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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2018年12月02日

未来塾(35)「賑わい再考」(1)前半 

ヒット商品応援団日記No725(毎週更新) 2018.12.2.

今回の未来塾は東京もそうであるが、都市中心部の再開発の裏側で起こっている「変化」についてである。それは、私が今まで横丁路地裏に新しい「何か」が生まれていると指摘した変化で、一つの街の「かたち」が出来上がりつつある。具体的には大阪人であれば知ってはいる街で、大阪の中心地空掘(からほり)と梅田裏北西方向に15分ほど歩いた中崎町について3回(前半・中盤・後半)にわたるレポートである。


消費税10%時代の迎え方(4)

にぎわい再考

その良き事例から学ぶ(2)<前半>

大阪空掘(からほり)・梅田裏中崎町、

小さなにぎわいが新たな街を創る


1昨年から未来塾で続けて取り上げたのは地域としては大阪であった。それは時代の変化を最も良く映し出しているからであった。その変化の第一は周知の訪日観光客よるもので、大阪の「街の風景」が一変した。道頓堀を始め、なんばは道具屋筋から黒門市場まで、訪日外国人の波が押し寄せていた。その波は大坂城から再生した通天閣・ジャンジャン横丁といった観光地は勿論のことであった。
もう一つの変化は大阪の中心梅田の変貌で、大きく人の流れが一変したことであろう。周知のように梅田はJRや私鉄が集まる中心街であり、その核となる大阪駅の改装に伴う駅ビル・ルクアの伊勢丹撤退跡の変化である。ルクアイーレという専門店街と共に、地下の飲食街・バルチカと、同じ阪急梅田駅地下の阪急三番街に誕生した巨大フードコートによって、人の「流れ」が一変した。
今回の未来塾は東京もそうであるが、都市中心部の再開発の裏側で起こっている「変化」についてである。それは、私が今まで横丁路地裏に新しい「何か」が生まれていると指摘した変化で、一つの街の「かたち」が出来上がりつつある。具体的には大阪人であれば知ってはいる街で、大阪の中心地空掘(からほり)と梅田裏北西方向に15分ほど歩いた中崎町について観察したレポートである。
そこには戦災に会わずに古い古民家や長屋が残っていて、そうした建築を再生して新たなビジネスが生まれている。人を惹きつける一軒の店から始まり、点が線になり、そして面になり、そこに新たな「賑わい」が生まれてきている、訪日外国人による賑わい、大阪梅田といった巨大ターミナルにおける賑わい、そうした変化とは少し異なるある種「静かな賑わい」である。その主人公は若い世代。しかも女性たちによる賑わいで、それら賑わいの理由をまとめたレポートである。

古い街から、おしゃれなレトロな街へ

空掘(からほり)といっても大阪人以外にはまるで知らない街であろう。掘という地名に表れているように、大阪城に張り巡らされた三の丸の外堀である南惣構堀(みなみそうがまえぼり)があったところで、水のない空の堀であったことから空堀という名前になったとのこと。この空掘は1945年(昭和20年)の大阪大空襲では奇跡的に焼失を免れ、大阪の中心部でありながら昔ながらの長屋などが残り、狭い路地が複雑にめぐっている街である。ちょうど東京の上野裏にあたる谷根千(谷中、根津、千駄木)が空襲を免れたのとよく似ている、そんな古い街である。この空掘の中心には、松屋町筋から谷町六丁目、上町筋までの約東西800メートルに空堀商店街がある。NHKのブラタモリのロケ候補地に選ばれ、映画『プリンセス・トヨトミ』のロケ地にもなる、そんな昭和の匂いのするレトロな街である。

住民のための日常商店街

大阪の商店街と言うとまず真っ先に思い浮かべるのが天神橋筋商店街となる。南北2.6キロにわたり商店の数も600店という日本一長い商店街で、例えば大阪名物のたこ焼きも一味違ったたこ焼きを食べさせる「うまい屋」や、お好み焼きであれば名店「千草」がある。空堀商店街はそうした特徴のある商店街ではない。地元住民の日常生活に必要なドラッグストアやスーパー、定食屋、酒屋、豆腐屋、乾物屋、和菓子屋、パン屋といった業種の商店が軒先を連ねている。









実は空掘と呼ばれている地域は西の松屋町筋から東に向かって、空堀商店街、はいからほり商店街、空堀どーり商店街の3つで構成されている。この3つの商店街のどこに若い世代、特に女性たちを惹きつけるものがあるのか、歩いてわかったことだが、街の変化の芽が出てきていることがわかる。
この3つの商店街のほとんどは周辺住民の日常生活を支えている古い商店ばかりである。この商店街の特徴は昭和の時代を感じさせる商店ばかりで、ある意味どこにでもある商店街である。実はなだらかな坂の商店街になっていて堀のあった時代を感じさせる。平日の昼に歩いたので未だ活気を見せてはいなかったが、シャッター通り化してはいない、地元住民の需要に応えた商売をしていることがわかる。

新しい風が吹き始めている

大阪の友人から新しい変化の芽が空掘に起きていると聞いたのだが、ビジネスで大阪には新幹線で日常的に通っていたが、空掘という地名は聞いたことが無かった。その空掘に新しい芽が出始めていると。それは3つの商店街の北側と南側の古い長屋やアパート、あるいは住居をリノベーションした店舗が生まれ、若い世代、しかも女性たちが集まり始めているということであった。
実際に歩いて観察したのだが、3つのリノベーションした建物を核にまだまばら状態ではあるが小さなカフェや雑貨店、古着ハウスが点在していた。実は空堀界隈の長屋の保存・再生する会社「長屋すとっくばんくねっとわーく企業組合」によるプロジェクトであった。

