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ヒット商品応援団
「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2011年03月30日

3.11 大きくライフスタイルを変えた日

  ヒット商品応援団日記No492(毎週更新)   2011.3.30.

今回のブログは文字表示が登録できないため下記にてお読みください。

http://remodelnet.cocolog-nifty.com/  


Posted by ヒット商品応援団 at 14:58Comments(1)新市場創造

2011年03月26日

光と音を失った都市

ヒット商品応援団日記No491(毎週更新)   2011.3.26.

3月11日の東日本大震災から2週間余りが経った。言葉を失ってしまった数日間を経て、復旧という言葉も口の端に上るようになった。しかし、そうした言葉とは裏腹に、福島第一原発事故はその深刻さを増している。大震災直後は米国スリーマイル島原発事故(レベル5)よりも低いレベルと新聞報道されてきたが、3月25日の朝日新聞では「福島第一、レベル6相当」、「スリーマイル超す」と報じた。その同紙面では「原発から40キロ離れた福島県飯館村では土壌1平方メートル当り320万ベクレルのセシウムが検出され、チェルノブイリでは1平方メートル当たり55万ベクレル以上検出された地域では強制移住の対象となった」と。そして、同紙面で3号機の電源復旧工事に従事していた作業員3人が被曝。作業していた場所には水がたまっていたようでその水面の線量は毎時400ミリシーベルトで、作業員の被曝線量の上限は250ミリシーベルト)に達していたと報じた。しかし、何故、作業場である原子炉の入った建屋とは別棟のタービン室に大量の放射性物質が含まれた水が貯まっていたのか、肝心なところの情報がまるでない。その後、燃料棒の一部が壊れそこから漏れている可能性をやっと示唆した。更には、屋外退避エリア20〜30キロ圏内の人達へ自主避難を進める発表があった。こうした事態の悪化と共に、1号機から4号機まで、水素爆発や白煙、使用済み核燃料プールの温度上昇、まるで日替わりメニューのように「何か」が起こっている。そして、その度にヨウ素をはじめ放射性物質が放出されている。
自主避難という確かな根拠、確かな情報を求めているが、全てがあいまいなままとなっている。

3月24日東京の水道水にその放射性物質の一つであるヨウ素が検出され、食品衛生法に基づく基準値(乳児の基準)を超えたと発表された。東京都は乳児の水道水摂取制限をし、急遽備蓄用の24万本のミネラルウオーターを乳児のいる家庭へ配ることとなった。翌日、基準値内に治まり、摂取制限が解除されたが、東京以外の千葉をはじめとした浄水場でも同様の基準値を超えたヨウ素が検出された。
前回のブログで福島を始めとした地域の農畜産物から放射性物質が検出され、摂取制限が行われたと書いた。同日の東京新聞には、日本ばかりでなく、香港政府は発表のあった4県の野菜の輸入をストップしたのを始め、米国、カナダ、オーストラリアも同様の輸入ストップ措置が講じられたと。
不安は時間とともに増すばかりである。これは、パニックに陥らない為に、情報を小出しにしているとすれば全くの間違いである。既に、福島原発の周辺住民どころか東京においても、実家や親戚などへの避難の動きが出てきている。しかし、コトの本質として、恐怖を受け止める人が多数であると、私は思いたい。

東京の今はどう変容しているか、電車やバスを利用し、都心を歩いたら実感出来る。全ての人が感じるであろう、とにかく暗い。計画停電によるところが大で、夜は勿論であるが、昼間でも極めて暗い。それは特定の店とか通りとか、電車のなかだけとか、あるいは駅だけとか、そうした特定の「場所や何か」が照明を落としている暗さではない。全てが暗いのである。
更に、人通りが極めて少なくなった感がする。電車の運行本数が減ったにもかかわらず電車内においてもである。つまり、人が「移動」していないということだ。勿論、百貨店や専門店といった商業施設も営業時間を短く制限しているところが多く見受けられる。話題となるイベントや催事といった集客もほとんどが休止となった。今なお、日を追うごとに亡くなられた方が増え、更に行方不明の方までもが増え続けていることを考えれば無理のないことではある。

ちょうどそんなタイミングに週刊朝日の増刊号「朝日ジャーナル」(3/15)が発刊されていた。東日本大震災の前に編集されたものと思うが、その見出しは「未来の扉を開くために 日本破壊計画」とある。巻頭文にはあの作家辺見庸が書いていた。「標なき終わりへの未来論」とあって、何か今回の東日本大震災を暗示させるような内容である。辺見庸は友人の初孫モモちゃんと昨夏の熱中症で死んだ老人との生と死を対比させながら、「生きのびることと死ぬること」を書いていた。そのなかに、次のようなくだりがある。

「わたしたちはなんでも見える。けれども、なんにも見えてやしない。ただ、徴があるだけだ。徴は徴であるかぎり、目には見えない。感じるしかない。感じようとするしかない。」

この感じ取った徴(しるし)は、家族を津波で失った人と、福島原発の避難地域にいる人と、乳児に飲ませるミネラルウオーターを買い歩く若い女性と、出荷停止となった野菜農家と、そして私が住む消費都市東京の生活者とではそれぞれの徴がある。そのなかには、私の岩手に住む知人の一人のように家族を失うこともない、無事な人もいる。でもそうした人もまた大震災前と違った徴を感じ取っていた。そのように感じ取っていればこそ、なんとか寛容でいられるのだ。

