記念日、あるいは誕生日や結婚記念日といった記念日もあるが、人には大切にしたい個別で多様な記念日もある。そんな記念日を祝うことがますます重要になる。「居場所」は物理的な場所もあるが、その根底はやはり「こころの居場所」である。そんな居場所づくりがビジネスの世界にも求められる。(続く)
  


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2019年06月02日

楽しむデフレから深刻なデフレへ 

ヒット商品応援団日記No738(毎週更新) 2019.6.2.



長い令和休日も終わり令和の時代が具体的にスタートした。その国賓の第一号として米国トランプ大統領が来日し、その話題でTVニュースの多くがが埋まっていた。こうした中で懸案であった1-3月のGDP速報値の発表がなされた。多くの民間シンクタンクのマイナス予想とは大きく異なる年率プラス2.1%成長という結果であった。しかし、日本の経済に問題ないかと言えばその逆で、プラス成長の理由が大幅な輸入減少であることがわかった。つまり、このプラス成長の数字に貢献したのが輸入の減少によるもので、内需の拡大や輸出の拡大によるプラスではないという事実であった。マクロ経済の専門家ではないので専門家の論を借りれば、名目値で言えば102.9兆円もあった輸入が94.7兆円へ。8.2兆円も輸入が減少したということであった。この8.2兆円の減少が見かけ上のGDPを押し上げたというわけであった。この輸入減少がなければ、多くのシンクタンクが予測したように名目で年率マイナス2.7%であったということである。

さて問題なのはこの「輸入減少」にある。国も人も同じように景気の良い時は多くのモノを買い生活を満たすことであったが、実は日本の購買力が落ち始めていると分析する専門家は多い。購買力の低下とは内需の冷え込みのことであり、その内需とは個人消費と設備投資がその多くを占める。私流の表現に従えば、個人消費で言えば「デフレを楽しむ生活」であり、設備投資で言えば「人手というロボット」という単なる生産性の視点によってしかビジネスを見ようとしない経営、そんな時代を迎えようとしている。極論ではあるが、生産性の視点に立てば、お金がお金を生む投資がリスクはあるものの一番効率が良いとする考え方である。例えば、設備投資ではなく、ビットコインのような金融投資へと向かうことである。しかも、それら投資は「企業」だけでなく、「個人」によっても行われるが、その世界を広げれば企業における海外の有望企業への株投資や買収と同じ発想である。設備投資とはその設備を使うのは「人」であり、人への投資へと向かうこととなるのだが、現段階ではその設備(ロボット化)の方が人より生産性高く働いてくれることが多くなってきている。少し前から、コンビニや飲食チェーン店のバックヤードなどでの悪質な「悪ふざけ」動画のSNSへの投稿が問題となっているが、各店のオーナーや店長はレベルの低いアルバイトを使わざるを得ない人手不足状況によるものと理解はしているが、本音はそんな低レベルのアルバイトなど使わずに、「ロボット」に全てを任せたいと思っている経営者は多い。勿論、こうしたロボット化とは異なる道、「人」への投資を実践している企業も多くあり、このブログでも取り上げてきたが、現在はそうした過度期にあるといえよう。

