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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2016年02月21日

思い起こせ、「甲子園の詩」を 

ヒット商品応援団日記No638(毎週更新) 2016.2.21.

清原和博の覚せい剤事件が多くのメディアに取り上げられ、いわゆるメディアジャック状態となっている。逮捕当時はこれからの成り行きを見るように「信じられない」「残念なことだ」といった当たり障りのないコメントばかりであった。しかし、以降警察をはじめとした情報が増えるに従って、徐々に「本音」の話が出てきた。その象徴がPL学園時代KKコンビと言われた桑田真澄のインタビューコメントであった。やはり、桑田真澄は友人であり、ともに野球をやってきた一番身近な仲間として”嫌なことも言ってきたが、もう関与してくれるな”と言われ、以来電話すらすることはなかったとインタビューに答えていた。それを多くの視聴者、特に野球フアンは桑田自身の無念さとして共感し受け止めたと思う。そうした無念さは桑田以外にも多数いると思うが、なぜか熱烈な高校野球フアン、私の言葉で言えば高校野球オタクであった阿久悠を思い起こす。亡くなって8年半ほどになるが、この清原和博の覚せい剤事件をどう思っているだろうか。

阿久悠は1976年以降、スポニチに高校野球観戦記として「甲子園の詩」を書く。途中腎臓癌の入退院を繰り返し、亡くなる2007年8月の前月7月22日まで書き続ける。タイトルは「甲子園の詩 敗れざる君たちへ」。
何故そこまでして書き続けたのか、それは無心で野球にぶつかっていった高校生の一瞬輝く世界を書き留めたいとした想いから観戦記を書かせたと思う。勿論、単なる高校野球賛歌でもなく、応援コメントでもなく、阿久悠自ら言うように徹底した「観る者」として、しかも主観としての文字通りの阿久悠観戦記、高校野球オタクの世界であった。ある意味、一試合一試合を、作詞している詩(うた)である。

”なぜにぼくらはこれ程までに高校野球に熱くなるのだろう”という阿久悠は明快に言ってのける。小椋佳の「つかれを知らない子供のように」という「シクラメンのかほり」の一節を引用しながら、”分業制合理主義のプロ野球に較べて非合理な肉体酷使が存在する高校野球に戦いの原点を見るのかもしれない”と。その原点ともいうべき一戦、私たちの記憶に残る試合を次のように書いている。(以降の引用文は「甲子園の詩 敗れざる君たちへ」阿久悠著 幻戯書房刊より)

やまびこが消えた日

まさに それは事件だった
池田が敗れた瞬間
超満員の観衆は
勝者への拍手を忘れ
まるで母国の敗戦の報を聴くように
重苦しい沈黙を漂わせた
・・・・・・・・・・・

たかが高校野球の
たかが一高校に対する
思い入れとして度が過ぎる
人々は この少年たちに
何を夢見 何を託していたのだろうか
・・・・・・・・・・・・
少年たちが かくまでに
人の心の中で築き上げて来た
ロマンの大きさに
今 少年たちが敗者となった今
初めて気がつくのだ

1983年第65回大会準決勝「PL学園対池田高校」の観戦記の一部である。池田高校は徳島県西部の山あい池田町のどこにでもあるごく普通の公立高校である。その高校の野球部が、 蔦 文也(つた ふみや) 監督に率いられ、甲子園大会で春夏あわせ3度の優勝をはじめ、輝かしい成績をおさめた。そして、池田高校を世に知らしめたわずか11人の部員による「さわやかイレブン」や、筋力トレーニングを積極的に取り入れ代名詞となった「やまびこ打線」。
この試合はPL桑田の力投にやまびこ打線は沈黙し、7対0でPLが勝った試合である。観戦記のタイトルにあるように「敗れざる君たちへ」はそんな敗者の一校である池田高校の少年たちに贈った言葉である。ちなみに、PL学園は決勝で横浜商業と戦い清原の先制打、桑田の完封で7対0で優勝した。この時、清原も桑田も高校一年生であった。

