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ヒット商品応援団
「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2017年02月25日

衝突する仲間幻想 

ヒット商品応援団日記No671(毎週更新) 2017.2.25.

この1ヶ月間忙しさもあってブログの更新が出来なかったが、トランプ米国をはじめ国内でも築地市場の豊洲移転問題ををはじめとした多くの社会現象が立て続けに起こってきた。
昨年のブログでもオバマ時代の政策の真逆を進めるトランプ大統領(当時候補)は想定通り就任後大統領令を次々と発行し、それに反発するデモが米国以外の欧州においても行われていると報じられた。こうした一連のニュースの中でトランプ大統領の記者会見で大手メディアに対し「フェイク(偽)ニュース」であるとのコメントを連発していた。この「フェイクニュース」という言葉は「ポピュリズム」と共に今年度の流行語大賞にノミネートされても良いほどの時代のキーワードとなっている。日本とは少しメディア事情が違うようだが、米国民の多くはCNNテレビやニューヨークタイムスといった大手既存メディアから情報を入手するのではなく、その多くはネットメディア・SNSにある多くの情報(ニュース)サイトからと言われている。大手既成メディアは真実を語って来なかったという理由で、真実はネットメディア・SNSにこそあるというのがトランプ支持者の言い分であるとも報じられている。しかも、ツイッターのように140文字という短文ニュースはその短さもあって、人から人へと物の見事に拡散していく。

誰が言ったかわからない、発信者不明の噂やデマは日本においてもいくらでもあった。最近では昨年の熊本地震の時のライオンが動物園から逃げ出したというデマ情報がツイッターに投稿されたことがあった。そんな不安による問い合わせが100件を超えたと言われ、社会的影響から後に発信者が特定され警察に捕まったのだが。このような発信者不明の拡散メディアの時代とは、発信者と情報とが分離し、情報だけが一人歩きする時代のことである。
実は以前流行語大賞にノミネートされた言葉に「KY・空気が読めない」というキーワードがあった。ちなみにそれまでの流行語大賞は、
2004年度/「チョー気持ちいい」、「気合だー」
2005年度/「小泉劇場」、「想定内(外)」
2006年度/「イナバウアー」、「品格」
それまでの流行語はあっと驚く感嘆詞、劇場型、サプライズ的な過剰な世界を象徴したキーワードであった。しかし、KYは言葉になかなか表しにくい微妙な世界、見えざる世界、こうした世界を感じ取ることが必要な時代に生きている、そんな時代の最初の流行語であった。善と悪、YesとNo、好きと嫌い、美しいと醜い、こうした分かりやすさだけを追い求めた二元論的世界、デジタル世界では見えてこない世界を「空気」と呼んだのだと思う。
元々中高校生が日常的に「分かっていないヤツ」という意味で使っていた言葉である。面白いことに、翌年ローマ字式略語約400語を収めたミニ辞典「KY式日本語」が発売された。2007年の流行語大賞の一つに選ばれたKY(空気が読めない)も数年前から高校生の仲間言葉として使われていたが、出版元に寄せられた新語募集ではこのローマ字式略語が上位を占め、発売に踏み切ったとのことであった。ちなみに1位はKY、上位にはJK(女子高生)やHK(話変わるけど)といった言葉遊びが中心となっている。面白い言葉では、ATM、銀行の自動支払機ではなく(アホな父ちゃんもういらへん)の略語やCB、コールバックや転換社債ではなく(超微妙)の略語で若者が多用する言葉らしさに溢れている。

ところでKY語の発生はコミュニケーションスピードを上げるために言葉を圧縮・簡略化してきたことによる。既に死語となったドッグイヤーを更に上回るスピードであらゆるものが動く時代に即したコミュニケーションスタイルである。特に、スマホのメールなどで使われており、絵文字などもこうした使われ方と同様である。こうしたコミュニケーションは理解を促し、理解を得ることにあるのではない。「返信」を相互に繰り返すだけであると指摘する専門家もいる。
もう一つの背景が家庭崩壊、学校崩壊、コミュニティ崩壊といった社会の単位の崩壊である。つまり、バラバラになって関係性を失った「個」同士が「聞き手」を欲求する。つながっているという「感覚」、「仲間幻想」を保持したいということからであろう。裏返せば、仲間幻想を成立させるためにも「外側」に異なる世界の人間を必要とし、その延長線上には衝突という「いじめ」がある。これは中高生ばかりか、大人のビジネス社会でも同様に起こっている。誰がをいじめることによって、「仲間幻想」を維持するということである。

