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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2014年07月23日

未来塾(7)「商店街から学ぶ」戸越銀座編(後半)

未来塾「商店街から学ぶ」戸越銀座編後半を公開します。前半では商店街周辺の住民と商店構成の特徴などをスタディしました。後半では「次」の町の商店街を目指すにはどうすべきか、他の商店街の事例を踏まえて学びます。

時間帯によって表情を変える商店街

通常の商店街であると、ウイークデーの場合午後3時頃から買い物客が集中し始めるが、戸越銀座の場合は夕方5時過ぎからピークを迎える。

駅から西へ数分のところに中堅地域スーパーである「オオゼキ」があるが、午後3時過ぎから地元顧客である永く住んでいる主婦層が買い物に訪れる。一方、午後5時過ぎからは駅から数分という近さもあり、仕事帰りの若い女性達が買い物をし、商店街を歩いて自宅に戻っていく。
そして、商店街には永く愛されてきている創業1933年の鮮魚の「魚慶」や青果店がある。ただここ戸越銀座は砂町銀座とは異なり、お惣菜を売る専門店は極めて少ない。砂町銀座商店街の場合は、おでんやてんぷら、シュウマイにに肉じゃがなどの和総菜といった総菜専門店であった。戸越銀座では例えば「百番」のように中華食堂の店先で中華総菜を売ると言った提供の仕方だけである。
また、戸越銀座においても前回の砂町銀座同様、町の人気商品の一つが「焼き鳥」である。自宅で焼くには大変だし、かといって居酒屋に行くにはチョット、スーパーの焼き鳥は今ひとつだし・・・・こうしたことから焼きたての焼き鳥をその場で食べるのが一つのトレンドとなっている。この戸越銀座商店街も砂町銀座同様、休日には他のエリア顧客による焼き鳥などの食べ歩きツアーを促進したいようであるが、食べ歩く回遊の密度、特に総菜店が少ないことから、今ひとつ楽しさは半減といったところである。

戸越銀座のブランドづくり

恐らく商店街のブランド化に最も熱心な商店街の一つであろう。前回の砂町銀座においても書いたが、商店街は戸越コミュニティの中心にあり、住民顧客と商店街との交流によって創られると。そのブランドのコアとなるのが、名物と看板娘やオヤジという人物であるとも。
まずその名物であるが「おでんコロッケ」(後藤蒲鉾店)、「手作りつくね」(焼き鳥エビス)、「精進 串カツ」(百番)、「レモンだんご」(だんご屋あさの)、「メンチカツ」(かたばみ精肉店)、・・・・おそらく他にも地元住民に愛されてきた名物があると思うが、例えば吉祥寺の「小ざさ」のように40年間行列が途切れることの無い和菓子店やその隣にある「メンチカツ」のサトウも休日には30分以上並ばないと買うことができない、そんな突出した広域集客が可能な名物店が残念ながら戸越銀座商店街にはない。
また、吉祥寺と比較すると分かるが、吉祥寺には「ハーモニカ横丁」という懐かしさと新しさが同居した飲食店が集まった一角がある。その名の通り、ハーモニカのように間口の狭い店が軒を連ねる、そんな密度は残念ながら戸越銀座にはない。東京で一番長い商店街は逆に弱点になっているということである。この「長さ」を少しでも解決するために商店街の通りは平日の15~18時、日曜・祝日は14~19時が歩行者天国となっている。


戸越銀座商店街はエリアの活性をはかることを目的に「戸越ブランド」づくりの努力は行ってきている。その一つが10年前に「戸越銀次郎」というキャラクターを作り、戸越銀座商店街のアイデンティティとして使っている。更には最近では「好きですこの街」というイメージソングまでつくられている。このようにクマモンやふなっしーといったゆるキャラブーム以前からキャラクターを活用してきている。課題はそのブランドの魅力の表現の仕方、強さにある。
ところでこうしたブランドづくりと共に、最近注目されている「バルイベント」にもトライをしている。「バルイベント」とは2004年に開催された「函館バル」にはじまり、「ユルベルトKASHIWAX(千葉県柏市)」、「伊丹まちなかバル(兵庫県伊丹市)」など、近年全国各地で行われているイベントである。主に飲食店を中心にした地域活性化イベントで、チケット制の食べ・飲み歩きイベントである。参加店舗の「自慢のおつまみ+ワンドリンク」をこの日だけの特別価格で楽しんでいただくというイベントである。名物商品づくりから始まり、キャラクター活用や販促策まで、とにかくこのように多くのマーケティング努力を行ってきたのが戸越銀座商店街である。

