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ヒット商品応援団
「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

2016年02月07日

マツコ・デラックスと林修

ヒット商品応援団日記No636(毎週更新) 2016.2.7.

私の場合熱心なTV番組フアンではないが、それでもながら視聴にも関わらず幾つかの傾向にあることに気づかされる。まず、その第一はテレビ朝日の「ちい散歩」が火付け役となった「散歩ブーム」である。2006年から始まった関東ローカルの番組で、視聴されにくい朝10時台の時間帯にもかかわらず、地井武男の人柄の良さもあって10%近い視聴率を取るヒット番組となった。番組ごとにテーマはあるものの、番組全体に通底しているのが「昭和の散歩」であった。以降、民放各局は「散歩」をテーマに、街場のグルメなどを組み合わせた同様の番組を展開することとなる。鉄道の沿線、地下鉄沿線、さらには路線バスの沿線、といった具合に。そして、「ちい散歩」から生まれた「散歩の達人」が他の分野においても多くの達人を生むことへと繋がっていく。

こうした街歩き、散歩は地井武男のような俳優・タレントを中心に番組が構成されていくが、視聴者の興味を喚起するものは「未だ知らない世界」があるということである。街場の人気飲食店を始め、伝統工芸の職人であったり、懐かしいおもちゃ屋や駄菓子店であったり、そこには知らない技や商品があり、必ず「達人」がいる、そんな「知らない世界」をテーマとした番組である。
私は10数年前に表通りから横丁、路地裏に「未知」があり、生活者の興味関心事は「裏の時代」に向かっているとブログに書いたことがあった。それは同時に表メニューから賄いから始まった裏メニューへの興味でもあり、都市が表であれば、地方は裏であり、未知を求めた「旅」が始まると。こうした傾向は「食」であればB1グランプリのような催事イベントへと繋がり、さらには未来塾でも取り上げた迷い店やまさか店のように、裏の裏のような未知なる店が評判になっていく。表舞台をその主要業務としてきたことにより、遅れに遅れたTV業界も、やっと数年前から裏側にあるテーマ世界を番組へと取り上げる傾向を見せ始めた。

こうした傾向で成功したのが、TBS の「マツコの知らない世界」(毎週火曜夜9時~)である。情報バラエティ番組であるが、毎回テーマに基づいたゲストとのトーク番組で、マツコの軽妙で時に毒のあるコメントやツッコミが「知らない世界」を際立たせるという番組である。毎回10%前後の視聴率を稼ぎ、昨年放送されたスペシャル版は番組最高の視聴率14.5%を記録している。
テーマによってゲストは毎回異なるが、「冬アイスの世界」あるいは「カレーうどんの世界」と言った身近にある一種マイナーな世界をテーマとしている。食だけでなく、例えば「図鑑の世界」といった世界まで幅広く裏にある見過ごしがちな知らない世界を取り上げている。そして、特徴的なことはゲストの多くが「素人」であり、そのテーマの「達人」である点にある。私の言葉で言うと、達人とは「オタク」のことで、その道に他を寄せ付けないほどの「思い入れ深い」人物のことである。そして、「マツコの知らない世界」だけでなく、「夜の巷を徘徊する」(テレビ朝日系)や「マツコ会議」(日本テレビ系)、ともにマツコが、オタクではないが、素人とのトークを楽しむ番組となっている。

また、キャラクターは異なるが、テレビ朝日系列で放送されている「林修の今でしょ!講座」も同様の常識を裏切る知らない世界をテーマにした番組である。例えば、「科学的調理法」の紹介では料理の常識をものの見事に裏切る作り方・レシピで、視聴者はすぐ取り入れ作って食べることができるとして人気の番組となっている。この番組ではゲストとしては素人・オタクだけではなく、プロの料理人によるものもあり、例えば昨年9月に放映されたカレーライスではフレンチのシェフ・水島弘史さんがすすめる、科学的にも理にかなった裏技、美味しいカレーの作り方が放映され評判を呼んだ。こうしたカレーライスをプロの味にする裏技レシピの他にも、フジテレビ系「バイキング ひるたつ」ではユニークな日常テーマを取り上げている。例えば、バタートースト評論家の梶田香織さんがすすめる、「食パンを10倍美味しく食べる方法 」といった具合である。ちなみに、梶田さんは、これまで1000種類のトーストを食べたことがあるとのこと。つまり、トーストの達人、トーストオタクである。

