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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2014年05月26日

消費増税の壁を超える

ヒット商品応援団日記No581(毎週更新) 2014.5.26. 

新消費税導入から2ヶ月近く経過した。今回注目すべきは駈け込み需要後の落ち込みは想定内であったなどといった当たり障りの無い話ではない。1997年の消費税5%導入後の変化とは全く異なる推移となっている。この推移を見ていくと、提供する企業サイドと消費者サイドが共に良く考えて行動した結果となっていることが分かる。

その「良く考えた結果」の第一は駈け込み需要の反動が大きいと考えられていた百貨店売り上げのその内容についてである。以前のブログにも書いたが、3月の全国百貨店の売上高は既存店ベースで前年同月比25.4%増となった。伸び率は前回消費増税前の1997年3月(23.0%増)を上回り、消費税導入前の1989年3月(35.3%増)以来、25年ぶりの高い伸び率を記録した。こうした数値をベースに4月以降の売り上げの落ち込みはそれほど大きくはないと判断する専門家が多い。しかし、4月の売り上げを支えたのは「誰であるか」について言及したメディアや専門家は少ない。毎日新聞が増税影響度について以下のようにまとめていた。

大手百貨店主力店の消費増税影響度(前年同月比増減率、▲はマイナス)】
 ※以下、店舗名、4月売上高(%)、3月売上高(%)
(1)銀座三越、1.1、36.7
(2)大丸東京店、▲ 3.6、25.1
(3)伊勢丹新宿店、▲ 7.9、18.7
(4)西武池袋本店、▲ 9.0、24.3
(5)阪急本店、▲ 9.7、34.5
(6)新宿タカシマヤ、▲10.4、32.6
(7)そごう横浜店、▲11.1、31.6
(8)横浜タカシマヤ、▲11.4、35.6
(9)大丸心斎橋店、▲13.9、36.4
(10)日本橋三越本店、▲14.7、31.8
(11)大阪タカシマヤ、▲15.2、32.9
(12)日本橋タカシマヤ、▲15.9、40.2
(13)松坂屋名古屋店、▲18.3、57.2

まず気がつくのは銀座三越で3月の駈け込み需要売り上げも大きく、しかも4月の売り上げもマイナスではなくプラウ1,1%となっている点である。昨年秋以降のブログにも訪日外国人がビザ発給の緩和を受けて急増し、多様な消費を見せていると書いてきた。そして、その傾向は2014年に入っても続いており、観光庁によると1月から3月までの間に国内で消費した金額は推計でおよそ4300億円となり、3か月間としては過去最高額になった、と。これは前年度の同じ期間に比べて49%増。そして、4月に入り、日本を訪れた外国人旅行者は推計で123万1500人となり前の年の同じ月に比べて33.4%増えた。これは今年3月の105万人余りを大幅に上回り、1か月間の旅行者数としては最も多く、2か月連続で過去最多を更新したと。これは桜の季節であることと、羽田の発着枠の増加効果であると推測されている。

ここまで書けば皆さんも銀座三越の売り上げについてなるほどそうであったかと推測されるであろう。訪日外国人による免税品の売り上げが前年同月比93%増と大幅に増えたことが寄与したとのこと。そして、免税品の売り上げが売り上げ全体に占める割合は10%程度と、初めて2ケタ台に乗ったという。
三越伊勢丹ホールディングスは2012年から免税手続きの世界最大手グローバルブルー(スイス)と提携し、伊勢丹新宿店、日本橋三越本店、銀座三越に免税店を設け訪日外国人受け入れを強化した結果ということである。明暗という言い方をするならば、銀座三越は「明」、その他の百貨店は「暗」に近い曇りといったところであろう。

次に外食チェーンの変化である。まず牛丼大手3社についてであるが、吉野家は牛丼並盛りを20円値上げして300円とし、松屋も10円引き上げた。一方、すき家は10円値下げで対抗した。既存店の客数を見るとすき家が4.8%減、松屋が4.4%減なのに対して吉野家は9.2%減と苦戦した。値上げした吉野家は落とした客数分を値上げによって補いきれなかったという結果である。すき家も値下げをしたにも関わらずマイナスであるのは人手不足による店舗閉鎖の影響によるものである。つまり、日常利用において20円の値上げは大きく吉野家は「暗」という結果となった。確か3月のブログにも書いたことだが、新メニューである牛すき鍋膳は冬場の季節メニューであり、次のヒットメニューが求められていると。ところが新メニューも無い上に値上げをして消費増税を迎えたことは、吉野家ブランドの過信であったということである。
また、普通の企業に戻ったマクドナルドであるが、100円マックを復活させて以前の市場を呼び戻そうとしているが相変わらず低迷したままで、4月の既存店売上高は、前年比3.4%減と3カ月連続で前年実績を下回った。ここ2年ほど迷走し続けたマクドナルドであるが、明るい材料もあり、特に若い女性を狙ったアボカドを使用したハンバーガーのように明快なメニューコンセプトに戻れば復活はあり得るであろう。

また、明暗の明の一つとしてファミレスのロイヤルホストが好調で、4月度の売り上げは前年比108.1%、客数100.7%、客単価107.4%とのこと。マクドナルドが1000円バーガーによって客単価アップをはかり失敗したのに対し、ロイヤルホストは昨年ブログにも書いたが夏前からのヒット商品であるアンガスリブロースステーキは消費増税の壁を超える戦略メニューに定着したということである。
また、一昨年来低迷を続ける回転寿司チェーンであるが、大手各社揃ってラーメンや丼といった新メニュー開発に賭けているが、ロイヤルホストのアンガスリブロースステーキのようなメニューづくりには至ってはいない。

そして、明の企業としてユニクロとニトリも挙げられる。ユニクロは国内既存店は6ヶ月連続のプラスで4月は前年比103.3%、ニトリは既存店売り上げは115.1%と2014年度に入り好調さを持続させている。両社共に、一昨年から価格だけでなくデザインクオリティを高めた商品政策を取っており、こうした点が消費増税を超える顧客支持を得たということである。

日常業態である食品スーパーを始めとした流通企業は顧客継続を促す本体価格の値下げを含めた施策やプロモーションを行っており、消費増税による値上げの影響はあまり見受けられない。メーカーによってはサイズや量を減らして増税分や円安による原材料高を吸収したり、それでも難しい場合は値上げも見られるが、総じて消費者による拒否反応が見られるほどではない。
次の未来塾のテーマを「商店街から学ぶ」に設定し、2つの大型商業施設に囲まれた東京江東区にある「砂町銀座商店街」を3月から観察&調査したが、お惣菜横丁と呼ばれるような商店街においても値上げを行っている店が多く、そのことによる影響はあまり出てはいないようである。その理由についてはこのブログ上で公開するが独自な商品づくりとサービス精神旺盛な顧客関係が出来ている商店は増税の壁を超えていることが分かる。「いままでの成績表の結果」が増税後の売り上げ結果に見事に反映されるとブログにも書いたが、まさにそんな商店街であった。

