さぽろぐ

ビジネス  |札幌市中央区

ログインヘルプ


インフォメーション


QRコード
QRCODE
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 1人
プロフィール
ヒット商品応援団
「人力経営」という本を書きました。ヒット商品の裏に潜んでいる「人」がテーマです。取材先はダスキン、エゴイスト、野の葡萄、叶匠寿庵、桑野造船の経営リーダー。ユニーク、常識はずれ、そこまでやるのか、とにかく面白い経営です。星雲社刊、735円、新書判。

スポンサーリンク

上記の広告は、30日以上更新がないブログに表示されています。
新たに記事を投稿することで、広告を消すことができます。  

Posted by さぽろぐ運営事務局 at

2009年02月22日

消費という欲望の輪郭

ヒット商品応援団日記No343(毎週2回更新)  2009.2.22.

10数年前、戦後のモノ不足を終え物質的豊かさを手に入れ、次の段階へと進むために「個性化」というキーワードが流行ったことがあった。別な表現としては10人10色といった言葉になるが、今日の消費を同じように表現するとすれば1人10色と言えよう。「一人ひとり異なる」から、更に一人の中に多くの色・好みを抱えた存在であるという意味だ。
私は数年前から「振り子消費」というキーワードを数多く使ってきたが、大きな価値潮流が振り子のように振れる様を表現したかったからである。洋のライフスタイルから和のライフスタイルへ、あるいはヘルシー系とガツン系との対比、今日と過去(昭和という時代)、新しさと古え、外と内、ハレとケ、豊かさと貧しさ、表通りと裏通り、更に広げればデジタルとアナログ・・・・・こうした振り子は極論ではあるが一人の顧客の中にあるということである。メーカーであれ、流通であれ、振り子のように振れるため、消費という欲望の輪郭を明確化できないでいる。

少し前に「分かりやすさの罠」というテーマでブログを書いたが、こうした振り子を提供者側が古いマーケティングの考えで勝手にどちらかであると決めつけてはならないという意味であった。そして、前回、どのように振り子が振れて消費移動し始めているかを読み感じとることが必要となっているかを書いた。例えば、ここ1年ほど前から、健康志向としてライト系と言われる「カロリーオフ」「糖質0」あるいは「××ライト」といった商品が数多く発売されてきた。一方、100円バーガーもさることながらガツン系のマクドナルドが伸長し、得盛りが話題になり、更に氷結ストロングがヒット商品となり、最近ではレトルトの「朝カレー」といったものまで発売されるようになった。

こうした振り子消費の中で注目すべきがデジタルとアナログである。分かりやすく表現するとデジタルをインターネット販売、アナログを対面・対話販売、あるいは商品として言うとデジタルを省時間型商品に代表されるスイッチだけの便利商品、アナログを土鍋のような調理道具のような手作りの楽しさ商品、と置き換えてもかまわない。(このテーマについては後日書いてみたい)
周知のようにネット通販は割安価格ということから順調に伸び、一方百貨店やスーパーは右肩下がりである。しかし、例えば2002年頃からお取り寄せサイトを構築したネット通販は顧客の囲い込みを行い、現時点でそれなりの売上を確保しているが、ここ1〜2年に参入した通販サイトは広告というランニングコストがかさみ経営としては今ひとつといった情況である。それはSNSが会員を伸ばし順調な広告収入を得てきた数年前とは異なり、広告収入によるビジネスモデルが破綻しかねない情況によく表れている。つまり、先行組と後発組とでは大きな差が生まれているということだ。一方、アナログである有店舗業態にあって、売上を伸ばしているのがネットスーパー部門である。ネットで注文し届けてくれる業態であるが、「デジタル×アナログ」によるサービス業態である。あるいは、百貨店においても売り場で商品を確認し、ネットで注文するといった在り方も徐々に増えている。つまり、顧客の側はデジタルとアナログをうまく使い分けしているということである。

新しい、珍しい、おもしろいを求めて「外」へと動き回っていた消費は、収入が増えないという事由によって「内」へ安近短へと向かう状態、これが「巣ごもり消費」である。こうした背景は、収入という経済的理由が一番であるが、もう一つが「情報に左右されてきたことへの反省・自戒」という学習結果によるものだ。特に、鮮度という名の下の賞味期限、ブランドという名の下の産地あるいは希少性の名の下の原材料など、夥しい情報偽装による学習体験が大きい。
消費への欲望は情報刺激によって行われる。市場が心理化されていると良く言われるが、「あるある大辞典」の納豆ダイエットの嘘の顛末を見ればよく分かる。このようにマスメディア自身による情報の信頼喪失は極めて大きい。更に、今まではマスメディアを通じた情報ガイドによって物を購入したり、サービスを受けていた。その情報はスピードを競うことから集中・過剰となり、軽さばかりが眼につくような奥行きの無いものとなっていく。結果、ネットの情報で十分こと足りることを実感してしまった。そして、生活者自らの体験が一番信頼できる情報であることへと向かったということだ。
今、混乱右往左往している政治であるが、伝えるべきマスメディアはその批判精神を失い、当事者である政治家の言葉と同じように信頼しえない情報となっていることは周知の通りである。先日のG7での大失態の報道はAP通信が全世界に報道した後、やっと日本のマスメディアも報道したというていたらくである。

今年の直木賞に天童荒太の「悼む人」が選ばれたが、マスメディアから流される過剰な情報の中で「何」が自分にとって必要で、大切な情報なのか、その疑念から「悼む人」が書かれたという。亡くなった人を訪ね、その死の扱われ方を聞くことによって自身の心変わりをテーマとした小説である。生前どのように生き切っていたかを探し求めた小説であるが、情報の持つ意味合いを考えさせる小説である。マスメディアから流される情報、いや流されない情報の裏側で「何」が起こっていたのかを気づかせてくれた小説であるが、実は生活者がこうした裏にある事実へと気づき手に入れ始めた時代と言えよう。裏にある何か、それは自らの想像力によってであるが、今や過剰な情報が行き交う時代であるが故に、情報の裏にある何かへと想像に向かわさせる。商品に対し、サービスに対し、更には企業に対し、顧客が想像力を働かせる時、つまり本当のプロしか生き残ることはできない。私たちがそのことに思い至らなければ、消費の輪郭は明らかにはならない。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:49Comments(0)新市場創造