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ヒット商品応援団
「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2008年12月28日

明日をつくる者

ヒット商品応援団日記No329(毎週2回更新)  2008.12.28.

この一年間、特に「消費」という視点から生活者のライフスタイル変化を見てきた。9月のリーマンショックを引き金に、誰もが予測しない出来事がいきなり訪れ、雇用も消費も激変した。私は常に見るべき変化の視座に、生活者・顧客を置いてきた。生活者の消費変化、行動変化こそが未来を映し出す鏡であるとの認識に基づいていたからである。
ところで、タイトルの「明日をつくる者」という言葉は、ビジネスの師である P.ドラッカーが「マネジメント・フロンティア」の中で使っていた言葉である。

「明日というものは、無名の人たちによって今日つくられる。」

政治家でもなく、官僚でもなく、勤勉に働く普通の人によって、変化を受け止め、多くの困難さ、破局を乗り越えてきたという主旨である。P.ドラッカーは、この普通の人たちの力を引き出し活性させるためのマネジメントを確立した人物だ。そのマネジメントとは、組織中心の産業社会にあって、人が幸せになる方法そのものであって、単なる利益を得るための経営技術ではない。その組織とは、企業ばかりか、例えば病院経営やボランティア組織の運営についても言及している。ある意味、今日をどう生きるかという指針としてある。そうした意味で、今起こっている激変、更に激しくなる変化に、生活者・顧客はどう行動するであろうか、どんな明日を考えるであろうか、この一年のまとめのような形で書いてみたい。

前回、この一年の消費を巣ごもり消費状態であったと書いた。こうした自己防衛市場はガソリンを始めとした資源価格の高騰や中国冷凍餃子事件などによって急速に生活の隅々にまで浸透した。しかし、冬眠はしていないとも。もっと正確に言えば、私はインキュベーション、次に何かを孵化する状態にあると考えている。自己防衛とは出来る限り何かに依存しないで生きていくことでもある。収入が増えない以上、節約するか、「つもり消費」という代替アイディアを駆使する、購入するには「訳あり商品」を選択。安全が保証されないのであれば、家庭菜園のように自ら安全な食を作るしかない。国や大企業が、米国や輸出に依存してきたこととは大きな違いだ。依存からの脱却を生活者は自ら始めた一年であったということだ。

つまり、P.ドラッカーがいうところの勤勉に働く普通の人が行動し始めたということである。この一年そうした事例を消費変化を中心に書いてきたが、その象徴になるような最近の事例があったので紹介したい。鳥取県智頭(ちず)町という典型的な山間にある過疎の町で、町民自らがコト起こしの委員会を組織化し、アイディアを出し合い、しかも事業化の予算化を提案するというものだ。以前、「垣根をこえて」というテーマで、そこに新たな市場、ビジネスが生まれると書いたことがあった。旧来であれば対立するもの同士、相容れないであろう異なる世界、といった一種の境界・区分を挟んだ試みである。例えば、大企業と中小企業、産業と生活、文明と文化、行政と市民、企業とNPO、あるいは最近の環境問題で言えば文明と自然といった境界を超える試みである。鳥取県智頭町の試みは、まさに境界を超えたチャレンジである。

共生というキーワードがある。地球との共生、自然との共生といったように、異なる生物が相互に生かし合い、共に生きる術を見出そうとする考え方である。今風にいうとコラボレーションとかコンソーシアムということになるが、その根本思想は共生だ。が、そんなことが言われる以前に日本では江戸の人達はそうした考え方で生きていた。実は日本人にとってもっとも根本にある、いやあった考え方である。
自動車メーカーを始め、輸出企業の多くは一斉に非正規労働者の解雇を始めている。しかし、居酒屋大手のモンテローザやタクシー会社のケーエム等は解雇された人達の受け皿を引き受けようと手を上げ始めている。自治体もセイフティーネット体制を組み始めた。おそらくこれから日本は何で食べていくのか、産業構造が変化していくと思う。

例えば、日本には荒れ果てた休耕地が東京都の約1.8倍、約38万ヘクタールある。食の安全、食の自給率向上が求められているが、農地の用途目的の許認可を国から地方に移管すれば、その土地固有の産業化が可能となる。大規模農業に適した土地もあればそうでない土地もある。良く言われる論議であるが、日本の農地は平均30〜50ヘクタールに対し、米国は180ヘクタールで大量生産大量販売という価格競争力で負けてしまうと。しかも、カリフォルニアでは有機米コシヒカリを増産し、日本への輸出を狙っているとも。勿論、当分の間は高い関税は必要であるが、農業大国フランスの隣にあるスイスのように段階的に関税を引き下げ、農家の自立をはかっていくような対策ではなく政策=戦略が求められている。国はそうした農業に従事したいと願う企業や人にベンチャー支援を行えば良いのだ。地方を歩くとわかるが、起業したい若者は多い。

農業ばかりか、広大な日本の領海に眠っている各種希少金属の発掘に着目する専門家もいる。2004年までは太陽光発電市場では日本が世界をリードしてきた。確か、2006年に住宅用PV補助という政府支援が打ち切られ、2005年以降ドイツが世界市場牽引することになった。が、この市場も戦略をもって臨めば、再び世界をリードすることは十分可能だ。生活者が自立を目指し、行動し始めているように、国は依存からの脱却として、早急に次のグランドデザインを描かなくてはならない。
正月元旦の新聞各紙はこの点を間違いなく論評するであろう。それらの論評についても、またこのブログで書いてみたい。以前在籍していた会社の早朝勉強会の延長線上でこのブログを書いてきたが、4年目の正月を迎えようとしている。専門的なブログにも関わらず、多くの方に読んでいただいている。ただただ感謝。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 14:10Comments(1)新市場創造

2008年12月24日

巣ごもり消費の意味

ヒット商品応援団日記No328(毎週2回更新)  2008.12.24.