ところで私の本業である消費はどうであるか。至極当然であるが、スーパーの棚からミネラルウオーターが消えた。大震災直後と同じように、マスメディアは各メーカーは増産体制に入っているので心配はありませんと報じている。ほとんどの生活者は水の欠品を心配しているのではない。日を追うごとに大気汚染、土壌汚染、河川汚染が広がっていること、そして先が見えない放射性物質を出し続ける福島原発に「何かの徴」を感じているのだ。
棚から消えていたお米をはじめトイレットペーパーなども少しづつ入荷し始めている。葉もの野菜も福島や茨城といった産地を変えて入荷されている。がらんとした棚ばかりではあるが、贅沢を言わなければ生活はできる。戦後世代である私が言う言葉ではないが、何か両親が語っていた戦時中の生活のような感がする。

徴は何かと言えば、その一つは言いようのない暗さであろう。照明が半分ほどに落とされてはいるが、そうした物理的暗さではない。人がいないのである。人数の多少を言っているのではない。ざわめき、人いきれ、笑い声、喧噪、生きている感じの音を喪失している、今の東京はそんな街へと変貌した。
そんな東京にも桜の蕾が膨らんできた。勿論、お花見気分にはどうしてもなれない。ところで、お花見と共に江戸の風物詩として残っている一つに花火がある。享保18(1733)年から隅田川の川開きとしてスタートしたのだが、その前年は大凶作で餓死者が100万人にも及び、江戸では更にコレラが流行し多くの死者がでた。八代将軍吉宗は死者の魂を供養するために水神祭を開催し、その時打ち上げられた花火が最初である。その鎮魂の花火が名物となり、今日にいたるのである。
色彩とリズムをなくした東京にも、そして東北にも桜は咲く。今年は大震災で亡くなられた方の鎮魂の桜となる。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 14:30Comments(0)新市場創造

2011年03月23日

うわさの時代にあって 

ヒット商品応援団日記No490(毎週更新)   2011.3.23.

福島第一原発事故に関連した風評被害が出始めているという。災害復旧には大型重機が必要となるが、福島原発半径30km圏内にはその重機を動かすオペレーターが行きたがらないので復旧が遅々として進まない。つまり、放射能汚染された半径30kmには行きたくないという事態が生まれているという。また、政府発表のように周辺地域(茨城、栃木、群馬、福島)の農畜産物が暫定基準値を超えた放射性物質が検出され、出荷停止が行われている。今は産地表示が当たり前となっている時代だ。結果、スーパーを始めとした小売店は対象となった商品以外に於いても仕入れを控えるようになる。しかし、これが風評被害であるかというと、過去あったうわさやデマといったものではない。

私のブログにも頻繁に出てくるキーワードがある。「過剰情報の時代」というキーワードであるが、このことが意味することの一つが「言葉の軽さ」である。例えば、2008年新語・流行語大賞は「グ〜!」と「アラフォー」であったが、共通していることは言葉の軽さであり、浸透していくスピードは速いが瞬時に忘れ去られるのも速い。情報過剰の時代とは、いわば供給過剰、言葉のデフレ時代のことである。広告的言い方をすると、キャッチコピーだけで、人の興味・関心は惹きつけるが、それ以上でも以下でもない。
ところが、その興味関心が「生命にかかわるような場合」は、その軽さは一変する。つまり、以前「うわさの法則」というテーマでブログにも書いたが、その法則のような過剰反応の連鎖が起こりつつある。その「うわさの法則」(オルポート&ポストマン)であるが、以下のような法則である。

R=うわさの流布(rumor),
I=情報の重要さ(importance),
A=情報の曖昧さ(ambiguity)
< うわさの法則:R∝(比例) I×A >  

つまり、情報の「重要さ」と「曖昧さ」が大きければ大きいほど「うわさ」になりやすい、という法則である。但し、重要さと曖昧さのどちらか1つが0であればうわさはかけ算となり0となる。つまり、うわさにはならないということである。例えば、今回の原発事故を当てはめてみると、
・情報の重要さ:放射能汚染は人命にかかわることだ   
・情報の曖昧さ:健康被害にはならないと言うが、農畜産物を出荷停止することと矛盾するのでは?
 ・うわさの流布:よく分からないが、取り敢えず避けておこう!