ある意味、街歩きもそうであるが、街に住む素人、その中の達人、あるいはオタクが「主人公」となった番組である。こうした背景には2つの理由がある。1つはTV番組を制作するコストをどれだけ落とすことができるかである。TVというマスメディアは、周知のようにインターネットの普及やあらゆるものがメディア化する時代にあっては相対的にその広告効果は下がる。結果、番組スポンサーあるいはテレビスポットなどの料金も下がっていく。
10数年前からテレビスポットの販売についても複数の広告代理店による「コンペ方式」が取られ、1視聴率(1GRP)当たりいくらといった競争入札方式である。最近はどうであるか詳細はわからないが、一時期予定取得総視聴率が実施後取得総視聴率に達しない場合はその「差」に充当する視聴率分を広告代理店はスポンサーに返金するということも行われていた。つまり、視聴率そのものがTV局の「売り上げ」に直結しているということである。そうした意味で制作コストのかからない「マツコ+素人(ゲスト)」という番組構成はきわめて安価となる。TV局にとってはマツコ・デラックス及び林修は救世主的存在である。SMAPの解散騒動があった芸能界にあって、2人の存在はいわばキラーコンテンツと言える。

もう一つの背景は粗製濫造の芸人やタレントにはない新鮮な「何か」「こだわり」が素人・オタクにはあるということである。表現を変えて言うとすれば、未知なる世界、「素」の魅力があるということだ。芸人やタレントというプロの世界を表とするならば、素人・オタクは裏の世界となる。裏にあった賄いメニューが表メニューになったように、思い入れ深く、一芸に秀でた素人・オタクが表舞台に出てくることもある。あれもできます、これもできますではなく、これだけは任せてください、というこだわりの世界である。小売商業の世界でいうならば、専門店のような存在である。TV局はそうした素人・オタクという専門店をテーマに沿って見出し編集することによって、常に鮮度ある番組を作るというわけである。但し、素人・オタクはその一芸のみであり、それが広く一般化してしまうと存在価値は落ちることとなる。しかし、素人・オタクは膨大な世界を形成しており、新たに次から次へと表舞台へと出てくる。マツコも林修もそうしたオタクの芽を引き出し、表舞台に登場させる良きナビゲーターとなっている。つまり、プロとは言い難い稚拙な芸人やタレントが多い時代にあって、素人・オタクの存在は新たな「未知」を求める時代にあって、刺激を与えてくれる良きスパイスとなっている。逆に言えば、プロが求められているにもかかわらず、芸能の世界にあっても本物のプロが極めて少ないということでもある。そうした時代では、オタクはキラーコンテンツとなり、この傾向は今後もマスメディアにおいて続いていく。

1980年代中ば、アニメやコミックというマイナーなサブカルチャーフアンの蔑みの言葉として使われていた「オタク」は、今やあらゆるジャンルで使われるようになった。健康オタクから始まり、ワインオタクやカレーオタクと言ったように。例えば、蕎麦好きがそば打ちオタクになり、蕎麦店を構えるようにプロの道を歩む人も多い。そして、今やオタクの領域もより専門細分化されていて、例えばラーメンオタクでも数年前から二郎系ラーメンに特化したオタクも出てきており、ほとんど知られてはいない山奥の秘湯をめぐる温泉オタクもいる。勿論、一種優越感を伴った自己満足の世界ではあるが、他に代えがたい魅力ある世界となっている。昨年のヒット商品の一つに「おにぎらず」があった。クッキングパパがその元祖となってはいるが、人気商品に育てたのもクックパッドに集まる素人主婦である。周知の自慢のレシピの投稿サイトであるが、中には既にオタク化した主婦も多い。つまり、こうしたオタクこそ、「未知」の開拓者であるということだ。全てが規格化量産されてしまった消費生活にあって、新しい「何か」のアンテナ的役割を果たしているということだ。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:20Comments(0)新市場創造