トランプ大統領が候補から大統領になってもなお、ツイッターによるコミュニケーションを取るのは単なるアンチ大手既成メディアだからだけではない。昨年トランプ大統領の戦略について書いたことがあったが、ヒラリー候補に勝つ唯一のチャンスがあるとすれば中西部の鉄鋼や自動車といった廃れた製造業の白人労働者に直接「声」をかけることだと。つまり、職場が崩壊し、コミュニティが崩壊したバラバラとなった労働者に、「アメリカファースト」という「仲間幻想」を呼びかけたということである。そして、この仲間幻想を継続させていくには、外側に敵(大手既存メディア)を作り戦うこと、しかもツイッターというネットメディアを使ってである。そして、この「つぶやき」を心待ちにしているのが陽があたることのなかったトランプ支持者である。政権を維持していくには不可欠なコミュニケーションということだ。勿論、アンチトランプを掲げる移民を中心としたリベラルな人たちもまた「移民国家アメリカ」という仲間幻想を持ってのことは言うまでもないことである。当然、分断国家米国はこれからもより亀裂が先鋭化していくこととなる。これが米国の実態である。

さてこうしたコミュニケーションの時代をどう考えれば良いのかであるが、まずフェイクニュースという嘘情報の対応だが、嘘は論外であるが不確かな情報、例えば最近ではDeNAのまとめ医学サイト「WELQ(ウェルク)」における不正確な記事や著作権無視の転用である。問題指摘のきっかけは、問題記事が転職サイトの広告に誘導するものであり、「クリック」というお金=広告至上主義のためのものであったことが判明したことによってであった。
インターネットの普及と共に、その混沌とした情報に向き合うために盛んに「情報リテラシー」が叫ばれてきた。情報を使う能力、その前にその情報が正確であるか、正しいものであるかの慧眼、願力を必要とする時代認識である。ある意味、残念だが騙されたという「痛い思い」を通じてしか成長できない時代にいるということだ。そして、「痛さ」から立ち上がるには、古臭い言い方になるが「他者」によってであろう。それこそKY、見えない世界を通じての優しさである。優しさの向こう側には他者への寛容さがある。トランプ大統領が引き起こした様々な亀裂は今まで見えなかっただけで、実は地中深く存在していたということである。

ところで亀裂が生まれる根源となっている仲間幻想の垣根が崩れるのは、敵という外側の人間による「聞く」という行為によってであると指摘されている。実は精神科医の基礎を作ったジャック・ラカンは患者の「理解してもらい、認めてもらいたい」という希望を「丁寧に聞くこと」が病を治すことだと言っている。トランプ大統領に代わる「聞き手」が求められているということである。それは競争相手であった民主党ヒラリー陣営を指しているということではない。まずは大手既成メディア自身が「つぶやき」を心待ちしている人たちにまずは「聞く」ことから始めるということだ。
KY語世代を日本語を理解していない、何も分かっていないと嘆くのではなく、ビジネス現場でも社会生活を送る上でも、まず「聞き手」に徹することから始めている筈である。「KY式日本語」という文脈(言葉の土俵)に沿って対話していくことも、「大人」には必要な時代だと思う。米国もまたそうあって欲しいということである。
こうした「聞く」ことを繰り返していくことを通じて、仲間幻想の垣根が崩れ、そして「嘘」か否かがわかってくるはずである。「事実」は立場や視点によって異なるものである。場合によっては真逆のことすらあることは、多くの歴史認識の違いとなって現れていることを知っている。性急に「事実」は何かを迫るのではなく、時間がかかってもまず「聞く」ことから始めなければならない。これが情報の時代の鉄則である。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:39Comments(0)マーケティング

