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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2014年06月25日

未来塾(6)「商店街から学ぶ」砂町銀座編(後半)


未知を楽しむ食べ歩きツアー

砂町銀座商店街というキーワードでネット検索すると多くのブログに出会うが、そのほとんどが商店街を歩きあれこれチョットづつ食べ歩きをする、そんな出来事をブログにアップしたものが多い。しかも、その多くは若い世代でデートスポットとして活用している。
そんな顧客用であると思うが、焼き鳥1本でも気軽に買うことが出来、お店のおばちゃんも歩きながら食べられるようにしてくれる。あるいは店の脇にテーブルを置き、そこで食べられるようなそんな工夫をする店もある。
時代に取り残された商店街どころか、今やトレンドの都市商業観光、しかも昭和レトロ観光となっている。若い世代にとってはOLD NEW(古が新しい)である。東京にはまだまだ「未知」の発見があるということだ。

食品だけでなくファッション販売店やチェーン店も

食品が中心の商店街であるが、日常利用の激安ファッション店もある。勿論、シニア向けのの専門店であるが、これも小さな商圏のなかで経営として成立していると思う。
他にも呉服店、眼鏡店、美容院、・・・・・・一通りの店が軒を連ねている。そうした店の一角にはコーヒーチェーン店のドトールもある。

また、イオンの小型スーパーまいばすけっとも出店している。更にはあの100円ショップのダイソーも何十年も前からあったかのようにとけこみ、商店街の一角を構成している。

(注)文中にある商品価格には一部増税前のものが含まれています。


 砂町銀座商店街に学ぶ


1、モノマネをしない商店

情報の時代とは類似をしようとすれば簡単にできるモノマネの時代のことである。その象徴であると思うが、コピペ(コピーペースト)は博士論文どころか、ネイチャーやサイエンスに提出する論文にすら活用される時代だ。私たちは過剰なまでの情報に囲まれているが、一番重要なことはそれら情報をどのように使い新しい何かを生み出すかである。

「モノマネをしない」という言葉からは、今は低迷・苦戦しているソニーのソニースピリッツを思い浮かべる。周知のように、創業者井深大氏、盛田昭夫氏以来、引き継がれているのが「ソニースピリッツ」。 誰も踏み込まない「未知」への挑戦を商品開発にとどまらず、あらゆる分野で実行してきた企業である。今や当たり前のこととなったロボット開発であるが、ソニーが最初に作ったAIBOに触れて、当時のプロジェクトリーダー土井氏に対し、井深氏は“土井君、創造性とは人に真似されるかどうかで評価される。人に真似されるものを作りなさい”と。
こうした考えは、以降類似を超えるオンリーワンやオリジナリティ、あるいは本物志向といった言葉となって今なお続いているが、真似をされてもなお、更に真似をされるための「何か」を創り、磨きつづけなければならない時代である。
ソニーを持ち出すまでもなく、仙台秋保温泉のスーパー「さいち」のおはぎもそうであるし、「街から学ぶ」(吉祥寺編)でも取り上げた40数年間行列を欠かしたことの無い羊羹の小ざさ、そして砂町銀座商店街にも小さな名物総菜、他には無い煮卵やシュウマイ、おでんに焼き鳥が私たちを迎えてくれている。
このことは今なおビジネスに関わる全てのことが目指さなければならないことである。かくいう私たちマーケッターも心しなければならないことである。

2、多様化する都市商業観光の一つとして

「都市商業」に一度は行ってみたいと、観光地としての魅力を感じる人が多くなっている。都市に住む人以外の多くの人、全国からそうした商業に人が集まるのは何故であろうか。人が集まるには必ず未だかって見たことも無い、経験したことの無い、一度経験してみたいという理由から「観光」的集客が始まる。私の集客のキーワードとしていうならば、新しい、珍しい、面白い、という興味関心が都市観光のコンテンツとなる。
東京スカイツリーや関西のあべのハルカスはその日本一の高さ・眺望が観光的興味を刺激する。そんな「未知」への興味関心だけでなく、生活者は日常のチョットした「変化」であっても、興味は必ず持っている。例えば、砂町銀座商店街で言えば、お惣菜の「さかい」の名物はシュウマイである。そのシュウマイの横にはマグロのメンチカツがある。手頃な値段でもあり、”一度食べてみるか”といった気持ちは起きるものである。砂町銀座商店街の場合そんな小さな未知への「お試し」が至る所で行われている。これも「食べ歩きツアー」が組まれる理由の一つとなっている。
過去「知ってるつもり?」という長寿TV番組があった。あるいは「世界ふしぎ発見」は今なお高視聴率を上げ、継続されている。実は知っているようで知らないことはいくらでもある。「街から学ぶ/秋葉原・アキバ編」でも書いたが、サブカルチャーの街といってもその世界は極めて広く深い。フィギュア(人形)一つとっても、例えば懐かしい不二家のペコちゃん人形から最新アニメのフィギュアまで、恐らく数万点以上になる。興味関心は入り口で、その先へ行くと誰もがオタク候補(お気に入り)ということになる。砂町銀座食べ歩きツアー参加者は「昭和レトロ探検隊」、あるいは「百年商店街探検隊」といった表現につながる話としてある。興味関心を喚起させる手法の先駆者はあのドンキ・ホーテであるが、熱帯雨林陳列という手法、宝探しを楽しんでもらうことを提案し今なお成長を果たしている。こうした「未知」を楽しむ芽をどう育てていくかがこれからの課題であろう。