銭湯のある商店街


戦後どんどん無くなっていくものの一つに銭湯がある。昭和30年代までは町単位に銭湯があった。ちなみに昭和40年には都内には2641軒もの銭湯があった。豊かになり、自宅に内風呂のあることが当たり前の時代へと向かうことと反比例するように町の銭湯は無くなっていった。そして、平成22年には801軒にまで減ってしまった。銭湯が生活の一部であった世代はポスト団塊世代までである。おそらく個室をあてがわれた最初の世代である団塊ジュニアにとって、幼い頃の銭湯経験はほとんどなかったと思う。
戸越銀座商店街には駅を境に、西に金泉湯、東に戸越銀座温泉(スーパー銭湯)の2カ所も営業している。戸越銀座商店街から少し歩けば、武蔵小山近くには福井湯、南の戸越公園近くには万年湯があり、戸越一帯には多くの銭湯が今なお残っている。


周辺の住居にはアパートのワンルームが多いことと、50年以上もの永い間住んできた住民の人たちのライフスタイルを考えると銭湯が普及した江戸時代のライフスタイルが想起されてくる。
江戸時代の住まいは周知の長屋であるが、部屋は3坪程度の狭さでほとんどベッドルームとして使われていた。ダイニングはといえば共同の井戸のある水場で、バスルームといえば近くの銭湯であり、リビングルームもかねていた。この銭湯であるが、その二階には世間話ができる場所(リビングルーム)があり、更には何か食べたいなと思う時には近くには屋台(ファストフード)もあった。まさに銭湯は町単位のコミュニティの中心であった。戸越銀座商店街に2店もの銭湯があるというのも50年以上も住み続けてきた住民の人たちによるコミュ二ティが今なお生きている証であるということだ。東京への一極集中と良くいわれ再開発が日常化していると考えがちであるが、品川地区や大崎地区はそうであるが、都心に近い荏原、戸越地区には昭和のコミュニティ、昭和のライフスタイルが今なお残っているということである。

戸越銀座商店街の次の戦略




今なお銭湯のある商店街が目指す次の商店街計画「ユビキタス計画」が準備されている。ここでいうところの「ユビキタス」とは電線類地中化計画」の一環として行われる計画で、電線や電柱を撤去し景観を良くすることだけでなく、光ファイバーを使った情報環境の整備、いわゆるIT技術を使った次代の商店街戦略を行おうという計画のようである。例えば、単なるモノの売り買いする商店街としてではなく、商店街の通り自体を一つの「舞台」にすることもできるし、戸越銀座固有のコミュニティ演出も可能となる。そして、何よりも時代の趨勢でもあるインターネットによって顧客と個店とがつながることによってビジネスのあり方が根底から変えることが可能となる。スマホの活用は若い世代にとって日常であり、若い世代が多く住む戸越の商店街にとっては、ユビキタスの言葉通り「いつでもどこでも必要な情報を提供する」ことが可能となる。この情報サービスのシステム化は商店街の良きビジネスモデルになると想定される。
また、上記構想を見ても分かるように社会的にも防災・防犯を含めた安心・安全な街づくりとしての役割を果たすことも計画の狙いの一つとなっている。この計画がいつ実現するのか分からないが、実現された時、東京で一番長い商店街ではなく、東京で一番「便利で楽しい」、しかも「安心・安全」な商店街になることは間違いない。全体としてはこうした次なる商店街を目指すこととなるが、IT化は個店のビジネスをも根底から変えることとなる。

戸越銀座商店街に学ぶ


恐らく全国の商店街、シャッター通り化する寸前の商店街にとって、戸越銀座商店街はいくつかの示唆を得ることのできる商店街である。商店主の多くは古くからの地権者である。商売人としてはプロであったが、次第に顧客の変化に追いつけなくなる。答えは簡単には出ないが、課題は明確になりつつあると思う。

1、「棲み分け」する商店街

「棲み分け」あるいは「隙間」というビジネス上のキーワードがある。都心には「好み・多様な個性」や「価格(低価格~高価格)」、あるいは「時間(省時間~賞時間)」といった顧客の選択肢を満足させる業態や専門店は30分も電車に乗れば無数存在する。そうした競争環境下の商店街である。前回の砂町銀座商店街も周りを大手商業施設に囲まれた環境下にあって、「モノマネをしない名物商品」、「売り切ることによる安さ」と「看板娘・名物オヤジ」によって見事なくらい棲み分けが成立している。戸越銀座も同様、若い世代向けの美容室やネイルサロンはあってもファッション専門店は1軒もない。ミセス向けの専門店は数店あるが、歴史のある商店街だけあって、商店街の商店構成としては隙間市場として成立している。
多くの駅ビルにあるSC(ショッピングセンター)のコンセプトづくりを行ってきたが、まず行うのが駅周辺の商店街や大型商業施設の調査である。この調査は、私の言葉でいうと「過不足調査」といって、顧客が求める専門店がどの程度既に存在しているか、あるいは足りないか、その顧客満足度を見極める調査のことである。大手デベロッパーではない町の商店街が生き残る術は、まず不足している専門業態やサービスへと地権者自ら転換することから始めることである。大手デベロッパーやチェーン展開する専門店が出来ない領域、出来ないサービスという「隙間」を見つけ、それを磨き続けるということである。結果として砂町銀座商店街のように煮卵ですら名物になる。町の商店街は身近な顧客との直接対話が可能である。その会話のなかで「隙間」とは何かを感じ取るということである。それが「過不足調査」となる。
戸越銀座商店街もある程度過不足のない商店構成となっていることが分かる。時間経過によって顧客要望が自ずと必要とされる商店やサービス、銭湯ですら商店街を構成することとなる。ただ、更なる成長を目指すには、必要に迫られた商品やサービスだけでなく、日常生活にあってチョットうれしい、楽しい出来事の発見こそが消費と共に必要となる。それを可能とするのが、店・顧客共に相互に言葉をかわし合い、その結果をすぐ店頭で商品で答える、そうしたことが商店街の生命線となる。