2014年07月23日

未来塾(7)「商店街から学ぶ」戸越銀座編(後半)

未来塾「商店街から学ぶ」戸越銀座編後半を公開します。前半では商店街周辺の住民と商店構成の特徴などをスタディしました。後半では「次」の町の商店街を目指すにはどうすべきか、他の商店街の事例を踏まえて学びます。

時間帯によって表情を変える商店街

通常の商店街であると、ウイークデーの場合午後3時頃から買い物客が集中し始めるが、戸越銀座の場合は夕方5時過ぎからピークを迎える。

駅から西へ数分のところに中堅地域スーパーである「オオゼキ」があるが、午後3時過ぎから地元顧客である永く住んでいる主婦層が買い物に訪れる。一方、午後5時過ぎからは駅から数分という近さもあり、仕事帰りの若い女性達が買い物をし、商店街を歩いて自宅に戻っていく。
そして、商店街には永く愛されてきている創業1933年の鮮魚の「魚慶」や青果店がある。ただここ戸越銀座は砂町銀座とは異なり、お惣菜を売る専門店は極めて少ない。砂町銀座商店街の場合は、おでんやてんぷら、シュウマイにに肉じゃがなどの和総菜といった総菜専門店であった。戸越銀座では例えば「百番」のように中華食堂の店先で中華総菜を売ると言った提供の仕方だけである。
また、戸越銀座においても前回の砂町銀座同様、町の人気商品の一つが「焼き鳥」である。自宅で焼くには大変だし、かといって居酒屋に行くにはチョット、スーパーの焼き鳥は今ひとつだし・・・・こうしたことから焼きたての焼き鳥をその場で食べるのが一つのトレンドとなっている。この戸越銀座商店街も砂町銀座同様、休日には他のエリア顧客による焼き鳥などの食べ歩きツアーを促進したいようであるが、食べ歩く回遊の密度、特に総菜店が少ないことから、今ひとつ楽しさは半減といったところである。

戸越銀座のブランドづくり

恐らく商店街のブランド化に最も熱心な商店街の一つであろう。前回の砂町銀座においても書いたが、商店街は戸越コミュニティの中心にあり、住民顧客と商店街との交流によって創られると。そのブランドのコアとなるのが、名物と看板娘やオヤジという人物であるとも。
まずその名物であるが「おでんコロッケ」(後藤蒲鉾店)、「手作りつくね」(焼き鳥エビス)、「精進 串カツ」(百番)、「レモンだんご」(だんご屋あさの)、「メンチカツ」(かたばみ精肉店)、・・・・おそらく他にも地元住民に愛されてきた名物があると思うが、例えば吉祥寺の「小ざさ」のように40年間行列が途切れることの無い和菓子店やその隣にある「メンチカツ」のサトウも休日には30分以上並ばないと買うことができない、そんな突出した広域集客が可能な名物店が残念ながら戸越銀座商店街にはない。
また、吉祥寺と比較すると分かるが、吉祥寺には「ハーモニカ横丁」という懐かしさと新しさが同居した飲食店が集まった一角がある。その名の通り、ハーモニカのように間口の狭い店が軒を連ねる、そんな密度は残念ながら戸越銀座にはない。東京で一番長い商店街は逆に弱点になっているということである。この「長さ」を少しでも解決するために商店街の通りは平日の15~18時、日曜・祝日は14~19時が歩行者天国となっている。