勿論、敗者だけを書いたわけではない。翌年の第66回大会一回戦のPL学園対享栄の戦いでは次のように観戦記を書いている。

標的は決まった

さあ 諸君
標的は決まったぞ
きみらが汗を流し登る山が
くっきりと全貌を現し
過酷なまでに堂々と
高さと 美しさと 見事さを
誇って見せだぞ
・・・・・・・・・・・・・・

PL学園14ー1享栄
清原4打数 4安打 2四死球
3ホームラン
桑田被安打3 奪三振11 失点1
全員安打 毎回安打
一試合4ホームランは大会新
・・・・・・・・・・・・・・

さあ 諸君
高校生が同じ高校生を
標的にして恥じることはない
すぐれた能力への敬意は
自らをも高める
しかし 諸君
決して初めから屈してはいけない

この年、清原、桑田のKKコンビの活躍により、PL学園は決勝へと勝ち抜いていく。そして、決勝は取手二と戦い4対8で敗れ準優勝となる。標的となったPLは9回裏に同点に追いつく。しかし、10回表に桑田が打たれ4点差となり敗者となる。その試合を阿久悠は繰り広げられるロマンの世界を次のように書いている。

最後の楽園

女性は脱皮し 姿を変え
少女から母までその時々の顔を造る
男には脱皮はなく 姿も変えず
ただ年輪という深味を加えるだけで
少年も 青年も ひきずって生きる
・・・・・・・・・・・・・・・・・
三百六十五日のうち
たった十四日間だけ
男は少年時代の自分と出会うことを
神から許される
甲子園という舞台と
高校野球という祭を通して
男たちが夢見る最後の楽園なのだ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あゝ 勝者取手二高が
笑いながら行進している

そして、翌年PL学園の二人は3年生として甲子園を迎え、しかも3年連続して決勝進出する。その決勝進出を決めた準決勝対甲西戦では、清原は2連続2ランを打ち、PL学園15対2甲西と快勝する。そして、その第67回大会決勝でPL学園は宇部商との死闘を制し4対3のサヨナラ勝ちで幕を閉じる。PL学園のKKコンビは甲子園の球史に残る桑田20勝、清原ホームラン13本。そして、阿久悠は大会を振り返り次のように語っている。

『人は誰も、心の中に多くの石を持っている。そして、出来ることなら、そのどれをも磨き上げたいと思っている。しかし、一つか二つ、人生の節目に懸命に磨き上げるのがやっとで、多くは、光沢のない石のまま持ちつづけるのである。
高校野球の楽しみは、この心の中の石を、二つも三つも、あるいは全部を磨き上げたと思える少年を発見することにある。
今年も、何十人もの少年が、ピカピカに磨き上げて、堂々と去って行った。たとえ、敗者であってもだ。』

覚せい剤所持・使用がどのような刑になるか分からないが、いずれ保釈されることになる。覚せい剤経験者で今なお戦っているダルクのスタッフや薬物中毒患者の専門医も口を揃えて「第三者」を介在させての治療を勧めている。一人で立ち向かうには極めて難しい、きっとそうなのだろう。しかし、同じ覚せい剤所持で逮捕されたあの江夏豊は社会復帰し、野球解説や指導者として社会の表舞台に戻った成功例もある。
阿久悠の音葉を借りれば、清原もいくつものピカピカの石を持ってプロ野球に臨んだ。しかし、歳を重ねるに従い体力は落ち老いて行く。しかも、少年も 青年も ひきずってである。そんな脱皮できない自身に対し、薬物に救いを求めた、ある意味「自死」を覚悟しての行為だったように思えて仕方がない。光沢のない石のまま持ちつづける多くの人間にとって、無縁の世界だと思う。しかし、高校野球に自身を重ねロマンを「観る者」にとって、逆に「自死」は許さない。それはいくつもの石を磨き上げた人間、プロになってもスターであった人間として”それは違うでしょ”と、言葉少なに答えるであろう。つまり、清原自身に「敗れざる者」として諦めて欲しくはないということである。

高校野球ではないが、阿久悠が作詞した歌の中に「時代おくれ」という曲がある。1986年に河島英五が歌った曲である。「・・・はしゃがぬように、似合わぬことは無理をせず、人の心を見つめ続ける時代おくれの男になりたい」というフレーズは、40代以上の人だと、あの歌かと思い起こすことだろう。昭和という時代を走ってきて、今立ち止まって振り返り、何か大切なことを無くしてしまったのではないかと、自問し探しに出るような内容の曲である。1986年という年は、バブルへと向かっていく時に当たる。バブル期もそうであるが、以降の極端な「私」優先の時代を予知・予告してくれていた曲である。