2、特別な「にぎわいの時」づくり

銭湯のところで少し触れたが、今日のライフスタイルの原型は江戸時代にある。そのなかでもライフスタイル変化の最大のものはなんといっても、一日の食事回数が2回から3回になったことである。当時は火事が多く、1日3回の食事をしないと力がでなかったためと言われているが、定かな研究をまだ目にしてはいない。恐らく、商工業も発達し経済的豊かさも反映していたと思う。その食事回数の増加を促したのが庶民にとっては屋台や行商であった。新たな業態によって新たな市場が生まれた良き事例である。この屋台から今日の寿司や蕎麦などが進化していく。いわゆる今日のファーストフーズである。江戸時代こうした外食が流行ったのも今日とよく似ている点がある。大雑把に言うと、江戸の人口の半分は武士で単身赴任が多く、庶民も核家族化が進み、独居老人も多かったという背景があった。今日で言うところの個人化社会である。ところで武士という言葉を「地方から出てきた学生」や「若い社会人」に置き換え、庶民と独居老人を戦後復興と共に生活を営んできた「古くからの住民」に置き換えれば、まさに戸越銀座そのものである。
その江戸生活の象徴として銭湯を挙げたが、屋台のように多くの飲食店が商店街に並び、更には今なお町単位で神輿を出す祭礼が行われており、昭和どころか江戸スタイルを感じさせるような生活文化が臭う町である。
コミュニティが今なお残る戸越にあって、そのコミュニティをより豊かにしていくことが商店街の活性へとつながる。銭湯、屋台(飲食店)、祭り(神輿)、戸越の名前の由来、・・・・・・江戸を彷彿とさせる要素を数多く有している商店街である。もしコミュニティをより交流させるとすればそれは「縁日」であろう。周知のように縁日は本来神仏の有縁の日のことをいい、祭祀や供養が行われる日を指すのだが、今や東京においても無数の縁日が行われている。戸越が縁日を実施するとすれば、神仏との有縁と共に、商店街と住民との有縁、住民同士の有縁の日とし、「江戸」をテーマに実施するならば戸越銀座の魅力は倍増することと思う。つまり、商店街が持っている資源を一つのテーマの基に集めることによって、突出した「出来事」、「象徴」を創ることが可能になるということである。この突出した「出来事」とは商店街の持つ「密度」、ひしめき合う商店がつくり出す界隈性である。平易に言えば「賑わい」である。戸越銀座商店街の場合、東京で一番長い商店街はこうした「賑わい感」を半減させてしまっている。例えば、「縁日」というアイディアは毎日は難しくても、1ヶ月の内何日かは、店先に屋台を出し、夏であれば金魚すくいといったイベントがあっても良い。砂町銀座商店街の場合は「ばか値市」が該当している。つまり、「この時だけ」という特別なにぎわい時を創るということである。「賑わい」とは顧客にとって、必要に迫られた買い物を超えた、新しい「何か」を期待するわくわく感のことである。今、町の商店街に決定的に欠けているのがこの「わくわく感」である。砂町銀座にあって、戸越銀座には無い物ということである。


3、ユビキタス構想という商店街の明日について


戸越銀座商店街の西側にある中原街道をl越えた先に東急目黒線の武蔵小山駅がある。その駅前には戸越銀座商店街とともに歴史のある武蔵小山商店街パルムがある。パルムは全長0.8キロ約250店舗のアーケード商店街である。パルムも多くの商店街と同様1990年代初頭のバブル崩壊と共に消費は落ち込み危機に立たされることがあった。特にパルムの場合はクレジット事業を積極的に進めており、クレジット売り上げ21億円は15億円まで減少し深刻であったという。この危機を打開したのが現金、クレジット客を問わずポイントを提供するポイントサービス事業であった。それはFINES構想(FUTURE INTELLIGENCE NETWORK SYSTEM)=「近未来型商店街情報通信ネットワークシステム」として、「ポイントサービス事業計画」を行うことで乗り越えたと。その内容であるが、ポイントサービスの稼動状況(平成18年1月現在/武蔵小山商店街HPより)について、
●発行数 81,677,066ポイント(総発行数 954,453,343ポイント)
●交換数 79,532,845ポイント(総発行数 663,171,282ポイント)
という良き稼働状況(=顧客への小さなお得)が提供されている。
このようにポイントの交換率は極めて高い。つまり、こうした「お得」はもはや当たり前のこととして受け止められている。そして、危機の打開策と共に、加盟する商店の端末機の改廃やシステム構築などその苦労は戸越銀座商店街のメンバーは熟知したうえでのユビキタス構想であると思う。