戸越銀座商店街はエリアの活性をはかることを目的に「戸越ブランド」づくりの努力は行ってきている。その一つが10年前に「戸越銀次郎」というキャラクターを作り、戸越銀座商店街のアイデンティティとして使っている。更には最近では「好きですこの街」というイメージソングまでつくられている。このようにクマモンやふなっしーといったゆるキャラブーム以前からキャラクターを活用してきている。課題はそのブランドの魅力の表現の仕方、強さにある。
ところでこうしたブランドづくりと共に、最近注目されている「バルイベント」にもトライをしている。「バルイベント」とは2004年に開催された「函館バル」にはじまり、「ユルベルトKASHIWAX(千葉県柏市)」、「伊丹まちなかバル(兵庫県伊丹市)」など、近年全国各地で行われているイベントである。主に飲食店を中心にした地域活性化イベントで、チケット制の食べ・飲み歩きイベントである。参加店舗の「自慢のおつまみ+ワンドリンク」をこの日だけの特別価格で楽しんでいただくというイベントである。名物商品づくりから始まり、キャラクター活用や販促策まで、とにかくこのように多くのマーケティング努力を行ってきたのが戸越銀座商店街である。

銭湯のある商店街


戦後どんどん無くなっていくものの一つに銭湯がある。昭和30年代までは町単位に銭湯があった。ちなみに昭和40年には都内には2641軒もの銭湯があった。豊かになり、自宅に内風呂のあることが当たり前の時代へと向かうことと反比例するように町の銭湯は無くなっていった。そして、平成22年には801軒にまで減ってしまった。銭湯が生活の一部であった世代はポスト団塊世代までである。おそらく個室をあてがわれた最初の世代である団塊ジュニアにとって、幼い頃の銭湯経験はほとんどなかったと思う。
戸越銀座商店街には駅を境に、西に金泉湯、東に戸越銀座温泉(スーパー銭湯)の2カ所も営業している。戸越銀座商店街から少し歩けば、武蔵小山近くには福井湯、南の戸越公園近くには万年湯があり、戸越一帯には多くの銭湯が今なお残っている。


周辺の住居にはアパートのワンルームが多いことと、50年以上もの永い間住んできた住民の人たちのライフスタイルを考えると銭湯が普及した江戸時代のライフスタイルが想起されてくる。
江戸時代の住まいは周知の長屋であるが、部屋は3坪程度の狭さでほとんどベッドルームとして使われていた。ダイニングはといえば共同の井戸のある水場で、バスルームといえば近くの銭湯であり、リビングルームもかねていた。この銭湯であるが、その二階には世間話ができる場所(リビングルーム)があり、更には何か食べたいなと思う時には近くには屋台(ファストフード)もあった。まさに銭湯は町単位のコミュニティの中心であった。戸越銀座商店街に2店もの銭湯があるというのも50年以上も住み続けてきた住民の人たちによるコミュ二ティが今なお生きている証であるということだ。東京への一極集中と良くいわれ再開発が日常化していると考えがちであるが、品川地区や大崎地区はそうであるが、都心に近い荏原、戸越地区には昭和のコミュニティ、昭和のライフスタイルが今なお残っているということである。

戸越銀座商店街の次の戦略




今なお銭湯のある商店街が目指す次の商店街計画「ユビキタス計画」が準備されている。ここでいうところの「ユビキタス」とは電線類地中化計画」の一環として行われる計画で、電線や電柱を撤去し景観を良くすることだけでなく、光ファイバーを使った情報環境の整備、いわゆるIT技術を使った次代の商店街戦略を行おうという計画のようである。例えば、単なるモノの売り買いする商店街としてではなく、商店街の通り自体を一つの「舞台」にすることもできるし、戸越銀座固有のコミュニティ演出も可能となる。そして、何よりも時代の趨勢でもあるインターネットによって顧客と個店とがつながることによってビジネスのあり方が根底から変えることが可能となる。スマホの活用は若い世代にとって日常であり、若い世代が多く住む戸越の商店街にとっては、ユビキタスの言葉通り「いつでもどこでも必要な情報を提供する」ことが可能となる。この情報サービスのシステム化は商店街の良きビジネスモデルになると想定される。
また、上記構想を見ても分かるように社会的にも防災・防犯を含めた安心・安全な街づくりとしての役割を果たすことも計画の狙いの一つとなっている。この計画がいつ実現するのか分からないが、実現された時、東京で一番長い商店街ではなく、東京で一番「便利で楽しい」、しかも「安心・安全」な商店街になることは間違いない。全体としてはこうした次なる商店街を目指すこととなるが、IT化は個店のビジネスをも根底から変えることとなる。