3、「安さ」は日常となり、・・・・・一つの「豊かさ」でもある

「安さ」だけを比較するのであれば、砂町銀座商店街以外にも数多く激安店はある。「安さ」を売り物とするもう少し大きな商店街という視点に立てばアウトレットも激安モールとなる。三井アウトレット木更津が一周年を迎え、その想定以上の売り上げ結果(当初目標であった320~340億円を大きく上回る410億円強の売上)について以下のようにブログに書いたことがあった。

「来場客の7割を都内や神奈川から、残り3割を千葉から集客するとしていたが、実際には5割近くを県内の地元客が占め、しかも地元客は来場頻度が高く、売り上げ拡大につながったと説明があった。その記者会見でTVレポーターからアベノミクス効果によるものですかとの的外れな質問があったが、さすがに担当者も苦笑していた。想定以上の売上を残せたのは、<アウトレット>という業態が日常利用業態へと広がったということである。少し短絡的表現をするならば、アウトレットというデフレの象徴である業態がより浸透し日常化したということである。結果、地元顧客の集客が多く売上増はこうした顧客によってつくられたということだ。」



砂町銀座商店街が地元客の日常価格に沿ったものとしてあるのに対し、アリオ北砂は休日を中心とした広域集客を目指し、中途半端なMD編集(テナントリーシング)や回遊性を考えないゾーニングなどを行い、当初目標の売り上げを大きく下げたのと対照的で砂町銀座商店街を歩いて実感するのだが、「安さ」はあっても単なる激安だけではない。日常利用価格としての安さがあるということである。商品によってはアリオ北砂の方が安い商品もある。それを可能としているのがモノマネをしない名物商品である。
そして、商店街に面している専門店にあと1~2店あったらいいなと思っていたパンや蕎麦は実は近隣住宅地のなかにしっかりと存在している。北砂の生活者にとって過不足の無い日常が作られている。こうした「豊かさ」こそが砂町銀座商店街の固有の価値であり、結果競争力となっている。

4、楽しい回遊導線


いわゆる町の商店街の場合、通りに面した地権者が商売を行い商店街を形成しており、新しく作るショッピングセンターとは異なる。10数年前の導線の考え方は、例えば入口からレジ・出口までを買い物目的に合わせ一巡するいくつかのコースを設定する。私たちはそうしたコースを回遊導線と呼ぶが、そのコースをたどることで買物が効率よく完結するように作られる。しかし、必要に迫られた買い物以外にも気になる商品を求める時代では関連商品や時々の変化を提供すること、あるいは休憩を含めた時間の楽しみ方をも商業は求められてきた。そして、商店街や商業施設を回遊し、滞留時間が長ければ長いほど消費金額が増えることが分かっている。


砂町銀座商店街は多くの町の商店街と同じように通りに面した商店によって構成される。つまり、面での構成ではないため、回遊性は乏しい。しかし、「食べ歩きツアー」を始めとした商業観光が自然発生し、そうした回遊性を促す店舗配置といったゾーニングが実は自然に作られている。明治通りに面したところには行列の出来る魚勝があり、もう一方の丸八通り入り口にはおでんの竹沢商店がある。商店街の端と端に集客の磁場(アンカーテナント)がある。そして、半ばには銀座ホールといった来街者が食事や甘味を楽しむ社交場がある。全長670mという商店街の長さは、北砂住民以外の人にとって、直線としての長さを感じさせない楽しい回遊導線となっている。

今一度、町の商店街を学んでみようと思ったのも漠然ではあるがショッピングセンターに欠けているものを感じていたからでもあった。それは歩いて5分ほどの所にあるアリオ北砂という巨大商業施設には無いもので砂町銀座商店街にはあるものがより鮮明に感じることとなった。それは一言で言えば、必要に迫られた消費以外のもので形の無い「生活文化」のようなものであった。生活文化は人によって創られており、その人とは商店街のおばあちゃんであり、一言声をかけて商品を買う顧客によって創られたものである。

