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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2021年10月10日

未来塾(44) 下山から見える風景 後半  

ヒット商品応援団日記No798毎週更新) 2021.10.10

今回の未来塾は緊急事態宣言が解除され、1年8ヶ月のコロナ禍を通し、どんな価値観の転換が起きているか、その先にあるウイズコロナ、コロナとどう向き合っていくのかを戦後の時代変化を踏まえ考えてみた。特に、バブル崩壊以降大きな時代潮流である「昭和」、特に昭和30年代に注目し、その価値観変化を学ぶこととした。

未来塾(44) 下山から見える風景 後半  



「コロナ禍の風景」から学ぶ


コロナ禍によって失ってしまったのは人と人との関係でその変容してしまったことの回復であった。その象徴として「温もり」をキーワードに挙げた。それは仕事の関係のみならず、日々の買い物や飲食など社会生活全般に及ぶ変容であった。そして、、こうした人間関係の変容は教育の場における教師と生徒の場合も同様で、「距離」を取ることがいわば強制的された1年8ヶ月であった。
昭和30年代に注目が集まったのもこの「距離」のない、手を伸ばせば触ることのできた時代であったからである。ソーシャルディスタンス、社会的距離を取ることを半ば強制され、会いたくても会えない時間が長く続いた。その象徴が小学校における給食の「黙食」であろう。お喋りしながらの給食は生徒にとって一番楽しい時間であった。アクリル板越しの会話、大人の場合でも同様で仕事を終えての同僚との一杯も無い関係が続いた。休日ともなれば、ゴルフやジョギングなど「密」を避けたオープンエアーなスポーツを選ぶ。移動も自家用車を利用したり、公共交通の場合でも混雑を避けての時間帯に移動する。
そうした中ワクチン接種も進み、経口治療薬の開発も間近のようだ。コロナ禍の出口、ウイズコロナという日常が戻ることとなるが、1年8ヶ月前の「日常」ではない。見えない変化ではあるが、仮説を含め考えてみたい。

新しい「生き方」が生まれた

コロナ禍の1年8ヶ月は否応なくそれまでの「考え」を今一度内省する時間でもあった。人との関係を取るとは自身の心の内へ内へとそれまでの「考え」を問い直し事へと向かう。それは世代を含め育った環境、働く状況によって、100人いれば100通りの答えとなる。
そうした100通りの中に特筆すべき新しく生まれた「人生」がある。その一つはテレワークによってオフィスに出社しなくても済むことから住まいを郊外に移す「動き」である。この動きは当初は都心から少し離れた郊外マンションなどへの移転であったが、現在は東京の三多摩のように過疎化が進む地域への移住である。青梅市のように移住への支援もあり、都心の高い家賃より少々不便でも自然を満喫できるところへの移住である。東日本大震災における原発事故の時は、地方への「避難」であったが、今回のコロナ禍ではネット環境が整備されていれば「田舎暮らし」も楽しめる生き方である。但し、都心にも出かけることができる距離であることが条件である。ちなみに青梅駅から東京駅までの所要時間はJRの快速で1時間半ほどの近さである。
もう一つの人生が『FIRE』と呼ばれるグループである。FIREというのは文字通りFinancial Independence『経済的自立』とRetire Early『早期退職』の造語である。株高を背景に『FIRE』は裾野を広げており、企業・仕事に縛られることなく、自由なライフスタイルを楽しむ、そんな生き方である。若い世代の価値観について貯蓄好きな合理主義者であるとブログにも書いてきたが、コロナ禍によって生まれた進化系で、その代表的な世代がミレニアム世代である。ミレニアル世代は、1980年から1995年の間に生まれた世代と定義されている。現在25歳から40歳を迎える世代で、以前日経新聞が「under30」と呼び、草食世代と揶揄された世代のことである。ちなみに消費において注目されているZET世代はミレニアム世代の下の世代である。