戸越銀座商店街に学ぶ


恐らく全国の商店街、シャッター通り化する寸前の商店街にとって、戸越銀座商店街はいくつかの示唆を得ることのできる商店街である。商店主の多くは古くからの地権者である。商売人としてはプロであったが、次第に顧客の変化に追いつけなくなる。答えは簡単には出ないが、課題は明確になりつつあると思う。

1、「棲み分け」する商店街

「棲み分け」あるいは「隙間」というビジネス上のキーワードがある。都心には「好み・多様な個性」や「価格(低価格~高価格)」、あるいは「時間(省時間~賞時間)」といった顧客の選択肢を満足させる業態や専門店は30分も電車に乗れば無数存在する。そうした競争環境下の商店街である。前回の砂町銀座商店街も周りを大手商業施設に囲まれた環境下にあって、「モノマネをしない名物商品」、「売り切ることによる安さ」と「看板娘・名物オヤジ」によって見事なくらい棲み分けが成立している。戸越銀座も同様、若い世代向けの美容室やネイルサロンはあってもファッション専門店は1軒もない。ミセス向けの専門店は数店あるが、歴史のある商店街だけあって、商店街の商店構成としては隙間市場として成立している。
多くの駅ビルにあるSC(ショッピングセンター)のコンセプトづくりを行ってきたが、まず行うのが駅周辺の商店街や大型商業施設の調査である。この調査は、私の言葉でいうと「過不足調査」といって、顧客が求める専門店がどの程度既に存在しているか、あるいは足りないか、その顧客満足度を見極める調査のことである。大手デベロッパーではない町の商店街が生き残る術は、まず不足している専門業態やサービスへと地権者自ら転換することから始めることである。大手デベロッパーやチェーン展開する専門店が出来ない領域、出来ないサービスという「隙間」を見つけ、それを磨き続けるということである。結果として砂町銀座商店街のように煮卵ですら名物になる。町の商店街は身近な顧客との直接対話が可能である。その会話のなかで「隙間」とは何かを感じ取るということである。それが「過不足調査」となる。
戸越銀座商店街もある程度過不足のない商店構成となっていることが分かる。時間経過によって顧客要望が自ずと必要とされる商店やサービス、銭湯ですら商店街を構成することとなる。ただ、更なる成長を目指すには、必要に迫られた商品やサービスだけでなく、日常生活にあってチョットうれしい、楽しい出来事の発見こそが消費と共に必要となる。それを可能とするのが、店・顧客共に相互に言葉をかわし合い、その結果をすぐ店頭で商品で答える、そうしたことが商店街の生命線となる。