伝聞で確かではないが、阿久悠は「甲子園の詩」で書いた高校球児たちと、その後について対談を夢見ていたと聞いている。勝敗としては負けであっても、その後の「敗れざる姿」を見たかったのだと思う。「時代おくれ」ではないが、バブル期をスター選手時代に置き換え、大切な何かを失くしてしまったと自問してほしい、清原に会ったらそう阿久悠は問うと思う。高校球児の頃はどんな石を持っていたか、磨くために仲間たちとどんな練習をしてきたか。時代おくれの清原になって、再び甲子園の旅に踏み出してほしい。高校野球が好きであった人間にとって、やはり今一度あの「甲子園」に戻って欲しいと思う。そして、PL学園と戦って敗れた高校球児にとっても同じであろう。それは夏の炎天下、無心でボールを投げ、バットを振った時間、一瞬を共有した人間たちの想いである。
そこでだ、これは観る者及び高校球児の勝手な想いだが、「桑田真澄よ、今一度清原を甲子園に連れ戻して欲しい」、そう願ってやまない。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:43Comments(0)新市場創造

2016年02月14日

混迷から危機へ 

ヒット商品応援団日記No637(毎週更新) 2016.2.14.

年頭のブログに「混迷の年が始まる 」と書いた。明るい希望のあるといった予測は当たらないが、悪くなるであろう、忍び寄る危機についての予測は残念ながらよく当たる。少し前のブログにも書いたが、案の定日銀によるマイナス金利の効果についても、円安・株高は数日間しか保つことはなかった。そして、金融の専門家もやっと「もう日銀ができることはない」と言い始めた。
政治においては甘利元大臣の収賄疑惑から始まり、スポーツにおいては清原和博の覚せい剤汚染、その汚染の深さは個人にとどまらずプロ野球界全体の問題として浮かび上がってきた。芸能界に於いてもベッキーによる「ゲス不倫」をキーワードに顔をしかめるような問題が起き、政治家にまで波及、いや隠れていた醜悪な素顔が表へと出てきた。
昨年末の株価から約4000円ほど下落し、1万5000円を割り込んだ。これは少し前のブログにも書いたが「原油安」と「中国経済の落ち込み」にある。日本の実体経済とは異なると報道されているが、そうではない。日本の経済だけが独立して世界をリーディングしているわけではないことは分かりきったことである。そうした意味を踏まえ、年頭のブログに「混迷の年が始まる」と書いたのだ。

ところでその日銀によるマイナス金利の導入であるが、住宅ローンを組む生活者にとっては良きチャンスになると報道されている。この時期に住宅を取得する場合、あるいは借り換えといった需要には応えることができ消費が活性されると。
周知のように2014年4月の新消費税8%導入決定前の駆込み需要は、人生の中でも一番大きな買い物である住宅においてはきわめて大きかった。具体的には2013年度となるが、東京でいうと湾岸エリアの新築タワーマンションが人気となった。そして、2014年に入るとその反動から首都圏ではマイナス幅としては、リーマン・ショック直後以来の大きさとなった。そして、昨年の不動産需要はどうであるか、不動産経済研究所によると、首都圏における 2015 年年間(1~12 月)の新規供給戸数は 4 万 449 戸であった。対前年(4 万 4,913 戸)比 9.9%(4,464 戸)の減少である。この背景には主に円安による建築コストの上昇から平均価格は 9.1%UP の 5,518 万円、1991 年(5,900 万円)以来の高値になったことによる。
こうした中での住宅ローン金利が下がったという話である。顕在化している、購入予定者にとっては良き話ではあるが、先行き不透明な時代にあって、建築コストの高い新築物件の需要がどれだけあるか疑問である。

