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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2007年09月30日

再び、構造改革と格差

ヒット商品応援団日記No206(毎週2回更新)  2007.9.30.

福田新政権は小泉構造改革の負の部分を是正しながら、今後も構造改革を進めていくと表明し、10月1日その象徴である郵政民営化がスタートする。その構造改革の負とは都市と地方、大企業と中小企業あるいは所得格差として現れて来ているが、そもそも構造改革とは何か、何を目指していたのかという原点に帰った論議はほとんどされないままとなっている。
ちなみに、いざなぎ景気を超える景気も大企業や特定企業には当てはまるが、一方では小泉政権発足の前年度である2000年度と2005年度を比較すると正規雇用は256万人減り、逆に非正規雇用は360万人増加し1633万人に至っている。2000年度と最新のデータである2004年度の県民所得の推移を見ていくと、東京はほぼ横ばいであるが、地方では5%前後のマイナス、私がお役に立ちたいと考え委員になっている鳥取では9%のマイナスとなっている。厚労省は高齢化によるものであるとその背景をコメントしているが、貧富の差の指標となっているジニ係数は2005年度では過去最高の0.5263を示している。

こうしたデータを見るまでもなく、誰でも地方へ行き、半日も歩けばどれだけ疲弊しているか実感する。あるいは、負の部分、社会という表に出て来た事件や事象に多くの人は実感している。構造改革と簡単に言ってしまうが、「構造」であり、経済だけでなく、政治も、社会も変えていくということである。構造改革の先駆者、英国のサッチャーによる改革は成功した改革として言われているが、その成功と言われているのがグローバル化における低コストの実現と失業率の改善であった。しかし、サッチャー改革の最大の問題、負の部分は貧富の拡大と低所得者層の更なる困窮であった。市場原理に基づいた社会システム、「努力すれば報われ、怠けていれば困窮する」という考えによって、働く意欲が高まると期待したのだが、現実においては働きたくても技術や技能を持たない層が存在し、改革の痛みを直接受けた。

構造改革の必要性の一つとして、多くの経済アナリストが指摘しているように、ベルリンの壁の崩壊以降、東西という2つの経済圏が1つになり、更に通信インフラ等の整備と共に発展途上国も加わり、1つの地球経済圏に全ての国、企業、国民が向き合うことになるグローバル化という大波に起因している。この裏側にあるのがコミュニティの崩壊、アイデンティティの喪失である。特に、多くの先進国と同様に、日本の場合も地方、農水産業に表れて来ている。今、米国と同じように日本においてもアグリビジネス、農業の工業化へとキリンビールやトヨタなどの大企業が参入し始めている。確かに、自然を相手にしながらも効率性・生産性を追求することは必要である。

構えた構造改革ではないが、私が「人力経営」のために取材した「野の葡萄」と「叶匠寿庵」は自然を相手にしながら、効率性・生産性を追求している企業である。詳しくは本を読んでいただきたいが、「野の葡萄」というレストランではそこで使われる食材は福岡県岡垣町の社員及び契約農家や漁師の手によるものだけである。例えば、玄界灘で捕れる海の幸はイサキを捕りたくても鯖が捕れてしまうのが自然である。捕れた鯖をどうするか、全員で知恵やアイディアを出し合いメニューにし、更には無駄にしないために顧客へはブッフェスタイルという方法をとっている。
和菓子の「叶匠寿庵」は、自らを農工一体の人と呼び、滋賀県大津に63,000坪の寿長生の郷(すないのさと)で畑を耕し、そのテーマパーク内にて和菓子製造を行っている。その製造ラインにはトヨタのカイゼン方式が採用され、極めて生産性の高い方法が取られている。と同時に、例えば自ら鋤と鍬をもつことにより、畑の梅がどのように熟し、どんな時に使えば良いかわかると言う。

