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「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

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2011年06月26日

パラダイム転換が始まる(2)

ヒット商品応援団日記No510(毎週更新)   2011.6.26.

前回のブログの最後に、少々不便さを感じたり、快適さが失われても、人工的生活を少なくしたい、そんな実感体験してきたライフスタイルへと移行するであろうと書いた。そして、それはLOHAS的ライフスタイルへと向かうとも書いた。再生可能な自然エネルギーへの共感が広がっているのも、「人工」の象徴である原子力発電への一種の忌避感からであろう。それを見事に表しているのは、家族も家も故郷も根こそぎ奪い去った三陸海岸にあって、多くの漁師はまた海に戻りたいと口々に言う。一方、放射性物質汚染のホットスポットである飯舘村の人達は避難に際し、政府・東電への怒りと共に、1日でも早く自然豊かな元の村に戻って来たいと言い、もう原発はいらないと言い切る。
同じ大震災に遭ったにも関わらず、自然と人工は真反対の思いになった。その価値観の違いを鮮明に浮かび上がらせた。

昨年から森ガールや山ガール、最近では釣りガールまで、アウトドアレジャーといった休日の過ごし方、その消費に注目が集まってきた。こうした休日や自由時間には関心事や好みはストレートに表れてくる。そして、そうした関心事や好みは次第にウイークデー、日常生活へと取り入れていく方向に向かう。例えば、森ガールスタイルで街中を歩くといった日常の過ごし方である。あるいは、部屋のなかでバーベキュー的料理を楽しむとき等は、アウトドアスタイルの食器などを使って楽しむといった世界である。
今まで以上に生活のなかに自然を取り入れ、五感で感じ取る生活、それは少々快適さにかけていてもそれ自体を楽しむ生活である。その意味するところは、夏は夏らしい暑さを、秋になればひんやりとした空気を感じ、つまり四季を五感で感じ取れるような生活を取り戻すということである。3.11以降、節電ということからオフィスも商店も、電車も駅も、勿論家庭も、各人が照明を落とし、少しの間は暗さを感じていたが、今はどうかと言えば不便・不快を感じることはない。ただ、薄暗くなったことから交通事故やひったくり事件が増えたことは困りものであるが。

ところで、ここ数年オール電化住宅が戸建・マンション共に増えてきた。あるいはそこまではいかなくとも、ガスや火を使わないIHクッキングヒーターが急速に普及してきた。ところが、計画停電という事態に遭遇し、どんなことが自己防衛策として消費に現れてきたか、このブログにも書いてきた。3.11直後にはカセットガスコンロに殺到し品切れとなり、次第に応急的商品から家庭用の蓄電池やその代用となるハイブリッド車へと注目が集まった。更にはアウトドア好きはそれら商品をインドア・部屋のなかでも使うようになった。
つまり、言葉には表さないが、原子力発電という電力の大量生産、大量消費時代の終わりを感じているということだ。日本は五風十雨と言われてきたように、湿潤な気候風土の国だ。それを快適である一定の気温、湿度に電力をもって1年365日保つ電力消費生活を見直す方向へと向かっている。食で言うと、旬のある豊かな国であるが、既に365日旬のある環境が出来上がっており、旬の持つ限定という期待感は喪失しまっている。これも大量消費時代が生んだ一種の奇形であろう。

この大量消費生活への見直しは電力だけではない。食料自給率の低さが問題になったことがあったが、以降年間2000万トンを超していた廃棄食品はどんどん少なくなった。あるいは10数年前であればいち早くトレンドとなったファッション商品を手に入れたいと、季節ごとに購入していた。が、収入が減り続ける時代にあっては、オシャレにお金を使うことができなくなった。勿論、オシャレごころが無くなった訳ではなく、買うのならばネットで一番安く買うか、あるいはアウトレットで買う、あるいは着こなし着回しで間に合わせるといった具合だ。
このような時代環境の変化に伴い、その都度問題が指摘され自覚もし、その先にどんな生活を思い描くかである。3.11は大量消費という一つの時代を終わらせた。