2、特別な「にぎわいの時」づくり

銭湯のところで少し触れたが、今日のライフスタイルの原型は江戸時代にある。そのなかでもライフスタイル変化の最大のものはなんといっても、一日の食事回数が2回から3回になったことである。当時は火事が多く、1日3回の食事をしないと力がでなかったためと言われているが、定かな研究をまだ目にしてはいない。恐らく、商工業も発達し経済的豊かさも反映していたと思う。その食事回数の増加を促したのが庶民にとっては屋台や行商であった。新たな業態によって新たな市場が生まれた良き事例である。この屋台から今日の寿司や蕎麦などが進化していく。いわゆる今日のファーストフーズである。江戸時代こうした外食が流行ったのも今日とよく似ている点がある。大雑把に言うと、江戸の人口の半分は武士で単身赴任が多く、庶民も核家族化が進み、独居老人も多かったという背景があった。今日で言うところの個人化社会である。ところで武士という言葉を「地方から出てきた学生」や「若い社会人」に置き換え、庶民と独居老人を戦後復興と共に生活を営んできた「古くからの住民」に置き換えれば、まさに戸越銀座そのものである。
その江戸生活の象徴として銭湯を挙げたが、屋台のように多くの飲食店が商店街に並び、更には今なお町単位で神輿を出す祭礼が行われており、昭和どころか江戸スタイルを感じさせるような生活文化が臭う町である。
コミュニティが今なお残る戸越にあって、そのコミュニティをより豊かにしていくことが商店街の活性へとつながる。銭湯、屋台(飲食店)、祭り(神輿)、戸越の名前の由来、・・・・・・江戸を彷彿とさせる要素を数多く有している商店街である。もしコミュニティをより交流させるとすればそれは「縁日」であろう。周知のように縁日は本来神仏の有縁の日のことをいい、祭祀や供養が行われる日を指すのだが、今や東京においても無数の縁日が行われている。戸越が縁日を実施するとすれば、神仏との有縁と共に、商店街と住民との有縁、住民同士の有縁の日とし、「江戸」をテーマに実施するならば戸越銀座の魅力は倍増することと思う。つまり、商店街が持っている資源を一つのテーマの基に集めることによって、突出した「出来事」、「象徴」を創ることが可能になるということである。この突出した「出来事」とは商店街の持つ「密度」、ひしめき合う商店がつくり出す界隈性である。平易に言えば「賑わい」である。戸越銀座商店街の場合、東京で一番長い商店街はこうした「賑わい感」を半減させてしまっている。例えば、「縁日」というアイディアは毎日は難しくても、1ヶ月の内何日かは、店先に屋台を出し、夏であれば金魚すくいといったイベントがあっても良い。砂町銀座商店街の場合は「ばか値市」が該当している。つまり、「この時だけ」という特別なにぎわい時を創るということである。「賑わい」とは顧客にとって、必要に迫られた買い物を超えた、新しい「何か」を期待するわくわく感のことである。今、町の商店街に決定的に欠けているのがこの「わくわく感」である。砂町銀座にあって、戸越銀座には無い物ということである。


3、ユビキタス構想という商店街の明日について


戸越銀座商店街の西側にある中原街道をl越えた先に東急目黒線の武蔵小山駅がある。その駅前には戸越銀座商店街とともに歴史のある武蔵小山商店街パルムがある。パルムは全長0.8キロ約250店舗のアーケード商店街である。パルムも多くの商店街と同様1990年代初頭のバブル崩壊と共に消費は落ち込み危機に立たされることがあった。特にパルムの場合はクレジット事業を積極的に進めており、クレジット売り上げ21億円は15億円まで減少し深刻であったという。この危機を打開したのが現金、クレジット客を問わずポイントを提供するポイントサービス事業であった。それはFINES構想(FUTURE INTELLIGENCE NETWORK SYSTEM)=「近未来型商店街情報通信ネットワークシステム」として、「ポイントサービス事業計画」を行うことで乗り越えたと。その内容であるが、ポイントサービスの稼動状況(平成18年1月現在/武蔵小山商店街HPより)について、
●発行数 81,677,066ポイント(総発行数 954,453,343ポイント)
●交換数 79,532,845ポイント(総発行数 663,171,282ポイント)
という良き稼働状況(=顧客への小さなお得)が提供されている。
このようにポイントの交換率は極めて高い。つまり、こうした「お得」はもはや当たり前のこととして受け止められている。そして、危機の打開策と共に、加盟する商店の端末機の改廃やシステム構築などその苦労は戸越銀座商店街のメンバーは熟知したうえでのユビキタス構想であると思う。

商店街のIT化、情報サービス化の成功事例はパルム以外にもいくつかあるが、小さな商店街の参考となる代表的事例は東京世田谷の京王線千歳烏山駅前にある150店舗ほどの商店街「えるも~る烏山 」であろう。IT化、情報サービス化とはつまるところ地域住民顧客に多様な小さな「お得」を提供する方法論のことである。えるも~る烏山の中心事業はアナログとしての「スタンプ事業」である。ユニークなのはこのスタンプの特典交換アイディアの多様さである。例えば、中元時と歳末に行う「お買物券」が当たる抽選ができる赤いスタンプ(通常は緑)を発行したり、350ポイントを貯めて(1冊)500円のお買いものができるほか、映画のチケットやJTBの旅行券、駐輪券、協定旅館の宿泊券と格安で交換できる。また、バス旅行や観劇会に参加したり、夏祭り時には東京ディズニーランドのチケットと交換できたり、楽しいメニューが盛りだくさんである。
ポイントという機械的な金額還元ではなく、集めて交換する楽しさが倍加するアイディアという訳だ。また、特典の仕組みもさることながら、このエリアには区の出張所でもある烏山区民センターという人が集まれるコミュニティとしての「場」が用意されている。こうした人が集まり、行き交うという相乗効果もあってえるも~る烏山は運営されている。