大震災後、2〜3日の間盛んに使われた言葉は「想定外」及び「未曾有の」であった。つまり、未知の世界であり、今回の風評を誘発させる不安心理は直後の報道による巨大津波という目に見える映像と目に見えない放射能という二つ恐怖から生まれたものであった。実は、このことによって引き起こされた 不安心理を前提とした政府発表や報道がなされなければならなかった。
例えば、前回のブログにも書いたが、今回の計画停電は実は無計画停電であった、いや今なお無計画停電となっている。東京・関東の東電の管轄エリアを5グループに分けて、時間帯ごとに停電を行っている。ところがこのグループのなかでは今なお実施されなかったエリアも多く含まれている。特に東京23区の場合、この間実施されたのは3/21現在荒川区だけである。都内での実施は混乱は免れないという判断であろうが、停電した地域とそうでない地域があり、計画とは名ばかりで無計画停電となっている。まさに予定は未定になっているということだ。
このブログを書いている最中に、東電からの発表があった。5グループを更に小さく5グループ化し、全部で25グループにして停電を実施するということであった。取り敢えず、少しは丁寧になったと思ったが、そうではなく特定されたエリアの停電が前日にならないとわからない、しかも実際の停電は数時間前でないと分からないという内容であった。そんなあやふやな計画で、生活であれ、ビジネスであれ、無計画であることには変わらない。これほどまでに、電力の需要予測が立てられていないとは思いもしなかった。需要予測とは単なる過去の統計データの延長線上にあるのではない。一番大切なことはその「需要の内容」を把握しているか否かである。それは単なる数字の把握ではなく、どんな使用によって電力が使われているかであって、そのことがわかれば「節電」のお願いは可能で、しかも計画停電などには至らないアイディアも生まれる。こうした顧客分析は一般消費財などのメーカーや流通では当たり前のこととしてやっている。

原発の放射性物質の拡散についても、情報の不確かさ、いや問題はないという論理は既に矛盾している。健康被害はないと言うが、そうであれば何故出荷停止するのかという矛盾である。詳しく出荷停止の理由、暫定基準値設定の背景を10〜20分説明を受ければそれなりの理解は得られる。しかし、広告のキャッチーコピーの如く、ワンフレーズしか情報は流通しないのが現代である。過剰な情報が行き交う時代においては、「出荷停止」という部分、ワンフレーズが全体の如く思ってしまう一種の錯覚を生む。そして、忘れてはならないのが、中国製毒入り餃子事件、更には多くの食品偽装事件を経験してきたことを踏まえて、対策をとらなければならないとうことである。

今回の大震災で未だパニックを生じてはいないが、誰もが知っているパニックというと、1973年に起こった「トイレットペーパー騒動」であろう。原油価格を70%引き上げる決定を受けて、「紙の節約」を発表したところ、「紙がなくなる」という噂が流れパニックに陥り、その騒動を「あっという間に値段は2倍」と新聞メディアが報じたことにより、更に買い付け騒ぎが大きくなった社会的事件である。あるいは給食によるO157集団感染の原因と噂され大きく報道され、結果カイワレ大根業界が壊滅的打撃を受けた事件を思い起こさせる。
更には、「あのマクドナルドのハンバーガーの肉はミミズである」という根拠のない風説による都市伝説が流行ったことがある。勿論、根拠のないマクドナルドにとって迷惑な風評であるが、マクドナルドはビーフ以外にも他の肉を使い、消費者に知らせていなかった事実があった。確かNHKが調査を行い指摘したと記憶しているが、その指摘を受けて1985年にマクドナルドは「100%ビーフ」として再スタートした経緯がある。

このように、うわさは一人歩きをするのだが、その極端な例であるうわさやデマに終わらないで伝説化していくことを経験してきた。図式化すると、「もしかして」→「きっとそうだ」→「間違いない」・・・・という想像を超えた理解し難い世界へと向かってしまうのだが、受け手側に理解したいという潜在的欲求があることによってうわさは伝説化して行く。つまり、こうしたうわさやデマは「ある」ものとしてではなく、「求められて」、そして「作られて」いくものとしてある。つまり、「伝説」や「うわさ」を作っていくのは、私たちの「内なるこころ」が作らせているということだ。そして、パニックを引き起こすのである。

しかし、今のところそうした「作られていくうわさ」段階には至ってはいない。というより、極めて強い自己抑制がはたらいているのだと思う。今回の原発事故が最悪のメルトダウンには至らないことが確認できたが、米国スリーマイル島の原発事故と同じように放射能汚染が広がっている。当初は大気汚染、次に土壌汚染、更に海水汚染といった具合に、健康被害はないとはいうものの、全ての情報がバラバラで小出しになっている。生活とは、時に食事でほうれん草も食べ、仕事や学校に出かけ、そして帰宅し食事をし、眠る、という日常の繰り返しである。そうした生活という全体に対する汚染影響に対する情報が全く出てきていない。多くの人は、政府も東電も混乱しており、今批判しても汚染が止まる訳でもないと寛容である。
正確な情報だけが必要と私もそう思うが、その根底には「信じてくれた人の情報」しか信じない、という相互関係が透かして見えてくる。当たり前であるが、誰もが信じてくれる人の言うことしか信じないのだ。もし、信じてくれていなかったということが分かった時、内なるこころはうわさどころかデマを作って行くことになる。そして、その先にはパニックがあるということだ。(続く)

追記 このブログをアップさせようとしていた時、政府から農畜産物の出荷制限(停止)だけではなく、福島県産のほうれん草については摂取制限、食べることを控えて欲しいとの発表があった。このことは長期にわたることが想定されることから、念のために摂取制限としたと発表されたが、こうした一段階よりシビアな判断をしたのも、うわさやデマへと向かうことに歯止めをかけたものと思われる。  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:31Comments(0)新市場創造

2011年03月20日

被災への応援歌

ヒット商品応援団日記No489(毎週更新)   2011.3.20.