恒例となっている年末の記者会見でトヨタ自動車の今期決算予測は1500億の赤字決算になると発表された。米国におけるリーマンショックとは内容が異なるが、創業以来初めての赤字決算、世界最強企業トヨタまでもが、と多くの人にショックを与えたとマスメディアは報道している。自動車産業を始め、家電や機械といった輸出企業の動向に焦点が当てられているが、こうした悲観的なことを煽らないと視聴率や発行部数を稼げないのがマスコミの常だ。危機にあるというのであれば、半年以上前から、日本は次に何で食べていくのか、そのグランドデザインすらないこと自体が危機であると私は指摘してきた。

生活者はもっと前から敏感に反応してきている。ある意味動物的な感、時代の気配を消費生活という形で表現してきている。昨年ベストセラーとなった「ホームレス中学生」(田村祐著)の舞台は、あの1990年代初頭のバブル崩壊後である。田村少年は学校から帰るとリストラされた父親からいきなり「解散」と言われホームレス生活に入る訳だが、この時代に生きるとは常に「いきなり」であると多くの人は感じている。その延長線上ではないが、島田洋七が書いた「佐賀のがばいばあちゃん」のように、物質的な貧しさを超えたユーモア溢れたたくましさ、笑顔を持っているのが明治の生活者だ。いざなぎ景気を超えたと言われた2005年に封切られた「Always三丁目の夕日」のように、携帯もPCもTVもなかったのにどうしてあんなに楽しかったのだろう、と感じる人は多い。三丁目に集まって、家族っていいな、人っていいな、日本っていいなと思える「何か」を失わない限り、「次」はある。だから、悲観も楽観もしないのが生活者だ。

日経MJが今年の冬の消費傾向を「つもり消費」というキーワードで表現している。例えば、遊園地に行ったつもりでPA内の観覧車で家族が楽しむといったように、○○したつもりで、△△の代わりに、□□の気分で、といった一種の節約アイディア消費である。今、おせち料理が人気なのも、海外旅行へ行ったつもり、国内旅行に行ったつもりで、チョット豪華に家で正月は過ごそうという訳だ。JTBやJRが年末年始の旅動向を発表しているが、海外から国内へ、更に家の中へと消費移動が今年の夏と同じように起こる。結果、家の中での商品には昨年のゆたんぽのような小さなヒット商品が生まれるであろう。そうした消費動向を「巣ごもり消費」と名付けた人がいるが、まだ冬眠には入ってはいない。

ところで、今年の年末の忘年会事情を見てみると、低迷するファミレスでのサラリーマンによる忘年会が増えている。また、従来だと学生専用であった飲み放題居酒屋がサラリーマンの忘年会の場に変わってきていると聞く。夏頃のブログにも書いたが、明確に消費移動が起こっているということだ。
面白いことに、今週号の週刊ダイヤモンド「2009総予測 次に何が起きる?」の編集構成は○○VS××といった具合に異なる主張・考え方を比較した内容だ。例えば、日本経済であればプラス成長(0.2%)VSマイナス成長(1.8%)、株価であれば強気(1万3000円)VS弱気(5000円台)といった具合である。これほど幅があるということは予測はしているが、予測できない現実があるということだ。

多くの生活者にとって「安定した生活」が第一である。しかし、今年の春以降巣ごもり状態であったが、10月以降は巣の中に否応なく風雨が襲う。当然自己防衛するが、それでもかなわない時代を迎えているというのが生活実感だと思う。今日はクリスマスイブであるが、数年前までは若いカップルがティファニーを覗く姿が絵になっていたが、そんな気配を感じることのない静かなイブになる。ボージョレヌーボーの時にも書いたが、お祭り騒ぎは当分の間ないということだ。

風雨に耐えつつも必要な消費は行う。どんな消費か、それは低価格もあるが慣れ親しんだ、あるいは評判の良い店や商品というごくごく当たり前の選択となる。そして、それらは全て今までの継続した時間の結果としてある。その時だけのサプライズとか、パフォーマンスといった表層をなぞるような商品や売り方はすぐに見破られるか、もしくは却って不信が生まれる。市場・顧客は冬眠にはまだ入ってはいない。巣ごもりしながら、空を見て雨はどうかと判断し、傘をもって出かけるかどうか行動する、そんな消費移動の時代である。これから先、今以上に激しい風雨にさらされることになるが、時に小さな晴れ間もある。ハレとケという言い方をすれば、巣に籠るケの日が多くなるが、ハレの日にはそれなりの消費となる。特に、ハレの日における記念日市場は注視することだ。そうした巣から出たり入ったり移動する消費、特に「つもり消費」を把握するには目の前にいる顧客を見続けることしかない。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:47Comments(0)新市場創造

2008年12月21日

TVが消えてなくなる日

ヒット商品応援団日記No327(毎週2回更新)  2008.12.21.