問題なのは「需要」がないところでいくら金融緩和しても、企業も、個人も借り入れ消費することはない。ビジネスマンであれば誰でもが知っているホンダの創業者である本田宗一郎は明確な需要論を持っていた。周知のホンダを世界一のオートバイメーカーに押し上げたのが「スーパーカブ」である。1958年夏に発売されたこのスーパーカブは、従来のオートバイでもスクーターでもない革新的な新しい商品であった。その発想がユニークで今でも覚えているが、スーパーカブはそば屋に向いているとし、「ソバも元気だおっかさん」などの広告コピーで売り出した。つまり、全く新しい市場という需要を作ったということである。死ぬまで開拓者精神を貫いた本田宗一郎らしい発想であるが、こうした市場創造へのイノベーションが今求められているということである。そして、今そんなホンダDNAはその継承の先に、小型ジェット機として表舞台へと出てきた。航空機産業という国家規模の巨大な企業によって生まれる商品であるが、そうではなく、つまり大仰ではなく誰でもが使える商品、そんな商品化を目指したということだ。
もし、住宅需要ということであれば、新規物件だけではなく、中古物件や課題となっている空き家をこそ、新しい発想、新しい建築技術・イノベーションを持って開拓すべきである。既に、国産材の活用を踏まえてだが、横浜市には商業施設「サウスウッド」という大型商業施設としては初の木造4階建てのビルがオープンしている。こうした新工法による建築がさらに安いコストで中古物件や空き家・空きビルにおいても適応できるようになればということである。

この半年ほどのブログを読んでいただいている方には理解していただけると思うが、消費という視点においては「街場」の小さな需要にヒット商品がたくさん生まれている。実は今までなかった新しい市場という需要ではなく、慣れ親しんだ安心できる商品やサービスである。これは決して安い価格のものだけではない。毎日食べている「食パン専門店」であるセントルザ・ベーカーのように今でも長い行列が作られている。ちなみに角食パンは800円+税で少々高めの価格である。
日常、安心、しかしまだまだ知らないことが多い時代にいる。過剰な情報が邪魔をしてわからなくさせているだけである。

今年の催事イベントである「恵方巻き」も売れ残りが出た店が多く、バレンタインデーについても「自分チョコ」もしくは「ファミリーチョコ」といった消費が中心となり大きな需要にはなってはいない。単なるトレンドとか、そうした催事時期だと言った程度の「商品化や売り方」については低迷する消費世界を突破することはできない。「恵方巻き」もサプライズを目的とした安直な変わり恵方巻きは売れず、チョコレートもゴディバのような専門店によるチョコだけが売れる、しかもこの時だけ販売の「自分で食べたいチョコ」だけが売れる、こうした消費は、ある意味内向きな「厳選消費」そのものとなっている。
別にバブル景気を再来させようと考えているわけではない。実は今から5年ほど前のブログに日経MJによるヒット商品番付を踏まえて次のように「市場の性格」、その認識について書いたことがあった。

『1980年代に入り、豊かさを感じた当時の若い世代(ポスト団塊世代)は消費の質的転換とも言うべき多くの消費ブームを創って来た。ファッションにおいてはDCブームを始め、モノ商品から情報型商品へと転換させる。情報がそうであるように、国との境、人種、男女、年齢、こうした境目を超えた行動的な商品が生まれた。その象徴例ではないが、こうした消費を牽引した女性達を漫画家中尊寺ゆっこは描き「オヤジギャル」と呼んだ。
さて、今や欲望むき出しのアニマル世代(under30)は草食世代と呼ばれ、肉食女子、女子会という消費牽引役の女性達も、境目を軽々と超えてしまう「オヤジギャル」の迫力には遠く及ばない。私が以前ネーミングしたのが「20歳の老人」であったが、達観、諦観、という言葉が似合う世代である。消費の現象面では「離れ世代」と呼べるであろう。TV離れ、車離れ、オシャレ離れ、海外旅行離れ、恋愛離れ、結婚離れ、・・・・・・執着する「何か」を持たない、欲望を喪失しているかのように見える世代である。唯一離さないのが携帯をはじめとした「コミュニケーションツールや場」である。「新語・流行語大賞」のTOP10に入った「~なう」というツイッター用語に見られる常時接続世界もこの世代の特徴であるが、これも深い関係を結ぶための接続ではなく、私が「だよね世代」と名付けたように軽い相づちを打つようなそんな関係である。例えば、居酒屋にも行くが、酔うためではなく、人との関係を結ぶ軽いつきあいとしてである。だから、今や居酒屋のドリンクメニューの中心はノンアルコールドリンクになろうとしている。
断定はできないが、これからも前頭程度の消費は見せるものの、世代固有の世代文化を象徴するようなヒット商品は生まれてはこないであろう。』

