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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2017年07月30日

「やりすぎ」戦略の意味 

ヒット商品応援団日記No683(毎週更新) 2017.7.30.

本来であれば夏休みの消費動向を書くのだが、前号の「バブルから学ぶ」に時間を取られてしまい遅くなってしまった。ただ急いで書くほどの注目すべき点はほとんどない。この1年”デフレが日常化した”と書いたように、この夏も賢明な消費、遊び方となっている。安近短、しかも費用面でもやり繰り算段の上での楽しみ方である。やり繰り算段と言ってもお金を使わないわけではない。東京ディズニーリゾートが苦戦する中で、値上げをしてもなお大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)は相変わらず好調である。
顧客がファミリーが喜ぶことなら「ここまでやるか」と、任天堂をはじめ多くのキャラクターとのコラボレーション満載である。昨年11月USJ復活の象徴として、「水鉄砲遊び」に着目したことがあった。あまりお金をかけずにできるアトラクションで、子供たちにとって遊びに参加できる最高の未体験時間である。昨年まではステージでのショーであったが、今年からはヴァージョンアップして園内をサプライズパレード(ミニオン・パレード)することになったようだ。この他にもあまりお金をかけずに「楽しませるアイディア」に溢れており、ホラースタイルのハロウィンイベントなどもそうした事例である。今年のUSJのニュースリリースには自らのコンセプトを「やり過ぎエンターテイメント」と発表している。

前号の「バブルから学ぶ」を読んで頂ければ理解いただけると思うが、バブル期には今まで無かった<新しさ>、未来に繋がる<芽>が誕生しており、その時代背景には過去や既成からの「自由」があったと指摘をした。この自由とは「憂き世」ではなく、文字通り「浮き世」という心踊る時代の空気感が横溢していたという意味合いである。USJにはこの自由な発想があり、ディズニー物語に忠実な東京ディズニーリゾートとはある意味真逆な方針である。そして、自ら「やりすぎ」  と呼んでいるように、顧客に喜んでもらおうと、とことん、そこまでやるか、その旺盛なサービス精神の結果が好調さの背景にある。よくよく考えれば、バブル期の象徴であるディスコ・マハラジャの誕生の地も大阪であった。

「やりすぎ」を別な表現をするとすれば、「こだわり」であったり、さらに言えばオタクに繋がる世界と言っても良い。以前、テーマから学ぶシリーズの中で競争市場下におけるコンセプトをどうすべきかという課題に対し、<「差分」が生み出す第3の世界>を次のように分析をしたことがある。

1、面白がり・ゲーム感覚を売り物にした「差」創り ex迷路店
2、問題点こそ新たな解決の入り口とする「差」の創り方 ex狭小店
3、オタクが求めるような「際立った」「ここだけ」「この時だけ」という明確な「差」創り exオンリーワン
4、「まさか」という意外性を売り物とした「差」創り ex超デカ盛り店
5、一番重要なことは人による「差」創り ex看板娘

上記1の「面白がり」についていうならば、今までであれば「隠れ家」であった店を更に面白がるために「迷い店」にしてしまう、そんな「やりすぎ」である。こうして創られた「差」の大きさがその後のビジネスの明暗を分けるとも書いた。まさにUSJの好調さは「差」の大きさを物語って入る。そして、この「差」は実は意外に足元に日常にも潜んでいることに消費者は気づき始めた。そうしたことからここ2年ほど前から街場の人気店を取り上げてきたわけである。もちろん、「孤独のグルメ」人気もそうした延長にあることは言うまでもない。

この「やりすぎ」 はここ数年ネット上のSNSなどで見られる過剰・過激な自己表現やヤラセとは根本的に異なるものであることは言わずもがなである。過剰な情報が行き交う中で、どれだけ「目立つ」か、「人気者になる」か、それらは全て自らのためであり、そうした利己主義とは真逆のことである。停滞する消費にあって、顧客に対しどれだけ「意味ある目立ち方」をするのかという競争である。
2008年のリーマンショック以降の競争市場にあって、「差」をどう創っていくか、そのキーワードが「わけあり」であった。そして、デフレ消費経済のキーワードであったことは周知の通りである。この消費傾向の推移を図式化するとすれば以下のように推測される。

Phase1;低価格・合理的消費による訳あり生活
Phase2;低価格を前提としたデフレを楽しむ生活
Phase3;     ?

現在はPhase2であるが、この「やりすぎ」というキーワードに即していうならば、「やりすぎ」もまた遊び・楽しむ消費世界ということである。”ここまでやるか”というコミュニケーションであり、それは単なる安さや合理性だけではない。つまり、「やりすぎ」物語のことであり、その物語が楽しめるかどうかである。少し俯瞰的に見ていくならば、それは「文化」ということになる。USJの「やりすぎ」は、商都大阪という商いの文化が背景にあり、この商い文化の基本はコミュニケーションである。例えば、大分少なくなっているが、店頭価格の表示はあっても、顧客は”もう少しまからんか”と言い、店側も”勘弁して~な”と返す、いわゆる「値切り文化」である。つまり、一方的なコミュニケーションではなく、「対話」「会話」によって成立する商いである。結果、値切ることができなくても商いは成立する、そうした会話のやり取りを楽しむコミュニケーション文化である。くたくたになるまで楽しんで帰ってもらう、そんな<やりすぎ>文化がUSJにはあるということである。

そして、「やりすぎ」によって何が見え、拓けてくるかである。USJのミリオンパレードは元々アトラクションまでの待ち時間を有効に楽しんでもらうことを目的とした水鉄砲遊びであった。大人たちにとっては子供の頃の水かけっこ遊びであるが、今の子供達にとってはそんな場所はほとんどない。せいぜい噴水や水辺のある公園ぐらいで、場所は限られている。思いっきり、ミリオンスタッフに水をかけたりかけられたりして遊ぶ、ある意味レトロな遊びである。かなり前になるが、着眼としては電子ベーゴマ「ベイブレード」の大ヒットを思い起こさせる。勿論、このUSJの水鉄砲遊びは無料で、夏の一大アトラクションメニューになったということである。

「やりすぎ」とは、既にあるもの、過去あったもの、それらをアイディアを持って新しくつくり直すことである。アイディアにやりすぎはない。USJもオープン当初あった西部劇をテーマとしたアトラクションは今はない。失敗は必ずあるが、めげずに「やりすぎ」を続けることによって、「ミリオンパレード」のようなヒット作は生まれる。
やりすぎであれば顧客の満足がどこにどの程度あるのか、本当に喜んでくれているのか、必ず見えてくる。中途半端こそ全てを見えなくさせる原因となる。テストだから、チョットだけやってみようということでは顧客の満足度はわからない。Phase2という「今」の消費傾向を把握するには「やりすぎ」は不可欠であるといことだ。(続く)

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タグ :やりすぎ

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