こうした2つの新しい「動き」はいわば登山途中の風景である。昭和が「貧しくても夢があった」時代との比較で言えば、「豊かで自由がある」時代となる。ある意味、個人化社会が進化した一つの風景であろう。こうした傾向は既に社会に広がっている。例えば、上司からの飲み会は断るが仲間とは行くようなことだが、それは会社組織だけではない。例えば、働き盛りの世代、それも既婚男性が仕事を終え自宅にストレートに戻らずに一種の「自由時間」を楽しんでいる人物を「フラリーマン」と呼んでいる。これはNHKが少し前にこのフラリーマンの姿を「おはよう日本」で放送したことから流行った言葉である。
都市においては夫婦共稼ぎは当たり前となり、夕食までの時間を好きな時間として使う、フラリーマンが増えているという。書店や、家電量販店、ゲームセンター、あるいはバッティングセンター…。「自分の時間が欲しい」「仕事のストレスを解消したい」それぞれの思いを抱えながら、夜の街をふらふらと漂う男性たちのことを指してのことである。
実はこうした傾向はすでに数年前から起こっていて、深夜高速道路のSAで停めた車内で一人ギターを弾いたり、一人BARでジャズを聴いたり、勿論前述のサラリーマンの聖地で仲間と飲酒することもあるのだが、単なる時間つぶしでは全くない。逆に、「個人」に一度戻ってみたいとした「時間」である。

求められているのはこの時代の「人生観」

こうした社会現象は個人化社会から生まれたものだが、求められているのは個々人の「生き方」「働き方」である。
企業運営においてはワークライフバランスをとりながら、リーダーへの求心力が求められる、一方テレワークのようにコロナ禍は逆に「拡散」を進めていくこととなった。それまでは企業の持つ目標を共有するために、職場単位のパーティを行ったり、社内運動会といったイベントを行い「気持ち」を一つにすると、つまり求心力を目指す企業運営が行われてきた。創業者がリーダーでいるソフトバンクやユニクロ、あるいは楽天のような企業はリーダー自身が「求心力」となるが、コロナ禍では「集まること」「心を一つにすること」が不可能となってしまった。冒頭でコロナ禍で失ったのは「温もり」であったと書いたが、企業も社員との温もりを失ったということである。
ワクチン接種を2回済ませても、時間の経過と共に十分な抗体が維持できない場合もあり、3回目の接種が検討されている。つまり、以前のようなビジネススタイルには戻らないということだ。新しい「働き方」、生き方が個々人にも企業にも求められているということである。しかも、AIはどんどん進み、単なる「人手」を必要としない時代がすぐそこまで来ている。

江戸時代成熟した元禄バブルを経て、「浮世」という人生観を手に入れた江戸の人達と同じように、平成から令和の時代においても江戸の浮世のような新しい人生観が求められることとなる。
アニメ「となりのトトロ」における「子供にしか会うことができない不思議な生き物」が何であるのかという「問い」である。またその「子供」は誰なのかという問いでもあるが、『FIRE』と呼ばれるグループなのか、ライフスタイルをより合瓜的に送ろうとする移住する人たちなのか、おそらくもっと自由に合理的に生きようとする人もまた出てくるであろう。
そうした中、サントリーの新浪剛史社長が、「45歳定年制」の導入について提言したことが話題となっている。「定年」という言葉は年功序列制から生まれたものであまり良い表現ではないが、その本質は「このままの働き方では企業も個人も共に成長が望めない」ということに他ならない。

実は江戸時代における「浮世」には「自由な生き方」という人生観が中心となっている。浮世と言うと何かふわふわとしたいい加減な生き方を思い浮かべがちであるが、実は真逆な人生観である。江戸の人たちは「人間一生 物見遊山」と考えていた。生まれてきたのは、あちらこちら見聞を広め、友人を作り死んでいけば良い」とした人生観で、そこには「自由」を楽しむ人生と言うことである。但し、そこにはそうした生き方を貫く覚悟があった。例えば、江戸時代の最大の楽しみはお伊勢参りをはじめとした旅行であった。商家の旦那衆のようにお金を使った豪勢な旅行もあれば、ヒッチハイクのような旅、旅籠で働きながらお金を貯めて旅を続けると言った自由な旅もあった。こうした旅に不可欠なのが「通行手形」で日本全国旅することができた時代である。この通行手形には「私が死んだらありあわせの所に埋めてください、亡骸を送り戻す必要はありません。」と書かれているものが多かった。生きるも死ぬも自分の判断、他人のせいにはしない。「物見遊山という自由な生き方」とはこうした明快な人生観である。
いずれにせよ、令和の時代の「浮世」が求められているということだ。