前回、東日本大震災の翌日からスーパーの陳列棚から商品が消えた、とブログに書いた。マスメディアはやっと一昨日ぐらいからそうした情況を報じるようになった。どのTV局かは言わないが、被災地のことを考えれば、「買い占め」は許さないとコメントしていたが、まるで分かってはいない。何故、商品が消えたのか、私はいくつかの不安心理が冬眠生活へと向かわせ、備蓄に走ったと指摘をした。その背景を整理すると、
1)首都圏にいた人間であれば今回の地震の大きさM9.0に恐怖感を覚えるほどであった。しかも、M7クラスの余震が近々あるであろうと発表され、更に長野や茨城を震源地とする地震は続いている。そして、福島原発の事故と共に、当然不安心理へと陥る。
2)東京という一大消費地のかなりの部分をまかなっている東北地域が壊滅状態であることから、日常利用商品のほとんどが供給できない状態に陥った。その中には石油もあり、道路事情もあって、物流がほとんど機能しなかった。私はシステム崩壊と表現したが、このことも不安心理を増幅させた。
3)そして、それらの心理に追い打ちをかけたのが、計画停電であった。しかも、13日の夜に突如として発表され、翌日朝の通勤・通学の混乱は報道の通りである。つまり、計画ではなく、無計画停電であった。そして、こうした背景に共通しているのが「情報の不確かさ」であり、「伝えるべき情報の遅さ」が不安を増幅させていた。

今、不安心理を解消するためであろうか、インスタントラーメンもトイレットペーパーも増産体制を組んでおり、お米も十分あるので安心してくださいと盛んにTVを通じ報道されている。高度情報化社会の特徴は、安心してくださいと言えば言うほど、その裏に何かがあるであろうと、疑心暗鬼に陥る。不安心理解消には情報ではなく、リアルさを実感することによってでしかない。例えば、空となった陳列棚に、お米は1人1袋とか、ガソリンは5ℓまでとするのではなく、極論を言えば、欲しいだけ供給・陳列し、実感してもらうということである。もしくは、顧客が不確かさに不安を感じているのであるから、明確に「○月○日の何時には、どのぐらいの商品が入ります」と約束し、それを守って実行することしかない。小売り現場は常にそうした約束によって顧客関係が維持されている。
福島原発についても、当初から安全ですから心配いりませんと報道されてきたが、水素爆発が起き、海外からの危機情報と政府発表との違いがインターネット通じて知らされるようになり、しかも外国人の多くが日本から避難するところまできている。そうした事実としての情報が知らされないところで、いくら安心ですと言われても、「逆狼少年」になるだけである。しかし、東京の生活者はマスメディアを通じて流される「冷静に」と、政府に言われるまでもなく、パニックどころか冷静に行動している。

ところで、前回「ほとんどの人は混乱のなかにあって寛容である。それは、今なお生きるために闘っている30数万人の人達がいるからであろう。黙々と、またそうした有形無形の共助の気持ちがそうさせていると思う。」と我慢の背景についてブログに書いた。
その続きであるが、年明け早々の1月11日に、「二十歳の老人とタイガーマスク現象」というタイトルでブログを書いた。ちょうど就職氷河期にある20歳の若い世代と昨年伊達直人という匿名の人物が児童養護施設にランドセルが送られ、一つの自然発生的な運動として全国へと広がったことを取り上げた。そして、コミュニティが崩壊した無縁社会ならではの匿名連鎖現象であると指摘をし、漫画タイガーマスクの影響などというマスメディアもあったが、そうではない。伊達直人&ランドセルは一つの記号、保護された弱い児童たちへの思いとして、その記号として使われているのだ、とブログに書いた。

さて、今回の東日本大震災においてどんな記号が発信されているか、私の感じとったことを書いてみたい。
ここ数日、私の知人の安否は今なおわからないが、同様の電話やメールが数多く寄せられた。そうしたことは別として、被災地と、特に周辺である東京、そして東京の西側にいる人達との間に、明確な大震災の情報の受け止め方の違い、質・量ともにあることを感じていた。そのことの象徴であろうか、今回の大震災について一番激しく反応したのが関西の人たち、つまり阪神淡路大震災を経験した人達であった。自助、共助、公助と良く言われるが、自助はほとんど不可能な状況であり、今必要なことは共助と公助である。
やはりというか、そうだろうなと思ったのは、中越地震を経験した新潟県が東日本巨大地震の被災者の受け入れを表明したのに続き、関西広域連合は被災者が避難所全体で移る「丸ごと疎開」を受け入れると発表した。そのなかに鳥取県も含まれていたが、その鳥取も大きな地震災害に遭っている。共助も公助も、等しく「経験」が象徴的なものとなっている。

今回の東日本大震災もタイガーマスクこと伊達直人が活躍している。この1週間ほど多くの情報に接して感じたのは、小さなタイガーマスクこと伊達直人が自然発生している。このことはマスメディアが「できることを一人ひとりやろうではないか」というキャンペーンによってではない。勿論、姿の見えない政治家の世界でもない。無名の良寛さん、無名の赤ひげ先生、多くの無名の伊達直人が動いていることを感じた。政治ショーではない、勿論パフォーマンスでもない。ボランティア組織が中心となって動き始めているが、そうした組織以外の人達が小さな単位で義援金を集めたり、役に立ちそうな物資を自治体のHPを見て送ったり。そうした、具体的な小さな支援、アイディア溢れる支援まで。つまり、リアリティを持った経験ある小さなタイガーマスクが自然発生的に現れてきたということだ。勿論、ネット上では被災者の声を伝えるべく、多くのブログなどのサイトで展開され、義援金などのアピールも数日前から始まっている。