タイトルには「欲望喪失世代というマーケット」と書いたのだが、もし消費旺盛な世代というのであれば、それはシニア世代となる。特に団塊世代は65歳定年後もアルバイトのような非正規雇用に従事したり、旅行はもちろんであるが、あまりお金をかけずに気ままな小旅行をするための車中泊ができるキャンピングカーが大人気となっている。当たり前のことだが、後生きられても20年前後であり、体が元気なうちに好きなことをしたいとしたシニア世代と、安定とは程遠い実質賃金が下がり続ける30代とは消費世界は根本から異なる。
こうした”離れ世代”と言われる現在の30代市場に対し、需要を喚起するための車メーカーを始め多くの施策が実施されているが、これといったヒット策は生まれてはいない。活力ある消費が見られるのは、年齢や性差を超えたある意味オタク的世界に生きる層であろう。鉄ちゃんから始まり、ウオーキングオタク、仏像オタク、城オタク、祭りオタク、パワースポット巡りや御朱印帳オタク、あるいはアニメやコミック作者の生誕地という聖地巡礼オタクまで。勿論、そうしたオタク旅の必携ツールであるカメラなどもよく売れている。

前回の「マツコ・デラックスと林修」にも書いたが、街場の達人、オタクたち、少し広げれば職人・匠がいかに多く存在しているか、大ヒット商品ではないが、そうした小さな消費が「今」を支えている。5〜6年前、訪日外国人による消費、インバウンドビジネスなどは旅行業界といった特定業種だけのテーマであったが、今や3兆円産業などともてはやされる時代となった。
企業は300兆円を超える内部留保を持ち、個人においても1600兆円もの金融資産を持っている。しかし、欲望がないところには需要は生まれない。今回の日銀によるマイナス金利政策についても何事かをしたいとする欲望喚起にはならない。唯一あるとすれば30代の結婚・子育て世代にとってのマイホーム需要ぐらいであろう。しかし、男女ともに結婚することなく、単身族が相変わらず増えている現状である。あるコンサルタントはそんな日本の現状を低欲望社会と呼び、金融政策ではこの扉を開けることはできないと断言している。需要創造という課題から見る危機の本質は、こうした低欲望社会にあることが次第に分かり始めてきた。つまり、こうした間違った市場認識こそが危機を深めている。

そして、従来の市場概念からは外れたオタクや達人のように「好き」の世界へと視線を変えることによって、新しい「消費者」が浮かび上がってくる。少し前のブログにも書いたが、中国人観光客の爆買いは一巡し、客単価も下がり、次なる興味関心事へと移っていると。その「好き」につながる関心事は日本が持つ固有の精神文化観光となることは間違いない。クールジャパンと言うと、禅や侍が舞台へと上がるが、それは入り口にしか過ぎないことは私たち自身がよく知っている筈である。実はオタク文化こそがクールジャパンであってアニメやコミックだけでなく、それこそ訪日外国人に人気のラーメン専門店だけでなく、街場の人気中華そば屋も入る。さらには和文化の象徴である旅館だけでなく、やはり温泉や銭湯なんかも注目されることは間違いない。クールジャパンを生み出し、生活しているそれ自体に興味関心があるということである。インバウンドマーケティングとして言ってしまえば、江戸時代のライフスタイルに出てくる日常世界である。例えば、これから桜の季節になるが、まず「梅見」、次に「桜見」、最後は「桃見」で、これが江戸の人達の「春」の楽しみ方であった。それぞれ異なる楽しみ方があって、日本人自身が忘れ去られたものとなっている。花見以外にも夏になれば花火があるが、その奥には地方ごとの夏祭りがある。こうしたことも、逆に訪日外国人によって教えられることとなる。少し前にオタクは新しい需要のアンテナであると指摘したのも、こうした背景からである。
繰り返して言うが、危機の本質は間違った市場認識、需要の創り方にある。(続く  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:42Comments(0)新市場創造

2016年02月07日

マツコ・デラックスと林修

ヒット商品応援団日記No636(毎週更新) 2016.2.7.