都心・地方問わず商店街がシャッター通りとなってしまう理由の一つがこの生活文化の喪失にある。商店街はモノの売り買いにとどまらず、多くの人が交流し合うことによって名物商品が生まれ、看板娘も創られる。ある意味コミュニティの中心の「場」として商店街が存在しているということだ。コミュニティは一般的平均的なものではなく、時間をかけて交流し合う人々によって創られる、つまり固有のものとしてある。砂町銀座には砂町銀座固有の生活文化があるということである。この文化を昭和レトロ、懐かしさ、あるいは人間くささという言葉をもって表現され観光地にもなっている商店街である。前回の「小売りから学ぶ」で取り上げた横浜港北ニュータウンとは対照的である。砂町銀座商店街がストック(文化)に特徴があるとするならば、港北ニュータウンの商業施設はフロー(変化)が特徴となっている。これからもそうした多様な商業施設のいくつかを取り上げてみたいと考えている。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:24Comments(0)新市場創造

2014年06月22日

未来塾(6)「商店街から学ぶ」砂町銀座編(前半)

ヒット商品応援団日記No584(毎週更新) 2014.6.22. 

今回の未来塾は「商店街から学ぶ」砂町銀座編を公開します。砂町銀座商店街は東京江東区にある道幅3~5mという路地裏商店街で、周囲を大型商業施設に囲まれ誰もがシャッター通り化するのではないかと思われていた。ところが人通りが絶えること無く、特に10日毎行われるバカ値市には人、人、人で溢れれ返る、そんな元気な商店街である。何故なのか、そこには商業の原則が貫かれており、そうしたことを中心に学びます。





「商店街から学ぶ」

時代の観察

砂町銀座商店街


1、誰を顧客とするのか

小売店や飲食店などの店舗が30店以上あるものを商店街と呼んでいるが、全国には大小合わせ12,500ほどの商店街がある。10数年前からシャッター通り化する地方商店街の活性化策が叫ばれているが、民間の有識者らでつくる「日本創成会議」の人口減少問題検討分科会では2040年には2010年と比較して若年女性が半分以下に減る自治体「消滅可能性都市」は全国の49・8%に当たる896市区町村に及び、更にこのうち523市町村は40年には人口が1万人を切ると。高齢社会どころか人口減少社会がすぐそこまで来ているということであり、地方自治体もシャッターを下ろさなければならない時代を迎えようとしている。
今回砂町銀座商店顔(東京江東区北砂二丁目)を学習として選んだのも小さな商圏のなかで生き残る、いや成長すら出来るヒントがこの商店街にはあると見立てたからである。その第一の視座こそ「誰を顧客とするのか」であり、結果どんな商店にどのような商品が求められているかという商業の基本原則が自然と創られ守られていることにつきる。
4月に新消費税が導入されどんな消費変化を見せるかも関心を呼ぶところであるが、砂町銀座商店街の多くは、総額表示による店がほとんどで、店頭には「消費税」という文字はほとんど見られない。多くの流通が本体価格を大きく、総額表示を小さく、とした併記を採用しているが、ここ砂町銀座商店街の多くは零細家族経営が多く、増税分は吸収する店もあるが、3%分を上乗せしている店もある。顧客もそうしたあり方を良く理解して利用している。誰を顧客とするのかとは、顧客とどんな関係を結ぶのかということでもある。そうした視座を持って学習してみた。

2、江東区北砂(きたすな)という小さな商圏

江東区というと、シニア世代にとっては海抜0メートルの下町とイメージされるが、若い世代にとっては東京湾岸地域の豊洲や東雲、臨海副都心といったタワーマンションに象徴される開発地域のイメージが強い。2005年以降のこうした大規模開発によって江東区全体としては人口が急増したエリアである。

1975年 355,382人
1980年 362,270人
1985年 388,927人
1990年 385,159人
1995年 365,604人
2000年 376,840人
2005年 420,845人
2010年 460,585人

その増加内容であるが、10年前から若い子育て世代の人口流入が始まり、小学校の教室が足りなくなったと話題となったことがあった。ところが砂町銀座商店街のある北砂は、こうした湾岸地域とは異なり、東西を隅田川と荒川に挟まれ、北は都営新宿線と南は東西線とに囲まれた、つまりアクセスするには都営バスしかないある意味不便な場所に立地した商店街である。北砂の住民の人たちからはおしかりを受けるが、ストレートに言えば「陸の孤島」のような不便な地域である。
その歴史を少し遡ると、明治時代小名木川の周辺では、水運を生かして工業地帯として発展した。写真はそんな風情を残す小名木川である。
北砂には大日本製糖の日本初の近代的精製糖工場が作られ、その後太平洋戦争前後に東芝が土地を買収し、東芝砂町工場となるが、昭和40年代に解体、売却される。東芝工場が代表するようにいわゆる町工場や零細企業も次々と移転していく。このように工場地帯は次第に都心へと通勤に便利なエリアの住宅団地へと次々と開発造成される。