「野の葡萄」と「叶匠寿庵」は一つの道筋を示してくれている。「野の葡萄」が活動している福岡県岡垣町ではお年寄りも再び畑を耕すようになり、コミュニティが保たれている。「叶匠寿庵」の場合は、寿長生の郷と呼んでいるように日本ならではの今は失いつつある「郷」という社会が創られている。この2社には、市場での競争は善か悪か、経済合理性は善か悪か、といった二元論はない。
構造改革を平易にいうならば、自己責任のもとで、どんな事業が良いのか、利益の配分などを自分のことは自分で決めていくことだと思う。それが企業単位ばかりでなく、地域単位に広げれば地方分権となる。小さな単位で改革を進めていけば、知恵やアイディアも生まれ、痛みも豊かさも実感できる。この6年半学習してきたことは、一方的一律的な中央集権的構造改革ではなく、もっと小さな単位での改革、例えば地方に財源とその自由裁量権を渡し、自立へと歩み出すことこそが構造改革の第一歩だと思う。(続く)  


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2007年09月26日

劇場型政治の後

ヒット商品応援団日記No205(毎週2回更新)  2007.9.26.

福田VS麻生の自民党総裁選挙を経て、やっと福田政権が誕生した。私はこのブログにおいて、小泉純一郎という希有な役者による劇場型コミュニケーションを終え、日常的身じかなリアルコミュニケーションへと転換し、サプライズ手法は既に終えた、と一年前に書いた。過剰な刺激から、穏やかな安定への変化と言っても良いと思う。結果、組閣内容を含めまさにその通りとなった。組閣内容を評し、「サプライズがないのがサプライズ」と報じられた通りである。

そして、衆院・参院のねじれ国会を踏まえ、福田総理は民主党とは政策を間に、対話と協調をもって解決していきたいとコメントした。ビジネス視点で今回の政治の推移を見ていくと、小泉ー安倍という6年半に及ぶ内閣は、ある意味数という力でねじ伏せる競争、戦う戦略を取って来た。ダントツシェアーを持って、流通を支配し、プライスリーダーとなり、利益を得る経営戦略と同じである。ところが、顧客はこうしたブランド商品を買わずに、異なる品質の商品を買い始め、そのシェアーが逆転しつつある情況になったという訳である。商品の品質に対する偽装あるいは劣化である、「政治と金」「年金問題」といった問題に対し、生活者の多くはNOという答えを出したということだ。

さて、福田政権はどんな戦略を取るのだろうか。まだ、全容は明らかにはなっていないが、民主党と対話と協調をもって対応したいとコメントしている。つまり、異なる機能を持つ競合商品と同じような機能の類似商品を同じ市場に導入する戦略と同じである。政治用語でいうと、民主党案の丸飲み、歩み寄りということになるのだろうが、生活者にとっては、その小さな機能の違いは分からない。こうした類似戦略は、トップシェアーのブランドがその座を滑り落ちる際によく使う戦術である。おそらく臨時国会中の対応戦術であり、来年春には新商品をもってシェアー奪回をはかるのだろうが、場合によってはよりシェアーを落としかねない。通常の類似競争ビジネスの場合は、ブランド力もしくは価格の違いが雌雄を決することとなる。

実は今回の参院選挙で明確になったことは、組織力によるブランドは解体され、力を失い、無党派と言われて来た個人が候補者個人を評価するという選挙結果となった。つまり、個人という多様さを各政党は把握し切れていないという情況だ。勿論、差別化戦略を取る民主党も例外ではなく、類似あるいは曖昧なままコトを進めた場合、提案内容次第では自民党と同様となる。同じような商品ばかりであると、価格が安い方を選択するし、せざるを得ない。そうした意味でも国民から新、真、芯、という信が問われている。そのためにも、劇場型政治は終わったが、あいまいなままの構造改革という商品のきちっとした評価、見直しが必要となっている。(続く)  


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2007年09月23日

リスクとリターン 

ヒット商品応援団日記No204(毎週2回更新)  2007.9.23.