商店街のIT化、情報サービス化の成功事例はパルム以外にもいくつかあるが、小さな商店街の参考となる代表的事例は東京世田谷の京王線千歳烏山駅前にある150店舗ほどの商店街「えるも~る烏山 」であろう。IT化、情報サービス化とはつまるところ地域住民顧客に多様な小さな「お得」を提供する方法論のことである。えるも~る烏山の中心事業はアナログとしての「スタンプ事業」である。ユニークなのはこのスタンプの特典交換アイディアの多様さである。例えば、中元時と歳末に行う「お買物券」が当たる抽選ができる赤いスタンプ(通常は緑)を発行したり、350ポイントを貯めて(1冊)500円のお買いものができるほか、映画のチケットやJTBの旅行券、駐輪券、協定旅館の宿泊券と格安で交換できる。また、バス旅行や観劇会に参加したり、夏祭り時には東京ディズニーランドのチケットと交換できたり、楽しいメニューが盛りだくさんである。
ポイントという機械的な金額還元ではなく、集めて交換する楽しさが倍加するアイディアという訳だ。また、特典の仕組みもさることながら、このエリアには区の出張所でもある烏山区民センターという人が集まれるコミュニティとしての「場」が用意されている。こうした人が集まり、行き交うという相乗効果もあってえるも~る烏山は運営されている。

武蔵小山商店街におけるITを活用したポイントサービス、えるも~る烏山のようなスタンプ活用。デジタル・アナログどちらでも商店街の事業規模や商店同士の相互理解によって採用すれば良い。テーマは住民顧客へ魅力あるサービスをどう提供するかである。前回の砂町銀座商店街の場合は、ポイントやスタンプによる「お得」の替わりに10日ごとに行われる「ばか値市」で顧客に返している。このことは店側も顧客側も十分理解してのことだいる。これも一つの「お得」の返し方である。

さて、戸越銀座商店街の「長さ」をプラスに転換させる試みとは中規模SCのリニューアルと同じである。全国多くの再開発事業を見てきたが、商店街を構成する地権者も後継者難となり、どこか日本農業の衰退と似ていることを強く感じている。今、農家を救うのではなく、農業を救う方法が模索されている。特に中山間地にあっては後継者のいないまま耕作放棄地となり、どんどん増加している。そうした点在する放棄地を集め、従来のやり方にとらわれないいくつかの理にかなったアイディアをもって運営している農業法人も出てきた。作るお米は産地米としてのブランドを超えで高価格で取引される期待溢れる、それこそ「わくわく」する新しいブランド米として顧客に根付きつつある。耕作放棄地をシャッター商店に置き換えるとよくわかる。同じように町の商店街の衰退を救う道は、商店(地権者)を救うことから商店街を救う=再生することへの転換が不可欠ということである。結果、それは商店(地権者)を救うことにつながる。今回の戸越銀座商店街はシャッター通り商店街ではないが、多くの商店街にとって想定される問題点が浮かび上がってきている。難しい課題ではあるが学ぶべき点はこの一点にある。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:11Comments(0)マーケティング新市場創造

2014年07月20日

未来塾(7)「商店街から学ぶ」戸越銀座編(前半)

ヒット商品応援団日記No587(毎週更新) 2014.7.20. 

今回の未来塾は「商店街から学ぶ」戸越銀座編を公開します。戸越銀座商店街は東京品川区にある東京で一番長い商店街として知られた商店街です。電車に30分も乗れば新宿や渋谷、銀座にも出かけることが出来る、多様な選択肢を満足させることができる、そんな競争環境下にある商店街です。がんばっている商店街の一つですが、同時に町の商店街が抱える問題点も浮かび上がっています。今回はそうした問題点への認識を新たにする良きケースであると言えるでしょう。





「商店街から学ぶ」

時代の観察

戸越銀座商店街


戸越銀座商店街は東京で一番長い商店街として知られ、消費に関する時々のトピックスとして取材され一定程度認知されている商店街である。全国一長い商店街と言えば、周知の大阪天神橋筋商店街で南北2.6キロ、約600もの商店が軒を連ねた商店街であるが、戸越銀座商店街は約半分ほどの長さの商店街である。
ところで久しぶりに何回か戸越銀座を歩いてみたが、「長さ」を商店街の売り物にするには、前回の砂町銀座商店街のように食べ歩きツアーのような「歩く楽しさ」、回遊を促す「何か」が必要となる。戸越銀座の長さ・広さはどうであろうか、そうした視座を持ってスタディしたい。このことはシャッター通り化する商店街脱却の一つの着眼になると感じた。
まず戸越銀座商店街の東京における商業ポジション、どんな人たちが住む町なのか、その商店街の利用内容について調べていくと、前回の砂町銀座商店街において触れた戸越銀座ならではの「生活文化」が見えてきた。砂町銀座商店街ではその商店街のポジションについて次のように書いた。
『ある意味コミュニティの中心の「場」として商店街が存在しているということだ。コミュニティは一般的平均的なものではなく、時間をかけて交流し合う人々によって創られる、つまり固有のものとしてある。砂町銀座には砂町銀座固有の生活文化があるということである。この文化を昭和レトロ、懐かしさ、あるいは人間くささという言葉をもって表現され観光地にもなっている商店街である。』
地方でこのブログを読まれる方にとって戸越とは東京のどんな場所なのか、いや都内に住んでいてもあまり知られてはいないと思う。