商店街のある北砂は1945年の東京大空襲で焦土と化した。戦後になって店舗が増え始め1963年ごろに長さ670メートル、店舗数約180のほぼ現在の形になり、今もなお昭和の色影を残した下町の商店街として今日に至る。ちなみに北砂の人口は約38,000人ほどである。(2011年現在)
周辺にはURの賃貸住宅や都営アパート、あるいは大規模マンション群が見られるが、砂町銀座商店街から脇道を一歩入ると、そこには木造家屋の古い住宅地となっている。商店街の北側と南側徒歩10分圏はこうした住宅地で、いわゆるご近所商店街となっている。

毎月10日には「ばか値市」と呼ばれる大安売りを行っている。平日で1日のべ15,000人、休日でのべ20,000人が訪れる。日本経済新聞2005年2月5日号の「訪れてみたい商店街」で、巣鴨の地蔵通り、横浜の元町に次いで3位に選ばれた、そんな商店街である。

3、2つの大型商業施設に挟まれた商店街



多くの専門家はシャッター通りと化した商店街を「時代の変化についていけなかった商店街」と言うが、その時代の変化とは何かを明確に指摘できる人は少ない。そして、その専門家は口を揃えて「近隣に大型商業施設が出来たから」とその衰退理由を挙げる。更には急速な高齢化と人口減少や流出による市場の縮小も要因として挙げる。
実は砂町銀座商店街を中心に視野を広げると面白い光景が見えてくる。その光景とは2つの大型商業施設が続けてオープンしていることだ。
一つは南へ徒歩30分ほどのところに2008年10月にオープンしたのが南砂町ショッピングセンター SUNAMO(スナモ)である。店舗面積は約3万9600㎡。デベロッパーは三菱地所リテールマネジメントによるもので180億円ほどの売り上げを挙げている大型モールである。
もう一つは北に歩いて5分ほどのJR貨物跡地の再開発事業であるアリオ北砂が2010年6月にオープン。半径3Km圏内に約48万人商圏を設定。売り場面積専門店街約18,800㎡、イトーヨーカドー約14,500㎡、初年度売り上げ300億円を見込んだイトーヨーカドーがデベロッパーとなった巨大モールである。
このアリオ北砂はイトーヨーカドーが鳴り物入りでグループの総力を挙げて開発した大型モールであり、当時私もその話題には接したことがあったが、今回初めて何回か館内を見たが当初目標を大きく下げた売り上げにとどまっていると聞いている。今回砂町銀座商店街を見るたびに、アリオ北砂の売り上げが上がらないことがよく分かった。

4、時代に取り残された商店街と言われて

アリオ北砂がオープンした当初、専門家と言われた人たちは砂町銀座商店街の存在に見向きもしなかったと思う。いずれ多くの商店街と同じようにシャッター通りと化し消滅していくと。「訪れてみたい商店街」として日経新聞は2005年にそう書いたが、その後SUNAMO(スナモ)とアリオ北砂という大型商業施設がオープンしたが、衰退どころか今なお元気な商店街としてその存在感を魅力あるものとして輝やかせている。

顧客の中心はお年寄り

写真を見て欲しい。明治通に面した商店街入り口にある魚勝という行列のできる魚屋の店頭写真であるが、そこには顧客のほとんどがお年寄りの女性たちで、「いつもの買い物スタイル」であるリュックサック姿のお年寄りが並んでいる。この日は毎月10日ごとに行われる「ばか値市」の日で、徒歩・自転車圏以外にも広く集客している。実はこの光景はどこかで見たことがあるなと思ったのだが、おばあちゃんの原宿といわれる地蔵通り商店街もそうであるが、その光景は本物の銀座周辺にある地方のアンテナショップ巡りをするシニアの人たちの光景と同じであった。

江東区は東京23区の中でも65歳以上の高齢者の占める比率(平成23年19.0%)はそれほど高くはない。(東京都平均は20.5%)シニア世代をお年寄りと表現したが、その方がひったりする、お年寄りを魅きつける「何か」のある商店街である。

商店街に不可欠な「界隈性」

この「ばか値市」の日は日常販売している安い商品を更に特別安い値をつけ一斉に店頭化する。3~5mといった狭い路地裏商店街は人、人、人で一杯となる。こうした「安さ」はお年寄りにとって居心地の良い商店街となる。この居心地感は単なる安さだけではない。自分が体験した一昔前そうであった光景を彷彿とさせてくれるからである。ある意味、他の商業施設にはない「安心感」「心地よさ」があるということだ。
良く言われることだが、大小を問わず商店街にはこうした「賑わい」「界隈性」が不可欠であると。砂町銀座商店街もこうした固有の界隈性があり、独特な雰囲気を醸し出している。