テレビ朝日は、2009年3月期の業績予想を修正し、テレビ事業を手がける単体の営業損益は22億円の赤字、純損益は4億円の赤字になると発表した。TBSは、来年4月以降昼間4時間ブチ抜きの報道ワイド番組をスタートさせるという。それにともない、40年の歴史をもつ午後1時台の昼ドラも終了すると発表。広告収入が落ち込む中での、経費削減が番組編成を直撃したことによるものだ。既に、この傾向は数年前から始まっている。各TV局は、制作コスト削減のためにバラエティ番組や報道へのウエイトを高めてきた。バラエティ番組にはギャラの安いお笑い芸人やタレントを使い、報道番組はニュースの娯楽化と取材内容を繰り返し使うことによって、いわゆる経費削減を行ってきた訳である。しかし、テレビ朝日の決算予想に表れているように、広告収入に頼ったビジネスモデルは終焉を迎えようとしている。

こうしたマスメディアが相対的に情報価値を失ってきたのは、周知のインターネット上にGoogleが現れてきたことによる。インターネットという無料世界を身じかに使いやすくしたキラーコンテンツならぬ、キラーメディアと言えよう。オープンソースによって、研究者固有の知ですら公開共有され、使用される時代となった。多様な検索サイトが出現し、一番安い商品が選ばれるようになった。知においても、物においても、デフレを加速させた。この手法を駆使したのが価格破壊を行ってきた企業群である。最近では北海道に本社を置く、家具やインテリア商品などを激安で製造販売するニトリなんかが該当する。世界中から一番安い素材を調達し、ベトナムの工場に集め加工し製品化するといった具合のビジネスである。つまり、デフレという低価格のみならず、仕事すら国内から無くなる時代である。

民放TV局の収入のほとんだは広告で、それはどれだけ視聴率を得たかによって収益が左右される。広告はGRP(グロスレイティングポイント)という視聴率の単位で売買され、そのTV局とスポンサーとの仲介役が広告代理店である。1990年代半ばから、スポンサーは効率よく視聴率を得るために広告代理店に対し、入札のようなコンペを行うようになる。この価格競争は激化し、多くの広告代理店が統合合併されることになる。
こうした視聴率至上主義による価格競争はTV局間、広告代理店間だけでなく、他のメディア、特にネットメディアとの競争によって、いわばデフレ状態に陥ることとなる。こうして、TV局は経費削減のために番組の品質を落とし続け、負のスパイラル状態となり今日に至るのである。

既に、情報発信メディアは顧客の側に移っている。こうしたブログもそうであり、YouTubeにも多様な動画情報が集まっている。日本においても「勝手広告」が始まっているが、米国では素人ビデオCMが人気だ。既に一元的価値時代から、多様な多元的価値時代へと移っている。つまり、多元的情報を必要としているということだ。
そもそもマス広告に意味があったのは、日本がモノ不足であった時代だ。不足を商品で埋めていくには広告が必要であった。モノは大量に生産され、広告という手法によって伝えられ販売され、顧客は生活の中に取り入れていた時代である。そうしたモノが満たされた今日、好みは多様になり、マス広告では市場創造できないことは最早自明である。こうしたマス広告収入を経営の基盤に置くビジネスモデルはますます成立しなくなるということだ。
小売業で唯一売上を伸ばしているのは周知の通販である。例えば、TV通販専門チャンネルのジュピターショップチャンネルは1000億を超え、今流行の「わけあり商品」以上にわけありを分かりやすく五感で伝えている。TV番組に挿入されるCMのような分断された伝え方とは全く異なる。どちらが売上に結びつくか明白である。

ところで日経MJの2008年ヒット商品番付にも入っているNHKの大河ドラマ「篤姫」は平均視聴率は24%である。民放と単純比較はできないが、ドラマとしての完成度は比較にならないほど高い。番組は商品であり、コンテンツこそ独自な商品でなければならない。ここ1年ほど、どのチャンネルを回してもクイズ番組ばかりで、しかも同じような一発芸人やタレントが並ぶ。まるで金太郎飴のような番組ばかりである。しかも、「クイズの答えはCMの後で」といったあざといやり方には辟易する。結果、TVを見たいと思うような視聴者はどんどん少なくなっていく。

「プロの逆襲」のところでも書いたが、もし生き残ることができるとすればテレビとは何であったかを今一度考えることから始めなければならない。視聴スタイルは家族・世帯単位から、個人へと変わってきた。情報発信メディアも多様な選択肢を個人が持ち、しかも自ら発信できる時代である。しかし、正確なデータによるものではないが、誰もがTVに釘付けになった番組はある。世界一を決めたWBCでの日本チーム、特にイチローの気迫。北京オリンピックソフトボールの決勝戦、あの「上野の413球」である。報道においても古くはなるが、あの阪神淡路大震災の時のヘリコプターから映し出される延焼し続ける火災の情景は今なお記憶に残っていることだろう。
今、音楽業界が低迷していると言われている。確かに大きなヒット曲もなく、CD売上は年々下がっている。アルバムを買うのではなく、好きな曲だけを安くダウンロードできる時代だ。しかし、クラシックからJPOPまでライブコンサートには多くのフアンが押し寄せている。何故か、そこにはリアリティ、臨場感、その場その時の空気感、そんな五感を震えさせてくれるものが求められているからだ。テレビの原点とは、こうした五感に訴えてくるコンテンツであった筈だ。この原点に戻りえなくなった時、TVは消えてなくなる。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:55Comments(0)新市場創造

2008年12月17日

行列の裏側

ヒット商品応援団日記No326(毎週2回更新)  2008.12.17.