米国のサブプライムローンの焦げ付きに端を発した嵐が世界中に吹き荒れている。先日も英国銀行の取り付け騒ぎのニュースが流され、日本においてもその影響として投資信託における損失が8〜15%下げたと報じられた。
サブプライムローンを始め、今回の金融の嵐について徐々にその詳細が報じられているが、金融の専門家ではない私にとって不思議なことばかりである。米国における低所得者向けのサブプライムローンの借り手は約625万人と言われ、そのローンの返済の仕組みは給与所得が右肩上がりを前提としており、その所得が上がらなかった場合は転売すれば済むといった「住宅神話」に裏づけられたものだ。バブル崩壊を経験してきた日本人にとっては、不動産神話が住宅神話に変わっただけて、その本質はバブルであると直感的に思うであろう。ただ、バブルの最中には、バブルという認識はない。

世界規模の「金あまり」の中で、多くの金融商品が証券化という方法で誕生してきた。周知の映画ファンドのように資金を持たない制作者にとってはとても良い方法の一つであり、日本映画再生に役立つファンドも存在している。しかし、今回のサブプライムローンの場合、貸し手の金融会社はリスク分散のために約80%を証券化し他の金融会社に転売していた。その転売先も多くのファンドと組み合わせ新たなファンドとして繰り返し販売する。その販売価格を決めるのがいわゆる「格付け」である。今回のサブプライムローンの問題について、この格付けの曖昧さが指摘されているが、この曖昧さと共に問題指摘されているのがリスク分散がリスク拡大となってしまった構造にある。格付けを偽装とはいわないが、北海道のミートホープ社ではないが、牛肉に鶏肉を混ぜて販売してきたものとそれほど変わらない。

今回のサブプライムローンに端を発した嵐は多くのヘッジファンドの破綻へとつながっている。このヘッジファンドはちょうど10年前には数でいうと約5,500、資金量は約3000億ドルといわれている。それが、2006年には1万ファンド、1兆5000億ドルとも言われるように急激に膨張してきた。つまり、数年前に禿鷹ファンドといわれ、リターン・運用益が20%を越えるようなハイリターンの時代は既に終えたということだ。そして、この過当競争は、儲からないヘッジファンドの増加へとつながる。まさにサブプライムローン問題を通じて露呈したように、マネーゲームには必ず勝ち負けがあり、リスク拡大先のババを誰が引くか、といった情況だと思う。

日本資本主義の源流、貨幣経済の元となっている物と物との交換や金融について調べてみるといくつか示唆的なことがある。物と物との交換、交易の場を市庭(いちば)、あるいは市と呼ばれていたが、この市庭は生活する俗界から離れた聖なる神仏との境界につくられていた。見知らぬ他人が交換するためには、物を一旦神仏に差し出し、そして物を受け取るといった手続きが必要であった。あるいは金融についても同様な手続きがなされていた。例えば、物を貸して利息を得るといった行為の原初的形態が「出挙(すいこ)」である。出挙とは神仏の倉庫にある種もみを農民に貸し出し、収穫の秋には神への感謝として若干の利息を付けて返すといった手続きである。これは私の推測であるが、この利息とは自然災害などによって収穫できないことへのリスク回避、経済循環のためであったのではないかと思っている。

私は金融の専門家ではないが、株式市場を始め多くの個人投資家が増え、外貨取引のFXも既に64万口座を超えている。ヘッジファンドやグリーンメーラーといった短期の利ざやを目的とした金融取引においては、今日の神仏である公としてのルールが厳密に求められてしかるべきと思う。ヘッジファンドとは対極にあるベンチャーキャピタルのように、コト起こし事業を資金だけではなく育てる不可欠なファンドの存在も知っているが、エンロン事件以降これからもサブプライムローンのような構造的問題の嵐が吹き抜けると思う。(続く)  


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2007年09月19日

マーケティングは終わったのか

ヒット商品応援団日記No203(毎週2回更新)  2007.9.19.