発信されている記号として言うと、無名の災害経験者&ソーシャルネットワークということになる。このソーシャルネットワークの意味はSNSとしてのそれも含め、もっと広範な意味合いとしてである。災害がもたらす縁と表現したらチョット悲しすぎるが、そうした縁ネットワークがリアル(被災現実)とヴァーチャル(被災想像)の世界に生まれてこようとしている。バラバラになってしまった社会の単位が再生し始めているということだ。家族、地域、職場、そして情報縁によるコミュニティ、それぞれが新しい共同体再生へと向かっている。行方不明の家族を探す人達や避難所で生まれた自助とそこに見られるアイディア溢れる相互扶助の仕組み。そして、地域を超えた支援。それら全ては新たな共同体再生へと向かうことを願っている。現段階では、その入り口となるキーマンが経験ある小さなタイガーマスクやその組織である。そして、今は政治が全く機能してはいないが、中長期的には政治の世界であろう。

バラバラとなった個人化社会にあって、家族や地域、職場、多くのクラブなど社会の単位でのつなぎ直しが始まる。そのつなぎ直しに象徴的な人物像がタイガーマスクである。勿論、希望は与えられるものではなく、自ら灯すものである。電気が通じない暗闇のなかで、蝋燭の灯りで生活している被災地の映像があった。そうした映像を目にして、自明灯(じみょうとう)という自助の言葉が思い浮かんだ。困難であればこそ、そんな小さな灯りに自ら灯し奮い立たせて生きる力としている。そうした中、新たな応援歌が生まれるかもしれない。それが歌謡曲であっても、Jpopであってもかまわない。既に、YouTubeにはそんな応援歌が生まれているようだ。痩せていってしまった歌も、再び生まれ変わって登場して欲しい。(続く)

追伸 20日の昼、住まい近くの商店街を歩いてみた。スーパーを始めほとんどの店は営業しており、陳列棚にはそれまでなかったトイレットペーパーやティシュペーパーも並ぶ店も出てきた。食品も60〜70%程度は入っており、問題を感じることはない。そして、どの店も照明は半分以下に落としており、駅周辺には数十名のボーイスカウトの少年達が募金活動をしていたことを報告しておく。  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:45Comments(0)新市場創造

2011年03月15日

商品が消えた日

ヒット商品応援団日記No488(毎週更新)   2011.3.15.

はじめに、東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに、今なお寒さのなかで避難されている多くの方々にお見舞い申し上げたい。
私と東北との出会いであるが、20数年前ある得意先のテストマーケティングの対象エリアの一つが岩手や宮城であった。そのテスト実施を現場で見て回る為に、盛岡市や仙台市を中心に全県くまなく回ったのだが、その時の記憶が蘇ってきた。担当者の車に同乗し、盛岡から釜石にぬけて、三陸海岸を北上し、確か宮古や陸前高田まで行った記憶である。それらの街並が大津波に教われ、惨憺たる光景が報道されるにつけ、当時現場でお会いした多くの方々や案内してくれた仙台に住む担当者の安否が心配である。

ところで、このブログの目的は「消費傾向」の気づきやそこに見出されるマーケティングやマーチャンダイジングへの着眼点を書き記すことにある。今回は、東日本大震災によって、東京の生活者がどんな消費行動をとっているかを書いてみたい。
3月11日の午後2時46分、私自身も東京の自宅で大きな揺れを感じたのだが、震源地はどこであるかを確認するためにNHKのニュースを見たところ、東北の三陸沖のようであるとアナウンスされていた。まさか、あんなに遠くの東北が震源地であるとすれば、とてつもない地震が起きたのだと直感した。そして、地震の被災情況やそのメカニズムなどはその後の報道の通りである。ただ、私はこうした大惨事が予感される場合は、2チャンネルを始めとした掲示板などを見ることにしている。翌日、TVを始めとしたマスメディアが散発的に惨状を報道していたのに対し、ネット上ではGoogle Mapを使って全体の惨状をコメントしていたのが象徴的であった。

さて消費についてであるが、大震災の翌日からスーパーの陳列棚から商品が消えた。こうした情況は土曜日より日曜日の方がひどくなり、翌月曜日の14日には生鮮三品を始め牛乳や卵、パン、豆腐といった日配品は全く商品が無く、空の棚だけが並んでいる状態となった。こうした葉もの野菜や鮮魚に代表される鮮度商品の欠品は当然であると思ったが、今回の消費特徴はお米とか缶詰、カップラーメンなどが同様に一切の商品が無いという点であった。ドラッグストアはどうかというと、トイレットペーパーといった紙製品がこれまた欠品となっており、卓上コンロ用のガスボンベや懐中電灯用の電池なども全て欠品となっている。つまり、自己防衛の巣ごもりへ冬眠生活へと、まるで買いだめのような消費へと向かったということだ。

