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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2010年05月09日

過剰な関係消費

ヒット商品応援団日記No465(毎週2回更新)  2010.5.8.

前回、だよね世代、草食世代についてその消費価値観について書いた。1年前から折に触れて書いてきたが、どうにも気になって仕方がないからである。その気がかりとは、まるで欲望を失ってしまったかのように、車、ブランド、上昇志向、あるいは政治、多くの「離れ現象」が至る所に見られ、内向きになっているからである。消費は所得の関数であり、現状はと言えば1980年代半ばの所得に戻ったということである。私のような団塊世代にとっては「後ろに過去に戻った」という受け止め方であるが、だよね世代にとってそうした過去の推移は無く、「ただただ後退しているだけ」という感覚である。物心がつく幼い頃から、欲望をコントロールする術を本能的に持ってしまったと思う。
バブル崩壊後の就職氷河期世代をロストジェネレーションと呼んできた。一昨年のリーマンショックによって第二次就職氷河期を迎えている。最近では失われた10年ではなく、20年と言われているが、まさに「だよね世代」はロストジェネレーションの申し子であると言えよう。ロストの意味は、失ったという意味と共に、行き場の無い、迷子、という意味も含まれている。迷子にならないように、だよね世代はひたすらつながりを求めているという現実がある。

以前KY語の意味合いについて、私は次のように書いたことがあった。
ある社会集団が一つの制度として取り決めた「しるしと意味の組み合わせ」のことだ。この「しるし」と「意味」との間には自然的関係、内在的関係はない。例えば、CB(超微妙)というKY語を見れば歴然である。仲間内でそのように取り決めただけである。つまり、記号の本質は「あいまい」というより、一種の「でたらめさ」と言った方が分かりやすい。
勿論、内側にいる友達にとってはでたらめではない。しかし、互いに理解を求めることではなく、つながっていることを確認し合う記号であり、その象徴的な言葉が「だよね」である。

以前、キョロキョロ消費というキーワードを使って、日本人が周り(外側世界)ばかりを気にする特性を持っていることをブログに書いたことがあった。だよね世代はまさに周り(小さな友達村)を気にし、そこから抜け出た、突出した行動・消費は行わない。勿論、つながりを第一義としているからである。結果、普通、標準、みんなと一緒。しかも、後退ばかりの経験しか実感していないことから、安いものしか購入しない。新人サラリーマンについて良く言われるように、飲み会なども極力参加せず、真直ぐ自宅に帰り好きな趣味や友達とのメール交換に時間を費やす。もともとアルコールは嫌いであるが、居酒屋ではなく、コンビニで第三のビールを買って自宅で飲む、そのようなライフスタイルである。

過剰なのは、こうした人と人との関係、つながりにある。過剰関係と表現した方がふさわしいが、これを可能にしたのがケータイ、デジタル化によってである。10年ほど前にスイッチ族という言葉が流行ったが、スイッチ一つで全てが進んでいく生活環境についてである。そのスイッチの裏側はブラックボックス化していて覗き込むことは出来ない。そうした日常が至極当たり前となって育ってきた代表がだよね世代である。極論ではあるが、電池の寿命は気にするが、どんなシステムとなっているのか、その独自性の裏側に潜む技術世界は気にしない。本格、本物といった物へのこだわりとか、手技ならではの深みなどといったアナログ世界とは無縁である。当然、物欲が枯渇しているように見え、みんなと一緒の普通が一番といった消費となる。図式化すると、最大消費は通信費となり、しっかりと貯蓄もする。わずかに残った範囲内で被服や食をまかなう。牛丼とコンビニ弁当、ユニクロで十分ということである。

ただただ後退し続ける世界を目の当たりにし、動きようも無いといった醒めた心理は分からないでもない。そして、恐らくこうした一種閉ざされた小さな友達村において流通する情報も内部流通という意味で均質化してしまっていると思う。彼らが使うキーワードに「リア充」がある。リアル(=現実生活)が充実しているという意味合いで使われ、サークル(趣味)や恋人との時間、ゼミ(仕事)、こうしたことが充実し、手帳が埋まっていることを指すらしい。前回ブログにも書いたが、一人で学食で食べているいるところを周りに見られたくない、そんな心理とつながっている。一人でいること、孤独が何よりも不安で恐いと感じている世代だ。

しかし、リア充は充実などとはかけ離れたものである。今年の3月末時点で就職が決まらない大卒・高卒者は20%に及んでいる。こうした第二次就職氷河期とは、リーマンショック以降日本の産業構造が転換し始めていることの証左である。寺島実郎氏は「アジアのダイナミズムと内向する日本」(「世界」5月号/岩波書店)というテーマで次のように日本の構造変化を指摘している。

『今、日本はアジアのダイナミズムに突き上げられ、かつ支えられつつある。この微妙な力学を冷静に認識すべきである。・・・・・例えば、昨年の日本の貿易収支を見てみよう。全体で二・八兆円輸出超過となったが、韓国への輸出超過は二・四兆円、台湾には一・七兆円、香港には二・九兆円となっており、とくに、韓国・台湾は日本製の部品(中間財)を輸入し、それを最終製品に組み入れて外貨を稼ぐ経済構造になっている。
日本こそアジアの「ネットワーク型発展」の受益者でもあり、それを促している推進基点でもあるのだ。昨年の日本の米国への輸出超過は三・二兆円と前年比で半減、大中華圏(中国、香港、台湾、シンガポール)と韓国を合計した輸出超過の七・一兆円が日本の外貨獲得の支柱である。相互補完性を認識し、この構造の中での日本産業の次なる展開を構想することが肝要なのである。』

つまり仕事の関係・場が、米国から東アジア、東南アジアへと変化してきたということである。大企業ばかりでなく中小企業も、製造業ばかりかサービス業も、一斉にこうした地域へと既に移動している。日本国内にはマザーファクトリーや研究開発といった部門や本社機能のみとなり、後は全てこうした現地の人達との共同ビジネスとなる。例えば、サントリーに入社しても来月には中国のビール工場勤務といったことは日常となる。外食産業もしかりである。外側の世界、異なる文化の人達、特にアジアの人達とビジネス共有することが不可避になったということである。異なる価値観が衝突し、対立することもある。しかし、それらを含めたものがリア充となり、ケータイに入力されたアドレスは友人からビジネスパートナーに変わる。つながりは対話による相互理解・相互信頼へと進化していく。その時、だよね世代の消費も初めて特徴をもって出現する。(続く)

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Posted by ヒット商品応援団 at 13:40│Comments(0)新市場創造
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