名物商品と名物人物

人を魅きつける商店街には必ず名物商品がある。その良き事例の一つが例えば焼き鳥の「竹沢商店」やシュウマイの「さかい」、いや約180店舗ある店そのほとんどが特徴ある商品を作っている。お総菜商店街と言われるようにいわゆる専門店街となっている。あれもあります、これもありますでは顧客を魅きつけないということである。あれもある、これもある、そしてしかも新しいものも珍しいものもある、例えばアリオ北砂に行けばこと足りる訳である。
砂町銀座商店街のほとんどが家族経営の零細商店である。勿論、家族による手作りお惣菜で、今で言う「おふくろの味」である。この「おふくろの味」は広告コピーのそれではなく、顧客の目の前で作る文字通りのおふくろのお惣菜である。「顔の見える」商品、安心が目の前にある商品として、ここ砂町銀座商店街にはあるということである。
その象徴であるかのように感じたのが「あさり屋」という漁師家族で経営しているお店である。店頭には名物おばあちゃんがサービスしてくれる「アサリ」専門店」。漁師であるおじいさんと息子が東京湾で採ってきた新鮮なアサリをアサリご飯や時雨煮にしたりして販売している店である。このおばあちゃんはサービス精神旺盛で、その朝採れた新鮮なアサリをむき身にしてそのふっくらとしたプルプル感を目の前で見せてくれる、そんなパフォーマンスのできるおばあちゃんである。

看板娘

江戸時代にもこうした「看板娘」はいたのだが、いつの世も顧客を魅きつける店には必ず看板娘はいる。そうした看板娘がいる店には、一目見たくて足しげく通う顧客が絶えなかった。「鍵屋」という茶店の笠森お仙は美人画の絵師鈴木春信に一目惚れされ、錦絵に描かれ一挙にブレーク。以降、売上が上がることから看板娘を置く茶屋が増え、江戸市民のこころを惑わすとして幕府は禁令を出すまでになったと言われている。「茶屋に出す娘は13歳以下の子供か、40歳以上の年増に限る」と。いつの時代にも看板となる人気者はいた。人気とは読んで字の如く、人の気を引くということで、時代の雰囲気や潜在的に求められている「何か」を良く表している。「あさり屋」のおばあちゃんは勿論13歳どころではなく、40歳を大きく超え恐らく80歳を超えた年齢である。おばあちゃんはいくつになったと聞いたが、もお息子にまかせてぼちぼち引退ですよと軽くかわされてしまった。砂町銀座商店街の人気者の一人である。

看板オヤジ

もう一人人気者を選ぶとすれば銀座ホールという食堂のオヤジさんであろう。戦前からの店で当時はミルクホールであったという。いかにも下町の親父といった外見であるが、一見恐そうに見えるが結構優しい親父さんである。
そんなオヤジがつくるメニューはというと、懐かしいものばかりである。懐かしい東京の醤油ラーメンを始め、なんといってもうれしくなるのがハムカツである。まだまだ貧しかった頃、豚肉の代用としてハムを揚げたもので、店の雰囲気もそうであるが、まさに「Always三丁目の夕日」の舞台に出てくるような、そんな食堂である。

人マネをしないという原則

名物というと、東北仙台郊外の小さな市場にも関わらず、全国から多くの流通業者が注目し学習しに通う主婦の店「さいち」のおはぎが想起される。人口4700人の小さな温泉町に、1日平均5000個、土日休日は1万個以上、お彼岸になると2万個もの「おはぎ」を売る店がある。その店の名は「主婦の店 さいち」。思い出していただけたと思うが、和菓子屋ではなく、仙台秋保温泉の小さなスーパーである。
業界関係者の多くに知られている小さなスーパーであるが、年商6億円、その内50%が惣菜部門。どうしてそんなに惣菜が売れるのか学びに行くのである。実は学びのツアーを組んだお一人がイトーヨーカドーの創始者、勝手に関連づけするならばアリオ北砂につながる創始者でもある伊藤雅俊氏である。
その「さいち」は家庭で食べるお惣菜をスーパーで初めて販売したスーパーであるが、できるだけ人手を減らし、合理化して商品を安く提供するのがスーパーだと考える時代にあって、非常識経営を進めるのだが、そんな理由を次のように答えている。
(2010年9月21日ダイヤモンドオンラインより抜粋引用)

『絶対に人マネをしないというのがさいちの原則です。マネをしたら、お手本の料理をつくった人の範囲にとどまってしまう。・・・・・先生や親方の所に聞きにいかずに、自分たちで考える。そうすると、自分がつくったものに愛情がわく。自分の子どもに対する愛情と同じです。』

「さいち」のお惣菜は500種類を超え、多品種・少量ということから、手間がかかり、利益が出ないのではという質問に対し、

『全部売ってくれないと困る。そのためには、「真心を持って100%売れる商品をつくるのが、絶対条件ですよ」と、言っています。うちではロス(廃棄)はゼロとして原価率を計算しています。いくら原価率を低く想定しても、売れ残りが出てしまえば、その分、原価率は上がってしまいます。』
砂町銀座「あさり屋」のおばあちゃんもそんなサービス精神旺盛な看板娘である。販売にアサリご飯づくりが追いつけずその都度炊き上げている様子が目の前で繰り広げられ、少々待たされてもなんともうれしく心が動くそんなお店である。