数字の見方もそうであるが、「平均値」あるいは「一般的」といった認識は捨てなければならない。「明」に挙げた銀座三越を始め良い企業は訪日外国人といった新しい市場の開拓や新サービスやメニューの開発導入によって消費増税の壁を超えている。これら全て個別である。低迷を続ける回転寿司チェーンと書いたが、スシローを始めとした大手3社は現時点においては良い結果は出せていないが、業界4位のはま寿司はあのすき家を経営しているゼンショーグループ企業であるが、今出店攻勢をかけており急成長を果たしている。このように「明」の企業に共通していることは、当然ではあるが数年前からの明確な戦略の基に新しい市場づくりにチャレンジし、4月を迎えたということである。

前回1997年の時の新消費税導入と決定的に異なっているのが、企業も消費者もまだまだ「様子見」状態である。これは前回からの学習効果であると考える。例えば、GWの消費は節約程度で、旅行をやめるあるいは他の何かに変更するといった大きな消費移動は見られなかった。6月になると夏のボーナス支給が始まり、景気回復などと消費増税の影響は軽微であるかの如く論評されることが予測される。しかし、一部大手企業のベースアップは行われたが、依然として大多数の勤労者の収入は下げ続けていることを忘れてはならない。家計調査内容を始め、商業施設の売り上げ内容の分析を待たなければならないが、消費者における家計は時間経過と共にボディブローの如く効いてくると推測される。そうしたことを踏まえ企業サイドも次なる施策を考えていると思う。既に百貨店においてはお中元商戦がスタートしているが、時期を早めても売り上げ増にはならない。銀座三越のように新しいマーケット開発にトライすべきである。外食産業においても、ロイヤルホストのアンガスリブロースステーキのような新メニューの開発を急ぐということだ。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:50Comments(0)新市場創造

2014年05月21日

未来塾(5)「小売りから学ぶ」港北ニュータウン編(後半)

今回の未来塾は「小売りから学ぶ」港北ニュータウン編の後半を公開します。少子高齢社会にあって、港北ニュータウンは多子低年齢市場という東京郊外ならではの商圏です。この子育てファミリーを対象市場とした商業施設が乱立するなかでの「小売り」です。消費税導入を踏まえた小売りならではの「視座」と「ノウハウ」を学びます。


ヒット商品応援団日記No581(毎週更新) 2014.5.21. 


■街の成長と年齢分布の変化

商圏の年齢分布の変化は自店のMDを組み立てる上で重要なポイントである。チェーン店で本部より供給される商品やサービスが決まっていたとしても、重点を置くべき商品はエリアごとに変わってくる。特に港北ニュータウンのように転出よりも転入が上回っている街ではどの年齢が増えているのかを把握しておきたい。



図2は平成15年の年齢分布を9年分前にずらして、平成24年の年齢分布に重ねたものである。9年間で人口は約38,000人増え、その増加率は122.8%と他のエリアに比べ魅力がある。グラフを見るとわかるように、増えたのは27歳~44歳までの子育てファミリーだけで、それ以外の世代は変化が少なく9年分歳を重ねただけである。




図3は図2のように平成15年度をスライドせず、平成24年度の年齢分布を10年分スライドして平成35年度を想定し、15年、24年、35年の年齢分布を並べたものである。現在のボリュームゾーンは50代前半に移動するが、今と同じように30代ファミリーの転入が続くと30代から50代前半まで断続的に続く台形のようなボリュームゾーンが形成される可能性を指している。
現在の10代~20代前半は人口が少ないので同じ傾向にはならないものの、港北ニュータウンが次世代の子育てファミリーからも支持される可能性は高い。

■ 館の来館者数と館の名簿客数

多くのSCは月間および年間来館者数をひとつの指標にしているが、延べではなく重複を取り除いた「館の名簿客数」をきちんと割り出しているデベロッパーは多くはない。ここで言う名簿客数とは、来館者全員を名簿化したと仮定した場合の客数を指す。
来館者調査などで来店頻度が月1回:5%、月2回:10%、週1回:30%、週2回:20%、週3回以上:20%・・・とわかった場合、これに週の来館者を掛け合わせ、その他の要因を重ねていくとおよその名簿客数が見えてくる。こうして算出してみると地元密着型のコモディティSCは想像以上に名簿客数が少ないことに驚くこともある。一方、2011年度開業した湘南テラスモールなどは当初想定していた商圏よりも北に伸びしろがあり、1年で24万人ものハウスカードホルダーを獲得している。
商圏設定で半径○km、○世帯数、という数字をよく見るが、実際は乖離が大きい。道路や河川などで商圏が分断されることも多く、年配の方においては、本数の少ないバス路線は近くても商圏に結びつかない。また、300m以内に住んでいてもほとんど来館されない方も少なくない。

人口減の局面に入っても商業施設などのライバルは今後とも増え続ける。つまり今までどおりのやり方をしている限り名簿客数は減りつづけ、新規客獲得は年々難しくなるという認識が必要だ。
当たり前のことだがほとんどの上顧客は既存客である。上顧客の回数化を促進することは非常に重要だが、既存客は年齢を重ねている。ここに二つのリスクが潜んでいる。
多くのナショナルチェーンは既存客の加齢を過剰に考慮せず、自店のポジション、MDを守りながら新規を開拓し、既存客の緩やかな入れ替わりを目論むが、既存客の離反が新規獲得を上回るリスクがある。一方、既存のお客様に新たな提案を重ねているうちに自店MDが年輩者向けになり、本来のポジションとずれが生じ、次世代のお客様開拓が手薄になるリスクもある。ここのバランスをどう考えるかは事業者の考え方だが、少なくとも本部と現場の店長クラスくらいは意識を共有しておくべきだろう。

MDの組み立てとして、新規集客品と既存客向け主力リピート品をピラミッドのように組み立てる方法があるが、同一カテゴリーで松竹梅の商品やサービスを並べるだけでなく、主力リピート品へつながるルートを多方面に用意し、どのエントリー商材からでも主力品の紹介ができるよう組み立てることが重要だ。セルフ型ならば連動POPやセルフトーカーを、接客重視ならトークスクリプトを整備しておく必要がある。
価格別に松竹梅を用意すると竹が選ばれやすいのは周知のことだが、筆者が良くやるのは、松竹竹梅の4種を揃え、片方の竹は松相当品を竹に近い初回限定プライスに設定することで松を一度体験していただく方法だ。竹との違いも理解していただけやすくリピート率も向上する。

■衝動派と慎重派

TVショッピングは何度も利用する人、旅先でついついお土産を買ってしまう人、100円ショップなどで安いからとあれこれ買ってしまう人、限定やタイムセールに弱い人・・・。このような方たちをここでは「衝動派」とし、これとは間逆の方たちを「慎重派」と呼ぶことにする。もちろんどちらが良い客ということではない。
しかし、旅先のお土産の例に戻すと、他のメンバーが買い始めると慎重派も買いはじめるというシーンが思い浮かぶ方も多いだろう。衝動派の購買行動は慎重派の背中を押す力を秘めている。この力を使わない手はない。相対的には慎重派のほうが多いが、衝動派を呼び寄せるMDをすることで慎重派の入店や購買を促す環境を作りやすくなる。