前回の再掲したブログでは競争市場にあって5つの違い(差)づくりの事例を再度取り上げた。なぜ取り上げたのかその背景は勿論消費増税を迎えどんな違い=戦略を採ったら良いのかその判断材料の一つにしてもらいたかったからである。多くのビジネスマンが注視するのがやはり「価格」であり、内需冷え込みの最大の課題である個人消費の低迷の「今」を少しの事例を含め報告することとする。
「価格」について一番わかりやすいのが食品スーパーであろう。今、神奈川県の専門店において注目されているのが食品スーパーのロピアとオーケーの戦いであるという。エブリデーロープライスをポリシーとしたオーケーについては何回かブログで取り上げてきたのでここでは省略するが、一方のロピアはここ数年前からオーケーに対抗できる食品スーパーとしてデベロッパーによる戦略テナントとして導入されてきた企業である。そのロピアの強みは高品質で低価格な精肉という商品で主婦の圧倒的な支持を得ている食品スーパーである。神奈川の大手デベロッパーである海老名のららぽ~とを始め、橋本のSCミウイ、さらに以前価格帯市場というキーワードで取り上げた横浜港北ニュータウン・ノースポートモールにそのロピアが今年3月に導入されている。ある意味SC集客の立て直しの戦略テナントとして導入されたのだが、その競争相手が同じ商圏内にあるオーケー対してである。
今年3月にノースポートモールにロピアが導入され周辺市場はどうなったかというと、オープン以降ロピアと近くにあるオーケー以外の食品スーパーは極論を言えば客数が激減したと言われている。実はノースポートモールの食品売り場の一つであったブルーミングブルーミー(いなげやグループ)の撤退に伴い富士ガーデン(ニュークイックグループ)も併せて導入されている。少し専門的になるが、ニュークイックは首都圏のSCなどの精肉売り場を展開している大手専門店であり、ロピアもまた精肉関連の強みを持った食品スーパーである。ロピアとオーケーそれぞれの強みを生かした売場作りを行っているが、勿論その競争軸は「価格」にあることは言うまでもない。どんな価格帯で市場を制するか、プライスリーダー競争が始まっているということである。この競争から学ぶべきことの一つは、この2社に顧客は集中し、同一商圏内の他の小売業・専門店は大きな打撃を受けるということにある。
実は「価格帯市場」というキーワードを使ったのは今から2年半ほど前からであるが、ロピア対オーケーという競争軸がら見えてくることは、その価格が更に押し下げられ消費移動が始まると理解認識すべき点にある。
ライフスタイルの変化は「日常」、しかも「小さなこと」から始まる。その変化が一番わかりやすく出てくるのが「食」である。売れない雑誌にあって、発行部数を落とし続けてきた「レタスクラブ」は編集長を変え、それまでの料理における「こだわりレシピ」から「簡単レシピ」へと変更し、特に1ヶ月分の献立カレンダーは読者から好評を得ているという。あれこれ考えることなく、忙しい主婦の味方になっているように、「時短」コンセプトによる「使える雑誌・情報」に支持が集まっているからである。

そして、この「デフレを楽しむ」生活の知恵がやっと売れない雑誌をも立て直したということでもある。こうした傾向は郊外の主婦に向けた市場の中心的価値観の多くを占めているが、都市部のSCを中心とした「食」の分野も「低価格帯」とは異なるもう一つの市場が生まれてきている。そのリーダー的企業が成城石井であろう。低価格帯とは言えない市場であるが、それまでの輸入食品や生鮮品のこだわり食材に特徴を見出してきた成城石井であるが、一時期経営がおかしくなり、10年ほど前から立て直しが始まる。本店であった成城駅前店にはよく行くのだが、そこで立て直しの食として出会ったのが「パン」であった。勿論「手作りパン」であるが、こうした日常の小さな惣菜類に至るまで多くの「手作り食」を提供することによって売上利益ともに一つの軌道に乗せた経緯を記憶している。今成城石井が行っていることは「イートインスペース」が作られ成城石井らしさ、というライフスタイル感の創造の試みである。家庭で作るのは少々大変であるが、「こだわり食」をイートインでも食べることができるということである。雑誌レタスクラブのコンテンツであった「こだわり食」が成城石井であれは少し高い価格ではあるが、食べることができ。その食材を購入も勿論できる、そんなこだわりのライフスタイルの提供と言える。