8年ほど前、以前在職していたコンサルタント会社で、私は心理化している市場を解き明かすのに「行列の法則」という手法を使って説明していた。言葉を変えると、情報によって動く顧客心理、行列をしてまでも買いたいという主な心理要因を9つに整理したものである。最近では銀座にオープンしたH&Mの行列、都心のデパ地下に初出店したモンシュッシュの堂島ロールや有機野菜を使ったケーキのポタジェ、あるいは新千歳空港での花畑牧場の生チョコの行列は、それ自体がマスメディアにとって一つの話題となっている。勿論、こうした事例は地域単位にも町の名物店として、ラーメンやさぬきうどん、あるいは観光名所化するエリアや商業施設なんかもあてはまる。

今、マーケティングにおいて課題となっているのは、話題を創り行列を創ることはできるが、それらは瞬時に終わってしまうということにつきる。これは商業だけでなく、お笑いタレントやミュージシャンなんかも同様である。以前、続々とTVに登場するお笑いタレントを称し、吉本興業が大量生産し、TV局というコンビニに店頭化し、売れなければすぐに陳列棚から外される生産販売手法であると指摘したことがあった。
このブログでは問題があるので具体的商品名は挙げないが、スーパーやコンビニ、あるいは百貨店といった流通を見回せばいくらでもある。昨年の夏から秋をピークにスーパーやコンビニの店頭に並んでいたプリンのような豆腐は今や探すのに苦労するほどである。一昨年の秋から翌年の春にかけて、都心の商業施設や百貨店に急速出店したユニークな冷蔵タイプの和菓子店は今や都心部では退店し、地方へと移っている。

情報の時代のニュースとは、好奇心、やじうま的興味ということにつきる。そして、ニュースとは、新しい、面白い、珍しいという鮮度そのもので、持続することは極めて難しい。いや不可能といっても言い過ぎではない。つまり、1回のみということである。サプライズという言葉が最早死語となったように、次から次へと押し寄せる情報によって、否応なく忘れ去られていく。もし、埋もれた記憶を取り戻すことができるとすれば、それは「思い出」ということになる。
つまり、思い出となるぐらいの強い刻印が心に刻み付けられなければ、市場、顧客から選ばれる理由にならないということだ。

さて、こうした情報の時代にあって、持続、継続していくにはどうすべきかである。顧客への思い出づくりをどうすべきかということだ。勿論、こうした前提には商品力、図抜けた商品力がなければならない。本格、本物、厳選、あるいは匠といったプロの手による独自性が明確にわかる商品である。その上で、行列が出来る商業施設や商品はどんな「思い出」物語を創ろうとしているのか、少しスタディしてみたい。

まずH&Mの行列であるが、先日大手デベロッパーの方と興味ある話をすることとなった。それはまだH&Mの行列自体が話題となっていたオープン当初のことだが、行列がまるでない、いくらでも店内に入っていける時間帯があり、それは夜7時以降であるとのこと。マスメディアの取材は夜に行われることはない。つまり、間違った報道ではないが、一面的な情報に過ぎないということだ。そして、H&Mの行列の裏には、前回書いたので多くは書かないが、やはり世界的に著名なデザイナーを起用したトレンド物語がある。

モンシュッシュの堂島ロールについては以前から注目しており、東京進出一号店としてラゾーナ川崎に出店した時も行列ができた店である。元々、大阪のTV局でタレントのYOUがこれは美味しいということが発端にブレークし、東京に出てきたロールケーキの専門店である。このモンシュッシュは人気があるにも関わらず、以降なかなか出店しなかった店である。最近百貨店に出店し、行列ができる店として再注目されているが、行列ができているのは銀座店だけで、日本橋店ではスムースに買うことが出来る、これも情報の一面性であると言えよう。但し、行列の裏側には再注目されるぐらいに時間差を置いた限定出店という戦略を持った点であることは注目しなければならない。既に長い行列はないが、持続して顧客を惹き付けているクリスピークリームドーナツにおける限定出店戦略物語と同じである。市場の規模と行列までしても買いたいという希少性を考えた戦略である。

ところで、有機野菜を使ったケーキのポタジェであるが、出発は北関東のケーキショップからであるが、東京中目黒に初出店した時に注目された店である。今、都心のデパ地下で行列ができているが、その特徴は有機野菜のケーキというとことん健康にこだわったケーキにある。その延長線上ではないが、出店したデパ地下ではオーナーシェフ柿沢さんによる子供達への食育スクールを併行して開催していると聞く。ポタジェの行列の裏には、こうした健康に対する強い思いの物語が潜んでいると言えよう。
最近、話題となり行列ができている花畑牧場の生キャラメルにはタレント田中義剛さんの亡くなった友人との約束といった創業物語があるように、何かのきっかけによって思い出される物語が存在している。前述の既に無い、あるいは無くなりつつある一過的な行列商品にはこうした持続、継続させられるだけの強い物語性はない。

10年ほど前、顧客満足がテーマとなった時代に言われていた格言、「売って終わりの商売から、売ることから始まる商売」を思い起こさせる。売ることから始める物語には「思い出」となるぐらいの強い思い入れが必要であるということだ。数年前までは、9つの「行列の法則」の内、「ニュース&ジャーナル」あるいは「リミッテッド」という情報興味による行列が圧倒的に多かった。今回事例として取り上げた商業施設や専門店は「オンリー」という独自性を持っている。が、いつしか類似商品も現れてくる。そして、必ず行列が終わる時が来る。「思い出物語」はここから始まる。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 14:18Comments(1)新市場創造

2008年12月14日

「変」な一年

ヒット商品応援団日記No325(毎週2回更新)  2008.12.15.