「温もり」食堂という「生活文化」

最も日常を感じさせてくれるのは「食」である。家計調査の支出を見ても分かるように、長引く巣ごもり生活の「食」は仕事を持つ場合は「デリバリー」を利用したり、子供のいる家庭では3度の食事を作ることに苦労した。当然、冷凍食品やレトルト食品などの利用が加速する。しかも、変化をつけるためにご当地のレトルト食品が人気で都心にあるアンテナショップに多くの人が訪れている。こうした現象は「外食」への規制によるものであるが、それは極めて自然な心理的反応である。
そうした中、巣ごもり生活の一番のヒット商品はホットプレートで、その簡便さと共に「手作り」の楽しさに共感したからである。また、キャンピング人気で使われるキッチン用品も人気だ。100円ショップのダイソーもアウトドア商品が充実されており、手軽に室内のテーブル上で料理できるグッズがよく売れている。特に、ソロキャンプ用のキンチン用品の活用など単身者には好評のようだ。
求められているのが「手作り」の楽しさであり、外食の基本中の基本、外食の存在理由である「温もり料理」であることは間違いない。
一方、コロナ禍によって時短営業や酒類の提供ができないことから「外食」、特にチェーンビジネスは大きな痛手を被っている。回転寿司のスシローのように本業である回転寿司業態の他に駅などでの小型持ち帰り店舗による売り上げが貢献し業績は好調である。こうした好調な外食はマクドナルトを筆頭にごく一部であって、多くのチェーンビジネスは非採算店舗の閉鎖によってなんとか生き延びているのが現状である。

未来塾(44) 下山から見える風景 後半  



ところで「温もり」を感じさせてくれる業態と言えば、なんと言っても家族で切り盛りしているような「食堂」であろう。家庭の味、おふくろの味、なぜか懐かしさを感じてしまうのが食堂である。チェーンストアに押され、特に後継者がいないことからどんどん少なくなっているのが現状である。
そうした中、青森には「100年食堂」と呼ばれる大衆食堂が数多くある。地域の人たちが100年かけて育てた食堂である。店の人たちだけでなく、顧客もまた受け継いで行くもので、そうした感じる「何か」を生活文化と呼ぶ。
実はここ数年沖縄に行っていないが、1990年代後半からは沖縄の街の横丁路地裏歩きを目的に年に数回は訪れていた。そのきっかけになったのは観光客が必ず訪れる牧志公設市場から先、市場本通り奥を歩いた時、2人のお年寄り、おばあおじいの会話を聞いた時であった。まるで会話内容が分からない、単なる方言の分かりにくさでは全く無い外国に来ている感がした。国際通りという観光客向けのお土産通りから一歩路地に入るとそこには「沖縄」があった。その不思議な生活に魅せられた。その不思議さはライブハウスにおける琉球民謡とOldaysというある意味異質な音楽の魅力もあって那覇を中心に北は嘉手納、南は糸満。観光の島であることから一通りの観光地にも行ってみた。その観光地も沖縄らしさがあって北は巨大なジンベエサメのいる美ら海水族館、南は琉球の創世神話に登場する「斎場御嶽(せーふぁうたき)」のように奇妙な観光地にも興味があった。
しかし、中でも一番こころ動かされたのは沖縄の「食」であった。その食は至る所にある「食堂」で、沖縄の人たちの胃袋を満たしていた。都市にある天ぷらやうなぎ、あるいはとんかつといった専門店はほとんどなく、食堂には沖縄そばをはじめゴーヤなどのチャンプルー類といった炒め物があって、どの店にも必ず「ポークたまご」というメニューがあった。その多くは焼いたSPAMと目玉焼きといった単純なものである。中でも「ちゃんぽん」というメニューがあって、勿論長崎ちゃんぽんではなく、SPAMの入った野菜炒めを沖縄そばのスープで蒸し煮したものに卵をとじた物をライスに載せたものである。一時期このちゃんぽんを食べ歩いたが、ある時ふと思ったのは食堂は沖縄のファストフードなのだと。行列など全くしない沖縄人の気質に沿った早い、うまい、安い、しかも米軍文化をも取り入れたまさにゴチャ混ぜ文化、チャンプルー文化の象徴であると変な納得をしたことがあった。

そして、その生活文化の中心には必ず「あるもの」がある。それは使命感であり、それまで精進してきたこだわりで、もう少しビジネス的に言うならば、ポリシーとコンセプトということになる。使命感やこだわりは必ず「表」に出てくるものである。いや、表に出てこないものには使命感もこだわりもないということだ。「外見」は一番外側の「中身」であり、それは一つの「スタイル」となって、私たちに迫ってくる筈である。
「文化」は極めて感覚的な言葉である。ある人にとっては感じ取れるが、別の人にとっては異なる。そんな「感覚」が長く続いていくが、継承されていくには様式化されていくことが必要となる。
そんな様式化された「食」の一つが幕の内弁当であろう。江戸時代の芝居文化から生まれたと言われているが、コロナ禍の初期東京歌舞伎座前の弁当店「木挽町辨松」が152年の歴史を閉じ廃業したことが話題となった。これも芝居観劇には欠かせない、芝居好きが育てた一つの「様式」「スタイル」として続いたものである。
コロナ禍の1年8ヶ月は間違いなくこの「文化」を思い起こさせるものと考える。それは温もりを感じさせてくれるメニューであり、スタイルであり、それまでの「日常」を想起させてくれるものだ。