成城石井のような都市型ライフスタイルの創造アプローチによる市場創造にはここ数年いくつかの企業が参入し始めている。その代表的企業が雑貨を本業とする無印とロフトである。取扱商品という側面からは「雑貨専門店」ではあるが、目指すところは成城石井と同様ライフスタイルの提供にある。この2社に足りなかったのが「食」でライフスタイルの提供には実は欠かせない商品となっており、どこまでやり切れるか注視していきたいと思っている。その無印であるがかなり以前から「食」についてはレトルトカレーなど販売してきているが、昨年秋に発売した「ぬか床」がヒット商品となった。しかし、発酵させるには時間がかかることもあって、今なお欠品が続いている。食は日常であり、欠品は致命的なことになる。ホテルに併設された銀座の店舗では弁当も取り扱っているようだが、単なる話題作りに終わらせないで欲しい。
一方、銀座ロフトもリニューアルを行い、その目玉としているのが「食」である。着眼としては無印と同様であるが、銀座ロフトの「ロフトフードラボ」では、ブランチやカフェタイムに、夜にはバーとしても利用できる約30席のイートインコーナー。素材にこだわった限定スイーツやフルーツドリンクを楽しめる一つのライフスタイルアプローチである。2社ともに言えることだが、単なるライフスタイルの演出ツールとしての「食」に終わらせないでほしい。

今回取り上げたのは価格帯市場の「今」とともに、もう一つのアプローチであるライフスタイルへの着眼。そうした競争市場が、同じ商圏内、同じジャンル内、更にはそうしたシェアーを得るべく軽減税率の対象となっている「食」を取り入れた競争が始まっているということである。2ヶ月ほど前のブログにも書いたが、乳製品を始め人件費や物流費の高騰により「値上げ」の春という表現を使ったが、6月になってもカップ麺など値上げが続く。こうした値上げは、消費税10%導入後の値上げは不可能であると考えているからである。政府のキャッシュレス化推進に合わせて各社の「ポイント」競争が展開されているが、この「お得競争」があらゆる業種・領域に浸透し、結果は当然であるが「デフレ」はますます深刻なものとなる。楽しめるデフレから深刻なデフレに向かうということである。500円ランチは400円になり、千ベロ酒場はおじさんだけでなく若い世代向けも含め一般化し手織り、その代表的な店が大阪ルクアイーレの紅白(コウハク)や「魚屋スタンドふじ子」である。中食は勿論だが、内食も更に進み、しかも「時短」でないものは売れなくなるであろう。一方企業の側もスーパーにおけるセルフレジのみならず、ユニクロのように購入商品をカゴに入れたまま精算支払いができる無人化も進む。経営体力のある企業は生き延びていくが、中小、特に家族でやっているような街場の飲食店は後継者もいないこともあってどんどん閉店していくこととなる。一時期話題となったTV番組「孤独のグルメ」に取り上げられた街場の名店も次々と閉店している。東長崎の「せきざわ食堂、江東区枝川の定食屋「アトム」、浦安にある静岡おでんが食べられるカフェ「Loco Dish」、私の自宅の近くにあった千歳船橋の「中華日和」も閉店したようである。名店と呼ばれた店ですらこうした状況にある。消費増税による影響は利便性の高い駅から離れた住宅地の商店街・商店からすでに消滅が始まっている。深刻なデフレとは、衰退ではなく、消滅へと向かうことである。

こうした購買力の低下に伴う市場・顧客変化が進むなか、少し視野を広げれば米中貿易戦争の影響が日本の産業界に押し寄せ始めている。それは両政府間の関税競争から、ファーウエイへのアンドロイドOSへの提供を打ち切ると発表したGoogleのように民間企業間に消費生活に直接その影響が出始めている。周知のようにソフトバンク始め、「5G」についてはファーウエイ排除へと動いており、至る所で影響は出てきている。勿論、その先にはAI(ビッグデータ)における競争、覇権争いがある。6月末のG20サミットが一つの山になると言われているが、簡単に終わる「戦争」ではない。両国とはその貿易面で密接な関係にある日本であり、「消費」への影響がどんなところに出てくるか注視していかなければならない。何が起こっても不思議ではないという時代に入りつつあるということだ。(続く)

   


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