ちょうど1年前に、翌年を予測する経済誌を使って私流の分析を行っていた。勿論、未来予測など当たりはしないという前提であったが、予測通り多くの経済誌は外れることとなった。日経ビジネスについては経済の不安材料としてサブプライムローン問題を取り上げてはいたが、これほどの世界同時不況の引き金になるとは誰も考えてはいなかった。私は当時のブログに次のように書いていた。

『サブプライムローンにおける格付け問題の疑義やミシュランの東京版から、ネット上で行われている各種のランキングまで、今やすべてがランク・格という物差しによって動く情報の時代となっている。・・・・思えば耐震偽装事件から2年を経過したが、その後社会的事件と呼ばれる多くが経営指標の偽装から産地偽装や表示偽装といった情報による偽装事件ばかりである。
株式市場やビジネスにおける顧客への約束といった「公」のルールは100%果たさなければならない。しかし、この2年間公も私においても情報による偽装を学習してきた。情報の本質の一つが使用価値にある。新聞も使えなければただの紙であり、TVも無駄な時間を使ったことになる。もうそろそろ情報の時代の本質を受け止めなければならないと思う。(2007.12.2.「過剰情報からの質的転換 」より)』

書店の店頭には、米国の金融バブルには日本も共犯者として加担してきたとして自戒・反省の書籍が並ぶ。今年の日経ビジネスの2009年予測は、寺山正一編集長自ら「資本主義維新」という生き残りのための5条件を提起している。金融資本主義の暴走からの反省であるが、「人間尊重」「世界尊重」「革新尊重」「環境尊重」「公益尊重」の5つで、私に言わせれば原則に立ち帰ったということである。その分かりやすい事例として、HONDAの創業者である故本田宗一郎氏のインタビュー記事を再掲載している。

「人間はね、一人ひとりみんな違っているからいいんだよ。みんな同じなら、社長は人を雇わずにロボットをいっぱい買って仕事をさせてりゃいいでしょう。」(日経ビジネス、12月22日号より)

金融工学というまさに金融ロボットによって、金融ばかりか実体経済までもが崩壊へと向かった1年であった。恒例の清水寺から発表される今年の1年を表す漢字一文字は「変」となった。次期米国大統領オバマ氏が掲げた変化というポジティブさにも、まるで見えないところでゲームのように行われる金融ビジネスにどこか変というネガティブさにもとれる一文字である。ポジティブに考えればレーガン以降の新自由主義からのパラダイム(価値観)の転換と受け止めることができる。一方、ネガティブに受け止めればファンド(投資資金)の責任を含め、「次」は何かという混乱、カオスということになるであろう。

今年の春、ガソリン価格は1ℓ当り170円を超えていた。幹線道路沿いのGSは廃業によって歯抜け状態となった。夏前には重油高騰で漁業ストライキまで実施された。しかし、リーマン・ショック以降、金融バブルは崩壊し、投機資金は一斉に引き上げられ、今やガソリン価格は90円台まで下がった。しかし、にもかかわらず新車販売台数は更に落ち込んでいる。
消費のエンジン役であった米国経済の崩壊により、ビッグ3のみならず、日本国内の自動車産業始め家電製造業のリストラが発表され、社会問題化しつつある。現在は、そうした企業城下町や都市部(特に東京)に不況の波が押し寄せているが、来年春には全国に波及して行く。
一方、円高による還元セールやウオン安による韓国旅行が人気となっている。日本の経済は輸出ばかりが注目されているが決してそうではない。お隣りの韓国の場合、GDPに輸出が占める比率は70数%であるのに対し、日本の場合は20数%である。悲観も楽観もないということだ。

さて、こうした変な時代、グローバル経済と一生活者がつながっていることを私たちは学習体験してきた訳である。勿論、一人の生活者の中に、今回の激変に対しポジティブさもネガティブさも併せ持ってである。経済誌の多くはこの2面性を消費面で使い分けている消費、賢明な消費についてあまりふれることはない。例えば、日常ではレコードダイエットしているが、時にはガツン系フードも食べるといったセルフコントロールできる消費スタイルを身につけ始めたということである。わけあり商品についても、そのわけあり内容次第で購入の是非を決める。つまり、情報に翻弄されない消費と言っても良いし、成熟した生活者と言ってもかまわない。

変な時代の体験学習を経て、これからどんな時代になるか分からないが、生活者のライフスタイルが変わっていくことは間違いない。楽観と悲観、時にどちらかにウエイトが偏ることもあるが、あらゆるものがグローバル化した時代にあって、バランスがとれた賢明な新しいライフスタイルとして社会の舞台に上がることと思う。そうした新しいライフスタイルの芽も、またレポートしていきたい。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:51Comments(1)新市場創造

2008年12月10日

2008年ヒット商品を読み解く(2)

ヒット商品応援団日記No324(毎週2回更新)  2008.12.10.

前回社会的注目を集め実績を残したヒット商品、その裏側に潜む価値潮流について4つキーワード化してみた。今回は目まぐるしく変化する消費、特に数年前ヒットした価値潮流はどのように変化したのか、あるいは消滅してしまったのか、誰もが「何故」と思うことを中心に読み解いてみたい。

5、振り子消費からの脱却
2008年はダイエット・健康・美容という大きな潮流にヒット商品が生まれていない。勿論、誰もが関心は今なお持っているが、寒天ダイエットから始まり、現在はバナナダイエットであるが、最早バナナも終わってしまっている。同じようにコエンザイムQ10ブームは数年前に終わり、現在はコラーゲンやヒエルロンサンブームで、これもまもなく終わるであろう。ダイエットにおいては「レコードダイエット」に代表されるように、ダイエット商品に依存するダイエットではなく、自身の意識を変えることによるものへと変化してきている。
健康志向においては社会的な注目を浴びてはいないが、ウオーキングブームは今なお続いており、その延長線上にハイキングや散歩ブームがある。また、小さな子供の情操教育を含めたハワイアンダンスはすっかり定着し、シニアにおいても社交ダンスが普及し、こうしたフアンの中から生まれたのが、歌手の団塊の星秋元順子である。
一方、昨年からの特盛り、デカ盛り、ガツン系といわれた高カロリー食の復活は、11/末関東地域に発売されたマクドナルドのクオーターパウンドのように今年も続いている。勿論、学生や若いサラリーマンが主対象であるが、ホテルを始め多くの飲食店で食べ放題やブッフェスタイルへと広がりを見せ、その割安感の支持は定着しつつある。今回のヒット商品番付の中に、キリンビールのアルコール度数の高い「氷結ストラング」が入っているが、従来のソフトアルコール時代に対する振り子消費によるもので、いわばガツン系アルコール飲料と言えよう。
さてこうした消費傾向をどう読むかである。個々人がそれぞれのダイエットや健康への自己認識を持つようになった。あるいは原点に戻った、と。つまり、情報によって振り子のように消費していたことへの見直し、いわば情報依存型からの脱却を生活者は始めたと言うことであろう。