私の場合熱心なTV番組フアンではないが、それでもながら視聴にも関わらず幾つかの傾向にあることに気づかされる。まず、その第一はテレビ朝日の「ちい散歩」が火付け役となった「散歩ブーム」である。2006年から始まった関東ローカルの番組で、視聴されにくい朝10時台の時間帯にもかかわらず、地井武男の人柄の良さもあって10%近い視聴率を取るヒット番組となった。番組ごとにテーマはあるものの、番組全体に通底しているのが「昭和の散歩」であった。以降、民放各局は「散歩」をテーマに、街場のグルメなどを組み合わせた同様の番組を展開することとなる。鉄道の沿線、地下鉄沿線、さらには路線バスの沿線、といった具合に。そして、「ちい散歩」から生まれた「散歩の達人」が他の分野においても多くの達人を生むことへと繋がっていく。

こうした街歩き、散歩は地井武男のような俳優・タレントを中心に番組が構成されていくが、視聴者の興味を喚起するものは「未だ知らない世界」があるということである。街場の人気飲食店を始め、伝統工芸の職人であったり、懐かしいおもちゃ屋や駄菓子店であったり、そこには知らない技や商品があり、必ず「達人」がいる、そんな「知らない世界」をテーマとした番組である。
私は10数年前に表通りから横丁、路地裏に「未知」があり、生活者の興味関心事は「裏の時代」に向かっているとブログに書いたことがあった。それは同時に表メニューから賄いから始まった裏メニューへの興味でもあり、都市が表であれば、地方は裏であり、未知を求めた「旅」が始まると。こうした傾向は「食」であればB1グランプリのような催事イベントへと繋がり、さらには未来塾でも取り上げた迷い店やまさか店のように、裏の裏のような未知なる店が評判になっていく。表舞台をその主要業務としてきたことにより、遅れに遅れたTV業界も、やっと数年前から裏側にあるテーマ世界を番組へと取り上げる傾向を見せ始めた。

こうした傾向で成功したのが、TBS の「マツコの知らない世界」(毎週火曜夜9時~)である。情報バラエティ番組であるが、毎回テーマに基づいたゲストとのトーク番組で、マツコの軽妙で時に毒のあるコメントやツッコミが「知らない世界」を際立たせるという番組である。毎回10%前後の視聴率を稼ぎ、昨年放送されたスペシャル版は番組最高の視聴率14.5%を記録している。
テーマによってゲストは毎回異なるが、「冬アイスの世界」あるいは「カレーうどんの世界」と言った身近にある一種マイナーな世界をテーマとしている。食だけでなく、例えば「図鑑の世界」といった世界まで幅広く裏にある見過ごしがちな知らない世界を取り上げている。そして、特徴的なことはゲストの多くが「素人」であり、そのテーマの「達人」である点にある。私の言葉で言うと、達人とは「オタク」のことで、その道に他を寄せ付けないほどの「思い入れ深い」人物のことである。そして、「マツコの知らない世界」だけでなく、「夜の巷を徘徊する」(テレビ朝日系)や「マツコ会議」(日本テレビ系)、ともにマツコが、オタクではないが、素人とのトークを楽しむ番組となっている。

また、キャラクターは異なるが、テレビ朝日系列で放送されている「林修の今でしょ!講座」も同様の常識を裏切る知らない世界をテーマにした番組である。例えば、「科学的調理法」の紹介では料理の常識をものの見事に裏切る作り方・レシピで、視聴者はすぐ取り入れ作って食べることができるとして人気の番組となっている。この番組ではゲストとしては素人・オタクだけではなく、プロの料理人によるものもあり、例えば昨年9月に放映されたカレーライスではフレンチのシェフ・水島弘史さんがすすめる、科学的にも理にかなった裏技、美味しいカレーの作り方が放映され評判を呼んだ。こうしたカレーライスをプロの味にする裏技レシピの他にも、フジテレビ系「バイキング ひるたつ」ではユニークな日常テーマを取り上げている。例えば、バタートースト評論家の梶田香織さんがすすめる、「食パンを10倍美味しく食べる方法 」といった具合である。ちなみに、梶田さんは、これまで1000種類のトーストを食べたことがあるとのこと。つまり、トーストの達人、トーストオタクである。