手作り専門店の意味

手作りの店「さかい」というお惣菜屋さんがある。砂町銀座の食品を売る店はナショナルチェーン店を除けば全て手作りの店である。「さかい」もそうした店であるが、「あさり屋」と同様、名物商品1品とプラス2~3品というのが品揃えとなっている。「さかい」の名物はシューウマイ(10個550円)と餃子(5個230円)、更にはまぐろメンチカツといった変わり総菜もある。また、松ばやお惣菜店にはなんと煮卵が名物になっている。更には吉田屋のおでん・だいこん(1個100円)、上海肉まん(肉まん120円)、焼き鳥の竹沢商店(レバ50円、トントロ100円)地鶏の鳥光の焼き鳥、おでん種の増英蒲鉾店(中華揚げ1個95円)勿論あさり屋の「炊き込み御飯300円と500円)、・・・・・他にもてんぷらや焼き鳥、あるいは生鮮三品や漬け物などお惣菜以外を売る店がそれぞれ特徴あるメニューをもって販売している。デフレが続く10数年前から、ワンコイン商店街といったキーワードが商店街活性のテーマの一つの方法として取り上げられてきたが、ここ砂町銀座商店街が何十年も前から家族の夕飯のお惣菜には千円札1枚で十分でおつりがくる、そんな商店街である。
こうした単品専門店が狭い路地裏商店街を構成している。下町の単品専門店街とでも表現できるそんな専門店構成である。戦後復興と共に時を経て出来た商店街であり、いわば顧客が作った商店街である。仙台の「さいち」が「主婦の店」として成長した表現を借りるとするなら、文字通り「主婦の商店街」となっている。

売り切る力こそが「安さ」の源

「エブリデーロープライス」は世界NO1の流通企業ウオルマートのポリシーである。日本ではいち早く取り入れ米国ウオルマートを見に行かなくてもスーパーオーケーを見に行けばそのありようが分かるといわれた企業は日本にも存在している。いやオーケーだけでなく、日本の商人には「三方よし」ではないが、その顧客貢献という真摯さのDNAは多くの商人に受け継がれている。砂町銀座商店街もそうした顧客に対する真摯さというDNAを受け継いでいる商店街の一つである。
この「安さ」を代表しているのが、砂町銀座商店街の入り口にある魚勝であろう。鮮魚を始め生鮮三品は食べればその価格に見合うものかどうか消費のプロである主婦にはすぐに分かる。ましてや、主婦歴何十年のお年寄りが中心顧客となっているからより厳しいと言える。都心にあるデパ地下の商品の多くは、「作る手間いらずの省時間」と「あれこれちょっとずつ選択できるバラエティさ」という便利さを一つのライフスタイルとして購入する。砂町銀座商店街はその多くは単品で時間は関係なく「売り切れごめん」の商売である。仙台「さいち」の場合も「全てをその日で売り切る」、つまりロス率は0(ゼロ)となる。顧客もそうしたことを分かって何十年もつきあってきた。つまり、「安さ」はこうした商売の結果であることを売る側も買う側も良く理解しているということである。「売り切る力」こそが「安さ」の源であるということだ。「安さ」の理由を大量仕入れによるものであると「訳あり商品」をアピールする流通や専門店が多いなか、小さな商圏=仕入れ量も限られる砂町銀座のような中小零細商店にとっては「売り切ること」が経営を維持し持続させていく唯一の方法となっている。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:39Comments(0)新市場創造

2014年06月15日

2014年上期のヒット商品 

ヒット商品応援団日記No583(毎週更新) 2014.6.15. 

日経MJから恒例の上期のヒット商品番付が発表された。昨年からブログに書いてきたことばかりで新鮮味はないのだが、日経MJは節約志向の「格安スマホ」が売れた反面、「価値組消費」として高級スーツやファミレスのちょい高メニューに人気が集まったと。格安・ちょい高、これを称して、消費増税にも関わらず消費は凍っていないとコメントしている。

東横綱 格安スマホ、 西横綱 アナと雪の女王
東大関 価値組消費、    西大関 駆け込み消費
東関脇 レジェンド、西関脇 妖怪ウォッチ
東小結 NISA、   西小結 Vine

1997年の前回の増税に対しては反対していた日経新聞であったが、今回の増税には賛成である。こうしたことから「消費は凍っていない」と表現せざるを得ないことは分かるが、前回のブログにも書いたが、消費に関する主要な指標は、増税された1997年4月及びリーマンショック翌年4月の落ち込みとほぼ同レベルであった。再来週には5月度の指標が公開されるのでその時を待ちたいが、日経MJの番付にも消費の傾向が見て取れる。その一つが前回指摘をした「計算し尽くし消費」である。勿論計算の第一は「お金」である。昨年のヒット商品の一つであった「ローンの借り換え」は金利の安い増税前の住宅購入にも向かわせ、更にはNISAという「小額非課税制度」に向かわせている。
また、格安スマホについても、現在のスマホが高機能高価格であるのに対し、良く計算すれば少々動画が遅くてもこれで十分とするいわゆる低機能低価格市場商品と言える。