衝動派が惹かれるものは、受動的な情報源で知り得た人気商品、旬の商材が多い。受動的情報源とは、テレビ、新聞折込、そして何より口コミだ。対して能動的情報源とは自ら取りに行くネット情報や購買して読む雑誌・書籍などを指す。テレビショッピングや新聞折込の通販商材は直販商品も多いので、相当品、互換品なども有力だ。
これらの商材をそのまま売るのではなく、松竹梅の梅か竹に入れ込み、自店の推奨品に結びつけたい。慎重派は、気にはなっているが納得してから購入したいので、松へつながる可能性も高い。衝動派はリピート率が低めだが、慎重派はリピートしやすいので松の紹介は重要。また、店頭集客用MDにより自店における衝動派:慎重派の比率を変えることも可能になってくるので、セール時期などは意図的に衝動派を増やすMDをすることで賑わいも出しやすくなるだろう。

■お客様に応じた松竹竹梅の組み立て方

前述したように港北ニュータウンのボリュームゾーンは20代後半から40代前半までの子育てファミリーである。感性も高く、単純な価格志向ではない人が多い。子育て終了世代に比べると可処分所得は少ないかもしれないが、お金を使うべきところ、使わないところが顕著に分かれ、それが自分にとって「新しい満足」や「将来の自分の姿」をもたらすモノやコトであるかが吟味される。商品やサービスに対する情報収集や理解は比較的高めなので、コストパフォーマンスの良し悪しもある程度判断できている。店頭では、事前に得た情報や理解が正しいかを再確認したり、事前にわからなかったところを質問したり、実際に体験・体感して感覚的に納得をすることを重視している。
そこで、先ほどの松竹竹梅に戻ると、竹と梅には違いをシンプルなキーワードで表現し、コストパフォーマンスを確認できる情報、さらに竹は優れたスタンダードとしての情報が必要だ。そして松および松相当の竹に関しては、「新しい満足」や「将来の自分の姿」を想起させるワクワク情報が重要になる。これは商品そのものの説明ではなく、それを使う、持つ、経験することが何らかの楽しさ、嬉しさ、いつもと違う、あるいはこれまでと違う自分などに結びつくものが望ましい。松竹梅ではなく単品の一押し商品・サービスの場合も、松と同様に展開することで店頭訴求力が高まるだろう。
また、松竹竹梅の価格設定においては消費増税後なので、梅は税込で×980円などの価格訴求、また松相当品をセール価格で竹に寄せる場合も同様に設定したいところだ。


小売りから学ぶ


1、創られた市場という認識

時代の変化を映し出すのが小売業であるが、今回の横浜市都筑区(港北ニュータウン)という市場は「街から学ぶ」吉祥寺編で明らかにしたように同じ郊外型市場、東京及び横浜へのベッドタウンではあるが、吉祥寺とは異なる市場である。その最大の違いは「創られた」市場、つまり人工的に住宅や商業施設、道路といったインフラが開発され創られてきた街である。東京近郊という点では規模は異なるが筑波エクスプレスの開通によって新たな街づくりを行っている千葉県流山市と同じ構造である。


写真を見ても分かるが、のどかな田園風景はセンター北とセンター南とを分ける早淵川の一部に残っているだけで、その多くは大型商業施設の建物とマンション群である。緑もまた開発された緑であり、その土地固有の四季を感じさせる緑ではない。商業という観点から街を見ていくと、マンション(住居)と商業施設と駅とを直線的につなぐだけで、いわゆる本来「街」が持っている界隈性や回遊性は乏しい。商業はそうした街機能の替わりを果たしていかなければならないということである。
そして、同じような子育てファミリーのライフスタイル、時間の過ごし方は特定場所、特定時間に集中することとなる。その例えが、休日の大型商業施設のフードコートでファミリーで埋め尽くされることとなる。効率の良いコンパクトな市場ではあるが、またそれ以上に競争も激しい。


2、子育て市場への集中ともう一つの視点

少子化が大きな問題としてテーマとなっている日本であるが、ここ都筑区は多子市場を形成している。結果、子育て市場を狙った専門店群が大型商業施設へと大挙して出店している。勿論、オーバーストア状態となり、価格を始めとした厳しい競争市場となっている。こうした市場にあって、時間の経過と共に顧客も変化するとした年齢分布による「マーケットの推移」への視点を指摘してくれたことは私たちへの大きな警鐘としてある。小売りがまず目指す「今」という子育て市場もまた、時間経過ととも年齢を重ね次なるライフステージへと変化し、そうした視点をもって「今」を経営しなければならないということである。
こうした視点は既存客へのリピート促進と共に、新規客づくりのためのMDとその価格設定、坂野氏の言う「松竹竹梅」という小売り現場ならではのレポートに出てきている。「衝動派と慎重派」という顧客識別に沿って、あるいは「松」である商品を「竹」並の価格で販売する。つまり、新規客への興味・関心を狙った入り口価格設定、ある意味お試し的価格と言うことてある。店頭を常に変化させることによって顧客反応をとる一種の仕組みとも言えるノウハウである。こうした価格に対する「考え」は消費増税という変化を読み取るには極めて有効な方法としてある。

3、常に顧客反応を観測する「小売り」

新消費税が導入され1ヶ月半ほど経過した。政府は物価の推移を見ていくと増税分3%はほぼ価格転嫁できていると発表した。しかし、どの調査を見ても約2/3の生活者は節約すると答えている。その節約にどう応えるかが小売業の主たる仕事となる。節約とは「全体での支出」を減らすことであり、お気に入り商品はそのまま継続消費するかもしれないが、コモディティ商品は激安流通へと店自体を変えるかもしれない。
今回坂野氏にレポートをお願いしたのも、東京近郊のコンパクトな市場、しかも日常消費については旺盛な消費を見せる子育て市場での小売りである。そっして、多くの市場がそうであるように、「オーバーストア(過剰流通)」、「価格競争」といったどの市場にも当てはまる市場での「小売り」である。こうした市場にあって消費増税はどんな変化をもたらすか、坂野氏による実態客数の把握と顧客識別としての「衝動派と慎重派」、更にはマーチャンダイジングにおける価格戦略「松竹竹梅」といった小売り戦略こそが必要であると考える。 
駈け込み需要の反動と共にゴールデンウイークも終わり、日常が戻ってきた。消費増税がどんな変化をもたらすか、これからが本番である。坂野氏が指摘してくれたこれらの視点をもって観測していただけたらと思う。(続く)        
                                                                              専門店経営 坂野公美
                                                                               ヒット商品応援団 飯塚敞士
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:18Comments(0)新市場創造

2014年05月18日

未来塾(5)「小売りから学ぶ」港北ニュータウン編(前半)

ヒット商品応援団日記No580(毎週更新) 2014.5.18. 