マーケティングはその名の通り、市場創造、いかにお客さまを創るかである。元々、第二次世界大戦を終え、その軍事戦略の考え方と方法をビジネスに持ち込んだものだが、ここ数年マーケティングという言葉を見かけることがなくなって来た。大手書籍売り場にもそのコーナーはあるが、ビジネス書のベストセラーになるような本は「one to one マーケティング」(ダイヤモンド社/1995年)を最後に皆無となっている。このワンツーワンマーケティングは従来のマスマーケティングではとらえきれない顧客に対するもので、一人ひとりの顧客の好みや価値観などを識別し、それぞれに合わせてIT技術を駆使してアプローチを行うという手法である。インターネットの時代のマーケティングと言われて来たが、誰もが実感しているように、メッセージを送ってくる企業や個人に対し自分の個人情報がデータベース化されていることを快くは思わない。既に、米国ではこうしたワンツーワンマーケティングの多くはプライバシーの保護から違法であるとされてきている。

逆に、ワンツーワンマーケティングを避ける方法、例えばDSP(デジタル信号プロセッサ)のように自分が必要とする情報だけを取り出せるようになっている。当たり前と言えばそうであるが、あくまでも顧客、個人を起点としたものでなければならないということだ。このブログでも何回となく触れて来た「揺れ動く心理」市場について、リアルさ、体験あるいは対話こそが不可欠であると書いて来たが、私自身マーケティングは過度期にあると認識している。マーケティング関連の書籍売り場がパッとしないのに較べ、歴史コーナーの江戸関連の売り場には多くの書籍が並んでいる。今日のライフスタイルの原型は江戸時代にあることは私の持論でもあるが、マーケティングが過度期にあることを良く表していると思う。

前号で日本の食文化についてふれたが、この江戸時代の食文化を創ったのは庶民であった。新しい、珍しい、面白い「食」を取り入れた冒険者であったが、それを広めたのが屋台と行商であった。江戸中期までは外食といったことはなく、下賤の者がすることとされていた。しかし、中期以降、上方をお手本に、チョットした違い・工夫をしたものが屋台から流行り始める。その代表がにぎり鮨で上方のなれ鮨が原型である。てんぷらも初期は油揚げといった揚げ物屋であったものを、魚などにころもをつけててんぷらにしていった。当時のマーケティング&マーチャンダイジングをキーワード化するとすれば、簡便さ(スピード)、滋養(栄養素)、手軽さ(安価)となる。今日の食の開発にも使えるキーワードである。

今、マーケティングが停滞しているのはそのテクニックばかりに目が行き、冒険者の発見とそれを広める流通がないということだと思う。勿論、一部ネット通販において行列ができるヒット商品もあるが、その多くは手作り商品ばかりである。逆に、そうした小さなヒット商品を作り続けることがマーケティング&マーチャンダイジングのテーマとなっている。それが一見停滞のように見えても、更に小さなヒットとなっても、である。つまり、たった一人の顧客・冒険者に喜んでもらおうとする、その原点に立ち戻るということでもある。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 14:16Comments(0)新市場創造

2007年09月16日

食文化輸出の時代

ヒット商品応援団日記No202(毎週2回更新)  2007.9.15.

顧客は興味を入り口に体験を重ね、学習し、好きを深め、成長していく。多くのマーケッター、ビジネスマンは、顧客は「今、どのあたりにいるのか」を見極めるのが最大の仕事となった。私はこうした変化をここ数ヶ月、洋から和へ、ヘルシー系からガツン系へ、表通りから裏路地へ、非日常から日常へ、構えたフルコースの食事から気軽に好きなものをチョットづつへ、といった視座で変化のありようを書いて来た。そして、こうした消費の変化を「振り子消費」と呼んでみた。「受け身的」消費から、「能動的」生産者への成長と言うこともできるし、素人消費からプロ消費への変化と言うことも出来る。

こうした変化の事例として「食」を取り上げることが多いが、それは食がライフスタイルの中に取り入れやすく、変化の芽が現れやすいからである。ところで、日本人の国民食は、なんと言ってもラーメンとカレーライスであろう。それぞれそのルーツとは似て非なる日本固有の食となっている。こうした成熟したラーメンという市場を見ていくと、ある意味日本の食のあり方の縮図となっていることが分かる。行列のできるラーメン店ランキングやご当地ラーメン巡りは一巡し、女性好みのヘルシーで美容に良いコラーゲン入りのラーメンがあったり、若い学生向けの特盛りガツン系ラーメンもある。懐かしい昭和を想起させる和風ラーメンもあれば、スープパスタのような洋風ラーメンもある。表メニューのラーメンの他に、金曜日だけ会員50名だけの限定裏メニューである創作ラーメンを出す店も出て来た。あるいは米国人であるアイバンオーキンズさんによる「あいばん」というラーメン店もある。イタリアンやフレンチ、あるいは和食で修行した若者がラーメン好きが高じ、ラーメンの作り手へと変わった店も数多い。いわゆる個人ベンチャーである。そして、横丁、路地裏といった空き店舗からスタートし、口コミで顧客が増えていくといった市場となっている。つまり、成熟市場とは、顧客自身が成熟した市場ということだ。