山の手の下町

品川区にある戸越はいわゆる武蔵野台地の東南の外れにあるエリアで、その戸越という名前の由来も江戸越し、の戸越からつけられている。戸越銀座商店街の真ん中を南北に通る国道1号線は別名第二京浜国道と呼ぶが、東京の中心部から放射状に伸びる幹線道路の一つである。

戦後は砂町銀座商店街のある江東区と同様空襲で区域の多くが焼け野原となりながらも、はやばやと戦後の復興を遂げたエリアである。そして、戦後は京浜工業地帯として発展していくが、その労働に従事する人たちが戸越や荏原地区に住居を構え今日に至る。こうした町の発展の経緯、土地柄こそがこの戸越銀座商店街をつくらせていることがわかる。いわば山の手の下町といった表現がふさわしい町である。

住宅地を走る東急池上線

東急池上線といっても地方はもとより東京の人間にとっても沿線の住民以外はその詳細は知らない。五反田と蒲田を結ぶ鉄道であるがなかなか路線周辺のイメージを浮かべることは難しい。戸越銀座商店街のある戸越銀座は五反田から2つ目の駅でわずか数分で着くという極めて都心に近い場所にある。ちなみに池上線という名前の由来は蒲田の少し手前にある池上駅の池上本門寺参詣客輸送を目的に池上電気鉄道によって開業し、その後東急電鉄に移行したという背景がある。
ところで、駅の写真を見ても分かるように、どこか古い郊外駅の駅舎の風情を醸し出しているが、朝夕のラッシュ時にはその便利さもあって3両編成の電車の混雑は極めて激しい。

品川区2つの顔


品川というと東海道新幹線の発着駅があり、その南側の品川・大崎には大規模開発による高層マンション群やオフィスビルが林立している。実は東京への人口集中の代表的な区で、1990年代の人口減少から一転2000年以降品川区の人口は増え続けている。例えば、分譲マンションについては、平成11(1999)年に前年の7百戸台から一気に倍増し、以後平成13 (2001)年を除けば平成16(2004)年まで1.5千~2千戸弱の高水準の供給が続いている。ちなみに品川区の出生率は他の特別区と同様1.0を下回っており、大規模開発による人口流入の主たる要因となっている。

もう一つの顔が戸越銀座商店街のある荏原、戸越地区である。昭和の初期から町工場が立地し始め、昭和 40 年代にか けて住工共存の市街地が形成される。戦災により荏原、戸越地区ではほとんどが焦土と化したが、 戦前の耕地整理を基にした区画のまま、工場や住宅が混在、密集したため、防災に課題を抱える地区が多い。次のデータは品川区内の人口密集度を表したものである。(ちなみに戸越は荏原地区に含まれている)

地区        人口      人口密度(1キロ平米当り)
品川地区    63,440              14,822
大崎地区     56,706              16,629
大井地区     87,103              18,532
荏原地区   133,860               23,159 
八潮地区   12,393                2,723

上記人口密度のデータを見ても分かるように、小さな家屋が密集している地区である。実はこうした木造密集住宅の真ん中にあるのが戸越銀座商店街である。都内にはこうした防災に弱い住宅密集地区が多数あるが、品川区はその危険度トップに豊町5丁目となっており、上位10町丁目の半分を占めている。
古くからの住居と共に低層階のマンションや木造アパートも数多くある。ちなみに次の賃貸リストは戸越銀座周辺のアパートやマンション物件の1例である。

永く住む地元住民と学生や都心に勤める単身者の町

□戸越銀座ワンルーム/賃料2.6万円・管理費など1500円・専有面積10平米、築50年
□ときわ荘2階/賃料2.7万円・管理費など3000円・専有面積12平米、築50年
□吉田荘/賃料2.7万円・管理費など3000円・専有面積9平米、築50年アパート
■戸越1丁目計画/賃料8.8万円(管理費など含む)・専有面積21.2平米、新築マンション
■グリンデル戸越銀座/賃料7.9万円・管理費など3000円・専有面積24平米、マンション

五反田からわずか数分のところの物件であるが、築50年というアパートのワンルームとはいえその賃料の安さには目を見張るものがある。また、住宅地の低層階マンションについても8万円前後の賃料という、これまた安い物件が多数ある町である。