6、あれこれRE(再生)アイディア、使用価値の最大化
テーマとしては提供者にとっては保有資源の再生・最大化であるが、顧客の側も選択肢の広がりと無駄への理解が、相互にかみ合った新しいメニュー業態が生まれてきた。飲食においてはファミレスを始め、時間帯顧客向けとして特に朝食メニューの充実が計られ2毛作、3毛作は当たり前となった。そうした丁寧なMDは、カラオケルームにおけるアイドルタイムの会議室活用、レンタルオフィスシェアリング、更にはカーシェアリングへと広がり、最近では、ブランドバッグのレンタルまで注目されるようになった。こうした傾向は所有価値から使用価値への転換であり、その使用価値を最大化させるものとしてある。企業間でも、「共同仕入れ」「共同開発」「共同物流」「共同販売」といったコラボレーションは最早当たり前のこととなった。
空き室、空きビル、空き地、空き施設、空き時間、使われないブランド商品、使われない車や道具類、・・・・もったいない精神による用途変更や目的変更、新しい目的の付加、転用といった従来視点を変えることによる新しい価値の創造、「生かし切るアイディア」の現場経営は垣根を超えて始まっている。このビジネスの先駆者は高級ホテル・旅館の空き部屋を安く提供している周知の一休である。売れない新築マンションを安く買い取り、再販する業者も既に活動している。スクラップされた郊外型飲食施設を居抜きで契約し、飲食のディスカウント業態で急成長している事業者も出てきた。少し視野を広げれば、今回番付に入っている福助の「柄タイツ」なんかは、オシャレしたいが服を買うにはチャット手が届かない女性への「ファッショントレンド代替商品」である。これらはいわば変化に伴うニッチ市場であるが、不況期には思わぬヒット商品が生まれる。

7、流通サービスの再編
周知の通り、日本の流通で今なお成長しているのがネットを筆頭にした通販ビジネスである。逆に右肩下がりの筆頭は百貨店を始めとした有店舗流通である。店舗で実物商品を見てから、ネット通販で注文することは至極当たり前のことになっており、そうした背景には価格が安いという理由があってのことだ。都市部においては大手スーパーが続々とネットスーパーに力を入れ始めている。IT技術の急速な浸透がデフレを引き起こしたと言われているが、有店舗の意味合い、ビジネスモデルが根底から検討せざるを得なくなっているということだ。
一方こうした中でユニークな経営、新しい流通サービスを行っている企業がある。鹿児島県阿久根市にあるスーパーAZである。人口2万4000人という過疎地にある巨大スーパーで生鮮食料品を始め、車の販売、GS、コンビニ、更には仏壇まであらゆるものが激安で売られている。このスーパーの特徴は、高齢者に対しては消費税分5%のキャッシュバック、片道100円のお買い物バスの運行、更には地産地消は言うに及ばず地元の高齢者が従業員、そして24時間営業という単なる効率を第一義とした業態とは正反対のビジネスである。そして、なんと年間集客数は650万人に及ぶという。初期のホームセンター「ジョイフル本田」や書籍の「ジュンク堂書店」と同じ考え方の経営、業態である。
過剰な物と共に過剰な流通にあって、スーパーAZは流通におけるサービス業態、過疎地でのライフセンターとしての役割を果たしており、一つのビジネスモデルと言えよう。
問われているのは従来の流通の過剰であり、顧客が変われば流通もまた変わるという原則に立ち帰るということだ。

ところで、残念ながら医療や年金など既に起こっている「未来」不安に加え、「今」起こりつつある雇用不安が社会不安へと拡大しつつある。既にその予兆は秋葉原殺傷事件のように出てきている。恐らく、根も葉もない風評被害も出てくるであろう。こうした時代には、元気、明るさ、チョット笑える、ホットする、心理面ではこうした小さな幸せ物語が求められる。そして、このぐらいなら手が届くという小さな価格が不可欠となる時代だ。(続く)  


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2008年12月07日

2008年ヒット商品を読み解く(1)

ヒット商品応援団日記No323(毎週2回更新)  2008.12.7.