このようにラーメン市場はいわゆる成熟した市場特徴を良く表している。100人のラーメン店主がおり、100の個性ある味を楽しむという多様な違いを楽しむ個性市場である。こうしたラーメン市場も海外の人にとっては未知なる食であり、ここ数年米国や東南アジアへの進出が盛んである。国内市場は個性競争という極めて厳しい市場環境となっているが、米国や東南アジアはいわば未開拓市場となっている。日本国内の成熟した顧客にもまれた「日本食」は海外において通用するだけでなく、高付加な高級食として実施されている。
このブログでも随分前に世界の日本食ブームを取り上げて来た。村上龍さんが主宰するJMMの寄稿者の一人米国在住の冷泉彰彦さんはそのレポート(2007年9月1日発行/国境を越える味覚)の中で、NYのレストランでSUSHIBARが何故他の外国レストランと比較し高額な料金を払ってでも食べにくるか、その主要な理由の一つに日本という異文化への興味と一種の賞賛があると書いている。先頭を走る寿司からラーメンまで知恵や工夫が詰まった「日本食」は輸出産業になっているし、これからも伸びていくと思う。食=モノ輸出は結果で、食=日本文化輸出といった方が正確であろう。前回書いたようにコラボレーションによる新市場創造と共に、アニメや漫画といったサブカルチャーだけでなく、地域活性を含め食文化輸出が大きなテーマとなっている。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:46Comments(0)新市場創造

2007年09月12日

コラボ新時代        

ヒット商品応援団日記No201(毎週2回更新)  2007.9.12.

サントリーと千疋屋のコラボレーションブランド「銀座カクテル」の発売に続いて、アサヒとカゴメによるトマトカクテル「トマーテ」が発売された。元々、コラボレーションはミュージシャンを始めとしたアーチスト相互による共同作業的なものが多かったが、ここ1年ほどいわゆる食品や飲食における本格的なコラボレーション商品が生まれて来た。
確か1年半ほど前であったと思うが、あの羊羹の虎屋と長崎カステラの福砂屋によるコラボ商品が東京渋谷東急フードショーの周年企画として実施され、あっという間に売り切れたことを思い出す。いわゆるロールケーキであるが、虎屋の羊羹を真ん中に側のスポンジは福砂屋といった老舗同士によるコラボ商品である。ブランドとブランド、老舗と老舗、主力商品と主力商品、従来発想されて来た相互補完的なコラボから、相互の特徴を出し合うことによって新しい「何か」を創るといった本格的なブランド創造への試みが始まったということだ。

今、こうした本格的な商品開発と共に、コラボを前提とした新しい業態に注目が集まっている。その代表がカフェ業態の「トラベルカフェ」(http://www.travelcafe.co.jp/shop/ )である。トラベルと称してはいるが、目的や立地に応じて多様なコラボを実施している。例えば、ラゾーナ川崎には大阪から首都圏初進出の堂島ロールで人気の「モンシュシュ」とトラベルカフェとのコラボ業態。あるいはHMVに併設したカフェは「トラベルカフェミュージック」として音楽を楽しめるカフェ業態といった具合に自在なコラボ業態となっている。

こうしたコラボは更に増えていくと思っている。つまり、従来は××業界という狭い市場の中での競争であったが、多くの企業がそうした壁を取払った広い市場を考えるようになったからだ。壁を取り払ったところには新しい市場があると確信しているとも言える。つまり、既に顧客自身がそのように変わってしまっているということでもある。同じようにいつもある商品・お店、安心と信頼はあるが、それだけでは満足しないのが顧客市場である。顧客が求めているのは、小売りの本質である市場の賑わい、そこにあるのはいつもとは違う小さな変化ということだ。