それではどんな生活を思い描くのか、既に行動を起こしている人達がいる。それは被災地東北、特に福島という原発事故に遭った家族の行動のなかに現れてきている。政府、というより現場を把握している自治体自身も被災していることから正確な情報は発表されていないが、かなりの家族が他府県へと避難している。3月末時点ではNHKによれば3万4000名弱と報道されていたと思うが、その後の原発汚染の実態が明確になるに従い避難家族は増大していることは間違いない。
そして、通常であれば親戚縁者を通じた避難であるが、今や各道府県には避難受け入れのサイトがあり、それら情報を踏まえた避難である。更に、Yahoo知恵袋のように個人での避難家族受入れサイトも無数にあり、かなりの家族が避難している。しかも、仕事それ自体も避難先で見つけ、新たな出発をする家族もいる。こうした家族も、福島新館村のように再び故郷に戻る計画で避難する家族もいる。共通していることは、0というよりマイナスからの人生スタートであり、その生活原点を見つめての結果である。

多くの情報を踏まえた訳ではないが、その生活原点こそ3.11以降の新しいパラダイムである。そのパラダイムを情緒的に表現すると、

・自然に寄り添い、四季の変化を五感で楽しむ生活
・愛する家族と信頼できるコミュニティのなかの生活
・仕事の場が近くにあり、ごく普通の生活
・そして、明日は今日より少しだけ良くなると希望が持てる生活

一昔前のどこにであった日本の家庭、家族の在り方、暮らしの風景がこの生活原点である。東京には既に無くなってしまったが、地方には今なお残っている生活である。多くの避難家族が報道されていたが、そのなかに沖縄に移住した家族は岩手三陸の漁師を辞めて沖縄の水族館の職員へと転職した家族であった。印象に残った避難家族には京都に移住した家族もあった。沖縄も、京都も、それぞれ固有の自然・生活環境があり、コミュニティの在り方も異なる。しかし、昭和の時代を過ごした私にとって、地方にはこうした生活原点が残っており、新しいライフスタイルの芽として育っていくものと考えている。削ぎ落としてもなお残る、残したい生活である。そうした意味で、前回のブログの最後にLOHAS的生活へとパラダイムが変わると書いた。

そのLOHASは、たしか2000年頃に新聞各社で新しいライフスタイルが米国で生まれたと報じられ、翌2001年にLOHAS運動の概要が雑誌などで取り上げられ注目された。そのLOHASが尻すぼみ状態になって失敗したのも、ロハスブランド、商標としてのライセンスビジネスとして展開し始めたことによる。多くの批判にさらされ商標の使用をオープンにして今日に至っている。私がLOHASに注目したのも、スタンフォード大学でMBAを取得したビジネスマンが中心となって、自ら創り上げてきた米国文明への批判・見直しから生まれてきた点にあった。
そして、このLOHASの良き事例として私が取り上げてきたのが京都であった。例えば、「始末(しまつ)」ということばがあるが、単なる節約を超えて、モノを最後まで使い切ることであり、その裏側にはいただいたモノへの感謝、自然への感謝の気持ちが込められている。そして、「始末」には創意工夫・知恵そのもでもある。誰でもが知っている、京都の食に「にしんそば」や「鯖寿司」があるが、内陸である京都が生み出した美味しくいただく生活の知恵・文化である。もう一つ素晴らしいのが、季節、祭事、といった生活カレンダー(旧暦)に沿った暮らし方をしており、「ハレ」と「ケ」というメリハリのある生活を楽しんでいる点にある。京都をLOHASの代表としたが、こうした風土に沿った固有の文化ある暮らしは地方を歩けばいくらでもある。3.11はこのことを再び気づかせ、自覚へと向かわせている。LOHASが米国文明への批判・見直しから生まれたように、日本もまた原発を頂点とした文明への見直しが始まったということである。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:24Comments(1)新市場創造