3つの商店街で構成される戸越銀座商店


ところで今回学習する戸越銀座商店街であるが、戸越銀座駅から東西に伸びる商店街で、駅をはさんで西側に商栄会ゾーン、東側に中央街ゾーン、更に東に第2京浜をまたいで続いているのが銀六ゾーン、直線で1.3キロ、約400店舗ほどの商店街である。商店街の通りは2車線となっているが、午後3時以降車両の通行を規制をして、買い物のしやすさをサポートしている。
前回学習した砂町銀座商店街も「銀座」が付いたネーミングであるが、今回の戸越銀座はその命名第一号である。その背景であるが、1923年の関東大震災後、銀座の瓦礫をここ戸越に運び、低地を埋め立てたことから『戸越銀座』と命名されたとのこと。以降、商業のシンボルとしてご当地銀座が次々と生まれることとなる。いわば「ご当地」ブームの先駆けでもあった。砂町銀座もそうであったが、戸越銀座商店街も2009年3月に「新・がんばる商店街77選」に選ばれている。


現行行政地名は戸越一丁目から戸越六丁目。2012年2月1日現在の人口は16,120人という商圏である。地元居住者を対象とした商店街でその規模の大小はあるが、暮らしをサポートすることに変わりはない。ただ、東急池上線に乗れば、五反田経由で渋谷・新宿にも、銀座にも30分以内に行くことができる。その消費選択肢は商店街の商店構成に現れている。








美容室と飲食店の多い商店街

通りを歩いて気がつくことの第一は、美容院と飲食店の多さである。戸越には2タイプの顧客である住民がいる。一人は戦後長く戸越に住む人たちである。もう一人はワンルームマンションやアパートに象徴されるように学生や都心に勤務先をもつ若い世代の単身者である。

この商店街には5店ほどの美容室があるが、その数が多いか少ないかは別としても商店街にあってかなり目立つ存在である。また、ネイルサロンも4軒ほどあり、若い女性顧客向けの専門店も多い。そして、それを裏付けるように戸越銀座駅裏の路地にはイタリアンのミートソース専門店「スペランツア」があり若い女性達で一杯である。


ところで吉祥寺の街をレポートした時にも感じたことであるが、ここ戸越銀座にも感じたのがラーメン専門店の多様さとその数の多さである。新横浜のラーメン博物館にはビザ発給の規制が緩和されたこともあってタイの観光客が本場日本のラーメンを食べに必ず訪れるという。更に、ドイツで人気のドイツラーメンがラーメン博物館に逆上陸し行列が絶えないと話題になっている。ところで1990年代外食産業の中で新たに成長した業種というと、回転寿司(約4,800億円)を筆頭にラーメン 専門店(約4,200億円)、更には牛丼 専門店(約3,500億円)と続くが、戸越銀座にも個性的なラーメン専門店が多い。



そのラーメン専門店であるが、駅から徒歩1分ほどの銭湯の隣にある「えにし」を始め、「麺屋月光」「せい家」「博多豚助」・・・・・・・前回のシニア世代を主対象とした砂町銀座とは極めて異なる若い世代に向けた商店街構成の一つとなっている。

また、地元に永く住んでいる人たちに愛されている飲食店も多い。例えば、洋食の「陶花」、あるいはスタミナ焼きで人気の「千徳」。更には未だ食べていないので内容について書くことはできないが、蕎麦好きならば知っている「蕎麦切り 翁」も実はこの戸越銀座商店街にある。
当たり前であるが、全体として感じたのは個店の魅力と顧客支持の結果であった。












(後半に続きます)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:50Comments(0)新市場創造

2014年07月13日

黄色信号の消費

ヒット商品応援団日記No586(毎週更新) 2014.7.13. 

前回のブログに5月度の家計支出が前年同月比8.0%減、その大きさを指摘した。また、7月から値上げが更に進行し、年収を5分位(20%毎)に分けて行う家計調査における年収の少ない第1階級及び第2階級においては、消費を収縮させ深刻であると。そして、6月度の家計支出とお盆休みの旅行内容次第ではあるが、「景気」という全体への影響が出てくるとも。こうした消費のあり方を見極めることも重要で、今回も6月度の消費に関するいくつかの指標となる実績も出てきているので前回のブログをフォローすることとする。結論から言うと、消費と言う観点からの景気は黄色信号になったということである。

昨年秋以降数回にわたって消費増税が既に始まっているとの指摘をした。ヒット商品にもなったが、その先駆けでもある低金利時代のローンの借り換えをスタートに、人生で一番高い買い物である住居の購入から始まっていると。そして、更に資産価値を下げることの無い都心部と湾岸エリアのタワーマンションに人気が集中していると。そして、年末からの駆け込み消費は家電製品やPC、インテリアなどに移行し、3月には食品や日常消耗品などへと駆け込み消費が進むとも書いた。大きな消費動向としてはほぼ予測通りであり、一方個別の傾向としては昨年夏のファミレスのメニュー改訂とマクドナルドの1000円バーガーの導入を比較し、前者の成功と後者の失敗の違い、更には今年に入り、牛丼の吉野家における「牛すき鍋膳」の成功と4月からの値上げの失敗という、メニュー改定のあり方にも言及した。