今回の未来塾は「小売りから学ぶ」港北ニュータウン編を公開します。少子高齢社会にあって、港北ニュータウンは多子低年齢市場という東京郊外ならではの商圏です。この子育てファミリーを対象市場とした商業施設が乱立するなかでの「小売り」です。消費税導入を踏まえた小売りならではの「視座」と「ノウハウ」を学びます。





小売りから学ぶ

時代の観察

港北ニュータウン


■消費税8%

昨年末までは97年の消費税増税に比べて駆け込みは少ないだろうと読む関係者が多く、実際歳末商戦ではまだ動きが鈍かった。しかし3月は97年同様20日あたりから駆け込みが顕著になり、前年同月比120~130%と予想を上回る需要が発生した。特に百貨店の多くは130%前後と健闘したが、案の定4月に入ってから10~20%減少。GW明け時点でのプラマイがひとつの評価となるだろうが、概ねプラスのまま平時に戻っていくのではないかと強気の読みをする事業者は多い。
今回は総額表示が義務付けとならなかったことから、価格表記の対応が分かれた。お互い探りあいの状態が続き、3月に入ってもスタンスを決めきれずギリギリまで悩む零細事業者も少なくなかった。結果、最も多い表記方法は税抜を大きく、税込を小さく表記する方法だが、一見以前より安くなったように勘違いする生活者も多い。一方、百貨店などの高額品はもともと単価が高いため従来どおり総額表記も多く見られる。ややこしいのは同一店内に税込と税抜の札が混在している店舗だ。1,980円などの目玉商品は総額だが、他は税抜(税込)、しかし商品についているタグプライスは従来の総額表記などといった生活者の理解力を試すかのような店舗もある。
価格訴求が強い家電量販の新聞折込で比べてみると、ヤマダは税抜価格の隣に税別と表記し総額表示なし、エディオンは税抜が大きく、税込を下に小さく、そしてノジマは税込のみと対応が分かれる。ノジマは店頭でも総額表示を徹底しており、またそれを生活者寄りのスタンスとして店内POPでも訴求している。
価格の決定権が本国にあるといわれるAppleもこれまでの総額表記から税抜表記に変更した。増税直前の3月18日に旧モデルのiPad(第4世代)を廉価版として税込39,800円で再発売したが、4月になると税抜37,800円に変更され、実質約100円値下げされた。
反対に増税時に税抜価格や税込価格をキリのよいものに変更し、わずかながら値上げしたものも見受けられる。4月1日付けでメーカーから価格変更の案内があり、作り替えたばかりのプライスカードやPOPが無駄になったものも少なからずあった。
また、増税のタイミングで価格を変えると便乗値上げといわれかねないと、3月下旬までに値上げしたメーカーもある。これも小売側は短期間しか使えないプライスカードを作る羽目になり、また生活者にとっても3月に値上げ、4月も増税で再び総額が上がるという2段階値上げしたような感覚を与え相当な割高感を伴った。
いずれにしても、大手小売業からの反発もあり総額表記中心とならなかったことは、生活者に対しては非常に不親切な状況を生みだしたといえる。生活者が今の表記に慣れる頃にはこの総額表記を義務付けない特例が終了するため、再び混乱が起きる可能性も残されている。

■少子高齢化ならぬ多子低年齢化の街

筆者が出店している横浜市の港北ニュータウンは初期の分譲がバブル末期に始まった比較的新しい街だ。高齢化が進む多摩ニュータウンとは町の様相が異なる。中心となる横浜市都筑区の人口は平成26年1月時点で21万人弱、平均年齢40.1歳と横浜市18区の中では最も若い区だ(横浜市全体では44.4歳)。




平均年齢は4歳しか変わらないのでインパクトは少ないかもしれないが、年齢別分布をグラフにするとその特異性が良くわかる。日本で最も多い団塊の世代が少ないのだ。横浜市全体では団塊ジュニアを100としたとき親である団塊世代は約95だが、都筑区では団塊ジュニアのほぼ半分しかいない。(上記図1)

ベビーカーの街

都筑区にはニュータウン開発以前からある町名と開発後に生まれた町名が混在している。例えば南山田町は開発以前、南山田○丁目は開発後だ。開発以前からあるエリアは高齢化が進み、横浜市の平均に近い年齢分布だが、開発後のエリアは20代後半から40台前半の子育て世代が多く都筑区の平均年齢よりもさらに若い街となる。かつてテレビ「アド街ック天国」で初めて港北ニュータウンが取り上げられたときは、「ベビーカーの街」というキャッチフレーズが付けられたほどベビーカーの往来が目立つ。

バブル期に決して安くはなかった住宅に40代~50代前半で移り住んできた人はすでに定年を迎え、街の平均年齢を持ち上げているはずなのだが、それ以上に20代後半~30代の子育て世代の転入が多く平均年齢はあまり上がっていない。

当初は商業施設もなく、あるのは計画された広大な保存緑地帯とそれをつなぐ10数kmにおよぶ保存緑道という優れた自然環境が魅力だったが、平成10年頃から百貨店核の大型商業施設が次々と進出し、大店法改正前の駆け込みである平成19年~20年にはさらに4つの商業施設が加わり、超・オーバーストアの様相を帯びてきた。

商業施設側がボリュームゾーンである子育てファミリーをターゲットにしたリーシングをするのは理解できるが、物事にはバランスというものがある。主要な商業施設が同じ世代、同じマーケットを主戦場にしたため、ファッション、コスメ、グルメ、スイーツ、インテリアなどが子育てファミリーに偏り、可処分所得が比較的高い年配層に対応するテナントが少なくなってしまった。ついには核であった百貨店が事実上撤退し専門店に転換されると、そこにも同系のテナントを誘致するため、年配層は行き場を失い、買回り品はたまプラーザや二子玉川、横浜といった近隣商圏に通うようになる。こうしたことから田園都市線エリアや都心へ転出するリタイア層も少なからず現れはじめた。バブル期物件は築20年以上経て割安感が出てきており、転出したリタイア層に代わり30代ファミリーがリフォームをして暮らし始めている。
中心部であるセンター南駅(2012年乗車客数:約37,000人)、センター北駅(同34,000人)は約1kmしか離れていないためホームから隣駅のホームが見えるほどだが、両駅の間には早淵川が流れているため商圏が重なりつつも異なる商圏を形成している。

商業施設の開発競争

その2駅周辺に店舗面積4万平米以上ある3つの大型商業施設をはじめ10の施設が顔を突き合わせるように建ち、南北戦争などと揶揄されるほど「勝ち組不在の消耗戦」を繰り広げてきた。その結果、南のA館から北のB館に移転するといったエリア間移動のテナントが出始め、さらには同エリア内でC館から隣のD館へ移転するという、館を見限るかのような「仁義なき戦い」も頻繁に起きている。



年齢分布の特異性もあるが、属性の偏りも見られる。ファミリー中心なので、社会人や学生の単身世帯が少なく、ましてや「おひとりさま」はほとんどいない。むしろ30代子育てファミリーだらけの休日は、単身者やお一人様には居場所が少なく、求めているものも手に入りにくいだろうと思う。
郊外で複数の大型商業施設と住宅地が近接している街として吉祥寺や町田などがあるが、どちらも幅広い属性の人が混在しており、それが街のMDを広げている。顕著に現れるのは街を歩く人のファッションの幅だろう。近い属性に偏るとヒットするものはドンと売れるが、売れないものはほとんど売れず、ロングテールのテールは短くなる。
ファストフード店を例に挙げると、ニュータウンのエリア内にマクドナルドは実に9店舗、吉野家や松屋はロードサイドに各1店舗あるだけで駅の周辺は未出店。同様にリーズナブルな外食としてはサイゼリアが6店舗、王将、日高屋はともに未出店。スターバックス4店舗に対しドトールはGS併設店が1店舗のみ。これだけでもこの街の性格が窺えるはずだ。