こうした商品を求めてスーパーやドラッグストアには長い行列が出来た。この要因は、勿論東京にも同じような大地震が起きるのではといった不安と共に、この不安を増幅させたのが間接的には福島原発の事故と東京電力の「計画停電」である。
実は、両者について共通しているのが情報の「不確かさ」への不安である。特に、電力の需給バランスという曖昧さや不確かさが極めて大きく、私が住む世田谷区は東電がいうところの計画停電の第4グループである。このグループの計画停電の予定時間帯は14日午後1時30分から5時30分の間とのことで、地場スーパーではこの時間帯は臨時休業するところもあった。コンビニはどうかというと、セブンイレブンやローソンは欠品はあるものの、時間帯としては通常営業しているが、山崎のデイリーストアは臨時休業となっている。このように商店街も臨時休業するところと通常営業するところに分かれている。

つまり、東京の消費は東北・関東近県の生産に依存しており、大震災による生産どころではない情況と共に、この計画停電が追い打ちをかけた結果であった。こうした日常消費の商品だけでなく、トヨタを始め大手メーカーの部品工場が相次いで生産中止へと向かっている。また、東北あるいは千葉にある石油精製施設が壊滅状態でガソリンや軽油等が不足しており、道路が切断されていることを含め、全く物流が機能していないことによる。この物流に拍車をかけているのがマイカーによる交通渋滞である。特に、14日は鉄道各社が計画停電によって運行中止となり、マイカーで都心の勤務先へと向かう人達で大渋滞が起きている。
そして、商品ばかりか、現場の人材も出勤できない情況があって、店を開けることができない。つまり、こうした生活へ消費へと向かうシステム自体が壊れた、都市機能が麻痺したということである。

生きること、そのために今を必死に頑張っている被災地の方達とは較べようもないが、その生命への尊厳さと自らの不安は、東京の都市生活者の消費面にも映し鏡のような現象として表れている。当然のように株価も急落し、1万円を大きく割った。翌15日には9000円も割り込んだ。デフレの先に少しばかりの消費の明るさをこのブログにも書いてきたが、全く逆の方向へと振れてしまったように感じる。
私は、そうした消費の表現として冬眠生活という言葉が思い浮かんだが、今生きることに精一杯である被災地の人達と較べようもない生活である。
3月11日の夜鉄道が止まり、3時間、4時間をかけて帰宅する人達で幹線道路は溢れた。14日は前日夜に急遽計画停電が決まり、朝そのことを知らない都心へ向かう通勤・通学の人達でターミナル駅は人で溢れかえった。そして、各家庭では節電に務め、スーパーやドラッグストアの多くも照明を半分ほどとしている。普段であれば、政府や東京電力の説明不足や曖昧さに対し怒りがこみあげるのであるが、ほとんどの人は混乱のなかにあって寛容である。それは、今なお生きるために闘っている40数万人の人達がいるからであろう。黙々と、またそうした有形無形の共助の気持ちがそうさせていると思う。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:33Comments(0)新市場創造

2011年03月10日

情報市場

ヒット商品応援団日記No487(毎週更新)   2011.3.10.

前回、FacebookやYouTube、Twitter等がインターネット上の新しいメディアとして生まれ、その経済や社会への変貌の巨大波が世界各地に押し寄せている点について書いた。そして、情報革命という言葉を使い、マスメディア(=オピニオンリーダー)からパーソナルメディア(=個人・大衆)へと主人公が劇的に転換しつつあるとも。
そして、前回書き残したメディアとして電子書籍がある。1ヶ月ほど前にも、昨年12月発売された電子書籍用端末にふれて2011年は電子書籍元年になるであろうとブログにも書いた。よくKindleとiPadは電子書籍ツールとして語られているが、電子書籍専用端末のKindleと多機能端末であるiPadは根底から異なるものである。日本市場においてはiPadが先行しており、音楽市場がiPodとiTunes Storeによって劇的な変貌を遂げた結果を考えると、新しいビジネスモデルをアップルが既に構築している分、初期段階はアップルが圧倒的なシェアーを獲得するのではないかと思う。
ところで、こうした新しいメディアの出現によって過去10年間で流通する情報量が530倍になったと総務省からの報告もある。勿論、インターネット上のメディアによってであり、Googleなどの検索エンジンによって膨大な情報を取捨選択することが可能となったからである。こうした膨大な情報が行き交う時代にあって生まれてきたのが、情報格差という情報弱者や情報過疎地である。

最近「買物難民」という言葉を耳にすることが多くなった。買物難民は高齢社会には必然的に起こりうる問題であるが、同時に情報難民でもある。限界集落ばかりでなく、都市部においても大規模流通との競争に負けてシャッター通り化した商店街も多い。地域ごとに解決策はあるかと思うが、まず思い出すのは2年ほど前にブログに取り上げた新しい流通サービスを行っている鹿児島県阿久根市にあるスーパーAZである。このスーパーの特徴は、高齢者に対しては消費税分5%のキャッシュバック、片道100円のお買い物バスの運行、更には地産地消は言うに及ばず地元の高齢者も従業員に、そして24時間営業という単なる効率・合理性を第一義とした業態とは正反対のビジネスである。
こうした情報過疎となる地域において、高齢者に優しい流通サービスもあるが、コミュニティがまだ存在しているエリアでは車が運転出来る人に買物代行してもらったり、最近では都市再生機構が管理する賃貸住宅(東京都内2ヶ所)に住む住民に、NTT東日本がタブレット型端末を無料で貸し出し、住民はその端末を使って購入する商品を選び、その商品をセブンイレブンが住民に配達する、とした実験も始まっている。また、従来からの山間部への移動販売も行政が支援へと動いている。