武蔵小山商店街におけるITを活用したポイントサービス、えるも~る烏山のようなスタンプ活用。デジタル・アナログどちらでも商店街の事業規模や商店同士の相互理解によって採用すれば良い。テーマは住民顧客へ魅力あるサービスをどう提供するかである。前回の砂町銀座商店街の場合は、ポイントやスタンプによる「お得」の替わりに10日ごとに行われる「ばか値市」で顧客に返している。このことは店側も顧客側も十分理解してのことだいる。これも一つの「お得」の返し方である。

さて、戸越銀座商店街の「長さ」をプラスに転換させる試みとは中規模SCのリニューアルと同じである。全国多くの再開発事業を見てきたが、商店街を構成する地権者も後継者難となり、どこか日本農業の衰退と似ていることを強く感じている。今、農家を救うのではなく、農業を救う方法が模索されている。特に中山間地にあっては後継者のいないまま耕作放棄地となり、どんどん増加している。そうした点在する放棄地を集め、従来のやり方にとらわれないいくつかの理にかなったアイディアをもって運営している農業法人も出てきた。作るお米は産地米としてのブランドを超えで高価格で取引される期待溢れる、それこそ「わくわく」する新しいブランド米として顧客に根付きつつある。耕作放棄地をシャッター商店に置き換えるとよくわかる。同じように町の商店街の衰退を救う道は、商店(地権者)を救うことから商店街を救う=再生することへの転換が不可欠ということである。結果、それは商店(地権者)を救うことにつながる。今回の戸越銀座商店街はシャッター通り商店街ではないが、多くの商店街にとって想定される問題点が浮かび上がってきている。難しい課題ではあるが学ぶべき点はこの一点にある。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:11Comments(0)マーケティング

2012年04月11日

スマートライフという新価値時代へ 

ヒット商品応援団日記No524(毎週更新)   2012.2.3.

スマートライフのスマートとは従来の価値観とは全く異なる新しい価値をもたらす、そんな賢明な価値世界であると理解して欲しい。その新価値を先行し代表する商品がスマートフォンであるが、既に携帯電話市場の半数を超えてしまっている。携帯電話機能はあるが、携帯電話にあらず、インターネットに接続しPCが行なう世界がコンパクトに手軽に提供される全く新しい価値商品である。
実はこうした新しい合理的商品がスマートフォン以外にも続々と商品化が進んでいる。
例えば、住宅メーカーのほとんどが賢い住宅、スマートハウスを開発・販売している。いわゆる創エネと畜エネで快適で経済的な住宅である。同じ合理的商品であれば、車の場合はHV車であり、ガソリン車ではあるがリッター30キロを走る軽自動車も加わるかもしれない。
スマートフォンの開発者である亡くなったアップルのスティーブジョブズが思い描いたように、人の手に馴染みあったらいいなと思い至り得るヒューマンな新しい価値概念である。この概念、考え方を敷衍したライフスタイルのことを私はスマートライフと呼んでみた。