2011年春にセンター南の港北東急SCの中に109アウトレットがオープンした。その時点で109はピークアウトしており外資ファストファッションを相手に苦戦してはいたが、郊外にアウトレットを開業する意味合いはあったように思う。ただし、港北ニュータウンではなかった。残念ながら2年を待たずにクローズしてしまう。
前述のように属性に幅がないため、もともと109ファッションを身に着けて地元を歩いている子はほとんどいない。母親が許さないということもあるだろう。開業当時こそ日頃横浜ビブレあたりで購入しているような女の子達が来ていたが、館の中で浮いた存在となり、さらに渋谷109に比べ品揃えや価格設定が甘いため次第に来なくなった。可哀想なことに109ファッションに身を包んだ店舗スタッフは、平日、自分の母親くらいの女性客に対して商品案内をすることになる。

吉祥寺や町田と異なるもうひとつのポイントは商店街が存在しないことである。田畑や雑木林を更地にして作った街なので、路面店から発展するというフローをたどっていない。何もないところに幹線道路が引かれ、市営地下鉄ができ、商業施設が建ち、それから路面店が生まれた。

計画都市なので車道と分離した歩行者専用道路が広く分布している。生活者には優しい設計なのだが、路面店にとっては商売がしにくい構造である。また、商業施設の徒歩圏内に住んでいても車で来館し、館から一歩も出ないまま帰る人が多いため、周辺の路面店があまり潤わないという傾向もある。車社会なので道路に面した路面店は女性や年配者のドライバーでも入りやすい駐車場が必須となる。駐車場が弱いコンビニなどはほぼ淘汰されたといっていいだろう。



開発初期には幹線道路に面した大きな区画に企業誘致が行われ、大手企業の研究所や研修施設などが並んでいたが、2000年代に入った頃から売却する企業が増え始め、リーマンショック後は加速してマンションに建て替えられた。駅周辺は大型商業施設を除くと、地権者が等価交換で得た小区画の土地が多く、賃貸用のペンシルビルが立ち並ぶため法人事業所も少ない。つまり企業が少ないため、平日の昼間は子育てママとリタイア層が大半という街になる(スーツ姿の女性は希少な存在)。アフタータイム需要が少ないため、居酒屋チェーン店の進出が限られており、駅前でも赤提灯やカラオケの看板などは見られない。
逆にボリュームゾーンである子育てファミリーに合うコンセプト、MDを持つテナントにとっては出店意欲を刺激するエリアとなり、ベビー用品ではアカチャンホンポ、ベビーザラス、トイザラス、西松屋と揃い、子供服もブランド物からパシオス、しまむらまで、ファニチャー&ホームセンターはニトリ2店舗、コーナン2店舗、くろがねや、イケアなど、100円ショップはダイソー4店舗、セリア2店舗、大型~中型書店も5店舗以上ある。過去に全店中1位になったことがあるテナントとしては、ユニクロ、サーティワンがあり、トイザラスも2位だったことがある。贅沢を言わなければ、何でも揃う街といえるだろう。
平日の昼間人口は夜間の約1/4なので、土日の来館者数は多いところで平日の4倍。フードコートなどは巨大な保育園状態となり、席を確保するのも困難となる。

また、子供が多いので教育産業が活発だ。私立中学への進学率も横浜市の中では青葉区についで高く約25%。4人に1人が私立中学に進学する(横浜市の平均は19%)。塾などの新聞折込は月曜日に集中しやすいが、多いときは15枚以上入っている。進学塾だけでなく、ダンススクール、熊川哲也のバレエスクール、水泳、音楽スクール、理科教室、幼児教室など幅広い。住居費の次に教育関連費が高い家庭も多いのではないだろうか。

最後に、都筑区で忘れてはいけないのが農業。横浜市の中では田畑面積で2位、原野は1位、そして農家数でも1位である。(続く)
*保存緑地と緑道「グリーンマトリックス」




  


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2014年05月07日

未来塾(4)「街から学ぶ」秋葉原・アキバ編(後半)

ヒット商品応援団日記No579(毎週更新)  2014.5.7. 

「街から学ぶ」秋葉原・アキバ編の前半では再開発事業が多くの異なる世界を交差させながら進められてきたことを書いた。後半はこうした異質さが表舞台へと現れ、テーマパークの街へと変貌していく様子を追ってみた。


再開発の広がり



秋葉原駅北口の再開発事業はIT関連のビジネスや観光地アキバを訪れる多様な人たちが行き交う街となった。こうした多様な人が行き交う街を更に活性化させたのが、御徒町ー秋葉原間のJRの高架下の開発であった。
従来は駐車場もしくは倉庫といった空間活用がほとんどであったが、新たな人の流れをつくることを目的に2010年に2K540がオープンした。
この2K540は台東区エリアの特徴として古くから伝統工芸が盛んであり、上野には美術館や芸大もあるという背景から、アートな「ものづくりの街」としてコンセプトされている。しかも、アートなモノを売るだけではなく、実際にモノづくりをする工房もある独自な商業空間となっている。

更に、秋葉原寄りには2013年には「ちゃばら」がオープンする。「ちゃばら」とは再開発まであった神田青果市場のやっちゃばをもじったネーミングである。そうした意味合いを含め、地方にはまだまだ埋もれた商品があり、そうした商品を発掘し提供する商業施設となっている。

無国籍空間



実は再開発事業がスタートする以前から秋葉原にはインド料理店が多く存在していた。その背景であるが、一大電気街として集積する秋葉原にはIT技術者が多いインド人技術者が多数来街していた。2001年のITバブルの崩壊が技術者の流入を加速させ、多くのインド料理店やカレーショップなどが店を構えるようになった。その代表的な店が老舗ベンガルやラホールである。

更には肉を串に刺して焼いたカバブの店もあり、エスニックな世界が見られる。
そして、そうした飲食店以外にもインテリアなどの雑貨店も見られる。上野アメ横センタービルの地下食品街にはフィリピンや韓国、台湾、タイなどの食材ショップも多数あり、上野ー秋葉原を結ぶラインは地球都市の無国籍街となっている。JR新大久保駅東側一帯をコリアンタウンと呼ぶが、上野ー秋葉原についてはエスニックアジアンラインとでも呼ぶにふさわしい無国籍な食の街が形成されている。

地球の胃袋



こうした無国籍街には勿論のこと日本の新旧を象徴させる店もある。駅北側の超高層ビルの陰に隠れるようにあるのが、老舗の神田食堂や駅南側にある名物スタミナ丼の昭和食堂である。あるいはアキバ名物の牛丼店はまさにメガ盛り丼である。
お気に入り、好みの時代にあってライフスタイルを最もストレートに表現しているのが「食」であるが、それは街における飲食店も同様である。どの店も量が多く、しかも安い店ばかりである。地球の胃袋とでも表現できるようなエネルギッシュさが横溢している。
そして、この上野ー秋葉原間は秋葉原の激安家電と共に、年末の激安売り出しの名所にもなっているアメ横をつなぐラインは、激安テーマパークの観光地となっている。