しかし、こうした情報格差の解決は最低限のものとしてあるが、私が会った数名の方々は、異口同音にiPadはキーボードに慣れていない高齢者にふさわしいライフスタイルツールで、結構シニアの間で売れているのではないか話してくれた。情報を扱うとは、選択肢が限りなく増えるということである。iPadを触れば世界が広がる、アップルならではの世界である。過剰な情報を前提とするインターネット・メディアであるが、これも失敗を含めた体験を通じ、自分に合った選択肢へとたどり着く。

オレオレ詐欺まがいの情報はインターネット上にも行き交っている。しかし、そこまでいかなくても関西テレビの「発掘!あるある大辞典」のようにやらせ情報はマスメディアにもあることを考えれば、一つの通過点であると考えたい。
中世日本、日本資本主義の誕生・形成期においても交易という市場には不逞の輩も横行していた。この鎌倉時代の市場は国と国との境に寺社と共に作られていた。この市が立つ場所は、血縁や顔見知りといった縁から離れた場所で、様々な人間が集まってくる無縁空間であった。ある意味で自由空間であり、今で言う「自由貿易地域」「自由都市」のようなものであった。勿論、不逞の輩も横行し、自由を良いことに「泥棒市」のようなものもあったようである。しかし、何故市場は寺社と共に創られてきたかである。無縁であるが故に、ルールを守らせる聖なる「何か」を必要としたからであろう。その名残であると思うが、今なお寺社には縁日という有縁(うえん)の日、聖なる日を創り祭や供養を行っている。

インターネットの世界も無縁空間である。しかし、いまFacebookを始めとしたSNSという情報縁の空間を創ることへと進化してきた。そして、勝手に情報過疎地であるかのようにアラブ世界を決めつけていたが、この情報縁によってつながり合うこと、そのエネルギーの大きさをチュニジアやエジプトでの政変が教えてくれた。そして、金曜礼拝を終えてデモが始まるというニュース報道を見て感じたことであるが、金曜礼拝という聖なる時間・場所でデモが始まるということは極めて象徴的な出来事であると思った。更に、Facebookを始めとしたSNSはインターネット無縁空間にあって一つの情報縁によってつながる情報市場のようであるとも感じた。

ところで、鎌倉時代の市場では無縁の人達の共通ルールが2つあった。1つは老若という年齢によるもので、集団という組織の秩序を老若で決めていったという点である。もう一つが、平等原則であった。この平等原則は親子兄弟という縁を離れ、ある意味身分を超越した個人によって市場が運営されていくという点であった。
さて、インターネットの世界ではどうであろうか。例えば、東京渋谷の駅前交差点はスクランブル交差点となっている。四方八方から人が行き交う。信号が青の内に渡らなければならないので、時にぶつかり合い、喧嘩が起きることもある。しかし、次第に少しづつ避けて歩くようになり、ぶつかりそうになれば声をかけ合う、結果少しづつスムーズに流れるようになる。そして、ネット上だけでなく、時にはリアルな場においても集い合う有縁(うえん)の日、縁日も既に組まれている。つまり、「聖なる」ものは個人・大衆が創り上げていくということだ。そして、情報弱者と思われがちなシニア世代や情報過疎地の人達が手軽に気軽にインターネットメディアを使いこなし、情報市場に行き交う時代が到来した。(続く)  


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2011年03月02日

情報のうねりのなかで

ヒット商品応援団日記No486(毎週更新)   2011.3.2.

確か1999年末の「ニューズウィーク日本語版」にGoogleの記事が載っていて、それではとPCにキーワードを入れて検索し、そのスピードと正確さに驚き、インターネットの世界がビジネスはもとより一人ひとりの生活を大きく変えるであろうと予感したことを覚えている。そして、今また、更に大きく変わるであろうと実感する出来事が多発している。
それはFacebookで呼びかけて、無名の大衆が立ち上がり政権を倒した中東や北アフリカの政治のことだけではない。ネット上に米国の外交機密文書を公開したウイキリークス、日本においても尖閣諸島における違法中国漁船の一部始終をYouTubeにアップロードした海上保安官。Googleやamazon、e-bayといった企業がネット上に現れた時代から10年、更に大きくかわろうとしており、それを演出しているのががFacebookやYouTubeであろう。

数年前にマスメディアに代わって、個人が情報を受発信する時代になったとブログにも書いたことがあった。その時、私は「個人放送局」という言葉を使ったが、それが次第につながり合って、ネットワークを形成し、一つの社会を創るようになった。これがソーシャルネットワーク社会で、日本ではmixi、GREE、モバゲータウンといったSNSで既に2000万人のユーザーを有するまでになった。そして、周知のように今話題のFacebookのユーザーは全世界で5億人と言われている。
つまり、パラダイムシフト、価値観の概念がこの10年で大きく変わってきたということである。それ以前の既成マスメディアとの比較をすると分かりやすい。例えば、次のように対比することができる。

●知識社会(知価社会) :マスメディア(TV/新聞):オピニオンリーダー
○情報社会(ソーシャル):ソーシャルメディア  :個人(大衆)