日経MJが「価値組消費」と名付けたなかにはデニーズのローストビーフを挙げているが、それ以上のヒットメニューがロイヤルホストのステーキであろう。昨年夏以降注目してきたが、外食産業の最大課題である客数を落とさずに客単価を上げ、経営を改善させる新メニューとなっている。私はそうした新メニューを「消費増税の壁を超えるメニュー」と位置づけてきたが、その視点から見ていくと前頭に入った吉野家の「牛すき鍋膳」は第一弾としては良かったが、いかんせん季節メニューであり、すき家も同じメニューを出し類似は免れないこともあって、次なるメニュー開発が待たれていた。しかし、4月にはメインメニューの牛丼を値上げし、結果売り上げを落とす結果となっている。
前回のブログにも書いたが、消費増税導入の4月にあって軒並みマイナス売り上げのなかで、唯一プラス売り上げを果たした百貨店がある。それは訪日外国人市場の開発を行ったのが銀座三越で、そうした新しい試みにこそ注目すべきで、当然番付に入ってしかるべきヒット商品と考える。
いずれにせよ、格安スマホも価値組消費も、銀座三越もそうであるが、新たな市場を創り、「計算し尽くし消費」に応えることが急務ということである。

周知のように、昨年7月から訪日ビザの免除と緩和が実施された。タイとマレーシアは免除。ベトナムとフィリピンは数次化し、インドネシアでは数次ビザの滞在期間を延長するというものであった。そして、ブログにも書いたがタイの観光客が横浜のラーメン博物館に押し寄せていると話題にもなったが、これから本格的な市場開発がはじまるということである。訪日外国人の受け入れ体制が急速につくられつつあるが、例えば「和民」や「甘太郎」を始め訪日外国人が家族で楽しめる居酒屋も出来つつあり、喜ばれていると聞いている。そして、日本に対しどんなことが期待されているか、中国を始め現地のSNSなどを使って探るいわばアンテナ的活動もスタートしている。つまり、従来の欧米シニア層の京都観光に代表される訪日外国人市場とは別個のマーケットが生まれてきているということである。こうした芽は秋葉原にも多く見られるようになってきている。家電製品(特に炊飯器)を買い求める中国人=秋葉原というイメージから、欧米人も含めてだが、アニメやマンガといったサブカルチャーオタクによるアキバがつくられつつあるということである。その多くはバックパッカーと呼ばれる旅行客で単に「安いだけ」の旅行から、例えばクールジャパンというテーマを「選ぶ旅」であり、その他にもゲストハウスから始まり居酒屋まで楽しみ広がっている。従来の旅行客とは異なる新市場が芽生えつつあるということだ。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:47Comments(0)新市場創造

2014年06月07日

本格化する消費の減速 

ヒット商品応援団日記No582(毎週更新) 2014.6.7. 

4月度の家計調査の速報が発表され、消費支出は前年同月比実質マイナス4.6%の減。これはかなり大きな消費の落ち込みである。あと数ヶ月見ていくことが必要ではあるが、かなり厳しものであると認識しなければならない。ちょうど同じタイミングで4月度の新車の販売台数の発表があったが、前年同月比5.5%減とのこと。この減少幅を見ていくことも必要ではあるが、問題はその内容である。軽自動車は2.9%増と10ヶ月連続で増加し、一方普通・小型車は11.4%減と大幅なマイナスであった。ガソリン価格や税のことを考えたら軽自動車に乗り換えるという傾向がこの消費増税によって加速していると見なければならない。つまり、従来の消費支出からより合理的な消費への転換が加速しているということである。

こうした潮流が消費として顕著になったのが昨年夏以降の東京湾岸エリアの住宅需要であった。ローン金利を始め消費増税を「計算」した結果としての購入であった。そして、2014年4月はどうであったかというと、不動産経済研究所による首都圏のマンション市場動向調査によると、4月の新規発売戸数は前年同月比39.6%減の2473戸と、マイナス幅はリーマンショック翌年の2009年3月(46.2%減)以来5年1カ月ぶりの大きさであった。これは前回の消費増税のあった1997年4月のマイナス幅は41.0%減で、当時に匹敵するマイナス幅である。
同研究所によると「市場が好調だった2013年に前倒しで販売したこともあり、今後も減少傾向は続く」とみており、2014年の年間見通し(2013年比0.8%減の5万6000戸)を下方修正する可能性を示唆している。

ところで消費が大きく落ち込んだリーマンショックの翌年はどんなヒット商品が生まれていたかというと、あのLED電球のように長く使えば「結果お得」という計算された消費であり、車であれば燃費を考えたらHV車となる。この延長線上に軽自動車の好調さもある。ちなみに日経MJによるリーマンショック翌年2009年のヒット商品番付は次のようになっていた。