過去、多くのNO1同士によるコラボ商品やショップが生まれては撤退して来た。特に、百貨店や大手商業施設のデベロッパーが仲介者となり、一つのコンセプトに基づいた編集によるコラボであった。しかし、そうした編集能力は顧客自身が既に持ってしまっている。もし、コラボへの顧客期待があるとすれば、1+1=2といった市場創造ではなく、1+1=∞という可能性創造、新市場創造を目標としたコラボレーションとなる。さて、従来の日本茶飲料市場において新市場を創造しパイを拡大した伊右衛門のように、銀座カクテルとトマーテは低迷するソフトアルコール飲料市場に対し、新市場を創造できるか注目していきたい。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 11:20Comments(0)新市場創造

2007年09月09日

情報引力

ヒット商品応援団日記No200(毎週2回更新)  2007.9.9.

前回は生活者の興味や関心といった「テーマの中心点」について書いてみたが、今回はその延長線上にある「情報の中心点」について考えてみたい。以前、東国原知事就任直後「できればもう1局TV局を増やして欲しい」と発言していたが、至極当然のことだと思う。情報量が圧倒的に東京と地方では違う。それはTV局の放送時間量、新聞各紙の紙面数、ラジオ局の放送時間量、雑誌のページ数、こうしたマスメディアばかりか都内で配られる無数のフリーペーパー、といったメディアの種類も数も圧倒的に異なっている。
ここでいう情報量とは情報理論でいうところの選択情報量のことで、興味や関心といった「新しさ、面白さ、珍しさ」といった「あまりない、ほとんどない」情報を情報量という。各メディアは生活者の興味の中心点を目指し、「新しい、面白い、珍しい」情報を求めて、激しい競争を繰り広げこの情報量の最大化を目指している。こうした情報の持つ力、情報に引き寄せられるメディア社会の特質を情報引力と呼んでみた。こうした中で「やらせ」や「情報偽装」も生まれ、その過剰情報の直中にいるのが都市生活者である。

こうした情報の絶対量と共に、情報の本質は変化と鮮度であり、スピードと回数こそが命である。情報はTVメディアばかりか、人やモノを通じても伝わっていく。人の移動時間によっても情報量は異なってくる。こうした意味も含め、情報の集積量を考えると東京はあらゆるものを吸引する中心点となっており、地方から世界からの都市観光も盛んだ。東京が持つ「新しい、面白い、珍しい」情報が観光消費されている訳だが、反対に都市生活者にとって「地方」は未知そのものとしてある。つまり、地方が持つ固有な情報は過剰な情報が行き交う中にあっては、ほとんど伝わっては来ないということである。
以前から注目はしていたのだが、オープン直後はこうした観光客が押し寄せたこともあり、詳しく情報が得られなかったが久しぶりに東京ミッドタウンに行って来た。そのショップはメイド・イン・ジャパン・プロジェクト社による「THE COVER NIPPON」(http://www.thecovernippon.jp/top.html)である。私の言葉でいうと、地方に埋もれた文化を掘り起こし、流通させるチャレンジである。インテリア、小物雑貨から食品まで地方の商品を展示販売しているが、詳しい説明書きはない。ぱっと見て、ああ素敵だなと思ってもらうのが第一で、その後にスタッフが説明すると言う。つまり、地方で育った文化、デザインを流通させたいという主旨だ。東京という情報集積地、しかも和のアートコンセプトに基づいた東京ミッドタウンから、このデザインという情報を発信していこうという試みである。来月、東京立川のエキュートに二号店をオープンさせると聞いている。こうしたデザインというキーワードをもって、情報発信していくことも一つの戦略である。