結論から言えば、10年前まではオピニオンリーダーがマスメディアを通じて、世間を動かしてきた。ビジネス(消費)でいうと、このオピニオンリーダーを発見し、このリーダーのライフスタイルに着眼し、新商品を開発したり、マーケティングを行ってきた。しかし、今世間を動かしているのは個人、大衆である。情報の受発信者であり、時によっては消費者(買い手)であり販売者(売り手)にもなる、そんな関係である。江戸時代の近江商人の心得に「三方よし」がある。売り手よし、買い手よし、世間よし、であるが、この世間がグローバル、地球規模まで広がったということである。
舞台はTVや新聞からソーシャルメディアに変わり、演じる主役もオピニオンリーダーから個人・大衆に代わったということだ。

前回のブログで、政治は「何」を解決してくれるのかという意味で、「愛知、名古屋での知事、市長選挙における減税日本の圧倒的な支持を見ても分かるように、理屈ではなく、実利を選んだということである。」と書いた。「理」ではなく、「利」を選んだということであるが、主役は個人(大衆)に移ったということである。この結果を政治評論家というオピニオンリーダーはポピュリズム、大衆迎合主義と呼んで批判しているが、そうではない。今まで政治(=世間)を動かしてきたオピニオンリーダーではなく、ごく普通の市民(大衆)が主役となり、世間を動かしたということなのだ。
大阪の橋下知事がツイッターでマスメディア批判を行ったとして、マスメディアの攻撃を受けているが、個人に一番近くなければならない政治家がソーシャルメディアを使うことが多くなったことはよく理解できる。あの小沢一郎がTVメディアに出ることは少ないが、しかしニコニコ動画には長時間に渡って出演するのは、そこに大衆がいると感じているからであろう。

昨年10月米国でGoogleTVが発売され話題となった。価格はディスプレイ一体型のソニーの24インチが約49,100円とかなり安価である。TV市場とPC市場の未来を変えるという謳い文句であるが、確かに更に変わることになると思った。日本における販売は未定であるが、2015年には米国内で4200万台売ると予測されている。業界的にいうと、スマートフォンならぬ、スマートTVと呼ぶそうであるが、携帯が一挙にスマートフォンに切り替ったように普及は更にスピードを上げて変わるかもしれない。そのGoogleTVで何ができるかであるが、全てのウエブを見ることが出来、ツイッターを始めとしたアンドロイドアプリの動作も可能、しかもスマートフォンをリモコンにも使える。さて、日本にも導入された場合、例えば視聴者は既成のマスTVのニュースや番組を見るのか、それともYouTubeやニコニコ動画を選ぶかコンテンツ競争となるが、現状のコンテンツの在り方を考えればそれは自明であろう。

面白いことに、マスメディアはFacebookによる呼びかけに応じた共感の連鎖を、中東や北アフリカの民主化、あるいは政治革命と称しているが、各国の変革はその背景を含め全て個別である。そうした個別課題を解決へと突き動かしているのが情報である。正確にいうのであれば情報革命が各国で進行していると理解すべきである。
そして、この情報革命のなかで、最も求められているのが過剰な情報が行き交う中で、「私に必要な情報だけ欲しい」という要望である。この要望にある程度応えるメディアとなったのが、SNSといったソーシャルメディアである。10年前、玉石混交、清濁混濁、と呼ばれたインターネット世界もそうした痕跡を残しながらも情報革命として咀嚼し進化してきた。
最近ではヤフー知恵袋で解答を募集したカンニング騒動を起こした京都大学受験生もいたが、これも一つの通過点である。「三方よし」の世間が広がった分、多様な価値観と共に、悪用する知恵もまた横行錯綜する。しかし、5年、10年という時間を考えれば、生活者の側も体験・学習し、どんなメディアのどんな内容を選択したら良いのか理解することとなる。一年ほど前、ブログにツイッターというメディアにふれて、「既成のマスメディアが送り手として物語や世界観を一方的に送るコミュニケーションであるのに対し、インターネット上のコミュニケーションはプラットフォームさえ整備できればメディアとして大きく成長できることを証明した。」と、私はブログに書いた。と、同時に、

『こうした双方向のコミュニケーションから生まれたのが、あの「電車男」である。2004年に出版され、映画化されたものであるが、送り手=作家を持たない新しい物語である。2004年3月〜5月まで、2ちゃんねるの掲示板に書き込まれた匿名の人達によるコミュニケーションである。つまり、匿名が物語の作者であり、主人公ということだ。』とも書いた。

匿名という個人、大衆がSNSという実名の個人として今舞台に上がってきた。時々訪問する鳥取県では年末年始の豪雪で多くのドライバーが立ち往生したが、その時一番役に立ったのがツイッターによる情報共有であった。今、鳥取県ではこうしたツイッター情報をどう活用するのか検討していると聞いている。また、今回のNZ地震においても避難所のガイドや当座の住まい等の提供もツイッターやFacebookが活用されている。玉石混交、清濁混濁という情報のうねりのなかで、私たちは10年経って情報をどう共有したら良いのかSNSというプラットフォーム上で体験してきた。今起こっている情報革命は地球規模で個々の世間を動かし始めたということだ。それは匿名から実名への成長変化であり、身近な子育ての相談事から自然災害に出会った時の緊急時の活用まで、更には一番遅れている政治に至まで次のステージに上がってきた。つまり、インターネット社会ならではの新しい「公」の創造である。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 11:01Comments(0)新市場創造