ちなみにその外食産業であるが、マクドナルドは6月の既存店売上高が前年同月比8.0%減となったと発表した。5カ月連続の減少で、5月の同2.4%減よりも更にマイナス幅は大きく拡大した。また、牛丼チェーン大手3社の6月の売上高(既存店ベース)であるが、すき家と松屋はプラスだったが、吉野家はマイナスであった。以前から問題指摘した通りの実績結果であった。また、新メニュー導入の良い方のケースとして、1年前から注目しているファミレスのロイヤルホストであるが、増税導入した4月の売上高は前年同月比108.1%、5月は106.6%、6月は99.1%とかなりがんばった結果となっている。

ところで、こうした消費のあり方について通底しているのが、過去の消費増税を踏まえ、大きくはエネルギーを始め海外に依存している日本経済(=消費)の変化へのシュミレーション能力の高さである。今から20数年前のマーケティングには「衝動買い」というキーワードがあった。周知のように既に死語となっているが、もし同様の言い方をするとすれば「シュミレーション買い」となる。情報の時代では極めて重要なキーワードであるが、それは単なる「情報」によるものだけではなく、一方の「体験」との反復学習によってそのシュミレーション精度は高くなる。
この傾向が顕著に表れたのが2008年秋のリーマンショック以降であった。「お得」というシュミレーションを軸に訳あり消費と最初は少々高くても結果安上がりという合理的消費の2つの方向で今日に至っている。前者は食べ放題やメガ盛りからアウトレット人気までその訳ありはあらゆる消費分野へと広がった。後者はあのLEDやHV車、更には普通車から軽自動車への乗り換え、こうした合理的消費へと進化している。

こうした体験学習をベースにしたシュミレーション消費のスタートは豊かな時代、生きるための必需消費から好みや個性を楽しむ選択消費へと移行したバブル崩壊後の1990年代の消費にある。当時、そうした消費心理を「市場の心理化」と呼んでいた。平易に言えば「いいなと思えば」「その気になれば」という心理要因が消費を引っ張っていくという市場化のメカニズムである。当時のマーケティングはまさに「その気にさせる」ことにあった。そして、「その気」は他者との「違い」を際立たせることが中心であったが、1998年の消費税5%導入前後から直接的な「お得」、他者との違いを上回る「お得」が心理市場を牽引した。それがデフレの旗手と呼ばれたユニクロや100円バーガーのマクドナルド、あるいは牛丼の吉野家で消費者の圧倒的な支持を得た。この「お得」潮流はリーマンショックへと向かうこととなる。

勿論、総務省からの情報公開ではないが、この10数年間で恐らく数百倍どころかそれ以上の過剰情報の時代にいる。昨年秋にも一流ホテルを始めとしたレストランのメニュー虚偽表示が明るみに出たが、本物を見極めることが出来ず、これも十分学習したことと思う。
シュミレーションが成立するためには信用・信頼という極めて根本的なことが今また問われているということである。前回の未来塾で取り上げた砂町銀座商店街のように、顧客一人ひとりと言葉を投げかけ合う関係こそが必要となっている。
こうしたシュミレーション消費について書いてきたが、DeNAがYahooに続き、個人から提供された血液からDNAの遺伝子分析を行い、今後想定される癌などの病気についてレポートするサービスを行うとの報道があった。死に関わる病気とどう立ち向かうか、人生シュミレーションを立てるうえで、最大の物差しとなる。

ところで前回のブログにも書いたが、今後の景気の判断材料の一つとして夏休み:旅行者の動向があると。実は既に3日にJTBからリリースされたのだが、いつもの予測情報とは全く異なり極めて不十分なリリースのため取り上げなかった。その内容であるが、1泊以上の旅行に出掛ける人が国内、海外を合わせて前年比0・2%増の7902万人になるとの予測で、現在の調査方式になった2000年以降で最高になると。この背景としては夏のボーナス増などが下支えとなり、3年連続増加となる見込みであると。
この程度の情報は予測でもなんでもない情報で、消費増税による影響、つまりどのような旅行となるかを予測して欲しいのだが、そうした要請にはまるで答えていない。恐らく推測するに、今年のGWのように円安から海外旅行が減り、国内旅行が増え、しかも節約旅行になると。そして、ガソリン価格が高止まりしているので、エコドライブを始め、早割といった割引活用はもとより、他のLCCや夜行バスといった安い交通機関を使ったり、・・・・あるいは国民宿舎のような公共宿泊施設を利用したり、アウトドア好きであればキャンプ場を活用した小さな旅行であったり、更にはほとんどお金をかけない登山旅行であったり・・・・・どんな楽しみ方をするかこれもシュミレーション次第である。(続く)
  


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2014年07月01日

5月の家計支出は前年同月比8%減の意味 

ヒット商品応援団日記No585(毎週更新) 2014.7.1. 