このように情報を集積し、受発信するメディアセンター、この情報引力都市東京には世界中からの多くのアンテナショップが集まっている。世界のインポートブランドが銀座に集まっているのも情報の受発信装置としての意味を踏まえている。私は鳥取県の産業活性、アンテナショップの検討を含めた戦略会議の委員を務めており、平井県知事のマニフェストにある課題を他の委員と共に先月会議を持った。日本で一番人口の少ない県で、おだやかな県民性や日本そのものの懐かしい生活が残っていて、沖縄と共に好きで以前からよく行っていたが、ことビジネスになると特徴が散逸している感のある県だ。情報都市東京で過剰な情報競争にどう打ち勝っていくかが課題であり、一工夫、一加工することが大切であると会議では述べた。東京はあらゆる情報をブラックホールのように飲み込み、咀嚼・消化し、発信していくとてつもないメディア都市である。飲み込まれ、消化されないまま沈殿し、誰も知らないまま終えるビジネスがいかに多いかを私は実感している。この半年、鳥取県を戦略的に浮かび上がらせるプラン、つまり都市生活者の興味の中心点を射抜くことに精一杯の努力をつくしたいと思っている。(続く)  


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2007年09月05日

振り子消費からの転換       

ヒット商品応援団日記No199(毎週2回更新)  2007.9.5.

前回書いた「中心点」という概念について、もう少し分かりやすく生活者の興味や関心といった「テーマの中心点」について書いてみたい。この10年、「踊り場」にあると書いてきたが、この階段の踊り場は混沌としており、常に振り子のように揺れ動く心理市場を形成してきた。過剰な情報刺激によって、気持ちは右へ行ったり左へ行ったりと揺れ動いているということだ。例えば、大きな潮流である健康というテーマではどのような振り子となっていたか、ここ数年の動きを見ていくと分かる。寒天ブームはいつ始まりいつ終わったのであろうか。コエンザイムQ10はどうであったか。デドックスブームは岩盤浴と共に既にメディアに取り上げられることは少ない。楽して痩せるダイエットから、ビリーズブートキャンプのようにハードなダイエットへと振れて来た。以前、エゴイストの鬼頭一弥さんと話をした中で「山あり谷ありではなく、煙突のように急激に伸び、あっという間に売れなくなる」と情報の時代の商品のライフサイクルを話してくれたが、振り子は大きく振れれば振れるだけ、またあっという間に逆に振れるということだ。

こうした情報の時代にあって、商品やサービスの安定した成長を誰もが願っている。誰もがベストセラーではなく、ロングセラーを目標とするのだが、この成長の中心点を見出すことの難しさに直面している。ブランドづくりとは、この中心点を探り、見出し、その一点にビジネス努力を集中することである。
この中心点とは何かということであるが、一つは「ルーツに遡る」ということである。モノや出来事、あるいは企業もそうであるが、創造された「最初」が最も完成形・理想型に近いということだ。「今」は多くのものを取り入れ複雑になり、ある意味偽物になってしまっているということでもある。だから、ルーツへと遡るということが重要となる。

勿論、生活者の側も中心点を探る行動が顕著である。中古家具探しから始まり、京都の路地裏町家散策や昭和の香りのする浅草や神楽坂を始めとした下町巡りが盛んである。中心点が昭和や江戸時代といった過去の「何か」へと移動し始めているということだ。その「何か」とはロングライフ志向、刺激より穏やかさ、飽きのこない、ごくごく自然な日常の世界。具体的に言うと、女性達の根強い人気ブランドで10年20年と着続けて欲しいという思いで作られているミナ(皆川明氏)の商品やデザインリサイクルをテーマに無印良品の買い取り&販売というテストを行っている「D&DEPARTMENT」(http://web.d-department.jp/project/recycle_muji/index.html)なんかもこうした中心点を目指した活動だと思う。

つまり、「振り子消費」からの脱却と言える。永く使えるもの、住まいであれば永住とまではいかないにせよ永く生活できる住居、衣服であれば10年20年着続けたいもの、食であれば食べ続けていても飽きないもの、こうした「継続価値」という中心点へと収斂していくと思う。勿論、トレンドという刺激消費が無くなる訳ではない。ただ過去10年間のような大きな振り子にはならないということだ。継続した文化を味わう、どこかしっくりと馴染む、一見保守的にも見える消費が中心点となる。8/19に書いた「素の価値再考」にもつながる世界である。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 10:55Comments(0)新市場創造

2007年09月02日

和の中心点

ヒット商品応援団日記No198(毎週2回更新)  2007.9.2.