ある意味、街歩きもそうであるが、街に住む素人、その中の達人、あるいはオタクが「主人公」となった番組である。こうした背景には2つの理由がある。1つはTV番組を制作するコストをどれだけ落とすことができるかである。TVというマスメディアは、周知のようにインターネットの普及やあらゆるものがメディア化する時代にあっては相対的にその広告効果は下がる。結果、番組スポンサーあるいはテレビスポットなどの料金も下がっていく。
10数年前からテレビスポットの販売についても複数の広告代理店による「コンペ方式」が取られ、1視聴率(1GRP)当たりいくらといった競争入札方式である。最近はどうであるか詳細はわからないが、一時期予定取得総視聴率が実施後取得総視聴率に達しない場合はその「差」に充当する視聴率分を広告代理店はスポンサーに返金するということも行われていた。つまり、視聴率そのものがTV局の「売り上げ」に直結しているということである。そうした意味で制作コストのかからない「マツコ+素人(ゲスト)」という番組構成はきわめて安価となる。TV局にとってはマツコ・デラックス及び林修は救世主的存在である。SMAPの解散騒動があった芸能界にあって、2人の存在はいわばキラーコンテンツと言える。

もう一つの背景は粗製濫造の芸人やタレントにはない新鮮な「何か」「こだわり」が素人・オタクにはあるということである。表現を変えて言うとすれば、未知なる世界、「素」の魅力があるということだ。芸人やタレントというプロの世界を表とするならば、素人・オタクは裏の世界となる。裏にあった賄いメニューが表メニューになったように、思い入れ深く、一芸に秀でた素人・オタクが表舞台に出てくることもある。あれもできます、これもできますではなく、これだけは任せてください、というこだわりの世界である。小売商業の世界でいうならば、専門店のような存在である。TV局はそうした素人・オタクという専門店をテーマに沿って見出し編集することによって、常に鮮度ある番組を作るというわけである。但し、素人・オタクはその一芸のみであり、それが広く一般化してしまうと存在価値は落ちることとなる。しかし、素人・オタクは膨大な世界を形成しており、新たに次から次へと表舞台へと出てくる。マツコも林修もそうしたオタクの芽を引き出し、表舞台に登場させる良きナビゲーターとなっている。つまり、プロとは言い難い稚拙な芸人やタレントが多い時代にあって、素人・オタクの存在は新たな「未知」を求める時代にあって、刺激を与えてくれる良きスパイスとなっている。逆に言えば、プロが求められているにもかかわらず、芸能の世界にあっても本物のプロが極めて少ないということでもある。そうした時代では、オタクはキラーコンテンツとなり、この傾向は今後もマスメディアにおいて続いていく。

1980年代中ば、アニメやコミックというマイナーなサブカルチャーフアンの蔑みの言葉として使われていた「オタク」は、今やあらゆるジャンルで使われるようになった。健康オタクから始まり、ワインオタクやカレーオタクと言ったように。例えば、蕎麦好きがそば打ちオタクになり、蕎麦店を構えるようにプロの道を歩む人も多い。そして、今やオタクの領域もより専門細分化されていて、例えばラーメンオタクでも数年前から二郎系ラーメンに特化したオタクも出てきており、ほとんど知られてはいない山奥の秘湯をめぐる温泉オタクもいる。勿論、一種優越感を伴った自己満足の世界ではあるが、他に代えがたい魅力ある世界となっている。昨年のヒット商品の一つに「おにぎらず」があった。クッキングパパがその元祖となってはいるが、人気商品に育てたのもクックパッドに集まる素人主婦である。周知の自慢のレシピの投稿サイトであるが、中には既にオタク化した主婦も多い。つまり、こうしたオタクこそ、「未知」の開拓者であるということだ。全てが規格化量産されてしまった消費生活にあって、新しい「何か」のアンテナ的役割を果たしているということだ。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:20Comments(0)新市場創造