「旬」への気づき

そして、文化と共に気付かされるのが久方忘れていた季節・旬であろう。日常の取り戻しの第一歩は季節であり、旬である。人と人との距離だけでなく、コロナウイルスによって季節との距離もまた大きく遠ざかってしまった。
本来二十四節気は中国の暦であるが、日本ではそうした旧暦は既に暦としてはないが、ある意味季節を感じさせてくれる「季語」のような役割を果たしてくれている。そして、季節の気候に即して、土用、八十八夜、入梅、半夏生、二百十日などの「雑節」と呼ばれる季節の区分けを取り入れた。このように季節と生活とが一体となった生活歳時が行われてきた。こうした歳時が残っているのは京都が代表的な街であるが、地方にもこうした歳時は前述の季節の地産地消「津軽百年食堂」にも当てはまる。

これからの消費行動を考えていくと、この季節・旬を求めたものとなるが、まずは「過去」の消費を辿ることから始まるであろう。思い出消費としての旬である。周知のように季節の境目がなくなり、「旬」が」いつであったか思い出す時代となった。更に、物流を始め冷凍あるいは冷蔵技術の発達によって、1年中旬を体感できるようになった。ある意味「旬」は思い出の中にしか存在しなくなっている。その思い出を辿ることができるのは「老舗」である。つまり、「文化食」ということになる。

思い出を辿る旅

緊急事態宣言解除によってこれ方したことは何かと多くの調査が行われているが、この1年8ヶ月失ってしまった旅行と人に会いにいくと6割状が人が答えている。ワクチン接種も2回済ませた人も60%になり、Gotoトラベルなど支援をしなくても若い世代もシニア世代も旅行の目的や内容は異なるものの「旅」へと向かう。江戸時代の旅は通行手形を必要としたが、コロナ禍においてはワクチン接種書と陰性証明書となる。
この1年8ヶ月会いたくても会えなかった両親や父母、あるいは仲間との出会いの旅、故郷を訪ねる旅が始まる。勿論、「温もり」を求めての旅であるが、実は1年8ヶ月という「過去」を辿る旅である。恐らく大きくは「思い出」を辿る旅がこれから始まる。
これから始まる旅は100人いれば100の旅がある。登山・下山という視座で旅行を見ていくと、若い世代にとっての思い出旅行は新しい、面白い、珍しい旅行、そんな登山の旅行となる。シニア世代の場合はどうかと言えば下山の旅行、私の言葉で言えば「人生旅行」となる。

若い世代、その象徴としてミレニアム世代をあげたが、感染症の専門家あるいは行政もマスメディア特にTVメディアは間違った理解をしてきた。1年以上前から指摘をしてきたので繰り返し書くことはしないが、今回の急激な感染者の減少にも大きく関わっていると考えている。多くの感染症専門家もこの減少理由をまともに答えることができないでいる。9月28日のブログで次のようにその減少理由を書いた。

『今回の第五波においては「8月上旬感染者数が5000人を超え、入院できない状態、自宅療養者が急増、入院すらできない状態」というシグナルによって強く「行動の自制」が働いた結果であると。もう一つの理由があるとすれば、高齢者へのワクチン接種効果により感染者が減少しているという事実であろう。つまり、生活者・個人はこれまで1年8ヶ月の学習から明確に行動を抑制したり、緩めたりしているということだ。つまり「シグナル」に反応してハンマー&ダンスを自身で行った結果であるということである。』