先週総務省から5月度の家計調査の発表があった。1世帯(2人以上)当たりの消費支出は27万1411円と前年同月比で8.0%減少(物価変動の影響を除いた実質)したと。多くのエコノミストは消費増税前の駈け込み需要の反動減であると繰り返しコメントしているが、実は駈け込み需要を大きく上回るマイナスであるということを指摘する専門家は少ない。新車の販売台数も4月と同様の傾向で普通車や小型車などの登録車は、5.6%減。内容も軽自動車は5.3%増となっており、より経済的にも合理的な軽自動車の利用傾向が続いている。勿論、住宅需要も予測以上に落ち込んでいることは前回のブログにおいて指摘をした通りである。。

既にこうした消費の落ち込みを想定してほとんどの百貨店はボーナス狙いのお中元セールを前倒しスタートさせている。しかし、一部大手企業の増額ボーナスは予定されているが、5月の勤労者世帯の収入は前年同月比4.6%減となっており、依然として収入は減りこそすれ増えてはいない。
総務省が行っている家計調査にはいわゆる年報として、年収を5分位(20%毎)に分けてその消費傾向を発表している。平成25年度はまだ集計されていないが、一昨年平成24年度は以下のようにその消費傾向が報告されている。

            世帯年収   消費支出(月)  消費性向
第Ⅰ階級  352万以下  167,863 円   80.7%
第Ⅱ階級 352~486万円  221,356 円  75.3%
第Ⅲ階級 486~624万   258,696円    72.1%
第Ⅳ階級  624~828万 318,713円   72.3%                     
第Ⅴ階級  828万円以上 417,523円  67.6%


家計調査の活用法についてはここではテーマとしないが、「誰を主要な顧客とするのか」ということを含め、各業界、各企業のビジネスプランの立案には必ず大きな意味での消費環境の分析基礎データとして使われている。そして、この平均消費性向を見ていくと明確であるが、所得の高い第Ⅴ階級ほど消費増税分の吸収度は高く、所得の低い第Ⅰ階級ほど消費増税は重たくなっている。問題は5月の家計支出が対前年同月比8%減という結果であり、しかもその8%は平均値であり、第Ⅰ階級及び第Ⅱ階級はかなり萎縮した消費、氷河期に入ったような消費の様相を見せていると理解すべきである。また、一方第Ⅴ階級においては消費増税の影響はそれほど大きくはないと想定される。今後の消費の動向を大きく左右するのが第Ⅲ階級及び第Ⅳ階級となる。ちなみに、1980年代以降多少の変化はあるものの平均消費性向の平均値はほぼ72%前後となっている。
また、消費税の逆進性という問題解決のために、食料品などの軽減税率を導入すべきとの論議もこうした平均消費性向の実態を踏まえてである。

ところでイラクで再び戦乱が始まり、結果原油価格が上がり、ガソリン価格だけでなく多くの消費に影響が出てくる。エネルギーのほとんどを海外に依存している日本においてはストレートに物価の上昇へと向かうこととなる。しかも円安というなかにあってである。先日発表があったがユニクロの秋冬物商品が7月1日から値上げするが、他にも原材料高もあってハムやソーセージ、バターあるいはチョコレート菓子も値上げとなる。春以降、電気・ガスを始め小麦粉や食用油などの値上げにプラスした値上げである。上記5分位にあって第Ⅴ階級の場合には物価上昇分は消費税分を含め十分吸収できるが、第Ⅰ階級の場合は極めて難しくなる。

5月の家計支出8%減の意味は単なる駈け込み需要の反動としての消費ではなく、消費増税及び物価高騰が消費を大きく後退させていると認識しなければならない。この傾向がどこまで続くのかということであるが、今年のGWはケチケチ節約旅行となったが、目前の夏休みの旅行内容如何ではあるが、下手をすると増税&物価高騰による「複合不況」に向かうこととなる。
しかし、こうした消費傾向にあって、成長する市場もある。少し前のブログにも書いたが、銀座三越における訪日外国人への免税品販売であったり、地場の農産物や海産物ばかりでなく、ご当地グルメが楽しめる道の駅。あるいはブランド品を安く買うだけのアウトレットではなく三井不動産が開発したアウトレットパーク木更津のように「食」を中心としたエンターテイメントパークのように新し楽しみ方に活路を見いだす市場も生まれている。そして、相変わらず食べ放題を中心においた8000円前後の日帰りバスツアーは大人気である。
また、新市場へのチャレンジ以外のもう一つの対応策としては、前回の未来塾「砂町銀座商店街」で学んだように、モノマネに走らず目の前にいる顧客の求めに応え商品を磨き続けること。そして、何よりも「売り切る力」を持つことによって顧客が求める「安さ」に応えるという商売の原点に立ち帰ることだ。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 14:16Comments(0)新市場創造