そして、かんだ食堂と共に昭和の匂いを色濃く残しているのが赤津加である。駅西側の東京ラジオデパート裏の路地にある居酒屋、いや酒場であるが、神田青果市場が未だあった頃そのままの店として残っている。オタクが集まり、家電量販やメイド喫茶の街のなかで、タイムスリップしたかのようなレトロな時間を楽しむシニア世代の社交場となっている。
また、新旧の新となっているのが秋葉原駅北口の高層ビルUDXにあるしゃれたダイニングバーやカフェであるが、そうしたなかにあっていかにもアキバらしいカフェがある。

それは駅北側のJR高架下にあるAKB48の新劇場隣の機動戦士ガンダムのカフェ、ガンダムカフェである。駅北口の広場にお台場と同じ巨大なガンダム像を設置できなかったにも関わらず、オープン1週間で2000万円もの売り上げを残し、全国のガンダムフアンの聖地となっている。
AKB48の新劇場及びガンダムカフェは秋葉原駅北口にあり、それまでオタクの劇場であり、カフェであったものを表舞台へと上げたデベロッパーJR東日本都市開発が果たした役割は極めて大きい。いわば秋葉原という街の「顔」として誘致した点にある。

街から学ぶ


秋葉原・アキバというタイトルをつけてその2面性について書いてきたが、街は常に生き物として変容していく。その変容という成長エネルギーは冒頭で整理したように相異なるものが交差することによる。そうした特異さを排除せず残すことによって秋葉原・アキバがある。既成を壊す、サブカルチャーの街として変化してきたが、言葉に表せない鬱屈した反抗、反逆する心は、いつしか逃亡する術を失い、不特定な人への殺傷へと向かわせたのが、2008年6月に起きたあの秋葉原無差別殺傷事件であった。上記写真は2014年春の歩行者天国の風景である。しかし、秋葉原・アキバの街は横丁路地裏にあり、奇妙に超高層ビルと調和している。そんな一種猥雑さこそがこの街の本質としてある。初音ミクのようなキャラクターが路地裏に掲げられた通りこそこの街らしさがあるということだ。

ところで「萌え〜」という表現はこの街から生まれた言葉である。その定義は多様で定かではないが、萌えオタとか、メイドカフェでの気分表現であったり、つまり想いは過剰なまであるのだがなかなか言葉に表せない。そんなもどかしさから生まれた言葉であると理解している。ちょうど同じような言葉に「かっわいぃ〜」がある。この表現は2000年代初頭、渋谷109に集まったティーンから生まれた言葉である。そのきっかけは素人である読者モデルを初めて誌面に登場させた雑誌「Cawaii」と連動している。ちなみに「Cawaii」の読者モデルの一人であった森本容子氏はあの渋谷109エゴイストの2代目カリスマ店長となっている。表現の素人が思いあまって出た言葉が「かっわいぃ〜」であった。
過剰なまでの想い、それがアニメであったり、フィギュアであったり、メイドカフェであったり、勿論AKB48のメンバーの一人であったり、既に製造されていない電子部品の稀少パーツであったり、想いは多様であるが、共通していることはその過剰さ、過激さ、にある。この想いを満たしてくれる街が秋葉原・アキバである。

1、2面性を行ったり来たり

1990年代初頭のバブル崩壊後、日本経済を始め失われた20年間と言われてきたが、振り返ればこの20年間はあらゆるものが転換した20年間であった。街はその変化、変容を見事なくらい映し出している。
インターネットの普及によってマスメディア(=オピニオンリーダー)からパーソナルメディア(=個人・大衆)へと情報発信者の主人公が劇的に転換してきた。その顕著な現象として、消費においては「食べログ」のようなランキングサイトやレシピ投稿サイトクックパッドの日常利用、あるいはツイッターやLINEによるパーソナルメディアの活用といったネット情報の活用は当たり前のものとなった。
こうした新しいメディアの出現によって過去10年間で流通する情報量が530倍になったと総務省からの報告もある。勿論、インターネット上のメディアによってであり、Googleなどの検索エンジンによって膨大な情報を取捨選択することが可能になったからである。しかし、Googleは玉石混淆情報の整理や情報の真偽まで検索してくれる訳ではない。こうした膨大な情報、個人の判断を超えた情報が行き交う時代にあって生まれてきたのが、判断基準・拠り所となるものへの「やらせ情報」であり、そうしたやらせを組織だっておこなう問題も出てきた。
こうしたIT革命の浸透は、行き過ぎた振り子を反対の極へと向かわせる動きが3〜4年前から始まっている。デジタルからアナログへ、仮想世界(体験)からリアル世界(体験)へ、インターネットという高速道路を下りて一般国道へ、個人から新たな共同体へ、・・・・・・つまり、ここでも「顔の見える関係」への揺れ戻し変化が見られてきた。
秋葉原・アキバとタイトルをつけ2面性が交差する街であると書いたが、街はどちらか一方では衰退していく。それは人間のもつ本質的な欲望として2面性があるからだ。そして、秋葉原は行ったり来たりが見える希有な街である。そして、この2面性は消費という2面性にも表れてくる。例えば、節約ばかりではなく、「時にプチ贅沢」消費があるように、同じ一人の消費者にあるということである。どんな時に節約なのか、どんな時にプチ贅沢なのか、そこにマーケティングやマーチャンダイジングがすべきテーマがある。

2、オタクに学ぶ

10数年前冷笑すらされていたオタクに何を学べば良いのか不思議に思うかもしれない。少しビジネスよりに言えば、既に数年前からスマホ用アプリを開発する中高校生が数多く出てきた。そして、更には起業する中学生すら出てきている。そうした人材もオタクと呼べば少しは理解していただけると思う。実はそれ以前の「知」とは何かを比較すると分かりやすい。例えば、次のように対比することができる。

●知識社会(知価社会) :マスメディア(TV/新聞):オピニオンリーダー、一流大学
○情報社会(ソーシャル):ソーシャルメディア   :個人(大衆)、年齢・性別・国籍不問

結論から言えば、10年前まではオピニオンリーダーがマスメディアを通じて、世間を動かしてきた。ビジネス(消費)でいうと、このオピニオンリーダーを発見し、このリーダーのライフスタイルに着眼し、新商品を開発したり、マーケティングを行ってきた。しかし、今世間を動かしているのは個人、大衆である。しかも、年齢や性別などインターネットが垣根を超えたようにあらゆる人へと等しく広がった世界が生まれている。
消費といった視点に立つと、個人は情報の受発信者であり、時によっては消費者(買い手)であり販売者(売り手)にもなる、そんな関係である。江戸時代の近江商人の心得に「三方よし」がある。売り手よし、買い手よし、世間よし、であるが、この世間がグローバル、地球規模まで広がったということである。
舞台はTVや新聞からソーシャルメディアに変わり、演じる主役もオピニオンリーダーから個人・大衆に代わったということだ。中学生によるアプリ開発を行うベンチャー起業が誕生しても不思議ではない。
ところでオタクの何に学ぶかである。まず学ぶべきは既成を超え、ある時は壊してでも想いを遂げようとする過剰なまでの行動。普通では超えることができない壁に穴をあけるほどの過激さである。飛躍しすぎかもしれないが、アップル社の創業者の一人であるステーブ・ジョブズが好きな言葉、「ハングリーであれ、そして愚かであれ」を想起させる。愚かなほど思い入れ深くやってみようということである。未だかってなかったこと、未知とはこうした人たちによって創られる。
今やクールジャパンなどと賞賛されるが、10数年前は冷笑されたオタク文化である。しかし、冷笑してきたのは日本国内の既成であり、海外の人間にとっては新しい日本の精神文化から生まれたカルチャーであると賞賛された。そして、スマホの普及と共に、マンガやアニメは急速に広がった。つまり、オタクが火をつけたサブカルチャーのマスプロダクト化であり、AKB48と同じ構図である。