その生活者・個人の中心にはこの若い世代、ミレニアム世代も含まれている。リスクある行動を強く「自制」に向かわせた証拠としてお盆以降渋谷や新宿歌舞伎町の「路上飲み」は無くなっていく。その後東京都は予約無しでもワクチン摂取ができるとし先着順という考えられない計画を実施する。結果、深夜から並ぶ若者が出る始末。翌日は抽選方式に変更するのだが、隣の駅の原宿にまで行列が続く。・・・・・こうした若い世代の行動に対し、誰一人まともなコメントをする人物・メディアはいない。
さて本題に戻るが、「新しい、面白い、珍しい旅行」に向かうと書いたが、私の言葉で表現するならば、「都市観光」旅行となる。宣言が解除され「東京」いう街は動き始める。そこには「変化」が次々と起こるであろう、その変化を求めての旅である。友人・仲間を連れ立って街へと出かけるのだ。その中には昭和レトロな喫茶店でクリームソーダを飲むこともあるだろう。おしゃれ欲求も動き始め、やっとファッション関連商品の消費も活況を見せるであろう。オンライン授業から以前のような対面授業も始まり、同時にアルバイトにも精を出すであろう。ミレニアム世代は草食世代と揶揄された世代である。情報にも精通し、注意深く社会を見るであろう。つまりリスクある行動はこれからもとらないということだ。これが登山途中の若い世代のハンマー&ダンスであり、「日常」の取り戻しである。

未来塾(44) 下山から見える風景 後半  



さてシニア世代の旅を「人生旅行」と呼んだ。今一度下山途中の尾根からこれまでの登山を振り返る、そんな旅行である。シニア世代がよく聞いた歌手井上陽水に「人生が二度あれば」という曲がある。亡き父を想い「次なる人生を楽しんでもらいたかった」とする曲である。二度目の人生を送ることはできないが、記憶を辿り追来県する旅もある。ある意味、人生を振り返り追想するする旅である。やり残したことはないか、少しでもこれからできることはないか、と考える修行の旅と言えなくはない。
ところで周知のように厳しい修行を行うことで功徳を得るとされる修験道によって開かれている四国遍路。空海の修行の足跡を巡る巡礼の旅には10万人とも20万人とも言われ、そのうち歩き遍路が約5~6千人、マイカーが約3万人から4万人、残りの11万人ほどが巡拝バスによると推測されている。若い時代と比べ体力は落ち自由奔放に動くことはできないが、少なくとも思い出旅行はできる。65歳以上の高齢者のワクチン摂取率が報告されているが、9月末現在2回目の接種済みはどの地域も90%前後で、東京都の場合は86.82%である。「自制」を解き、慎重に旅へと向かう。
この世代の特徴は小学校の時に体験した給食世代と言われるように、「空腹」を実感してきたことから「食」への執着は大きい。そうしたことから「食」の思い出を辿ることとなる。まずは近くにある馴染みの「食堂」に足が向かうであろう。

夢中になれた時代

「昭和」という時代を一言で語るとすれば、それは夢中になれた時代であったと言えよう。その夢中さとは生きることに必死であった。「何」も持たない荒廃した日本もまた生きるに必死であった。なかでもエネルギー源を持たない日本にとって石油メジャーが支配する産油国とのパイプを作ることはまさに必死であった。昭和28年出光は石油を国有化し英国と抗争中のイランへ日章丸を極秘裏に差し向けガソリン、軽油約2万2千キロℓを輸入する。後に日章丸事件と呼ばれるように画期的なことであった。
今回取り上げたホンダは創業者本田宗一郎はまだ創業8年バイクの販売で急成長している時のインタビューで次のように答えていた。
「乏しい金を有効に活かすためには、まず何より、時を稼ぐこと」「うちのセールスマンは、給料を出さないお客さんなんです。このセールスマンを育てるには、品物を育てなければならぬということです」「エンジン屋はエンジンばかり、オートバイ屋だからおまえはオートバイしかできないというような考え方が、そもそも間違っているんだ」と。(「東洋経済新報」1954年11月13日号より)
まさに「物づくり日本」の原点・ポリシーを語っている。その後のホンダの成長は周知の通りである。前述のように国産ジェット機の開発販売という「夢」は今もなお継承されているということだ。成長と共に、人も増え、組織も複雑化する。更に技術革新という専門化が進み、しかも創造性が全てに問われる時代となった。そんな転換期にあって、ホンダには「となりのトトロ」における「子供にしか会うことができない不思議な生き物トトロ」が住んでいるということだ。

つまり、「トトロ」は今もなお生きているということである。少し飛躍してしまうが、コロナ禍によって苦しんでいる多くの企業、いや生活者・個人にもトトロはいるということである。作詞家阿久悠は「心が無いとわかってしまうと、とても恐くて、新しいモラルや生き方を歌い上げることはできない」と語り歌づくりを断念したが、「昭和」に住むトトロは世代を超えて、企業に、街に、生活者のこころの中に脈々と住み続けている。今回のコロナ危機はそうしたトトロの存在を広く表舞台へと浮かび上がらせてくれた。










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Posted by ヒット商品応援団 at 10:47│Comments(0)新市場創造
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