このスマートライフについては既に3年程前に「個人サイズの合理主義」というタイトルでその賢い「合理性」に着目しブログにも次のように書いている。
『個人サイズの合理主義は平成世代ばかりでなく、他の世代、他のエリア(都市と地方)においても浸透していくと考えている。「何が合理であるか」が、あらゆる消費の最大キーワードになってくる。昨年のヒット商品の一つであるパナソニックの電球型蛍光灯のように価格は高いが長持ちし電気代も節約できて結果として安く済む、といった費用対効果を物差しとした合理主義もある。1年前から生活者の消費キーワードとなっている「わけあり消費」も、その「わけ」が合理的判断の物差しとなっている。数年前から始まっている単位革命、例えば大家族の場合は業務用食品ショップで大量に買うことが合理主義となり、単身者やDINKSのような場合は小単位、食べ切りサイズが合理主義となる。1980年代から始まった個性化の時代、好き嫌いが消費の第一義であった時代を終え、価格認識に基づく個人サイズの合理主義の時代に入った。』
こうした新しい合理的価値によって生活再編集が始まったということだ。

そして、こうした一種の生活見直しが行なわれている真っ最中に、あの3.11東日本大震災を経験したのである。どんなライフスタイルへと変化を促したか、その第一は自己防衛市場として現出している。ブログにも書いたが、その合理的な自己防衛策として、地震などによって家を無くした場合を想定しアウトドア派ファミリーに売れ始めたのが避難住居にもなるキャンピングカーである。こうした大きな買物だけでなく、若い女性の足下ファッションも大きく変わった。多くの帰宅困難者が駅に幹線道路に溢れた経験からであろう、細いヒールの靴から長時間歩いても大丈夫な靴へと変化した。更には節電自己防衛策として冷感衣料を始め多くの自己防衛対策グッズが売れたのは周知の通りである。こうした変化は、首都圏には4年以内に70%の確率でM7クラスの直下型地震発生が想定されると東大地震研究所から発表もあり、今後のライフスタイル変化を更に促すと考えられる。

今後商品やサービスが選ばれる第一の理由として、「新しい合理性」が問われてゆく。その合理性の中心には創エネと省エネ、省マネーが置かれ、結果コストパフォーマンスが良いかどうかが競争軸となる。この「新しい合理性」という賢明さ、知恵ある工夫は、例えばLED電球のような新技術によるものが多いが、現在は忘れ去られてしまった「おばあさんの知恵」ではないが、古くから伝承されてきた方法論や商品にも焦点が当てられてくる。
以前、そうした合理的商品の一つとして、炊く、煮る、焼く、蒸す、万能調理道具土鍋に着目したが、高額商品である圧力鍋の代わりとして、普通の鍋を保温袋でくるむだけで十分代用することができる方法もある。こうした昔からの知恵を今様に復活させることもスマート商品となる。道具以外でも日本が誇る発酵技術による食品、健康食品は世界の調味料として醤油があるが、最近ブームとなっている塩麹などもヨーグルトやチーズと同じように世界に向かうスマート食品に育つかもしれない。

こうした消費の在り方を見ていくと、右肩下がりの時代、失われた20年と言われてきたが、実は成熟した消費社会であることがわかる。1980年代後半のバブル時代を経て、1990年初頭のバブル崩壊以降グローバル経済の荒波に洗われ大きく産業構造が変わる。更に2000年代に入り小さなITバブル、規制緩和による不動産バブルの生起と破綻を経験し、リーマンショックという世界の金融経済破綻まで経験してきた。消費もこうした変化を映し出してきた訳だ。
そして、今も大変化の途上にあるが、変化の波にもまれながらも新しい価値観による消費を実感し始めてきたように思える。但し、国会での議論をまたなければならないが、多くの生活者は数年先には消費増税が行なわれることを既に想定している。現政権の増税案が実施されるかどうかわからないが、10%の税率へと2回に分けて段階的に行なわれるとすれば一定の駆け込み需要はあるものの買い控えといった消費にはなりにくい。つまり、情報化社会にいる私たちは既に心理的には「増税」は始まっていて、買い控えではなく、いわば賢明な「計画消費」へと向かっているということである。別な表現をするとすれば「自己防衛計画」と言ってもかまわない。そして、実はこうした消費心理がデフレを後押ししている。デフレ下での開発戦略着眼をキーワード化するならば、それは新合理という価値世界、「スマートライフ」を目指すことのなかにある。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 14:44Comments(0)マーケティング