3、未知を楽しむニューカルチャー・テーマパーク

周知のように朝鮮半島を中心に南からも、北からも多くの人を通じた交流によって日本が形づくられてきた。ある研究者に言わせると、地政学的にはパチンコの受け皿のように遠くはヨーロッパから、東南アジアから、更には北はシベリアから多くの人とともにモノや文化を受け入れてきた。勿論受け入れるだけではなく、異端の歴史研究者である網野善彦さんが指摘してくれたように、既に室町時代に日本人は丸木舟に乗って太平洋を越え南米ペルーまで出かけていた。そうした歴史の教科書を持ち出すまでもなく、日本は文明・文化の交差点であった。そして、今秋葉原はそのシンボル的存在としてある。
ところでテーマパークというと東京ディズニーリゾートとなるが、秋葉原と比較するとその独自性が浮かび上がってくる。両者共に共通していることは繰り広げられる「物語」は過剰なまでに激しいことである。ディズニー物語の読み込みへの過剰さは現実世界と100%遮断された独自な仮想現実として創造されている。一方、秋葉原は誰でもが出入り自由な入り口も出口も無い現実世界の街となっている。前者は入場料を取るディズニー劇場であるのに対し、後者は無料の地球都市劇場である。繰り広げられる物語はファンタジックな虚構の物語世界であるのに対し、「会いにいけるアイドル」ではないが、手を伸ばせば触れることができるファンタジックなリアル物語である。そのファンタジックな物語は常に新しいアトラクションによって創造されるのに対し、初音ミクがそうであるように受け手である個人が入れ替わり立ち替わり主人公となって新しい物語が創造される。
両者共に、欲望を喚起させるテーマの「変化」を継続させる方法が仕組み化されている。そして、サブカルチャーという物語コンテンツはスマホというメディアを通じ世界へと拡散している。重要なことはその物語コンテンツにある。秋葉原が教えてくれたサブカルチャーコンテンツのマスプロダクト化、つまり表現は良くないが大衆化・一般化への方法である。オタクのアイドルであったAKB48を国民的アイドルへと成長させた方法である。その方法は「恋するホーチューンクッキー」を見ても分かるように、顧客の参加(ダンス)を促し、舞台の主人公にしたことにある。このように秋葉原という街は訪れる人全てを秋葉原劇場の主人公にしている点にある。そして、秋葉原という劇場を「我が街アキバ」という街ブランドとして創造した。
定点観測にすぎないが、秋葉原の街は北西方向、外神田方向へと電気部品やパーツ、アニメ、マンガ、コスプレ衣装、フィギュア、・・・・メイドカフェ、エスニックな飲食店、といった「街の密度」が高まっているような感がする。サブカルチャーのテーマパークとして世界中から人を集める聖地の秘密はこの「テーマ密度」の高さにある。この密度こそ、未知への探検を促し、宝物探しにかき立てる。つまり、未知との遭遇観光地ということである。(続く)  


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2014年05月02日

未来塾(4)「街から学ぶ」秋葉原・アキバ編(前半)

ヒット商品応援団日記No578(毎週更新)  2014.5.2.

今回の「街から学ぶ」は周知の秋葉原・アキバについてである。この5月の連休は消費増税による節約行楽となったが、なかでも一番の人気となっているテーマパークが東京ディズニーリゾートである。しかし、人を引きつけてやまないテーマパークという概念を少し広げてみると、この秋葉原という街も独自なテーマパークとなっていることがわかる。今回はこの秋葉原・アキバ劇場の誕生の意味を含めテーマパークとは何かを学んでみた。なお、少し長くなるため前後半に分けて公開することとした。





「街から学ぶ」

時代の観察

秋葉原・アキバ編(前半)


2つの異質が交差する街

都市が持つ一つの特徴はと言うと、まさに秋葉原駅北側とは正反対の街並が駅西側及び南側に広がっている。周知の電子部品や電気製品のパーツ、半導体、こうした電機関連商品を販売している専門店街。あるいはオタクの聖地と呼ばれるように、コミック、アニメ、フィギュアといった小さな専門店。数年前話題となったメイド喫茶も、こうしたごみごみとした一種猥雑な街並に溶け込んでいる。まるで地下都市であるかのように、ロースタイルと言ったら怒られるが定番のリュックサックを背負ったオタクやマニア、あるいは学生が行き交う街である。一方、駅北側の超高層ビルの1階にはオシャレなオープンカフェのあるキレイな街並が作られている。そんな異なる2つのエリアを比較してみると以下のように整理することができる。

駅北口エリア                  駅西側エリア
○超高層ビル群/地球都市   ●アンダーグランド/地下都市
○IT先端企業、ソフト開発企業    ●電子部品・パーツ、半導体
○大型家電量販店/ヨドバシ    ●電子部品販売中小零細街
○エリートサラリーマン・OL   ●オタク、学生・フリーター・マニア
○オープンカフェ/風景          ●メイド喫茶/風俗
○最先端技術/デジタル世界   ●漫画、アニメ、フィギュア/アナログ世界
○エスニック料理            ●おでん缶詰の自販機


秋葉原の駅北側の再開発街とそれを囲むように広がる南西の旧電気街を、地球都市と地下都市という表現を使って対比させてみた。更に言うと、表と裏、昼と夜、あるいはビジネスマンとオタク、風景(オープンカフェ)と風俗(メイド喫茶)、デジタル世界(最先端技術)とアナログ世界(コミック、アニメ)、更にはカルチャーとサブカルチャーと言ってもかまわないし、あるいは表通り観光都市と路地裏観光都市といってもかまわない。こうした相反する、いや都市、人間が本来的に持つ2つの異質な欲望が交差する街、実はそれが秋葉原の魅力である。

無縁空間の街

2つの異質さが交差するとは、2つの世界の境界が存在しているといった方が分かりやすい。境界という概念を教えてくれたのは異端の歴史学者網野善彦さんであるが、結論から言うと、日本商業発展の場である市場(古くは市庭/交易)の原初は荘園と荘園との境界、縁(ふち)で行われていた。平安時代、市の立つ場所・境界には「不善のやから」が往来して困るといった史実が残っている。つまり、場としても精神的にも無縁空間(今で言うと、縁のない人が行き交う多国籍空間)で無法地帯化しやすいという特徴を持っている。そうした境界の無縁空間は、そこに聖なるものとして寺社を立てコントロールしてきた、と網野さんが教えてくれた。まさに、秋葉原はそうした2つの異質さが出会う境界にある街である。

先端ITの街へ・再開発事業のスタート


2001年秋葉原北口の神田青果市場の跡地を中心とした東京都によるITをテーマとした再開発事業が始まる。事業の正式名称は「AKIHABARA CROSSFIELD(アキハバラ クロスフィールド)」。名称の由来について、「様々な専門領域の人や情報が集うとともに、これらがクロスして切磋琢磨することで、ITを活用した次世代のビジネスを創造する場になることを目指した」と説明している。