日経MJによる「2008年ヒット商品番付」が発表された。昨年に引き続き、私なりにヒット商品の裏側にある消費心理、消費価値観について読み解いてみたい。番付に載った商品の多くは、既にブログに取り上げてきたので、ヒットの着眼点を整理しキーワード化してみたい。
上期のヒット商品のところでも書いた傾向、自己防衛傾向がリーマン・ショックに端を発した金融危機により、更に生活全体への危機対応へと進んできたと言える。東西の横綱には「ユニクロ・H&M」と「セブン&アイとイオンのPB商品」、大関は「低価格小型PC」と「任天堂DSのwiifit」、関脇には「ブルーレイ」と「パナソニックの電球型蛍光灯」と続く。東芝のDVDレコーダー「ブルーレイ」が入ったのは、HD-DVDレコーダーの市場からの撤退によってシェアーが伸びたもので、それ以外は全て価格価値に主眼を置いた商品ばかりである。「お買い得」「買いやすい価格」、あるいは「パナソニックの電球型蛍光灯」のように、商品自体は高めの価格であるが、耐久時間が長いことから結果安くなる、「費用対効果」を見極めた価格着眼によるヒット商品である。そうした自己防衛市場への消費移動を整理し、キーワード化してみると次のようになる。

1、外から内へ、ハレからケへ
このブログでも何回となく象徴的な意味合いとして、「外食」から「内食」への傾向を書いてきた。しかも、中国冷凍餃子事件により、冷凍食品から手作り料理へと移動が起こり、前頭に入っているような「熱いまま急っと瞬冷凍」といった冷蔵庫が売れたり、前頭に入っている親子料理の「調理玩具」がヒットするといった具合である。ライフスタイル的に見ていくと、ハレからケへの移動、非日常から日常への消費移動となる。遊びも「任天堂DSのwiifit」、あるいは「ブルーレイ」といった家庭内充実商品が売れるという訳だ。そして、特に都市ではミニホームパーティがますます盛んになっていく。
また、今年の夏の旅行は燃料チャージにより国外から国内旅行へと大きく旅移動が起こり、今年の年末年始も同様の傾向である。ロングセラー商品であるJRの「青春18きっぷ」は、今やシニアの青春定番きっぷとなり、まさに小さな旅、日常型の旅の時代だ。唯一人気となっている海外旅行は、円高ウオン安の韓国だけで、これもまたご近所海外という小さな旅である。

2、エブリデーロープライス
エブリデーロープライスというキーワードを注目すべきであるとブログで書いたのは今年の5/4であった。その象徴的な事例として、東京(一部仙台)の中堅スーパーで急成長している「OKストア」を取り上げた。その商品MDコンセプトとなっている低価格の「わけあり商品」は、夏以降多くのマスメディアでも取り上げられることとなった。今回の東西横綱もしかり、小結に入っている「円高還元セール」もお買い得価格は円高という「わけあり」ということである。数日前、西友が家電量販店と同じ手法の「最低価格保証制度」を導入すると発表があった。親会社のウォルマートの経営・ローコスト経営を本格的に導入するということであろうが、安さを保証・約束する宣言である。
ところで景気後退というより、明確に不況期に入っていると認識しなければならない。世界的なデフレ傾向を踏まえ、日本においてもデフレか更にあらゆる業種に押し寄せてくる。そして、既に指摘してきたが単に安いということではなく、意味あるわけあり商品・サービスであるかの競争となっていくであろう。「食」を始め日常型消費商品から、生涯で一番高い買い物である住宅まで、この「わけあり競争」は始まっている。
ところで、横綱のH&Mの競争相手はユニクロであるか否かといった論議があるが、そうではない。H&Mもユニクロも、競争相手は百貨店の平場にあるカジュアル衣料であり、商品開発力のないカジュアル衣料専門店である。ある意味、中途半端な価格、中途半端な個性商品は淘汰されていく、いや既に始まっているということだ。若干課題があるとすれば、H&Mのサイズが欧米基準になっている問題であり、この課題を解決できるならば、エブリデーロープライスという最もベーシックな潮流を推進できると思う。

3、個族から家族へ
5〜6年前、個人化社会の象徴として若い世代に「マイブーム」が起きた。ある意味、「自分確認」=「自分探し」として、マイ○○という商品に自分を置き換えたブームであった。実はこうした私生活主義が少しづつ変わり始めている。書籍卸しのトーハンによる2008年のベストセラーランキングでは「ハリー・ポッター/最終巻」が第1位(185万部)であったが、今年ブームとなった「B型自分の説明書」(3位)をはじめ、O型、A型、AB型全てがベスト10入りし、シリーズ累計では500万部を売り上げた。10年ほど前から始まった個族の自分探しという占い依存型から自己確認型へと変化してきている。自分の居場所を失い都市漂流する若い世代に社会的な注目が集まり、バラバラになった個を家族という単位へとつなぎなおす動きが始まっている。消費面でいうと、上記の家庭内充実型商品、家事であれ、遊びであれ、家族一緒という単位変化が出てきている。象徴的な例であるが、5〜6年前の隠れたヒット商品であった「一人鍋」は、カレー鍋のように家族一緒の鍋へと変化してきた。つまり、上記傾向を踏まえると、家族割り、夫婦割りといったプロモーションは、携帯電話や映画鑑賞、旅行(交通・ホテルなど)、ゴルフのみならず多くの業種・業態へと広がるであろう。

4、小さなアイディア、小さなうれしい
日経MJと同じように年度のヒット商品を発表している三井住友グループのSMBCコンサルティングは今年の横綱は該当なしとなっている。社会的注目を集めるような商品力と実績を集めた商品はなかったとし、「横綱不在時代の幕開けか?」とコメントしている。日本は既に不況期に入っているという認識は同じであるが、日経MJはヒット商品が小粒になったと指摘、SMBCは消費支出の選択と集中が始まると指摘している。私に言わせれば、両社共に、生活価値観(パラダイム)がどのように変わりつつあるか、その過渡期の断面を指摘いると思う。
例えば、外食から内食への移動では、内食について言えばヒット商品は小粒になり、納豆の「金のつぶ」のように改良型商品がヒットする。しかし、外食が全て無くなる訳ではない。回数は減るが、ハレの日には家族そろってお気に入りの店を選択して使うことになる。つまり、中途半端な外食には足を向けないということだ。
今回のヒット商品番付には入っていないが、昨年冬のヒット商品である「湯たんぽ」は、今年の冬にはお湯を入れなくても済む特殊な注入液を電気で暖めて使う「湯たんぽ」に注目があつまっている。つまり、既存商品の進化系、小さな工夫、小さなうれしいが、小さなヒット商品となる。生活者は、そうしたディテール、細部にまで敏感に反応する賢明な顧客へと成長しているということだ。

さて、大分長くなってなってしまったので、次回も2008年ヒット商品を引き続き読み解いてみたい。(続く)  


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2008年12月03日

触る時代へ

ヒット商品応援団日記No322(毎週2回更新)  2008.12.3.