再生は「惣(そう)」から始まる

実は古い長屋の再生は結構古くから始まり、2002年(平成14年)築90年を超す長屋2件を5つの店舗にした 長屋再生複合ショップ「惣(そう)」が誕生する。
この「惣」の由来は江戸時代の大坂の「町衆」の自治組織を意味しているとのこと。後に法人となる「からほり倶楽部」がプロデュースした複合施設であるが、そのポリシーにもあるが、「空掘のまちが好きな人たち」によって誕生したとのこと。これもちょうど東京上野裏の谷根千が4人の主婦による地域雑誌を創刊した時の理念と全く同じものであった。4人の主婦の考えに共感した住職を始め谷中ぎんざ商店街のメンバーが集まり、結果一大観光地になったことは周知のとおりである。
この「惣」が先駆けとなって練、萌へとつながっていく。現在は北と南の2つの長屋には飲食店や雑貨店など10店舗が入った複合商業施設である。1階奥には雑貨カフェがあり若い女性が喜びそうな店舗となっている。他にもリサイクル着物や美容室、更に夜になればレトロな空間の中で酒を楽しむバーもある。どの店も数坪の店で全てが手作り感溢れる店となっている。

空堀文化の拠点「萌(ほう)」

工場兼住宅をリノベーションして2004年誕生したのが複合文化施設「萌(ほう)」である。どの街にも歴史はある。そして、空堀にもそれらの痕跡となる多くの史跡が残されている。直木三十五の文学碑や近松門左衛門の墓など、そうした町民文化を残し、人々が集い、語り合い、共有できる拠点を目指すとのこと。
商業施設萌には小さなカフェを始め銭湯をコンセプトにした「橋の湯食堂」、シェアオフィス、手作りコサージュなどの雑貨店など、そして直木賞という名を残している作家直木三十五記念館などが入っている。









東京谷根千にも森鴎外記念館を始め、朝倉彫塑館、浮世絵を展示している寺町美術館、谷中レッドハウス ボタンギャラリー、江戸時代の時計を集めた時計博物館など、散策するシニアは多い。疲れたら後に詳しく書くが、1955年築の木造アパート「萩荘」をリノベーションしたHAGISOのカフェで一休みするというのが一つのコースになっている。「萌」も規模は小さいが同じコンセプトである。

お屋敷再生複合ショップ「練(れん)」

3つ目の再生施設は松屋町駅近くのお屋敷再生複合ショップ「練(れん)」である。その屋敷の原型は江戸時代のもので、明治維新、大阪大空襲、高度経済成長と、激動の時代を生き抜いてきた屋敷は登録有形文化財に登録されている。この練の歴史は古く、江戸時代の「小森家住宅」で、小森家の稼業は晒蝋(ロウ)の製造を営んでいたと記録がある。明治以降、いくつかの古い屋敷の移築などが行われきたと案内パンフレットには書かれている。戦後においても芦屋の別荘を移築した元病院のお屋敷と蔵をリノベーションしたように多くの時の変化の痕跡を残した建物になっている。






1階と2階には15のショップが入っており、カフェを始めとした飲食店や、手作り雑貨のショップなど他にはない店が古いレトロな空間に収まっている。やはりここでもカフェが人気で数人の行列が見られてはいるが、歴史を強く感じさせる空間にあっては行列という風景は練にとってはそぐわないことは事実であろう。
こうした再生ショップの他にも若い世代、女性を惹きつけるショップも空掘商店街の特に北側には点在している。洋服を含めた雑貨ショップや飲食店である。勿論、古い民家をリノベーションしたショップである。
空堀商店街についてなだらかな坂の商店街であると書いたが、どちらかというと商店街はいわば台地にあって、北側と南側へは急な坂道になって下っている。特に、南側の住宅へは坂道は急で、長屋などの再生を果たしたとしてもショップを散策がてらに回遊するには少々負担がある、空掘はそんな地形のエリアである。

















そうした空掘の街に中心となっている商店街にも新しい変化が起き始めている。その第一は数年前大阪に「カレーブーム」が起きて東京にもその情報が届いていたことがあった。その中の1店であると思うが、独自なスパイスで若い世代を虜にした「旧ヤム邸」というカレー専門店が空堀商店街の中ほどにある。出店した理由は定かではないが、若い世代を顧客として考え、空掘の再生ショップを訪れるような環境立地は良いと考えてのことだと思う。そのことは店の店頭写真を見てもわかるように古い店舗をリノベーションしたレトロ感溢れる世界を表現している。OLD NEW、古が新しいとする世界は若い世代にとって経験したことのない「新しさ」を感じる世界であるという良き事例である。このことは5年ほど前に未来塾にも書き指摘したことだが、若い世代の人気スポットとなった東京吉祥寺ハーモニカ横丁の賑わいを見れば理解できることと思う。OLD NEWは都市部の若い世代にとって、無くてはならないオシャレなセンスになったということである。
これは仮説ではあるが、「インスタ映え」というキーワードが時代のキーワードになっている。このインスタ映えには、「自分を見て欲しい」という表現欲求と共に、「遠い過去」から見つめられたい、古の眼差しを感じたい、とした欲求があると考えている。前者はバラバラになった個人化社会における承認欲求があり、後者には古に「癒し」とか「温もり」、あるいは時代を超えた「人間」を感じ取りたい、そんな言葉にはならない感情を持って空掘の再生施設を訪れていると考えている。勿論、足りない点はいくつもあるが、こうした「文化」を核とした町おこしは多くの時間を必要とする。そして、次の観察地である中崎町を比較するとその足りない点も明確になる。(続く)


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Posted by ヒット商品応援団 at 13:41│Comments(0)新市場創造
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