東横綱 エコカー、 西横綱 激安ジーンズ
東大関 フリー、    西大関 LED
東関脇 規格外野菜、西関脇 餃子の王将
東小結 下取り、   西小結 ツィッター

エコカー(HV車)」、「LED電球」、「下取りシステム」といった省エネ=省マネー商品が数多くヒットした。更に前頭には花王の「アタック Neo」という節水型洗剤やエコ容器のコカ・コーラの「い・ろ・は・す」も入った。そして、規格外野菜(=訳あり商品)も入っており、ここに表れている価値観は、費用対効果、費用対満足度、という新しい合理的生活への潮流である。

ところでリーマンショック後の翌年2009年4月の家計調査を見てみると、前年同月比実質マイナス1.3%の減で、当時は多くのエコノミストは予測以上にリーマンショック後の景気は悪くないと判断していた。しかし、私は川上は輸入コストのインフレ(上昇)、川下は消費マインドの落ち込み・デフレという表現を使ってブログを書いたことがあった。そして、食品のような生活必需品とは異なる選択支出の割合が高いサービス消費は落ち込むであろうと。サービス消費の代表としては外食産業であり、旅行などの余暇産業である。ブログの主要なテーマに選んでいるのも景気の指標となるからである。
リーマンショック後外食産業の代表であるファミレスは売り上げが落ち込み大手3社で約500店舗を撤退させることとなる。旅行については安近短というキーワードが流行ることとなった。確か日経MJであったと記憶しているが、観覧車があるSA・道の駅として人気のあった「ららん藤岡」を取り上げ、遊園地替わりに休日の楽しみとして使う家族が増えていると。今や当たり前のこととなっている休日の新しい楽しみ方であるが、これも新たな消費移動であった。

今回の増税による影響であるが、既にその芽が出てきており、新メニューや新市場の成否が売り上げを左右していることが分かる。明暗という表現をするとすれば新メニューが成功した「明」のロイヤルホストに対し、「暗」は新メニューもなく値上げをした吉野家となる。新しいメニューとは新しい満足度の提供であり、この明暗は計算する消費者にとっては至極当然な結果である。それは少し高いが独自なメニューを開発しているコンビニ弁当が4月度は二桁の伸びを示していることからも分かる。また、今年のGWの旅行については全体としては縮小・節約傾向にあり、まさにららん藤岡のような「小」旅行であった。話は元に戻るが、4月度の消費支出は前年同月比実質マイナス4.6%の減という数字は極めて大きいと自覚しなければならない。

こうした状況にあって、リーマンショック以降の価値潮流をキーワードとして言うと「省」となる。省エネから始まり、省スペース、省時間、省人間。人間についてもそうであるが、省く(はぶく)という単純な意味ではなく、生かし切れているかという意味も含めてである。今までのライフスタイル変化の中心は省時間であった。特に、都市型ライフスタイルの場合夫婦共稼ぎが多く、全てが時間に追われる生活であった。そうした意味で、省時間型道具、省時間型サービス、省時間型メニューに注目が集まり、いわば「便利さ」を生活へと取り入れてきた。しかし、こうした便利さを買ってきたライフスタイルから、省マネー型、しかもエコ型という新たな合理的なライフスタイル、しかもセルフスタイルへと変化し始めたと理解すべきであろう。そして、この潮流は更に綿密な計算に基づいたものとして、昨年の湾岸エリアの旺盛なマンション住宅需要へと向かったということである。そして、何故湾岸エリアなのかというとオリンピック誘致が決まり、取得マンションの資産価値は下がることはまず無いであろうとの計算もある。

1997年の消費増税の時は、企業も消費者もストレートに「低価格」へと向かわせた。以降、私たちはそうした潮流をデフレの時代と呼んできたが、さて2014年4月の消費増税導入は「何」に向かっているのか、今明確にすることが問われている。導入後わずか2ヶ月ほどの時間経過であるが、費用対効果、費用対満足度、という新しい合理的生活への潮流が強まっている。3月の駈け込み需要も、4月の消費の落ち込みも、消費者にとって「計算済み」ということである。結果、小売り流通の現場では消費増税という価格転嫁についても表面的には大きな混乱はなく、逆にいつもと変わらない日常となっている。しかし、消費者は既に計算をし「選別」に入っていると認識すべきである。
証券会社を始めとしたエコノミストは6月ぐらいから徐々に消費は戻るとコメントしているが、株価を上げるためにはそう言わざるを得ないからで、楽観論としてのそれではない。4月度の家計支出、新車販売台数、首都圏マンション販売戸数、主な指標を見てもかなり悪い結果となっている。しかし、常に指摘をしていることであるが、消費をしない訳ではなく、何から何へと消費移動をしているか、その裏側にはどんな価値観が働いているかを見極めることこそが必要であると。消費者は前回の増税、更にはリーマンショックを学習し、計算し尽くしている。そうした計算を超える商品開発やメニュー開発などを急がなければならない。(続く)
  


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