2008年新語・流行語大賞が決まったが、過剰情報の時代を良く表している。「グ〜!」は既に鮮度を失って使われなくなっており、「アラフォー」は特定の世界、世代や雑誌業界で流行った言葉である。40歳前後の女性の頑張り、明るさが暗い時代に一筋の光を与えてくれている、といったコメントが出されていたが、そうではない。この2つの流行語に共通していることがあるとすれば、それは言葉の軽さであり、浸透は速いが瞬時に忘れ去られるということだ。情報過剰の時代とは、いわば供給過剰、言葉のデフレ時代のことである。広告的言い方をすると、キャッチコピーだけで、人の興味・関心は惹きつけるが、それ以上でも以下でもない。

一年半ほど前に「五感の取り戻し」というテーマで、便利さと引き換えに視覚と聴覚の感知能力が失われていると書いたことがあった。都市における過剰な光、そして過剰な音に囲まれた生活から、本来の自然の光や音を取り戻す動きについてであった。ところで視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感のうち、最も不可欠な感知機能は触覚であると指摘していたのはコラムニスト天野祐吉さんであった。「握手しても何も感じない。つねられても、ちっとも痛くない。好きな人と抱き合っても、なんの感触もない。やだよ、そんなの。」(「言葉の元気学」より)猿の毛づくろいを例に挙げ、人間はその毛づくろいという触覚コミュニケーションが言葉になった、と。つまり、言葉でさわりあう、つながりあう、という訳である。言葉も触覚のうちであると私も思うが、さわりあう、つながりあう、という基本の感覚が今一番求められていると思う。

ところで、この感覚をビジネスあるいはマーケティングに落とし込んだらどうなるであろうか。意識するしないに関わらず、既にヒット商品の多くは、さわりあう、つながりあう感覚によるものが多い。今なおブームが続く家庭菜園や田舎暮らしの農業も身体で自然とさわりあうことである。土に触れ、陽を浴び、水をやり、育てるとは自然とさわりあうということだ。あるいは、一昨年注目されたキッザニアにおける体験学習も社会とさわりあう、つながりあうことを模擬的に行うテーマパークである。キッザニアの優れた点は、単なる体験学習ではない。そこには労働の対価としての模擬通貨による経済社会の在り方にさわり、つながる感覚の学習である。
最近の傾向の一つである外食から内食への流れとして、今年も鍋は人気で、昨年はカレー鍋であったが、今年はご当地鍋として深化していくと思う。鍋を囲むとは、鍋でさわりあう、つながりあう食である。昨年のヒット商品で今なおヒットしている任天堂DSのwiiはバーチャルゲームに「さわる」感覚を取り入れたゲームソフトである。つまり、さわることのないバーチャル化した過剰世界から、個人の触覚を取り戻したということだ。

顧客接点であるビジネス現場ではこれからどういうことが大切になるであろうか。その前に、既に起こっている価格の「わけあり」について、認識しなければならない。今、円高による商品は流通が還元セールによって安く提供しているし、おそらくかなりの期間円高は進みデフレ傾向が進むと思う。勿論、円高といっても小麦価格のように、安くなるにはタイムラグはある。つまり、全体としてはデフレが更に進むと思うが、商品によっては価格の高いものも出てくる。こうした急激な変化を、どう提供者も消費者も「さわること」が出来るかという課題である。つまり、「わけあり」情報をどのように「さわれる言葉」として伝えていくかだ。
ところで、言葉でさわりあうとは、あいさつであり、対話ということになる。互いにさわりあう「あいさつ」とはどういうことであるか。過剰となっているテクニカルなあいさつではない。体験学習を積んだ顧客は最早だまされることはない。ましてや「自己防衛」として内に防波堤を築いている顧客である。

私自身正解はないと思うが、唯一近い解があるとすれば「生身の言葉」「自身の言葉」ということになる。少し前書いた「プロの逆襲」のところでも触れたが、プロの仕事は見えないところ、特に基本を十分踏まえた仕事であると。何か十数年前までは至極当たり前の修行の原則のようなことを書いたが、表現する術を持っているように思ってきたが、実は持ってはいなかったということだ。チェーンビジネスが苦戦している理由の一つがマニュアルである。商品品質、サービス品質の標準化のためであるが、マニュアルを伏せて、まずは生身の身体で言葉で顧客と向き合ってみることだ。

私が若い頃外資系広告会社に在籍していた時の話であるが、マクドナルドを担当していた同僚とあることをしにマックの店舗をチェックしに行ったことがあった。初期の頃のマクドナルドであるが、ある意味創業者であった故藤田田社長からの依頼で、マニュアルにはないことを店頭でオーダーしチェックして欲しいという内容であった。私はビッグマックを頼んだ際、「マスタードをつけてね」と、マニュアルにはないことをオーダーした。店頭にいた若いクルーは慌ててバックヤードにいた店長に聞きにいったことを今でも覚えている。(続く)  


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