私が書いたここ一年位のブログを読み返してみた。いくつかのパラダイム(価値観)に変化の芽が出て来ている。この十年ほどを失われた10年という言い方をマスコミはしてきたが、私の言葉で言うと、次へと進む「踊り場」のようなところに居ると思っている。この踊り場で繰り広げられている消費の出来事、その変化の傾向を少し読み解いてみたい。

1997年をピークに世帯収入は減り続け今日へと至る訳だが、そうした生活経済上の背景については「いざなぎ景気と格差意識」(http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2006/10/index.html)で述べたので省略するが、ここでの大きな変化と言えばIT技術を駆使したユニクロやマクドナルドに代表される「デフレ」の進行である。別な表現で言うと、世界の工場としての中国の本格的なスタートであり、生活の隅々までグローバリズムが浸透し始めたということだ。私の認識は1997年頃を境に「踊り場」へと進んで来たということである。この踊り場で繰り広げられて来たのが次のパラダイムを探し手に入れるための10年ということである。途中、1998年から2002年にかけて実施された規制緩和による社会的事件、耐震偽装やライブドア事件が勃発するのだが、この踊り場は混乱・混沌という側面も併せ持った場所であった。

ところで三越と伊勢丹を始めとした百貨店の再編・統合が最後の局面を迎えている。また、郊外型業態の家電量販最大手のヤマダ電機が池袋に出店し話題になったが、流通の動き・目指す方向は都心回帰と言われている。私の言葉だと中心回帰となる。モノを買い求める時代から、情報やサービスも買う時代の変化の先は、自ずと情報とサービスが集積する中心点に向かってくる。当然の如く、流通の出店先は中心部となる。そもそも百貨店の経営実態を見ていくと分かるが、そのほとんどが本店(中心点)による利益で経営しており、郊外や地方の店は赤字である。日本における流通の一方の雄であるイオングループ、特にジャスコは中心部への出店を考えていると思うが、中心部のテーマに沿った情報とサービスのMDがなされ次第、コトを起こすと思う。つまり、生活者も流通も中心点を目指し、「削ぎ落す」ことによって踊り場に立っているといっても過言ではない。

この生活者における中心点であるが、この10年、洋に偏り過ぎたライフスタイルから和への潮流が生活の多くに見られて来たことは周知の通りである。いわゆる和ブームであるが、このブームには従来の専門企業ではなく、異分野企業の参入も数多く見られた。例えば、食の分野、和菓子への参入には、洋菓子のパティシェやデザイン会社までもが参入している。勿論、和菓子においても洋的なロールケーキなどを作り、ほとんど境界はない。しかし、昨年位から中心点に至っていない和菓子店には淘汰が始まっている。単に、和を取り入れたり、和回帰すれば良いという時期は終えている。

和の生活が日常として残っている「和の中心点」である京都には観光客は増加し続けている。私が数年前から指摘しているように、和の香りを求めて路地裏へ、その奥へと足を伸ばすところまで進行している。生活の踊り場という言い方をすると、洋から和への揺り戻しという潮流にあるが、和もまた中心点へと向かっているということだ。和の中心点、和文化の中心点を見定めることがビジネス開発で最も重要なテーマとなっている。例えば、好きな沖縄でいうと、沖縄文化の中心点は何かを明確にすることだ。いくつかあるが、その一つはチャンプルーミュージック、ライブハウスにあると思っている。その中心コザで「音楽観光」が始まっている。10月末には行く予定でいるが、是非成功してもらいたいと思う。
ところで、まだ見てはいないが、9月1日東京有楽町に五つ星ホテルの「ザ・ペニンシュラ東京」がオープンした。ここ数年続いた世界トップクラスのホテル進出の最後を飾るオープンである。あの香港の名門、東洋の貴婦人といわれたホテルであるが、コンセプトは和であるという。日本の伝統技術である、漆や和紙、あるいは杉板の網代編みといったものまで使われているという。さて、和の中心点となりえたホテルかどうか、また報告したい。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:25Comments(0)新市場創造