秋葉原は2005年に開通したつくばエクスプレスを含め、JR 4線、東京メトロ(地下鉄)2線がクロスする交通の要所でもあり、その意味もクロスフィールドの名称となっている。そして、以降こうした人や情報が行き交う街として成長していくのだが、成長への鍵はこのクロスにある。相反するモノのクロス、2面性を見事なくらい分かりやすく見せてくれている街の一つである。この再開発事業の中核となっているのが、JR秋葉原駅駅北口の超高層ビルUDXビルである。先端IT企業の誘致にふさわしく日本の大手企業であるNTTグループや新日鐵住金グルーパや日立グループといった企業が多数入居している。ところで、秋葉原は千代田区の中心となるエリアであるが、昼間人口・就業者数は約72.5万人、夜間人口はわずか4.7万人といういわばオフィスと商業街という「昼の街」である。

今なお残る昭和の電気街


こうした先端技術を駆使したIT関連企業と共に、戦後間もない頃のITと言えば、それはラジオであった。同じ電気製品といっても前者をデジタルとすれば後者はアナログである。JR秋葉原駅の西側高架下は電気街口となっており、今なおそうしたパーツなどのアナログ製品が所狭しと販売されている。

しかし、昨年11月末そうした部品商店街の一つである「秋葉原ラジオストアー」が閉館した。JR秋葉原駅に隣接し、電機パーツ・機器ショップが多く入居する秋葉原の顔の1つであったが、「1つの時代の役割を終える事にいたしました」と64年の歴史に幕を下ろした。その役割を終えたとは、日本の家電メーカーの衰退と共に、そうした電気パーツなどはネット通販で購入することが多くなり、皮肉にも同じIT技術によって幕が引かれたということである。それでもなお、秋葉原電気街はマニアックな技術系オタクの聖地であることには変わりはない。

ところで写真は休日のアキバの通りで繰り広げられるメイドカフェの客引き風景である。勿論、新宿歌舞伎町などでの歩行者の進路に立ちふさがるようなそうしたものではなく、いわば観光地でのお土産販売と同じものである。特に、アキバ西側にある横丁路地裏の通りの日常風景である。


オタクの街アキバ

ところで、技術系オタクという言葉を使ったが、そのオタクの語源は1980年代のコミックやアニメに傾倒していたフアンに対する一種の蔑称「お宅」を「おたく」と表現したのは中森明夫氏であった。その後アニメやSFマニアの間で使われ、1988年に起きた宮崎勤事件を契機にマスメディアは事件の異常さを過剰さに重ね「おたく」と呼び一般化した言葉である。その後、コミックやアニメを既成に対するカウンターカルチャーであるとして、新人類世代の大塚英志氏や宮台真治氏といった民俗学・社会学の論客がオタク文化の本質を語ってくれた。また、そうしたマニアを超えた一種の過剰さ、過激さへの呼称としたもので、手作りPCなどのパーツを買い求めに秋葉原にくるようになり、「オタクの街」と呼ばれるようになった。

しかし、以降オタクという言葉も健康オタクから始まり様々なところでオタクがネーミング化され市民権を得ることによって、その「過剰さ」が持つ固有な鮮度を失っていく。つまり、「過剰さ」から「バランス」への転換であり、物語消費という視点から言えば、1980年代から始まった仮想現実物語の終焉である。別の言葉で言うと、虚構という劇場型物語から日常リアルな物語への転換となる。実は、アキバ系といわれるオタク文化が本格的に外側・表へと出てきたのは2004年の2チャンネルの書き込みから始まった「電車男」であろう。電車男の物語とは、「彼女いない歴=年齢」のアキバ系ヲタクを自認し、それまでデートもしたことがない主人公への応援書き込みの物語である。どうやって誘ったらいいか・どんな服装をしたらよいか、などスレッドに次々と相談を書き込む。そうしたスレッドに多くの人が書き込み、恋を成就させるという物語である。そして、それは書籍となり、翌年映画化され一挙に表舞台へ、外側へとオタク世界が開けていく。

萌え系とライトノベル


更に、既に2001年頃秋葉原の街に誕生してはいたのだが、周知の萌え系、メイド喫茶がその特異なサービススタイルとともに話題となり、注目されていく。つまり「オタク」のマスプロダクツ化であり、秋葉原はアキバとなり、観光バスで街を訪れる一大観光地となる。
また、こうしたサブカルチャー、オタクのマスプロダクト化の土壌となったのが、不況の出版界にあって利益頭となったのがライトノベルであった。周知のことと思うが、小中高生を主対象としたライトノベルの元祖的存在である「スレイヤーズ!」(神坂一/かみさかはじめ)は、累計販売部数は2000万部とも言われている。内容は一言でいうと、中世ヨーロッパを基調とした仮想の物語で魔族と神々が抗争するキャラクターによるファンタジー世界を描いたものだ。この物語に挿入されているのがイラストによるキャラクターで主人公も脇役もキャラクター化されており、物語の組み立てはこのキャラクター次第である。こうしたキャラクターカルチャーとでもいうべき世界がアキバカルチャーを形成させている。


既成を壊して誕生したAKB48


2005年アキバオタクから生まれたのがAKB48であった。秋葉原北口から数分歩いたところにある雑居ビルのドンキ・ホーテが入る8階に専用劇場を設け、「会いにいけるアイドル」というコンセプトをもってスタートする。アイドルはあこがれの存在で遠くで応援するのが従来のフアンであった。こうした「既成」とは異なるところからスタートするのだが、最初の公演の観客はわずか72人でその内ほとんどが関係者であったと言われている。結果、2008年頃まではアキバオタクのアイドルと冷笑され、そのフアンスタイルの特異性や過剰さばかりがマスメディアを通じて報道されていた。

オタクの街のアイドル


秋葉原、アキバにはサブカルチャーを生み出す街、オタクにとってその過激なこだわりを満足させる「何か」が存在していた。そのオタクの街を大きく転換させたのがAKB48であった。
数年前まで誰も見向きもしなかった、冷笑すらされたAKB48は次第にブレークしていく。卒業した前田敦子を見てもわかるが、「会いに行けるアイドル」という、どこにでも居そうな身近でかわいい少女はオタク達が創った日常リアルなアイドル物語と言えよう。そして、日本ばかりでなく世界各国にAKB48同様のチームが誕生している。そして、アキバはAKB48オタクの聖地となる。

アニメからゆるキャラへ


ところで、「ゆるキャラブーム」を下支えしているのは、プロのデザイナーではなく、漫画やアニメに慣れ親しみイラストを気軽に書いている若い世代、ライトノベルのキャラクターに慣れ親しんだ世代がチョット投稿してみようかといった具合である。プロの小説家による書籍が売れない中、ライトノベルを始めケータイ小説のヒットが生まれるのもそうしたユーザー・顧客の側から生まれたものばかりである。金融の世界におけるデイトレーダーも同様である。今までの作り手、供給者がユーザー・顧客の側に移ったということである。インターネットメディアが従来の提供者であるマスメディアから、YouTubeに代表されるような個人放送局への転換を促したのと同じ「根っこ」である。そうした主客逆転がここ秋葉原にも生まれている。(後半へと続く)  


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